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堕落論 小学生向け

坂口安吾さかぐちあんご)・1990

AI生成この訳はAI(claude-sonnet-4-6)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-23

半年のうちに世の中のようすは変わった。

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半年のうちに世相は変った。

「醜の御楯(しこのみたて)」といって、国を守るために出て行く自分は――。

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しこ御楯みたてといでたつ我は。

「大君のために死のう、後ろを振り返りはしない」。

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大君のへにこそ死なめかへりみはせじ。

若者たちは花が散るように命を落としたが、生き残った同じ彼らが今では闇屋(やみや)、つまりこっそりと物を売る商売をするようになった。

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若者達は花と散ったが、同じ彼等が生き残って闇屋やみやとなる。

「百年も長生きしようとは思わない。いつの日か、天皇陛下のために盾となって戦いに行くと、あなたと約束している」。

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ももとせの命ねがはじいつの日か御楯とゆかん君とちぎりて。

心を込めて男を送り出した女性たちも、半年という月日がたつうちに、夫の位牌(いはい)、つまり亡くなった人を祀る木の板にお参りすることさえ、だんだん事務的になっていくだろうし、やがて新しい人を好きになる日もそう遠くないだろう。

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けなげな心情で男を送った女達も半年の月日のうちに夫君の位牌いはいにぬかずくことも事務的になるばかりであろうし、やがて新たな面影を胸に宿すのも遠い日のことではない。

人間が変わったわけではない。

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人間が変ったのではない。

人間はもともとそういうものであり、変わったのは世の中の表面だけのことだ。

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人間は元来そういうものであり、変ったのは世相の上皮だけのことだ。

昔、四十七人の侍(四十七士)の命を助けるよりも処刑を行った理由の一つは、彼らが生き続けることで恥ずかしいことをして、せっかくの良い名前を汚す人が出てはいけないという、年寄りのような心配からだったそうだ。

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昔、四十七士の助命を排して処刑を断行した理由の一つは、彼等が生きながらえて生き恥をさらし折角せっかくの名を汚す者が現れてはいけないという老婆心であったそうな。

現代の法律にはそんな人情はない。

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現代の法律にこんな人情は存在しない。

けれども人の気持ちにはこういう傾向がかなり残っていて、美しいものを美しいまま終わらせたいというのは、多くの人が持つ気持ちの一つのようだ。

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けれども人の心情には多分にこの傾向が残っており、美しいものを美しいままで終らせたいということは一般的な心情の一つのようだ。

十数年前のことだが、初めての恋のまま愛の一生を終わらせようと、大磯(おおいそ)というところで心中した学生と娘がいて、世間の同情はとても大きかった。私自身も、数年前に私ととても親しかった姪(めい)の一人が二十一歳のときに自殺したとき、美しいうちに死んでくれてよかったような気がした。

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十数年前だかに童貞処女のまま愛の一生を終らせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが世人の同情は大きかったし、私自身も、数年前に私と極めて親しかっためいの一人が二十一の年に自殺したとき、美しいうちに死んでくれて良かったような気がした。

一見おとなしそうな娘だったが、壊れそうな危うさがあって、まっさかさまに地獄へ落ちていくような不安を感じさせるところがあり、その一生をまともに見ていられないような気がしていたからだった。

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一見清楚せいそな娘であったが、壊れそうな危なさがあり真逆様まっさかさまに地獄へちる不安を感じさせるところがあって、その一生を正視するに堪えないような気がしていたからであった。

この戦争中、文学者は未亡人(夫を亡くした女性)の恋愛を書くことを禁じられていた。

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この戦争中、文士は未亡人の恋愛を書くことを禁じられていた。

戦争で夫を亡くした女性をそそのかして道を踏み外させてはいけないという、軍や政治家たちのたくらみで、彼女たちに使徒(しと)のような残りの一生を送らせようとしていたのだろう。

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戦争未亡人を挑発堕落させてはいけないという軍人政治家の魂胆で彼女達に使徒の余生を送らせようと欲していたのであろう。

軍人たちは人の悪いところを見抜くのが得意で、女心が変わりやすいことを知らなかったわけではなく、知りすぎていたからこそ、こういう禁止事項を思いついたのだった。

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軍人達の悪徳に対する理解力は敏感であって、彼等は女心の変り易さを知らなかったわけではなく、知りすぎていたので、こういう禁止項目を案出に及んだまでであった。

日本の武人(ぶじん)はもともと女性や子どもの気持ちを分からないと言われているが、それは表面だけの見方で、彼らが考え出した武士道という厳しいルールは、人間の弱さに対する防壁(ぼうへき)、つまり壁の役割を果たすことが最も大きな意味だった。

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いったいが日本の武人は古来婦女子の心情を知らないと言われているが、これは皮相の見解で、彼等の案出した武士道という武骨千万な法則は人間の弱点に対する防壁がその最大の意味であった。

