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風の又三郎 現代語訳

宮沢賢治みやざわけんじ)・1951

AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-29

どっどど どどうど どどうど どどう

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どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

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青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

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すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

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どっどど どどうど どどうど どどう

谷川の岸に小さな学校がありました。

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谷川の岸に小さな学校がありました。

教室はたった一つでしたが、生徒は三年生がいないだけで、あとは一年から六年までみんなそろっていました。

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教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。

運動場もテニスコートくらいの広さでしたが、すぐうしろは栗の木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼと冷たい水を噴き出す岩穴もあったのです。

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運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろはくりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水をく岩穴もあったのです。

さわやかな九月一日の朝でした。

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さわやかな九月一日の朝でした。

青空で風がどうと鳴り、日ざしは運動場いっぱいでした。

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青ぞらで風がどうと鳴り、日光は運動場いっぱいでした。

黒い雪袴をはいた二人の一年生の子が、土手をまわって運動場に入って来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」

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黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年生の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」

と代わる代わる叫びながら大よろこびで門を入って来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ると、二人ともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、一人はとうとう泣き出してしまいました。

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とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。

というのは、そのしんとした朝の教室の中に、どこから来たのか、顔もまるで知らないおかしな赤い髪の子供が一人、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。

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というわけは、そのしんとした朝の教室のなかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。

しかもその机は、まったくこの泣いた子自身の机だったのです。

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そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

もう一人の子ももう半分泣きかけていましたが、それでも無理やり目をりんと見張って、そっちのほうをにらんでいました。ちょうどそのとき、川上から、

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もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき、川上から、

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」

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「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」

と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助がかばんをかかえて笑いながら運動場へかけて来ました。

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と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。

と思ったらすぐそのあとから、佐太郎だの耕助だのがどやどややって来ました。

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と思ったらすぐそのあとから佐太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」

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「なして泣いでら、うなかもたのが。」

嘉助が、泣いていないほうの子の肩をつかまえて言いました。

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嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。

するとその子もわあと泣いてしまいました。

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するとその子もわあと泣いてしまいました。

おかしいと思ってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のおかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

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おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のおかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

みんなはしんとなってしまいました。

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みんなはしんとなってしまいました。

だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれも何とも言えませんでした。

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だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

赤毛の子どもはいっこうにこわがるようすもなく、やっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。

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赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。

すると六年生の一郎が来ました。

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すると六年生の一郎いちろうが来ました。

一郎はまるで大人のようにゆっくり大またでやって来て、みんなを見て、

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一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何した。」

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なにした。」

とききました。

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とききました。

みんなははじめてがやがや声をたてて、その教室の中の変な子を指さしました。

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みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。

一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄をしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

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一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがてかばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

みんなもすっかり元気になってついて行きました。

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みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室へはいってるのは。」

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「だれだ、時間にならないに教室へはいってるのは。」

一郎は窓へはい上がって、教室の中へ顔をつき出して言いました。

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一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室さはいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」

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「お天気のいい時教室さはいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」

窓の下の耕助が言いました。

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窓の下の耕助が言いました。

「しからえでもおら知らないよ。」

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「しからえでもおら知らないよ。」

嘉助が言いました。

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嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来、出はって来。」

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「早ぐ出はって、出はって来。」

一郎が言いました。

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一郎が言いました。

けれどもその子どもはきょろきょろ部屋の中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

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けれどもそのこどもはきょろきょろへやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

だいたいその格好からして実におかしいのでした。

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ぜんたいその形からが実におかしいのでした。

変てこなねずみ色のだぶだぶの上着を着て、白い半ズボンをはいて、それに赤い革の短靴をはいていたのです。

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変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤いかわ半靴はんぐつをはいていたのです。

それに顔といったらまるで熟したりんごのようで、とくに目はまん丸でまっ黒なのでした。

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それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。

まるで言葉が通じないようなので、一郎もすっかり困ってしまいました。

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いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

「あいづは外国人だな。」

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「あいづは外国人だな。」

「学校さはいるのだな。」

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「学校さはいるのだな。」

みんなはがやがやがやがや言いました。

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みんなはがやがやがやがや言いました。

ところが五年生の嘉助がいきなり、

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ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」

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「ああ三年生さはいるのだ。」

と叫びましたので、

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と叫びましたので、

「ああそうだ。」

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「ああそうだ。」

と小さい子どもたちは思いましたが、一郎はだまって首をかしげました。

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と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

変な子どもはやはりきょろきょろこっちを見るだけで、きちんと腰掛けています。

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変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています。

そのとき風がどうと吹いて来て、教室のガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱や栗の木はみんな変に青白くなってゆれ、教室の中の子どもはなんだかにやっと笑って少し動いたようでした。

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そのとき風がどうと吹いて来て教室のガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山のかやくりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

すると嘉助がすぐ叫びました。

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すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎だぞ。」

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「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

そうだ、とみんなも思ったとき、急にうしろのほうで五郎が、

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そうだっとみんなもおもったとき、にわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」

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「わあ、痛いぢゃあ。」

と叫びました。

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と叫びました。

みんながそっちへ振り向くと、五郎が耕助に足の指をふまれて、すっかり怒って耕助をなぐりつけていたのです。

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みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。

すると耕助も怒って、

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すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲いだなあ。」

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「わあ、われ悪くてでひとはだいだなあ。」

と言って、また五郎をなぐろうとしました。

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と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

五郎はまるで顔じゅうを涙だらけにして、耕助に組み付こうとしました。

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五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。

そこで一郎が間に入り、嘉助が耕助を押さえてしまいました。

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そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生あちゃんと職員室に来てらぞ。」

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「わあい、けんかするなったら、先生あちゃんと職員室に来てらぞ。」

と一郎が言いながらまた教室のほうを見ると、一郎は急にまるでぽかんとしてしまいました。

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と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

たったいままで教室にいたあの変な子が、影も形もないのです。

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たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。

みんなも、せっかく友だちになった子馬が遠くへやられたように、せっかく捕まえた山雀に逃げられたように思いました。

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みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかくった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱をだんだん上流のほうへ青白く波だてて行きました。

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風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山のかやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」

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「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」

嘉助が怒って言いました。

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嘉助がおこって言いました。

みんなもほんとうにそう思いました。

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みんなもほんとうにそう思いました。

五郎はほんとうに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れ、しょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

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五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

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「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

「二百十日で来たのだな。」

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「二百十日で来たのだな。」

「靴はいでだたぞ。」

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くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

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「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

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「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」

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「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」

二年生の子が言いました。

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二年生の子が言いました。

見ると、その子の机の上にはきたない石のかけらが乗っていたのです。

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見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

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「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないであ。あいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

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「そだないであ。あいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」

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「わあい。そだないであ。」

と言っていたとき、これはまたどうしたことでしょう。

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と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。

先生が玄関から出て来たのです。

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先生が玄関から出て来たのです。

先生はぴかぴか光る呼び笛を右手に持って、もう集まれの合図をするところでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現さまの尾っぱ持ちのようにすまし込んで、白い帽子をかぶり、先生についてすぱすぱと歩いて来たのです。

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先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまのっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポをかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

みんなはしいんとなってしまいました。

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みんなはしいんとなってしまいました。

やっと一郎が「先生おはようございます。」

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やっと一郎が「先生お早うございます。」

と言いましたので、みんなもそれについて、

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と言いましたのでみんなもついて、

「先生おはようございます。」

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「先生お早うございます。」

と言っただけでした。

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と言っただけでした。

「みなさん。おはよう。どなたも元気ですね。では並んで。」

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「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」

先生は呼び笛をビルルと吹きました。

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先生は呼び子をビルルと吹きました。

それはすぐ谷の向こうの山へひびいて、またビルルルと低く戻って来ました。

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それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低くもどってきました。

すっかり休み前のとおりだとみんなが思いながら、六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一、二年生は十二人、組ごとに一列に縦に並びました。

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すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

二年生は八人、一年生は四人、前へならえをして並んだのです。

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二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

するとそのあいだ、あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか、奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。

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するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。

すると先生は、高田さんこっちへお入りなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、背の高さを嘉助とくらべてから、嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

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すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

みんなはふりかえって、じっとそれを見ていました。

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みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

先生はまた玄関の前に戻って、

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先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」

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「前へならえ。」

と号令をかけました。

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と号令をかけました。

みんなはもう一度前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどんなふうにしているのか見たくて、代わる代わるそっちをふり向いたり、横目でにらんだりしたのでした。

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みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。

するとその子は、ちゃんと前へならえでも何でも知っているらしく、平気で両腕を前へ出し、指先を嘉助の背中へやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだか背中がかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

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するとその子はちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」

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「直れ。」

先生がまた号令をかけました。

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先生がまた号令をかけました。

「一年から順に前へおい。」

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「一年から順に前へおい。」

そこで一年生は歩き出し、まもなく二年生も歩き出して、みんなの前をぐるっと通り、右手の下駄箱のある入り口に入って行きました。

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そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手の下駄箱げたばこのある入り口にはいって行きました。

四年生が歩き出すと、さっきの子も嘉助のあとについて大いばりで歩いて行きました。

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四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。

前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

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前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

まもなくみんなは履き物を下駄箱に入れて教室へ入り、ちょうど外へ並んだときのように、組ごとに一列に机にすわりました。

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まもなくみんなははきものを下駄箱げたばこに入れて教室へはいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。

さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。

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さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。

ところが、もう大さわぎです。

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ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

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「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

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「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

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「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

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「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

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「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

そのとき先生が入って来ましたので、みんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんうしろで、

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そのとき先生がはいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんうしろで、

「礼。」

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「礼。」

と言いました。

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と言いました。

みんなはおじぎをするあいだはちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

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みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」

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「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」

先生が言いました。

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先生が言いました。

「しっ、悦治、やがましったら、嘉助え、喜っこう。わあい。」

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「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、っこう。わあい。」

と、一郎がいちばんうしろから、あまりさわぐ者を一人ずつしかりました。

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と一郎がいちばんうしろからあまりさわぐものを一人ずつしかりました。

みんなはしんとなりました。

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みんなはしんとなりました。

先生が言いました。

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先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みはおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹にも負けないくらい高く叫んだり、またお兄さんの草刈りについて上の野原へ行ったりしたでしょう。けれども、もうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだも心もひきしまって、勉強のできる時だと言われています。ですから、みなさんもきょうからまた、いっしょにしっかり勉強しましょう。それから、このお休みのあいだにみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのお父さんは、こんど会社の用事で上の野原の入り口においでになっているのです。高田さんはいままで北海道の学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校で勉強のときも、また栗ひろいや魚とりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

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「みなさん、長い夏のお休みはおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中でたかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについてうえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道の学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校で勉強のときも、また栗拾くりひろいやさかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

すぐみんなは手をあげました。

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すぐみんなは手をあげました。

その高田と呼ばれた子も勢いよく手をあげましたので、先生はちょっと笑いましたが、すぐ、

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その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」

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「わかりましたね、ではよし。」

と言いましたので、みんなは火の消えたように一度に手をおろしました。

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と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

ところが嘉助がすぐ、

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ところが嘉助がすぐ、

「先生。」

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「先生。」

と言って、また手をあげました。

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といってまた手をあげました。

「はい。」

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「はい。」

先生は嘉助を指さしました。

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先生は嘉助を指さしました。

「高田さん名はなんて言うべな。」

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「高田さん名はなんて言うべな。」

「高田三郎さんです。」

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「高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」

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「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」

嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きいほうの子どもたちはどっと笑いましたが、下の子どもたちは何かこわいというふうにしいんとして、三郎のほうを見ていたのです。

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嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

先生はまた言いました。

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先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿と宿題を持って来るのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

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「きょうはみなさんは通信簿と宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

みんなはばたばたと鞄をあけたり、ふろしきをといたりして、通信簿と宿題を机の上に出しました。

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みんなはばたばたかばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿と宿題を机の上に出しました。

そして先生が、一年生のほうから順にそれを集めはじめました。

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そして先生が一年生のほうから順にそれを集めはじめました。

そのとき、みんなはぎょっとしました。

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そのときみんなはぎょっとしました。

というのは、みんなのうしろのところに、いつのまにか一人の大人が立っていたのです。

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というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。

その人は白いだぶだぶの麻の服を着て、黒いてかてかしたハンカチをネクタイの代わりに首に巻き、手には白い扇を持って、軽く自分の顔をあおぎながら、少し笑ってみんなを見おろしていたのです。

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その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔をあおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。

さあ、みんなはだんだんしいんとなって、すっかり堅くなってしまいました。

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さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

ところが先生は、べつにその人を気にかけるようすもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿も宿題帳もない代わりに、両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。

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ところが先生は別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿も宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。

先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうと、それを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

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先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しますから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れずに持って来てください。それは悦治さんと勇治さんと良作さんとですね。では、きょうはここまでです。あしたからちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除をしましょう。では、ここまで。」

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「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しますから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたからちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

一郎が気をつけ、と言い、みんなは一度に立ちました。

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一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。

うしろの大人も扇を下にさげて立ちました。

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うしろの大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」

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「礼。」

先生もみんなも礼をしました。

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先生もみんなも礼をしました。

うしろの大人も軽く頭を下げました。

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うしろの大人も軽く頭を下げました。

それから、ずっと下の組の子どもたちは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもたちはまだもじもじしていました。

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それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

すると三郎は、さっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。

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すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。

先生も教壇をおりて、その人のところへ行きました。

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先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いや、どうもご苦労さまでございます。」

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「いやどうもご苦労さまでございます。」

その大人はていねいに先生に礼をしました。

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その大人はていねいに先生に礼をしました。

「すぐみんなとお友だちになりますから。」

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「じきみんなとお友だちになりますから。」

先生も礼を返しながら言いました。

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先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくお願いいたします。それでは。」

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「何ぶんどうかよろしくおねがいいたします。それでは。」

その人はまたていねいに礼をして、目で三郎に合図すると、自分は玄関のほうへまわって外へ出て待っていました。三郎はみんなの見ている中を、目をりんと見はってだまったまま昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

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その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分は玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

運動場を出るとき、その子はこっちをふり向いて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすたと白服の大人について歩いて行きました。

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運動場を出るときその子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

「先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」

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「先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」

一郎が箒を持ちながら先生にききました。

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一郎がほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

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「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

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「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口にモリブデンという鉱石が出るので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

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「上の野原の入り口にモリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

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「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行く道から、少し川下へ寄ったほうのようです。」

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「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

「モリブデン何にするべな。」

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「モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

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「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」

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「そだら又三郎も掘るべが。」

嘉助が言いました。

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嘉助が言いました。

「又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」

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「又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」

佐太郎が言いました。

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佐太郎が言いました。

「又三郎だ又三郎だ。」

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「又三郎だ又三郎だ。」

嘉助は顔をまっ赤にしてがんばりました。

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嘉助が顔をまっにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除してすけろ。」

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「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」

一郎が言いました。

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一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

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「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

嘉助は大急ぎで教室をはね出して逃げてしまいました。

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嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

風がまた吹いて来て、窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

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風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

次の日、一郎は、あのおかしな子供がきょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするのかどうか、早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。

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次の日一郎はあのおかしな子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。

ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう思っていたと見えて、とっくにごはんも食べ、ふろしきに包んだ本も持って、家の前へ出て一郎を待っていたのでした。

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ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう考えていたと見えて、とうにごはんもたべ、ふろしきに包んだ本ももって家の前へ出て一郎を待っていたのでした。

二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。

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二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。

すると運動場には小さな子供たちがもう七、八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。

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すると運動場には小さな子供らがもう七八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。

またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいてみましたが、教室の中はしいんとしてだれもおらず、黒板の上には、きのう掃除のときぞうきんでふいた跡がかわいて、ぼんやり白い縞になっていました。

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またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいて見ましたが、教室の中はしいんとしてだれもいず、黒板の上にはきのう掃除のときぞうきんでふいた跡がかわいてぼんやり白いしまになっていました。

「きのうのやつまだ来てないな。」

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「きのうのやつまだ来てないな。」

一郎が言いました。

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一郎が言いました。

「うん。」

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「うん。」

嘉助も言って、そこらを見まわしました。

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嘉助も言ってそこらを見まわしました。

一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で無理やり鉄棒の上にのぼり、両腕をだんだん寄せて右の腕木のところまで行くと、そこへ腰掛けて、きのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。

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一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。

谷川はそっちのほうへきらきら光って流れて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどき萱が白く波立っていました。

