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グスコーブドリの伝記 小学生向け

宮沢賢治みやざわけんじ)・1951

AI生成この訳はAI(claude-sonnet-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28

一 森

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一 森

グスコーブドリは、イーハトーヴの大きな森の中で生まれました。

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グスコーブドリは、イーハトーヴの大きな森のなかに生まれました。

お父さんは、グスコーナドリという有名な木こりでした。どんなに大きな木でも、赤ちゃんを寝かしつけるように、わけなく切ってしまう人でした。

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おとうさんは、グスコーナドリという名高い木こりで、どんな大きな木でも、まるで赤ん坊を寝かしつけるようにわけなく切ってしまう人でした。

ブドリには、ネリという妹がいました。二人は毎日、森で遊びました。

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ブドリにはネリという妹があって、二人は毎日森で遊びました。

お父さんが木を挽く(ひく・のこぎりで切る)「ごしっ、ごしっ」という音が、やっと聞こえるくらい遠くまで行くこともありました。

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ごしっごしっとおとうさんの木をく音が、やっと聞こえるくらいな遠くへも行きました。

二人はそこで、木いちごの実をとって、わき水に浸したりしました。空を向いて、代わる代わる山鳩(やまばと)の鳴きまねをすることもありました。

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二人はそこで木いちごの実をとってわき水につけたり、空を向いてかわるがわる山鳩やまばとの鳴くまねをしたりしました。

すると、あちらでもこちらでも、鳥が「ぽう、ぽう」と眠そうに鳴き出すのでした。

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するとあちらでもこちらでも、ぽう、ぽう、と鳥が眠そうに鳴き出すのでした。

お母さんが、家の前の小さな畑に麦を播く(まく)ときは、二人は道にむしろをしいてすわりました。そして、ブリキの缶で蘭(らん)の花を煮たりしました。

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おかあさんが、家の前の小さな畑に麦をいているときは、二人はみちにむしろをしいてすわって、ブリキかんでらんの花を煮たりしました。

すると今度は、いろいろな鳥が、二人のぱさぱさした頭の上を、まるで挨拶(あいさつ)するように鳴きながら、ざあざあざあざあと通りすぎるのでした。

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するとこんどは、もういろいろの鳥が、二人のぱさぱさした頭の上を、まるで挨拶あいさつするように鳴きながらざあざあざあざあ通りすぎるのでした。

ブドリが学校へ行くようになると、森は昼の間、とてもさびしくなりました。

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ブドリが学校へ行くようになりますと、森はひるの間たいへんさびしくなりました。

その代わり、昼すぎには、ブドリはネリといっしょに遊びました。森じゅうの木の幹に、赤い粘土や消し炭で木の名前を書いて歩いたり、大きな声で歌ったりしました。

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そのかわりひるすぎには、ブドリはネリといっしょに、森じゅうの木の幹に、赤い粘土や消し炭で、木の名を書いてあるいたり、高く歌ったりしました。

ホップのつるが両方からのびて、門のようになっている白樺(しらかば)の木には、

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ホップのつるが、両方からのびて、門のようになっている白樺しらかばの木には、

「カッコウドリ、トオルベカラズ」

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「カッコウドリ、トオルベカラズ」

と書いたりもしました。

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と書いたりもしました。

そして、ブドリは十歳になり、ネリは七歳になりました。

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そして、ブドリは十になり、ネリは七つになりました。

ところが、どういうわけか、その年は変なことばかり起こりました。お日さまが春から変に白く見えました。いつもなら、雪がとけるとすぐに真っ白な花をつけるこぶしの木も、まるで咲きませんでした。五月になっても、たびたび霙(みぞれ)がぐしゃぐしゃ降りました。七月の終わりになっても、まったく暑さが来ませんでした。そのせいで、去年播いた麦も、粒の入らない白い穂しかできませんでした。たいていの果物(くだもの)も、花が咲いただけで落ちてしまいました。

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ところがどういうわけですか、その年は、お日さまが春から変に白くて、いつもなら雪がとけるとまもなく、まっしろな花をつけるこぶしの木もまるで咲かず、五月になってもたびたびみぞれがぐしゃぐしゃ降り、七月の末になってもいっこうに暑さが来ないために、去年いた麦も粒の入らない白い穂しかできず、たいていの果物くだものも、花が咲いただけで落ちてしまったのでした。

そしてとうとう秋になりましたが、やっぱり栗(くり)の木には、青いいがばかりがついていました。みんながふだん食べる、いちばん大切なオリザという穀物も、一粒もできませんでした。

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そしてとうとう秋になりましたが、やっぱりくりの木は青いからのいがばかりでしたし、みんなでふだんたべるいちばんたいせつなオリザという穀物も、一つぶもできませんでした。

野原では、もうひどい騒ぎになってしまいました。

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野原ではもうひどいさわぎになってしまいました。

ブドリのお父さんもお母さんも、たびたび薪(たきぎ)を野原のほうへ持って行きました。冬になってからは、何度も大きな木をそりに乗せて町へ運びました。それでもいつも、がっかりした様子で、わずかな麦の粉などを持って帰ってくるのでした。

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ブドリのおとうさんもおかあさんも、たびたびたきぎを野原のほうへ持って行ったり、冬になってからは何べんも大きな木を町へそりで運んだりしたのでしたが、いつもがっかりしたようにして、わずかの麦の粉などもって帰ってくるのでした。

それでも、どうにかその冬は過ぎて、次の春になりました。畑には、大切にしまっておいた種も播かれましたが、その年もまた、前の年とまったく同じでした。

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それでもどうにかその冬は過ぎて次の春になり、畑にはたいせつにしまっておいた種も播かれましたが、その年もまたすっかり前の年のとおりでした。

そして秋になると、とうとう本当の飢饉(ききん・食べ物がまったく足りなくなること)になってしまいました。

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そして秋になると、とうとうほんとうの饑饉ききんになってしまいました。

もうそのころは、学校へ来る子どもも、まったくいませんでした。

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もうそのころは学校へ来るこどももまるでありませんでした。

ブドリのお父さんもお母さんも、すっかり仕事をやめていました。

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ブドリのおとうさんもおかあさんも、すっかり仕事をやめていました。

そして、たびたび心配そうに相談しては、代わる代わる町へ出て行きました。やっと少しばかりの黍(きび)の粒などを持って帰ることもあれば、何も持たずに、顔色を悪くして帰ってくることもありました。

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そしてたびたび心配そうに相談しては、かわるがわる町へ出て行って、やっとすこしばかりのきびの粒など持って帰ることもあれば、なんにも持たずに顔いろを悪くして帰ってくることもありました。

そしてみんなは、こならの実や、葛(くず)やわらびの根、木の柔らかい皮など、いろいろなものを食べて、その冬をすごしました。

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そしてみんなは、こならの実や、くずやわらびの根や、木の柔らかな皮やいろんなものをたべて、その冬をすごしました。

けれども、春が来たころには、お父さんもお母さんも、何かひどい病気のようになっていました。

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けれども春が来たころは、おとうさんもおかあさんも、何かひどい病気のようでした。

ある日、お父さんは、じっと頭をかかえて、いつまでもいつまでも考えていました。ところが急に起きあがって、

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ある日おとうさんは、じっと頭をかかえて、いつまでもいつまでも考えていましたが、にわかに起きあがって、

「おれは森へ行って遊んでくるぞ。」

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「おれは森へ行って遊んでくるぞ。」

と言いながら、よろよろと家を出て行きました。けれども、まっくらになっても帰って来ませんでした。

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と言いながら、よろよろ家を出て行きましたが、まっくらになっても帰って来ませんでした。

二人がお母さんに、「お父さんはどうしたんだろう」と聞いても、お母さんは黙って、二人の顔を見ているだけでした。

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二人がおかあさんに、おとうさんはどうしたろうときいても、おかあさんはだまって二人の顔を見ているばかりでした。

次の日の夕方、森がもう黒く見えるころになって、お母さんは急に立ち上がりました。そして、炉に榾(ほだ・薪の一種)をたくさんくべて、家じゅうをすっかり明るくしました。

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次の日の晩方になって、森がもう黒く見えるころ、おかあさんはにわかに立って、炉にほだをたくさんくべて家じゅうすっかり明るくしました。

それから、「わたしはお父さんを探しに行くから、お前たちは家にいて、あの戸棚(とだな)にある粉を二人で少しずつ食べなさい」と言いました。そして、やっぱりよろよろと家を出て行きました。

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それから、わたしはおとうさんをさがしに行くから、お前たちはうちにいてあの戸棚とだなにある粉を二人ですこしずつたべなさいと言って、やっぱりよろよろ家を出て行きました。

二人が泣きながらあとを追って行くと、お母さんは振り向いて、

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二人が泣いてあとから追って行きますと、おかあさんはふり向いて、

「なんたらいうことをきかないこどもらだ。」

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「なんたらいうことをきかないこどもらだ。」

としかるように言いました。

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としかるように言いました。

そして、まるで足早に、つまずきながら森の中へ入ってしまいました。

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そしてまるで足早に、つまずきながら森へはいってしまいました。

二人は何度も行ったり来たりして、そこら中を泣いて回りました。

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二人は何べんも行ったり来たりして、そこらを泣いて回りました。

とうとうこらえきれなくなって、まっくらな森の中へ入りました。いつかのホップの門のあたりや、わき水のあるあたりを、あちこちうろうろ歩きながら、お母さんを一晩じゅう呼びました。

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とうとうこらえ切れなくなって、まっくらな森の中へはいって、いつかのホップの門のあたりや、わき水のあるあたりをあちこちうろうろ歩きながら、おかあさんを一晩呼びました。

森の木の間からは、星がちらちらと、何か言うように光っていました。鳥はたびたび、おどろいたように暗闇(やみ)の中を飛びました。けれども、どこからも人の声はしませんでした。

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森の木の間からは、星がちらちら何か言うようにひかり、鳥はたびたびおどろいたようにやみの中を飛びましたけれども、どこからも人の声はしませんでした。

とうとう二人は、ぼんやりと家へ帰りました。中へ入ると、まるで死んだように眠ってしまいました。

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とうとう二人はぼんやり家へ帰って中へはいりますと、まるで死んだように眠ってしまいました。

ブドリが目をさましたのは、その日の昼すぎでした。

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ブドリが目をさましたのは、その日のひるすぎでした。

お母さんが言った粉のことを思い出して戸棚(とだな)を開けて見ると、中には、袋に入れたそば粉やこならの実が、まだたくさん入っていました。

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おかあさんの言った粉のことを思い出して戸棚とだなをあけて見ますと、なかには、袋に入れたそば粉やこならの実がまだたくさんはいっていました。

ブドリはネリを揺り起こして、二人でその粉をなめました。そして、お父さんたちがいたときのように、炉に火をたきました。

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ブドリはネリをゆり起こして二人でその粉をなめ、おとうさんたちがいたときのように炉に火をたきました。

それから、二十日(はつか)ばかりぼんやり過ぎたころ、ある日戸口で、

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それから、二十日はつかばかりぼんやり過ぎましたら、ある日戸口で、

「今日は、だれかいるかね。」

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「今日は、だれかいるかね。」

と言うものがありました。

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と言うものがありました。

お父さんが帰って来たのかと思って、ブドリがはね出して見ると、それは籠(かご)を背負った、目つきの鋭い男でした。

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おとうさんが帰って来たのかと思って、ブドリがはね出して見ますと、それはかごをしょった目の鋭い男でした。

その男は、籠の中から丸い餅(もち)をとり出して、ぽんと投げながら言いました。

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その男は籠の中から丸いもちをとり出してぽんと投げながら言いました。

「私はこの地方の飢饉(ききん)を助けに来たものだ。さあ、なんでも食べなさい。」

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「私はこの地方の飢饉ききんを助けに来たものだ。さあなんでも食べなさい。」

二人がしばらくあきれていると、

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二人はしばらくあきれていましたら、

「さあ食べるんだ、食べるんだ。」

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「さあ食べるんだ、食べるんだ。」

とまた言いました。

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とまた言いました。

二人がこわごわ食べ始めると、男はじっと見ていましたが、

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二人がこわごわたべはじめますと、男はじっと見ていましたが、

「お前たちはいい子どもだ。けれども、いい子どもだというだけでは、なんにもならん。わしといっしょについておいで。もっとも、男の子は強いし、わしも二人はつれて行けない。おい女の子、おまえはここにいてももう食べるものがないんだ。おじさんといっしょに町へ行こう。毎日パンを食べさせてやるよ。」

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「お前たちはいい子供だ。けれどもいい子供だというだけではなんにもならん。わしといっしょについておいで。もっとも男の子は強いし、わしも二人はつれて行けない。おい女の子、おまえはここにいてももうたべるものがないんだ。おじさんといっしょに町へ行こう。毎日パンを食べさしてやるよ。」

そしてぷいっとネリを抱きあげて、背中の籠へ入れました。そのまま、

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そしてぷいっとネリを抱きあげて、せなかの籠へ入れて、そのまま、

「おおほいほい。おおほいほい。」

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「おおほいほい。おおほいほい。」

とどなりながら、風のように家を出て行きました。

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とどなりながら、風のように家を出て行きました。

ネリは外に出てはじめて、わっと泣き出しました。ブドリは、

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ネリはおもてではじめてわっと泣き出し、ブドリは、

「どろぼう、どろぼう。」

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「どろぼう、どろぼう。」

と泣きながら叫んで追いかけましたが、男はもう森の横を通って、ずっと向こうの草原を走っていました。そこからネリの泣き声が、かすかにふるえて聞こえるだけでした。

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と泣きながら叫んで追いかけましたが、男はもう森の横を通ってずうっと向こうの草原を走っていて、そこからネリの泣き声が、かすかにふるえて聞こえるだけでした。

ブドリは、泣いてどなって森のはずれまで追いかけて行きましたが、とうとう疲れてばったり倒れてしまいました。

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ブドリは、泣いてどなって森のはずれまで追いかけて行きましたが、とうとう疲れてばったり倒れてしまいました。

二 てぐす工場

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二 てぐす工場

ブドリがふっと目を開けたとき、いきなり頭の上で、いやに平べったい声がしました。

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ブドリがふっと目をひらいたとき、いきなり頭の上で、いやに平べったい声がしました。

「やっと目がさめたな。まだお前は飢饉(ききん)のつもりかい。起きて、おれに手伝わないか。」

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「やっと目がさめたな。まだお前は飢饉ききんのつもりかい。起きておれに手伝わないか。」

見るとそれは、茶色のきのこしゃっぽ(きのこの形をした帽子)をかぶって、外套(がいとう)にすぐシャツを着た男でした。何か針金でこしらえたものを、ぶらぶら持っているのでした。

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見るとそれは茶いろなきのこしゃっぽをかぶって外套がいとうにすぐシャツを着た男で、何か針金でこさえたものをぶらぶら持っているのでした。

「もう飢饉は過ぎたの? 手伝えって何を手伝うの?」

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「もう飢饉は過ぎたの? 手伝えって何を手伝うの?」

ブドリが聞きました。

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ブドリがききました。

「網掛けさ。」

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「網掛けさ。」

「ここへ網を掛けるの?」

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「ここへ網を掛けるの?」

「掛けるのさ。」

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「掛けるのさ。」

「網をかけて何にするの?」

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「網をかけて何にするの?」

「てぐす(がの一種の幼虫)を飼うのさ。」

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てぐすを飼うのさ。」

見るとすぐ、ブドリの前の栗(くり)の木に、二人の男がはしごをかけてのぼっていました。一生けんめい何か網を投げたり、それを操(あやつ)ったりしているようでしたが、網も糸もまったく見えませんでした。

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見るとすぐブドリの前のくりの木に、二人の男がはしごをかけてのぼっていて、一生けん命何か網を投げたり、それをあやつったりしているようでしたが、網も糸もいっこう見えませんでした。

