硝子戸の中 小学生向け
夏目漱石(なつめそうせき)・1988年
AI生成この訳はAI(claude-sonnet-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-29)
一
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一
硝子戸(ガラスど)の中から外を見ると、霜除け(しもよけ・寒さを防ぐおおい)をした芭蕉(ばしょう・大きな葉の植物)や、赤い実のなった梅もどきの枝、遠慮なくまっすぐ立つ電信柱がすぐ目に入る。だが、それ以外にこれといって数えるほどのものは、ほとんど目に入ってこない。
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硝子戸の中から外を見渡すと、霜除をした芭蕉だの、赤い実の結った梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれと云って数え立てるほどのものはほとんど視線に入って来ない。
書斎(しょさい・本を読んだり書き物をしたりする部屋)にいる私の見える範囲は、とても単調で、そしてとても狭い。
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書斎にいる私の眼界は極めて単調でそうしてまた極めて狭いのである。
そのうえ私は、去年の暮れから風邪をひいて、ほとんど外に出ていない。毎日この硝子戸の中にばかり座っているので、世の中のようすがまったく分からない。
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その上私は去年の暮から風邪を引いてほとんど表へ出ずに、毎日この硝子戸の中にばかり坐っているので、世間の様子はちっとも分らない。
気分がよくないので、本を読むこともあまりしない。
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心持が悪いから読書もあまりしない。
私はただ座ったり寝たりしながら、その日その日を過ごしているだけである。
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私はただ坐ったり寝たりしてその日その日を送っているだけである。
しかし私の頭は、時々動く。
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しかし私の頭は時々動く。
気分も、少しは変わる。
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気分も多少は変る。
どんなに狭い世界の中でも、狭いなりに出来事は起きてくる。
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いくら狭い世界の中でも狭いなりに事件が起って来る。
それから、小さな私と広い世の中とを隔てているこの硝子戸の中へ、時々人が入ってくる。
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それから小さい私と広い世の中とを隔離しているこの硝子戸の中へ、時々人が入って来る。
その人がまた、私にとっては思いがけない人で、私の思いがけないことを言ったりしたりする。
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それがまた私にとっては思いがけない人で、私の思いがけない事を云ったり為たりする。
私は興味に満ちた目で、そういう人たちを迎えたり送ったりしたことさえある。
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私は興味に充ちた眼をもってそれらの人を迎えたり送ったりした事さえある。
私はそういうことを、少し書きつづけてみようかと思う。
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私はそんなものを少し書きつづけて見ようかと思う。
私は、こういう種類の文字(もんじ・文章)が、忙しい人の目に、どれほどつまらなく映るだろうかと懸念(けねん・心配)している。
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私はそうした種類の文字が、忙がしい人の眼に、どれほどつまらなく映るだろうかと懸念している。
私は、電車の中でポケットから新聞を出し、大きな活字だけに目を注いでいる読者の前で、私が書くようなのんびりした文章を並べて紙面をうずめてみせるのは、恥ずかしいことの一つだと思っている。
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私は電車の中でポッケットから新聞を出して、大きな活字だけに眼を注いでいる購読者の前に、私の書くような閑散な文字を列べて紙面をうずめて見せるのを恥ずかしいものの一つに考える。
この人たちは、火事や、泥棒や、人殺しや、その日その日に起きた出来事の中で、自分が重大だと思う事件か、自分の神経をかなり刺激(しげき)できる辛辣(しんらつ・きびしくとげとげしい)な記事のほかには、新聞を手に取る必要を感じないくらい、時間に余裕がないのだから。――
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これらの人々は火事や、泥棒や、人殺しや、すべてその日その日の出来事のうちで、自分が重大と思う事件か、もしくは自分の神経を相当に刺戟し得る辛辣な記事のほかには、新聞を手に取る必要を認めていないくらい、時間に余裕をもたないのだから。――
彼らは、停留所で電車を待つ間に新聞を買い、電車に乗っている間に、昨日起きた社会の変化を知る。そして役所か会社に着くと同時に、ポケットにしまった新聞のことはすっかり忘れてしまわなければならないほど、忙しいのだから。
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彼らは停留所で電車を待ち合わせる間に、新聞を買って、電車に乗っている間に、昨日起った社会の変化を知って、そうして役所か会社へ行き着くと同時に、ポッケットに収めた新聞紙の事はまるで忘れてしまわなければならないほど忙がしいのだから。
私は今、これほど切りつめられた時間しか自由に使えない人たちの軽蔑(けいべつ・ばかにすること)を覚悟のうえで、書くのである。
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私は今これほど切りつめられた時間しか自由にできない人達の軽蔑を冒して書くのである。
去年から欧洲(おうしゅう・ヨーロッパ)では、大きな戦争が始まっている。
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去年から欧洲では大きな戦争が始まっている。
そして、その戦争がいつ終わるのか、見当がつかないようすである。
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そうしてその戦争がいつ済むとも見当がつかない模様である。
日本もまた、その戦争のごく一部を引き受けた。
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日本でもその戦争の一小部分を引き受けた。
それが終わると、今度は議会が解散になった。
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それが済むと今度は議会が解散になった。
やがて行われる総選挙は、政治の世界の人々にとって大切な問題になっている。
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来るべき総選挙は政治界の人々にとっての大切な問題になっている。
米の値段が安くなりすぎて、農家にお金が入らないため、どこでも不景気(ふけいき・お金の回りが悪いこと)だと愚痴(ぐち)をこぼしている。
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米が安くなり過ぎた結果農家に金が入らないので、どこでも不景気だと零している。
年中行事(ねんじゅうぎょうじ・毎年決まって行われること)で言えば、春の相撲がもうすぐ始まろうとしている。
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年中行事で云えば、春の相撲が近くに始まろうとしている。
要するに、世の中はとても出来事が多い。
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要するに世の中は大変多事である。
硝子戸の中にじっと座っている私などは、とても新聞に顔を出せないような気がする。
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硝子戸の中にじっと坐っている私なぞはちょっと新聞に顔が出せないような気がする。
私が書けば、政治家や軍人や実業家や、相撲狂(すもうきょう・相撲に夢中な人)を押しのけて書くことになる。
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私が書けば政治家や軍人や実業家や相撲狂を押し退けて書く事になる。
私だけでは、とてもそれほどの胆力(たんりょく・度胸)が出てこない。
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私だけではとてもそれほどの胆力が出て来ない。
ただ、春に何か書いてみろと言われたから、自分以外にはあまり関係のない、つまらないことを書くのである。
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ただ春に何か書いて見ろと云われたから、自分以外にあまり関係のないつまらぬ事を書くのである。
それがいつまで続くかは、私の筆の都合と、紙面の編輯(へんしゅう)の都合とで決まるのだから、はっきりした見当は、今はまだつきかねる。
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それがいつまでつづくかは、私の筆の都合と、紙面の編輯の都合とできまるのだから、判然した見当は今つきかねる。
二
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二
電話口へ呼び出されたので、受話器を耳にあてて用事を聞いてみると、ある雑誌社の男の人が、私の写真をもらいたいのだが、いつ撮りに行けばよいか都合を知らせてほしいと言うのである。
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電話口へ呼び出されたから受話器を耳へあてがって用事を訊いて見ると、ある雑誌社の男が、私の写真を貰いたいのだが、いつ撮りに行って好いか都合を知らしてくれろというのである。
私は「写真は少し困ります」
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私は「写真は少し困ります」
と答えた。
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と答えた。
私は、この雑誌とはまったく関係をもっていなかった。
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私はこの雑誌とまるで関係をもっていなかった。
それでも、過去三、四年の間に、その雑誌を一、二冊手にした記憶はあった。
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それでも過去三四年の間にその一二冊を手にした記憶はあった。
人の笑っている顔ばかりをたくさん載せるのが、その雑誌の特色だと思ったこと以外、今は何も頭に残っていない。
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人の笑っている顔ばかりをたくさん載せるのがその特色だと思ったほかに、今は何にも頭に残っていない。
けれども、そこにわざとらしく笑っている顔の多くが私に与えた、いやな印象は、いまだに消えずに残っていた。
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けれどもそこにわざとらしく笑っている顔の多くが私に与えた不快の印象はいまだに消えずにいた。
それで私は、断ろうとしたのである。
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それで私は断わろうとしたのである。
雑誌の男の人は、卯年(うどし・うさぎ年)の正月号だから、卯年生まれの人の顔を並べたいのだという希望を述べた。
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雑誌の男は、卯年の正月号だから卯年の人の顔を並べたいのだという希望を述べた。
私は、相手の言うとおり、卯年生まれに間違いなかった。
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私は先方のいう通り卯年の生れに相違なかった。
それで私はこう言った。――
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それで私はこう云った。――
「あなたの雑誌に出すために撮る写真は、笑わなくてはいけないのでしょう」
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「あなたの雑誌へ出すために撮る写真は笑わなくってはいけないのでしょう」
「いえ、そんなことはありません」
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「いえそんな事はありません」
と相手はすぐに答えた。
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と相手はすぐ答えた。
まるで、私が今までその雑誌の特色をかんちがいしていたかのように。
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あたかも私が今までその雑誌の特色を誤解していたごとくに。
「当たり前の顔で構わないのなら、載せていただいてもけっこうです」
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「当り前の顔で構いませんなら載せていただいても宜しゅうございます」
「いえ、それでけっこうでございますから、どうぞ」
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「いえそれで結構でございますから、どうぞ」
私は相手と日にちの約束をしたうえで、電話を切った。
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私は相手と期日の約束をした上、電話を切った。
一日おいて、打ち合わせた時間に、電話をかけてきた男の人が、きれいな洋服を着て、写真機を持って私の書斎に入ってきた。
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中一日おいて打ち合せをした時間に、電話をかけた男が、綺麗な洋服を着て写真機を携えて私の書斎に這入って来た。
私はしばらく、その人と彼が関わっている雑誌について話をした。
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私はしばらくその人と彼の従事している雑誌について話をした。
それから写真を二枚撮ってもらった。
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それから写真を二枚撮って貰った。
一枚は机の前に座っている、いつもの姿。もう一枚は、寒い庭先の霜の上に立っている、ふつうの様子であった。
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一枚は机の前に坐っている平生の姿、一枚は寒い庭前の霜の上に立っている普通の態度であった。
書斎は光がよく通らないので、機械をすえつけてから、マグネシア(写真をとるときにたく光る粉)を燃やした。
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書斎は光線がよく透らないので、機械を据えつけてからマグネシアを燃した。
その火が燃えるすぐ前に、彼は顔を半分ほど私の方へ向けて、「お約束ではございますが、少しどうか笑っていただけませんでしょうか」
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その火の燃えるすぐ前に、彼は顔を半分ばかり私の方へ出して、「御約束ではございますが、少しどうか笑っていただけますまいか」
と言った。
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と云った。
私はその時、突然かすかなおかしさを感じた。
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私はその時突然微かな滑稽を感じた。
しかし同時に、ばかなことを言う人だという気もした。
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しかし同時に馬鹿な事をいう男だという気もした。
私は「これでいいでしょう」
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私は「これで好いでしょう」
と言ったきり、相手の注文には取り合わなかった。
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と云ったなり先方の注文には取り合わなかった。
彼が私を庭の木立の前に立たせて、レンズを私の方へ向けた時も、また前と同じようにていねいな調子で、「お約束ではございますが、少しどうか……」
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彼が私を庭の木立の前に立たして、レンズを私の方へ向けた時もまた前と同じような鄭寧な調子で、「御約束ではございますが、少しどうか……」
と、同じ言葉を繰り返した。
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と同じ言葉を繰り返した。
私は前よりも、なお笑う気になれなかった。
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私は前よりもなお笑う気になれなかった。
それから四日ほどたつと、彼は郵便で私の写真を届けてくれた。
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それから四日ばかり経つと、彼は郵便で私の写真を届けてくれた。
しかしその写真は、まさに彼の注文どおりに笑っていたのである。
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しかしその写真はまさしく彼の注文通りに笑っていたのである。
その時私は、あてが外れた人のように、しばらく自分の顔を見つめていた。
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その時私は中が外れた人のように、しばらく自分の顔を見つめていた。
私には、それがどうしても手を加えて、笑っているように作ったものとしか見えなかったからである。
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私にはそれがどうしても手を入れて笑っているように拵えたものとしか見えなかったからである。
私は念のため、家に来る四、五人の人にその写真を見せた。
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私は念のため家へ来る四五人のものにその写真を出して見せた。
彼らはみんな、私と同じように、どうも作って笑わせたものらしいという見立てをした。
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彼らはみんな私と同様に、どうも作って笑わせたものらしいという鑑定を下した。
私は生まれてから今日まで、人の前で笑いたくもないのに笑って見せた経験が、何度となくある。
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私は生れてから今日までに、人の前で笑いたくもないのに笑って見せた経験が何度となくある。
その偽りが、今この写真師によって仕返しを受けたのかもしれない。
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その偽りが今この写真師のために復讐を受けたのかも知れない。
彼は、気味の悪い苦笑いをうかべている私の写真を送ってくれたけれど、その写真を載せると言っていた雑誌は、とうとう届けなかった。
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彼は気味のよくない苦笑を洩らしている私の写真を送ってくれたけれども、その写真を載せると云った雑誌はついに届けなかった。
三
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三
私がHさんからヘクトーをもらった時のことを考えると、もういつの間にか三、四年も昔のことになっている。
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私がHさんからヘクトーを貰った時の事を考えると、もういつの間にか三四年の昔になっている。
何だか、夢のような気持ちもする。
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何だか夢のような心持もする。
その時、彼はまだ乳離れしたばかりの子どもだった。
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その時彼はまだ乳離れのしたばかりの小供であった。
Hさんのお弟子さんは、彼を風呂敷に包んで電車に乗せ、私の家まで連れて来てくれた。
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Hさんの御弟子は彼を風呂敷に包んで電車に載せて宅まで連れて来てくれた。
私はその夜、彼を裏の物置の隅に寝かせた。
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私はその夜彼を裏の物置の隅に寝かした。
寒くないようにわらをしいて、できるだけ居心地のよい寝床を作ってやったあと、私は物置の戸を閉めた。
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寒くないように藁を敷いて、できるだけ居心地の好い寝床を拵えてやったあと、私は物置の戸を締めた。
すると彼は、宵の口(よいのくち・夜の早い時間)から泣き出した。
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すると彼は宵の口から泣き出した。
夜中には、物置の戸を爪でひっかいて破り、外へ出ようとした。
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夜中には物置の戸を爪で掻き破って外へ出ようとした。
彼は、暗いところにたった一人で寝るのが寂しかったのだろう、次の朝まで少しも眠らないようすだった。
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彼は暗い所にたった独り寝るのが淋しかったのだろう、翌る朝までまんじりともしない様子であった。
この不安は、次の晩も続いた。
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この不安は次の晩もつづいた。
その次の晩も続いた。
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その次の晩もつづいた。
私は、彼が与えられたわらの上でようやく安らかに眠るようになるまで、一週間あまりかかった。その間、夜になると彼のことが必ず気にかかった。
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私は一週間余りかかって、彼が与えられた藁の上にようやく安らかに眠るようになるまで、彼の事が夜になると必ず気にかかった。
私の子どもたちは彼をめずらしがって、ひまさえあればおもちゃにした。
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私の小供は彼を珍らしがって、間がな隙がな玩弄物にした。
けれども名前がないので、とうとう彼を呼ぶことができなかった。
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けれども名がないのでついに彼を呼ぶ事ができなかった。
ところが、生きているものを相手にする子どもたちには、どうしても相手の名前を呼んで遊ぶ必要があった。
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ところが生きたものを相手にする彼らには、是非とも先方の名を呼んで遊ぶ必要があった。
それで彼らは私に向かって、犬に名前をつけてくれとせがみ出した。
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それで彼らは私に向って犬に名を命けてくれとせがみ出した。
私はとうとう、ヘクトーというりっぱな名前を、この子どもたちの友達に与えた。
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私はとうとうヘクトーという偉い名を、この小供達の朋友に与えた。
それは『イリアッド(古代ギリシャの物語)』に出てくる、トロイ一の勇ましい将軍の名前であった。
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それはイリアッドに出てくるトロイ一の勇将の名前であった。
トロイとギリシャが戦争をした時、ヘクトーはついにアキリスに討たれた。
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トロイと希臘と戦争をした時、ヘクトーはついにアキリスのために打たれた。
アキリスは、ヘクトーに殺された自分の友達のかたきを討ったのである。
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アキリスはヘクトーに殺された自分の友達の讐を取ったのである。
アキリスが怒ってギリシャ側から躍り出た時、城の中に逃げこまなかったのは、ヘクトーひとりであった。
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アキリスが怒って希臘方から躍り出した時に、城の中に逃げ込まなかったものはヘクトー一人であった。
ヘクトーは三度、トロイの城壁をぐるりと回って、アキリスのほこ先を避けた。
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ヘクトーは三たびトロイの城壁をめぐってアキリスの鋒先を避けた。
アキリスも三度、トロイの城壁をぐるりと回って、その後を追いかけた。
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アキリスも三たびトロイの城壁をめぐってその後を追いかけた。
そうして、とうとうしまいにヘクトーを槍で突き殺した。
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そうしてしまいにとうとうヘクトーを槍で突き殺した。
それから、彼の死体を自分の軍車(チャリオット・馬に引かせる戦い用の車)に縛りつけて、またトロイの城壁を三度引きずり回した。……
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それから彼の死骸を自分の軍車に縛りつけてまたトロイの城壁を三度引き摺り廻した。……
私はこの偉大な名前を、風呂敷に包んで連れて来られた小さな犬に与えたのである。
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私はこの偉大な名を、風呂敷包にして持って来た小さい犬に与えたのである。
何も知らないはずの家の子どもたちも、はじめは変な名前だなあと言っていた。
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何にも知らないはずの宅の小供も、始めは変な名だなあと云っていた。
しかし、すぐに慣れた。
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しかしじきに慣れた。
犬も、ヘクトーと呼ばれるたびに、うれしそうにしっぽを振った。
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犬もヘクトーと呼ばれるたびに、嬉しそうに尾を振った。
しまいには、さすがの名前もジョンとかジョージとかいう、ふつうのキリスト教徒(ヤソきょうしんじゃ)の名前と同じように、少しも古典的な響きを私に与えなくなった。
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しまいにはさすがの名もジョンとかジォージとかいう平凡な耶蘇教信者の名前と一様に、毫も古典的な響を私に与えなくなった。
同時に彼は、しだいに家の者たちから、前ほど大切にされなくなった。
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同時に彼はしだいに宅のものから元ほど珍重されないようになった。
ヘクトーは、多くの犬がたいていかかるジステンパー(犬がよくかかる病気)のために、一時入院したことがある。
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ヘクトーは多くの犬がたいてい罹るジステンパーという病気のために一時入院した事がある。
その時は、子どもたちがよく見舞いに行った。
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その時は子供がよく見舞に行った。
私も見舞いに行った。
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私も見舞に行った。
私が行った時、彼はいかにもうれしそうにしっぽを振って、なつかしそうな目を私に向けた。
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私の行った時、彼はさも嬉しそうに尾を振って、懐かしい眼を私の上に向けた。
私はしゃがんで、自分の顔を彼のそばに近づけ、右手で彼の頭をなでてやった。
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私はしゃがんで私の顔を彼の傍へ持って行って、右の手で彼の頭を撫でてやった。
彼はそのお返しに、私の顔をところかまわずなめようとして、やめなかった。
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彼はその返礼に私の顔を所嫌わず舐めようとしてやまなかった。
その時彼は、私が見ている前で、はじめて医者にすすめられた少量の牛乳を飲んだ。
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その時彼は私の見ている前で、始めて医者の勧める小量の牛乳を呑んだ。
それまで首をかしげていた医者も、この様子ならもしかしたら治るかもしれないと言った。
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それまで首を傾げていた医者も、この分ならあるいは癒るかも知れないと云った。
ヘクトーは、はたして治った。
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ヘクトーははたして癒った。
そうして家に帰って来て、元気に飛び回った。
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そうして宅へ帰って来て、元気に飛び廻った。
四
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四
まもなく、彼は二、三人の友達をつくった。
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日ならずして、彼は二三の友達を拵えた。
その中でいちばん親しかったのは、すぐ前の医者の家にいる、彼と同じくらいの年のいたずら者であった。
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その中で最も親しかったのはすぐ前の医者の宅にいる彼と同年輩ぐらいの悪戯者であった。
これは、キリスト教徒にふさわしいジョンという名前を持っていたが、その性質は異端者(いたんしゃ・キリスト教とはちがう教えを持つ人)であるヘクトーよりも、はるかに劣っていたようである。
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これは基督教徒に相応しいジョンという名前を持っていたが、その性質は異端者のヘクトーよりも遥に劣っていたようである。
むやみに人にかみつくくせがあったので、しまいにはとうとう打ち殺されてしまった。
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むやみに人に噛みつく癖があるので、しまいにはとうとう打ち殺されてしまった。
彼はこの悪友を自分の庭に引き入れて、勝手な乱暴(ろうぜき)を働き、私を困らせた。
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彼はこの悪友を自分の庭に引き入れて勝手な狼藉を働らいて私を困らせた。
彼らはしきりに木の根を掘っては、用もないのに大きな穴を開けて喜んだ。
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彼らはしきりに樹の根を掘って用もないのに大きな穴を開けて喜んだ。
きれいな草花の上にわざと寝転んで、花も茎も容赦なく散らしたり倒したりした。
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綺麗な草花の上にわざと寝転んで、花も茎も容赦なく散らしたり、倒したりした。
ジョンが殺されてから、退屈(たいくつ)していた彼は、夜遊びや昼遊びを覚えるようになった。
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ジョンが殺されてから、無聊な彼は夜遊び昼遊びを覚えるようになった。
散歩などに出かける時、私はよく、交番のそばで日向ぼっこをしている彼を見かけることがあった。
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散歩などに出かける時、私はよく交番の傍に日向ぼっこをしている彼を見る事があった。
それでも家にさえいれば、よく怪しいものに向かって吠えついて見せた。
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それでも宅にさえいれば、よくうさん臭いものに吠えついて見せた。
その中で、もっとも激しく彼の攻撃を受けたのは、本所(ほんじょ)あたりから来る、十歳くらいの角兵衛獅子(かくべえじし・獅子のかっこうをして芸を見せる旅の子ども)であった。
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そのうちで最も猛烈に彼の攻撃を受けたのは、本所辺から来る十歳ばかりになる角兵衛獅子の子であった。
この子は、いつも「今日はお祝い」
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この子はいつでも「今日は御祝い」
と言って入って来る。
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と云って入って来る。
そうして、家の者からパンの皮と一銭銅貨をもらわないうちは帰らないと、ひとりで決めていた。
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そうして家の者から、麺麭の皮と一銭銅貨を貰わないうちは帰らない事に一人できめていた。
だから、ヘクトーがいくら吠えても逃げ出さなかった。
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だからヘクトーがいくら吠えても逃げ出さなかった。
かえってヘクトーの方が、吠えながらしっぽを股の間にはさんで、物置の方へ逃げていくのがいつものことだった。
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かえってヘクトーの方が、吠えながら尻尾を股の間に挟んで物置の方へ退却するのが例になっていた。
要するに、ヘクトーは弱虫であった。
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要するにヘクトーは弱虫であった。
そして、ふだんの行いから言うと、ほとんど野良犬と変わらないほどに落ちぶれていた。
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そうして操行からいうと、ほとんど野良犬と択ぶところのないほどに堕落していた。
それでも、彼らに共通した人なつっこい愛情は、いつまでも失わずにいた。
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それでも彼らに共通な人懐っこい愛情はいつまでも失わずにいた。
時々顔を見合わせると、彼は必ずしっぽを振って、私に飛びついて来た。
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時々顔を見合せると、彼は必ず尾を掉って私に飛びついて来た。
あるいは、彼の背中を遠慮なく私の体にすりつけた。
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あるいは彼の背を遠慮なく私の身体に擦りつけた。
私は、彼の泥のついた足のために、着物や外套(がいとう・コート)をよごしたことが何度あるか分からない。
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私は彼の泥足のために、衣服や外套を汚した事が何度あるか分らない。
去年の夏から秋にかけて病気をした私は、一か月ほどの間、とうとうヘクトーに会う機会がないまま過ぎてしまった。
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去年の夏から秋へかけて病気をした私は、一カ月ばかりの間ついにヘクトーに会う機会を得ずに過ぎた。
病気がようやくおさまって、床から出られるようになってから、私ははじめて茶の間の縁側に立ち、夕闇の中に彼の姿を見つけた。
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病がようやく怠って、床の外へ出られるようになってから、私は始めて茶の間の縁に立って彼の姿を宵闇の裡に認めた。
私はすぐに彼の名前を呼んだ。
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私はすぐ彼の名を呼んだ。
しかし、生垣(いけがき・木を並べて作ったかきね)の根元にじっとうずくまっている彼は、いくら呼んでも、少しも私の思いに応じなかった。
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しかし生垣の根にじっとうずくまっている彼は、いくら呼んでも少しも私の情けに応じなかった。
彼は首も動かさず、しっぽも振らず、ただ白いかたまりのまま、垣根にこびりついているだけであった。
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彼は首も動かさず、尾も振らず、ただ白い塊のまま垣根にこびりついてるだけであった。
私は、一か月ほど会わないうちに、彼がもう主人の声を忘れてしまったのだと思い、かすかな悲しみを感じずにはいられなかった。
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私は一カ月ばかり会わないうちに、彼がもう主人の声を忘れてしまったものと思って、微かな哀愁を感ぜずにはいられなかった。
まだ秋のはじめなので、どの部屋の雨戸もまだ閉められておらず、開け放たれた家の中から星の光がよく見える晩であった。
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まだ秋の始めなので、どこの間の雨戸も締められずに、星の光が明け放たれた家の中からよく見られる晩であった。
私が立っていた茶の間の縁側には、家の者が二、三人いた。
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私の立っていた茶の間の縁には、家のものが二三人いた。
けれども、私がヘクトーの名前を呼んでも、彼らはふり向きもしなかった。
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けれども私がヘクトーの名前を呼んでも彼らはふり向きもしなかった。
私がヘクトーに忘れられたのと同じように、彼らもまた、ヘクトーのことをまったく気にかけていないように思われた。
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私がヘクトーに忘れられたごとくに、彼らもまたヘクトーの事をまるで念頭に置いていないように思われた。
私はだまって座敷へ戻り、そこに敷いてあるふとんの上に横になった。
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私は黙って座敷へ帰って、そこに敷いてある布団の上に横になった。
