AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28)
原文: 一 「日本的」
一 「日本的」
原文: ということ
ということ
原文: 僕は日本の古代文化に就て殆んど知識を持っていない。
僕は日本の古代文化についてほとんど知識を持っていない。
原文: ブルーノ・タウトが絶讃する桂離宮も見たことがなく、玉泉も大雅堂も竹田も鉄斎も知らないのである。
ブルーノ・タウトが絶賛する桂離宮も見たことがなく、玉泉も大雅堂も竹田も鉄斎も知らないのである。
原文: 況んや、秦蔵六だの竹源斎師など名前すら聞いたことがなく、第一、めったに旅行することがないので、祖国のあの町この村も、風俗も、山河も知らないのだ。
まして、秦蔵六だとか竹源斎師などは名前すら聞いたことがなく、だいたい、めったに旅行することがないので、祖国のあの町この村も、風俗も、山や川も知らないのだ。
原文: タウトによれば日本に於ける最も俗悪な都市だという新潟市に僕は生れ、彼の蔑み嫌うところの上野から銀座への街、ネオン・サインを僕は愛す。
タウトによれば日本で最も俗悪な都市だという新潟市に僕は生まれ、彼が軽蔑し嫌う上野から銀座への街、ネオンサインを僕は愛す。
原文: 茶の湯の方式など全然知らない代りには、猥りに酔い痴れることをのみ知り、孤独の家居にいて、床の間などというものに一顧を与えたこともない。
茶の湯の作法など全然知らない代わりに、やたらと酔いしれることだけを知っていて、ひとり家にいても、床の間などというものに目を向けたことすらない。
原文: けれども、そのような僕の生活が、祖国の光輝ある古代文化の伝統を見失ったという理由で、貧困なものだとは考えていない(然し、ほかの理由で、貧困だという内省には悩まされているのだが――)。
けれども、そんな僕の生活が、祖国の輝かしい古代文化の伝統を見失ったという理由で貧しいものだとは考えていない(ただし、別の理由で、貧しいのではないかという反省には悩まされているのだが――)。
原文: タウトはある日、竹田の愛好家というさる日本の富豪の招待を受けた。
タウトはある日、竹田の愛好家だというある日本の富豪に招待された。
原文: 客は十名余りであった。
客は十名あまりだった。
原文: 主人は女中の手をかりず、自分で倉庫と座敷の間を往復し、一幅ずつの掛物を持参して床の間へ吊し一同に披露して、又、別の掛物をとりに行く、名画が一同を楽しませることを自分の喜びとしているのである。
主人は女中の手を借りず、自分で倉庫と座敷の間を行き来し、掛物を一幅ずつ持ってきて床の間に吊るし、一同に披露しては、また別の掛物を取りに行く。名画が一同を楽しませることを自分の喜びとしているのである。
原文: 終って、座を変え、茶の湯と、礼儀正しい食膳を供したという。
それが終わると座を移し、茶の湯と、礼儀正しい食事を出したという。
原文: こういう生活が「古代文化の伝統を見失わない」
こういう生活が「古代文化の伝統を見失わない」
原文: ために、内面的に豊富な生活だと言うに至っては内面なるものの目安が余り安直で滅茶苦茶な話だけれども、然し、無論、文化の伝統を見失った僕の方が(そのために)豊富である筈もない。
がゆえに、内面的に豊かな生活だと言うに至っては、内面というものの基準があまりに安直で滅茶苦茶な話だけれども、しかし、もちろん、文化の伝統を見失った僕のほうが(そのために)豊かであるはずもない。
原文: いつかコクトオが、日本へ来たとき、日本人がどうして和服を着ないのだろうと言って、日本が母国の伝統を忘れ、欧米化に汲々たる有様を嘆いたのであった。
いつだったかコクトーが日本へ来たとき、日本人はどうして和服を着ないのだろうと言って、日本が母国の伝統を忘れ、欧米化にあくせくしている有様を嘆いたのだった。
原文: 成程、フランスという国は不思議な国である。
なるほど、フランスという国は不思議な国である。
原文: 戦争が始ると、先ずまっさきに避難したのはルーヴル博物館の陳列品と金塊で、巴里の保存のために祖国の運命を換えてしまった。
戦争が始まると、真っ先に避難させたのはルーヴル博物館の陳列品と金塊で、パリを守るために祖国の運命のほうを取り替えてしまった。
原文: 彼等は伝統の遺産を受継いできたが、祖国の伝統を生むべきものが、又、彼等自身に外ならぬことを全然知らないようである。
彼らは伝統の遺産を受け継いできたが、祖国の伝統を生み出すべきものが、また、彼ら自身にほかならないということを全然知らないようである。
原文: 伝統とは何か?
伝統とは何か。
原文: 国民性とは何か?
国民性とは何か。
原文: 日本人には必然の性格があって、どうしても和服を発明し、それを着なければならないような決定的な素因があるのだろうか。
日本人には必然の性格があって、どうしても和服を発明し、それを着なければならないような決定的な素因があるのだろうか。
原文: 講談を読むと、我々の祖先は甚だ復讐心が強く、乞食となり、草の根を分けて仇を探し廻っている。
講談を読むと、我々の祖先はひどく復讐心が強く、乞食となり、草の根を分けてまで仇を探し歩いている。
原文: そのサムライが終ってからまだ七八十年しか経たないのに、これはもう、我々にとっては夢の中の物語である。
そのサムライの時代が終わってからまだ七、八十年しか経っていないのに、これはもう、我々にとっては夢の中の物語である。
原文: 今日の日本人は、凡そ、あらゆる国民の中で、恐らく最も憎悪心の尠い国民の中の一つである。
今日の日本人は、およそあらゆる国民の中で、おそらく最も憎悪心の少ない国民の一つである。
原文: 僕がまだ学生時代の話であるが、アテネ・フランセでロベール先生の歓迎会があり、テーブルには名札が置かれ席が定まっていて、どういうわけだか僕だけ外国人の間にはさまれ、真正面はコット先生であった。
僕がまだ学生時代の話だが、アテネ・フランセでロベール先生の歓迎会があり、テーブルには名札が置かれて席が決まっていて、どういうわけだか僕だけ外国人の間にはさまれ、真正面はコット先生だった。
原文: コット先生は菜食主義者だから、たった一人献立が別で、オートミルのようなものばかり食っている。
コット先生は菜食主義者だから、たった一人だけ献立が別で、オートミールのようなものばかり食べている。
原文: 僕は相手がなくて退屈だから、先生の食欲ばかり専ら観察していたが、猛烈な速力で、一度匙をとりあげると口と皿の間を快速力で往復させ食べ終るまで下へ置かず、僕が肉を一きれ食ううちに、オートミルを一皿すすり込んでしまう。
僕は話し相手がなくて退屈だったから、先生の食欲ばかりをもっぱら観察していたが、猛烈な速さで、一度匙を取り上げると口と皿の間を高速で往復させ、食べ終わるまで下に置かない。僕が肉を一切れ食べるうちに、オートミールを一皿すすり込んでしまう。
原文: 先生が胃弱になるのは尤もだと思った。
先生が胃弱になるのももっともだと思った。
原文: テーブルスピーチが始った。
テーブルスピーチが始まった。
原文: コット先生が立上った。
コット先生が立ち上がった。
原文: と、先生の声は沈痛なもので、突然、クレマンソーの追悼演説を始めたのである。
すると、先生の声は沈痛なもので、突然、クレマンソーの追悼演説を始めたのである。
原文: クレマンソーは前大戦のフランスの首相、虎とよばれた決闘好きの政治家だが、丁度その日の新聞に彼の死去が報ぜられたのであった。
クレマンソーは前大戦のフランスの首相、虎と呼ばれた決闘好きの政治家だが、ちょうどその日の新聞に彼の死去が報じられたのだった。
原文: コット先生はボルテール流のニヒリストで、無神論者であった。
コット先生はボルテール流のニヒリストで、無神論者だった。
原文: エレジヤの詩を最も愛し、好んでボルテールのエピグラムを学生に教え、又、自ら好んで誦む。
哀歌の詩を最も愛し、好んでボルテールのエピグラムを学生に教え、また、自分でも好んで口ずさむ。
原文: だから先生が人の死に就て思想を通したものでない直接の感傷で語ろうなどとは、僕は夢にも思わなかった。
だから先生が人の死について、思想を通したものではない直接の感傷で語ろうなどとは、僕は夢にも思わなかった。
原文: 僕は先生の演説が冗談だと思った。
僕は先生の演説が冗談だと思った。
原文: 今に一度にひっくり返すユーモアが用意されているのだろうと考えたのだ。
今にいっぺんにひっくり返すユーモアが用意されているのだろうと考えたのだ。
原文: けれども先生の演説は、沈痛から悲痛になり、もはや冗談ではないことがハッキリ分ったのである。
けれども先生の演説は、沈痛から悲痛になり、もはや冗談ではないことがはっきり分かったのである。
原文: あんまり思いもよらないことだったので、僕は呆気にとられ、思わず、笑いだしてしまった。――
あまりに思いもよらないことだったので、僕は呆気にとられ、思わず、笑いだしてしまった。――
原文: その時の先生の眼を僕は生涯忘れることができない。
そのときの先生の眼を僕は生涯忘れることができない。
原文: 先生は、殺しても尚あきたりぬ血に飢えた憎悪を凝らして、僕を睨んだのだ。
先生は、殺してもなお足りないという血に飢えた憎悪を凝らして、僕を睨んだのだ。
原文: このような眼は日本人には無いのである。
このような眼は日本人にはないのである。
原文: 僕は一度もこのような眼を日本人に見たことはなかった。
僕は一度もこのような眼を日本人に見たことはなかった。
原文: その後も特に意識して注意したが、一度も出会ったことがない。
その後も特に意識して注意してきたが、一度も出会ったことがない。
原文: つまり、このような憎悪が、日本人には無いのである。
つまり、このような憎悪が、日本人にはないのである。
原文: 『三国志』
『三国志』
原文: に於ける憎悪、『チャタレイ夫人の恋人』
における憎悪、『チャタレイ夫人の恋人』
原文: に於ける憎悪、血に飢え、八ツ裂にしても尚あき足りぬという憎しみは日本人には殆んどない。
における憎悪、血に飢え、八つ裂きにしてもなお足りないという憎しみは日本人にはほとんどない。
原文: 昨日の敵は今日の友という甘さが、むしろ日本人に共有の感情だ。
昨日の敵は今日の友という甘さが、むしろ日本人に共通の感情だ。
原文: 凡そ仇討にふさわしくない自分達であることを、恐らく多くの日本人が痛感しているに相違ない。
およそ仇討ちにふさわしくない自分たちであることを、おそらく多くの日本人が痛感しているに違いない。
原文: 長年月にわたって徹底的に憎み通すことすら不可能にちかく、せいぜい「食いつきそうな」
長い年月にわたって徹底的に憎み通すことすら不可能に近く、せいぜい「食いつきそうな」
原文: 眼付ぐらいが限界なのである。
目つきくらいが限界なのである。
原文: 伝統とか、国民性とよばれるものにも、時として、このような欺瞞が隠されている。
伝統とか、国民性と呼ばれるものにも、時として、このような欺瞞が隠されている。
原文: 凡そ自分の性情にうらはらな習慣や伝統を、恰も生来の希願のように背負わなければならないのである。
およそ自分の性質とは正反対の習慣や伝統を、まるで生まれつきの願いであるかのように背負わなければならないのである。
原文: だから、昔日本に行われていたことが、昔行われていたために、日本本来のものだということは成立たない。
だから、昔日本で行われていたことが、昔行われていたというだけの理由で日本本来のものだ、ということは成り立たない。
原文: 外国に於て行われ、日本には行われていなかった習慣が、実は日本人に最もふさわしいことも有り得るし、日本に於て行われて、外国には行われなかった習慣が、実は外国人にふさわしいことも有り得るのだ。
外国で行われ、日本では行われていなかった習慣が、実は日本人に最もふさわしいこともあり得るし、日本で行われて、外国では行われなかった習慣が、実は外国人にふさわしいこともあり得るのだ。
原文: 模倣ではなく、発見だ。
模倣ではなく、発見だ。
原文: ゲーテがシェクスピアの作品に暗示を受けて自分の傑作を書きあげたように、個性を尊重する芸術に於てすら、模倣から発見への過程は最も屡々行われる。
ゲーテがシェイクスピアの作品に暗示を受けて自分の傑作を書き上げたように、個性を尊重する芸術においてすら、模倣から発見への過程は最もしばしば行われる。
原文: インスピレーションは、多く模倣の精神から出発して、発見によって結実する。
インスピレーションは、多くは模倣の精神から出発して、発見によって実を結ぶ。
原文: キモノとは何ぞや?