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谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどきかやが白く波立っていました。

嘉助もやっぱりその柱の下で、じっとそっちを見て待っていました。

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嘉助もやっぱりその柱の下でじっとそっちを見て待っていました。

ところが二人は、そんなに長く待つこともありませんでした。

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ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。

突然、三郎がその下手の道から、灰色の鞄を右手にかかえて走るようにして出て来たのです。

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それは突然三郎がその下手のみちから灰いろのかばんを右手にかかえて走るようにして出て来たのです。

「来たぞ。」

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「来たぞ。」

と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていると、早くも三郎は土手をぐるっとまわって、どんどん正門を入って来て、

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と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、

「おはよう。」

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「お早う。」

とはっきり言いました。

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とはっきり言いました。

みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をした者がありませんでした。

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みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。

それは返事をしないのではなくて、みんなは先生にはいつでも「おはようございます。」

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それは返事をしないのではなくて、みんなは先生にはいつでも「お早うございます。」

と言うように習っていたのですが、お互いに「おはよう。」

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というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」

なんて言ったことがなかったので、三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまり急なことで、しかも勢いがいいものだからとうとう気おくれしてしまい、一郎も嘉助も口の中でおはようと言う代わりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。

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なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとうおくしてしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。

ところが三郎のほうは、べつだんそれを気にするようすもなく、二、三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。

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ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。

そして、しばらくだれか遊ぶ相手がいないかさがしているようでした。

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そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。

けれども、みんなきょろきょろ三郎のほうは見ていても、やはり忙しそうに棒かくしをしていて、三郎のほうへ行く者がありませんでした。

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けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。

三郎はちょっときまりが悪そうにそこに突っ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。

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三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。

それから、いったいこの運動場は何間あるのかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。

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それからぜんたいこの運動場は何間なんげんあるかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。

一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならび、息をこらしてそれを見ていました。

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一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならんで、息をこらしてそれを見ていました。

そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちを向いて、しばらく暗算をするように少し首をかしげて立っていました。

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そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちへ向いてしばらく暗算をするように少し首をまげて立っていました。

みんなはやはりきろきろそっちを見ています。

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みんなはやはりきろきろそっちを見ています。

三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと、向こう側の土手のほうへ、職員室の前を通って歩き出しました。

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三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。

そのとき風がざあっと吹いて来て、土手の草はざわざわと波になり、運動場のまん中でさあっと塵があがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄色い塵は瓶をさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。

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その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっとちりがあがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵はびんをさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。

すると嘉助が突然、高い声で言いました。

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すると嘉助が突然高く言いました。

「そうだ。やっぱりあいづ又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」

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「そうだ。やっぱりあいづ又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」

「うん。」

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「うん。」

一郎はどうだかわからないと思いながらも、だまってそっちを見ていました。

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一郎はどうだかわからないと思いながらもだまってそっちを見ていました。

三郎はそんなことにはかまわず、土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます。

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三郎はそんなことにはかまわず土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます。

そのとき、先生がいつものように呼び笛を持って玄関を出て来たのです。

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そのとき先生がいつものように呼び子をもって玄関を出て来たのです。

「おはようございます。」

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「お早うございます。」

小さな子どもたちはみんな集まりました。

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小さな子どもらはみんな集まりました。

「おはよう。」

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「お早う。」

先生はちらっと運動場を見まわしてから、「では並んで。」

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先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」

と言いながら、ビルルッと笛を吹きました。

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と言いながらビルルッと笛を吹きました。

みんなは集まって来て、きのうのとおりきちんと並びました。

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みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。

三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています。

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三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています。

先生はお日さまがまっ正面なので少しまぶしそうにしながら、号令を順にかけて、とうとうみんなは昇降口から教室へ入りました。

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先生はお日さまがまっ正面なのですこしまぶしそうにしながら号令をだんだんかけて、とうとうみんなは昇降口から教室へはいりました。

そして礼がすむと、先生は、

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そして礼がすむと先生は、

「では、みなさん、きょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具を持って来ましたね。では、一年生(と二年生)の人はお習字のお手本と硯と紙を出して、二年生と四年生の人は算数帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」

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「ではみなさんきょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具をもってきましたね。では一年生(と二年生)の人はお習字のお手本とすずりと紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」

さあ、すると、あっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。

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さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。

なかでも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして、二年生のかよの鉛筆をひらりととってしまったのです。

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中にも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして二年生のかよの鉛筆をひらりととってしまったのです。

かよは佐太郎の妹でした。

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かよは佐太郎の妹でした。

するとかよは、

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するとかよは、

「うわあ、兄な、木ペン取てわかんないな。」

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「うわあ、あいな、木ペンてわかんないな。」

と言いながら取り返そうとしますと、佐太郎が、

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と言いながら取り返そうとしますと佐太郎が、

「わあ、こいつおれのだなあ。」

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「わあ、こいつおれのだなあ。」

と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとは中国の人がおじぎをするときのように両手を袖へ入れ、机へぴったり胸をくっつけました。

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と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとはシナ人がおじぎするときのように両手をそでへ入れて、机へぴったり胸をくっつけました。

するとかよは立って来て、

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するとかよは立って来て、

「兄な、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」

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あいな、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」

と言いながら一生けんめい取り返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は、机にくっついた大きな蟹の化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣き出しそうになりました。

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と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きなかにの化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。

すると三郎は、国語の本をちゃんと机にのせて、困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ほどになった鉛筆を、佐太郎の目の前の机に置きました。

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すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。

すると佐太郎は急に元気になって、むっくり起き上がりました。

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すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。

そして、

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そして、

「くれる?」

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「くれる?」

と三郎にききました。

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と三郎にききました。

三郎はちょっとまごついたようでしたが、覚悟したように、「うん。」

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三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」

と言いました。

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と言いました。

すると佐太郎はいきなり笑い出して、ふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。

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すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。

先生は向こうで一年生の子の硯に水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前の席ですから気づきませんでしたが、一郎はこれをいちばんうしろでちゃんと見ていました。

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先生は向こうで一年生の子のすずりに水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前ですから知りませんでしたが、一郎はこれをいちばんうしろでちゃんと見ていました。

そして、まるで何と言ったらいいかわからない、変な気持ちがして、歯をきりきり言わせました。

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そしてまるでなんと言ったらいいかわからない、変な気持ちがして歯をきりきり言わせました。

「では二年生の人は、お休みの前に習った引き算をもう一度やってみましょう。これを計算してごらんなさい。」

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「では二年生のひとはお休みの前にならった引き算をもう一ぺん習ってみましょう。これを勘定してごらんなさい。」

先生は黒板に、と書きました。

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先生は黒板にと書きました。

二年生の子どもたちはみんな一生けんめいにそれを雑記帳にうつしました。

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二年生のこどもらはみんな一生けん命にそれを雑記帳にうつしました。

かよも頭を雑記帳へくっつけるようにしています。

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かよも頭を雑記帳へくっつけるようにしています。

「四年生の人はこれを置いて。」

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「四年生の人はこれを置いて。」

と書きました。

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と書きました。

四年生は佐太郎をはじめ、喜蔵も甲助もみんなそれをうつしました。

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四年生は佐太郎をはじめ喜蔵も甲助こうすけもみんなそれをうつしました。

「五年生の人は読本の(二字空白)ページの(二字空白)課をひらいて、声を出さずに読めるだけ読んでごらんなさい。わからない字は雑記帳へ拾っておくのです。」

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「五年生の人は読本とくほんの(二字空白)ページの(二字空白)課をひらいて声をたてないで読めるだけ読んでごらんなさい。わからない字は雑記帳へ拾っておくのです。」

五年生もみんな言われたとおりにしはじめました。

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五年生もみんな言われたとおりしはじめました。

「一郎さんは読本の(二字空白)ページを調べて、やはり知らない字を書き抜いてください。」

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「一郎さんは読本の(二字空白)ページをしらべてやはり知らない字を書き抜いてください。」

それがすむと、先生はまた教壇をおりて、一年生の習字を一人一人見て歩きました。

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それがすむと先生はまた教壇をおりて、一年生の習字を一人一人見てあるきました。

三郎は両手で本をちゃんと机の上に持って、言われたところを息もつかずにじっと読んでいました。

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三郎は両手で本をちゃんと机の上へもって、言われたところを息もつかずじっと読んでいました。

けれども、雑記帳へは字を一つも書き抜いていませんでした。

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けれども雑記帳へは字を一つも書き抜いていませんでした。

それは、ほんとうに知らない字が一つもないのか、それともたった一本の鉛筆を佐太郎にやってしまったためか、どちらともわかりませんでした。

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それはほんとうに知らない字が一つもないのか、たった一本の鉛筆を佐太郎にやってしまったためか、どっちともわかりませんでした。

そのうち先生は教壇へ戻って、二年生と四年生の計算をやって見せ、また新しい問題を出すと、今度は五年生の生徒が雑記帳へ書いた知らない字を黒板へ書いて、それにかなと意味をつけました。

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そのうち先生は教壇へ戻って二年生と四年生の算術の計算をして見せてまた新しい問題を出すと、今度は五年生の生徒の雑記帳へ書いた知らない字を黒板へ書いて、それにかなとわけをつけました。

そして、

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そして、

「では嘉助さん、ここを読んで。」

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「では嘉助さん、ここを読んで。」

と言いました。

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と言いました。

嘉助は二、三度ひっかかりながら、先生に教えられて読みました。

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嘉助は二三度ひっかかりながら先生に教えられて読みました。

三郎もだまって聞いていました。

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三郎もだまって聞いていました。

先生も本を取って、じっと聞いていましたが、十行ばかり読むと、

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先生も本をとって、じっと聞いていましたが、十行ばかり読むと、

「そこまで。」

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「そこまで。」

と言って、こんどは先生が読みました。

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と言ってこんどは先生が読みました。

そうして一まわり済むと、先生は順にみんなの道具をしまわせました。

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そうして一まわり済むと、先生はだんだんみんなの道具をしまわせました。

それから「では、ここまで。」

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それから「ではここまで。」

と言って教壇に立ちますと、一郎がうしろで、

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と言って教壇に立ちますと一郎がうしろで、

「気をつけい。」

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「気をつけい。」

と言いました。

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と言いました。

そして礼がすむと、みんな順に外へ出て、こんどは外へ並ばずに、みんな別れ別れになって遊びました。

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そして礼がすむと、みんな順に外へ出てこんどは外へならばずにみんな別れ別れになって遊びました。

二時間目は、一年生から六年生までみんな唱歌でした。

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二時間目は一年生から六年生までみんな唱歌でした。

そして先生がマンドリンを持って出て来て、みんなはいままでに習ったのを先生のマンドリンに合わせて五つも歌いました。

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そして先生がマンドリンを持って出て来て、みんなはいままでに習ったのを先生のマンドリンについて五つもうたいました。

三郎もみんな知っていて、どんどん歌いました。

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三郎もみんな知っていて、みんなどんどん歌いました。

そして、この時間はたいへん早くたってしまいました。

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そしてこの時間はたいへん早くたってしまいました。

三時間目になると、こんどは二年生と四年生が国語で、五年生と六年生が算数でした。

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三時間目になるとこんどは二年生と四年生が国語で、五年生と六年生が数学でした。

先生はまた黒板に問題を書いて、五年生と六年生に計算させました。

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先生はまた黒板に問題を書いて五年生と六年生に計算させました。

しばらくたって一郎が答えを書いてしまうと、三郎のほうをちょっと見ました。

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しばらくたって一郎が答えを書いてしまうと、三郎のほうをちょっと見ました。

すると三郎は、どこから出したのか小さな消し炭で、雑記帳の上へがりがりと大きく計算していたのです。

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すると三郎は、どこから出したか小さな消し炭で雑記帳の上へがりがりと大きく運算していたのです。

次の朝、空はよく晴れて、谷川はさらさら鳴りました。

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次の朝、空はよく晴れて谷川はさらさら鳴りました。

一郎は途中で嘉助と佐太郎と悦治をさそって、いっしょに三郎の家のほうへ行きました。

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一郎は途中で嘉助と佐太郎と悦治をさそっていっしょに三郎のうちのほうへ行きました。

学校の少し下流で谷川をわたって、それから岸で柳の枝をみんなで一本ずつ折り、青い皮をくるくるはいで鞭をこしらえ、手でひゅうひゅう振りながら、上の野原への道をだんだんのぼって行きました。

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学校の少し下流で谷川をわたって、それから岸でやなぎの枝をみんなで一本ずつ折って、青い皮をくるくるはいでむちをこしらえて手でひゅうひゅう振りながら、上の野原への道をだんだんのぼって行きました。

みんなは早くも、のぼりながら息をはあはあさせました。

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みんなは早くも登りながら息をはあはあしました。

「又三郎ほんとにあそごのわき水まで来て待ぢでるべが。」

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「又三郎ほんとにあそごのわき水まで来て待ぢでるべが。」

「待ぢでるんだ。又三郎うそこがないもな。」

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「待ぢでるんだ。又三郎うそこがないもな。」

「ああ暑う、風吹げばいいな。」

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「ああ暑う、風吹げばいいな。」

「どごがらだが風吹いでるぞ。」

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「どごがらだが風吹いでるぞ。」

「又三郎吹がせでらべも。」

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「又三郎吹がせでらべも。」

「なんだがお日さんぼやっとして来たな。」

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「なんだがお日さんぼやっとして来たな。」

空に少しばかりの白い雲が出ました。

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空に少しばかりの白い雲が出ました。

そして、もうだいぶのぼっていました。

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そしてもうだいぶのぼっていました。

谷のみんなの家がずっと下に見え、一郎の家の木小屋の屋根が白く光っています。

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谷のみんなの家がずうっと下に見え、一郎のうちの木小屋の屋根が白く光っています。

道が林の中に入り、しばらく道はじめじめして、あたりは見えなくなりました。

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道が林の中に入り、しばらく道はじめじめして、あたりは見えなくなりました。

そしてまもなく、みんなは約束のわき水の近くに来ました。

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そしてまもなくみんなは約束のわき水の近くに来ました。

するとそこから、

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するとそこから、

「おうい。みんな来たかい。」

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「おうい。みんな来たかい。」

と、三郎の高く叫ぶ声がしました。

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と三郎の高く叫ぶ声がしました。

みんなはまるでせかせかと走ってのぼりました。

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みんなはまるでせかせかと走ってのぼりました。

向こうの曲がり角のところで、三郎が小さなくちびるをきっと結んだまま、三人のかけ上がって来るのを見ていました。

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向こうの曲がりかどの所に三郎が小さなくちびるをきっと結んだまま、三人のかけ上って来るのを見ていました。

三人はやっと三郎の前まで来ました。

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三人はやっと三郎の前まで来ました。

けれども、あんまり息がはあはあして、すぐには何も言えませんでした。

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けれどもあんまり息がはあはあしてすぐには何も言えませんでした。

嘉助などはあんまりもどかしいものですから、空へ向いて「ホッホウ。」

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嘉助などはあんまりもどかしいもんですから、空へ向いて「ホッホウ。」

と叫んで、早く息を吐いてしまおうとしました。

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と叫んで早く息を吐いてしまおうとしました。

すると三郎は大きな声で笑いました。

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すると三郎は大きな声で笑いました。

「ずいぶん待ったぞ。それにきょうは雨が降るかもしれないそうだよ。」

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「ずいぶん待ったぞ。それにきょうは雨が降るかもしれないそうだよ。」

「そだら早ぐ行ぐべすさ。おらまんつ水飲んでぐ。」

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「そだら早ぐ行ぐべすさ。おらまんつ水飲んでぐ。」

三人は汗をふいてしゃがみ、まっ白な岩からごぼごぼ噴き出す冷たい水を、何度もすくって飲みました。

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三人は汗をふいてしゃがんで、まっ白な岩からごぼごぼきだす冷たい水を何べんもすくってのみました。

「ぼくのうちはここからすぐなんだ。ちょうどあの谷の上あたりなんだ。みんなで帰りに寄ろうねえ。」

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「ぼくのうちはここからすぐなんだ。ちょうどあの谷の上あたりなんだ。みんなで帰りに寄ろうねえ。」

「うん。まんつ野原さ行ぐべすさ。」

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「うん。まんつ野原さ行ぐべすさ。」

みんながまた歩きはじめたとき、わき水は何かを知らせるようにぐうっと鳴り、そこらの木もなんだかざあっと鳴ったようでした。

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みんながまたあるきはじめたときわき水は何かを知らせるようにぐうっと鳴り、そこらの木もなんだかざあっと鳴ったようでした。

