AI生成この訳はAI(claude-sonnet-4-6)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-23)
原文: ……ある牛飼いがものがたる
……ある牛飼いが語ること
原文: 第一日曜
第一日曜日
原文: オツベルときたら大したもんだ。
オツベルといったら、たいしたものだ。
原文: 稲扱器械の六台も据えつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。
稲こき機械を六台も据えつけて、のんのんのんのんのんのんと、ものすごい音を立ててやっている。
原文: 十六人の百姓どもが、顔をまるっきりまっ赤にして足で踏んで器械をまわし、小山のように積まれた稲を片っぱしから扱いて行く。
十六人の百姓たちが、顔を真っ赤にして足で踏んで機械を回し、山のように積まれた稲を端から端まで次々にこいていく。
原文: 藁はどんどんうしろの方へ投げられて、また新らしい山になる。
わらはどんどん後ろのほうへ投げられて、また新しい山になる。
原文: そこらは、籾や藁から発ったこまかな塵で、変にぼうっと黄いろになり、まるで沙漠のけむりのようだ。
あたりは、もみやわらから舞いあがった細かなほこりで、妙にぼんやり黄色っぽくなり、まるで砂漠のけむりみたいだ。
原文: そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀のパイプをくわえ、吹殻を藁に落さないよう、眼を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて、ぶらぶら往ったり来たりする。
その薄暗い仕事場を、オツベルは大きな琥珀のパイプをくわえ、吸いがらをわらに落とさないよう目を細くして気をつけながら、両手を背中に組み合わせて、ぶらぶら行ったり来たりしている。
原文: 小屋はずいぶん頑丈で、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲扱器械が、六台もそろってまわってるから、のんのんのんのんふるうのだ。
小屋はかなり頑丈で、学校くらいの広さがあるのだが、なんせ新式稲こき機械が六台もそろって回っているから、のんのんのんのん揺れるのだ。
原文: 中にはいるとそのために、すっかり腹が空くほどだ。
中に入るとそのせいで、すっかりお腹がすくほどだ。
原文: そしてじっさいオツベルは、そいつで上手に腹をへらし、ひるめしどきには、六寸ぐらいのビフテキだの、雑巾ほどあるオムレツの、ほくほくしたのをたべるのだ。
そして実際オツベルは、それでうまくお腹をすかせて、昼飯どきには六センチくらいのビフテキだの、ぞうきんほどある大きなオムレツの、ほくほくしたのを食べるのだ。
原文: とにかく、そうして、のんのんのんのんやっていた。
とにかく、そうしてのんのんのんのんやっていた。
原文: そしたらそこへどういうわけか、その、白象がやって来た。
すると、そこへどういうわけか、あの白い象がやってきた。
原文: 白い象だぜ、ペンキを塗ったのでないぜ。
白い象だよ、ペンキを塗ったんじゃないよ。
原文: どういうわけで来たかって?
どういうわけで来たかって?
原文: そいつは象のことだから、たぶんぶらっと森を出て、ただなにとなく来たのだろう。
それは象のことだから、たぶんぶらっと森を出て、ただなんとなく来たのだろう。
原文: そいつが小屋の入口に、ゆっくり顔を出したとき、百姓どもはぎょっとした。
それが小屋の入り口に、ゆっくり顔を出したとき、百姓たちはぎょっとした。
原文: なぜぎょっとした?
なぜぎょっとした?