「あれでてぐすが飼えるの?」

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「あれでてぐすが飼えるの?」

「飼えるのさ。うるさい子どもだな。おい、縁起でもないぞ。てぐすも飼えないところに、どうして工場なんか建てるんだ。飼えるともさ。現に、おれをはじめたくさんの者が、それで暮らしを立てているんだ。」

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「飼えるのさ。うるさいこどもだな。おい、縁起でもないぞ。てぐすも飼えないところにどうして工場なんか建てるんだ。飼えるともさ。現におれをはじめたくさんのものが、それでくらしを立てているんだ。」

ブドリはかすれた声で、やっと、

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ブドリはかすれた声で、やっと、

「そうですか。」

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「そうですか。」

と言いました。

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と言いました。

「それにこの森は、すっかりおれが買ってあるんだから、ここで手伝うならいいが、そうでもなければどこかへ行ってもらいたいな。もっとも、お前はどこへ行ったって、食うものもなかろうぜ。」

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「それにこの森は、すっかりおれが買ってあるんだから、ここで手伝うならいいが、そうでもなければどこかへ行ってもらいたいな。もっともお前はどこへ行ったって食うものもなかろうぜ。」

ブドリは泣き出しそうになりましたが、やっとこらえて言いました。

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ブドリは泣き出しそうになりましたが、やっとこらえて言いました。

「そんなら手伝うよ。けれども、どうやって網をかけるの?」

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「そんなら手伝うよ。けれどもどうして網をかけるの?」

「それはもちろん教えてやる。こいつをね。」

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「それはもちろん教えてやる。こいつをね。」

男は、手に持った針金の籠(かご)のようなものを、両手で引き伸ばしました。

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男は、手に持った針金のかごのようなものを両手で引き伸ばしました。

「いいか。こういう具合にやると、はしごになるんだ。」

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「いいか。こういう具合にやるとはしごになるんだ。」

男は大またに、右手の栗(くり)の木に歩いて行って、下の枝に引っ掛けました。

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男は大またに右手のくりの木に歩いて行って、下の枝に引っ掛けました。

「さあ、今度はおまえが、この網をもって上へのぼって行くんだ。さあ、のぼってごらん。」

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「さあ、今度はおまえが、この網をもって上へのぼって行くんだ。さあ、のぼってごらん。」

男は、変なまりのようなものをブドリに渡しました。

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男は変なまりのようなものをブドリに渡しました。

ブドリはしかたなくそれを持って、はしごに取りついて登って行きました。けれども、はしごの段々がまるで細くて、手や足に食いこんで、ちぎれてしまいそうでした。

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ブドリはしかたなくそれをもってはしごにとりついて登って行きましたが、はしごの段々がまるで細くて手や足に食いこんでちぎれてしまいそうでした。

「もっと登るんだ。もっと、もっとさ。そしたら、さっきのまりを投げてごらん。栗の木を越すようにさ。そいつを空へ投げるんだよ。なんだい、ふるえてるのかい。いくじなしだなあ。投げるんだよ。投げるんだよ。そら、投げるんだよ。」

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「もっと登るんだ。もっと、もっとさ。そしたらさっきのまりを投げてごらん。栗の木を越すようにさ。そいつを空へ投げるんだよ。なんだい、ふるえてるのかい。いくじなしだなあ。投げるんだよ。投げるんだよ。そら、投げるんだよ。」

ブドリはしかたなく、力いっぱいそれを青空に投げました。すると、にわかにお日さまがまっ黒に見えて、逆さまに下へ落ちました。

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ブドリはしかたなく力いっぱいにそれを青空に投げたと思いましたら、にわかにお日さまがまっ黒に見えて逆しまに下へおちました。

そしていつのまにか、その男に受け止められていたのでした。

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そしていつか、その男に受けとめられていたのでした。

男はブドリを地面におろしながら、ぷりぷりおこり出しました。

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男はブドリを地面におろしながらぶりぶりおこり出しました。

「お前もいくじのないやつだ。なんというふにゃふにゃだ。おれが受け止めてやらなかったら、お前は今ごろ頭がはじけていたろう。おれはお前の命の恩人だぞ。これからは、失礼なことを言ってはならん。ところで、さあ、今度はあっちの木へ登れ。もう少したったらごはんも食べさせてやるよ。」

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「お前もいくじのないやつだ。なんというふにゃふにゃだ。おれが受け止めてやらなかったらお前は今ごろは頭がはじけていたろう。おれはお前の命の恩人だぞ。これからは、失礼なことを言ってはならん。ところで、さあ、こんどはあっちの木へ登れ。も少したったらごはんもたべさせてやるよ。」

男はまた、ブドリへ新しいまりを渡しました。

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男はまたブドリへ新しいまりを渡しました。

ブドリははしごを持って次の木へ行き、まりを投げました。

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ブドリははしごをもって次の木へ行ってまりを投げました。

「よし、なかなか上手になった。さあ、まりはたくさんあるぞ。なまけるな。木も栗の木なら、どれでもいいんだ。」

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「よし、なかなかじょうずになった。さあ、まりはたくさんあるぞ。なまけるな。木も栗の木ならどれでもいいんだ。」

男はポケットから、まりを十ばかり出してブドリに渡すと、すたすた向こうへ行ってしまいました。

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男はポケットから、まりを十ばかり出してブドリに渡すと、すたすた向こうへ行ってしまいました。

ブドリはまた三つばかりそれを投げましたが、どうしても息がはあはあして、体がだるくてたまらなくなりました。

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ブドリはまた三つばかりそれを投げましたが、どうしても息がはあはあして、からだがだるくてたまらなくなりました。

もう家へ帰ろうと思って、そっちへ行ってみると、おどろいたことに、家にはいつのまにか赤い土管の煙突がついていました。戸口には、「イーハトーヴてぐす工場」

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もう家へ帰ろうと思って、そっちへ行って見ますと、おどろいたことには、家にはいつか赤い土管の煙突がついて、戸口には、「イーハトーヴてぐす工場」

という看板がかかっているのでした。

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という看板がかかっているのでした。

そして中から、たばこをふかしながら、さっきの男が出て来ました。

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そして中からたばこをふかしながら、さっきの男が出て来ました。

「さあ子ども、食べものを持ってきてやったぞ。これを食べて、暗くならないうちにもう少し稼ぐんだ。」

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「さあこども、たべものをもってきてやったぞ。これを食べて暗くならないうちにもう少しかせぐんだ。」

「ぼくはもういやだよ、うちへ帰るよ。」

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「ぼくはもういやだよ、うちへ帰るよ。」

「うちっていうのはあすこか。あすこはおまえのうちじゃない。おれのてぐす工場だよ。あの家もこの辺の森も、みんなおれが買ってあるんだからな。」

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「うちっていうのはあすこか。あすこはおまえのうちじゃない。おれのてぐす工場だよ。あの家もこの辺の森もみんなおれが買ってあるんだからな。」

ブドリはもうやけになって、黙ってその男が寄こした蒸しパンをむしゃむしゃ食べました。そして、またまりを十ばかり投げました。

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ブドリはもうやけになって、だまってその男のよこした蒸しパンをむしゃむしゃたべて、またまりを十ばかり投げました。

その晩ブドリは、昔の自分のうち、今はてぐす工場になっている建物のすみに、小さくなって眠りました。

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その晩ブドリは、昔のじぶんのうち、いまはてぐす工場になっている建物のすみに、小さくなってねむりました。

さっきの男は、三、四人の知らない人たちと、遅くまで炉ばたで火をたいて、何か飲んだりしゃべったりしていました。

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さっきの男は、三四人の知らない人たちとおそくまで炉ばたで火をたいて、何か飲んだりしゃべったりしていました。

次の朝早くから、ブドリは森に出て、きのうのように働きました。

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次の朝早くから、ブドリは森に出て、きのうのようにはたらきました。

それから一月ばかりたって、森じゅうの栗(くり)の木に網がかかってしまうと、てぐす飼いの男は、今度は粟(あわ)のようなものがいっぱいついた板きれを、どの木にも五、六枚ずつつるさせました。

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それから一月ばかりたって、森じゅうのくりの木に網がかかってしまいますと、てぐす飼いの男は、こんどはあわのようなものがいっぱいついた板きれを、どの木にも五六枚ずつつるさせました。

そのうちに木は芽を出して、森はまっ青(さお)になりました。

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そのうちに木は芽を出して森はまっさおになりました。

すると、木につるした板きれから、たくさんの小さな青じろい虫が、糸をつたって列になって、枝へはい上がって行きました。

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すると、木につるした板きれから、たくさんの小さな青じろい虫が糸をつたって列になって枝へはいあがって行きました。

ブドリたちは、今度は毎日薪(たきぎ)とりをさせられました。

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ブドリたちはこんどは毎日たきぎとりをさせられました。

その薪が、家のまわりに小山のように積み重なりました。栗(くり)の木が、青じろいひものような形の花を枝いちめんにつけるころになると、あの板からはい上がって行った虫も、ちょうど栗の花のような色と形になりました。

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その薪が、家のまわりに小山のように積み重なり、くりの木が青じろいひものかたちの花を枝いちめんにつけるころになりますと、あの板からはいあがって行った虫も、ちょうど栗の花のような色とかたちになりました。

そして森じゅうの栗の葉は、まるで形もなく、その虫に食い荒らされてしまいました。

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そして森じゅうの栗の葉は、まるで形もなくその虫に食い荒らされてしまいました。

それからまもなく、虫は大きな黄色の繭(まゆ)を、網の目ごとにかけはじめました。

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それからまもなく、虫は大きな黄いろな繭を、網の目ごとにかけはじめました。

するとてぐす飼いの男は、狂ったようになって、ブドリたちをしかりとばし、その繭を籠(かご)に集めさせました。

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するとてぐす飼いの男は、狂気のようになって、ブドリたちをしかりとばして、その繭をかごに集めさせました。

それを今度は片っ端から鍋(なべ)に入れて、ぐらぐら煮て、手で車をまわしながら糸をとりました。

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それをこんどは片っぱしからなべに入れてぐらぐら煮て、手で車をまわしながら糸をとりました。

夜も昼も、がらがらがらがらと三つの糸車をまわして、糸をとりました。

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夜も昼もがらがらがらがら三つの糸車をまわして糸をとりました。

こうしてこしらえた黄色の糸が、小屋に半分ばかりたまったころ、外に置いた繭からは、大きな白い蛾(が)がぽろぽろぽろぽろと飛び出しはじめました。

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こうしてこしらえた黄いろな糸が小屋に半分ばかりたまったころ、外に置いた繭からは、大きな白いがぽろぽろぽろぽろ飛びだしはじめました。

てぐす飼いの男は、まるで鬼みたいな顔つきになって、自分も一生けんめい糸をとりました。野原のほうからも四人の人を連れてきて、働かせました。

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てぐす飼いの男は、まるで鬼みたいな顔つきになって、じぶんも一生けん命糸をとりましたし、野原のほうからも四人の人を連れてきて働かせました。

けれども蛾のほうは、日ましに多く出るようになりました。しまいには、森じゅうまるで雪でも飛んでいるようになりました。

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けれども蛾のほうは日ましに多く出るようになって、しまいには森じゅうまるで雪でも飛んでいるようになりました。

するとある日、六、七台の荷馬車が来て、今までにできた糸をみんな積んで、町のほうへ帰りはじめました。

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するとある日、六七台の荷馬車が来て、いままでにできた糸をみんなつけて、町のほうへ帰りはじめました。

みんなも一人ずつ、荷馬車について行きました。

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みんなも一人ずつ荷馬車について行きました。

いちばん最後の荷馬車が出発するとき、てぐす飼いの男が、ブドリに、

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いちばんしまいの荷馬車がたったとき、てぐす飼いの男が、ブドリに、

「おい、お前の来春まで食うくらいのものは、家の中に置いてやるからな。それまでここで、森と工場の番をしているんだぞ。」

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「おい、お前の来春まで食うくらいのものは家の中に置いてやるからな。それまでここで森と工場の番をしているんだぞ。」

と言って、変ににやにやしながら、荷馬車についてさっさと行ってしまいました。

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と言って、変ににやにやしながら荷馬車についてさっさと行ってしまいました。

ブドリはぼんやり、あとへ残りました。

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ブドリはぼんやりあとへ残りました。

家の中はまるできたなくて、あらしのあとのようでした。森は荒れはてて、山火事にでもあったようでした。

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うちの中はまるできたなくてあらしのあとのようでしたし、森は荒れはてて山火事にでもあったようでした。

ブドリが次の日、家の中やまわりを片付けはじめると、てぐす飼いの男がいつも座っていた所から、古いボール紙の箱を見つけました。

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ブドリが次の日、家のなかやまわりを片付けはじめましたら、てぐす飼いの男がいつもすわっていた所から古いボール紙の箱を見つけました。

中には、十冊ばかりの本がぎっしり入っていました。

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中には十冊ばかりの本がぎっしりはいっておりました。

開いて見ると、てぐすの絵や機械の図がたくさんある、まるで読めない本もありました。いろいろな木や草の図と名前の書いてあるものもありました。

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開いて見ると、てぐすの絵や機械の図がたくさんある、まるで読めない本もありましたし、いろいろな木や草の図と名前の書いてあるものもありました。

ブドリは一生けんめい、その本のまねをして字を書いたり、図を写したりして、その冬を暮らしました。

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ブドリはいっしょうけんめい、その本のまねをして字を書いたり、図をうつしたりしてその冬を暮らしました。

春になると、またあの男が六、七人の新しい手下を連れて、たいへん立派ななりをしてやって来ました。

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春になりますと、またあの男が六七人のあたらしい手下を連れて、たいへん立派ななりをしてやって来ました。

そして次の日から、すっかり去年のような仕事が始まりました。

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そして次の日からすっかり去年のような仕事がはじまりました。

そして網はみんなかかり、黄色の板もつるされ、虫は枝にはい上がりました。ブドリたちはまた、薪(たきぎ)作りにかかることになりました。

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そして網はみんなかかり、黄いろな板もつるされ、虫は枝にはい上がり、ブドリたちはまた、たきぎ作りにかかることになりました。

ある朝、ブドリたちが薪を作っていると、にわかにぐらぐらっと地震が始まりました。

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ある朝ブドリたちが薪をつくっていましたら、にわかにぐらぐらっと地震がはじまりました。

それから、ずっと遠くで「どーん」という音がしました。

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それからずうっと遠くでどーんという音がしました。

しばらくたつと、日が変に暗くなり、細かな灰がばさばさばさばさ降って来て、森はいちめんにまっ白になりました。

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しばらくたつと日が変にくらくなり、こまかな灰がばさばさばさばさ降って来て、森はいちめんにまっ白になりました。

ブドリたちがあきれて木の下にしゃがんでいると、てぐす飼いの男が、たいへんあわててやって来ました。

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ブドリたちがあきれて木の下にしゃがんでいましたら、てぐす飼いの男がたいへんあわててやって来ました。

「おい、みんな、もうだめだぞ。噴火だ。噴火が始まったんだ。てぐすはみんな灰をかぶって死んでしまった。みんな早く引き揚げてくれ。おい、ブドリ、お前ここにいたかったらいてもいいが、今度は食べ物は置いてやらないぞ。それにここにいても危ないからな。お前も野原へ出て、何か稼ぐほうがいいぜ。」

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「おい、みんな、もうだめだぞ。噴火だ。噴火がはじまったんだ。てぐすはみんな灰をかぶって死んでしまった。みんな早く引き揚げてくれ。おい、ブドリ、お前ここにいたかったらいてもいいが、こんどはたべ物は置いてやらないぞ。それにここにいてもあぶないからな。お前も野原へ出て何かかせぐほうがいいぜ。」