五人は林のすその藪の間を行ったり、岩かけの小さくくずれる所を何度も通ったりして、もう上の野原の入り口に近くなりました。

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五人は林のすそのやぶの間を行ったり岩かけの小さくくずれる所を何べんも通ったりして、もう上の野原の入り口に近くなりました。

みんなはそこまで来ると、来たほうから、また西のほうをながめました。

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みんなはそこまで来ると来たほうからまた西のほうをながめました。

光ったりかげったり、幾重にも重なったたくさんの丘の向こうに、川に沿ったほんとうの野原が、ぼんやり青くひろがっているのでした。

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光ったりかげったり幾通りにも重なったたくさんの丘の向こうに、川に沿ったほんとうの野原がぼんやりあおくひろがっているのでした。

「ありゃ、あいづ川だぞ。」

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「ありゃ、あいづ川だぞ。」

「春日明神さんの帯のようだな。」

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春日明神かすがみょうじんさんの帯のようだな。」

三郎が言いました。

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三郎が言いました。

「何のようだど。」

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「何のようだど。」

一郎がききました。

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一郎がききました。

「春日明神さんの帯のようだ。」

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「春日明神さんの帯のようだ。」

「うな神さんの帯見だごとあるが。」

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「うな神さんの帯見だごとあるが。」

「ぼく北海道で見たよ。」

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「ぼく北海道で見たよ。」

みんなは何のことだかわからず、だまってしまいました。

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みんなはなんのことだかわからずだまってしまいました。

ほんとうにそこはもう上の野原の入り口で、きれいに刈られた草の中に一本の大きな栗の木が立ち、その幹は根もとのところがまっ黒に焦げて大きな洞のようになり、その枝には古い縄や、切れたわらじなどがつるしてありました。

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ほんとうにそこはもう上の野原の入り口で、きれいに刈られた草の中に一本の大きなくりの木が立って、その幹は根もとの所がまっ黒に焦げて大きなほらのようになり、その枝には古いなわや、切れたわらじなどがつるしてありました。

「もう少し行ぐづどみんなして草刈ってるぞ。それから馬のいるどごもあるぞ。」

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「もう少し行ぐづどみんなして草刈ってるぞ。それから馬のいるどごもあるぞ。」

一郎は言いながら先に立って、刈った草の中の一本道をぐんぐん歩きました。

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一郎は言いながら先に立って刈った草のなかの一ぽんみちをぐんぐん歩きました。

三郎はその次に立って、

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三郎はその次に立って、

「ここには熊がいないから、馬をはなしておいてもいいなあ。」

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「ここにはくまいないから馬をはなしておいてもいいなあ。」

と言って歩きました。

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と言って歩きました。

しばらく行くと、道ばたの大きな楢の木の下に、縄で編んだ袋が投げ出してあって、たくさんの草たばがあっちにもこっちにもころがっていました。

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しばらく行くとみちばたの大きなならの木の下に、繩で編んだ袋が投げ出してあって、たくさんの草たばがあっちにもこっちにもころがっていました。

背中に草束をしょった二匹の馬が、一郎を見て鼻をぷるぷる鳴らしました。

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せなかに草束をしょった二匹の馬が、一郎を見て鼻をぷるぷる鳴らしました。

「兄な、いるが。兄な、来たぞ。」

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あいな、いるが。あいな、来たぞ。」

一郎は汗をぬぐいながら叫びました。

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一郎は汗をぬぐいながら叫びました。

「おおい。ああい。そこにいろ。今行ぐぞ。」

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「おおい。ああい。そこにいろ。今行ぐぞ。」

ずっと向こうのくぼみで、一郎のお兄さんの声がしました。

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ずうっと向こうのくぼみで、一郎のにいさんの声がしました。

日はぱっと明るくなり、お兄さんがそっちの草の中から笑って出て来ました。

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日はぱっと明るくなり、にいさんがそっちの草の中から笑って出て来ました。

「善ぐ来たな。みんなも連れで来たのが。善ぐ来た。戻りに馬こ連れでてけろな。きょうあ午まがらきっと曇る。おらもう少し草集めて仕舞がらな、うなだ遊ばばあの土手の中さはいってろ。まだ牧馬の馬二十匹ばかりはいるがらな。」

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ぐ来たな。みんなも連れで来たのが。ぐ来た。戻りに馬こ連れでてけろな。きょうあひるまがらきっと曇る。おらもう少し草集めて仕舞しむがらな、うなだ遊ばばあの土手の中さはいってろ。まだ牧馬の馬二十匹ばかりはいるがらな。」

お兄さんは向こうへ行こうとして、ふり向いてまた言いました。

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にいさんは向こうへ行こうとして、振り向いてまた言いました。

「土手がら外さ出はるなよ。迷ってしまうづどあぶないがらな。午まになったらまた来るがら。」

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「土手がら外さ出はるなよ。迷ってしまうづどあぶないがらな。ひるまになったらまた来るがら。」

「うん。土手の中にいるがら。」

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「うん。土手の中にいるがら。」

そして一郎のお兄さんは行ってしまいました。

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そして一郎のにいさんは行ってしまいました。

空にはうすい雲がすっかりかかり、太陽は白い鏡のようになって、雲と反対の向きに走りました。

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空にはうすい雲がすっかりかかり、太陽は白い鏡のようになって、雲と反対にせました。

風が出て来て、まだ刈っていない草は一面に波を立てます。

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風が出て来てまだ刈っていない草は一面に波を立てます。

一郎は先に立って小さな道をまっすぐに行くと、まもなく土手に出ました。

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一郎はさきにたって小さなみちをまっすぐに行くと、まもなくどてになりました。

その土手の一か所ちぎれたところに、二本の丸太の棒が横に渡してありました。

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その土手の一とこちぎれたところに二本の丸太の棒を横にわたしてありました。

悦治がそれをくぐろうとすると、嘉助が、

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悦治がそれをくぐろうとしますと、嘉助が、

「おらこったなものはずせだぞ。」

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「おらこったなものはずせだぞ。」

と言いながら片方のはしをぬいて下におろしましたので、みんなはそれをはね越えて中に入りました。

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と言いながら片っぽうのはじをぬいて下におろしましたのでみんなはそれをはね越えて中にはいりました。

向こうの少し小高いところに、てかてか光る茶色の馬が七匹ばかり集まって、しっぽをゆるやかにばしゃばしゃ振っているのです。

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向こうの少し小高いところにてかてか光る茶いろの馬が七匹ばかり集まって、しっぽをゆるやかにばしゃばしゃふっているのです。

「この馬みんな千円以上するづもな。来年がらみんな競馬さも出はるのだづぢゃい。」

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「この馬みんな千円以上するづもな。来年がらみんな競馬さも出はるのだづぢゃい。」

一郎はそばへ行きながら言いました。

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一郎はそばへ行きながら言いました。

馬はみんな、いままでさびしくてしかたがなかったというように、一郎たちのほうへ寄って来ました。

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馬はみんないままでさびしくってしようなかったというように一郎たちのほうへ寄ってきました。

そして鼻づらをずうっとのばして、何かほしそうにするのです。

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そして鼻づらをずうっとのばして何かほしそうにするのです。

「ははあ、塩をけろづのだな。」

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「ははあ、塩をけろづのだな。」

みんなは言いながら手を出して馬になめさせたりしましたが、三郎だけは馬に慣れていないらしく、気味わるそうに手をポケットへ入れてしまいました。

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みんなは言いながら手を出して馬になめさせたりしましたが、三郎だけは馬になれていないらしく気味わるそうに手をポケットへ入れてしまいました。

「わあ、又三郎馬おっかながるぢゃい。」

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「わあ、又三郎馬おっかながるぢゃい。」

と悦治が言いました。

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と悦治が言いました。

すると三郎は、

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すると三郎は、

「こわくなんかないやい。」

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「こわくなんかないやい。」

と言いながらすぐポケットの手を馬の鼻づらへのばしましたが、馬が首をのばして舌をべろりと出すと、さっと顔色を変えて、すばやくまた手をポケットへ入れてしまいました。

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と言いながらすぐポケットの手を馬の鼻づらへのばしましたが、馬が首をのばして舌をべろりと出すと、さっと顔いろを変えてすばやくまた手をポケットへ入れてしまいました。

「わあい、又三郎馬おっかながるぢゃい。」

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「わあい、又三郎馬おっかながるぢゃい。」

悦治がまた言いました。

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悦治がまた言いました。

すると三郎はすっかり顔を赤くして、しばらくもじもじしていましたが、

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すると三郎はすっかり顔を赤くしてしばらくもじもじしていましたが、

「そんなら、みんなで競馬やるか。」

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「そんなら、みんなで競馬やるか。」

と言いました。

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と言いました。

競馬ってどうするのだろうと、みんな思いました。

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競馬ってどうするのかとみんな思いました。

すると三郎は、

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すると三郎は、

「ぼく競馬何べんも見たぞ。けれどもこの馬みんな鞍がないから乗れないや。みんなで一匹ずつ馬を追って、はじめに向こうの、そら、あの大きな木のところに着いたのを一等にしよう。」

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「ぼく競馬何べんも見たぞ。けれどもこの馬みんなくらがないから乗れないや。みんなで一匹ずつ馬を追って、はじめに向こうの、そら、あの大きな木のところに着いたものを一等にしよう。」

「そいづおもしろいな。」

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「そいづおもしろいな。」

嘉助が言いました。

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嘉助が言いました。

「しからえるぞ。牧夫に見つけらえでがら。」

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「しからえるぞ。牧夫に見つけらえでがら。」

「大丈夫だよ。競馬に出る馬なんか、練習をしていないといけないんだい。」

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「大丈夫だよ。競馬に出る馬なんか練習をしていないといけないんだい。」

三郎が言いました。

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三郎が言いました。

「よしおらこの馬だぞ。」

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「よしおらこの馬だぞ。」

「おらこの馬だ。」

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「おらこの馬だ。」

「そんなら、ぼくはこの馬でもいいや。」

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「そんならぼくはこの馬でもいいや。」

みんなは柳の枝や萱の穂で、しゅうと言いながら馬を軽く打ちました。

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みんなはやなぎの枝やかやの穂でしゅうと言いながら馬を軽く打ちました。

ところが馬は、ちっともびくともしませんでした。

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ところが馬はちっともびくともしませんでした。

やはり下へ首をたれて草をかいだり、首をのばしてそこらの景色をもっとよく見ようとするようにしているのです。

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やはり下へ首をたれて草をかいだり、首をのばしてそこらのけしきをもっとよく見るというようにしているのです。

一郎がそこで両手をぴしゃんと打ち合わせて、だあ、と言いました。

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一郎がそこで両手をぴしゃんと打ち合わせて、だあ、と言いました。

すると急に七匹とも、まるでたてがみをそろえてかけ出したのです。

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するとにわかに七匹ともまるでたてがみをそろえてかけ出したのです。

「うまあい。」

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「うまあい。」

嘉助ははね上がって走りました。

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嘉助ははね上がって走りました。

けれども、それはどうも競馬にはならないのでした。

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けれどもそれはどうも競馬にはならないのでした。

第一、馬はどこまでも顔をならべて走るのでしたし、それに、そんなに競馬をするほど速く走るのでもなかったのです。

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第一、馬はどこまでも顔をならべて走るのでしたし、それにそんなに競馬するくらい早く走るのでもなかったのです。

それでもみんなはおもしろがって、だあだと言いながら一生けんめいそのあとを追いました。

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それでもみんなはおもしろがって、だあだと言いながら一生けん命そのあとを追いました。

馬は少し行くと立ちどまりそうになりました。

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馬はすこし行くと立ちどまりそうになりました。

みんなも少しはあはあしましたが、こらえてまた馬を追いました。

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みんなもすこしはあはあしましたが、こらえてまた馬を追いました。

するといつのまにか馬はぐるっとさっきの小高いところをまわって、さっき五人で入って来た土手の切れた所へ来たのです。

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するといつか馬はぐるっとさっきの小高いところをまわって、さっき五人ではいって来たどての切れた所へ来たのです。

「あ、馬出はる、馬出はる。押えろ 押えろ。」

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「あ、馬出はる、馬出はる。押えろ 押えろ。」

一郎はまっ青になって叫びました。

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一郎はまっさおになって叫びました。

じっさい、馬は土手の外へ出たらしいのでした。

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じっさい馬はどての外へ出たのらしいのでした。

どんどん走って、もうさっきの丸太の棒を越えそうになりました。

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どんどん走って、もうさっきの丸太の棒を越えそうになりました。

一郎はすっかりあわてて、

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一郎はまるであわてて、

「どう、どう、どうどう。」

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「どう、どう、どうどう。」

と言いながら一生けんめい走って行き、やっとそこへ着いて、まるでころぶようにしながら手をひろげたときには、もう二匹は柵の外へ出ていたのです。

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と言いながら一生けん命走って行って、やっとそこへ着いてまるでころぶようにしながら手をひろげたときは、そのときはもう二匹はさくの外へ出ていたのです。

「早ぐ来て押えろ。早ぐ来て。」

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「早ぐ来て押えろ。早ぐ来て。」

一郎は息も切れそうに叫びながら、丸太棒をもとのようにしました。

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一郎は息も切れるように叫びながら丸太棒をもとのようにしました。

四人は走って行って急いで丸太をくぐり、外へ出ますと、二匹の馬はもう走るでもなく、土手の外に立って草を口で引っぱって抜くようにしています。

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四人は走って行って急いで丸太をくぐって外へ出ますと、二匹の馬はもう走るでもなく、どての外に立って草を口で引っぱって抜くようにしています。

「そろそろど押えろよ。そろそろど。」

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「そろそろど押えろよ。そろそろど。」

と言いながら、一郎は一匹のくつわについた札のところをしっかり押えました。

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と言いながら一郎は一ぴきのくつわについた札のところをしっかり押えました。

嘉助と三郎がもう一匹を押えようとそばへ寄ると、馬はまるでおどろいたように、土手に沿って一目散に南のほうへ走ってしまいました。

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嘉助と三郎がもう一匹を押えようとそばへ寄りますと、馬はまるでおどろいたようにどてへ沿って一目散に南のほうへ走ってしまいました。

「兄な、馬あ逃げる、馬あ逃げる。兄な、馬逃げる。」

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あいな、馬あ逃げる、馬あ逃げる。あいな、馬逃げる。」

と、うしろで一郎が一生けんめい叫んでいます。

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とうしろで一郎が一生けん命叫んでいます。

三郎と嘉助は一生けんめい馬を追いました。

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三郎と嘉助は一生けん命馬を追いました。

ところが馬は、もう今度こそほんとうに逃げるつもりらしかったのです。

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ところが馬はもう今度こそほんとうに逃げるつもりらしかったのです。

まるで背丈ほどもある草をわけて、高みになったり低くなったり、どこまでも走りました。

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まるでたけぐらいある草をわけて高みになったり低くなったり、どこまでも走りました。

嘉助はもう足がしびれてしまって、どこをどう走っているのかわからなくなりました。

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嘉助はもう足がしびれてしまって、どこをどう走っているのかわからなくなりました。

それからまわりがまっ青になって、ぐるぐる回り、とうとう深い草の中に倒れてしまいました。

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それからまわりがまっさおになって、ぐるぐる回り、とうとう深い草の中に倒れてしまいました。

馬の赤いたてがみと、あとを追って行く三郎の白い帽子が、最後にちらっと見えました。

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馬の赤いたてがみと、あとを追って行く三郎の白いシャッポが終わりにちらっと見えました。

嘉助は、あお向けになって空を見ました。

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嘉助は、仰向けになって空を見ました。

空がまっ白に光ってぐるぐる回り、そのこちら側を薄いねずみ色の雲が、速く速く走っています。

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空がまっ白に光って、ぐるぐる回り、そのこちらを薄いねずみ色の雲が、速く速く走っています。

そしてカンカン鳴っています。

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そしてカンカン鳴っています。

嘉助はやっと起き上がって、せかせか息をしながら、馬の行ったほうへ歩き出しました。

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嘉助はやっと起き上がって、せかせか息しながら馬の行ったほうに歩き出しました。

草の中には、いま馬と三郎が通った跡らしく、かすかな道のようなものがありました。

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草の中には、今馬と三郎が通った跡らしく、かすかな道のようなものがありました。

