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グスコーブドリの伝記 現代語訳

宮沢賢治みやざわけんじ)・1951

AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28

一 森

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一 森

グスコーブドリは、イーハトーヴの大きな森の中に生まれました。

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グスコーブドリは、イーハトーヴの大きな森のなかに生まれました。

お父さんは、グスコーナドリという名高い木こりで、どんなに大きな木でも、まるで赤ん坊を寝かしつけるように、わけなく切り倒してしまう人でした。

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おとうさんは、グスコーナドリという名高い木こりで、どんな大きな木でも、まるで赤ん坊を寝かしつけるようにわけなく切ってしまう人でした。

ブドリにはネリという妹がいて、二人は毎日森で遊びました。

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ブドリにはネリという妹があって、二人は毎日森で遊びました。

ごしっごしっとお父さんが木をひく音が、やっと聞こえるくらい遠くまでも行きました。

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ごしっごしっとおとうさんの木をく音が、やっと聞こえるくらいな遠くへも行きました。

二人はそこで木いちごの実をとってわき水につけたり、空を向いてかわるがわる山鳩の鳴きまねをしたりしました。

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二人はそこで木いちごの実をとってわき水につけたり、空を向いてかわるがわる山鳩やまばとの鳴くまねをしたりしました。

するとあちらでもこちらでも、ぽう、ぽう、と鳥が眠そうに鳴き出すのでした。

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するとあちらでもこちらでも、ぽう、ぽう、と鳥が眠そうに鳴き出すのでした。

お母さんが、家の前の小さな畑に麦をまいているときは、二人は道にむしろを敷いて座って、ブリキ缶で蘭の花を煮たりしました。

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おかあさんが、家の前の小さな畑に麦をいているときは、二人はみちにむしろをしいてすわって、ブリキかんでらんの花を煮たりしました。

するとこんどは、いろいろな鳥が、二人のぱさぱさした頭の上を、まるで挨拶するように鳴きながら、ざあざあざあざあと通りすぎるのでした。

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するとこんどは、もういろいろの鳥が、二人のぱさぱさした頭の上を、まるで挨拶あいさつするように鳴きながらざあざあざあざあ通りすぎるのでした。

ブドリが学校へ行くようになると、森は昼のあいだたいへんさびしくなりました。

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ブドリが学校へ行くようになりますと、森はひるの間たいへんさびしくなりました。

そのかわり昼すぎには、ブドリはネリといっしょに、森じゅうの木の幹に、赤い粘土や消し炭で木の名前を書いて歩いたり、大きな声で歌ったりしました。

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そのかわりひるすぎには、ブドリはネリといっしょに、森じゅうの木の幹に、赤い粘土や消し炭で、木の名を書いてあるいたり、高く歌ったりしました。

ホップのつるが両方からのびて、門のようになっている白樺の木には、

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ホップのつるが、両方からのびて、門のようになっている白樺しらかばの木には、

「カッコウドリ、トオルベカラズ」

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「カッコウドリ、トオルベカラズ」

と書いたりもしました。

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と書いたりもしました。

そして、ブドリは十歳になり、ネリは七つになりました。

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そして、ブドリは十になり、ネリは七つになりました。

ところがどういうわけか、その年は、お日さまが春から変に白くて、いつもなら雪がとけるとすぐにまっしろな花をつけるこぶしの木もまるで咲かず、五月になってもたびたびみぞれがぐしゃぐしゃ降り、七月の末になってもいっこうに暑さが来ないために、去年まいた麦も粒の入らない白い穂しかできず、たいていの果物も、花が咲いただけで落ちてしまったのでした。

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ところがどういうわけですか、その年は、お日さまが春から変に白くて、いつもなら雪がとけるとまもなく、まっしろな花をつけるこぶしの木もまるで咲かず、五月になってもたびたびみぞれがぐしゃぐしゃ降り、七月の末になってもいっこうに暑さが来ないために、去年いた麦も粒の入らない白い穂しかできず、たいていの果物くだものも、花が咲いただけで落ちてしまったのでした。

そしてとうとう秋になりましたが、やっぱり栗の木は青いからのいがばかりでしたし、みんながふだん食べるいちばん大切なオリザという穀物も、一粒もできませんでした。

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そしてとうとう秋になりましたが、やっぱりくりの木は青いからのいがばかりでしたし、みんなでふだんたべるいちばんたいせつなオリザという穀物も、一つぶもできませんでした。

野原ではもうひどい騒ぎになってしまいました。

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野原ではもうひどいさわぎになってしまいました。

ブドリのお父さんもお母さんも、たびたび薪を野原のほうへ持って行ったり、冬になってからは何度も大きな木を町へそりで運んだりしたのでしたが、いつもがっかりしたようすで、わずかな麦の粉などを持って帰ってくるのでした。

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ブドリのおとうさんもおかあさんも、たびたびたきぎを野原のほうへ持って行ったり、冬になってからは何べんも大きな木を町へそりで運んだりしたのでしたが、いつもがっかりしたようにして、わずかの麦の粉などもって帰ってくるのでした。

それでもどうにかその冬は過ぎて次の春になり、畑には大切にしまっておいた種もまかれましたが、その年もまたすっかり前の年と同じでした。

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それでもどうにかその冬は過ぎて次の春になり、畑にはたいせつにしまっておいた種も播かれましたが、その年もまたすっかり前の年のとおりでした。

そして秋になると、とうとうほんとうの飢饉になってしまいました。

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そして秋になると、とうとうほんとうの饑饉ききんになってしまいました。

もうそのころは学校へ来る子どももまるでいませんでした。

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もうそのころは学校へ来るこどももまるでありませんでした。

ブドリのお父さんもお母さんも、すっかり仕事をやめていました。

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ブドリのおとうさんもおかあさんも、すっかり仕事をやめていました。

そしてたびたび心配そうに相談しては、かわるがわる町へ出て行って、やっとすこしばかりのきびの粒などを持って帰ることもあれば、なんにも持たずに顔色を悪くして帰ってくることもありました。

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そしてたびたび心配そうに相談しては、かわるがわる町へ出て行って、やっとすこしばかりのきびの粒など持って帰ることもあれば、なんにも持たずに顔いろを悪くして帰ってくることもありました。

そしてみんなは、こならの実や、葛やわらびの根や、木の柔らかな皮やいろいろなものを食べて、その冬を過ごしました。

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そしてみんなは、こならの実や、くずやわらびの根や、木の柔らかな皮やいろんなものをたべて、その冬をすごしました。

けれども春が来たころは、お父さんもお母さんも、何かひどい病気のようでした。

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けれども春が来たころは、おとうさんもおかあさんも、何かひどい病気のようでした。

ある日お父さんは、じっと頭をかかえて、いつまでもいつまでも考えていましたが、急に起きあがって、

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ある日おとうさんは、じっと頭をかかえて、いつまでもいつまでも考えていましたが、にわかに起きあがって、

「おれは森へ行って遊んでくるぞ。」

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「おれは森へ行って遊んでくるぞ。」

と言いながら、よろよろと家を出て行きましたが、まっ暗になっても帰って来ませんでした。

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と言いながら、よろよろ家を出て行きましたが、まっくらになっても帰って来ませんでした。

二人がお母さんに、お父さんはどうしたのだろうときいても、お母さんは黙って二人の顔を見ているばかりでした。

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二人がおかあさんに、おとうさんはどうしたろうときいても、おかあさんはだまって二人の顔を見ているばかりでした。

次の日の夕方になって、森がもう黒く見えるころ、お母さんは急に立って、炉にほだをたくさんくべて家じゅうをすっかり明るくしました。

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次の日の晩方になって、森がもう黒く見えるころ、おかあさんはにわかに立って、炉にほだをたくさんくべて家じゅうすっかり明るくしました。

それから、わたしはお父さんをさがしに行くから、お前たちは家にいてあの戸棚にある粉を二人ですこしずつ食べなさいと言って、やはりよろよろと家を出て行きました。

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それから、わたしはおとうさんをさがしに行くから、お前たちはうちにいてあの戸棚とだなにある粉を二人ですこしずつたべなさいと言って、やっぱりよろよろ家を出て行きました。

二人が泣いてあとから追って行くと、お母さんはふり向いて、

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二人が泣いてあとから追って行きますと、おかあさんはふり向いて、

「なんて言うことをきかない子どもたちだろう。」

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「なんたらいうことをきかないこどもらだ。」

としかるように言いました。

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としかるように言いました。

そしてまるで足早に、つまずきながら森へ入ってしまいました。

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そしてまるで足早に、つまずきながら森へはいってしまいました。

二人は何度も行ったり来たりして、そこらを泣いて回りました。

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二人は何べんも行ったり来たりして、そこらを泣いて回りました。

とうとうこらえ切れなくなって、まっ暗な森の中へ入って、いつかのホップの門のあたりや、わき水のあるあたりをあちこちうろうろ歩きながら、一晩じゅうお母さんを呼びました。

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とうとうこらえ切れなくなって、まっくらな森の中へはいって、いつかのホップの門のあたりや、わき水のあるあたりをあちこちうろうろ歩きながら、おかあさんを一晩呼びました。

森の木の間からは、星がちらちらと何か言うように光り、鳥はたびたびおどろいたように闇の中を飛びましたけれども、どこからも人の声はしませんでした。

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森の木の間からは、星がちらちら何か言うようにひかり、鳥はたびたびおどろいたようにやみの中を飛びましたけれども、どこからも人の声はしませんでした。

とうとう二人はぼんやりと家へ帰って中へ入ると、まるで死んだように眠ってしまいました。

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とうとう二人はぼんやり家へ帰って中へはいりますと、まるで死んだように眠ってしまいました。

ブドリが目をさましたのは、その日の昼すぎでした。

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ブドリが目をさましたのは、その日のひるすぎでした。

お母さんの言った粉のことを思い出して戸棚をあけてみると、中には、袋に入れたそば粉やこならの実がまだたくさん入っていました。

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おかあさんの言った粉のことを思い出して戸棚とだなをあけて見ますと、なかには、袋に入れたそば粉やこならの実がまだたくさんはいっていました。

ブドリはネリをゆり起こして二人でその粉をなめ、お父さんたちがいたときのように炉に火をたきました。

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ブドリはネリをゆり起こして二人でその粉をなめ、おとうさんたちがいたときのように炉に火をたきました。

それから、二十日ばかりぼんやりと過ぎたころ、ある日戸口で、

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それから、二十日はつかばかりぼんやり過ぎましたら、ある日戸口で、

「こんにちは、だれかいるかね。」

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「今日は、だれかいるかね。」

と言うものがありました。

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と言うものがありました。

お父さんが帰って来たのかと思って、ブドリが跳び出してみると、それは籠を背負った目の鋭い男でした。

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おとうさんが帰って来たのかと思って、ブドリがはね出して見ますと、それはかごをしょった目の鋭い男でした。

その男は籠の中から丸い餅をとり出してぽんと投げながら言いました。

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その男は籠の中から丸いもちをとり出してぽんと投げながら言いました。

「私はこの地方の飢饉を助けに来たものだ。さあなんでも食べなさい。」

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「私はこの地方の飢饉ききんを助けに来たものだ。さあなんでも食べなさい。」

二人がしばらくあきれていると、

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二人はしばらくあきれていましたら、

「さあ食べるんだ、食べるんだ。」

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「さあ食べるんだ、食べるんだ。」

とまた言いました。

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とまた言いました。

二人がこわごわ食べはじめると、男はじっと見ていましたが、

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二人がこわごわたべはじめますと、男はじっと見ていましたが、

「お前たちはいい子どもだ。けれどもいい子どもだというだけではなんにもならん。わしといっしょについておいで。もっとも男の子は強いし、わしも二人は連れて行けない。おい女の子、お前はここにいてももう食べるものがないんだ。おじさんといっしょに町へ行こう。毎日パンを食べさせてやるよ。」

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「お前たちはいい子供だ。けれどもいい子供だというだけではなんにもならん。わしといっしょについておいで。もっとも男の子は強いし、わしも二人はつれて行けない。おい女の子、おまえはここにいてももうたべるものがないんだ。おじさんといっしょに町へ行こう。毎日パンを食べさしてやるよ。」

そしてぷいっとネリを抱きあげて、背中の籠へ入れて、そのまま、

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そしてぷいっとネリを抱きあげて、せなかの籠へ入れて、そのまま、

「おおほいほい。おおほいほい。」

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「おおほいほい。おおほいほい。」

とどなりながら、風のように家を出て行きました。

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とどなりながら、風のように家を出て行きました。

ネリは外に出てはじめてわっと泣き出し、ブドリは、

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ネリはおもてではじめてわっと泣き出し、ブドリは、

「どろぼう、どろぼう。」

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「どろぼう、どろぼう。」

と泣きながら叫んで追いかけましたが、男はもう森の横を通ってずっと向こうの草原を走っていて、そこからネリの泣き声が、かすかにふるえて聞こえるだけでした。

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と泣きながら叫んで追いかけましたが、男はもう森の横を通ってずうっと向こうの草原を走っていて、そこからネリの泣き声が、かすかにふるえて聞こえるだけでした。

ブドリは、泣いてどなって森のはずれまで追いかけて行きましたが、とうとう疲れてばったり倒れてしまいました。

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ブドリは、泣いてどなって森のはずれまで追いかけて行きましたが、とうとう疲れてばったり倒れてしまいました。

二 てぐす工場

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二 てぐす工場

ブドリがふっと目をひらいたとき、いきなり頭の上で、いやに平べったい声がしました。

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ブドリがふっと目をひらいたとき、いきなり頭の上で、いやに平べったい声がしました。

「やっと目がさめたな。まだお前は飢饉のつもりかい。起きておれを手伝わないか。」

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「やっと目がさめたな。まだお前は飢饉ききんのつもりかい。起きておれに手伝わないか。」

見るとそれは茶色のきのこしゃっぽをかぶって、外套の下にすぐシャツを着た男で、何か針金でこしらえたものをぶらぶらと持っているのでした。

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見るとそれは茶いろなきのこしゃっぽをかぶって外套がいとうにすぐシャツを着た男で、何か針金でこさえたものをぶらぶら持っているのでした。

「もう飢饉は過ぎたの? 手伝えって何を手伝うの?」

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「もう飢饉は過ぎたの? 手伝えって何を手伝うの?」

ブドリがききました。

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ブドリがききました。

「網掛けさ。」

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「網掛けさ。」

「ここへ網を掛けるの?」

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「ここへ網を掛けるの?」

「掛けるのさ。」

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「掛けるのさ。」

「網をかけて何にするの?」

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「網をかけて何にするの?」

「てぐすを飼うのさ。」

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てぐすを飼うのさ。」

見るとすぐブドリの前の栗の木に、二人の男がはしごをかけてのぼっていて、一生けんめいに何か網を投げたり、それを操ったりしているようでしたが、網も糸もいっこうに見えませんでした。

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見るとすぐブドリの前のくりの木に、二人の男がはしごをかけてのぼっていて、一生けん命何か網を投げたり、それをあやつったりしているようでしたが、網も糸もいっこう見えませんでした。

「あれでてぐすが飼えるの?」

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「あれでてぐすが飼えるの?」

「飼えるのさ。うるさい子どもだな。おい、縁起でもないぞ。てぐすも飼えないところにどうして工場なんか建てるんだ。飼えるともさ。現におれをはじめたくさんの者が、それで暮らしを立てているんだ。」

