よめる文庫

蜘蛛の糸

芥川竜之介あくたがわりゅうのすけ)・1986

原文出典: 青空文庫

AI生成この訳はAI(claude-sonnet-4-6)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-23

原文:
原文: ある日の事でございます。
ある日のことです。
原文: 御釈迦様おしゃかさまは極楽の蓮池はすいけのふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。
お釈迦様は極楽の蓮池のほとりを、ひとりのんびりと歩いていました。
原文: 池の中に咲いているはすの花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色きんいろずいからは、何とも云えないにおいが、絶間たえまなくあたりへあふれて居ります。
池に咲いている蓮の花はどれも玉のように真っ白で、その中心にある金色のおしべからは、なんとも言えない良い香りが絶えずあたりに漂っています。
原文: 極楽は丁度朝なのでございましょう。
極楽はちょうど朝なのでしょう。
原文: やがて御釈迦様はその池のふちに御佇おたたずみになって、水のおもておおっている蓮の葉の間から、ふと下の容子ようすを御覧になりました。
やがてお釈迦様はその池のほとりに立ち止まって、水面を覆っている蓮の葉の間から、ふと下の様子をのぞき込みました。
原文: この極楽の蓮池の下は、丁度地獄じごくの底に当って居りますから、水晶すいしようのような水を透き徹して、三途さんずの河や針の山の景色が、丁度のぞ眼鏡めがねを見るように、はっきりと見えるのでございます。
この極楽の蓮池の真下はちょうど地獄の底にあたっているので、水晶のように透き通った水を通して、三途の川や針の山の景色が、まるで覗き眼鏡でのぞくようにはっきりと見えるのです。
原文: するとその地獄の底に、犍陀多かんだたと云う男が一人、ほかの罪人と一しょにうごめいている姿が、御眼に止まりました。
すると地獄の底に、犍陀多という男がひとり、ほかの罪人たちと一緒にうごめいている姿が、お釈迦様の目に留まりました。
原文: この犍陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。
この犍陀多という男は、人を殺したり家に火をつけたりと、いろいろな悪事を働いた大泥棒でしたが、それでもたったひとつだけ、善いことをした記憶があります。
原文: と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛くもが一匹、路ばたをって行くのが見えました。
というのも、ある時この男が深い林の中を歩いていると、小さな蜘蛛が一匹、道ばたをはっているのが見えました。
原文: そこで犍陀多は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗むやみにとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」
そこで犍陀多はすぐさま足を上げて踏み殺そうとしましたが、「いや、いや、これも小さいけれど、命のある生き物に違いない。その命をむやみに奪うのは、いくらなんでもかわいそうだ。」
原文: と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
と、急に思い直して、結局その蜘蛛を殺さずに助けてやったのです。
原文: 御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この犍陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。
お釈迦様は地獄の様子をご覧になりながら、この犍陀多が蜘蛛を助けたことがあるのを思い出しました。
原文: そうしてそれだけの善い事をしたむくいには、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。
そして、それだけの善いことをした報いとして、できることなら、この男を地獄から救い出してやろうと思いました。
原文: 幸い、側を見ますと、翡翠ひすいのような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。
ふと横を見ると、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけています。
原文: 御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮しらはすの間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御おろしなさいました。
お釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと手に取って、玉のような白蓮の間から、はるか下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを垂らしました。
原文:
原文: こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていた犍陀多かんだたでございます。
一方、地獄の底の血の池で、ほかの罪人たちと一緒に浮いたり沈んだりしていたのが犍陀多です。
原文: 何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。
どちらを見ても真っ暗で、たまにその暗闇からぼんやり浮かび上がるものがあると思えば、それは恐ろしい針の山の針が光っているのですから、その心細さといったらありません。
原文: その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつくかすか嘆息たんそくばかりでございます。
おまけにあたりはお墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞こえるものといえば、罪人たちのかすかなため息だけです。
原文: これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦せめくに疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。
ここへ落ちてくるほどの人間は、もうさまざまな地獄の責め苦に疲れ果てて、泣く声を出す力さえなくなっているのでしょう。
原文: ですからさすが大泥坊の犍陀多も、やはり血の池の血にむせびながら、まるで死にかかったかわずのように、ただもがいてばかり居りました。
ですからさすがの大泥棒、犍陀多も、血の池の血にむせびながら、まるで死にかけた蛙のように、ただもがいているばかりでした。
原文: ところがある時の事でございます。
ところがある時のことです。
原文: 何気なにげなく犍陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛くもの糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。
なんとなく犍陀多が頭を上げて血の池の空を見上げると、そのひっそりとした暗闇の中を、遠い遠い天の上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目につくのを恐れるように、一筋細く光りながら、するすると自分の上へ垂れてくるではありませんか。
原文: 犍陀多はこれを見ると、思わず手をって喜びました。
犍陀多はそれを見ると、思わず手を打って喜びました。
原文: この糸にすがりついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。
この糸にしがみついて、どこまでも上へのぼっていけば、きっと地獄から抜け出せるに違いありません。
原文: いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。
いや、うまくいけば、極楽に入ることさえできるかもしれません。
原文: そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。
そうすれば、もう針の山へ追い上げられることもなく、血の池に沈められることもないはずです。
原文: こう思いましたから犍陀多かんだたは、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。
そう思って犍陀多は、さっそくその蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、必死に上へ上へとよじのぼり始めました。