病み上がりの私は、季節に合わない、黒八丈(くろはちじょう・黒いつやのある絹の布)のえりがついた、銘仙(めいせん・絹織物の一種)のどてら(綿の入った厚い部屋着)を着ていた。
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病後の私は季節に不相当な黒八丈の襟のかかった銘仙のどてらを着ていた。
私はそれを脱ぐのが面倒だったので、そのまま仰向けに寝て、手を胸の上で組んだまま、だまって天井を見つめていた。
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私はそれを脱ぐのが面倒だから、そのまま仰向に寝て、手を胸の上で組み合せたなり黙って天井を見つめていた。
五
原文を見る
五
翌朝、書斎の縁側に立って、初秋の庭を見渡した時、私は偶然また、こけの上に彼の白い姿を見つけた。
原文を見る
翌朝書斎の縁に立って、初秋の庭の面を見渡した時、私は偶然また彼の白い姿を苔の上に認めた。
私は、昨夜の失望をくり返すのがいやで、わざと彼の名前を呼ばなかった。
原文を見る
私は昨夕の失望を繰り返すのが厭さに、わざと彼の名を呼ばなかった。
けれども、立ったまま、じっと彼のようすを見守らずにはいられなかった。
原文を見る
けれども立ったなりじっと彼の様子を見守らずにはいられなかった。
彼は、立ち木の根元に置かれた、石の手水鉢(ちょうずばち・手や口を洗うための石の水ばち)の中に首をつっこんで、そこにたまった雨水をぴちゃぴちゃ飲んでいた。
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彼は立木の根方に据えつけた石の手水鉢の中に首を突き込んで、そこに溜っている雨水をぴちゃぴちゃ飲んでいた。
この手水鉢は、いつ誰が持って来たのかも分からず、裏庭のすみに転がっていたものだった。引っ越した当時、植木屋に言いつけて今の場所に移させた六角形のもので、そのころには苔が一面に生え、側面に刻まれた文字もまったく読めなくなっていた。
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この手水鉢はいつ誰が持って来たとも知れず、裏庭の隅に転がっていたのを、引越した当時植木屋に命じて今の位置に移させた六角形のもので、その頃は苔が一面に生えて、側面に刻みつけた文字も全く読めないようになっていた。
しかし私には、移す前に一度、はっきりとそれを読んだ記憶があった。
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しかし私には移す前一度判然とそれを読んだ記憶があった。
そして、その記憶は文字としては頭に残らず、変な感情として、いまだに胸の中を行き来していた。
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そうしてその記憶が文字として頭に残らないで、変な感情としていまだに胸の中を往来していた。
そこには、お寺と仏と、無常(むじょう・すべてはうつり変わっていくということ)のにおいがただよっていた。
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そこには寺と仏と無常の匂が漂っていた。
ヘクトーは元気なさそうにしっぽを垂れて、私の方へ背中を向けていた。
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ヘクトーは元気なさそうに尻尾を垂れて、私の方へ背中を向けていた。
手水鉢を離れた時、私は彼の口からよだれが流れているのを見た。
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手水鉢を離れた時、私は彼の口から流れる垂涎を見た。
「どうにかしてやらないといけない。病気だから」
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「どうかしてやらないといけない。病気だから」
と言って、私は看護婦の方を見た。
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と云って、私は看護婦を顧みた。
私はその時、まだ看護婦を雇っていたのである。
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私はその時まだ看護婦を使っていたのである。
私は次の日も、木賊(とくさ・細長い茎の草)の中に寝ている彼をひと目見た。
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私は次の日も木賊の中に寝ている彼を一目見た。
そして、同じ言葉を看護婦にくり返した。
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そうして同じ言葉を看護婦に繰り返した。
しかしヘクトーは、それ以来姿を隠したまま、二度と家に帰って来なかった。
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しかしヘクトーはそれ以来姿を隠したぎり再び宅へ帰って来なかった。
「医者へ連れて行こうと思って探しましたが、どこにもいません」
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「医者へ連れて行こうと思って、探したけれどもどこにもおりません」
家の者は、こう言って私の顔を見た。
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家のものはこう云って私の顔を見た。
私はだまっていた。
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私は黙っていた。
しかし、心の中では彼をもらい受けた当時のことまで思い出された。
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しかし腹の中では彼を貰い受けた当時の事さえ思い起された。
届け出の書類を出す時、種類という欄の下に混血(あいのこ・いろいろな血筋が混じっているという意味)と書いたり、色という字の下に赤まだらと書いたりした、そのおかしさも、かすかに胸に浮かんだ。
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届書を出す時、種類という下へ混血児と書いたり、色という字の下へ赤斑と書いた滑稽も微かに胸に浮んだ。
彼がいなくなって、一週間ほどたったころ、百メートルほど離れたある人の家から、下女(げじょ・住み込みで働く女の人)が使いに来た。
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彼がいなくなって約一週間も経ったと思う頃、一二丁隔ったある人の家から下女が使に来た。
その人の庭の池に犬の死体が浮いていたので、引き上げて首輪を調べてみると、私の家の名前が彫りつけてあったので、知らせに来たのだという。
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その人の庭にある池の中に犬の死骸が浮いているから引き上げて頸輪を改ためて見ると、私の家の名前が彫りつけてあったので、知らせに来たというのである。
下女は「こちらで埋めておきましょうか」
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下女は「こちらで埋めておきましょうか」
とたずねた。
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と尋ねた。
私はすぐに車夫(くるまや・人力車を引く人)を行かせて、彼を引き取らせた。
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私はすぐ車夫をやって彼を引き取らせた。
私は、下女をわざわざ寄こしてくれた家がどこにあるのか知らなかった。
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私は下女をわざわざ寄こしてくれた宅がどこにあるか知らなかった。
ただ、私が子どものころから覚えている、古いお寺のそばだろうとばかり考えていた。
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ただ私の小供の時分から覚えている古い寺の傍だろうとばかり考えていた。
それは、山鹿素行(やまがそこう・江戸時代の学者)の墓があるお寺で、山門の手前に、昔の幕府時代の名残のように、古いえのきの木が一本立っているのが、私の書斎の北側の縁側から、たくさんの屋根を越えてよく見えた。
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それは山鹿素行の墓のある寺で、山門の手前に、旧幕時代の記念のように、古い榎が一本立っているのが、私の書斎の北の縁から数多の屋根を越してよく見えた。
車夫は、筵(むしろ・わらで編んだ敷物)の中にヘクトーの死体を包んで帰って来た。
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車夫は筵の中にヘクトーの死骸を包んで帰って来た。
私はわざと、それに近づかなかった。
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私はわざとそれに近づかなかった。
白木(しらき・色をぬっていない木)の小さい墓標を買って来させて、それに「秋風の聞こえぬ土に埋めてやりぬ」
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白木の小さい墓標を買って来さして、それへ「秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ」
という俳句を書いた。
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という一句を書いた。
私はそれを家の者に渡して、ヘクトーの眠っている土の上に立てさせた。
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私はそれを家のものに渡して、ヘクトーの眠っている土の上に建てさせた。
彼の墓は、猫の墓から北東にあたり、だいたい一間(いっけん・約1.8メートル)ほど離れているが、私の書斎の、日の当たらない寒い北側の縁側に出て、硝子戸の中から霜であれた裏庭をのぞくと、二つともよく見える。
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彼の墓は猫の墓から東北に当って、ほぼ一間ばかり離れているが、私の書斎の、寒い日の照らない北側の縁に出て、硝子戸のうちから、霜に荒された裏庭を覗くと、二つともよく見える。
もう薄黒く朽ちかけている猫の墓標にくらべると、ヘクトーのはまだ生々しく光っている。
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もう薄黒く朽ちかけた猫のに比べると、ヘクトーのはまだ生々しく光っている。
しかし間もなく、二つとも同じ色に古びて、同じように人の目につかなくなるだろう。
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しかし間もなく二つとも同じ色に古びて、同じく人の眼につかなくなるだろう。
六
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六
私はその女の人に、前後四、五回会った。
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私はその女に前後四五回会った。
はじめて訪ねて来られた時、私は留守だった。
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始めて訪ねられた時私は留守であった。
取り次いだ者が、紹介状を持って来るように言うと、彼女は、そんなものをもらう当てはないと言って、帰って行ったそうである。
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取次のものが紹介状を持って来るように注意したら、彼女は別にそんなものを貰う所がないといって帰って行ったそうである。
それから一日ほどたって、女の人は手紙で、じかに私の都合を聞き合わせて来た。
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それから一日ほど経って、女は手紙で直接に私の都合を聞き合せに来た。
その手紙の封筒から、私は彼女がすぐ近くに住んでいることを知った。
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その手紙の封筒から、私は女がつい眼と鼻の間に住んでいる事を知った。
私はすぐに返事を書いて、会う日を指定してやった。
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私はすぐ返事を書いて面会日を指定してやった。
彼女は約束の時間どおりにやって来た。
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女は約束の時間を違えず来た。
三つ柏(みつかしわ)の紋のついた、派手な色の縮緬(ちりめん・しぼのある絹織物)の羽織を着ているのが、まっさきに私の目に入った。
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三つ柏の紋のついた派出な色の縮緬の羽織を着ているのが、一番先に私の眼に映った。
彼女は、私の書いたものをたいてい読んでいるらしかった。
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女は私の書いたものをたいてい読んでいるらしかった。
それで話は、多くそちらの方へばかり広がっていった。
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それで話は多くそちらの方面へばかり延びて行った。
しかし、自分の書いたものについて、初めて会った人からほめ言葉ばかり受けるのは、ありがたいようで、ひどくくすぐったいものである。
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しかし自分の著作について初見の人から賛辞ばかり受けているのは、ありがたいようではなはだこそばゆいものである。
実を言うと、私はほとほと困ってしまった。
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実をいうと私は辟易した。
一週間おいて、彼女はまたやって来た。
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一週間おいて女は再び来た。
そして、私の作品をまたほめてくれた。
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そうして私の作物をまた賞めてくれた。
けれども、私の心はむしろ、そういう話題を避けたがっていた。
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けれども私の心はむしろそういう話題を避けたがっていた。
三度目に来た時、彼女は何かに感激したらしく、たもとからハンカチを出して、しきりに涙をふいた。
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三度目に来た時、女は何かに感激したものと見えて、袂から手帛を出して、しきりに涙を拭った。
そして私に、自分がこれまで経てきた悲しい身の上を、書いてくれないかと頼んだ。
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そうして私に自分のこれまで経過して来た悲しい歴史を書いてくれないかと頼んだ。
しかし、その話をまだ聞いていない私には、どんな返事もできなかった。
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しかしその話を聴かない私には何という返事も与えられなかった。
私は彼女に向かって、たとえ書くにしても、迷惑に感じる人が出て来るのではないかと聞いてみた。
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私は女に向って、よし書くにしたところで迷惑を感ずる人が出て来はしないかと訊いて見た。
彼女は、思いのほかはっきりした口調で、本名さえ出さなければかまわないと答えた。
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女は存外判然した口調で、実名さえ出さなければ構わないと答えた。
それで私は、とにかく彼女の身の上話を聞くために、特に時間を作った。
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それで私はとにかく彼女の経歴を聴くために、とくに時間を拵えた。
するとその日になって、彼女は、私に会いたいという別の女の人を連れて来て、あの話は次に延ばしてほしいと言った。
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するとその日になって、女は私に会いたいという別の女の人を連れて来て、例の話はこの次に延ばして貰いたいと云った。
私にはもちろん、彼女が約束を破ったことを責める気はなかった。
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私には固より彼女の違約を責める気はなかった。
二人を相手に世間話をして、別れた。
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二人を相手に世間話をして別れた。
彼女が最後に私の書斎に座ったのは、その次の日の晩であった。
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彼女が最後に私の書斎に坐ったのはその次の日の晩であった。
彼女は、自分の前に置かれた、桐(きり)の手焙り(てあぶり・手を温める小さな火鉢)の灰を、真鍮(しんちゅう)の火ばしでつつきながら、悲しい身の上話を始める前に、だまっている私にこう言った。
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彼女は自分の前に置かれた桐の手焙の灰を、真鍮の火箸で突ッつきながら、悲しい身の上話を始める前、黙っている私にこう云った。
「この間は興奮して、私のことを書いていただきたいように申し上げましたが、それはやめにいたします。ただ先生に聞いていただくだけにしておきますから、どうかそのおつもりで……」
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「この間は昂奮して私の事を書いていただきたいように申し上げましたが、それは止めに致します。ただ先生に聞いていただくだけにしておきますから、どうかそのおつもりで……」
私はそれに対して、こう答えた。
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私はそれに対してこう答えた。
「あなたの許しを得ないうちは、たとえどんなに書きたいことが出て来ても、けっして書く心配はありませんから、ご安心なさい」
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「あなたの許諾を得ない以上は、たといどんなに書きたい事柄が出て来てもけっして書く気遣はありませんから御安心なさい」
私が十分な保証を彼女に与えたので、彼女はそれではと言って、七、八年前からの自分の身の上話を語り始めた。
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私が充分な保証を女に与えたので、女はそれではと云って、彼女の七八年前からの経歴を話し始めた。
私はだまって、彼女の顔を見守っていた。
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私は黙然として女の顔を見守っていた。
しかし彼女は、たいてい目を伏せて、火鉢の中ばかり見つめていた。
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しかし女は多く眼を伏せて火鉢の中ばかり眺めていた。
そして、きれいな指で真鍮の火ばしを握っては、灰の中へ突き刺した。
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そうして綺麗な指で、真鍮の火箸を握っては、灰の中へ突き刺した。
時々、納得のいかないところが出てくると、私は彼女に向かって短い質問をした。
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時々腑に落ちないところが出てくると、私は女に向って短かい質問をかけた。
彼女は簡単に、また私が納得できるように答えた。
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女は単簡にまた私の納得できるように答をした。
しかし、たいていは彼女ひとりで話していたので、私はむしろ木像のように、じっとしているだけであった。
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しかしたいていは自分一人で口を利いていたので、私はむしろ木像のようにじっとしているだけであった。
やがて彼女のほおは、ほてって赤くなった。
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やがて女の頬は熱って赤くなった。
おしろいをつけていないせいか、そのほてったほおの色が、はっきりと私の目に映った。
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白粉をつけていないせいか、その熱った頬の色が著るしく私の眼に着いた。
うつむいているので、たくさんある黒い髪の毛も、自然に私の注意を引くもとになった。
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俯向になっているので、たくさんある黒い髪の毛も自然私の注意を惹く種になった。
七
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七
彼女の告白は、聞いている私を息苦しくさせるほど、悲しみに満ちたものであった。
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女の告白は聴いている私を息苦しくしたくらいに悲痛を極めたものであった。
彼女は私に向かって、こんな質問をした。――
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彼女は私に向ってこんな質問をかけた。――
「もし先生が小説をお書きになる場合には、その女をどうなさいますか」
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「もし先生が小説を御書きになる場合には、その女の始末をどうなさいますか」
私は返事に困った。
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私は返答に窮した。
「女は死ぬ方がいいとお思いになりますか、それとも生きているようにお書きになりますか」
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「女の死ぬ方がいいと御思いになりますか、それとも生きているように御書きになりますか」
私はどちらにでも書けると答えて、それとなく彼女のようすをうかがった。
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私はどちらにでも書けると答えて、暗に女の気色をうかがった。
彼女は、もっとはっきりした返事を私に求めているように見えた。
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女はもっと判然した挨拶を私から要求するように見えた。
私は仕方なく、こう答えた。――
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私は仕方なしにこう答えた。――
「生きるということを人間の中心と考えれば、そのままにしておいてかまわないでしょう。しかし、美しいものや気高いものを第一として人間を評価すれば、話は変わってくるかもしれません」
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「生きるという事を人間の中心点として考えれば、そのままにしていて差支ないでしょう。しかし美くしいものや気高いものを一義において人間を評価すれば、問題が違って来るかも知れません」
「先生は、どちらをお選びになりますか」
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「先生はどちらを御択びになりますか」
私はまた、ためらった。
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私はまた躊躇した。
だまって、彼女の言うことを聞いているよりほかに仕方がなかった。
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黙って女のいう事を聞いているよりほかに仕方がなかった。
「私は、今持っているこの美しい気持ちが、時間というもののために、だんだん薄れていくのが、怖くてたまらないのです。この記憶が消えてしまって、ただぼんやりと、魂のぬけがらのように生きている未来を想像すると、それが苦しくて苦しくて、恐ろしくてたまらないのです」
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「私は今持っているこの美しい心持が、時間というもののためにだんだん薄れて行くのが怖くってたまらないのです。この記憶が消えてしまって、ただ漫然と魂の抜殻のように生きている未来を想像すると、それが苦痛で苦痛で恐ろしくってたまらないのです」
私は、彼女が今、広い世の中にたった一人で立ち、少しも身動きのできない立場にいることを知っていた。
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私は女が今広い世間の中にたった一人立って、一寸も身動きのできない位置にいる事を知っていた。
そして、それが私の力ではどうにもできないほど、せっぱつまった境遇であることも知っていた。
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そうしてそれが私の力でどうする訳にも行かないほどに、せっぱつまった境遇である事も知っていた。
私は、どうしてやることもできない人の苦しみを、ただそばで見ている立場に置かれ、じっとしていた。
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私は手のつけようのない人の苦痛を傍観する位置に立たせられてじっとしていた。
私は、薬を飲む時間をはかるために、客の前でも遠慮なく、いつも袂時計(たもとどけい・着物のそでに入れて持ち歩く時計)を座布団のわきに置くくせを持っていた。
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私は服薬の時間を計るため、客の前も憚からず常に袂時計を座蒲団の傍に置く癖をもっていた。
「もう十一時だから、お帰りなさい」
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「もう十一時だから御帰りなさい」
と、私はしまいに彼女に言った。
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と私はしまいに女に云った。
彼女はいやな顔もせずに立ち上がった。
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女は厭な顔もせずに立ち上った。
私はまた「夜がふけたから、送って行ってあげましょう」
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私はまた「夜が更けたから送って行って上げましょう」
と言って、彼女と一緒に沓脱ぎ(くつぬぎ・げんかんで靴をぬぐ石)へ下りた。
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と云って、女と共に沓脱に下りた。
その時、美しい月が、静かな夜をすみずみまで照らしていた。
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その時美くしい月が静かな夜を残る隈なく照らしていた。
通りに出ると、ひっそりした土の上にひびく下駄の音は、まるで聞こえなかった。
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往来へ出ると、ひっそりした土の上にひびく下駄の音はまるで聞こえなかった。
私は、懐手(ふところで・両手を着物のふところに入れること)をしたまま、帽子もかぶらずに、彼女の後についていった。
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私は懐手をしたまま帽子も被らずに、女の後に跟いて行った。
曲がり角のところで、彼女はちょっとおじぎをして、「先生に送っていただいては、もったいのうございます」
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曲り角の所で女はちょっと会釈して、「先生に送っていただいてはもったいのうございます」
と言った。
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と云った。
「もったいないわけがありません。同じ人間です」
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「もったいない訳がありません。同じ人間です」
と、私は答えた。
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と私は答えた。
次の曲がり角へ来た時、彼女は「先生に送っていただくのは、光栄でございます」
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次の曲り角へ来たとき女は「先生に送っていただくのは光栄でございます」
とまた言った。
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とまた云った。
私は「本当に光栄だと思いますか」
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私は「本当に光栄と思いますか」
と、まじめにたずねた。
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と真面目に尋ねた。
彼女は簡単に「思います」
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女は簡単に「思います」
と、はっきり答えた。
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とはっきり答えた。
私は「それなら、死なずに生きていらっしゃい」
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私は「そんなら死なずに生きていらっしゃい」
と言った。
原文を見る
と云った。
私は、彼女がこの言葉をどう受け止めたか知らない。
原文を見る
私は女がこの言葉をどう解釈したか知らない。
私はそれから、一丁(いっちょう・約109メートル)ほど行って、また家の方へ引き返したのである。
原文を見る
私はそれから一丁ばかり行って、また宅の方へ引き返したのである。
むせるような苦しい話を聞かされた私は、その夜、かえって人間らしい良い気持ちを、久しぶりに味わった。
原文を見る
むせっぽいような苦しい話を聞かされた私は、その夜かえって人間らしい好い心持を久しぶりに経験した。
そして、それが尊い文学作品を読んだあとの気分と同じものだと気がついた。
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そうしてそれが尊とい文芸上の作物を読んだあとの気分と同じものだという事に気がついた。
有楽座(ゆうらくざ・東京にあった劇場)や帝劇(ていげき・帝国劇場という劇場)へ行って得意になっていた、自分の過去の影のような姿が、何となく情けなく感じられた。
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有楽座や帝劇へ行って得意になっていた自分の過去の影法師が何となく浅ましく感ぜられた。
八
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八
不愉快なことに満ちた人生を、とぼとぼと歩いている私は、自分がいつか必ずたどり着かなければならない「死」という境地について、いつも考えている。
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不愉快に充ちた人生をとぼとぼ辿りつつある私は、自分のいつか一度到着しなければならない死という境地について常に考えている。
そして、その死というものを、生きることよりも楽なものだとばかり信じている。
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そうしてその死というものを生よりは楽なものだとばかり信じている。
ある時は、それを人間として達することのできる、いちばん高い状態だと思うこともある。
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ある時はそれを人間として達し得る最上至高の状態だと思う事もある。
「死は生よりも尊い」
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「死は生よりも尊とい」
こういう言葉が、近ごろでは絶えず私の胸を行き来するようになった。
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こういう言葉が近頃では絶えず私の胸を往来するようになった。
しかし今の私は、現に目の前に生きている。
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しかし現在の私は今まのあたりに生きている。
私の父母、私の祖父母、私の曾祖父母、それからさらにさかのぼって、百年、二百年、あるいは千年万年もの間に染みついた習慣を、私一代で解脱(げだつ・すっかり抜け出すこと)することはできない。だから私は、あいかわらずこの生に執着(しゅうちゃく・強くこだわること)しているのである。
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私の父母、私の祖父母、私の曾祖父母、それから順次に溯ぼって、百年、二百年、乃至千年万年の間に馴致された習慣を、私一代で解脱する事ができないので、私は依然としてこの生に執着しているのである。
だから、私が他人に与える助言も、どうしてもこの生きることが許す範囲の中でしなければならないと思う。
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だから私の他に与える助言はどうしてもこの生の許す範囲内においてしなければすまないように思う。
どういうふうに生きていくかという、狭い範囲の中だけで、私は人類の一人として、他の人類の一人に向き合わなければならないと思う。
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どういう風に生きて行くかという狭い区域のなかでばかり、私は人類の一人として他の人類の一人に向わなければならないと思う。
すでに生きているこの中で動いている自分を認め、また同じ生きている中で呼吸している他人を認める以上は、たがいの根本の考え方は、どんなに苦しくてもどんなに醜くても、この「生きること」の上に置かれたものだと考えるのが当たり前だからである。
原文を見る
すでに生の中に活動する自分を認め、またその生の中に呼吸する他人を認める以上は、互いの根本義はいかに苦しくてもいかに醜くてもこの生の上に置かれたものと解釈するのが当り前であるから。
「もし生きているのが苦痛なら、死んだらいいでしょう」
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「もし生きているのが苦痛なら死んだら好いでしょう」
こうした言葉は、どんなに世の中を冷たく見ている人の口からも、聞くことはできないだろう。
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こうした言葉は、どんなに情なく世を観ずる人の口からも聞き得ないだろう。
医者などは、安らかな眠りに向かおうとしている病人に、わざと注射の針を刺して、患者の苦痛を少しでも長引かせる工夫をこらしている。
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医者などは安らかな眠に赴むこうとする病人に、わざと注射の針を立てて、患者の苦痛を一刻でも延ばす工夫を凝らしている。
こんな拷問(ごうもん)に近いふるまいが、人間の道徳として許されているのを見ても、私たちがどれほど根強く「生きる」ということに執着しているかが分かる。
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こんな拷問に近い所作が、人間の徳義として許されているのを見ても、いかに根強く我々が生の一字に執着しているかが解る。
私は、とうとうその人に死をすすめることができなかった。
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私はついにその人に死をすすめる事ができなかった。
その人は、とても回復の見込みがつかないほど深く、自分の胸を傷つけられていた。
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その人はとても回復の見込みのつかないほど深く自分の胸を傷けられていた。
同時にその傷は、ふつうの人が経験しないような美しい思い出のもとになって、その人の顔を輝かせていた。
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同時にその傷が普通の人の経験にないような美くしい思い出の種となってその人の面を輝やかしていた。
彼女は、その美しいものを宝石のように大事にして、いつまでも自分の胸の奥に抱きしめていたがった。
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彼女はその美くしいものを宝石のごとく大事に永久彼女の胸の奥に抱き締めていたがった。
不幸なことに、その美しいものは、そのまま彼女を死以上に苦しめる傷そのものでもあった。
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不幸にして、その美くしいものはとりも直さず彼女を死以上に苦しめる手傷そのものであった。
この二つのものは、紙の裏と表のように、とても引き離すことができないのである。
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二つの物は紙の裏表のごとくとうてい引き離せないのである。
私は彼女に向かって、すべてを癒す「時」
原文を見る
私は彼女に向って、すべてを癒す「時」
の流れに従って、身を任せるようにと言った。
原文を見る
の流れに従って下れと云った。
彼女は、もしそうしたら、この大切な記憶がしだいに薄れていくだろうと嘆いた。
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彼女はもしそうしたらこの大切な記憶がしだいに剥げて行くだろうと嘆いた。
公平な「時」
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公平な「時」
は、大事な宝物を彼女の手から奪う代わりに、その傷口もしだいに治してくれるのである。
原文を見る
は大事な宝物を彼女の手から奪う代りに、その傷口もしだいに療治してくれるのである。
はげしい生きる喜びを、夢のようにぼんやりとかすませてしまうと同時に、その喜びにともなう生々しい苦しみも、取り除く手立てを忘れないのである。
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烈しい生の歓喜を夢のように暈してしまうと同時に、今の歓喜に伴なう生々しい苦痛も取り除ける手段を怠たらないのである。
私は深い恋愛に根ざしている熱烈な記憶を取り上げても、彼女の傷口からしたたる血を「時」
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私は深い恋愛に根ざしている熱烈な記憶を取り上げても、彼女の創口から滴る血潮を「時」
にぬぐわせようとした。
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に拭わしめようとした。
どんなに平凡でも、生きていくほうが死ぬよりも、私から見た彼女にはふさわしかったからである。
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いくら平凡でも生きて行く方が死ぬよりも私から見た彼女には適当だったからである。
こうして、いつも生きることよりも死を尊いと信じている私の希望と助言は、とうとうこの不愉快に満ちた「生きること」を超えることができなかった。
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かくして常に生よりも死を尊いと信じている私の希望と助言は、ついにこの不愉快に充ちた生というものを超越する事ができなかった。