キモノとは何か。
原文: 洋服との交流が千年ばかり遅かっただけだ。
洋服との交流が千年ばかり遅かっただけだ。
原文: そうして、限られた手法以外に、新らたな発明を暗示する別の手法が与えられなかっただけである。
そして、限られた手法以外に、新たな発明を暗示する別の手法が与えられなかっただけである。
原文: 日本人の貧弱な体躯が特にキモノを生みだしたのではない。
日本人の貧弱な体つきがとりわけキモノを生み出したのではない。
原文: 日本人にはキモノのみが美しいわけでもない。
日本人にはキモノだけが美しいというわけでもない。
原文: 外国の恰幅のよい男達の和服姿が、我々よりも立派に見えるに極っている。
外国の恰幅のよい男たちの和服姿のほうが、我々よりも立派に見えるに決まっている。
原文: 小学生の頃、万代橋という信濃川の河口にかかっている木橋がとりこわされて、川幅を半分に埋めたて鉄橋にするというので、長い期間、悲しい思いをしたことがあった。
小学生の頃、万代橋という信濃川の河口にかかっている木橋が取り壊されて、川幅を半分に埋め立てて鉄橋にするというので、長い間、悲しい思いをしたことがあった。
原文: 日本一の木橋がなくなり、川幅が狭くなって、自分の誇りがなくなることが、身を切られる切なさであったのだ。
日本一の木橋がなくなり、川幅が狭くなって、自分の誇りがなくなることが、身を切られるように切なかったのだ。
原文: その不思議な悲しみ方が今では夢のような思い出だ。
その不思議な悲しみ方が今では夢のような思い出だ。
原文: このような悲しみ方は、成人するにつれ、又、その物との交渉が成人につれて深まりながら、却って薄れる一方であった。
このような悲しみ方は、大人になるにつれ、また、その物とのかかわりが大人になるにつれて深まりながら、かえって薄れる一方だった。
原文: そうして、今では、木橋が鉄橋に代り、川幅の狭められたことが、悲しくないばかりか、極めて当然だと考える。
そして、今では、木橋が鉄橋に変わり、川幅が狭められたことが、悲しくないばかりか、きわめて当然だと考える。
原文: 然し、このような変化は、僕のみではないだろう。
しかし、このような変化は、僕だけではないだろう。
原文: 多くの日本人は、故郷の古い姿が破壊されて、欧米風な建物が出現するたびに、悲しみよりも、むしろ喜びを感じる。
多くの日本人は、故郷の古い姿が壊されて、欧米風の建物が現れるたびに、悲しみよりも、むしろ喜びを感じる。
原文: 新らしい交通機関も必要だし、エレベーターも必要だ。
新しい交通機関も必要だし、エレベーターも必要だ。
原文: 伝統の美だの日本本来の姿などというものよりも、より便利な生活が必要なのである。
伝統の美だの日本本来の姿などというものよりも、より便利な生活が必要なのである。
原文: 京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ。
京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ。
原文: 我々に大切なのは「生活の必要」
我々に大切なのは「生活の必要」
原文: だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びない限り、我々の独自性は健康なのである。
だけで、古代文化が全滅しても、生活は滅びず、生活自体が滅びない限り、我々の独自性は健康なのである。
原文: なぜなら、我々自体の必要と、必要に応じた欲求を失わないからである。
なぜなら、我々自身の必要と、必要に応じた欲求を失わないからである。
原文: タウトが東京で講演の時、聴衆の八九割は学生で、あとの一二割が建築家であったそうだ。
タウトが東京で講演したとき、聴衆の八、九割は学生で、あとの一、二割が建築家だったそうだ。
原文: 東京のあらゆる建築専門家に案内状を発送して、尚そのような結果であった。
東京のあらゆる建築専門家に案内状を発送して、なおそのような結果だった。
原文: ヨーロッパでは決してこのようなことは有り得ないそうだ。
ヨーロッパでは決してこのようなことはあり得ないそうだ。
原文: 常に八九割が建築家で、一二割が都市の文化に関心を持つ市長とか町長という名誉職の人々であり、学生などの割りこむ余地はない筈だ、と言うのである。
常に八、九割が建築家で、一、二割が都市の文化に関心を持つ市長とか町長という名誉職の人々であり、学生などの割り込む余地はないはずだ、と言うのである。
原文: 僕は建築界のことに就ては不案内だが、例を文学にとって考えても、たとえばアンドレ・ジッドの講演が東京で行われたにしても、小説家の九割ぐらいは聴きに行きはしないだろう。
僕は建築界のことについては詳しくないが、例を文学にとって考えても、たとえばアンドレ・ジッドの講演が東京で行われたとしても、小説家の九割くらいは聴きに行きはしないだろう。
原文: そうして、矢張り、聴衆の八九割は学生で、おまけに、学生の三割ぐらいは、女学生かも知れないのだ。
そして、やはり、聴衆の八、九割は学生で、おまけに、学生の三割くらいは、女学生かもしれないのだ。
原文: 僕が仏教科の生徒の頃、フランスだのイギリスの仏教学者の講演会に行ってみると、坊主だらけの日本のくせに、聴衆の全部が学生だった。
僕が仏教科の学生だった頃、フランスやイギリスの仏教学者の講演会に行ってみると、坊主だらけの日本のくせに、聴衆の全部が学生だった。
原文: 尤も坊主の卵なのだろう。
もっとも坊主の卵なのだろう。
原文: 日本の文化人が怠慢なのかも知れないが、西洋の文化人が「社交的に」
日本の文化人が怠慢なのかもしれないが、西洋の文化人が「社交的に」
原文: 勤勉なせいでもあるのだろう。
勤勉なせいでもあるのだろう。
原文: 社交的に勤勉なのは必ずしも勤勉ではなく、社交的に怠慢なのは必ずしも怠慢ではない。
社交的に勤勉なのは必ずしも勤勉ではなく、社交的に怠慢なのは必ずしも怠慢ではない。
原文: 勤勉、怠慢はとにかくとして、日本の文化人はまったく困った代物だ。
勤勉、怠慢はともかくとして、日本の文化人はまったく困った代物だ。
原文: 桂離宮も見たことがなく、竹田も玉泉も鉄斎も知らず、茶の湯も知らない。
桂離宮も見たことがなく、竹田も玉泉も鉄斎も知らず、茶の湯も知らない。
原文: 小堀遠州などと言えば、建築家だか、造庭家だか、大名だか、茶人だか、もしかすると忍術使いの家元じゃなかったかね、などと言う奴がある。
小堀遠州などと言えば、建築家だか、造園家だか、大名だか、茶人だか、もしかすると忍術使いの家元じゃなかったかね、などと言う奴がいる。
原文: 故郷の古い建築を叩き毀して、出来損いの洋式バラックをたてて、得々としている。
故郷の古い建築を叩き壊して、出来損ないの洋式バラックを建てて、得意になっている。
原文: そのくせ、タウトの講演も、アンドレ・ジッドの講演も聴きに行きはしないのである。
そのくせ、タウトの講演も、アンドレ・ジッドの講演も聴きに行きはしないのである。
原文: そうして、ネオン・サインの陰を酔っ払ってよろめきまわり、電髪嬢を肴にしてインチキ・ウイスキーを呷っている。
そして、ネオンサインの陰を酔っ払ってよろめき歩き、パーマの女を肴にインチキ・ウイスキーをあおっている。
原文: 呆れ果てた奴等である。
呆れ果てた奴らである。
原文: 日本本来の伝統に認識も持たないばかりか、その欧米の猿真似に至っては体をなさず、美の片鱗をとどめず、全然インチキそのものである。
日本本来の伝統に理解を持たないばかりか、その欧米の猿真似に至っては体をなさず、美のかけらもとどめず、まったくインチキそのものである。
原文: ゲーリー・クーパーは満員客止めの盛況だが、梅若万三郎は数える程しか客が来ない。
ゲーリー・クーパーは満員で客止めになるほどの盛況だが、梅若万三郎は数えるほどしか客が来ない。
原文: かかる文化人というものは、貧困そのものではないか。
こういう文化人というものは、貧困そのものではないか。
原文: 然しながら、タウトが日本を発見し、その伝統の美を発見したことと、我々が日本の伝統を見失いながら、しかも現に日本人であることとの間には、タウトが全然思いもよらぬ距りがあった。
しかしながら、タウトが日本を発見し、その伝統の美を発見したことと、我々が日本の伝統を見失いながら、しかも現に日本人であることとの間には、タウトがまるで思いもよらない隔たりがあった。
原文: 即ち、タウトは日本を発見しなければならなかったが、我々は日本を発見するまでもなく、現に日本人なのだ。
つまり、タウトは日本を発見しなければならなかったが、我々は日本を発見するまでもなく、現に日本人なのだ。
原文: 我々は古代文化を見失っているかも知れぬが、日本を見失う筈はない。
我々は古代文化を見失っているかもしれないが、日本を見失うはずはない。
原文: 日本精神とは何ぞや、そういうことを我々自身が論じる必要はないのである。
日本精神とは何か、そういうことを我々自身が論じる必要はないのである。
原文: 説明づけられた精神から日本が生れる筈もなく、又、日本精神というものが説明づけられる筈もない。
説明づけられた精神から日本が生まれるはずもなく、また、日本精神というものが説明づけられるはずもない。
原文: 日本人の生活が健康でありさえすれば、日本そのものが健康だ。
日本人の生活が健康でありさえすれば、日本そのものが健康だ。
原文: 彎曲した短い足にズボンをはき、洋服をきて、チョコチョコ歩き、ダンスを踊り、畳をすてて、安物の椅子テーブルにふんぞり返って気取っている。
曲がった短い足にズボンをはき、洋服を着て、ちょこちょこ歩き、ダンスを踊り、畳を捨てて、安物の椅子とテーブルにふんぞり返って気取っている。
原文: それが欧米人の眼から見て滑稽千万であることと、我々自身がその便利に満足していることの間には、全然つながりが無いのである。
それが欧米人の目から見て滑稽きわまりないことと、我々自身がその便利さに満足していることの間には、まったくつながりがないのである。
原文: 彼等が我々を憐れみ笑う立場と、我々が生活しつつある立場には、根柢的に相違がある。
彼らが我々を憐れみ笑う立場と、我々が現に生活している立場には、根本的な違いがある。
原文: 我々の生活が正当な要求にもとづく限りは、彼等の憫笑が甚だ浅薄でしかないのである。
我々の生活が正当な要求にもとづくかぎりは、彼らの憐れみ笑いなど、はなはだ浅はかなものでしかないのである。
原文: 彎曲した短い足にズボンをはいてチョコチョコ歩くのが滑稽だから笑うというのは無理がないが、我々がそういう所にこだわりを持たず、もう少し高い所に目的を置いていたとしたら、笑う方が必ずしも利巧の筈はないではないか。
曲がった短い足にズボンをはいてちょこちょこ歩くのが滑稽だから笑うというのは無理もないが、我々がそういうところにこだわりを持たず、もう少し高いところに目的を置いていたとしたら、笑うほうが必ずしも利口だとはかぎらないではないか。
原文: 僕は先刻白状に及んだ通り、桂離宮も見たことがなく、雪舟も雪村も竹田も大雅堂も玉泉も鉄斎も知らず、狩野派も運慶も知らない。
僕はさっき白状したとおり、桂離宮も見たことがなく、雪舟も雪村も竹田も大雅堂も玉泉も鉄斎も知らず、狩野派も運慶も知らない。
原文: けれども、僕自身の「日本文化私観」
けれども、僕自身の「日本文化私観」
原文: を語ってみようと思うのだ。
を語ってみようと思うのだ。
原文: 祖国の伝統を全然知らず、ネオン・サインとジャズぐらいしか知らない奴が、日本文化を語るとは不思議なことかも知れないが、すくなくとも、僕は日本を「発見」
祖国の伝統をまったく知らず、ネオンサインとジャズくらいしか知らない奴が、日本文化を語るとは不思議なことかもしれないが、少なくとも、僕は日本を「発見」
原文: する必要だけはなかったのだ。
する必要だけはなかったのだ。
原文: 二 俗悪に就て(人間は人間を)
二 俗悪について(人間は人間を)
原文: 昭和十二年の初冬から翌年の初夏まで、僕は京都に住んでいた。
昭和十二年の初冬から翌年の初夏まで、僕は京都に住んでいた。
原文: 京都へ行ってどうしようという目当もなく、書きかけの長篇小説と千枚の原稿用紙の外にはタオルや歯ブラシすら持たないといういでたちで、とにかく隠岐和一を訪ね、部屋でも探してもらって、孤独の中で小説を書きあげるつもりであった。
京都へ行ってどうしようという当てもなく、書きかけの長編小説と千枚の原稿用紙のほかにはタオルや歯ブラシすら持たないという身なりで、とにかく隠岐和一を訪ね、部屋でも探してもらって、孤独の中で小説を書き上げるつもりだった。
原文: まったく、思いだしてみると、孤独ということがただ一筋に、なつかしかったようである。
まったく、思い出してみると、孤独ということがただひたすらに、恋しかったようである。
原文: 隠岐は僕に京都で何が見たいかということと、食物では何が好きかということを、最もさりげない世間話の中へ織込んで尋ねた。
隠岐は僕に、京都で何が見たいかということと、食べ物では何が好きかということを、この上なくさりげない世間話の中に織り込んで尋ねた。
原文: 僕は東京でザックバランにつきあっていた友情だけしか期待していなかったのに、京都の隠岐は東京の隠岐ではなく、客人をもてなすために最も細心な注意を払う古都のぼんぼんに変っていた。
僕は東京でざっくばらんに付き合っていた友情だけしか期待していなかったのに、京都の隠岐は東京の隠岐ではなく、客人をもてなすために細心の注意を払う古都のぼんぼんに変わっていた。
原文: 僕は祇園の舞妓と猪だとウッカリ答えてしまったのだが――まったくウッカリ答えたのである。
僕は祇園の舞妓と猪だとうっかり答えてしまったのだが――まったくうっかり答えたのである。
原文: なぜなら、出発の晩、京都行きの送別の意味で尾崎士郎に案内され始めて猪を食ったばかりで、もののハズミでウッカリ言ってしまったけれども、第一、猪の肉というものが手軽に入手出来ようなどとは考えていないせいでもあった。
というのも、出発の晩、京都行きの送別という意味で尾崎士郎に案内されて初めて猪を食べたばかりで、もののはずみでうっかり言ってしまっただけだし、だいたい、猪の肉というものが手軽に手に入るなどとは考えてもいなかったからだ。
原文: ところが、その翌日から毎晩毎晩猪に攻められ、おまけに、猪の味覚が全然僕の嗜好に当てはまるものではないことが、三日目ぐらいに決定的に分ったのである。
ところが、その翌日から毎晩毎晩猪攻めにされ、おまけに、猪の味がまったく僕の好みに合わないことが、三日目くらいに決定的に分かったのである。
原文: けれども、我慢して食べなければならなかった。