武士は仇(かたき)を討つために乞食になってでも相手を追いかけ続けなければならないとされていたが、本当に強い復讐(ふくしゅう)の気持ちで敵を追い続けた忠臣や孝子(こうし)などいたのだろうか。

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武士は仇討のために草の根を分け乞食となっても足跡を追いまくらねばならないというのであるが、真に復讐の情熱をもって仇敵の足跡を追いつめた忠臣孝子があったであろうか。

彼らが知っていたのは仇討ちのルールと、そのルールで決められた名誉だけで、もともと日本人はいちばん憎む気持ちが少なく、長続きもしない国民であり、「昨日の敵は今日の友」という気楽な楽天性が本当の気持ちだろう。

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彼等の知っていたのは仇討の法則と法則に規定された名誉だけで、元来日本人は最も憎悪心の少い又永続しない国民であり、昨日の敵は今日の友という楽天性が実際の偽らぬ心情であろう。

昨日の敵と仲直りするどころか心から親しくなることは日常茶飯事で、敵だからこそかえって親しくなり、すぐに二人の主君に仕えようとするし、昨日の敵にも仕えようとする。

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昨日の敵と妥協否肝胆かんたん相照すのは日常茶飯事であり、仇敵なるが故に一そう肝胆相照らし、たちまち二君に仕えたがるし、昨日の敵にも仕えたがる。

「生きて捕虜の恥を受けてはいけない」と言うが、こういうルールがないと日本人を戦いへ駆り立てることはできないので、私たちはルールには従うが、本当の気持ちはルールとは反対のものだ。

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生きて捕虜の恥を受けるべからず、というが、こういう規定がないと日本人を戦闘にかりたてるのは不可能なので、我々は規約に従順であるが、我々の偽らぬ心情は規約と逆なものである。

日本の戦争の歴史は、武士道の歴史よりも、計略や策略の歴史であり、歴史を調べることよりも、自分自身の本音を見つめることで、歴史のしくみが分かるだろう。

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日本戦史は武士道の戦史よりも権謀術数の戦史であり、歴史の証明にまつよりも自我の本心を見つめることによって歴史のカラクリを知り得るであろう。

今日の軍人・政治家が未亡人の恋愛について書くことを禁じたように、昔の武人は武士道によって自分自身や部下の弱さを抑える必要があった。

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今日の軍人政治家が未亡人の恋愛にいて執筆を禁じた如く、いにしえの武人は武士道によって自らの又部下達の弱点を抑える必要があった。

小林秀雄(こばやしひでお)という評論家は、政治家のタイプを「独自のアイデアはなく、ただ管理したり支配したりするだけの人種」と言っているが、必ずしもそうではないようだ。

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小林秀雄は政治家のタイプを、独創をもたずただ管理し支配する人種と称しているが、必ずしもそうではないようだ。

政治家の大多数はいつもそうだけれど、少数の天才は管理や支配の方法に独自のアイデアを持ち、それが普通の政治家の手本となって、それぞれの時代・それぞれの政治を貫く歴史の形で、巨大な生き物の意志のようなものを示している。

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政治家の大多数は常にそうであるけれども、少数の天才は管理や支配の方法に独創をもち、それが凡庸ぼんような政治家の規範となって個々の時代、個々の政治を貫く一つの歴史の形で巨大な生き者の意志を示している。

政治の場合、歴史は個人を一つ一つつなぎ合わせたものではなく、個人を飲み込んだ別の巨大な生き物として生まれ、歴史のすがたにおいて政治もまた巨大な独自のことをしているのだ。

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政治の場合に於て、歴史は個をつなぎ合せたものでなく、個を没入せしめた別個の巨大な生物となって誕生し、歴史の姿に於て政治もまた巨大な独創を行っているのである。

この戦争をやったのは誰か。東条(とうじょう)であり、軍部であるか。

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この戦争をやった者は誰であるか、東条であり軍部であるか。

そうでもあるが、しかしまた、日本を貫く巨大な生き物、歴史のどうにもならない意志でもあったに違いない。

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そうでもあるが、然し又、日本を貫く巨大な生物、歴史のぬきさしならぬ意志であったに相違ない。

日本人は歴史の前ではただ運命に従う素直な子どもにすぎなかった。

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日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であったにすぎない。

政治家に独自のアイデアがなくても、政治は歴史のすがたにおいてアイデアを持ち、意欲を持ち、止めることのできない歩みで大海の波のように進んでいく。

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政治家によし独創はなくとも、政治は歴史の姿に於て独創をもち、意慾をもち、やむべからざる歩調をもって大海の波の如くに歩いて行く。

誰が武士道を考え出したのか。

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何人が武士道を案出したか。

これもまた歴史の独自のアイデア、あるいは本能のようなものだったのだろう。

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之も亦歴史の独創、又は嗅覚であったであろう。

歴史はいつも人間のにおいをかぎつけている。

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歴史は常に人間を嗅ぎだしている。

そして武士道は人間の性質や本能に対する禁止事項なので人間らしくない・人間の本能に反するものだが、その人間の性質や本能をよく見抜いた結果という点では、まったく人間的なものだ。

