たけくらべ 小学生向け
樋口一葉(ひぐちいちよう)・1949年
AI生成この訳はAI(claude-sonnet-4-6)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-23)
一
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一
大音寺前という町があります。大きなお門のそばにある柳の木がとても長く垂れていて、お歯ぐろどぶという暗い水路には、近くの三階建ての建物の明かりが映っています。一日中、人力車が行き来して、にぎやかな場所です。三嶋神社の角を曲がってみると、これといって目立つ大きな家はなく、傾きかけた軒先の長屋が続いています。商売はあまりうまくいかない場所で、雨戸を半分しめたまま、紙を切ってごふんをぬりつけた、田楽のような形の細工物を、串に刺して干しています。一軒だけではなく何軒もの家が、朝に干して夕方にしまうという手間のかかる作業をしています。何を作っているのかと聞けば、十一月の酉の日に神社で縁起物として売る熊手の下ごしらえをしているのだと言います。
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廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてよりこれぞと見ゆる大厦もなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や、商ひはかつふつ利かぬ処とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田楽みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日にしまふ手当ことごとしく、一家内これにかかりてそれは何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深様のかつぎ給ふこれぞ熊手の下ごしら
正月に門松を片付けた頃から始めて、一年中ずっと作り続けているのが本当の商売人というものです。夏から手足に色をぬる内職をして、お正月の着物代にあてようとしています。大鳥大明神様、買う人にも大きな福をお与えください、それなら作っている私たちには何倍もの利益があるはずと、みんなが願うけれど、それほど大もうけをした人の話は聞きません。この辺りに住む人の多くは廓(遊郭)に関わる人たちで、夫は小さな格子戸のお店で働いています。夕暮れから羽織を引っかけて出かけるとき、うしろから妻が火打ち石を打って送り出します。娘は大きなお店の下っ端として修業中です。
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へといふ、正月門松とりすつるよりかかりて、一年うち通しのそれは誠の商買人、片手わざにも夏より手足を色どりて、新年着の支度もこれをば当てぞかし、南無や大鳥大明神、買ふ人にさへ大福をあたへ給へば製造もとの我等万倍の利益をと人ごとに言ふめれど、さりとは思ひのほかなるもの、このあたりに大長者のうわさも聞かざりき、住む人の多くは廓者にて良人は小格子の何とやら、下足札そろへてがらんがらんの音もいそがしや夕暮より羽織引かけて立出れば、うしろに切火打かくる女房の顔もこれが見納めか十人ぎりの側杖無理情死のしそこね、恨みはかかる身のはて危ふく、すはと言はば命がけの勤めに遊山らしく見ゆるもをかし、娘は大籬の下新造と
七軒のお店のお使い走りとして提灯を下げてちょこちょこ走るのが修業で、卒業したらどうなるのでしょう。この町の風俗は他の場所とは少し違っています。帯を前で結ぶ女の人が少なく、幅の広い巻き帯をしている人が多いのです。三十代の女の人がそういった格好をするのはまだいいとして、十五、六歳の生意気な子どもまでほおずきをくわえてその格好をしているのは、驚いてしまう人もいるでしょう。場所柄、仕方がないといえばそれまでですが、昨日は廓のお店でなんとかという源氏名で呼ばれていたのが、今日は地廻りの吉という名で焼き鳥の夜店を出していたりして、身代をつかいきったらまた古巣に戻るという形です。
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やら、七軒の何屋が客廻しとやら、提燈さげてちよこちよこ走りの修業、卒業して何にかなる、とかくは檜舞台と見たつるもをかしからずや、垢ぬけのせし三十あまりの年増、小ざつぱりとせし唐桟ぞろひに紺足袋はきて、雪駄ちやらちやら忙がしげに横抱きの小包はとはでもしるし、茶屋が桟橋とんと沙汰して、廻り遠や此処からあげまする、誂へ物の仕事やさんとこのあたりには言ふぞかし、一体の風俗よそと変りて、女子の後帯きちんとせし人少なく、がらを好みて巾広の巻帯、年増はまだよし、十五六の小癪なるが酸漿ふくんでこの姿はと目をふさぐ人もあるべし、所がら是非もなや、昨日河岸店に何紫の源氏名耳に残れど、けふは地廻りの吉と手馴れぬ焼鳥
子どもたちも、そんな大人たちに染まらないわけにはいきません。秋の仁和賀(にわか芸)の頃の大通りを見てみると、露八や栄喜という有名な芸人の物まねを、子どもたちがよく覚えてやっています。孟子の母だったら驚くほど上達が早いのです。うまいとほめられると今夜もひと廻りと、七つ八つの頃から生意気さが増していきます。学校の唱歌にも拍子を取って、運動会でも木やり音頭をやってのけそうな雰囲気です。入谷の近くに育英舎という私立学校があって、生徒の数は千人近くいて、狭い校舎にぎゅうぎゅう詰めでも、先生の人気が高いので有名な学校です。
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の夜店を出して、身代たたき骨になれば再び古巣への内儀姿、どこやら素人よりは見よげに覚えて、これに染まらぬ子供もなし、秋は九月仁和賀の頃の大路を見給へ、さりとは宜くも学びし露八が物真似、栄喜が処作、孟子の母やおどろかん上達の速やかさ、うまいと褒められて今宵も一廻りと生意気は七つ八つよりつのりて、やがては肩に置手ぬぐひ、鼻歌のそそり節、十五の少年がませかた恐ろし、学校の唱歌にもぎつちよんちよんと拍子を取りて、運動会に木やり音頭もなしかねまじき風情、さらでも教育はむづかしきに教師の苦心さこそと思はるる入谷ぢかくに育英舎とて、私立なれども生徒の数は千人近く、狭き校舎に目白押の窮屈さも教師が人望いよいよ
通う子どもたちの中には、火消しや鳶の人足の子もいます。梯子乗りの真似をしては「忍び返しを折ってしまいました」と訴えてくる子もいます。三百円という代言人(弁護士のような人)の子もいるでしょう。「お父さんは馬だね」と言われて恥ずかしそうにしている子もいます。華族様を気取っているお坊ちゃんに追従している子もいます。そんな子どもたちの中に、龍華寺の信如という子がいます。黒くて千筋という名の美しい髪も、そのうち墨染めの僧の衣に変わってしまうのかもしれません。出家しようという気持ちはどこから来るのでしょうか。坊主は親ゆずりの勉強家です。
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あらはれて、唯学校と一ト口にてこのあたりには呑込みのつくほど成るがあり、通ふ子供の数々に或は火消鳶人足、おとつさんは刎橋の番屋に居るよと習はずして知るその道のかしこさ、梯子のりのまねびにアレ忍びがへしを折りましたと訴へのつべこべ、三百といふ代言の子もあるべし、お前の父さんは馬だねへと言はれて、名のりや愁らき子心にも顔あからめるしほらしさ、出入りの貸座敷の秘蔵息子寮住居に華族さまを気取りて、ふさ付き帽子面もちゆたかに洋服かるがると花々しきを、坊ちやん坊ちやんとてこの子の追従するもをかし、多くの中に龍華寺の信如とて、千筋となづる黒髪も今いく歳のさかりにか、やがては墨染にかへぬべき袖の色、発心は腹か
信如はもともと性格がおとなしくて、友達がいろいろないたずらをしかけていました。猫の死骸を縄にくくって「お役目なので引導をたのみます」と投げつけたこともありましたが、それは昔のことで、今では学校でいちばん頼りにされる存在です。誰も軽くあつかうようなことはしません。歳は十五歳で、いが栗のような頭も何となく普通の子とは違って見え、藤本信如という読み方で済ませているけれど、どこか「釈」というお坊さん風の雰囲気があります。
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らか、坊は親ゆづりの勉強ものあり、性来をとなしきを友達いぶせく思ひて、さまざまの悪戯をしかけ、猫の死骸を縄にくくりてお役目なれば引導をたのみますと投げつけし事も有りしが、それは昔、今は校内一の人とて仮にも侮りての処業はなかりき、歳は十五、並背にていが栗の頭髪も思ひなしか俗とは変りて、藤本信如と訓にてすませど、何処やら釈といひたげの素振なり。
二
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二
八月二十日は千束神社のお祭りで、山車や屋台を出して各町が張り合い、廓の中まで乗り込もうという勢いです。若者たちの気合いは想像できますが、この辺りの子どもたちはそれ以上に元気いっぱいです。揃いの浴衣を着るのは当たり前として、それぞれが思い切り生意気なことを考えています。横町組と名乗る乱暴な子どもたちの大将は、頭の長吉といって歳も十六歳。仁和賀の金棒引きを親の代わりにつとめてから偉そうになっていて、帯は腰の先に、返事は鼻であしらうという嫌な感じです。でも表町には田中屋の正太郎という子がいて、歳は長吉より三つ下だけれど家にはお金があり、愛嬌があるので誰にも好かれる手ごわい相手でした。
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八月二十日は千束神社のまつりとて、山車屋台に町々の見得をはりて土手をのぼりて廓内までも入込まんづ勢ひ、若者が気組み思ひやるべし、聞かぢりに子供とて由断のなりがたきこのあたりのなれば、そろひの裕衣は言はでものこと、銘々に申合せて生意気のありたけ、聞かば胆もつぶれぬべし、横町組と自らゆるしたる乱暴の子供大将に頭の長とて歳も十六、仁和賀の金棒に親父の代理をつとめしより気位ゑらく成りて、帯は腰の先に、返事は鼻の先にていふ物と定め、にくらしき風俗、あれが頭の子でなくばと鳶人足が女房の蔭口に聞えぬ、心一ぱいに我がままを徹して身に合はぬ巾をも広げしが、表町に田中屋の正太郎とて歳は我れに三つ劣れど、家に金あり
長吉は私立の学校に通い、正太郎は公立学校で、同じ唱歌でも本家のように自慢する。去年も一昨年も正太郎側には大人の協力者がついていて、お祭りの工夫も長吉よりも目立っていました。喧嘩にも踏み切れない仕組みもあります。今年またも負けたら、横町の長吉の立場がなくなると本当に悔しがっています。弁天堀の水泳でも、自分たちの組に来る人は少ない。力では自分たちが強くても、田中屋の優しいやり方にごまかされて、横町組の太郎吉や三五郎など、内心は向こうについていると知って口惜しいのです。お祭りはあさって。もし自分たちが負けそうなら、やけになって暴れようと思っています。
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身に愛敬あれば人も憎くまぬ当の敵あり、我れは私立の学校へ通ひしを、先方は公立なりとて同じ唱歌も本家のやうな顔をしおる、去年も一昨年も先方には大人の末社がつきて、まつりの趣向も我れよりは花を咲かせ、喧嘩に手出しのなりがたき仕組みも有りき、今年又もや負けにならば、誰れだと思ふ横町の長吉だぞと平常の力だては空いばりとけなされて、弁天ぼりに水およぎの折も我が組に成る人は多かるまじ、力を言はば我が方がつよけれど、田中屋が柔和ぶりにごまかされて、一つは学問が出来おるを恐れ、我が横町組の太郎吉、三五郎など、内々は彼方がたに成たるも口惜し、まつりは明後日、いよいよ我が方が負け色と見えたらば、破れかぶれに暴れて
暴れて正太郎に傷を一つ、自分も片目片足なくなってもいいと思えばやりやすい。仲間には車屋の丑、元結よりの文、手遊屋の弥助などがいれば負けはしない。でもそれよりも藤本のことが頭に浮かびます。藤本がいれば良い知恵を貸してくれるはずと、十八日の夕方近く、蚊を払いながら竹村しげきは龍華寺の庭先から信如の部屋へのそりのそりと入っていきました。「信さんいるか」と顔を出しました。
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暴れて、正太郎が面に疷一つ、我れも片眼片足なきものと思へば為やすし、加担人は車屋の丑に元結よりの文、手遊屋の弥助などあらば引けは取るまじ、おおそれよりはあの人の事あの人の事、藤本のならば宜き智恵も貸してくれんと、十八日の暮れちかく、物いへば眼口にうるさき蚊を払ひて竹村しげき龍華寺の庭先から信如が部屋へのそりのそりと、信さん居るかと顔を出しぬ。
「俺のすることは乱暴だと人が言う。乱暴かもしれないけど口惜しいことは口惜しいよ。なあ聞いてくれ信さん。去年も俺の組の末弟の奴と正太郎組の小さい野郎が万燈のたたき合いから始まって、そうしたら奴の仲間がばらばらと飛び出してきて、小さい者の万燈をぶち壊して胴上げしやがった。見ろ横町のざまをと一人が言うと、間抜けに背の高い大人みたいな顔をしている団子屋の頓馬が、頭もあるものか尻尾だ尻尾だ豚の尻尾だなんて悪口を言ったとさ。俺はその時千束様に練り込んでいたから、あとで聞いた時にすぐ仕返しに行こうと言ったら、お父さんに頭から小言を食らってその時も泣き寝入り。一昨年はそら、お前も知ってる通り、筆屋の店に表町の若い衆が集まって茶番かなんかやっただろう。
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己れの為る事は乱暴だと人がいふ、乱暴かも知れないが口惜しい事は口惜しいや、なあ聞いとくれ信さん、去年も己れが処の末弟の奴と正太郎組の短小野郎と万燈のたたき合ひから始まつて、それといふと奴の中間がばらばらと飛出しやあがつて、どうだらう小さな者の万燈を打こわしちまつて、胴揚にしやがつて、見やがれ横町のざまをと一人がいふと、間抜に背のたかい大人のやうな面をしてゐる団子屋の頓馬が、頭もあるものか尻尾だ尻尾だ、豚の尻尾だなんて悪口を言つたとさ、己らあその時千束様へねり込んでゐたもんだから、あとで聞いた時に直様仕かへしに行かうと言つたら、親父さんに頭から小言を喰つてその時も泣寐入、一昨年はそらね、お前も知
あの時俺が見に行ったら、横町は横町の趣向がありましょうなんて変な事を言いやがって、正太だけ客にしたのも胸にあるよ。いくら金があったって質屋のくずれの高利貸がなんだ。あんな奴を生かしておくより叩き殺す方が世間のためだ。俺は今度のお祭りにはどうしても乱暴に仕掛けて取り返しをつけようと思うよ。だから信さん友達がひに、それはお前が嫌だというのも分かってるけど、どうか俺の肩を持ってくれ。横町組の恥をすすぐのだから、ね、おい、本家本元の唱歌だなんて威張っている正太郎をやっつけてくれないか。俺が私立の寝ぼけ生徒と言われればお前のことも同然だから、後生だ、どうぞ、助けると思って大万燈を振り回しておくれ。
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つてる通り筆屋の店へ表町の若衆が寄合て茶番か何かやつたらう、あの時己れが見に行つたら、横町は横町の趣向がありませうなんて、おつな事を言ひやがつて、正太ばかり客にしたのも胸にあるわな、いくら金が有るとつて質屋のくづれの高利貸が何たら様だ、あんな奴を生して置くより擲きころす方が世間のためだ、己らあ今度のまつりにはどうしても乱暴に仕掛て取かへしを付けようと思ふよ、だから信さん友達がひに、それはお前が嫌やだといふのも知れてるけれども何卒我れの肩を持つて、横町組の耻をすすぐのだから、ね、おい、本家本元の唱歌だなんて威張りおる正太郎を取ちめてくれないか、我れが私立の寐ぼけ生徒といはれればお前の事も同然だか
俺は心の底から口惜しくって、今度負けたら長吉の立場は無いと無茶苦茶に悔しがって、大きな肩をゆすりました。
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ら、後生だ、どうぞ、助けると思つて大万燈を振廻しておくれ、己れは心から底から口惜しくつて、今度負けたら長吉の立端は無いと無茶にくやしがつて大幅の肩をゆすりぬ。
「でも僕は弱いもの。」
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だつて僕は弱いもの。
「弱くてもいいよ。」
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弱くても宜いよ。
「万燈は振り回せないよ。」
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万燈は振廻せないよ。
「振り回さなくてもいいよ。」
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振廻さなくても宜いよ。
「僕が入ったら負けてもいいかい。」
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僕が這入ると負けるが宜いかへ。
「負けてもいいのさ、それは仕方がないとあきらめるから。お前は何もしなくていいから、ただ横町組だという名前で威張ってくれさえすれば、ものすごく人気がつくから。俺はこんな無学者なのにお前は勉強ができるから、向こうの奴が漢語か何かで冷やかしでも言ったら、こちらも漢語で言い返しておくれ。ああ、いい気持ちだ、さっぱりした。お前が承知してくれればもう千人力だ、信さんありがとう。」いつになく優しい言葉も出てくるものです。
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負けても宜いのさ、それは仕方が無いと諦めるから、お前は何も為ないで宜いから唯横町の組だといふ名で、威張つてさへくれると豪気に人気がつくからね、己れはこんな無学漢だのにお前は学が出来るからね、向ふの奴が漢語か何かで冷語でも言つたら、此方も漢語で仕かへしておくれ、ああ好い心持ださつぱりしたお前が承知をしてくれればもう千人力だ、信さん有がたうと常に無い優しき言葉も出るものなり。
一人は三尺帯につっかけ草履の仕事師の息子、一人は茶色の金巾の羽織に紫の兵子帯というお坊さんみたいな格好。思っていることは正反対で、話はいつもかみ合わないのですが、長吉は龍華寺の前に生まれた子どもということで大和尚夫婦に目をかけられていました。同じ学校に通えば私立私立とけなされるのも気に入らないし、もともと愛嬌のない長吉には心から味方になる者もいないのが気の毒なことです。向こうは町の若い衆までが後押しをしていて、ひがみではなく長吉が負けをとることに、責任の一端は田中屋側にあります。見かねて頼まれた義理として断りもできず、信如は「それではお前の組になるさ、なるといったら嘘はないが、なるべく喧嘩はしない方が勝だよ。もし向こうが売りに出たら仕方ない、いざとなれば田中の正太郎など」