原文: よくきくねえ、何をしだすか知れないじゃないか。
よく聞くね、何をしだすかわからないじゃないか。
原文: かかり合っては大へんだから、どいつもみな、いっしょうけんめい、じぶんの稲を扱いていた。
かかわり合っては大変だから、どいつもみんな、一生懸命、自分の稲をこいていた。
原文: ところがそのときオツベルは、ならんだ器械のうしろの方で、ポケットに手を入れながら、ちらっと鋭く象を見た。
ところがそのときオツベルは、並んだ機械の後ろのほうで、ポケットに手を入れながら、ちらっと鋭く象を見た。
原文: それからすばやく下を向き、何でもないというふうで、いままでどおり往ったり来たりしていたもんだ。
それからすばやく下を向き、何でもないというふうで、今までどおり行ったり来たりしていた。
原文: するとこんどは白象が、片脚床にあげたのだ。
すると今度は白い象が、片足を床に上げたのだ。
原文: 百姓どもはぎょっとした。
百姓たちはぎょっとした。
原文: それでも仕事が忙しいし、かかり合ってはひどいから、そっちを見ずに、やっぱり稲を扱いていた。
それでも仕事が忙しいし、かかわり合ってはひどいから、そちらを見ずに、やっぱり稲をこいていた。
原文: オツベルは奥のうすくらいところで両手をポケットから出して、も一度ちらっと象を見た。
オツベルは奥の薄暗いところで両手をポケットから出して、もう一度ちらっと象を見た。
原文: それからいかにも退屈そうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭のうしろに組んで、行ったり来たりやっていた。
それからいかにも退屈そうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭の後ろに組んで、行ったり来たりしていた。
原文: ところが象が威勢よく、前肢二つつきだして、小屋にあがって来ようとする。
ところが象が威勢よく、前足を二つ突き出して、小屋に上がって来ようとする。
原文: 百姓どもはぎくっとし、オツベルもすこしぎょっとして、大きな琥珀のパイプから、ふっとけむりをはきだした。
百姓たちはぎくっとし、オツベルも少しぎょっとして、大きな琥珀のパイプから、ふっとけむりを吐き出した。
原文: それでもやっぱりしらないふうで、ゆっくりそこらをあるいていた。
それでもやっぱり知らないふりで、ゆっくりそのあたりを歩いていた。
原文: そしたらとうとう、象がのこのこ上って来た。
そしたらとうとう、象がのこのこ上がってきた。
原文: そして器械の前のとこを、呑気にあるきはじめたのだ。
そして機械の前のところを、のんきに歩きはじめたのだ。
原文: ところが何せ、器械はひどく廻っていて、籾は夕立か霰のように、パチパチ象にあたるのだ。
ところがなんせ、機械はひどく回っていて、もみは夕立かあられのように、パチパチと象に当たるのだ。
原文: 象はいかにもうるさいらしく、小さなその眼を細めていたが、またよく見ると、たしかに少しわらっていた。
象はいかにもうるさそうに、小さなその目を細めていたが、よく見ると、たしかに少し笑っていた。
原文: オツベルはやっと覚悟をきめて、稲扱器械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、鶯みたいないい声で、こんな文句を云ったのだ。
オツベルはやっと覚悟を決めて、稲こき機械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、ウグイスみたいないい声で、こんなことを言ったのだ。
原文: 「ああ、だめだ。あんまりせわしく、砂がわたしの歯にあたる。」
「ああ、だめだ。あんまりせわしくて、砂が歯に当たる。」
原文: まったく籾は、パチパチパチパチ歯にあたり、またまっ白な頭や首にぶっつかる。
実際もみは、パチパチパチパチ歯に当たり、また真っ白な頭や首にぶつかる。
原文: さあ、オツベルは命懸けだ。
さあ、オツベルは命がけだ。
原文: パイプを右手にもち直し、度胸を据えて斯う云った。
パイプを右手に持ち直し、度胸を据えてこう言った。
原文: 「どうだい、此処は面白いかい。」
「どうだい、ここは面白いかい。」
原文: 「面白いねえ。」
「面白いねえ。」
原文: 象がからだを斜めにして、眼を細くして返事した。
象が体を斜めにして、目を細くして返事した。
原文: 「ずうっとこっちに居たらどうだい。」
「ずっとこっちにいたらどうだい。」
原文: 百姓どもははっとして、息を殺して象を見た。
百姓たちははっとして、息を殺して象を見た。
原文: オツベルは云ってしまってから、にわかにがたがた顫え出す。
オツベルは言ってしまってから、にわかにがたがた震えだす。
原文: ところが象はけろりとして