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そして武士道は人性や本能に対する禁止条項である為に非人間的反人性的なものであるが、その人性や本能に対する洞察の結果である点に於ては全く人間的なものである。

私は天皇制についても、とても日本らしい(だから或いは独自の)政治的な作品を見るのだ。

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私は天皇制に就ても、極めて日本的な(従って或いは独創的な)政治的作品を見るのである。

天皇制は天皇が自分で作り出したものではない。

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天皇制は天皇によって生みだされたものではない。

天皇は時に自ら陰謀(いんぼう)を企てたこともあるけれど、だいたい何もしておらず、その陰謀は常にうまくいかず、島流しになったり山奥に逃げたりして、結局いつも政治的な理由によってその存在を認められてきた。

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天皇は時に自ら陰謀を起したこともあるけれども、概して何もしておらず、その陰謀は常に成功のためしがなく、島流しとなったり、山奥へ逃げたり、そして結局常に政治的理由によってその存立を認められてきた。

世間に忘れられた時でさえ政治的に担ぎ出されてくるのであって、その存在の政治的な理由はいわば政治家たちの本能によるもので、彼らは日本人の癖を見抜き、その癖の中に天皇制を発見していたのだ。

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社会的に忘れた時にすら政治的にかつぎだされてくるのであって、その存立の政治的理由はいわば政治家達の嗅覚によるもので、彼等は日本人の性癖を洞察し、その性癖の中に天皇制を発見していた。

それは天皇家に限ることではない。

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それは天皇家に限るものではない。

代われるものなら、孔子(こうし)の家でも釈迦(しゃか)の家でもレーニンの家でも構わなかった。

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代り得るものならば、孔子家でも釈迦しゃか家でもレーニン家でも構わなかった。

ただ代われなかっただけだ。

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ただ代り得なかっただけである。

少なくとも日本の政治家たち(貴族や武士)は、自分たちがずっと栄えるための手段として、絶対的な君主の必要をかぎつけていた。

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すくなくとも日本の政治家達(貴族や武士)は自己の永遠の隆盛(それは永遠ではなかったが、彼等は永遠を夢みたであろう)を約束する手段として絶対君主の必要を嗅ぎつけていた。

平安時代(へいあんじだい)の藤原氏(ふじわらし)は天皇を自分勝手に立てたり替えたりしながら、自分が天皇の下の立場であることを疑いもしなかったし、迷惑にも思っていなかった。

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平安時代の藤原氏は天皇の擁立を自分勝手にやりながら、自分が天皇の下位であるのを疑りもしなかったし、迷惑にも思っていなかった。

天皇の存在によって仲間内の争いを解決し、弟は兄を負かし、兄は父をやっつける。

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天皇の存在によって御家騒動の処理をやり、弟は兄をやりこめ、兄は父をやっつける。

彼らは本能的に実利を重んじる人々であり、自分の人生が楽しければよかったし、そのくせ儀式を盛大にして天皇に挨拶する奇妙な形式が大好きで、満足していた。

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彼等は本能的な実質主義者であり、自分の一生がたのしければ良かったし、そのくせ朝儀を盛大にして天皇を拝賀する奇妙な形式が大好きで、満足していた。

天皇を拝むことが、自分自身の威厳を示し、また、自分でも威厳を感じる手段でもあったのだ。

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天皇を拝むことが、自分自身の威厳を示し、又、自ら威厳を感じる手段でもあったのである。

私たちには実際ばかげたことだ。

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我々にとっては実際馬鹿げたことだ。

私たちは靖国神社(やすくにじんじゃ)の下を電車が曲がるたびに頭を下げさせられることをばかばかしく感じていたが、ある種の人々にとっては、そうすることでしか自分を感じられないのであって、私たちは靖国神社についてはそのばかばかしさを笑うけれど、他のことについて、同じようなばかげたことを自分でもやっている。

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我々は靖国神社の下を電車が曲るたびに頭を下げさせられる馬鹿らしさには閉口したが、或種の人々にとっては、そうすることによってしか自分を感じることが出来ないので、我々は靖国神社に就てはその馬鹿らしさを笑うけれども、外の事柄に就て、同じような馬鹿げたことを自分自身でやっている。

そして自分のばかばかしさには気づかないだけのことだ。

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そして自分の馬鹿らしさには気づかないだけのことだ。

宮本武蔵(みやもとむさし)は一乗寺下り松(いちじょうじさがりまつ)の決闘場へ急ぐ途中、八幡様の前を通りかかって思わず拝みかけて思いとどまったというが、「神仏に頼らない」という彼の教えは、この自分の癖から生まれ、またそれに向けた後悔の深い言葉であり、私たちは自分から進んでずいぶんばかげたものを拝み、ただそれを意識していないだけのことだ。

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宮本武蔵は一乗寺下り松の果し場へ急ぐ途中、八幡様の前を通りかかって思わず拝みかけて思いとどまったというが、吾神仏をたのまずという彼の教訓は、この自らの性癖に発し、又向けられた悔恨深い言葉であり、我々は自発的にはずいぶん馬鹿げたものを拝み、ただそれを意識しないというだけのことだ。

