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春の鳥 小学生向け

国木田独歩くにきだどっぽ)・1939

AI生成この訳はAI(claude-sonnet-4-6)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-23

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今から六、七年ほど前のことです。私はある地方の町で、英語と算数の先生をしていました。

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今より六七年前、私はある地方に英語と数学の教師をしていたことがございます。

その町に城山(しろやま)という山がありました。大きな木がうっそうと茂った山で、それほど高くはありませんでしたが、景色がとてもすばらしかったので、私はいつも散歩がてらこの山に登っていました。

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その町に城山しろやまというのがあって、大木暗く茂った山で、あまり高くはないが、はなはだ風景に富んでいましたゆえ、私は散歩がてらいつもこの山に登りました。

頂上には昔のお城のあとが残っていました。

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頂上には城あとが残っています。

高い石垣(いしがき)につたがからみついて、それが真っ赤に染まっている様子は、なんとも言えないほど美しいものでした。

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高い石垣いしがき蔦葛つたかつらがからみついて、それが真紅しんくに染まっているあんばいなど得も言われぬ趣でした。

昔、天守閣(てんしゅかく)が建っていた場所は平地になっていて、いつの間にか小さな松の木がまばらに生え、夏草がすきまなく茂り、見るからに昔をしのばせるもの悲しい景色になっていました。

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昔は天主閣の建っていた所が平地になって、いつしか姫小松まばらにおいたち、夏草すきまなく茂り、見るからに昔をしのばす哀れなさまとなっています。

私はそこで草の上に横になり、何百年も木こりの斧(おの)が入ったことのないうっそうとした深い林の向こうに、近くの田んぼや畑を眺めて楽しんだことが何度あったかわからないほどでした。

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私は草を敷いて身を横たえ、数百年すひゃくねんおのの入れたことのないうつたる深林の上を見越しに、近郊の田園を望んで楽しんだことも幾度であるかわかりませんほどでした。

ある日曜日の午後のことだったと思います。季節は秋の終わりで、大空は水のように澄みきっていましたが、強い風が吹き荒れて、城山の林がザワザワと大きな音を立てていました。

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ある日曜の午後と覚えています、時は秋の末で、大空は水のごとく澄んでいながら野分のわけ吹きすさんで城山の林は激しく鳴っていました。

私はいつものように頂上に登って、少し西に傾いた日差しが遠くの村や近くの田んぼを赤く染めているのを見ながら、持ってきた本を読んでいました。すると突然、人の話し声が聞こえたので、石垣のはしに出て下を見おろしました。

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私は例のごとく頂上に登って、やや西に傾いた日影の遠村近郊をあかく染めているのを見ながら、持って来た書物を読んでいますと、突然人の話し声が聞こえましたから石垣いしがきの端に出て下を見おろしました。

特に怪しい者ではなく、三人の女の子が枯れ枝を拾っているのでした。

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別に怪しい者でなく三人の小娘が枯れ枝を拾っているのでした。

風が強いので落ち枝も多いのでしょう、たくさん背中に背負ったままさらにあたりを探し回っている様子です。

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風が激しいので得物えものも多いかして、たくさん背中にしょったままなおもあたりをあさっている様子です。

仲よさそうに話しながら、楽しそうに歌いながら枝を拾っています。みんな十二、三歳くらいで、おそらく近くの村の農家の子どもたちでしょう。

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むつまじげに話しながら、楽しげに歌いながら拾っています、それがいずれも十二三、たぶん何村あたりの農家の子供でしょう。

私はしばらく見おろしていましたが、また本のほうに目を戻して、いつの間にかその女の子たちのことは忘れてしまいました。

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私はしばらく見おろしていましたが、またもや書物のほうに目を移して、いつか小娘のことは忘れてしまいました。

するとキャッという女の子の声がしました。驚いて下を見ると、三人の子どもたちは何かに怖がったのか、枯れ木を背負ったままあわてて逃げ出して、あっという間に石垣の向こうに姿を隠してしまいました。

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するとキャッという女の声、驚いて下を見ますと、三人の子供は何に恐れたのか、枯れ木を背負ったままアタフタと逃げ出して、たちまち石垣いしがきのかなたにその姿を隠してしまいました。

変だなと思いながら私がその近くをよく見おろしていると、薄暗い森の奥から下草をかき分けながら、道もない所をこちらへやって来る者がいます。

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おかしなことと私はその近所を注意して見おろしていると、薄暗い森の奥から下草を分けながら、道もない所をこなたへやって来る者があります。

最初は誰だかわかりませんでしたが、森を出て石垣の下に現れたのを見ると、十一か十二歳くらいと思われる男の子でした。

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初めは何者とも知れませんでしたが、森を出て石垣の下に現われたところを見ると、十一か十二歳と思わるる男の子です。

紺色の筒袖(つつそで)の着物を着て、白い木綿の帯をしめている様子は、農家の子どもでも町の子どもでもなさそうでした。

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紺の筒袖つつそでを着て白もめんの兵児帯へこおびをしめている様子は百姓の子でも町家の者でもなさそうでした。