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「飼えるのさ。うるさいこどもだな。おい、縁起でもないぞ。てぐすも飼えないところにどうして工場なんか建てるんだ。飼えるともさ。現におれをはじめたくさんのものが、それでくらしを立てているんだ。」

ブドリはかすれた声で、やっと、

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ブドリはかすれた声で、やっと、

「そうですか。」

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「そうですか。」

と言いました。

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と言いました。

「それにこの森は、すっかりおれが買ってあるんだから、ここで手伝うならいいが、そうでもなければどこかへ行ってもらいたいな。もっともお前はどこへ行ったって食うものもなかろうぜ。」

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「それにこの森は、すっかりおれが買ってあるんだから、ここで手伝うならいいが、そうでもなければどこかへ行ってもらいたいな。もっともお前はどこへ行ったって食うものもなかろうぜ。」

ブドリは泣き出しそうになりましたが、やっとこらえて言いました。

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ブドリは泣き出しそうになりましたが、やっとこらえて言いました。

「それなら手伝うよ。けれどもどうやって網をかけるの?」

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「そんなら手伝うよ。けれどもどうして網をかけるの?」

「それはもちろん教えてやる。こいつをね。」

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「それはもちろん教えてやる。こいつをね。」

男は、手に持った針金の籠のようなものを両手で引き伸ばしました。

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男は、手に持った針金のかごのようなものを両手で引き伸ばしました。

「いいか。こういう具合にやるとはしごになるんだ。」

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「いいか。こういう具合にやるとはしごになるんだ。」

男は大またに右手の栗の木へ歩いて行って、下の枝に引っ掛けました。

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男は大またに右手のくりの木に歩いて行って、下の枝に引っ掛けました。

「さあ、今度はお前が、この網を持って上へのぼって行くんだ。さあ、のぼってごらん。」

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「さあ、今度はおまえが、この網をもって上へのぼって行くんだ。さあ、のぼってごらん。」

男は変なまりのようなものをブドリに渡しました。

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男は変なまりのようなものをブドリに渡しました。

ブドリは仕方なくそれを持ってはしごにとりついて登って行きましたが、はしごの段々がまるで細くて、手や足に食いこんでちぎれてしまいそうでした。

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ブドリはしかたなくそれをもってはしごにとりついて登って行きましたが、はしごの段々がまるで細くて手や足に食いこんでちぎれてしまいそうでした。

「もっと登るんだ。もっと、もっとさ。そうしたらさっきのまりを投げてごらん。栗の木を越すようにさ。そいつを空へ投げるんだよ。なんだい、ふるえてるのかい。いくじなしだなあ。投げるんだよ。投げるんだよ。そら、投げるんだよ。」

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「もっと登るんだ。もっと、もっとさ。そしたらさっきのまりを投げてごらん。栗の木を越すようにさ。そいつを空へ投げるんだよ。なんだい、ふるえてるのかい。いくじなしだなあ。投げるんだよ。投げるんだよ。そら、投げるんだよ。」

ブドリは仕方なく力いっぱいにそれを青空へ投げたと思ったら、急にお日さまがまっ黒に見えて、逆さまに下へ落ちました。

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ブドリはしかたなく力いっぱいにそれを青空に投げたと思いましたら、にわかにお日さまがまっ黒に見えて逆しまに下へおちました。

そしていつのまにか、その男に受けとめられていたのでした。

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そしていつか、その男に受けとめられていたのでした。

男はブドリを地面におろしながら、ぶりぶりと怒り出しました。

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男はブドリを地面におろしながらぶりぶりおこり出しました。

「お前もいくじのないやつだ。なんというふにゃふにゃだ。おれが受け止めてやらなかったら、お前は今ごろ頭がはじけていたろう。おれはお前の命の恩人だぞ。これからは、失礼なことを言ってはならん。ところで、さあ、こんどはあっちの木へ登れ。もう少ししたらごはんも食べさせてやるよ。」

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「お前もいくじのないやつだ。なんというふにゃふにゃだ。おれが受け止めてやらなかったらお前は今ごろは頭がはじけていたろう。おれはお前の命の恩人だぞ。これからは、失礼なことを言ってはならん。ところで、さあ、こんどはあっちの木へ登れ。も少したったらごはんもたべさせてやるよ。」

男はまたブドリに新しいまりを渡しました。

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男はまたブドリへ新しいまりを渡しました。

ブドリははしごを持って次の木へ行き、まりを投げました。

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ブドリははしごをもって次の木へ行ってまりを投げました。

「よし、なかなか上手になった。さあ、まりはたくさんあるぞ。なまけるな。木も栗の木ならどれでもいいんだ。」

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「よし、なかなかじょうずになった。さあ、まりはたくさんあるぞ。なまけるな。木も栗の木ならどれでもいいんだ。」

男はポケットから、まりを十ばかり出してブドリに渡すと、すたすたと向こうへ行ってしまいました。

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男はポケットから、まりを十ばかり出してブドリに渡すと、すたすた向こうへ行ってしまいました。

ブドリはまた三つばかりそれを投げましたが、どうしても息がはあはあして、からだがだるくてたまらなくなりました。

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ブドリはまた三つばかりそれを投げましたが、どうしても息がはあはあして、からだがだるくてたまらなくなりました。

もう家へ帰ろうと思って、そちらへ行ってみると、おどろいたことに、家にはいつのまにか赤い土管の煙突がついて、戸口には、「イーハトーヴてぐす工場」

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もう家へ帰ろうと思って、そっちへ行って見ますと、おどろいたことには、家にはいつか赤い土管の煙突がついて、戸口には、「イーハトーヴてぐす工場」

という看板がかかっているのでした。

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という看板がかかっているのでした。

そして中から、たばこをふかしながら、さっきの男が出て来ました。

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そして中からたばこをふかしながら、さっきの男が出て来ました。

「さあ子ども、食べものを持ってきてやったぞ。これを食べて、暗くならないうちにもう少し稼ぐんだ。」

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「さあこども、たべものをもってきてやったぞ。これを食べて暗くならないうちにもう少しかせぐんだ。」

「ぼくはもういやだよ、うちへ帰るよ。」

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「ぼくはもういやだよ、うちへ帰るよ。」

「うちっていうのはあそこか。あそこはお前のうちじゃない。おれのてぐす工場だよ。あの家もこの辺の森もみんなおれが買ってあるんだからな。」

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「うちっていうのはあすこか。あすこはおまえのうちじゃない。おれのてぐす工場だよ。あの家もこの辺の森もみんなおれが買ってあるんだからな。」

ブドリはもうやけになって、黙ってその男のよこした蒸しパンをむしゃむしゃ食べて、またまりを十ばかり投げました。

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ブドリはもうやけになって、だまってその男のよこした蒸しパンをむしゃむしゃたべて、またまりを十ばかり投げました。

その晩ブドリは、昔の自分のうち、いまはてぐす工場になっている建物のすみで、小さくなって眠りました。

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その晩ブドリは、昔のじぶんのうち、いまはてぐす工場になっている建物のすみに、小さくなってねむりました。

さっきの男は、三、四人の知らない人たちと遅くまで炉ばたで火をたいて、何か飲んだりしゃべったりしていました。

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さっきの男は、三四人の知らない人たちとおそくまで炉ばたで火をたいて、何か飲んだりしゃべったりしていました。

次の朝早くから、ブドリは森に出て、きのうのように働きました。

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次の朝早くから、ブドリは森に出て、きのうのようにはたらきました。

それから一月ばかりたって、森じゅうの栗の木に網がかかってしまうと、てぐす飼いの男は、こんどは粟のようなものがいっぱいついた板きれを、どの木にも五、六枚ずつつるさせました。

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それから一月ばかりたって、森じゅうのくりの木に網がかかってしまいますと、てぐす飼いの男は、こんどはあわのようなものがいっぱいついた板きれを、どの木にも五六枚ずつつるさせました。

そのうちに木は芽を出して、森はまっ青になりました。

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そのうちに木は芽を出して森はまっさおになりました。

すると、木につるした板きれから、たくさんの小さな青白い虫が、糸をつたって列になって枝へはい上がって行きました。

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すると、木につるした板きれから、たくさんの小さな青じろい虫が糸をつたって列になって枝へはいあがって行きました。

ブドリたちはこんどは毎日薪とりをさせられました。

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ブドリたちはこんどは毎日たきぎとりをさせられました。

その薪が、家のまわりに小山のように積み重なり、栗の木が青白いひもの形の花を枝いちめんにつけるころになると、あの板からはい上がって行った虫も、ちょうど栗の花のような色と形になりました。

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その薪が、家のまわりに小山のように積み重なり、くりの木が青じろいひものかたちの花を枝いちめんにつけるころになりますと、あの板からはいあがって行った虫も、ちょうど栗の花のような色とかたちになりました。

そして森じゅうの栗の葉は、まるで形もなくなるほどその虫に食い荒らされてしまいました。

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そして森じゅうの栗の葉は、まるで形もなくその虫に食い荒らされてしまいました。

それからまもなく、虫は大きな黄色い繭を、網の目ごとにかけはじめました。

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それからまもなく、虫は大きな黄いろな繭を、網の目ごとにかけはじめました。

するとてぐす飼いの男は、狂ったようになって、ブドリたちをしかりとばして、その繭を籠に集めさせました。

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するとてぐす飼いの男は、狂気のようになって、ブドリたちをしかりとばして、その繭をかごに集めさせました。

それをこんどは片っぱしから鍋に入れてぐらぐら煮て、手で車をまわしながら糸をとりました。

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それをこんどは片っぱしからなべに入れてぐらぐら煮て、手で車をまわしながら糸をとりました。

夜も昼もがらがらがらがらと三つの糸車をまわして糸をとりました。

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夜も昼もがらがらがらがら三つの糸車をまわして糸をとりました。

こうしてこしらえた黄色い糸が小屋に半分ばかりたまったころ、外に置いた繭からは、大きな白い蛾がぽろぽろぽろぽろと飛び出しはじめました。

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こうしてこしらえた黄いろな糸が小屋に半分ばかりたまったころ、外に置いた繭からは、大きな白いがぽろぽろぽろぽろ飛びだしはじめました。

てぐす飼いの男は、まるで鬼のような顔つきになって、自分も一生けんめいに糸をとりましたし、野原のほうからも四人の人を連れてきて働かせました。

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てぐす飼いの男は、まるで鬼みたいな顔つきになって、じぶんも一生けん命糸をとりましたし、野原のほうからも四人の人を連れてきて働かせました。

けれども蛾のほうは日ごとに多く出るようになって、しまいには森じゅうまるで雪でも飛んでいるようになりました。

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けれども蛾のほうは日ましに多く出るようになって、しまいには森じゅうまるで雪でも飛んでいるようになりました。

するとある日、六、七台の荷馬車が来て、いままでにできた糸をみんな積んで、町のほうへ帰りはじめました。

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するとある日、六七台の荷馬車が来て、いままでにできた糸をみんなつけて、町のほうへ帰りはじめました。

みんなも一人ずつ荷馬車について行きました。

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みんなも一人ずつ荷馬車について行きました。

いちばん最後の荷馬車が出発するとき、てぐす飼いの男が、ブドリに、

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いちばんしまいの荷馬車がたったとき、てぐす飼いの男が、ブドリに、

「おい、お前が来年の春まで食うくらいのものは家の中に置いてやるからな。それまでここで森と工場の番をしているんだぞ。」

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「おい、お前の来春まで食うくらいのものは家の中に置いてやるからな。それまでここで森と工場の番をしているんだぞ。」

と言って、変ににやにやしながら荷馬車についてさっさと行ってしまいました。

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と言って、変ににやにやしながら荷馬車についてさっさと行ってしまいました。

ブドリはぼんやりとあとに残りました。

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ブドリはぼんやりあとへ残りました。

家の中はまるで汚くて嵐のあとのようでしたし、森は荒れはてて山火事にでもあったようでした。

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うちの中はまるできたなくてあらしのあとのようでしたし、森は荒れはてて山火事にでもあったようでした。

ブドリが次の日、家の中やまわりを片付けはじめると、てぐす飼いの男がいつも座っていた所から古いボール紙の箱を見つけました。

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ブドリが次の日、家のなかやまわりを片付けはじめましたら、てぐす飼いの男がいつもすわっていた所から古いボール紙の箱を見つけました。

中には十冊ばかりの本がぎっしり入っていました。

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中には十冊ばかりの本がぎっしりはいっておりました。

開いてみると、てぐすの絵や機械の図がたくさんある、まるで読めない本もありましたし、いろいろな木や草の図と名前の書いてあるものもありました。

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開いて見ると、てぐすの絵や機械の図がたくさんある、まるで読めない本もありましたし、いろいろな木や草の図と名前の書いてあるものもありました。

ブドリは一生けんめいに、その本をまねして字を書いたり、図をうつしたりして、その冬を暮らしました。

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ブドリはいっしょうけんめい、その本のまねをして字を書いたり、図をうつしたりしてその冬を暮らしました。

春になると、またあの男が六、七人の新しい手下を連れて、たいへん立派な身なりでやって来ました。

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春になりますと、またあの男が六七人のあたらしい手下を連れて、たいへん立派ななりをしてやって来ました。

そして次の日から、すっかり去年のような仕事がはじまりました。

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そして次の日からすっかり去年のような仕事がはじまりました。

そして網はみんなかかり、黄色い板もつるされ、虫は枝にはい上がり、ブドリたちはまた、薪作りにかかることになりました。

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そして網はみんなかかり、黄いろな板もつるされ、虫は枝にはい上がり、ブドリたちはまた、たきぎ作りにかかることになりました。

ある朝ブドリたちが薪をつくっていると、急にぐらぐらっと地震がはじまりました。

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ある朝ブドリたちが薪をつくっていましたら、にわかにぐらぐらっと地震がはじまりました。

それからずっと遠くでどーんという音がしました。

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それからずうっと遠くでどーんという音がしました。

しばらくたつと日が変に暗くなり、細かい灰がばさばさばさばさ降って来て、森はいちめんにまっ白になりました。

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しばらくたつと日が変にくらくなり、こまかな灰がばさばさばさばさ降って来て、森はいちめんにまっ白になりました。

ブドリたちがあきれて木の下にしゃがんでいると、てぐす飼いの男がたいへんあわててやって来ました。

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ブドリたちがあきれて木の下にしゃがんでいましたら、てぐす飼いの男がたいへんあわててやって来ました。

「おい、みんな、もうだめだぞ。噴火だ。噴火がはじまったんだ。てぐすはみんな灰をかぶって死んでしまった。みんな早く引き揚げてくれ。おい、ブドリ、お前ここにいたかったらいてもいいが、こんどは食べ物は置いてやらないぞ。それにここにいても危ないからな。お前も野原へ出て何か稼ぐほうがいいぜ。」

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「おい、みんな、もうだめだぞ。噴火だ。噴火がはじまったんだ。てぐすはみんな灰をかぶって死んでしまった。みんな早く引き揚げてくれ。おい、ブドリ、お前ここにいたかったらいてもいいが、こんどはたべ物は置いてやらないぞ。それにここにいてもあぶないからな。お前も野原へ出て何かかせぐほうがいいぜ。」

そう言ったかと思うと、もうどんどん走って行ってしまいました。

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そう言ったかと思うと、もうどんどん走って行ってしまいました。

