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文鳥 現代語訳

夏目漱石なつめそうせき)・1988

AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28

十月、早稲田に移る。

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十月早稲田わせだに移る。

がらんとしたお堂のような書斎にただ一人、取り澄ました顔を頬杖で支えていると、三重吉が来て、鳥をお飼いなさいと言う。

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伽藍がらんのような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖ほおづえで支えていると、三重吉みえきちが来て、鳥を御いなさいと云う。

飼ってもいいと答えた。

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飼ってもいいと答えた。

しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ですという返事だった。

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しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ぶんちょうですと云う返事であった。

文鳥は三重吉の小説に出てくるくらいだから、きれいな鳥に違いないと思って、じゃあ買ってくれたまえと頼んだ。

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文鳥は三重吉の小説に出て来るくらいだから奇麗きれいな鳥に違なかろうと思って、じゃ買ってくれたまえと頼んだ。

ところが三重吉は、ぜひお飼いなさいと、同じような事を繰り返している。

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ところが三重吉は是非御飼いなさいと、同じような事を繰り返している。

うん買うよ買うよと、やはり頬杖を突いたままで、むにゃむにゃ言っているうちに、三重吉は黙ってしまった。

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うむ買うよ買うよとやはり頬杖を突いたままで、むにゃむにゃ云ってるうちに三重吉は黙ってしまった。

大方、頬杖に愛想を尽かしたのだろうと、この時初めて気がついた。

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おおかた頬杖に愛想を尽かしたんだろうと、この時始めて気がついた。

すると三分ほどして、今度は籠をお買いなさいと言いだした。

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すると三分ばかりして、今度はかごを御買いなさいと云いだした。

これも結構だと答えると、ぜひお買いなさいと念を押す代わりに、鳥籠の講釈を始めた。

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これもよろしいと答えると、是非御買いなさいと念を押す代りに、鳥籠の講釈を始めた。

その講釈はずいぶん込み入ったものだったが、気の毒な事に、すっかり忘れてしまった。

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その講釈はだいぶったものであったが、気の毒な事に、みんな忘れてしまった。

ただ、いいのは二十円くらいするという段になって、急に、そんな高価なものでなくてもよかろうと言っておいた。

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ただ好いのは二十円ぐらいすると云う段になって、急にそんな高価たかいのでなくってもかろうと云っておいた。

三重吉はにやにやしている。

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三重吉はにやにやしている。

それで、いったいどこで買うのかと聞いてみると、なに、どこの鳥屋にでもありますと、実に平凡な答えをした。

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それから全体どこで買うのかと聞いて見ると、なにどこの鳥屋にでもありますと、実に平凡な答をした。

籠はと聞き返すと、籠ですか、籠はその、何ですよ、なに、どこかにあるでしょう、と、まるで雲をつかむような大らかな事を言う。

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籠はと聞き返すと、籠ですか、籠はその何ですよ、なにどこにかあるでしょう、とまるで雲をつかむような寛大な事を云う。

でも君、あてがなくてはいけないだろうと、いかにもいけないような顔をして見せたら、三重吉はほっぺたに手を当てて、何でも駒込に籠の名人がいるそうですが、年寄りだそうですから、もう死んだかもしれませんと、ひどく心細くなってしまった。

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でも君あてがなくっちゃいけなかろうと、あたかもいけないような顔をして見せたら、三重吉はほっぺたへ手をあてて、何でも駒込に籠の名人があるそうですが、年寄だそうですから、もう死んだかも知れませんと、非常に心細くなってしまった。

何しろ言いだした者に責任を負わせるのは当然の事だから、さっそく万事を三重吉に頼む事にした。

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何しろ言いだしたものに責任を負わせるのは当然の事だから、さっそく万事を三重吉に依頼する事にした。

すると、すぐ金を出せと言う。

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すると、すぐ金を出せと云う。

金はたしかに出した。

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金はたしかに出した。

三重吉はどこで買ったのか、七子織の三つ折りの紙入れを懐に持っていて、人の金でも自分の金でも全部この紙入れの中に入れる癖がある。

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三重吉はどこで買ったか、七子ななこおれの紙入を懐中していて、人の金でも自分の金でも悉皆しっかいこの紙入の中に入れる癖がある。

自分は、三重吉が五円札をたしかにこの紙入れの底へ押し込んだのを目撃した。

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自分は三重吉が五円札をたしかにこの紙入の底へ押し込んだのを目撃した。

こうして金はたしかに三重吉の手に落ちた。

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かようにして金はたしかに三重吉の手に落ちた。

しかし鳥と籠とは、なかなかやって来ない。

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しかし鳥とかごとは容易にやって来ない。

そのうち秋が小春日和になった。

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そのうち秋が小春こはるになった。

三重吉はたびたび来る。

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三重吉はたびたび来る。

よく女の話などをして帰って行く。

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よく女の話などをして帰って行く。

文鳥と籠の講釈はまったく出ない。

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文鳥と籠の講釈は全く出ない。

ガラス戸を通して、五尺の縁側にはよく日が当たる。

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硝子戸ガラスどすかして五尺の縁側えんがわには日が好く当る。

どうせ文鳥を飼うなら、こんな暖かい季節に、この縁側へ鳥籠を据えてやったら、文鳥もさぞよく鳴くだろうと思うくらいだった。

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どうせ文鳥を飼うなら、こんな暖かい季節に、この縁側へ鳥籠をえてやったら、文鳥も定めし鳴きかろうと思うくらいであった。

三重吉の小説によると、文鳥は千代千代と鳴くそうである。

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三重吉の小説によると、文鳥は千代ちよ千代と鳴くそうである。

その鳴き声がだいぶ気に入ったと見えて、三重吉は千代千代を何度となく使っている。

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その鳴き声がだいぶん気に入ったと見えて、三重吉は千代千代を何度となく使っている。

あるいは千代という女に惚れていた事があるのかもしれない。

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あるいは千代と云う女にれていた事があるのかも知れない。

しかし当人はいっこうにそんな事を言わない。

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しかし当人はいっこうそんな事を云わない。

自分も聞いてみない。

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自分も聞いてみない。

ただ縁側によく日が当たる。

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ただ縁側に日が善く当る。

そして文鳥は鳴かない。

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そうして文鳥が鳴かない。

そのうち霜が降り出した。

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そのうちしもが降り出した。

自分は毎日、がらんとしたお堂のような書斎で、寒そうな顔を取り澄ましてみたり、崩してみたり、頬杖を突いたりやめたりして暮らしていた。

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自分は毎日伽藍がらんのような書斎に、寒い顔を片づけてみたり、取乱してみたり、頬杖を突いたりやめたりして暮していた。

戸は二重に締め切った。

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戸は二重にじゅうに締め切った。

火鉢に炭ばかり継いでいる。

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火鉢ひばちに炭ばかりいでいる。

文鳥はとうとう忘れてしまった。

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文鳥はついに忘れた。

そこへ三重吉が門口から威勢よく入って来た。

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ところへ三重吉が門口かどぐちから威勢よく這入はいって来た。

時は宵の口だった。

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時はよいくちであった。

寒いから火鉢の上へ胸から上をかざして、浮かない顔をわざとほてらせていたのが、急に陽気になった。

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寒いから火鉢の上へ胸から上をかざして、浮かぬ顔をわざとほてらしていたのが、急に陽気になった。