そう言ったかと思うと、もうどんどん走って行ってしまいました。

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そう言ったかと思うと、もうどんどん走って行ってしまいました。

ブドリが工場へ行って見たときは、もうだれもいませんでした。

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ブドリが工場へ行って見たときは、もうだれもおりませんでした。

そこでブドリは、しょんぼりとみんなの足跡のついた白い灰をふんで、野原のほうへ出て行きました。

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そこでブドリは、しょんぼりとみんなの足跡のついた白い灰をふんで野原のほうへ出て行きました。

三 沼ばたけ

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三 沼ばたけ

ブドリは、いっぱいに灰をかぶった森の間を、町のほうへ半日歩きつづけました。

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ブドリは、いっぱいに灰をかぶった森の間を、町のほうへ半日歩きつづけました。

灰は、風の吹くたびに木からばさばさ落ちて、まるで煙か吹雪(ふぶき)のようでした。

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灰は風の吹くたびに木からばさばさ落ちて、まるでけむりか吹雪ふぶきのようでした。

けれどもそれは、野原へ近づくほど、だんだん浅く少なくなりました。ついには木も緑に見え、道の足跡も見えないくらいになりました。

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けれどもそれは野原へ近づくほど、だんだん浅く少なくなって、ついには木も緑に見え、みちの足跡も見えないくらいになりました。

とうとう森を出きったとき、ブドリは思わず目をみはりました。

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とうとう森を出切ったとき、ブドリは思わず目をみはりました。

野原は目の前から、遠くのまっしろな雲まで、美しい桃色と緑と灰色のカードでできているようでした。

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野原は目の前から、遠くのまっしろな雲まで、美しい桃いろと緑と灰いろのカードでできているようでした。

そばへ寄って見ると、その桃色のところには、いちめんに背の低い花が咲いていました。蜜蜂(みつばち)が忙しく、花から花へ渡って歩いていました。緑色のところには、小さな穂を出して草がぎっしり生え、灰色のところは浅い泥の沼でした。

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そばへ寄って見ると、その桃いろなのには、いちめんにせいの低い花が咲いていて、蜜蜂みつばちがいそがしく花から花をわたってあるいていましたし、緑いろなのには小さな穂を出して草がぎっしりはえ、灰いろなのは浅い泥の沼でした。

そしてどれも、低い幅の狭い土手で区切られていました。人は馬を使って、それを掘り起こしたり、かき回したりして働いていました。

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そしてどれも、低い幅のせまい土手でくぎられ、人は馬を使ってそれを掘り起こしたりかき回したりしてはたらいていました。

ブドリがその間を、しばらく歩いて行くと、道の真ん中で二人の人が、大声で何かけんかでもするように言い合っていました。

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ブドリがその間を、しばらく歩いて行きますと、道のまん中に二人の人が、大声で何かけんかでもするように言い合っていました。

右側のほうの、ひげの赤い(あかい)人が言いました。

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右側のほうのひげのあかい人が言いました。

「なんでもかんでも、おれは山師(やまし・一か八かの大きな勝負をする人)を張るときめた。」

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「なんでもかんでも、おれは山師張るときめた。」

するともう一人、白い笠(かさ)をかぶった背の高いおじいさんが言いました。

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するとも一人の白いかさをかぶった、せいの高いおじいさんが言いました。

「やめろって言ったらやめるもんだ。そんなに肥料をうんと入れて、藁(わら)はとれるとしても、実は一粒もとれるもんでない。」

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「やめろって言ったらやめるもんだ。そんなに肥料うんと入れて、わらはとれるたって、実は一粒もとれるもんでない。」

「うんにゃ、おれの見込みでは、今年は今までの三年分暑いに違いない。一年で三年分とって見せる。」

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「うんにゃ、おれの見込みでは、ことしは今までの三年分暑いに相違ない。一年で三年分とって見せる。」

「やめろ。やめろ。やめろったら。」

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「やめろ。やめろ。やめろったら。」

「うんにゃ、やめない。花はみんな埋めてしまったから、今度は豆玉を六十枚入れて、それから鶏の糞(かえし)を百駄(だん)入れるんだ。忙しいったらなんの、こう忙しくなればささげ(豆の一種)のつるでもいいから、手伝いに頼みたいもんだ。」

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「うんにゃ、やめない。花はみんな埋めてしまったから、こんどは豆玉を六十枚入れて、それから鶏のかえし、百だん入れるんだ。急がしったらなんの、こう忙しくなればささげのつるでもいいから手伝いに頼みたいもんだ。」

ブドリは思わず近寄って、おじぎをしました。

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ブドリは思わず近寄っておじぎをしました。

「そんなら、ぼくを使ってくれませんか。」

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「そんならぼくを使ってくれませんか。」

すると二人は、ぎょっとしたように顔をあげて、あごに手をあてて、しばらくブドリを見ていました。やがて赤ひげがにわかに笑い出しました。

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すると二人は、ぎょっとしたように顔をあげて、あごに手をあててしばらくブドリを見ていましたが、赤ひげがにわかに笑い出しました。

「よしよし。お前に馬の指竿(させ・馬を操るための竿)とりを頼むからな。すぐおれについて行くんだ。それではまず、うまくいくかどうか、秋まで見ててくれ。さあ行こう。ほんとに、ささげ(豆の一種)のつるでもいいから頼みたい時でな。」

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「よしよし。お前に馬の指竿させとりを頼むからな。すぐおれについて行くんだ。それではまず、のるかそるか、秋まで見ててくれ。さあ行こう。ほんとに、ささげのつるでもいいから頼みたい時でな。」

赤ひげは、ブドリとおじいさんに代わる代わる言いながら、さっさと先に立って歩きました。

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赤ひげは、ブドリとおじいさんにかわるがわる言いながら、さっさと先に立って歩きました。

あとではおじいさんが、

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あとではおじいさんが、

「年寄りの言うこと聞かないで、いまに泣くんだな。」

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「年寄りの言うこと聞かないで、いまに泣くんだな。」

とつぶやきながら、しばらくこっちを見送っているようすでした。

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とつぶやきながら、しばらくこっちを見送っているようすでした。

それからブドリは、毎日毎日沼ばたけへ入って、馬を使って泥をかき回しました。

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それからブドリは、毎日毎日沼ばたけへはいって馬を使って泥をかき回しました。

一日ごとに、桃色のカードも緑のカードも、だんだんつぶされて泥沼に変わるのでした。

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一日ごとに桃いろのカードも緑のカードもだんだんつぶされて、泥沼に変わるのでした。

馬はたびたび、ぴしゃっと泥水をはねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。

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馬はたびたびぴしゃっと泥水をはねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。

一つの沼ばたけがすめば、すぐ次の沼ばたけへ入るのでした。

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一つの沼ばたけがすめばすぐ次の沼ばたけへはいるのでした。

一日がとても長く感じられました。しまいには、歩いているのかどうかもわからなくなったり、泥が飴(あめ)のような、水がスープのような気がしたりするのでした。

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一日がとても長くて、しまいには歩いているのかどうかもわからなくなったり、泥があめのような、水がスープのような気がしたりするのでした。

風が何度も吹いて来て、近くの泥水に魚のうろこのような波をたてました。そして、遠くの水をブリキ色にしていきました。

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風が何べんも吹いて来て、近くの泥水に魚のうろこのような波をたて、遠くの水をブリキいろにして行きました。

空では、毎日甘くすっぱいような雲が、ゆっくりゆっくり流れていて、それがとてもうらやましそうに見えました。

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そらでは、毎日甘くすっぱいような雲が、ゆっくりゆっくりながれていて、それがじつにうらやましそうに見えました。

こうして二十日(はつか)ばかりたつと、やっと沼ばたけはすっかりどろどろになりました。

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こうして二十日はつかばかりたちますと、やっと沼ばたけはすっかりどろどろになりました。

次の朝から主人は、まるで気が立っていました。あちこちから集まって来た人たちといっしょに、その沼ばたけに緑色の槍(やり)のようなオリザの苗を、いちめんに植えました。

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次の朝から主人はまるで気が立って、あちこちから集まって来た人たちといっしょに、その沼ばたけに緑いろのやりのようなオリザの苗をいちめん植えました。

それが十日ばかりで済むと、今度はブドリたちを連れて、今まで手伝ってもらった人たちの家へ、毎日働きに出かけました。

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それが十日ばかりで済むと、今度はブドリたちを連れて、今まで手伝ってもらった人たちの家へ毎日働きにでかけました。

それもやっと一まわり済むと、今度はまた自分の沼ばたけへ戻って来て、毎日毎日草取りを始めました。

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それもやっと一まわり済むと、こんどはまたじぶんの沼ばたけへ戻って来て、毎日毎日草取りをはじめました。

ブドリの主人の苗は大きくなって、まるで黒く見えるほどでした。ところが、となりの沼ばたけはぼんやりしたうすい緑色でした。だから遠くから見ても、二人の沼ばたけの境目がはっきりわかりました。

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ブドリの主人の苗は大きくなってまるで黒いくらいなのに、となりの沼ばたけはぼんやりしたうすい緑いろでしたから、遠くから見ても、二人の沼ばたけははっきり境まで見わかりました。

七日ばかりで草取りが済むと、また他へ手伝いに行きました。

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七日ばかりで草取りが済むとまたほかへ手伝いに行きました。

ところがある朝、主人はブドリを連れて、自分の沼ばたけを通りながら、にわかに「あっ」

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ところがある朝、主人はブドリを連れて、じぶんの沼ばたけを通りながら、にわかに「あっ」

と叫んで、棒立ちになってしまいました。

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と叫んで棒立ちになってしまいました。

見ると、くちびるの色まで水色になって、ぼんやりまっすぐを見つめているのです。

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見るとくちびるのいろまで水いろになって、ぼんやりまっすぐを見つめているのです。

「病気が出たんだ。」

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「病気が出たんだ。」

主人がやっと言いました。

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主人がやっと言いました。

「頭でも痛いんですか。」

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「頭でも痛いんですか。」

ブドリは聞きました。

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ブドリはききました。

「おれでないよ。オリザよ。それ。」

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「おれでないよ。オリザよ。それ。」

主人は、前のオリザの株を指さしました。

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主人は前のオリザの株を指さしました。

ブドリはしゃがんで調べてみました。

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ブドリはしゃがんでしらべてみますと。

すると、なるほどどの葉にも、今まで見たことのない赤い点々がついていました。

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なるほどどの葉にも、いままで見たことのない赤い点々がついていました。

主人は黙って、しおしおと沼ばたけを一まわりしました。それから家へ帰りはじめました。

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主人はだまってしおしおと沼ばたけを一まわりしましたが、家へ帰りはじめました。

ブドリも心配してついて行くと、主人は黙って布(きれ)を水でしぼって頭にのせました。そのまま、板の間に寝てしまいました。

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ブドリも心配してついて行きますと、主人はだまってきれを水でしぼって、頭にのせると、そのまま板の間に寝てしまいました。

するとまもなく、主人のおかみさんが表からかけ込んで来ました。

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するとまもなく、主人のおかみさんが表からかけ込んで来ました。

「オリザへ病気が出たというのは、ほんとうかい。」

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「オリザへ病気が出たというのはほんとうかい。」

「ああ、もうだめだよ。」

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「ああ、もうだめだよ。」

「どうにかならないのかい。」

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「どうにかならないのかい。」

「だめだろう。すっかり五年前のとおりだ。」

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「だめだろう。すっかり五年前のとおりだ。」

「だから、あたしはあんたに、山師(やまし)をやめろと言ったんじゃないか。おじいさんもあんなにとめたんじゃないか。」

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「だから、あたしはあんたに山師をやめろといったんじゃないか。おじいさんもあんなにとめたんじゃないか。」

おかみさんは、おろおろ泣きはじめました。

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おかみさんはおろおろ泣きはじめました。

すると主人が、にわかに元気になって、むっくり起き上がりました。

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すると主人がにわかに元気になってむっくり起き上がりました。

「よし。イーハトーヴの野原で、指折り数えられる大百姓のおれが、こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ。ブドリ、おまえおれのうちへ来てから、まだ一晩もぐっすり寝たことがないな。さあ、五日でも十日でもいいから、ぐうというくらい寝てしまえ。おれはそのあとで、あすこの沼ばたけで、おもしろい手品(てずま)をやって見せるからな。その代わり今年の冬は、家じゅうそばばかり食うんだぞ。おまえそばは好きだろうが。」

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「よし。イーハトーヴの野原で、指折り数えられる大百姓のおれが、こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ。ブドリ、おまえおれのうちへ来てから、まだ一晩も寝たいくらい寝たことがないな。さあ、五日でも十日でもいいから、ぐうというくらい寝てしまえ。おれはそのあとで、あすこの沼ばたけでおもしろい手品てずまをやって見せるからな。その代わりことしの冬は、家じゅうそばばかり食うんだぞ。おまえそばはすきだろうが。」

それから主人は、さっさと帽子をかぶって外へ出て行ってしまいました。

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それから主人はさっさと帽子をかぶって外へ出て行ってしまいました。

ブドリは主人に言われたとおり、納屋(なや)へ入って眠ろうと思いました。けれども、なんだかやっぱり沼ばたけが気になって仕方ないので、またのろのろそっちへ行ってみました。

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ブドリは主人に言われたとおり納屋なやへはいって眠ろうと思いましたが、なんだかやっぱり沼ばたけが苦になってしかたないので、またのろのろそっちへ行って見ました。

すると、いつ来ていたのか、主人がたった一人、腕組みをして土手に立っていました。

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するといつ来ていたのか、主人がたった一人腕組みをして土手に立っておりました。

見ると沼ばたけには水がいっぱいで、オリザの株は葉をやっと出しているだけでした。上にはぎらぎら石油が浮かんでいるのでした。

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見ると沼ばたけには水がいっぱいで、オリザの株は葉をやっと出しているだけ、上にはぎらぎら石油が浮かんでいるのでした。

主人が言いました。

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主人が言いました。

「いまおれ、この病気を蒸し殺してみるところだ。」

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「いまおれ、この病気を蒸し殺してみるところだ。」

「石油で病気の種が死ぬんですか。」

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「石油で病気の種が死ぬんですか。」

とブドリが聞くと、主人は、

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とブドリがききますと、主人は、

「頭から石油につけられたら、人だって死ぬだ。」

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「頭から石油につけられたら人だって死ぬだ。」

と言いながら、ほうと息を吸って、首をちぢめました。

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と言いながら、ほうと息を吸って首をちぢめました。

その時、水下の沼ばたけの持ち主が、肩をいからして、息を切ってかけて来ました。そして大きな声でどなりました。

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その時、水下の沼ばたけの持ち主が、肩をいからして、息を切ってかけて来て、大きな声でどなりました。

「なんだって油など水へ入れるんだ。みんな流れて来て、おれのほうへ入ってるぞ。」

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「なんだって油など水へ入れるんだ。みんな流れて来て、おれのほうへはいってるぞ。」

主人は、やけくそに落ち着いて答えました。

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主人は、やけくそに落ちついて答えました。

「なんだって油など水へ入れるったって、オリザへ病気がついたから、油など水へ入れるのだ。」

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「なんだって油など水へ入れるったって、オリザへ病気がついたから、油など水へ入れるのだ。」

「なんだってそんなら、おれのほうへ流すんだ。」

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「なんだってそんならおれのほうへ流すんだ。」

「なんだってそんなら、おまえのほうへ流すったって、水は流れるから、油もついて流れるのだ。」

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「なんだってそんならおまえのほうへ流すったって、水は流れるから油もついて流れるのだ。」

「そんなら、なんだっておれのほうへ水こないように、水口(みなくち)とめないんだ。」

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「そんならなんだっておれのほうへ水こないように水口みなくちとめないんだ。」