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一人は三尺帯に突かけ草履の仕事師の息子、一人はかわ色金巾の羽織に紫の兵子帯といふ坊様仕立、思ふ事はうらはらに、話しは常に喰ひ違ひがちなれど、長吉は我が門前に産声を揚げしものと大和尚夫婦が贔負もあり、同じ学校へかよへば私立私立とけなされるも心わるきに、元来愛敬のなき長吉なれば心から味方につく者もなき憐れさ、先方は町内の若衆どもまで尻押をして、ひがみでは無し長吉が負けを取る事罪は田中屋がたに少なからず、見かけて頼まれし義理としても嫌やとは言ひかねて信如、それではお前の組に成るさ、成るといつたら嘘は無いが、なるべく喧嘩は為ぬ方が勝だよ、いよいよ先方が売りに出たら仕方が無い、何いざと言へば田中の正太郎
「小指の先ほどだ」と、自分の力の弱さを忘れて、信如は机の引き出しから京都みやげにもらった小鍛冶の小刀を取り出して見せると、「よく切れそうだね」とのぞき込む長吉の顔、危ないのにこれを振り回してどうするつもりか。
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位小指の先さと、我が力の無いは忘れて、信如は机の引出しから京都みやげに貰ひたる、小鍛冶の小刀を取出して見すれば、よく利れそうだねへと覗き込む長吉が顔、あぶなし此物を振廻してなる事か。
三
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三
解いたら足まで届くほど長い髪を、根元からきつく結い上げて、大きく重そうな髷(まげ)を結っています。しゃぐまという名は怖そうですが、この髷をこのごろの流行りとして良い家の娘さんもやっています。色は白く鼻筋も通っていて、口は小さくはないけれど引き締まっているので嫌な感じではありません。一つ一つ取り立てて美人かというと違いますが、話す声が細くて清らかで、人を見る目が愛嬌にあふれ、体の動きがいきいきしているのは気持ちのよいものです。柿色に蝶や鳥を染めた大柄な浴衣を着て、黒い絹と染め分けの絞りの昼夜帯を胸高に締め、足には塗りの木履という背の高い下駄をはいて、朝湯の帰りに首筋を白く見せながら手ぬぐいを下げた立ち姿を、「三年後に見たい」と廓帰りの若者が言ったとか。大黒屋の美登利という子で生まれは紀州、言葉が少し訛っているのも可愛らしく、
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解かば足にもとどくべき毛髪を、根あがりに堅くつめて前髪大きく髷おもたげの、赭熊といふ名は恐ろしけれど、此髷をこの頃の流行とて良家の令嬢も遊ばさるるぞかし、色白に鼻筋とほりて、口もとは小さからねど締りたれば醜くからず、一つ一つに取たてては美人の鑑に遠けれど、物いふ声の細く清しき、人を見る目の愛敬あふれて、身のこなしの活々したるは快き物なり、柿色に蝶鳥を染めたる大形の裕衣きて、黒襦子と染分絞りの昼夜帯胸だかに、足にはぬり木履ここらあたりにも多くは見かけぬ高きをはきて、朝湯の帰りに首筋白々と手拭さげたる立姿を、今三年の後に見たしと廓がへりの若者は申き、大黒屋の美登利とて生国は紀州、言葉のいささか訛れ
まず何よりも気持ちのはっきりした気性を嫌いな人はいません。子どもにしては銀貨入れが重いのも当然で、姉さんが全盛を誇っているおかげで、遣り手や新造も姉への世辞に「美いちゃん、人形を買いなされ、これはほんの手鞠代」とくれるのに恩着せがましくないので、もらう側もありがたいとも感じません。同じクラスの女子生徒二十人に揃いのゴムまりを与えたり、なじみの筆屋で店ざらしのおもちゃを買って喜ばせたこともあります。でもこんなに毎日お金を使うのはこの年でこの身分では続くはずがありません。行く末はどうなることでしょう。両親がいながら厳しい言葉をかけることもなく、お店のご主人が大事がるのも不思議ですが、聞けば養女でもなく親戚でもなく、姉の身売りのときに鑑定に来た
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るも可愛く、第一は切れ離れよき気象を喜ばぬ人なし、子供に似合ぬ銀貨入れの重きも道理、姉なる人が全盛の余波、延いては遣手新造が姉への世辞にも、美いちやん人形をお買ひなされ、これはほんの手鞠代と、くれるに恩を着せねば貰ふ身の有がたくも覚えず、まくはまくは、同級の女生徒二十人に揃ひのごむ鞠を与へしはおろかの事、馴染の筆やに店ざらしの手遊を買しめて喜ばせし事もあり、さりとは日々夜々の散財この歳この身分にて叶ふべきにあらず、末は何となる身ぞ、両親ありながら大目に見てあらき詞をかけたる事も無く、楼の主が大切がる様子も怪しきに、聞けば養女にもあらず親戚にてはもとより無く、姉なる人が身売りの当時、鑑定に来たり
お店のご主人に誘われて、この地で暮らすことになった親子三人の旅立ちだったということです。今は寮の番をして、母は遊女の仕立て物、父は小さなお店の書記になっています。美登利自身は遊芸や手芸の学校にも通わせてもらって、それ以外は自由気ままに、半日は姉の部屋で、半日は町で遊んでいます。見聞きするのは三味線に太鼓、紫の衣装。最初は藤色絞りの半衿を袷に付けて着て歩いていたら、「田舎者」と町の娘たちに笑われて、三日三晩泣き続けたこともありましたが、今は自分が人をからかうほどになり、野暮な姿と言い返す者もいなくなりました。
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し楼の主が誘ひにまかせ、この地に活計もとむとて親子三人が旅衣、たち出しはこの訳、それより奥は何なれや、今は寮のあづかりをして母は遊女の仕立物、父は小格子の書記に成りぬ、この身は遊芸手芸学校にも通はせられて、そのほかは心のまま、半日は姉の部屋、半日は町に遊んで見聞くは三味に太鼓にあけ紫のなり形、はじめ藤色絞りの半襟を袷にかけて着て歩るきしに、田舎者いなか者と町内の娘どもに笑はれしを口惜しがりて、三日三夜泣きつづけし事も有しが、今は我れより人々を嘲りて、野暮な姿と打つけの悪まれ口を、言ひ返すものも無く成りぬ。
「お祭りの日には思い切り楽しいことをしよう」と友達がせがむと、「趣向は何でも自分で工夫して大勢で好きなことをするのが一番じゃないか、いくらでもいい、私が出すから」といつも通り勘定なしの引き受けで、子どもたちの女王様ぶりは大人より早く効き目があります。「茶番にしよう、どこかのお店を借りて往来から見えるようにして」と一人が言えば、「馬鹿を言え、それよりはお神輿をこしらえておくれよ、蒲田屋の奥に飾ってあるような本物を、重くても構わない、やっちょいやっちょいというだけのことだ」と捻じ鉢巻きをする男の子のそばから、「それでは私たちがつまらない、みんなが騒ぐのを見るばかりでは美登利さんだって面白くないでしょう。何でもお前の好きなものにおし」と女の子の一群は
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二十日はお祭りなれば心一ぱい面白い事をしてと友達のせがむに、趣向は何なりと各自に工夫して大勢の好い事が好いでは無いか、幾金でもいい私が出すからとて例の通り勘定なしの引受けに、子供中間の女王様又とあるまじき恵みは大人よりも利きが早く、茶番にしよう、何処のか店を借りて徃来から見えるやうにしてと一人が言へば、馬鹿を言へ、それよりはお神輿をこしらへておくれな、蒲田屋の奥に飾つてあるやうな本当のを、重くても搆はしない、やつちよいやつちよい訳なしだと捩ぢ鉢巻をする男子のそばから、それでは私たちがつまらない、皆が騒ぐを見るばかりでは美登利さんだとて面白くはあるまい、何でもお前の好い物におしよと、女の一むれは
お祭りを抜きにして常盤座に行きたげな口ぶりもおかしく。田中の正太は可愛らしい目をぐるぐると動かして、「幻燈にしないか、幻燈に。俺の家にも少しはあるし、足りないのを美登利さんに買ってもらって、筆屋の店でやろうじゃないか。俺が映し手で横町の三五郎に口上を言わせよう。美登利さんそれにしないか」と言えば、「ああそれは面白そうだ。三ちゃんの口上なら誰も笑わずにはいられない。ついでにあの顔が映ったらさらにおもしろい。」と相談がまとまって、足りない品の買い物役は正太が汗になって飛び回りました。いよいよ明日となれば、横町まで噂が聞こえてきました。
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祭りを抜きに常盤座をと、言ひたげの口振をかし、田中の正太は可愛らしい眼をぐるぐると動かして、幻燈にしないか、幻燈に、己れの処にも少しは有るし、足りないのを美登利さんに買つて貰つて、筆やの店で行らうでは無いか、己れが映し人で横町の三五郎に口上を言はせよう、美登利さんそれにしないかと言へば、ああそれは面白からう、三ちやんの口上ならば誰れも笑はずにはゐられまい、序にあの顔がうつると猶おもしろいと相談はととのひて、不足の品を正太が買物役、汗に成りて飛び廻るもをかしく、いよいよ明日と成りては横町までもその沙汰聞えぬ。
四
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四
鼓や三味線の音が絶えない場所でも、お祭りは別物。酉の市を除けば一年に一度のにぎわいです。三嶋さまや小野照さまのお隣の神社どうし張り合う気持ちもおかしく、横町も表町も揃いは同じ真岡木綿の衣装で、去年より格好が悪いとつぶやく人もいます。十四、五歳以下の子どもたちは、達磨、木兎、犬はりこなどのおもちゃをたくさんぶら下げて、七つ九つ十一の子が駆け出してくる足袋はだしの姿が勇ましくておかしいものです。一団から離れた田中の正太が赤筋入りの印半纏に、色白の首筋に紺の腹がけというあまり見かけない格好をしています。絞った帯の水浅葱も縮緬の上染め、衿の印の仕上がりも目立ちます。後ろ鉢巻きに山車の花を一枝、革緒の雪駄をからからと鳴らしているけれど、
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打つや鼓のしらべ、三味の音色に事かかぬ場処も、祭りは別物、酉の市を除けては一年一度の賑ひぞかし、三嶋さま小野照さま、お隣社づから負けまじの競ひ心をかしく、横町も表も揃ひは同じ真岡木綿に町名くづしを、去歳よりは好からぬ形とつぶやくも有りし、口なし染の麻だすきなるほど太きを好みて、十四五より以下なるは、達磨、木兎、犬はり子、さまざまの手遊を数多きほど見得にして、七つ九つ十一つくるもあり、大鈴小鈴背中にがらつかせて、駆け出す足袋はだしの勇ましく可笑し、群れを離れて田中の正太が赤筋入りの印半天、色白の首筋に紺の腹がけ、さりとは見なれぬ扮粧とおもふに、しごいて締めし帯の水浅黄も、見よや縮緬の上染、襟の印
馬鹿ばやしの仲間には入っていませんでした。宵宮は無事に過ぎて今日一日の夕暮れ、筆屋の店に集まったのは十二人。一人だけ来ていない美登利の夕化粧が長いので、「まだかまだか」と正太は門へ出たり入ったりして、「呼んで来い三五郎、お前はまだ大黒屋の寮へ行ったことがないだろう。庭先から美登利さんと言えば聞こえるはずだ、早く、早く」と言うと、「それなら俺が呼んで来る、万燈はここに預けて行けば誰もろうそくを盗まないだろう、正太さん番をたのむ」と言うので、「けちな奴め、その手間で早く行け」と年下なのに叱られて、「よし来た」と駆け出して韋駄天みたいに走りました。「あれ、あの飛び
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のあがりも際立て、うしろ鉢巻きに山車の花一枝、革緒の雪駄おとのみはすれど、馬鹿ばやしの中間には入らざりき、夜宮は事なく過ぎて今日一日の日も夕ぐれ、筆やが店に寄合しは十二人、一人かけたる美登利が夕化粧の長さに、未だか未だかと正太は門へ出つ入りつして、呼んで来い三五郎、お前はまだ大黒屋の寮へ行つた事があるまい、庭先から美登利さんと言へば聞える筈、早く、早くと言ふに、それならば己れが呼んで来る、万燈は此処へあづけて行けば誰れも蝋燭ぬすむまい、正太さん番をたのむとあるに、吝嗇な奴め、その手間で早く行けと我が年したに叱かられて、おつと来たさの次郎左衛門、今の間とかけ出して韋駄天とはこれをや、あれあの飛び
方がおかしい」と見送った女の子たちが笑うのも無理はなく、横ぶとりして背が低く、頭の形は才槌のようで首が短い。振り向いた顔を見れば出っ額に獅子鼻、出っ歯の三五郎というあだ名も当然です。色は黒いけれど感心なのは目つきで、どこまでも愛嬌があって、両頬にえくぼがある。目隠しの福笑いのような眉の付き方も、何ともおかしくて罪のない子です。家が貧しいから阿波縮の筒袖を着ていて、「自分は揃いの衣装が間に合わなかった」と知らない友には言います。自分を頭に六人の子どもを養う親も車夫として働く身です。五十軒に良いお得意はありますが、内所の車は商売もの以外には使えないので、十三になれば片腕と一昨年から並木の活版所にも通っていましたが、怠け者なので十日のしんぼうが続かず、
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やうが可笑しいとて見送りし女子どもの笑ふも無理ならず、横ぶとりして背ひくく、頭の形は才槌とて首みぢかく、振むけての面を見れば出額の獅子鼻、反歯の三五郎といふ仇名おもふべし、色は論なく黒きに感心なは目つき何処までもおどけて両の頬に笑くぼの愛敬、目かくしの福笑ひに見るやうな眉のつき方も、さりとはをかしく罪の無き子なり、貧なれや阿波ちぢみの筒袖、己れは揃ひが間に合はなんだと知らぬ友には言ふぞかし、我れを頭に六人の子供を、養ふ親も轅棒にすがる身なり、五十軒によき得意場は持たりとも、内証の車は商買ものの外なれば詮なく、十三になれば片腕と一昨年より並木の活判処へも通ひしが、怠惰ものなれば十日の辛棒つづかず
一か月と同じ仕事が続かなくて、霜月から春にかけては突羽根の内職、夏は検査場の氷屋の手伝いで、呼び声がおかしくて客を引くのが上手なので重宝がられています。去年は仁和賀の台引きに出てから、友達が嫌がって万年町の呼び名が今に残っていますが、三五郎といえばおどけ者と分かっていて憎む者がいないのも取り柄でした。田中屋は自分の命の綱で、親子がお世話になることは少なくありません。日歩といって利子の高い借金ですが、これがなければの大切な金主様をうらんではいけません。三公、俺の町へ遊びに来いと呼ばれて断れない義理もあります。でも自分は横町に生まれて横町に育った身、住む家は龍華寺の持ち物、大家は長吉の父親ですから、表向きにあちらに背くことができず、内々にこちらの用を足し
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、一ト月と同じ職も無くて霜月より春へかけては突羽根の内職、夏は検査場の氷屋が手伝ひして、呼声をかしく客を引くに上手なれば、人には調法がられぬ、去年は仁和賀の台引きに出しより、友達いやしがりて万年町の呼名今に残れども、三五郎といへば滑稽者と承知して憎くむ者の無きも一徳なりし、田中屋は我が命の綱、親子が蒙むる御恩すくなからず、日歩とかや言ひて利金安からぬ借りなれど、これなくてはの金主様あだには思ふべしや、三公己れが町へ遊びに来いと呼ばれて嫌やとは言はれぬ義理あり、されども我れは横町に生れて横町に育ちたる身、住む地処は龍華寺のもの、家主は長吉が親なれば、表むき彼方に背く事かなはず、内々に此方の用をた
にらまれる時の役回りがつらいのです。
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して、にらまるる時の役廻りつらし。
正太は筆屋の店に腰をかけて、待つ間のひまつぶしに恋の歌を小声で歌っていると、「由断がならない」と内儀さんに笑われて、何となく耳の根が赤くなり、大声でみんなを呼んで表に駆け出した拍子に、祖母が夕飯はなぜ食べないのと迎えに来ています。「遊びに夢中で先から呼ぶのも知らないか。みなさんもまたのちほど遊ばせてください」と筆屋の妻にも挨拶して、祖母が自ら迎えに来ては断れず、そのまま連れて帰られた後は急に寂しくなりました。人数はさほど変わらないけれど、あの子がいないと大人までも寂しい。馬鹿騒ぎもしないし冗談も三ちゃんほどではないけれど、人好きのする金持ちの息子さんに珍しい愛嬌があるのでした。田中屋の後家さんのことが噂になっています。あれ
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正太は筆やの店へ腰をかけて、待つ間のつれづれに忍ぶ恋路を小声にうたへば、あれ由断がならぬと内儀さまに笑はれて、何がなしに耳の根あかく、まぢくないの高声に皆も来いと呼つれて表へ駆け出す出合頭、正太は夕飯なぜ喰べぬ、遊びに耄けて先刻にから呼ぶをも知らぬか、誰様も又のちほど遊ばせて下され、これは御世話と筆やの妻にも挨拶して、祖母が自からの迎ひに正太いやが言はれず、そのまま連れて帰らるるあとは俄かに淋しく、人数はさのみ変らねどあの子が見えねば大人までも寂しい、馬鹿さわぎもせねば串談も三ちやんの様では無けれど、人好きのするは金持の息子さんに珎らしい愛敬、何と御覧じたか田中屋の後家さまがいやらしさを、あれ
で年は六十四、白粉をつけないのが感心ですが丸髷は大きく、猫なで声して人のことなど気にせず、財産のほとんどを金と離れないんでしょう。でもこちらの頭が上がらないのはあの方の御威光のせいです。廓の大きいお店にも大分の貸付があると聞きました、と大通りに立って二三人の女房がよその財産を数えています。
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で年は六十四、白粉をつけぬがめつけ物なれど丸髷の大きさ、猫なで声して人の死ぬをも搆はず、大方臨終は金と情死なさるやら、それでも此方どもの頭の上らぬはあの物の御威光、さりとは欲しや、廓内の大きい楼にも大分の貸付があるらしう聞きましたと、大路に立ちて二三人の女房よその財産を数へぬ。
五
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五
待つ身につらい真夜中の置き炬燵は恋のことでしょう。涼しい風の吹く夏の夕暮れ、昼の暑さを風呂で流して、身づくろいをして鏡を見ながら、母親が自分で娘の乱れた髪を整えて、わが子ながら美しいと立って見、座って見、「首筋が薄かった」とまだ言っています。単衣(ひとえ)は水色の友禅で涼しげに、白茶に金らんの丸帯を少し幅の狭いのを結ばせて、庭石に下駄を直すまで時間が過ぎていきました。
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待つ身につらき夜半の置炬燵、それは恋ぞかし、吹風すずしき夏の夕ぐれ、ひるの暑さを風呂に流して、身じまいの姿見、母親が手づからそそけ髪つくろひて、我が子ながら美くしきを立ちて見、居て見、首筋が薄かつたと猶ぞいひける、単衣は水色友仙の涼しげに、白茶金らんの丸帯少し幅の狭いを結ばせて、庭石に下駄直すまで時は移りぬ。
まだかまだかと塀の周りを七度も廻り、あくびの数も尽きて、払えど払えど名物の蚊に首筋や額際をひどく刺されて、三五郎がすっかり弱っているところへ、美登利が出てきて「さあ」と言うと、三五郎は言葉もなく袖をつかんで駆け出しました。息が切れる、胸が痛い、「そんなに急ぐならわたしは知らない、お前一人でお出で」と怒られて、別れ別れになって着いた時には、筆屋の店へ来た時には正太の夕飯の最中らしいと分かりました。
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まだかまだかと塀の廻りを七度び廻り、欠伸の数も尽きて、払ふとすれど名物の蚊に首筋額ぎわしたたか螫れ、三五郎弱りきる時、美登利立出でていざと言ふに、此方は言葉もなく袖を捉へて駆け出せば、息がはづむ、胸が痛い、そんなに急ぐならば此方は知らぬ、お前一人でお出と怒られて、別れ別れの到着、筆やの店へ来し時は正太が夕飯の最中とおぼえし。