三重吉は豊隆を従えている。

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三重吉は豊隆ほうりゅうを従えている。

豊隆はいい迷惑である。

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豊隆はいい迷惑である。

二人が籠を一つずつ持っている。

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二人が籠を一つずつ持っている。

その上に三重吉が、大きな箱をいちばんの親分格として抱えている。

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その上に三重吉が大きな箱をあにぶんかかえている。

五円札が文鳥と籠と箱になったのは、この初冬の晩だった。

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五円札が文鳥と籠と箱になったのはこの初冬はつふゆの晩であった。

三重吉は大得意である。

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三重吉は大得意である。

まあ御覧なさいと言う。

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まあ御覧なさいと云う。

豊隆、そのランプをもっとこっちへ出せなどと言う。

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豊隆その洋灯ランプをもっとこっちへ出せなどと云う。

そのくせ寒いので、鼻の頭が少し紫色になっている。

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そのくせ寒いので鼻の頭が少し紫色むらさきいろになっている。

なるほど立派な籠ができた。

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なるほど立派な籠ができた。

台が漆で塗ってある。

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台がうるしで塗ってある。

竹は細く削った上に、色が染めてある。

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竹は細くけずった上に、色がけてある。

それで三円だと言う。

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それで三円だと云う。

安いなあ豊隆、と言っている。

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安いなあ豊隆と云っている。

豊隆は、うん安い、と言っている。

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豊隆はうん安いと云っている。

自分は安いのか高いのかはっきり分からないが、まあ安いなあと言っている。

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自分は安いか高いか判然とわからないが、まあ安いなあと云っている。

いいのになると二十円もするそうですと言う。

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好いのになると二十円もするそうですと云う。

二十円はこれで二度目である。

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二十円はこれで二返目にへんめである。

二十円に比べて安いのはもちろんである。

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二十円に比べて安いのは無論である。

この漆はね、先生、日なたへ出してさらしておくうちに黒みが取れて、だんだん朱の色が出て来ますから、――そうしてこの竹は一度よく煮てあるから大丈夫ですよなどと、しきりに説明をしてくれる。

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この漆はね、先生、日向ひなたへ出してさらしておくうちに黒味くろみが取れてだんだんしゅの色が出て来ますから、――そうしてこの竹は一返いっぺん善く煮たんだから大丈夫ですよなどと、しきりに説明をしてくれる。

何が大丈夫なのかねと聞き返すと、まあ鳥を御覧なさい、きれいでしょうと言っている。

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何が大丈夫なのかねと聞き返すと、まあ鳥を御覧なさい、奇麗きれいでしょうと云っている。

なるほどきれいだ。

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なるほど奇麗だ。

隣の部屋へ籠を据えて、四尺ばかりこちらから見ると少しも動かない。

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つぎへ籠を据えて四尺ばかりこっちから見ると少しも動かない。

薄暗い中に真っ白に見える。

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薄暗い中に真白に見える。

籠の中にうずくまっていなければ、鳥とは思えないほど白い。

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籠の中にうずくまっていなければ鳥とは思えないほど白い。

何だか寒そうだ。

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何だか寒そうだ。

寒いだろうねと聞いてみると、そのために箱を作ったんだと言う。

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寒いだろうねと聞いてみると、そのために箱を作ったんだと云う。

夜になればこの箱に入れてやるんだと言う。

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夜になればこの箱に入れてやるんだと云う。

籠が二つあるのはどうするんだと聞くと、この粗末な方へ入れて、時々水浴びをさせるのだと言う。

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かごが二つあるのはどうするんだと聞くと、この粗末な方へ入れて時々行水ぎょうずいを使わせるのだと云う。

これは少し手間がかかるなと思っていると、それから糞をして籠を汚しますから、時々掃除をしておやりなさいとつけ加えた。

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これは少し手数てすうが掛るなと思っていると、それからふんをして籠をよごしますから、時々掃除そうじをしておやりなさいとつけ加えた。

三重吉は文鳥のためには、なかなか強硬である。

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三重吉は文鳥のためにはなかなか強硬である。

それをはいはいと引き受けると、今度は三重吉が袂から粟を一袋出した。

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それをはいはい引受けると、今度は三重吉がたもとからあわを一袋出した。

これを毎朝食べさせなくてはいけません。

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これを毎朝食わせなくっちゃいけません。

もし餌をかえてやらないのなら、餌壺を出して殻だけ吹いておやりなさい。

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もしをかえてやらなければ、餌壺えつぼを出してからだけ吹いておやんなさい。

そうしないと、文鳥が実のある粟を一つ一つ拾い出さなくてはなりませんから。

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そうしないと文鳥がのある粟を一々拾い出さなくっちゃなりませんから。

水も毎朝かえておやりなさい。

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水も毎朝かえておやんなさい。

先生は寝坊だからちょうどいいでしょうと、ずいぶん文鳥に親切を尽くしている。

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先生は寝坊だからちょうど好いでしょうと大変文鳥に親切をきわめている。

そこで自分も、よろしいと万事引き受けた。

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そこで自分もよろしいと万事受合った。

そこへ豊隆が袂から餌壺と水入れを出して、行儀よく自分の前に並べた。

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ところへ豊隆が袂から餌壺と水入を出して行儀よく自分の前に並べた。

こうやって一切合切を整えておいて、実行を迫られると、義理にも文鳥の世話をしなければならなくなる。

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こういっさい万事を調ととのえておいて、実行をせまられると、義理にも文鳥の世話をしなければならなくなる。

内心ではよほど心もとなかったが、まずやってみようとまでは決心した。

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内心ではよほど覚束おぼつかなかったが、まずやってみようとまでは決心した。

もしできなければ、家の者がどうかするだろうと思った。

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もしできなければうちのものが、どうかするだろうと思った。

やがて三重吉は鳥籠を丁寧に箱の中へ入れて、縁側へ持ち出して、ここへ置きますからと言って帰った。

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やがて三重吉は鳥籠を叮嚀ていねいに箱の中へ入れて、縁側えんがわへ持ち出して、ここへ置きますからと云って帰った。

自分は、がらんとしたお堂のような書斎の真ん中に床を延べて、冷え冷えと寝た。

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自分は伽藍がらんのような書斎の真中に床をべてひややかに寝た。

夢の中まで文鳥を背負い込んだ気持ちは、少し寒かったが、眠ってしまえば、ふだんの夜と同じように穏やかである。

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夢に文鳥を背負しょんだ心持は、少し寒かったがねぶってみれば不断ふだんよるのごとく穏かである。

翌朝目が覚めると、ガラス戸に日が射している。

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翌朝よくあさ眼がめると硝子戸ガラスどに日が射している。

すぐに、文鳥に餌をやらなければならないなと思った。

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たちまち文鳥にをやらなければならないなと思った。

けれども起きるのが億劫だった。

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けれども起きるのが退儀たいぎであった。

今にやろう、今にやろうと考えているうちに、とうとう八時過ぎになった。

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今にやろう、今にやろうと考えているうちに、とうとう八時過になった。

仕方がないから顔を洗うついでに、冷たい縁側を素足で踏みながら、箱の蓋を取って鳥籠を明るいところへ出した。

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仕方がないから顔を洗うついでをもって、冷たい縁を素足すあしで踏みながら、箱のふたを取って鳥籠を明海あかるみへ出した。

文鳥は目をぱちぱちさせている。

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文鳥は眼をぱちつかせている。

もっと早く起きたかっただろうと思ったら、気の毒になった。

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もっと早く起きたかったろうと思ったら気の毒になった。

文鳥の目は真っ黒である。

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文鳥の眼は真黒である。

まぶたの周りに、細い淡紅色の絹糸を縫いつけたような筋が入っている。

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まぶた周囲まわりに細い淡紅色ときいろの絹糸を縫いつけたようなすじが入っている。