しかも私には、それが実際の行いのうえでの自分を、凡庸(ぼんよう・ありふれた、平凡な)な自然主義者(しぜんしゅぎしゃ・ものごとをありのままに見ようとする人)だったと証明しているように見えてならなかった。
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しかも私にはそれが実行上における自分を、凡庸な自然主義者として証拠立てたように見えてならなかった。
私は今でも、半分信じて半分疑うような目で、じっと自分の心を眺めている。
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私は今でも半信半疑の眼でじっと自分の心を眺めている。
九
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九
私が高等学校にいたころ、比較的親しく付き合った友達の中に、Oという人がいた。
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私が高等学校にいた頃、比較的親しく交際った友達の中にOという人がいた。
その当時からあまり多くの友達を持たなかった私には、自然とOと行き来をひんぱんにするような傾向があった。
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その時分からあまり多くの朋友を持たなかった私には、自然Oと往来を繁くするような傾向があった。
私はたいてい、一週間に一度くらいの割合で彼を訪ねた。
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私はたいてい一週に一度くらいの割で彼を訪ねた。
ある年の夏休みには、毎日欠かさず、真砂町(まさごちょう・東京の地名)に下宿していた彼を誘って、大川(おおかわ・隅田川の昔の呼び名)の水泳場まで行った。
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ある年の暑中休暇などには、毎日欠かさず真砂町に下宿している彼を誘って、大川の水泳場まで行った。
Oは東北地方の人だったので、話し方に、私などとは違う、のんびりとゆったりした調子があった。
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Oは東北の人だから、口の利き方に私などと違った鈍でゆったりした調子があった。
そして、その調子がいかにも彼の性質をよく表しているように思われた。
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そうしてその調子がいかにもよく彼の性質を代表しているように思われた。
何度となく彼と議論をした覚えのある私だが、とうとう彼が怒ったり興奮したりする顔を見ることができなかった。
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何度となく彼と議論をした記憶のある私は、ついに彼の怒ったり激したりする顔を見る事ができずにしまった。
私はそれだけでも、彼を敬い愛するに値する年上の人として、十分に認めていた。
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私はそれだけでも充分彼を敬愛に価する長者として認めていた。
彼の性質が鷹揚(おうよう・ゆったりとおおらか)であるように、彼の頭脳も、私よりはるかに大きかった。
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彼の性質が鷹揚であるごとく、彼の頭脳も私よりは遥かに大きかった。
彼はいつも、当時の私には考えも及ばないような問題を、一人で考えていた。
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彼は常に当時の私には、考えの及ばないような問題を一人で考えていた。
彼は最初から理科に進むつもりでいながら、好んで哲学の本などを読んでいた。
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彼は最初から理科へ入る目的をもっていながら、好んで哲学の書物などを繙いた。
私はある時、彼からスペンサーの『第一原理』という本を借りたことを、今でも忘れずにいる。
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私はある時彼からスペンサーの第一原理という本を借りた事をいまだに忘れずにいる。
空の澄みきった秋日和(あきびより・秋の晴れた日)などには、よく二人連れだって、足の向くほうへ、勝手な話をしながら歩いて行った。
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空の澄み切った秋日和などには、よく二人連れ立って、足の向く方へ勝手な話をしながら歩いて行った。
そういう時には、道に塀ごしに差し出た木の枝から、黄色に染まった小さい葉が、風もないのに、はらはらと散る景色をよく見た。
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そうした場合には、往来へ塀越に差し出た樹の枝から、黄色に染まった小さい葉が、風もないのに、はらはらと散る景色をよく見た。
それがたまたま彼の目に入った時、彼は「あッ、悟った」
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それが偶然彼の眼に触れた時、彼は「あッ悟った」
と低い声で叫んだことがあった。
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と低い声で叫んだ事があった。
ただ、秋の色が空を動くのを美しいと感じるよりほかに能のない私には、彼の言葉は、閉じ込められたある秘密の符徴(ふちょう・しるし)として、あやしい響きを耳に伝えるだけだった。
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ただ秋の色の空に動くのを美くしいと観ずるよりほかに能のない私には、彼の言葉が封じ込められた或秘密の符徴として怪しい響を耳に伝えるばかりであった。
「悟りというものは、妙なものだな」
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「悟りというものは妙なものだな」
と、彼がそのあとで、いつものゆったりした調子で独り言のように説明した時も、私には一言の受け答えもできなかった。
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と彼はその後から平生のゆったりした調子で独言のように説明した時も、私には一口の挨拶もできなかった。
彼は貧しい書生だった。
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彼は貧生であった。
大観音(おおがんのん・東京の地名)のそばに部屋を借りて自炊していたころには、よく干し鮭(からざけ)を焼いて、さびしい食卓に私を座らせた。
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大観音の傍に間借をして自炊していた頃には、よく干鮭を焼いて佗びしい食卓に私を着かせた。
ある時は、お菓子の代わりに煮豆を買ってきて、竹の皮に包んだまま、二人で両側からつつき合った。
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ある時は餅菓子の代りに煮豆を買って来て、竹の皮のまま双方から突っつき合った。
大学を卒業すると間もなく、彼は地方の中学校に赴任した。
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大学を卒業すると間もなく彼は地方の中学に赴任した。
私は、彼のためにそれを残念に思った。
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私は彼のためにそれを残念に思った。
しかし、彼を知らない大学の先生たちには、それはむしろ当然のことに見えたかもしれない。
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しかし彼を知らない大学の先生には、それがむしろ当然と見えたかも知れない。
彼自身は、もちろん平気だった。
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彼自身は無論平気であった。
それから何年かたって、たしか三年の契約で、中国のある学校の教師に雇われて行ったが、任期が終わって帰ってくると、すぐにまた日本国内の中学校長になった。
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それから何年かの後に、たしか三年の契約で、支那のある学校の教師に雇われて行ったが、任期が充ちて帰るとすぐまた内地の中学校長になった。
それも秋田から横手に移されて、今では樺太(からふと・当時日本領だった北の島。今のサハリン)の校長をしているのである。
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それも秋田から横手に遷されて、今では樺太の校長をしているのである。
去年、東京に来たついでに、久しぶりに私を訪ねてくれた時、取り次ぎの者から名刺を受け取った私は、すぐにその足で座敷へ行き、いつものとおり客より先に席に着いていた。
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去年上京したついでに久しぶりで私を訪ねてくれた時、取次のものから名刺を受取った私は、すぐその足で座敷へ行って、いつもの通り客より先に席に着いていた。
すると、廊下づたいに部屋の入口まで来た彼は、座布団の上にきちんと座っている私の姿を見るなり、「いやに澄ましているな」
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すると廊下伝に室の入口まで来た彼は、座蒲団の上にきちんと坐っている私の姿を見るや否や、「いやに澄ましているな」
と言った。
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と云った。
その時、向こうの言葉が終わるか終わらないうちに「うん」
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その時向の言葉が終るか終らないうちに「うん」
という返事が、いつのまにか私の口をついて出てしまった。
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という返事がいつか私の口を滑って出てしまった。
どうして、自分の悪口を自分で認めるようなこの受け答えが、それほど自然に、それほどわけもなく、それほどこだわりなく、するすると私ののどを滑り越えて出たものだろうか。
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どうして私の悪口を自分で肯定するようなこの挨拶が、それほど自然に、それほど雑作なく、それほど拘泥わらずに、するすると私の咽喉を滑り越したものだろうか。
私はその時、透きとおるような、いい気持ちがした。
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私はその時透明な好い心持がした。
十
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十
向かい合って座ったOと私は、何よりも先に、たがいの顔を見つめ合った。そして、そこにまだ昔のままの面影(おもかげ・顔つき)が、なつかしい夢の記念のように残っているのを認めた。
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向い合って座を占めたOと私とは、何より先に互の顔を見返して、そこにまだ昔しのままの面影が、懐かしい夢の記念のように残っているのを認めた。
しかしそれは、ちょうど古い心が新しい気分の中に、ぼんやりと織り込まれているのと同じことで、うす暗く一面にかすんでいた。
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しかしそれはあたかも古い心が新しい気分の中にぼんやり織り込まれていると同じ事で、薄暗く一面に霞んでいた。
恐ろしい「時」
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恐ろしい「時」
の力に抵抗して、ふたたびもとの姿にもどることは、二人にとってもう不可能だった。
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の威力に抵抗して、再びもとの姿に返る事は、二人にとってもう不可能であった。
二人は、別れてから今また会うまでの間にはさまっている「過去」という不思議なものを、振り返らないわけにはいかなかった。
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二人は別れてから今会うまでの間に挟まっている過去という不思議なものを顧みない訳に行かなかった。
Oは昔、りんごのように赤いほおと、人一倍大きな丸い目と、それから女性に似合うくらいふっくりとした輪郭(りんかく・顔の形)に包まれた顔をしていた。
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Oは昔し林檎のように赤い頬と、人一倍大きな丸い眼と、それから女に適したほどふっくりした輪廓に包まれた顔をもっていた。
今見ても、やはり赤いほおと丸い目、同じように骨ばらない輪郭の持ち主ではあるが、それが昔とはどこか違っている。
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今見てもやはり赤い頬と丸い眼と、同じく骨張らない輪廓の持主ではあるが、それが昔しとはどこか違っている。
私は彼に、自分の口ひげともみあげを見せた。
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私は彼に私の口髭と揉み上げを見せた。
彼はまた、私に自分の頭をなでて見せた。
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彼はまた私のために自分の頭を撫でて見せた。
私の頭は白くなり、彼の頭はうすく禿げかかっているのである。
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私のは白くなって、彼のは薄く禿げかかっているのである。
「人間も樺太まで行けば、もう行き先はないだろうな」
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「人間も樺太まで行けば、もう行く先はなかろうな」
と私がからかうと、彼は「まあそんなものだ」
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と私が調戯うと、彼は「まあそんなものだ」
と答えて、私のまだ見たことのない樺太の話を、いろいろして聞かせた。
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と答えて、私のまだ見た事のない樺太の話をいろいろして聞かせた。
しかし、私は今ではそれをすっかり忘れてしまった。
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しかし私は今それをみんな忘れてしまった。
夏はとてもいい所だということを、覚えているだけである。
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夏は大変好い所だという事を覚えているだけである。
私は何年ぶりかで、彼といっしょに外へ出た。
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私は幾年ぶりかで、彼といっしょに表へ出た。
彼はフロック(フロックコート・洋服の一種)の上に、とんびのような外套(がいとう・上着)を、ぶかぶかに着ていた。
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彼はフロックの上へ、とんびのような外套をぶわぶわに着ていた。
そして電車の中で、つり革にぶら下がりながら、ポケット(隠袋・かくし)からハンカチに包んだものを出して、私に見せた。
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そうして電車の中で釣革にぶら下りながら、隠袋から手帛に包んだものを出して私に見せた。
私は「なんだ」
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私は「なんだ」
と聞いた。
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と訊いた。
彼は「栗まんじゅうだ」
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彼は「栗饅頭だ」
と答えた。
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と答えた。
栗まんじゅうは、さっき彼が私の家にいた時に出した菓子だった。
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栗饅頭は先刻彼が私の宅にいた時に出した菓子であった。
彼がいつの間に、それをハンカチに包んだのだろうかと考えた時、私はちょっと驚かされた。
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彼がいつの間に、それを手帛に包んだろうかと考えた時、私はちょっと驚かされた。
「あの栗まんじゅうを、取ってきたのか」
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「あの栗饅頭を取って来たのか」
「そうかもしれない」
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「そうかも知れない」
彼は、私の驚いた様子をばかにするような調子でこう言ったきり、そのハンカチの包みを、またポケットにしまい込んでしまった。
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彼は私の驚いた様子を馬鹿にするような調子でこう云ったなり、その手帛の包をまた隠袋に収めてしまった。
私たちはその晩、帝劇へ行った。
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我々はその晩帝劇へ行った。
私が手に入れた二枚の切符には、北側から入れという注意が書いてあったのに、つい間違えて南側へ回ろうとした時、彼は「そっちじゃないよ」
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私の手に入れた二枚の切符に北側から入れという注意が書いてあったのを、つい間違えて、南側へ廻ろうとした時、彼は「そっちじゃないよ」
と私に注意した。
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と私に注意した。
私はちょっと立ち止まって考えたうえで、「なるほど、方角は樺太のほうが確かなようだ」
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私はちょっと立ち留まって考えた上、「なるほど方角は樺太の方が確なようだ」
と言いながら、また指定された入口のほうへ引き返した。
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と云いながら、また指定された入口の方へ引き返した。
彼は、初めから帝劇を知っていると言っていた。
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彼は始めから帝劇を知っていると云っていた。
しかし、晩餐(ばんさん・夕食)をすませたあとで、自分の席へ帰ろうとする時、誰でもやるとおり、二階と一階の扉を間違えて、私に笑われた。
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しかし晩餐を済ました後で、自分の席へ帰ろうとするとき、誰でもやる通り、二階と一階の扉を間違えて、私から笑われた。
時々ポケットから金縁の眼鏡を出して、手に持った印刷物(摺物・すりもの)を読んでみる彼は、その眼鏡を外さずに、遠い舞台を平気で眺めていた。
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折々隠袋から金縁の眼鏡を出して、手に持った摺物を読んで見る彼は、その眼鏡を除さずに遠い舞台を平気で眺めていた。
「それは老眼鏡じゃないか。よくそれで遠くが見えるね」
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「それは老眼鏡じゃないか。よくそれで遠い所が見えるね」
「なに、チャブドーだ」
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「なにチャブドーだ」
私には、このチャブドーという意味が、まったく分からなかった。
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私にはこのチャブドーという意味が全く解らなかった。
彼はそれを、「大差なし」という意味の中国語だと言って説明してくれた。
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彼はそれを大差なしという支那語だと云って説明してくれた。
その夜の帰りに、電車の中で私と別れたきり、彼はまた、遠く寒い日本の領地の北のはずれへ行ってしまった。
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その夜の帰りに電車の中で私と別れたぎり、彼はまた遠い寒い日本の領地の北の端れに行ってしまった。
私は彼を思い出すたびに、「達人」という彼の名前について考える。
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私は彼を想い出すたびに、達人という彼の名を考える。
すると、その名前が特に彼のために天から与えられたような気持ちになる。
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するとその名がとくに彼のために天から与えられたような心持になる。
そして、その達人が、雪と氷に閉ざされた北の果てで、まだ中学校長をしているのだな、と思う。
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そうしてその達人が雪と氷に鎖ざされた北の果に、まだ中学校長をしているのだなと思う。
十一
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十一
ある奥さんが、ある女の人を私に紹介した。
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ある奥さんがある女の人を私に紹介した。
「何か書いたものを見ていただきたいのだそうです」
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「何か書いたものを見ていただきたいのだそうでございます」
私は、奥さんのこの言葉から、頭の中でいろいろなことを考えさせられた。
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私は奥さんのこの言葉から、頭の中でいろいろの事を考えさせられた。
これまで、私のところへ「自分の書いたものを読んでくれ」と言ってきた人は、何人もいる。
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今まで私の所へ自分の書いたものを読んでくれと云って来たものは何人となくある。
その中には、原稿用紙を積み重ねると三センチや六センチくらいの厚みになる、分厚いものも混じっていた。
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その中には原稿紙の厚さで、一寸または二寸ぐらいの嵩になる大部のものも交っていた。
それを私は、時間の都合が許すかぎり、なるべく読んだ。
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それを私は時間の都合の許す限りなるべく読んだ。
そして、単純な私は、ただ読みさえすれば、自分が頼まれた義務を果たしたものと思って、満足していた。
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そうして簡単な私はただ読みさえすれば自分の頼まれた義務を果したものと心得て満足していた。
ところが、相手のほうでは、あとから「新聞に出してくれ」と言ったり、「雑誌に載せてほしい」と頼んだりするのが、いつものことだった。
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ところが先方では後から新聞に出してくれと云ったり、雑誌へ載せて貰いたいと頼んだりするのが常であった。
中には、人に読ませるのは手段であって、原稿をお金に換えるのが本当の目的であるように思われるものも、少なくなかった。
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中には他に読ませるのは手段で、原稿を金に換えるのが本来の目的であるように思われるのも少なくはなかった。
私は、知らない人の書いた読みにくい原稿を、好意的に読むことが、だんだんいやになってきた。
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私は知らない人の書いた読みにくい原稿を好意的に読むのがだんだん厭になって来た。
もっとも、私が学校の教師をしていたころから見れば、多少の余裕ができてきたことは確かだった。
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もっとも私の時間に教師をしていた頃から見ると、多少の弾力性ができてきたには相違なかった。
それでも、自分の仕事にとりかかると、心の中はずいぶん忙しかった。
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それでも自分の仕事にかかれば腹の中はずいぶん多忙であった。
親切心から「見てあげよう」と約束した原稿でさえ、なかなからちがあかない場合もないとは限らなかった。
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親切ずくで見てやろうと約束した原稿すら、なかなか埒のあかない場合もないとは限らなかった。
私は、自分の頭で考えたとおりのことを、そのまま奥さんに話した。
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私は私の頭で考えた通りの事をそのまま奥さんに話した。
奥さんは、私の言う意味をよく理解して、帰って行った。
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奥さんはよく私のいう意味を領解して帰って行った。
約束の女の人が私の座敷へ来て、座布団の上に座ったのは、それから間もなくのことだった。
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約束の女が私の座敷へ来て、座蒲団の上に坐ったのはそれから間もなくであった。
さびしい雨が今にも降り出しそうな暗い空を、硝子戸ごしに眺めながら、私はその女の人に、こんな話をした。――
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佗びしい雨が今にも降り出しそうな暗い空を、硝子戸越に眺めながら、私は女にこんな話をした。――
「これは社交ではありません。おたがいに体裁(ていさい・見かけ)のいいことばかり言い合っていては、いつまでたっても、気づかされることもなく、利益を受けることもないのです。あなたは思い切って正直にならなければだめですよ。自分をじゅうぶんに開いて見せさえすれば、今あなたがどこに立って、どちらを向いているかという本当のところが、私によく見えてくるのです。そうなった時、私は初めて、あなたを指導する資格をあなたから与えられたのだと思ってよいのです。だから、私が何か言ったら、心の中に答えるべき何かを持っている以上、決して黙っていてはいけません。『こんなことを言ったら笑われはしないか』『恥をかきはしないか』、または『失礼だと怒られはしないか』などと遠慮して、相手に自分という正体を黒く塗りつぶしたところばかり見せる工夫をするなら、私がどれほどあなたに利益を与えようとあせっても、私の射る矢は、すべて的(まと)を外れた空矢(あだや)になってしまうだけです。
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「これは社交ではありません。御互に体裁の好い事ばかり云い合っていては、いつまで経ったって、啓発されるはずも、利益を受ける訳もないのです。あなたは思い切って正直にならなければ駄目ですよ。自分さえ充分に開放して見せれば、今あなたがどこに立ってどっちを向いているかという実際が、私によく見えて来るのです。そうした時、私は始めてあなたを指導する資格を、あなたから与えられたものと自覚しても宜しいのです。だから私が何か云ったら、腹に答えべき或物を持っている以上、けっして黙っていてはいけません。こんな事を云ったら笑われはしまいか、恥を掻きはしまいか、または失礼だといって怒られはしまいかなどと遠慮して、相手に自分という正体を黒く塗り潰した所ばかり示す工夫をするならば、私がいくらあなたに利益を与えようと焦慮ても、私の射る矢はことごとく空矢になってしまうだけです。
「これは、私からあなたへの注文ですが、その代わり、私の方でも、この私というものを隠しはいたしません。ありのままをさらけ出すよりほかに、あなたを教える道はないのです。ですから、私の考えのどこかにすきがあって、そのすきをもしあなたに見破られたら、私はあなたに弱点を握られたという意味で、負けたことになるのです。教えを受ける人だけが、自分を開く義務をもっていると思うのは間違いです。教える人も、自分自身をあなたの前に打ち明けるのです。おたがい、社交を離れて、本当のところを見抜き合うのです。
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「これは私のあなたに対する注文ですが、その代り私の方でもこの私というものを隠しは致しません。ありのままを曝け出すよりほかに、あなたを教える途はないのです。だから私の考えのどこかに隙があって、その隙をもしあなたから見破られたら、私はあなたに私の弱点を握られたという意味で敗北の結果に陥るのです。教を受ける人だけが自分を開放する義務をもっていると思うのは間違っています。教える人も己れをあなたの前に打ち明けるのです。双方とも社交を離れて勘破し合うのです。
「そういうわけで、私はこれからあなたの書いたものを拝見する時、ずいぶんきびしいことを思い切って言うかもしれませんが、それでも怒ってはいけません。あなたの気持ちを傷つけるために言うのではないのですから。その代わり、あなたの方でも、納得のいかないところがあれば、どこまでも切り込んでいらっしゃい。あなたが私の考えを理解している以上、私は決して怒るはずはありませんから。
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「そういう訳で私はこれからあなたの書いたものを拝見する時に、ずいぶん手ひどい事を思い切って云うかも知れませんが、しかし怒ってはいけません。あなたの感情を害するためにいうのではないのですから。その代りあなたの方でも腑に落ちない所があったらどこまでも切り込んでいらっしゃい。あなたが私の主意を了解している以上、私はけっして怒るはずはありませんから。
「要するに、これはただ今のままでいることを目的にして、うわべだけ滑らかにすることを大事にする社交とは、まったく別物なのです。分かりましたか」
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「要するにこれはただ現状維持を目的として、上滑りな円滑を主位に置く社交とは全く別物なのです。解りましたか」
女の人は、分かったと言って帰って行った。
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女は解ったと云って帰って行った。
十二
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十二
私に、短冊(たんざく・和歌や俳句を書く細長い紙)を書けだの、詩を書けだのと言ってくる人がいる。
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私に短冊を書けの、詩を書けのと云って来る人がある。
そして、その短冊や絖(ぬめ・書に使う光沢のある絹の布)やらを、まだ承知もしないうちに送ってくる。
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そうしてその短冊やら絖やらをまだ承諾もしないうちに送って来る。
最初のうちは、せっかくの望みを無にするのも気の毒だという考えから、下手な字とは思いながらも、相手の言うとおりに書いていた。
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最初のうちはせっかくの希望を無にするのも気の毒だという考から、拙い字とは思いながら、先方の云うなりになって書いていた。
けれども、こうした好意は長続きしにくいものらしく、だんだん多くの人の頼みを無にするような傾向が強くなってきた。
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けれどもこうした好意は永続しにくいものと見えて、だんだん多くの人の依頼を無にするような傾向が強くなって来た。
私は、すべての人間を、毎日毎日恥をかくために生まれてきたものだとさえ考えることもあるのだから、変な字を人に送ってやるくらいのことは、あえてしようと思えば、やれないとも限らないのである。
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私はすべての人間を、毎日毎日恥を掻くために生れてきたものだとさえ考える事もあるのだから、変な字を他に送ってやるくらいの所作は、あえてしようと思えば、やれないとも限らないのである。
しかし、自分が病気の時、仕事の忙しい時、またはそんなことをしたくない時に、そういう注文が続けて起こってくると、実際には困らせられる。
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しかし自分が病気のとき、仕事の忙がしい時、またはそんな真似のしたくない時に、そういう注文が引き続いて起ってくると、実際弱らせられる。
彼らの多くは、まったく私の知らない人たちで、自分たちが送った短冊を送り返す、こちらの手間さえ、まるで気にかけていないように見えるのだから。
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彼らの多くは全く私の知らない人で、そうして自分達の送った短冊を再び送り返すこちらの手数さえ、まるで眼中に置いていないように見えるのだから。
その中で、一番私を不愉快にさせたのは、播州(ばんしゅう・今の兵庫県南西部)の坂越(さごし)にいる岩崎という人だった。
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そのうちで一番私を不愉快にしたのは播州の坂越にいる岩崎という人であった。
この人は、数年前、よくはがきで私に俳句を書いてくれと頼んできたので、そのたびに相手の言うとおりに書いて送った覚えのある男である。
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この人は数年前よく端書で私に俳句を書いてくれと頼んで来たから、その都度向うのいう通り書いて送った記憶のある男である。
その後のことだが、彼はまた、四角い薄い小包を私に送ってきた。
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その後の事であるが、彼はまた四角な薄い小包を私に送った。
私は、それを開けるのさえ面倒だったので、そのままにして書斎へ放り出しておいたら、お手伝いの人が掃除をする時に、つい本と本の間にはさみ込んでしまい、うまい具合になくしたような形になってしまった。
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私はそれを開けるのさえ面倒だったから、ついそのままにして書斎へ放り出しておいたら、下女が掃除をする時、つい書物と書物の間へ挟み込んで、まず体よくしまい失くした姿にしてしまった。
この小包と前後して、名古屋からお茶の缶が、私あてに届いた。
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この小包と前後して、名古屋から茶の缶が私宛で届いた。
しかし、誰が何のために送ったものか、その理由はまったく分からなかった。
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しかし誰が何のために送ったものかその意味は全く解らなかった。
私は遠慮なく、そのお茶を飲んでしまった。
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私は遠慮なくその茶を飲んでしまった。
すると、ほどなく坂越の男から、富士登山の絵を返してくれと言ってきた。
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するとほどなく坂越の男から、富士登山の画を返してくれと云ってきた。
彼からそんなものをもらった覚えのない私は、そのまま放っておいた。
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彼からそんなものを貰った覚のない私は、打ちやっておいた。
しかし彼は、富士登山の絵を返せ返せと、三度も四度も催促してやまない。
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しかし彼は富士登山の画を返せ返せと三度も四度も催促してやまない。
私はとうとう、この男の心の状態を疑い出した。
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私はついにこの男の精神状態を疑い出した。
「たぶん気の変な人なのだろう。」
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「大方気違だろう。」
私は心の中でこう決めたきり、相手の催促には、いっさい取り合わないことにした。
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私は心の中でこうきめたなり向うの催促にはいっさい取り合わない事にした。
それから二、三か月たった。
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それから二三カ月経った。
たしか夏の初めごろだったと覚えているが、私はあまりに散らかった書斎の中に座っているのがうっとうしくなったので、一人でぽつぽつと、そのあたりを片づけ始めた。
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たしか夏の初の頃と記憶しているが、私はあまり乱雑に取り散らされた書斎の中に坐っているのがうっとうしくなったので、一人でぽつぽつそこいらを片づけ始めた。
その時、本を整理するために、いいかげんに積み重ねてある辞書や参考書を、一冊ずつ調べていくと、思いがけなく、坂越の男が送ってきたあの小包が出てきた。
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その時書物の整理をするため、好い加減に積み重ねてある字引や参考書を、一冊ずつ改めて行くと、思いがけなく坂越の男が寄こした例の小包が出て来た。
私は、今まで忘れていたものを、目の前に見て驚いた。
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私は今まで忘れていたものを、眼のあたり見て驚ろいた。
さっそく封を開けて中を調べたら、小さくたたんだ絵が一枚入っていた。
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さっそく封を解いて中を検べたら、小さく畳んだ画が一枚入っていた。
それが富士登山の絵だったので、私はまたびっくりした。
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それが富士登山の図だったので、私はまた吃驚した。
包みの中には、この絵のほかに手紙が一通そえてあった。そこには、絵に賛(さん・絵に添える詩や言葉)をしてほしいという頼みと、お礼にお茶を送るという言葉が書いてあった。
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包のなかにはこの画のほかに手紙が一通添えてあって、それに画の賛をしてくれという依頼と、御礼に茶を送るという文句が書いてあった。
私は、いよいよ驚いた。
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私はいよいよ驚ろいた。
しかし、その時の私には、富士登山の絵などに賛をする勇気は、とてもなかった。
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しかしその時の私はとうてい富士登山の図などに賛をする勇気をもっていなかった。