「なんだっておまえのほうへ水行かないように水口とめないかったって、あすこはおれの水口でないから、水とめないのだ。」

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「なんだっておまえのほうへ水行かないように水口とめないかったって、あすこはおれのみな口でないから水とめないのだ。」

となりの男は、かんかんおこってしまって、もう物も言えませんでした。いきなりがぶがぶ水へ入って、自分の水口に泥を積みあげはじめました。

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となりの男は、かんかんおこってしまってもう物も言えず、いきなりがぶがぶ水へはいって、自分の水口に泥を積みあげはじめました。

主人はにやりと笑いました。

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主人はにやりと笑いました。

「あの男、むずかしい男でな。こっちで水をとめると、とめたと言っておこるから、わざと向こうにとめさせたのだ。あすこさえとめれば、今夜じゅうに水はすっかり草の頭までかかるからな。さあ帰ろう。」

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「あの男むずかしい男でな。こっちで水をとめると、とめたといっておこるからわざと向こうにとめさせたのだ。あすこさえとめれば今夜じゅうに水はすっかり草の頭までかかるからな、さあ帰ろう。」

主人は先に立って、すたすた家へ歩き始めました。

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主人はさきに立ってすたすた家へあるきはじめました。

次の朝、ブドリはまた主人と沼ばたけへ行ってみました。

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次の朝ブドリはまた主人と沼ばたけへ行ってみました。

主人は水の中から葉を一枚とって、しきりに調べていましたが、やっぱり浮かない顔でした。

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主人は水の中から葉を一枚とってしきりにしらべていましたが、やっぱり浮かない顔でした。

その次の日もそうでした。

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その次の日もそうでした。

その次の日もそうでした。

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その次の日もそうでした。

その次の日もそうでした。

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その次の日もそうでした。

その次の朝、とうとう主人は決心したように言いました。

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その次の朝、とうとう主人は決心したように言いました。

「さあブドリ、いよいよここへ蕎麦播き(そばまき)だぞ。おまえあすこへ行って、となりの水口こわして来い。」

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「さあブドリ、いよいよここへ蕎麦播そばまきだぞ。おまえあすこへ行って、となりの水口こわして来い。」

ブドリは、言われたとおりこわして来ました。

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ブドリは、言われたとおりこわして来ました。

石油の入った水は、恐ろしい勢いでとなりの田へ流れて行きます。

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石油のはいった水は、恐ろしい勢いでとなりの田へ流れて行きます。

きっとまた怒ってくるなと思っていると、昼ごろ、例のとなりの持ち主が、大きな鎌(かま)を持ってやって来ました。

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きっとまたおこってくるなと思っていますと、ひるごろ例のとなりの持ち主が、大きなかまをもってやってきました。

「やあ、なんだって人の田へ石油流すんだ。」

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「やあ、なんだってひとの田へ石油ながすんだ。」

主人がまた、腹の底から声を出して答えました。

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主人がまた、腹の底から声を出して答えました。

「石油流れれば、なんだって悪いんだ。」

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「石油ながれればなんだって悪いんだ。」

「オリザみんな死ぬでないか。」

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「オリザみんな死ぬでないか。」

「オリザみんな死ぬか、オリザみんな死なないか、まずおれの沼ばたけのオリザ見なよ。今日で四日、頭から石油かぶせたんだ。それでもちゃんとこのとおりでないか。赤くなったのは病気のためで、勢いのいいのは石油のためなんだ。おまえの所など、石油がただオリザの足を通るだけでないか。かえっていいかもしれないんだ。」

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「オリザみんな死ぬか、オリザみんな死なないか、まずおれの沼ばたけのオリザ見なよ。きょうで四日頭から石油かぶせたんだ。それでもちゃんとこのとおりでないか。赤くなったのは病気のためで、勢いのいいのは石油のためなんだ。おまえの所など、石油がただオリザの足を通るだけでないか。かえっていいかもしれないんだ。」

「石油、こやしになるのか。」

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「石油こやしになるのか。」

向こうの男は、少し顔色をやわらげました。

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向こうの男は少し顔いろをやわらげました。

「石油こやしになるか、石油こやしにならないか知らないが、とにかく石油は油でないか。」

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「石油こやしになるか、石油こやしにならないか知らないが、とにかく石油は油でないか。」

「それは石油は油だな。」

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「それは石油は油だな。」

男はすっかり機嫌を直して、笑いました。

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男はすっかりきげんを直してわらいました。

水はどんどん引き、オリザの株は見る見る根もとまで出て来ました。

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水はどんどん退き、オリザの株は見る見る根もとまで出て来ました。

すっかり赤い斑(まだら)ができて、焼けたようになっています。

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すっかり赤いまだらができて焼けたようになっています。

「さあ、おれの所ではもうオリザ刈りをやるぞ。」

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「さあおれの所ではもうオリザ刈りをやるぞ。」

主人は笑いながら言いました。それからブドリといっしょに、片っ端からオリザの株を刈り、あとへすぐ蕎麦(そば)を播(ま)いて土をかけて歩きました。

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主人は笑いながら言って、それからブドリといっしょに、片っぱしからオリザの株を刈り、跡へすぐ蕎麦そばいて土をかけて歩きました。

そしてその年は、ほんとうに主人の言ったとおり、ブドリの家では蕎麦ばかり食べました。

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そしてその年はほんとうに主人の言ったとおり、ブドリの家では蕎麦ばかり食べました。

次の春になると、主人が言いました。

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次の春になると主人が言いました。

「ブドリ、今年は沼ばたけは去年よりは三分の一減ったからな、仕事はよほど楽だ。その代わりおまえは、おれの死んだ息子(むすこ)の読んだ本を、これから一生けんめい勉強してくれ。そして、今までおれを山師だと言って笑ったやつらを、あっと言わせるような立派なオリザを作るくふうをしてくれ。」

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「ブドリ、ことしは沼ばたけは去年よりは三分の一減ったからな、仕事はよほどらくだ。そのかわりおまえは、おれの死んだ息子むすこの読んだ本をこれから一生けん命勉強して、いままでおれを山師だといってわらったやつらを、あっと言わせるような立派なオリザを作るくふうをしてくれ。」

そして、いろいろな本を一山、ブドリに渡しました。

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そして、いろいろな本を一山ブドリに渡しました。

ブドリは仕事の合間に、片っ端からそれを読みました。

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ブドリは仕事のひまに片っぱしからそれを読みました。

ことに、その中のクーボーという人のものの考え方を教えた本はおもしろかったので、何度も読みました。

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ことにその中の、クーボーという人の物の考え方を教えた本はおもしろかったので何べんも読みました。

またその人が、イーハトーヴの市で一か月の学校をやっているのを知りました。たいへん行って習いたいと思ったりしました。

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またその人が、イーハトーヴの市で一か月の学校をやっているのを知って、たいへん行って習いたいと思ったりしました。

そして早くも、その夏、ブドリは大きな手柄をたてました。

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そして早くもその夏、ブドリは大きな手柄をたてました。

それは去年と同じころ、またオリザに病気ができかかったのを、ブドリが木の灰と食塩(しお)を使って食い止めたのでした。

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それは去年と同じころ、またオリザに病気ができかかったのを、ブドリが木の灰と食塩しおを使って食いとめたのでした。

そして八月の半ばになると、オリザの株はみんなそろって穂を出しました。その穂の一枝ごとに小さな白い花が咲き、花はだんだん水色の籾(もみ)に変わって、風にゆらゆら波をたてるようになりました。

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そして八月のなかばになると、オリザの株はみんなそろって穂を出し、その穂の一枝ごとに小さな白い花が咲き、花はだんだん水いろのもみにかわって、風にゆらゆら波をたてるようになりました。

主人はもう得意の絶頂でした。

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主人はもう得意の絶頂でした。

来る人ごとに、

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来る人ごとに、

「なんの、おれも、オリザの山師で四年しくじったけれども、今年は一度に四年分とれる。これもまたなかなかいいもんだ。」

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「なんの、おれも、オリザの山師で四年しくじったけれども、ことしは一度に四年分とれる。これもまたなかなかいいもんだ。」

などと言って自慢するのでした。

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などと言って自慢するのでした。

ところがその次の年は、そうはいきませんでした。

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ところがその次の年はそうは行きませんでした。

植え付けのころから、さっぱり雨が降らなかったために、水路は乾いてしまい、沼にはひびが入りました。秋の取り入れは、やっと冬じゅう食べるくらいでした。

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植え付けのころからさっぱり雨が降らなかったために、水路はかわいてしまい、沼にはひびが入って、秋のとりいれはやっと冬じゅう食べるくらいでした。

来年こそと思っていましたが、次の年もまた同じようなひでりでした。

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来年こそと思っていましたが、次の年もまた同じようなひでりでした。

それからも、来年こそ来年こそと思いながら、ブドリの主人は、だんだんこやしを入れることができなくなりました。馬も売り、沼ばたけもだんだん売ってしまったのでした。

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それからも、来年こそ来年こそと思いながら、ブドリの主人は、だんだんこやしを入れることができなくなり、馬も売り、沼ばたけもだんだん売ってしまったのでした。

ある秋の日、主人はブドリにつらそうに言いました。

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ある秋の日、主人はブドリにつらそうに言いました。

「ブドリ、おれももとはイーハトーヴの大百姓だったし、ずいぶん稼いでも来たのだが、たびたびの寒さと旱魃(かんばつ・日照り)のために、今では沼ばたけも昔の三分の一になってしまった。来年はもう入れるこやしもないのだ。おれだけでない。来年こやしを買って入れられる人なんて、もうイーハトーヴにも何人もないだろう。こういうありさまでは、いつになっておまえに働いてもらった礼をするというあてもない。おまえも若い働き盛りを、おれのところで暮らしてしまっては、あんまり気の毒だ。済まないが、どうかこれを持って、どこへでも行っていい運を見つけてくれ。」

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「ブドリ、おれももとはイーハトーヴの大百姓だったし、ずいぶんかせいでも来たのだが、たびたびの寒さと旱魃かんばつのために、いまでは沼ばたけも昔の三分の一になってしまったし、来年はもう入れるこやしもないのだ。おれだけでない。来年こやしを買って入れれる人ったらもうイーハトーヴにも何人もないだろう。こういうあんばいでは、いつになっておまえにはたらいてもらった礼をするというあてもない。おまえも若い働き盛りを、おれのとこで暮らしてしまってはあんまり気の毒だから、済まないがどうかこれを持って、どこへでも行っていい運を見つけてくれ。」

そして主人は、一袋のお金と、新しい紺で染めた麻の服と、赤皮の靴(くつ)とをブドリにくれました。

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そして主人は、一ふくろのお金と新しい紺で染めた麻の服と赤皮のくつとをブドリにくれました。

ブドリは、今までの仕事のひどかったことも忘れてしまいました。もう何もいらないから、ここで働いていたいとも思いました。けれども考えてみると、いてもやっぱり仕事もそんなにないので、主人に何度も何度もお礼を言いました。そして、六年の間働いた沼ばたけと主人に別れて、停車場を目指して歩きだしました。

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ブドリはいままでの仕事のひどかったことも忘れてしまって、もう何もいらないから、ここで働いていたいとも思いましたが、考えてみると、いてもやっぱり仕事もそんなにないので、主人に何べんも何べんも礼を言って、六年の間はたらいた沼ばたけと主人に別れて、停車場をさして歩きだしました。

四 クーボー大博士

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四 クーボー大博士

ブドリは二時間ばかり歩いて、停車場へ来ました。

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ブドリは二時間ばかり歩いて、停車場へ来ました。

それから切符を買って、イーハトーヴ行きの汽車に乗りました。

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それから切符を買って、イーハトーヴ行きの汽車に乗りました。

汽車は、いくつもの沼ばたけをどんどんどんどん後ろへ送りながら、もう一散に走りました。

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汽車はいくつもの沼ばたけをどんどんどんどんうしろへ送りながら、もう一散に走りました。

その向こうには、たくさんの黒い森が、次から次と形を変えて、やっぱり後ろのほうへ残されて行くのでした。

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その向こうには、たくさんの黒い森が、次から次と形を変えて、やっぱりうしろのほうへ残されて行くのでした。

ブドリは、いろいろな思いで胸がいっぱいでした。

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ブドリはいろいろな思いで胸がいっぱいでした。

早くイーハトーヴの市に着いて、あの親切な本を書いたクーボーという人に会いたいと思いました。できるなら、働きながら勉強して、みんながあんなにつらい思いをしないで沼ばたけを作れるように、また火山の灰だの、ひでりだの、寒さだのを除くくふうをしたいと思うと、汽車さえもどかしくてたまらないくらいでした。

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早くイーハトーヴの市に着いて、あの親切な本を書いたクーボーという人に会い、できるなら、働きながら勉強して、みんながあんなにつらい思いをしないで沼ばたけを作れるよう、また火山の灰だのひでりだの寒さだのを除くくふうをしたいと思うと、汽車さえまどろこくってたまらないくらいでした。

汽車は、その日の昼すぎ、イーハトーヴの市に着きました。

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汽車はその日のひるすぎ、イーハトーヴの市に着きました。

停車場を一足出ると、地面の底から何か「のんのん」とわくようなひびきや、どんよりと暗い空気、行ったり来たりするたくさんの自動車に、ブドリはしばらくぼうっとして突っ立ってしまいました。

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停車場を一足出ますと、地面の底から、何かのんのんわくようなひびきやどんよりとしたくらい空気、行ったり来たりするたくさんの自動車に、ブドリはしばらくぼうとしてつっ立ってしまいました。

やっと気を取り直して、そこらの人にクーボー博士の学校へ行く道をたずねました。

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やっと気をとりなおして、そこらの人にクーボー博士の学校へ行くみちをたずねました。

するとだれに聞いても、みんなブドリのあまりまじめな顔を見て、吹き出しそうにしながら、

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するとだれへきいても、みんなブドリのあまりまじめな顔を見て、吹き出しそうにしながら、

「そんな学校は知らんね。」

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「そんな学校は知らんね。」

とか、

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とか、

「もう五、六丁(ちょう・距離の単位)行って聞いてみな。」

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「もう五六丁行ってきいてみな。」

とか言うのでした。

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とかいうのでした。

そしてブドリが、やっと学校を探し当てたのは、もう夕方近くでした。

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そしてブドリがやっと学校をさがしあてたのはもう夕方近くでした。

その大きな、こわれかかった白い建物の二階で、だれか大きな声でしゃべっていました。

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その大きなこわれかかった白い建物の二階で、だれか大きな声でしゃべっていました。

「今日は。」

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「今日は。」

ブドリは高く叫びました。

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ブドリは高く叫びました。

だれも出てきませんでした。

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だれも出てきませんでした。

「今日はあ。」

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「今日はあ。」

ブドリは、ありったけ高く叫びました。

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ブドリはあらん限り高く叫びました。

するとすぐ頭の上、二階の窓から、大きな灰色の顔が出て、めがねが二つ、ぎらりと光りました。

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するとすぐ頭の上の二階の窓から、大きな灰いろの顔が出て、めがねが二つぎらりと光りました。

それから、

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それから、

「今授業中だよ、やかましいやつだ。用があるなら入って来い。」

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「今授業中だよ、やかましいやつだ。用があるならはいって来い。」

とどなりつけて、すぐ顔を引っ込めました。中ではおおぜいでどっと笑い、その人はかまわずまた何か大声でしゃべっています。

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とどなりつけて、すぐ顔を引っ込めますと、中ではおおぜいでどっと笑い、その人はかまわずまた何か大声でしゃべっています。

ブドリはそこで思い切って、なるべく足音をたてないように二階に上がって行きました。階段の突き当たりの扉(とびら)が開いていて、じつに大きな教室が、ブドリの真正面に現れました。