嘉助は笑いました。

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嘉助は笑いました。

そして、(ふん、なあに、馬はどこかでこわくなってのっこり立ってるさ、)と思いました。

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そして、(ふん、なあに馬どこかでこわくなってのっこり立ってるさ、)と思いました。

そこで嘉助は、一生けんめいそれをたどって行きました。

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そこで嘉助は、一生懸命それをつけて行きました。

ところがその跡のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、おとこえしや、ずいぶん背の高いあざみの中で、二つにも三つにも分かれてしまって、どれがどれやらまるでわからなくなってしまいました。

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ところがその跡のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、おとこえしや、すてきに背の高いあざみの中で、二つにも三つにも分かれてしまって、どれがどれやらいっこうわからなくなってしまいました。

嘉助は「おうい。」

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嘉助は「おうい。」

と叫びました。

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と叫びました。

「おう。」

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「おう。」

と、どこかで三郎が叫んでいるようです。

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とどこかで三郎が叫んでいるようです。

思い切って、そのまん中の道を進みました。

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思い切って、そのまん中のを進みました。

けれどもそれも、ときどき切れたり、馬の歩かないような急な所を横切って過ぎたりするのでした。

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けれどもそれも、時々切れたり、馬の歩かないような急な所を横ざまに過ぎたりするのでした。

空はたいへん暗く重くなり、まわりがぼうっとかすんで来ました。

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空はたいへん暗く重くなり、まわりがぼうっとかすんで来ました。

冷たい風が草を渡りはじめ、もう雲や霧が切れ切れになって、目の前をぐんぐん通り過ぎて行きました。

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冷たい風が、草を渡りはじめ、もう雲や霧が切れ切れになって目の前をぐんぐん通り過ぎて行きました。

(ああ、こいつは悪くなって来た。

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(ああ、こいつは悪くなって来た。

悪いことはみんな、これからかたまってやって来るのだ。)

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みんな悪いことはこれからたがってやって来るのだ。)

と嘉助は思いました。

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と嘉助は思いました。

まったくそのとおり、急に馬の通った跡は草の中でなくなってしまいました。

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全くそのとおり、にわかに馬の通った跡は草の中でなくなってしまいました。

(ああ、悪くなった、悪くなった。)

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(ああ、悪くなった、悪くなった。)

嘉助は胸をどきどきさせました。

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嘉助は胸をどきどきさせました。

草がからだを曲げて、パチパチと音を立てたり、さらさらと鳴ったりしました。

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草がからだを曲げて、パチパチ言ったり、さらさら鳴ったりしました。

霧はとりわけ濃くなって、着物はすっかりしめってしまいました。

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霧がことにしげくなって、着物はすっかりしめってしまいました。

嘉助はのどいっぱいに叫びました。

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嘉助は咽喉のどいっぱい叫びました。

「一郎、一郎、こっちさ来う。」

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「一郎、一郎、こっちさ来う。」

ところが、なんの返事も聞こえません。

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ところがなんの返事も聞こえません。

黒板から降るチョークの粉のような、暗い冷たい霧の粒が、そこら一面踊りまわり、あたりが急にシインとして、どんどん陰気になりました。

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黒板から降る白墨の粉のような、暗い冷たい霧の粒が、そこら一面踊りまわり、あたりがにわかにシインとして、陰気に陰気になりました。

草からは、もうしずくの音がポタリポタリと聞こえて来ます。

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草からは、もうしずくの音がポタリポタリと聞こえて来ます。

嘉助は、もう早く一郎たちの所へ戻ろうとして、急いで引き返しました。

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嘉助は、もう早く一郎たちの所へ戻ろうとして急いで引っ返しました。

けれどもどうも、そこは前に来た所とは違っていたようでした。

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けれどもどうも、それは前に来た所とは違っていたようでした。

第一、あざみがあんまりたくさんありましたし、それに草の底に、さっきはなかった岩のかけらが、たびたびころがっていました。

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第一、あざみがあんまりたくさんありましたし、それに草の底にさっきなかった岩かけが、たびたびころがっていました。

そしてとうとう、聞いたこともない大きな谷が、いきなり目の前に現われました。

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そしてとうとう聞いたこともない大きな谷が、いきなり目の前に現われました。

すすきがざわざわざわっと鳴り、向こうのほうは底知れずの谷のように、霧の中に消えているではありませんか。

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すすきがざわざわざわっと鳴り、向こうのほうは底知れずの谷のように、霧の中に消えているではありませんか。

風が来ると、すすきの穂は細いたくさんの手をいっぱいにのばして、忙しく振って、

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風が来ると、すすきの穂は細いたくさんの手をいっぱいのばして、忙しく振って、

「あ、西さん、あ、東さん、あ、西さん、あ、南さん、あ、西さん。」

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「あ、西さん、あ、東さん、あ、西さん、あ、南さん、あ、西さん。」

なんて言っているようでした。

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なんて言っているようでした。

嘉助はあんまり見ていられなかったので、目をつむって横を向きました。

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嘉助はあんまり見っともなかったので、目をつむって横を向きました。

そして急いで引き返しました。

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そして急いで引っ返しました。

小さな黒い道が、いきなり草の中に出て来ました。

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小さな黒い道がいきなり草の中に出て来ました。

それはたくさんの馬のひづめの跡でできあがっていたのです。

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それはたくさんの馬のひづめの跡でできあがっていたのです。

嘉助は夢中で短い笑い声をあげて、その道をぐんぐん歩きました。

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嘉助は夢中で短い笑い声をあげて、その道をぐんぐん歩きました。

けれども心細いことに、道の幅が五寸ぐらいになったり、また三尺ぐらいに変わったり、おまけになんだかぐるっと回っているように思われました。

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けれども、たよりのないことは、みちのはばが五寸ぐらいになったり、また三尺ぐらいに変わったり、おまけになんだかぐるっと回っているように思われました。

そしてとうとう、大きなてっぺんの焼けた栗の木の前まで来たとき、道はぼんやりいくつにも分かれてしまいました。

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そして、とうとう大きなてっぺんの焼けたくりの木の前まで来た時、ぼんやり幾つにも別れてしまいました。

そこはたぶん、野馬の集まり場所だったのでしょう。

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そこはたぶんは、野馬の集まり場所であったでしょう。

霧の中に丸い広場のように見えたのです。

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霧の中に丸い広場のように見えたのです。

嘉助はがっかりして、黒い道をまた戻りはじめました。

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嘉助はがっかりして、黒い道をまた戻りはじめました。

知らない草の穂が静かにゆらぎ、少し強い風が来るときには、どこかで何かが合図をしてでもいるように、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。

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知らない草穂が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かが合図をしてでもいるように、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。

空が光って、キインキインと鳴っています。

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空が光ってキインキインと鳴っています。

それからすぐ、目の前の霧の中に、家の形の大きな黒いものがあらわれました。

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それからすぐ目の前の霧の中に、家の形の大きな黒いものがあらわれました。

嘉助はしばらく自分の目を疑って立ちどまっていましたが、やはりどうしても家らしかったので、こわごわもっと近寄って見ますと、それは冷たい大きな黒い岩でした。

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嘉助はしばらく自分の目を疑って立ちどまっていましたが、やはりどうしても家らしかったので、こわごわもっと近寄って見ますと、それは冷たい大きな黒い岩でした。

空がくるくるくるっと白くゆらぎ、草がバラッと一度にしずくを払いました。

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空がくるくるくるっと白く揺らぎ、草がバラッと一度にしずくを払いました。

(間違って原の向こう側へおりたら、又三郎もおれも、もう死ぬばかりだ。)

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(間違って原の向こう側へおりれば、又三郎もおれも、もう死ぬばかりだ。)

と、嘉助は半分思うように、半分つぶやくようにしました。

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と嘉助は半分思うように半分つぶやくようにしました。

それから叫びました。

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それから叫びました。

「一郎、一郎、いるが。一郎。」

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「一郎、一郎、いるが。一郎。」

また明るくなりました。

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また明るくなりました。

草がみないっせいによろこびの息をします。

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草がみないっせいによろこびの息をします。

「伊佐戸の町の、電気工夫の童あ、山男に手足いしばらえてたふだ。」

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伊佐戸いさどの町の、電気工夫のわらすあ、山男に手足いしばらえてたふだ。」

と、いつかだれかが話した言葉が、はっきり耳に聞こえて来ます。

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といつかだれかの話した言葉が、はっきり耳に聞こえて来ます。

そして、黒い道が急に消えてしまいました。

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そして、黒い道がにわかに消えてしまいました。

あたりがほんのしばらくしいんとなりました。

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あたりがほんのしばらくしいんとなりました。

それから、たいへん強い風が吹いて来ました。

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それから非常に強い風が吹いて来ました。

空が旗のようにぱたぱた光ってひるがえり、火花がパチパチパチッと燃えました。

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空が旗のようにぱたぱた光って飜り、火花がパチパチパチッと燃えました。

嘉助はとうとう草の中に倒れて、ねむってしまいました。

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嘉助はとうとう草の中に倒れてねむってしまいました。

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そんなことは、みんなどこか遠くのできごとのようでした。

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そんなことはみんなどこかの遠いできごとのようでした。

もう又三郎が、すぐ目の前に足を投げ出して、だまって空を見あげているのです。

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もう又三郎がすぐ目の前に足を投げだしてだまって空を見あげているのです。

いつのまにか、いつものねずみ色の上着の上にガラスのマントを着ているのです。

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いつかいつものねずみいろの上着の上にガラスのマントを着ているのです。

それから、光るガラスの靴をはいているのです。

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それから光るガラスのくつをはいているのです。

又三郎の肩には、栗の木の影が青く落ちています。

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又三郎の肩にはくりの木の影が青く落ちています。

又三郎の影は、また青く草に落ちています。

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又三郎の影は、また青く草に落ちています。

そして風がどんどんどんどん吹いているのです。

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そして風がどんどんどんどん吹いているのです。

又三郎は笑いもしなければ、物も言いません。

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又三郎は笑いもしなければ物も言いません。

ただ小さなくちびるを強そうにきっと結んだまま、だまって空を見ています。

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ただ小さなくちびるを強そうにきっと結んだまま黙ってそらを見ています。

いきなり又三郎は、ひらっと空へ飛びあがりました。

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いきなり又三郎はひらっとそらへ飛びあがりました。

ガラスのマントがギラギラ光りました。

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ガラスのマントがギラギラ光りました。

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ふと嘉助は目をひらきました。

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ふと嘉助は目をひらきました。

灰色の霧が速く速く飛んでいます。

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灰いろの霧が速く速く飛んでいます。

そして馬が、すぐ目の前にのっそりと立っていたのです。

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そして馬がすぐ目の前にのっそりと立っていたのです。

その目は嘉助を恐れて、横のほうを向いていました。

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その目は嘉助を恐れて横のほうを向いていました。

嘉助ははね上がって、馬の名札を押えました。

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嘉助ははね上がって馬の名札を押えました。

そのうしろから三郎が、まるで色のなくなったくちびるをきっと結んで、こっちへ出て来ました。

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そのうしろから三郎がまるで色のなくなったくちびるをきっと結んでこっちへ出てきました。

嘉助はぶるぶるふるえました。

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嘉助はぶるぶるふるえました。

「おうい。」

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「おうい。」

霧の中から、一郎のお兄さんの声がしました。

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霧の中から一郎のにいさんの声がしました。

雷もごろごろ鳴っています。

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雷もごろごろ鳴っています。

「おおい、嘉助。いるが。嘉助。」

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「おおい、嘉助。いるが。嘉助。」

一郎の声もしました。

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一郎の声もしました。

嘉助はよろこんで飛びあがりました。

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嘉助はよろこんでとびあがりました。

「おおい。いる、いる。一郎。おおい。」

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「おおい。いる、いる。一郎。おおい。」

一郎のお兄さんと一郎が、突然目の前に立ちました。

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一郎のにいさんと一郎が、とつぜん目の前に立ちました。

嘉助は急に泣き出しました。

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嘉助はにわかに泣き出しました。

「捜したぞ。あぶながったぞ。すっかりぬれだな。どう。」

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「捜したぞ。あぶながったぞ。すっかりぬれだな。どう。」

一郎のお兄さんは慣れた手つきで馬の首を抱いて、持って来たくつわをすばやく馬の口にはめました。

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一郎のにいさんはなれた手つきで馬の首を抱いて、もってきたくつわをすばやく馬のくちにはめました。

「さあ、あべさ。」

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「さあ、あべさ。」

「又三郎びっくりしたべあ。」

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「又三郎びっくりしたべあ。」

一郎が三郎に言いました。

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一郎が三郎に言いました。

三郎はだまって、やっぱりきっと口を結んでうなずきました。

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三郎はだまって、やっぱりきっと口を結んでうなずきました。

みんなは一郎のお兄さんについて、ゆるい坂を二つほどのぼりおりしました。

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みんなは一郎のにいさんについて、ゆるい傾斜を二つほどのぼり降りしました。

それから、黒い大きな道をたどってしばらく歩きました。

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それから、黒い大きな道について、しばらく歩きました。

稲光りが二度ばかり、かすかに白くひらめきました。

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稲光りが二度ばかり、かすかに白くひらめきました。

草を焼くにおいがして、霧の中を煙がぼうっと流れています。

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草を焼くにおいがして、霧の中を煙がぼうっと流れています。

一郎のお兄さんが叫びました。

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一郎のにいさんが叫びました。

「おじいさん。いだ、いだ。みんないだ。」

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「おじいさん。いだ、いだ。みんないだ。」

おじいさんは霧の中に立っていて、

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おじいさんは霧の中に立っていて、

「ああ心配した、心配した。ああよがった。おお嘉助。寒がべあ、さあはいれ。」

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「ああ心配した、心配した。ああよがった。おお嘉助。寒がべあ、さあはいれ。」

と言いました。

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と言いました。

嘉助は一郎と同じく、やはりこのおじいさんの孫のようでした。

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嘉助は一郎と同じようにやはりこのおじいさんの孫なようでした。

半分焼けた大きな栗の木の根もとに、草で作った小さな囲いがあって、チョロチョロ赤い火が燃えていました。

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半分に焼けた大きなくりの木の根もとに、草で作った小さな囲いがあって、チョロチョロ赤い火が燃えていました。

一郎のお兄さんは馬を楢の木につなぎました。

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一郎のにいさんは馬をならの木につなぎました。

馬もひひんと鳴いています。

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馬もひひんと鳴いています。

「おおむぞやな。な。なんぼが泣いだがな。そのわろは金山掘りのわろだな。さあさあみんな団子たべろ。食べろ。な、今こっちを焼ぐがらな。全体どこまで行ってだった。」

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「おおむぞやな。な。なんぼが泣いだがな。そのわろは金山掘りのわろだな。さあさあみんな団子たべろ。食べろ。な、今こっちを焼ぐがらな。全体どこまで行ってだった。」

「笹長根のおり口だ。」

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笹長根ささながねのおり口だ。」

と、一郎のお兄さんが答えました。

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と一郎のにいさんが答えました。

「あぶないがった。あぶないがった。向こうさ降りだら馬も人もそれっ切りだったぞ。さあ嘉助、団子食べろ。このわろもたべろ。さあさあ、こいづも食べろ。」

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「あぶないがった。あぶないがった。向こうさ降りだら馬も人もそれっ切りだったぞ。さあ嘉助、団子食べろ。このわろもたべろ。さあさあ、こいづも食べろ。」

「おじいさん。馬置いでくるが。」

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「おじいさん。馬置いでくるが。」

と、一郎のお兄さんが言いました。

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と一郎のにいさんが言いました。

「うんうん。牧夫来るどまだやがましがらな、したども、も少し待で。またすぐ晴れる。ああ心配した。おれも虎こ山の下まで行って見で来た。はあ、まんつよがった。雨も晴れる。」

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「うんうん。牧夫来るどまだやがましがらな、したども、も少し待で。またすぐ晴れる。ああ心配した。おれもとらやまの下まで行って見で来た。はあ、まんつよがった。雨も晴れる。」