けれども、我慢して食べなければならなかった。
原文: そうして、一方、舞妓の方は、京都へ着いたその当夜、さっそく花見小路のお茶屋に案内されて行ったのだが、そのころ、祇園に三十六人だか七人だかの舞妓がいるということだったが、酔眼朦朧たる眼前へ二十人ぐらいの舞妓達が次から次へと現れた時には、いささか天命と諦らめて観念の眼を閉じる気持になった程である。
そして一方、舞妓のほうは、京都に着いたその晩、さっそく花見小路のお茶屋に案内されて行ったのだが、その頃、祇園に三十六人だか七人だかの舞妓がいるということだった。酔って朦朧とした目の前に二十人ほどの舞妓たちが次から次へと現れたときには、いささか天命とあきらめて観念の目を閉じたい気持ちになったほどである。
原文: 僕は舞妓の半分以上を見たわけだったが、これぐらい馬鹿らしい存在はめったにない。
僕は舞妓の半分以上を見たわけだが、これほど馬鹿らしい存在はめったにない。
原文: 特別の教養を仕込まれているのかと思っていたら、そんなものは微塵もなく、踊りも中途半端だし、ターキーとオリエの話ぐらいしか知らないのだ。
特別の教養を仕込まれているのかと思っていたら、そんなものは微塵もなく、踊りも中途半端だし、ターキーとオリエの話くらいしか知らないのだ。
原文: それなら、愛玩用の無邪気な色気があるのかというとコマッチャクレているばかりで、清潔な色気などは全くなかった。
それなら、愛玩用の無邪気な色気があるのかというと、こまっしゃくれているばかりで、清潔な色気などまったくなかった。
原文: 元々、愛玩用につくりあげられた存在に極っているが、子供を条件にして子供の美徳がないのである。
もともと、愛玩用に作り上げられた存在に決まっているが、子供を条件にしていながら子供の美徳がないのである。
原文: 羞恥がなければ、子供はゼロだ。
羞恥がなければ、子供はゼロだ。
原文: 子供にして子供にあらざる以上、大小を兼ねた中間的な色っぽさが有るかというと、それもない。
子供でありながら子供でない以上、大人と子供を兼ねた中間的な色っぽさがあるかというと、それもない。
原文: 広東に盲妹という芸者があるということだが、盲妹というのは、顔立の綺麗な女子を小さいうちに盲にして特別の教養、踊りや音楽などを仕込むのだそうである。
広東に盲妹という芸者がいるということだが、盲妹というのは、顔立ちの綺麗な女の子を小さいうちに盲目にして、特別の教養、踊りや音楽などを仕込むのだそうである。
原文: 支那人のやることは、あくどいが、徹底している。
中国人のやることは、あくどいが、徹底している。
原文: どうせ愛玩用として人工的につくりあげるつもりなら、これもよかろう。
どうせ愛玩用として人工的に作り上げるつもりなら、これもいいだろう。
原文: 盲にするとは凝った話だ。
盲目にするとは凝った話だ。
原文: ちと、あくどいが、不思議な色気が、考えてみても、感じられる。
少々あくどいが、不思議な色気が、考えてみても、感じられる。
原文: 舞妓は甚だ人工的な加工品に見えながら、人工の妙味がないのである。
舞妓はひどく人工的な加工品に見えながら、人工の妙味がないのである。
原文: 娘にして娘の羞恥がない以上、自然の妙味もないのである。
娘でありながら娘の羞恥がない以上、自然の妙味もないのである。
原文: 僕達は五六名の舞妓を伴って東山ダンスホールへ行った。
僕たちは五、六人の舞妓を連れて東山ダンスホールへ行った。
原文: 深夜の十二時に近い時刻であった。
深夜の十二時に近い時刻だった。
原文: 舞妓の一人が、そこのダンサーに好きなのがいるのだそうで、その人と踊りたいと言いだしたからだ。
舞妓の一人が、そこのダンサーに好きな人がいるのだそうで、その人と踊りたいと言い出したからだ。
原文: ダンスホールは東山の中腹にあって、人里を離れ、東京の踊り場よりは遥に綺麗だ。
ダンスホールは東山の中腹にあって、人里を離れ、東京の踊り場よりはるかに綺麗だ。
原文: 満員の盛況だったが、このとき僕が驚いたのは、座敷でベチャクチャ喋っていたり踊っていたりしたのでは一向に見栄えのしなかった舞妓達が、ダンスホールの群集にまじると、群を圧し、堂々と光彩を放って目立つのである。
満員の盛況だったが、このとき僕が驚いたのは、座敷でべちゃくちゃ喋ったり踊ったりしていたのではまるで見栄えのしなかった舞妓たちが、ダンスホールの群衆にまじると、群を圧倒し、堂々と光を放って目立つのである。
原文: つまり、舞妓の独特のキモノ、だらりの帯が、洋服の男を圧し、夜会服の踊り子を圧し、西洋人もてんで見栄えがしなくなる。
つまり、舞妓独特のキモノ、だらりの帯が、洋服の男を圧倒し、夜会服の踊り子を圧倒し、西洋人もまるで見栄えがしなくなる。
原文: 成程、伝統あるものには独自の威力があるものだ、と、いささか感服したのであった。
なるほど、伝統あるものには独自の威力があるものだ、と、いささか感服したのだった。
原文: 同じことは、相撲を見るたびに、いつも感じた。
同じことは、相撲を見るたびに、いつも感じた。
原文: 呼出につづいて行司の名乗り、それから力士が一礼しあって、四股をふみ、水をつけ、塩を悠々とまきちらして、仕切りにかかる。
呼出に続いて行司の名乗り、それから力士が一礼し合って、四股を踏み、水をつけ、塩を悠々とまき散らして、仕切りにかかる。
原文: 仕切り直して、やや暫く睨み合い、悠々と塩をつかんでくるのである。
仕切り直して、しばらく睨み合い、悠々と塩をつかんでくるのである。
原文: 土俵の上の力士達は国技館を圧倒している。
土俵の上の力士たちは国技館を圧倒している。
原文: 数万の見物人も、国技館の大建築も、土俵の上の力士達に比べれば、余りに小さく貧弱である。
数万の見物人も、国技館の大建築も、土俵の上の力士たちに比べれば、あまりに小さく貧弱である。
原文: これを野球に比べてみると、二つの相違がハッキリする。
これを野球に比べてみると、二つの違いがはっきりする。
原文: なんというグランドの広さであろうか。
なんというグラウンドの広さだろうか。
原文: 九人の選手がグランドの広さに圧倒され、追いまくられ、数万の観衆に比べて気の毒なほど無力に見える。
九人の選手がグラウンドの広さに圧倒され、追いまくられ、数万の観衆に比べて気の毒なほど無力に見える。
原文: グランドの広さに比べると、選手を草苅人夫に見立ててもいいぐらい貧弱に見え、プレーをしているのではなく、息せききって追いまくられた感じである。
グラウンドの広さに比べると、選手を草刈り人夫に見立ててもいいくらい貧弱に見え、プレーをしているのではなく、息せき切って追いまくられている感じである。
原文: いつかベーブ・ルースの一行を見た時には、流石に違った感じであった。
いつだったかベーブ・ルースの一行を見たときには、さすがに違った感じだった。
原文: 板についたスタンド・プレーは場を圧し、グランドの広さが目立たないのである。
板についたスタンドプレーは場を圧倒し、グラウンドの広さが目立たないのである。
原文: グランドを圧倒しきれなくとも、グランドと対等ではあった。
グラウンドを圧倒しきれなくとも、グラウンドと対等ではあった。
原文: 別に身体のせいではない。
別に体格のせいではない。
原文: 力士といえども大男ばかりではないのだ。
力士といっても大男ばかりではないのだ。
原文: 又、必ずしも、技術のせいでもないだろう。
また、必ずしも、技術のせいでもないだろう。
原文: いわば、伝統の貫禄だ。
いわば、伝統の貫禄だ。
原文: それあるがために、土俵を圧し、国技館の大建築を圧し、数万の観衆を圧している。
それがあるからこそ、土俵を圧倒し、国技館の大建築を圧倒し、数万の観衆を圧倒している。
原文: 然しながら、伝統の貫禄だけでは、永遠の生命を維持することはできないのだ。
しかしながら、伝統の貫禄だけでは、永遠の生命を維持することはできないのだ。
原文: 舞妓のキモノがダンスホールを圧倒し、力士の儀礼が国技館を圧倒しても、伝統の貫禄だけで、舞妓や力士が永遠の生命を維持するわけにはゆかない。
舞妓のキモノがダンスホールを圧倒し、力士の儀礼が国技館を圧倒しても、伝統の貫禄だけで、舞妓や力士が永遠の生命を維持するわけにはいかない。
原文: 貫禄を維持するだけの実質がなければ、やがては亡びる外に仕方がない。
貫禄を維持するだけの実質がなければ、やがて滅びるほかに仕方がない。
原文: 問題は、伝統や貫禄ではなく、実質だ。
問題は、伝統や貫禄ではなく、実質だ。
原文: 伏見に部屋を見つけるまで、隠岐の別宅に三週間ぐらい泊っていたが、隠岐の別宅は嵯峨にあって、京都の空は晴れていても、愛宕山が雪をよび、このあたりでは毎日雪がちらつくのだった。
伏見に部屋を見つけるまで、隠岐の別宅に三週間ほど泊まっていたが、隠岐の別宅は嵯峨にあって、京都の空は晴れていても、愛宕山が雪を呼び、このあたりでは毎日雪がちらついた。
原文: 隠岐の別宅から三十間ぐらいの所に、不思議な神社があった。
隠岐の別宅から三十間ほどのところに、不思議な神社があった。
原文: 車折神社というのだが、清原のなにがしという多分学者らしい人を祀っているくせに、非常に露骨な金儲けの神様なのである。
車折神社というのだが、清原のなにがしという、たぶん学者らしい人を祀っているくせに、非常に露骨な金儲けの神様なのである。
原文: 社殿の前に柵をめぐらした場所があって、この中に円みを帯びた数万の小石が山を成している。
社殿の前に柵をめぐらした場所があって、この中に丸みを帯びた数万の小石が山を成している。
原文: 自分の欲しい金額と姓名生年月日などを小石に書いて、ここへ納め、願をかけるのだそうである。
自分の欲しい金額と姓名生年月日などを小石に書いて、ここへ納め、願をかけるのだそうである。
原文: 五万円というものもあるし、三十円ぐらいの悲しいような石もあって、稀には、月給がいくらボーナスがいくら昇給するようにと詳細に数字を書いた石もあった。
五万円というものもあるし、三十円くらいの悲しくなるような石もあって、まれには、月給がいくら、ボーナスがいくら昇給するようにと、詳細に数字を書いた石もあった。
原文: 節分の夜、燃え残った神火の明りで、この石を手に執りあげて一つ一つ読んでいたが、旅先の、それも天下に定まる家もなく、一管のペンに一生を托してともすれば崩れがちな自信と戦っている身には、気持のいい石ではなかった。
節分の夜、燃え残ったトンドの明かりで、この石を手に取り上げて一つ一つ読んでいたが、旅先の、それも天下に定まる家もなく、一本のペンに一生を託して、ともすれば崩れがちな自信と戦っている身には、気持ちのいい石ではなかった。
原文: 牧野信一は奇妙な人で、神社仏閣の前を素通りすることの出来ない人であった。
牧野信一は奇妙な人で、神社仏閣の前を素通りすることのできない人だった。
原文: 必ず恭々しく拝礼し、ジャランジャランと大きな鈴をならす綱がぶらさがっていれば、それを鳴らし、お賽銭をあげて、暫く瞑目最敬礼する。
必ず恭しく拝礼し、じゃらんじゃらんと大きな鈴を鳴らす綱がぶら下がっていれば、それを鳴らし、お賽銭をあげて、しばらく目を閉じて最敬礼する。
原文: お寺が何宗であろうと変りはない。
お寺が何宗であろうと変わりはない。
原文: 非常なはにかみ屋で、人前で目立つような些少の行為も最もやりたがらぬ人だったのに、これだけは例外で、どうにも、やむを得ないという風だった。
非常なはにかみ屋で、人前で目立つようなささいな行為も最もやりたがらない人だったのに、これだけは例外で、どうにも、やむを得ないという風だった。
原文: いつか息子の英雄君をつれて散歩のついで僕の所へ立寄って三人で池上本門寺へ行くと、英雄君をうながして本堂の前へすすみ、お賽銭をあげさせて親子二人恭々しく拝礼していたが、得体の知れぬ悲願を血につなごうとしているようで、痛々しかった。
いつだったか息子の英雄君を連れて散歩のついでに僕のところへ立ち寄り、三人で池上本門寺へ行くと、英雄君を促して本堂の前へ進み、お賽銭をあげさせて親子二人恭しく拝礼していたが、得体の知れない悲願を血につなごうとしているようで、痛々しかった。
原文: 節分の火にてらして読んだあの石この石。
節分の火に照らして読んだあの石この石。
原文: もとより、そのような感傷や感動が深いものである筈はなく、又、激しいものである筈もない。
もとより、そのような感傷や感動が深いものであるはずはなく、また、激しいものであるはずもない。
原文: けれども、今も、ありありと覚えている。
けれども、今も、ありありと覚えている。
原文: そうして、毎日竹藪に雪の降る日々、嵯峨や嵐山の寺々をめぐり、清滝の奥や小倉山の墓地の奥まで当もなく踏みめぐったが、天龍寺も大覚寺も何か空虚な冷めたさをむしろ不快に思ったばかりで、一向に記憶に残らぬ。
そして、毎日竹藪に雪の降る日々、嵯峨や嵐山の寺々をめぐり、清滝の奥や小倉山の墓地の奥まで当てもなく歩きまわったが、天龍寺も大覚寺も何か空虚な冷たさをむしろ不快に思っただけで、まるで記憶に残っていない。
原文: 車折神社の真裏に嵐山劇場という名前だけは確かなものだが、ひどくうらぶれた小屋があった。
車折神社の真裏に嵐山劇場という、名前だけは確かなものだが、ひどくうらぶれた小屋があった。
原文: 劇場のまわりは畑で、家がポツポツ点在するばかり。
劇場のまわりは畑で、家がぽつぽつ点在するばかり。
原文: 劇場前の暮方の街道をカラの牛車に酔っ払った百姓がねむり、牛が勝手に歩いて通る。
劇場前の夕方の街道を、空の牛車で酔っ払った百姓が眠り、牛が勝手に歩いて通る。
原文: 僕が京都へつき、隠岐の別宅を探して自動車の運転手と二人でキョロキョロ歩いていると、電柱に嵐山劇場のビラがブラ下り、猫遊軒猫八とあって、贋物だったら米五十俵進呈する、とある。
僕が京都に着き、隠岐の別宅を探して自動車の運転手と二人できょろきょろ歩いていると、電柱に嵐山劇場のビラがぶら下がり、猫遊軒猫八とあって、偽物だったら米五十俵進呈する、とある。
原文: 勿論、贋の筈はない。
もちろん、偽物のはずはない。
原文: 東京の猫八は「江戸や」
東京の猫八は「江戸や」
原文: 猫八だからである。
猫八だからである。
原文: 言うまでもなく、猫遊軒猫八を僕はさっそく見物に行った。
言うまでもなく、猫遊軒猫八を僕はさっそく見物に行った。
原文: 面白かった。
面白かった。
原文: 猫遊軒猫八は実に腕力の強そうな人相の悪い大男で、物真似ばかりでなく一切の芸を知らないのである。
猫遊軒猫八は実に腕力の強そうな人相の悪い大男で、物真似ばかりでなく一切の芸を知らないのである。
原文: 和服の女が突然キモノを尻までまくりあげる踊りなど色々とあって、一番おしまいに猫八が現れる。