道徳を教える先生は教壇で最初に書物を頭の上に持ち上げて拝むが、彼はそのことに自分の威厳と自分自身の存在さえも感じているのだろう。

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道学先生は教壇で先ず書物をおしいただくが、彼はそのことに自分の威厳と自分自身の存在すらも感じているのであろう。

そして私たちも何かにつけて似たことをやっている。

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そして我々も何かにつけて似たことをやっている。

日本人のように計略や策略を好む国民には、計略のためにも大義名分のためにも天皇が必要であり、個々の政治家は必ずしもその必要を感じていなくても、歴史的な本能において彼らはその必要を感じるよりも自分のいる現実を疑うことがなかったのだ。

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日本人の如く権謀術数を事とする国民には権謀術数のためにも大義名分のためにも天皇が必要で、個々の政治家は必ずしもその必要を感じていなくとも、歴史的な嗅覚に於て彼等はその必要を感じるよりも自らの居る現実を疑ることがなかったのだ。

豊臣秀吉(とよとみひでよし)は聚楽第(じゅらくだい)に天皇をお迎えして、自らその盛大な行事に泣いていたが、自分の威厳をそれによって感じると同時に、宇宙の神をそこに見ていた。

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秀吉は聚楽じゅらくに行幸を仰いで自ら盛儀に泣いていたが、自分の威厳をそれによって感じると同時に、宇宙の神をそこに見ていた。

これは秀吉の場合であって他の政治家の場合ではないが、計略がたとえば悪魔の手段だとしても、悪魔が小さな子どものように神を拝むことも必ずしも不思議ではない。

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これは秀吉の場合であって、他の政治家の場合ではないが、権謀術数がたとえば悪魔の手段にしても、悪魔が幼児の如くに神を拝むことも必ずしも不思議ではない。

どんな矛盾(むじゅん)もありうるのだ。

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どのような矛盾も有り得るのである。

つまり天皇制というものも武士道と同じ種類のもので、「女心は変わりやすいから、貞節な女性は二人の夫に従わない」

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要するに天皇制というものも武士道と同種のもので、女心は変り易いから「節婦は二夫にまみえず」

という、禁止することそのものは人間らしくなく・人間の本能に反するものだけれど、その洞察(どうさつ)、つまり人間の本質を見抜いた真実において人間的であることと同じように、天皇制そのものは真実でも自然でもないが、そこに至る歴史的な発見や見抜きにおいて、簡単に否定しがたい深刻な意味を含んでおり、表面的な真実や自然の法則だけでは割り切れない。

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という、禁止自体は非人間的、反人性的であるけれども、洞察の真理に於て人間的であることと同様に、天皇制自体は真理ではなく、又自然でもないが、そこに至る歴史的な発見や洞察に於て軽々しく否定しがたい深刻な意味を含んでおり、ただ表面的な真理や自然法則だけでは割り切れない。

美しいものを美しいままで終わらせたいと願うことはちっぽけな人情であり、私の姪(めい)の場合にしても、自殺などせず生き抜き、そして地獄に落ちて暗く広い荒野をさまようことを願うべきだったかもしれない。

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まったく美しいものを美しいままで終らせたいなどとねがうことは小さな人情で、私の姪の場合にしたところで、自殺などせず生きぬきそして地獄にちて暗黒の曠野こうやをさまようことを希うべきであるかも知れぬ。

実際、私自身が自分に課した文学の道とはそういう荒野をさまよい続けることだが、それでも美しいものを美しいままで終わらせたいという小さな願いを消し去るわけにもいかない。

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現に私自身が自分に課した文学の道とはかかる曠野の流浪であるが、それにもかかわらず美しいものを美しいままで終らせたいという小さな希いを消し去るわけにも行かぬ。

未完成の美は美ではない。

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未完の美は美ではない。

当然落ちるべき地獄での苦しい旅そのものが美でありうる時にはじめて美と呼べるのかもしれないが、二十歳の若い娘をわざわざ六十歳の老いたみにくい姿の上に重ねて常に見なければならないのか。

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その当然堕ちるべき地獄での遍歴に淪落りんらく自体が美でありうる時に始めて美とよびうるのかも知れないが、二十の処女をわざわざ六十の老醜の姿の上で常に見つめなければならぬのか。

これは私には分からない。

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これは私には分らない。

私は二十歳の美しい女性を好む。

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私は二十の美女を好む。

「死んでしまえば身も蓋もない」と言うが、果たしてどういうものだろうか。

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死んでしまえば身もふたもないというが、果してどういうものであろうか。

戦争に負けて、結局かわいそうなのは戦争で亡くなった英霊たちだ、という考え方も私は素直に認めることができない。

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敗戦して、結局気の毒なのは戦歿した英霊達だ、という考え方も私は素直に肯定することができない。