ブドリが工場へ行ってみたときは、もうだれもいませんでした。

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ブドリが工場へ行って見たときは、もうだれもおりませんでした。

そこでブドリは、しょんぼりとみんなの足跡のついた白い灰をふんで、野原のほうへ出て行きました。

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そこでブドリは、しょんぼりとみんなの足跡のついた白い灰をふんで野原のほうへ出て行きました。

三 沼ばたけ

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三 沼ばたけ

ブドリは、いっぱいに灰をかぶった森の間を、町のほうへ半日歩きつづけました。

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ブドリは、いっぱいに灰をかぶった森の間を、町のほうへ半日歩きつづけました。

灰は風の吹くたびに木からばさばさ落ちて、まるで煙か吹雪のようでした。

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灰は風の吹くたびに木からばさばさ落ちて、まるでけむりか吹雪ふぶきのようでした。

けれどもそれは野原へ近づくほど、だんだん浅く少なくなって、ついには木も緑に見え、道の足跡も見えないくらいになりました。

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けれどもそれは野原へ近づくほど、だんだん浅く少なくなって、ついには木も緑に見え、みちの足跡も見えないくらいになりました。

とうとう森を出切ったとき、ブドリは思わず目をみはりました。

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とうとう森を出切ったとき、ブドリは思わず目をみはりました。

野原は目の前から、遠くのまっ白な雲まで、美しい桃色と緑と灰色のカードでできているようでした。

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野原は目の前から、遠くのまっしろな雲まで、美しい桃いろと緑と灰いろのカードでできているようでした。

そばへ寄ってみると、その桃色のところには、いちめんに背の低い花が咲いていて、蜜蜂がいそがしく花から花へ渡って歩いていましたし、緑色のところには小さな穂を出して草がぎっしり生え、灰色のところは浅い泥の沼でした。

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そばへ寄って見ると、その桃いろなのには、いちめんにせいの低い花が咲いていて、蜜蜂みつばちがいそがしく花から花をわたってあるいていましたし、緑いろなのには小さな穂を出して草がぎっしりはえ、灰いろなのは浅い泥の沼でした。

そしてどれも、低くて幅のせまい土手で区切られ、人は馬を使ってそれを掘り起こしたり、かき回したりして働いていました。

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そしてどれも、低い幅のせまい土手でくぎられ、人は馬を使ってそれを掘り起こしたりかき回したりしてはたらいていました。

ブドリがその間をしばらく歩いて行くと、道のまん中で二人の人が、大声で何かけんかでもするように言い合っていました。

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ブドリがその間を、しばらく歩いて行きますと、道のまん中に二人の人が、大声で何かけんかでもするように言い合っていました。

右側のほうの、ひげの赤い人が言いました。

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右側のほうのひげのあかい人が言いました。

「なんでもかんでも、おれは一か八かやってみると決めた。」

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「なんでもかんでも、おれは山師張るときめた。」

するともう一人の、白い笠をかぶった背の高いおじいさんが言いました。

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するとも一人の白いかさをかぶった、せいの高いおじいさんが言いました。

「やめろと言ったらやめるものだ。そんなに肥料をたくさん入れて、藁はとれるといったって、実は一粒もとれるものじゃない。」

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「やめろって言ったらやめるもんだ。そんなに肥料うんと入れて、わらはとれるたって、実は一粒もとれるもんでない。」

「いや、おれの見込みでは、今年は今までの三年分暑いに違いない。一年で三年分とってみせる。」

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「うんにゃ、おれの見込みでは、ことしは今までの三年分暑いに相違ない。一年で三年分とって見せる。」

「やめろ。やめろ。やめろったら。」

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「やめろ。やめろ。やめろったら。」

「いや、やめない。花はみんな埋めてしまったから、こんどは豆玉を六十枚入れて、それから鶏の糞を百駄入れるんだ。忙しいのなんの、こう忙しくなればささげのつるでもいいから手伝いに頼みたいものだ。」

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「うんにゃ、やめない。花はみんな埋めてしまったから、こんどは豆玉を六十枚入れて、それから鶏のかえし、百だん入れるんだ。急がしったらなんの、こう忙しくなればささげのつるでもいいから手伝いに頼みたいもんだ。」

ブドリは思わず近寄っておじぎをしました。

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ブドリは思わず近寄っておじぎをしました。

「それならぼくを使ってくれませんか。」

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「そんならぼくを使ってくれませんか。」

すると二人は、ぎょっとしたように顔をあげて、あごに手をあててしばらくブドリを見ていましたが、赤ひげが急に笑い出しました。

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すると二人は、ぎょっとしたように顔をあげて、あごに手をあててしばらくブドリを見ていましたが、赤ひげがにわかに笑い出しました。

「よしよし。お前に馬の指竿とりを頼むからな。すぐおれについて行くんだ。それではまず、のるかそるか、秋まで見ていてくれ。さあ行こう。ほんとうに、ささげのつるでもいいから頼みたいときでな。」

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「よしよし。お前に馬の指竿させとりを頼むからな。すぐおれについて行くんだ。それではまず、のるかそるか、秋まで見ててくれ。さあ行こう。ほんとに、ささげのつるでもいいから頼みたい時でな。」

赤ひげは、ブドリとおじいさんにかわるがわる言いながら、さっさと先に立って歩きました。

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赤ひげは、ブドリとおじいさんにかわるがわる言いながら、さっさと先に立って歩きました。

あとではおじいさんが、

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あとではおじいさんが、

「年寄りの言うことを聞かないで、今に泣くんだな。」

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「年寄りの言うこと聞かないで、いまに泣くんだな。」

とつぶやきながら、しばらくこちらを見送っているようすでした。

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とつぶやきながら、しばらくこっちを見送っているようすでした。

それからブドリは、毎日毎日沼ばたけへ入って、馬を使って泥をかき回しました。

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それからブドリは、毎日毎日沼ばたけへはいって馬を使って泥をかき回しました。

一日ごとに桃色のカードも緑のカードもだんだんつぶされて、泥沼に変わるのでした。

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一日ごとに桃いろのカードも緑のカードもだんだんつぶされて、泥沼に変わるのでした。

馬はたびたびぴしゃっと泥水をはねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。

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馬はたびたびぴしゃっと泥水をはねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。

一つの沼ばたけが済めばすぐ次の沼ばたけへ入るのでした。

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一つの沼ばたけがすめばすぐ次の沼ばたけへはいるのでした。

一日がとても長くて、しまいには歩いているのかどうかもわからなくなったり、泥が飴のような、水がスープのような気がしたりするのでした。

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一日がとても長くて、しまいには歩いているのかどうかもわからなくなったり、泥があめのような、水がスープのような気がしたりするのでした。

風が何度も吹いて来て、近くの泥水に魚のうろこのような波を立て、遠くの水をブリキ色にして行きました。

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風が何べんも吹いて来て、近くの泥水に魚のうろこのような波をたて、遠くの水をブリキいろにして行きました。

空では、毎日甘くすっぱいような雲が、ゆっくりゆっくり流れていて、それが実にうらやましそうに見えました。

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そらでは、毎日甘くすっぱいような雲が、ゆっくりゆっくりながれていて、それがじつにうらやましそうに見えました。

こうして二十日ばかりたつと、やっと沼ばたけはすっかりどろどろになりました。

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こうして二十日はつかばかりたちますと、やっと沼ばたけはすっかりどろどろになりました。

次の朝から主人はまるで気が立って、あちこちから集まって来た人たちといっしょに、その沼ばたけに緑色の槍のようなオリザの苗をいちめんに植えました。

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次の朝から主人はまるで気が立って、あちこちから集まって来た人たちといっしょに、その沼ばたけに緑いろのやりのようなオリザの苗をいちめん植えました。

それが十日ばかりで済むと、今度はブドリたちを連れて、今まで手伝ってもらった人たちの家へ毎日働きに出かけました。

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それが十日ばかりで済むと、今度はブドリたちを連れて、今まで手伝ってもらった人たちの家へ毎日働きにでかけました。

それもやっと一まわり済むと、こんどはまた自分の沼ばたけへ戻って来て、毎日毎日草取りをはじめました。

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それもやっと一まわり済むと、こんどはまたじぶんの沼ばたけへ戻って来て、毎日毎日草取りをはじめました。

ブドリの主人の苗は大きくなって、まるで黒く見えるほどなのに、となりの沼ばたけはぼんやりした薄い緑色でしたから、遠くから見ても、二人の沼ばたけははっきり境まで見分けられました。

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ブドリの主人の苗は大きくなってまるで黒いくらいなのに、となりの沼ばたけはぼんやりしたうすい緑いろでしたから、遠くから見ても、二人の沼ばたけははっきり境まで見わかりました。

七日ばかりで草取りが済むと、またほかへ手伝いに行きました。

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七日ばかりで草取りが済むとまたほかへ手伝いに行きました。

ところがある朝、主人はブドリを連れて、自分の沼ばたけを通りながら、急に「あっ」

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ところがある朝、主人はブドリを連れて、じぶんの沼ばたけを通りながら、にわかに「あっ」

と叫んで棒立ちになってしまいました。

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と叫んで棒立ちになってしまいました。

見るとくちびるの色まで水色になって、ぼんやりとまっすぐを見つめているのです。

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見るとくちびるのいろまで水いろになって、ぼんやりまっすぐを見つめているのです。

「病気が出たんだ。」

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「病気が出たんだ。」

主人がやっと言いました。

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主人がやっと言いました。

「頭でも痛いんですか。」

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「頭でも痛いんですか。」

ブドリはききました。

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ブドリはききました。

「おれじゃないよ。オリザだよ。それ。」

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「おれでないよ。オリザよ。それ。」

主人は前のオリザの株を指さしました。

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主人は前のオリザの株を指さしました。

ブドリがしゃがんで調べてみると。

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ブドリはしゃがんでしらべてみますと。

なるほどどの葉にも、いままで見たことのない赤い点々がついていました。

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なるほどどの葉にも、いままで見たことのない赤い点々がついていました。

主人は黙ってしおしおと沼ばたけを一まわりしましたが、家へ帰りはじめました。

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主人はだまってしおしおと沼ばたけを一まわりしましたが、家へ帰りはじめました。

ブドリも心配してついて行くと、主人は黙って布を水でしぼって頭にのせ、そのまま板の間に寝てしまいました。

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ブドリも心配してついて行きますと、主人はだまってきれを水でしぼって、頭にのせると、そのまま板の間に寝てしまいました。

するとまもなく、主人のおかみさんが表からかけ込んで来ました。

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するとまもなく、主人のおかみさんが表からかけ込んで来ました。

「オリザに病気が出たというのはほんとうかい。」

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「オリザへ病気が出たというのはほんとうかい。」

「ああ、もうだめだよ。」

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「ああ、もうだめだよ。」

「どうにかならないのかい。」

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「どうにかならないのかい。」

「だめだろう。すっかり五年前のとおりだ。」

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「だめだろう。すっかり五年前のとおりだ。」

「だから、あたしはあんたに一か八かの賭けはやめろと言ったんじゃないか。おじいさんもあんなに止めたんじゃないか。」

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「だから、あたしはあんたに山師をやめろといったんじゃないか。おじいさんもあんなにとめたんじゃないか。」

おかみさんはおろおろと泣きはじめました。

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おかみさんはおろおろ泣きはじめました。

すると主人が急に元気になって、むっくり起き上がりました。

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すると主人がにわかに元気になってむっくり起き上がりました。

「よし。イーハトーヴの野原で、指折り数えられる大百姓のおれが、こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ。ブドリ、お前おれのうちへ来てから、まだ一晩も寝たいだけ寝たことがないな。さあ、五日でも十日でもいいから、ぐうというくらい寝てしまえ。おれはそのあとで、あそこの沼ばたけでおもしろい手品をやって見せるからな。その代わり今年の冬は、家じゅうそばばかり食うんだぞ。お前そばは好きだろう。」

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「よし。イーハトーヴの野原で、指折り数えられる大百姓のおれが、こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ。ブドリ、おまえおれのうちへ来てから、まだ一晩も寝たいくらい寝たことがないな。さあ、五日でも十日でもいいから、ぐうというくらい寝てしまえ。おれはそのあとで、あすこの沼ばたけでおもしろい手品てずまをやって見せるからな。その代わりことしの冬は、家じゅうそばばかり食うんだぞ。おまえそばはすきだろうが。」

それから主人はさっさと帽子をかぶって外へ出て行ってしまいました。

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それから主人はさっさと帽子をかぶって外へ出て行ってしまいました。

ブドリは主人に言われたとおり納屋へ入って眠ろうと思いましたが、なんだかやはり沼ばたけが気になって仕方がないので、またのろのろとそちらへ行ってみました。

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ブドリは主人に言われたとおり納屋なやへはいって眠ろうと思いましたが、なんだかやっぱり沼ばたけが苦になってしかたないので、またのろのろそっちへ行って見ました。

するといつ来ていたのか、主人がたった一人腕組みをして土手に立っていました。

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するといつ来ていたのか、主人がたった一人腕組みをして土手に立っておりました。

見ると沼ばたけには水がいっぱいで、オリザの株は葉をやっと出しているだけ、上にはぎらぎらと石油が浮かんでいるのでした。

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見ると沼ばたけには水がいっぱいで、オリザの株は葉をやっと出しているだけ、上にはぎらぎら石油が浮かんでいるのでした。

主人が言いました。

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主人が言いました。

「いまおれは、この病気を蒸し殺してみるところだ。」

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「いまおれ、この病気を蒸し殺してみるところだ。」

「石油で病気の種が死ぬんですか。」

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「石油で病気の種が死ぬんですか。」

とブドリがきくと、主人は、

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とブドリがききますと、主人は、

「頭から石油につけられたら人だって死ぬさ。」

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「頭から石油につけられたら人だって死ぬだ。」

と言いながら、ほうと息を吸って首をちぢめました。

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と言いながら、ほうと息を吸って首をちぢめました。

そのとき、水下の沼ばたけの持ち主が、肩をいからせ、息を切らせてかけて来て、大きな声でどなりました。

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その時、水下の沼ばたけの持ち主が、肩をいからして、息を切ってかけて来て、大きな声でどなりました。

「なんだって油なんか水へ入れるんだ。みんな流れて来て、おれのほうへ入ってるぞ。」

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「なんだって油など水へ入れるんだ。みんな流れて来て、おれのほうへはいってるぞ。」

主人は、やけくそなくらい落ちついて答えました。

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主人は、やけくそに落ちついて答えました。

「なんだって油なんか水へ入れるのかと言われても、オリザに病気がついたから、油を水へ入れるのだ。」

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「なんだって油など水へ入れるったって、オリザへ病気がついたから、油など水へ入れるのだ。」

「なんだってそれならおれのほうへ流すんだ。」

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「なんだってそんならおれのほうへ流すんだ。」

「なんだってそれならお前のほうへ流すのかと言われても、水は流れるから油もついて流れるのだ。」

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「なんだってそんならおまえのほうへ流すったって、水は流れるから油もついて流れるのだ。」

「それならなんだっておれのほうへ水が来ないように水口を止めないんだ。」

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「そんならなんだっておれのほうへ水こないように水口みなくちとめないんだ。」

「なんだってお前のほうへ水が行かないように水口を止めないのかと言われても、あそこはおれの水口ではないから水を止めないのだ。」

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「なんだっておまえのほうへ水行かないように水口とめないかったって、あすこはおれのみな口でないから水とめないのだ。」