手に太い棒切れを持ってあたりをきょろきょろ見回していましたが、ふと石垣の上を見上げた時、思いがけず二人は顔を見合わせました。

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手に太い棒切れを持ってあたりをきょろきょろ見回していましたが、フト石垣の上を見上げた時、思わず二人は顔を見合わしました。

子どもはじっと私の顔を見つめていましたが、やがてニヤリと笑いました。

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子供はじっと私の顔を見つめていましたが、やがてニヤリと笑いました。

その笑い方が普通ではないのです。

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その笑いが尋常でないのです。

青白い丸顔で、目がギョロリとしている様子を見て、私はすぐにただの子どもではないと気づきました。

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生白なまじろい丸顔の、目のぎょろりとした様子までが、ただの子供でないと私はすぐ見て取りました。

「先生、何をしているの?」

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「先生、何をしているの?」

と私に呼びかけてきたので私も少し驚きましたが、もともと私が当時教師をしていた町はとても小さな城下町でしたから、私のほうでは自分の教え子以外の人をあまり知らなくても、町の人は都から来た若い先生のことをたいてい知っているので、この子どもが私に声をかけてきたことは実は不思議でも何でもなかったのです。

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と私を呼びかけましたので私もちょっと驚きましたが、元来私の当時教師を勤めていた町はごく小さな城下ですから、私のほうでは自分の教え子のほかの人をあまり知らないでも、土地の者は都から来た年若い先生を大概知っているので、今この子供が私を呼びかけたも実は不思議はなかったのです。

そのことに気がつくと、私も声をやさしくして、

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そこへ気がつくや、私も声を優しゅうして、

「本を読んでいるんだよ。ここへ来ませんか。」

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「本を読んでいるのだよ。ここへ来ませんか。」

と言うと、子どもはいきなり石垣に手をかけてサルのように登り始めました。

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と言うや、子供はイキなり石垣に手をかけてさるのように登りはじめました。

高さ五間(けん、約九メートル)以上もある壁のような石垣ですから、私は驚いて止めようとしているうちに、もう半分くらいまで登ってきて、手の届くところのつた草をつかむと、するすると引き寄せてあっという間に私のそばに立ちました。

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高さ五けん以上もある壁のような石垣いしがきですから、私は驚いて止めようと思っているうちに、早くも中ほどまで来て、手近のかつらに手が届くと、すらすらとこれをたぐってたちまち私のそばに突っ立ちました。

そしてニヤニヤと笑っています。

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そしてニヤニヤと笑っています。

「名前はなんというの?」

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「名前はなんというの?」

と私は聞きました。

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と私は問いました。

「六(ろく)」

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ろく

「六? 六さんというのかい。」

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「六? ろくさんというのかね。」

と聞くと、子どもはうなずいたまま例のあの不思議な笑いをもらして、口を少し開けたまま私の顔を気味が悪いほどじっと見つめているのです。

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と問いますと、子供はうなずいたまま例の怪しい笑いをもらして、口を少しあけたまま私の顔を気味の悪いほど見つめているのです。

「いくつかい、年は?」

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「いくつかね、年は?」

と私が聞くと、きょとんとした顔をしているので、もう一度聞き直しました。

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と、私が問いますと、けげんな顔をしていますから、いま一度問い返しました。

すると変な口の動かし方をしながら唇を動かしていましたが、急に両手を開いて指を折って一、二、三と数えて、十、十一と飛ばして、顔を上げてまじめな様子で、

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すると妙な口つきをしてくちびるを動かしていましたが、急に両手を開いて指を折ってと読んでとう、十一と飛ばし、顔をあげてまじめに、

「十一だ。」

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「十一だ。」

と言う様子は、やっと五歳くらいの子が、ようやく数を覚えたのと少しも変わらないのです。

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と言う様子は、やっと五つぐらいの子の、ようよう数を覚えたのと少しも変わらないのです。

そこで私も思わず「よく知っていますね。」

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そこで私も思わず「よく知っていますね。」

「おっかさんに教わったのだ。」

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「おっかさんに教わったのだ。」

「学校へ行きますか。」

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「学校へゆきますか。」

「行かない。」

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「行かない。」

「なぜ行かないの?」

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「なぜ行かないの?」

子どもは首をかしげて向こうを見ていたので、考えているのだと私は思って待っていました。

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子供は頭をかしげて向こうを見ていますから考えているのだと私は思って待っていました。

すると突然子どもはワアワアと声を上げながら駆け出しました。

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すると突然子供はワアワアとおしのような声を出して駆け出しました。

「六さん、六さん」

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「六さん、六さん」

と驚いて私が呼び止めると、

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と驚いて私が呼び止めますと、

「からす、からす」

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「からす、からす」

と叫びながら、後ろも振り向かないで天守台(てんしゅだい)を駆けおりて、あっという間にその姿を隠してしまいました。

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と叫びながら、あとも振りむかないで天主台を駆けおりて、たちまちその姿を隠してしまいました。