目をぱちぱちさせるたびに、絹糸が急に寄って一本になる。

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眼をぱちつかせるたびに絹糸が急に寄って一本になる。

と思うと、また丸くなる。

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と思うとまた丸くなる。

籠を箱から出すやいなや、文鳥は白い首をちょっと傾けながら、この黒い目を動かして、初めて自分の顔を見た。

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籠を箱から出すや否や、文鳥は白い首をちょっとかたぶけながらこの黒い眼を移して始めて自分の顔を見た。

そして、ちちと鳴いた。

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そうしてちちと鳴いた。

自分は静かに鳥籠を箱の上に据えた。

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自分は静かに鳥籠を箱の上にえた。

文鳥はぱっと止まり木を離れた。

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文鳥はぱっととまを離れた。

そしてまた止まり木に乗った。

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そうしてまた留り木に乗った。

止まり木は二本ある。

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留り木は二本ある。

黒みがかった青い軸を、ほどよい間隔で橋のように渡して、横に並べてある。

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黒味がかった青軸あおじくをほどよき距離に橋と渡して横に並べた。

その一本を軽く踏まえた足を見ると、いかにも華奢にできている。

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その一本を軽く踏まえた足を見るといかにも華奢きゃしゃにできている。

細長い薄紅の先に、真珠を削ったような爪がついていて、手ごろな止まり木をうまく抱え込んでいる。

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細長い薄紅うすくれないの端に真珠をけずったような爪が着いて、手頃な留り木をうまかかんでいる。

すると、ひらりと目の先が動いた。

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すると、ひらりと眼先が動いた。

文鳥はもう、止まり木の上で向きを変えていた。

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文鳥はすでに留り木の上で方向むきを換えていた。

しきりに首を左右に傾ける。

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しきりに首を左右にかたぶける。

傾けかけた首をふと持ち直して、心もち前へ伸ばしたかと思ったら、白い羽根がまたちらりと動いた。

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傾けかけた首をふと持ち直して、心持前へしたかと思ったら、白い羽根がまたちらりと動いた。

文鳥の足は、向こうの止まり木の真ん中あたりに具合よく落ちた。

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文鳥の足は向うの留り木の真中あたりに具合よく落ちた。

ちちと鳴く。

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ちちと鳴く。

そして遠くから自分の顔をのぞき込んだ。

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そうして遠くから自分の顔をのぞき込んだ。

自分は顔を洗いに風呂場へ行った。

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自分は顔を洗いに風呂場ふろばへ行った。

帰りに台所へ回って、戸棚を開けて、昨夜三重吉が買って来てくれた粟の袋を出して、餌壺の中へ餌を入れて、もう一つには水をいっぱい入れて、また書斎の縁側へ出た。

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帰りに台所へ廻って、戸棚とだなを明けて、昨夕ゆうべ三重吉の買って来てくれた粟の袋を出して、餌壺の中へ餌を入れて、もう一つには水を一杯入れて、また書斎の縁側へ出た。

三重吉は用意周到な男で、昨夜、丁寧に餌をやる時の心得を説明して行った。

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三重吉は用意周到な男で、昨夕ゆうべ叮嚀ていねいをやる時の心得を説明して行った。

その説によると、むやみに籠の戸を開けると文鳥が逃げ出してしまう。

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その説によると、むやみに籠の戸を明けると文鳥が逃げ出してしまう。

だから右の手で籠の戸を開けながら、左の手をその下にあてがって、外から出口をふさぐようにしなくては危険だ。

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だから右の手で籠の戸を明けながら、左の手をその下へあてがって、外から出口をふさぐようにしなくっては危険だ。

餌壺を出す時も、同じ心得でやらなければならない。

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餌壺えつぼを出す時も同じ心得でやらなければならない。

と、その手つきまでして見せたが、こうやって両方の手を使って、餌壺をどうやって籠の中へ入れる事ができるのか、つい聞いておかなかった。

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とその手つきまでして見せたが、こう両方の手を使って、餌壺をどうして籠の中へ入れる事ができるのか、つい聞いておかなかった。

自分はやむをえず、餌壺を持ったまま手の甲で籠の戸をそろりと上へ押し上げた。

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自分はやむをえず餌壺を持ったまま手の甲で籠の戸をそろりと上へ押し上げた。

同時に、左の手で開いた口をすぐふさいだ。

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同時に左の手でいた口をすぐふさいだ。

鳥はちょっと振り返った。

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鳥はちょっと振り返った。

そして、ちちと鳴いた。

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そうして、ちちと鳴いた。

自分は、出口をふさいだ左の手の処置に困った。

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自分は出口を塞いだ左の手の処置に窮した。

人の隙をうかがって逃げるような鳥にも見えないので、何となく気の毒になった。

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人のすきうかがって逃げるような鳥とも見えないので、何となく気の毒になった。

三重吉は悪い事を教えた。

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三重吉は悪い事を教えた。

大きな手をそろそろと籠の中へ入れた。

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大きな手をそろそろ籠の中へ入れた。

すると文鳥は急に羽ばたきを始めた。

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すると文鳥は急に羽搏はばたきを始めた。

細く削った竹の目から暖かいむく毛が白く飛ぶほどに、翼を鳴らした。

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細くけずった竹の目から暖かいむく毛が、白く飛ぶほどにつばさを鳴らした。

自分は急に、自分の大きな手が嫌になった。

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自分は急に自分の大きな手がいやになった。

粟の壺と水の壺を止まり木の間にようやく置くやいなや、手を引っ込めた。

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あわの壺と水の壺を留り木の間にようやく置くや否や、手を引き込ました。

籠の戸は、はたりとひとりでに落ちた。

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籠の戸ははたりと自然ひとりでに落ちた。

文鳥は止まり木の上に戻った。

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文鳥は留り木の上に戻った。

白い首を半分横に向けて、籠の外にいる自分を見上げた。

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白い首をなかば横に向けて、籠の外にいる自分を見上げた。

それから曲げた首をまっすぐにして、足もとにある粟と水を眺めた。

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それから曲げた首を真直まっすぐにして足のもとにある粟と水を眺めた。

自分は食事をしに茶の間へ行った。

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自分は食事をしに茶の間へ行った。

その頃は、日課として小説を書いている時期だった。

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その頃は日課として小説を書いている時分であった。

食事と食事の間は、たいてい机に向かって筆を握っていた。

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飯と飯の間はたいてい机に向って筆を握っていた。

静かな時は、自分で紙の上を走るペンの音を聞く事ができた。

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静かな時は自分で紙の上を走るペンの音を聞く事ができた。

がらんとしたお堂のような書斎へは、誰も入って来ない習慣だった。

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伽藍がらんのような書斎へは誰も這入はいって来ない習慣であった。

筆の音に寂しさという意味を感じた朝も昼も晩もあった。

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筆の音にさびしさと云う意味を感じた朝も昼も晩もあった。

しかし時々は、この筆の音がぴたりとやむ、またやめなければならない折も、ずいぶんあった。

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しかし時々はこの筆の音がぴたりとやむ、またやめねばならぬ、折もだいぶあった。

その時は、指の股に筆を挟んだまま手のひらへ顎を載せて、ガラス越しに吹き荒れた庭を眺めるのが癖だった。

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その時は指のまたに筆をはさんだまま手のひらあごを載せて硝子越ガラスごしに吹き荒れた庭を眺めるのがくせであった。

それが済むと、載せた顎を一応つまんでみる。

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それが済むと載せた顎を一応つまんで見る。

それでも筆と紙がいっしょにならない時は、つまんだ顎を二本の指で伸ばしてみる。

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それでも筆と紙がいっしょにならない時は、撮んだ顎を二本の指でして見る。