「けさほんとに天気よがったのにな。」

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「けさほんとに天気よがったのにな。」

「うん。またよぐなるさ、あ、雨漏って来たな。」

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「うん。またよぐなるさ、あ、雨漏って来たな。」

一郎のお兄さんが出て行きました。

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一郎のにいさんが出て行きました。

天井がガサガサガサガサ言います。

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天井がガサガサガサガサ言います。

おじいさんが笑いながら、それを見上げました。

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おじいさんが笑いながらそれを見上げました。

お兄さんがまた入って来ました。

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にいさんがまたはいって来ました。

「おじいさん。明るぐなった。雨あ霽れだ。」

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「おじいさん。明るぐなった。雨あれだ。」

「うんうん、そうが。さあみんなよっく火にあだれ、おらまた草刈るがらな。」

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「うんうん、そうが。さあみんなよっく火にあだれ、おらまた草刈るがらな。」

霧がふっと切れました。

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霧がふっと切れました。

日の光がさっと流れ込んで来ました。

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日の光がさっと流れてはいりました。

その太陽は少し西のほうに寄ってかかり、いくひらかの蝋のような霧が、逃げおくれてしかたなしに光りました。

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その太陽は、少し西のほうに寄ってかかり、幾片かのろうのような霧が、逃げおくれてしかたなしに光りました。

草からはしずくがきらきら落ち、すべての葉も茎も花も、今年の終わりの日の光を吸っています。

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草からはしずくがきらきら落ち、すべての葉も茎も花も、ことしの終わりの日の光を吸っています。

はるかな西の青い野原は、いま泣きやんだようにまぶしく笑い、向こうの栗の木は青い後光を放ちました。

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はるかな西のあおい野原は、今泣きやんだようにまぶしく笑い、向こうのくりの木は青い後光を放ちました。

みんなはもう疲れて、一郎を先に野原をおりました。

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みんなはもう疲れて一郎をさきに野原をおりました。

わき水のところで、三郎はやっぱりだまって、きっと口を結んだままみんなに別れ、自分だけお父さんの小屋のほうへ帰って行きました。

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わき水のところで三郎はやっぱりだまって、きっと口を結んだままみんなに別れて、じぶんだけおとうさんの小屋のほうへ帰って行きました。

帰りながら嘉助が言いました。

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帰りながら嘉助が言いました。

「あいづやっぱり風の神だぞ。風の神の子っ子だぞ。あそごさ二人して巣食ってるんだぞ。」

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「あいづやっぱり風の神だぞ。風の神の子っ子だぞ。あそごさ二人して巣食ってるんだぞ。」

「そだないよ。」

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「そだないよ。」

一郎が大きな声で言いました。

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一郎が高く言いました。

次の日は朝のうちは雨でしたが、二時間目からだんだん明るくなって、三時間目の終わりの十分休みにはとうとうすっかりやみ、あちこちに削ったような青空も出て、その下をまっ白なうろこ雲がどんどん東へ走り、山の萱からも栗の木からも、残りの雲が湯気のように立ちました。

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次の日は朝のうちは雨でしたが、二時間目からだんだん明るくなって三時間目の終わりの十分休みにはとうとうすっかりやみ、あちこちに削ったような青ぞらもできて、その下をまっ白なうろこ雲がどんどん東へ走り、山のかやからも栗の木からも残りの雲が湯げのように立ちました。

「下がったら葡萄蔓とりに行がないが。」

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「下がったら葡萄蔓えびづるとりに行がないが。」

耕助が嘉助にそっと言いました。

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耕助が嘉助にそっと言いました。

「行ぐ行ぐ。三郎も行がないが。」

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「行ぐ行ぐ。三郎も行がないが。」

嘉助がさそいました。

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嘉助がさそいました。

耕助は、

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耕助は、

「わあい、あそご三郎さ教えるやないぢゃ。」

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「わあい、あそご三郎さ教えるやないぢゃ。」

と言いましたが、三郎はそれを知らずに、

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と言いましたが三郎は知らないで、

「行くよ。ぼくは北海道でもとったぞ。ぼくのおかあさんは樽へ二つ漬けたよ。」

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「行くよ。ぼくは北海道でもとったぞ。ぼくのおかあさんはたるへ二っつけたよ。」

と言いました。

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と言いました。

「葡萄とりにおらも連れでがないが。」

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葡萄ぶどうとりにおらも連れでがないが。」

二年生の承吉も言いました。

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二年生の承吉しょうきちも言いました。

「わがないぢゃ。うなどさ教えるやないぢゃ。おら去年な新しいどご見つけだぢゃ。」

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「わがないぢゃ。うなどさ教えるやないぢゃ。おら去年な新しいどご見つけだぢゃ。」

みんなは学校の終わるのが待ち遠しかったのでした。

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みんなは学校の済むのが待ち遠しかったのでした。

五時間目が終わると、一郎と嘉助と佐太郎と耕助と悦治と三郎の六人で、学校から上流のほうへのぼって行きました。

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五時間目が終わると、一郎と嘉助と佐太郎と耕助と悦治と三郎と六人で学校から上流のほうへ登って行きました。

少し行くと一軒の藁ぶき屋根の家があって、その前に小さなたばこ畑がありました。

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少し行くと一けんのわらやねの家があって、その前に小さなたばこ畑がありました。

たばこの木はもう下のほうの葉をつんであるので、その青い茎が林のようにきれいに並んで、いかにもおもしろそうでした。

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たばこの木はもう下のほうの葉をつんであるので、その青い茎が林のようにきれいにならんでいかにもおもしろそうでした。

すると三郎はいきなり、

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すると三郎はいきなり、

「なんだい、この葉は。」

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「なんだい、この葉は。」

と言いながら、葉を一枚むしって一郎に見せました。

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と言いながら葉を一枚むしって一郎に見せました。

すると一郎はびっくりして、

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すると一郎はびっくりして、

「わあ、又三郎、たばごの葉とるづど専売局にうんとしかられるぞ。わあ、又三郎何してとった。」

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「わあ、又三郎、たばごの葉とるづど専売局にうんとしかられるぞ。わあ、又三郎何してとった。」

と、少し顔色を悪くして言いました。

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と少し顔いろを悪くして言いました。

みんなも口々に言いました。

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みんなも口々に言いました。

「わあい。専売局であ、この葉一枚ずつ数えで帳面さつけでるだ。おら知らないぞ。」

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「わあい。専売局であ、この葉一枚ずつ数えで帳面さつけでるだ。おら知らないぞ。」

「おらも知らないぞ。」

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「おらも知らないぞ。」

「おらも知らないぞ。」

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「おらも知らないぞ。」

みんな口をそろえてはやしました。

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みんな口をそろえてはやしました。

すると三郎は顔をまっ赤にして、しばらくそれを振り回しながら何か言おうと考えていましたが、

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すると三郎は顔をまっにして、しばらくそれを振り回して何か言おうと考えていましたが、

「おら知らないでとったんだい。」

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「おら知らないでとったんだい。」

と、怒ったように言いました。

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とおこったように言いました。

みんなはこわそうに、だれか見ていないかというように向こうの家を見ました。

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みんなはこわそうに、だれか見ていないかというように向こうの家を見ました。

たばこ畑からもうもうと上がる湯気の向こうで、その家はしいんとして、だれもいないようでした。

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たばこばたけからもうもうとあがる湯げの向こうで、その家はしいんとしてだれもいたようではありませんでした。

「あの家一年生の小助の家だぢゃい。」

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「あの家一年生の小助こすけの家だぢゃい。」

嘉助が少しなだめるように言いました。

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嘉助が少しなだめるように言いました。

ところが耕助は、はじめから自分の見つけた葡萄藪へ三郎やみんながぞろぞろ来るのがおもしろくなかったものですから、意地悪くもう一度三郎に言いました。

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ところが耕助ははじめからじぶんの見つけた葡萄藪ぶどうやぶへ、三郎だのみんなあんまり来ておもしろくなかったもんですから、意地悪くもいちど三郎に言いました。

「わあ、三郎なんぼ知らないたってわがないんだぢゃ。わあい、三郎もどのとおりにしてまゆんだであ。」

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「わあ、三郎なんぼ知らないたってわがないんだぢゃ。わあい、三郎もどのとおりにしてまゆんだであ。」

三郎は困ったようにして、またしばらくだまっていましたが、

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三郎は困ったようにしてまたしばらくだまっていましたが、

「そんなら、おいらここへ置いてくからいいや。」

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「そんなら、おいらここへ置いてくからいいや。」

と言いながら、さっきの木の根もとへそっとその葉を置きました。

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と言いながらさっきの木の根もとへそっとその葉を置きました。

すると一郎は、

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すると一郎は、

「早くあべ。」

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「早くあべ。」

と言って先に立って歩き出しましたので、みんなもついて行きましたが、耕助だけはまだ残って「ほう、おら知らないぞ。ありゃ、又三郎の置いた葉、あすごにあるぢゃい。」

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と言って先にたってあるきだしましたのでみんなもついて行きましたが、耕助だけはまだ残って「ほう、おら知らないぞ。ありゃ、又三郎の置いた葉、あすごにあるぢゃい。」

などと言っていたのでしたが、みんながどんどん歩き出したので、耕助もやっとついて来ました。

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なんて言っているのでしたが、みんながどんどん歩きだしたので耕助もやっとついて来ました。

みんなが萱の間の小さな道を山のほうへ少しのぼると、その南側に向いたくぼみに栗の木があちこち立って、下には葡萄がもくもくした大きな藪になっていました。

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みんなはかやの間の小さなみちを山のほうへ少しのぼりますと、その南側に向いたくぼみにくりの木があちこち立って、下には葡萄がもくもくした大きなやぶになっていました。

「こごおれ見っつけだのだがらみんなあんまりとるやないぞ。」

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「こごおれ見っつけだのだがらみんなあんまりとるやないぞ。」

耕助が言いました。

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耕助が言いました。

すると三郎は、

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すると三郎は、

「おいら栗のほうをとるんだい。」

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「おいら栗のほうをとるんだい。」

と言って、石を拾って一つの枝へ投げました。

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といって石を拾って一つの枝へ投げました。

青いいがが一つ落ちました。

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青いいがが一つ落ちました。

三郎はそれを棒きれでむいて、まだ白い栗を二つとりました。

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三郎はそれを棒きれでむいて、まだ白い栗を二つとりました。

みんなは葡萄のほうに一生けんめいでした。

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みんなは葡萄ぶどうのほうへ一生けん命でした。

そのうち耕助が、もう一つの藪へ行こうと一本の栗の木の下を通ると、いきなり上からしずくが一度にざっと落ちて来て、耕助は肩から背中まで水に入ったようになりました。

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そのうち耕助がも一つのやぶへ行こうと一本のくりの木の下を通りますと、いきなり上からしずくが一ぺんにざっと落ちてきましたので、耕助は肩からせなかから水へはいったようになりました。

耕助がおどろいて口をあけて上を見ると、いつのまにか木の上に三郎がのぼっていて、なんだか少し笑いながら、自分も袖口で顔をふいていたのです。

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耕助はおどろいて口をあいて上を見ましたら、いつか木の上に三郎がのぼっていて、なんだか少しわらいながらじぶんもそでぐちで顔をふいていたのです。

「わあい、又三郎何する。」

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「わあい、又三郎何する。」

耕助はうらめしそうに木を見あげました。

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耕助はうらめしそうに木を見あげました。

「風が吹いたんだい。」

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「風が吹いたんだい。」

三郎は上でくつくつ笑いながら言いました。

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三郎は上でくつくつわらいながら言いました。

耕助は木の下をはなれて、また別の藪で葡萄をとりはじめました。

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耕助は木の下をはなれてまた別の藪で葡萄をとりはじめました。

もう耕助は自分でも持てないくらいあちこちへためていて、口も紫色になって、まるで大きく見えました。

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もう耕助はじぶんでも持てないくらいあちこちへためていて、口も紫いろになってまるで大きく見えました。

「さあ、このくらい持って戻らないが。」

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「さあ、このくらい持って戻らないが。」

一郎が言いました。

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一郎が言いました。

「おら、もっと取ってぐぢゃ。」

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「おら、もっと取ってぐぢゃ。」

耕助が言いました。

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耕助が言いました。

そのとき耕助は、また頭から冷たいしずくをざあっとかぶりました。

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そのとき耕助はまた頭からつめたいしずくをざあっとかぶりました。

耕助はまたびっくりしたように木を見上げましたが、今度は三郎は木の上にいませんでした。

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耕助はまたびっくりしたように木を見上げましたが今度は三郎は木の上にはいませんでした。

けれども木の向こう側に三郎のねずみ色のひじも見えていましたし、くつくつ笑う声もしましたから、耕助はもうすっかり怒ってしまいました。

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けれども木の向こう側に三郎のねずみいろのひじも見えていましたし、くつくつ笑う声もしましたから、耕助はもうすっかりおこってしまいました。

「わあい又三郎、まだひとさ水掛げだな。」

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「わあい又三郎、まだひとさ水掛げだな。」

「風が吹いたんだい。」

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「風が吹いたんだい。」

みんなはどっと笑いました。

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みんなはどっと笑いました。

「わあい又三郎、うなそごで木ゆすったけあなあ。」

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「わあい又三郎、うなそごで木ゆすったけあなあ。」

みんなはどっとまた笑いました。

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みんなはどっとまた笑いました。

すると耕助はうらめしそうに、しばらくだまって三郎の顔を見ながら、

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すると耕助はうらめしそうにしばらくだまって三郎の顔を見ながら、

「うあい又三郎、汝などあ世界になくてもいいなあ。」

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「うあい又三郎、うななどあ世界になくてもいいなあ。」

すると三郎はずるそうに笑いました。

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すると三郎はずるそうに笑いました。

「やあ耕助君、失敬したねえ。」

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「やあ耕助君、失敬したねえ。」

耕助は何かもっと別のことを言おうと思いましたが、あんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので、また同じように叫びました。

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耕助は何かもっと別のことを言おうと思いましたが、あんまりおこってしまって考え出すことができませんでしたのでまた同じように叫びました。

「うあい、うあいだ、又三郎、うなみだいな風など世界じゅうになくてもいいなあ、うわあい。」

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「うあい、うあいだ、又三郎、うなみだいなかぜなど世界じゅうになくてもいいなあ、うわあい。」

「失敬したよ、だってあんまりきみもぼくへ意地悪をするもんだから。」

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「失敬したよ、だってあんまりきみもぼくへ意地悪をするもんだから。」

三郎は少し目をパチパチさせて、気の毒そうに言いました。

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三郎は少し目をパチパチさせて気の毒そうに言いました。

けれども耕助の怒りは、なかなか解けませんでした。

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けれども耕助のいかりはなかなか解けませんでした。

そして三度、同じことをくりかえしたのです。

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そして三度同じことをくりかえしたのです。

「うわい又三郎、風などあ世界じゅうになくてもいいな、うわい。」

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「うわい又三郎、風などあ世界じゅうになくてもいいな、うわい。」

すると三郎は少しおもしろくなったようで、またくつくつ笑い出してたずねました。

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すると三郎は少しおもしろくなったようでまたくつくつ笑いだしてたずねました。

「風が世界じゅうになくってもいいって、どういうんだい。いいと思う理由を一つずつ挙げてごらん。そら。」

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「風が世界じゅうになくってもいいってどういうんだい。いいと箇条をたてていってごらん。そら。」

三郎は先生みたいな顔つきをして、指を一本出しました。

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三郎は先生みたいな顔つきをして指を一本だしました。

耕助は試験のようだし、つまらないことになったと思ってたいへんくやしかったのですが、しかたなくしばらく考えてから言いました。

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耕助は試験のようだし、つまらないことになったと思ってたいへんくやしかったのですが、しかたなくしばらく考えてから言いました。

「汝など悪戯ばりさな、傘ぶっこわしたり。」

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うななど悪戯わるさばりさな、かさぶっこわしたり。」

「それからそれから。」

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「それからそれから。」

三郎はおもしろそうに一足進んで言いました。

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三郎はおもしろそうに一足進んで言いました。

「それがら木折ったり転覆したりさな。」

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「それがら木折ったり転覆したりさな。」

「それから、それからどうだい。」

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「それから、それからどうだい。」

「家もぶっこわさな。」

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「家もぶっこわさな。」

「それから。それから、あとはどうだい。」

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「それから。それから、あとはどうだい。」

「あかしも消さな。」

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「あかしも消さな。」

「それからあとは? それからあとは? どうだい。」

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「それからあとは? それからあとは? どうだい。」

「シャップもとばさな。」

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「シャップもとばさな。」

「それから? それからあとは? あとはどうだい。」

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「それから? それからあとは? あとはどうだい。」

「笠もとばさな。」

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かさもとばさな。」

「それからそれから。」

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「それからそれから。」

「それがら、ラ、ラ、電信ばしらも倒さな。」

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「それがら、ラ、ラ、電信ばしらも倒さな。」

「それから? それから? それから?」

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「それから? それから? それから?」

「それがら屋根もとばさな。」

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「それがら屋根もとばさな。」

「アアハハハ、屋根は家のうちだい。どうだいまだあるかい。それから、それから?」

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「アアハハハ、屋根は家のうちだい。どうだいまだあるかい。それから、それから?」