和服の女が突然キモノを尻までまくり上げる踊りなど、いろいろとあって、一番おしまいに猫八が現れる。
原文: 現れたところは堂々たるもの、立派な裃をつけ、テーブルには豪華な幕をかけて、雲月の幕にもひけをとらない。
現れたところは堂々たるもので、立派な裃をつけ、テーブルには豪華な幕をかけて、雲月の幕にもひけをとらない。
原文: そうして、喧嘩したい奴は遠慮なく来てくれという意味らしい不思議な微笑で見物人を見渡しながら、汝等よく見物に来てくれた、面白かったであろう。
そして、喧嘩したい奴は遠慮なく来てくれという意味らしい不思議な微笑で見物人を見渡しながら、お前たちよく見物に来てくれた、面白かっただろう。
原文: 又、明晩も一そう沢山の知りあいを連れて見においで、という意味のことを喋って、終りとなるのである。
また、明日の晩も、もっとたくさんの知り合いを連れて見においで、という意味のことを喋って、終わりとなるのである。
原文: 何がためにテーブルに堂々たる幕をかけ、裃をつけて現れたのか。
何のためにテーブルに堂々たる幕をかけ、裃をつけて現れたのか。
原文: 真にユニックな芸人であった。
まことにユニークな芸人だった。
原文: 旅芸人の群は大概一日、長くて三日の興行であった。
旅芸人の一座はたいてい一日、長くて三日の興行だった。
原文: そうして、それらの旅芸人は猫八のように喧嘩の好きなものばかりではなかった。
そして、それらの旅芸人は猫八のように喧嘩の好きなものばかりではなかった。
原文: むしろ猫八が例外だった。
むしろ猫八が例外だった。
原文: 僕は変るたびに見物し、甚しきは同じ物を二度も三度も見にでかけたが、中には福井県の山中の農夫たちが、冬だけ一座を組織して巡業しているのもあり、漫才もやれば芝居も手品もやり、揃いも揃って言語道断に芸が下手で、座頭らしい唯一の老練な中老人がそれをひどく気にしながら、然し、心底から一座の人々をいたわる様子が痛々しいような一行もあった。
僕は演目が変わるたびに見物し、ひどいときは同じ物を二度も三度も見に出かけたが、中には福井県の山中の農夫たちが、冬だけ一座を組んで巡業しているのもあり、漫才もやれば芝居も手品もやり、揃いも揃って言語道断に芸が下手で、座頭らしい唯一の老練な中年男がそれをひどく気にしながら、しかし、心底から一座の人々をいたわる様子が痛々しい一行もあった。
原文: 十八ぐらいの綺麗な娘が一人いて、それで客をひく以外には手段がない。
十八くらいの綺麗な娘が一人いて、それで客を引くほかに手段がない。
原文: 昼はこの娘にたった一人の附添をつけて人家よりも畑の多い道をねり歩き、漫才に芝居に踊りに、むやみに娘を舞台に上げたが、これが、又、芸が未熟で、益々もって痛々しい。
昼はこの娘にたった一人の付き添いをつけて、人家よりも畑の多い道を練り歩き、漫才に芝居に踊りに、むやみに娘を舞台に上げたが、これがまた芸が未熟で、ますますもって痛々しい。
原文: 僕はその翌日も見物にでかけたが、二日目は十五六名しか観衆がなく、三日目の興行を切上げて、次の町へ行ってしまった。
僕はその翌日も見物に出かけたが、二日目は十五、六人しか観客がなく、三日目の興行を切り上げて、次の町へ行ってしまった。
原文: その深夜、うどんを食いに劇場の裏を通ったら、木戸が開け放されていて、荷物を大八車につんでおり、座頭が路上でメザシを焼いていた。
その深夜、うどんを食べに劇場の裏を通ったら、木戸が開け放されていて、荷物を大八車に積んでおり、座頭が路上でメザシを焼いていた。
原文: 嵐山の渡月橋を渡ると、茶店がズラリと立ち並び、春が人の出盛りだけれども、遊覧バスがここで中食をとることになっているので、とにかく冬も細々と営業している。
嵐山の渡月橋を渡ると、茶店がずらりと立ち並び、春が人の出盛りだけれども、遊覧バスがここで昼食をとることになっているので、とにかく冬も細々と営業している。
原文: 或る晩、隠岐と二人で散歩のついで、ここで酒をのもうと思って、一軒一軒廻ったが、どこも灯がなく、人の気配もない。
ある晩、隠岐と二人で散歩のついでに、ここで酒を飲もうと思って、一軒一軒回ったが、どこも灯がなく、人の気配もない。
原文: ようやく、最後に、一軒みつけた。
ようやく、最後に、一軒みつけた。
原文: 冬の夜、まぎれ込んでくる客なぞは金輪際ないのだそうだ。
冬の夜、まぎれ込んでくる客などは絶対にないのだそうだ。
原文: 四十ぐらいの温和なおかみさんと十九の女中がいて、火がないからというので、家族の居間で一つ火鉢にあたりながら酒をのんだが、女中が曲馬団の踊り子あがりで、突然、嵐山劇場のことを喋りはじめた。
四十くらいの温和なおかみさんと十九の女中がいて、火がないからというので、家族の居間で一つの火鉢にあたりながら酒を飲んだが、女中が曲馬団の踊り子あがりで、突然、嵐山劇場のことを喋りはじめた。
原文: 嵐山劇場は常に客席の便所に小便が溢れ、臭気芬々たるものがあるのである。
嵐山劇場は常に客席の便所に小便が溢れ、臭気ふんぷんたるものがあるのである。
原文: 我々は用をたすに先立って、被害の最少の位置を選定するに一苦労しなければならない。
我々は用を足すのに先立って、被害の最も少ない位置を選定するのに一苦労しなければならない。
原文: 小便の海を渉り歩いて小便壺まで辿りつかねばならぬような時もあった。
小便の海を渡り歩いて小便壺までたどりつかねばならないような時もあった。
原文: 客席の便所があのようでは、楽屋の汚なさが思いやられる。
客席の便所があのようでは、楽屋の汚さが思いやられる。
原文: どんなに汚いだろうかしら、と、女中は突然口走ったが、そこには激しい実感があった。
どんなに汚いだろうかしら、と、女中は突然口走ったが、そこには激しい実感があった。
原文: 無邪気な娘であった。
無邪気な娘だった。
原文: 曲馬団で一番つらかったのは、冬になると、醤油を飲まなければならなかったことだそうだ。
曲馬団で一番つらかったのは、冬になると、醤油を飲まなければならなかったことだそうだ。
原文: 醤油を飲むと身体が暖まるのだという。
醤油を飲むと体が温まるのだという。
原文: それで、裸体で舞台へ出るには、必ず醤油を飲まされる。
それで、裸で舞台へ出るには、必ず醤油を飲まされる。
原文: これには降参したそうである。
これには降参したそうである。
原文: 僕は嵯峨では昼は専ら小説を書いた。
僕は嵯峨では昼はもっぱら小説を書いた。
原文: 夜になると、大概、嵐山劇場へ通った。
夜になると、たいてい嵐山劇場へ通った。
原文: 京都の街も、神社仏閣も、名所旧蹟も、一向に心をそそらなかった。
京都の街も、神社仏閣も、名所旧跡も、まるで心をそそらなかった。
原文: 嵐山劇場の小便くさい観覧席で、百名足らずの寒々とした見物人と、くだらぬ駄洒落に欠伸まじりで笑っているのが、それで充分であったのである。
嵐山劇場の小便くさい観覧席で、百人足らずの寒々とした見物人と一緒に、くだらない駄洒落にあくびまじりで笑っている、それで十分だったのである。
原文: そういう僕に隠岐がいささか手を焼いて、ひとつ、おどかしてやろうという気持になったらしい。
そういう僕に隠岐がいささか手を焼いて、ひとつ、驚かせてやろうという気持ちになったらしい。
原文: 無理に僕をひっぱりだして(その日も雪が降っていた)汽車に乗り、保津川をさかのぼり、丹波の亀岡という所へ行った。
無理に僕を引っぱり出して(その日も雪が降っていた)汽車に乗り、保津川をさかのぼり、丹波の亀岡というところへ行った。
原文: 昔の亀山のことで、明智光秀の居城のあった所である。
昔の亀山のことで、明智光秀の居城のあったところである。
原文: その城跡に、大本教の豪壮な本部があったのだ。
その城跡に、大本教の豪壮な本部があったのだ。
原文: 不敬罪に問われ、ダイナマイトで爆破された直後であった。
不敬罪に問われ、ダイナマイトで爆破された直後だった。
原文: 僕達は、それを見物にでかけたのである。
僕たちは、それを見物に出かけたのである。
原文: 城跡は丘に壕をめぐらし、上から下まで、空壕の中も、一面に、爆破した瓦が累々と崩れ重っている。
城跡は丘に堀をめぐらし、上から下まで、空堀の中も、一面に、爆破された瓦が累々と崩れ重なっている。
原文: 茫々たる廃墟で一木一草をとどめず、さまよう犬の影すらもない。
茫々たる廃墟で草木一本とどめず、さまよう犬の影すらもない。
原文: 四周に板囲いをして、おまけに鉄条網のようなものを張りめぐらし、離れた所に見張所もあったが、唯このために丹波路遥々(でもないが)汽車に揺られて来たのだから、豈目的を達せずんばあるべからずと、鉄条網を乗り越えて、王仁三郎の夢の跡へ踏みこんだ。
四方に板囲いをして、おまけに鉄条網のようなものを張りめぐらし、離れたところに見張所もあったが、ただこのために丹波路をはるばる(でもないが)汽車に揺られて来たのだから、目的を達せずにいられるかと、鉄条網を乗り越えて、王仁三郎の夢の跡へ踏み込んだ。
原文: 頂上に立つと、亀岡の町と、丹波の山々にかこまれた小さな平野が一望に見える。
頂上に立つと、亀岡の町と、丹波の山々に囲まれた小さな平野が一望に見える。
原文: 雪が激しくなり、廃墟の瓦につもりはじめていた。
雪が激しくなり、廃墟の瓦に積もりはじめていた。
原文: 目星しいものは爆破の前に没収されて影をとどめず、ただ、頂上の瓦には成程金線の模様のはいった瓦があったり、酒樽ぐらいの石像の首が石段の上にころがっていたり、王仁三郎に奉仕した三十何人かの妾達がいたと思われる中腹の夥しい小部屋のあたりに、中庭の若干の風景が残り、そこにも、いくつかの石像が潰れていた。
目ぼしいものは爆破の前に没収されて影もとどめず、ただ、頂上の瓦にはなるほど金線の模様の入った瓦があったり、酒樽くらいの石像の首が石段の上に転がっていたり、王仁三郎に仕えた三十何人かの妾たちがいたと思われる中腹のおびただしい小部屋のあたりに、中庭の風景がいくらか残り、そこにも、いくつかの石像が潰れていた。
原文: とにかく、こくめいの上にもこくめいに叩き潰されている。
とにかく、こくめいの上にもこくめいに叩き潰されている。
原文: 再び鉄条網を乗り越えて、壕に沿うて街道を歩き、街のとば口の茶屋へ這入って、保津川という清流の名にふさわしからぬ地酒をのんだが、そこへ一人の馬方が現れ、馬をつないで、これも亦保津川をのみはじめた。
再び鉄条網を乗り越えて、堀に沿って街道を歩き、街の入口の茶屋へ入って、保津川という清流の名にふさわしくない地酒を飲んだが、そこへ一人の馬方が現れ、馬をつないで、これもまた保津川を飲みはじめた。
原文: 馬方は仕事帰りに諸方で紙屑を買って帰る途中で、紙屑の儲けなど酒一本にも当らんわい、やくたいもないこっちゃ、などとボヤきながら、何本となく平げている、何か僕達に話しかけたいという風でいて、それが甚だ怖しくもあるという様子である。
馬方は仕事帰りにあちこちで紙屑を買って帰る途中で、紙屑の儲けなど酒一本にもなりゃしないわい、つまらんこっちゃ、などとぼやきながら、何本となく平らげている。何か僕たちに話しかけたいという風でいて、それがひどく怖くもあるという様子である。
原文: そのうちに酩酊に及んで、話しかけてきたのであったが、旦那方は東京から御出張どすか、と言う。
そのうちに酔いがまわって、話しかけてきたのだが、旦那方は東京から御出張どすか、と言う。
原文: いかにも、そうだ、と答えると、感に堪えて、五六ぺんぐらい御辞儀をしながら唸っている。
いかにもそうだ、と答えると、感に堪えて、五、六回もお辞儀をしながら唸っている。
原文: 話すうちに分ったのだが、僕達を特に密令を帯びて出張した刑事だと思ったのである。
話すうちに分かったのだが、僕たちを特に密命を帯びて出張してきた刑事だと思ったのである。
原文: 隠岐は筒袖の外套に鳥打帽子、商家の放蕩若旦那といういでたちであるし、僕はドテラの着流しにステッキをふりまわし、雪が降るのに外套も着ていない。
隠岐は筒袖の外套に鳥打帽子、商家の放蕩若旦那といういでたちだし、僕はどてらの着流しにステッキを振りまわし、雪が降るのに外套も着ていない。
原文: 異様な二人づれが禁制の地域から鉄条網を乗り越えて悠々現れるのを見たものだから、怖い物見たさで、跡をつけて来たのであった。
異様な二人連れが立入禁止の区域から鉄条網を乗り越えて悠々と現れるのを見たものだから、怖いもの見たさで、後をつけて来たのだった。
原文: こう言われてみると、成程、見張の人まで、僕達に遠慮していた。
こう言われてみると、なるほど、見張りの人まで、僕たちに遠慮していた。
原文: 僕達は一時間ぐらい廃墟をうろついていたが、見張の人は番所の前を掃いたりしながら、僕達がそっちを向くと、慌てて振向いて、見ないふりをしていたのである。
僕たちは一時間ほど廃墟をうろついていたが、見張りの人は番所の前を掃いたりしながら、僕たちがそっちを向くと、慌てて振り向いて、見ないふりをしていたのである。
原文: 僕達は刑事になりすまして、大本教の潜伏信者の様子などを訊ねてみたが、馬方は泥酔しながらも俄に顔色蒼然となり、忽ち言葉も吃りはじめて、多少は知らないこともないけれども悪事を働いた覚えのない自分だから、それを訊くのだけは何分にも勘弁していただきたい、と、取調室にいるように三拝九拝していた。
僕たちは刑事になりすまして、大本教の潜伏信者の様子などを尋ねてみたが、馬方は泥酔しながらもにわかに顔色蒼然となり、たちまち言葉もどもりはじめて、多少は知らないこともないけれども悪事を働いた覚えのない自分だから、それを訊くのだけは何とぞ勘弁していただきたい、と、取調室にいるように三拝九拝していた。
原文: 宇治の黄檗山万福寺は隠元の創建にかかる寺だが、隠元によれば、寺院建築の要諦は荘厳ということで、信者の俗心を高めるところの形式をととのえていなければならぬと言っていたそうである。
宇治の黄檗山万福寺は隠元の創建による寺だが、隠元によれば、寺院建築の要点は荘厳ということで、信者の俗心を高めるような形式を整えていなければならない、と言っていたそうである。
原文: 又、人は飲食を共にすることによって交りが深くなるものだから、食事が大切であるとも言ったそうだ。
また、人は飲食を共にすることで交わりが深くなるものだから、食事が大切だとも言ったそうだ。
原文: 成程、万福寺の斎堂(食堂)は堂々たるものであり、その普茶料理は天下に名高いものである。
なるほど、万福寺の斎堂(食堂)は堂々たるものであり、その普茶料理は天下に名高いものである。
原文: 尤も、食事と交際を結びつけて大切にするのは支那一般の風習だそうで、隠元に限られた思想ではないかも知れぬ。
もっとも、食事と交際を結びつけて大切にするのは中国一般の風習だそうで、隠元に限られた思想ではないかもしれない。