すると縁側で、文鳥がたちまち千代千代と二声鳴いた。

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すると縁側えんがわで文鳥がたちまち千代ちよ千代と二声鳴いた。

筆を置いて、そっと出てみると、文鳥は自分の方を向いたまま、止まり木の上からのめりそうに白い胸を突き出して、高く千代と言った。

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筆をいて、そっと出て見ると、文鳥は自分の方を向いたまま、とまの上から、のめりそうに白い胸を突き出して、高く千代と云った。

三重吉が聞いたらさぞ喜ぶだろうと思うほどのいい声で、千代と言った。

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三重吉が聞いたらさぞ喜ぶだろうと思うほどない声で千代と云った。

三重吉は、今に馴れると千代と鳴きますよ、きっと鳴きますよ、と請け合って帰って行った。

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三重吉は今にれると千代と鳴きますよ、きっと鳴きますよ、と受合って帰って行った。

自分はまた籠のそばにしゃがんだ。

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自分はまた籠のそばへしゃがんだ。

文鳥は膨らんだ首を、二、三度、縦横に向け直した。

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文鳥はふくらんだ首を二三度竪横たてよこに向け直した。

やがて一かたまりの白い体が、ぽいと止まり木の上を抜け出した。

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やがて一団ひとかたまりの白い体がぽいと留り木の上を抜け出した。

と思うと、きれいな足の爪が半分ほど、餌壺の縁から後ろへ出た。

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と思うと奇麗きれいな足の爪が半分ほど餌壺えつぼふちからうしろへ出た。

小指を掛けてもすぐひっくり返りそうな餌壺は、釣鐘のように静かである。

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小指を掛けてもすぐかえりそうな餌壺は釣鐘つりがねのように静かである。

さすがに文鳥は軽いものだ。

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さすがに文鳥は軽いものだ。

何だか淡雪の精のような気がした。

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何だか淡雪あわゆきせいのような気がした。

文鳥はつと、嘴を餌壺の真ん中に落とした。

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文鳥はつとくちばしを餌壺の真中に落した。

そして二、三度左右に振った。

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そうして二三度左右に振った。

きれいにならして入れてあった粟が、はらはらと籠の底にこぼれた。

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奇麗にならして入れてあった粟がはらはらと籠の底にこぼれた。

文鳥は嘴を上げた。

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文鳥はくちばしを上げた。

のどの所でかすかな音がする。

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咽喉のどの所でかすかな音がする。

また嘴を粟の真ん中に落とす。

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また嘴を粟の真中に落す。

またかすかな音がする。

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また微な音がする。

その音が面白い。

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その音が面白い。

静かに聴いていると、丸くて細やかで、しかも非常に速い。

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静かに聴いていると、丸くてこまやかで、しかも非常にすみやかである。

すみれほどの小さい人が、黄金の槌でめのうの碁石でも続けざまに叩いているような気がする。

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すみれほどな小さい人が、黄金こがねつち瑪瑙めのう碁石ごいしでもつづけ様にたたいているような気がする。

嘴の色を見ると、紫を薄く混ぜた紅のようである。

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くちばしの色を見るとむらさきを薄くぜたべにのようである。

その紅がしだいに薄れていって、粟をつつく口先のあたりは白い。

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その紅がしだいに流れて、あわをつつく口尖くちさきあたりは白い。

象牙を半透明にしたような白さである。

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象牙ぞうげを半透明にした白さである。

この嘴が粟の中へ入る時は、非常に早い。

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この嘴が粟の中へ這入はいる時は非常に早い。

左右に振りまく粟の玉も、非常に軽そうだ。

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左右に振りく粟のたまも非常に軽そうだ。

文鳥は体を逆さまにしないばかりに、尖った嘴を黄色い粒の中に刺し込んでは、膨らんだ首を惜しげもなく右へ左へ振る。

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文鳥は身をさかさまにしないばかりにとがった嘴を黄色い粒の中に刺し込んでは、くらんだ首を惜気おしげもなく右左へ振る。

籠の底に飛び散る粟の数は、何粒だか分からない。

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籠の底に飛び散る粟の数は幾粒だか分らない。

それでも餌壺だけは、ひっそりとして静かである。

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それでも餌壺えつぼだけは寂然せきぜんとして静かである。

重いものである。

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重いものである。

餌壺の直径は一寸五分ほどだと思う。

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餌壺の直径は一寸五分ほどだと思う。

自分はそっと書斎へ帰って、寂しくペンを紙の上に走らせていた。

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自分はそっと書斎へ帰ってさびしくペンを紙の上に走らしていた。

縁側では文鳥がちちと鳴く。

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縁側えんがわでは文鳥がちちと鳴く。

折々は千代千代とも鳴く。

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折々は千代千代とも鳴く。

外では木枯らしが吹いていた。

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外では木枯こがらしが吹いていた。

夕方には、文鳥が水を飲むところを見た。

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夕方には文鳥が水を飲むところを見た。

細い足を壺の縁に掛けて、小さい嘴に受けた一滴を大事そうに、上を向いて飲み下している。

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細い足を壺のふちけて、ちさい嘴に受けた一雫ひとしずくを大事そうに、仰向あおむいてくだしている。

この分では一杯の水が十日くらい持つだろうと思って、また書斎へ帰った。

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この分では一杯の水が十日ぐらい続くだろうと思ってまた書斎へ帰った。

晩には箱へしまってやった。

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晩には箱へしまってやった。

寝る時ガラス戸から外をのぞいたら、月が出て、霜が降りていた。

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寝る時硝子戸ガラスどから外をのぞいたら、月が出て、しもが降っていた。

文鳥は箱の中で、ことりとも音を立てなかった。

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文鳥は箱の中でことりともしなかった。

翌日もまた気の毒な事に遅く起きて、箱から籠を出してやったのは、やはり八時過ぎだった。

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あくもまた気の毒な事に遅く起きて、箱から籠を出してやったのは、やっぱり八時過ぎであった。

箱の中では、とっくに目が覚めていたのだろう。

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箱の中ではとうから目がめていたんだろう。

それでも文鳥は、いっこうに不平そうな顔もしなかった。

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それでも文鳥はいっこう不平らしい顔もしなかった。

籠が明るい所へ出るやいなや、いきなり目をしばたたいて、心もち首をすくめて、自分の顔を見た。

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籠が明るい所へ出るや否や、いきなり眼をしばたたいて、心持首をすくめて、自分の顔を見た。

昔、美しい女を知っていた。

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むかし美しい女を知っていた。

この女が机に寄りかかって何か考えているところを、後ろからそっと行って、紫の帯揚げの房になった先を長く垂らして、頸筋の細いあたりを上から撫でまわしたら、女はけだるそうに後ろを向いた。

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この女が机にもたれて何か考えているところを、うしろから、そっと行って、紫の帯上おびあげのふさになった先を、長く垂らして、頸筋くびすじの細いあたりを、上からまわしたら、女はものうに後を向いた。

その時、女の眉は心もち八の字に寄っていた。

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その時女のまゆは心持八の字に寄っていた。

そして目尻と口元には、笑いが浮かびかけていた。

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それで眼尻と口元には笑がきざしていた。

同時に、かっこうのいい首を肩まですくめていた。

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同時に恰好かっこうの好い頸を肩まですくめていた。

文鳥が自分を見た時、自分はふとこの女の事を思い出した。

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文鳥が自分を見た時、自分はふとこの女の事を思い出した。

この女は今、嫁に行った。

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この女は今嫁に行った。

自分が紫の帯揚げでいたずらをしたのは、縁談の決まった二、三日後である。

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自分が紫の帯上でいたずらをしたのは縁談のきまった二三日あとである。