けれども、六十歳を過ぎた将軍たちがなお生きることに未練を持ちながら法廷に引かれることを思うと、何が人生の魅力なのか私にはさっぱり分からず、しかし恐らく私自身も、もしも私が六十歳の将軍だったならやはり生きることに未練を持って法廷に引かれるだろうと思わずにいられないので、私は「生きる」という不思議な力にただぼうぜんとするばかりだ。

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けれども、六十すぎた将軍達がなお生に恋々として法廷にひかれることを思うと、何が人生の魅力であるか、私には皆目分らず、然し恐らく私自身も、もしも私が六十の将軍であったなら矢張り生に恋々として法廷にひかれるであろうと想像せざるを得ないので、私は生という奇怪な力にただ茫然たるばかりである。

私は二十歳の美しい女性を好むが、老いた将軍もまた二十歳の美しい女性を好んでいるのだろうか。

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私は二十の美女を好むが、老将軍も亦二十の美女を好んでいるのか。

そして戦争で亡くなった英霊たちがかわいそうなのも、二十歳の美しい女性を好むという意味においてなのか。

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そして戦歿の英霊が気の毒なのも二十の美女を好む意味に於てであるか。

そのように形のはっきりしたものなら、私も安心することができるし、そこから一途(いちず)に二十歳の美しい女性を追い求める信念さえも持てるのだが、生きることはもっと訳の分からないものだ。

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そのように姿の明確なものなら、私は安心することもできるし、そこから一途いちずに二十の美女を追っかける信念すらも持ちうるのだが、生きることは、もっとわけの分らぬものだ。

私は血を見ることがとても嫌いで、いつか目の前で自動車が衝突したとき、私はくるりと振り向いて逃げ出していた。

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私は血を見ることが非常に嫌いで、いつか私の眼前で自動車が衝突したとき、私はクルリと振向いて逃げだしていた。

けれども、私は大きな破壊が好きだった。

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けれども、私は偉大な破壊が好きであった。

私は爆弾や焼夷弾(しょういだん)、つまり建物を焼く爆弾に震えながら、激しい破壊に強く興奮していたが、それでもこのときほど人間を愛して懐かしく思っていた時はないような気がする。

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私は爆弾や焼夷弾しょういだんおののきながら、狂暴な破壊にはげしく亢奮こうふんしていたが、それにも拘らず、このときほど人間を愛しなつかしんでいた時はないような思いがする。

私は疎開(そかい)を勧められ、また進んで田舎の家を提供してくれようとした数人の親切を断って、東京にとどまっていた。

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私は疎開をすすめ又すすんで田舎の住宅を提供しようと申出てくれた数人の親切をしりぞけて東京にふみとどまっていた。

大井広介(おおいひろすけ)の焼け跡の防空壕(ぼうくうごう)を最後の拠点にするつもりで、そして九州に疎開する大井広介と別れたときは東京からあらゆる友達を失った時でもあったが、やがてアメリカ軍が上陸し周りに重い砲弾が炸裂(さくれつ)するさなかにその防空壕に息をひそめている自分を想像して、私はその運命を受け入れて待ち構える気持ちになっていたのだ。

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大井広介の焼跡の防空壕を、最後の拠点にするつもりで、そして九州へ疎開する大井広介と別れたときは東京からあらゆる友達を失った時でもあったが、やがて米軍が上陸し四辺に重砲弾の炸裂さくれつするさなかにその防空壕に息をひそめている私自身を想像して、私はその運命を甘受し待ち構える気持になっていたのである。

私は死ぬかもしれないと思っていたが、それよりも生き残ることを確信していたに違いない。

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私は死ぬかも知れぬと思っていたが、より多く生きることを確信していたに相違ない。

しかし廃墟(はいきょ)に生き残って、何か夢を持っていたかといえば、私はただ生き残ること以外の何の計算もなかったのだ。

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然し廃墟に生き残り、何か抱負を持っていたかと云えば、私はただ生き残ること以外の何の目算もなかったのだ。

予想もできない新しい世界への不思議な生まれ変わり。

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予想し得ぬ新世界への不思議な再生。

その好奇心は私の一生の中で最も新鮮なものであり、その不思議な新鮮さへの代償として東京にとどまることに賭ける必要があるという不思議なおまじないに取り憑(つ)かれていただけだった。

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その好奇心は私の一生の最も新鮮なものであり、その奇怪な鮮度に対する代償としても東京にとどまることを賭ける必要があるという奇妙な呪文にかれていたというだけであった。

そのくせ私は臆病(おくびょう)で、昭和二十年の四月四日という日、私は初めて周りで二時間にわたる爆撃を経験したのだが、頭上の照明弾(しょうめいだん)で昼のように明るくなった。そのときちょうど上京していた兄が防空壕の中から「焼夷弾か」と聞いた。いや照明弾が落ちてくるのだと答えようとした私は、一度お腹に力を入れないと声がまったく出ないという状態を知った。