私の気分が、そんなこととはかけ離れたところにあったので、その絵にふさわしい俳句を考えている暇がなかったのである。
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私の気分が、そんな事とは遥か懸け離れた所にあったので、その画に調和するような俳句を考えている暇がなかったのである。
けれども私は、恐縮した。
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けれども私は恐縮した。
私は丁寧な手紙を書いて、自分の怠けたことをわびた。
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私は丁寧な手紙を書いて、自分の怠慢を謝した。
それから、お茶のお礼を言った。
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それから茶の御礼を云った。
最後に、富士登山の絵を小包にして返した。
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最後に富士登山の図を小包にして返した。
十三
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十三
私はこれで一段落ついたものと思い、あの坂越の男のことを、それきり気にかけなかった。
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私はこれで一段落ついたものと思って、例の坂越の男の事を、それぎり念頭に置かなかった。
すると、その男がまた短冊を封筒に入れて送ってきた。
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するとその男がまた短冊を封じて寄こした。
そして今度は、義士(ぎし・忠義をつらぬいた武士たち)に関係のある俳句を書いてくれというのである。
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そうして今度は義士に関係のある句を書いてくれというのである。
私は、そのうち書こうと言ってやった。
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私はそのうち書こうと云ってやった。
しかし、なかなか書く機会が来なかったので、つい、そのままになってしまった。
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しかしなかなか書く機会が来なかったので、ついそのままになってしまった。
けれども、しつこいこの男のほうでは、決してそのままにする気はなかったらしく、むやみに催促を始めた。
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けれども執濃いこの男の方ではけっしてそのままに済ます気はなかったものと見えて、むやみに催促を始め出した。
その催促は、一週間に一回か、二週間に一回の割合で、必ずやってきた。
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その催促は一週に一遍か、二週に一遍の割できっと来た。
それは必ずはがきに限っていて、その書き出しには、必ず「拝啓失敬申し候えども」
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それが必ず端書に限っていて、その書き出しには、必ず「拝啓失敬申し候えども」
とあるに決まっていた。
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とあるにきまっていた。
私は、その人のはがきを見るのが、だんだん不愉快になってきた。
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私はその人の端書を見るのがだんだん不愉快になって来た。
同時に、相手の催促も、今まで私が予想していなかった変な特徴を帯びるようになった。
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同時に向うの催促も、今まで私の予期していなかった変な特色を帯びるようになった。
最初には、「お茶をあげたではないか」という言葉が見えた。
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最初には茶をやったではないかという言葉が見えた。
私がそれに取り合わずにいると、今度は「あのお茶を返してくれ」という文句に変わった。
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私がそれに取り合わずにいると、今度はあの茶を返してくれという文句に改たまった。
私は、返すことはたやすいが、その手間が面倒だから、「東京まで取りに来れば返してやる」と言ってやりたくなった。
原文を見る
私は返す事はたやすいが、その手数が面倒だから、東京まで取りに来れば返してやると云ってやりたくなった。
けれども、坂越の男にそういう手紙を出すのは、自分の品格に関わるような気がして、どうしてもできなかった。
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けれども坂越の男にそういう手紙を出すのは、自分の品格に関わるような気がしてあえてし切れなかった。
返事を受け取らない相手は、なおのこと催促をした。
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返事を受け取らない先方はなおの事催促をした。
お茶を返さないなら、それでもいいから、代金として一円を送ってよこせというのである。
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茶を返さないならそれでも好いから、金一円をその代価として送って寄こせというのである。
私のこの男に対する気持ちは、しだいに荒れてきた。
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私の感情はこの男に対してしだいに荒んで来た。
しまいには、とうとう自分を忘れるようになった。
原文を見る
しまいにはとうとう自分を忘れるようになった。
お茶は飲んでしまった、短冊はなくしてしまった、これから先、はがきをよこすことはいっさい無用である、と書いてやった。
原文を見る
茶は飲んでしまった、短冊は失くしてしまった、以来端書を寄こす事はいっさい無用であると書いてやった。
そして心の中で、非常に苦々しい気分を味わった。
原文を見る
そうして心のうちで、非常に苦々しい気分を経験した。
こんな紳士らしくない返事をしなければならないような穴の中へ、私を追い込んだのは、この坂越の男だと思ったからである。
原文を見る
こんな非紳士的な挨拶をしなければならないような穴の中へ、私を追い込んだのは、この坂越の男であると思ったからである。
こんな男のために、品格にせよ人格にせよ、いくらかの堕落を我慢しなければならないのかと考えると、情けなかったからである。
原文を見る
こんな男のために、品格にもせよ人格にもせよ、幾分の堕落を忍ばなければならないのかと考えると情なかったからである。
しかし、坂越の男は平気だった。
原文を見る
しかし坂越の男は平気であった。
お茶は飲んでしまい、短冊はなくしてしまうとは、あんまりと言えば……と、またはがきに書いてきた。
原文を見る
茶は飲んでしまい、短冊は失くしてしまうとは、余りと申せば……とまた端書に書いて来た。
そして、その書き出しには、あいかわらず「拝啓失敬申し候えども」という文句が、決まりどおり繰り返されていた。
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そうしてその冒頭には依然として拝啓失敬申し候えどもという文句が規則通り繰り返されていた。
その時私は、もうこの男には取り合うまいと決心した。
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その時私はもうこの男には取り合うまいと決心した。
けれども、私の決心は、彼の態度に対して何の効果もあるはずがなかった。
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けれども私の決心は彼の態度に対して何の効果のあるはずはなかった。
彼はあいかわらず、催促をやめなかった。
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彼は相変らず催促をやめなかった。
そして今度は、「もう一度書いてくれれば、またお茶を送ってやるが、どうだ」と言ってきた。
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そうして今度は、もう一度書いてくれれば、また茶を送ってやるがどうだと云って来た。
それから、「事は、かりにも義士に関することなのだから、俳句を作ってもよいだろう」と言ってきた。
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それから事いやしくも義士に関するのだから、句を作っても好いだろうと云って来た。
しばらくはがきが途切れたと思ったら、今度はそれが封書に変わった。
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しばらく端書が中絶したと思うと、今度はそれが封書に変った。
もっとも、その封筒は区役所などで使う、とても安いねずみ色のものだったが、彼はわざとそれに切手を貼らないのである。
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もっともその封筒は区役所などで使う極めて安い鼠色のものであったが、彼はわざとそれに切手を貼らないのである。
その代わり、裏に自分の名前も書かずに投函していた。
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その代り裏に自分の姓名も書かずに投函していた。
私はそのために、倍の郵便料金を、二度ほど払わされた。
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私はそれがために、倍の郵税を二度ほど払わせられた。
最後に私は、配達の人に彼の名前と住所を教えて、封を切らないまま、相手のところへ送り返してもらった。
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最後に私は配達夫に彼の氏名と住所とを教えて、封のまま先方へ逆送して貰った。
彼はそれで六銭取られたせいか、ようやく催促をあきらめたらしい様子になった。
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彼はそれで六銭取られたせいか、ようやく催促を断念したらしい態度になった。
ところが、二か月ほどたって、年が改まると同時に、彼は私に、ふつうの年賀状を送ってきた。
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ところが二カ月ばかり経って、年が改まると共に、彼は私に普通の年始状を寄こした。
それが私を少し感心させたので、私はつい、短冊に俳句を書いて送る気になった。
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それが私をちょっと感心させたので、私はつい短冊へ句を書いて送る気になった。
しかし、その贈り物は、彼を満足させるには足りなかった。
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しかしその贈物は彼を満足させるに足りなかった。
彼は、短冊が折れたとか、汚れたとか言って、しきりに書き直しを求めてやまない。
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彼は短冊が折れたとか、汚れたとか云って、しきりに書き直しを請求してやまない。
実際、今年の正月にも、「失敬申し候えども……」
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現に今年の正月にも、「失敬申し候えども……」
という依頼状が、七、八日ごろに届いた。
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という依頼状が七八日頃に届いた。
私が、こんな人に出会ったのは、生まれて初めてである。
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私がこんな人に出会ったのは生れて始めてである。
十四
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十四
つい先日、昔、私の家に泥棒が入った時の話を、わりあい詳しく聞いた。
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ついこの間昔し私の家へ泥棒の入った時の話を比較的詳しく聞いた。
姉がまだ二人とも嫁に行っていなかったころのことだというから、年代からすると、たぶん私が生まれた前後にあたるのだろう。何しろ、勤王(きんのう・天皇を敬い支える考え方)とか佐幕(さばく・江戸幕府を助ける考え方)とかいう、荒々しい言葉が飛びかっていた、さわがしいころなのである。
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姉がまだ二人とも嫁づかずにいた時分の事だというから、年代にすると、多分私の生れる前後に当るのだろう、何しろ勤王とか佐幕とかいう荒々しい言葉の流行ったやかましい頃なのである。
ある夜、一番上の姉が、夜中にトイレに起きたあと、手を洗うために潜り戸(くぐりど・大きな門にある小さな戸)を開けると、狭い中庭のすみに、壁を押しつけるような勢いで立っている梅の古木の根もとが、かっと明るく見えた。
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ある夜一番目の姉が、夜中に小用に起きた後、手を洗うために、潜戸を開けると、狭い中庭の隅に、壁を圧しつけるような勢で立っている梅の古木の根方が、かっと明るく見えた。
姉は、考えをめぐらす暇もないうちに、すぐ潜り戸を閉めてしまったが、閉めたあとで、たった今目の前に見た不思議な明るさについて、そこに立ったまま考えたのである。
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姉は思慮をめぐらす暇もないうちに、すぐ潜戸を締めてしまったが、締めたあとで、今目前に見た不思議な明るさをそこに立ちながら考えたのである。
私の幼い心に映ったこの姉の顔は、今でも思い出そうとすれば、いつでも目の前に浮かぶくらい、はっきりしている。
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私の幼心に映ったこの姉の顔は、いまだに思い起そうとすれば、いつでも眼の前に浮ぶくらい鮮かである。
しかし、その面影はすでに嫁に行って、お歯黒(歯を黒く染める、当時の既婚女性の習慣)をしたあとの姿だから、その時縁側に立って考えていた、娘盛りのころの彼女を、今、心の中に思い描くのは、少し難しい。
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しかしその幻像はすでに嫁に行って歯を染めたあとの姿であるから、その時縁側に立って考えていた娘盛りの彼女を、今胸のうちに描き出す事はちょっと困難である。
広い額、浅黒い肌、小さいけれどもはっきりとした輪郭の鼻、人並みより大きい二重まぶたの目、それから「お沢」というやさしい名前――私はただ、これらを合わせて、その時の姉の姿を想像するだけである。
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広い額、浅黒い皮膚、小さいけれども明確した輪廓を具えている鼻、人並より大きい二重瞼の眼、それから御沢という優しい名、――私はただこれらを綜合して、その場合における姉の姿を想像するだけである。
しばらく立ったまま考えていた彼女の頭に、この時、「もしかすると火事ではないか」という懸念が起こった。
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しばらく立ったまま考えていた彼女の頭に、この時もしかすると火事じゃないかという懸念が起った。
それで彼女は、思い切ってまた切り戸を開けて外をのぞこうとした、その途端に、一本の光る抜き身の刀が、闇の中から、四角に切った潜り戸の中へ、すうと出てきた。
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それで彼女は思い切ってまた切戸を開けて外を覗こうとする途端に、一本の光る抜身が、闇の中から、四角に切った潜戸の中へすうと出た。
姉は驚いて、体をうしろへ引いた。
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姉は驚いて身を後へ退いた。
その隙に、覆面をした、龕灯提灯(がんどうぢょうちん・片方だけを照らす提灯)を下げた男が、刀を抜いたまま、小さな潜り戸から、大勢で家の中へ入ってきたのだそうである。
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その隙に、覆面をした、龕灯提灯を提げた男が、抜刀のまま、小さい潜戸から大勢家の中へ入って来たのだそうである。
泥棒の人数は、たしか八人だったと聞いた。
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泥棒の人数はたしか八人とか聞いた。
彼らは、人を殺めるために来たのではない。おとなしくしていてくれれば、家の者に危害は加えない。そのかわり軍用金を貸せと言って、父に迫った。
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彼らは、他を殺めるために来たのではないから、おとなしくしていてくれさえすれば、家のものに危害は加えない、その代り軍用金を借せと云って、父に迫った。
父は、そんなものはないと断った。
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父はないと断った。
しかし泥棒は、なかなか納得しなかった。
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しかし泥棒はなかなか承知しなかった。
今、角の小倉屋(こくらや)という酒屋に入って、そこで教えられてきたのだから、隠してもだめだと言って動かなかった。
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今角の小倉屋という酒屋へ入って、そこで教えられて来たのだから、隠しても駄目だと云って動かなかった。
父はしぶしぶ、とうとう何枚かの小判を彼らの前に並べた。
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父は不精無性に、とうとう何枚かの小判を彼らの前に並べた。
彼らは、金額が少なすぎると思ったのか、それでもなかなか帰ろうとしなかった。すると、それまで布団の中で寝ていた母が、「あなたの紙入れに入っているのも、やっておしまいなさい」
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彼らは金額があまり少な過ぎると思ったものか、それでもなかなか帰ろうとしないので、今まで床の中に寝ていた母が、「あなたの紙入に入っているのもやっておしまいなさい」
と忠告した。
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と忠告した。
その紙入れの中には、五十両ほど入っていたという話である。
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その紙入の中には五十両ばかりあったとかいう話である。
泥棒が出て行ったあとで、「よけいなことを言う女だ」
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泥棒が出て行ったあとで、「余計な事をいう女だ」
と言って、父は母をしかりつけたそうである。
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と云って、父は母を叱りつけたそうである。
その出来事があってから、私の家では柱を切り組み(きりくみ・柱の中に空間を作る仕組み)にして、その中にあり金を隠す方法を考えた。しかし隠すほどの財産もできず、また黒装束(くろそうぞく・黒ずくめの服装)を着けた泥棒も、それきり来なかった。だから私が育つころには、どの柱が切り組みになっているのか、まるで分からなくなっていた。
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その事があって以来、私の家では柱を切り組にして、その中へあり金を隠す方法を講じたが、隠すほどの財産もできず、また黒装束を着けた泥棒も、それぎり来ないので、私の生長する時分には、どれが切組にしてある柱かまるで分らなくなっていた。
泥棒が出て行くとき、「この家はたいへん戸締まりのいい家だ」
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泥棒が出て行く時、「この家は大変締りの好い宅だ」
と言ってほめたそうだが、その戸締まりのいい家を泥棒に教えた小倉屋の半兵衛(はんべえ)さんの頭には、あくる日からすり傷がいくつもできた。
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と云って賞めたそうだが、その締りの好い家を泥棒に教えた小倉屋の半兵衛さんの頭には、あくる日から擦り傷がいくつとなくできた。
これは、お金はありませんと断るたびに、泥棒が、そんなはずがあるものかと言っては、抜き身の刀の先でちょいちょいと半兵衛さんの頭を突っついたからだという。
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これは金はありませんと断わるたびに、泥棒がそんなはずがあるものかと云っては、抜身の先でちょいちょい半兵衛さんの頭を突ッついたからだという。
それでも半兵衛さんは、「どうしてもうちにはありません。裏の夏目さんのところにはたくさんありますから、あちらへいらっしゃい」
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それでも半兵衛さんは、「どうしても宅にはありません、裏の夏目さんにはたくさんあるから、あすこへいらっしゃい」
と言い張り通して、とうとうお金は一文も取られずに済んだ。
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と強情を張り通して、とうとう金は一文も奪られずにしまった。
私はこの話を妻から聞いた。
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私はこの話を妻から聞いた。
妻はまた、それを私の兄から、お茶を飲みながらの世間話(茶受け話・ちゃうけばなし)として聞いたのである。
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妻はまたそれを私の兄から茶受話に聞いたのである。
十五
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十五
私が去年の十一月、学習院(がくしゅういん・学校の名前)で講演をしたら、薄謝(はくしゃ・わずかなお礼)と書いた紙包みを、あとから届けてくれた。
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私が去年の十一月学習院で講演をしたら、薄謝と書いた紙包を後から届けてくれた。
立派な水引(みずひき・祝いごとに使う飾りひも)がかかっていたので、それをはずして中を確かめると、五円札が二枚入っていた。
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立派な水引がかかっているので、それを除して中を改めると、五円札が二枚入っていた。
私はそのお金を、日ごろから気の毒に思っていた、ある親しい芸術家に贈ろうかと思い、それとなく彼が来るのを待ち受けていた。
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私はその金を平生から気の毒に思っていた、或懇意な芸術家に贈ろうかしらと思って、暗に彼の来るのを待ち受けていた。
ところが、その芸術家がまだ来ないうちに、何か寄付の必要ができたりして、つい二枚とも使ってしまった。
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ところがその芸術家がまだ見えない先に、何か寄附の必要ができてきたりして、つい二枚とも消費してしまった。
一口で言うと、このお金は私にとって、けっして無駄になったわけではなかったのである。
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一口でいうと、この金は私にとってけっして無用なものではなかったのである。
世間の考え方からすれば、立派に私自身のために使われたと言うよりほかない。
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世間の通り相場で、立派に私のために消費されたというよりほかに仕方がないのである。
けれども、それを人にあげようとまで思った私自身の気持ちから見れば、そんなにありがたみのついていないお金だったことに違いなかった。
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けれどもそれを他にやろうとまで思った私の主観から見れば、そんなにありがたみの附着していない金には相違なかったのである。
正直な気持ちを言うと、こうしたお礼を受け取るより、受け取らない時の方が、よほどさっぱりしていた。
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打ち明けた私の心持をいうと、こうした御礼を受けるより受けない時の方がよほど颯爽していた。
畔柳芥舟(くろやなぎかいしゅう)さんが、樗牛会(ちょぎゅうかい・高山樗牛にちなむ会)の講演のことで来られたとき、私は話のついでに、ひととおりその理由を述べた。
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畔柳芥舟君が樗牛会の講演の事で見えた時、私は話のついでとして一通りその理由を述べた。
「この場合、私は自分の労力を売りに行ったのではありません。好意だけで依頼に応じたのだから、向こうも好意だけで私に応えてくれればいいと思います。もし報酬の話にするつもりなら、最初からお礼はいくら出すが、来てくれるかどうかと相談すべきでしょう」
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「この場合私は労力を売りに行ったのではない。好意ずくで依頼に応じたのだから、向うでも好意だけで私に酬いたらよかろうと思う。もし報酬問題とする気なら、最初から御礼はいくらするが、来てくれるかどうかと相談すべきはずでしょう」
そのときK君は、納得できないというような顔をした。
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その時K君は納得できないといったような顔をした。
そしてこう答えた。
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そうしてこう答えた。
「しかしどうでしょう。その十円は、あなたの労力を買ったという意味ではなく、あなたへの感謝の気持ちを表す一つの方法だと見たら。そう見るわけにはいかないのですか」
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「しかしどうでしょう。その十円はあなたの労力を買ったという意味でなくって、あなたに対する感謝の意を表する一つの手段と見たら。そう見る訳には行かないのですか」
「品物ならはっきりそう解釈もできるのですが、あいにくお礼が、ふだん商売の売り買いに使うお金なのですから、どちらとも取れるのです」
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「品物なら判然そう解釈もできるのですが、不幸にも御礼が普通営業的の売買に使用する金なのですから、どっちとも取れるのです」
「どちらとも取れるなら、この際、善意の方に解釈した方がいいのではないでしょうか」
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「どっちとも取れるなら、この際善意の方に解釈した方が好くはないでしょうか」
私は、もっともだとも思った。
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私はもっともだとも思った。
しかし、また、こう答えた。
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しかしまたこう答えた。
「私は、ご存じの通り原稿料で暮らしているくらいですから、もちろん裕福とは言えません。しかしどうにかこうにか、それだけで今の生活を続けていけるのです。ですから、自分の仕事以外のことでは、なるべく好意で人のために働いてやりたいという考えを持っています。そして、その好意が相手に伝わることが、私にとっては何よりも尊い報酬なのです。ですから、お金などを受け取ると、私が人のために働くというその余地――今の私にはこの余地がとても狭いのですが――その貴重な余地を、腐食(ふしょく・むしばまれること)させられたような気持ちになります」
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「私は御存じの通り原稿料で衣食しているくらいですから、無論富裕とは云えません。しかしどうかこうか、それだけで今日を過ごして行かれるのです。だから自分の職業以外の事にかけては、なるべく好意的に人のために働いてやりたいという考えを持っています。そうしてその好意が先方に通じるのが、私にとっては、何よりも尊とい報酬なのです。したがって金などを受けると、私が人のために働いてやるという余地、――今の私にはこの余地がまた極めて狭いのです。――その貴重な余地を腐蝕させられたような心持になります」
K君は、まだ私の言うことを納得しない様子であった。
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K君はまだ私の云う事を肯わない様子であった。
私も強情であった。
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私も強情であった。
「もし岩崎や三井のような大金持ちに講演を頼んだ場合、あとから十円のお礼を持って行くでしょうか。それとも失礼だからといって、ただの挨拶だけにとどめておくでしょうか。私の考えでは、おそらくお金は持って行かないだろうと思うのですが」
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「もし岩崎とか三井とかいう大富豪に講演を頼むとした場合に、後から十円の御礼を持って行くでしょうか、あるいは失礼だからと云って、ただ挨拶だけにとどめておくでしょうか。私の考ではおそらく金銭は持って行くまいと思うのですが」
「さあ」
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「さあ」
と言っただけで、K君ははっきりした返事をしなかった。
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といっただけでK君は判然した返事を与えなかった。
私には、まだ言うことが少し残っていた。
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私にはまだ云う事が少し残っていた。
「うぬぼれかもしれませんが、私の頭は三井や岩崎に比べるほど富んではいないにしても、ふつうの学生よりはずっと金持ちに違いないと信じています」
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「己惚かは知りませんが、私の頭は三井岩崎に比べるほど富んでいないにしても、一般学生よりはずっと金持に違いないと信じています」
「そうですとも」
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「そうですとも」
とK君はうなずいた。
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とK君は首肯いた。
「もし岩崎や三井に十円のお礼を持って行くことが失礼なら、私のところへ十円のお礼を持って来るのも失礼でしょう。もしその十円が、私の生活に大きなうるおいを与えるものなら、また別の意味からこの問題を考えることもできるでしょうが、実際に私はそれを人にあげようとまで思ったのですから。――今の私の経済的な生活は、この十円によって、ほとんど目立つほどの影響を受けないのですから」
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「もし岩崎や三井に十円の御礼を持って行く事が失礼ならば、私の所へ十円の御礼を持って来るのも失礼でしょう。それもその十円が物質上私の生活に非常な潤沢を与えるなら、またほかの意味からこの問題を眺める事もできるでしょうが、現に私はそれを他にやろうとまで思ったのだから。――私の現下の経済的生活は、この十円のために、ほとんど目に立つほどの影響を蒙らないのだから」
「よく考えてみましょう」
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「よく考えて見ましょう」
と言ったK君は、にやにや笑いながら帰って行った。
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といったK君はにやにや笑いながら帰って行った。
十六
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十六
うちの前のゆるやかな坂を下りると、一間(いっけん・約1.8メートル)ほどの小川にかかった橋があって、その橋の向こうのすぐ左側に、小さな床屋が見える。
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宅の前のだらだら坂を下りると、一間ばかりの小川に渡した橋があって、その橋向うのすぐ左側に、小さな床屋が見える。
私はたった一度、そこで髪を刈ってもらったことがある。
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私はたった一度そこで髪を刈って貰った事がある。
ふだんは白い金巾(かなきん・薄い木綿の布)の幕で、硝子戸の奥が通りから見えないようにしてあった。だから私は、その床屋の土間に立って、鏡の前に座るまで、店の主人の顔をまったく知らずにいた。
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平生は白い金巾の幕で、硝子戸の奥が、往来から見えないようにしてあるので、私はその床屋の土間に立って、鏡の前に座を占めるまで、亭主の顔をまるで知らずにいた。
主人は、私が入ってくるのを見ると、手に持っていた新聞をほうり出して、すぐにあいさつをした。
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亭主は私の入ってくるのを見ると、手に持った新聞紙を放り出してすぐ挨拶をした。
そのとき私は、どうもどこかで会ったことのある男に違いないという気がしてならなかった。
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その時私はどうもどこかで会った事のある男に違ないという気がしてならなかった。
それで、彼が私の後ろへ回って、はさみをちょきちょき鳴らし始めたころを見計らって、こちらから話しかけてみた。
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それで彼が私の後へ廻って、鋏をちょきちょき鳴らし出した頃を見計らって、こっちから話を持ちかけて見た。
すると私の思ったとおり、彼は昔、寺町(てらまち)の郵便局のそばに店を持ち、今と同じように、散髪を仕事(渡世・とせい)にしていたことが分かった。
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すると私の推察通り、彼は昔し寺町の郵便局の傍に店を持って、今と同じように、散髪を渡世としていた事が解った。
「高田の旦那にも、だいぶお世話になりました」
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「高田の旦那などにもだいぶ御世話になりました」
その高田というのは私のいとこなので、私も驚いた。
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その高田というのは私の従兄なのだから、私も驚いた。
「へえ、高田を知っているのかい」
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「へえ高田を知ってるのかい」
「知ってるどころじゃございません。しょっちゅう『徳、徳』って、目をかけて(贔屓・ひいき)くださったものです」
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「知ってるどころじゃございません。始終徳、徳、って贔屓にして下すったもんです」
彼の言葉づかいは、こういう職人にしては、むしろていねいな方であった。
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彼の言葉遣いはこういう職人にしてはむしろ丁寧な方であった。
「高田も死んだよ」
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「高田も死んだよ」
と私が言うと、彼はびっくりした調子で「へッ」
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と私がいうと、彼は吃驚した調子で「へッ」
と声を上げた。
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と声を揚げた。
「いい旦那でしたがね、惜しいことに。いつごろお亡くなりになりました」
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「いい旦那でしたがね、惜しい事に。いつ頃御亡くなりになりました」
「なに、つい先日さ。今日で二週間になるか、ならないくらいのものだろう」
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「なに、つい此間さ。今日で二週間になるか、ならないぐらいのものだろう」
彼はそれから、この死んだいとこについて、いろいろ覚えていることを私に語った。そして最後にこう言った。「考えると早いもんですね、旦那。つい昨日のことのようにしか思えないのに、もう三十年近くにもなるんですから」
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彼はそれからこの死んだ従兄について、いろいろ覚えている事を私に語った末、「考えると早いもんですね旦那、つい昨日の事としっきゃ思われないのに、もう三十年近くにもなるんですから」
と言った。
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と云った。
「あの、ほら、求友亭(きゅうゆうてい・料理屋の名前)の横丁にいらっしゃってね……」
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「あのそら求友亭の横町にいらしってね、……」
と主人はまた言葉を継ぎ足した。
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と亭主はまた言葉を継ぎ足した。
「うん、あの二階のある家だろう」
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「うん、あの二階のある家だろう」
「ええ、二階がありましたっけ。あそこへお移りになったときなんか、あちこちの方々からお祝いの品なんかがあって、たいへんな盛況でしたがね。それから後でしたっけか、行願寺(ぎょうがんじ・お寺の名前)の境内へお引っ越しになったのは」
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「ええ御二階がありましたっけ。あすこへ御移りになった時なんか、方々様から御祝い物なんかあって、大変御盛でしたがね。それから後でしたっけか、行願寺の寺内へ御引越なすったのは」
この質問には、私も答えられなかった。
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この質問は私にも答えられなかった。
実はあまりに古いことなので、私もつい忘れてしまったのである。
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実はあまり古い事なので、私もつい忘れてしまったのである。
「あの境内も、今ではたいへん変わったようだね。用がないので、それからついのぞいてみたこともないが」
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「あの寺内も今じゃ大変変ったようだね。用がないので、それからつい入って見た事もないが」
「変わったの変わらないのって、あなた。今ではまるで待合(まちあい・料理屋をかねた休み所)ばかりでさあ」
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「変ったの変らないのってあなた、今じゃまるで待合ばかりでさあ」