「ああ面白くない、面白くない。あの人が来なければ幻燈を始めるのも嫌。おばさん、ここのお家に智恵の板は売っていませんか、十六武蔵でも何でもよい。手が暇で困る」と美登利が寂しがれば、「それよ」とすぐにはさみを借りて女の子たちは切り抜きを始めました。男は三五郎を中に仁和賀の芸を披露し、廓の全盛の様子を声高らかにはやし立てています。よく覚えているので去年、一昨年とさかのぼり、手振り手拍子一つも変わりません。十人以上の賑やかな騒ぎに、何事かと門に立って人垣を作った中から、「三五郎はいるか、ちょっと来てくれ大急ぎだ」と文次という元結よりの声、何の用意もなく「よし来た」と軽々と敷居を飛び越え
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ああ面白くない、おもしろくない、あの人が来なければ幻燈をはじめるのも嫌、伯母さん此処の家に智恵の板は売りませぬか、十六武蔵でも何でもよい、手が暇で困ると美登利の淋しがれば、それよと即坐に鋏を借りて女子づれは切抜きにかかる、男は三五郎を中に仁和賀のさらひ、北廓全盛見わたせば、軒は提燈電気燈、いつも賑ふ五丁町、と諸声をかしくはやし立つるに、記憶のよければ去年一昨年とさかのぼりて、手振手拍子ひとつも変る事なし、うかれ立たる十人あまりの騒ぎなれば何事と門に立ちて人垣をつくりし中より、三五郎は居るか、一寸来てくれ大急ぎだと、文次といふ元結よりの呼ぶに、何の用意もなくおいしよ、よし来たと身がるに敷居を飛こ
た時、「この二股野郎、覚悟をしろ、横町の面よごしめ、ただは置かない、誰だと思う長吉だ、なまふざけた真似をして後悔するな」と頬骨を一撃。「あっ」と驚いて逃げ込もうとする衿がみをつかんで引き出す横町の一団。「それ三五郎を叩き殺せ、正太を引き出してやってしまえ、弱虫逃げるな、団子屋の頓馬もただは置かない」と潮のように騒ぎが沸き立ち、筆屋の軒の掛け提燈は軽々とたたき落とされて、釣りランプが危ない。「店先の喧嘩はなりません」と女房が叫んでも聞こえません。人数はおよそ十四、五人、ねじ鉢巻きに大万燈を振り立てて、当たるがままの乱暴ぶり。目指す正太が見えなければ「どこへ隠した、どこへ逃げた、さあ言わないか、言わせないでおくものか」と三五郎を
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ゆる時、この二タ股野郎覚悟をしろ、横町の面よごしめ唯は置かぬ、誰れだと思ふ長吉だ生ふざけた真似をして後悔するなと頬骨一撃、あつと魂消て逃入る襟がみを、つかんで引出す横町の一むれ、それ三五郎をたたき殺せ、正太を引出してやつてしまへ、弱虫にげるな、団子屋の頓馬も唯は置かぬと潮のやうに沸かへる騒ぎ、筆屋が軒の掛提燈は苦もなくたたき落されて、釣りらんぷ危なし店先の喧嘩なりませぬと女房が喚きも聞かばこそ、人数は大凡十四五人、ねぢ鉢巻に大万燈ふりたてて、当るがままの乱暴狼藉、土足に踏み込む傍若無人、目ざす敵の正太が見えねば、何処へ隠くした、何処へ逃げた、さあ言はぬか、言はぬか、言はさずに置く物かと三五郎を
取り囲んで打つやら蹴るやら。美登利は口惜しくて止める人をかき分けて、「これ、お前たちは三ちゃんに何の罪があるんだ。正太さんと喧嘩がしたければ正太さんとすればいい。逃げもしない隠しもしない、正太さんはいないじゃないか。ここは私の遊び場、お前たちに指一本させない。ええ憎らしい長吉め、三ちゃんを何故打つ、あれまた引き倒した。意趣があるなら私を打て、相手には私がなる。おばさん止めずにください」と身もだえして怒鳴れば、「何を女郎め、頬桁たたく。姉の跡継ぎの乞食め、お前の相手にはこれが相応だ」と大勢のうしろから長吉が泥草履をつかんで投げれば、狙いたがわず美登利の額際に汚い物がしたたか当たりました。血相を変えて立ち上がるのを、「怪我でもしては」と抱き
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取こめて撃つやら蹴るやら、美登利くやしく止める人を掻きのけて、これお前がたは三ちやんに何の咎がある、正太さんと喧嘩がしたくば正太さんとしたが宜い、逃げもせねば隠くしもしない、正太さんは居ぬでは無いか、此処は私が遊び処、お前がたに指でもささしはせぬ、ゑゑ憎くらしい長吉め、三ちやんを何故ぶつ、あれ又引たほした、意趣があらば私をお撃ち、相手には私がなる、伯母さん止めずに下されと身もだへして罵れば、何を女郎め頬桁たたく、姉の跡つぎの乞食め、手前の相手にはこれが相応だと多人数のうしろより長吉、泥草履つかんで投つければ、ねらひ違はず美登利が額際にむさき物したたか、血相かへて立あがるを、怪我でもしてはと抱き
とめる女房。「ざまを見ろ、こちらには龍華寺の藤本がついているぞ、仕返しにはいつでも来い、薄馬鹿野郎め、弱虫め、腰抜けめ、帰りには待ち伏せする、横町の闇に気をつけろ」と三五郎を土間に投げ出せば、折しも靴音がして交番への知らせが入ったと分かると、それと長吉が声をかければ丑松・文次その他の十余人は方向を変えてばらばらと逃げ足早く、裏通りに身を隠す者もいるでしょう。「口惜しい、くやしい。長吉め文次め丑松め。なぜ俺を殺さない、殺さないか、俺も三五郎だただでは死ぬものか、幽霊になっても取り殺すぞ、覚えてろ長吉め」と、湯玉のような涙がはらはら、ついには大声でわっと泣き出してしまいました。体じゅうも痛いでしょう、筒袖のあちこちは引き裂かれて背中も腰も砂ま
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とむる女房、ざまを見ろ、此方には龍華寺の藤本がついてゐるぞ、仕かへしには何時でも来い、薄馬鹿野郎め、弱虫め、腰ぬけの活地なしめ、帰りには待伏せする、横町の闇に気をつけろと三五郎を土間に投出せば、折から靴音たれやらが交番への注進今ぞしる、それと長吉声をかくれば丑松文次その余の十余人、方角をかへてばらばらと逃足はやく、抜け裏の露路にかがむも有るべし、口惜しいくやしい口惜しい口惜しい、長吉め文次め丑松め、なぜ己れを殺さぬ、殺さぬか、己れも三五郎だ唯死ぬものか、幽灵になつても取殺すぞ、覚えてゐろ長吉めと湯玉のやうな涙はらはら、はては大声にわつと泣き出す、身内や痛からん筒袖の処々引さかれて背中も腰も砂ま
みれで、止めるに止め切れない勢いのすさまじさにただおどおどと気をのまれていた筆屋の女房が走り寄って抱き起こし、背中をなでて砂を払って、「勘弁をし、勘弁をし、何と思っても向こうは大勢、こちらは皆弱い者ばかり。大人でさえ手が出しにくかったのに、かなわないのは分かっている。それでも怪我がないのは幸い。この上は途中の待ち伏せが危ない。幸いの巡査さまに家まで見ていただけば私たちも安心」と話の筋を巡査に語れば、「それでは送りましょう」と手を取られるのに、「いいえ、送っていただかずとも帰ります、一人で帰ります」と小さくなるのに、「怖いことはない、そちらの家まで送るだけのことだ、心配するな」と微笑みを含んで頭をなでられていよいよちぢんで、「喧
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ぶれ、止めるにも止めかねて勢ひの悽まじさに唯おどおどと気を呑まれし、筆やの女房走り寄りて抱きおこし、背中をなで砂を払ひ、堪忍をし、堪忍をし、何と思つても先方は大勢、此方は皆よわい者ばかり、大人でさへ手が出しかねたに叶はぬは知れてゐる、それでも怪我のないは仕合、この上は途中の待ぶせが危ない、幸ひの巡査さまに家まで見て頂かば我々も安心、この通りの子細で御座ります故と筋をあらあら折からの巡査に語れば、職掌がらいざ送らんと手を取らるるに、いゑいゑ送つて下さらずとも帰ります、一人で帰りますと小さく成るに、こりや怕い事は無い、其方の家まで送る分の事、心配するなと微笑を含んで頭を撫でらるるに弥々ちぢみて、喧
嘩をしたと言うとお父さんに叱られます。頭の家は大家さんでございますから」と、しょんぼりしているのをなだめて、「それでは門口まで送ってやる、叱られるようなことはしないよ」と連れられていく様子を、周りの人が胸をなで下ろして遠くから見送れば、何としたか横町の角で巡査の手を振り放して一目散に逃げてしまいました。
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嘩をしたと言ふと親父さんに叱かられます、頭の家は大屋さんで御座りますからとて凋れるをすかして、さらば門口まで送つて遣る、叱からるるやうの事は為ぬわとて連れらるるに四隣の人胸を撫でてはるかに見送れば、何とかしけん横町の角にて巡査の手をば振はなして一目散に逃げぬ。
六
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六
「珍しいことだ、この炎天に雪でも降るのか、美登利が学校を嫌がるとはよほどの不機嫌だ。朝飯が進まないなら後で鮨でも誂えようか。風邪にしては熱もないからきっと昨日の疲れだろう。太郎様への朝参りはお母さんが代わってやれば勘弁してもらえるかな」と言うのに、「いいえ、姉さんが繁盛するようにと私がお願いをかけたのだから、参らないと気が済まない。お賽銭ください、行ってきます」と家を飛び出して、中田圃の稲荷の鰐口を鳴らして手を合わせ、願い事は何でしょう、行きも帰りも首をうなだれて、畦道沿いに帰ってくる美登利の姿を見て、遠くから声をかけた正太がかけ寄って袂を押さえ、「美登利さん、昨夜はごめんよ」と突然あやまれば、「何もお前に謝られることはない。」
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めづらしい事、この炎天に雪が降りはせぬか、美登利が学校を嫌やがるはよくよくの不機嫌、朝飯がすすまずば後刻に鮨でも誂へようか、風邪にしては熱も無ければ大方きのふの疲れと見える、太郎様への朝参りは母さんが代理してやれば御免こふむれとありしに、いゑいゑ姉さんの繁昌するやうにと私が願をかけたのなれば、参らねば気が済まぬ、お賽銭下され行つて来ますと家を駆け出して、中田圃の稲荷に鰐口ならして手を合せ、願ひは何ぞ行きも帰りも首うなだれて畦道づたひ帰り来る美登利が姿、それと見て遠くより声をかけ、正太はかけ寄りて袂を押へ、美登利さん昨夕は御免よと突然にあやまれば、何もお前に謝罪られる事は無い。
「でも俺が憎まれて、俺が喧嘩の相手だから。お祖母さんが呼びに来なければ帰りはしなかった。そんなに無闇に三五郎も打たせはしなかったのに。今朝三五郎のところへ見に行ったら、あいつも泣いて口惜しがっていた。俺は聞いてさえ口惜しい。お前の顔へ長吉め草履を投げたというじゃないか、あの野郎、乱暴にもほどがある。だけど美登利さん、勘弁しておくれよ。俺は知りながら逃げていたのではない。飯をかき込んで表へ出ようとするとお祖母さんが湯に行くという、留守をしている間の騒ぎだろう。本当に知らなかったのだからね」と、自分の罪のように平謝りに謝って、「痛みはないか」と額際を見上げれば、美登利はにっこり笑って「何、怪我
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それでも己れが憎くまれて、己れが喧嘩の相手だもの、お祖母さんが呼びにさへ来なければ帰りはしない、そんなに無暗に三五郎をも撃たしはしなかつた物を、今朝三五郎の処へ見に行つたら、彼奴も泣いて口惜しがつた、己れは聞いてさへ口惜しい、お前の顔へ長吉め草履を投げたと言ふでは無いか、あの野郎乱暴にもほどがある、だけれど美登利さん堪忍しておくれよ、己れは知りながら逃げてゐたのでは無い、飯を掻込んで表へ出やうとするとお祖母さんが湯に行くといふ、留守居をしてゐるうちの騒ぎだらう、本当に知らなかつたのだからねと、我が罪のやうに平あやまりに謝罪て、痛みはせぬかと額際を見あげれば、美登利につこり笑ひて何負傷をするほど
をするほどではない。それだが正さん、誰が聞いても私が長吉に草履を投げられたと言ってはいけないよ。もしひょっとしてお母さんが聞きでもすると私が叱られるから。親でさえ頭に手は上げないものを、長吉づれが草履の泥を額に塗られては踏まれたも同じだから」と背ける顔がいとおしく。「本当に勘弁しておくれ、みんな俺が悪い、だから謝る、機嫌を直してくれないか。お前に怒られると俺が困るものを」と話しているうちにいつしか家の近くまで来ると、「寄らないか美登利さん、誰もいない。お祖母さんも日がけを集めに出ただろうし、俺ばかりで寂しくてならない。いつか話した錦絵を見せるから寄りなよ、いろいろなのがあるから」と袖をとらえて離れないので、美登利は無言に
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では無い、それだが正さん誰れが聞いても私が長吉に草履を投げられたと言つてはいけないよ、もし万一お母さんが聞きでもすると私が叱かられるから、親でさへ頭に手はあげぬものを、長吉づれが草履の泥を額にぬられては踏まれたも同じだからとて、背ける顔のいとをしく、本当に堪忍しておくれ、みんな己れが悪るい、だから謝る、機嫌を直してくれないか、お前に怒られると己れが困るものをと話しつれて、いつしか我家の裏近く来れば、寄らないか美登利さん、誰れも居はしない、祖母さんも日がけを集めに出たらうし、己ればかりで淋しくてならない、いつか話した錦絵を見せるからお寄りな、種々のがあるからと袖を捉らへて離れぬに、美登利は無言に
うなずいて、傷んだ折れ戸の庭口から入ると、広くはないけれど鉢植えがおかしく並んでいて、軒につり忍草があります。これは正太が午の日に買い物した物と見えます。事情を知らない人は首をかしげるでしょう、町内一の財産家といわれるのに、家の中には祖母とこの子の二人だけ。ありとあらゆる鍵で留守を見渡しの総長屋でも、さすがに錠前を壊す者もいませんでした。正太は先に上がって風通しのいい場所を選んで、「ここへ来ないか」と団扇で気をきかして、十三の子どもにしては大人びすぎておかしいことでした。
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うなづいて、佗びた折戸の庭口より入れば、広からねども鉢ものをかしく並びて、軒につり忍艸、これは正太が午の日の買物と見えぬ、理由しらぬ人は小首やかたぶけん町内一の財産家といふに、家内は祖母と此子二人、万の鍵に下腹冷えて留守は見渡しの総長屋、さすがに錠前くだくもあらざりき、正太は先へあがりて風入りのよき場処を見たてて、此処へ来ぬかと団扇の気あつかひ、十三の子供にはませ過ぎてをかし。
古くから持ち伝えた錦絵をたくさん取り出して、ほめてもらうのが嬉しくて「美登利さん、昔の羽子板を見せよう。これは俺のお母さんがお屋敷に奉公していた頃にいただいたのだってさ、おかしいだろうこの大きさ、人の顔も今のとは違うね。ああ、このお母さんが生きているといいのだが。俺が三つの歳に亡くなって、お父さんは田舎の実家へ帰ってしまったから今はお祖母さんだけだ。お前はうらやましいね」と突然親の話を言い出せば、「それ絵が濡れる、男が泣くものではないよ」と美登利に言われて、「俺は気が弱いのかな。時々いろいろなことを思い出すよ。まだ今頃はいいけれど、冬の月夜なんかに田町あたりを集めに廻ると土手まで来て何度も泣いたことがある。何、寒いくらいで泣きは
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古くより持つたへし錦絵かずかず取出し、褒めらるるを嬉しく美登利さん昔しの羽子板を見せよう、これは己れの母さんがお邸に奉公してゐる頃いただいたのだとさ、をかしいでは無いかこの大きい事、人の顔も今のとは違ふね、ああこの母さんが生きてゐると宜いが、己れが三つの歳死んで、お父さんは在るけれど田舎の実家へ帰つてしまつたから今は祖母さんばかりさ、お前は浦山しいねと無端に親の事を言ひ出せば、それ絵がぬれる、男が泣く物では無いと美登利に言はれて、己れは気が弱いのかしら、時々種々の事を思ひ出すよ、まだ今時分は宜いけれど、冬の月夜なにかに田町あたりを集めに廻ると土手まで来て幾度も泣いた事がある、何さむい位で泣きは
しない。なぜだか自分も分からないけれどいろいろなことを考えるよ。ああ、一昨年から俺も日がけの集めに廻るさ。お祖母さんは年寄りだから夜は危ないし、目が悪いから印鑑を押したりするのに不自由だからね。今まで何人も男を使ったけれど、年寄りに子どもだから馬鹿にして思うように動いてくれないとお祖母さんが言っていた。俺がもう少し大人になると質屋を出させてもらって、昔の通りでなくとも田中屋の看板をかけることを楽しみにしているよ。他の人はお祖母さんを吝嗇だと言うけれど、俺のために倹約してくれるのだから気の毒でならない。集めに行く家でも通新町なんかには随分かわいそうなのがあるから、さぞおばあさんを悪く言うだろう。それを考えると俺は
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しない、何故だか自分も知らぬが種々の事を考へるよ、ああ一昨年から己れも日がけの集めに廻るさ、祖母さんは年寄りだからそのうちにも夜るは危ないし、目が悪るいから印形を押たり何かに不自由だからね、今まで幾人も男を使つたけれど、老人に子供だから馬鹿にして思ふやうには動いてくれぬと祖母さんが言つてゐたつけ、己れがもう少し大人に成ると質屋を出さして、昔しの通りでなくとも田中屋の看板をかけると楽しみにしてゐるよ、他処の人は祖母さんを吝だと言ふけれど、己れの為に倹約してくれるのだから気の毒でならない、集金に行くうちでも通新町や何かに随分可愛想なのが有るから、さぞお祖母さんを悪るくいふだらう、それを考へると己れ
涙がこぼれる、やっぱり気が弱いのだね。今朝も三公の家に取りに行ったら、あいつ体が痛い癖に親父に知らすまいとして働いていた。それを見たら俺は口が利けなかった。男が泣くというのはおかしいじゃないか。だから横町の乱暴者に馬鹿にされるのだ」と言いかけて、自分の弱いのが恥ずかしそうな顔色。何気なく美登利と見合わせる目つきの可愛らしさ。
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は涙がこぼれる、やつぱり気が弱いのだね、今朝も三公の家へ取りに行つたら、奴め身体が痛い癖に親父に知らすまいとして働いてゐた、それを見たら己れは口が利けなかつた、男が泣くてへのは可笑しいでは無いか、だから横町の野蕃漢に馬鹿にされるのだと言ひかけて我が弱いを耻かしさうな顔色、何心なく美登利と見合す目つきの可愛さ。
「お前のお祭りの格好はとてもよく似合っていて、うらやましかった。私も男だったらあんな風にしてみたい。誰よりも良く見えた」とほめられて、「何だ俺なんか、お前こそ美しいよ。廓の大巻さんよりも綺麗だとみんなが言うよ。お前が姉だったら俺はどんなに肩身が広かろう。どこへ行くにもついて行って大威張りに威張るのに。一人も兄弟がないから仕方がない。ねえ美登利さん、今度一緒に写真を撮らないか。俺はお祭りの時の格好で、お前は透綾の荒縞で粋な格好をして、水道尻の加藤で撮ろう。龍華寺の奴がうらやましがるように。本当だぜ、あいつはきっと怒るよ。真っ青になって怒るよ。弱虫だからね、赤くはならない。それとも笑うかな、笑われても構わない。大きく撮って
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お前の祭の姿は大層よく似合つて浦山しかつた、私も男だとあんな風がして見たい、誰れのよりも宜く見えたと賞められて、何だ己れなんぞ、お前こそ美くしいや、廓内の大巻さんよりも奇麗だと皆がいふよ、お前が姉であつたら己れはどんなに肩身が広かろう、何処へゆくにも追従て行つて大威張りに威張るがな、一人も兄弟が無いから仕方が無い、ねへ美登利さん今度一処に写真を取らないか、我れは祭りの時の姿で、お前は透綾のあら縞で意気な形をして、水道尻の加藤でうつさう、龍華寺の奴が浦山しがるやうに、本当だぜ彼奴はきつと怒るよ、真青に成つて怒るよ、にゑ肝だからね、赤くはならない、それとも笑ふかしら、笑はれても搆はない、大きく取つ