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そのくせ私は臆病で、昭和二十年の四月四日という日、私は始めて四周に二時間にわたる爆撃を経験したのだが、頭上の照明弾で昼のように明るくなった、そのとき丁度上京していた次兄が防空壕の中から焼夷弾かと訊いた、いや照明弾が落ちてくるのだと答えようとした私は一応腹に力を入れた上でないと声が全然でないという状態を知った。

また、当時日本映画社に勤めていた私は、銀座が爆撃された直後、次の編隊の来襲を銀座の日映(にちえい)の屋上で迎えたが、五階の建物の上に塔があり、この上に三台のカメラが据えてある。

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又、当時日本映画社の嘱託だった私は銀座が爆撃された直後、編隊の来襲を銀座の日映の屋上で迎えたが、五階の建物の上に塔があり、この上に三台のカメラが据えてある。

空襲警報が鳴ると路上・窓・屋上、銀座からあらゆる人の姿が消え、屋上の高射砲の陣地さえも塹壕(ざんごう)に隠れて人影はなく、ただ空の下にさらされている人の姿は日映屋上の十人ほどの一団だけだった。

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空襲警報になると路上、窓、屋上、銀座からあらゆる人の姿が消え、屋上の高射砲陣地すらも掩壕えんごうに隠れて人影はなく、ただ天地に露出する人の姿は日映屋上の十名程の一団のみであった。

まず石川島に焼夷弾の雨が降り、次の編隊が真上へくる。

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先ず石川島に焼夷弾の雨がふり、次の編隊が真上へくる。

私は足の力が抜けていくことを感じた。

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私は足の力が抜け去ることを意識した。

煙草をくわえてカメラを編隊に向けている、憎らしいほど落ち着いたカメラマンの姿に驚いたのだった。

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煙草をくわえてカメラを編隊に向けている憎々しいほど落着いたカメラマンの姿に驚嘆したのであった。

けれども私は大きな破壊を愛していた。

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けれども私は偉大な破壊を愛していた。

運命に従う人間の姿は不思議に美しいものだ。

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運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである。

麹町(こうじまち)のあらゆる大きな屋敷が嘘のように消え失せてまだくすぶっており、上品な父と娘がたった一つの赤い皮のトランクをはさんでお堀のそばの緑の草の上に座っている。

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麹町こうじまちのあらゆる大邸宅が嘘のように消え失せて余燼よじんをたてており、上品な父と娘がたった一つの赤皮のトランクをはさんで濠端の緑草の上に坐っている。

片側にくすぶり続ける広大な廃墟がなければ、穏やかなピクニックと何ら変わりがない。

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片側に余燼をあげる茫々たる廃墟がなければ、平和なピクニックと全く変るところがない。

ここも消え失せて広大にただくすぶり続けている道玄坂(どうげんざか)では、坂の途中にどうやら爆撃によるものではなく車にひき殺されたと思われる死体が倒れており、一枚のトタンがかぶせてある。

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ここも消え失せて茫々ただ余燼をたてている道玄坂どうげんざかでは、坂の中途にどうやら爆撃のものではなく自動車にひき殺されたと思われる死体が倒れており、一枚のトタンがかぶせてある。

そのそばに銃剣を持った兵隊が立っていた。

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かたわらに銃剣の兵隊が立っていた。

行く人、戻る人、被災した人たちの長い長い流れがまるでただ無心の流れのように死体をすり抜けて行き交い、路上の血にも気づく人すらおらず、たまたま気づく人がいても、捨てられた紙くずを見るほどの関心しか示さない。

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行く者、帰る者、罹災者りさいしゃ達の蜿蜓えんえんたる流れがまことにただ無心の流れの如くに死体をすりぬけて行き交い、路上の鮮血にも気づく者すら居らず、たまさか気づく者があっても、捨てられた紙屑を見るほどの関心しか示さない。

アメリカ人たちは終戦直後の日本人は力が抜けてぼんやりしていると言ったが、爆撃直後の被災者たちの行進は力が抜けてぼんやりしているのとは種類の違う、驚くほど充実した重みのある無心であり、素直な運命の子どもだった。

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米人達は終戦直後の日本人は虚脱し放心していると言ったが、爆撃直後の罹災者達の行進は虚脱や放心と種類の違った驚くべき充満と重量をもつ無心であり、素直な運命の子供であった。

笑っているのはいつも十五・六歳から十六・七歳の娘たちだった。

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笑っているのは常に十五六、十六七の娘達であった。

彼女たちの笑顔はさわやかだった。

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彼女達の笑顔はさわやかだった。

焼け跡を掘り返して焼けたバケツに掘り出した陶器を入れていたり、わずかばかりの荷物の番をして路上で日向ぼっこをしていたり、この年頃の娘たちは未来の夢でいっぱいで現実などは苦にならないのだろうか、それとも高い見栄(みえ)のためだろうか。

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焼跡をほじくりかえして焼けたバケツへ掘りだした瀬戸物を入れていたり、わずかばかりの荷物の張番をして路上に日向ぼっこをしていたり、この年頃の娘達は未来の夢でいっぱいで現実などは苦にならないのであろうか、それとも高い虚栄心のためであろうか。