私は肴町(さかなまち・町の名前)を通るたびに、その境内へ入る足袋屋(たびや・足袋を売る店)の角にある、細い小道の入り口に、ごちゃごちゃと掲げられた四角い軒灯(のきどう・軒先の明かり)が多いのを知っていた。
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私は肴町を通るたびに、その寺内へ入る足袋屋の角の細い小路の入口に、ごたごた掲げられた四角な軒灯の多いのを知っていた。
しかし、その数を数えてみるほどの物好きな気分も起きなかったので、つい主人の言うことには気づかずにいた。
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しかしその数を勘定して見るほどの道楽気も起らなかったので、つい亭主のいう事には気がつかずにいた。
「なるほど、そう言えば誰(た)が袖(そで)なんて看板が、通りから見えるようだね」
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「なるほどそう云えば誰が袖なんて看板が通りから見えるようだね」
「ええ、たくさんできましたよ。もっとも変わるはずですね、考えてみると。もうやがて三十年にもなろうというんですから。旦那もご承知の通り、あの時分は芸者屋といったら、境内にたった一軒しかなかったもんでさあ。東家(あずまや)ってね。ちょうどほら、高田の旦那の真向かいでしたろう、東家の御神灯(ごじんとう・お店の目印の灯り)がぶら下がっていたのは」
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「ええたくさんできましたよ。もっとも変るはずですね、考えて見ると。もうやがて三十年にもなろうと云うんですから。旦那も御承知の通り、あの時分は芸者屋ったら、寺内にたった一軒しきゃ無かったもんでさあ。東家ってね。ちょうどそら高田の旦那の真向でしたろう、東家の御神灯のぶら下がっていたのは」
十七
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十七
私はその東家を、よく覚えていた。
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私はその東家をよく覚えていた。
いとこの家のすぐ向かいだったので、両方の家の者が出入りのたびに、顔を合わせさえすればあいさつをし合うくらいの間柄だったから。
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従兄の宅のつい向なので、両方のものが出入りのたびに、顔を合わせさえすれば挨拶をし合うぐらいの間柄であったから。
そのころ、いとこの家には、私の二番目の兄がぶらぶらしていた。
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その頃従兄の家には、私の二番目の兄がごろごろしていた。
この兄はたいへんな放蕩者(ほうとうもの・遊び暮らして身をもち崩す人)で、よくうちの懸物(かけもの・掛け軸)や刀剣類を盗み出しては、それを二束三文で売り飛ばすという、悪いくせがあった。
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この兄は大の放蕩もので、よく宅の懸物や刀剣類を盗み出しては、それを二束三文に売り飛ばすという悪い癖があった。
彼がなぜいとこの家に転がり込んでいたのか、そのときの私には分からなかった。けれども今考えると、もしかしたらそうした乱暴を働いた結果、しばらくうちを追い出されていたのかもしれないと思う。
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彼が何で従兄の家に転がり込んでいたのか、その時の私には解らなかったけれども、今考えると、あるいはそうした乱暴を働らいた結果、しばらく家を追い出されていたかも知れないと思う。
その兄のほかに、庄さんという、これも私の母方のいとこにあたる男が、そのあたりにぶらぶらしていた。
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その兄のほかに、まだ庄さんという、これも私の母方の従兄に当る男が、そこいらにぶらぶらしていた。
こういう連中がいつも一つ所に落ち合っては、寝そべったり、縁側に腰をかけたりして、勝手なことを言い合っていると、時々向こうの芸者屋の竹の格子窓から、「今日(こんち)は」
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こういう連中がいつでも一つ所に落ち合っては、寝そべったり、縁側へ腰をかけたりして、勝手な出放題を並べていると、時々向うの芸者屋の竹格子の窓から、「今日は」
などと声をかけられたりする。
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などと声をかけられたりする。
それをまた待ち受けてでもいるかのように、連中は「おい、ちょっとおいで、いいものあるから」
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それをまた待ち受けてでもいるごとくに、連中は「おいちょっとおいで、好いものあるから」
とか何とか言って、女の人を呼び寄せようとする。
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とか何とか云って、女を呼び寄せようとする。
芸者の方でも、昼間は暇だから、三回に一回くらいはお愛想(ごあいきょう)に遊びに来る。
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芸者の方でも昼間は暇だから、三度に一度は御愛嬌に遊びに来る。
といったような調子であった。
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といった風の調子であった。
私はそのころ、まだ十七、八だったろう。そのうえ、たいへんな恥ずかしがり屋で通っていたので、そんな場所に居合わせても、何も言わずに黙って隅の方に引っ込んでばかりいた。
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私はその頃まだ十七八だったろう、その上大変な羞恥屋で通っていたので、そんな所に居合わしても、何にも云わずに黙って隅の方に引込んでばかりいた。
それでも私は、何かのはずみで、この人たちといっしょに、その芸者屋へ遊びに行って、トランプをしたことがある。
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それでも私は何かの拍子で、これらの人々といっしょに、その芸者屋へ遊びに行って、トランプをした事がある。
負けた者は何かおごらなければならなかったので、私は人が買ったすしやお菓子をだいぶ食べた。
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負けたものは何か奢らなければならないので、私は人の買った寿司や菓子をだいぶ食った。
一週間ほどたってから、私はまたこの、のらくらしている兄に連れられて同じ家へ遊びに行った。すると、例の庄さんも席に居合わせて、話がだいぶはずんだ。
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一週間ほど経ってから、私はまたこののらくらの兄に連れられて同じ宅へ遊びに行ったら、例の庄さんも席に居合わせて話がだいぶはずんだ。
そのとき、咲松(さきまつ)という若い芸者が私の顔を見て、「またトランプをしましょう」
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その時咲松という若い芸者が私の顔を見て、「またトランプをしましょう」
と言った。
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と云った。
私は小倉(こくら・丈夫な織物)の袴をはいて、かたくるしく構えていたが、ふところには一銭の小遣いさえなかった。
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私は小倉の袴を穿いて四角張っていたが、懐中には一銭の小遣さえ無かった。
「僕は銭がないからいやだ」
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「僕は銭がないから厭だ」
「いいわ、私が持ってるから」
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「好いわ、私が持ってるから」
この女は、そのとき目を患ってでもいたのだろうか、そう言いながら、きれいな襦袢(じゅばん・着物の下に着る肌着)の袖で、しきりに薄赤くなった二重まぶたをこすっていた。
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この女はその時眼を病んででもいたのだろう、こういいいい、綺麗な襦袢の袖でしきりに薄赤くなった二重瞼を擦っていた。
その後、私は、「御作(おさく)がいいお客に身請け(みうけ)された」
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その後私は「御作が好い御客に引かされた」
という噂を、いとこの家で聞いた。
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という噂を、従兄の家で聞いた。
いとこの家では、この女のことを咲松と言わず、いつも御作御作と呼んでいたのである。
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従兄の家では、この女の事を咲松と云わないで、常に御作御作と呼んでいたのである。
私はその話を聞いたとき、心の中で、もう御作に会う機会は来ないだろうと考えた。
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私はその話を聞いた時、心の内でもう御作に会う機会も来ないだろうと考えた。
ところが、それからだいぶたって、私が例の達人(たつじん・その道にくわしい人)といっしょに、芝(しば)の境内の勧工場(かんこうば・いろいろな店が集まった今のデパートのような所)へ行ったら、そこでまたばったり御作に出会った。
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ところがそれからだいぶ経って、私が例の達人といっしょに、芝の山内の勧工場へ行ったら、そこでまたぱったり御作に出会った。
こちらの書生姿とは打って変わって、彼女はもう品のいい奥様に変わっていた。
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こちらの書生姿に引き易えて、彼女はもう品の好い奥様に変っていた。
旦那というのも、彼女のそばについていた。……
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旦那というのも彼女の傍についていた。……
私は、床屋の主人の口から出た東家という芸者屋の名前の奥にひそんでいる、これだけの古い事実を、急に思い出したのである。
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私は床屋の亭主の口から出た東家という芸者屋の名前の奥に潜んでいるこれだけの古い事実を急に思い出したのである。
「あそこにいた御作という女を知ってるかね」
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「あすこにいた御作という女を知ってるかね」
と私は主人に聞いた。
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と私は亭主に聞いた。
「知ってるどころか、あれは私のめいでさあ」
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「知ってるどころか、ありゃ私の姪でさあ」
「そうかい」
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「そうかい」
私は驚いた。
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私は驚ろいた。
「それで、今どこにいるのかね」
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「それで、今どこにいるのかね」
「御作は亡くなりましたよ、旦那」
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「御作は亡くなりましたよ、旦那」
私はまた驚いた。
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私はまた驚ろいた。
「いつ」
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「いつ」
「いつって、もう昔のことになりますよ。たしか、あれが二十三の年でしたろう」
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「いつって、もう昔の事になりますよ。たしかあれが二十三の年でしたろう」
「へええ」
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「へええ」
「しかも浦塩(ウラジオ・ウラジオストク、ロシアの町)で亡くなったんです。旦那が領事館に関係のある人だったもんですから、あちらへいっしょに行きましてね。それからまもなくでした、死んだのは」
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「しかも浦塩で亡くなったんです。旦那が領事館に関係のある人だったもんですから、あっちへいっしょに行きましてね。それから間もなくでした、死んだのは」
私は帰って硝子戸の中に座り、まだ死なずにいるのは、自分とあの床屋の主人だけのような気がした。
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私は帰って硝子戸の中に坐って、まだ死なずにいるものは、自分とあの床屋の亭主だけのような気がした。
十八
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十八
私の座敷へ通されたある若い女が、「どうも自分の周りがきちんと片づかなくて困りますが、どうしたらよろしいものでしょう」
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私の座敷へ通されたある若い女が、「どうも自分の周囲がきちんと片づかないで困りますが、どうしたら宜しいものでしょう」
と聞いた。
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と聞いた。
この女は、ある親戚の家に寄寓(きぐう・間借りして住むこと)しているので、そこが手狭なうえに、子供などがうるさいのだろうと思った私の答えは、たいへん簡単なものであった。
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この女はある親戚の宅に寄寓しているので、そこが手狭な上に、子供などが蒼蠅いのだろうと思った私の答は、すこぶる簡単であった。
「どこかさっぱりした家を探して、下宿でもしたらいいでしょう」
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「どこかさっぱりした家を探して下宿でもしたら好いでしょう」
「いえ、部屋のことではなくて、頭の中がきちんと片づかなくて困るのです」
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「いえ部屋の事ではないので、頭の中がきちんと片づかないで困るのです」
私は自分の誤解に気づくと同時に、女の言う意味がまた分からなくなった。
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私は私の誤解を意識すると同時に、女の意味がまた解らなくなった。
それで、もう少し詳しい説明を彼女に求めた。
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それでもう少し進んだ説明を彼女に求めた。
「外からは何でも頭の中に入ってきますが、それが心の中心と折り合いがつかないのです」
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「外からは何でも頭の中に入って来ますが、それが心の中心と折合がつかないのです」
「あなたの言う心の中心とは、いったいどんなものですか」
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「あなたのいう心の中心とはいったいどんなものですか」
「どんなものと言って……まっすぐな直線なのです」
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「どんなものと云って、真直な直線なのです」
私は、この女が数学に熱心なことを知っていた。
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私はこの女の数学に熱心な事を知っていた。
けれども、心の中心が直線だという意味は、もちろん私には通じなかった。
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けれども心の中心が直線だという意味は無論私に通じなかった。
そのうえ、中心とはいったい何を意味するのか、それもほとんど分からなかった。
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その上中心とははたして何を意味するのか、それもほとんど不可解であった。
女はこう言った。
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女はこう云った。
「物には何でも中心がございましょう」
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「物には何でも中心がございましょう」
「それは、目で見ることができ、ものさしで測ることのできる物体についての話でしょう。心にも形があるんですか。それなら、その中心というものを、ここへ出してごらんなさい」
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「それは眼で見る事ができ、尺度で計る事のできる物体についての話でしょう。心にも形があるんですか。そんならその中心というものをここへ出して御覧なさい」
女は、出せるとも出せないとも言わずに、庭の方を見たり、ひざの上で両手をこすったりしていた。
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女は出せるとも出せないとも云わずに、庭の方を見たり、膝の上で両手を擦ったりしていた。
「あなたの言う直線というのは、たとえではありませんか。もしたとえなら、丸と言っても四角と言っても、つまり同じことになるのでしょう」
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「あなたの直線というのは比喩じゃありませんか。もし比喩なら、円と云っても四角と云っても、つまり同じ事になるのでしょう」
「そうかもしれませんが、形や色がしょっちゅう変わっているうちにも、少しも変わらないものが、どうしてもあるのです」
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「そうかも知れませんが、形や色が始終変っているうちに、少しも変らないものが、どうしてもあるのです」
「その変わるものと変わらないものが、別々だとすると、要するに心が二つあることになりますが、それでいいのですか。変わるものは、すなわち変わらないものでなければならないはずじゃありませんか」
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「その変るものと変らないものが、別々だとすると、要するに心が二つある訳になりますが、それで好いのですか。変るものはすなわち変らないものでなければならないはずじゃありませんか」
こう言った私は、また話をもとに戻して女に向かった。
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こう云った私はまた問題を元に返して女に向った。
「すべての外の物事が頭の中に入って、すぐにきちんと秩序や段落がはっきりするように収まる人は、おそらくいないでしょう。失礼ながら、あなたの年齢や教育や学問で、そうきちんと片づけられるわけがありません。もしそういう意味ではなく、学問の力を借りずに、徹底的にどさりと決着をつけたいなら、私のようなものの所へ来てもだめです。お坊さんの所へでもいらっしゃい」
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「すべて外界のものが頭のなかに入って、すぐ整然と秩序なり段落なりがはっきりするように納まる人は、おそらくないでしょう。失礼ながらあなたの年齢や教育や学問で、そうきちんと片づけられる訳がありません。もしまたそんな意味でなくって、学問の力を借りずに、徹底的にどさりと納まりをつけたいなら、私のようなものの所へ来ても駄目です。坊さんの所へでもいらっしゃい」
すると女が、私の顔を見た。
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すると女が私の顔を見た。
「私は、初めて先生を拝見したときに、先生の心はそういう点で、普通の人以上に整っていらっしゃるように思いました」
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「私は始めて先生を御見上げ申した時に、先生の心はそういう点で、普通の人以上に整のっていらっしゃるように思いました」
「そんなはずがありません」
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「そんなはずがありません」
「でも私にはそう見えました。内臓の位置まで整っていらっしゃるとしか考えられませんでした」
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「でも私にはそう見えました。内臓の位置までが調っていらっしゃるとしか考えられませんでした」
「もし内臓が、それほど具合よく調節されているなら、こんなにしょっちゅう病気などはしません」
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「もし内臓がそれほど具合よく調節されているなら、こんなに始終病気などはしません」
「私は病気にはなりません」
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「私は病気にはなりません」
と、そのとき女は突然、自分のことを言った。
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とその時女は突然自分の事を云った。
「それはあなたが、私より偉い証拠です」
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「それはあなたが私より偉い証拠です」
と私も答えた。
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と私も答えた。
女は布団を滑り下りた。
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女は蒲団を滑り下りた。
そうして、「どうぞお体を大切に」
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そうして、「どうぞ御身体を御大切に」
と言って帰って行った。
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と云って帰って行った。
十九
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十九
私の昔の家は、今私の住んでいる所から、四、五町(ちょう・1町は約109メートル)ほど奥の、馬場下(ばばした)という町にあった。
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私の旧宅は今私の住んでいる所から、四五町奥の馬場下という町にあった。
町とは言っても、実際は小さな宿場としか思えないくらい、子供のころの私には、すっかりさびれていて、さびしく見えた。
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町とは云い条、その実小さな宿場としか思われないくらい、小供の時の私には、寂れ切ってかつ淋しく見えた。
もともと馬場下とは、高田の馬場の下にあるという意味なのだから、江戸の古い地図で見ても、朱引(しゅびき・江戸の範囲を示す線)の内か外かも分からないような、へんぴな隅にあったに違いない。
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もともと馬場下とは高田の馬場の下にあるという意味なのだから、江戸絵図で見ても、朱引内か朱引外か分らない辺鄙な隅の方にあったに違ないのである。
それでも、蔵造り(くらづくり・土蔵のようなつくりの家)の家が、狭い町内に三、四軒はあったろう。
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それでも内蔵造の家が狭い町内に三四軒はあったろう。
坂を上ると、右側に見える近江屋伝兵衛(おうみやでんべえ)という薬種屋(やくしゅや・薬を売る店)などは、その一つであった。
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坂を上ると、右側に見える近江屋伝兵衛という薬種屋などはその一つであった。
それから、坂を下りきった所に、間口の広い小倉屋という酒屋もあった。
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それから坂を下り切った所に、間口の広い小倉屋という酒屋もあった。
もっとも、こちらは蔵造りではなかったけれど、堀部安兵衛(ほりべやすべえ・江戸時代の有名な侍)が高田の馬場で敵討ちをするとき、ここへ立ち寄って枡酒(ますざけ・四角い升に入れたお酒)を飲んでいったという、いわれのある家柄であった。
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もっともこの方は倉造りではなかったけれども、堀部安兵衛が高田の馬場で敵を打つ時に、ここへ立ち寄って、枡酒を飲んで行ったという履歴のある家柄であった。
私はその話を子供のころから覚えていたが、そこにしまってあるといううわさの、安兵衛が口をつけた枡を見たことは、一度もなかった。
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私はその話を小供の時分から覚えていたが、ついぞそこにしまってあるという噂の安兵衛が口を着けた枡を見たことがなかった。
そのかわり、娘の御北(おきた)さんの長唄(ながうた・三味線に合わせて歌う歌)は、何度となく聞いた。
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その代り娘の御北さんの長唄は何度となく聞いた。
私は子供だから、上手か下手かまるで分からなかったけれども、私の家の玄関から表へ出る敷石の上に立って、通りへでも行こうとすると、御北さんの声がそこからよく聞こえたのである。
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私は小供だから上手だか下手だかまるで解らなかったけれども、私の宅の玄関から表へ出る敷石の上に立って、通りへでも行こうとすると、御北さんの声がそこからよく聞こえたのである。
春の日の昼過ぎなどに、私はよく、うっとりとした心を、うららかな光に包まれながら、御北さんのおさらい(練習の発表)を聞くでもなく聞かないでもなく、ぼんやりと私の家の土蔵の白壁に身をもたせかけて、たたずんでいたことがある。
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春の日の午過などに、私はよく恍惚とした魂を、麗かな光に包みながら、御北さんの御浚いを聴くでもなく聴かぬでもなく、ぼんやり私の家の土蔵の白壁に身を靠たせて、佇立んでいた事がある。
そのおかげで、私はとうとう「旅の衣は篠懸(すずかけ)の」
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その御蔭で私はとうとう「旅の衣は篠懸の」
などという歌の文句を、いつの間にか覚えてしまった。
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などという文句をいつの間にか覚えてしまった。
このほかには、棒屋(ぼうや・棒や道具の柄を作る店)が一軒あった。
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このほかには棒屋が一軒あった。
それから、鍛冶屋(かじや)も一軒あった。
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それから鍛冶屋も一軒あった。
少し八幡坂(はちまんざか)の方へ寄った所には、広い土間を屋根の下に囲い込んだ、やっちゃ場(やっちゃば・野菜や果物を売り買いする市場)もあった。
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少し八幡坂の方へ寄った所には、広い土間を屋根の下に囲い込んだやっちゃ場もあった。
私の家の者は、そこの主人を、問屋の仙太郎さんと呼んでいた。
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私の家のものは、そこの主人を、問屋の仙太郎さんと呼んでいた。
仙太郎さんは、なんでも私の父と、ごく遠い親類つづきになっているのだとか聞いたが、つきあいから言うと、まったく疎遠であった。
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仙太郎さんは何でも私の父とごく遠い親類つづきになっているんだとか聞いたが、交際からいうと、まるで疎濶であった。
通りで行き会うときだけ、「いいお天気で」
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往来で行き会う時だけ、「好い御天気で」
などと声をかけるくらいの間柄に過ぎなかったらしく思われる。
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などと声をかけるくらいの間柄に過ぎなかったらしく思われる。
この仙太郎さんのひとり娘が、講釈師(こうしゃくし・昔の物語を語って聞かせる芸人)の貞水(ていすい)といい仲になって、死ぬの生きるのという騒ぎがあったことも、人づてに聞いて覚えてはいるが、まとまった記憶は、今はもうどこにも残っていない。
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この仙太郎さんの一人娘が講釈師の貞水と好い仲になって、死ぬの生きるのという騒ぎのあった事も人聞に聞いて覚えてはいるが、纏まった記憶は今頭のどこにも残っていない。
子供だった私には、それよりも、仙太郎さんが高い台の上に腰をかけて、矢立(やたて・持ち歩ける筆と墨入れ)と帳面を持ったまま、「いーやっちゃいくら」
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小供の私には、それよりか仙太郎さんが高い台の上に腰をかけて、矢立と帳面を持ったまま、「いーやっちゃいくら」
と、威勢のいい声で、下にいる大勢の顔を見渡す光景の方が、よっぽど面白かった。
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と威勢の好い声で下にいる大勢の顔を見渡す光景の方がよっぽど面白かった。
下からはまた、二十本も三十本もの手が一度に挙がって、みんな仙太郎さんの方を向きながら、「ろんじ」だの「がれん」だのという符丁(ふちょう・仲間うちだけに通じる合図の言葉)を、まくし立てるように呼び上げる。そのうちに、しょうがや茄子やかぼちゃの籠が、その節くれだった手で、どしどしどこかへ運び去られていくのを見ているのも、勇ましかった。
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下からはまた二十本も三十本もの手を一度に挙げて、みんな仙太郎さんの方を向きながら、ろんじだのがれんだのという符徴を、罵しるように呼び上げるうちに、薑や茄子や唐茄子の籠が、それらの節太の手で、どしどしどこかへ運び去られるのを見ているのも勇ましかった。
どんな田舎へ行ってもありがちな豆腐屋も、もちろんあった。
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どんな田舎へ行ってもありがちな豆腐屋は無論あった。
その豆腐屋には、油のにおいのしみ込んだ縄暖簾(なわのれん・縄を編んで作ったのれん)がかかっていて、家の前を流れる下水の水は、まるで京都へでも行ったようにきれいだった。
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その豆腐屋には油の臭の染み込んだ縄暖簾がかかっていて門口を流れる下水の水が京都へでも行ったように綺麗だった。
その豆腐屋のところを曲がると、半町ほど先に、西閑寺(せいかんじ)という寺の門が、小高く見えた。
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その豆腐屋について曲ると半町ほど先に西閑寺という寺の門が小高く見えた。
赤く塗られた門の後ろは、深い竹やぶで一面に覆われていたので、中にどんなものがあるか、通りからはまったく見えなかった。だが、その奥でする朝晩のお勤めの鉦(かね・お経を唱えるときに鳴らす金属の道具)の音は、今でも私の耳に残っている。
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赤く塗られた門の後は、深い竹藪で一面に掩われているので、中にどんなものがあるか通りからは全く見えなかったが、その奥でする朝晩の御勤の鉦の音は、今でも私の耳に残っている。
特に、霧の多い秋から木枯らしの吹く冬にかけて、カンカンと鳴る西閑寺の鉦の音は、いつも私の心に、悲しくて冷たい何かを叩き込むように、幼い私の気分を寒くした。
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ことに霧の多い秋から木枯の吹く冬へかけて、カンカンと鳴る西閑寺の鉦の音は、いつでも私の心に悲しくて冷たい或物を叩き込むように小さい私の気分を寒くした。
二十
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二十
この豆腐屋の隣に、寄席(よせ・落語や講談を聞かせる演芸場)が一軒あったのを、私は夢か現実か分からないような感じで、まだ覚えている。
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この豆腐屋の隣に寄席が一軒あったのを、私は夢幻のようにまだ覚えている。
こんな町はずれに人を集める場所があるはずがないという思いが、私の記憶にかすみをかけるせいだろう。私はそれを思い出すたびに、不思議な感じに打たれながら、驚いたような目を見張って、遠い自分の過去を振り返るのがいつものことである。
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こんな場末に人寄場のあろうはずがないというのが、私の記憶に霞をかけるせいだろう、私はそれを思い出すたびに、奇異な感じに打たれながら、不思議そうな眼を見張って、遠い私の過去をふり返るのが常である。
その寄席の主人(席亭・せきてい)というのは、町内の鳶頭(とびがしら・とび職人のまとめ役)で、時々、紺の縞模様の腹掛け(はらがけ・職人が着ける前掛け)に、赤い筋の入った印袢纏(しるしばんてん・家の印がついた仕事着)を着て、つっかけ草履か何かで、よく表を歩いていた。
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その席亭の主人というのは、町内の鳶頭で、時々目暗縞の腹掛に赤い筋の入った印袢纏を着て、突っかけ草履か何かでよく表を歩いていた。
そこにはまた、御藤(おふじ)さんという娘がいて、その人の器量がよく、家の者の話に出たことも、まだ私の記憶から離れずにいる。
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そこにまた御藤さんという娘があって、その人の容色がよく家のものの口に上った事も、まだ私の記憶を離れずにいる。
のちに養子をもらったが、それが口ひげを生やした立派な男だったので、私はちょっと驚かされた。
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後には養子を貰ったが、それが口髭を生やした立派な男だったので、私はちょっと驚ろかされた。
御藤さんの方でも自慢の養子だという評判が高かったが、あとから聞いてみると、この人はどこかの区役所の書記だとかいう話であった。
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御藤さんの方でも自慢の養子だという評判が高かったが、後から聞いて見ると、この人はどこかの区役所の書記だとかいう話であった。
この養子が来たころには、もう寄席もやめて、しもうた屋(しもうたや・店をしまった家)になっていたようである。だが私は、そこの家の軒先に、まだ薄暗い看板がさびしそうにかかっていたころ、よく母から小遣いをもらって、そこへ講釈を聞きに出かけたものである。
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この養子が来る時分には、もう寄席もやめて、しもうた屋になっていたようであるが、私はそこの宅の軒先にまだ薄暗い看板が淋しそうに懸っていた頃、よく母から小遣を貰ってそこへ講釈を聞きに出かけたものである。
講釈師の名前は、たしか南麟(なんりん)とかいった。
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講釈師の名前はたしか、南麟とかいった。
不思議なことに、この寄席には、南麟のほかに誰も出なかったようである。
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不思議な事に、この寄席へは南麟よりほかに誰も出なかったようである。
この男の家がどこにあったか知らないが、どの方角から歩いて来るにしても、道路工事(道普請・みちぶしん)が進んで、家並みのそろった今から見れば、大変な苦労に違いなかった。
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この男の家はどこにあったか知らないが、どの見当から歩いて来るにしても、道普請ができて、家並の揃った今から見れば大事業に相違なかった。
そのうえ客の数は、いつでも十五か二十くらいだったのだから、どんなに想像をたくましくしても、夢としか考えられないのである。
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その上客の頭数はいつでも十五か二十くらいなのだから、どんなに想像を逞ましくしても、夢としか考えられないのである。
「もうしもうし花魁(おいらん・遊女の中でも位の高い人)え、と言われて、八ツ橋なんざますえと振り返る、途端に切り込む刃の光」
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「もうしもうし花魁え、と云われて八ツ橋なんざますえとふり返る、途端に切り込む刃の光」
という妙な文句は、私がそのころ南麟から教わったのか、それとも後になって落語家がやる講釈師の物真似から覚えたのか、今では入り混じって、よく分からない。
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という変な文句は、私がその時分南麟から教わったのか、それとも後になって落語家のやる講釈師の真似から覚えたのか、今では混雑してよく分らない。
当時、私の家からまず町らしい町へ出ようとすると、どうしても人気のない茶畑とか、竹やぶとか、あるいは長い田んぼ道とかを通り抜けなければならなかった。
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当時私の家からまず町らしい町へ出ようとするには、どうしても人気のない茶畠とか、竹藪とかまたは長い田圃路とかを通り抜けなければならなかった。
買い物らしい買い物は、たいてい神楽坂まで出るのが決まりになっていたので、そうした事情に慣れていた私に、たいした苦痛があったわけではなかった。それでも、矢来(やらい)の坂を上って酒井様の火の見櫓(ひのみやぐら・火事を見張るやぐら)を通り越し、寺町へ出ようとする、あの五、六町の一本道などになると、昼でもうす暗く陰気で、まるで空が曇っているようにいつも薄暗かった。
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買物らしい買物はたいてい神楽坂まで出る例になっていたので、そうした必要に馴らされた私に、さした苦痛のあるはずもなかったが、それでも矢来の坂を上って酒井様の火の見櫓を通り越して寺町へ出ようという、あの五六町の一筋道などになると、昼でも陰森として、大空が曇ったように始終薄暗かった。
あの土手の上には、大人が二人がかりでも三人がかりでも抱えきれないような大木が、何本も並んでいた。そのすき間すき間を、また大きな竹やぶがふさいでいたのだから、日の光を拝める時間といったら、一日のうちに、おそらくほんの少しもなかったのだろう。
