蜜柑 小学生向け
芥川竜之介(あくたがわりゅうのすけ)・1968年
AI生成この訳はAI(claude-sonnet-4-6)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-23)
ある曇った冬の夕方のことだ。
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或曇った冬の日暮である。
私は横須賀(よこすか)発の上り二等車両の隅に腰を下ろして、ぼんやりと発車の笛を待っていた。
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私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。
とっくに電灯がついた車両の中には、めずらしく私のほかに乗客はひとりもいなかった。
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とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。
外をのぞくと、薄暗いプラットホームにも、今日はめずらしく見送りの人影さえなく、ただ、おりに入れられた子犬が一匹、ときどき悲しそうに吠えていた。
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外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、唯、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠え立てていた。
この景色は、そのときの私の気持ちと、不思議なほどぴったり合っていた。
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これらはその時の私の心もちと、不思議な位似つかわしい景色だった。
私の頭の中には、言いようのない疲れと飽き飽きした気持ちが、雪曇りの空のようにどんよりとのしかかっていた。
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私の頭の中には云いようのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落していた。
私はオーバーコートのポケットに両手を突っ込んだまま、そこに入っている夕刊を取り出して読もうという気力さえ起きなかった。
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私は外套のポッケットへじっと両手をつっこんだまま、そこにはいっている夕刊を出して見ようと云う元気さえ起らなかった。
が、やがて発車の笛が鳴った。
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が、やがて発車の笛が鳴った。
私はわずかに気持ちがほぐれるのを感じながら、うしろの窓枠に頭をもたせ、目の前の駅がゆっくりと後ろへ遠ざかっていくのを、待つともなく待ちかまえていた。
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私はかすかな心の寛ぎを感じながら、後の窓枠へ頭をもたせて、眼の前の停車場がずるずると後ずさりを始めるのを待つともなく待ちかまえていた。
ところがそれよりも先に、けたたましい下駄の音が改札口の方から聞こえてきたと思うと、まもなく車掌が何か怒鳴る声とともに、私の乗っている二等車の扉がガラリと開いて、十三、四歳の小さな女の子が一人、あわてて中へ入ってきた。それと同時に、電車はずしりと揺れて、ゆっくりと動き出した。
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ところがそれよりも先にけたたましい日和下駄の音が、改札口の方から聞え出したと思うと、間もなく車掌の何か云い罵る声と共に、私の乗っている二等室の戸ががらりと開いて、十三四の小娘が一人、慌しく中へはいって来た、と同時に一つずしりと揺れて、徐に汽車は動き出した。
一本ずつ目に入ってくるプラットホームの柱、忘れ物のように置かれた水運び車、そして車内の誰かにお礼を言っている赤帽(あかぼう)の駅員――そういうものがすべて、窓に吹きつける煙の中に、名残惜しそうに後ろへ倒れていった。
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一本ずつ眼をくぎって行くプラットフォオムの柱、置き忘れたような運水車、それから車内の誰かに祝儀の礼を云っている赤帽――そう云うすべては、窓へ吹きつける煤煙の中に、未練がましく後へ倒れて行った。
私はようやくほっとした気持ちになって、巻きたばこに火をつけながら、ようやく重たいまぶたを上げて、向かいの席に腰を下ろしていた女の子の顔をちらっと見た。
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私は漸くほっとした心もちになって、巻煙草に火をつけながら、始めて懶い睚をあげて、前の席に腰を下していた小娘の顔を一瞥した。
それは、つやのない髪をきつく結い上げた、頬に横向きの傷跡のあるひびだらけの両ほおを、気持ち悪いくらい赤くほてらせた、いかにも田舎から来たような女の子だった。
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それは油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、横なでの痕のある皸だらけの両頬を気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だった。
しかも、汚れた黄緑色の毛糸のえり巻きをだらりと垂らした膝の上には、大きな風呂敷包みがあった。