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私はそのころ宿屋暮らしをしていましたが、なにぶん不自由で困りましたので、いろいろ人に頼んで、ついに田口という人の家の二階の二部屋を借り、食事や身の回りのことをすべて任せることにしました。

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私はそのころ下宿屋やどや住まいでしたが、なにぶん不自由で困りますからいろいろ人に頼んで、ついに田口という人の二階二間を借り、衣食いっさいのことを任すことにしました。

田口という家は昔の家老職(かろうしょく)のお屋敷で、城山の下に立派な屋敷を昔のままに構えて裕福(ゆうふく)に暮らしていましたから、この二階を貸してくれて世話をしてくれたのは、大変なご好意だったのです。

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田口というは昔の家老職、城山の下に立派な屋敷を昔のままに構えて有福ゆうふくに暮らしていましたので、この二階を貸し、私を世話してくれたのは少なからぬ好意であったのです。

ところで驚いたのは、田口に移った翌日のこと、朝早く起きて散歩に出ようとすると、城山で会ったあの子どもが庭を掃いていたことです。

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ところで驚いたのは、田口に移った日の翌日、朝早く起きて散歩に出ようとすると、城山で会った子供が庭を掃いていたことです。

私は、

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私は、

「六さん、おはよう」

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「六さん、お早う」

と声をかけましたが、子どもは私の顔を見てニヤリと笑ったまま、草ぼうきで落ち葉を掃き、何も言いませんでした。

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と声をかけましたが、子供は私の顔を見てニヤリ笑ったまま、草ぼうきで落ち葉を掃き、言葉を出しませんでした。

日が経つうちに、この不思議な子どもの身の上がだんだんわかってきました。それは私が気をつけて見たり聞いたりしたからでしょう。

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日のたつうちに、この怪しい子供の身の上が次第にわかって来ました、と言うのは、畢竟ひっきょう私が気をつけて見たり聞いたりしたからでしょう。

子どもの名前は六蔵(ろくぞう)といいまして、田口の主人(あるじ)の甥(おい)にあたり、生まれつき知的な障害(白痴)があったのです。

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子供は名を六蔵と呼びまして、田口の主人あるじにはおいに当たり、生まれついての白痴であったのです。

母親は四十五、六歳で、早くに夫と別れて実家に帰り、二人の子どもを連れて兄の世話になっていました。

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母親というは四十五六、早く夫に別れまして実家さとに帰り、二人の子を連れて兄の世話になっていたのであります。

六蔵の姉はおしげといい、その時十七歳でしたが、私の見るところでは、彼女もまた知的な障害があるといってよいほど、気の毒な状態でした。

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六蔵の姉はおしげと呼び、その時十七歳、私の見るところでは、これもまた白痴と言ってよいほど哀れな女でした。

田口の主人も最初のうちはそのことを隠しているようでしたが、どうしても隠せるものではありませんから、ある夜のこと私の部屋に来て、教育の話の最後に、甥と姪が知的な障害(白痴)であることを話し出し、なんとかして少しでも教育を与えることはできないかと、私に相談しました。

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田口の主人あるじも初めのほどは白痴のことを隠しているようでしたが、何をいうにも隠しうることでないのですから、ついにある夜のこと、私のへやに来て教育の話の末に、おいめいの白痴であることを話しだし、どうにかしてこれにいくぶんの教育を加えることはできないものかと、私に相談をしました。

主人が話すには、このかわいそうなきょうだいの父親というのは、ひどい大酒のみで、そのせいで命を縮め、家の財産も使い果たしてしまったのだそうです。

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主人あるじの語るところによると、この哀れなきょうだいの父親というは、非常な大酒家で、そのために命をも縮め、家産をも蕩尽とうじんしたのだそうです。

姉も弟も最初のうちは小学校に通わせていたのですが、二人とも何一つ学ぶことができず、いくら先生が頑張って教えてもむだで、とても他の生徒たちと一緒に教えることはできず、かえって意地悪な生徒たちにからかわれるだけでしたから、気の毒に思って退学させたのだそうです。

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そして姉もおととも初めのうちは小学校に出していたのが、二人とも何一つ学び得ず、いくら教師が骨を折ってもむだで、到底ほかの生徒といっしょに教えることはできず、いたずらに他の腕白わんぱく生徒せいと嘲弄ちょうろうの道具になるばかりですから、かえって気の毒に思って退学をさしたのだそうです。

なるほど詳しく聞いてみると、姉も弟も本当に重い知的な障害があることが、はっきりわかりました。

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なるほど詳しく聞いてみると、姉もおととも全くの白痴であることが、いよいよ明らかになりました。

しかし主人の口からは言いませんでしたが、主人の妹、つまりきょうだいの母親というのも、普通から見ると大変ぼんやりした人で、二人の子どもの障害の原因は、父親の大酒のせいもあるでしょうが、母親の遺伝によるものでもあると、私はすぐに見てとりました。