原文: 建築の工学的なことに就ては、全然僕は知らないけれども、すくなくとも、寺院建築の特質は、先ず、第一に、寺院は住宅ではないという事である。
建築の工学的なことについては、まったく僕は知らないけれども、少なくとも、寺院建築の特質は、まず第一に、寺院は住宅ではないということである。
原文: ここには、世俗の生活を暗示するものがないばかりか、つとめてその反対の生活、非世俗的な思想を表現することに注意が集中されている。
ここには、世俗の生活を暗示するものがないばかりか、つとめてその反対の生活、非世俗的な思想を表現することに注意が集中されている。
原文: それゆえ、又、世俗生活をそのまま宗教としても肯定する真宗の寺域が忽ち俗臭芬々とするのも当然である。
それゆえ、また、世俗生活をそのまま宗教としても肯定する真宗の寺域がたちまち俗臭ふんぷんとなるのも当然である。
原文: 然しながら、真宗の寺(京都の両本願寺)は、古来孤独な思想を暗示してきた寺院建築の様式をそのままかりて、世俗生活を肯定する自家の思想に応用しようとしているから、落着がなく、俗悪である。
しかしながら、真宗の寺(京都の両本願寺)は、古来孤独な思想を暗示してきた寺院建築の様式をそのまま借りて、世俗生活を肯定する自分の思想に応用しようとしているから、落ち着きがなく、俗悪である。
原文: 俗悪なるべきものが俗悪であるのは一向に差支えがないのだが、要は、ユニックな俗悪ぶりが必要だということである。
俗悪であるべきものが俗悪であるのは一向にかまわないのだが、要は、ユニークな俗悪ぶりが必要だということである。
原文: 京都という所は、寺だらけ、名所旧蹟だらけで、二三丁歩くごとに大きな寺域や神域に突き当る。
京都というところは、寺だらけ、名所旧跡だらけで、二、三丁歩くごとに大きな寺域や神域に突き当たる。
原文: 一週間ぐらい滞在のつもりなら、目的をきめて歩くよりも、ただ出鱈目に足の向く方へ歩くのがいい。
一週間ほど滞在するつもりなら、目的を決めて歩くよりも、ただでたらめに足の向くほうへ歩くのがいい。
原文: 次から次へ由緒ありげなものが現れ、いくらか心を惹かれたら、名前をきいたり、丁寧に見たりすればいい。
次から次へ由緒ありげなものが現れ、いくらか心を惹かれたら、名前を聞いたり、丁寧に見たりすればいい。
原文: 狭い街だから、隅から隅まで歩いても、大したことはない。
狭い街だから、隅から隅まで歩いても、たいしたことはない。
原文: 僕は、そういう風にして、時々、歩いた。
僕は、そういう風にして、時々、歩いた。
原文: 深草から醍醐、小野の里、山科へ通う峠の路も歩いたし、市街ときては、何処を歩いても迷う心配のない街だから、伏見から歩きはじめて、夕方、北野の天神様にぶつかって慌てたことがあった。
深草から醍醐、小野の里、山科へ通じる峠の道も歩いたし、市街ときては、どこを歩いても迷う心配のない街だから、伏見から歩きはじめて、夕方、北野の天神様にぶつかって慌てたことがあった。
原文: だが、僕が街へでる時は、歓楽をもとめるためか、孤独をもとめるためか、どちらかだ。
だが、僕が街へ出るときは、歓楽を求めるためか、孤独を求めるためか、どちらかだ。
原文: そうして、そのような散歩に寺域はたしかに適当だが、繁華な街で車をウロウロ避けるよりも落着きがあるという程度であった。
そして、そのような散歩に寺域はたしかに向いているが、繁華な街で車をうろうろ避けるよりは落ち着きがあるという程度だった。
原文: 成程、寺院は、建築自体として孤独なものを暗示しようとしている。
なるほど、寺院は、建築自体として孤独なものを暗示しようとしている。
原文: 炊事の匂いだとか女房子供というものを聯想させず、日常の心、俗な心とつながりを断とうとする意志がある。
炊事の匂いだとか女房子供というものを連想させず、日常の心、俗な心とのつながりを断とうとする意志がある。
原文: 然しながら、そういう観念を、建築の上に於てどれほど具象化につとめてみても、観念自体に及ばざること遥に遠い。
しかしながら、そういう観念を、建築の上でどれほど具体化しようとつとめてみても、観念自体には遥かに及ばない。
原文: 日本の庭園、林泉は必ずしも自然の模倣ではないだろう。
日本の庭園、林泉は必ずしも自然の模倣ではないだろう。
原文: 南画などに表現された孤独な思想や精神を林泉の上に現実的に表現しようとしたものらしい。
南画などに表現された孤独な思想や精神を、林泉の上に現実的に表現しようとしたものらしい。
原文: 茶室の建築だとか(寺院建築でも同じことだが)林泉というものは、いわば思想の表現で自然の模倣ではなく、自然の創造であり、用地の狭さというような限定は、つまり、絵に於けるカンバスの限定と同じようなものである。
茶室の建築だとか(寺院建築でも同じことだが)林泉というものは、いわば思想の表現であって自然の模倣ではなく、自然の創造であり、用地の狭さというような制限は、つまり、絵におけるカンバスの制限と同じようなものである。
原文: けれども、茫洋たる大海の孤独さや、沙漠の孤独さ、大森林や平原の孤独さに就て考えるとき、林泉の孤独さなどというものが、いかにヒネくれてみたところで、タカが知れていることを思い知らざるを得ない。
けれども、茫洋たる大海の孤独さや、砂漠の孤独さ、大森林や平原の孤独さについて考えるとき、林泉の孤独さなどというものが、いかにひねくれてみたところで、たかが知れていることを思い知らざるを得ない。
原文: 龍安寺の石庭が何を表現しようとしているか。
龍安寺の石庭が何を表現しようとしているか。
原文: 如何なる観念を結びつけようとしているか。
いかなる観念を結びつけようとしているか。
原文: タウトは修学院離宮の書院の黒白の壁紙を絶讃し、滝の音の表現だと言っているが、こういう苦しい説明までして観賞のツジツマを合せなければならないというのは、なさけない。
タウトは修学院離宮の書院の黒白の壁紙を絶賛し、滝の音の表現だと言っているが、こういう苦しい説明までして鑑賞のつじつまを合わせなければならないというのは、情けない。
原文: 蓋し、林泉や茶室というものは、禅坊主の悟りと同じことで、禅的な仮説の上に建設された空中楼閣なのである。
思うに、林泉や茶室というものは、禅坊主の悟りと同じことで、禅的な仮説の上に建設された空中楼閣なのである。
原文: 仏とは何ぞや、という。
仏とは何か、という。
原文: 答えて、糞カキベラだという。
答えて、糞かきベラだという。
原文: 庭に一つの石を置いて、これは糞カキベラでもあるが、又、仏でもある、という。
庭に一つの石を置いて、これは糞かきベラでもあるが、また、仏でもある、という。
原文: これは仏かも知れないという風に見てくれればいいけれども、糞カキベラは糞カキベラだと見られたら、おしまいである。
これは仏かもしれないという風に見てくれればいいけれども、糞かきベラは糞かきベラだと見られたら、おしまいである。
原文: 実際に於て、糞カキベラは糞カキベラでしかないという当前さには、禅的な約束以上の説得力があるからである。
実際のところ、糞かきベラは糞かきベラでしかないという当たり前さには、禅的な約束以上の説得力があるからである。
原文: 龍安寺の石庭がどのような深い孤独やサビを表現し、深遠な禅機に通じていても構わない、石の配置が如何なる観念や思想に結びつくかも問題ではないのだ。
龍安寺の石庭がどのような深い孤独やさびを表現し、深遠な禅機に通じていてもかまわない、石の配置がいかなる観念や思想に結びつくかも問題ではないのだ。
原文: 要するに、我々が涯ない海の無限なる郷愁や沙漠の大いなる落日を思い、石庭の与える感動がそれに及ばざる時には、遠慮なく石庭を黙殺すればいいのである。
要するに、我々が果てしない海の無限の郷愁や砂漠の大いなる落日を思い、石庭の与える感動がそれに及ばないときには、遠慮なく石庭を黙殺すればいいのである。
原文: 無限なる大洋や高原を庭の中に入れることが不可能だというのは意味をなさない。
無限の大洋や高原を庭の中に入れることが不可能だというのは、理由にならない。
原文: 芭蕉は庭をでて、大自然のなかに自家の庭を見、又、つくった。
芭蕉は庭を出て、大自然の中に自分の庭を見、また、つくった。
原文: 彼の人生が旅を愛したばかりでなく、彼の俳句自体が、庭的なものを出て、大自然に庭をつくった、と言うことが出来る。
彼の人生が旅を愛したばかりでなく、彼の俳句自体が、庭的なものを出て、大自然に庭をつくった、と言うことができる。
原文: その庭には、ただ一本の椎の木しかなかったり、ただ夏草のみがもえていたり、岩と、浸み入る蝉の声しかなかったりする。
その庭には、たった一本の椎の木しかなかったり、ただ夏草だけが茂っていたり、岩と、しみ入る蝉の声しかなかったりする。
原文: この庭には、意味をもたせた石だの曲りくねった松の木などなく、それ自体が直接な風景であるし、同時に、直接な観念なのである。
この庭には、意味をもたせた石だの曲がりくねった松の木などなく、それ自体が直接な風景であるし、同時に、直接な観念なのである。
原文: そうして、龍安寺の石庭よりは、よっぽど美しいのだ。
そして、龍安寺の石庭よりは、よほど美しいのだ。
原文: と言って、一本の椎の木や、夏草だけで、現実的に、同じ庭をつくることは全く出来ない相談である。
と言って、一本の椎の木や、夏草だけで、現実に、同じ庭をつくることはまったく無理な相談である。
原文: だから、庭や建築に「永遠なるもの」
だから、庭や建築に「永遠なるもの」
原文: を作ることは出来ない相談だという諦らめが、昔から、日本には、あった。
を作ることは無理な相談だという諦めが、昔から、日本には、あった。
原文: 建築は、やがて火事に焼けるから「永遠ではない」
建築は、やがて火事で焼けるから「永遠ではない」
原文: という意味ではない。
という意味ではない。
原文: 建築は火に焼けるし人はやがて死ぬから人生水の泡の如きものだというのは『方丈記』
建築は火に焼けるし人はやがて死ぬから人生は水の泡のようなものだというのは『方丈記』
原文: の思想で、タウトは『方丈記』
の思想で、タウトは『方丈記』
原文: を愛したが、実際、タウトという人の思想はその程度のものでしかなかった。
を愛したが、実際、タウトという人の思想はその程度のものでしかなかった。
原文: 然しながら、芭蕉の庭を現実的には作り得ないという諦らめ、人工の限度に対する絶望から、家だの庭だの調度だのというものには全然顧慮しない、という生活態度は、特に日本の実質的な精神生活者には愛用されたのである。
しかしながら、芭蕉の庭を現実には作り得ないという諦め、人工の限度に対する絶望から、家だの庭だの調度だのというものにはまったく気を配らない、という生活態度は、特に日本の実質的な精神生活者には愛用されたのである。
原文: 大雅堂は画室を持たなかったし、良寛には寺すらも必要ではなかった。
大雅堂は画室を持たなかったし、良寛には寺すら必要ではなかった。
原文: とはいえ、彼等は貧困に甘んじることをもって生活の本領としたのではない。
とはいえ、彼らは貧困に甘んじることを生活の本領としたのではない。
原文: むしろ、彼等は、その精神に於て、余りにも欲が深すぎ、豪奢でありすぎ、貴族的でありすぎたのだ。
むしろ、彼らは、その精神において、あまりにも欲が深すぎ、豪奢でありすぎ、貴族的でありすぎたのだ。
原文: 即ち、画室や寺が彼等に無意味なのではなく、その絶対のものが有り得ないという立場から、中途半端を排撃し、無きに如かざるの清潔を選んだのだ。
つまり、画室や寺が彼らに無意味なのではなく、その絶対のものはあり得ないという立場から、中途半端を排撃し、無いほうがましだという清潔を選んだのだ。
原文: 茶室は簡素を以て本領とする。
茶室は簡素をもって本領とする。
原文: 然しながら、無きに如かざる精神の所産ではないのである。
しかしながら、無いほうがましだという精神の産物ではないのである。
原文: 無きに如かざるの精神にとっては、特に払われた一切の注意が、不潔であり饒舌である。
無いほうがましだという精神にとっては、特に払われた一切の注意が、不潔であり饒舌である。
原文: 床の間が如何に自然の素朴さを装うにしても、そのために支払われた注意が、すでに、無きに如かざるの物である。
床の間がいかに自然の素朴さを装おうとも、そのために支払われた注意が、すでに、無いほうがましなものである。
原文: 無きに如かざるの精神にとっては、簡素なる茶室も日光の東照宮も、共に同一の「有」
無いほうがましだという精神にとっては、簡素な茶室も日光の東照宮も、ともに同一の「有」
原文: の所産であり、詮ずれば同じ穴の狢なのである。
の産物であり、つきつめれば同じ穴のむじななのである。
原文: この精神から眺むれば、桂離宮が単純、高尚であり、東照宮が俗悪だという区別はない。
この精神から眺めれば、桂離宮が単純、高尚であり、東照宮が俗悪だという区別はない。
原文: どちらも共に饒舌であり、「精神の貴族」
どちらもともに饒舌であり、「精神の貴族」
原文: の永遠の観賞には堪えられぬ普請なのである。
の永遠の鑑賞には堪えられない普請なのである。
原文: 然しながら、無きに如かざるの冷酷なる批評精神は存在しても、無きに如かざるの芸術というものは存在することが出来ない。
しかしながら、無いほうがましだという冷酷な批評精神は存在しても、無いほうがましだという芸術というものは存在することができない。
原文: 存在しない芸術などが有る筈はないのである。
存在しない芸術などがあるはずはないのである。
原文: そうして、無きに如かざるの精神から、それはそれとして、とにかく一応有形の美に復帰しようとするならば、茶室的な不自然なる簡素を排して、人力の限りを尽した豪奢、俗悪なるものの極点に於て開花を見ようとすることも亦自然であろう。
そして、無いほうがましだという精神から、それはそれとして、とにかく一応有形の美に立ち返ろうとするならば、茶室的な不自然な簡素を排して、人力の限りを尽くした豪奢、俗悪なるものの極点において花を開かせようとすることも、また自然だろう。
原文: 簡素なるものも豪華なるものも共に俗悪であるとすれば、俗悪を否定せんとして尚俗悪たらざるを得ぬ惨めさよりも、俗悪ならんとして俗悪である闊達自在さがむしろ取柄だ。
簡素なものも豪華なものもともに俗悪であるとすれば、俗悪を否定しようとしてなお俗悪たらざるを得ない惨めさよりも、俗悪であろうとして俗悪である闊達自在さのほうが、むしろ取り柄だ。
原文: この精神を、僕は、秀吉に於て見る。
この精神を、僕は、秀吉に見る。
原文: いったい、秀吉という人は、芸術に就て、どの程度の理解や、観賞力があったのだろう?