餌壺には、まだ粟が八分ほど入っている。

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餌壺にはまだ粟が八分通り這入っている。

しかし殻もずいぶん混じっていた。

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しかしからもだいぶ混っていた。

水入れには粟の殻が一面に浮いて、ひどく濁っていた。

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水入には粟の殻が一面に浮いて、いたく濁っていた。

かえてやらなければならない。

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えてやらなければならない。

また大きな手を籠の中へ入れた。

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また大きな手を籠の中へ入れた。

非常に用心して入れたにもかかわらず、文鳥は白い翼を乱して騒いだ。

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非常に要心して入れたにもかかわらず、文鳥は白いつばさを乱して騒いだ。

小さい羽根が一本抜けても、自分は文鳥にすまないと思った。

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小い羽根が一本抜けても、自分は文鳥にすまないと思った。

殻はきれいに吹いた。

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殻は奇麗に吹いた。

吹かれた殻は、木枯らしがどこかへ持って行った。

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吹かれた殻は木枯がどこかへ持って行った。

水もかえてやった。

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水も易えてやった。

水道の水だから大変冷たい。

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水道の水だから大変冷たい。

その日は一日、寂しいペンの音を聞いて暮らした。

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その日は一日淋しいペンの音を聞いて暮した。

その間には折々、千代千代という声も聞こえた。

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その間には折々千代千代と云う声も聞えた。

文鳥も寂しいから鳴くのではなかろうかと考えた。

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文鳥も淋しいから鳴くのではなかろうかと考えた。

しかし縁側へ出てみると、二本の止まり木の間を、あちらへ飛んだり、こちらへ飛んだり、絶え間なく行きつ戻りつしている。

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しかし縁側えんがわへ出て見ると、二本のとまの間を、あちらへ飛んだり、こちらへ飛んだり、絶間たえまなく行きつ戻りつしている。

少しも不平そうな様子はなかった。

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少しも不平らしい様子はなかった。

夜は箱へ入れた。

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夜は箱へ入れた。

翌朝目が覚めると、外は白い霜だ。

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あくあさ目がめると、外は白いしもだ。

文鳥も目が覚めているだろうが、なかなか起きる気にならない。

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文鳥も眼が覚めているだろうが、なかなか起きる気にならない。

枕元にある新聞を手に取るのさえ億劫だ。

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枕元にある新聞を手に取るさえ難儀なんぎだ。

それでも煙草は一本ふかした。

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それでも煙草たばこは一本ふかした。

この一本をふかしてしまったら、起きて籠から出してやろうと思いながら、口から出る煙の行方を見つめていた。

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この一本をふかしてしまったら、起きて籠から出してやろうと思いながら、口から出るけぶり行方ゆくえを見つめていた。

するとこの煙の中に、首をすくめた、目を細くした、しかも心もち眉を寄せた昔の女の顔が、ちょっと見えた。

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するとこの煙の中に、首をすくめた、眼を細くした、しかも心持まゆを寄せた昔の女の顔がちょっと見えた。

自分は床の上に起き直った。

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自分は床の上に起き直った。

寝巻の上へ羽織を引っ掛けて、すぐ縁側へ出た。

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寝巻の上へ羽織はおり引掛ひっかけて、すぐ縁側へ出た。

そして箱の蓋をはずして、文鳥を出した。

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そうして箱のふたをはずして、文鳥を出した。

文鳥は箱から出ながら、千代千代と二声鳴いた。

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文鳥は箱から出ながら千代千代と二声鳴いた。

三重吉の説によると、馴れるにしたがって、文鳥が人の顔を見て鳴くようになるのだそうだ。

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三重吉の説によると、れるにしたがって、文鳥が人の顔を見て鳴くようになるんだそうだ。

現に三重吉の飼っていた文鳥は、三重吉がそばにいさえすれば、しきりに千代千代と鳴き続けたそうだ。

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現に三重吉の飼っていた文鳥は、三重吉がそばにいさえすれば、しきりに千代千代と鳴きつづけたそうだ。

それだけでなく、三重吉の指の先から餌を食べるという。

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のみならず三重吉の指の先からを食べると云う。

自分もいつか、指の先で餌をやってみたいと思った。

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自分もいつか指の先で餌をやって見たいと思った。

次の朝はまた怠けた。

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次の朝はまたなまけた。

昔の女の顔も、つい思い出さなかった。

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昔の女の顔もつい思い出さなかった。

顔を洗って、食事を済まして、初めて気がついたように縁側へ出てみると、いつの間にか籠が箱の上に乗っている。

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顔を洗って、食事を済まして、始めて、気がついたように縁側えんがわへ出て見ると、いつの間にか籠が箱の上に乗っている。

文鳥はもう止まり木の上を面白そうに、あちら、こちらと飛び移っている。

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文鳥はもうとまの上を面白そうにあちら、こちらと飛び移っている。

そして時々は首を伸ばして、籠の外を下の方からのぞいている。

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そうして時々は首をして籠の外を下の方からのぞいている。

その様子が、なかなか無邪気である。

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その様子がなかなか無邪気である。

昔、紫の帯揚げでいたずらをした女は、襟足の長い、背のすらりとした、ちょっと首を曲げて人を見る癖があった。

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昔紫の帯上おびあげでいたずらをした女はえりの長い、背のすらりとした、ちょっと首を曲げて人を見るくせがあった。

粟はまだある。

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あわはまだある。

水もまだある。

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水もまだある。

文鳥は満足している。

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文鳥は満足している。

自分は粟も水もかえずに書斎へ引っ込んだ。

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自分は粟も水もえずに書斎へ引込ひっこんだ。

昼過ぎ、また縁側へ出た。

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昼過ぎまた縁側へ出た。

食後の運動かたがた、五、六間ある回り縁を歩きながら本を読むつもりだった。

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食後の運動かたがた、五六間の廻り縁を、あるきながら書見するつもりであった。

ところが出てみると、粟がもう七分がた尽きている。

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ところが出て見ると粟がもう七分がた尽きている。

水もすっかり濁ってしまった。

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水も全く濁ってしまった。

本を縁側へ放り出しておいて、急いで餌と水をかえてやった。

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書物を縁側へほうり出しておいて、急いでと水を易えてやった。

次の日もまた遅く起きた。

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次の日もまた遅く起きた。

しかも顔を洗って飯を食うまでは、縁側をのぞかなかった。

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しかも顔を洗って飯を食うまでは縁側を覗かなかった。

書斎に帰ってから、ひょっとしたら昨日のように家の者が籠を出しておいてはくれないかと、ちょっと縁側へ顔だけ出してみたら、はたして出してあった。

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書斎に帰ってから、あるいは昨日きのうのように、家人うちのものが籠を出しておきはせぬかと、ちょっと縁へ顔だけ出して見たら、はたして出してあった。

その上、餌も水も新しくなっていた。

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その上餌も水も新しくなっていた。

自分はやっと安心して、首を書斎に引っ込めた。

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自分はやっと安心して首を書斎に入れた。

途端に文鳥は千代千代と鳴いた。

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途端とたんに文鳥は千代千代と鳴いた。

それで引っ込めた首を、また出してみた。

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それで引込ひっこめた首をまた出して見た。

けれども文鳥は二度と鳴かなかった。

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けれども文鳥は再び鳴かなかった。

けげんな顔をして、ガラス越しに庭の霜を眺めていた。

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けげんな顔をして硝子越ガラスごしに庭のしもを眺めていた。