看板に出たらいいな。お前は嫌かい。嫌そうな顔だものな」と恨めしげに言うのもおかしく、「変な顔に映るとお前に嫌われるから」と美登利は吹き出して、高らかな笑い声に機嫌もすっかり直りました。
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て看板に出たら宜いな、お前は嫌やかへ、嫌やのやうな顔だものと恨めるもをかしく、変な顔にうつるとお前に嫌らはれるからとて美登利ふき出して、高笑ひの美音に御機嫌や直りし。
朝の涼しさはいつしか過ぎて日ざしが暑くなるころ、「正太さん、また晩にね。私の寮へも遊びにおいでよ。燈籠を流して、お魚を追いかけましょう。池の橋が直ったから怖いことはない」と言い捨てに立ち出る美登利の姿を、正太は嬉しそうに見送って美しいと思いました。
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朝冷はいつしか過ぎて日かげの暑くなるに、正太さん又晩によ、私の寮へも遊びにお出でな、燈籠ながして、お魚追ひましよ、池の橋が直つたれば怕い事は無いと言ひ捨てに立出る美登利の姿、正太うれしげに見送つて美くしと思ひぬ。
七
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七
龍華寺の信如と大黒屋の美登利、二人とも学校は育英舎です。去った四月の末ごろ、桜が散って青葉のかげに藤の花が咲くころ、春季の大運動会を水の谷の原で行いました。綱引き、まりなげ、縄とびの遊びで長い日が暮れるのを忘れていたその折のこと。信如は何としたか、いつものように落ち着いているのに似合わず、池のほとりの松の根につまずいて赤土の道に手をついてしまいました。羽織の袂も泥になって見っともない。居合わせた美登利が見かねて、自分の紅い絹のハンカチを取り出して「これでお拭きなさい」と介抱しました。すると友達の中の嫉妬深い子が見つけて、「藤本は坊主の癖に女と話をして、嬉しそうにお礼を言ったのはおかしいじゃないか。きっと美登利さんは藤本の奥さんになる
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龍華寺の信如、大黒屋の美登利、二人ながら学校は育英舎なり、去りし四月の末つかた、桜は散りて青葉のかげに藤の花見といふ頃、春季の大運動会とて水の谷の原にせし事ありしが、つな引、鞠なげ、縄とびの遊びに興をそへて長き日の暮るるを忘れし、その折の事とや、信如いかにしたるか平常の沈着に似ず、池のほとりの松が根につまづきて赤土道に手をつきたれば、羽織の袂も泥に成りて見にくかりしを、居あはせたる美登利みかねて我が紅の絹はんけちを取出し、これにてお拭きなされと介抱をなしけるに、友達の中なる嫉妬や見つけて、藤本は坊主のくせに女と話をして、嬉しさうに礼を言つたは可笑しいでは無いか、大方美登利さんは藤本の女房になる
のだろう、お寺の奥さんなら大黒さまと言うのだなど」と噂されました。信如はもともとそういうことを人の話として聞くのも嫌いで、苦い顔をして横を向く性質ですから、自分のことになってはたまったものではありません。それよりは美登利という名を聞くたびに怖くなって、またあのことを言い出すかと胸の中がもやもやして、何ともいえない嫌な気持ちです。それでも何かのたびに怒るわけにもいかないので、なるべく知らない顔をして、平気なふりをして、難しい顔をして通り過ごす心がけです。それでも向き合って物を問われたときの困りよう、大方は「知りません」の一言で済ませますが、苦しい汗が全身に流れて心細い思いでした。美登利はそんなことも気に留めず、最初は「藤本さん」と親しく話しかけ、
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のであらう、お寺の女房なら大黒さまと言ふのだなどと取沙汰しける、信如元来かかる事を人の上に聞くも嫌ひにて、苦き顔して横を向く質なれば、我が事として我慢のなるべきや、それよりは美登利といふ名を聞くごとに恐ろしく、又あの事を言ひ出すかと胸の中もやくやして、何とも言はれぬ厭やな気持なり、さりながら事ごとに怒りつける訳にもゆかねば、なるだけは知らぬ躰をして、平気をつくりて、むづかしき顔をして遣り過ぎる心なれど、さし向ひて物などを問はれたる時の当惑さ、大方は知りませぬの一ト言にて済ませど、苦しき汗の身うちに流れて心ぼそき思ひなり、美登利はさる事も心にとまらねば、最初は藤本さん藤本さんと親しく物いひかけ、
学校の帰り道に、自分は一足早く道端に珍しい花などを見つけると、遅れて来た信如を待ち合わせて「これ、こんな美しい花が咲いているのに枝が高くて私には折れない。信さんは背が高いのでお手が届くでしょう、後生だから折ってください」と、一団の中で年長な信如に頼めば、さすがに信如も袖を振り切って行き過ぎることもできません。でも人の目がいよいよつらいので、手近な枝を引き寄せてよしあしかまわず申し訳だけに折って、投げつけるようにすたすたと行き過ぎるのを、「なんて愛嬌のない人だろう」とあきれたこともありましたが、度が重なるうちにはいつの間にか故意の意地悪のように思われて、他の人には優しいのに私にばかりつらい様子を見せる、物を聞いても碌な返事をしたことがなく、そばへ
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学校退けての帰りがけに、我れは一足はやくて道端に珎らしき花などを見つくれば、おくれし信如を待合して、これこんなうつくしい花が咲てあるに、枝が高くて私には折れぬ、信さんは背が高ければお手が届きましよ、後生折つて下されと一むれの中にては年長なるを見かけて頼めば、さすがに信如袖ふり切りて行すぎる事もならず、さりとて人の思はくいよいよ愁らければ、手近の枝を引寄せて好悪かまはず申訳ばかりに折りて、投つけるやうにすたすたと行過ぎるを、さりとは愛敬の無き人と惘れし事も有しが、度かさなりての末には自ら故意の意地悪のやうに思はれて、人にはさもなきに我れにばかり愁らき処為をみせ、物を問へば碌な返事した事なく、傍へ
行けば逃げる、話をすれば怒る、陰気くさくて息が詰まる、どうすれば機嫌をとれるのかも分からない。ああいう難しい人は思うままにひねくれて怒って意地悪がしたいのだろう、友達と思わないなら口をきくのも要らないことだと美登利は少し怒りを感じて、用がなければすれ違っても物を言ったことがなく、途中で会っても挨拶など思いもかけず、ただいつの間にか二人の間に大川が一つ横たわって、舟も筏もここには禁止、岸に沿ってそれぞれの道を歩くことになりました。
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ゆけば逃げる、はなしを為れば怒る、陰気らしい気のつまる、どうして好いやら機嫌の取りやうも無い、あのやうなむづかしやは思ひのままに捻れて怒つて意地わるが為たいならんに、友達と思はずは口を利くも入らぬ事と美登利少し疳にさはりて、用の無ければ摺れ違ふても物いふた事なく、途中に逢ひたりとて挨拶など思ひもかけず、唯いつとなく二人の中に大川一つ横たはりて、舟も筏も此処には御法度、岸に添ふておもひおもひの道をあるきぬ。
お祭りの翌日から美登利が学校に通うことがぱったりなくなりました。聞くまでもなく額の泥が洗っても消えがたい恥辱が身にしみて口惜しいからでした。表町も横町も同じ教室に並んでいれば同じ仲間のはずなのに、おかしい区別を設けて常日頃意地を持ち、私が女の、とてもかなわない弱みを付けどころにして、お祭りの夜の仕打ちはなんという卑怯なことだろう。長吉のわからんちんは誰もが知る乱暴者だけれど、信如の後押しなくしてあれほど思い切って表町を荒らすことはできない。人前では物知りらしく素直そうにしておいて、陰に回って糸を引いたのは藤本の仕業と決まりました。よし一つ学年上でも、勉強ができるにしても、龍華寺様の若旦那にしても、大黒屋の美登利が紙一枚お
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祭りは昨日に過ぎてそのあくる日より美登利の学校へ通ふ事ふつと跡たえしは、問ふまでも無く額の泥の洗ふても消えがたき耻辱を、身にしみて口惜しければぞかし、表町とて横町とて同じ教場におし並べば朋輩に変りは無き筈を、をかしき分け隔てに常日頃意地を持ち、我れは女の、とても敵ひがたき弱味をば付目にして、まつりの夜の処為はいかなる卑怯ぞや、長吉のわからずやは誰れも知る乱暴の上なしなれど、信如の尻おし無くはあれほどに思ひ切りて表町をば暴し得じ、人前をば物識らしく温順につくりて、陰に廻りて機関の糸を引しは藤本の仕業に極まりぬ、よし級は上にせよ、学は出来るにせよ、龍華寺さまの若旦那にせよ、大黒屋の美登利紙一枚のお
世話になることはありません。あんな風に乞食呼ばわりして感謝するいわれはない。龍華寺がどれほど立派な檀家を持っているか知らないけれど、私の姉さまには三年のなじみに銀行の川様、兜町の米様もいて、議員の小さい様が奥さまにとおっしゃってくださったのを、気に入らないから姉さまは断ったのですが、あの方も世に名高いお人だと遣り手衆が言っていた。嘘なら聞いてみなさい、大黒屋に大巻がいなければあのお店は終わりだとか。それだからお店の旦那もお父さんもお母さんも私自身も粗末にせず、常々大切にしてくださって床の間に飾っていた瀬戸物の大黒様を、私がいつか座敷の中でお羽根突きをして騒いだ時に、並んでいた花瓶を倒してひどく傷をつけたのに、旦那は次の間でお酒を召し上がりながら「美
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世話にも預からぬ物を、あのやうに乞食呼はりして貰ふ恩は無し、龍華寺はどれほど立派な檀家ありと知らねど、我が姉さま三年の馴染に銀行の川様、兜町の米様もあり、議員の短小さま根曳して奥さまにと仰せられしを、心意気気に入らねば姉さま嫌ひてお受けはせざりしが、あの方とても世には名高きお人と遣手衆の言はれし、嘘ならば聞いて見よ、大黒やに大巻の居ずはあの楼は闇とかや、さればお店の旦那とても父さん母さん我が身をも粗畧には遊ばさず、常々大切がりて床の間にお据へなされし瀬戸物の大黒様をば、我れいつぞや坐敷の中にて羽根つくとて騒ぎし時、同じく並びし花瓶を仆し、散々に破損をさせしに、旦那次の間に御酒めし上りながら、美
登利、おてんばが過ぎるな」と言っただけで小言はなかった。他の人ならひどく怒ったはずだと女中たちが後々までうらやましがりましたが、それもつまりは姉さまの威光のせいです。私は寮住まいで人の留守番をしていても、姉は大黒屋の大巻です。長吉ごときに負けを取る身ではない。龍華寺の坊さまにいじめられるのは心外だと、これから学校に通うのが面白くなくなり、わがままな本性を侮られた悔しさに、石筆を折り墨を捨て、本も算盤も要らない物にして、仲の良い友と埒もなく遊ぶことになりました。
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登利お転婆が過ぎるのと言はれしばかり小言は無かりき、他の人ならば一通りの怒りでは有るまじと、女子衆達にあとあとまで羨まれしも必竟は姉さまの威光ぞかし、我れ寮住居に人の留守居はしたりとも姉は大黒屋の大巻、長吉風情に負けを取るべき身にもあらず、龍華寺の坊さまにいぢめられんは心外と、これより学校へ通ふ事おもしろからず、我ままの本性あなどられしが口惜しさに、石筆を折り墨をすて、書物も十露盤も入らぬ物にして、中よき友と埒も無く遊びぬ。
八
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八
急ぎ行く夕べと打って変わって、夜明けの別れに夢を乗せて行く車の寂しさよ。帽子を深くかぶって人目を避ける客もいれば、手ぬぐいで頬かぶりをして、別れ際の一撃が後々まで痛く思い出されるほど嬉しいという変な笑い顔をした人もいます。「坂本へお出かけの際はご注意ください、千住帰りの荷車に足元が危ない。三嶋様の角までは気違い街道。お顔のしまりがどなたも緩んで、おはばかりながらおはなの下が長々と見えまして、そこそこ大した男子とは申せ、分厘の価値もなし」と、辻に立って失礼なことを言う者もいます。
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走れ飛ばせの夕べに引かへて、明けの別れに夢をのせ行く車の淋しさよ、帽子まぶかに人目を厭ふ方様もあり、手拭とつて頬かふり、彼女が別れに名残の一撃、いたさ身にしみて思ひ出すほど嬉しく、うす気味わるやにたにたの笑ひ顔、坂本へ出ては用心し給へ千住がへりの青物車にお足元あぶなし、三嶋様の角までは気違ひ街道、御顔のしまり何れも緩るみて、はばかりながら御鼻の下ながながと見えさせ給へば、そんじよ其処らにそれ大した御男子様とて、分厘の価値も無しと、辻に立ちて御慮外を申もありけり。
娘の子はどこでも大切にされる時代ですが、この辺りの裏屋からも輝くほどの美人が生まれることは多く、どこかの高いお座敷に今は出て、踊りの上手な雪という美人もいます。「今のお座敷でお米のなる木はどこですか」などと無邪気なことを言っていても、もとはこの町の子で花がるたの内職をしていた者です。評判は当時は高く、去った者は日ごとに遠ざかっていくものですから、名物も一つ影を消して二度目の花は紺屋の末娘、今は千束町で新しいお店の提灯をともして小吉と呼ばれる人も根はここの土で育ったものです。この辺りでは出世といえばもっぱら女性に限っていて、男は塵塚をあさる黒ぶちの猫の尻尾みたいに、あっても無くても変わらない存在のように見えます。この辺り
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楊家の娘君寵をうけてと長恨歌を引出すまでもなく、娘の子は何処にも貴重がらるる頃なれど、このあたりの裏屋より赫奕姫の生るる事その例多し、築地の某屋に今は根を移して御前さま方の御相手、踊りに妙を得し雪といふ美形、唯今のお座敷にてお米のなります木はと至極あどけなき事は申とも、もとは此町の巻帯党にて花がるたの内職せしものなり、評判はその頃に高く去るもの日々に踈ければ、名物一つかげを消して二度目の花は紺屋の乙娘、今千束町に新つた屋の御神燈ほのめかして、小吉と呼ばるる公園の尤物も根生ひは同じ此処の土成し、あけくれの噂にも御出世といふは女に限りて、男は塵塚さがす黒斑の尾の、ありて用なき物とも見ゆべし、この界隈
に若い衆と呼ばれる町の息子たちが、生意気盛りの十七、八から五人組七人組になって腰に尺八という伊達はないけれど、何やら厳めしい名の親分の手下についていて、揃いの手ぬぐいに長提灯を持ち、さいころを振ることを覚えるまでは格子先でのひやかしも言いにくいようで、真面目に仕事をするのは昼のうちだけ。一風呂浴びて日が暮れれば突っかけ下駄に七五三の着物で、何屋の新しい芸者を見たとか、金杉の糸屋の娘に似てもう一倍鼻が低いとか、頭の中をそんなことで一杯にして、一軒ごとの格子先でたばこをもらったり鼻紙をせがんだり、打ったり打たれたりするのを一生の誉れと思っていれば、堅気の家の跡取り息子が地廻りと改名して大門際に喧嘩を買いに出る者もいます。女の勢力というべきでしょうか。
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に若い衆と呼ばるる町並の息子、生意気ざかりの十七八より五人組七人組、腰に尺八の伊達はなけれど、何とやら厳めしき名の親分が手下につきて、揃ひの手ぬぐひ長提燈、賽ころ振る事おぼえぬうちは素見の格子先に思ひ切つての串談も言ひがたしとや、真面目につとむる我が家業は昼のうちばかり、一風呂浴びて日の暮れゆけば突かけ下駄に七五三の着物、何屋の店の新妓を見たか、金杉の糸屋が娘に似てもう一倍鼻がひくいと、頭脳の中をこんな事にこしらへて、一軒ごとの格子に烟草の無理どり鼻紙の無心、打ちつ打たれつこれを一世の誉と心得れば、堅気の家の相続息子地廻りと改名して、大門際に喧嘩かひと出るもありけり、見よや女子の勢力と言はぬば
四季休みなく賑わう五丁町。送りの提灯は今は流行らないけれど、茶屋の廻し女の雪駄の音に響いてくる歌舞音曲。浮かれ浮かれて入り込む人たちは何を目当てにと尋ねれば、赤衿にしゃぐまに打ちかけを裾長く、にっと笑う口元と目元、どこが良いとも言いがたいけれど花魁衆としてここでは敬われます。立ち離れれば分からないのですが、そんな中で朝夕を過ごせば、白地の絹が紅に染まるのは無理もありません。美登利の目には男というものが怖くも恐ろしくもなく、女郎というものもそれほど卑しい仕事とも思えなくなりました。遠い故郷を出立した当時に泣いて姉を送ったことが夢のように思われて、今日この頃の全盛の中で父母への孝養もうらやましく、お職をつとめる姉の心の中の辛さも知らないので、待ち人を恋する
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かり、春秋しらぬ五丁町の賑ひ、送りの提燈いま流行らねど、茶屋が廻女の雪駄のおとに響き通へる歌舞音曲、うかれうかれて入込む人の何を目当と言問はば、赤ゑり赭熊に裲襠の裾ながく、につと笑ふ口元目もと、何処が美いとも申がたけれど華魁衆とて此処にての敬ひ、立はなれては知るによしなし、かかる中にて朝夕を過ごせば、衣の白地の紅に染む事無理ならず、美登利の眼の中に男といふ者さつても怕からず恐ろしからず、女郎といふ者さのみ賤しき勤めとも思はねば、過ぎし故郷を出立の当時ないて姉をば送りしこと夢のやうに思はれて、今日この頃の全盛に父母への孝養うらやましく、お職を徹す姉が身の、憂いの愁らいの数も知らねば、まち人恋ふる
格子の呪文や、別れ際の背中への手加減の秘密まで、ただ面白く聞いてしまって、廓の言葉を町で言うまでに、少しも恥ずかしくないのも哀れなことです。年はようやく数えで十四歳。人形を抱いて頬ずりする心は御華族のお姫様と変わりないのに、しつけの話や家政学のいくたりも学んだのは学校でだけのこと。毎日耳に入るのは好いた好かぬの客の噂、仕着せや寝具の行き渡り具合、派手は見事で、そうでないのは見すぼらしく、人事と自分のことの区別を言うのはまだ早くて、幼い心に目の前の花だけが鮮やかに映り、生まれつきの負けじ気性は勝手に走り回って雲のような形を作っています。朝帰りの客が終わって、朝寝の町も門の掃き目が青海波を描き、打ち水が済んだ表町の通りを見渡せば、来るは来るは、
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鼠なき格子の咒文、別れの背中に手加減の秘密まで、唯おもしろく聞なされて、廓ことばを町にいふまで去りとは耻かしからず思へるも哀なり、年はやうやう数への十四、人形抱いて頬ずりする心は御華族のお姫様とて変りなけれど、修身の講義、家政学のいくたても学びしは学校にてばかり、誠あけくれ耳に入りしは好いた好かぬの客の風説、仕着せ積み夜具茶屋への行わたり、派手は美事に、かなはぬは見すぼらしく、人事我事分別をいふはまだ早し、幼な心に目の前の花のみはしるく、持まへの負けじ気性は勝手に馳せ廻りて雲のやうな形をこしらへぬ、気違ひ街道、寐ぼれ道、朝がへりの殿がた一順すみて朝寐の町も門の箒目青海波をゑがき、打水よきほどに