「それだがら、ララ、それだからランプも消さな。」

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「それだがら、ララ、それだからランプも消さな。」

「アアハハハハ、ランプはあかしのうちだい。けれどそれだけかい。え、おい。それから? それからそれから。」

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「アアハハハハ、ランプはあかしのうちだい。けれどそれだけかい。え、おい。それから? それからそれから。」

耕助はつまってしまいました。

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耕助はつまってしまいました。

たいていもう言ってしまったのですから、いくら考えてももう出て来ませんでした。

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たいていもう言ってしまったのですから、いくら考えてももうできませんでした。

三郎はいよいよおもしろそうに指を一本立てながら、

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三郎はいよいよおもしろそうに指を一本立てながら、

「それから? それから? ええ? それから?」

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「それから? それから? ええ? それから?」

と言うのでした。

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と言うのでした。

耕助は顔を赤くして、しばらく考えてからやっと答えました。

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耕助は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「風車もぶっこわさな。」

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「風車もぶっこわさな。」

すると三郎は、こんどこそはまるで飛び上がって笑ってしまいました。

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すると三郎はこんどこそはまるで飛び上がって笑ってしまいました。

みんなも笑いました。

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みんなも笑いました。

笑って笑って笑いました。

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笑って笑って笑いました。

三郎はやっと笑うのをやめて言いました。

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三郎はやっと笑うのをやめて言いました。

「そらごらん、とうとう風車なんかを言っちゃったろう。風車なら風を悪く思っちゃいないんだよ。もちろん時々こわすこともあるけれども、回してやる時のほうがずっと多いんだ。風車ならちっとも風を悪く思っていないんだ。それに第一、お前のさっきからの数え方はあんまりおかしいや。ララ、ララ、ばかり言ったんだろう。おしまいにとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

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「そらごらん、とうとう風車などを言っちゃったろう。風車なら風を悪く思っちゃいないんだよ。もちろん時々こわすこともあるけれども回してやる時のほうがずっと多いんだ。風車ならちっとも風を悪く思っていないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようはあんまりおかしいや。ララ、ララ、ばかり言ったんだろう。おしまいにとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

三郎はまた涙の出るほど笑いました。

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三郎はまた涙の出るほど笑いました。

耕助も、さっきからあんまり困って怒っていたのを、だんだん忘れて来ました。

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耕助もさっきからあんまり困ったためにおこっていたのもだんだん忘れて来ました。

そして、つい三郎といっしょに笑い出してしまったのです。

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そしてつい三郎といっしょに笑い出してしまったのです。

すると三郎もすっかりきげんを直して、

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すると三郎もすっかりきげんを直して、

「耕助君、いたずらをして済まなかったよ。」

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「耕助君、いたずらをして済まなかったよ。」

と言いました。

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と言いました。

「さあそれであ行ぐべな。」

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「さあそれであ行ぐべな。」

と一郎は言いながら、三郎に葡萄を五ふさばかりくれました。

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と一郎は言いながら三郎にぶどうを五ふさばかりくれました。

三郎は白い栗をみんなに二つずつ分けました。

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三郎は白いくりをみんなに二つずつ分けました。

そしてみんなは下の道までいっしょにおりて、あとはめいめいの家へ帰ったのです。

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そしてみんなは下のみちまでいっしょにおりて、あとはめいめいのうちへ帰ったのです。

次の朝は霧がじめじめ降って、学校のうしろの山もぼんやりとしか見えませんでした。

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次の朝は霧がじめじめ降って学校のうしろの山もぼんやりしか見えませんでした。

ところがきょうも二時間目ごろからだんだん晴れて、まもなく空はまっ青になり、日はかんかん照って、お昼になって一、二年生が帰ってしまうと、まるで夏のように暑くなってしまいました。

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ところがきょうも二時間目ころからだんだん晴れてまもなく空はまっさおになり、日はかんかん照って、おひるになって一、二年が下がってしまうとまるで夏のように暑くなってしまいました。

昼すぎは先生もたびたび教壇で汗をふき、四年生の習字も五年生六年生の図画も、まるでむし暑くて、書きながらうとうとするのでした。

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ひるすぎは先生もたびたび教壇で汗をふき、四年生の習字も五年生六年生の図画もまるでむし暑くて、書きながらうとうとするのでした。

授業が済むと、みんなはすぐ川下のほうへそろって出かけました。

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授業が済むとみんなはすぐ川下のほうへそろって出かけました。

嘉助が、

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嘉助が、

「又三郎、水泳ぎに行がないが。小さいやづど今ころみんな行ってるぞ。」

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「又三郎、水泳ぎに行がないが。小さいやづど今ころみんな行ってるぞ。」

と言いましたので、三郎もついて行きました。

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と言いましたので三郎もついて行きました。

そこはこの前上の野原へ行ったところよりもう少し下流で、右のほうからもう一つの谷川が入って来て少し広い河原になり、すぐ下流は大きなさいかちの木の生えた崖になっているのでした。

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そこはこの前上の野原へ行ったところよりも、も少し下流で右のほうからも一つの谷川がはいって来て、少し広い河原になり、すぐ下流は大きなさいかちの木のはえたがけになっているのでした。

「おおい。」

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「おおい。」

と、先に来ている子どもたちが、はだかで両手をあげて叫びました。

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とさきに来ているこどもらがはだかで両手をあげて叫びました。

一郎やみんなは、河原のねむの木の間をまるで徒競走のように走って、いきなり着物をぬぐとすぐどぶんどぶんと水に飛び込み、両足を代わる代わる曲げて、だあんだあんと水をたたくようにしながら、斜めに並んで向こう岸へ泳ぎはじめました。

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一郎やみんなは、河原のねむの木の間をまるで徒競走のように走って、いきなりきものをぬぐとすぐどぶんどぶんと水に飛び込んで両足をかわるがわる曲げて、だあんだあんと水をたたくようにしながら斜めにならんで向こう岸へ泳ぎはじめました。

前にいた子どもたちもあとから追いついて泳ぎはじめました。

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前にいたこどもらもあとから追い付いて泳ぎはじめました。

三郎も着物をぬいでみんなのあとから泳ぎはじめましたが、途中で声をあげて笑いました。

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三郎もきものをぬいでみんなのあとから泳ぎはじめましたが、途中で声をあげてわらいました。

すると向こう岸に着いた一郎が、髪をあざらしのようにして、くちびるを紫にしてわくわくふるえながら、

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すると向こう岸についた一郎が、髪をあざらしのようにしてくちびるを紫にしてわくわくふるえながら、

「わあ又三郎、何してわらった。」

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「わあ又三郎、何してわらった。」

と言いました。

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と言いました。

三郎はやっぱりふるえながら水から上がって、

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三郎はやっぱりふるえながら水からあがって、

「この川冷たいなあ。」

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「この川冷たいなあ。」

と言いました。

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と言いました。

「又三郎何してわらった?」

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「又三郎何してわらった?」

一郎はまたききました。

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一郎はまたききました。

三郎は、

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三郎は、

「おまえたちの泳ぎ方はおかしいや。なぜ足をだぶだぶ鳴らすんだい。」

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「おまえたちの泳ぎ方はおかしいや。なぜ足をだぶだぶ鳴らすんだい。」

と言いながら、また笑いました。

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と言いながらまた笑いました。

「うわあい。」

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「うわあい。」

と一郎は言いましたが、なんだかきまりが悪くなったように、

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と一郎は言いましたが、なんだかきまりが悪くなったように、

「石取りさないが。」

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「石取りさないが。」

と言いながら、白い丸い石をひろいました。

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と言いながら白い丸い石をひろいました。

「するする。」

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「するする。」

子どもたちがみんな叫びました。

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こどもらがみんな叫びました。

「おれそれであ、あの木の上がら落とすがらな。」

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「おれそれであ、あの木の上がら落とすがらな。」

と一郎は言いながら、崖の中ほどから出ているさいかちの木へするするのぼって行きました。

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と一郎は言いながらがけの中ごろから出ているさいかちの木へするするのぼって行きました。

そして、

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そして、

「さあ落とすぞ。一二三。」

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「さあ落とすぞ。一二三。」

と言いながら、その白い石をどぶん、と淵へ落としました。

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と言いながらその白い石をどぶん、とふちへ落としました。

みんなは我先にと岸からまっさかさまに水に飛び込んで、青白いらっこのような形をして底へもぐり、その石をとろうとしました。

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みんなはわれ勝ちに岸からまっさかさまに水にとび込んで、青白いらっこのような形をして底へもぐって、その石をとろうとしました。

けれども、みんな底まで行かないうちに息がつまって浮かび出して来て、代わる代わるふうっとそこらへ霧をふきました。

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けれどもみんな底まで行かないに息がつまって浮かびだして来て、かわるがわるふうとそこらへ霧をふきました。

三郎はじっとみんなのするのを見ていましたが、みんなが浮かんで来てから、自分もどぶんと入って行きました。

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三郎はじっとみんなのするのを見ていましたが、みんなが浮かんできてからじぶんもどぶんとはいって行きました。

けれども、やっぱり底まで届かずに浮いて来たので、みんなはどっと笑いました。

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けれどもやっぱり底まで届かずに浮いてきたのでみんなはどっと笑いました。

そのとき、向こうの河原のねむの木のところを、大人が四人、肌ぬぎになったり網を持ったりしてこっちへ来るのでした。

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そのとき向こうの河原のねむの木のところを大人おとなが四人、はだぬぎになったり、網をもったりしてこっちへ来るのでした。

すると一郎は木の上で、うんと声を低くしてみんなに叫びました。

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すると一郎は木の上でまるで声をひくくしてみんなに叫びました。

「おお、発破だぞ。知らないふりしてろ。石とりやめで早ぐみんな下流ささがれ。」

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「おお、発破はっぱだぞ。知らないふりしてろ。石とりやめで早ぐみんな下流しもささがれ。」

そこでみんなは、なるべくそっちを見ないふりをしながら、いっしょに砥石をひろったり、せきれいを追ったりして、発破のことなど少しも気がつかないふりをしていました。

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そこでみんなは、なるべくそっちを見ないふりをしながら、いっしょに砥石といしをひろったり、鶺鴒せきれいを追ったりして、発破のことなぞ、すこしも気がつかないふりをしていました。

すると向こうの淵の岸では、下流で坑夫をしていた庄助が、しばらくあちこち見まわしてから、いきなりあぐらをかいて砂利の上にすわってしまいました。

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すると向こうのふちの岸では、下流の坑夫をしていた庄助しょうすけが、しばらくあちこち見まわしてから、いきなりあぐらをかいて砂利じゃりの上へすわってしまいました。

それからゆっくり腰からたばこ入れをとって、きせるをくわえてぱくぱく煙をふき出しました。

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それからゆっくり腰からたばこ入れをとって、きせるをくわえてぱくぱく煙をふきだしました。

妙だと思っていると、また腹かけから何か出しました。

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奇体だと思っていましたら、また腹かけから何か出しました。

「発破だぞ、発破だぞ。」

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発破はっぱだぞ、発破だぞ。」

と、みんな叫びました。

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とみんな叫びました。

一郎は手をふって、それをとめました。

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一郎は手をふってそれをとめました。

庄助は、きせるの火を静かにそれへうつしました。

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庄助は、きせるの火をしずかにそれへうつしました。

うしろにいた一人は、すぐ水に入って網をかまえました。

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うしろにいた一人はすぐ水にはいって網をかまえました。

庄助はまるで落ちついて、立って一足水に入ると、すぐその持ったものを、さいかちの木の下のところへ投げこみました。

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庄助はまるで落ちついて、立って一あし水にはいるとすぐその持ったものを、さいかちの木の下のところへ投げこみました。

するとまもなく、ぼおというようなひどい音がして水はむくっと盛りあがり、それからしばらく、そこらあたりがきいんと鳴りました。

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するとまもなく、ぼおというようなひどい音がして水はむくっと盛りあがり、それからしばらくそこらあたりがきいんと鳴りました。

向こうの大人たちは、みんな水へ入りました。

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向こうの大人おとなたちはみんな水へはいりました。

「さあ、流れて来るぞ。みんなとれ。」

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「さあ、流れて来るぞ。みんなとれ。」

と一郎が言いました。

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と一郎が言いました。

まもなく耕助は、小指ぐらいの茶色のかじかが横向きになって流れて来たのをつかみましたし、そのうしろでは嘉助が、まるで瓜をすするときのような声を出しました。

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まもなく耕助は小指ぐらいの茶いろなかじかが横向きになって流れて来たのをつかみましたし、そのうしろでは嘉助が、まるでうりをすするときのような声を出しました。

それは六寸ぐらいある鮒をとって、顔をまっ赤にしてよろこんでいたのです。

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それは六寸ぐらいあるふなをとって、顔をまっにしてよろこんでいたのです。

それからみんなとって、わあわあよろこびました。

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それからみんなとって、わあわあよろこびました。

「だまってろ、だまってろ。」

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「だまってろ、だまってろ。」

一郎が言いました。

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一郎が言いました。

そのとき向こうの白い河原を、肌ぬぎになったりシャツだけ着たりした大人が五、六人かけて来ました。

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そのとき向こうの白い河原をはだぬぎになったり、シャツだけ着たりした大人が五六人かけて来ました。

そのうしろからは、ちょうど映画のように、一人の網シャツを着た人が、はだか馬に乗ってまっしぐらに走って来ました。

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そのうしろからはちょうど活動写真のように、一人の網シャツを着た人が、はだか馬に乗ってまっしぐらに走って来ました。

みんな発破の音を聞いて見に来たのです。

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みんな発破の音を聞いて見に来たのです。

庄助はしばらく腕を組んで、みんながとるのを見ていましたが、

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庄助はしばらく腕を組んでみんなのとるのを見ていましたが、

「さっぱりいないな。」

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「さっぱりいないな。」

と言いました。

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と言いました。

すると三郎が、いつのまにか庄助のそばへ行っていました。

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すると三郎がいつのまにか庄助のそばへ行っていました。

そして中くらいの鮒を二匹、

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そして中くらいの鮒を二匹、

「魚返すよ。」

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さかな返すよ。」

と言って、河原へ投げるように置きました。

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といって河原へ投げるように置きました。

すると庄助が、

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すると庄助が、

「なんだこの童あ、きたいなやづだな。」

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「なんだこのわらすあ、きたいなやづだな。」

と言いながら、じろじろ三郎を見ました。

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と言いながらじろじろ三郎を見ました。

三郎はだまってこっちへ帰って来ました。

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三郎はだまってこっちへ帰ってきました。

庄助は変な顔をして見ています。

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庄助は変な顔をしてみています。

みんなはどっと笑いました。

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みんなはどっとわらいました。

庄助はだまって、また上流へ歩き出しました。

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庄助はだまってまた上流かみへ歩きだしました。

ほかの大人たちもついて行き、網シャツの人は馬に乗って、またかけて行きました。

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ほかのおとなたちもついて行き、網シャツの人は馬に乗って、またかけて行きました。

耕助が泳いで行って、三郎の置いて来た魚を持って来ました。

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耕助が泳いで行って三郎の置いて来た魚を持ってきました。

みんなはそこでまた笑いました。

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みんなはそこでまたわらいました。

「発破かけだら、雑魚撒かせ。」

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発破はっぱかけだら、雑魚ざこかせ。」

嘉助が河原の砂の上で、ぴょんぴょんはねながら高く叫びました。

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嘉助が河原の砂っぱの上で、ぴょんぴょんはねながら高く叫びました。

みんなはとった魚を石で囲んで小さな生けすをこしらえ、生き返ってももう逃げて行かないようにして、また上流のさいかちの木へのぼりはじめました。

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みんなはとった魚を石で囲んで、小さな生け州をこしらえて、生きかえってももう逃げて行かないようにして、また上流のさいかちの木へのぼりはじめました。

ほんとうに暑くなって、ねむの木もまるで夏のようにぐったり見えましたし、空もまるで底なしの淵のようになりました。

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ほんとうに暑くなって、ねむの木もまるで夏のようにぐったり見えましたし、空もまるで底なしのふちのようになりました。