自分はとうとう机の前に帰った。

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自分はとうとう机の前に帰った。

書斎の中では相変わらず、ペンの音がさらさらとする。

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書斎の中では相変らずペンの音がさらさらする。

書きかけた小説はずいぶんはかどった。

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書きかけた小説はだいぶんはかどった。

指の先が冷たい。

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指の先が冷たい。

今朝いけた佐倉炭は白くなって、薩摩五徳に掛けた鉄瓶がほとんど冷めている。

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今朝けた佐倉炭さくらずみは白くなって、薩摩五徳さつまごとくけた鉄瓶てつびんがほとんどめている。

炭取りは空だ。

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炭取はからだ。

手を叩いたが、ちょっと台所までは聞こえない。

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手をたたいたがちょっと台所まできこえない。

立って戸を開けると、文鳥はいつもと違って止まり木の上にじっと止まっている。

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立って戸を明けると、文鳥は例に似ずとまの上にじっと留っている。

よく見ると足が一本しかない。

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よく見ると足が一本しかない。

自分は炭取りを縁側に置いて、上からかがんで籠の中をのぞき込んだ。

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自分は炭取を縁に置いて、上からこごんで籠の中を覗き込んだ。

いくら見ても足は一本しかない。

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いくら見ても足は一本しかない。

文鳥はこの華奢な一本の細い足に体じゅうを預けて、黙ったまま籠の中にちんまりと収まっている。

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文鳥はこの華奢きゃしゃな一本の細い足に総身そうみを託して黙然もくねんとして、籠の中に片づいている。

自分は不思議に思った。

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自分は不思議に思った。

文鳥について万事を説明した三重吉も、この事だけは抜かしたと見える。

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文鳥について万事を説明した三重吉もこの事だけは抜いたと見える。

自分が炭取りに炭を入れて帰った時、文鳥の足はまだ一本だった。

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自分が炭取に炭を入れて帰った時、文鳥の足はまだ一本であった。

しばらく寒い縁側に立って眺めていたが、文鳥は動く気配もない。

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しばらく寒い縁側に立って眺めていたが、文鳥は動く気色けしきもない。

音を立てないで見つめていると、文鳥は丸い目をしだいに細くし出した。

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音を立てないで見つめていると、文鳥は丸い眼をしだいに細くし出した。

大方眠たいのだろうと思って、そっと書斎へ入ろうとして一歩足を動かすやいなや、文鳥はまた目を開いた。

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おおかたねむたいのだろうと思って、そっと書斎へ這入ろうとして、一歩足を動かすや否や、文鳥はまた眼をいた。

同時に、真っ白な胸の中から細い足を一本出した。

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同時に真白な胸の中から細い足を一本出した。

自分は戸を閉めて、火鉢へ炭をついだ。

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自分は戸をてて火鉢ひばちへ炭をついだ。

小説はしだいに忙しくなる。

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小説はしだいにいそがしくなる。

朝は相変わらず寝坊をする。

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朝は依然として寝坊をする。

一度家の者が文鳥の世話をしてくれてから、何だか自分の責任が軽くなったような気がする。

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一度うちのものが文鳥の世話をしてくれてから、何だか自分の責任が軽くなったような心持がする。

家の者が忘れる時は、自分が餌をやる、水をやる。

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家のものが忘れる時は、自分がをやる水をやる。

籠の出し入れをする。

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かごの出し入れをする。

しない時は、家の者を呼んでさせる事もある。

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しない時は、家のものを呼んでさせる事もある。

自分はただ文鳥の声を聞くだけが役目のようになった。

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自分はただ文鳥の声を聞くだけが役目のようになった。

それでも縁側へ出る時は、必ず籠の前に立ち止まって文鳥の様子を見た。

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それでも縁側えんがわへ出る時は、必ず籠の前へ立留たちどまって文鳥の様子を見た。

たいていは狭い籠を苦にもしないで、二本の止まり木を満足そうに往復していた。

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たいていは狭い籠をにもしないで、二本の留り木を満足そうに往復していた。

天気のいい時は薄い日をガラス越しに浴びて、しきりに鳴き立てていた。

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天気の好い時は薄い日を硝子越ガラスごしに浴びて、しきりに鳴き立てていた。

しかし三重吉が言ったように、自分の顔を見てわざわざ鳴く気配は、まるでなかった。

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しかし三重吉の云ったように、自分の顔を見てことさらに鳴く気色はさらになかった。

自分の指から直接餌を食べるなどという事は、もちろんなかった。

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自分の指からじかにを食うなどと云う事は無論なかった。

折々機嫌のいい時は、パンの粉などを人差し指の先につけて、竹の間からちょっと出してみる事があるが、文鳥はけっして近づかない。

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折々機嫌きげんのいい時は麺麭パンなどを人指指ひとさしゆびの先へつけて竹の間からちょっと出して見る事があるが文鳥はけっして近づかない。

少し無遠慮に突き込んでみると、文鳥は指の太いのに驚いて、白い翼を乱して籠の中を騒ぎ回るばかりだった。

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少し無遠慮に突き込んで見ると、文鳥は指の太いのに驚いて白いつばさを乱して籠の中を騒ぎ廻るのみであった。

二、三度試みた後、自分は気の毒になって、この芸だけは永久に断念してしまった。

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二三度試みたのち、自分は気の毒になって、この芸だけは永久に断念してしまった。

今の世にこんな事のできる者がいるかどうか、はなはだ疑わしい。

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今の世にこんな事のできるものがいるかどうだかはなはだ疑わしい。

おそらく大昔の聖者の仕事だろう。

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おそらく古代の聖徒せいんとの仕事だろう。

三重吉は嘘をついたに違いない。

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三重吉はうそいたに違ない。

ある日の事、書斎でいつものようにペンの音を立てて、わびしい事を書き連ねていると、ふと妙な音が耳に入った。

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或日の事、書斎で例のごとくペンの音を立ててびしい事を書きつらねていると、ふと妙な音が耳に這入はいった。

縁側でさらさら、さらさらと言う。

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縁側でさらさら、さらさら云う。

女が長い着物の裾をさばいているようにも受け取れるが、ただの女のそれにしては、あまりに大げさである。

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女が長いきぬすそさばいているようにも受取られるが、ただの女のそれとしては、あまりに仰山ぎょうさんである。

雛壇を歩く内裏雛の袴のひだが擦れる音とでも形容したらよかろうと思った。

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雛段ひなだんをあるく、内裏雛だいりびなはかまひだれる音とでも形容したらよかろうと思った。

自分は書きかけた小説をそのままにして、ペンを持ったまま縁側へ出てみた。

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自分は書きかけた小説をよそにして、ペンを持ったまま縁側へ出て見た。

すると文鳥が水浴びをしていた。

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すると文鳥が行水ぎょうずいを使っていた。

水はちょうど、かえたばかりだった。

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水はちょうどてであった。

文鳥は軽い足を水入れの真ん中に胸毛まで浸して、時々は白い翼を左右に広げながら、心もち水入れの中にしゃがむように腹を押しつけつつ、体じゅうの毛を一度に振っている。

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文鳥は軽い足を水入の真中に胸毛むなげまでひたして、時々は白いつばさを左右にひろげながら、心持水入の中にしゃがむように腹をしつけつつ、総身そうみの毛を一度にっている。