万年町や山伏町、新谷町あたりを宿にして、一芸一術これも芸人の名を持つ人たちが、よかよか飴屋に軽業師、人形使いに大神楽、住吉踊りに角兵衛獅子など、それぞれの扮装をして、縮緬や透綾の伊達な格好の者もいれば、薩摩がすりの洗い着に黒い幅の狭い帯の者、良い女もあり男もあり、五人七人十人一組の大たむろもあれば、一人淋しい痩せた老爺が壊れた三味線を抱えて行く者もいます。六つ五つの女の子に赤たすきをかけて踊らせている者も見えます。お客は廓の中で居続けする客の慰み、女郎の憂さ晴らしを目当てに来るもの来るもの。細かいもらいを気にせず裾に海草のようなものを引きずった乞食さえも門には立たず通り過ぎるほどです。容貌の良い女太夫が笠の陰から愛らしい頬を見せながら
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済みし表町の通りを見渡せば、来るは来るは、万年町山伏町、新谷町あたりを塒にして、一能一術これも芸人の名はのがれぬ、よかよか飴や軽業師、人形つかひ大神楽、住吉をどりに角兵衛獅子、おもひおもひの扮粧して、縮緬透綾の伊達もあれば、薩摩がすりの洗ひ着に黒襦子の幅狭帯、よき女もあり男もあり、五人七人十人一組の大たむろもあれば、一人淋しき痩せ老爺の破れ三味線かかへて行くもあり、六つ五つなる女の子に赤襷させて、あれは紀の国おどらするも見ゆ、お顧客は廓内に居つづけ客のなぐさみ、女郎の憂さ晴らし、彼処に入る身の生涯やめられぬ得分ありと知られて、来るも来るも此処らの町に細かしき貰ひを心に止めず、裾に海草のいかがは
のど自慢、腕自慢をして通るのに、「あれあの声をこの町には聞かせないとは憎い」と筆屋の女房が舌打ちして言えば、店先に腰をかけて往来を眺めていた湯帰りの美登利は、はらりと下がる前髪を黄楊の鬢ぐしでかき上げて「おばさん、あの太夫さんを呼んできましょう」と駆け寄って袂にすがり、投げ入れた一品を誰にも笑って告げなかった。好みの「明烏」をさらりと歌わせると、「またご贔屓を」という媚びた声はこんなには簡単には買いがたい代物です。「あれが子どもの仕業か」と集まった人が舌を巻いて、太夫よりは美登利の顔を眺めました。気取って通るほどの芸人をここに呼び止めて、三味の音、笛の音、太鼓の音、歌わせて舞わせて人のしないことをしてみたいと時折正太にこっそり話せば、驚いてあきれて「俺は嫌だよ」。
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しき乞食さへ門には立たず行過るぞかし、容貌よき女太夫の笠にかくれぬ床しの頬を見せながら、喉自慢、腕自慢、あれあの声をこの町には聞かせぬが憎くしと筆やの女房舌うちして言へば、店先に腰をかけて徃来を眺めし湯がへりの美登利、はらりと下る前髪の毛を黄楊の鬂櫛にちやつと掻きあげて、伯母さんあの太夫さん呼んで来ませうとて、はたはた駆けよつて袂にすがり、投げ入れし一品を誰れにも笑つて告げざりしが好みの明烏さらりと唄はせて、又御贔負をの嬌音これたやすくは買ひがたし、あれが子供の処業かと寄集りし人舌を巻いて太夫よりは美登利の顔を眺めぬ、伊達には通るほどの芸人を此処にせき止めて、三味の音、笛の音、太鼓の音、うたは
歌わせて舞わせて人のしないことをしてみたいと正太にそっと話せば、驚いてあきれて「俺は嫌だよ」。
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せて舞はせて人の為ぬ事して見たいと折ふし正太に咡いて聞かせれば、驚いて呆れて己らは嫌やだな。
九
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九
「如是我聞、仏説阿弥陀経」、声は松風に和して心の塵も吹き払われるようなお寺の台所からは生魚を焼く煙がたなびいて、墓場に赤ちゃんのおむつが干してあったりと、宗旨によっては構わないことでも、お坊さんを普通の木ぺんぐらいに思っている人の目からは何やら生臭く感じるものです。龍華寺の大和尚は財産とともに肥え太った腹で何ともみごとに、色つやの良いことといったらどんなほめ言葉も追いつかないほど。桜色でもなく緋桃の花でもない。剃りたての頭から顔から首筋まで銅色の照りに一点の濁りもなく、白髪まじりの太い眉を上げて思い切り大笑いなさるときには、本堂のお如来様が驚いて台座から転げ落ちそうな気がするほどでした。御新造はまだ四十を幾つも超えず、
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如是我聞、仏説阿弥陀経、声は松風に和して心のちりも吹払はるべき御寺様の庫裏より生魚あぶる烟なびきて、卵塔場に嬰子の襁褓ほしたるなど、お宗旨によりて搆ひなき事なれども、法師を木のはしと心得たる目よりは、そぞろに腥く覚ゆるぞかし、龍華寺の大和尚身代と共に肥へ太りたる腹なり如何にも美事に、色つやの好きこと如何なる賞め言葉を参らせたらばよかるべき、桜色にもあらず、緋桃の花でもなし、剃りたてたる頭より顔より首筋にいたるまで銅色の照りに一点のにごりも無く、白髪もまじる太き眉をあげて心まかせの大笑ひなさるる時は、本堂の如来さま驚きて台座より転び落給はんかと危ぶまるるやうなり、御新造はいまだ四十の上を幾らも越
色白で髪の毛が薄く、丸髷も小さく結っていて見苦しいほどでもない人柄。参詣人にも愛想よく、門前の花屋の口の悪い女房もとやかくの陰口を言わないのを見れば、着古しの浴衣やお総菜のお余りなどの御恩もあずかるのでしょう。もとは檀家の一人でしたが早くに夫を失って寄る辺なき身で、しばらくここにお針仕事同様に雇われて、「口さえ濡らしてくださればよい」として洗い濯ぎから始め、お菜作りはもちろんのこと、墓場の掃除に男衆の手を助けるまで働けば、和尚様が経済から引き算しての哀れみもあったでしょうか。年は二十も違っていて体裁が悪いことは女も承知しながら、行き所がない身ではそれも良い死に場所と人目を恥じないようになりました。苦々しいことですが女の心がけが悪くないので、檀家の
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さで、色白に髪の毛薄く、丸髷も小さく結ひて見ぐるしからぬまでの人がら、参詣人へも愛想よく門前の花屋が口悪る嚊もとかくの蔭口を言はぬを見れば、着ふるしの裕衣、総菜のお残りなどおのづからの御恩も蒙るなるべし、もとは檀家の一人成しが早くに良人を失なひて寄る辺なき身の暫時ここにお針やとひ同様、口さへ濡らさせて下さらばとて洗ひ濯ぎよりはじめてお菜ごしらへは素よりの事、墓場の掃除に男衆の手を助くるまで働けば、和尚さま経済より割出しての御不憫かかり、年は二十から違うて見ともなき事は女も心得ながら、行き処なき身なれば結句よき死場処と人目を耻ぢぬやうに成りけり、にがにがしき事なれども女の心だて悪るからねば檀家の
人もそれほど咎めず、最初の子を身ごもった頃、檀家の中でも世話好きで名のある坂本の油屋の隠居様が仲人というのも変な話ですが、勧めて表向きのことにしました。信如もこの人の腹から生まれて男女二人の兄弟で、一人はひどく変わり者で一日中部屋の中でじっとしていて陰気くさい性格ですが、姉のお花は肌の薄い二重あごで可愛らしくできた子なので、美人というわけではないけれど年ごろということもあり人の評判も良く、素人として捨てておくのはもったいない部類に入っています。でもお寺の娘が左前になっては、お釈迦様が三味線を弾く世はともかく人の聞こえも少しははばかられて、田町の通りに葉茶屋の店をきれいに構え、帳場格子の中にこの娘を座らせて愛嬌を売らせると、秤の目はともかく勘定を知ら
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者もさのみは咎めず、総領の花といふを懐胎し頃、檀家の中にも世話好きの名ある坂本の油屋が隠居さま仲人といふも異な物なれど進めたてて表向きのものにしける、信如もこの人の腹より生れて男女二人の同胞、一人は如法の変屈ものにて一日部屋の中にまぢまぢと陰気らしき生れなれど、姉のお花は皮薄の二重腮かわゆらしく出来たる子なれば、美人といふにはあらねども年頃といひ人の評判もよく、素人にして捨てて置くは惜しい物の中に加へぬ、さりとてお寺の娘に左り褄、お釈迦が三味ひく世は知らず人の聞え少しは憚かられて、田町の通りに葉茶屋の店を奇麗にしつらへ、帳場格子のうちにこの娘を据へて愛敬を売らすれば、秤りの目はとにかく勘定しら
ない若者などが何となく集まって大方毎晩十二時まで店に客の影が絶えることがありません。忙しいのは大和尚で、貸金の取り立て、店への見回り、法事のあれこれ、月の何日かは説法日と決めてあり、帳面をくったり経を読んだり。これでは体が続かないと夕暮れの縁先に花むしろを敷かせ、片肌抜きに団扇を使いながら大盃に泡盛をなみなみと注がせて、肴は好物のかば焼きを表町のむさし屋へ注文し、お使いに行くのが信如の役になっていますが、その嫌なこと骨にしみて、道を歩くにも上を見たことがなく、向かいの筆屋で子ども連れの声を聞けば自分のことを悪く言われているのかと情なく、知らん顔でうなぎ屋の門を過ぎては周りに人目の隙をうかがい、立ち戻って駆け込む時の
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ずの若い者など、何がなしに寄つて大方毎夜十二時を聞くまで店に客のかげ絶えたる事なし、いそがしきは大和尚、貸金の取たて、店への見廻り、法用のあれこれ、月の幾日は説教日の定めもあり帳面くるやら経よむやらかくては身躰のつづき難しと夕暮れの椽先に花むしろを敷かせ、片肌ぬぎに団扇づかひしながら大盃に泡盛をなみなみと注がせて、さかなは好物の蒲焼を表町のむさし屋へあらい処をとの誂へ、承りてゆく使ひ番は信如の役なるに、その嫌やなること骨にしみて、路を歩くにも上を見し事なく、筋向ふの筆やに子供づれの声を聞けば我が事を誹らるるかと情なく、そしらぬ顔に鰻屋の門を過ぎては四辺に人目の隙をうかがひ、立戻つて駈け入る時の
気持ち、自分だけは生臭いものは食べまいと思いました。
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心地、我身限つて腥きものは食べまじと思ひぬ。
父親の和尚はどこまでもさっぱりした人で、少し欲深の名も立てられているけれど、人の噂に耳を傾けるような小心者ではなく、手が空けば熊手の内職もしてみようという気風なので、霜月の酉には言うまでもなく門前の空地に簪の店を開き、御新造に手ぬぐいをかぶらせて「縁起のよいのをどうぞ」と呼ばせる趣向。最初は恥ずかしいことと思っていたけれど、軒並びで素人の内職でも莫大な儲けと聞くに、この雑踏の中で誰も思い寄らないことだから、日暮れからは目立たないだろうと考えて、昼間は花屋の女房に手伝わせ、夜になっては自分で店に立って呼び立てると、欲からなのかいつしか恥ずかしさも失せて、思わず声高に「負けますよ負けますよ」と後を追うようになりました。人波にもまれて買い手も目が眩む折なれ
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父親和尚は何処までもさばけたる人にて、少しは欲深の名にたてども人の風説に耳をかたぶけるやうな小胆にては無く、手の暇あらば熊手の内職もして見やうといふ気風なれば、霜月の酉には論なく門前の明地に簪の店を開き、御新造に手拭ひかぶらせて縁喜の宜いのをと呼ばせる趣向、はじめは耻かしき事に思ひけれど、軒ならび素人の手業にて莫大の儲けと聞くに、この雑踏の中といひ誰れも思ひ寄らぬ事なれば日暮れよりは目にも立つまじと思案して、昼間は花屋の女房に手伝はせ、夜に入りては自身をり立て呼たつるに、欲なれやいつしか耻かしさも失せて、思はず声だかに負ましよ負ましよと跡を追ふやうに成りぬ、人波にもまれて買手も眼の眩みし折なれ
ば、あの世を願って一昨日参りに来た門前も忘れて、「簪三本七十五銭」と掛け値をすれば、「五本ついたのを三銭にして」と値切って行く人もいます。世の中には闇の儲けがこれ以外にもあるものでしょう。信如はこういったことが何とも気持ち悪く、よし檀家の耳には入らなくても近辺の人々の目、子ども仲間の噂でも「龍華寺では簪の店を出して、信さんのお母さんが変な顔をして売っていた」などと言われもするかと恥ずかしく、「そんなことはやめた方がいいでしょう」と止めたこともありましたが、大和尚は大笑いに笑い飛ばして「黙っていろ、黙っていろ、お前には分からないことだ」と丸ごと相手にしてくれません。朝念仏に夕勘定、そろばんを手ににこにこしている顔つきは我が親ながら浅ましく思われて、なぜそ
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ば、現在後世ねがひに一昨日来たりし門前も忘れて、簪三本七十五銭と懸直すれば、五本ついたを三銭ならばと直切つて行く、世はぬば玉の闇の儲はこのほかにも有るべし、信如はかかる事どもいかにも心ぐるしく、よし檀家の耳には入らずとも近辺の人々が思わく、子供仲間の噂にも龍華寺では簪の店を出して、信さんが母さんの狂気面して売つてゐたなどと言はれもするやと耻かしく、そんな事はよしにしたが宜う御坐りませうと止めし事もありしが、大和尚大笑ひに笑ひすてて、黙つてゐろ、黙つてゐろ、貴様などが知らぬ事だわとて丸々相手にしてはくれず、朝念仏に夕勘定、そろばん手にしてにこにこと遊ばさるる顔つきは我親ながら浅ましくして、何故そ
の頭を丸めなさったのかと恨めしくなりました。
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の頭をまろめ給ひしぞと恨めしくもなりぬ。
もともと同じ腹から生まれた二人で育って他人の混じらない穏やかな家の中なのだから、特別にこの子を陰気者に仕立て上げる種はないのですが、性格がもともとおとなしい上に自分の言うことが聞き入れられないので、とかく何もおもしろくありません。父の仕業も母の行動も姉の育て方も、すべて間違いのように思われるけれど、言って聞かせられないのだとあきらめれば悲しいような情けない気持ちで、友人たちは変わり者の意地悪と見ているけれど、自ずと沈んでいる心の底の弱いこと。自分の陰口を少しでも言う者がいると聞けば、飛び出して喧嘩口論する勇気もなく、部屋に閉じこもって人に顔を合わせられない臆病者でしたが、学校でのできばえといい、家柄の卑しくないことから、そんな弱虫とは知る人もなく、龍華寺の藤本は生煮えの餅みたいに芯
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もとより一腹一対の中に育ちて他人交ぜずの穏かなる家の内なれば、さしてこの児を陰気ものに仕立あげる種は無けれども、性来おとなしき上に我が言ふ事の用ひられねばとかくに物のおもしろからず、父が仕業も母の所作も姉の教育も、悉皆あやまりのやうに思はるれど言ふて聞かれぬものぞと諦めればうら悲しきやうに情なく、友朋輩は変屈者の意地わると目ざせども自ら沈みゐる心の底の弱き事、我が蔭口を露ばかりもいふ者ありと聞けば、立出でて喧嘩口論の勇気もなく、部屋にとぢ籠つて人に面の合はされぬ臆病至極の身なりけるを、学校にての出来ぶりといひ身分がらの卑しからぬにつけて然る弱虫とは知る者なく、龍華寺の藤本は生煮えの餅のやうに真
があって気になる奴と憎がる者もいたようです。
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があつて気になる奴と憎がるものも有けらし。
十
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十
お祭りの夜は田町の姉のもとへ使いに行くように言いつけられて、夜更けまで家へ帰らなかったので、筆屋の騒ぎは夢にも知らず、翌日になって丑松・文次その他の口からこれこれだったと伝えられるに、今更ながら長吉の乱暴に驚きますが済んだことだから咎めだてするのも無駄だと、自分の名前を借りられたことだけつくづく迷惑に思われて、自分がやったことではないのに皆への気の毒を一身に背負ったような思いでした。長吉も少しは自分のやり損ないを恥ずかしく思うのか、信如に会えば小言を聞かされるかと三四日は姿も見せず、ようやく気持ちが落ち着いたころに「信さん、お前は腹を立てるかもしれないけれど、あのときの拍子だから勘弁しておいてくれ。誰もお前が正太の留守をしていたとは知らないだろう。何も女郎の一
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祭りの夜は田町の姉のもとへ使を吩附られて、更くるまで我家へ帰らざりければ、筆やの騒ぎは夢にも知らず、翌日になりて丑松文次その外の口よりこれこれであつたと伝へらるるに、今更ながら長吉の乱暴に驚けども済みたる事なれば咎めだてするも詮なく、我が名を仮りられしばかりつくづく迷惑に思われて、我が為したる事ならねど人々への気の毒を身一つに脊負たるやうの思ひありき長吉も少しは我が遣りそこねを耻かしう思ふかして、信如に逢はば小言や聞かんとその三四日は姿も見せず、やや余炎のさめたる頃に信さんお前は腹を立つか知らないけれど時の拍子だから堪忍して置いてくんな、誰れもお前正太が明巣とは知るまいでは無いか、何も女郎の一
人くらいを相手にして三五郎を叩きたいことも無かったけれど、万燈を振り込んでみたらただも帰れない、ほんのおまけにつまらないことをしてのけた。そりゃあ俺が何処までも悪い。お前の言いつけを聞かなかったのは悪かったろうけど、今怒られてはどうにもならない。お前という後ろだてがあるので俺は大船に乗ったようなのに、見捨てられてしまっては困るじゃないか。嫌だといっても組の大将でいておくれ。そうひどいことばかりはしないから」と面目なさそうに謝られてみれば、それでも「私は嫌だ」とも言いがたく、「仕方がない、やれるところまでやるさ。弱い者いじめはこちらの恥になるから三五郎や美登利を相手にしても仕方がない。正太に末社がついたらその時のこと。決して
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疋位相手にして三五郎を擲りたい事も無かつたけれど、万燈を振込んで見りやあ唯も帰れない、ほんの附景気につまらない事をしてのけた、そりやあ己れが何処までも悪るいさ、お前の命令を聞かなかつたは悪るからうけれど、今怒られては法なしだ、お前といふ後だてが有るので己らあ大舟に乗つたやうだに、見すてられちまつては困るだらうじや無いか、嫌やだとつてもこの組の大将で居てくんねへ、さうどちばかりは組まないからとて面目なささうに謝罪られて見ればそれでも私は嫌やだとも言ひがたく、仕方が無い遣る処までやるさ、弱い者いぢめは此方の耻になるから三五郎や美登利を相手にしても仕方が無い、正太に末社がついたらその時のこと、決して
こちらから手出しをしてはいけない」と止めて、さほど長吉を叱り飛ばしもせず、再び喧嘩のないようにと思いました。
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此方から手出しをしてはならないと留めて、さのみは長吉をも叱り飛ばさねど再び喧嘩のなきやうにと祈られぬ。
罪のない子は横町の三五郎でした。思う存分叩かれて蹴られて、その二三日は立ち居も苦しく、夕暮れごとに父親が空車を五十軒の茶屋の軒まで引くのにさえ、「三公はどうかしたか、ひどく弱っているようだ」と顔見知りの台屋に咎められるほどでした。父親はお辞儀の鉄で目上の人に頭を上げたことがなく、廓の旦那はもちろんのこと、大家様地主様の無理もどんな御無理ももっともと受ける性質なので、長吉と喧嘩してこれこれの乱暴に遭いましたと訴えたとしても、「それはどうも仕方がない、大家さんの息子さんではないか。こちらに理があろうが向こうが悪かろうが喧嘩の相手になるということはない、謝りに行け、謝りに行け、とんでもない奴だ」と我が子を叱りつけて、長吉のもとに謝りに遣られる