いったい、秀吉という人は、芸術について、どの程度の理解や、鑑賞力があったのだろうか。
原文: そうして、彼の命じた多方面の芸術に対して、どの程度の差出口をしたのであろうか。
そして、彼が命じた多方面の芸術に対して、どの程度の口出しをしたのだろうか。
原文: 秀吉自身は工人ではなく、各々の個性を生かした筈なのに、彼の命じた芸術には、実に一貫した性格があるのである。
秀吉自身は工人ではなく、それぞれの個性を生かしたはずなのに、彼が命じた芸術には、実に一貫した性格があるのである。
原文: それは人工の極致、最大の豪奢ということであり、その軌道にある限りは清濁合せ呑むの概がある。
それは人工の極致、最大の豪奢ということであり、その軌道にあるかぎりは清濁併せ呑む趣がある。
原文: 城を築けば、途方もない大きな石を持ってくる。
城を築けば、途方もなく大きな石を持ってくる。
原文: 三十三間堂の塀ときては塀の中の巨人であるし、智積院の屏風ときては、あの前に坐った秀吉が花の中の小猿のように見えたであろう。
三十三間堂の塀ときては塀の中の巨人であるし、智積院の屏風ときては、あの前に座った秀吉が花の中の小猿のように見えただろう。
原文: 芸術も糞もないようである。
芸術も糞もないようである。
原文: 一つの最も俗悪なる意志による企業なのだ。
一つの最も俗悪な意志による企業なのだ。
原文: けれども、否定することの出来ない落着きがある。
けれども、否定することのできない落ち着きがある。
原文: 安定感があるのである。
安定感があるのである。
原文: いわば、事実に於て、彼の精神は「天下者」
いわば、事実として、彼の精神は「天下者」
原文: であったと言うことが出来る。
だったと言うことができる。
原文: 家康も天下を握ったが、彼の精神は天下者ではない。
家康も天下を握ったが、彼の精神は天下者ではない。
原文: そうして、天下を握った将軍達は多いけれども、天下者の精神を持った人は、秀吉のみであった。
そして、天下を握った将軍たちは多いけれども、天下者の精神を持った人は、秀吉だけだった。
原文: 金閣寺も銀閣寺も、凡そ天下者の精神からは縁の遠い所産である。
金閣寺も銀閣寺も、およそ天下者の精神からは縁の遠い産物である。
原文: いわば、金持の風流人の道楽であった。
いわば、金持ちの風流人の道楽だった。
原文: 秀吉に於ては、風流も、道楽もない。
秀吉には、風流も、道楽もない。
原文: 彼の為す一切合財のものが全て天下一でなければ納らない狂的な意欲の表れがあるのみ。
彼のやることの一切合切が全て天下一でなければ気がすまない、狂的な意欲の表れがあるだけだ。
原文: ためらいの跡がなく、一歩でも、控えてみたという形跡がない。
ためらいの跡がなく、一歩でも、控えてみたという形跡がない。
原文: 天下の美女をみんな欲しがり、呉れない時には千利休も殺してしまう始末である。
天下の美女をみんな欲しがり、くれないときには千利休も殺してしまう始末である。
原文: あらゆる駄々をこねることが出来た。
あらゆる駄々をこねることができた。
原文: そうして、実際、あらゆる駄々をこねた。
そして、実際、あらゆる駄々をこねた。
原文: そうして、駄々っ子のもつ不逞な安定感というものが、天下者のスケールに於て、彼の残した多くのものに一貫して開花している。
そして、駄々っ子のもつ不逞な安定感というものが、天下者のスケールにおいて、彼の残した多くのものに一貫して花開いている。
原文: ただ、天下者のスケールが、日本的に小さいという憾みはある。
ただ、天下者のスケールが、日本的に小さいという恨みはある。
原文: そうして、あらゆる駄々をこねることが出来たけれども、しかも全てを意のままにすることは出来なかったという天下者のニヒリズムをうかがうことも出来るのである。
そして、あらゆる駄々をこねることができたけれども、それでも全てを意のままにすることはできなかったという天下者のニヒリズムをうかがうこともできるのである。
原文: 大体に於て、極点の華麗さには妙な悲しみがつきまとうものだが、秀吉の足跡にもそのようなものがあり、しかも端倪すべからざる所がある。
だいたいにおいて、極点の華麗さには妙な悲しみがつきまとうものだが、秀吉の足跡にもそのようなものがあり、しかも底知れないところがある。
原文: 三十三間堂の太閤塀というものは、今、極めて小部分しか残存していないが、三十三間堂とのシムメトリイなどというものは殆んど念頭にない作品だ。
三十三間堂の太閤塀というものは、今、ごく一部分しか残っていないが、三十三間堂とのシンメトリーなどというものはほとんど念頭にない作品だ。
原文: シムメトリイがあるとすれば、徒らに巨大さと落着きを争っているようなもので、元来塀というものはその内側に建築あって始めて成立つ筈であろうが、この塀ばかりは独立自存、三十三間堂が眼中にないのだ。
シンメトリーがあるとすれば、いたずらに巨大さと落ち着きを競い合っているようなもので、もともと塀というものはその内側に建築があって初めて成り立つはずだろうが、この塀ばかりは独立自存、三十三間堂など眼中にないのだ。
原文: そうして、その独立自存の逞しさと、落着きとは、三十三間堂の上にあるものである。
そして、その独立自存のたくましさと、落ち着きとは、三十三間堂の上を行くものである。
原文: そうして、その巨大さを不自然に見せないところの独自の曲線には、三十三間堂以上の美しさがある。
そして、その巨大さを不自然に見せない独自の曲線には、三十三間堂以上の美しさがある。
原文: 僕が亀岡へ行ったとき、王仁三郎は現代に於て、秀吉的な駄々っ子精神を、非常に突飛な形式ではあるけれども、とにかく具体化した人ではなかろうかと想像し、夢の跡に多少の期待を持ったのだったが、これはスケールが言語道断に卑小にすぎて、ただ、直接に、俗悪そのものでしかなかった。
僕が亀岡へ行ったとき、王仁三郎は現代において、秀吉的な駄々っ子精神を、非常に突飛な形式ではあるけれども、とにかく具体化した人ではなかろうかと想像し、夢の跡に多少の期待を持ったのだったが、これはスケールが言語道断に卑小にすぎて、ただ、まっすぐに、俗悪そのものでしかなかった。
原文: 全然、貧弱、貧困であった。
まったく、貧弱、貧困だった。
原文: 言うまでもなく、豪華極まって浸みでる哀愁の如きは、微塵といえども無かったのである。
言うまでもなく、豪華が極まってにじみ出る哀愁のようなものは、微塵もなかったのである。
原文: 酒樽ありせば、帝王も我に於て何かあらんや、と、詠じ、靴となってあの娘の足に踏まれたい、と、歌う。
酒樽さえあれば、帝王が我にとって何ほどのものか、と詠み、靴になってあの娘の足に踏まれたい、と歌う。
原文: 万葉の詩人にも、アナクレオンのともがらにも、支那にも、ペルシャにも、文化のある所、必ず、かかる詩人と、かかる思想があったのである。
万葉の詩人にも、アナクレオンの仲間たちにも、中国にも、ペルシャにも、文化のあるところ、必ず、こういう詩人と、こういう思想があったのである。
原文: 然しながら、かかる思想は退屈だ。
しかしながら、こういう思想は退屈だ。
原文: 帝王何かあらんや、どころではなく、生来帝王の天質がなく、帝王になったところで、何一つ立派なことの出来る奴原ではないのである。
帝王が何ほどのものか、どころではなく、生まれつき帝王の資質がなく、帝王になったところで、何一つ立派なことのできる奴らではないのである。
原文: 俗なる人は俗に、小なる人は小に、俗なるまま小なるままの各々の悲願を、まっとうに生きる姿がなつかしい。
俗な人は俗に、小さな人は小さいままに、俗なままに小さなままに、それぞれの悲願をまっとうに生きる姿がなつかしい。
原文: 芸術も亦そうである。
芸術もまたそうである。
原文: まっとうでなければならぬ。
まっとうでなければならない。
原文: 寺があって、後に、坊主があるのではなく、坊主があって、寺があるのだ。
寺があって、後に、坊主があるのではなく、坊主があって、寺があるのだ。
原文: 寺がなくとも、良寛は存在する。
寺がなくとも、良寛は存在する。
原文: 若し、我々に仏教が必要ならば、それは坊主が必要なので、寺が必要なのではないのである。
もし、我々に仏教が必要ならば、それは坊主が必要なのであって、寺が必要なのではないのである。
原文: 京都や奈良の古い寺がみんな焼けても、日本の伝統は微動もしない。
京都や奈良の古い寺がみんな焼けても、日本の伝統は微動もしない。
原文: 日本の建築すら、微動もしない。
日本の建築すら、微動もしない。
原文: 必要ならば、新らたに造ればいいのである。
必要ならば、新たに造ればいいのである。
原文: バラックで、結構だ。
バラックで、結構だ。
原文: 京都や奈良の寺々は大同小異、深く記憶にも残らないが、今も尚、車折神社の石の冷めたさは僕の手に残り、伏見稲荷の俗悪極まる赤い鳥居の一里に余るトンネルを忘れることが出来ない。
京都や奈良の寺々は大同小異、深く記憶にも残らないが、今もなお、車折神社の石の冷たさは僕の手に残り、伏見稲荷の俗悪きわまる赤い鳥居の、一里を超えるトンネルを忘れることができない。
原文: 見るからに醜悪で、てんで美しくはないのだが、人の悲願と結びつくとき、まっとうに胸を打つものがあるのである。
見るからに醜悪で、まるで美しくはないのだが、人の悲願と結びつくとき、まっとうに胸を打つものがあるのである。
原文: これは、「無きに如かざる」
これは、「無いほうがまし」
原文: ものではなく、その在り方が卑小俗悪であるにしても、なければならぬ物であった。
なものではなく、そのあり方が卑小俗悪であるにしても、なければならない物だった。
原文: そうして、龍安寺の石庭で休息したいとは思わないが、嵐山劇場のインチキ・レビューを眺めながら物思いに耽りたいとは時に思う。
そして、龍安寺の石庭で休息したいとは思わないが、嵐山劇場のインチキ・レビューを眺めながら物思いにふけりたいとは、時に思う。
原文: 人間は、ただ、人間をのみ恋す。
人間は、ただ、人間だけを恋する。
原文: 人間のない芸術など、有る筈がない。
人間のない芸術など、あるはずがない。
原文: 郷愁のない木立の下で休息しようとは思わないのだ。
郷愁のない木立の下で休息しようとは思わないのだ。
原文: 僕は「檜垣」
僕は「檜垣」
原文: を世界一流の文学だと思っているが、能の舞台を見たいとは思わない。
を世界一流の文学だと思っているが、能の舞台を見たいとは思わない。
原文: もう我々には直接連絡しないような表現や唄い方を、退屈しながら、せめて一粒の砂金を待って辛抱するのが堪えられぬからだ。
もう我々には直接つながらないような表現や謡い方を、退屈しながら、せめて一粒の砂金を待って辛抱するのが堪えられないからだ。
原文: 舞台は僕が想像し、僕がつくれば、それでいい。
舞台は僕が想像し、僕がつくれば、それでいい。
原文: 天才世阿弥は永遠に新らただけれども、能の舞台や唄い方や表現形式が永遠に新らたかどうかは疑しい。
天才世阿弥は永遠に新しいけれども、能の舞台や謡い方や表現形式が永遠に新しいかどうかは疑わしい。
原文: 古いもの、退屈なものは、亡びるか、生れ変るのが当然だ。
古いもの、退屈なものは、滅びるか、生まれ変わるのが当然だ。
原文: 三 家に就て
三 家について
原文: 僕はもう、この十年来、たいがい一人で住んでいる。
僕はもう、この十年来、たいがい一人で住んでいる。
原文: 東京のあの街やこの街にも一人で住み、京都でも、茨城県の取手という小さな町でも、小田原でも、一人で住んでいた。
東京のあの街やこの街にも一人で住み、京都でも、茨城県の取手という小さな町でも、小田原でも、一人で住んでいた。
原文: ところが、家というものは(部屋でもいいが)たった一人で住んでいても、いつも悔いがつきまとう。
ところが、家というものは(部屋でもいいが)たった一人で住んでいても、いつも悔いがつきまとう。
原文: 暫く家をあけ、外で酒を飲んだり女に戯れたり、時には、ただ何もない旅先から帰って来たりする。
しばらく家を空け、外で酒を飲んだり女とふざけたり、時には、ただ何もない旅先から帰って来たりする。
原文: すると、必ず、悔いがある。
すると、必ず、悔いがある。
原文: 叱る母もいないし、怒る女房も子供もない。
叱る母もいないし、怒る女房も子供もない。
原文: 隣の人に挨拶することすら、いらない生活なのである。
隣の人に挨拶することすら、いらない生活なのである。
原文: それでいて、家へ帰る、という時には、いつも変な悲しさと、うしろめたさから逃げることが出来ない。
それでいて、家へ帰る、というときには、いつも変な悲しさと、うしろめたさから逃げることができない。
原文: 帰る途中、友達の所へ寄る。
帰る途中、友達のところへ寄る。
原文: そこでは、一向に、悲しさや、うしろめたさが、ないのである。
そこでは、まるで、悲しさや、うしろめたさが、ないのである。
原文: そうして、平々凡々と四五人の友達の所をわたり歩き、家へ戻る。
そして、平々凡々と四、五人の友達のところを渡り歩き、家へ戻る。
原文: すると、やっぱり、悲しさ、うしろめたさが生れてくる。