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あの土手の上に二抱も三抱えもあろうという大木が、何本となく並んで、その隙間隙間をまた大きな竹藪で塞いでいたのだから、日の目を拝む時間と云ったら、一日のうちにおそらくただの一刻もなかったのだろう。
下町へ行こうと思って、日和下駄(ひよりげた・晴れの日にはく下駄)などをはいて出ようものなら、きっとひどい目にあうに決まっていた。
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下町へ行こうと思って、日和下駄などを穿いて出ようものなら、きっと非道い目にあうにきまっていた。
あそこの霜融け(しもどけ・霜がとけて道がぬかるむこと)は、雨よりも雪よりも恐ろしいもののように、私の頭にしみ込んでいる。
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あすこの霜融は雨よりも雪よりも恐ろしいもののように私の頭に染み込んでいる。
それほど不便な所でも、火事のおそれはあったと見えて、やはり町の曲がり角に高いはしごが立っていた。
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そのくらい不便な所でも火事の虞はあったものと見えて、やっぱり町の曲り角に高い梯子が立っていた。
そして、その上に古い半鐘(はんしょう・火事を知らせる小さな鐘)も、決まりのようにつり下げてあった。
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そうしてその上に古い半鐘も型のごとく釣るしてあった。
私は、こうしたありのままの昔を、よく思い出す。
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私はこうしたありのままの昔をよく思い出す。
その半鐘のすぐ下にあった、小さな一膳飯屋(いちぜんめしや・安い定食屋)も、自然と目の前に浮かんでくる。
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その半鐘のすぐ下にあった小さな一膳飯屋もおのずと眼先に浮かんで来る。
縄暖簾のすき間から、あたたかそうな煮〆(にしめ・野菜などをじっくり煮た料理)のにおいが、煙といっしょに通りへ流れ出し、それが夕暮れのもやに溶け込んでいくようすなども、忘れることができない。
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縄暖簾の隙間からあたたかそうな煮〆の香が煙と共に往来へ流れ出して、それが夕暮の靄に融け込んで行く趣なども忘れる事ができない。
私が、子規(しき・俳句の友人だった正岡子規)がまだ生きているうちに、「半鐘と並んで高き冬木哉」
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私が子規のまだ生きているうちに、「半鐘と並んで高き冬木哉」
という俳句を作ったのは、実はこの半鐘の記念のためであった。
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という句を作ったのは、実はこの半鐘の記念のためであった。
二十一
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二十一
私の家についての記憶は、だいたいこういうふうに、いなかびている。
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私の家に関する私の記憶は、惣じてこういう風に鄙びている。
そして、どこかにうすら寒い、あわれな影を宿している。
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そうしてどこかに薄ら寒い憐れな影を宿している。
だから、今も生きている兄から、つい先日、うちの姉たちが芝居に行った当時のようすを聞いたときには、驚いたのである。
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だから今生き残っている兄から、つい此間、うちの姉達が芝居に行った当時の様子を聴いた時には驚ろいたのである。
そんなはでな暮らしをした昔もあったのかと思うと、私はますます夢のような気持ちになるよりほかない。
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そんな派出な暮しをした昔もあったのかと思うと、私はいよいよ夢のような心持になるよりほかはない。
そのころの芝居小屋は、みんな猿若町(さるわかちょう・芝居小屋が集まっていた町)にあった。
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その頃の芝居小屋はみんな猿若町にあった。
電車も俥(くるま・人力車)もない時代に、高田の馬場の下から浅草の観音様の先まで、朝早く行き着こうというのだから、並たいていのことではなかったらしい。
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電車も俥もない時分に、高田の馬場の下から浅草の観音様の先まで朝早く行き着こうと云うのだから、たいていの事ではなかったらしい。
姉たちはみんな夜中に起きて、支度をした。
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姉達はみんな夜半に起きて支度をした。
途中が物騒だというので、用心のために、下男(げなん・男の使用人)が必ずお供をして行ったそうである。
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途中が物騒だというので、用心のため、下男がきっと供をして行ったそうである。
彼らは筑土(つくど)を下りて、柿の木横町から揚場(あげば・船着き場のある地名)へ出て、あらかじめそこの船宿に頼んでおいた屋根船(やねぶね・屋根のついた遊覧用の船)に乗るのである。
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彼らは筑土を下りて、柿の木横町から揚場へ出て、かねてそこの船宿にあつらえておいた屋根船に乗るのである。
私は、彼らがどれほど期待に満ちた気持ちで、のろのろと砲兵工厰(ほうへいこうしょう・兵器を作る工場)の前から御茶の水を通り越し、柳橋まで漕がれていっただろうと想像する。
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私は彼らがいかに予期に充ちた心をもって、のろのろ砲兵工厰の前から御茶の水を通り越して柳橋まで漕がれつつ行っただろうと想像する。
しかも彼らの道のりは、けっしてそこで終わるわけにはいかないのだから、時間に制限をおかなかったその昔が、なおさら思い出のもとになる。
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しかも彼らの道中はけっしてそこで終りを告げる訳に行かないのだから、時間に制限をおかなかったその昔がなおさら回顧の種になる。
大川へ出た船は、流れをさかのぼって吾妻橋を通り抜け、今戸の有明楼(ゆうめいろう)のそばに着けたものだという。
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大川へ出た船は、流を溯って吾妻橋を通り抜けて、今戸の有明楼の傍に着けたものだという。
姉たちはそこから上がって芝居茶屋(しばいぢゃや・芝居小屋の近くの案内所をかねた茶屋)まで歩く。それから、ようやく決められた席につくために、芝居小屋(こや・しばいをする建物)へ案内されて行く。
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姉達はそこから上って芝居茶屋まで歩いて、それからようやく設けの席につくべく、小屋へ送られて行く。
決められた席というのは、必ず高土間(たかどま・見やすい高い場所にある土間の席)と決まっていた。
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設けの席というのは必ず高土間に限られていた。
これは、自分たちの身なりや、顔や、髪飾りが、みんなの目によくつく都合のいい場所だったので、はでな(目立つ)ことを好む人たちが、われ先にと手に入れたがったからであった。
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これは彼らの服装なり顔なり、髪飾なりが、一般の眼によく着く便利のいい場所なので、派出を好む人達が、争って手に入れたがるからであった。
幕あいには、役者について働いている男の人が、「どうぞ楽屋(がくや・役者が支度をする部屋)へ遊びにいらしてください」と言って、案内に来る。
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幕の間には役者に随いている男が、どうぞ楽屋へお遊びにいらっしゃいましと云って案内に来る。
すると姉たちは、ちりめん(絹の布地の一種)の模様のある着物の上に袴(はかま)をはいた男の人について行き、田之助(たのすけ)や訥升(とっしょう)といった、ひいき(お気に入り)の役者の部屋へ行く。そして扇子に絵などをかいてもらって帰ってくる。
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すると姉達はこの縮緬の模様のある着物の上に袴を穿いた男の後に跟いて、田之助とか訥升とかいう贔屓の役者の部屋へ行って、扇子に画などを描いて貰って帰ってくる。
これが、彼女たちの見栄(みえ・かっこうをつけること)だったのだろう。
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これが彼らの見栄だったのだろう。
そしてその見栄は、お金の力がなければ買えないものだったのである。
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そうしてその見栄は金の力でなければ買えなかったのである。
帰りには、来た時と同じ道を、同じ舟で揚場(あげば・舟着き場)まで漕いで戻る。
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帰りには元来た路を同じ舟で揚場まで漕ぎ戻す。
物騒(ぶっそう・あぶない)だからといって、下男が、また提灯(ちょうちん)をつけて迎えに行く。
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無要心だからと云って、下男がまた提灯を点けて迎に行く。
家に着くのは、今の時計で言えば十二時くらいにはなるのだろう。
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宅へ着くのは今の時計で十二時くらいにはなるのだろう。
だから、夜中から次の夜中までかかって、彼女たちはようやく芝居を見ることができたのである。……
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だから夜半から夜半までかかって彼らはようやく芝居を見る事ができたのである。……
こんな華やかな話を聞くと、私は、それがほんとうに自分の家に起きたことなのかと、疑いたくなる。
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こんな華麗な話を聞くと、私ははたしてそれが自分の宅に起った事か知らんと疑いたくなる。
どこか下町の、お金持ちの町家(まちや・商人の家)の昔話を聞かされたような気もする。
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どこか下町の富裕な町家の昔を語られたような気もする。
もっとも、私の家も侍分(さむらいぶん・武士の身分)ではなかった。
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もっとも私の家も侍分ではなかった。
はでな付き合いをしなければならない、名主(なぬし・町の代表役をつとめる町人)という身分の町人であった。
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派出な付合をしなければならない名主という町人であった。
私が知っている父は、はげ頭のおじいさんだったが、若いころには一中節(いっちゅうぶし・三味線に合わせて語る歌の一種)を習ったり、なじみの女性に、ちりめんの積夜具(つみやぐ・つみ重ねた立派なふとん一式)を贈ったりしていたそうである。
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私の知っている父は、禿頭の爺さんであったが、若い時分には、一中節を習ったり、馴染の女に縮緬の積夜具をしてやったりしたのだそうである。
青山に田んぼがあって、そこから届く米だけでも、家の者が食べるには不足がなかったと聞いた。
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青山に田地があって、そこから上って来る米だけでも、家のものが食うには不足がなかったとか聞いた。
実際、今も生きている三番目の兄などは、その米をつく音を、いつも聞いていたと言っている。
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現に今生き残っている三番目の兄などは、その米を舂く音を始終聞いたと云っている。
私の記憶によると、町内の人たちはみんな、私の家のことを「玄関、玄関」と呼んでいた。
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私の記憶によると、町内のものがみんなして私の家を呼んで、玄関玄関と称えていた。
その当時の私には、どういう意味か分からなかったが、今考えると、式台(しきだい・玄関先の一段高い板の間)のついた、いかめしい玄関のある家が、町内にたった一軒しかなかったからだろうと思う。
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その時分の私には、どういう意味か解らなかったが、今考えると、式台のついた厳めしい玄関付の家は、町内にたった一軒しかなかったからだろうと思う。
その式台を上がった所に、突棒(つくぼう)や、袖搦(そでがらみ)や、刺股(さすまた)といった、昔、悪者を捕らえるのに使った道具、それに古ぼけた馬上提灯(ばじょうぢょうちん・馬に乗るときに使うちょうちん)などが並べてかけてあった昔のことなら、私もまだ覚えている。
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その式台を上った所に、突棒や、袖搦や刺股や、また古ぼけた馬上提灯などが、並んで懸けてあった昔なら、私でもまだ覚えている。
二十二
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二十二
この二、三年、私はたいてい年に一度くらいの割合で病気をする。
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この二三年来私はたいてい年に一度くらいの割で病気をする。
そして、床についてから起き上がるまでに、だいたい一か月の日数を使ってしまう。
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そうして床についてから床を上げるまでに、ほぼ一月の日数を潰してしまう。
私の病気といえば、いつも決まって胃の調子が悪くなるものなので、いよいよという時には、絶食療法(ぜっしょくりょうほう・食べ物を断って治す方法)よりほかに、手のつけようがなくなる。
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私の病気と云えば、いつもきまった胃の故障なので、いざとなると、絶食療法よりほかに手の着けようがなくなる。
医者の命令だけでなく、病気の性質そのものが、私にこの絶食をせざるをえなくさせるのである。
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医者の命令ばかりか、病気の性質そのものが、私にこの絶食を余儀なくさせるのである。
だから、病み始めのころより、治りかけてきたころのほうが、よけいにやせこけて、ふらふらする。
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だから病み始めより回復期に向った時の方が、余計痩せこけてふらふらする。
一か月以上もかかるのも、主にこの衰弱(すいじゃく・体が弱ること)のせいであるように思われる。
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一カ月以上かかるのもおもにこの衰弱が祟るからのように思われる。
私が自由に動けるようになると、黒いふちどりのついた印刷物(すりもの・人の死を知らせる印刷物)が、時々私の机の上に置かれる。
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私の立居が自由になると、黒枠のついた摺物が、時々私の机の上に載せられる。
私は、運命を苦笑いする人のように、シルクハットなどをかぶって葬式の供(とも・付き添い)に立ち、俥(くるま・人力車)を走らせて斎場(さいじょう・葬式をする場所)へ駆けつける。
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私は運命を苦笑する人のごとく、絹帽などを被って、葬式の供に立つ、俥を駆って斎場へ駈けつける。
死んだ人の中には、おじいさんもおばあさんもいるが、時には私より年が若く、ふだんから自分の健康を自慢していた人もまじっている。
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死んだ人のうちには、御爺さんも御婆さんもあるが、時には私よりも年歯が若くって、平生からその健康を誇っていた人も交っている。
私は家へ帰り、机の前に座って、人間の寿命とはほんとうに不思議なものだと考える。
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私は宅へ帰って机の前に坐って、人間の寿命は実に不思議なものだと考える。
病気がちな私が、どうして生き残っているのだろうかと、疑ってみる。
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多病な私はなぜ生き残っているのだろうかと疑って見る。
あの人はどういうわけで、私より先に死んだのだろうかと思う。
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あの人はどういう訳で私より先に死んだのだろうかと思う。
私にとって、こういう黙想(もくそう・だまって考えこむこと)にふけるのは、むしろ当然だと言わなければならない。
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私としてこういう黙想に耽るのはむしろ当然だといわなければならない。
けれども、自分の地位や、体や、才能や――すべて自分というものの置かれている場所を忘れがちな人間の一人として、私は「自分は死なないのが当たり前だ」と思いながら暮らしていることが多い。
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けれども自分の位地や、身体や、才能や――すべて己れというもののおり所を忘れがちな人間の一人として、私は死なないのが当り前だと思いながら暮らしている場合が多い。
お経を読む間でさえ、焼香(しょうこう・お香をたく儀式)の時でさえ、死んだ仏のあとに生き残っている、この私という体を、ちっとも不思議に思わず、平気な顔をしていることが多い。
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読経の間ですら、焼香の際ですら、死んだ仏のあとに生き残った、この私という形骸を、ちっとも不思議と心得ずに澄ましている事が常である。
ある人が私に、こう言ったことがある。「他人が死ぬのは当たり前のように見えますが、自分が死ぬということだけは、とても考えられません」
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或人が私に告げて、「他の死ぬのは当り前のように見えますが、自分が死ぬという事だけはとても考えられません」
と言ったことがある。
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と云った事がある。
戦争に出た経験のある男の人に、「そんなに部隊の仲間が次々と倒れるのを見ていながら、自分だけは死なないと思っていられますか」
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戦争に出た経験のある男に、「そんなに隊のものが続々斃れるのを見ていながら、自分だけは死なないと思っていられますか」
そう聞くと、その人はこう答えた。「思っていられますね。だいたい、死ぬまでは死なないと思っているのでしょう」
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と聞いたら、その人は「いられますね。おおかた死ぬまでは死なないと思ってるんでしょう」
と答えた。
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と答えた。
それから、大学の理科に関係のある人に飛行機の話を聞かされた時、こんなやり取りをした覚えもある。
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それから大学の理科に関係のある人に、飛行機の話を聴かされた時に、こんな問答をした覚えもある。
「ああやって、いつも落ちたり死んだりしていたら、後から乗る人は怖いだろうね。次は自分の番だという気になりそうなものだが、そうでないのかな」
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「ああして始終落ちたり死んだりしたら、後から乗るものは怖いだろうね。今度はおれの番だという気になりそうなものだが、そうでないかしら」
「ところが、そうでもないようです」
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「ところがそうでないと見えます」
「なぜ」
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「なぜ」
「なぜって、まったく反対の気持ちに支配されるようになるらしいのです。『あいつは落ちて死んだが、自分は大丈夫だ』という気持ちになるようですね」
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「なぜって、まるで反対の心理状態に支配されるようになるらしいのです。やッぱりあいつは墜落して死んだが、おれは大丈夫だという気になると見えますね」
私もおそらく、こういう人と同じ気持ちで、わりあい平気でいられるのだろう。
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私も恐らくこういう人の気分で、比較的平気にしていられるのだろう。
それも、無理のないことである。
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それもそのはずである。
死ぬまでは、誰でも生きているのだから。
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死ぬまでは誰しも生きているのだから。
不思議なことに、私が病気で寝ている間には、黒いふちどりの知らせが、ほとんど来ない。
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不思議な事に私の寝ている間には、黒枠の通知がほとんど来ない。
去年の秋にも、病気が治った後で、三、四人の葬式に出たのである。
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去年の秋にも病気が癒った後で、三四人の葬儀に列したのである。
その三、四人の中に、会社の佐藤君も入っていた。
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その三四人の中に社の佐藤君も這入っていた。
私は、佐藤君がある宴会の席で、会社からもらった銀盃(ぎんぱい・銀のさかずき)を持ってきて、私にお酒をすすめてくれたことを思い出した。
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私は佐藤君がある宴会の席で、社から貰った銀盃を持って来て、私に酒を勧めてくれた事を思い出した。
その時、彼が踊った変な踊りのことも、まだ覚えている。
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その時彼の踊った変な踊もまだ覚えている。
この元気で崛強(くっきょう・体ががんじょう)な人の葬式に行った私は、彼が死んで自分が生き残っていることを、特に不思議とも思わずにいる時のほうが多い。
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この元気な崛強な人の葬式に行った私は、彼が死んで私が生残っているのを、別段の不思議とも思わずにいる時の方が多い。
しかし、時々考えると、自分が生きているほうが不自然なような気持ちにもなる。
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しかし折々考えると、自分の生きている方が不自然のような心持にもなる。
そして、運命がわざと私を愚弄(ぐろう・ばかにすること)しているのではないかと、疑いたくなる。
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そうして運命がわざと私を愚弄するのではないかしらと疑いたくなる。
二十三
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二十三
今、私の住んでいるすぐ近くに、喜久井町(きくいちょう)という町がある。
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今私の住んでいる近所に喜久井町という町がある。
これは私の生まれた所だから、ほかの人よりもよく知っている。
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これは私の生れた所だから、ほかの人よりもよく知っている。
けれども、私が家を出て、あちこちを漂浪(ひょうろう・さまよい歩くこと)して帰ってきた時には、その喜久井町がだいぶ広がって、いつの間にか根来(ねごろ)のほうまで延びていた。
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けれども私が家を出て、方々漂浪して帰って来た時には、その喜久井町がだいぶ広がって、いつの間にか根来の方まで延びていた。
私に縁故(えんこ・つながり)の深いこの町の名前は、あまりに聞き慣れて育ったせいか、少しも私の過去をさそい出す懐かしい響きを、私に与えてくれない。
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私に縁故の深いこの町の名は、あまり聞き慣れて育ったせいか、ちっとも私の過去を誘い出す懐かしい響を私に与えてくれない。
しかし書斎に一人で座り、頬杖(ほおづえ)をついたまま、川を流れ下る舟のように、心を自由にただよわせておくと、時々私の連想が、喜久井町という四つの文字にばったり出会って、そこでしばらくうろうろし始めることがある。
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しかし書斎に独り坐って、頬杖を突いたまま、流れを下る舟のように、心を自由に遊ばせておくと、時々私の聯想が、喜久井町の四字にぱたりと出会ったなり、そこでしばらく彽徊し始める事がある。
この町は、江戸と呼ばれていた昔には、たぶん存在していなかったものらしい。
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この町は江戸と云った昔には、多分存在していなかったものらしい。
江戸が東京に変わった時か、それともずっと後になってからか、はっきりした年代は分からないが、とにかく私の父が作ったものに違いないのである。
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江戸が東京に改まった時か、それともずっと後になってからか、年代はたしかに分らないが、何でも私の父が拵えたものに相違ないのである。
私の家の定紋(じょうもん・家の紋章)が「井桁(いげた)に菊」なので、それにちなんで菊と井戸の文字を使い、喜久井町としたという話は、父自身の口から聞いたのか、それとも他の人から教わったのか、とにかく今でもまだ私の耳に残っている。
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私の家の定紋が井桁に菊なので、それにちなんだ菊に井戸を使って、喜久井町としたという話は、父自身の口から聴いたのか、または他のものから教わったのか、何しろ今でもまだ私の耳に残っている。
父は、名主という役がなくなってから、しばらく区長という役をつとめていたので、あるいはそういう自由もきいたのかもしれない。それを誇りにしていた父の虚栄心(きょえいしん・見栄をはりたい気持ち)を、今になって考えてみると、いやな気持ちはとうに消えてしまい、ただ微笑みたくなるだけである。
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父は名主がなくなってから、一時区長という役を勤めていたので、あるいはそんな自由も利いたかも知れないが、それを誇にした彼の虚栄心を、今になって考えて見ると、厭な心持は疾くに消え去って、ただ微笑したくなるだけである。
父はさらに、自宅の前から南へ行くときに必ず登らなければならない長い坂に、自分の姓である「夏目」という名前をつけた。
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父はまだその上に自宅の前から南へ行く時に是非共登らなければならない長い坂に、自分の姓の夏目という名をつけた。
残念ながらこれは、喜久井町ほど有名にならず、ただの坂として残っている。
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不幸にしてこれは喜久井町ほど有名にならずに、ただの坂として残っている。
しかし先日、ある人が来て、地図でこのあたりの名前を調べたら「夏目坂」というのがあったと話してくれたので、もしかすると父がつけた名前が、今でも役に立っているのかもしれない。
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しかしこの間、或人が来て、地図でこの辺の名前を調べたら、夏目坂というのがあったと云って話したから、ことによると父の付けた名が今でも役に立っているのかも知れない。
私が早稲田(わせだ)に帰ってきたのは、東京を出てから何年ぶりになるだろう。
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私が早稲田に帰って来たのは、東京を出てから何年ぶりになるだろう。
私は今の住まいに移る前、家を探すためだったか、それとも遠足の帰り道だったか、久しぶりに、たまたま私の昔の家の横に出た。
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私は今の住居に移る前、家を探す目的であったか、また遠足の帰り路であったか、久しぶりで偶然私の旧家の横へ出た。
その時、表から二階の古い瓦が少し見えたので、まだ残っているのかと思いながら、私はそのまま通り過ぎてしまった。
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その時表から二階の古瓦が少し見えたので、まだ生き残っているのかしらと思ったなり、私はそのまま通り過ぎてしまった。
早稲田に移ってから、私はまた、その家の門の前を通ってみた。
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早稲田に移ってから、私はまたその門前を通って見た。
表からのぞくと、なんだか昔と変わらないような気もしたが、門には、思いもよらない下宿屋の看板がかかっていた。
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表から覗くと、何だかもとと変らないような気もしたが、門には思いも寄らない下宿屋の看板が懸っていた。
私は、昔の早稲田の田んぼが見たかった。
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私は昔の早稲田田圃が見たかった。
しかし、そこはもう町になっていた。
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しかしそこはもう町になっていた。
私は、根来の茶畑と竹やぶを、一目見たかった。
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私は根来の茶畠と竹藪を一目眺めたかった。
しかし、その痕跡(こんせき・あとかた)は、どこにも見つけることができなかった。
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しかしその痕迹はどこにも発見する事ができなかった。
たぶんこのあたりだろうと推測した私の見当は、当たっているのか外れているのか、それさえ分からなかった。
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多分この辺だろうと推測した私の見当は、当っているのか、外れているのか、それさえ不明であった。
私はぼんやりと、その場に立ちつくした。
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私は茫然として佇立した。
なぜ、私の家だけが、過去の残骸(ざんがい・こわれて残ったもの)のように存在しているのだろう。
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なぜ私の家だけが過去の残骸のごとくに存在しているのだろう。
私は心の中で、早くそれがくずれてしまえばいいのにと思った。
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私は心のうちで、早くそれが崩れてしまえば好いのにと思った。
「時」
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「時」
は力であった。
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は力であった。
去年、私が高田のほうへ散歩したついでに、何気なくそこを通り過ぎると、私の家はきれいに取り壊されて、そのあとに新しい下宿屋が建てられているところだった。
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去年私が高田の方へ散歩したついでに、何気なくそこを通り過ぎると、私の家は綺麗に取り壊されて、そのあとに新らしい下宿屋が建てられつつあった。
そのそばには、質屋(しちや・品物を預かってお金を貸す店)もできていた。
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その傍には質屋もできていた。
質屋の前にはまばらな囲いがしてあり、その中に庭木が少し植えてあった。
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質屋の前に疎らな囲をして、その中に庭木が少し植えてあった。
三本の松は、見る影もないほど枝を刈り込まれて、ほとんど不格好な形になっていたが、どこか見覚えがあるような気持ちを私に起こさせた。
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三本の松は、見る影もなく枝を刈り込まれて、ほとんど畸形児のようになっていたが、どこか見覚のあるような心持を私に起させた。
昔、「影参差(しんし・入り交じって不ぞろいなこと)松三本の月夜かな」
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昔し「影参差松三本の月夜かな」
と詠んだのは、もしかしたらこの松のことではなかったろうかと考えながら、私はまた家に帰った。
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と咏ったのは、あるいはこの松の事ではなかったろうかと考えつつ、私はまた家に帰った。
二十四
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二十四
「そんな所で育って、よく今日まで何事もなくすんだものですね」
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「そんな所に生い立って、よく今日まで無事にすんだものですね」
「まあ、どうにかこうにか、何事もなくやってきました」
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「まあどうかこうか無事にやって来ました」
私たちが使った「無事」という言葉は、男女の間に起こる恋の波瀾(はらん・もめごと)がないという意味で、いわば恋愛沙汰の反対を指したようなものであったが、私の追及したい気持ちは、この簡単な一言の答えでは満足できなかった。
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私達の使った無事という言葉は、男女の間に起る恋の波瀾がないという意味で、云わば情事の反対を指したようなものであるが、私の追窮心は簡単なこの一句の答で満足できなかった。
「よく人が言いますよね。菓子屋(かしや)に奉公(ほうこう・住みこみで働くこと)すると、どんなに甘いものが好きな男でも、お菓子が嫌いになるって。お彼岸(ひがん)におはぎなどを作っているところを、家で見ていても分かるじゃありませんか。作る人は、ただおはぎをお重(じゅう・重箱)に詰めるだけで、もうげんなりした顔をしているくらいだから。あなたの場合も、そういうわけなんですか」
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「よく人が云いますね、菓子屋へ奉公すると、いくら甘いものの好な男でも、菓子が厭になるって、御彼岸に御萩などを拵えているところを宅で見ていても分るじゃありませんか、拵えるものは、ただ御萩を御重に詰めるだけで、もうげんなりした顔をしているくらいだから。あなたの場合もそんな訳なんですか」
「そういうわけでもないようです。とにかく二十歳を少し過ぎるまでは、平気でいたのですから」
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「そういう訳でもないようです。とにかく廿歳少し過ぎまでは平気でいたのですから」
その人は、ある意味で見た目のいい男であった。
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その人はある意味において好男子であった。
「たとえあなたが平気でいても、相手が平気でいない場合がないとも限らないじゃありませんか。そんな時には、どうしても誘われがちになるのが当たり前でしょう」
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「たといあなたが平気でいても、相手が平気でいない場合がないとも限らないじゃありませんか。そんな時には、どうしたって誘われがちになるのが当り前でしょう」
「今からふり返ってみると、なるほどこういうつもりであんなことをしたのかとか、あんなことを言ったのかとか、いろいろ思い当たることがないわけでもありません」
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「今からふり返って見ると、なるほどこういう意味でああいう事をしたのだとか、あんな事を云ったのだとか、いろいろ思い当る事がないでもありません」
「じゃあ、まったく気がつかずにいたのですね」
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「じゃ全く気がつかずにいたのですね」
「まあ、そうです。それから、こちらで気づいたこともひとつありました。しかし私の心は、どうしてもその相手にひきつけられることができなかったのです」
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「まあそうです。それからこちらで気のついたのも一つありました。しかし私の心はどうしても、その相手に惹きつけられる事ができなかったのです」
私は、それで話が終わったのかと思った。
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私はそれが話の終りかと思った。
二人の前には、正月のお膳(ぜん)が置いてあった。
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二人の前には正月の膳が据えてあった。
客は少しもお酒を飲まなかったし、私もほとんど盃(さかずき)に手を触れなかったから、お酒をやり取りすること(献酬・けんしゅう)は、まったくなかった。
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客は少しも酒を飲まないし、私もほとんど盃に手を触れなかったから、献酬というものは全くなかった。
「それだけで、今日まで過ごしてこられたのですか」
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「それだけで今日まで経過して来られたのですか」