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罪のない子は横町の三五郎なり、思ふさまに擲かれて蹴られてその二三日は立居も苦しく、夕ぐれ毎に父親が空車を五十軒の茶屋が軒まで運ぶにさへ、三公はどうかしたか、ひどく弱つているやうだなと見知りの台屋に咎められしほど成しが、父親はお辞義の鉄とて目上の人に頭をあげた事なく廓内の旦那は言はずともの事、大屋様地主様いづれの御無理も御尤と受ける質なれば、長吉と喧嘩してこれこれの乱暴に逢ひましたと訴へればとて、それはどうも仕方が無い大屋さんの息子さんでは無いか、此方に理が有らうが先方が悪るからうが喧嘩の相手に成るといふ事は無い、謝罪て来い謝罪て来い途方も無い奴だと我子を叱りつけて、長吉がもとへあやまりに遣られ
ことは間違いないので、三五郎は口惜しさを噛みつぶして七日十日と日が経てば、痛みが治るとともにそのうらめしさもいつしか忘れて、頭の家の赤ちゃんを守りして二銭の駄賃をうれしがり、「ねんねんよ、おころりよ」と背負って歩く様子。年を聞けば生意気盛りの十六にもなりながらその大きな体を恥ずかしいとも思わず表町にのこのこ出かけるのに、いつも美登利と正太からからかわれて、「お前は根性をどこへ置いてきたの」と言われながらも遊びの仲間からは外れませんでした。
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る事必定なれば、三五郎は口惜しさを噛みつぶして七日十日と程をふれば、痛みの場処の愈ると共にそのうらめしさも何時しか忘れて、頭の家の赤ん坊が守りをして二銭が駄賃をうれしがり、ねんねんよ、おころりよ、と背負ひあるくさま、年はと問へば生意気ざかりの十六にも成りながらその大躰を耻かしげにもなく、表町へものこのこと出かけるに、何時も美登利と正太が嬲りものに成つて、お前は性根を何処へ置いて来たとからかはれながらも遊びの中間は外れざりき。
春は桜の賑わいから始まって、亡き玉菊の燈籠の頃、続いて秋の新仁和賀には十分間に車が七十五台も通ると数えるほどで、二の替わりもいつしか過ぎて、赤とんぼが田圃に乱れ飛び横堀にうずらの声が聞こえる頃も近づいてきます。朝夕の秋風が身にしみ渡って、夏の蚊遣り香の店が懐炉灰の店に変わり、石橋の田村屋が粉を挽く臼の音が寂しく、角海老の時計の音もそぞろ哀れに伝わってくるようになれば、四季絶え間なき日暮里の火の光も「あれが人を焼く煙か」とうら悲しく、茶屋の裏を行く土手下の細道に落ちかかるような三味の音を仰いで聞けば、仲之町芸者の冴えた腕で「君が情の仮寝の床に」と何ならぬひとふし哀れも深く、この時節から通い始めるのは浮かれた遊客でなく、身に
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春は桜の賑ひよりかけて、なき玉菊が燈籠の頃、つづいて秋の新仁和賀には十分間に車の飛ぶ事この通りのみにて七十五輛と数へしも、二の替りさへいつしか過ぎて、赤蜻蛉田圃に乱るれば横堀に鶉なく頃も近づきぬ、朝夕の秋風身にしみ渡りて上清が店の蚊遣香懐炉灰に座をゆづり、石橋の田村やが粉挽く臼の音さびしく、角海老が時計の響きもそぞろ哀れの音を伝へるやうに成れば、四季絶間なき日暮里の火の光りもあれが人を焼く烟りかとうら悲しく、茶屋が裏ゆく土手下の細道に落かかるやうな三味の音を仰いで聞けば、仲之町芸者が冴えたる腕に、君が情の仮寐の床にと何ならぬ一ふし哀れも深く、この時節より通ひ初るは浮かれ浮かるる遊客ならで、身に
しみじみと実のある方々だよと元遊女が申しておりました。このごろの事をあれこれ言うのも煩わしくて、大音寺前で珍しいことといえば、盲目の按摩の二十歳ほどの娘が、かなわぬ恋に不自由な身を恨んで、水の谷の池に身投げしたのを新しいこととして伝えるくらいのもの。八百屋の吉五郎に大工の太吉がすっかり姿を見せないのを何としたかと聞けば「この一件で捕まりました」と顔の真ん中を指さして言います。何の事情もなく取り立てて噂をする者もいません。大通りを見渡せば罪のない子ども三五人が手をつないで「開いた開いた、何の花が開いた」と無心に遊んでいる声も自然と静かで、廓に通う車の音のみいつも変わらず勇ましく聞こえます。
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しみじみと実のあるお方のよし、遊女あがりの去る女が申き、このほどの事かかんもくだくだしや大音寺前にて珎らしき事は盲目按摩の二十ばかりなる娘、かなはぬ恋に不自由なる身を恨みて水の谷の池に入水したるを新らしい事とて伝へる位なもの、八百屋の吉五郎に大工の太吉がさつぱりと影を見せぬが何とかせしと問ふにこの一件であげられましたと、顔の真中へ指をさして、何の子細なく取立てて噂をする者もなし、大路を見渡せば罪なき子供の三五人手を引つれて開いらいた開らいた何の花ひらいたと、無心の遊びも自然と静かにて、廓に通ふ車の音のみ何時に変らず勇ましく聞えぬ。
秋雨がしとしとと降るかと思えばさっと音がして運ばれてくるような寂しい夜、立ち寄りの客を待たない店なので、筆屋の女房は宵のうちから表の戸を立てて、中に集まったのはいつもの美登利と正太郎、その外には小さな子どもが二三人寄って貝遊びの幼い遊びをしているうちに、美登利がふと耳を立てて「あれ、誰かが買い物に来たのではないか、溝板を踏む足音がする」と言えば、「おやそうか、俺は少しも聞かなかった」と正太もちゅうちゅう蛸かいの手を止めて「誰か仲間が来たのではないか」と喜ぶのに、門にいる人はこの店の前まで来た足音が聞こえただけで、それよりはぱったりと途絶えて、音も沙汰もありません。
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秋雨しとしとと降るかと思へばさつと音して運びくる様なる淋しき夜、通りすがりの客をば待たぬ店なれば、筆やの妻は宵のほどより表の戸をたてて、中に集まりしは例の美登利に正太郎、その外には小さき子供の二三人寄りて細螺はじきの幼なげな事して遊ぶほどに、美登利ふと耳を立てて、あれ誰れか買物に来たのでは無いか溝板を踏む足音がするといへば、おやさうか、己いらは少つとも聞かなかつたと正太もちうちうたこかいの手を止めて、誰れか中間が来たのでは無いかと嬉しがるに、門なる人はこの店の前まで来たりける足音の聞えしばかりそれよりはふつと絶えて、音も沙汰もなし。
十一
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十一
正太はくぐり戸を開けて「ばあ」と言いながら顔を出すと、人は二三軒先の軒下をたどって、ぽつぽつと行く後ろ影。「誰だ誰だ、おい入っておいで」と声をかけて、美登利が足駄をつっかけはきに、降る雨もものとせず駆け出そうとしましたが、「ああ、あいつだ」と一言、振り返って「美登利さん、呼んでも来はしないよ、一件があるから」と、自分の頭を丸めて見せました。
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正太は潜りを明けて、ばあと言ひながら顔を出すに、人は二三軒先の軒下をたどりて、ぽつぽつと行く後影、誰れだ誰れだ、おいお這入よと声をかけて、美登利が足駄を突かけばきに、降る雨を厭はず駆け出さんとせしが、ああ彼奴だと一ト言、振かへつて、美登利さん呼んだつても来はしないよ、一件だもの、と自分の頭を丸めて見せぬ。
「信さんかい」と受けて、「嫌な坊主ったらない。きっと筆か何か買いに来たのだけれど、私たちがいるから立ち聞きをして帰ったのだろう。意地悪の、根性曲がりの、ひねっこびれの、吃りの、歯かけの、嫌な奴め、入ってきたら散々にいじめてやるものを、帰ったのは惜しいことをした。どれ下駄を貸してください、ちょっと見てやる」と正太に代わって顔を出せば、軒の雨だれが前髪に落ちて、「おお気味が悪い」と首を縮めながら、四五軒先のガス燈の下を大きな傘を肩にして少しうつむき気味にとぼとぼと歩む信如の後ろ影を、いつまでも、いつまでも、いつまでも見送るうちに、「美登利さん、どうしたの」と正太が不思議がって背中をつっつきました。
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信さんかへ、と受けて、嫌やな坊主つたら無い、きつと筆か何か買ひに来たのだけれど、私たちが居るものだから立聞きをして帰つたのであらう、意地悪るの、根性まがりの、ひねつこびれの、吃りの、歯かけの、嫌やな奴め、這入つて来たら散々と窘めてやる物を、帰つたは惜しい事をした、どれ下駄をお貸し、一寸見てやる、とて正太に代つて顔を出せば軒の雨だれ前髪に落ちて、おお気味が悪るいと首を縮めながら、四五軒先の瓦斯燈の下を大黒傘肩にして少しうつむいてゐるらしくとぼとぼと歩む信如の後かげ、何時までも、何時までも、何時までも見送るに、美登利さんどうしたの、と正太は怪しがりて背中をつつきぬ。
「どうもしない」と気のない返事をして、上に上がって貝を数えながら、「本当に嫌な小僧ったらない。表向きに威張った喧嘩はできもしないで、おとなしそうな顔ばかりして、根性がくすくすしているのだもの憎らしいじゃないか。家のお母さんが言ってたっけ、がらがらしている者は心が良いのだと。それだからくすくすしている信さんは何かしら心が悪いに違いない。ねえ正太さんそうだろう」と口を極めて信如のことを悪く言えば、「それでも龍華寺はまだものが分かっているよ。長吉ときたらあれはもう」と生意気に大人の口をまねれば、「おやめよ正太さん、子どもの癖に大人びていておかしいよ。お前はよっぽどおどけ者だね」と美登利は正太の頬をつついて
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どうもしない、と気の無い返事をして、上へあがつて細螺を数へながら、本当に嫌やな小僧とつては無い、表向きに威張つた喧嘩は出来もしないで、温順しさうな顔ばかりして、根性がくすくすしてゐるのだもの憎くらしからうでは無いか、家の母さんが言ふてゐたつけ、瓦落々々してゐる者は心が好いのだと、それだからくすくすしている信さん何かは心が悪るいに相違ない、ねへ正太さんさうであらう、と口を極めて信如の事を悪く言へば、それでも龍華寺はまだ物が解つてゐるよ、長吉と来たらあれははやと、生意気に大人の口を真似れば、お廃しよ正太さん、子供の癖にませた様でをかしい、お前は余つぽど剽軽ものだね、とて美登利は正太の頬をつついて、
その真面目な顔にはとも笑い転げるのに、「俺だってもう少し経てば大人になるのだ。蒲田屋の旦那みたいに角袖外套か何か着てね、お祖母さんがしまっておく金時計をもらって、それから指輪もこしらえて、巻きたばこを吸って、履き物は何がいいかな。俺は下駄より雪駄が好きだから、三枚裏にして繻珍の鼻緒というのを履くよ。似合うだろうか」と言えば、美登利はくすくす笑いながら「背の低い人が角袖外套に雪駄履き、まあどんなにかおかしかろう。目薬の瓶が歩くようだろう」とからかうのに、「馬鹿を言ってる。それまでには俺だって大きくなるよ、こんな小っぽけでいないよ」と威張るのに、「それではまだいつのことか知れない。天井の鼠があれを御覧」と指をさすので
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その真面目がほはと笑ひこけるに、己らだつても最少し経ては大人になるのだ、蒲田屋の旦那のやうに角袖外套か何か着てね、祖母さんがしまつて置く金時計を貰つて、そして指輪もこしらへて、巻烟草を吸つて、履く物は何が宜からうな、己らは下駄より雪駄が好きだから、三枚裏にして襦珎の鼻緒といふのを履くよ、似合ふだらうかと言へば、美登利はくすくす笑ひながら、背の低い人が角袖外套に雪駄ばき、まあどんなにか可笑しからう、目薬の瓶が歩くやうであらうと誹すに、馬鹿を言つていらあ、それまでには己らだつて大きく成るさ、こんな小つぽけでは居ないと威張るに、それではまだ何時の事だか知れはしない、天井の鼠があれ御覧、と指をさすに、
筆屋の女房を始めとして座にある者みな笑い転げました。
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筆やの女房を始めとして座にある者みな笑ひころげぬ。
正太は一人真面目になって、例の目の玉をぐるぐるとさせながら「美登利さんは冗談にしているのだね。誰だって大人にならない者はないのに、俺の言うことが何でおかしいんだろう。きれいな嫁さんをもらって連れて歩くようになるのだが、俺は何でもきれいなのが好きだから、煎餅屋のお福みたいなあばた面や、薪屋のお出っ額みたいなのがもし来ようなら、すぐ追い出して家には入れてやらないよ。俺はあばたと湿っかきは大嫌いだ」と力を入れるのに、「それでも正さん、よく私の店へ来てくださるの、おばさんのあばたは見えないのかい」と笑うのに、「それでもお前は年寄りだもの。俺の言うのは嫁さんのことさ、年寄りはどうでもいいよ」と答えるのに、「それは大失敗だね」と筆屋の女
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正太は一人真面目に成りて、例の目の玉ぐるぐるとさせながら、美登利さんは冗談にしてゐるのだね、誰れだつて大人に成らぬ者は無いに、己らの言ふが何故をかしからう、奇麗な嫁さんを貰つて連れて歩くやうに成るのだがなあ、己らは何でも奇麗のが好きだから、煎餅やのお福のやうな痘痕づらや、薪やのお出額のやうなが万一来ようなら、直さま追出して家へは入れて遣らないや、己らは痘痕と湿つかきは大嫌ひと力を入れるに、主人の女は吹出して、それでも正さん宜く私が店へ来て下さるの、伯母さんの痘痕は見えぬかえと笑ふに、それでもお前は年寄りだもの、己らの言ふのは嫁さんの事さ、年寄りはどうでも宜いとあるに、それは大失敗だねと筆やの女
房がおもしろがって機嫌をとりました。
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房おもしろづくに御機嫌を取りぬ。
「町内で顔の良いのは花屋のお六さんに水菓子屋の喜いさん、それよりもずっと良いのはお前の隣に座っておいでなのだけれど、正太さんはまあ誰にしようと決めてあるの。お六さんの目つきか、喜いさんの清元か、まあどれ」と聞かれて、正太は顔を赤くして「何だお六面や喜い公、どこが良い者かよ」と釣りランプの下を少し退いて壁際の方へ尻込みをすると、「それでは美登利さんが良いのだろう。そう決めていらっしゃるの」と図星をさされて、「そんなことを知るものか、何だそんなこと」とくるりと後ろを向いて壁の腰板を指でたたきながら「廻れ廻れ水車」を小声で歌い出します。美登利は大勢の貝を集めて「さあもう一度始めから」と、これは顔を
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町内で顔の好いのは花屋のお六さんに、水菓子やの喜いさん、それよりも、それよりもずんと好いはお前の隣に据つてお出なさるのなれど、正太さんはまあ誰れにしようと極めてあるえ、お六さんの眼つきか、喜いさんの清元か、まあどれをえ、と問はれて、正太顔を赤くして、何だお六づらや、喜い公、何処が好い者かと釣りらんぷの下を少し居退きて、壁際の方へと尻込みをすれば、それでは美登利さんが好いのであらう、さう極めて御座んすの、と図星をさされて、そんな事を知る物か、何だそんな事、とくるり後を向いて壁の腰ばりを指でたたきながら、廻れ廻れ水車を小音に唱ひ出す、美登利は衆人の細螺を集めて、さあもう一度はじめからと、これは顔を
赤らめませんでした。
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も赤らめざりき。
十二
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十二
信如がいつも田町へ通う時、通らなくても済むのだけれどいわば近道になる土手前に、仮の格子門があって、のぞくと鞍馬の石燈籠に萩の袖垣がしおらしく見えて、縁先に巻いた簾の様子もなつかしく、磨りガラスの障子の中には今風のお姫様が数珠をつまぐっていて、切り髪の若紫が出てくるかと思われるような、そのひとかまえが大黒屋の寮でした。
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信如が何時も田町へ通ふ時、通らでも事は済めども言はば近道の土手々前に、仮初の格子門、のぞけば鞍馬の石燈籠に萩の袖垣しをらしう見えて、椽先に巻きたる簾のさまもなつかしう、中がらすの障子のうちには今様の按察の後室が珠数をつまぐつて、冠つ切りの若紫も立出るやと思はるる、その一ト搆へが大黒屋の寮なり。
昨日も今日も時雨の空に、田町の姉より頼まれた長胴着ができたので、「少しも早く重ねさせてやりたい、ご苦労でも学校前のちょっとの間に持って行ってくれないか、きっと花も待っているだろうから」と母親から言いつけられたのを、嫌だとも言い切れないおとなしさに、ただ「はい、はい」と小包みを抱えて、ねずみ色の小倉の緒の朴木歯の下駄をひたひたとはいて、信如は雨傘をさしかざして出かけました。
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昨日も今日も時雨の空に、田町の姉より頼みの長胴着が出来たれば、暫時も早う重ねさせたき親心、御苦労でも学校まへの一寸の間に持つて行つてくれまいか、定めて花も待つてゐようほどに、と母親よりの言ひつけを、何も嫌やとは言ひ切られぬ温順しさに、唯はいはいと小包みを抱へて、鼠小倉の緒のすがりし朴木歯の下駄ひたひたと、信如は雨傘さしかざして出ぬ。
お歯ぐろどぶの角から曲がって、いつも行く細道をたどれば、運悪く大黒屋の前まで来た時、さっと吹く風が大黒傘の上をつかんで宙へ引き上げるかと疑うほど激しく吹いたので、「これはいけない」と力足を踏んでこらえた途端に、さほど気にしていなかった前の鼻緒がずるずると抜けて、傘よりもこれこそが一大事になりました。
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お歯ぐろ溝の角より曲りて、いつも行くなる細道をたどれば、運わるう大黒やの前まで来し時、さつと吹く風大黒傘の上を抓みて、宙へ引あげるかと疑ふばかり烈しく吹けば、これは成らぬと力足を踏こたゆる途端、さのみに思はざりし前鼻緒のずるずると抜けて、傘よりもこれこそ一の大事に成りぬ。
信如は困って舌打ちをしましたが今更どうにもならないので、大黒屋の門に傘を立てかけ、降る雨を軒で避けて鼻緒を直そうとするのに、普段やり慣れないお坊さんには何とも難しいことで、心だけは焦るのに何ともうまくすげることができません。じれて、じれて、袂の中から作文の下書きをしておいた大きな紙をつかみ出して、どんどんと裂いてこよりをよるのに、意地悪の嵐がまたもや来て、立てかけた傘がころころと転がり出るのを「いまいましい奴め」と腹立たしげに言って取り止めようと手を延ばすと、膝に乗せておいた小包みがあっけなく落ちて、風呂敷は泥に、自分が着る物の袂までも汚してしまいました。
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信如こまりて舌打はすれども、今更何と法のなければ、大黒屋の門に傘を寄せかけ、降る雨を庇に厭ふて鼻緒をつくろふに、常々仕馴れぬお坊さまの、これは如何な事、心ばかりは急れども、何としても甘くはすげる事の成らぬ口惜しさ、ぢれて、ぢれて、袂の中から記事文の下書きして置いた大半紙を抓み出し、ずんずんと裂きて紙縷をよるに、意地わるの嵐またもや落し来て、立かけし傘のころころと転り出るを、いまいましい奴めと腹立たしげにいひて、取止めんと手を延ばすに、膝へ乗せて置きし小包み意久地もなく落ちて、風呂敷は泥に、我着る物の袂までを汚しぬ。