そして水入れの縁にひょいと飛び上がる。

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そうして水入のふちにひょいと飛び上る。

しばらくして、また飛び込む。

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しばらくしてまた飛び込む。

水入れの直径は一寸五分ほどにすぎない。

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水入の直径は一寸五分ぐらいに過ぎない。

飛び込んだ時は尾も余り、頭も余り、背中はもちろん余る。

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飛び込んだ時は尾も余り、頭も余り、背は無論余る。

水に浸かるのは足と胸だけである。

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水にかるのは足と胸だけである。

それでも文鳥は、うれしそうに水浴びをしている。

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それでも文鳥は欣然きんぜんとして行水ぎょうずいを使っている。

自分は急いで取り替え用の籠を取って来た。

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自分は急に易籠かえかごを取って来た。

そして文鳥をそちらへ移した。

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そうして文鳥をこの方へ移した。

それからじょうろを持って風呂場へ行って、水道の水を汲んで、籠の上からさあさあとかけてやった。

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それから如露じょろを持って風呂場へ行って、水道の水をんで、籠の上からさあさあとかけてやった。

じょうろの水が尽きる頃には、白い羽根から落ちる水が玉になって転がった。

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如露じょろの水が尽きる頃には白い羽根から落ちる水がたまになってころがった。

文鳥は絶えず目をぱちぱちさせていた。

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文鳥は絶えず眼をぱちぱちさせていた。

昔、紫の帯揚げでいたずらをした女が座敷で仕事をしていた時、裏の二階から懐中鏡で女の顔へ春の光を反射させて楽しんだ事がある。

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昔紫の帯上おびあげでいたずらをした女が、座敷で仕事をしていた時、裏二階から懐中鏡ふところかがみで女の顔へ春の光線を反射させて楽しんだ事がある。

女は薄赤くなった頬を上げて、細い手を額の前にかざしながら、不思議そうにまばたきをした。

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女は薄紅うすあかくなった頬を上げて、ほそい手を額の前にかざしながら、不思議そうにまばたきをした。

この女とこの文鳥とは、おそらく同じ気持ちだろう。

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この女とこの文鳥とはおそらく同じ心持だろう。

日数がたつにしたがって、文鳥はよくさえずる。

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日数ひかずが立つにしたがって文鳥はさえずる。

しかし、よく忘れられる。

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しかしよく忘れられる。

ある時は餌壺が粟の殻だけになっていた事がある。

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或る時は餌壺えつぼあわからだけになっていた事がある。

ある時は籠の底が糞でいっぱいになっていた事がある。

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ある時はかごの底がふんでいっぱいになっていた事がある。

ある晩、宴会があって遅く帰ったら、冬の月がガラス越しに差し込んで、広い縁側がほの明るく見える中に、鳥籠がしんとして箱の上に乗っていた。

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ある晩宴会があって遅く帰ったら、冬の月が硝子越ガラスごしに差し込んで、広い縁側えんがわがほの明るく見えるなかに、鳥籠がしんとして、箱の上に乗っていた。

その隅に文鳥の体が薄白く浮いたまま止まり木の上に、あるかないかというふうに見えた。

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そのすみに文鳥の体が薄白く浮いたままとまの上に、有るか無きかに思われた。

自分は外套の肩マントを翻して、すぐ鳥籠を箱の中へ入れてやった。

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自分は外套がいとう羽根はねを返して、すぐ鳥籠を箱のなかへ入れてやった。

翌日、文鳥はいつものように元気よくさえずっていた。

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翌日文鳥は例のごとく元気よくさえずっていた。

それからは時々、寒い夜も箱にしまってやるのを忘れる事があった。

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それからは時々寒いよるも箱にしまってやるのを忘れることがあった。

ある晩、いつものように書斎で一心にペンの音を聞いていると、突然縁側の方でがたりと物のひっくり返った音がした。

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ある晩いつもの通り書斎で専念にペンの音を聞いていると、突然縁側の方でがたりと物のくつがえった音がした。

しかし自分は立たなかった。

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しかし自分は立たなかった。

相変わらず急ぎの小説を書いていた。

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依然として急ぐ小説を書いていた。

わざわざ立って行って、何でもなかったらしゃくにさわるから、気にかからないではなかったが、やはりちょっと聞き耳を立てたまま、知らん顔ですましていた。

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わざわざ立って行って、何でもないといまいましいから、気にかからないではなかったが、やはりちょっと聞耳ききみみを立てたまま知らぬ顔ですましていた。

その晩寝たのは十二時過ぎだった。

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その晩寝たのは十二時過ぎであった。

便所に行ったついでに、気がかりだから、念のため一応縁側へ回ってみると――

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便所に行ったついで、気がかりだから、念のため一応縁側へ廻って見ると――

籠は箱の上から落ちている。

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籠は箱の上から落ちている。

そして横に倒れている。

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そうして横に倒れている。

水入れも餌壺もひっくり返っている。

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水入みずいれ餌壺えつぼ引繰返ひっくりかえっている。

粟は一面に縁側に散らばっている。

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あわは一面に縁側に散らばっている。

止まり木は抜け出している。

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留り木は抜け出している。

文鳥は息をひそめるようにして、鳥籠の桟にかじりついていた。

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文鳥はしのびやかに鳥籠のさんにかじりついていた。

自分は明日から誓ってこの縁側に猫を入れまいと決心した。

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自分は明日あしたから誓ってこの縁側に猫を入れまいと決心した。

翌日、文鳥は鳴かなかった。

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翌日あくるひ文鳥は鳴かなかった。

粟を山盛り入れてやった。

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粟を山盛やまもり入れてやった。

水をあふれるほど入れてやった。

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水をみなぎるほど入れてやった。

文鳥は一本足のまま、長らく止まり木の上を動かなかった。

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文鳥は一本足のまま長らく留り木の上を動かなかった。

昼飯を食ってから、三重吉に手紙を書こうと思って、二、三行書き出すと、文鳥がちちと鳴いた。

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午飯ひるめしを食ってから、三重吉に手紙を書こうと思って、二三行書き出すと、文鳥がちちと鳴いた。

自分は手紙の筆を止めた。

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自分は手紙の筆を留めた。

文鳥がまたちちと鳴いた。

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文鳥がまたちちと鳴いた。

出てみたら、粟も水もずいぶん減っている。

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出て見たら粟も水もだいぶん減っている。

手紙はそれきりにして、裂いて捨てた。

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手紙はそれぎりにして裂いて捨てた。

翌日、文鳥はまた鳴かなくなった。

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翌日よくじつ文鳥がまた鳴かなくなった。

止まり木を下りて、籠の底へ腹を押しつけていた。

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留り木を下りて籠の底へ腹をしつけていた。

胸の所が少し膨らんで、小さい毛がさざ波のように乱れて見えた。

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胸の所が少しふくらんで、小さい毛がさざなみのように乱れて見えた。

自分はこの朝、三重吉から例の件で某所まで来てくれという手紙を受け取った。

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自分はこの朝、三重吉から例の件で某所まで来てくれと云う手紙を受取った。

十時までにという頼みだったから、文鳥をそのままにしておいて出かけた。

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十時までにと云う依頼であるから、文鳥をそのままにしておいて出た。

三重吉に会ってみると、例の件がいろいろ長引いて、いっしょに昼飯を食う。

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三重吉にって見ると例の件がいろいろ長くなって、いっしょに午飯を食う。