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ブドリはそこで思い切って、なるべく足音をたてないように二階にあがって行きますと、階段のつき当たりのとびらがあいていて、じつに大きな教室が、ブドリのまっ正面にあらわれました。

中には、さまざまな服装をした学生がぎっしりです。

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中にはさまざまの服装をした学生がぎっしりです。

向こうは大きな黒い壁になっていて、そこにたくさんの白い線が引いてありました。さっきの背の高い、めがねをかけた人が、大きな櫓(やぐら)の形の模型をあちこち指さしながら、さっきのままの高い声で、みんなに説明していました。

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向こうは大きな黒い壁になっていて、そこにたくさんの白い線が引いてあり、さっきのせいの高い目がねをかけた人が、大きなやぐらの形の模型をあちこち指さしながら、さっきのままの高い声で、みんなに説明しておりました。

ブドリはそれを一目見ると、ああこれは先生の本に書いてあった「歴史の歴史」ということの模型だな、と思いました。

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ブドリはそれを一目見ると、ああこれは先生の本に書いてあった歴史の歴史ということの模型だなと思いました。

先生は笑いながら、一つの取っ手を回しました。

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先生は笑いながら、一つのとってを回しました。

模型はがちっと鳴って、奇体な船のような形になりました。

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模型はがちっと鳴って奇体な船のような形になりました。

またがちっと取っ手を回すと、模型は今度は、大きなむかでのような形に変わりました。

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またがちっととってを回すと、模型はこんどは大きなむかでのような形に変わりました。

みんなはしきりに首をかたむけて、どうもわからんというふうにしていました。けれども、ブドリにはただおもしろかったのです。

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みんなはしきりに首をかたむけて、どうもわからんというふうにしていましたが、ブドリにはただおもしろかったのです。

「そこでこういう図ができる。」

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「そこでこういう図ができる。」

先生は黒い壁へ、別の込み入った図をどんどん書きました。

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先生は黒い壁へ別の込み入った図をどんどん書きました。

左手にもチョークを持って、さっさと書きました。

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左手にもチョークをもって、さっさと書きました。

学生たちもみんな、一生けんめいそのまねをしました。

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学生たちもみんな一生けん命そのまねをしました。

ブドリもふところから、今まで沼ばたけで持っていた汚い手帳を出して、図を書きとりました。

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ブドリもふところから、いままで沼ばたけで持っていたきたない手帳を出して図を書きとりました。

先生はもう書いてしまって、壇の上にまっすぐに立って、じろじろ学生たちの席を見まわしています。

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先生はもう書いてしまって、壇の上にまっすぐに立って、じろじろ学生たちの席を見まわしています。

ブドリも書いてしまって、その図を縦横から見ていると、ブドリのとなりで一人の学生が、

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ブドリも書いてしまって、その図を縦横から見ていますと、ブドリのとなりで一人の学生が、

「あああ。」

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「あああ。」

とあくびをしました。

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とあくびをしました。

ブドリはそっと聞きました。

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ブドリはそっとききました。

「ね、この先生はなんて言うんですか。」

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「ね、この先生はなんて言うんですか。」

すると学生は、ばかにしたように鼻で笑いながら答えました。

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すると学生はばかにしたように鼻でわらいながら答えました。

「クーボー大博士さ、お前知らなかったのかい。」

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「クーボー大博士さ、お前知らなかったのかい。」

それから、じろじろブドリの様子を見ながら、

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それからじろじろブドリのようすを見ながら、

「はじめから、この図なんか書けるもんか。ぼくでさえ同じ講義をもう六年も聞いているんだ。」

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「はじめから、この図なんか書けるもんか。ぼくでさえ同じ講義をもう六年もきいているんだ。」

と言って、自分のノートをふところへしまってしまいました。

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と言って、じぶんのノートをふところへしまってしまいました。

その時、教室にぱっと電灯がつきました。

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その時教室に、ぱっと電燈がつきました。

もう夕方だったのです。

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もう夕方だったのです。

大博士が向こうで言いました。

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大博士が向こうで言いました。

「さあ、もう夕方になった。わしの講義も、これで全部終わった。希望する者は、いつものとおり、ノートをわしに見せなさい。それからいくつか質問に答えて、合格かどうかを決めるがよい。」

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「いまや夕べははるかにきたり、拙講もまた全課をおえた。諸君のうちの希望者は、けだしいつもの例により、そのノートをば拙者に示し、さらに数箇の試問を受けて、所属を決すべきである。」

学生たちはわあと叫んで、みんなばたばたノートを閉じました。

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学生たちはわあと叫んで、みんなばたばたノートをとじました。

それからそのまま帰ってしまう者が大部分でした。けれども、五、六十人は一列になって、大博士の前を通りながらノートを開いて見せるのでした。

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それからそのまま帰ってしまうものが大部分でしたが、五六十人は一列になって大博士の前をとおりながらノートを開いて見せるのでした。

すると大博士はそれをちょっと見て、一言か二言質問をしました。それから白墨で、ノートのえりに「合」

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すると大博士はそれをちょっと見て、一言か二言質問をして、それから白墨でえりへ、「合」

とか、「再来」

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とか、「再来」

とか、「奮励」

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とか、「奮励」

とか書くのでした。

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とか書くのでした。

学生はその間、いかにも心配そうに首をちぢめているのでした。それからそっと肩をすぼめて廊下まで出て、友だちにそのしるしを読んでもらい、喜んだりしょげたりするのでした。

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学生はその間、いかにも心配そうに首をちぢめているのでしたが、それからそっと肩をすぼめて廊下まで出て、友だちにそのしるしを読んでもらって、よろこんだりしょげたりするのでした。

ぐんぐん試験が済んで、いよいよブドリ一人になりました。

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ぐんぐん試験が済んで、いよいよブドリ一人になりました。

ブドリがその小さな汚い手帳を出したとき、クーボー大博士は大きなあくびをしながら、かがんで目をぐっと手帳につけるようにしました。手帳はあぶなく大博士に吸い込まれそうになりました。

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ブドリがその小さなきたない手帳を出したとき、クーボー大博士は大きなあくびをやりながら、かがんで目をぐっと手帳につけるようにしましたので、手帳はあぶなく大博士に吸い込まれそうになりました。

ところが大博士は、うまそうにこくっと一つ息をして、こう言いました。「よろしい。この図は非常に正しくできている。そのほかのところは、なんだ。ははあ、沼ばたけのこやしのことに、馬の食べ物のことかね。では問題に答えなさい。工場の煙突から出る煙には、どういう色の種類があるか。」

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ところが大博士は、うまそうにこくっと一つ息をして、「よろしい。この図は非常に正しくできている。そのほかのところは、なんだ。ははあ、沼ばたけのこやしのことに、馬のたべ物のことかね。では問題に答えなさい。工場の煙突から出るけむりには、どういう色の種類があるか。」

ブドリは思わず大声に答えました。

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ブドリは思わず大声に答えました。

「黒、褐(かつ)、黄、灰、白、無色。それからこれらの混合です。」

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「黒、かつ、黄、灰、白、無色。それからこれらの混合です。」

大博士は笑いました。

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大博士はわらいました。

「無色の煙はたいへんいい。形について言いたまえ。」

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「無色のけむりはたいへんいい。形について言いたまえ。」

「無風で煙が相当あれば、たての棒にもなりますが、先はだんだん広がります。雲の非常に低い日は、棒は雲までのぼって行って、そこから横に広がります。風のある日は、棒は斜めになりますが、その傾きは風の程度に従います。波やいくつもの切れになるのは、風のためにもよりますが、一つは煙や煙突の持つくせのためです。あまり煙の少ないときは、コルク抜きの形にもなります。煙も重いガスが混じれば、煙突の口から房(ふさ)になって、一方ないし四方に落ちることもあります。」

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「無風で煙が相当あれば、たての棒にもなりますが、さきはだんだんひろがります。雲の非常に低い日は、棒は雲までのぼって行って、そこから横にひろがります。風のある日は、棒は斜めになりますが、その傾きは風の程度に従います。波やいくつもきれになるのは、風のためにもよりますが、一つはけむりや煙突のもつ癖のためです。あまり煙の少ないときは、コルク抜きの形にもなり、煙も重いガスがまじれば、煙突の口からふさになって、一方ないし四方におちることもあります。」

大博士はまた笑いました。

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大博士はまたわらいました。

「よろしい。きみはどういう仕事をしているのか。」

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「よろしい。きみはどういう仕事をしているのか。」

「仕事を見つけに来たんです。」

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「仕事をみつけに来たんです。」

「おもしろい仕事がある。名刺をあげるから、そこへすぐ行きなさい。」

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「おもしろい仕事がある。名刺をあげるから、そこへすぐ行きなさい。」

博士は名刺を取り出して、何かするする書き込んで、ブドリにくれました。

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博士は名刺をとり出して、何かするする書き込んでブドリにくれました。

ブドリはおじぎをして、戸口を出て行こうとすると、大博士はちょっと目で答えて、

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ブドリはおじぎをして、戸口を出て行こうとしますと、大博士はちょっと目で答えて、

「なんだ、ごみを焼いてるのかな。」

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「なんだ、ごみを焼いてるのかな。」

と低くつぶやきました。それからテーブルの上にあった鞄(かばん)に、チョークのかけらや、ハンカチや本や、みんないっしょに投げ込んで小わきにかかえ、さっき顔を出した窓から、プイッと外へ飛び出しました。

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と低くつぶやきながら、テーブルの上にあったかばんに、白墨チョークのかけらや、はんけちや本や、みんないっしょに投げ込んで小わきにかかえ、さっき顔を出した窓から、プイッと外へ飛び出しました。

びっくりしてブドリが窓へかけよって見ると、いつのまにか大博士は、おもちゃのような小さな飛行船に乗っていました。自分でハンドルをとりながら、もううす青いもやのこめた町の上を、まっすぐに向こうへ飛んでいるのでした。

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びっくりしてブドリが窓へかけよって見ますと、いつか大博士は玩具おもちゃのような小さな飛行船に乗って、じぶんでハンドルをとりながら、もううす青いもやのこめた町の上を、まっすぐに向こうへ飛んでいるのでした。

ブドリがいよいよあきれて見ていると、まもなく大博士は、向こうの大きな灰色の建物の平屋根に着きました。船を何かかぎのようなものにつなぐと、そのままぽろっと建物の中へ入って、見えなくなってしまいました。

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ブドリがいよいよあきれて見ていますと、まもなく大博士は、向こうの大きな灰いろの建物の平屋根に着いて、船を何かかぎのようなものにつなぐと、そのままぽろっと建物の中へはいって見えなくなってしまいました。

五 イーハトーヴ火山局

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五 イーハトーヴ火山局

ブドリが、クーボー大博士からもらった名刺のあて先を訪ねて、やっと着いたところは、大きな茶色の建物でした。うしろには、房(ふさ)のような形をした高い柱が、夜の空にくっきり白く立っていました。

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ブドリが、クーボー大博士からもらった名刺のあて名をたずねて、やっと着いたところは大きな茶いろの建物で、うしろにはふさのような形をした高い柱が夜のそらにくっきり白く立っておりました。

ブドリは玄関に上がって呼び鈴を押すと、すぐ人が出て来ました。ブドリの出した名刺を受け取り、一目見ると、すぐブドリを突き当たりの大きな部屋へ案内しました。

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ブドリは玄関に上がって呼び鈴を押しますと、すぐ人が出て来て、ブドリの出した名刺を受け取り、一目見ると、すぐブドリを突き当たりの大きな室へ案内しました。

そこには、今まで見たこともないような大きなテーブルがありました。そのまん中に、一人の少し髪の白くなった、人のよさそうな立派な人が、きちんとすわって、耳に受話器をあてながら何か書いていました。

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そこにはいままでに見たこともないような大きなテーブルがあって、そのまん中に一人の少し髪の白くなった人のよさそうな立派な人が、きちんとすわって耳に受話器をあてながら何か書いていました。

そしてブドリが入って来たのを見ると、すぐ横の椅子(いす)を指さしながら、また続けて何か書きつけています。

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そしてブドリのはいって来たのを見ると、すぐ横の椅子いすを指さしながら、また続けて何か書きつけています。

その部屋の右手の壁いっぱいに、イーハトーヴ全体の地図が、美しく色どった大きな模型に作ってありました。鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるようになっていました。そのまん中を走る背骨のような山脈と、海岸に沿って縁をとったようになっている山脈、またそれから枝を出して海の中に点々と島をつくっている一列の山々には、みんな赤や橙(だいだい)や黄色の明かりがついていました。それがかわるがわる色が変わったり、ジーと蝉(せみ)のように鳴ったり、数字が現れたり消えたりしているのです。

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その室の右手の壁いっぱいに、イーハトーヴ全体の地図が、美しく色どった大きな模型に作ってあって、鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるようになっており、そのまん中を走るせぼねのような山脈と、海岸に沿って縁をとったようになっている山脈、またそれから枝を出して海の中に点々の島をつくっている一列の山々には、みんな赤やだいだいや黄のあかりがついていて、それがかわるがわる色が変わったりジーとせみのように鳴ったり、数字が現われたり消えたりしているのです。

下の壁に沿った棚(たな)には、黒いタイプライターのようなものが三列に、百では足りないくらい並んでいました。みんな静かに動いたり鳴ったりしているのでした。

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下の壁に添ったたなには、黒いタイプライターのようなものが三列に百でもきかないくらい並んで、みんなしずかに動いたり鳴ったりしているのでした。

ブドリが我を忘れて見とれていると、その人が受話器をことっと置きました。ふところから名刺入れを出して、一枚の名刺をブドリに出しながら「あなたが、グスコーブドリ君ですか。私はこういう者です。」

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ブドリがわれを忘れて見とれておりますと、その人が受話器をことっと置いて、ふところから名刺入れを出して、一枚の名刺をブドリに出しながら「あなたが、グスコーブドリ君ですか。私はこういうものです。」

と言いました。

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と言いました。

見ると、〔イーハトーヴ火山局技師ペンネンナーム〕と書いてありました。

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見ると、〔イーハトーヴ火山局技師ペンネンナーム〕と書いてありました。

その人は、ブドリが挨拶(あいさつ)に慣れなくてもじもじしているのを見ると、重ねて親切に言いました。

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その人はブドリの挨拶あいさつになれないでもじもじしているのを見ると、重ねて親切に言いました。

「さっきクーボー博士から電話があったので、お待ちしていました。まあこれから、ここで仕事をしながら、しっかり勉強してごらんなさい。ここの仕事は、去年始まったばかりですが、じつに責任のあるものです。それに半分は、いつ噴火するかわからない火山の上で仕事するものなのです。それに火山のくせというものは、なかなか学問でわかることではないのです。われわれはこれから、よほどしっかりやらなければならんのです。では今晩は、あっちにあなたの泊まるところがありますから、そこでゆっくりお休みなさい。あした、この建物じゅうをすっかり案内しますから。」

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「さっきクーボー博士から電話があったのでお待ちしていました。まあこれから、ここで仕事をしながらしっかり勉強してごらんなさい。ここの仕事は、去年はじまったばかりですが、じつに責任のあるもので、それに半分はいつ噴火するかわからない火山の上で仕事するものなのです。それに火山の癖というものは、なかなか学問でわかることではないのです。われわれはこれからよほどしっかりやらなければならんのです。では今晩はあっちにあなたの泊まるところがありますから、そこでゆっくりお休みなさい。あしたこの建物じゅうをすっかり案内しますから。」

次の朝、ブドリはペンネン老技師に連れられて、建物の中を一つ一つ連れて歩いてもらい、さまざまな機械やしかけを詳しく教わりました。

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次の朝、ブドリはペンネン老技師に連れられて、建物のなかを一々つれて歩いてもらい、さまざまの機械やしかけを詳しく教わりました。