すると、やっぱり、悲しさ、うしろめたさが生まれてくる。
原文: 「帰る」
「帰る」
原文: ということは、不思議な魔物だ。
ということは、不思議な魔物だ。
原文: 「帰ら」
「帰ら」
原文: なければ、悔いも悲しさもないのである。
なければ、悔いも悲しさもないのである。
原文: 「帰る」
「帰る」
原文: 以上、女房も子供も、母もなくとも、どうしても、悔いと悲しさから逃げることが出来ないのだ。
以上、女房も子供も、母もいなくても、どうしても、悔いと悲しさから逃げることができないのだ。
原文: 帰るということの中には、必ず、ふりかえる魔物がいる。
帰るということの中には、必ず、振り返らせる魔物がいる。
原文: この悔いや悲しさから逃れるためには、要するに、帰らなければいいのである。
この悔いや悲しさから逃れるためには、要するに、帰らなければいいのである。
原文: そうして、いつも、前進すればいい。
そして、いつも、前進すればいい。
原文: ナポレオンは常に前進し、ロシヤまで、退却したことがなかった。
ナポレオンは常に前進し、ロシアまで、退却したことがなかった。
原文: ヒットラーは、一度も退却したことがないけれども、彼等程の大天才でも、家を逃げることが出来ない筈だ。
ヒットラーは、一度も退却したことがないけれども、彼らほどの大天才でも、家から逃げることはできないはずだ。
原文: そうして、家がある以上は、必ず帰らなければならぬ。
そして、家がある以上は、必ず帰らなければならない。
原文: そうして、帰る以上は、やっぱり僕と同じような不思議な悔いと悲しさから逃げることが出来ない筈だ、と僕は考えているのである。
そして、帰る以上は、やはり僕と同じような不思議な悔いと悲しさから逃げることはできないはずだ、と僕は考えているのである。
原文: だが、あの大天才達は、僕とは別の鋼鉄だろうか。
だが、あの大天才たちは、僕とは別の鋼鉄だろうか。
原文: いや、別の鋼鉄だから尚更……と、僕は考えているのだ。
いや、別の鋼鉄だからなおさら……と、僕は考えているのだ。
原文: そうして、孤独の部屋で蒼ざめた鋼鉄人の物思いに就て考える。
そして、孤独の部屋で蒼ざめた鋼鉄人の物思いについて考える。
原文: 叱る母もなく、怒る女房もいないけれども、家へ帰ると、叱られてしまう。
叱る母もなく、怒る女房もいないけれども、家へ帰ると、叱られてしまう。
原文: 人は孤独で、誰に気がねのいらない生活の中でも、決して自由ではないのである。
人は孤独で、誰にも気兼ねのいらない生活の中でも、決して自由ではないのである。
原文: そうして、文学は、こういう所から生れてくるのだ、と僕は思っている。
そして、文学は、こういうところから生まれてくるのだ、と僕は思っている。
原文: 「自由を我等に」
「自由を我等に」
原文: という活動写真がある。
という映画がある。
原文: 機械文明への諷刺であるらしい。
機械文明への風刺であるらしい。
原文: 毎日毎日日曜日で、社長も職工もなく、毎日釣りだの酒でも飲んで遊んで暮していられたら、自由で楽しいだろうというのである。
毎日毎日が日曜日で、社長も職工もなく、毎日釣りだの酒でも飲んで遊んで暮らしていられたら、自由で楽しいだろうというのである。
原文: 然し、自由というものは、そんなに簡単なものじゃない。
しかし、自由というものは、そんなに簡単なものじゃない。
原文: 誰に気がねがいらなくとも、人は自由では有り得ない。
誰にも気兼ねがいらなくとも、人は自由ではあり得ない。
原文: 第一、毎日毎日、遊ぶことしかなければ、遊びに特殊性がなくなって、楽しくもなんともない。
第一、毎日毎日、遊ぶことしかなければ、遊びに特別さがなくなって、楽しくもなんともない。
原文: 苦があって楽があるのだが、楽ばかりになってしまえば、世界中がただ水だけになったことと同じことで、楽の楽たる所以がないだろう。
苦があって楽があるのだが、楽ばかりになってしまえば、世界中がただ水だけになったのと同じことで、楽が楽である理由がないだろう。
原文: 人は必ず死ぬ。
人は必ず死ぬ。
原文: 死あるがために、喜怒哀楽もあるのだろうが、いつまでたっても死なないと極ったら、退屈千万な話である。
死があるからこそ、喜怒哀楽もあるのだろうが、いつまでたっても死なないと決まったら、退屈きわまりない話である。
原文: 生きていることに、特別の意義がないからである。
生きていることに、特別の意義がないからである。
原文: 「自由を我等に」
「自由を我等に」
原文: という活動写真の馬鹿らしさはどうでもいいが、ルネ・クレールはとにかくとして、社会改良家などと言われる人の自由に対する認識が、やっぱり之と五十歩百歩の思いつきに過ぎないことを考えると、文学への信用を深くせずにはいられない。
という映画の馬鹿らしさはどうでもいいが、ルネ・クレールはともかくとして、社会改良家などと言われる人の自由に対する認識が、やはりこれと五十歩百歩の思いつきにすぎないことを考えると、文学への信用を深めずにはいられない。
原文: 僕は文学万能だ。
僕は文学万能だ。
原文: なぜなら、文学というものは、叱る母がなく、怒る女房がいなくとも、帰ってくると叱られる。
なぜなら、文学というものは、叱る母がなく、怒る女房がいなくても、帰ってくると叱られる。
原文: そういう所から出発しているからである。
そういうところから出発しているからである。
原文: だから、文学を信用することが出来なくなったら、人間を信用することが出来ないという考えでもある。
だから、文学を信用することができなくなったら、人間を信用することができないという考えでもある。
原文: 四 美に就て
四 美について
原文: 三年前に取手という町に住んでいた。
三年前に取手という町に住んでいた。
原文: 利根川に沿うた小さな町で、トンカツ屋とソバ屋の外に食堂がなく、僕は毎日トンカツを食い、半年目には遂に全くうんざりしたが、僕は大概一ヶ月に二回ずつ東京へでて、酔っ払って帰る習慣であった。
利根川に沿った小さな町で、トンカツ屋とソバ屋のほかに食堂がなく、僕は毎日トンカツを食べ、半年目にはとうとうすっかりうんざりしたが、僕はたいてい一ヶ月に二回ずつ東京へ出て、酔っ払って帰る習慣だった。
原文: 尤も、町にも酒屋はある。
もっとも、町にも酒屋はある。
原文: 然し、オデン屋というようなものはなく、普通の酒屋で、框へ腰かけてコップ酒をのむのである。
しかし、おでん屋というようなものはなく、普通の酒屋で、上がり框に腰かけてコップ酒を飲むのである。
原文: これを「トンパチ」
これを「トンパチ」
原文: と言い、「当八」
と言い、「当八」
原文: の意だそうである。
の意味だそうである。
原文: 即ち一升がコップ八杯にしか当らぬ。
つまり一升がコップ八杯にしかならない。
原文: つまり、一合以上なみなみとあり、盛りがいいという意味なのである。
要するに、一合以上なみなみと入っていて、盛りがいいという意味なのである。
原文: 村の百姓達は「トンパチやんべいか」
村の百姓たちは「トンパチやんべいか」
原文: と言う。
と言う。
原文: 勿論僕は愛用したが、一杯十五銭だったり、十七銭だったり、日によってその時の仕入れ値段で区々だったが、東京から来る友達は顔をしかめて飲んでいる。
もちろん僕は愛用したが、一杯十五銭だったり、十七銭だったり、日によってその時の仕入れ値段でまちまちだったが、東京から来る友達は顔をしかめて飲んでいる。
原文: この町から上野まで五十六分しかかからぬのだが、利根川、江戸川、荒川という三ツの大きな川を越え、その一つの川岸に小菅刑務所があった。
この町から上野まで五十六分しかかからないのだが、利根川、江戸川、荒川という三つの大きな川を越え、その一つの川岸に小菅刑務所があった。
原文: 汽車はこの大きな近代風の建築物を眺めて走るのである。
汽車はこの大きな近代風の建築物を眺めて走るのである。
原文: 非常に高いコンクリートの塀がそびえ、獄舎は堂々と翼を張って十字の形にひろがり十字の中心交叉点に大工場の煙突よりも高々とデコボコの見張の塔が突立っている。
非常に高いコンクリートの塀がそびえ、獄舎は堂々と翼を張って十字の形に広がり、十字の中心の交差点に、大工場の煙突よりも高々とデコボコの見張りの塔が突っ立っている。
原文: 勿論、この大建築物には一ヶ所の美的装飾というものもなく、どこから見ても刑務所然としており、刑務所以外の何物でも有り得ない構えなのだが、不思議に心を惹かれる眺めである。
もちろん、この大建築物には一か所の美的装飾というものもなく、どこから見ても刑務所然としており、刑務所以外の何物でもあり得ない構えなのだが、不思議に心を惹かれる眺めである。
原文: それは刑務所の観念と結びつき、その威圧的なもので僕の心に迫るのとは様子が違う。
それは刑務所の観念と結びつき、その威圧的なもので僕の心に迫るのとは様子が違う。
原文: むしろ、懐しいような気持である。
むしろ、なつかしいような気持ちである。
原文: つまり、結局、どこかしら、その美しさで僕の心を惹いているのだ。
つまり、結局、どこかしら、その美しさで僕の心を惹いているのだ。
原文: 利根川の風景も、手賀沼も、この刑務所ほど僕の心を惹くことがなかった。
利根川の風景も、手賀沼も、この刑務所ほど僕の心を惹くことはなかった。
原文: いったい、ほんとに美しいのかしら、と、僕は時々考えた。
いったい、本当に美しいのかしら、と、僕は時々考えた。
原文: これに似た他の経験が、もう一つ、ハッキリ心に残っている。
これに似た別の経験が、もう一つ、はっきり心に残っている。
原文: もう、十数年の昔になる。
もう、十数年の昔になる。
原文: その頃はまだ学生で、僕は酒も飲まない時だが、友人達と始めて同人雑誌をだし、酒を飲まないから、勢い、そぞろ歩きをしながら五時間六時間と議論をつづけることになる。
その頃はまだ学生で、僕は酒も飲まない時だったが、友人たちと初めて同人雑誌を出し、酒を飲まないから、自然、そぞろ歩きをしながら五時間六時間と議論を続けることになる。
原文: そのため、足の向くままに、実に諸方の道を歩いた。
そのため、足の向くままに、実にあちこちの道を歩いた。
原文: 深夜になり、深夜でなくとも頻りと警官に訊問されたが、左翼運動の旺な時代で、徹底的に小うるさく訊問された。
深夜になり、深夜でなくてもしきりに警官に尋問されたが、左翼運動の盛んな時代で、徹底的に小うるさく尋問された。
原文: 大体、深夜に数人で歩きながら、酒も飲んでいないというのが、却って怪しまれる種であった。
だいたい、深夜に数人で歩きながら、酒も飲んでいないというのが、かえって怪しまれる種だった。
原文: そういう次第で心を改め大酒飲みになった訳でもないのだが。
そういう次第で心を改めて大酒飲みになったというわけでもないのだが。
原文: 銀座から築地へ歩き、渡船に乗り、佃島へ渡ることが、よく、あった。
銀座から築地へ歩き、渡し船に乗り、佃島へ渡ることが、よく、あった。
原文: この渡船は終夜運転だから、帰れなくなる心配はない。
この渡し船は終夜運転だから、帰れなくなる心配はない。
原文: 佃島は一間ぐらいの暗くて細い道の両側に「佃茂」
佃島は一間ほどの暗くて細い道の両側に「佃茂」
原文: だの「佃一」
だの「佃一」
原文: だのという家が並び、佃煮屋かも知れないが、漁村の感じで、渡船を降りると、突然遠い旅に来たような気持になる。
だのという家が並び、佃煮屋かもしれないが、漁村の感じで、渡し船を降りると、突然遠い旅に来たような気持ちになる。
原文: とても川向うが銀座だとは思われぬ。
とても川向こうが銀座だとは思えない。
原文: こんな旅の感じが好きであったが、ひとつには、聖路加病院の近所にドライアイスの工場があって、そこに雑誌の同人が勤めていたため、この方面へ足の向く機会が多かったのである。
こんな旅の感じが好きだったが、一つには、聖路加病院の近所にドライアイスの工場があって、そこに雑誌の同人が勤めていたため、この方面へ足の向く機会が多かったのである。
原文: さて、ドライアイスの工場だが、これが奇妙に僕の心を惹くのであった。
さて、ドライアイスの工場だが、これが奇妙に僕の心を惹くのだった。
原文: 工場地帯では変哲もない建物であるかも知れぬ。
工場地帯では何の変哲もない建物であるかもしれない。
原文: 起重機だのレールのようなものがあり、右も左もコンクリートで頭上の遥か高い所にも、倉庫からつづいてくる高架レールのようなものが飛び出し、ここにも一切の美的考慮というものがなく、ただ必要に応じた設備だけで一つの建築が成立っている。
起重機だのレールのようなものがあり、右も左もコンクリートで、頭上のはるか高いところにも、倉庫から続いてくる高架レールのようなものが飛び出し、ここにも一切の美的配慮というものがなく、ただ必要に応じた設備だけで一つの建築が成り立っている。
原文: 町家の中でこれを見ると、魁偉であり、異観であったが、然し、頭抜けて美しいことが分るのだった。
町家の中でこれを見ると、いかつく、異様な眺めだったが、しかし、ずば抜けて美しいことが分かるのだった。
原文: 聖路加病院の堂々たる大建築。
聖路加病院の堂々たる大建築。