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しかも垢じみた萌黄色の毛糸の襟巻がだらりと垂れ下った膝の上には、大きな風呂敷包みがあった。
その包みを抱えたしもやけの手には、三等の赤い切符が大事そうにしっかりと握られていた。
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その又包みを抱いた霜焼けの手の中には、三等の赤切符が大事そうにしっかり握られていた。
私はこの女の子の品のない顔立ちが好きになれなかった。
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私はこの小娘の下品な顔だちを好まなかった。
それから、彼女の服装が汚いことも、やはり不快だった。
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それから彼女の服装が不潔なのもやはり不快だった。
さらに、二等と三等の区別さえわきまえない頭の鈍さが腹立たしかった。
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最後にその二等と三等との区別さえも弁えない愚鈍な心が腹立たしかった。
だから、たばこに火をつけた私は、この女の子のことを忘れたいという気持ちもあって、今度はポケットの夕刊をぼんやりと膝の上に広げて見た。
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だから巻煙草に火をつけた私は、一つにはこの小娘の存在を忘れたいと云う心もちもあって、今度はポッケットの夕刊を漫然と膝の上へひろげて見た。
すると、そのとき夕刊の紙面に当たっていた外の光が、突然電灯の光に変わって、印刷のあまりよくない何段かの文字が思いのほかはっきりと目の前に浮かび上がってきた。
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するとその時夕刊の紙面に落ちていた外光が、突然電燈の光に変って、刷の悪い何欄かの活字が意外な位鮮に私の眼の前へ浮んで来た。
言うまでもなく汽車は今、横須賀線に多いトンネルの最初の一つに入ったのだ。
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云うまでもなく汽車は今、横須賀線に多い隧道の最初のそれへはいったのである。
しかし、電灯の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはり私の暗い気持ちを慰めるようなことは何もなく、世間はあまりにありふれた出来事ばかりで埋まっていた。
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しかしその電燈の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはり私の憂鬱を慰むべく、世間は余りに平凡な出来事ばかりで持ち切っていた。
講和問題、新婚夫婦、汚職事件、死亡広告――私はトンネルに入った瞬間、汽車の進む向きが逆になったような錯覚を覚えながら、そのようなとぼしい記事から記事へとほとんど機械的に目を通した。
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講和問題、新婦新郎、涜職事件、死亡広告――私は隧道へはいった一瞬間、汽車の走っている方向が逆になったような錯覚を感じながら、それらの索漠とした記事から記事へ殆機械的に眼を通した。
が、その間もちろん、あの女の子が、まるで俗っぽい現実を人間にしたような顔つきで私の前に座っていることを、絶えず意識せずにはいられなかった。
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が、その間も勿論あの小娘が、あたかも卑俗な現実を人間にしたような面持ちで、私の前に坐っている事を絶えず意識せずにはいられなかった。
このトンネルの中の汽車と、この田舎から来た女の子と、そしてまたこのありふれた記事に埋め尽くされた夕刊と――これが何かの象徴でなくて何だろう。
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この隧道の中の汽車と、この田舎者の小娘と、そうして又この平凡な記事に埋っている夕刊と、――これが象徴でなくて何であろう。
わけのわからない、つまらない、退屈な人生の象徴でなくて何だろう。
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不可解な、下等な、退屈な人生の象徴でなくて何であろう。
私はもう何もかもばかばかしくなって、読みかけた夕刊を放り出すと、また窓枠に頭をもたせながら、死んだように目をつぶって、うとうとしはじめた。
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私は一切がくだらなくなって、読みかけた夕刊を抛り出すと、又窓枠に頭を靠せながら、死んだように眼をつぶって、うつらうつらし始めた。
それからしばらく後のことだった。
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それから幾分か過ぎた後であった。
ふと何かに脅かされたような気がして、思わずあたりを見まわすと、いつの間にかあの女の子が、向こう側から席を私の隣へ移して、しきりに窓を開けようとしている。
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ふと何かに脅されたような心もちがして、思わずあたりを見まわすと、何時の間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、頻に窓を開けようとしている。
が、重いガラス戸はなかなか思うように上がらないようだ。