ところが象はけろりとして
原文: 「居てもいいよ。」
「いてもいいよ。」
原文: と答えたもんだ。
と答えたのだ。
原文: 「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。」
「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。」
原文: オツベルが顔をくしゃくしゃにして、まっ赤になって悦びながらそう云った。
オツベルが顔をくしゃくしゃにして、真っ赤になって喜びながらそう言った。
原文: どうだ、そうしてこの象は、もうオツベルの財産だ。
どうだ、そうしてこの象は、もうオツベルの財産だ。
原文: いまに見たまえ、オツベルは、あの白象を、はたらかせるか、サーカス団に売りとばすか、どっちにしても万円以上もうけるぜ。
今に見ていろ、オツベルは、あの白い象を、働かせるか、サーカス団に売り飛ばすか、どっちにしても一万円以上もうけるぞ。
原文: 第二日曜
第二日曜日
原文: オツベルときたら大したもんだ。
オツベルといったら、たいしたものだ。
原文: それにこの前稲扱小屋で、うまく自分のものにした、象もじっさい大したもんだ。
それに、この前稲こき小屋で、うまく自分のものにした、象も実際たいしたものだ。
原文: 力も二十馬力もある。
力も二十馬力もある。
原文: 第一みかけがまっ白で、牙はぜんたいきれいな象牙でできている。
まず見かけが真っ白で、牙は全体きれいな象牙でできている。
原文: 皮も全体、立派で丈夫な象皮なのだ。
皮も全体、立派で丈夫な象の皮なのだ。
原文: そしてずいぶんはたらくもんだ。
そしてずいぶん働くものだ。
原文: けれどもそんなに稼ぐのも、やっぱり主人が偉いのだ。
けれどもそんなに稼ぐのも、やっぱり主人がえらいからだ。
原文: 「おい、お前は時計は要らないか。」
「おい、お前は時計はいらないか。」
原文: 丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめて斯う訊いた。
丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめてこう聞いた。
原文: 「ぼくは時計は要らないよ。」
「ぼくは時計はいらないよ。」
原文: 象がわらって返事した。
象が笑って返事した。
原文: 「まあ持って見ろ、いいもんだ。」
「まあ持ってみろ、いいもんだ。」
原文: 斯う言いながらオツベルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶらさげた。
こう言いながらオツベルは、ブリキで作った大きな時計を、象の首からぶら下げた。
原文: 「なかなかいいね。」
「なかなかいいね。」
原文: 象も云う。
象も言う。
原文: 「鎖もなくちゃだめだろう。」
「鎖もなくちゃだめだろう。」
原文: オツベルときたら、百キロもある鎖をさ、その前肢にくっつけた。
オツベルといったら、百キロもある鎖をさ、その前足につけた。
原文: 「うん、なかなか鎖はいいね。」
「うん、なかなか鎖はいいね。」
原文: 三あし歩いて象がいう。
三歩歩いて象が言う。
原文: 「靴をはいたらどうだろう。」
「靴をはいたらどうだろう。」
原文: 「ぼくは靴などはかないよ。」
「ぼくは靴なんてはかないよ。」
原文: 「まあはいてみろ、いいもんだ。」
「まあはいてみろ、いいもんだ。」
原文: オツベルは顔をしかめながら、赤い張子の大きな靴を、象のうしろのかかとにはめた。
オツベルは顔をしかめながら、赤い張り子の大きな靴を、象の後ろのかかとにはめた。
原文: 「なかなかいいね。」
「なかなかいいね。」
原文: 象も云う。
象も言う。
原文: 「靴に飾りをつけなくちゃ。」
「靴に飾りをつけなくちゃ。」
原文: オツベルはもう大急ぎで、四百キロある分銅を靴の上から、穿め込んだ。
オツベルはもう大急ぎで、四百キロある分銅を靴の上からはめ込んだ。
原文: 「うん、なかなかいいね。」
「うん、なかなかいいね。」
原文: 象は二あし歩いてみて、さもうれしそうにそう云った。
象は二歩歩いてみて、いかにもうれしそうにそう言った。
原文: 次の日、ブリキの大きな時計と、やくざな紙の靴とはやぶけ、象は鎖と分銅だけで、大よろこびであるいて居った。
次の日、ブリキの大きな時計と、粗末な紙の靴はやぶれ、象は鎖と分銅だけで、大よろこびで歩いていた。
原文: 「済まないが税金も高いから、今日はすこうし、川から水を汲んでくれ。」
「済まないが税金も高いから、今日は少し、川から水を汲んでくれ。」
原文: オツベルは両手をうしろで組んで、顔をしかめて象に云う。
オツベルは両手を後ろで組んで、顔をしかめて象に言う。