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しかるに主人あるじの口からは言いませんが、主人あるじの妹、すなわちきょうだいの母親というも、普通から見るとよほど抜けている人で、二人の子供の白痴の原因は、父の大酒にもよるでしょうが、母の遺伝にも因ることは私はすぐ看破しました。

知的障害のある子どもへの教育があることは私も知っていましたが、特別な知識が必要なことですから、私も田口の主人の相談に気軽には乗れませんでした。

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白痴教育というがあることは私も知っていますが、これには特別の知識の必要であることですから、私も田口の主人あるじの相談にはうかと乗りませんでした。

ただ、そう簡単ではないということを話しただけでやめました。

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ただその容易でないことを話しただけでよしました。

けれどもその後、だんだんおしげと六蔵の様子を見ていると、本当に気の毒でたまりません。

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けれどもその後、だんだんおしげと六蔵の様子を見ると、いかにも気の毒でたまりません。

体に障害がある中でも、これほどかわいそうなことはないと思いました。

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不具のうちにもこれほど哀れなものはないと思いました。

耳が聞こえない人、口が利けない人、目が見えない人などは確かに不幸です。

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おしつんぼめしいなどは不幸には相違ありません。

しかし話せない人、聞けない人、見えない人も、なお考えることはできます。

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言うあたわざるもの、聞くあたわざる者、見るあたわざる者も、なお思うことはできます。

感じることはできます。

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思うて感ずることはできます。

知的な障害(白痴)になると、心の耳も口も目もふさがれているようなものですから、ほとんど動物に近い状態なのです。

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白痴となると、心のおしつんぼめくらですからほとんど禽獣きんじゅうに類しているのです。

一応人間の姿をしているのですから全く感じないわけではないが、普通の人と比べると十分の一にも及びません。

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ともかく人の形をしているのですから全く感じがないわけではないが、普通の人と比べては十の一にも及びません。

また不完全ながらも心のバランスが保たれていればまだましですが、さらにゆがんだ形でできているのですから、様子がずいぶん変です。泣くのも笑うのも喜ぶのも悲しむのも、みな普通の人から見ると調子がずれているのでなおかわいそうです。

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また不完全ながらも心の調子が整うていればまだしもですが、さらにいびつになってできているのですから、様子がよほど変です、泣くも笑うも喜ぶも悲しむも、みな普通の人から見ると調子が狂っているのだからなお哀れです。

おしげはともかく、六蔵は子どもだけに無邪気なところがありましたから、私は一段とかわいそうに感じ、人の力でできることならば、なんとかして少しでもその頭の働きを助けてやりたいと思うようになりました。

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おしげはともかく、六蔵のほうは子供だけに無邪気むじゃきなところがありますから、私は一倍哀れに感じ、人の力でできることならば、どうにかして少しでもその知能の働きを増してやりたいと思うようになりました。

すると田口の主人と話してから二週間ほどたった後のこと、夜の十時ごろでした。もう寝ようかと思っているところへ、

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すると田口の主人あるじと話してから二週間もたった後のこと、夜の十時ごろでした、もう床につこうかと思っているところへ、

「先生、お休みですか」

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「先生、おやすみですか」

と言いながら私の部屋に入ってきたのは六蔵の母親です。

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と言いながら私のへやにはいって来たのは六蔵の母親です。

背が低く、やせた体つきで、頭が小さく、顔が中央だけ少し高い、いつも歯を黒く染めている昔風の女性でした。

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背の低い、痩形やせがたの、頭のさい、中高なかだかの顔、いつも歯を染めている昔ふうの婦人おんな

口を少し開けて、人がよさそうな、あどけない笑いをいつも目じりと口元に浮かべているのがこの人の癖でした。

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口を少しあけて人のよさそうな、たわいのない笑いをいつもその目じりと口元に現わしているのがこの人の癖でした。

「そろそろ寝ようかと思っているところです。」

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「そろそろ寝ようかと思っているところです。」

と私が言ううちに、女性は火鉢(ひばち)のそばに座って、

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と私が言ううち、婦人は火鉢ひばちのそばにすわって、

「先生、少しお願いがあるのですが。」

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「先生私は少しお願いがあるのですが。」

と言って言い出しにくそうな様子。

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と言って言い出しにくい様子。

「なんですか。」

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「なんですか。」

「六蔵のことでございます。あのようなばかですから、これからのことも心配で、私自身もばかなのに棚に上げて、六蔵のことが気になってしかたがないのでございます。」

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「六蔵のことでございます。あのようなばかですから、ゆくさきのことも案じられて、それを思う私は自分のばかをたなに上げて、六蔵のことが気にかかってならないのでございます。」

「ごもっともです。けれどもそんなにご心配なさることもないでしょう。」

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「ごもっともです。けれどもそうお案じなさるほどのこともありますまい。」

とつい私も慰める言葉を言うのは、やはり人情でしょう。

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とツイ私も慰めの文句を言うのはやはり人情でしょう。

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私はその夜、だんだんと母親の話を聞きましたが、何よりも心を打ったのは、親子の愛情ということでした。