となりの男は、かんかんに怒ってしまってもう物も言えず、いきなりがぶがぶと水へ入って、自分の水口に泥を積みあげはじめました。

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となりの男は、かんかんおこってしまってもう物も言えず、いきなりがぶがぶ水へはいって、自分の水口に泥を積みあげはじめました。

主人はにやりと笑いました。

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主人はにやりと笑いました。

「あの男は難しい男でな。こっちで水を止めると、止めたと言って怒るから、わざと向こうに止めさせたのだ。あそこさえ止めれば今夜じゅうに水はすっかり草の頭までかかるからな、さあ帰ろう。」

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「あの男むずかしい男でな。こっちで水をとめると、とめたといっておこるからわざと向こうにとめさせたのだ。あすこさえとめれば今夜じゅうに水はすっかり草の頭までかかるからな、さあ帰ろう。」

主人は先に立ってすたすたと家へ歩きはじめました。

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主人はさきに立ってすたすた家へあるきはじめました。

次の朝ブドリはまた主人と沼ばたけへ行ってみました。

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次の朝ブドリはまた主人と沼ばたけへ行ってみました。

主人は水の中から葉を一枚とってしきりに調べていましたが、やはり浮かない顔でした。

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主人は水の中から葉を一枚とってしきりにしらべていましたが、やっぱり浮かない顔でした。

その次の日もそうでした。

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その次の日もそうでした。

その次の日もそうでした。

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その次の日もそうでした。

その次の日もそうでした。

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その次の日もそうでした。

その次の朝、とうとう主人は決心したように言いました。

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その次の朝、とうとう主人は決心したように言いました。

「さあブドリ、いよいよここへそばまきだぞ。お前あそこへ行って、となりの水口をこわして来い。」

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「さあブドリ、いよいよここへ蕎麦播そばまきだぞ。おまえあすこへ行って、となりの水口こわして来い。」

ブドリは、言われたとおりこわして来ました。

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ブドリは、言われたとおりこわして来ました。

石油の入った水は、恐ろしい勢いでとなりの田へ流れて行きます。

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石油のはいった水は、恐ろしい勢いでとなりの田へ流れて行きます。

きっとまた怒って来るなと思っていると、昼ごろ例のとなりの持ち主が、大きな鎌を持ってやって来ました。

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きっとまたおこってくるなと思っていますと、ひるごろ例のとなりの持ち主が、大きなかまをもってやってきました。

「やあ、なんだって人の田へ石油を流すんだ。」

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「やあ、なんだってひとの田へ石油ながすんだ。」

主人がまた、腹の底から声を出して答えました。

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主人がまた、腹の底から声を出して答えました。

「石油が流れればなんだって悪いんだ。」

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「石油ながれればなんだって悪いんだ。」

「オリザがみんな死ぬじゃないか。」

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「オリザみんな死ぬでないか。」

「オリザがみんな死ぬか、みんな死なないか、まずおれの沼ばたけのオリザを見なよ。今日で四日、頭から石油をかぶせたんだ。それでもちゃんとこのとおりじゃないか。赤くなったのは病気のためで、勢いのいいのは石油のためなんだ。お前の所など、石油がただオリザの足もとを通るだけじゃないか。かえっていいかもしれないんだ。」

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「オリザみんな死ぬか、オリザみんな死なないか、まずおれの沼ばたけのオリザ見なよ。きょうで四日頭から石油かぶせたんだ。それでもちゃんとこのとおりでないか。赤くなったのは病気のためで、勢いのいいのは石油のためなんだ。おまえの所など、石油がただオリザの足を通るだけでないか。かえっていいかもしれないんだ。」

「石油が肥やしになるのか。」

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「石油こやしになるのか。」

向こうの男は少し顔色をやわらげました。

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向こうの男は少し顔いろをやわらげました。

「石油が肥やしになるか、肥やしにならないか知らないが、とにかく石油は油じゃないか。」

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「石油こやしになるか、石油こやしにならないか知らないが、とにかく石油は油でないか。」

「それは石油は油だな。」

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「それは石油は油だな。」

男はすっかりきげんを直して笑いました。

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男はすっかりきげんを直してわらいました。

水はどんどん引き、オリザの株は見る見る根もとまで出て来ました。

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水はどんどん退き、オリザの株は見る見る根もとまで出て来ました。

すっかり赤いまだらができて、焼けたようになっています。

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すっかり赤いまだらができて焼けたようになっています。

「さあおれの所ではもうオリザ刈りをやるぞ。」

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「さあおれの所ではもうオリザ刈りをやるぞ。」

主人は笑いながら言って、それからブドリといっしょに、片っぱしからオリザの株を刈り、跡へすぐそばをまいて土をかけて歩きました。

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主人は笑いながら言って、それからブドリといっしょに、片っぱしからオリザの株を刈り、跡へすぐ蕎麦そばいて土をかけて歩きました。

そしてその年はほんとうに主人の言ったとおり、ブドリの家ではそばばかり食べました。

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そしてその年はほんとうに主人の言ったとおり、ブドリの家では蕎麦ばかり食べました。

次の春になると主人が言いました。

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次の春になると主人が言いました。

「ブドリ、今年は沼ばたけが去年より三分の一減ったからな、仕事はよほど楽だ。そのかわりお前は、おれの死んだ息子の読んだ本をこれから一生けんめいに勉強して、いままでおれを山師だと言って笑ったやつらを、あっと言わせるような立派なオリザを作る工夫をしてくれ。」

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「ブドリ、ことしは沼ばたけは去年よりは三分の一減ったからな、仕事はよほどらくだ。そのかわりおまえは、おれの死んだ息子むすこの読んだ本をこれから一生けん命勉強して、いままでおれを山師だといってわらったやつらを、あっと言わせるような立派なオリザを作るくふうをしてくれ。」

そして、いろいろな本を一山ブドリに渡しました。

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そして、いろいろな本を一山ブドリに渡しました。

ブドリは仕事の合間に片っぱしからそれを読みました。

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ブドリは仕事のひまに片っぱしからそれを読みました。

とくにその中の、クーボーという人が物の考え方を教えた本はおもしろかったので、何度も読みました。

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ことにその中の、クーボーという人の物の考え方を教えた本はおもしろかったので何べんも読みました。

またその人が、イーハトーヴの市で一か月の学校をやっているのを知って、ぜひ行って習いたいと思ったりしました。

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またその人が、イーハトーヴの市で一か月の学校をやっているのを知って、たいへん行って習いたいと思ったりしました。

そして早くもその夏、ブドリは大きな手柄を立てました。

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そして早くもその夏、ブドリは大きな手柄をたてました。

それは去年と同じころ、またオリザに病気が出かかったのを、ブドリが木の灰と食塩を使って食い止めたのでした。

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それは去年と同じころ、またオリザに病気ができかかったのを、ブドリが木の灰と食塩しおを使って食いとめたのでした。

そして八月の半ばになると、オリザの株はみんなそろって穂を出し、その穂の一枝ごとに小さな白い花が咲き、花はだんだん水色の籾に変わって、風にゆらゆらと波を立てるようになりました。

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そして八月のなかばになると、オリザの株はみんなそろって穂を出し、その穂の一枝ごとに小さな白い花が咲き、花はだんだん水いろのもみにかわって、風にゆらゆら波をたてるようになりました。

主人はもう得意の絶頂でした。

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主人はもう得意の絶頂でした。

来る人ごとに、

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来る人ごとに、

「なんの、おれも、オリザの山師で四年しくじったけれども、今年は一度に四年分とれる。これもまたなかなかいいものだ。」

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「なんの、おれも、オリザの山師で四年しくじったけれども、ことしは一度に四年分とれる。これもまたなかなかいいもんだ。」

などと言って自慢するのでした。

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などと言って自慢するのでした。

ところがその次の年はそうはいきませんでした。

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ところがその次の年はそうは行きませんでした。

植え付けのころからさっぱり雨が降らなかったために、水路はかわいてしまい、沼にはひびが入って、秋のとりいれはやっと冬じゅう食べられるくらいでした。

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植え付けのころからさっぱり雨が降らなかったために、水路はかわいてしまい、沼にはひびが入って、秋のとりいれはやっと冬じゅう食べるくらいでした。

来年こそと思っていましたが、次の年もまた同じような日照りでした。

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来年こそと思っていましたが、次の年もまた同じようなひでりでした。

それからも、来年こそ来年こそと思いながら、ブドリの主人は、だんだん肥やしを入れることができなくなり、馬も売り、沼ばたけもだんだん売ってしまったのでした。

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それからも、来年こそ来年こそと思いながら、ブドリの主人は、だんだんこやしを入れることができなくなり、馬も売り、沼ばたけもだんだん売ってしまったのでした。

ある秋の日、主人はブドリにつらそうに言いました。

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ある秋の日、主人はブドリにつらそうに言いました。

「ブドリ、おれももとはイーハトーヴの大百姓だったし、ずいぶん稼いでも来たのだが、たびたびの寒さと干ばつのために、いまでは沼ばたけも昔の三分の一になってしまったし、来年はもう入れる肥やしもないのだ。おれだけではない。来年肥やしを買って入れられる人といったら、もうイーハトーヴにも何人もいないだろう。こういう具合では、いつになったらお前に働いてもらった礼をするというあてもない。お前も若い働き盛りを、おれのところで暮らしてしまってはあんまり気の毒だから、済まないがどうかこれを持って、どこへでも行っていい運を見つけてくれ。」

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「ブドリ、おれももとはイーハトーヴの大百姓だったし、ずいぶんかせいでも来たのだが、たびたびの寒さと旱魃かんばつのために、いまでは沼ばたけも昔の三分の一になってしまったし、来年はもう入れるこやしもないのだ。おれだけでない。来年こやしを買って入れれる人ったらもうイーハトーヴにも何人もないだろう。こういうあんばいでは、いつになっておまえにはたらいてもらった礼をするというあてもない。おまえも若い働き盛りを、おれのとこで暮らしてしまってはあんまり気の毒だから、済まないがどうかこれを持って、どこへでも行っていい運を見つけてくれ。」

そして主人は、一袋のお金と、新しい紺に染めた麻の服と、赤皮の靴とをブドリにくれました。

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そして主人は、一ふくろのお金と新しい紺で染めた麻の服と赤皮のくつとをブドリにくれました。

ブドリはいままでの仕事のひどかったことも忘れてしまって、もう何もいらないから、ここで働いていたいとも思いましたが、考えてみると、いてもやはり仕事もそんなにないので、主人に何度も何度も礼を言って、六年のあいだ働いた沼ばたけと主人に別れ、停車場をめざして歩き出しました。

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ブドリはいままでの仕事のひどかったことも忘れてしまって、もう何もいらないから、ここで働いていたいとも思いましたが、考えてみると、いてもやっぱり仕事もそんなにないので、主人に何べんも何べんも礼を言って、六年の間はたらいた沼ばたけと主人に別れて、停車場をさして歩きだしました。

四 クーボー大博士

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四 クーボー大博士

ブドリは二時間ばかり歩いて、停車場へ来ました。

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ブドリは二時間ばかり歩いて、停車場へ来ました。

それから切符を買って、イーハトーヴ行きの汽車に乗りました。

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それから切符を買って、イーハトーヴ行きの汽車に乗りました。

汽車はいくつもの沼ばたけをどんどんどんどん後ろへ送りながら、もう一散に走りました。

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汽車はいくつもの沼ばたけをどんどんどんどんうしろへ送りながら、もう一散に走りました。

その向こうには、たくさんの黒い森が、次から次と形を変えて、やはり後ろのほうへ残されて行くのでした。

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その向こうには、たくさんの黒い森が、次から次と形を変えて、やっぱりうしろのほうへ残されて行くのでした。

ブドリはいろいろな思いで胸がいっぱいでした。

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ブドリはいろいろな思いで胸がいっぱいでした。

早くイーハトーヴの市に着いて、あの親切な本を書いたクーボーという人に会い、できるなら、働きながら勉強して、みんながあんなにつらい思いをしないで沼ばたけを作れるよう、また火山の灰や日照りや寒さを取り除く工夫をしたいと思うと、汽車さえもどかしくてたまらないくらいでした。

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早くイーハトーヴの市に着いて、あの親切な本を書いたクーボーという人に会い、できるなら、働きながら勉強して、みんながあんなにつらい思いをしないで沼ばたけを作れるよう、また火山の灰だのひでりだの寒さだのを除くくふうをしたいと思うと、汽車さえまどろこくってたまらないくらいでした。

汽車はその日の昼すぎ、イーハトーヴの市に着きました。

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汽車はその日のひるすぎ、イーハトーヴの市に着きました。

停車場を一歩出ると、地面の底から何かのんのんと湧くようなひびきや、どんよりと暗い空気、行ったり来たりするたくさんの自動車に、ブドリはしばらくぼうっとして突っ立ってしまいました。

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停車場を一足出ますと、地面の底から、何かのんのんわくようなひびきやどんよりとしたくらい空気、行ったり来たりするたくさんの自動車に、ブドリはしばらくぼうとしてつっ立ってしまいました。

やっと気をとりなおして、そこらの人にクーボー博士の学校へ行く道をたずねました。

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やっと気をとりなおして、そこらの人にクーボー博士の学校へ行くみちをたずねました。

するとだれにきいても、みんなブドリのあまりまじめな顔を見て、吹き出しそうにしながら、

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するとだれへきいても、みんなブドリのあまりまじめな顔を見て、吹き出しそうにしながら、

「そんな学校は知らないね。」

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「そんな学校は知らんね。」

とか、

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とか、

「もう五、六丁行ってきいてみな。」

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「もう五六丁行ってきいてみな。」

とか言うのでした。

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とかいうのでした。

そしてブドリがやっと学校をさがし当てたのは、もう夕方近くでした。

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そしてブドリがやっと学校をさがしあてたのはもう夕方近くでした。

その大きなこわれかかった白い建物の二階で、だれかが大きな声でしゃべっていました。

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その大きなこわれかかった白い建物の二階で、だれか大きな声でしゃべっていました。

「こんにちは。」

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「今日は。」

ブドリは大きな声で叫びました。

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ブドリは高く叫びました。

だれも出てきませんでした。

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だれも出てきませんでした。

「こんにちはあ。」

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「今日はあ。」

ブドリはありったけの大きな声で叫びました。

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ブドリはあらん限り高く叫びました。

するとすぐ頭の上の二階の窓から、大きな灰色の顔が出て、めがねが二つぎらりと光りました。

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するとすぐ頭の上の二階の窓から、大きな灰いろの顔が出て、めがねが二つぎらりと光りました。

それから、

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それから、

「今は授業中だよ、やかましいやつだ。用があるなら入って来い。」

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「今授業中だよ、やかましいやつだ。用があるならはいって来い。」

とどなりつけて、すぐ顔を引っ込めると、中では大勢がどっと笑い、その人はかまわずまた何か大声でしゃべっています。

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とどなりつけて、すぐ顔を引っ込めますと、中ではおおぜいでどっと笑い、その人はかまわずまた何か大声でしゃべっています。

ブドリはそこで思い切って、なるべく足音を立てないように二階へ上がって行くと、階段のつき当たりの扉があいていて、実に大きな教室が、ブドリのまっ正面にあらわれました。

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ブドリはそこで思い切って、なるべく足音をたてないように二階にあがって行きますと、階段のつき当たりのとびらがあいていて、じつに大きな教室が、ブドリのまっ正面にあらわれました。