原文: 「ああ、ぼく水を汲んで来よう。もう何ばいでも汲んでやるよ。」
「ああ、ぼく水を汲んでこよう。もう何杯でも汲んでやるよ。」
原文: 象は眼を細くしてよろこんで、そのひるすぎに五十だけ、川から水を汲んで来た。
象は目を細くして喜んで、その昼過ぎに五十杯だけ、川から水を汲んできた。
原文: そして菜っ葉の畑にかけた。
そして菜っ葉の畑にかけた。
原文: 夕方象は小屋に居て、十把の藁をたべながら、西の三日の月を見て、
夕方、象は象小屋にいて、十把のわらを食べながら、西の三日月を見て、
原文: 「ああ、稼ぐのは愉快だねえ、さっぱりするねえ」
「ああ、稼ぐのは愉快だねえ、さっぱりするねえ」
原文: と云っていた。
と言っていた。
原文: 「済まないが税金がまたあがる。今日は少うし森から、たきぎを運んでくれ」
「済まないが税金がまた上がる。今日は少し森から、たきぎを運んでくれ」
原文: オツベルは房のついた赤い帽子をかぶり、両手をかくしにつっ込んで、次の日象にそう言った。
オツベルは房のついた赤い帽子をかぶり、両手をポケットに突っ込んで、次の日象にそう言った。
原文: 「ああ、ぼくたきぎを持って来よう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい森へ行くのは大すきなんだ」
「ああ、ぼくたきぎを持ってこよう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい森へ行くのが大好きなんだ」
原文: 象はわらってこう言った。
象は笑ってこう言った。
原文: オツベルは少しぎょっとして、パイプを手からあぶなく落としそうにしたがもうあのときは、象がいかにも愉快なふうで、ゆっくりあるきだしたので、また安心してパイプをくわえ、小さな咳を一つして、百姓どもの仕事の方を見に行った。
オツベルは少しぎょっとして、パイプを手からあやうく落としそうになったが、もうあのときは、象がいかにも愉快なふうで、ゆっくり歩きだしたので、また安心してパイプをくわえ、小さな咳を一つして、百姓たちの仕事のほうを見に行った。
原文: そのひるすぎの半日に、象は九百把たきぎを運び、眼を細くしてよろこんだ。
その昼過ぎの半日に、象は九百把たきぎを運び、目を細くして喜んだ。
原文: 晩方象は小屋に居て、八把の藁をたべながら、西の四日の月を見て
晩方、象は象小屋にいて、八把のわらを食べながら、西の四日月を見て
原文: 「ああ、せいせいした。サンタマリア」
「ああ、せいせいした。サンタマリア」
原文: と斯うひとりごとしたそうだ。
とこうひとりごとを言ったそうだ。
原文: その次の日だ、
その次の日だ、
原文: 「済まないが、税金が五倍になった、今日は少うし鍛冶場へ行って、炭火を吹いてくれないか」
「済まないが、税金が五倍になった、今日は少し鍛冶場へ行って、炭火を吹いてくれないか」
原文: 「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」
「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石も吹き飛ばせるよ」
原文: オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち付けてわらっていた。
オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち着けて笑っていた。
原文: 象はのそのそ鍛冶場へ行って、べたんと肢を折って座り、ふいごの代りに半日炭を吹いたのだ。
象はのそのそ鍛冶場へ行って、べたんと足を折って座り、ふいごの代わりに半日炭を吹いたのだ。
原文: その晩、象は象小屋で、七把の藁をたべながら、空の五日の月を見て
その晩、象は象小屋で、七把のわらを食べながら、空の五日月を見て
原文: 「ああ、つかれたな、うれしいな、サンタマリア」
「ああ、疲れたな、うれしいな、サンタマリア」
原文: と斯う言った。
とこう言った。
原文: どうだ、そうして次の日から、象は朝からかせぐのだ。
どうだ、そうして次の日から、象は朝から稼ぐのだ。
原文: 藁も昨日はただ五把だ。
わらも昨日はたった五把だ。
原文: よくまあ、五把の藁などで、あんな力がでるもんだ。
よくまあ、五把のわらなどで、あんな力が出るものだ。
原文: じっさい象はけいざいだよ。
実際象は経済的だよ。
原文: それというのもオツベルが、頭がよくてえらいためだ。
それというのもオツベルが、頭がよくてえらいからだ。
原文: オツベルときたら大したもんさ。
オツベルといったら、たいしたものさ。
原文: 第五日曜
第五日曜日
原文: オツベルかね、そのオツベルは、おれも云おうとしてたんだが、居なくなったよ。