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私はその夜だんだんと母親の言うところを聞きましたが、何よりも感じたのは、親子の情ということでした。

前にも言ったとおり、この女性も大変ぼんやりしていることは一目でわかるほどでしたが、それでも自分の子どもの障害を心配することは、普通の親と少しも変わらないのです。

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前にも言ったとおり、この婦人とてもよほど抜けていることは一見してわかるほどですが、それがわが子の白痴を心配することは、普通の親と少しも変わらないのです。

そして母親もまた知的な障害に近いだけに、私はますますかわいそうな気持ちになりました。

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そして母親もまた白痴に近いだけ、私はますます哀れを催しました。

思わず私ももらい泣きをしてしまいそうになったくらいでした。

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思わず私ももらい泣きをしたくらいでした。

そこで私は、六蔵の教育を一所懸命やってみると約束して、気の毒な女性を帰し、その夜は遅くまでいろいろと工夫を凝らしました。

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そこで私は、六蔵の教育を骨を折ってみる約束をして気の毒な婦人を帰し、その夜はおそくまで、いろいろと工夫くふうを凝らしました。

それから翌日以降は、散歩のたびに六蔵を連れて行くことにして、機会を見てすこしずつ頭の働きを助けることにしました。

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さてその翌日からは、散歩ごとに六蔵を伴なうことにして、機に応じていくらかずつ知能の働きを加えることにいたしました。

最初に気がついたのは、六蔵に数の感覚がないことです。

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第一に感じたのは、六蔵に数の観念が欠けていることです。

一から十まで、どうしても数えられません。

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一から十までの数がどうしても読めません。

何度も繰り返して教えると、口では一から十まで言えるようにはなりますが、道ばたの石ころを三つ並べて「いくつ?」と聞くと、考えてばかりいて答えないのです。

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幾度もくり返して教えれば、二、三と十まで口で読み上げるだけのことはしますが、道ばたの石ころを拾うて三つ並べて、いくつだとききますと、考えてばかりいて返事をしないのです。

無理に聞くと、最初はあの不思議な笑い方をしていますが、後には泣き出しそうになるのです。

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無理にきくと初めは例の怪しげな笑い方をしていますが、後には泣きだしそうになるのです。

私も苦心に苦心を重ね、根気よく努力していました。

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私も苦心に苦心を積み、根気よく努めていました。

ある時は八幡宮(はちまんぐう)の石段を数えながら登り、一、二、三と進んで七段目で止まり、「七だよ」と教えて、「さっての石段はいくつだった?」と聞くと、大きな声で「十」と答える始末です。

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ある時は八幡宮はちまんぐうの石段を数えて登り、と進んで七つと止まり、七つだよと言い聞かして、さて今の石段はいくつだとききますと、大きな声でとおと答える始末です。

松の並木を数えても、お菓子をごほうびにして数を教えても、結果は同じことでした。

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松の並木を数えても、菓子をほうびにその数を教えても、結果は同じことです。

一、二、三という言葉と、その言葉が示す数の感覚は、この子どもの頭の中で全くつながっていないのです。

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という言葉と、その言葉が示す数の観念とは、この子供の頭になんの関係をも持っていないのです。

知的な障害のある子どもに数の感覚がないとは聞いていましたが、これほどまでとは思いもせず、私もある時は泣きたいほどで、子どもの顔を見つめたまま、涙が自然とこぼれたこともありました。

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白痴に数の観念の欠けていることは聞いてはいましたが、これほどまでとは思いもよらず、私もある時は泣きたいほどに思い、子供の顔を見つめたまま、涙がひとりでに落ちたこともありました。

しかし六蔵はなかなかのやんちゃ者で、いたずらをする時はずいぶん人を驚かすことがあるのです。

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しかるに六蔵はなかなかの腕白者わんぱくもので、いたずらをするときはずいぶん人を驚かすことがあるのです。

山登りが上手で、城山を駆け回るのはまるで平地を歩くようで、道があるところもないところも、さっさと飛ぶように走るのです。

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山登りがじょうずで、城山を駆け回るなどまるで平地を歩くように、道のあるところ無い所、サッサと飛ぶのです。

ですからこれまでも、田口の家の人たちが「六蔵はどこへ行ったか」と心配していると、昼ごはんを食べてそのまま出かけて、日が暮れるころになって、城山の崖(がけ)から田口の奥庭にひょっこり飛び降りて帰ってくるのだそうです。

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ですからこれまでも、田口の者が六蔵はどこへ行ったかと心配していると、昼飯を食ったまま出て日の暮れ方になって、城山のがけから田口の奥庭にひょっくり飛びおりて帰って来るのだそうです。

枝を拾っていた女の子たちが六蔵の姿を見て逃げ出したのは、きっとこれまでに何度もこの障害のあるやんちゃ者におどかされたからだと、私も思い当たりました。

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木拾いの娘が六蔵の姿を見て逃げ出したのは、きっとこれまで幾度となくこの白痴の腕白者におどされたものと私も思い当たったのであります。