見るからに気の毒なのは雨の中の傘なし。途中で鼻緒を踏み切ったばかりの人も気の毒です。美登利は障子の中ながらガラス越しに遠く眺めて「あれ、誰か鼻緒を切った人がいる。お母さん、切れを渡してもよろしいですか」と尋ねて、針箱の引き出しから友禅縮緬の切れ端をつかみ出し、庭下駄をはくのももどかしいように、走り出て縁先の洋傘をさすより早く、庭石の上を伝って急ぎ足でやってきました。
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見るに気の毒なるは雨の中の傘なし、途中に鼻緒を踏み切りたるばかりは無し、美登利は障子の中ながら硝子ごしに遠く眺めて、あれ誰れか鼻緒を切つた人がある、母さん切れを遣つても宜う御座んすかと尋ねて、針箱の引出しから友仙ちりめんの切れ端をつかみ出し、庭下駄はくも鈍かしきやうに、馳せ出でて椽先の洋傘さすより早く、庭石の上を伝ふて急ぎ足に来たりぬ。
それと見るより美登利の顔は赤くなって、どんな大事にでも出会ったように胸の動悸が早くうつのを、人が見るかと後ろを見ながら、恐る恐る門のそばへ寄れば、信如もふっと振り返って、これも無言に脇を流れる冷や汗、はだしになって逃げ出したい思いでした。
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それと見るより美登利の顔は赤う成りて、どのやうの大事にでも逢ひしやうに、胸の動悸の早くうつを、人の見るかと背後の見られて、恐る恐る門の傍へ寄れば、信如もふつと振返りて、これも無言に脇を流るる冷汗、跣足に成りて逃げ出したき思ひなり。
いつもの美登利なら信如の難儀な様子を指さして、笑って笑って笑い抜いて、言いたいままの悪まれ口で「よくもお祭りの夜は正太さんに仇をするとて私たちの遊びの邪魔をさせ、罪もない三ちゃんを叩かせて、お前は高見で采配を振っておいでなさったの。さあ謝りなさいますか、何とでございます。私のことを女郎女郎と長吉づれに言わせるのもお前の指図、女郎でもいいじゃないか。埃一本お前さんのお世話にはならない。私には父さんもあり母さんもあり、大黒屋の旦那も姉さんもある。お前のような生臭のお世話にはようなれないから、余計な女郎呼ばわり置いてもらいましょう。言うことがあれば陰のくすくすでなくここでおっしゃい。お相手にはいつで
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平常の美登利ならば信如が難義の体を指さして、あれあれあの意久地なしと笑ふて笑ふて笑ひ抜いて、言ひたいままの悪まれ口、よくもお祭りの夜は正太さんに仇をするとて私たちが遊びの邪魔をさせ、罪も無い三ちやんを擲かせて、お前は高見で采配を振つてお出なされたの、さあ謝罪なさんすか、何とで御座んす、私の事を女郎女郎と長吉づらに言はせるのもお前の指図、女郎でも宜いでは無いか、塵一本お前さんが世話には成らぬ、私には父さんもあり母さんもあり、大黒屋の旦那も姉さんもある、お前のやうな腥のお世話には能うならぬほどに、余計な女郎呼はり置いて貰ひましよ、言ふ事があらば陰のくすくすならで此処でお言ひなされ、お相手には何時で
もなってみせます。さあ何とでございます」と袂をとらえてまくしかける勢い、なんとも当たりにくいはずですが、物も言わず格子の陰に小隠れして、さりとて立ち去るわけでもなく、ただうじうじと胸をどきどきさせているのは、いつもの美登利の様子ではありませんでした。
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も成つて見せまする、さあ何とで御座んす、と袂を捉らへて捲しかくる勢ひ、さこそは当り難うもあるべきを、物いはず格子のかげに小隠れて、さりとて立去るでも無しに唯うぢうぢと胸とどろかすは平常の美登利のさまにては無かりき。
十三
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十三
ここは大黒屋のとわかった時から信如は物が恐ろしく、左右を見ずまっすぐに歩こうとしたのですが、あいにくの雨、あいにくの風、鼻緒さえも踏み切って、仕方なく門の下でこよりをよる気持ち。嫌なことがさまざまに何とも堪えられない思いでいたところへ、飛石の足音が背から冷たい水をかけられるようで、振り向かなくてもその人とわかるので、わなわなと震えて顔の色も変わるでしょう。後ろ向きになってなおも鼻緒に心を尽くすように見せながら、半分は夢中でこの下駄はいつまでかかっても履けるようにはなりそうにありませんでした。
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此処は大黒屋のと思ふ時より信如は物の恐ろしく、左右を見ずして直あゆみに為しなれども、生憎の雨、あやにくの風、鼻緒をさへに踏切りて、詮なき門下に紙縷を縷る心地、憂き事さまざまにどうも堪へられぬ思ひの有しに、飛石の足音は背より冷水をかけられるが如く、顧みねどもその人と思ふに、わなわなと慄へて顔の色も変るべく、後向きに成りて猶も鼻緒に心を尽すと見せながら、半は夢中にこの下駄いつまで懸りても履ける様には成らんともせざりき。
庭の美登利はのぞいて「ええ不器用な、あんな手つきをしてどうなるものか。こよりはお婆さんよりで、藁しべなんか前つぼに抱かせても長持ちのすることではない。そこそこ羽織の裾が地についで泥になっているのはご存じないか。あれ傘が転がる、あれを畳んで立てかけておけばいいのに」と一々もどかしく歯がゆくは思っても、「ここに切れがございます、この切れでおすげなされ」と呼びかけることもできず、これもただ立ち尽くして降る雨に袖を濡らして寂しいのを、いやとも思わず小隠れてうかがっていましたが、それとも知らない母親がはるかに声をかけて「火のしの火が起こりましたよ、この美登利さんは何をしているのか、雨の降るのに表へ出ていたずらはなりません。また先だってのように風邪をひくぞ」と呼び立てられると、「はい今行きます」と大声で言
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庭なる美登利はさしのぞいて、ゑゑ不器用なあんな手つきしてどうなる物ぞ、紙縷は婆々縷、藁しべなんぞ前壺に抱かせたとて長もちのする事では無い、それそれ羽織の裾が地について泥に成るは御存じ無いか、あれ傘が転がる、あれを畳んで立てかけて置けば好いにと一々鈍かしう歯がゆくは思へども、此処に裂れが御座んす、此裂でおすげなされと呼かくる事もせず、これも立尽して降雨袖に侘しきを、厭ひもあへず小隠れて覗ひしが、さりとも知らぬ母の親はるかに声を懸けて、火のしの火が熾りましたぞえ、この美登利さんは何を遊んでゐる、雨の降るに表へ出ての悪戯は成りませぬ、又この間のやうに風引かうぞと呼立てられるに、はい今行ますと大きく言
って、その声が信如に聞こえたのが恥ずかしく、胸はわくわくとのぼせて、どうしても開けられない門の際で、それとも見過ごしがたい難儀の様子をさまざまに考えて、格子の間から手に持つ切れを物も言わず投げ出せば、見ないように見て知らない顔を信如がつくるのに「ええ、いつもの通りの心根」とやるせない思いを目に集めて、少し涙の恨み顔で「何を憎んでそのように冷たい様子を見せるのか。言いたいことはこちらにあるのに、あまりな人」とこみあげる思いに迫られましたが、母親の呼ぶ声が重なって侘しく、どうにもならないので一足二足、ええ何という未練くさい、思いを恥ずかしいと身を翻して、かたかたと飛石を伝っていくのを、信如は今ぞ淋しく見返れば紅入り友禅の雨に濡れて、紅葉の形の美しいのが自分の足
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ひて、その声信如に聞えしを耻かしく、胸はわくわくと上気して、どうでも明けられぬ門の際にさりとも見過しがたき難義をさまざまの思案尽して、格子の間より手に持つ裂れを物いはず投げ出せば、見ぬやうに見て知らず顔を信如のつくるに、ゑゑ例の通りの心根と遣る瀬なき思ひを眼に集めて、少し涙の恨み顔、何を憎んでそのやうに無情そぶりは見せらるる、言ひたい事は此方にあるを、余りな人とこみ上るほど思ひに迫れど、母親の呼声しばしばなるを侘しく、詮方なさに一ト足二タ足ゑゑ何ぞいの未練くさい、思はく耻かしと身をかへして、かたかたと飛石を伝ひゆくに、信如は今ぞ淋しう見かへれば紅入り友仙の雨にぬれて紅葉の形のうるはしきが我が足
近くに散っていました。そぞろになつかしい思いはありますが、手に取り上げることもせず空しく眺めて、惜しい思いがしました。
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ちかく散ぼひたる、そぞろに床しき思ひは有れども、手に取あぐる事をもせず空しう眺めて憂き思ひあり。
自分の不器用をあきらめて、羽織の紐の長いのをはずして結いつけにくるくると見苦しいが間に合わせをして「これならば」と履いてみると、歩きにくいことといったらなく、「この下駄で田町まで行くのか」と今更難儀には思いますが仕方なく立ち上がった信如が、小包みを横に二足ほどこの門を離れるのに、友禅の紅葉が目に残って、捨てて過ぎるにしのび難く心残りして見返ると、「信さん、どうした、鼻緒を切ったのか、その格好はどうだ、見っともないな」と不意に声をかける者があります。
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我が不器用をあきらめて、羽織の紐の長きをはづし、結ひつけにくるくると見とむなき間に合せをして、これならばと踏試るに、歩きにくき事言ふばかりなく、この下駄で田町まで行く事かと今さら難義は思へども詮方なくて立上る信如、小包みを横に二タ足ばかりこの門をはなるるにも、友仙の紅葉目に残りて、捨てて過ぐるにしのび難く心残りして見返れば、信さんどうした鼻緒を切つたのか、その姿はどうだ、見ッとも無いなと不意に声を懸くる者のあり。
驚いて見返ると乱暴者の長吉で、今廓の中から帰ってきたと見えて、浴衣を重ねた唐桟の着物に柿色の三尺帯をいつも通り腰の先にして、黒い衿のかかった新しい半纏、印の傘をさしかざし高下駄の爪皮も今朝よりと分かる漆の色が際立って誇らしそうに見えます。
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驚いて見かへるに暴れ者の長吉、いま廓内よりの帰りと覚しく、裕衣を重ねし唐桟の着物に柿色の三尺を例の通り腰の先にして、黒八の襟のかかつた新らしい半天、印の傘をさしかざし高足駄の爪皮も今朝よりとはしるき漆の色、きわぎわしう見えて誇らし気なり。
「僕は鼻緒を切ってしまってどうしようかと思っている、本当に困っているんだ」と信如が情けないことを言えば「そうだろう、お前に鼻緒の立ちっこはない。いいよ、俺の下駄を履いて行きな。この鼻緒は大丈夫だよ」と言うのに「それでもお前が困るだろう。」
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僕は鼻緒を切つてしまつてどう為ようかと思つてゐる、本当に弱つてゐるのだ、と信如の意久地なき事を言へば、そうだらうお前に鼻緒の立ッこは無い、好いや己れの下駄を履て行ねへ、この鼻緒は大丈夫だよといふに、それでもお前が困るだらう。
「何、俺は慣れたものだ、こうやってこうすれば」と言いながら急いで裾をまくり上げて、「そんな結いつけなんぞよりこれがさっぱりだ」と下駄を脱ぐのに「お前はだはだしになるのか、それでは気の毒だ」と信如が困り果てると「いいよ、俺は慣れたことだ。信さんなんかは足の裏が柔らかいから、はだしで石ころ道は歩けない。さあこれを履いておいで」と揃えて出す親切さ。人には疫病神のように嫌われながらも、太い眉を動かして優しい言葉がもれ出るのはおかしいことです。
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何己れは馴れた物だ、かうやつてかうすると言ひながら急遽しう七分三分に尻端折て、そんな結ひつけなんぞよりこれが爽快だと下駄を脱ぐに、お前跣足に成るのかそれでは気の毒だと信如困り切るに、好いよ、己れは馴れた事だ信さんなんぞは足の裏が柔らかいから跣足で石ごろ道は歩けない、さあこれを履いてお出で、と揃へて出す親切さ、人には疫病神のやうに厭はれながらも毛虫眉毛を動かして優しき詞のもれ出るぞをかしき。
「信さんの下駄は俺が提げて行こう。台所へ放り込んでおいたって問題はあるまい。さあ履き替えてそれをお出し」と世話を焼いて、鼻緒の切れたのを片手に提げて「それなら信さん行っておいで、後で学校で会おうぜ」という約束で、信如は田町の姉のもとへ、長吉は自分の家の方へと行き別れるのに、思いのとまる紅入り友禅の切れははかなしい姿を空しく格子門の外にとどめました。
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信さんの下駄は己れが提げて行かう、台処へ抛り込んで置たら子細はあるまい、さあ履き替へてそれをお出しと世話をやき、鼻緒の切れしを片手に提げて、それなら信さん行てお出、後刻に学校で逢はうぜの約束、信如は田町の姉のもとへ、長吉は我家の方へと行別れるに思ひの止まる紅入の友仙は可憐しき姿を空しく格子門の外にと止めぬ。
十四
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十四
この年は三の酉まであって、中一日はつぶれましたが前後の良い天気に大鳥神社の賑わいはすさまじく、これをきっかけに検査場の門から乱れ入る若者たちの勢いたるや、天柱が砕け地の綱が切れるかと思われるほど笑い声がどよめき、中之町の通りはにわかに方角が変わったように思われます。角町や京町のあちこちのはね橋から「さっさ押せ押せ」という猪牙舟みたいな言葉で人波を分ける一団もあり、河岸の小店の百さえずりから、高く聳える大籬の楼上まで、弦歌の声がさまざまに沸き上がってくるような面白さは、多くの人が思い出して忘れられないものと覚えているでしょう。
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この年三の酉まで有りて中一日はつぶれしかど前後の上天気に大鳥神社の賑ひすさまじく、此処をかこつけに検査場の門より乱れ入る若人達の勢ひとては、天柱くだけ地維かくるかと思はるる笑ひ声のどよめき、中之町の通りは俄に方角の替りしやうに思はれて、角町京町処々のはね橋より、さつさ押せ押せと猪牙がかつた言葉に人波を分くる群もあり、河岸の小店の百囀づりより、優にうづ高き大籬の楼上まで、絃歌の声のさまざまに沸き来るやうな面白さは大方の人おもひ出でて忘れぬ物に思すも有るべし。
正太はこの日、日がけの集めをお休みしてもらって、三五郎の大頭の店を見舞ったり、団子屋の背の高い子が愛想のない汁粉屋を訪ねて「どうだ、儲けがあるかい」と言えば「正さんお前良いところへ来た。俺がこし餡の種なしになって、もう今からは何を売ろうか、すぐ煮かけてはおいたけれど途中でお客は断れない、どうしような」と相談されて「智恵なしの奴め。大鍋の周りにそれくらい無駄がついているじゃないか。そこへ湯を廻して砂糖さえ甘くすれば十人前や二十人は浮いて来よう。どこでもみんなそうするのだ、お前の店だけじゃない。何、この騒ぎの中でよしあしを言う者があろうか、お売りお売り」と言いながら先に立って砂糖の壺を引き寄せると、目っかちの母親が驚いた顔をして
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正太はこの日日がけの集めを休ませ貰ひて、三五郎が大頭の店を見舞ふやら、団子屋の背高が愛想気のない汁粉やを音づれて、どうだ儲けがあるかえと言へば、正さんお前好い処へ来た、我れが餡この種なしに成つてもう今からは何を売らう、直様煮かけては置いたけれど中途お客は断れない、どうしような、と相談を懸けられて、智恵無しの奴め大鍋の四辺にそれッ位無駄がついてゐるでは無いか、それへ湯を廻して砂糖さへ甘くすれば十人前や二十人は浮いて来よう、何処でも皆なそうするのだお前の店ばかりではない、何この騒ぎの中で好悪を言ふ物が有らうか、お売りお売りと言ひながら先に立つて砂糖の壺を引寄すれば、目ッかちの母親おどろいた顔をして
「お前さんは本当に商人にできていなさる、恐ろしい智恵者だ」とほめるのに「何だ、こんなことが智恵者なものか。今横町の潮吹きのところで餡が足りないってこうやったのを見てきたので、俺の発明ではない」と言い捨てて「お前は知らないか、美登利さんのいる場所を。俺は今朝から探しているけれど、どこへ行ったか筆屋にも来ないと言う。廓の中かな」と聞けば「ううむ、美登利さんはな、今さっき俺の家の前を通って揚屋町のはね橋から入って行った。本当に正さん大変だぜ、今日はね、髪をこういう風にこんな島田に結って」と変な手つきをして「きれいだね、あの子は」と鼻を拭きながら言えば「大巻さんよりもっといいよ。だけどあの子も花魁になるのではかわいそうだ」と下を向いて正太の答え
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、お前さんは本当に商人に出来てゐなさる、恐ろしい智恵者だと賞めるに、何だこんな事が智恵者な物か、今横町の潮吹きの処で餡が足りないッてこうやつたを見て来たので己れの発明では無い、と言ひ捨てて、お前は知らないか美登利さんの居る処を、己れは今朝から探してゐるけれど何処へ行たか筆やへも来ないと言ふ、廓内だらうかなと問へば、むむ美登利さんはな今の先己れの家の前を通つて揚屋町の刎橋から這入つて行た、本当に正さん大変だぜ、今日はね、髪をかういふ風にこんな嶋田に結つてと、変てこな手つきして、奇麗だねあの娘はと鼻を拭つつ言へば、大巻さんより猶美いや、だけれどあの子も華魁に成るのでは可憐さうだと下を向ひて正太の答
るのに「いいじゃないか、花魁になれば。俺は来年から際物屋になってお金をこしらえるがね、それを持って買いに行くのだ」とおっとりしたことを言うのに「しゃらくさいことを言ってるよ、そうすれば俺はきっと振られるよ。」
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ふるに、好いじやあ無いか華魁になれば、己れは来年から際物屋に成つてお金をこしらへるがね、それを持つて買ひに行くのだと頓馬を現はすに、洒落くさい事を言つてゐらあそうすればお前はきつと振られるよ。
「何故何故。」
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何故何故。
「何故でも振られる理由があるのだもの」と顔を少し染めて笑いながら「それじゃあ俺も一廻りしてこようや、また後で来るよ」と捨て台詞をして門に出て、「十六七の頃までは蝶よ花よと育てられ」と怪しい震え声でこのごろのはやり節を歌って「今では勤めが身にしみて」と口の中でくり返し、例の雪駄の音高く浮き立つ人の中に交じって小さな体はたちまちに消えてしまいました。
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何故でも振られる理由が有るのだもの、と顔を少し染めて笑ひながら、それじやあ己れも一廻りして来ようや、又後に来るよと捨て台辞して門に出て、十六七の頃までは蝶よ花よと育てられ、と怪しきふるへ声にこの頃此処の流行ぶしを言つて、今では勤めが身にしみてと口の内にくり返し、例の雪駄の音たかく浮きたつ人の中に交りて小さき身体は忽ちに隠れつ。