オツベルかい、そのオツベルは、おれも言おうとしていたんだが、いなくなったよ。
原文: まあ落ちついてききたまえ。
まあ落ち着いて聞いてくれ。
原文: 前にはなしたあの象を、オツベルはすこしひどくし過ぎた。
前に話したあの象を、オツベルは少しひどくし過ぎた。
原文: しかたがだんだんひどくなったから、象がなかなか笑わなくなった。
やり方がだんだんひどくなったから、象がなかなか笑わなくなった。
原文: 時には赤い竜の眼をして、じっとこんなにオツベルを見おろすようになってきた。
ときには赤い竜のような目をして、じっとこんなふうにオツベルを見下ろすようになってきた。
原文: ある晩象は象小屋で、三把の藁をたべながら、十日の月を仰ぎ見て、
ある晩、象は象小屋で、三把のわらを食べながら、十日の月を見上げて、
原文: 「苦しいです。サンタマリア。」
「苦しいです。サンタマリア。」
原文: と云ったということだ。
と言ったということだ。
原文: こいつを聞いたオツベルは、ことごと象につらくした。
これを聞いたオツベルは、ことごとく象につらくした。
原文: ある晩、象は象小屋で、ふらふら倒れて地べたに座り、藁もたべずに、十一日の月を見て、
ある晩、象は象小屋で、ふらふら倒れて地べたに座り、わらも食べずに、十一日の月を見て、
原文: 「もう、さようなら、サンタマリア。」
「もう、さようなら、サンタマリア。」
原文: と斯う言った。
とこう言った。
原文: 「おや、何だって? さよならだ?」
「おや、何だって? さよならだ?」
原文: 月が俄かに象に訊く。
月が急に象に聞く。
原文: 「ええ、さよならです。サンタマリア。」
「ええ、さようならです。サンタマリア。」
原文: 「何だい、なりばかり大きくて、からっきし意気地のないやつだなあ。仲間へ手紙を書いたらいいや。」
「何だい、体ばかり大きくて、まったく根性のないやつだなあ。仲間に手紙を書いたらいいよ。」
原文: 月がわらって斯う云った。
月が笑ってこう言った。
原文: 「お筆も紙もありませんよう。」
「筆も紙もありませんよ。」
原文: 象は細ういきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。
象は細くてきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。
原文: 「そら、これでしょう。」
「ほら、これでしょう。」
原文: すぐ眼の前で、可愛い子どもの声がした。
すぐ目の前で、かわいい子どもの声がした。
原文: 象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、硯と紙を捧げていた。
象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、硯と紙を捧げていた。
原文: 象は早速手紙を書いた。
象はさっそく手紙を書いた。
原文: 「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出て来て助けてくれ。」
「ぼくはずいぶんひどい目にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」
原文: 童子はすぐに手紙をもって、林の方へあるいて行った。
童子はすぐに手紙を持って、林のほうへ歩いて行った。
原文: 赤衣の童子が、そうして山に着いたのは、ちょうどひるめしごろだった。
赤い着物の童子が、そうして山に着いたのは、ちょうど昼飯ごろだった。
原文: このとき山の象どもは、沙羅樹の下のくらがりで、碁などをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。
このとき山の象たちは、沙羅樹の下の暗がりで、囲碁などをやっていたのだが、額を集めてこれを読んだ。
原文: 「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」
「ぼくはずいぶんひどい目にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」
原文: 象は一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠えだした。
象は一斉に立ち上がり、真っ黒になって吠えだした。
原文: 「オツベルをやっつけよう」
「オツベルをやっつけよう」
原文: 議長の象が高く叫ぶと、
議長の象が高く叫ぶと、
原文: 「おう、でかけよう。グララアガア、グララアガア。」
「おう、出かけよう。グララアガア、グララアガア。」
原文: みんながいちどに呼応する。
みんなが一度に呼応する。