けれどもまた六蔵はすぐに泣きます。

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けれどもまた六蔵はじきに泣きます。

母親が兄(田口の主人)の手前もあって、ときどきひどくしかることがあり、手のひらで叩くこともあります。その時は頭をかかえて体を縮めて泣き叫びます。

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母親が兄の手前を兼ねておりおりひどくしかることがあり、手の平で打つこともあります、その時は頭をかかえ身を縮めて泣き叫びます。

しかしすぐに笑っている様子は、叩かれたことをすっかり忘れてしまったらしく、これを見て私は、なおさらこの子のことがかわいそうに感じました。

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しかしすぐと笑っているさまは、打たれたことをすっかり忘れてしまったらしく、これを見て私は、なおさらこの白痴の痛ましいことを感じました。

このような状態ですから、六蔵が歌など知っているはずもなさそうですが、知っているのです。

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かかるありさまですから、六蔵が歌など知っているはずもなさそうですが、知っています。

枝を拾う子どもたちが歌うような民謡(みんよう)を覚えていて、ときどき低い声でやっています。

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木拾いの歌うような俗歌をそらんじて、おりおり低い声でやっています。

ある日、私は一人で城山に登りました。六蔵を連れていこうと思いましたが、姿が見えなかったのです。

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ある日私は一人で城山に登りました、六蔵を連れてと思いましたが、姿が見えなかったのです。

冬とはいえ九州は暖かい土地ですから、天気さえよければとても暖かく、空気は澄んでいるし、山登りにはかえって冬のほうがよいのです。

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冬ながら九州は暖国ゆえ、天気さえよければごく暖かで、空気は澄んでいるし、山登りにはかえって冬がよいのです。

落ち葉を踏んで頂上に達し、いつもの天守台の下まで行くと、山全体がひっそりと静まり返っているなかで、何者かやさしい声で歌うのが聞こえます。見ると天守台の石垣の角(かど)に、六蔵が馬乗りになって座り、両足をぶらぶら動かしながら、遠くを見やりながら民謡を歌っているのでした。

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落葉らくようを踏んで頂に達し、例の天主台の下までゆくと、寂々せきせきとして満山声なきうちに、何者か優しい声で歌うのが聞こえます、見ると天主台の石垣いしがきかどに、六蔵が馬乗りにまたがって、両足をふらふら動かしながら、目を遠く放って俗歌を歌っているのでした。

空の色、日の光、古いお城のあと、そして少年、まるで絵のようでした。

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空の色、日の光、古い城あと、そして少年、まるで絵です。

少年は天使のようでした。

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少年は天使です。

この時私の目には、六蔵が知的な障害のある子には、どうしても見えませんでした。

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この時私の目には、六蔵が白痴とはどうしても見えませんでした。

知的な障害と天使、なんというかわいそうな対比でしょう。

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白痴と天使、なんという哀れな対照でしょう。

しかし私はこの時、障害があっても少年はやはり自然の子どもであるのだと、しみじみ感じました。

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しかし私はこの時、白痴ながらも少年はやはり自然の子であるかと、つくづく感じました。

もう一つ、六蔵の変わった癖を言うと、この子どもは鳥が好きで、鳥を見ると目の色を変えて大騒ぎすることです。

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今一ツ六蔵の妙な癖を言いますと、この子供は鳥が好きで、鳥さえ見れば目の色をかえて騒ぐことです。

けれども何を見ても「からす」

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けれども何を見ても「からす」

と言い、いくら名前を教えても覚えません。

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と言い、いくら名を教えても覚えません。

「もず」

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「もず」

を見ても「ひよどり」

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を見ても「ひよどり」

を見ても「からす」

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を見ても「からす」

と言います。

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と言います。

おかしいのは、ある時白いサギを見て「からす」

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おかしいのは、ある時白さぎを見て「からす」

と言ったことで、「サギ(詐欺)をカラスと呼ぶ」

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と言ッたことで、「さぎ」

というたとえがありますが「からす」

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を「からす」

と言い間違えるのは、この子だけには本当のことなのです。

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に言い黒めるという俗諺ぞくげんが、この子だけにはあたりまえなのです。

高い木のてっぺんでモズが鳴いているのを見ると、六蔵は口をぽかんとあけて、じっと眺めています。

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高い木のてっぺんで百舌鳥もずが鳴いているのを見ると、六蔵は口をあんぐりあけて、じっとながめています。

そしてモズが飛び立っていった後をぼんやりと見送る様子はとても不思議で、この子どもには空を自由に飛ぶ鳥がよほど不思議に思えるようでした。

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そして百舌鳥もずの飛び立ってゆくあとを茫然ぼうぜんと見送るさまは、すこぶる妙で、この子供には空を自由に飛ぶ鳥がよほど不思議らしく思われました。