その建物の中のすべての器械は、みんなイーハトーヴじゅうの三百幾つかの活火山や休火山につながっていました。それらの火山が煙や灰を噴(ふ)いたり、溶岩(ようがん)を流したりしている様子はもちろん、見かけはじっとしている古い火山でも、その中の溶岩やガスの様子から、山の形の変わりようまで、みんな数字になったり図になったりして現れて来るのでした。

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その建物のなかのすべての器械はみんなイーハトーヴじゅうの三百幾つかの活火山や休火山に続いていて、それらの火山の煙や灰をいたり、熔岩ようがんを流したりしているようすはもちろん、みかけはじっとしている古い火山でも、その中の熔岩やガスのもようから、山の形の変わりようまで、みんな数字になったり図になったりして、あらわれて来るのでした。

そして激しい変化のあるたびに、模型はみんな別々の音で鳴るのでした。

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そしてはげしい変化のあるたびに、模型はみんな別々の音で鳴るのでした。

ブドリはその日から、ペンネン老技師についてすべての器械の扱い方や観測のしかたを習いました。夜も昼も一心に働いたり、勉強したりしました。

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ブドリはその日からペンネン老技師について、すべての器械の扱い方や観測のしかたを習い、夜も昼も一心に働いたり勉強したりしました。

そして二年ばかりたつと、ブドリはほかの人たちといっしょに、あちこちの火山へ器械を据え付けに出されたり、据え付けてある器械の悪くなったのを修繕にやられたりもするようになりました。もうブドリには、イーハトーヴの三百幾つの火山と、その働き具合が、手のひらの中にあるようによくわかって来ました。

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そして二年ばかりたちますと、ブドリはほかの人たちといっしょにあちこちの火山へ器械を据え付けに出されたり、据え付けてある器械の悪くなったのを修繕にやられたりもするようになりましたので、もうブドリにはイーハトーヴの三百幾つの火山と、その働き具合はたなごころの中にあるようにわかって来ました。

じつにイーハトーヴには、七十幾つの火山が毎日煙をあげたり、溶岩を流したりしていました。五十幾つかの休火山は、いろいろなガスを噴いたり、熱い湯を出したりしていました。

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じつにイーハトーヴには、七十幾つの火山が毎日煙をあげたり、熔岩を流したりしているのでしたし、五十幾つかの休火山は、いろいろなガスをいたり、熱い湯を出したりしていました。

そして残りの百六、七十の死火山のうちにも、いつまた何を始めるかわからないものもあるのでした。

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そして残りの百六七十の死火山のうちにも、いつまた何をはじめるかわからないものもあるのでした。

ある日、ブドリが老技師とならんで仕事をしていると、にわかにサンムトリという南のほうの海岸にある火山が、むくむく器械に感じ出して来ました。

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ある日ブドリが老技師とならんで仕事をしておりますと、にわかにサンムトリという南のほうの海岸にある火山が、むくむく器械に感じ出して来ました。

老技師が叫びました。

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老技師が叫びました。

「ブドリ君。サンムトリは、今朝まで何もなかったね。」

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「ブドリ君。サンムトリは、けさまで何もなかったね。」

「はい、今までサンムトリが動いたのを見たことがありません。」

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「はい、いままでサンムトリのはたらいたのを見たことがありません。」

「ああ、これはもう噴火が近い。今朝の地震が刺激したのだ。この山の北十キロのところには、サンムトリの市がある。今度爆発すれば、たぶん山は三分の一、北側をはねとばして、牛やテーブルくらいの岩は、熱い灰やガスといっしょに、どしどしサンムトリ市に落ちてくる。どうでも今のうちに、この海に向いたほうへボーリング(穴掘り)を入れて傷口をこしらえて、ガスを抜くか溶岩を出させるかしなければならない。今すぐ二人で見に行こう。」

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「ああ、これはもう噴火が近い。けさの地震が刺激したのだ。この山の北十キロのところにはサンムトリの市がある。今度爆発すれば、たぶん山は三分の一、北側をはねとばして、牛やテーブルぐらいの岩は熱い灰やガスといっしょに、どしどしサンムトリ市におちてくる。どうでも今のうちに、この海に向いたほうへボーリングを入れて傷口をこさえて、ガスを抜くか熔岩を出させるかしなければならない。今すぐ二人で見に行こう。」

二人はすぐに支度して、サンムトリ行きの汽車に乗りました。

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二人はすぐにしたくして、サンムトリ行きの汽車に乗りました。

六 サンムトリ火山

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六 サンムトリ火山

二人は次の朝、サンムトリの市に着きました。昼ごろ、サンムトリ火山の頂上近く、観測器械を置いてある小屋に登りました。

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二人は次の朝、サンムトリの市に着き、ひるごろサンムトリ火山の頂近く、観測器械を置いてある小屋に登りました。

そこは、サンムトリ山の古い噴火口の外輪山が、海のほうへ向いて欠けた所でした。その小屋の窓から眺めると、海は青や灰色のいくつもの縞(しま)になって見え、その中を汽船が黒い煙を吐き、銀色の水脈(みお)を引いて、いくつもすべっているのでした。

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そこは、サンムトリ山の古い噴火口の外輪山が、海のほうへ向いて欠けた所で、その小屋の窓からながめますと、海は青や灰いろの幾つものしまになって見え、その中を汽船は黒いけむりを吐き、銀いろの水脈みおを引いていくつもすべっているのでした。

老技師は静かにすべての観測機を調べ、それからブドリに言いました。

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老技師はしずかにすべての観測機を調べ、それからブドリに言いました。

「きみはこの山は、あと何日ぐらいで噴火すると思うか。」

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「きみはこの山はあと何日ぐらいで噴火すると思うか。」

「一か月はもたないと思います。」

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「一月はもたないと思います。」

「一か月はもたない。もう十日ももたない。早く工作してしまわないと、取り返しのつかないことになる。私はこの山の海に向いたほうでは、あすこがいちばん弱いと思う。」

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「一月はもたない。もう十日ももたない。早く工作してしまわないと、取り返しのつかないことになる。私はこの山の海に向いたほうでは、あすこがいちばん弱いと思う。」

老技師は、山腹の谷の上のうす緑の草地を指さしました。

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老技師は山腹の谷の上のうす緑の草地を指さしました。

そこを雲の影が、静かに青くすべっているのでした。

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そこを雲の影がしずかに青くすべっているのでした。

「あすこには溶岩(ようがん)の層が二つしかない。あとは柔らかな火山灰と火山礫(かざんれき・小さな石)の層だ。それにあすこまでは牧場の道も立派にあるから、材料を運ぶことも造作(ぞうさ)ない。ぼくは工作隊を申請しよう。」

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「あすこには熔岩ようがんの層が二つしかない。あとは柔らかな火山灰と火山礫かざんれきの層だ。それにあすこまでは牧場の道も立派にあるから、材料を運ぶことも造作ぞうさない。ぼくは工作隊を申請しよう。」

老技師は忙しく局へ発信を始めました。

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老技師は忙しく局へ発信をはじめました。

その時、足の下では、つぶやくようなかすかな音がして、観測小屋はしばらくぎしぎしきしみました。

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その時足の下では、つぶやくようなかすかな音がして、観測小屋はしばらくぎしぎしきしみました。

老技師は器械から離れました。

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老技師は器械をはなれました。

「局からすぐ工作隊を出すそうだ。工作隊といっても半分決死隊だ。私は今までに、こんな危険に迫った仕事をしたことがない。」

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「局からすぐ工作隊を出すそうだ。工作隊といっても半分決死隊だ。私はいままでに、こんな危険に迫った仕事をしたことがない。」

「十日のうちにできるでしょうか。」

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「十日のうちにできるでしょうか。」

「きっとできる。装置には三日、サンムトリ市の発電所から電線を引いてくるには五日かかるな。」

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「きっとできる。装置には三日、サンムトリ市の発電所から、電線を引いてくるには五日かかるな。」

技師はしばらく指を折って考えていましたが、やがて安心したように、また静かに言いました。

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技師はしばらく指を折って考えていましたが、やがて安心したようにまたしずかに言いました。

「とにかくブドリ君。一つ茶をわかして飲もうではないか。あんまりいい景色だから。」

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「とにかくブドリ君。一つ茶をわかして飲もうではないか。あんまりいい景色だから。」

ブドリは、持って来たアルコールランプに火を入れて、茶をわかし始めました。

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ブドリは持って来たアルコールランプに火を入れて、茶をわかしはじめました。

空にはだんだん雲が出て、日ももう落ちたのか、海はさびしい灰色に変わりました。たくさんの白い波がしらが、いっせいに火山のすそに寄せて来ました。

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空にはだんだん雲が出て、それに日ももう落ちたのか、海はさびしい灰いろに変わり、たくさんの白い波がしらは、いっせいに火山のすそに寄せて来ました。

ふとブドリは、すぐ目の前に、いつか見たことのあるおかしな形の小さな飛行船が飛んでいるのを見つけました。

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ふとブドリはすぐ目の前に、いつか見たことのあるおかしな形の小さな飛行船が飛んでいるのを見つけました。

老技師もはね上がりました。

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老技師もはねあがりました。

「あ、クーボー君がやって来た。」

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「あ、クーボー君がやって来た。」

ブドリも続いて小屋を飛び出しました。

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ブドリも続いて小屋をとび出しました。

飛行船はもう、小屋の左側の大きな岩の壁の上にとまっていました。中から背の高いクーボー大博士が、ひらりと飛び降りていました。

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飛行船はもう小屋の左側の大きな岩の壁の上にとまって、中からせいの高いクーボー大博士がひらりと飛びおりていました。

博士はしばらく、その辺の岩の大きな裂け目を探していました。やっとそれを見つけたと見えて、手早くねじを締めて飛行船をつなぎました。

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博士はしばらくその辺の岩の大きなさけ目をさがしていましたが、やっとそれを見つけたと見えて、手早くねじをしめて飛行船をつなぎました。

「お茶をよばれに来たよ。揺れるかい。」

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「お茶をよばれに来たよ。ゆれるかい。」

大博士はにやにや笑って言いました。

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大博士はにやにやわらって言いました。

老技師が答えました。

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老技師が答えました。

「まだそんなでない。けれども、どうも岩がぼろぼろ上から落ちているらしいんだ。」

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「まだそんなでない。けれども、どうも岩がぼろぼろ上から落ちているらしいんだ。」

ちょうどその時、山はにわかに怒ったように鳴り出しました。ブドリは目の前が青くなったように思いました。

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ちょうどその時、山はにわかにおこったように鳴り出し、ブドリは目の前が青くなったように思いました。

山はぐらぐら続けて揺れました。

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山はぐらぐら続けてゆれました。

見るとクーボー大博士も老技師も、しゃがんで岩へしがみついていました。飛行船も、大きな波に乗った船のように、ゆっくり揺れていました。

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見るとクーボー大博士も老技師もしゃがんで岩へしがみついていましたし、飛行船も大きな波に乗った船のようにゆっくりゆれておりました。

地震はやっとやみ、クーボー大博士は起き上がって、すたすたと小屋へ入って行きました。

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地震はやっとやみ、クーボー大博士は起きあがってすたすたと小屋へはいって行きました。

中ではお茶がひっくり返って、アルコールが青くぽかぽか燃えていました。

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中ではお茶がひっくり返って、アルコールが青くぽかぽか燃えていました。

クーボー大博士は器械をすっかり調べて、それから老技師といろいろ話しました。

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クーボー大博士は器械をすっかり調べて、それから老技師といろいろ話しました。

そして最後に言いました。

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そしてしまいに言いました。

「もうどうしても、来年は潮汐(ちょうせき・海の満ち引き)発電所を全部作ってしまわなければならない。それができれば、今度のような場合にもその日のうちに仕事ができるし、ブドリ君が言っている沼ばたけの肥料も降らせられるんだ。」

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「もうどうしても、来年は潮汐ちょうせき発電所を全部作ってしまわなければならない。それができれば今度のような場合にもその日のうちに仕事ができるし、ブドリ君が言っている沼ばたけの肥料も降らせられるんだ。」

「旱魃(かんばつ・日照り)だってちっとも怖くなくなるからな。」

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旱魃かんばつだってちっともこわくなくなるからな。」

ペンネン技師も言いました。

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ペンネン技師も言いました。

ブドリは胸がわくわくしました。

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ブドリは胸がわくわくしました。

山まで踊り上がっているように思いました。

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山まで踊りあがっているように思いました。

実際、山はその時激しく揺れ出して、ブドリは床へ投げ出されていたのです。

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じっさい山は、その時はげしくゆれ出して、ブドリは床へ投げ出されていたのです。

大博士が言いました。

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大博士が言いました。

「やるぞ、やるぞ。今のはサンムトリの市へも、かなり感じたに違いない。」

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「やるぞ、やるぞ。いまのはサンムトリの市へも、かなり感じたにちがいない。」

老技師が言いました。

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老技師が言いました。

「今のはぼくらの足もとから、北へ一キロばかり、地表下七百メートルくらいの所で、この小屋の六、七十倍くらいの岩の塊(かたまり)が、溶岩(ようがん)の中へ落ち込んだらしいのだ。ところが、ガスがいよいよ最後の岩の皮をはね飛ばすまでには、そんな塊を百も二百も、自分の体の中にとらなければならない。」

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「今のはぼくらの足もとから、北へ一キロばかり、地表下七百メートルぐらいの所で、この小屋の六七十倍ぐらいの岩のかたまり熔岩ようがんの中へ落ち込んだらしいのだ。ところがガスがいよいよ最後の岩の皮をはね飛ばすまでには、そんな塊を百も二百も、じぶんのからだの中にとらなければならない。」

大博士はしばらく考えていましたが、

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大博士はしばらく考えていましたが、

「そうだ、僕はこれで失礼しよう。」

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「そうだ、僕はこれで失敬しよう。」

と言って小屋を出て、いつのまにかひらりと船に乗ってしまいました。

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と言って小屋を出て、いつかひらりと船に乗ってしまいました。

老技師とブドリは、大博士が明かりを二、三度振って挨拶(あいさつ)しながら、山をまわって向こうへ行くのを見送りました。それからまた小屋に入り、代わる代わる眠ったり観測したりしました。

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老技師とブドリは、大博士があかりを二三度振って挨拶あいさつしながら、山をまわって向こうへ行くのを見送ってまた小屋にはいり、かわるがわる眠ったり観測したりしました。

そして明け方、ふもとへ工作隊が着くと、老技師はブドリを一人小屋に残して、きのう指さしたあの草地まで降りて行きました。

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そして明け方ふもとへ工作隊がつきますと、老技師はブドリを一人小屋に残して、きのう指さしたあの草地まで降りて行きました。

みんなの声や、鉄の材料の触れ合う音は、下から風の吹き上げるときは、手にとるように聞こえました。

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みんなの声や、鉄の材料の触れ合う音は、下から風の吹き上げるときは、手にとるように聞こえました。

ペンネン技師からはひっきりなしに、向こうの仕事の進み具合も知らせてよこしました。ガスの圧力や、山の形の変わりようも尋ねて来ました。

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ペンネン技師からはひっきりなしに、向こうの仕事の進み具合も知らせてよこし、ガスの圧力や山の形の変わりようも尋ねて来ました。

それから三日の間は、激しい地震や地鳴りの中で、ブドリのほうもふもとのほうも、ほとんど眠る暇さえありませんでした。

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それから三日の間は、はげしい地震や地鳴りのなかで、ブドリのほうもふもとのほうもほとんど眠るひまさえありませんでした。