原文: さあ、もうみんな、嵐のように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へとんで行く。
さあ、もうみんな、嵐のように林の中を鳴きぬけて、グララアガア、グララアガア、野原のほうへとんで行く。
原文: どいつもみんなきちがいだ。
どいつもみんな狂ったみたいだ。
原文: 小さな木などは根こぎになり、藪や何かもめちゃめちゃだ。
小さな木などは根こそぎになり、藪や何かもめちゃめちゃだ。
原文: グワア グワア グワア グワア、花火みたいに野原の中へ飛び出した。
グワアグワアグワアグワア、花火みたいに野原の中へ飛び出した。
原文: それから、何の、走って、走って、とうとう向うの青くかすんだ野原のはてに、オツベルの邸の黄いろな屋根を見附けると、象はいちどに噴火した。
それから、ひたすら走って走って、とうとう向こうの青くかすんだ野原のはてに、オツベルの屋敷の黄色い屋根を見つけると、象は一斉に噴火した。
原文: グララアガア、グララアガア。
グララアガア、グララアガア。
原文: その時はちょうど一時半、オツベルは皮の寝台の上でひるねのさかりで、烏の夢を見ていたもんだ。
そのときはちょうど一時半で、オツベルは革のベッドの上で昼寝の真っ最中で、カラスの夢を見ていた。
原文: あまり大きな音なので、オツベルの家の百姓どもが、門から少し外へ出て、小手をかざして向うを見た。
あまりに大きな音なので、オツベルの家の百姓たちが、門から少し外に出て、手をかざして向こうを見た。
原文: 林のような象だろう。
林のような象の群れだろう。
原文: 汽車より早くやってくる。
汽車より早くやってくる。
原文: さあ、まるっきり、血の気も失せてかけ込んで、
さあ、まるっきり血の気も失せて駆け込んで、
原文: 「旦那あ、象です。押し寄せやした。旦那あ、象です。」
「旦那あ、象です。押し寄せてきました。旦那あ、象です。」
原文: と声をかぎりに叫んだもんだ。
と声の限りに叫んだのだ。
原文: ところがオツベルはやっぱりえらい。
ところがオツベルはやっぱりえらい。
原文: 眼をぱっちりとあいたときは、もう何もかもわかっていた。
目をぱっちり開けたときは、もう何もかもわかっていた。
原文: 「おい、象のやつは小屋にいるのか。居る? 居る? 居るのか。よし、戸をしめろ。戸をしめるんだよ。早く象小屋の戸をしめるんだ。ようし、早く丸太を持って来い。とじこめちまえ、畜生めじたばたしやがるな、丸太をそこへしばりつけろ。何ができるもんか。わざと力を減らしてあるんだ。ようし、もう五六本持って来い。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。あわてるなったら。おい、みんな、こんどは門だ。門をしめろ。かんぬきをかえ。つっぱり。つっぱり。そうだ。おい、みんな心配するなったら。しっかりしろよ。」
「おい、象のやつは小屋にいるのか。いる? いる? いるのか。よし、戸をしめろ。戸をしめるんだよ。早く象小屋の戸をしめるんだ。よし、早く丸太を持ってこい。閉じ込めちまえ、くそ、じたばたするな、丸太をそこへしばりつけろ。何ができるもんか。わざと力を減らしてあるんだ。よし、もう五六本持ってこい。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。あわてるなったら。おい、みんな、今度は門だ。門をしめろ。かんぬきをかけろ。つっぱり。つっぱり。そうだ。おい、みんな心配するなったら。しっかりしろよ。」
原文: オツベルはもう支度ができて、ラッパみたいないい声で、百姓どもをはげました。
オツベルはもう準備ができて、ラッパみたいないい声で、百姓たちを励ました。
原文: ところがどうして、百姓どもは気が気じゃない。
ところがどうして、百姓たちは気が気じゃない。
原文: こんな主人に巻き添いなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐる腕に巻きつける。
こんな主人の巻き添えなんぞ食いたくないから、みんなタオルやハンカチや、汚れたような白っぽいものを、ぐるぐる腕に巻きつける。
原文: 降参をするしるしなのだ。
降参するしるしなのだ。
原文: オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。
オツベルはいよいよやっきになって、そのあたりを駆け回る。
原文: オツベルの犬も気が立って、火のつくように吠えながら、やしきの中をはせまわる。
オツベルの犬も気が立って、火がついたように吠えながら、屋敷の中を走り回る。
原文: 間もなく地面はぐらぐらとゆられ、そこらはばしゃばしゃくらくなり、象はやしきをとりまいた。