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さて私もこのかわいそうな子のためにずいぶん頑張ってみましたが、目に見えるほどの効果は少しもありませんでした。

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さて私もこの哀れな子のためにはずいぶん骨を折ってみましたが、目に見えるほどの効能は少しもありませんでした。

あれこれしているうちに翌年の春になり、六蔵の身の上に思いがけない災難が起こりました。

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かれこれするうちに翌年の春になり、六蔵の身の上に不慮の災難が起こりました。

三月の終わりのことでした。ある日、朝から六蔵の姿が見えません。昼過ぎになっても帰りません。ついに日暮れになっても帰って来ませんから、田口の家では大変心配し、特に母親は居ても立ってもいられない様子でした。

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三月の末でございました、ある日朝から六蔵の姿が見えません、昼過ぎになっても帰りません、ついに日暮れになっても帰って来ませんから田口の家では非常に心配し、ことに母親は居ても立ってもいられん様子です。

そこで私はまず城山を探すのがよいだろうと、田口の使用人を一人連れて、ちょうちんを用意して、胸にいやな予感を抱きながら、いつも慣れた小道を登って城のあとにたどり着きました。

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そこで私はまず城山を捜すがよかろうと、田口のぼくを一人連れて、ちょうちんの用意をして、心に怪しい痛ましいおもいをいだきながら、いつもの慣れた小道を登って城あとに達しました。

なんとなく虫が知らせるような気持ちで天守台の下まで来て、

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俗に虫が知らすというような心持ちで天主台の下に来て、

「六さん! 六さん!」

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「六さん! 六さん!」

と呼びました。

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と呼びました。

そして私と使用人と、示し合わせたように耳をすませました。

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そして私と僕と、申し合わしたように耳をそばだてました。

場所がお城のあとであるだけに、また探している子どもが普通の子でないだけに、何とも言えない恐ろしい気持ちになりました。

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場所が城あとであるだけ、また捜す人が並みの子供でないだけ、なんとも知れない物すごさを感じました。

天守台の上に出て、石垣のはしから下をのぞいていくうちに、北の一番高い角の真下に六蔵の亡骸(なきがら)が落ちているのを見つけました。

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天主台の上に出て、石垣いしがきの端から下をのぞいて行くうちに、北の最も高いかどの真下に六蔵の死骸しがいが落ちているのを発見しました。

怖い話のようですが、実際私は六蔵がいつになっても帰らないとわかった時から、この高い石垣の上から六蔵が落ちて死んだような気がしていたのです。

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怪談でも話すようですが、実際私は六蔵の帰りのあまりおそいと知ってからは、どうもこの高い石垣の上から六蔵の墜落して死んだように感じたのであります。

空想だと笑われるかもしれませんが、正直に言うと、六蔵は鳥のように空を飛ぶつもりで石垣の角から身を躍(おど)らせたのだと、私には思えるのです。

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あまり空想だと笑われるかも知れませんが、白状しますと、六蔵は鳥のように空をかけ回るつもりで石垣のかどから身をおどらしたものと、私には思われるのです。

もし木の枝に鳥が来て、六蔵の目の前で枝から枝へと自由に飛んで見せたなら、六蔵はきっと、自分もその枝に飛びつこうとしたに違いありません。

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木の枝に来て、六蔵の目の前まで枝から枝へと自在に飛んで見せたら、六蔵はきっと、自分もその枝に飛びつこうとしたに相違ありません。

亡骸を葬った翌々日、私は一人で天守台に登りました。

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死骸なきがらを葬った翌々日、私はひとり天主台に登りました。

そして六蔵のことを思うと、いろいろと人生の不思議な思いに堪えられなかったのです。

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そして六蔵のことを思うと、いろいろと人生不思議の思いに堪えなかったのです。

人間と他の動物の違い。

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人類と他の動物との相違。

人間と自然との関係。

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人類と自然との関係。

命と死などという問題が、若い私の心に深い深い悲しみを起こしました。

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生命と死などいう問題が、年若い私の心に深い深いかなしみを起こしました。

イギリスの有名な詩人の詩に「童(わらべ)なりけり」

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イギリスの有名な詩人の詩に「わらべなりけり」

というものがあります。

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というがあります。

その詩は、一人の子どもが夕方になるたびにさびしい湖のほとりに立って、両手の指を組み合わせてフクロウの鳴きまねをすると、湖の向こうの山のフクロウがこれに返事をする、この子どもはそれを楽しみにしていましたが、ついに亡くなって、静かな墓に葬られ、その魂(たましい)は自然のふところに帰ったという内容を詠じたものです。

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それは一人の子供が夕べごとにさびしい湖水のほとりに立って、両手の指を組み合わして、ふくろの鳴くまねをすると、湖水の向こうの山の梟がこれに返事をする、これをそのわらべは楽しみにしていましたが、ついに死にまして、静かな墓に葬られ、そのたまは自然のふところに返ったというこころを詠じたものであります。

私はこの詩が好きでいつも読んでいましたが、六蔵の死を見て、その一生を思い、その障害を思う時は、この詩よりも六蔵のことのほうがさらに深い意味があるように感じました。