原文: それに較べれば余り小さく、貧困な構えであったが、それにも拘らず、この工場の緊密な質量感に較べれば、聖路加病院は子供達の細工のようなたあいもない物であった。
それに比べればあまりに小さく、貧しい構えだったが、それにもかかわらず、この工場の緊密な質量感に比べれば、聖路加病院は子供たちの細工のようなたわいもない物だった。
原文: この工場は僕の胸に食い入り、遥か郷愁につづいて行く大らかな美しさがあった。
この工場は僕の胸に食い入り、はるかな郷愁へ続いていく大らかな美しさがあった。
原文: 小菅刑務所とドライアイスの工場。
小菅刑務所とドライアイスの工場。
原文: この二つの関聯に就て、僕はふと思うことがあったけれども、そのどちらにも、僕の郷愁をゆりうごかす逞しい美感があるという以外には、強いて考えてみたことがなかった。
この二つのつながりについて、僕はふと思うことがあったけれども、そのどちらにも、僕の郷愁を揺り動かすたくましい美感があるという以外には、あえて考えてみたことがなかった。
原文: 法隆寺だの平等院の美しさとは全然違う。
法隆寺だの平等院の美しさとはまったく違う。
原文: しかも、法隆寺だの平等院は、古代とか歴史というものを念頭に入れ、一応、何か納得しなければならぬような美しさである。
しかも、法隆寺だの平等院は、古代とか歴史というものを念頭に入れ、一応、何か納得しなければならないような美しさである。
原文: 直接心に突当り、はらわたに食込んでくるものではない。
直接心に突き当たり、はらわたに食い込んでくるものではない。
原文: どこかしら物足りなさを補わなければ、納得することが出来ないのである。
どこか物足りなさを補わなければ、納得することができないのである。
原文: 小菅刑務所とドライアイスの工場は、もっと直接突当り、補う何物もなく、僕の心をすぐ郷愁へ導いて行く力があった。
小菅刑務所とドライアイスの工場は、もっと直接に突き当たり、補うものが何もなく、僕の心をすぐ郷愁へ導いていく力があった。
原文: なぜだろう、ということを、僕は考えずにいたのである。
なぜだろう、ということを、僕は考えずにいたのである。
原文: ある春先、半島の尖端の港町へ旅行にでかけた。
ある春先、半島の先端の港町へ旅行に出かけた。
原文: その小さな入江の中に、わが帝国の無敵駆逐艦が休んでいた。
その小さな入江の中に、我が帝国の無敵駆逐艦が休んでいた。
原文: それは小さな、何か謙虚な感じをさせる軍艦であったけれども一見したばかりで、その美しさは僕の魂をゆりうごかした。
それは小さな、何か謙虚な感じをさせる軍艦だったけれども、一目見ただけで、その美しさは僕の魂を揺り動かした。
原文: 僕は浜辺に休み、水にうかぶ黒い謙虚な鉄塊を飽かず眺めつづけ、そうして、小菅刑務所とドライアイスの工場と軍艦と、この三つのものを一にして、その美しさの正体を思いだしていたのであった。
僕は浜辺で休み、水に浮かぶ黒い謙虚な鉄の塊を飽きずに眺め続け、そうして、小菅刑務所とドライアイスの工場と軍艦と、この三つのものを一つにして、その美しさの正体を思い当たっていたのだった。
原文: この三つのものが、なぜ、かくも美しいか。
この三つのものが、なぜ、こんなにも美しいのか。
原文: ここには、美しくするために加工した美しさが、一切ない。
ここには、美しくするために加工した美しさが、一切ない。
原文: 美というものの立場から附加えた一本の柱も鋼鉄もなく、美しくないという理由によって取去った一本の柱も鋼鉄もない。
美というものの立場から付け加えた一本の柱も鋼鉄もなく、美しくないという理由で取り去った一本の柱も鋼鉄もない。
原文: ただ必要なもののみが、必要な場所に置かれた。
ただ必要なものだけが、必要な場所に置かれた。
原文: そうして、不要なる物はすべて除かれ、必要のみが要求する独自の形が出来上っているのである。
そして、不要なものはすべて取り除かれ、必要だけが要求する独自の形が出来上がっているのである。
原文: それは、それ自身に似る外には、他の何物にも似ていない形である。
それは、それ自身に似るほかには、他の何物にも似ていない形である。
原文: 必要によって柱は遠慮なく歪められ、鋼鉄はデコボコに張りめぐらされ、レールは突然頭上から飛出してくる。
必要によって柱は遠慮なく歪められ、鋼鉄はデコボコに張りめぐらされ、レールは突然頭上から飛び出してくる。
原文: すべては、ただ、必要ということだ。
すべては、ただ、必要ということだ。
原文: そのほかのどのような旧来の観念も、この必要のやむべからざる生成をはばむ力とは成り得なかった。
そのほかのどのような旧来の観念も、この必要のやむにやまれぬ生成をはばむ力とはなり得なかった。
原文: そうして、ここに、何物にも似ない三つのものが出来上ったのである。
そして、ここに、何物にも似ない三つのものが出来上がったのである。
原文: 僕の仕事である文学が、全く、それと同じことだ。
僕の仕事である文学が、まったく、それと同じことだ。
原文: 美しく見せるための一行があってもならぬ。
美しく見せるための一行があってもならない。
原文: 美は、特に美を意識して成された所からは生れてこない。
美は、特に美を意識してなされたところからは生まれてこない。
原文: どうしても書かねばならぬこと、書く必要のあること、ただ、そのやむべからざる必要にのみ応じて、書きつくされなければならぬ。
どうしても書かねばならないこと、書く必要のあること、ただ、そのやむにやまれぬ必要にだけ応じて、書き尽くされなければならない。
原文: ただ「必要」
ただ「必要」
原文: であり、一も二も百も、終始一貫ただ「必要」
であり、一も二も百も、終始一貫ただ「必要」
原文: のみ。
のみ。
原文: そうして、この「やむべからざる実質」
そして、この「やむにやまれぬ実質」
原文: がもとめた所の独自の形態が、美を生むのだ。
が求めたところの独自の形態が、美を生むのだ。
原文: 実質からの要求を外れ、美的とか詩的という立場に立って一本の柱を立てても、それは、もう、たわいもない細工物になってしまう。
実質からの要求を外れ、美的とか詩的という立場に立って一本の柱を立てても、それは、もう、たわいもない細工物になってしまう。
原文: これが、散文の精神であり、小説の真骨頂である。
これが、散文の精神であり、小説の真骨頂である。
原文: そうして、同時に、あらゆる芸術の大道なのだ。
そして、同時に、あらゆる芸術の王道なのだ。
原文: 問題は、汝の書こうとしたことが、真に必要なことであるか、ということだ。
問題は、お前が書こうとしたことが、本当に必要なことであるか、ということだ。
原文: 汝の生命と引換えにしても、それを表現せずにはやみがたいところの汝自らの宝石であるか、どうか、ということだ。
自分の命と引き換えにしてでも、それを表現せずにはいられないというお前自身の宝石であるか、どうか、ということだ。
原文: そうして、それが、その要求に応じて、汝の独自なる手により、不要なる物を取去り、真に適切に表現されているかどうか、ということだ。
そして、それが、その要求に応じて、お前独自の手により、不要なものを取り去り、本当に適切に表現されているかどうか、ということだ。
原文: 百米を疾走するオウエンスの美しさと二流選手の動きには、必要に応じた完全なる動きの美しさと、応じ切れないギゴチなさの相違がある。
百メートルを疾走するオーエンスの美しさと二流選手の動きには、必要に応じた完全な動きの美しさと、応じ切れないぎこちなさの違いがある。
原文: 僕が中学生の頃、百米の選手といえば、痩せて、軽くて、足が長くて、スマートの身体でなければならぬと極っていた。
僕が中学生の頃、百メートルの選手といえば、痩せて、軽くて、足が長くて、スマートな体でなければならないと決まっていた。
原文: ふとった重い男は専ら投擲の方へ廻され、フィールドの片隅で砲丸を担いだりハンマーを振廻していたのである。
太った重い男はもっぱら投擲のほうへ回され、フィールドの片隅で砲丸を担いだりハンマーを振り回していたのである。
原文: 日本へも来たことのあるパドックだのシムプソンの頃までは、そうだった。
日本へも来たことのあるパドックだのシンプソンの頃までは、そうだった。
原文: メトカルフだのトーランが現れた頃から、短距離には重い身体の加速度が最後の条件であると訂正され、スマートな身体は中距離の方へ廻されるようになったのである。
メトカルフだのトーランが現れた頃から、短距離には重い体の加速度が最後の条件であると訂正され、スマートな体は中距離のほうへ回されるようになったのである。
原文: いつか、羽田飛行場へでかけて、分捕品のイ―十六型戦闘機を見たが、飛行場の左端に姿を現したかと思ううちに右端へ飛去り、呆れ果てた速力であった。
いつだったか、羽田飛行場へ出かけて、鹵獲したイ―十六型戦闘機を見たが、飛行場の左端に姿を現したかと思ううちに右端へ飛び去り、呆れ果てた速力だった。
原文: 日本の戦闘機は格闘性に重点を置き、速力を二の次にするから、速さの点では比較にならない。
日本の戦闘機は格闘性能に重点を置き、速力を二の次にするから、速さの点では比較にならない。
原文: イ―十六は胴体が短く、ずんぐり太っていて、ドッシリした重量感があり、近代式の百米選手の体格の条件に全く良く当てはまっているのである。
イ―十六は胴体が短く、ずんぐり太っていて、どっしりした重量感があり、近代式の百メートル選手の体格の条件にまったくよく当てはまっているのである。
原文: スマートな所は微塵もなく、あくまで不恰好に出来上っているが、その重量の加速度によって風を切る速力的な美しさは、スマートな旅客機などの比較にならぬものがあった。
スマートなところは微塵もなく、あくまで不格好に出来上がっているが、その重量の加速度によって風を切る速さの美しさは、スマートな旅客機などとは比較にならないものがあった。
原文: 見たところのスマートだけでは、真に美なる物とはなり得ない。
見た目のスマートさだけでは、本当に美なるものとはなり得ない。
原文: すべては、実質の問題だ。
すべては、実質の問題だ。
原文: 美しさのための美しさは素直でなく、結局、本当の物ではないのである。
美しさのための美しさは素直でなく、結局、本物ではないのである。
原文: 要するに、空虚なのだ。
要するに、空虚なのだ。
原文: そうして、空虚なものは、その真実のものによって人を打つことは決してなく、詮ずるところ、有っても無くても構わない代物である。
そして、空虚なものは、その真実によって人を打つことは決してなく、つきつめれば、あってもなくてもかまわない代物である。
原文: 法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。
法隆寺も平等院も焼けてしまって一向にかまわない。
原文: 必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい。
必要ならば、法隆寺を取り壊して停車場をつくればいい。
原文: 我が民族の光輝ある文化や伝統は、そのことによって決して亡びはしないのである。
我が民族の輝かしい文化や伝統は、そのことによって決して滅びはしないのである。
原文: 武蔵野の静かな落日はなくなったが累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち、埃のために晴れた日も曇り、月夜の景観に代ってネオン・サインが光っている。
武蔵野の静かな落日はなくなったが、累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち、埃のために晴れた日も曇り、月夜の景観に代わってネオンサインが光っている。
原文: ここに我々の実際の生活が魂を下している限り、これが美しくなくて、何であろうか。
ここに我々の実際の生活が根を下ろしているかぎり、これが美しくなくて、何であろうか。
原文: 見給え、空には飛行機がとび、海には鋼鉄が走り、高架線を電車が轟々と駈けて行く。
見たまえ、空には飛行機が飛び、海には鋼鉄が走り、高架線を電車が轟々と駆けて行く。
原文: 我々の生活が健康である限り、西洋風の安直なバラックを模倣して得々としても、我々の文化は健康だ。
我々の生活が健康であるかぎり、西洋風の安直なバラックを模倣して得意になっていても、我々の文化は健康だ。
原文: 我々の伝統も健康だ。
我々の伝統も健康だ。
原文: 必要ならば公園をひっくり返して菜園にせよ。
必要ならば公園をひっくり返して菜園にしろ。
原文: それが真に必要ならば、必ずそこにも真の美が生れる。
それが本当に必要ならば、必ずそこにも本当の美が生まれる。
原文: そこに真実の生活があるからだ。
そこに真実の生活があるからだ。
原文: そうして、真に生活する限り、猿真似を羞ることはないのである。
そして、本当に生活するかぎり、猿真似を恥じることはないのである。
原文: それが真実の生活である限り、猿真似にも、独創と同一の優越があるのである。
それが真実の生活であるかぎり、猿真似にも、独創と同じ優越があるのである。