と私は、吸い物をすすりながら、念のために聞いてみた。
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と私は吸物をすすりながら念のために訊いて見た。
すると客は、突然こんな話を私にして聞かせた。
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すると客は突然こんな話を私にして聞かせた。
「まだ使用人だったころ、ある女の人と二年くらい会っていたことがあります。相手はもちろん、ふつうの娘さんではありませんでした(芸者だったのです)。しかしその女の人は、もういません。首をくくって死んでしまったのです。年は十九でした。十日ほど会わないでいるうちに、死んでしまったのです。その女の人にはね、だんな(お金を出して面倒を見る人)が二人いて、両方が意地になって、身請け(みうけ・お金を払って自由の身にすること)のお金をつり上げようとしたのです。しかも両方とも年上の芸者を味方につけて、『こっちへ来い』『あっちへ行くな』と、義理で追いつめもしたようなのです。……」
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「まだ使用人であった頃に、ある女と二年ばかり会っていた事があります。相手は無論素人ではないのでした。しかしその女はもういないのです。首を縊って死んでしまったのです。年は十九でした。十日ばかり会わないでいるうちに死んでしまったのです。その女にはね、旦那が二人あって、双方が意地ずくで、身受の金を競り上げにかかったのです。それに双方共老妓を味方にして、こっちへ来い、あっちへ行くなと義理責にもしたらしいのです。……」
「あなたはそれを、救ってやることができなかったのですか」
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「あなたはそれを救ってやる訳に行かなかったのですか」
「当時の私は、丁稚(でっち・商家に住みこんで働く少年)に少し毛が生えたようなもので、とてもどうにもできないのです」
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「当時の私は丁稚の少し毛の生えたようなもので、とてもどうもできないのです」
「しかし、その芸妓(げいしゃ)は、あなたのために死んだのではありませんか」
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「しかしその芸妓はあなたのために死んだのじゃありませんか」
「さあ……。一度に両方のだんなに義理を立てることができなかったからかもしれませんが。……しかし、私たち二人の間には、どこへも行かないという約束があったに違いないのです」
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「さあ……。一度に双方の旦那に義理を立てる訳に行かなかったからかも知れませんが。……しかし私ら二人の間に、どこへも行かないという約束はあったに違ないのです」
「すると、あなたが間接にその女の人を殺したことになるのかもしれませんね」
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「するとあなたが間接にその女を殺した事になるのかも知れませんね」
「あるいは、そうかもしれません」
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「あるいはそうかも知れません」
「あなたは、寝覚め(ねざめ・目が覚めたときの気持ち)が悪くありませんか」
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「あなたは寝覚が悪かありませんか」
「どうも、よくないのです」
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「どうも好くないのです」
元日に人でこみ合っていた私の座敷は、二日になると、さびしいくらい静かであった。
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元日に込み合った私の座敷は、二日になって淋しいくらい静かであった。
私は、そのさびしい春の松の内(まつのうち・正月のお祝いの期間)に、こういう哀れな物語を、その年始のお客から聞いたのである。
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私はその淋しい春の松の内に、こういう憐れな物語りを、その年賀の客から聞いたのである。
客はまじめで正直な人だったから、それを話すときにも、なまめかしい言葉はほとんど使わなかった。
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客は真面目な正直な人だったから、それを話すにも、ほとんど艶っぽい言葉を使わなかった。
二十五
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二十五
これは、私がまだ千駄木(せんだぎ)にいたころの話だから、年数にすると、もうだいぶ昔のことになる。
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私がまだ千駄木にいた頃の話だから、年数にすると、もうだいぶ古い事になる。
ある日、私は切通し(きりどおし)のほうへ散歩した帰りに、本郷四丁目の角に出るかわりに、もうひとつ手前の細い通りを北へ曲がった。
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或日私は切通しの方へ散歩した帰りに、本郷四丁目の角へ出る代りに、もう一つ手前の細い通りを北へ曲った。
その曲がり角には、その頃あった牛屋(ぎゅうや・牛肉を食べさせる店)のそばに、寄席の看板が、いつもかかっていた。
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その曲り角にはその頃あった牛屋の傍に、寄席の看板がいつでも懸っていた。
雨の降る日だったので、私はもちろん傘をさしていた。
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雨の降る日だったので、私は無論傘をさしていた。
それは鉄御納戸色(てつおなんどいろ・青みがかった灰色)の、大きくて深い形の傘で、上からもれてくるしずくが、木の柄をつたわって、私の手をぬらし始めた。
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それが鉄御納戸の八間の深張で、上から洩ってくる雫が、自然木の柄を伝わって、私の手を濡らし始めた。
人通りの少ないこの小道は、すべての泥を雨で洗い流したかのように、下駄(げた)の歯にひっかかるような汚いものは、ほとんどなかった。
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人通りの少ないこの小路は、すべての泥を雨で洗い流したように、足駄の歯に引っ懸る汚ないものはほとんどなかった。
それでも、上を見れば暗く、下を見ればわびしかった。
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それでも上を見れば暗く、下を見れば佗びしかった。
いつも通り慣れているせいでもあろうが、私のまわりには、何ひとつ私の目を引くものは見えなかった。
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始終通りつけているせいでもあろうが、私の周囲には何一つ私の眼を惹くものは見えなかった。
そして、私の心は、この天気とこの周囲に、よく似ていた。
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そうして私の心はよくこの天気とこの周囲に似ていた。
私には、自分の心をむしばむような、不愉快なかたまりが、いつもあった。
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私には私の心を腐蝕するような不愉快な塊が常にあった。
私は陰気な(暗い気持ちの)顔をしながら、ぼんやりと雨の降る中を歩いていた。
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私は陰欝な顔をしながら、ぼんやり雨の降る中を歩いていた。
日蔭町(ひかげちょう)の寄席の前まで来た私は、突然、一台の幌俥(ほろぐるま・幌のついた人力車)に出会った。
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日蔭町の寄席の前まで来た私は、突然一台の幌俥に出合った。
私と人力車の間には、さえぎるものが何もなかったので、私は遠くから、乗っている人が女の人だということに気がついた。
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私と俥の間には何の隔りもなかったので、私は遠くからその中に乗っている人の女だという事に気がついた。
まだセルロイドの窓などがなかった時代だから、車に乗っている人は、遠くからその白い顔を私に見せていたのである。
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まだセルロイドの窓などのできない時分だから、車上の人は遠くからその白い顔を私に見せていたのである。
私の目には、その白い顔がとても美しく映った。
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私の眼にはその白い顔が大変美しく映った。
私は、雨の中を歩きながら、じっとその人の姿に見とれていた。
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私は雨の中を歩きながらじっとその人の姿に見惚れていた。
同時に、これは芸者だろうという推察が、まるで事実であるかのように、私の心に働きかけてきた。
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同時にこれは芸者だろうという推察が、ほとんど事実のように、私の心に働らきかけた。
すると、人力車が私の一間(いっけん・約一.八メートル)ほど前まで来た時、突然、私が見ていた美しい人が、ていねいなおじぎを私にして、通り過ぎた。
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すると俥が私の一間ばかり前へ来た時、突然私の見ていた美しい人が、鄭寧な会釈を私にして通り過ぎた。
私は、微笑をともなったそのあいさつとともに、相手が大塚楠緒(おおつかくすお)さんであったことに、初めて気がついた。
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私は微笑に伴なうその挨拶とともに、相手が、大塚楠緒さんであった事に、始めて気がついた。
次に会ったのは、それから何日目だったろうか。楠緒(くすお)さんが私に、「この間は失礼しました」
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次に会ったのはそれから幾日目だったろうか、楠緒さんが私に、「この間は失礼しました」
と言ったので、私は、ありのままのことを話す気になった。
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と云ったので、私は私のありのままを話す気になった。
「実は、どこのお美しい方かと思って見ていました。芸者さんじゃないかしらとも考えたのです」
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「実はどこの美くしい方かと思って見ていました。芸者じゃないかしらとも考えたのです」
その時、楠緒さんが何と答えたか、私は確かに覚えていないけれども、楠緒さんは少しも顔を赤らめなかった。
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その時楠緒さんが何と答えたか、私はたしかに覚えていないけれども、楠緒さんはちっとも顔を赧らめなかった。
それから、いやな表情も見せなかった。
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それから不愉快な表情も見せなかった。
私の言葉を、ただそのまま受け取ったらしく思われた。
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私の言葉をただそのままに受け取ったらしく思われた。
それからずっと経って、ある日、楠緒さんがわざわざ早稲田まで訪ねて来てくれたことがある。
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それからずっと経って、ある日楠緒さんがわざわざ早稲田へ訪ねて来てくれた事がある。
ところがあいにく、私は妻とけんかをしていた。
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しかるにあいにく私は妻と喧嘩をしていた。
私はいやな顔をしたまま、書斎にじっと座っていた。
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私は厭な顔をしたまま、書斎にじっと坐っていた。
楠緒さんは、妻と十分ほど話をして帰って行った。
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楠緒さんは妻と十分ばかり話をして帰って行った。
その日はそれですんだが、まもなく私は西片町(にしかたまち)へ、あやまりに出かけた。
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その日はそれですんだが、ほどなく私は西片町へ詫まりに出かけた。
「実は、けんかをしていたのです。妻もきっと無愛想でしたでしょう。私はまた、苦々しい顔を見せるのも失礼だと思って、わざと引っこんでいたのです」
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「実は喧嘩をしていたのです。妻も定めて無愛想でしたろう。私はまた苦々しい顔を見せるのも失礼だと思って、わざと引込んでいたのです」
これに対する楠緒さんの返事も、今ではもう遠い過去になって、思い出すことができないほど、記憶の底に沈んでしまった。
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これに対する楠緒さんの挨拶も、今では遠い過去になって、もう呼び出す事のできないほど、記憶の底に沈んでしまった。
楠緒さんが死んだという知らせが来たのは、たしか私が胃腸病院に入院しているころであった。
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楠緒さんが死んだという報知の来たのは、たしか私が胃腸病院にいる頃であった。
死去の広告の中に、私の名前を使ってもかまわないかと、電話で問い合わせられたことなども、まだ覚えている。
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死去の広告中に、私の名前を使って差支ないかと電話で問い合された事などもまだ覚えている。
私は病院で、「あるほどの菊投げ入れよ棺(かん)の中」
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私は病院で「ある程の菊投げ入れよ棺の中」
という手向け(たむけ・死者にささげる言葉)の句を、楠緒さんのためによんだ。
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という手向の句を楠緒さんのために咏んだ。
それを、俳句の好きなある男の人が喜んで、わざわざ私に頼み、短冊に書かせて持って行ったのも、もう昔のことになってしまった。
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それを俳句の好きなある男が嬉しがって、わざわざ私に頼んで、短冊に書かせて持って行ったのも、もう昔になってしまった。
二十六
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二十六
益(ます)さんが、どうしてそんなに落ちぶれてしまったのか、私には分からない。
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益さんがどうしてそんなに零落たものか私には解らない。
何しろ、私が知っている益さんは、郵便配達人(ゆうびんはいたつにん)であった。
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何しろ私の知っている益さんは郵便脚夫であった。
益さんの弟の庄(しょう)さんも、家をつぶして私の所へ転がりこみ、食客(いそうろう・世話になって住みつく人)になっていたが、これはまだ益さんより社会的な地位が高かった。
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益さんの弟の庄さんも、家を潰して私の所へ転がり込んで食客になっていたが、これはまだ益さんよりは社会的地位が高かった。
子どものころ、本町の鰯屋(いわしや・いわしを売る店)に奉公に行っていた時、港の西洋人にかわいがられて、外国へ連れて行くと言われたのを断ったのが、今考えると残念だなどと、いつも話していた。
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小供の時分本町の鰯屋へ奉公に行っていた時、浜の西洋人が可愛がって、外国へ連れて行くと云ったのを断ったのが、今考えると残念だなどと始終話していた。
二人とも、私の母方のいとこに当たる男の人だったので、そのつながりで、益さんは弟に会うため、また私の父に敬意をしめすために、月に一度くらい、牛込(うしごめ)の奥まで、せんべいの袋などをおみやげに持って、よく訪ねて来た。
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二人とも私の母方の従兄に当る男だったから、その縁故で、益さんは弟に会うため、また私の父に敬意を表するため、月に一遍ぐらいは、牛込の奥まで煎餅の袋などを手土産に持って、よく訪ねて来た。
益さんはその頃、芝のはずれか、または品川の近くに家を持って、一人暮らしの、のんびりした生活をしていたらしいので、うちへ来ると、よく泊まって行った。
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益さんはその時何でも芝の外れか、または品川近くに世帯を持って、一人暮しの呑気な生活を営んでいたらしいので、宅へ来るとよく泊まって行った。
たまに帰ろうとすると、兄たちが寄ってたかって、「帰るとただじゃおかないぞ」
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たまに帰ろうとすると、兄達が寄ってたかって、「帰ると承知しないぞ」
などと、おどしたものである。
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などと威嚇したものである。
当時、二番目と三番目の兄は、まだ南校(なんこう)という学校に通っていた。
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当時二番目と三番目の兄は、まだ南校へ通っていた。
南校というのは、今の高等商業学校のある場所にあって、そこを卒業すると、開成学校、つまり今の大学に入るしくみになっていたものらしかった。
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南校というのは今の高等商業学校の位置にあって、そこを卒業すると、開成学校すなわち今日の大学へ這入る組織になっていたものらしかった。
彼らは夜になると、玄関に桐(きり)の机を並べて、明日の予習をする。
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彼らは夜になると、玄関に桐の机を並べて、明日の下読をする。
予習といっても、今の学生がやるのとは、だいぶ違っていた。
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下読と云ったところで、今の書生のやるのとはだいぶ違っていた。
グードリッチの『英国史』というような本を、ひと区切りずつ読み、それから本を机の上に伏せて、口の中で、今読んだとおりを暗誦(あんしょう・覚えて口に出すこと)するのである。
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グードリッチの英国史といったような本を、一節ぐらいずつ読んで、それからそれを机の上へ伏せて、口の内で今読んだ通りを暗誦するのである。
その予習がすむと、だんだん益さんが必要になってくる。
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その下読が済むと、だんだん益さんが必要になって来る。
庄さんも、いつの間にかそこへ顔を出す。
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庄さんもいつの間にかそこへ顔を出す。
一番上の兄も、機嫌のいい時は、わざわざ奥から玄関まで出て来る。
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一番目の兄も、機嫌の好い時は、わざわざ奥から玄関まで出張って来る。
そして、みんな一緒になって、益さんをからかい始める。
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そうしてみんないっしょになって、益さんに調戯い始める。
「益さん、西洋人の所へ手紙を配達することもあるだろう」
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「益さん、西洋人の所へ手紙を配達する事もあるだろう」
「そりゃ商売ですから、いやだって仕方がありません。持って行きますよ」
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「そりゃ商売だから厭だって仕方がありません、持って行きますよ」
「益さんは英語ができるのかね」
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「益さんは英語ができるのかね」
「英語ができるくらいなら、こんなことはしていません」
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「英語ができるくらいならこんな真似をしちゃいません」
「しかし、『郵便ッ』とか何とか、大きな声を出さなくちゃならないだろう」
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「しかし郵便ッとか何とか大きな声を出さなくっちゃならないだろう」
「そりゃ日本語で間に合いますよ。異人(いじん・外国人)だって、近ごろは日本語が分かりますもの」
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「そりゃ日本語で間に合いますよ。異人だって、近頃は日本語が解りますもの」
「へええ、向こうでも何とか言うのかね」
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「へええ、向でも何とか云うのかね」
「言いますとも。ペロリさんの奥さんなんか、『あなたよろしい、ありがとう』と、ちゃんと日本語であいさつをするくらいです」
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「云いますとも。ペロリの奥さんなんか、あなたよろしいありがとうと、ちゃんと日本語で挨拶をするくらいです」
みんなは、益さんをここまで話をひき出しておいて、どっと笑うのである。
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みんなは益さんをここまでおびき出しておいて、どっと笑うのである。
それからまた、「益さん、何て言うんだって、その奥さんは」
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それからまた「益さん何て云うんだって、その奥さんは」
と、何度も同じことを聞いては、いつまでも笑いの種にしようとたくらむのである。
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と何遍も一つ事を訊いては、いつまでも笑いの種にしようと巧らんでかかる。
益さんも、しまいには苦笑いをして、とうとう「あなたよろしい」
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益さんもしまいには苦笑いをして、とうとう「あなたよろしい」
を言うのをやめてしまう。
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をやめにしてしまう。
すると今度は、「じゃ益さん、『野中の一本杉』をやってごらんよ」
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すると今度は「じゃ益さん、野中の一本杉をやって御覧よ」
と、誰かが言い出す。
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と誰かが云い出す。
「やれと言われても、そうおいそれとやれるものじゃありません」
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「やれったって、そうおいそれとやれるもんじゃありません」
「まあいいから、おやりよ。『いよいよ野中の一本杉の所まで参りますと……』」
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「まあ好いから、おやりよ。いよいよ野中の一本杉の所まで参りますと……」
益さんは、それでもにやにやして応じない。
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益さんはそれでもにやにやして応じない。
私はとうとう、益さんの『野中の一本杉』というものを、聞かずじまいになってしまった。
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私はとうとう益さんの野中の一本杉というものを聴かずにしまった。
今考えると、それはどうも、講釈(こうしゃく・語り物の一種)か、人情噺(にんじょうばなし・人情を語る話)の一節ではなかったかと思う。
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今考えると、それは何でも講釈か人情噺の一節じゃないかしらと思う。
私が大人になるころには、益さんも、もううちへ来なくなった。
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私の成人する頃には益さんももう宅へ来なくなった。
だいたい、死んでしまったのだろう。
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おおかた死んだのだろう。
生きていれば、何か便り(たより・知らせ)があるはずである。
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生きていれば何か消息のあるはずである。
しかし、死んだにしても、いつ死んだのか、私は知らない。
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しかし死んだにしても、いつ死んだのか私は知らない。
二十七
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二十七
私は、芝居というものに、あまり親しみがない。
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私は芝居というものに余り親しみがない。
ことに旧劇(きゅうげき・昔ながらの歌舞伎などの芝居)は、よく分からない。
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ことに旧劇は解らない。
これは、昔からその世界で発達してきた芝居の決まりごとを知らないので、舞台の上に広がる特別な世界にとけこむ力が、私には欠けているためだとも思う。
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これは古来からその方面で発達して来た演芸上の約束を知らないので、舞台の上に開展される特別の世界に、同化する能力が私に欠けているためだとも思う。
しかし、それだけではない。
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しかしそればかりではない。
私が旧劇を見て、いちばん変に感じるのは、役者が自然と不自然の間を、どっちつかずにぶらぶら歩いていることである。
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私が旧劇を見て、最も異様に感ずるのは、役者が自然と不自然の間を、どっちつかずにぶらぶら歩いている事である。
それが私に、中腰(ちゅうごし・立つでも座るでもない中途半端な姿勢)のような落ち着かない気持ちを起こさせるのも、おそらく当然のことなのだろう。
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それが私に、中腰と云ったような落ちつけない心持を引き起させるのも恐らく理の当然なのだろう。
しかし舞台の上に子どもなどが出て来て、かん高い声で、哀れっぽいことなどを言う時には、さすがの私でも、知らず知らずのうちに目に涙がにじみ出る。
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しかし舞台の上に子供などが出て来て、甲の高い声で、憐れっぽい事などを云う時には、いかな私でも知らず知らず眼に涙が滲み出る。
そして、すぐに、ああ、だまされたなと後悔する。
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そうしてすぐ、ああ騙されたなと後悔する。
なぜあんなに、安っぽい涙をこぼしたのだろうと思う。
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なぜあんなに安っぽい涙を零したのだろうと思う。
「どう考えても、だまされて泣くのはいやだ」
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「どう考えても騙されて泣くのは厭だ」
と、私はある人に言った。
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と私はある人に告げた。
芝居好きのその相手は、「それが先生のふだんの姿なのでしょう。ふだん涙を控えめにしているほうが、かえってあなたのよそゆき(本当の自分ではない、すましたようす)じゃありませんか」
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芝居好のその相手は、「それが先生の常態なのでしょう。平生涙を控え目にしているのは、かえってあなたのよそゆきじゃありませんか」
と注意した。
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と注意した。
私はその考えに不満だったので、いろいろな方向から相手を納得させようとしているうちに、話題は、いつのまにか絵画のほうへ移っていった。
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私はその説に不服だったので、いろいろの方面から向を納得させようとしているうちに、話題がいつか絵画の方に滑って行った。
その男の人は、この間、参考品として美術協会に出品された若冲(じゃくちゅう・江戸時代の画家)の御物(ぎょぶつ・天皇家の持ち物)をとても喜んで、その評論をどこかの雑誌に載せるとかいううわさであった。
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その男はこの間参考品として美術協会に出た若冲の御物を大変に嬉しがって、その評論をどこかの雑誌に載せるとかいう噂であった。
私はまた、あの鶏の絵がひどく気に入らなかったので、ここでも芝居の時と同じような議論が、二人の間に起こった。
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私はまたあの鶏の図がすこぶる気に入らなかったので、ここでも芝居と同じような議論が二人の間に起った。
「いったい、君に絵を論じる資格はないはずだ」
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「いったい君に画を論ずる資格はないはずだ」
と、私はついに、彼をきびしくののしった。
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と私はついに彼を罵倒した。
すると、この一言がもとになって、彼は「芸術一元論(げいじゅついちげんろん・すべての芸術は根本で一つだという考え)」を主張し始めた。
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するとこの一言が本になって、彼は芸術一元論を主張し出した。
彼の言いたいことをかいつまんで言うと、すべての芸術は同じみなもとから湧き出てくるのだから、その中のひとつさえしっかり身につけておけば、ほかのものも自然に理解できるはずだという理屈であった。
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彼の主意をかいつまんで云うと、すべての芸術は同じ源から湧いて出るのだから、その内の一つさえうんと腹に入れておけば、他は自ずから解し得られる理窟だというのである。
その場にいた人の中には、彼に同意する者も少なくなかった。
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座にいる人のうちで、彼に同意するものも少なくなかった。
「じゃあ、小説を作れば、自然と柔道もうまくなるのかい」
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「じゃ小説を作れば、自然柔道も旨くなるかい」
と、私は冗談半分に言った。
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と私が笑談半分に云った。
「柔道は芸術じゃありませんよ」
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「柔道は芸術じゃありませんよ」
と、相手も笑いながら答えた。
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と相手も笑いながら答えた。
芸術は、平等観(びょうどうかん・すべてを同じに見る考え方)から出発するのではない。
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芸術は平等観から出立するのではない。
たとえそこから出発するとしても、差別観(さべつかん・それぞれの違いを見分ける考え方)に入ってはじめて花が咲くのだから、それを元の平等観に戻してしまえば、絵も彫刻も文章も、すっかり無くなってしまう。
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よしそこから出立するにしても、差別観に入って始めて、花が咲くのだから、それを本来の昔へ返せば、絵も彫刻も文章も、すっかり無に帰してしまう。
そこに、いったい何の共通するものがあるだろうか。
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そこに何で共通のものがあろう。
たとえあったとしても、実際の役には立たない。
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たとい有ったにしたところで、実際の役には立たない。
彼我(ひが・自分と相手)に共通する具体的なものなどを、発見できるはずもない。
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彼我共通の具体的のものなどの発見もできるはずがない。
こういうのが、その時の私の論旨(ろんし・議論の要点)であった。
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こういうのがその時の私の論旨であった。
そしてその論旨は、けっして十分なものではなかった。
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そうしてその論旨はけっして充分なものではなかった。
もっと相手の主張を取り入れて、周到な(しゅうとうな・行き届いた)解釈をくだしてやる余地は、いくらでもあったのである。
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もっと先方の主張を取り入れて、周到な解釈を下してやる余地はいくらでもあったのである。
しかしその時、その場にいた一人が、突然私の議論を引き受けて、相手に向かい出したので、私も面倒になって、つい、そのままにしておいた。
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しかしその時座にいた一人が、突然私の議論を引き受けて相手に向い出したので、私も面倒だからついそのままにしておいた。
けれども、私の代わりになったその男は、だいぶ酔っていた。
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けれども私の代りになったその男というのはだいぶ酔っていた。
それで、芸術がどうの、文芸がどうのと、しきりにしゃべるけれど、あまり要領を得たことは言わなかった。
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それで芸術がどうだの、文芸がどうだのと、しきりに弁ずるけれども、あまり要領を得た事は云わなかった。
言葉づかいさえ、少しへべれけ(酔っぱらってしまりがないようす)であった。
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言葉遣いさえ少しへべれけであった。
初めのうちは面白がって笑っていた人たちも、しまいには黙ってしまった。
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初めのうちは面白がって笑っていた人達も、ついには黙ってしまった。
「じゃあ絶交(ぜっこう・つきあいをやめること)しよう」
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「じゃ絶交しよう」
などと、酔った男がしまいに言い出した。
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などと酔った男がしまいに云い出した。
私は「絶交するなら外でやってくれ、ここでは迷惑だから」
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私は「絶交するなら外でやってくれ、ここでは迷惑だから」
と注意した。
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と注意した。
「じゃあ外へ出て絶交しようか」
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「じゃ外へ出て絶交しようか」
と、酔った男が相手に持ちかけたが、相手が動かないので、とうとうそれきりになってしまった。
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と酔った男が相手に相談を持ちかけたが、相手が動かないので、とうとうそれぎりになってしまった。
これは、今年の元日の出来事である。
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これは今年の元日の出来事である。
酔った男はそれから、ちょいちょい遊びに来るが、その時のけんかについては、ひと言も言わない。
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酔った男はそれからちょいちょい来るが、その時の喧嘩については一口も云わない。
二十八
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二十八
ある人が私の家の猫を見て、「これは何代目の猫ですか」
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ある人が私の家の猫を見て、「これは何代目の猫ですか」
と聞いたとき、私は何気なく「二代目です」
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と訊いた時、私は何気なく「二代目です」
と答えたが、あとで考えると、二代目はもう通り越して、実は三代目になっていた。
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と答えたが、あとで考えると、二代目はもう通り越して、その実三代目になっていた。
初代の猫は、宿なしだったにもかかわらず、ある意味ではだいぶ有名になった。それにひきかえ、二代目の一生は、飼い主の私にさえ忘れられるくらい、短い命だった。
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初代は宿なしであったにかかわらず、ある意味からして、だいぶ有名になったが、それに引きかえて、二代目の生涯は、主人にさえ忘れられるくらい、短命だった。