中にはさまざまな服装をした学生がぎっしりです。

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中にはさまざまの服装をした学生がぎっしりです。

向こうは大きな黒い壁になっていて、そこにたくさんの白い線が引いてあり、さっきの背の高いめがねをかけた人が、大きな櫓の形の模型をあちこち指さしながら、さっきのままの高い声で、みんなに説明していました。

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向こうは大きな黒い壁になっていて、そこにたくさんの白い線が引いてあり、さっきのせいの高い目がねをかけた人が、大きなやぐらの形の模型をあちこち指さしながら、さっきのままの高い声で、みんなに説明しておりました。

ブドリはそれを一目見ると、ああこれは先生の本に書いてあった歴史の歴史ということの模型だな、と思いました。

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ブドリはそれを一目見ると、ああこれは先生の本に書いてあった歴史の歴史ということの模型だなと思いました。

先生は笑いながら、一つのとってを回しました。

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先生は笑いながら、一つのとってを回しました。

模型はがちっと鳴って、奇妙な船のような形になりました。

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模型はがちっと鳴って奇体な船のような形になりました。

またがちっととってを回すと、模型はこんどは大きなむかでのような形に変わりました。

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またがちっととってを回すと、模型はこんどは大きなむかでのような形に変わりました。

みんなはしきりに首をかしげて、どうもわからないというふうにしていましたが、ブドリにはただおもしろかったのです。

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みんなはしきりに首をかたむけて、どうもわからんというふうにしていましたが、ブドリにはただおもしろかったのです。

「そこでこういう図ができる。」

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「そこでこういう図ができる。」

先生は黒い壁へ別の込み入った図をどんどん書きました。

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先生は黒い壁へ別の込み入った図をどんどん書きました。

左手にもチョークを持って、さっさと書きました。

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左手にもチョークをもって、さっさと書きました。

学生たちもみんな一生けんめいにそのまねをしました。

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学生たちもみんな一生けん命そのまねをしました。

ブドリもふところから、いままで沼ばたけで持っていた汚い手帳を出して図を書きとりました。

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ブドリもふところから、いままで沼ばたけで持っていたきたない手帳を出して図を書きとりました。

先生はもう書いてしまって、壇の上にまっすぐに立ち、じろじろと学生たちの席を見まわしています。

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先生はもう書いてしまって、壇の上にまっすぐに立って、じろじろ学生たちの席を見まわしています。

ブドリも書いてしまって、その図を縦横から見ていると、ブドリのとなりで一人の学生が、

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ブドリも書いてしまって、その図を縦横から見ていますと、ブドリのとなりで一人の学生が、

「あああ。」

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「あああ。」

とあくびをしました。

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とあくびをしました。

ブドリはそっとききました。

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ブドリはそっとききました。

「ねえ、この先生はなんという人ですか。」

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「ね、この先生はなんて言うんですか。」

すると学生はばかにしたように鼻で笑いながら答えました。

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すると学生はばかにしたように鼻でわらいながら答えました。

「クーボー大博士さ、お前知らなかったのかい。」

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「クーボー大博士さ、お前知らなかったのかい。」

それからじろじろとブドリのようすを見ながら、

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それからじろじろブドリのようすを見ながら、

「はじめから、この図なんか書けるものか。ぼくでさえ同じ講義をもう六年も聞いているんだ。」

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「はじめから、この図なんか書けるもんか。ぼくでさえ同じ講義をもう六年もきいているんだ。」

と言って、自分のノートをふところへしまってしまいました。

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と言って、じぶんのノートをふところへしまってしまいました。

そのとき教室に、ぱっと電灯がつきました。

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その時教室に、ぱっと電燈がつきました。

もう夕方だったのです。

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もう夕方だったのです。

大博士が向こうで言いました。

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大博士が向こうで言いました。

「もはや夕べははるかに来たり、私の講義もまた全課程を終えた。諸君のうち希望する者は、いつもの例によって、そのノートを私に示し、さらにいくつかの試問を受けて、所属を決めるべきである。」

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「いまや夕べははるかにきたり、拙講もまた全課をおえた。諸君のうちの希望者は、けだしいつもの例により、そのノートをば拙者に示し、さらに数箇の試問を受けて、所属を決すべきである。」

学生たちはわあと叫んで、みんなばたばたとノートを閉じました。

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学生たちはわあと叫んで、みんなばたばたノートをとじました。

それからそのまま帰ってしまう者が大部分でしたが、五、六十人は一列になって大博士の前を通りながらノートを開いて見せるのでした。

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それからそのまま帰ってしまうものが大部分でしたが、五六十人は一列になって大博士の前をとおりながらノートを開いて見せるのでした。

すると大博士はそれをちょっと見て、一言か二言質問をして、それから白墨で襟へ、「合」

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すると大博士はそれをちょっと見て、一言か二言質問をして、それから白墨でえりへ、「合」

とか、「再来」

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とか、「再来」

とか、「奮励」

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とか、「奮励」

とか書くのでした。

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とか書くのでした。

学生はそのあいだ、いかにも心配そうに首をちぢめているのでしたが、それからそっと肩をすぼめて廊下まで出て、友だちにそのしるしを読んでもらって、よろこんだりしょげたりするのでした。

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学生はその間、いかにも心配そうに首をちぢめているのでしたが、それからそっと肩をすぼめて廊下まで出て、友だちにそのしるしを読んでもらって、よろこんだりしょげたりするのでした。

ぐんぐん試験が済んで、いよいよブドリ一人になりました。

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ぐんぐん試験が済んで、いよいよブドリ一人になりました。

ブドリがその小さな汚い手帳を出したとき、クーボー大博士は大きなあくびをしながら、かがんで目をぐっと手帳に近づけましたので、手帳はあやうく大博士に吸い込まれそうになりました。

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ブドリがその小さなきたない手帳を出したとき、クーボー大博士は大きなあくびをやりながら、かがんで目をぐっと手帳につけるようにしましたので、手帳はあぶなく大博士に吸い込まれそうになりました。

ところが大博士は、うまそうにこくっと一つ息をして、「よろしい。この図は非常に正しくできている。そのほかのところは、なんだ。ははあ、沼ばたけの肥やしのことに、馬の食べ物のことかね。では問題に答えなさい。工場の煙突から出る煙には、どういう色の種類があるか。」

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ところが大博士は、うまそうにこくっと一つ息をして、「よろしい。この図は非常に正しくできている。そのほかのところは、なんだ。ははあ、沼ばたけのこやしのことに、馬のたべ物のことかね。では問題に答えなさい。工場の煙突から出るけむりには、どういう色の種類があるか。」

ブドリは思わず大声で答えました。

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ブドリは思わず大声に答えました。

「黒、褐、黄、灰、白、無色。それからこれらの混合です。」

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「黒、かつ、黄、灰、白、無色。それからこれらの混合です。」

大博士は笑いました。

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大博士はわらいました。

「無色の煙とはたいへんいい。形について言いたまえ。」

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「無色のけむりはたいへんいい。形について言いたまえ。」

「風がなくて煙が相当あれば、縦の棒にもなりますが、先はだんだん広がります。雲が非常に低い日は、棒は雲までのぼって行って、そこから横に広がります。風のある日は、棒は斜めになりますが、その傾きは風の強さに従います。波になったり、いくつもの切れ切れになったりするのは、風のためにもよりますが、一つは煙や煙突の持つ癖のためです。あまり煙の少ないときは、コルク抜きの形にもなり、煙に重いガスがまじれば、煙突の口から房になって、一方あるいは四方に落ちることもあります。」

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「無風で煙が相当あれば、たての棒にもなりますが、さきはだんだんひろがります。雲の非常に低い日は、棒は雲までのぼって行って、そこから横にひろがります。風のある日は、棒は斜めになりますが、その傾きは風の程度に従います。波やいくつもきれになるのは、風のためにもよりますが、一つはけむりや煙突のもつ癖のためです。あまり煙の少ないときは、コルク抜きの形にもなり、煙も重いガスがまじれば、煙突の口からふさになって、一方ないし四方におちることもあります。」

大博士はまた笑いました。

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大博士はまたわらいました。

「よろしい。きみはどういう仕事をしているのか。」

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「よろしい。きみはどういう仕事をしているのか。」

「仕事を見つけに来たんです。」

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「仕事をみつけに来たんです。」

「おもしろい仕事がある。名刺をあげるから、そこへすぐ行きなさい。」

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「おもしろい仕事がある。名刺をあげるから、そこへすぐ行きなさい。」

博士は名刺をとり出して、何かするすると書き込んでブドリにくれました。

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博士は名刺をとり出して、何かするする書き込んでブドリにくれました。

ブドリがおじぎをして、戸口を出て行こうとすると、大博士はちょっと目で答えて、

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ブドリはおじぎをして、戸口を出て行こうとしますと、大博士はちょっと目で答えて、

「なんだ、ごみを焼いているのかな。」

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「なんだ、ごみを焼いてるのかな。」

と低くつぶやきながら、テーブルの上にあった鞄に、チョークのかけらや、ハンカチや本や、みんないっしょに投げ込んで小わきに抱え、さっき顔を出した窓から、ぷいっと外へ飛び出しました。

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と低くつぶやきながら、テーブルの上にあったかばんに、白墨チョークのかけらや、はんけちや本や、みんないっしょに投げ込んで小わきにかかえ、さっき顔を出した窓から、プイッと外へ飛び出しました。

びっくりしてブドリが窓へかけ寄ってみると、いつのまにか大博士はおもちゃのような小さな飛行船に乗って、自分でハンドルをとりながら、もう薄青いもやのこもった町の上を、まっすぐに向こうへ飛んでいるのでした。

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びっくりしてブドリが窓へかけよって見ますと、いつか大博士は玩具おもちゃのような小さな飛行船に乗って、じぶんでハンドルをとりながら、もううす青いもやのこめた町の上を、まっすぐに向こうへ飛んでいるのでした。

ブドリがいよいよあきれて見ていると、まもなく大博士は、向こうの大きな灰色の建物の平屋根に着いて、船を何か鉤のようなものにつなぐと、そのままぽろっと建物の中へ入って見えなくなってしまいました。

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ブドリがいよいよあきれて見ていますと、まもなく大博士は、向こうの大きな灰いろの建物の平屋根に着いて、船を何かかぎのようなものにつなぐと、そのままぽろっと建物の中へはいって見えなくなってしまいました。

五 イーハトーヴ火山局

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五 イーハトーヴ火山局

ブドリが、クーボー大博士からもらった名刺のあて名をたずねて、やっと着いたところは大きな茶色の建物で、後ろには房のような形をした高い柱が、夜の空にくっきり白く立っていました。

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ブドリが、クーボー大博士からもらった名刺のあて名をたずねて、やっと着いたところは大きな茶いろの建物で、うしろにはふさのような形をした高い柱が夜のそらにくっきり白く立っておりました。

ブドリが玄関に上がって呼び鈴を押すと、すぐ人が出て来て、ブドリの出した名刺を受け取り、一目見ると、すぐブドリを突き当たりの大きな部屋へ案内しました。

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ブドリは玄関に上がって呼び鈴を押しますと、すぐ人が出て来て、ブドリの出した名刺を受け取り、一目見ると、すぐブドリを突き当たりの大きな室へ案内しました。

そこにはいままで見たこともないような大きなテーブルがあって、そのまん中に一人の、少し髪の白くなった人のよさそうな立派な人が、きちんと座って耳に受話器をあてながら何か書いていました。

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そこにはいままでに見たこともないような大きなテーブルがあって、そのまん中に一人の少し髪の白くなった人のよさそうな立派な人が、きちんとすわって耳に受話器をあてながら何か書いていました。

そしてブドリが入って来たのを見ると、すぐ横の椅子を指さしながら、また続けて何か書きつけています。

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そしてブドリのはいって来たのを見ると、すぐ横の椅子いすを指さしながら、また続けて何か書きつけています。

その部屋の右手の壁いっぱいに、イーハトーヴ全体の地図が、美しく色どった大きな模型に作ってあって、鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるようになっており、そのまん中を走る背骨のような山脈と、海岸に沿って縁をとったようになっている山脈、またそこから枝を出して海の中に点々と島をつくっている一列の山々には、みんな赤や橙や黄のあかりがついていて、それがかわるがわる色が変わったり、ジーと蝉のように鳴ったり、数字が現れたり消えたりしているのです。

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その室の右手の壁いっぱいに、イーハトーヴ全体の地図が、美しく色どった大きな模型に作ってあって、鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるようになっており、そのまん中を走るせぼねのような山脈と、海岸に沿って縁をとったようになっている山脈、またそれから枝を出して海の中に点々の島をつくっている一列の山々には、みんな赤やだいだいや黄のあかりがついていて、それがかわるがわる色が変わったりジーとせみのように鳴ったり、数字が現われたり消えたりしているのです。

下の壁に沿った棚には、黒いタイプライターのようなものが三列に、百でもきかないくらい並んで、みんな静かに動いたり鳴ったりしているのでした。

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下の壁に添ったたなには、黒いタイプライターのようなものが三列に百でもきかないくらい並んで、みんなしずかに動いたり鳴ったりしているのでした。

ブドリがわれを忘れて見とれていると、その人が受話器をことっと置いて、ふところから名刺入れを出し、一枚の名刺をブドリに差し出しながら「あなたが、グスコーブドリ君ですか。私はこういう者です。」

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ブドリがわれを忘れて見とれておりますと、その人が受話器をことっと置いて、ふところから名刺入れを出して、一枚の名刺をブドリに出しながら「あなたが、グスコーブドリ君ですか。私はこういうものです。」

と言いました。

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と言いました。

見ると、〔イーハトーヴ火山局技師ペンネンナーム〕と書いてありました。

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見ると、〔イーハトーヴ火山局技師ペンネンナーム〕と書いてありました。

その人はブドリが挨拶に慣れないでもじもじしているのを見ると、重ねて親切に言いました。

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その人はブドリの挨拶あいさつになれないでもじもじしているのを見ると、重ねて親切に言いました。

「さっきクーボー博士から電話があったのでお待ちしていました。まあこれから、ここで仕事をしながらしっかり勉強してごらんなさい。ここの仕事は、去年はじまったばかりですが、実に責任のあるもので、それに半分はいつ噴火するかわからない火山の上で仕事をするものなのです。それに火山の癖というものは、なかなか学問でわかることではないのです。われわれはこれからよほどしっかりやらなければならないのです。では今晩はあちらにあなたの泊まるところがありますから、そこでゆっくりお休みなさい。あした、この建物じゅうをすっかり案内しますから。」

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「さっきクーボー博士から電話があったのでお待ちしていました。まあこれから、ここで仕事をしながらしっかり勉強してごらんなさい。ここの仕事は、去年はじまったばかりですが、じつに責任のあるもので、それに半分はいつ噴火するかわからない火山の上で仕事するものなのです。それに火山の癖というものは、なかなか学問でわかることではないのです。われわれはこれからよほどしっかりやらなければならんのです。では今晩はあっちにあなたの泊まるところがありますから、そこでゆっくりお休みなさい。あしたこの建物じゅうをすっかり案内しますから。」

次の朝、ブドリはペンネン老技師に連れられて、建物の中を一つひとつ案内してもらい、さまざまな機械やしかけを詳しく教わりました。

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次の朝、ブドリはペンネン老技師に連れられて、建物のなかを一々つれて歩いてもらい、さまざまの機械やしかけを詳しく教わりました。