私は焼け野原に娘たちの笑顔を探すのが楽しみだった。

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私は焼野原に娘達の笑顔を探すのがたのしみであった。

あの大きな破壊の下では、運命はあったが、堕落(だらく)はなかった。

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あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。

無心だったが、充実していた。

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無心であったが、充満していた。

猛烈な炎をくぐって逃げのびてきた人たちは、燃えかけている家のそばに群がって寒さをしのいでいて、同じ火を必死に消そうとしている人々から一メートルも離れていないのに、まったく別の世界にいるのだった。

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猛火をくぐって逃げのびてきた人達は、燃えかけている家のそばに群がって寒さの煖をとっており、同じ火に必死に消火につとめている人々から一尺離れているだけで全然別の世界にいるのであった。

大きな破壊、その驚くべき愛情。

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偉大な破壊、その驚くべき愛情。

大きな運命、その驚くべき愛情。

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偉大な運命、その驚くべき愛情。

それに比べると、戦争に負けたあとの人々のようすはただの堕落にすぎない。

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それに比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない。

だが、堕落ということの驚くほど平凡でごく当たり前なことに比べると、あのすさまじい大きな破壊の愛情や運命に従う人間たちの美しさも、泡のようにはかない幻にすぎないという気がする。

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だが、堕落ということの驚くべき平凡さや平凡な当然さに比べると、あのすさまじい偉大な破壊の愛情や運命に従順な人間達の美しさも、泡沫ほうまつのような虚しい幻影にすぎないという気持がする。

江戸幕府の考えは、四十七士を殺すことで彼らを永遠の義士(ぎし)にしようとしたのだが、四十七名の堕落だけは防げたとしても、人間自体が常に義士から平凡な人へ、また地獄へと落ち続けることを防ぐことはできない。

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徳川幕府の思想は四十七士を殺すことによって永遠の義士たらしめようとしたのだが、四十七名の堕落のみは防ぎ得たにしたところで、人間自体が常に義士から凡俗へ又地獄へ転落しつづけていることを防ぎうるよしもない。

「貞節な女性は二人の夫に従わない、忠義の臣は二人の主君に仕えない」とルールを決めても人間の転落は防げず、たとえ処女を殺してその純潔を守ることに成功しても、堕落の平凡な足音、ただ打ち寄せる波のようなその当然な足音に気づくとき、人の力の小ささ、人の力で守られた処女の純潔の小ささなどは泡のようにはかない幻にすぎないと気づかずにいられない。

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節婦は二夫に見えず、忠臣は二君に仕えず、と規約を制定してみても人間の転落は防ぎ得ず、よしんば処女を刺し殺してその純潔を保たしめることに成功しても、堕落の平凡な跫音あしおと、ただ打ちよせる波のようなその当然な跫音に気づくとき、人為の卑小さ、人為によって保ち得た処女の純潔の卑小さなどは泡沫の如き虚しい幻像にすぎないことを見出さずにいられない。

特攻隊(とっこうたい)の勇者はただの幻にすぎず、人間の歴史は闇屋(やみや)になるところから始まるのではないのか。

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特攻隊の勇士はただ幻影であるにすぎず、人間の歴史は闇屋となるところから始まるのではないのか。

未亡人が聖女のような一生を送ることも幻にすぎず、新しい愛する人を胸に描くところから人間の歴史が始まるのではないのか。

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未亡人が使徒たることも幻影にすぎず、新たな面影を宿すところから人間の歴史が始まるのではないのか。

そしてあるいは天皇もただの幻にすぎず、ただの人間になるところから本当の天皇の歴史が始まるのかもしれない。

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そして或は天皇もただ幻影であるにすぎず、ただの人間になるところから真実の天皇の歴史が始まるのかも知れない。

歴史という生き物の巨大さと同じように、人間自体も驚くほど巨大だ。

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歴史という生き物の巨大さと同様に人間自体も驚くほど巨大だ。

生きるということは実に唯一の不思議だ。

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生きるという事は実に唯一の不思議である。

六十・七十歳の将軍たちが切腹(せっぷく)もせず並んで法廷に引かれるなどとは終戦によって発見された壮観な人間の姿であり、日本は負け、そして武士道は亡びたが、堕落という本当の母胎によって初めて人間が誕生したのだ。

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六十七十の将軍達が切腹もせずくつわを並べて法廷にひかれるなどとは終戦によって発見された壮観な人間図であり、日本は負け、そして武士道は亡びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ。

「生きよ、堕ちよ」、その正しい順序の外に、本当に人間を救うことのできる便利な近道がありうるだろうか。

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生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。

私は切腹(ハラキリ)を好まない。

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私はハラキリを好まない。

昔、松永弾正(まつながだんじょう)という老練で陰気な陰謀家は、織田信長(おだのぶなが)に追い詰められて仕方なく城とともに死んだが、死ぬ直前に毎日の習慣通り長生きのためのお灸(きゅう)をすえ、それから鉄砲を顔に当てて顔を打ち砕いて死んだ。