原文: 元より大泥坊の事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。
もともと大泥棒のことですから、こういうことには昔からすっかり慣れているのです。
原文: しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくらあせって見た所で、容易に上へは出られません。
しかし地獄と極楽の間は何万里もありますから、いくら焦ってみたところで、なかなか上へは出られません。
原文: ややしばらくのぼるうちに、とうとう犍陀多もくたびれて、もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなってしまいました。
しばらくのぼっているうちに、とうとう犍陀多も疲れてしまって、もうひとたぐりも上にのぼれなくなってしまいました。
原文: そこで仕方がございませんから、まず一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下りながら、遥かに目の下を見下しました。
仕方がないので、まずひと休みするつもりで、糸の途中にぶら下がりながら、はるか足元を見下ろしました。
原文: すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。
すると、必死にのぼってきた甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、もう暗闇の底にいつの間にか消えています。
原文: それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、足の下になってしまいました。
あのぼんやりと光っている恐ろしい針の山も、足の下になっていました。
原文: この分でのぼって行けば、地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。
この調子でのぼっていけば、地獄から抜け出すのも、案外わけないかもしれません。
原文: 犍陀多は両手を蜘蛛の糸にからみながら、ここへ来てから何年にも出した事のない声で、「しめた。しめた。」
犍陀多は両手を蜘蛛の糸にからみながら、ここへ来てから何年も出したことのない声で、「しめた。しめた。」
原文: と笑いました。
と笑いました。
原文: ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限かずかぎりもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるでありの行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。
ところがふと気がつくと、蜘蛛の糸の下の方には、数えきれないほどの罪人たちが、自分がのぼった後に続いて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へと一心によじのぼってくるではありませんか。
原文: 犍陀多はこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、莫迦ばかのように大きな口をいたまま、眼ばかり動かして居りました。
犍陀多はこれを見ると、驚きと恐怖で、しばらくはただ、呆けたように大きな口を開けたまま、目だけ動かしていました。
原文: 自分一人でさえれそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数にんずの重みに堪える事が出来ましょう。
自分ひとりでさえ切れそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重さに耐えられるでしょう。
原文: もし万一途中でれたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎かんじんな自分までも、元の地獄へ逆落さかおとしに落ちてしまわなければなりません。
もし途中で切れてしまったら、せっかくここまでのぼってきた大事な自分まで、元の地獄へまっさかさまに落ちてしまわなければなりません。
原文: そんな事があったら、大変でございます。
そんなことになったら、大変です。
原文: が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよとい上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。
それでも罪人たちは何百となく何千となく、真っ暗な血の池の底から、うようよとはい上がって、細く光っている蜘蛛の糸を一列になりながら、せっせとのぼってきます。
原文: 今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。
今のうちにどうにかしなければ、糸は真ん中から二つに切れて、落ちてしまうに違いありません。
原文: そこで犍陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。お前たちは一体誰にいて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」
そこで犍陀多は大きな声で、「おい、罪人ども。この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。お前たちは一体誰に断ってのぼってきた。下りろ。下りろ。」
原文: わめきました。
と叫びました。
原文: その途端でございます。
その瞬間のことです。
原文: 今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に犍陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立ててれました。
今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に犍陀多がぶら下がっているところから、ぷつりと音を立てて切れました。
原文: ですから犍陀多もたまりません。
ですから犍陀多もたまりません。
原文: あっと云うもなく風を切って、独楽こまのようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。
あっという間もなく風を切って、こまのようにくるくるまわりながら、見る見るうちに暗闇の底へ、まっさかさまに落ちていきました。
原文: 後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。
あとには極楽の蜘蛛の糸だけが、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の途中に、短く垂れているばかりです。
原文:
原文: 御釈迦様おしゃかさまは極楽の蓮池はすいけのふちに立って、この一部始終しじゅうをじっと見ていらっしゃいましたが、やがて犍陀多かんだたが血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうな御顔をなさりながら、またぶらぶら御歩きになり始めました。
お釈迦様は極楽の蓮池のほとりに立って、この一部始終をじっと見ていましたが、やがて犍陀多が血の池の底へ石のように沈んでしまうと、悲しそうな顔をしながら、またのんびりと歩き始めました。
原文: 自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、犍陀多の無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう。
自分だけ地獄から抜け出そうとした、犍陀多の思いやりのない心が、そしてその心にふさわしい罰を受けて元の地獄へ落ちてしまったことが、お釈迦様の目から見ると、情けなく感じられたのでしょう。
原文: しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着とんじゃく致しません。
しかし極楽の蓮池の蓮は、そんなことには少しも気にしません。
原文: その玉のような白い花は、御釈迦様の御足おみあしのまわりに、ゆらゆらうてなを動かして、そのまん中にある金色のずいからは、何とも云えないい匂が、絶間たえまなくあたりへあふれて居ります。
その玉のような白い花は、お釈迦様の足元でゆらゆらと花びらを揺らして、その中心にある金色のおしべからは、なんとも言えない良い香りが絶えずあたりに漂っています。
原文: 極楽ももうひるに近くなったのでございましょう。
極楽ももうお昼近くになったのでしょう。
原文: (大正七年四月十六日)
(大正七年四月十六日)