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私はこの詩がすきで常に読んでいましたが、六蔵の死を見て、その生涯しょうがいを思うて、その白痴を思う時は、この詩よりも六蔵のことはさらに意味あるように私は感じました。

石垣の上に立って見ていると、春の鳥が自由に飛んでいます。

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石垣いしがきの上に立って見ていると、春の鳥は自在に飛んでいます。

その一羽は六蔵ではないでしょうか。

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その一つは六蔵ではありますまいか。

たとえ六蔵でなくとも、六蔵はその鳥とどれだけ違っていたでしょう。

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よし六蔵でないにせよ、六蔵はその鳥とどれだけちがっていましたろう。

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かわいそうな母親は、子どもの死を、かえって子どものためには幸せだと言いながらも泣いていました。

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哀れな母親は、その子の死を、かえって子のために幸福しやわせだと言いながらも泣いていました。

ある日のことでした。私は六蔵の新しいお墓にお参りするつもりで城山の北にある墓地に行くと、母親が先に来ていて、しきりとお墓の周りをぐるぐると回りながら、何かひとりごとを言っている様子です。

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ある日のことでした、私は六蔵の新しい墓におまいりするつもりで城山の北にある墓地にゆきますと、母親が先に来ていてしきりと墓のまわりをぐるぐる回りながら、何かひとりごとを言っている様子です。

私が近づいているのにまったく気づいていないようで、

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私の近づくのを少しも知らないと見えて、

「なんだってお前は鳥のまねなんかしたんだ、ねえ、なんだって石垣から飛んだの?……だって先生がそう言ってたよ、六さんは空を飛ぶつもりで天守台の上から飛んだのだって。いくらばかでも、鳥のまねをする人がいますかね、」

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「なんだってお前は鳥のまねなんぞした、え、なんだって石垣いしがきから飛んだの?……だって先生がそう言ったよ、六さんは空を飛ぶつもりで天主台の上から飛んだのだって。いくら白痴ばかでも、鳥のまねをする人がありますかね、」

と言って少し考えて「でもね、お前は死んだほうがよかったよ。死んだほうが幸せだよ……」

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と言って少し考えて「けれどもね、お前は死んだほうがいいよ。死んだほうが幸福しやわせだよ……」

私に気がつくや、

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私に気がつくや、

「ねえ先生。六は死んだほうが幸せでございますよ、」

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「ね、先生。六は死んだほうが幸福しやわせでございますよ、」

と言って涙をぽろぽろとこぼしました。

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と言って涙をハラハラとこぼしました。

「そういうわけでもありませんが、とにかく思いがけない災難でしたから、あきらめるよりしかたがありませんよ……」

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「そういう事もありませんが、なにしろ不慮の災難だからあきらめるよりいたしかたがありませんよ……」

「でも、なぜ鳥のまねなんかしたのでしょう。」

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「けれど、なぜ鳥のまねなんぞしたのでございましょう。」

「それは私の想像ですよ。六さんがきっと鳥のまねをして死んだのかどうか、わかるものではありません。」

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「それはわたしの想像ですよ。六さんがきっと鳥のまねをして死んだのだか、わかるものじゃありません。」

「でも先生はそう言ったじゃないですか。」

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「だって先生はそう言ったじゃありませぬか。」

と母親は目をすえて私の顔を見つめました。

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と母親は目をすえて私の顔を見つめました。

「六さんは鳥がとても好きだったから、そうかもしれないと私が思っただけですよ。」

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「六さんはたいへん鳥がすきであったから、そうかも知れないと私が思っただけですよ。」

「はい、六は鳥が好きでしたよ。鳥を見ると自分の両手をこう広げて、こうして」

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「ハイ、六は鳥がすきでしたよ。鳥を見ると自分の両手をこう広げて、こうして」

と母親は鳥が羽ばたくまねをして「こうしてそのへんを飛び歩きましたよ。はい、そうして、カラスの鳴きまねが上手でした」

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と母親は鳥の羽ばたきのまねをして「こうしてそこらを飛び歩きましたよ。ハイ、そうして、からすの鳴くまねがじょうずでした」

と目の色を変えて話す様子を見ていて、私は思わず目を閉じました。

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と目の色を変えて話す様子を見ていて、私は思わず目をふさぎました。

城山の森から一羽のカラスがゆっくりと羽ばたきながら、二声三声鳴いて飛んで、浜のほうへ去っていくと、障害のある子の母親は急に話をやめて、ぼんやりと我を忘れてそのカラスを見送っていました。

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城山の森から一羽のからすが羽をゆるやかに、二声三声鳴きながら飛んで、浜のほうへゆくや、白痴の親は急に話をやめて、茫然ぼうぜんと我れをも忘れて見送っていました。

この一羽のカラスを、六蔵の母親はどんな目で見ていたことでしょう。

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この一羽のからすを、六蔵の母親がなんと見たでしょう。