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昔、松永弾正という老獪ろうかい陰鬱な陰謀家は信長に追いつめられて仕方なく城を枕に討死したが、死ぬ直前に毎日の習慣通り延命のきゅうをすえ、それから鉄砲を顔に押し当て顔を打ち砕いて死んだ。

そのときは七十歳を過ぎていたが、人前で平気で女性と戯れる性悪な男だった。

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そのときは七十をすぎていたが、人前で平気で女と戯れる悪どい男であった。

この男の死に方には共感するが、私は切腹は好きではない。

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この男の死に方には同感するが、私はハラキリは好きではない。

私は震えながら、しかし、うっとりとその美しさに見とれていたのだ。

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私はおののきながら、然し、惚れ惚れとその美しさに見とれていたのだ。

私は考える必要がなかった。

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私は考える必要がなかった。

そこには美しいものがあるばかりで、人間がいなかったからだ。

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そこには美しいものがあるばかりで、人間がなかったからだ。

実際、泥棒さえもいなかった。

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実際、泥棒すらもいなかった。

近ごろの東京は暗いと言うが、戦争中は本当の闇で、そのくせどんな深夜でも強盗などの心配はなく、真っ暗な夜中を歩き、戸締まりなしで眠っていたのだ。

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近頃の東京は暗いというが、戦争中は真の闇で、そのくせどんな深夜でもオイハギなどの心配はなく、暗闇の深夜を歩き、戸締なしで眠っていたのだ。

戦争中の日本は嘘のような理想の世界で、ただはかない美しさが咲きあふれていた。

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戦争中の日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた。

それは人間の本当の美しさではない。

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それは人間の真実の美しさではない。

そしてもし私たちが考えることを忘れるなら、これほど気楽でそして壮観な見せ物はないだろう。

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そしてもし我々が考えることを忘れるなら、これほど気楽なそして壮観な見世物はないだろう。

たとえ爆弾の絶えない恐怖があるにしても、考えることがない限り、人は常に気楽であり、ただうっとりと見とれていればよかったのだ。

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たとえ爆弾の絶えざる恐怖があるにしても、考えることがない限り、人は常に気楽であり、ただ惚れ惚れと見とれておれば良かったのだ。

私は一人の馬鹿だった。

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私は一人の馬鹿であった。

最も無邪気に戦争と遊び戯れていた。

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最も無邪気に戦争と遊び戯れていた。

終戦後、私たちはあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、自らのよく分からない限界とその不自由さに気づくだろう。

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終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。

人間は永遠に自由であることはできない。

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人間は永遠に自由では有り得ない。

なぜなら人間は生きており、また死なねばならず、そして人間は考えるからだ。

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なぜなら人間は生きており、又死なねばならず、そして人間は考えるからだ。

政治の上での改革は一日にして行われるが、人間の変化はそうはいかない。

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政治上の改革は一日にして行われるが、人間の変化はそうは行かない。

はるか昔のギリシャで発見され確立への一歩を踏み出した人間の性質が、今日、どれほどの変化を示しているだろうか。

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遠くギリシャに発見され確立の一歩を踏みだした人性が、今日、どれほどの変化を示しているであろうか。

人間。

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人間。

戦争がどんなにすさまじい破壊と運命をもって向かってきても、人間自体をどうすることもできない。

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戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって向うにしても人間自体をどう為しうるものでもない。

戦争は終わった。

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戦争は終った。

特攻隊の勇者はすでに闇屋(やみや)となり、未亡人はすでに新しい愛する人への思いで胸をふくらませているではないか。

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特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。

人間は変わりはしない。

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人間は変りはしない。

ただ人間に戻ってきただけだ。

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ただ人間へ戻ってきたのだ。

人間は堕落(だらく)する。

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人間は堕落する。

義士(ぎし)も聖女(せいじょ)も堕落する。

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義士も聖女も堕落する。

それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。

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それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。

人間は生き、人間は堕ちる。

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人間は生き、人間は堕ちる。

そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。

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そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。

戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。

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戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。

人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。

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人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。

だが人間は永遠に堕ち続けることはできないだろう。

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だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。

なぜなら人間の心は苦しみに対して鉄のように強くはいられない。

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なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。

人間はかわいくて弱く、それゆえに愚かなものだが、堕ち続けるためには弱すぎる。

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人間は可憐であり脆弱ぜいじゃくであり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。

人間は結局、純粋さを守れず傷つけずにはいられず、武士道を作り出さずにはいられず、天皇を担ぎ出さずにはいられなくなるだろう。

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人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。

だが他人の純粋さではなく自分自身の純粋さを傷つけ、自分自身の武士道・自分自身の天皇を作り出すためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。

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だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。

そして人と同じように日本もまた堕ちることが必要だろう。

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そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。

堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。

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堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。

政治による救いなどは表面だけのどうにもならないものだ。

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政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。