その建物の中のすべての器械はみんな、イーハトーヴじゅうの三百幾つかの活火山や休火山につながっていて、それらの火山が煙や灰を噴いたり、溶岩を流したりしているようすはもちろん、見かけはじっとしている古い火山でも、その中の溶岩やガスのようすから、山の形の変わり方まで、みんな数字になったり図になったりして現れて来るのでした。

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その建物のなかのすべての器械はみんなイーハトーヴじゅうの三百幾つかの活火山や休火山に続いていて、それらの火山の煙や灰をいたり、熔岩ようがんを流したりしているようすはもちろん、みかけはじっとしている古い火山でも、その中の熔岩やガスのもようから、山の形の変わりようまで、みんな数字になったり図になったりして、あらわれて来るのでした。

そして激しい変化のあるたびに、模型はみんな別々の音で鳴るのでした。

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そしてはげしい変化のあるたびに、模型はみんな別々の音で鳴るのでした。

ブドリはその日から、ペンネン老技師のもとで、すべての器械の扱い方や観測の方法を習い、夜も昼も一心に働き、また勉強しました。

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ブドリはその日からペンネン老技師について、すべての器械の扱い方や観測のしかたを習い、夜も昼も一心に働いたり勉強したりしました。

そして二年ばかりたつと、ブドリはほかの人たちといっしょにあちこちの火山へ器械を据え付けに出されたり、据え付けてある器械の悪くなったのを修理にやられたりもするようになりましたので、もうブドリにはイーハトーヴの三百幾つの火山と、その働き具合が手のひらの中にあるようにわかって来ました。

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そして二年ばかりたちますと、ブドリはほかの人たちといっしょにあちこちの火山へ器械を据え付けに出されたり、据え付けてある器械の悪くなったのを修繕にやられたりもするようになりましたので、もうブドリにはイーハトーヴの三百幾つの火山と、その働き具合はたなごころの中にあるようにわかって来ました。

実にイーハトーヴには、七十幾つの火山が毎日煙をあげたり、溶岩を流したりしていましたし、五十幾つかの休火山は、いろいろなガスを噴いたり、熱い湯を出したりしていました。

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じつにイーハトーヴには、七十幾つの火山が毎日煙をあげたり、熔岩を流したりしているのでしたし、五十幾つかの休火山は、いろいろなガスをいたり、熱い湯を出したりしていました。

そして残りの百六、七十の死火山のうちにも、いつまた何をはじめるかわからないものもあるのでした。

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そして残りの百六七十の死火山のうちにも、いつまた何をはじめるかわからないものもあるのでした。

ある日ブドリが老技師と並んで仕事をしていると、急にサンムトリという南のほうの海岸にある火山が、むくむくと器械に反応しはじめました。

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ある日ブドリが老技師とならんで仕事をしておりますと、にわかにサンムトリという南のほうの海岸にある火山が、むくむく器械に感じ出して来ました。

老技師が叫びました。

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老技師が叫びました。

「ブドリ君。サンムトリは、今朝まで何もなかったね。」

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「ブドリ君。サンムトリは、けさまで何もなかったね。」

「はい、いままでサンムトリが働いたのを見たことがありません。」

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「はい、いままでサンムトリのはたらいたのを見たことがありません。」

「ああ、これはもう噴火が近い。今朝の地震が刺激したのだ。この山の北十キロのところにはサンムトリの市がある。今度爆発すれば、たぶん山は三分の一、北側をはねとばして、牛やテーブルくらいの岩が熱い灰やガスといっしょに、どしどしサンムトリ市に落ちてくる。どうしても今のうちに、この海に向いたほうへボーリングを入れて傷口をこしらえ、ガスを抜くか溶岩を出させるかしなければならない。今すぐ二人で見に行こう。」

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「ああ、これはもう噴火が近い。けさの地震が刺激したのだ。この山の北十キロのところにはサンムトリの市がある。今度爆発すれば、たぶん山は三分の一、北側をはねとばして、牛やテーブルぐらいの岩は熱い灰やガスといっしょに、どしどしサンムトリ市におちてくる。どうでも今のうちに、この海に向いたほうへボーリングを入れて傷口をこさえて、ガスを抜くか熔岩を出させるかしなければならない。今すぐ二人で見に行こう。」

二人はすぐに支度をして、サンムトリ行きの汽車に乗りました。

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二人はすぐにしたくして、サンムトリ行きの汽車に乗りました。

六 サンムトリ火山

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六 サンムトリ火山

二人は次の朝、サンムトリの市に着き、昼ごろサンムトリ火山の頂上近く、観測器械を置いてある小屋に登りました。

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二人は次の朝、サンムトリの市に着き、ひるごろサンムトリ火山の頂近く、観測器械を置いてある小屋に登りました。

そこは、サンムトリ山の古い噴火口の外輪山が、海のほうへ向いて欠けた所で、その小屋の窓からながめると、海は青や灰色のいくつもの縞になって見え、その中を汽船が黒い煙を吐き、銀色の航跡を引いていくつもすべっているのでした。

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そこは、サンムトリ山の古い噴火口の外輪山が、海のほうへ向いて欠けた所で、その小屋の窓からながめますと、海は青や灰いろの幾つものしまになって見え、その中を汽船は黒いけむりを吐き、銀いろの水脈みおを引いていくつもすべっているのでした。

老技師は静かにすべての観測機を調べ、それからブドリに言いました。

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老技師はしずかにすべての観測機を調べ、それからブドリに言いました。

「きみはこの山はあと何日ぐらいで噴火すると思うか。」

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「きみはこの山はあと何日ぐらいで噴火すると思うか。」

「一月はもたないと思います。」

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「一月はもたないと思います。」

「一月はもたない。もう十日ももたない。早く工作してしまわないと、取り返しのつかないことになる。私はこの山の海に向いたほうでは、あそこがいちばん弱いと思う。」

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「一月はもたない。もう十日ももたない。早く工作してしまわないと、取り返しのつかないことになる。私はこの山の海に向いたほうでは、あすこがいちばん弱いと思う。」

老技師は山腹の谷の上の、薄緑の草地を指さしました。

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老技師は山腹の谷の上のうす緑の草地を指さしました。

そこを雲の影が静かに青くすべっているのでした。

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そこを雲の影がしずかに青くすべっているのでした。

「あそこには溶岩の層が二つしかない。あとは柔らかな火山灰と火山礫の層だ。それにあそこまでは牧場の道も立派にあるから、材料を運ぶのもわけはない。ぼくは工作隊を申請しよう。」

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「あすこには熔岩ようがんの層が二つしかない。あとは柔らかな火山灰と火山礫かざんれきの層だ。それにあすこまでは牧場の道も立派にあるから、材料を運ぶことも造作ぞうさない。ぼくは工作隊を申請しよう。」

老技師はいそがしく局へ発信をはじめました。

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老技師は忙しく局へ発信をはじめました。

そのとき足の下では、つぶやくようなかすかな音がして、観測小屋はしばらくぎしぎしきしみました。

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その時足の下では、つぶやくようなかすかな音がして、観測小屋はしばらくぎしぎしきしみました。

老技師は器械をはなれました。

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老技師は器械をはなれました。

「局からすぐ工作隊を出すそうだ。工作隊といっても半分は決死隊だ。私はいままでに、こんな危険が迫った仕事をしたことがない。」

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「局からすぐ工作隊を出すそうだ。工作隊といっても半分決死隊だ。私はいままでに、こんな危険に迫った仕事をしたことがない。」

「十日のうちにできるでしょうか。」

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「十日のうちにできるでしょうか。」

「きっとできる。装置には三日、サンムトリ市の発電所から電線を引いてくるには五日かかるな。」

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「きっとできる。装置には三日、サンムトリ市の発電所から、電線を引いてくるには五日かかるな。」

技師はしばらく指を折って考えていましたが、やがて安心したようにまた静かに言いました。

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技師はしばらく指を折って考えていましたが、やがて安心したようにまたしずかに言いました。

「とにかくブドリ君。一つお茶をわかして飲もうではないか。あんまりいい景色だから。」

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「とにかくブドリ君。一つ茶をわかして飲もうではないか。あんまりいい景色だから。」

ブドリは持って来たアルコールランプに火を入れて、お茶をわかしはじめました。

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ブドリは持って来たアルコールランプに火を入れて、茶をわかしはじめました。

空にはだんだん雲が出て、それに日ももう落ちたのか、海はさびしい灰色に変わり、たくさんの白い波がしらが、いっせいに火山のふもとへ寄せて来ました。

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空にはだんだん雲が出て、それに日ももう落ちたのか、海はさびしい灰いろに変わり、たくさんの白い波がしらは、いっせいに火山のすそに寄せて来ました。

ふとブドリはすぐ目の前に、いつか見たことのあるおかしな形の小さな飛行船が飛んでいるのを見つけました。

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ふとブドリはすぐ目の前に、いつか見たことのあるおかしな形の小さな飛行船が飛んでいるのを見つけました。

老技師もはね上がりました。

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老技師もはねあがりました。

「あ、クーボー君がやって来た。」

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「あ、クーボー君がやって来た。」

ブドリも続いて小屋を飛び出しました。

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ブドリも続いて小屋をとび出しました。

飛行船はもう小屋の左側の大きな岩の壁の上にとまって、中から背の高いクーボー大博士がひらりと飛びおりていました。

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飛行船はもう小屋の左側の大きな岩の壁の上にとまって、中からせいの高いクーボー大博士がひらりと飛びおりていました。

博士はしばらくその辺の岩の大きな裂け目をさがしていましたが、やっとそれを見つけたと見えて、手早くねじを締めて飛行船をつなぎました。

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博士はしばらくその辺の岩の大きなさけ目をさがしていましたが、やっとそれを見つけたと見えて、手早くねじをしめて飛行船をつなぎました。

「お茶をごちそうになりに来たよ。ゆれるかい。」

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「お茶をよばれに来たよ。ゆれるかい。」

大博士はにやにや笑って言いました。

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大博士はにやにやわらって言いました。

老技師が答えました。

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老技師が答えました。

「まだそれほどでもない。けれども、どうも岩がぼろぼろ上から落ちているらしいんだ。」

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「まだそんなでない。けれども、どうも岩がぼろぼろ上から落ちているらしいんだ。」

ちょうどそのとき、山は急に怒ったように鳴り出し、ブドリは目の前が青くなったように思いました。

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ちょうどその時、山はにわかにおこったように鳴り出し、ブドリは目の前が青くなったように思いました。

山はぐらぐらと続けてゆれました。

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山はぐらぐら続けてゆれました。

見るとクーボー大博士も老技師もしゃがんで岩にしがみついていましたし、飛行船も大きな波に乗った船のようにゆっくりゆれていました。

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見るとクーボー大博士も老技師もしゃがんで岩へしがみついていましたし、飛行船も大きな波に乗った船のようにゆっくりゆれておりました。

地震はやっとやみ、クーボー大博士は起きあがってすたすたと小屋へ入って行きました。

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地震はやっとやみ、クーボー大博士は起きあがってすたすたと小屋へはいって行きました。

中ではお茶がひっくり返って、アルコールが青くぽかぽかと燃えていました。

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中ではお茶がひっくり返って、アルコールが青くぽかぽか燃えていました。

クーボー大博士は器械をすっかり調べて、それから老技師といろいろ話しました。

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クーボー大博士は器械をすっかり調べて、それから老技師といろいろ話しました。

そして最後に言いました。

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そしてしまいに言いました。

「もうどうしても、来年は潮汐発電所を全部作ってしまわなければならない。それができれば今度のような場合にもその日のうちに仕事ができるし、ブドリ君が言っている沼ばたけの肥料も降らせられるんだ。」

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「もうどうしても、来年は潮汐ちょうせき発電所を全部作ってしまわなければならない。それができれば今度のような場合にもその日のうちに仕事ができるし、ブドリ君が言っている沼ばたけの肥料も降らせられるんだ。」

「干ばつだってちっともこわくなくなるからな。」

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旱魃かんばつだってちっともこわくなくなるからな。」

ペンネン技師も言いました。

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ペンネン技師も言いました。

ブドリは胸がわくわくしました。

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ブドリは胸がわくわくしました。

山まで踊り上がっているように思いました。

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山まで踊りあがっているように思いました。

実際、山はそのとき激しくゆれ出して、ブドリは床へ投げ出されていたのです。

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じっさい山は、その時はげしくゆれ出して、ブドリは床へ投げ出されていたのです。

大博士が言いました。

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大博士が言いました。

「やるぞ、やるぞ。いまのはサンムトリの市へも、かなり感じたに違いない。」

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「やるぞ、やるぞ。いまのはサンムトリの市へも、かなり感じたにちがいない。」

老技師が言いました。

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老技師が言いました。

「いまのはぼくらの足もとから、北へ一キロばかり、地表下七百メートルぐらいの所で、この小屋の六、七十倍ぐらいの岩の塊が溶岩の中へ落ち込んだらしいのだ。ところがガスがいよいよ最後の岩の皮をはね飛ばすまでには、そんな塊を百も二百も、自分のからだの中に取り込まなければならない。」

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「今のはぼくらの足もとから、北へ一キロばかり、地表下七百メートルぐらいの所で、この小屋の六七十倍ぐらいの岩のかたまり熔岩ようがんの中へ落ち込んだらしいのだ。ところがガスがいよいよ最後の岩の皮をはね飛ばすまでには、そんな塊を百も二百も、じぶんのからだの中にとらなければならない。」

大博士はしばらく考えていましたが、

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大博士はしばらく考えていましたが、

「そうだ、ぼくはこれで失礼しよう。」

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「そうだ、僕はこれで失敬しよう。」

と言って小屋を出て、いつのまにかひらりと船に乗ってしまいました。

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と言って小屋を出て、いつかひらりと船に乗ってしまいました。

老技師とブドリは、大博士があかりを二、三度振って挨拶しながら、山をまわって向こうへ行くのを見送ってまた小屋に入り、かわるがわる眠ったり観測したりしました。

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老技師とブドリは、大博士があかりを二三度振って挨拶あいさつしながら、山をまわって向こうへ行くのを見送ってまた小屋にはいり、かわるがわる眠ったり観測したりしました。

そして明け方ふもとへ工作隊が着くと、老技師はブドリを一人小屋に残して、きのう指さしたあの草地まで降りて行きました。

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そして明け方ふもとへ工作隊がつきますと、老技師はブドリを一人小屋に残して、きのう指さしたあの草地まで降りて行きました。

みんなの声や、鉄の材料の触れ合う音は、下から風が吹き上げるときは、手にとるように聞こえました。

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みんなの声や、鉄の材料の触れ合う音は、下から風の吹き上げるときは、手にとるように聞こえました。

ペンネン技師からはひっきりなしに、向こうの仕事の進み具合も知らせてよこし、ガスの圧力や山の形の変わり方も尋ねて来ました。

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ペンネン技師からはひっきりなしに、向こうの仕事の進み具合も知らせてよこし、ガスの圧力や山の形の変わりようも尋ねて来ました。

それから三日のあいだは、激しい地震や地鳴りの中で、ブドリのほうもふもとのほうもほとんど眠るひまさえありませんでした。

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それから三日の間は、はげしい地震や地鳴りのなかで、ブドリのほうもふもとのほうもほとんど眠るひまさえありませんでした。