そのころ、だれかが、

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そのころだれかが、

「あ、生け州ぶっこわすとこだぞ。」

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「あ、生け州ぶっこわすとこだぞ。」

と叫びました。

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と叫びました。

見ると、一人の変に鼻のとがった、洋服を着てわらじをはいた人が、手にはステッキみたいなものを持って、みんなの魚をぐちゃぐちゃかきまわしているのでした。

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見ると一人の変に鼻のとがった、洋服を着てわらじをはいた人が、手にはステッキみたいなものをもって、みんなの魚をぐちゃぐちゃかきまわしているのでした。

その男は、こっちへびちゃびちゃ岸を歩いて来ました。

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その男はこっちへびちゃびちゃ岸をあるいて来ました。

「あ、あいづ専売局だぞ。専売局だぞ。」

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「あ、あいづ専売局だぞ。専売局だぞ。」

佐太郎が言いました。

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佐太郎が言いました。

「又三郎、うなのとった煙草の葉めっけたんだで、うな、連れでぐさ来たぞ。」

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「又三郎、うなのとった煙草たばこの葉めっけたんだで、うな、連れでぐさ来たぞ。」

嘉助が言いました。

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嘉助が言いました。

「なんだい。こわくないや。」

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「なんだい。こわくないや。」

三郎はきっと口をかんで言いました。

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三郎はきっと口をかんで言いました。

「みんな又三郎のごと囲んでろ、囲んでろ。」

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「みんな又三郎のごと囲んでろ、囲んでろ。」

と一郎が言いました。

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と一郎が言いました。

そこでみんなは、三郎をさいかちの木のいちばん中の枝に置いて、まわりの枝にすっかり腰かけました。

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そこでみんなは三郎をさいかちの木のいちばん中の枝に置いて、まわりの枝にすっかり腰かけました。

「来た来た、来た来た。来たっ。」

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「来た来た、来た来た。来たっ。」

と、みんなは息をこらしました。

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とみんなは息をこらしました。

ところがその男は、べつに三郎をつかまえるようすでもなく、みんなの前を通りこして、それから淵のすぐ上流の浅瀬を渡ろうとしました。

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ところがその男は別に三郎をつかまえるふうでもなく、みんなの前を通りこして、それからふちのすぐ上流の浅瀬を渡ろうとしました。

それもすぐに川を渡るでもなく、いかにもわらじや脚絆のきたなくなったのをそのまま洗うというふうに、何度も行ったり来たりするものですから、みんなはだんだんこわくなくなりましたが、そのかわり気持ちが悪くなって来ました。

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それもすぐに川をわたるでもなく、いかにもわらじや脚絆きゃはんのきたなくなったのをそのまま洗うというふうに、もう何べんも行ったり来たりするもんですから、みんなはだんだんこわくなくなりましたが、そのかわり気持ちが悪くなってきました。

そこでとうとう一郎が言いました。

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そこでとうとう一郎が言いました。

「お、おれ先に叫ぶから、みんなあとから、一二三で叫ぶこだ。いいか。

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「お、おれ先に叫ぶから、みんなあとから、一二三で叫ぶこだ。いいか。

あんまり川を濁すなよ、

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あんまり川を濁すなよ、

いつでも先生言うでないか。

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いつでも先生せんせ言うでないか。

一、二い、三。」

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一、二い、三。」

「あんまり川を濁すなよ、

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「あんまり川を濁すなよ、

いつでも先生言うでないか。」

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いつでも先生言うでないか。」

その人はびっくりしてこっちを見ましたが、何を言われたのかよくわからないというようすでした。

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その人はびっくりしてこっちを見ましたけれども、何を言ったのかよくわからないというようすでした。

そこでみんなはまた言いました。

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そこでみんなはまた言いました。

「あんまり川を濁すなよ、

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「あんまり川を濁すなよ、

いつでも先生、言うでないか。」

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いつでも先生、言うでないか。」

鼻のとがった人は、すぱすぱと煙草を吸うときのような口つきで言いました。

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鼻のとがった人はすぱすぱと、煙草たばこを吸うときのような口つきで言いました。

「この水飲むのか、ここらでは。」

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「この水飲むのか、ここらでは。」

「あんまり川をにごすなよ、

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「あんまり川をにごすなよ、

いつでも先生言うでないか。」

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いつでも先生言うでないか。」

鼻のとがった人は少し困ったようにして、また言いました。

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鼻のとがった人は少し困ったようにして、また言いました。

「川を歩いてわるいのか。」

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「川をあるいてわるいのか。」

「あんまり川をにごすなよ、

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「あんまり川をにごすなよ、

いつでも先生言うでないか。」

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いつでも先生言うでないか。」

その人はあわてたのをごまかすように、わざとゆっくり川を渡って、それからアルプスの探検みたいな姿勢をとりながら、青い粘土と赤砂利の崖を斜めにのぼって、崖の上のたばこ畑へ入ってしまいました。

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その人はあわてたのをごまかすように、わざとゆっくり川をわたって、それからアルプスの探検みたいな姿勢をとりながら、青い粘土と赤砂利あかじゃりがけをななめにのぼって、崖の上のたばこ畑へはいってしまいました。

すると三郎は、

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すると三郎は、

「なんだい、ぼくを連れにきたんじゃないや。」

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「なんだい、ぼくを連れにきたんじゃないや。」

と言いながら、まっさきにどぶんと淵へ飛び込みました。

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と言いながらまっさきにどぶんとふちへとび込みました。

みんなもなんだか、その男も三郎も気の毒なような、おかしながらんとした気持ちになりながら、一人ずつ木からはねおりて河原に泳ぎつき、魚を手ぬぐいに包んだり手に持ったりして家に帰りました。

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みんなもなんだか、その男も三郎も気の毒なようなおかしながらんとした気持ちになりながら、一人ずつ木からはねおりて、河原に泳ぎついて、さかなを手ぬぐいにつつんだり、手にもったりして家に帰りました。

次の朝、授業の前にみんなが運動場で鉄棒にぶらさがったり棒かくしをしたりしていると、少し遅れて佐太郎が、何かを入れたざるをそっとかかえてやって来ました。

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次の朝、授業の前みんなが運動場で鉄棒にぶらさがったり、棒かくしをしたりしていますと、少し遅れて佐太郎が何かを入れたざるをそっとかかえてやって来ました。

「なんだ、なんだ。なんだ。」

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「なんだ、なんだ。なんだ。」

と、すぐみんな走って行ってのぞき込みました。

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とすぐみんな走って行ってのぞき込みました。

すると佐太郎は袖でそれをかくすようにして、急いで学校の裏の岩穴のところへ行きました。

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すると佐太郎はそででそれをかくすようにして、急いで学校の裏の岩穴のところへ行きました。

そしてみんなは、いよいよあとを追って行きました。

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そしてみんなはいよいよあとを追って行きました。

一郎がそれをのぞくと、思わず顔色を変えました。

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一郎がそれをのぞくと、思わず顔いろを変えました。

それは魚の毒もみに使う山椒の粉で、それを使うと発破と同じように巡査に押えられるのでした。

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それは魚の毒もみにつかう山椒さんしょの粉で、それを使うと発破はっぱと同じように巡査に押えられるのでした。

ところが佐太郎はそれを岩穴の横の萱の中へかくして、知らん顔をして運動場へ帰りました。

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ところが佐太郎はそれを岩穴の横のかやの中へかくして、知らない顔をして運動場へ帰りました。

そこでみんなはひそひそと、時間になるまでいつまでもその話ばかりしていました。

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そこでみんなはひそひそと、時間になるまでいつまでもその話ばかりしていました。

その日も十時ごろから、やっぱりきのうのように暑くなりました。

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その日も十時ごろからやっぱりきのうのように暑くなりました。

みんなはもう、授業の済むのばかり待っていました。

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みんなはもう授業の済むのばかり待っていました。

二時になって五時間目が終わると、もうみんな一目散に飛び出しました。

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二時になって五時間目が終わると、もうみんな一目散に飛びだしました。

佐太郎もまたざるをそっと袖でかくして、耕助やみんなに囲まれて河原へ行きました。

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佐太郎もまた笊をそっと袖でかくして、耕助だのみんなに囲まれて河原へ行きました。

三郎は嘉助と行きました。

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三郎は嘉助と行きました。

みんなは町の祭りのときのガスのようなにおいの、むっとするねむの河原を急いで抜けて、いつものさいかち淵に着きました。

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みんなは町の祭りのときのガスのようなにおいの、むっとするねむの河原を急いで抜けて、いつものさいかちぶちに着きました。

すっかり夏のような立派な雲の峰が東でむくむく盛りあがり、さいかちの木は青く光って見えました。

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すっかり夏のような立派な雲の峰が東でむくむく盛りあがり、さいかちの木は青く光って見えました。

みんな急いで着物をぬいで淵の岸に立つと、佐太郎が一郎の顔を見ながら言いました。

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みんな急いで着物をぬいで淵の岸に立つと、佐太郎が一郎の顔を見ながら言いました。

「ちゃんと一列にならべ。いいか、魚浮いて来たら泳いで行ってとれ。とったくらい与るぞ。いいか。」

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「ちゃんと一列にならべ。いいか、さかな浮いて来たら泳いで行ってとれ。とったくらいるぞ。いいか。」

小さな子どもたちはよろこんで、顔を赤くして押しあったりしながら、ぞろっと淵を囲みました。

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小さなこどもらはよろこんで、顔を赤くして押しあったりしながらぞろっとふちを囲みました。

ぺ吉たち三、四人はもう泳いで、さいかちの木の下まで行って待っていました。

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きちだの三四人はもう泳いで、さいかちの木の下まで行って待っていました。

佐太郎が大いばりで上流の瀬に行って、ざるをじゃぶじゃぶ水で洗いました。

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佐太郎が大威張りで、上流の瀬に行ってざるをじゃぶじゃぶ水で洗いました。

みんなしいんとして、水を見つめて立っていました。

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みんなしいんとして、水をみつめて立っていました。

三郎は水を見ないで、向こうの雲の峰の上を通る黒い鳥を見ていました。

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三郎は水を見ないで向こうの雲の峰の上を通る黒い鳥を見ていました。

一郎も河原にすわって、石をこちこちたたいていました。

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一郎も河原にすわって石をこちこちたたいていました。

ところが、それからよほどたっても、魚は浮いて来ませんでした。

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ところが、それからよほどたっても魚は浮いて来ませんでした。

佐太郎はたいへんまじめな顔で、きちんと立って水を見ていました。

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佐太郎はたいへんまじめな顔で、きちんと立って水を見ていました。

きのう発破をかけたときなら、もう十匹もとっていたのにと、みんなは思いました。

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きのう発破はっぱをかけたときなら、もう十匹もとっていたんだとみんなは思いました。

また、ずいぶんしばらくみんなしいんとして待ちました。

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またずいぶんしばらくみんなしいんとして待ちました。

けれども、やっぱり魚は一匹も浮いて来ませんでした。

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けれどもやっぱり魚は一ぴきも浮いて来ませんでした。

「さっぱり魚、浮かばないな。」

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「さっぱり魚、浮かばないな。」

耕助が叫びました。

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耕助が叫びました。

佐太郎はびくっとしましたけれども、まだ一心に水を見ていました。

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佐太郎はびくっとしましたけれども、まだ一心に水を見ていました。

「魚さっぱり浮かばないな。」

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さかなさっぱり浮かばないな。」

ぺ吉がまた向こうの木の下で言いました。

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ぺ吉がまた向こうの木の下で言いました。

するともう、みんなはがやがやと言い出して、みんな水に飛び込んでしまいました。

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するともう、みんなはがやがやと言い出して、みんな水に飛び込んでしまいました。

佐太郎はしばらくきまり悪そうにしゃがんで水を見ていましたが、とうとう立って、

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佐太郎はしばらくきまり悪そうに、しゃがんで水を見ていましたけれど、とうとう立って、

「鬼っこしないか。」

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「鬼っこしないか。」

と言いました。

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と言いました。

「する、する。」

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「する、する。」

みんなは叫んで、じゃんけんをするために水の中から手を出しました。

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みんなは叫んで、じゃんけんをするために、水の中から手を出しました。

泳いでいた者は、急いで背の立つところまで行って手を出しました。

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泳いでいたものは急いでせいの立つところまで行って手を出しました。

一郎も河原から来て手を出しました。

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一郎も河原から来て手を出しました。

そして一郎ははじめに、きのうあの変な鼻のとがった人がのぼって行った崖の下の、青いぬるぬるした粘土のところを陣地に決めました。

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そして一郎ははじめに、きのうあの変な鼻のとがった人の上って行ったがけの下の、青いぬるぬるした粘土のところを根っこにきめました。

そこに取りついていれば、鬼はつかまえることができないというのでした。

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そこに取りついていれば、鬼は押えることができないというのでした。

それから、はさみ無しの一人まけかちでじゃんけんをしました。

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それから、はさみ無しの一人まけかちでじゃんけんをしました。

ところが悦治は一人だけはさみを出したので、みんなにうんとはやされたうえに鬼になりました。

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ところが悦治はひとりはさみを出したので、みんなにうんとはやされたほかに鬼になりました。

悦治はくちびるを紫色にして河原を走り、喜作をつかまえたので、鬼は二人になりました。

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悦治は、くちびるを紫いろにして河原を走って、喜作きさくを押えたので鬼は二人になりました。

それからみんなは、砂の上や淵を、あっちへ行ったりこっちへ来たり、つかまえたりつかまえられたり、何度も鬼っこをしました。

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それからみんなは、砂っぱの上やふちを、あっちへ行ったりこっちへ来たり、押えたり押えられたり、何べんも鬼っこをしました。

しまいに、とうとう三郎一人が鬼になりました。

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しまいにとうとう三郎一人が鬼になりました。

三郎はまもなく吉郎をつかまえました。

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三郎はまもなく吉郎きちろうをつかまえました。

みんなはさいかちの木の下にいて、それを見ていました。

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みんなはさいかちの木の下にいてそれを見ていました。

すると三郎が、

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すると三郎が、

「吉郎君、きみは上流から追って来るんだよ。いいか。」

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「吉郎君、きみは上流かみから追って来るんだよ。いいか。」

と言いながら、自分はだまって立って見ていました。

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と言いながら、じぶんはだまって立って見ていました。

吉郎は口をあけて手をひろげて、上流から粘土の上を追って来ました。

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吉郎は口をあいて手をひろげて、上流から粘土の上を追って来ました。

みんなは淵へ飛び込むしたくをしました。

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みんなはふちへ飛び込むしたくをしました。

一郎は柳の木にのぼりました。

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一郎はやなぎの木にのぼりました。

そのとき吉郎が、あの上流の粘土が足についていたために、みんなの前ですべってころんでしまいました。

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そのとき吉郎が、あの上流の粘土が足についていたために、みんなの前ですべってころんでしまいました。

みんなはわあわあ叫んで、吉郎をはね越えたり水に入ったりして、上流の青い粘土の陣地に上がってしまいました。

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みんなは、わあわあ叫んで、吉郎をはねこえたり、水にはいったりして、上流の青い粘土の根に上がってしまいました。

「又三郎、来。」

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「又三郎、。」

嘉助は立って口を大きくあけ、手をひろげて三郎をばかにしました。

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嘉助は立って口を大きくあいて、手をひろげて三郎をばかにしました。

すると三郎は、さっきからよほど怒っていたと見えて、

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すると三郎はさっきからよっぽどおこっていたと見えて、

「ようし、見ていろよ。」

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「ようし、見ていろよ。」

と言いながら本気になって、ざぶんと水に飛び込み、一生けんめいそっちのほうへ泳いで行きました。

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と言いながら本気になって、ざぶんと水に飛び込んで、一生けん命、そっちのほうへ泳いで行きました。

三郎の髪の毛が赤くてばしゃばしゃしているのに、あんまり長く水につかってくちびるも少し紫色なので、子どもたちはすっかりこわがってしまいました。

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三郎の髪の毛が赤くてばしゃばしゃしているのに、あんまり長く水につかってくちびるもすこし紫いろなので、子どもらはすっかりこわがってしまいました。

第一、その粘土のところはせまくてみんなが入れなかったうえに、たいへんつるつるすべる坂になっていましたから、下のほうの四、五人などは上の人につかまるようにして、やっと川へすべり落ちるのを防いでいたのでした。