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が、重い硝子戸は中々思うようにあがらないらしい。
あのひびだらけの頬はいよいよ赤くなって、ときどき鼻をすする音が、小さく息を切らす声と一緒に、せわしなく耳に入ってくる。
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あの皸だらけの頬は愈赤くなって、時々鼻洟をすすりこむ音が、小さな息の切れる声と一しょに、せわしなく耳へはいって来る。
これはもちろん私にも、いくらかは同情できるものに違いなかった。
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これは勿論私にも、幾分ながら同情を惹くに足るものには相違なかった。
しかし汽車がまさにトンネルの入り口に差し掛かろうとしていることは、薄暗い夕方の中で枯れ草だけが明るく見える両側の山の斜面が、窓のすぐそばに迫ってきたことでも、すぐに分かることだった。
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しかし汽車が今将に隧道の口へさしかかろうとしている事は、暮色の中に枯草ばかり明い両側の山腹が、間近く窓側に迫って来たのでも、すぐに合点の行く事であった。
それなのにこの女の子は、わざわざ閉めてある窓を開けようとしている――その理由が私には飲み込めなかった。
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にも関らずこの小娘は、わざわざしめてある窓の戸を下そうとする、――その理由が私には呑みこめなかった。
いや、それは私には、この女の子の気まぐれとしか考えられなかった。
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いや、それが私には、単にこの小娘の気まぐれだとしか考えられなかった。
だから私は心の中に相変わらず険しい感情を抱えながら、あのしもやけの手がガラス戸を持ち上げようと必死にもがくようすを、まるでそれが永久に成功しないことでも祈るかのような冷たい目で眺めていた。
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だから私は腹の底に依然として険しい感情を蓄えながら、あの霜焼けの手が硝子戸を擡げようとして悪戦苦闘する容子を、まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼で眺めていた。
するとまもなく、すさまじい音を立てて汽車がトンネルへなだれ込むと同時に、女の子が開けようとしていたガラス戸は、とうとうバタリと下に落ちた。
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すると間もなく凄じい音をはためかせて、汽車が隧道へなだれこむと同時に、小娘の開けようとした硝子戸は、とうとうばたりと下へ落ちた。
そしてその四角い穴の中から、すすを溶かしたようなどす黒い空気が、急に息苦しい煙となって、もうもうと車内に流れ込んできた。
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そうしてその四角な穴の中から、煤を溶したようなどす黒い空気が、俄に息苦しい煙になって、濛々と車内へ漲り出した。
もともとのどを悪くしていた私は、ハンカチを顔に当てる暇さえなく、この煙をまともに浴びたため、ほとんど息もできないほどひどくせき込まなければならなかった。
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元来咽喉を害していた私は、手巾を顔に当てる暇さえなく、この煙を満面に浴びせられたおかげで、殆息もつけない程咳きこまなければならなかった。
が、女の子は私のことなど気にする様子も見せず、窓から外へ首を伸ばして、闇の中を吹く風に結い上げた髪のほつれ毛をそよがせながら、じっと汽車の進む方向を見つめていた。
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が、小娘は私に頓着する気色も見えず、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しの鬢の毛を戦がせながら、じっと汽車の進む方向を見やっている。
煙と電灯の光の中でそのようすを眺めていたとき、もう窓の外がみるみる明るくなって、そこから土のにおいや枯れ草のにおいや水のにおいが冷ややかに流れ込んでこなかったなら、ようやくせきが止まった私は、この見知らぬ女の子をひどく叱りつけて、また元どおり窓を閉めさせていたに違いなかった。
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その姿を煤煙と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明くなって、そこから土の匂や枯草の匂や水の匂が冷かに流れこんで来なかったなら、漸咳きやんだ私は、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違なかったのである。
しかし汽車はそのころには、もうすいすいとトンネルを抜けて、枯れ草の山と山に挟まれた、ある貧しい町はずれの踏切りに差し掛かっていた。
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しかし汽車はその時分には、もう安々と隧道を辷りぬけて、枯草の山と山との間に挟まれた、或貧しい町はずれの踏切りに通りかかっていた。
踏切りの近くには、みすぼらしい藁屋根(わらやね)や瓦屋根(かわらやね)の家が、ごみごみと狭苦しく建ち並んでいて、踏切り番が振るのだろう、一本の白っぽい旗がゆるやかに夕暮れの空に揺れていた。
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踏切りの近くには、いずれも見すぼらしい藁屋根や瓦屋根がごみごみと狭苦しく建てこんで、踏切り番が振るのであろう、唯一旒のうす白い旗が懶げに暮色を揺っていた。