間もなく地面はぐらぐらと揺れ、あたりはばしゃばしゃ暗くなり、象は屋敷を取り巻いた。
原文: グララアガア、グララアガア、その恐ろしいさわぎの中から、
グララアガア、グララアガア、その恐ろしいさわぎの中から、
原文: 「今助けるから安心しろよ。」
「今助けるから安心しろよ。」
原文: やさしい声もきこえてくる。
やさしい声も聞こえてくる。
原文: 「ありがとう。よく来てくれて、ほんとに僕はうれしいよ。」
「ありがとう。よく来てくれて、ほんとに僕はうれしいよ。」
原文: 象小屋からも声がする。
象小屋からも声がする。
原文: さあ、そうすると、まわりの象は、一そうひどく、グララアガア、グララアガア、塀のまわりをぐるぐる走っているらしく、度々中から、怒ってふりまわす鼻も見える。
さあ、そうすると、まわりの象は、一層ひどく、グララアガア、グララアガア、塀のまわりをぐるぐる走っているらしく、何度も中から、怒ってふり回す鼻も見える。
原文: けれども塀はセメントで、中には鉄も入っているから、なかなか象もこわせない。
けれども塀はセメントで、中には鉄も入っているから、なかなか象も壊せない。
原文: 塀の中にはオツベルが、たった一人で叫んでいる。
塀の中にはオツベルが、たった一人で叫んでいる。
原文: 百姓どもは眼もくらみ、そこらをうろうろするだけだ。
百姓たちは目もくらみ、そのあたりをうろうろするだけだ。
原文: そのうち外の象どもは、仲間のからだを台にして、いよいよ塀を越しかかる。
そのうち外の象たちは、仲間の体を台にして、いよいよ塀を乗り越えかかる。
原文: だんだんにゅうと顔を出す。
だんだんにゅうと顔を出す。
原文: その皺くちゃで灰いろの、大きな顔を見あげたとき、オツベルの犬は気絶した。
その皺くちゃで灰色の、大きな顔を見上げたとき、オツベルの犬は気絶した。
原文: さあ、オツベルは射ちだした。
さあ、オツベルは撃ちだした。
原文: 六連発のピストルさ。
六連発のピストルさ。
原文: ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸は通らない。
ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾は通らない。
原文: 牙にあたればはねかえる。
牙に当たればはね返る。
原文: 一疋なぞは斯う言った。
一頭などはこう言った。
原文: 「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ。」
「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔に当たるんだ。」
原文: オツベルはいつかどこかで、こんな文句をきいたようだと思いながら、ケースを帯からつめかえた。
オツベルはいつかどこかで、こんな言葉を聞いたことがあるようだと思いながら、ケースを帯から詰め替えた。
原文: そのうち、象の片脚が、塀からこっちへはみ出した。
そのうち、象の片足が、塀からこっちへはみ出した。
原文: それからも一つはみ出した。
それからもう一つはみ出した。
原文: 五匹の象が一ぺんに、塀からどっと落ちて来た。
五頭の象が一度に、塀からどっと落ちてきた。
原文: オツベルはケースを握ったまま、もうくしゃくしゃに潰れていた。
オツベルはケースを握ったまま、もうくしゃくしゃに潰れていた。
原文: 早くも門があいていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。
早くも門が開いていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。
原文: 「牢はどこだ。」
「牢はどこだ。」
原文: みんなは小屋に押し寄せる。
みんなは小屋に押し寄せる。
原文: 丸太なんぞは、マッチのようにへし折られ、あの白象は大へん瘠せて小屋を出た。
丸太なんかは、マッチのようにへし折られ、あの白い象はずいぶん痩せて小屋を出た。
原文: 「まあ、よかったねやせたねえ。」
「まあ、よかったね、痩せたねえ。」
原文: みんなはしずかにそばにより、鎖と銅をはずしてやった。
みんなは静かにそばに寄り、鎖と分銅をはずしてやった。
原文: 「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」
「ああ、ありがとう。ほんとに僕は助かったよ。」
原文: 白象はさびしくわらってそう云った。
白い象はさびしく笑ってそう言った。
原文: おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。
おや〔一字不明〕、川に入っちゃいけないったら。