その四日目の午前、老技師から発信が来ました。

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その四日目の午前、老技師からの発信が言って来ました。

「ブドリ君だな。すっかり支度ができた。急いで降りてきたまえ。観測の器械は一度調べてそのままにして、表は全部持ってくるのだ。もうその小屋は今日の午後にはなくなるんだから。」

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「ブドリ君だな。すっかりしたくができた。急いで降りてきたまえ。観測の器械は一ぺん調べてそのままにして、ひょうは全部持ってくるのだ。もうその小屋はきょうの午後にはなくなるんだから。」

ブドリはすっかり言われたとおりにして山を降りて行きました。

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ブドリはすっかり言われたとおりにして山を降りて行きました。

そこにはいままで局の倉庫にあった大きな鉄材が、すっかり櫓に組み上がっていて、いろいろな器械はもう電流さえ来ればすぐに働き出すばかりになっていました。

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そこにはいままで局の倉庫にあった大きな鉄材が、すっかりやぐらに組み立っていて、いろいろな器械はもう電流さえ来ればすぐに働き出すばかりになっていました。

ペンネン技師の頬はげっそり落ち、工作隊の人たちも青ざめて目ばかり光らせながら、それでもみんな笑ってブドリに挨拶しました。

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ペンネン技師のほおはげっそり落ち、工作隊の人たちも青ざめて目ばかり光らせながら、それでもみんな笑ってブドリに挨拶あいさつしました。

老技師が言いました。

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老技師が言いました。

「では引き上げよう。みんな支度をして車に乗りたまえ。」

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「では引き上げよう。みんなしたくして車に乗りたまえ。」

みんなは大急ぎで二十台の自動車に乗りました。

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みんなは大急ぎで二十台の自動車に乗りました。

車は列になって山のふもとを一散にサンムトリの市へ走りました。

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車は列になって山のすそを一散にサンムトリの市に走りました。

ちょうど山と市とのまん中あたりで、技師は自動車を止めさせました。

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ちょうど山と市とのまん中どこで、技師は自動車をとめさせました。

「ここへテントを張りたまえ。そしてみんなで眠るんだ。」

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「ここへ天幕てんとを張りたまえ。そしてみんなで眠るんだ。」

みんなは、ひとことも物を言えずに、そのとおりにして倒れるように眠ってしまいました。

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みんなは、物をひとことも言えずに、そのとおりにして倒れるようにねむってしまいました。

その午後、老技師は受話器を置いて叫びました。

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その午後、老技師は受話器を置いて叫びました。

「さあ電線は届いたぞ。ブドリ君、始めるよ。」

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「さあ電線は届いたぞ。ブドリ君、始めるよ。」

老技師はスイッチを入れました。

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老技師はスイッチを入れました。

ブドリたちは、テントの外に出て、サンムトリの中腹を見つめました。

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ブドリたちは、天幕てんとの外に出て、サンムトリの中腹を見つめました。

野原には、白百合がいちめんに咲き、その向こうにサンムトリが青くひっそり立っていました。

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野原には、白百合しらゆりがいちめんに咲き、その向こうにサンムトリが青くひっそり立っていました。

急にサンムトリの左のふもとがぐらぐらっとゆれ、まっ黒な煙がぱっと立ったと思うと、まっすぐに天までのぼって行っておかしなきのこの形になり、その足もとから黄金色の溶岩がきらきらと流れ出して、見るまにずっと扇形に広がりながら海へ入りました。

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にわかにサンムトリの左のすそがぐらぐらっとゆれ、まっ黒なけむりがぱっと立ったと思うとまっすぐに天までのぼって行って、おかしなきのこの形になり、その足もとから黄金色きんいろ熔岩ようがんがきらきら流れ出して、見るまにずうっと扇形にひろがりながら海へはいりました。

と思うと地面は激しくぐらぐらゆれ、百合の花もいちめんゆれ、それからごうっというような大きな音が、みんなを倒すくらい強くやって来ました。

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と思うと地面ははげしくぐらぐらゆれ、百合の花もいちめんゆれ、それからごうっというような大きな音が、みんなを倒すくらい強くやってきました。

それから風がどうっと吹いて行きました。

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それから風がどうっと吹いて行きました。

「やった、やった。」

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「やったやった。」

とみんなはそちらへ手を伸ばして大きな声で叫びました。

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とみんなはそっちに手を延ばして高く叫びました。

このときサンムトリの煙は、くずれるように空いっぱいに広がって来ましたが、たちまち空はまっ暗になって、熱い小石がばらばらばらばら降ってきました。

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この時サンムトリの煙は、くずれるようにそらいっぱいひろがって来ましたが、たちまちそらはまっ暗になって、熱いこいしがばらばらばらばら降ってきました。

みんなはテントの中に入って心配そうにしていましたが、ペンネン技師は、時計を見ながら、

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みんなは天幕の中にはいって心配そうにしていましたが、ペンネン技師は、時計を見ながら、

「ブドリ君、うまく行った。危険はもうまったくない。市のほうへは灰を少し降らせるだけだろう。」

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「ブドリ君、うまく行った。危険はもう全くない。市のほうへは灰をすこし降らせるだけだろう。」

と言いました。

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と言いました。

小石はだんだん灰に変わりました。

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こいしはだんだん灰にかわりました。

それもまもなく薄くなって、みんなはまたテントの外へ飛び出しました。

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それもまもなく薄くなって、みんなはまた天幕の外へ飛び出しました。

野原はまるでいちめんねずみ色になって、灰は一寸ばかり積もり、百合の花はみんな折れて灰に埋まり、空は変に緑色でした。

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野原はまるで一めんねずみいろになって、灰は一寸ばかり積もり、百合の花はみんな折れて灰に埋まり、空は変に緑いろでした。

そしてサンムトリのふもとには小さなこぶができて、そこから灰色の煙が、まだどんどんのぼっていました。

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そしてサンムトリのすそには小さなこぶができて、そこから灰いろの煙が、まだどんどんのぼっておりました。

その夕方、みんなは灰や小石を踏んで、もう一度山へのぼり、新しい観測の器械を据え付けて帰りました。

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その夕方、みんなは灰やこいしを踏んで、もう一度山へのぼって、新しい観測の器械を据え着けて帰りました。

七 雲の海

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七 雲の海

それから四年のあいだに、クーボー大博士の計画どおり、潮汐発電所は、イーハトーヴの海岸に沿って二百も配置されました。

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それから四年の間に、クーボー大博士の計画どおり、潮汐ちょうせき発電所は、イーハトーヴの海岸に沿って、二百も配置されました。

イーハトーヴをめぐる火山には、観測小屋といっしょに、白く塗られた鉄の櫓が順々に建ちました。

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イーハトーヴをめぐる火山には、観測小屋といっしょに、白く塗られた鉄のやぐらが順々に建ちました。

ブドリは技師心得になって、一年の大部分は火山から火山へと回って歩いたり、あぶなくなった火山を工作したりしていました。

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ブドリは技師心得になって、一年の大部分は火山から火山と回ってあるいたり、あぶなくなった火山を工作したりしていました。

次の年の春、イーハトーヴの火山局では、次のようなポスターを村や町へ張りました。

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次の年の春、イーハトーヴの火山局では、次のようなポスターを村や町へ張りました。

「窒素肥料を降らせます。

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「窒素肥料を降らせます。

今年の夏、雨といっしょに、硝酸アンモニアをみなさんの沼ばたけや野菜ばたけに降らせますから、肥料を使う方は、その分を入れて計算してください。

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ことしの夏、雨といっしょに、硝酸アムモニヤをみなさんの沼ばたけや蔬菜そさいばたけに降らせますから、肥料を使うかたは、その分を入れて計算してください。

分量は百メートル四方につき百二十キログラムです。

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分量は百メートル四方につき百二十キログラムです。

雨も少しは降らせます。

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雨もすこしは降らせます。

干ばつの際には、とにかく作物が枯れないぐらいの雨は降らせることができますから、いままで水が来なくなって作付けをしなかった沼ばたけも、今年は心配せずに植え付けてください。」

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旱魃かんばつの際には、とにかく作物の枯れないぐらいの雨は降らせることができますから、いままで水が来なくなって作付さくづけしなかった沼ばたけも、ことしは心配せずに植え付けてください。」

その年の六月、ブドリはイーハトーヴのまん中にあたるイーハトーヴ火山の頂上の小屋にいました。

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その年の六月、ブドリはイーハトーヴのまん中にあたるイーハトーヴ火山の頂上の小屋におりました。

下はいちめん灰色をした雲の海でした。

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下はいちめん灰いろをした雲の海でした。

そのあちこちから、イーハトーヴじゅうの火山の頂が、ちょうど島のように黒く出ていました。

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そのあちこちからイーハトーヴじゅうの火山のいただきが、ちょうど島のように黒く出ておりました。

その雲のすぐ上を一隻の飛行船が、船尾からまっ白な煙を噴いて、一つの峯から一つの峯へ、ちょうど橋をかけるように飛びまわっていました。

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その雲のすぐ上を一せきの飛行船が、船尾からまっ白な煙をいて、一つの峯から一つの峯へちょうど橋をかけるように飛びまわっていました。

その煙は、時間がたつほどだんだん太くはっきりして、静かに下の雲の海に落ちかぶさり、まもなく、いちめんの雲の海には薄白く光る大きな網が山から山へ張りわたされました。

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そのけむりは、時間がたつほどだんだん太くはっきりなってしずかに下の雲の海に落ちかぶさり、まもなく、いちめんの雲の海にはうす白く光る大きな網が山から山へ張りわたされました。

いつのまにか飛行船は煙を止めて、しばらく挨拶するように輪を描いていましたが、やがて船首を下げて静かに雲の中へ沈んで行ってしまいました。

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いつか飛行船はけむりを納めて、しばらく挨拶あいさつするように輪を描いていましたが、やがて船首をたれてしずかに雲の中へ沈んで行ってしまいました。

受話器がジーと鳴りました。

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受話器がジーと鳴りました。

ペンネン技師の声でした。

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ペンネン技師の声でした。

「飛行船はいま帰って来た。下のほうの支度はすっかりいい。雨はざあざあ降っている。もうよかろうと思う。はじめてくれたまえ。」

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「飛行船はいま帰って来た。下のほうのしたくはすっかりいい。雨はざあざあ降っている。もうよかろうと思う。はじめてくれたまえ。」

ブドリはボタンを押しました。

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ブドリはぼたんを押しました。

見る見るさっきの煙の網は、美しい桃色や青や紫に、パッパッと目もさめるように輝きながら、ついたり消えたりしました。

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見る見るさっきのけむりの網は、美しい桃いろや青や紫に、パッパッと目もさめるようにかがやきながら、ついたり消えたりしました。

ブドリはまるでうっとりとしてそれに見とれました。

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ブドリはまるでうっとりとしてそれに見とれました。

そのうちにだんだん日は暮れて、雲の海もあかりが消えたときは、灰色かねずみ色かわからないようになりました。

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そのうちにだんだん日は暮れて、雲の海もあかりが消えたときは、灰いろかねずみいろかわからないようになりました。

受話器が鳴りました。

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受話器が鳴りました。

「硝酸アンモニアはもう雨の中へ出てきている。量もこれぐらいならちょうどいい。移動の具合もいいらしい。あと四時間やれば、もうこの地方は今月中はじゅうぶんだろう。続けてやってくれたまえ。」

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「硝酸アムモニヤはもう雨の中へでてきている。量もこれぐらいならちょうどいい。移動のぐあいもいいらしい。あと四時間やれば、もうこの地方は今月中はたくさんだろう。つづけてやってくれたまえ。」

ブドリはもううれしくて、はね上がりたいくらいでした。

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ブドリはもううれしくってはね上がりたいくらいでした。

この雲の下で昔の赤ひげの主人も、となりの石油が肥やしになるかと言った人も、みんなよろこんで雨の音を聞いている。

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この雲の下で昔の赤ひげの主人も、となりの石油がこやしになるかと言った人も、みんなよろこんで雨の音を聞いている。

そしてあすの朝は、見違えるように緑色になったオリザの株を手でなでたりするだろう。

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そしてあすの朝は、見違えるように緑いろになったオリザの株を手でなでたりするだろう。

まるで夢のようだと思いながら、雲がまっ暗になったり、また美しく輝いたりするのをながめていました。

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まるで夢のようだと思いながら、雲のまっくらになったり、また美しく輝いたりするのをながめておりました。

ところが短い夏の夜はもう明けるらしかったのです。

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ところが短い夏の夜はもう明けるらしかったのです。

稲光の合間に、東の雲の海の果てがぼんやり黄ばんでいるのでした。

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電光の合間に、東の雲の海のはてがぼんやり黄ばんでいるのでした。

ところがそれは月が出るのでした。

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ところがそれは月が出るのでした。

大きな黄色い月が静かにのぼってくるのでした。

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大きな黄いろな月がしずかにのぼってくるのでした。

そして雲が青く光るときは変に白っぽく見え、桃色に光るときは何か笑っているように見えるのでした。

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そして雲が青く光るときは変に白っぽく見え、桃いろに光るときは何かわらっているように見えるのでした。

ブドリは、もう自分がだれなのか、何をしているのか忘れてしまって、ただぼんやりとそれを見つめていました。

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ブドリは、もうじぶんがだれなのか、何をしているのか忘れてしまって、ただぼんやりそれをみつめていました。

受話器がジーと鳴りました。

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受話器はジーと鳴りました。

「こっちではだいぶ雷が鳴り出して来た。網があちこちちぎれたらしい。あんまり鳴らすとあしたの新聞が悪口を言うから、もう十分ばかりでやめよう。」

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「こっちではだいぶ雷が鳴りだして来た。網があちこちちぎれたらしい。あんまり鳴らすとあしたの新聞が悪口を言うからもう十分ばかりでやめよう。」

ブドリは受話器を置いて耳をすましました。

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ブドリは受話器を置いて耳をすましました。

雲の海はあちらでもこちらでも、ぶつぶつぶつぶつとつぶやいているのです。

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雲の海はあっちでもこっちでもぶつぶつぶつぶつつぶやいているのです。

よく気をつけて聞くと、やはりそれは切れぎれの雷の音でした。

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よく気をつけて聞くとやっぱりそれはきれぎれの雷の音でした。

ブドリはスイッチを切りました。

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ブドリはスイッチを切りました。

急に月のあかりだけになった雲の海は、やはり静かに北へ流れています。

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にわかに月のあかりだけになった雲の海は、やっぱりしずかに北へ流れています。

ブドリは毛布をからだに巻いてぐっすり眠りました。

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ブドリは毛布をからだに巻いてぐっすり眠りました。

八 秋

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八 秋

その年の農作物の収穫は、気候のせいもありましたが、十年のあいだにもなかったほどよくできましたので、火山局にはあちらからもこちらからも感謝状や激励の手紙が届きました。

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その年の農作物の収穫は、気候のせいもありましたが、十年の間にもなかったほど、よくできましたので、火山局にはあっちからもこっちからも感謝状や激励の手紙が届きました。

ブドリははじめてほんとうに生きがいがあるように思いました。

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ブドリははじめてほんとうに生きがいがあるように思いました。

ところがある日、ブドリがタチナという火山へ行った帰り、とりいれの済んでがらんとした沼ばたけの中の小さな村を通りかかりました。

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ところがある日、ブドリがタチナという火山へ行った帰り、とりいれの済んでがらんとした沼ばたけの中の小さな村を通りかかりました。