やっとトンネルを出たと思うと――そのとき、もの寂しいその踏切りの柵の向こうに、私は頬の赤い三人の男の子が、肩を並べて立っているのを見た。
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やっと隧道を出たと思う――その時その蕭索とした踏切りの柵の向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。
彼らはみな、この曇り空に押しつぶされたかと思うほど、そろって背が低かった。
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彼等は皆、この曇天に押しすくめられたかと思う程、揃って背が低かった。
そしてまた、この町はずれの暗い風景と同じような色の着物を着ていた。
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そうして又この町はずれの陰惨たる風物と同じような色の着物を着ていた。
その子たちが汽車の通るのを見上げながら、一斉に手を挙げるやいなや、小さなのどを高く反らせて、何とも意味の分からない声を一生懸命に叫んだ。
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それが汽車の通るのを仰ぎ見ながら、一斉に手を挙げるが早いか、いたいけな喉を高く反らせて、何とも意味の分らない喊声を一生懸命に迸らせた。
するとその瞬間だった。
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するとその瞬間である。
窓から半分身を乗り出していたあの女の子が、しもやけの手をすっと伸ばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心が躍るような、暖かな日の光の色に染まった蜜柑が五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降ってきた。
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窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振ったと思うと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。
私は思わず息をのんだ。
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私は思わず息を呑んだ。
そしてその瞬間、すべてを理解した。
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そうして刹那に一切を了解した。
女の子は、おそらくこれから奉公先(ほうこうさき)へ――お手伝いとして働く家へ向かおうとしているこの女の子は、懐に隠し持っていた何個かの蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来てくれた弟たちへの感謝を表したのだ。
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小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。
夕暮れに沈む町はずれの踏切りと、小鳥のように声を上げた三人の子供たちと、そしてその上に乱れ落ちる鮮やかな蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、まばたきする間もなく通り過ぎていった。
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暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。
が、私の心の中には、胸が痛くなるほどはっきりと、この光景が焼き付けられた。
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が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。
そしてそこから、何とも言えない明るい気持ちが、わき上がってくるのを感じた。
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そうしてそこから、或得体の知れない朗な心もちが湧き上って来るのを意識した。
私は胸を張って頭を上げ、まるで別人を見るようにあの女の子をじっと見つめた。
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私は昂然と頭を挙げて、まるで別人を見るようにあの小娘を注視した。
女の子はいつの間にか私の向かいの席に戻って、相変わらずひびだらけの頬を黄緑色の毛糸のえり巻きに埋めながら、大きな風呂敷包みを抱えた手に、しっかりと三等切符を握っている。…………
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小娘は何時かもう私の前の席に返って、相不変皸だらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱えた手に、しっかりと三等切符を握っている。…………
私はこのとき初めて、言いようのない疲れと飽き飽きした気持ちを、そしてまた、わけのわからない、つまらない、退屈な人生を、わずかに忘れることができたのだった。
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私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。