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第一、その粘土のところはせまくて、みんながはいれなかったのに、それにたいへんつるつるすべる坂になっていましたから、下のほうの四五人などは上の人につかまるようにして、やっと川へすべり落ちるのをふせいでいたのでした。

一郎だけがいちばん上で落ちついて、さあみんな、とか何とか、相談らしいことをはじめました。

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一郎だけが、いちばん上で落ちついて、さあみんな、とかなんとか相談らしいことをはじめました。

みんなもそこで頭を集めて聞いています。

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みんなもそこで頭をあつめて聞いています。

三郎はぼちゃぼちゃと、もう近くまで行きました。

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三郎はぼちゃぼちゃ、もう近くまで行きました。

みんなはひそひそ話しています。

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みんなはひそひそはなしています。

すると三郎は、いきなり両手でみんなへ水をかけ出しました。

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すると三郎は、いきなり両手でみんなへ水をかけ出しました。

みんながばたばた防いでいると、だんだん粘土がすべって来て、なんだか少し下へずれたようになりました。

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みんなが、ばたばた防いでいましたら、だんだん粘土がすべって来て、なんだかすこうし下へずれたようになりました。

三郎はよろこんで、いよいよ水をはねとばしました。

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三郎はよろこんで、いよいよ水をはねとばしました。

すると、みんなはぼちゃんぼちゃんと一度にすべり落ちました。

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すると、みんなはぼちゃんぼちゃんと一度にすべって落ちました。

三郎はそれを片っぱしからつかまえました。

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三郎はそれを片っぱしからつかまえました。

一郎もつかまりました。

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一郎もつかまりました。

嘉助が一人、上をまわって泳いで逃げると、三郎はすぐに追いついてつかまえたうえ、腕をつかんで四、五へんぐるぐる引っぱりまわしました。

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嘉助がひとり、上をまわって泳いで逃げましたら、三郎はすぐに追い付いて押えたほかに、腕をつかんで四五へんぐるぐる引っぱりまわしました。

嘉助は水を飲んだと見えて、霧をふいてごぼごぼむせて、

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嘉助は水を飲んだと見えて、霧をふいてごぼごぼむせて、

「おいらもうやめた。こんな鬼っこもうしない。」

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「おいらもうやめた。こんな鬼っこもうしない。」

と言いました。

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と言いました。

小さな子どもたちは、みんな砂利の上に上がってしまいました。

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小さな子どもらはみんな砂利じゃりに上がってしまいました。

三郎は一人、さいかちの木の下に立ちました。

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三郎はひとりさいかちの木の下に立ちました。

ところがそのときは、もう空はいっぱいの黒い雲で、柳も変に白っぽくなり、山の草はしんしんと暗くなって、そこらは何とも言えない恐ろしい景色に変わっていました。

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ところが、そのときはもうそらがいっぱいの黒い雲で、やなぎも変に白っぽくなり、山の草はしんしんとくらくなり、そこらはなんとも言われない恐ろしい景色にかわっていました。

そのうちに、いきなり上の野原のあたりで、ごろごろごろと雷が鳴り出しました。

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そのうちに、いきなり上の野原のあたりで、ごろごろごろと雷が鳴り出しました。

と思うと、まるで山つなみのような音がして、一度に夕立がやって来ました。

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と思うと、まるで山つなみのような音がして、一ぺんに夕立がやって来ました。

風までひゅうひゅう吹き出しました。

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風までひゅうひゅう吹きだしました。

淵の水には大きなぶちぶちがたくさんできて、水だか石だかわからなくなってしまいました。

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ふちの水には、大きなぶちぶちがたくさんできて、水だか石だかわからなくなってしまいました。

みんなは河原から着物をかかえて、ねむの木の下へ逃げこみました。

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みんなは河原から着物をかかえて、ねむの木の下へ逃げこみました。

すると三郎も、なんだかはじめてこわくなったと見えて、さいかちの木の下からどぼんと水へ入って、みんなのほうへ泳ぎ出しました。

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すると三郎もなんだかはじめてこわくなったと見えて、さいかちの木の下からどぼんと水へはいってみんなのほうへ泳ぎだしました。

すると、だれからともなく、

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すると、だれともなく、

「雨はざっこざっこ雨三郎、

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「雨はざっこざっこ雨三郎、

風はどっこどっこ又三郎。」

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風はどっこどっこ又三郎。」

と叫んだ者がありました。

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と叫んだものがありました。

みんなもすぐ声をそろえて叫びました。

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みんなもすぐ声をそろえて叫びました。

「雨はざっこざっこ雨三郎、

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「雨はざっこざっこ雨三郎、

風はどっこどっこ又三郎。」

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風はどっこどっこ又三郎。」

三郎はすっかりあわてて、何かに足を引っぱられるようにして淵から飛びあがり、一目散にみんなのところへ走って来て、がたがたふるえながら、

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三郎はまるであわてて、何かに足をひっぱられるようにしてふちからとびあがって、一目散にみんなのところに走って来て、がたがたふるえながら、

「いま叫んだのはおまえらだちかい。」

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「いま叫んだのはおまえらだちかい。」

とききました。

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とききました。

「そでない、そでない。」

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「そでない、そでない。」

みんないっしょに叫びました。

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みんないっしょに叫びました。

ぺ吉がまた一人出て来て、

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ぺ吉がまた一人出て来て、

「そでない。」

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「そでない。」

と言いました。

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と言いました。

三郎は気味悪そうに川のほうを見ていましたが、色のあせたくちびるをいつものようにきっとかんで、「なんだい。」

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三郎は気味悪そうに川のほうを見ていましたが、色のあせたくちびるを、いつものようにきっとかんで、「なんだい。」

と言いましたが、からだはやはりがくがくふるえていました。

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と言いましたが、からだはやはりがくがくふるえていました。

そしてみんなは、雨の晴れ間を待って、めいめいの家へ帰ったのです。

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そしてみんなは、雨のはれ間を待って、めいめいのうちへ帰ったのです。

どっどど どどうど どどうど どどう

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どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

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青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

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すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

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どっどど どどうど どどうど どどう

どっどど どどうど どどうど どどう

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どっどど どどうど どどうど どどう

この間、三郎から聞いたばかりのあの歌を、一郎は夢の中でまた聞いたのです。

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先ごろ、三郎から聞いたばかりのあの歌を一郎は夢の中でまたきいたのです。

びっくりしてはね起きて見ると、外ではほんとうにひどく風が吹いて、林はまるでほえるようで、明け方近くの青黒いうす明かりが、障子や棚の上のちょうちん箱や、家じゅうにいっぱいでした。

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びっくりしてはね起きて見ると、外ではほんとうにひどく風が吹いて、林はまるでほえるよう、あけがた近くの青ぐろいうすあかりが、障子やたなの上のちょうちん箱や、家じゅういっぱいでした。

一郎はすばやく帯をしめ、下駄をはいて土間をおり、馬屋の前を通ってくぐり戸をあけると、風が冷たい雨の粒といっしょにどっと入って来ました。

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一郎はすばやく帯をして、そして下駄げたをはいて土間をおり、馬屋の前を通ってくぐりをあけましたら、風がつめたい雨の粒といっしょにどっとはいって来ました。

馬屋のうしろのほうで何か戸がばたっと倒れ、馬はぶるっと鼻を鳴らしました。

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馬屋のうしろのほうで何か戸がばたっと倒れ、馬はぶるっと鼻を鳴らしました。

一郎は風が胸の底までしみ込んだように思って、はあと息を強く吐きました。

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一郎は風が胸の底までしみ込んだように思って、はあと息を強く吐きました。

そして外へかけ出しました。

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そして外へかけだしました。

外はもうよほど明るく、土はぬれていました。

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外はもうよほど明るく、土はぬれておりました。

家の前の栗の木の列は変に青く白く見えて、それがまるで風と雨とで今から洗濯をするとでもいうように、激しくもまれていました。

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家の前のくりの木の列は変に青く白く見えて、それがまるで風と雨とで今洗濯せんたくをするとでもいうように激しくもまれていました。

青い葉も何枚も吹き飛ばされ、ちぎられた青い栗のいがは、黒い地面にたくさん落ちていました。

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青い葉も幾枚も吹き飛ばされ、ちぎられた青い栗のいがは黒い地面にたくさん落ちていました。

空では雲がけわしい灰色に光り、どんどんどんどん北のほうへ吹きとばされていました。

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空では雲がけわしい灰色に光り、どんどんどんどん北のほうへ吹きとばされていました。

遠くのほうの林は、まるで海が荒れているように、ごとんごとんと鳴ったり、ざっと聞こえたりするのでした。

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遠くのほうの林はまるで海が荒れているように、ごとんごとんと鳴ったりざっと聞こえたりするのでした。

一郎は顔いっぱいに冷たい雨の粒を投げつけられ、風に着物を持って行かれそうになりながら、だまってその音を聞きすまし、じっと空を見上げました。

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一郎は顔いっぱいに冷たい雨の粒を投げつけられ、風に着物をもって行かれそうになりながら、だまってその音をききすまし、じっと空を見上げました。

すると、胸がさらさらと波を立てるように思いました。

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すると胸がさらさらと波をたてるように思いました。

けれども、またじっとその鳴って、ほえて、うなってかけて行く風を見ていますと、今度は胸がどかどかとしてくるのでした。

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けれどもまたじっとその鳴ってほえてうなって、かけて行く風をみていますと、今度は胸がどかどかとなってくるのでした。

きのうまで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしていた風が、けさ夜明け方に急にいっせいにこう動き出して、どんどんどんどんタスカロラ海溝の北のはしをめがけて行くのだと考えますと、もう一郎は顔がほてり、息もはあはあとなって、自分までがいっしょに空をかけて行くような気持ちになり、大急ぎで家の中へ入ると胸をいっぱいにはって、息をふっと吹きました。

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きのうまで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしていた風が、けさ夜あけ方にわかにいっせいにこう動き出して、どんどんどんどんタスカロラ海溝かいこうの北のはじをめがけて行くことを考えますと、もう一郎は顔がほてり、息もはあはあとなって、自分までがいっしょに空をけて行くような気持ちになって、大急ぎでうちの中へはいると胸を一ぱいはって、息をふっと吹きました。

「ああひで風だ。きょうは煙草も栗もすっかりやらえる。」

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「ああひで風だ。きょうは煙草たばこくりもすっかりやらえる。」

と、一郎のおじいさんがくぐり戸のところに立って、ぐっと空を見ています。

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と一郎のおじいさんがくぐりのところに立って、ぐっと空を見ています。

一郎は急いで井戸からバケツに水をいっぱいくんで、台所をぐんぐんふきました。

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一郎は急いで井戸からバケツに水を一ぱいくんで台所をぐんぐんふきました。

それから金だらいを出して顔をぶるぶる洗うと、戸棚から冷たいごはんと味噌を出して、まるで夢中でざくざく食べました。

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それからかなだらいを出して顔をぶるぶる洗うと、戸棚とだなから冷たいごはんと味噌みそをだして、まるで夢中でざくざく食べました。

「一郎、いまお汁できるから少し待ってだらよ。何してけさそったに早く学校へ行がないやないがべ。」

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「一郎、いまおしるできるから少し待ってだらよ。してけさそったに早く学校へ行がないやないがべ。」

おかあさんは、馬にやる(不詳)を煮るかまどに木を入れながらききました。

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おかあさんは馬にやる(不詳)を煮るかまどに木を入れながらききました。

「うん。又三郎は飛んでったがもしれないもや。」

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「うん。又三郎は飛んでったがもしれないもや。」

「又三郎って何だてや。鳥こだてが。」

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「又三郎って何だてや。鳥こだてが。」

「うん。又三郎っていうやづよ。」

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「うん。又三郎っていうやづよ。」

一郎は急いでごはんを片づけると、椀をこちこち洗って、それから台所の釘にかけてある油合羽を着て、下駄は手に持ち、はだしで嘉助をさそいに行きました。

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一郎は急いでごはんをしまうと、わんをこちこち洗って、それから台所のくぎにかけてある油合羽あぶらがっぱを着て、下駄げたはもってはだしで嘉助をさそいに行きました。

嘉助はまだ起きたばかりで、

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嘉助はまだ起きたばかりで、

「いまごはんをたべて行ぐがら。」

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「いまごはんをたべて行ぐがら。」

と言いましたので、一郎はしばらく馬屋の前で待っていました。

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と言いましたので、一郎はしばらくうまやの前で待っていました。

まもなく嘉助は小さい簑を着て出て来ました。

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まもなく嘉助は小さいみのを着て出て来ました。

激しい風と雨にぐしょぬれになりながら、二人はやっと学校へ来ました。

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はげしい風と雨にぐしょぬれになりながら二人はやっと学校へ来ました。

昇降口から入って行きますと、教室はまだしいんとしていましたが、ところどころの窓のすきまから雨が入って、板はまるでざぶざぶしていました。

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昇降口からはいって行きますと教室はまだしいんとしていましたが、ところどころの窓のすきまから雨がはいって板はまるでざぶざぶしていました。

一郎はしばらく教室を見まわしてから、

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一郎はしばらく教室を見まわしてから、

「嘉助、二人して水掃ぐべな。」

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「嘉助、二人して水掃ぐべな。」

と言って、しゅろ箒を持って来て、水を窓の下の穴へはき寄せていました。

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と言ってしゅろぼうきをもって来て水を窓の下のあなへはき寄せていました。

すると、もうだれか来たのかというように奥から先生が出て来ましたが、ふしぎなことに、先生はふつうの単衣を着て赤いうちわを持っているのです。

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するともうだれか来たのかというように奥から先生が出てきましたが、ふしぎなことは先生があたりまえの単衣ひとえをきて赤いうちわをもっているのです。

「たいへん早いですね。あなたがた二人で教室の掃除をしているのですか。」

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「たいへん早いですね。あなたがた二人ふたりで教室の掃除そうじをしているのですか。」

先生がききました。

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先生がききました。

「先生おはようございます。」

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「先生お早うございます。」

一郎が言いました。

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一郎が言いました。

「先生おはようございます。」

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「先生お早うございます。」

と嘉助も言いましたが、すぐ、

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と嘉助も言いましたが、すぐ、

「先生、又三郎きょう来るのすか。」

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「先生、又三郎きょう来るのすか。」

とききました。

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とききました。

先生はちょっと考えて、

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先生はちょっと考えて、

「又三郎って高田さんですか。ええ、高田さんはきのう、おとうさんといっしょにもうほかへ行きました。日曜なので、みなさんにご挨拶するひまがなかったのです。」

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「又三郎って高田さんですか。ええ、高田さんはきのうおとうさんといっしょにもうほかへ行きました。日曜なのでみなさんにご挨拶あいさつするひまがなかったのです。」

「先生飛んで行ったのですか。」

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「先生飛んで行ったのですか。」

嘉助がききました。

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嘉助がききました。

「いいえ、おとうさんが会社から電報で呼ばれたのです。おとうさんはもう一度ちょっとこっちへ戻られるそうですが、高田さんはやっぱり向こうの学校に入るのだそうです。向こうにはおかあさんもおられるのですから。」

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「いいえ、おとうさんが会社から電報で呼ばれたのです。おとうさんはもいちどちょっとこっちへ戻られるそうですが、高田さんはやっぱり向こうの学校にはいるのだそうです。向こうにはおかあさんもおられるのですから。」

「何して会社で呼ばったべす。」

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して会社で呼ばったべす。」

と一郎がききました。

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と一郎がききました。

「ここのモリブデンの鉱脈は、当分手をつけないことになったためだそうです。」

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「ここのモリブデンの鉱脈は当分手をつけないことになったためなそうです。」

「そうだないな。やっぱりあいづは風の又三郎だったな。」

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「そうだないな。やっぱりあいづは風の又三郎だったな。」

嘉助が高く叫びました。

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嘉助が高く叫びました。

宿直室のほうで、何かごとごと鳴る音がしました。

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宿直室のほうで何かごとごと鳴る音がしました。

先生は赤いうちわを持って、急いでそっちへ行きました。

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先生は赤いうちわをもって急いでそっちへ行きました。

二人はしばらくだまったまま、相手がほんとうはどう思っているのか探るように、顔を見合わせて立っていました。

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二人はしばらくだまったまま、相手がほんとうにどう思っているか探るように顔を見合わせたまま立ちました。

風はまだやまず、窓ガラスは雨つぶのために曇りながら、またがたがた鳴りました。

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風はまだやまず、窓ガラスは雨つぶのために曇りながら、またがたがた鳴りました。