ちょうど昼ごろなので、パンを買おうと思って、雑貨や菓子を売っている一軒の店へ寄って、

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ちょうどひるころなので、パンを買おうと思って、一軒の雑貨や菓子を買っている店へ寄って、

「パンはありませんか。」

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「パンはありませんか。」

とききました。

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とききました。

するとそこには三人のはだしの人たちが、目をまっ赤にして酒を飲んでいましたが、一人が立ち上がって、

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するとそこには三人のはだしの人たちが、目をまっにして酒を飲んでおりましたが、一人が立ち上がって、

「パンはあるが、どうも食えないパンでな。セキパンだもの。」

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「パンはあるが、どうも食われないパンでな。石盤セキパンだもな。」

とおかしなことを言うと、みんなはおもしろそうにブドリの顔を見てどっと笑いました。

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とおかしなことを言いますと、みんなはおもしろそうにブドリの顔を見てどっと笑いました。

ブドリはいやになって、ぷいっと表へ出ると、向こうから髪を角刈りにした背の高い男が来て、いきなり、

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ブドリはいやになって、ぷいっと表へ出ましたら、向こうから髪を角刈りにしたせいの高い男が来て、いきなり、

「おい、お前、今年の夏、電気で肥やしを降らせたブドリだな。」

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「おい、お前、ことしの夏、電気でこやし降らせたブドリだな。」

と言いました。

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と言いました。

「そうだ。」

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「そうだ。」

ブドリは何げなく答えました。

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ブドリは何げなく答えました。

その男は大きな声で叫びました。

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その男は高く叫びました。

「火山局のブドリが来たぞ。みんな集まれ。」

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「火山局のブドリが来たぞ。みんな集まれ。」

すると今の家の中やそこらの畑から、十八人の百姓たちが、げらげら笑ってかけて来ました。

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すると今の家の中やそこらの畑から、十八人の百姓たちが、げらげらわらってかけて来ました。

「この野郎、きさまの電気のおかげで、おれたちのオリザはみんな倒れてしまったぞ。どうしてあんなまねをしたんだ。」

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「この野郎、きさまの電気のおかげで、おいらのオリザ、みんな倒れてしまったぞ。してあんなまねしたんだ。」

一人が言いました。

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一人が言いました。

ブドリは静かに言いました。

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ブドリはしずかに言いました。

「倒れるなんて、きみらは春に出したポスターを見なかったのか。」

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「倒れるなんて、きみらは春に出したポスターを見なかったのか。」

「何をこの野郎。」

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「何この野郎。」

いきなり一人がブドリの帽子をたたき落としました。

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いきなり一人がブドリの帽子をたたき落としました。

それからみんなは寄ってたかってブドリをなぐったり踏んだりしました。

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それからみんなは寄ってたかってブドリをなぐったりふんだりしました。

ブドリはとうとう何がなんだかわからなくなって倒れてしまいました。

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ブドリはとうとう何がなんだかわからなくなって倒れてしまいました。

気がついてみると、ブドリはどこかの病院らしい部屋の白いベッドに寝ていました。

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気がついてみるとブドリはどこかの病院らしい室の白いベッドに寝ていました。

枕もとには見舞いの電報や、たくさんの手紙がありました。

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まくらもとには見舞いの電報や、たくさんの手紙がありました。

ブドリのからだじゅうは痛くて熱く、動くことができませんでした。

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ブドリのからだじゅうは痛くて熱く、動くことができませんでした。

けれどもそれから一週間ばかりたつと、もうブドリはもとの元気になっていました。

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けれどもそれから一週間ばかりたちますと、もうブドリはもとの元気になっていました。

そして新聞で、あのときの出来事は、肥料の入れ方をまちがって教えた農業技師が、オリザの倒れたのをみんな火山局のせいにしてごまかしていたためだということを読んで、大きな声で一人で笑いました。

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そして新聞で、あのときの出来事は、肥料の入れようをまちがって教えた農業技師が、オリザの倒れたのをみんな火山局のせいにして、ごまかしていたためだということを読んで、大きな声で一人で笑いました。

その次の日の午後、病院の小使いが入って来て、

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その次の日の午後、病院の小使がはいって来て、

「ネリというご婦人の方がたずねておいでになりました。」

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「ネリというご婦人のおかたがたずねておいでになりました。」

と言いました。

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と言いました。

ブドリは夢ではないかと思っていると、まもなく一人の日に焼けた百姓のおかみさんのような人が、おずおずと入って来ました。

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ブドリは夢ではないかと思いましたら、まもなく一人の日に焼けた百姓のおかみさんのような人が、おずおずとはいって来ました。

それはまるで変わってはいましたが、あの森の中からだれかに連れて行かれたネリだったのです。

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それはまるで変わってはいましたが、あの森の中からだれかにつれて行かれたネリだったのです。

二人はしばらく物も言えませんでしたが、やっとブドリがその後のことをたずねると、ネリもぽつぽつとイーハトーヴの百姓の言葉で、今までのことを話しました。

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二人はしばらく物も言えませんでしたが、やっとブドリが、その後のことをたずねますと、ネリもぼつぼつとイーハトーヴの百姓のことばで、今までのことを話しました。

ネリを連れて行ったあの男は、三日ばかりのあと、めんどうくさくなったのか、ある小さな牧場の近くへネリを残して、どこかへ行ってしまったのでした。

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ネリを連れて行ったあの男は、三日ばかりの後、めんどうくさくなったのか、ある小さな牧場の近くへネリを残して、どこかへ行ってしまったのでした。

ネリがそこらを泣いて歩いていると、その牧場の主人がかわいそうに思って家に入れ、赤ん坊のお守りをさせたりしていましたが、だんだんネリはなんでも働けるようになったので、とうとう三、四年前にその小さな牧場のいちばん上の息子と結婚したというのでした。

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ネリがそこらを泣いて歩いていますと、その牧場の主人がかわいそうに思って家へ入れて、赤ん坊のおもりをさせたりしていましたが、だんだんネリはなんでも働けるようになったので、とうとう三四年前にその小さな牧場のいちばん上の息子むすこと結婚したというのでした。

そして今年は肥料も降ったので、いつもなら厩肥を遠くの畑まで運び出さなければならず、たいへん難儀したのを、近くのかぶら畑へみんな入れたし、遠くのとうもろこしもよくできたので、家じゅうみんなよろこんでいるというようなことも言いました。

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そしてことしは肥料も降ったので、いつもなら厩肥まやごえを遠くの畑まで運び出さなければならず、たいへん難儀したのを、近くのかぶら畑へみんな入れたし、遠くの玉蜀黍とうもろこしもよくできたので、家じゅうみんなよろこんでいるというようなことも言いました。

またあの森の中へ主人の息子といっしょに何度も行ってみたけれども、家はすっかりこわれていたし、ブドリはどこへ行ったかわからないので、いつもがっかりして帰っていたら、きのう新聞で主人がブドリのけがをしたことを読んだので、やっとこちらへたずねて来たということも言いました。

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またあの森の中へ主人の息子といっしょに何べんも行って見たけれども、家はすっかりこわれていたし、ブドリはどこへ行ったかわからないので、いつもがっかりして帰っていたら、きのう新聞で主人がブドリのけがをしたことを読んだので、やっとこっちへたずねて来たということも言いました。

ブドリは、なおったらきっとその家へたずねて行ってお礼を言う約束をして、ネリを帰しました。

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ブドリは、なおったらきっとその家へたずねて行ってお礼を言う約束をしてネリを帰しました。

九 カルボナード島

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九 カルボナード島

それからの五年は、ブドリにはほんとうに楽しいものでした。

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それからの五年は、ブドリにはほんとうに楽しいものでした。

赤ひげの主人の家にも何度もお礼に行きました。

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赤ひげの主人の家にも何べんもお礼に行きました。

もうよほど年はとっていましたが、やはりたいへんな元気で、こんどは毛の長いうさぎを千匹以上飼ったり、赤いキャベツばかり畑に作ったり、相変わらずの一か八かはやっていましたが、暮らしはずっといいようでした。

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もうよほど年はとっていましたが、やはり非常な元気で、こんどは毛の長いうさぎを千匹以上飼ったり、赤い甘藍かんらんばかり畑に作ったり、相変わらずの山師はやっていましたが、暮らしはずうっといいようでした。

ネリには、かわいらしい男の子が生まれました。

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ネリには、かわいらしい男の子が生まれました。

冬に仕事がひまになると、ネリはその子にすっかり子どもの百姓のような格好をさせて、主人といっしょに、ブドリの家にたずねて来て、泊まって行ったりするのでした。

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冬に仕事がひまになると、ネリはその子にすっかりこどもの百姓のようなかたちをさせて、主人といっしょに、ブドリの家にたずねて来て、泊まって行ったりするのでした。

ある日、ブドリのところへ、昔てぐす飼いの男にブドリといっしょに使われていた人がたずねて来て、ブドリたちのお父さんのお墓が、森のいちばんはずれの大きな榧の木の下にあるということを教えて行きました。

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ある日、ブドリのところへ、昔てぐす飼いの男にブドリといっしょに使われていた人がたずねて来て、ブドリたちのおとうさんのお墓が森のいちばんはずれの大きなかやの木の下にあるということを教えて行きました。

それは、はじめ、てぐす飼いの男が森に来て、森じゅうの木を見て歩いたとき、ブドリのお父さんたちの冷たくなったからだを見つけて、ブドリに知らせないように、そっと土に埋めて、上に一本の樺の枝を立てておいたというのでした。

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それは、はじめ、てぐす飼いの男が森に来て、森じゅうの木を見てあるいたとき、ブドリのおとうさんたちの冷たくなったからだを見つけて、ブドリに知らせないように、そっと土に埋めて、上へ一本のかばの枝をたてておいたというのでした。

ブドリは、すぐネリたちを連れてそこへ行って、白い石灰岩の墓を立て、それからもその辺を通るたびにいつも寄ってくるのでした。

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ブドリは、すぐネリたちをつれてそこへ行って、白い石灰岩の墓をたてて、それからもその辺を通るたびにいつも寄ってくるのでした。

そしてちょうどブドリが二十七の年でした。

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そしてちょうどブドリが二十七の年でした。

どうもあの恐ろしい寒い気候がまた来るような様子でした。

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どうもあの恐ろしい寒い気候がまた来るような模様でした。

測候所では、太陽の調子や北のほうの海の氷の様子から、その年の二月にみんなへそれを予報しました。

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測候所では、太陽の調子や北のほうの海の氷の様子から、その年の二月にみんなへそれを予報しました。

それが一歩ずつだんだんほんとうになって、こぶしの花が咲かなかったり、五月に十日もみぞれが降ったりすると、みんなはもうこの前の凶作を思い出して、生きた心地もありませんでした。

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それが一足ずつだんだんほんとうになって、こぶしの花が咲かなかったり、五月に十日もみぞれが降ったりしますと、みんなはもうこの前の凶作を思い出して、生きたそらもありませんでした。

クーボー大博士も、たびたび気象や農業の技師たちと相談したり、意見を新聞へ出したりしましたが、やはりこの激しい寒さだけはどうともできない様子でした。

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クーボー大博士も、たびたび気象や農業の技師たちと相談したり、意見を新聞へ出したりしましたが、やっぱりこの激しい寒さだけはどうともできないようすでした。

ところが六月もはじめになって、まだ黄色いオリザの苗や、芽を出さない木を見ると、ブドリはもういても立ってもいられませんでした。

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ところが六月もはじめになって、まだ黄いろなオリザの苗や、芽を出さない木を見ますと、ブドリはもういても立ってもいられませんでした。

このままで過ぎるなら、森にも野原にも、ちょうどあの年のブドリの家族のようになる人がたくさん出るのです。

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このままで過ぎるなら、森にも野原にも、ちょうどあの年のブドリの家族のようになる人がたくさんできるのです。

ブドリはまるで物も食べずに、幾晩も幾晩も考えました。

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ブドリはまるで物も食べずに幾晩も幾晩も考えました。

ある晩ブドリは、クーボー大博士の家をたずねました。

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ある晩ブドリは、クーボー大博士のうちをたずねました。

「先生、大気の中に炭酸ガスが増えて来れば暖かくなるのですか。」

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「先生、気層のなかに炭酸ガスがふえて来れば暖かくなるのですか。」

「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温は、たいてい空気中の炭酸ガスの量で決まっていたと言われるくらいだからね。」

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「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温は、たいてい空気中の炭酸ガスの量できまっていたと言われるくらいだからね。」

「カルボナード火山島が、いま爆発したら、この気候を変えるくらいの炭酸ガスを噴くでしょうか。」

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「カルボナード火山島が、いま爆発したら、この気候を変えるくらいの炭酸ガスをくでしょうか。」

「それはぼくも計算した。あれがいま爆発すれば、ガスはすぐ大循環の上層の風にまじって地球全体を包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均で五度ぐらい暖かくするだろうと思う。」

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「それは僕も計算した。あれがいま爆発すれば、ガスはすぐ大循環の上層の風にまじって地球ぜんたいを包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均で五度ぐらい暖かくするだろうと思う。」

「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」

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「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」

「それはできるだろう。けれども、その仕事に行った者のうち、最後の一人はどうしても逃げられないのでね。」

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「それはできるだろう。けれども、その仕事に行ったもののうち、最後の一人はどうしても逃げられないのでね。」

「先生、私にそれをやらせてください。どうか先生からペンネン先生へお許しが出るよう、お言葉をください。」

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「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へお許しの出るようおことばをください。」

「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事に代われる者はそうはいない。」

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「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事にかわれるものはそうはない。」

「私のような者は、これからたくさん出てきます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派に、もっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」

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「私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」

「その相談はぼくにはできない。ペンネン技師に話したまえ。」

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「その相談は僕はいかん。ペンネン技師に話したまえ。」

ブドリは帰って来て、ペンネン技師に相談しました。

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ブドリは帰って来て、ペンネン技師に相談しました。

技師はうなずきました。

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技師はうなずきました。

「それはいい。けれどもぼくがやろう。ぼくは今年もう六十三なのだ。ここで死ぬなら、まったく本望というものだ。」

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「それはいい。けれども僕がやろう。僕はことしもう六十三なのだ。ここで死ぬなら全く本望というものだ。」

「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一度うまく爆発してもまもなくガスが雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりにいかないかもしれません。先生が今度行ってしまわれては、あとで何とも工夫がつかなくなると思います。」

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「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発してもまもなくガスが雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりいかないかもしれません。先生が今度おいでになってしまっては、あとなんともくふうがつかなくなると存じます。」

老技師は黙って首をうなだれてしまいました。

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老技師はだまって首をたれてしまいました。

それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。

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それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。

そこにいくつもの櫓が建ち、電線は連結されました。

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そこへいくつものやぐらは建ち、電線は連結されました。

すっかり支度ができると、ブドリはみんなを船で帰してしまって、自分は一人島に残りました。

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すっかりしたくができると、ブドリはみんなを船で帰してしまって、じぶんは一人島に残りました。

そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青空が緑色に濁り、日や月が銅色になったのを見ました。

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そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月があかがねいろになったのを見ました。

けれどもそれから三、四日たつと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。

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けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。

そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずだった、たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かい食べものと、明るい薪で楽しく暮らすことができたのでした。

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そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るいたきぎで楽しく暮らすことができたのでした。