もまれて出た廓の角、向こうから番頭新造のお妻と連れ立って話しながら来るのを見れば、見違えようのない大黒屋の美登利ですが、本当に頓馬の言った通り、初々しい大島田を綿のように絞り放しにふさふさとかけて、べっ甲のさし込み、房つきの花かんざしをひらめかせ、いつよりも極彩色のただ京人形を見るような格好で、正太はあっとも言わず立ち止まったまま、いつものように抱きつきもせず見つめるのに、向こうは「正太さんか」とて走り寄り「お妻どん、お前に買い物があれば、もうここでお別れにしましょう。私はこの人と一緒に帰ります、さようなら」と頭を下げると「あれ美いちゃんの現金な、もうお送りはいりませんとかい。そんなら私は京町で買い物しましょう」とちょこちょこ走りに長
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揉まれて出し廓の角、向ふより番頭新造のお妻と連れ立ちて話しながら来るを見れば、まがひも無き大黒屋の美登利なれども誠に頓馬の言ひつる如く、初々しき大嶋田結ひ綿のやうに絞りばなしふさふさとかけて、鼈甲のさし込、総つきの花かんざしひらめかし、何時よりは極彩色のただ京人形を見るやうに思はれて、正太はあつとも言はず立止まりしまま例の如くは抱きつきもせで打守るに、彼方は正太さんかとて走り寄り、お妻どんお前買ひ物が有らばもう此処でお別れにしましよ、私はこの人と一処に帰ります、左様ならとて頭を下げるに、あれ美いちやんの現金な、もうお送りは入りませぬとかえ、そんなら私は京町で買物しましよ、とちよこちよこ走りに長
屋の細道へ駆け込むのに、正太が初めて美登利の袖を引いて「よく似合うね、いつ結ったの、今朝かい昨日かい、何故早く見せてくれなかった」と恨めしそうに甘えると、美登利は打ちしおれて口重く「姉さんの部屋で今朝結ってもらったの。私は嫌でしょうがない」とうつむいて往来を恥じました。
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屋の細道へ駆け込むに、正太はじめて美登利の袖を引いて好く似合ふね、いつ結つたの今朝かへ昨日かへ何故はやく見せてはくれなかつた、と恨めしげに甘ゆれば、美登利打しほれて口重く、姉さんの部屋で今朝結つて貰つたの、私は厭やでしようが無い、とさし俯向きて往来を耻ぢぬ。
十五
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十五
悲しく恥ずかしく、つつましいことが身にあれば、人のほめるのはからかいと聞こえてきて、島田の髷のなつかしさに振り返って見る人たちを「私をさげすむ目つきだ」と感じとって「正太さん、私は家へ帰るよ」と言うのに「何故今日は遊ばないのだろう、お前は何か小言を言われたのか、大巻さんと喧嘩でもしたのではないか」と子どもらしいことを聞かれて答えは何と顔の赤まるばかり。連れ立って団子屋の前を過ぎると頓馬が店から声をかけて「お中がよろしゅうございます」と大げさな言葉を聞くより美登利は泣きたいような顔つきをして「正太さん一緒に来ては嫌だよ」と、置き去りにして一人足を早めました。
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憂く耻かしく、つつましき事身にあれば人の褒めるは嘲りと聞なされて、嶋田の髷のなつかしさに振かへり見る人たちをば我れを蔑む眼つきと察られて、正太さん私は自宅へ帰るよと言ふに、何故今日は遊ばないのだらう、お前何か小言を言はれたのか、大巻さんと喧嘩でもしたのでは無いか、と子供らしい事を問はれて答へは何と顔の赤むばかり、連れ立ちて団子屋の前を過ぎるに頓馬は店より声をかけてお中が宜しう御座いますと仰山な言葉を聞くより美登利は泣きたいやうな顔つきして、正太さん一処に来ては嫌やだよと、置きざりに一人足を早めぬ。
「お酉さまへ一緒にと言ったのに道を違えて家の方へ」美登利が急ぐのに「お前一緒に来てくれないのか、何故そちらへ帰ってしまう、ひどいぞ」と例のようにに甘えてかかるのを振り切るように物を言わず行けば、何の故とも分からないながら正太はあきれて追いすがり袖を止めては不思議がるのに、美登利は顔だけ赤らめて「何でもない」と言う声に訳がありました。
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お酉さまへ諸共にと言ひしを道引違へて我が家の方へと美登利の急ぐに、お前一処には来てくれないのか、何故其方へ帰つてしまふ、余りだぜと例の如く甘へてかかるを振切るやうに物言はず行けば、何の故とも知らねども正太は呆れて追ひすがり袖を止めては怪しがるに、美登利顔のみ打赤めて、何でも無い、と言ふ声理由あり。
寮の門をくぐり入るのに正太は前から遊びに来慣れていてさほど遠慮の家でもないので、後に続いて縁先からそっと上がるのを母親が見るより「おお正太さん、よく来てくださった。今朝から美登利の機嫌が悪くてみんな困っています。遊んでやってください」と言うのに、正太は大人らしく「加減が悪いのですか」と真面目に問うのを「いいえ」と母親が怪しい笑顔をして「しばらくすれば治りましょう。いつでも決まりのわがまま様、さぞお友達とも喧嘩しましょうな。本当にやりきれない嬢様ですよ」と見返ると、美登利はいつの間にか小座敷に布団と上掛けを持ち出して、帯と上着を脱ぎ捨てただけ、うつ伏して物も言いません。
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寮の門をばくぐり入るに正太かねても遊びに来馴れてさのみ遠慮の家にもあらねば、跡より続いて椽先からそつと上るを、母親見るより、おお正太さん宜く来て下さつた、今朝から美登利の機嫌が悪くて皆なあぐねて困つてゐます、遊んでやつて下されと言ふに、正太は大人らしう惶りて加減が悪るいのですかと真面目に問ふを、いいゑ、と母親怪しき笑顔をして少し経てば愈りませう、いつでも極りの我まま様、さぞお友達とも喧嘩しませうな、真実やり切れぬ嬢さまではあるとて見かへるに、美登利はいつか小座敷に蒲団抱巻持出でて、帯と上着を脱ぎ捨てしばかり、うつ伏し臥して物をも言はず。
正太は恐る恐る枕もとへ寄って「美登利さん、どうしたの、病気なのか気持ちが悪いのか、全体どうしたの」とさほど擦り寄りもせず膝に手を置いて心だけを悩ますのに、美登利はまったく答えもなく押さえる袖に忍び泣きの涙。まだ結い込まない前髪が濡れて見えるのにも訳がありそうですが、子ども心に正太は何と慰めの言葉も出ず、ただひたすらに困り入るばかり。「全体何がどうしたのだろう。俺はお前に怒られることは何もしないのに、何がそんなに腹が立つの」とのぞき込んで途方に暮れれば、美登利は目を拭って「正太さん、私は怒っているのではありません。」
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正太は恐る恐る枕もとへ寄つて、美登利さんどうしたの病気なのか心持が悪いのか全体どうしたの、とさのみは摺寄らず膝に手を置いて心ばかりを悩ますに、美登利は更に答へも無く押ゆる袖にしのび音の涙、まだ結ひこめぬ前髪の毛の濡れて見ゆるも子細ありとはしるけれど、子供心に正太は何と慰めの言葉も出ず唯ひたすらに困り入るばかり、全体何がどうしたのだらう、己れはお前に怒られる事はしもしないに、何がそんなに腹が立つの、と覗き込んで途方にくるれば、美登利は眼を拭ふて正太さん私は怒つてゐるのでは有りません。
それならばどうしてと問われれば、悲しいことがさまざまあって、これはどうしても話しようのない包まねばならないことで、誰に打ち明ける筋でもありません。物を言わずに自然と頬が赤くなり、さしてこれとは言えないけれど次第次第に心細い思い。昨日までの美登利の身には覚えなかった思いを持って物の恥ずかしさといったらなく、できることなら薄暗い部屋の中で誰も言葉をかけず自分の顔を見る者もなく、一人気ままな朝夕を過ごしたい。そうすればこんな悲しいことがあっても人目がつつましくなければこんなまで物は思わないのに。いつまでもいつまでも人形と紙雛を相手にしてままごとばかりしていたらどんなに嬉しいことかと思うのに、「ええ嫌だ嫌だ、大人になるのは嫌なこと。なぜこのように年を取るのか、もう
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それならどうしてと問はれれば憂き事さまざまこれはどうでも話しのほかの包ましさなれば、誰れに打明けいふ筋ならず、物言はずして自づと頬の赤うなり、さして何とは言はれねども次第次第に心細き思ひ、すべて昨日の美登利の身に覚えなかりし思ひをまうけて物の耻かしさ言ふばかりなく、成事ならば薄暗き部屋のうちに誰れとて言葉をかけもせず我が顔ながむる者なしに一人気ままの朝夕を経たや、さらばこの様の憂き事ありとも人目つつましからずはかくまで物は思ふまじ、何時までも何時までも人形と紙雛さまとをあひ手にして飯事ばかりしてゐたらばさぞかし嬉しき事ならんを、ゑゑ厭や厭や、大人に成るは厭やな事、何故このやうに年をば取る、もう
七か月十か月、一年も前に帰りたい」と年寄りじみた考えをして、正太がここにいるのも思われず、話しかければことごとく蹴ちらして「帰ってください正太さん、後生だから帰ってください。お前がいると私は死んでしまいそうだ。物を言われると頭痛がする。口をきくと目がまわる。誰も誰も私のところに来ては嫌だから、お前もどうぞ帰ってください」と例に似合わない愛想なし。正太は何とも解き難くて、煙の中にいるようで「お前はどうしても変だよ、そんなことを言うはずはないのに、おかしい人だね」と少し口惜しい思いを目には気弱の涙として浮かべましたが「何でそこに心を置くのか、帰ってください、帰ってください、いつまでここにいれば
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七月十月、一年も以前へ帰りたいにと老人じみた考へをして、正太の此処にあるをも思はれず、物いひかければ悉く蹴ちらして、帰つておくれ正太さん、後生だから帰つておくれ、お前が居ると私は死んでしまふであらう、物を言はれると頭痛がする、口を利くと目がまわる、誰れも誰れも私の処へ来ては厭やなれば、お前も何卒帰つてと例に似合ぬ愛想づかし、正太は何故とも得ぞ解きがたく、烟のうちにあるやうにてお前はどうしても変てこだよ、そんな事を言ふ筈は無いに、可怪しい人だね、とこれはいささか口惜しき思ひに、落ついて言ひながら目には気弱の涙のうかぶを、何とてそれに心を置くべき帰つておくれ、帰つておくれ、何時まで此処に居てくれれ
ももうお友達でも何でもない、嫌な正太さんだ」と憎らしげに言われて「それなら帰るよ、お邪魔様でございました」と、風呂場で様子を見ている母親にも挨拶もせず、ふいと立って正太は庭先から駆け出しました。
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ばもうお友達でも何でも無い、厭やな正太さんだと憎くらしげに言はれて、それならば帰るよ、お邪魔さまで御座いましたとて、風呂場に加減見る母親には挨拶もせず、ふいと立つて正太は庭先よりかけ出しぬ。
十六
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十六
一目散に駆けて人混みを抜けたり潜ったり、筆屋の店に飛び込めば三五郎はいつか店を売り終えて、腹がけのかくしへいくらかのお金をじゃらじゃらと入れ、弟妹を連れながら「好きな物を何でも買っておやりの大兄様」という大喜びの最中に正太が飛び込んできたところ「やあ、正さん、今お前を探していたのだ。俺は今日はかなりの儲けがあるよ、何かごちそうしてあげようか」と言えば「馬鹿を言え、お前にごちそうしてもらう俺ではないよ。黙っていろ、生意気を言うな」といつになく荒い言葉を言って「それどころではない」とふさぐのに「何だ何だ、喧嘩か」と食べかけの餡パンを懐中にねじ込んで「相手は誰だ、龍華寺か長吉か、どこで始まった、廓の中か鳥居前か。お祭りの時とは違うぞ、不意でさえなければ負けはしない、俺
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真一文字に駆けて人中を抜けつ潜りつ、筆屋の店へをどり込めば、三五郎は何時か店をば売しまふて、腹掛のかくしへ若干金かをぢやらつかせ、弟妹引つれつつ好きな物をば何でも買への大兄様、大愉快の最中へ正太の飛込み来しなるに、やあ正さん今お前をば探してゐたのだ、己れは今日は大分の儲けがある、何か奢つて上やうかと言へば、馬鹿をいへ手前に奢つて貰ふ己れでは無いわ、黙つてゐろ生意気は吐くなと何時になく荒らい事を言つて、それどころでは無いとて鬱ぐに、何だ何だ喧嘩かと喰べかけの餡ぱんを懐中に捻ぢ込んで、相手は誰れだ、龍華寺か長吉か、何処で始まつた廓内か鳥居前か、お祭りの時とは違ふぜ、不意でさへ無くは負けはしない、己
が承知だ先棒は振るよ、正さん、胆っ玉をしっかりして懸かりな」と競い立つのに「ええ気の早い奴め、喧嘩ではない」とさすがに言いにくくて口を閉じれば「でもお前が大層らしく飛び込んだから俺は一途に喧嘩かと思った。だけど正さん、今夜始まらなければもうこれから喧嘩の起こりっこはないね。長吉の野郎は片腕がなくなるものと言うに、何故どうして片腕がなくなるのだ。」
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れが承知だ先棒は振らあ、正さん胆ッ玉をしつかりして懸りねへ、と競ひかかるに、ゑゑ気の早い奴め、喧嘩では無い、とてさすがに言ひかねて口を噤めば、でもお前が大層らしく飛込んだから己れは一途に喧嘩かと思つた、だけれど正さん今夜はじまらなければもうこれから喧嘩の起りッこは無いね、長吉の野郎片腕がなくなる物と言ふに、何故どうして片腕がなくなるのだ。
「お前知らないか。俺もたった今うちの父さんが龍華寺の御新造と話しているのを聞いたのだが、信さんはもう近々どこかの坊さん学校に入るのだとさ。衣を着てしまえば手が出ないよ。空っきりあんな袖のぺらぺらした、恐ろしく長いのをまくり上げるのだからね。そうなれば来年から横町も表も残らずお前の手下だよ」とそやすのに「やめてくれ、二銭もらうと長吉の組になるだろう。お前みたいなのが百人仲間にいたとしても少しも嬉しいことはない。つきたい方へどこへでもつきな。俺は人は頼まない、本物の腕っこで一度龍華寺とやりたかったのに、よそへ行かれては仕方がない。藤本は来年学校を卒業してから行くと聞いたが、どうしてそんなに早くなったのだろう、どうしようもない野郎だ」と
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お前知らずか己れも唯今うちの父さんが龍華寺の御新造と話してゐたを聞いたのだが、信さんはもう近々何処かの坊さん学校へ這入るのだとさ、衣を着てしまへば手が出ねへや、空つきりあんな袖のぺらぺらした、恐ろしい長い物を捲り上るのだからね、さうなれば来年から横町も表も残らずお前の手下だよと煽すに、廃してくれ二銭貰ふと長吉の組に成るだらう、お前みたやうのが百人中間に有たとて少とも嬉しい事は無い、着きたい方へ何方へでも着きねへ、己れは人は頼まない真の腕ッこで一度龍華寺とやりたかつたに、他処へ行かれては仕方が無い、藤本は来年学校を卒業してから行くのだと聞いたが、どうしてそんなに早く成つたらう、為様のない野郎だと
舌打ちしながら、それは少しも心に止まらないけれど美登利の様子がくり返し思われて、正太はいつもの歌も出ず、大通りの往来のにぎやかさえ心寂しければ賑やかとも思われず、火ともし頃から筆屋の店に転がって、今日のお酉の市はめちゃくちゃにあちこちで怪しいことばかりでした。
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舌打しながら、それは少しも心に止まらねども美登利が素振のくり返されて正太は例の歌も出ず、大路の徃来の夥ただしきさへ心淋しければ賑やかなりとも思はれず、火ともし頃より筆やが店に転がりて、今日の酉の市目茶々々に此処も彼処も怪しき事成りき。
美登利はあの日を始めとして生まれ変わったような身の振る舞いで、用のある折には廓の姉のもとにこそ通うものの、決して町に遊ぶことをしなくなり、友達が寂しがって誘いに行けば「今に今に」と空約束ばかりでいつまでも続き、あんなに仲よしだったのに正太とさえ親しまず、いつも恥ずかしそうに顔ばかり赤くして、筆屋の店での手踊りの元気さは二度と見ることが難しくなりました。人は不思議がって「病気のせいか」と心配する者もいましたが、母親一人がほほ笑んで「今にお俠(きゃん)の本性は現れましょう、これは中休みです」と訳ありげに言うので、知らない者には何のことかとも思われず。「女らしくおとなしくなった」とほめる者もあれば、「せっかくの面白い子を台なしにした」と悪く言う者もあり、表町は急に火の消えたように寂しくなって正太の美声を聞くことも稀に、ただ夜な夜な
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美登利はかの日を始めにして生れかはりし様の身の振舞、用ある折は廓の姉のもとにこそ通へ、かけても町に遊ぶ事をせず、友達さびしがりて誘ひにと行けば今に今にと空約束はてし無く、さしもに中よし成けれど正太とさへに親しまず、いつも耻かし気に顔のみ赤めて筆やの店に手踊の活溌さは再び見るに難く成ける、人は怪しがりて病ひの故かと危ぶむも有れども母親一人ほほ笑みては、今にお侠の本性は現れまする、これは中休みと子細ありげに言はれて、知らぬ者には何の事とも思はれず、女らしう温順しう成つたと褒めるもあれば折角の面白い子を種なしにしたと誹るもあり、表町は俄に火の消えしやう淋しく成りて正太が美音も聞く事まれに、唯夜な夜な
の弓張提灯が、あれは日がけの集めとわかるほど土手を行く影が風に寒そうで、時折お供する三五郎の声だけがいつも変わらずおどけて聞こえていました。
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の弓張提燈、あれは日がけの集めとしるく土手を行く影そぞろ寒げに、折ふし供する三五郎の声のみ何時に変らず滑稽ては聞えぬ。
龍華寺の信如が修行の場所に旅立つという噂を美登利はまったく聞いていませんでした。持ち前の意地をそのまま封じ込めて、しばらく続く不思議な様子の中で自分を自分とも思えず、ただ何事も恥ずかしくばかりある中に、ある霜の朝、水仙の作り花を格子門の外からさし入れた者がいました。誰の仕業と知るよしもないけれど、美登利は何故ともなくなつかしい思いで、違い棚の一輪ざしに入れて寂しく清らかな姿をめでていましたが、聞くともなしに伝え聞くと、その明くる日は信如が何とかいう修行の場所に袖の色を変えるはずの当日だったということです。
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龍華寺の信如が我が宗の修業の庭に立出る風説をも美登利は絶えて聞かざりき、有し意地をばそのままに封じ込めて、此処しばらくの怪しの現象に我れを我れとも思はれず、唯何事も耻かしうのみ有けるに、或る霜の朝水仙の作り花を格子門の外よりさし入れ置きし者の有けり、誰れの仕業と知るよし無けれど、美登利は何ゆゑとなく懐かしき思ひにて違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなしに伝へ聞くその明けの日は信如が何がしの学林に袖の色かへぬべき当日なりしとぞ。