いっしょに晩飯を食う。

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いっしょに晩飯ばんめしを食う。

その上、明日の会合まで約束して家へ帰った。

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その上明日あすの会合まで約束してうちへ帰った。

帰ったのは夜の九時頃である。

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帰ったのは夜の九時頃である。

文鳥の事はすっかり忘れていた。

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文鳥の事はすっかり忘れていた。

疲れたから、すぐ床へ入って寝てしまった。

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疲れたから、すぐ床へ這入はいって寝てしまった。

翌日、目が覚めるやいなや、すぐ例の件を思い出した。

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翌日あくるひ眼がめるや否や、すぐ例の件を思いだした。

いくら本人が承知だといっても、そんな所へ嫁にやるのは先々よくないだろう、まだ子供だから、どこへでも行けと言われた所へ行く気になるのだろう。

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いくら当人が承知だって、そんな所へ嫁にやるのは行末ゆくすえよくあるまい、まだ子供だからどこへでも行けと云われる所へ行く気になるんだろう。

いったん行けば、むやみに出られるものじゃない。

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いったん行けばむやみに出られるものじゃない。

世の中には、満足しながら不幸に陥っていく者がたくさんある。

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世の中には満足しながら不幸におちいって行く者がたくさんある。

などと考えて楊枝を使い、朝飯を済まして、また例の件を片づけに出掛けて行った。

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などと考えて楊枝ようじを使って、朝飯を済ましてまた例の件を片づけに出掛けて行った。

帰ったのは午後三時頃である。

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帰ったのは午後三時頃である。

玄関へ外套を掛けて、廊下伝いに書斎へ入るつもりで例の縁側へ出てみると、鳥籠が箱の上に出してあった。

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玄関へ外套がいとうけて廊下伝いに書斎へ這入はいるつもりで例の縁側へ出て見ると、鳥籠が箱の上に出してあった。

けれども文鳥は、籠の底でひっくり返っていた。

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けれども文鳥は籠の底にかえっていた。

二本の足を硬くそろえて、胴と一直線に伸ばしていた。

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二本の足を硬くそろえて、胴と直線に伸ばしていた。

自分は籠のわきに立って、じっと文鳥を見守った。

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自分は籠のわきに立って、じっと文鳥を見守った。

黒い目を閉じている。

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黒い眼をねぶっている。

まぶたの色は薄青く変わった。

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まぶたの色は薄蒼うすあおく変った。

餌壺には粟の殻ばかりたまっている。

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餌壺えつぼにはあわからばかりたまっている。

ついばむものは一粒もない。

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ついばむべきは一粒もない。

水入れは底が光るほど干上がっている。

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水入は底の光るほどれている。

西へ回った日がガラス戸を漏れて、斜めに籠に落ちかかる。

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西へ廻った日が硝子戸ガラスどを洩れて斜めに籠に落ちかかる。

台に塗った漆は、三重吉が言ったとおり、いつの間にか黒みが抜けて、朱の色が出て来た。

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台に塗ったうるしは、三重吉の云ったごとく、いつの間にか黒味がけて、しゅの色が出て来た。

自分は冬の日に色づいた朱の台を眺めた。

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自分は冬の日に色づいた朱の台を眺めた。

空になった餌壺を眺めた。

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からになった餌壺を眺めた。

むなしく橋を渡している二本の止まり木を眺めた。

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むなしく橋を渡している二本の留り木を眺めた。

そして、その下に横たわる硬い文鳥を眺めた。

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そうしてその下によこたわる硬い文鳥を眺めた。

自分はかがんで、両手に鳥籠を抱えた。

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自分はこごんで両手に鳥籠をかかえた。

そして、書斎へ持って入った。

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そうして、書斎へ持って這入はいった。

十畳の真ん中へ鳥籠を下ろして、その前にかしこまって、籠の戸を開いて、大きな手を入れて、文鳥を握ってみた。

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十畳の真中へ鳥籠をおろして、その前へかしこまって、籠の戸を開いて、大きな手を入れて、文鳥を握って見た。

柔らかい羽根は冷えきっている。

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やわらかい羽根はひえきっている。

こぶしを籠から引き出して、握った手を開くと、文鳥は静かに手のひらの上にある。

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こぶしを籠から引き出して、握った手を開けると、文鳥は静にてのひらの上にある。

自分は手を開いたまま、しばらく死んだ鳥を見つめていた。

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自分は手を開けたまま、しばらく死んだ鳥を見つめていた。

それから、そっと座布団の上に下ろした。

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それから、そっと座布団ざぶとんの上に卸した。

そして、激しく手を打ち鳴らした。

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そうして、はげしく手を鳴らした。

十六になる女中が、はいと言って敷居際に手をついた。

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十六になる小女こおんなが、はいと云って敷居際しきいぎわに手をつかえる。

自分はいきなり座布団の上にある文鳥を握って、女中の前へ放り出した。

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自分はいきなり布団の上にある文鳥を握って、小女の前へほうり出した。

女中はうつむいて畳を眺めたまま黙っている。

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小女は俯向うつむいて畳を眺めたまま黙っている。

自分は、餌をやらないから、とうとう死んでしまったと言いながら、下女の顔をにらみつけた。

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自分は、をやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女の顔をにらめつけた。

下女はそれでも黙っている。

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下女はそれでも黙っている。

自分は机の方へ向き直った。

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自分は机の方へ向き直った。

そして三重吉へはがきを書いた。

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そうして三重吉へ端書はがきをかいた。

「家の者が餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。頼みもしないものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ果たさないのは残酷の至りだ」

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家人うちのものが餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ尽くさないのは残酷の至りだ」

という文句だった。

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と云う文句であった。

自分は、これを出して来い、そうしてその鳥をそっちへ持って行けと下女に言った。

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自分は、これを投函して来い、そうしてその鳥をそっちへ持って行けと下女に云った。

下女は、どこへ持って参りますかと聞き返した。

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下女は、どこへ持って参りますかと聞き返した。

どこへでも勝手に持って行けと怒鳴りつけたら、驚いて台所の方へ持って行った。

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どこへでも勝手に持って行けと怒鳴どなりつけたら、驚いて台所の方へ持って行った。

しばらくすると裏庭で、子供が文鳥を埋めるんだ埋めるんだと騒いでいる。

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しばらくすると裏庭で、子供が文鳥をうめるんだ埋るんだと騒いでいる。

庭掃除に頼んだ植木屋が、お嬢さん、ここらへんがいいでしょうと言っている。

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庭掃除にわそうじに頼んだ植木屋が、御嬢さん、ここいらが好いでしょうと云っている。

自分は気の進まないまま、書斎でペンを動かしていた。

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自分は進まぬながら、書斎でペンを動かしていた。

翌日は何だか頭が重いので、十時頃になってようやく起きた。

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翌日よくじつは何だか頭が重いので、十時頃になってようやく起きた。

顔を洗いながら裏庭を見ると、昨日植木屋の声のしたあたりに、小さい立て札が、青い木賊の一株と並んで立っている。

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顔を洗いながら裏庭を見ると、昨日きのう植木屋の声のしたあたりに、さい公札こうさつが、あお木賊とくさの一株と並んで立っている。

高さは木賊よりもずっと低い。

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高さは木賊よりもずっと低い。

庭下駄を履いて、日陰の霜を踏み砕いて、近づいてみると、立て札の表には、この土手登るべからずとあった。

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庭下駄にわげた穿いて、日影のしもくだいて、近づいて見ると、公札の表には、この土手登るべからずとあった。

筆子の書いた字である。

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筆子ふでこの手蹟である。

午後、三重吉から返事が来た。

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午後三重吉から返事が来た。

文鳥はかわいそうな事をしましたとあるばかりで、家の者が悪いとも残酷だとも、いっこうに書いてなかった。

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文鳥は可愛想かわいそうな事を致しましたとあるばかりで家人うちのものが悪いとも残酷だともいっこう書いてなかった。