その四日目の午前、老技師からの発信が言って来ました。

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その四日目の午前、老技師からの発信が言って来ました。

「ブドリ君だな。すっかり支度ができた。急いで降りてきたまえ。観測の器械は一度調べてそのままにして、表(ひょう)は全部持ってくるのだ。もうその小屋は、今日の午後にはなくなるんだから。」

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「ブドリ君だな。すっかりしたくができた。急いで降りてきたまえ。観測の器械は一ぺん調べてそのままにして、ひょうは全部持ってくるのだ。もうその小屋はきょうの午後にはなくなるんだから。」

ブドリは、すっかり言われたとおりにして山を降りて行きました。

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ブドリはすっかり言われたとおりにして山を降りて行きました。

そこには、今まで局の倉庫にあった大きな鉄材が、すっかり櫓(やぐら)に組み立っていました。いろいろな器械は、もう電流さえ来ればすぐに働き出すばかりになっていました。

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そこにはいままで局の倉庫にあった大きな鉄材が、すっかりやぐらに組み立っていて、いろいろな器械はもう電流さえ来ればすぐに働き出すばかりになっていました。

ペンネン技師の頬(ほお)はげっそり落ち、工作隊の人たちも青ざめて目ばかり光らせていました。それでもみんな笑って、ブドリに挨拶(あいさつ)しました。

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ペンネン技師のほおはげっそり落ち、工作隊の人たちも青ざめて目ばかり光らせながら、それでもみんな笑ってブドリに挨拶あいさつしました。

老技師が言いました。

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老技師が言いました。

「では引き上げよう。みんな支度して車に乗りたまえ。」

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「では引き上げよう。みんなしたくして車に乗りたまえ。」

みんなは大急ぎで、二十台の自動車に乗りました。

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みんなは大急ぎで二十台の自動車に乗りました。

車は列になって、山のすそを一散にサンムトリの市に走りました。

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車は列になって山のすそを一散にサンムトリの市に走りました。

ちょうど山と市とのまん中あたりで、技師は自動車をとめさせました。

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ちょうど山と市とのまん中どこで、技師は自動車をとめさせました。

「ここへ天幕(てんと・テント)を張りたまえ。そしてみんなで眠るんだ。」

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「ここへ天幕てんとを張りたまえ。そしてみんなで眠るんだ。」

みんなは、物をひとことも言えずに、そのとおりにして、倒れるように眠ってしまいました。

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みんなは、物をひとことも言えずに、そのとおりにして倒れるようにねむってしまいました。

その午後、老技師は受話器を置いて叫びました。

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その午後、老技師は受話器を置いて叫びました。

「さあ電線は届いたぞ。ブドリ君、始めるよ。」

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「さあ電線は届いたぞ。ブドリ君、始めるよ。」

老技師はスイッチを入れました。

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老技師はスイッチを入れました。

ブドリたちは、天幕(てんと・テント)の外に出て、サンムトリの中腹を見つめました。

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ブドリたちは、天幕てんとの外に出て、サンムトリの中腹を見つめました。

野原には、白百合(しらゆり)がいちめんに咲き、その向こうにサンムトリが青くひっそり立っていました。

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野原には、白百合しらゆりがいちめんに咲き、その向こうにサンムトリが青くひっそり立っていました。

にわかにサンムトリの左のすそがぐらぐらっと揺れました。まっ黒な煙がぱっと立ったと思うと、まっすぐに天までのぼって行って、おかしなきのこの形になりました。その足もとから、黄金色(きんいろ)の溶岩(ようがん)がきらきら流れ出して、見るまにずっと扇形に広がりながら海へ入りました。

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にわかにサンムトリの左のすそがぐらぐらっとゆれ、まっ黒なけむりがぱっと立ったと思うとまっすぐに天までのぼって行って、おかしなきのこの形になり、その足もとから黄金色きんいろ熔岩ようがんがきらきら流れ出して、見るまにずうっと扇形にひろがりながら海へはいりました。

と思うと地面は激しくぐらぐら揺れ、百合の花もいちめん揺れました。それから、「ごうっ」というような大きな音が、みんなを倒すくらい強くやってきました。

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と思うと地面ははげしくぐらぐらゆれ、百合の花もいちめんゆれ、それからごうっというような大きな音が、みんなを倒すくらい強くやってきました。

それから、風がどうっと吹いて行きました。

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それから風がどうっと吹いて行きました。

「やったやった。」

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「やったやった。」

とみんなは、そっちに手を伸ばして高く叫びました。

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とみんなはそっちに手を延ばして高く叫びました。

この時、サンムトリの煙は、崩れるように空いっぱいに広がって来ました。たちまち空はまっ暗になって、熱い小石がばらばらばらばら降ってきました。

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この時サンムトリの煙は、くずれるようにそらいっぱいひろがって来ましたが、たちまちそらはまっ暗になって、熱いこいしがばらばらばらばら降ってきました。

みんなは天幕の中に入って、心配そうにしていました。けれどもペンネン技師は、時計を見ながら、

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みんなは天幕の中にはいって心配そうにしていましたが、ペンネン技師は、時計を見ながら、

「ブドリ君、うまくいった。危険はもう全くない。市のほうへは、灰を少し降らせるだけだろう。」

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「ブドリ君、うまく行った。危険はもう全くない。市のほうへは灰をすこし降らせるだけだろう。」

と言いました。

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と言いました。

小石は、だんだん灰に変わりました。

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こいしはだんだん灰にかわりました。

それもまもなく薄くなって、みんなはまた天幕の外へ飛び出しました。

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それもまもなく薄くなって、みんなはまた天幕の外へ飛び出しました。

野原はまるでいちめんねずみ色になって、灰は一寸(すん・約三センチ)ばかり積もっていました。百合の花はみんな折れて灰に埋まり、空は変な緑色でした。

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野原はまるで一めんねずみいろになって、灰は一寸ばかり積もり、百合の花はみんな折れて灰に埋まり、空は変に緑いろでした。

そしてサンムトリのすそには小さなこぶができて、そこから灰色の煙が、まだどんどんのぼっていました。

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そしてサンムトリのすそには小さなこぶができて、そこから灰いろの煙が、まだどんどんのぼっておりました。

その夕方、みんなは灰や小石を踏んで、もう一度山へのぼりました。新しい観測の器械を据え付けて帰りました。

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その夕方、みんなは灰やこいしを踏んで、もう一度山へのぼって、新しい観測の器械を据え着けて帰りました。

七 雲の海

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七 雲の海

それから四年の間に、クーボー大博士の計画どおり、潮汐(ちょうせき・海の満ち引き)発電所は、イーハトーヴの海岸に沿って、二百も配置されました。

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それから四年の間に、クーボー大博士の計画どおり、潮汐ちょうせき発電所は、イーハトーヴの海岸に沿って、二百も配置されました。

イーハトーヴをめぐる火山には、観測小屋といっしょに、白く塗られた鉄の櫓(やぐら)が順々に建ちました。

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イーハトーヴをめぐる火山には、観測小屋といっしょに、白く塗られた鉄のやぐらが順々に建ちました。

ブドリは技師心得(ぎしこころえ・技師見習い)になって、一年の大部分は、火山から火山へと回り歩いたり、危なくなった火山を工作したりしていました。

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ブドリは技師心得になって、一年の大部分は火山から火山と回ってあるいたり、あぶなくなった火山を工作したりしていました。

次の年の春、イーハトーヴの火山局では、次のようなポスターを村や町へ張りました。

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次の年の春、イーハトーヴの火山局では、次のようなポスターを村や町へ張りました。

「窒素肥料を降らせます。

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「窒素肥料を降らせます。

今年の夏、雨といっしょに、硝酸アムモニヤをみなさんの沼ばたけや蔬菜(そさい・野菜)ばたけに降らせますから、肥料を使う方は、その分を入れて計算してください。

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ことしの夏、雨といっしょに、硝酸アムモニヤをみなさんの沼ばたけや蔬菜そさいばたけに降らせますから、肥料を使うかたは、その分を入れて計算してください。

分量は百メートル四方につき、百二十キログラムです。

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分量は百メートル四方につき百二十キログラムです。

雨も少しは降らせます。

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雨もすこしは降らせます。

旱魃(かんばつ・日照り)の際には、とにかく作物の枯れないくらいの雨は降らせることができますから、今まで水が来なくなって作付け(さくづけ)しなかった沼ばたけも、今年は心配せずに植え付けてください。」

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旱魃かんばつの際には、とにかく作物の枯れないぐらいの雨は降らせることができますから、いままで水が来なくなって作付さくづけしなかった沼ばたけも、ことしは心配せずに植え付けてください。」

その年の六月、ブドリはイーハトーヴの真ん中にあたる、イーハトーヴ火山の頂上の小屋にいました。

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その年の六月、ブドリはイーハトーヴのまん中にあたるイーハトーヴ火山の頂上の小屋におりました。

下はいちめん、灰色をした雲の海でした。

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下はいちめん灰いろをした雲の海でした。

そのあちこちから、イーハトーヴじゅうの火山の頂上が、ちょうど島のように黒く出ていました。

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そのあちこちからイーハトーヴじゅうの火山のいただきが、ちょうど島のように黒く出ておりました。

その雲のすぐ上を、一隻(せき)の飛行船が、船尾からまっ白な煙を噴(ふ)いて、一つの峰から一つの峰へ、ちょうど橋をかけるように飛びまわっていました。

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その雲のすぐ上を一せきの飛行船が、船尾からまっ白な煙をいて、一つの峯から一つの峯へちょうど橋をかけるように飛びまわっていました。

その煙は、時間がたつほどだんだん太くはっきりしてきて、静かに下の雲の海に落ちかぶさりました。まもなく、いちめんの雲の海には、うす白く光る大きな網が、山から山へ張りわたされました。

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そのけむりは、時間がたつほどだんだん太くはっきりなってしずかに下の雲の海に落ちかぶさり、まもなく、いちめんの雲の海にはうす白く光る大きな網が山から山へ張りわたされました。

いつのまにか飛行船は煙を止めて、しばらく挨拶(あいさつ)するように輪を描いていました。やがて船首を垂れて、静かに雲の中へ沈んで行ってしまいました。

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いつか飛行船はけむりを納めて、しばらく挨拶あいさつするように輪を描いていましたが、やがて船首をたれてしずかに雲の中へ沈んで行ってしまいました。

受話器がジーと鳴りました。

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受話器がジーと鳴りました。

ペンネン技師の声でした。

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ペンネン技師の声でした。

「飛行船はいま帰って来た。下のほうの支度はすっかりいい。雨はざあざあ降っている。もうよかろうと思う。始めてくれたまえ。」

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「飛行船はいま帰って来た。下のほうのしたくはすっかりいい。雨はざあざあ降っている。もうよかろうと思う。はじめてくれたまえ。」

ブドリは、ボタンを押しました。

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ブドリはぼたんを押しました。

見る見る、さっきの煙の網は、美しい桃色や青や紫に、パッパッと目もさめるように輝きながら、ついたり消えたりしました。

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見る見るさっきのけむりの網は、美しい桃いろや青や紫に、パッパッと目もさめるようにかがやきながら、ついたり消えたりしました。

ブドリはまるでうっとりとして、それに見とれました。

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ブドリはまるでうっとりとしてそれに見とれました。

そのうちにだんだん日は暮れて、雲の海も明かりが消えたときは、灰色かねずみ色かわからないようになりました。

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そのうちにだんだん日は暮れて、雲の海もあかりが消えたときは、灰いろかねずみいろかわからないようになりました。

受話器が鳴りました。

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受話器が鳴りました。

「硝酸アムモニヤは、もう雨の中へ出てきている。量もこれくらいならちょうどいい。移動の具合もいいらしい。あと四時間やれば、もうこの地方は今月中は十分だろう。続けてやってくれたまえ。」

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「硝酸アムモニヤはもう雨の中へでてきている。量もこれぐらいならちょうどいい。移動のぐあいもいいらしい。あと四時間やれば、もうこの地方は今月中はたくさんだろう。つづけてやってくれたまえ。」

ブドリはもう、うれしくてはね上がりたいくらいでした。

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ブドリはもううれしくってはね上がりたいくらいでした。

この雲の下で、昔の赤ひげの主人も、となりの「石油がこやしになるか」と言った人も、みんな喜んで雨の音を聞いている。

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この雲の下で昔の赤ひげの主人も、となりの石油がこやしになるかと言った人も、みんなよろこんで雨の音を聞いている。

そして明日の朝は、見違えるように緑色になったオリザの株を、手でなでたりするだろう。

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そしてあすの朝は、見違えるように緑いろになったオリザの株を手でなでたりするだろう。

まるで夢のようだと思いながら、雲が真っ暗になったり、また美しく輝いたりするのを眺めていました。

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まるで夢のようだと思いながら、雲のまっくらになったり、また美しく輝いたりするのをながめておりました。

ところが、短い夏の夜はもう明けるらしかったのです。

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ところが短い夏の夜はもう明けるらしかったのです。

電光の合間に、東の雲の海の果てが、ぼんやり黄ばんでいるのでした。

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電光の合間に、東の雲の海のはてがぼんやり黄ばんでいるのでした。

ところが、それは月が出るのでした。

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ところがそれは月が出るのでした。

大きな黄色の月が、静かにのぼってくるのでした。

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大きな黄いろな月がしずかにのぼってくるのでした。

そして雲が青く光るときは変に白っぽく見え、桃色に光るときは、何か笑っているように見えるのでした。

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そして雲が青く光るときは変に白っぽく見え、桃いろに光るときは何かわらっているように見えるのでした。

ブドリは、もう自分がだれなのか、何をしているのか忘れてしまって、ただぼんやりそれを見つめていました。

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ブドリは、もうじぶんがだれなのか、何をしているのか忘れてしまって、ただぼんやりそれをみつめていました。

受話器はジーと鳴りました。

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受話器はジーと鳴りました。

「こっちではだいぶ雷が鳴り出して来た。網があちこちちぎれたらしい。あんまり鳴らすと、明日の新聞が悪口を言うから、もう十分ばかりでやめよう。」

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「こっちではだいぶ雷が鳴りだして来た。網があちこちちぎれたらしい。あんまり鳴らすとあしたの新聞が悪口を言うからもう十分ばかりでやめよう。」

ブドリは受話器を置いて、耳をすましました。

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ブドリは受話器を置いて耳をすましました。

雲の海は、あっちでもこっちでもぶつぶつぶつぶつつぶやいているのです。

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雲の海はあっちでもこっちでもぶつぶつぶつぶつつぶやいているのです。

よく気をつけて聞くと、やっぱりそれは切れ切れの雷の音でした。

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よく気をつけて聞くとやっぱりそれはきれぎれの雷の音でした。

ブドリはスイッチを切りました。

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ブドリはスイッチを切りました。

にわかに月の明かりだけになった雲の海は、やっぱり静かに北へ流れています。

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にわかに月のあかりだけになった雲の海は、やっぱりしずかに北へ流れています。

ブドリは毛布を体に巻いて、ぐっすり眠りました。

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ブドリは毛布をからだに巻いてぐっすり眠りました。

八 秋

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八 秋

その年の農作物の収穫は、気候のせいもありましたが、十年の間にもなかったほど、よくできました。そのため火山局には、あっちからもこっちからも感謝状や激励の手紙が届きました。

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その年の農作物の収穫は、気候のせいもありましたが、十年の間にもなかったほど、よくできましたので、火山局にはあっちからもこっちからも感謝状や激励の手紙が届きました。

ブドリは、はじめてほんとうに生きがいがあるように思いました。

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ブドリははじめてほんとうに生きがいがあるように思いました。

ところがある日、ブドリがタチナという火山へ行った帰り、取り入れの済んでがらんとした沼ばたけの中の小さな村を通りかかりました。

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ところがある日、ブドリがタチナという火山へ行った帰り、とりいれの済んでがらんとした沼ばたけの中の小さな村を通りかかりました。

ちょうど昼ごろなので、パンを買おうと思って、一軒の、雑貨や菓子を売っている店へ寄って、

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ちょうどひるころなので、パンを買おうと思って、一軒の雑貨や菓子を買っている店へ寄って、

「パンはありませんか。」

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「パンはありませんか。」

と聞きました。

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とききました。

するとそこには、三人のはだしの人たちが、目をまっ赤(か)にして酒を飲んでいました。一人が立ち上がって、

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するとそこには三人のはだしの人たちが、目をまっにして酒を飲んでおりましたが、一人が立ち上がって、

「パンはあるが、どうも食われないパンでな。石盤(セキパン)だもな。」

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「パンはあるが、どうも食われないパンでな。石盤セキパンだもな。」

とおかしなことを言うと、みんなはおもしろそうにブドリの顔を見て、どっと笑いました。

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とおかしなことを言いますと、みんなはおもしろそうにブドリの顔を見てどっと笑いました。

ブドリはいやになって、ぷいっと表へ出ました。すると向こうから、髪を角刈りにした背の高い男が来て、いきなり、

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ブドリはいやになって、ぷいっと表へ出ましたら、向こうから髪を角刈りにしたせいの高い男が来て、いきなり、

「おい、お前、今年の夏、電気でこやし降らせたブドリだな。」

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「おい、お前、ことしの夏、電気でこやし降らせたブドリだな。」

と言いました。

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と言いました。

「そうだ。」

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「そうだ。」

ブドリは何げなく答えました。

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ブドリは何げなく答えました。

その男は高く叫びました。

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その男は高く叫びました。

「火山局のブドリが来たぞ。みんな集まれ。」

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「火山局のブドリが来たぞ。みんな集まれ。」

すると今の家の中や、そこらの畑から、十八人の百姓たちが、げらげら笑ってかけて来ました。

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すると今の家の中やそこらの畑から、十八人の百姓たちが、げらげらわらってかけて来ました。

「この野郎、貴様の電気のおかげで、おいらのオリザ、みんな倒れてしまったぞ。なんであんなまねしたんだ。」

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「この野郎、きさまの電気のおかげで、おいらのオリザ、みんな倒れてしまったぞ。してあんなまねしたんだ。」

一人が言いました。

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一人が言いました。

ブドリは静かに言いました。

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ブドリはしずかに言いました。

「倒れるなんて、きみらは春に出したポスターを見なかったのか。」

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「倒れるなんて、きみらは春に出したポスターを見なかったのか。」

「何この野郎。」

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「何この野郎。」

いきなり一人が、ブドリの帽子をたたき落としました。

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いきなり一人がブドリの帽子をたたき落としました。

それからみんなは、寄ってたかってブドリを殴ったり踏んだりしました。

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それからみんなは寄ってたかってブドリをなぐったりふんだりしました。

ブドリはとうとう、何がなんだかわからなくなって倒れてしまいました。

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ブドリはとうとう何がなんだかわからなくなって倒れてしまいました。

気がつくと、ブドリはどこかの病院らしい部屋の、白いベッドに寝ていました。

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気がついてみるとブドリはどこかの病院らしい室の白いベッドに寝ていました。

枕(まくら)もとには、見舞いの電報や、たくさんの手紙がありました。

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まくらもとには見舞いの電報や、たくさんの手紙がありました。

ブドリの体じゅうは痛くて熱く、動くことができませんでした。

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ブドリのからだじゅうは痛くて熱く、動くことができませんでした。

けれども、それから一週間ばかりたつと、もうブドリはもとの元気になっていました。

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けれどもそれから一週間ばかりたちますと、もうブドリはもとの元気になっていました。

そして新聞で、あのときの出来事は、肥料の入れ方を間違って教えた農業技師が、オリザの倒れたのをみんな火山局のせいにしてごまかしていたためだ、ということを読んで、大きな声で一人で笑いました。

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そして新聞で、あのときの出来事は、肥料の入れようをまちがって教えた農業技師が、オリザの倒れたのをみんな火山局のせいにして、ごまかしていたためだということを読んで、大きな声で一人で笑いました。

その次の日の午後、病院の小使いが入って来て、

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その次の日の午後、病院の小使がはいって来て、

「ネリというご婦人の方が、お訪ねになりました。」

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「ネリというご婦人のおかたがたずねておいでになりました。」

と言いました。

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と言いました。

ブドリは夢ではないかと思いました。まもなく、一人の日に焼けた百姓のおかみさんのような人が、おずおずと入って来ました。

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ブドリは夢ではないかと思いましたら、まもなく一人の日に焼けた百姓のおかみさんのような人が、おずおずとはいって来ました。

それはまるで変わってはいましたが、あの森の中からだれかに連れて行かれたネリだったのです。

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それはまるで変わってはいましたが、あの森の中からだれかにつれて行かれたネリだったのです。

二人はしばらく物も言えませんでした。やっとブドリが、その後のことを尋ねると、ネリもぼつぼつと、イーハトーヴの百姓のことばで、今までのことを話しました。

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二人はしばらく物も言えませんでしたが、やっとブドリが、その後のことをたずねますと、ネリもぼつぼつとイーハトーヴの百姓のことばで、今までのことを話しました。

ネリを連れて行ったあの男は、三日ばかりの後、めんどうくさくなったのか、ある小さな牧場の近くへネリを残して、どこかへ行ってしまったのでした。

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ネリを連れて行ったあの男は、三日ばかりの後、めんどうくさくなったのか、ある小さな牧場の近くへネリを残して、どこかへ行ってしまったのでした。

ネリがそこらを泣いて歩いていると、その牧場の主人がかわいそうに思って家へ入れて、赤ん坊のお守(もり)をさせたりしていました。だんだんネリはなんでも働けるようになったので、とうとう三、四年前に、その小さな牧場のいちばん上の息子(むすこ)と結婚したというのでした。

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ネリがそこらを泣いて歩いていますと、その牧場の主人がかわいそうに思って家へ入れて、赤ん坊のおもりをさせたりしていましたが、だんだんネリはなんでも働けるようになったので、とうとう三四年前にその小さな牧場のいちばん上の息子むすこと結婚したというのでした。

そして今年は肥料も降ったので、いつもなら厩肥(まやごえ・家畜のふん尿からできる肥料)を遠くの畑まで運び出さなければならず、たいへん難儀したのを、近くのかぶら畑へみんな入れたし、遠くの玉蜀黍(とうもろこし)もよくできたので、家じゅうみんな喜んでいる、というようなことも言いました。

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そしてことしは肥料も降ったので、いつもなら厩肥まやごえを遠くの畑まで運び出さなければならず、たいへん難儀したのを、近くのかぶら畑へみんな入れたし、遠くの玉蜀黍とうもろこしもよくできたので、家じゅうみんなよろこんでいるというようなことも言いました。

またあの森の中へ、主人の息子といっしょに何度も行ってみたけれども、家はすっかりこわれていたし、ブドリはどこへ行ったかわからないので、いつもがっかりして帰っていたら、きのう新聞で主人がブドリのけがをしたことを読んだので、やっとこっちへ訪ねて来たということも言いました。

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またあの森の中へ主人の息子といっしょに何べんも行って見たけれども、家はすっかりこわれていたし、ブドリはどこへ行ったかわからないので、いつもがっかりして帰っていたら、きのう新聞で主人がブドリのけがをしたことを読んだので、やっとこっちへたずねて来たということも言いました。

ブドリは、治ったらきっとその家へ訪ねて行ってお礼を言う約束をして、ネリを帰しました。

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ブドリは、なおったらきっとその家へたずねて行ってお礼を言う約束をしてネリを帰しました。

九 カルボナード島

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九 カルボナード島

それからの五年は、ブドリにはほんとうに楽しいものでした。

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それからの五年は、ブドリにはほんとうに楽しいものでした。

赤ひげの主人の家にも、何度もお礼に行きました。

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赤ひげの主人の家にも何べんもお礼に行きました。

もうよほど年はとっていましたが、やはり非常な元気で、今度は毛の長いうさぎを千匹以上飼ったり、赤い甘藍(かんらん・キャベツ)ばかり畑に作ったり、相変わらずの山師をやっていました。けれども、暮らしはずっといいようでした。

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もうよほど年はとっていましたが、やはり非常な元気で、こんどは毛の長いうさぎを千匹以上飼ったり、赤い甘藍かんらんばかり畑に作ったり、相変わらずの山師はやっていましたが、暮らしはずうっといいようでした。

ネリには、かわいらしい男の子が生まれました。

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ネリには、かわいらしい男の子が生まれました。

冬に仕事が暇になると、ネリはその子にすっかり子どもの百姓のような格好をさせて、主人といっしょに、ブドリの家に訪ねて来て、泊まって行ったりするのでした。

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冬に仕事がひまになると、ネリはその子にすっかりこどもの百姓のようなかたちをさせて、主人といっしょに、ブドリの家にたずねて来て、泊まって行ったりするのでした。

ある日、ブドリのところへ、昔てぐす飼いの男にブドリといっしょに使われていた人が訪ねて来ました。そしてブドリたちのお父さんのお墓が、森のいちばんはずれの大きな榧(かや)の木の下にあるということを教えて行きました。

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ある日、ブドリのところへ、昔てぐす飼いの男にブドリといっしょに使われていた人がたずねて来て、ブドリたちのおとうさんのお墓が森のいちばんはずれの大きなかやの木の下にあるということを教えて行きました。

それは、はじめ、てぐす飼いの男が森に来て、森じゅうの木を見て歩いたとき、ブドリのお父さんたちの冷たくなった体を見つけて、ブドリに知らせないように、そっと土に埋めて、上へ一本の樺(かば)の枝を立てておいたというのでした。

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それは、はじめ、てぐす飼いの男が森に来て、森じゅうの木を見てあるいたとき、ブドリのおとうさんたちの冷たくなったからだを見つけて、ブドリに知らせないように、そっと土に埋めて、上へ一本のかばの枝をたてておいたというのでした。

ブドリは、すぐネリたちを連れてそこへ行って、白い石灰岩の墓を立てました。それからも、その辺を通るたびに、いつも寄ってくるのでした。

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ブドリは、すぐネリたちをつれてそこへ行って、白い石灰岩の墓をたてて、それからもその辺を通るたびにいつも寄ってくるのでした。

そしてちょうど、ブドリが二十七の年でした。

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そしてちょうどブドリが二十七の年でした。

どうも、あの恐ろしい寒い気候が、また来るような様子でした。

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どうもあの恐ろしい寒い気候がまた来るような模様でした。

測候所では、太陽の調子や北のほうの海の氷の様子から、その年の二月に、みんなへそれを予報しました。

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測候所では、太陽の調子や北のほうの海の氷の様子から、その年の二月にみんなへそれを予報しました。

それが一足ずつ、だんだんほんとうになって、こぶしの花が咲かなかったり、五月に十日もみぞれが降ったりすると、みんなはもう、この前の凶作を思い出して、生きた空もありませんでした。

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それが一足ずつだんだんほんとうになって、こぶしの花が咲かなかったり、五月に十日もみぞれが降ったりしますと、みんなはもうこの前の凶作を思い出して、生きたそらもありませんでした。

クーボー大博士も、たびたび気象や農業の技師たちと相談したり、意見を新聞へ出したりしました。けれども、やっぱりこの激しい寒さだけは、どうともできない様子でした。

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クーボー大博士も、たびたび気象や農業の技師たちと相談したり、意見を新聞へ出したりしましたが、やっぱりこの激しい寒さだけはどうともできないようすでした。

ところが六月も初めになって、まだ黄色のオリザの苗や、芽を出さない木を見ると、ブドリはもう、いても立ってもいられませんでした。

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ところが六月もはじめになって、まだ黄いろなオリザの苗や、芽を出さない木を見ますと、ブドリはもういても立ってもいられませんでした。

このままで過ぎるなら、森にも野原にも、ちょうどあの年のブドリの家族のようになる人が、たくさんできるのです。

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このままで過ぎるなら、森にも野原にも、ちょうどあの年のブドリの家族のようになる人がたくさんできるのです。

ブドリはまるで物も食べずに、幾晩も幾晩も考えました。

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ブドリはまるで物も食べずに幾晩も幾晩も考えました。

ある晩、ブドリはクーボー大博士のうちを訪ねました。

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ある晩ブドリは、クーボー大博士のうちをたずねました。

「先生、気層の中に炭酸ガスが増えて来れば、暖かくなるのですか。」

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「先生、気層のなかに炭酸ガスがふえて来れば暖かくなるのですか。」

「それはなるだろう。地球ができてから今までの気温は、たいてい空気中の炭酸ガスの量で決まっていたと言われるくらいだからね。」

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「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温は、たいてい空気中の炭酸ガスの量できまっていたと言われるくらいだからね。」

「カルボナード火山島が、いま爆発したら、この気候を変えるくらいの炭酸ガスを噴(ふ)くでしょうか。」

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「カルボナード火山島が、いま爆発したら、この気候を変えるくらいの炭酸ガスをくでしょうか。」

「それは僕も計算した。あれがいま爆発すれば、ガスはすぐ大循環の上層の風に混じって、地球全体を包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防いで、地球全体を平均で五度くらい暖かくするだろうと思う。」

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「それは僕も計算した。あれがいま爆発すれば、ガスはすぐ大循環の上層の風にまじって地球ぜんたいを包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均で五度ぐらい暖かくするだろうと思う。」

「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」

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「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」

「それはできるだろう。けれども、その仕事に行った者のうち、最後の一人はどうしても逃げられないのでね。」

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「それはできるだろう。けれども、その仕事に行ったもののうち、最後の一人はどうしても逃げられないのでね。」

「先生、私にそれをやらせてください。どうか先生からペンネン先生へ、お許しの出るようお言葉をください。」

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「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へお許しの出るようおことばをください。」

「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事に代われる者はそうはいない。」

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「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事にかわれるものはそうはない。」

「私のような者は、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派に、もっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」

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「私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」

「その相談は僕はいかん。ペンネン技師に話したまえ。」

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「その相談は僕はいかん。ペンネン技師に話したまえ。」

ブドリは帰って来て、ペンネン技師に相談しました。

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ブドリは帰って来て、ペンネン技師に相談しました。

技師はうなずきました。

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技師はうなずきました。

「それはいい。けれども僕がやろう。僕は今年もう六十三なのだ。ここで死ぬなら、全く本望というものだ。」

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「それはいい。けれども僕がやろう。僕はことしもう六十三なのだ。ここで死ぬなら全く本望というものだ。」

「先生、けれどもこの仕事は、まだあんまり不確かです。一度うまく爆発しても、まもなくガスが雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりいかないかもしれません。先生が今度おいでになってしまっては、あとなんとも工夫がつかなくなると存じます。」

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「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発してもまもなくガスが雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりいかないかもしれません。先生が今度おいでになってしまっては、あとなんともくふうがつかなくなると存じます。」

老技師は黙って、首をたれてしまいました。

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老技師はだまって首をたれてしまいました。

それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。

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それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。

そこへいくつものやぐらが建ち、電線は連結されました。

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そこへいくつものやぐらは建ち、電線は連結されました。

すっかり支度ができると、ブドリはみんなを船で帰してしまい、自分は一人、島に残りました。

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すっかりしたくができると、ブドリはみんなを船で帰してしまって、じぶんは一人島に残りました。

そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青空が緑色に濁り、日や月が銅(あかがね)色になったのを見ました。

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そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月があかがねいろになったのを見ました。

けれどもそれから三、四日たつと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。

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けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。

そしてちょうど、このお話の初めのようになるはずの、たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かい食べ物と、明るい薪(たきぎ)で楽しく暮らすことができたのでした。

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そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るいたきぎで楽しく暮らすことができたのでした。