私は、誰がそれをどこから貰ってきたのか、よく知らない。
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私は誰がそれをどこから貰って来たかよく知らない。
しかし、手のひらに載せられるくらい小さな姿で、その猫があちこち這いまわっていたころのことを、私はまだ覚えている。
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しかし手の掌に載せれば載せられるような小さい恰好をして、彼がそこいら中這い廻っていた当時を、私はまだ記憶している。
このかわいそうな動物は、ある朝、家の者が床をあげるときに、誤って上から踏み殺してしまった。
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この可憐な動物は、ある朝家のものが床を揚げる時、誤って上から踏み殺してしまった。
ぐうという声がしたので、布団の下に潜りこんでいるその猫をすぐに引き出して、それなりの手当てをしたが、もう間に合わなかった。
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ぐうという声がしたので、蒲団の下に潜り込んでいる彼をすぐ引き出して、相当の手当をしたが、もう間に合わなかった。
その猫は、それから一日、二日して、とうとう死んでしまった。
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彼はそれから一日二日してついに死んでしまった。
その後に来たのが、すなわち真っ黒な今の猫である。
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その後へ来たのがすなわち真黒な今の猫である。
私はこの黒猫を、かわいがってもいなければ、憎んでもいない。
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私はこの黒猫を可愛がっても憎がってもいない。
猫のほうでも、家じゅうをのそのそ歩きまわるだけで、私のそばに寄ってこようという好意を見せたことがない。
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猫の方でも宅中のそのそ歩き廻るだけで、別に私の傍へ寄りつこうという好意を現わした事がない。
あるとき、その猫は台所の戸棚に入りこんで、鍋の中に落ちた。
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ある時彼は台所の戸棚へ這入って、鍋の中へ落ちた。
その鍋の中には、ごま油がたっぷり入っていたので、猫の体は、まるで整髪料でも塗ったように光り始めた。
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その鍋の中には胡麻の油がいっぱいあったので、彼の身体はコスメチックでも塗りつけたように光り始めた。
猫はその光る体で、私の原稿用紙の上に寝てしまったものだから、油がすっかり下までしみこんで、私はずいぶんひどい目にあった。
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彼はその光る身体で私の原稿紙の上に寝たものだから、油がずっと下まで滲み通って私をずいぶんな目に逢わせた。
去年、私が病気をする少し前に、その猫は突然、皮膚病にかかった。
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去年私の病気をする少し前に、彼は突然皮膚病に罹った。
顔から額にかけて、毛がだんだん抜けてくる。
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顔から額へかけて、毛がだんだん抜けて来る。
それをしきりに爪でかくものだから、かさぶたがぼろぼろ落ちて、あとが丸裸のようになる。
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それをしきりに爪で掻くものだから、瘡葢がぼろぼろ落ちて、痕が赤裸になる。
私はある日、食事の最中にこのみっともないようすを眺めて、いやな顔をした。
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私はある日食事中この見苦しい様子を眺めて厭な顔をした。
「ああ、かさぶたをこぼして、もし子どもにでもうつるといけないから、病院へ連れていって、早く治療をしてやるといい」
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「ああ瘡葢を零して、もし小供にでも伝染するといけないから、病院へ連れて行って早く療治をしてやるがいい」
私は家の者にこう言ったが、心の中では、もしかするとこの病気は治らないかもしれないとも思っていた。
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私は家のものにこういったが、腹の中では、ことによると病気が病気だから全治しまいとも思った。
昔、私が知っていた西洋人が、ある伯爵(はくしゃく・貴族の位)からいい犬をもらってかわいがっていたところ、いつのまにかこんな皮膚病に悩まされ出した。それでかわいそうだからといって、医者に頼んで殺してもらったことを、私はよく覚えていたのである。
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昔し私の知っている西洋人が、ある伯爵から好い犬を貰って可愛がっていたところ、いつかこんな皮膚病に悩まされ出したので、気の毒だからと云って、医者に頼んで殺して貰った事を、私はよく覚えていたのである。
「クロロフォーム(ますいに使う薬)か何かで殺してやったほうが、かえって苦しまなくて幸せだろう」
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「クロロフォームか何かで殺してやった方が、かえって苦痛がなくって仕合せだろう」
私は三、四度、同じ言葉をくり返してみたが、猫がまだ私の思うとおりにならないうちに、自分のほうが病気でばったり寝こんでしまった。
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私は三四度同じ言葉を繰り返して見たが、猫がまだ私の思う通りにならないうちに、自分の方が病気でどっと寝てしまった。
その間、私はとうとう、その猫を見る機会をもたなかった。
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その間私はついに彼を見る機会をもたなかった。
自分の苦しみが直接自分を支配するせいか、猫の病気を考える余裕さえ出なかった。
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自分の苦痛が直接自分を支配するせいか、彼の病気を考える余裕さえ出なかった。
十月に入って、私はようやく起きられるようになった。
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十月に入って、私はようやく起きた。
そして、いつものように黒いその猫を見た。
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そうして例のごとく黒い彼を見た。
すると不思議なことに、みにくく丸裸になっていた皮膚に、もとのような黒い毛が生えかかっていた。
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すると不思議な事に、彼の醜い赤裸の皮膚にもとのような黒い毛が生えかかっていた。
「おや、治るのかしら」
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「おや癒るのかしら」
私は退屈な病み上がりの目を、絶えずその猫の上に注いでいた。
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私は退屈な病後の眼を絶えず彼の上に注いでいた。
すると、私の弱った体がだんだん回復するにつれて、猫の毛もだんだん濃くなってきた。
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すると私の衰弱がだんだん回復するにつれて、彼の毛もだんだん濃くなって来た。
それがいつも通りになると、今度は以前より太り始めた。
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それが平生の通りになると、今度は以前より肥え始めた。
私は、自分の病気の経過と猫の病気の経過とを比べてみて、時々そこに何か因縁(いんねん・ふしぎなつながり)があるような気がする。
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私は自分の病気の経過と彼の病気の経過とを比較して見て、時々そこに何かの因縁があるような暗示を受ける。
そして、そのすぐあとで、ばかばかしいと思って笑ってしまう。
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そうしてすぐその後から馬鹿らしいと思って微笑する。
猫のほうは、ただにゃあにゃあ鳴くばかりだから、どんな気持ちでいるのか、私にはまるで分からない。
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猫の方ではただにやにや鳴くばかりだから、どんな心持でいるのか私にはまるで解らない。
二十九
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二十九
私は、両親が年を取ってからできた、いわゆる末っ子である。
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私は両親の晩年になってできたいわゆる末ッ子である。
私を生んだとき、母は「こんな年になって身ごもるのは恥ずかしい」と言ったという話が、今でも時々くり返されている。
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私を生んだ時、母はこんな年歯をして懐妊するのは面目ないと云ったとかいう話が、今でも折々は繰り返されている。
ただそれだけが理由でもないだろうが、私の両親は、私が生まれて間もなく、私をよその家に里子(さとご・よその家に預けられる子)として出してしまった。
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単にそのためばかりでもあるまいが、私の両親は私が生れ落ちると間もなく、私を里にやってしまった。
その里子先については、もちろん私の記憶に残っているはずはないけれど、大人になってから聞いてみると、古道具の売り買いを渡世(とせい・仕事)にしていた、貧しい夫婦だったらしい。
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その里というのは、無論私の記憶に残っているはずがないけれども、成人の後聞いて見ると、何でも古道具の売買を渡世にしていた貧しい夫婦ものであったらしい。
私はその道具屋のがらくたといっしょに、小さなざるの中に入れられて、毎晩、四谷(よつや・東京の地名)の大通りの夜店にさらされていたのである。
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私はその道具屋の我楽多といっしょに、小さい笊の中に入れられて、毎晩四谷の大通りの夜店に曝されていたのである。
それをある晩、私の姉が何かのついでにそこを通りかかったときに見つけて、かわいそうだとでも思ったのだろう、ふところに入れて家へ連れて帰った。しかし私はその夜、どうしても寝つかず、とうとう一晩じゅう泣き続けたとかいうので、姉はひどく父にしかられたそうである。
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それをある晩私の姉が何かのついでにそこを通りかかった時見つけて、可哀想とでも思ったのだろう、懐へ入れて宅へ連れて来たが、私はその夜どうしても寝つかずに、とうとう一晩中泣き続けに泣いたとかいうので、姉は大いに父から叱られたそうである。
私は、いつごろその里子先から取り戻されたのか知らない。
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私はいつ頃その里から取り戻されたか知らない。
しかし、すぐにまた、ある家へ養子に出された。
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しかしじきまたある家へ養子にやられた。
それはたしか、私が四つのときだったように思う。
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それはたしか私の四つの歳であったように思う。
私は物心のつく八、九歳までそこで育ったが、やがて養家(ようか・養子に行った先の家)に妙なもめごとが起こったため、また実家に戻ることになった。
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私は物心のつく八九歳までそこで成長したが、やがて養家に妙なごたごたが起ったため、再び実家へ戻るような仕儀となった。
浅草から牛込(うしごめ・東京の地名)に移された私は、生まれた家に帰ったとは気づかず、自分の両親を、それまでどおり祖父母とばかり思っていた。
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浅草から牛込へ遷された私は、生れた家へ帰ったとは気がつかずに、自分の両親をもと通り祖父母とのみ思っていた。
そして相変わらず、彼らをおじいさん、おばあさんと呼んで、少しも疑わなかった。
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そうして相変らず彼らを御爺さん、御婆さんと呼んで毫も怪しまなかった。
向こうでも、急に今までの呼び方を変えさせるのはおかしいと思ったのか、私にそう呼ばれながら、すましたような顔をしていた。
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向でも急に今までの習慣を改めるのが変だと考えたものか、私にそう呼ばれながら澄ました顔をしていた。
私は、ふつうの末っ子のようには、けっして両親からかわいがられなかった。
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私は普通の末ッ子のようにけっして両親から可愛がられなかった。
これは、私の性質が素直でなかったことや、長い間両親から離れていたことなど、いろいろな原因から来ていた。
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これは私の性質が素直でなかったためだの、久しく両親に遠ざかっていたためだの、いろいろの原因から来ていた。
とくに父からは、むしろ苛酷(かこく・きびしくつらい)に扱われたという記憶が、まだ私の頭に残っている。
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とくに父からはむしろ苛酷に取扱かわれたという記憶がまだ私の頭に残っている。
それなのに、浅草から牛込へ移されたころの私は、なぜかとても嬉しかった。
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それだのに浅草から牛込へ移された当時の私は、なぜか非常に嬉しかった。
そして、その嬉しさが誰の目にもつくくらい、はっきりと外に表れた。
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そうしてその嬉しさが誰の目にもつくくらいに著るしく外へ現われた。
ばかな私は、本当の両親を、じいさんばあさんだとばかり思いこんで、どのくらいの月日を、そうと知らずに過ごしたものだろう。それを聞かれても、まるで分からないが、なんでもある夜、こんなことがあった。
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馬鹿な私は、本当の両親を爺婆とのみ思い込んで、どのくらいの月日を空に暮らしたものだろう、それを訊かれるとまるで分らないが、何でも或夜こんな事があった。
私がひとり、座敷で寝ていると、枕もとで小さな声を出して、しきりに私の名を呼ぶ者があった。
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私がひとり座敷に寝ていると、枕元の所で小さな声を出して、しきりに私の名を呼ぶものがある。
私は驚いて目を覚ましたが、あたりが真っ暗なので、誰がそこにうずくまっているのか、すぐには分からなかった。
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私は驚ろいて眼を覚ましたが、周囲が真暗なので、誰がそこに蹲踞っているのか、ちょっと判断がつかなかった。
けれども私は子どもだったので、ただじっとして、相手の言うことだけを聞いていた。
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けれども私は小供だからただじっとして先方の云う事だけを聞いていた。
すると、聞いているうちに、それが私の家の下女(げじょ・お手伝いの女の人)の声であることに気がついた。
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すると聞いているうちに、それが私の家の下女の声である事に気がついた。
下女は、暗闇の中で私に耳語(みみこすり・耳もとでささやくこと)をするように、こう言うのである。――
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下女は暗い中で私に耳語をするようにこういうのである。――
「あなたが、おじいさんおばあさんだと思っていらっしゃる方は、本当は、あなたのお父さんとお母さんなのですよ。さっきね、『きっとそのせいで、こんなにこっちの家が好きなんだろう。おかしなものだな』と言って、お二人で話していらしたのを私が聞いたから、そっとあなたに教えてあげるのですよ。誰にも話しちゃいけませんよ。いいですか」
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「あなたが御爺さん御婆さんだと思っていらっしゃる方は、本当はあなたの御父さんと御母さんなのですよ。先刻ね、おおかたそのせいであんなにこっちの宅が好なんだろう、妙なものだな、と云って二人で話していらしったのを私が聞いたから、そっとあなたに教えて上げるんですよ。誰にも話しちゃいけませんよ。よござんすか」
私はその時、ただ「誰にも言わないよ」
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私はその時ただ「誰にも云わないよ」
と言ったきりだったが、心の中では、とても嬉しかった。
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と云ったぎりだったが、心の中では大変嬉しかった。
そしてその嬉しさは、本当のことを教えてくれたからの嬉しさではなく、ただ、下女が私に親切だったからの嬉しさであった。
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そうしてその嬉しさは事実を教えてくれたからの嬉しさではなくって、単に下女が私に親切だったからの嬉しさであった。
不思議なことに、私はそれほど嬉しく思った下女の名前も顔も、すっかり忘れてしまった。
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不思議にも私はそれほど嬉しく思った下女の名も顔もまるで忘れてしまった。
覚えているのは、ただその人の親切さだけである。
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覚えているのはただその人の親切だけである。
三十
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三十
私がこうして書斎に座っていると、来る人の多くが「もう御病気はすっかりお治りですか」
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私がこうして書斎に坐っていると、来る人の多くが「もう御病気はすっかり御癒りですか」
と尋ねてくれる。
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と尋ねてくれる。
私は何度も同じ質問を受けながら、何度もその返事に躊躇(ちゅうちょ・ためらうこと)した。
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私は何度も同じ質問を受けながら、何度も返答に躊躇した。
そして結局、いつでも同じ言葉をくり返すようになった。
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そうしてその極いつでも同じ言葉を繰り返すようになった。
それは、「ええ、まあどうにかこうにか生きています」
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それは「ええまあどうかこうか生きています」
という、変なあいさつと変わらなかった。
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という変な挨拶に異ならなかった。
どうにかこうにか生きている。――
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どうかこうか生きている。――
私はこのひと言を、長い間使い続けた。
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私はこの一句を久しい間使用した。
しかし使うたびに、何だかふさわしくない気がしたので、自分でもできればやめたいと思って考えてみたが、私の健康状態を言い表すのにふさわしい言葉は、ほかにどうしても見つからなかった。
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しかし使用するごとに、何だか不穏当な心持がするので、自分でも実はやめられるならばと思って考えてみたが、私の健康状態を云い現わすべき適当な言葉は、他にどうしても見つからなかった。
ある日、T君が来たので、この話をして、「治ったとも言えず、治らないとも言えず、何と答えたらいいか分からない」と話したら、T君はすぐにこんな返事をした。
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ある日T君が来たから、この話をして、癒ったとも云えず、癒らないとも云えず、何と答えて好いか分らないと語ったら、T君はすぐ私にこんな返事をした。
「それは治ったとは言えませんね。そう時々ぶり返すようでは。まあ、もとの病気の継続なんでしょう」
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「そりゃ癒ったとは云われませんね。そう時々再発するようじゃ。まあもとの病気の継続なんでしょう」
この「継続」という言葉を聞いたとき、私はいいことを教えられたような気がした。
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この継続という言葉を聞いた時、私は好い事を教えられたような気がした。
それから後は、「どうにかこうにか生きています」
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それから以後は、「どうかこうか生きています」
というあいさつをやめて、「病気はまだ継続中です」
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という挨拶をやめて、「病気はまだ継続中です」
と改めた。
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と改ためた。
そして、その「継続」の意味を説明するときには、必ず欧洲の大戦争を引き合いに出した。
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そうしてその継続の意味を説明する場合には、必ず欧洲の大乱を引合に出した。
「私はちょうど、独乙(ドイツ)が聯合軍(れんごうぐん・味方の国々の軍隊)と戦争をしているように、病気と戦争をしているのです。今こうしてあなたと向かい合っていられるのは、世の中が平和になったからではなく、塹壕(ざんごう・戦場に掘る溝)の中に入って、病気とにらみ合いをしているからです。私の体は乱世です。いつどんな異変が起こらないとも限りません」
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「私はちょうど独乙が聯合軍と戦争をしているように、病気と戦争をしているのです。今こうやってあなたと対坐していられるのは、天下が太平になったからではないので、塹壕の中に這入って、病気と睨めっくらをしているからです。私の身体は乱世です。いつどんな変が起らないとも限りません」
ある人は、私の説明を聞いて、面白そうにはははと笑った。
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或人は私の説明を聞いて、面白そうにははと笑った。
ある人は黙っていた。
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或人は黙っていた。
また、ある人は気の毒そうな顔をした。
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また或人は気の毒らしい顔をした。
客が帰ったあとで、私はまた考えた。――
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客の帰ったあとで私はまた考えた。――
継続中のものは、おそらく私の病気だけではないだろう。
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継続中のものはおそらく私の病気ばかりではないだろう。
私の説明を聞いて、冗談だと思って笑う人、分からずに黙っている人、同情の気持ちに動かされて気の毒そうな顔をする人――こういう人たちの心の奥には、私の知らない、そして自分たち自身でさえ気づいていない、継続中のものがいくらでも潜んでいるのではないだろうか。
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私の説明を聞いて、笑談だと思って笑う人、解らないで黙っている人、同情の念に駆られて気の毒らしい顔をする人、――すべてこれらの人の心の奥には、私の知らない、また自分達さえ気のつかない、継続中のものがいくらでも潜んでいるのではなかろうか。
もし彼らの胸に響くような大きな音で、それが一度に破裂したら、彼らははたしてどう思うだろう。
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もし彼らの胸に響くような大きな音で、それが一度に破裂したら、彼らははたしてどう思うだろう。
彼らの記憶は、そのときもう、彼らに向かって何も語らないだろう。
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彼らの記憶はその時もはや彼らに向って何物をも語らないだろう。
過去についての自覚は、とうに消えてしまっているだろう。
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過去の自覚はとくに消えてしまっているだろう。
今と昔と、またその昔との間に、何の因果(いんが・原因と結果のつながり)も認めることができない彼らは、そういう結果に陥ったとき、いったい自分をどう考えるつもりだろう。
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今と昔とまたその昔の間に何らの因果を認める事のできない彼らは、そういう結果に陥った時、何と自分を解釈して見る気だろう。
所詮(しょせん・結局のところ)、私たちは、自分で夢の間に作り上げた爆弾を、それぞれ抱えたまま、一人残らず、死という遠い場所へ、談笑しながら歩いて行くのではないだろうか。
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所詮我々は自分で夢の間に製造した爆裂弾を、思い思いに抱きながら、一人残らず、死という遠い所へ、談笑しつつ歩いて行くのではなかろうか。
ただ、どんなものを抱えているのか、他人も知らず、自分も知らないから、幸せなのだろう。
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ただどんなものを抱いているのか、他も知らず自分も知らないので、仕合せなんだろう。
私は、自分の病気が継続であるということに気づいたとき、欧洲の戦争もおそらく、いつの時代からかの継続なのだろうと考えた。
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私は私の病気が継続であるという事に気がついた時、欧洲の戦争もおそらくいつの世からかの継続だろうと考えた。
けれども、それがどこからどう始まって、どう曲折していくのかという問題になると、まったく知識がないので、「継続」という言葉の意味が分からない普通の人たちを、私はかえってうらやましく思っている。
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けれども、それがどこからどう始まって、どう曲折して行くかの問題になると全く無知識なので、継続という言葉を解しない一般の人を、私はかえって羨ましく思っている。
三十一
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三十一
私がまだ小学校に通っていたころ、喜いちゃんという仲の良い友達がいた。
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私がまだ小学校に行っていた時分に、喜いちゃんという仲の好い友達があった。
喜いちゃんはそのころ、中町(なかちょう・東京の地名)のおじさんの家にいたので、あまり近くない私の家からは、毎日会いに行くことができなかった。
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喜いちゃんは当時中町の叔父さんの宅にいたので、そう道程の近くない私の所からは、毎日会いに行く事が出来悪かった。
私はおもに、自分のほうからは出かけずに、喜いちゃんが来るのを家で待っていた。
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私はおもに自分の方から出かけないで、喜いちゃんの来るのを宅で待っていた。
喜いちゃんは、いくら私が行かなくても、きっと向こうから来ることになっていた。
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喜いちゃんはいくら私が行かないでも、きっと向うから来るにきまっていた。
そして、喜いちゃんが来る先は、私の家の長屋を借りて、紙や筆を売っている松さんのところであった。
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そうしてその来る所は、私の家の長屋を借りて、紙や筆を売る松さんの許であった。
喜いちゃんには、父も母もいないようだったが、子どもの私には、それがまったく不思議とも思われなかった。
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喜いちゃんには父母がないようだったが、小供の私には、それがいっこう不思議とも思われなかった。
おそらく、たずねてみたこともなかっただろう。
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おそらく訊いて見た事もなかったろう。
だから、喜いちゃんがなぜ松さんのところへ来るのか、その理由さえ知らずにいた。
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したがって喜いちゃんがなぜ松さんの所へ来るのか、その訳さえも知らずにいた。
これは、ずっとあとになって聞いた話であるが、この喜いちゃんのお父さんというのは、昔、銀座の役人か何かをしていたとき、贋金(にせがね・にせのお金)を作ったといううたがいを受けて、入牢(じゅうろう・牢屋に入れられること)したまま死んでしまったのだという。
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これはずっと後で聞いた話であるが、この喜いちゃんの御父さんというのは、昔し銀座の役人か何かをしていた時、贋金を造ったとかいう嫌疑を受けて、入牢したまま死んでしまったのだという。
それで、あとに残された奥さんが、喜いちゃんを先夫(せんぷ・前の夫)の家に置いたまま、松さんのところへ再婚したのだから、喜いちゃんが時々、生みの母親に会いに来るのは当たり前の話であった。
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それであとに取り残された細君が、喜いちゃんを先夫の家へ置いたなり、松さんの所へ再縁したのだから、喜いちゃんが時々生の母に会いに来るのは当り前の話であった。
何も知らない私は、この事情を聞いたときでさえ、とくに変な感じも起こさなかったくらいだから、喜いちゃんとふざけまわって遊んでいたころに、彼の境遇のことなど考えたことは、一度もなかった。
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何にも知らない私は、この事情を聞いた時ですら、別段変な感じも起さなかったくらいだから、喜いちゃんとふざけまわって遊ぶ頃に、彼の境遇などを考えた事はただの一度もなかった。
喜いちゃんも私も、漢学(かんがく・中国の古い学問)が好きだったので、分かりもしないくせに、よく文章について議論などをして面白がった。
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喜いちゃんも私も漢学が好きだったので、解りもしない癖に、よく文章の議論などをして面白がった。
彼はどこから聞いてくるのか、調べてくるのか、よくむずかしい漢籍(かんせき・中国の古い書物)の名前などを挙げて、私を驚かせることが多かった。
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彼はどこから聴いてくるのか、調べてくるのか、よくむずかしい漢籍の名前などを挙げて、私を驚ろかす事が多かった。
彼はある日、私の部屋も同然になっている玄関に上がりこんで、ふところから二冊続きの書物を出して見せた。
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彼はある日私の部屋同様になっている玄関に上り込んで、懐から二冊つづきの書物を出して見せた。
それは確かに、写本(しゃほん・手で書き写した本)であった。
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それは確に写本であった。
しかも漢文で書いてあったように思う。
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しかも漢文で綴ってあったように思う。
私は喜いちゃんから、その書物を受け取って、意味もなく、あちこちめくって見ていた。
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私は喜いちゃんから、その書物を受け取って、無意味にそこここを引っ繰返して見ていた。
実は、何が何だか、私にはさっぱり分からなかったのである。
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実は何が何だか私にはさっぱり解らなかったのである。
しかし喜いちゃんは、「それが分かるか」などと、あからさまなことを言う性格ではなかった。
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しかし喜いちゃんは、それを知ってるかなどと露骨な事をいう性質ではなかった。
「これは太田南畝(おおたなんぼ)の自筆なんだがね。僕の友達がそれを売りたいと言うので、君に見せに来たんだが、買ってやらないか」
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「これは太田南畝の自筆なんだがね。僕の友達がそれを売りたいというので君に見せに来たんだが、買ってやらないか」
私は、太田南畝という人を知らなかった。
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私は太田南畝という人を知らなかった。
「太田南畝っていったい何だい」
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「太田南畝っていったい何だい」
「蜀山人(しょくさんじん)のことさ。有名な蜀山人さ」
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「蜀山人の事さ。有名な蜀山人さ」
学のない私は、蜀山人という名前さえ、まだ知らなかった。
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無学な私は蜀山人という名前さえまだ知らなかった。
しかし、喜いちゃんにそう言われてみると、何だか貴重な書物らしい気がした。
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しかし喜いちゃんにそう云われて見ると、何だか貴重の書物らしい気がした。
「いくらなら売るのかい」
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「いくらなら売るのかい」
と聞いてみた。
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と訊いて見た。
「五十銭で売りたいと言うんだがね。どうだろう」
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「五十銭に売りたいと云うんだがね。どうだろう」
私は考えた。
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私は考えた。
そして、とにかく値切ってみるのがいちばんいいやり方だと思いついた。
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そうして何しろ価切って見るのが上策だと思いついた。
「二十五銭なら買ってもいい」
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「二十五銭なら買っても好い」
「それじゃ二十五銭でもかまわないから、買ってやりたまえ」
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「それじゃ二十五銭でも構わないから、買ってやりたまえ」
喜いちゃんはこう言いながら、私から二十五銭を受け取っておいて、またしきりに、その本のありがたさを言い立てた。
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喜いちゃんはこう云いつつ私から二十五銭受取っておいて、またしきりにその本の効能を述べ立てた。
私にはもちろん、その書物のことは分からないのだから、それほど嬉しくもなかったけれど、とにかく損はしないだろうという、それだけの満足感はあった。
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私には無論その書物が解らないのだから、それほど嬉しくもなかったけれども、何しろ損はしないだろうというだけの満足はあった。
私はその夜、南畝莠言(なんぽしゅうげん)――たしかそんな名前だったと覚えているが、それを机の上に載せて寝た。
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私はその夜南畝莠言――たしかそんな名前だと記憶しているが、それを机の上に載せて寝た。
三十二
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三十二
翌日になると、喜いちゃんがまた、ぶらりとやって来た。
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翌日になると、喜いちゃんがまたぶらりとやって来た。
「君に昨日、買ってもらった本のことだけどね」
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「君昨日買って貰った本の事だがね」
喜いちゃんはそれだけ言って、私の顔を見ながら、ぐずぐずしている。
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喜いちゃんはそれだけ云って、私の顔を見ながらぐずぐずしている。
私は、机の上に載せてあった書物に目をやった。
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私は机の上に載せてあった書物に眼を注いだ。
「あの本かい。あの本がどうかしたのかい」
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「あの本かい。あの本がどうかしたのかい」
「実は、あそこの家のおやじに知られてしまったものだから、おやじがひどく怒ってね。どうか返してもらってきてくれって、僕に頼むんだよ。僕もいったん君に渡したものだから嫌だったけど、仕方がないから、また来たのさ」
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「実はあすこの宅の阿爺に知れたものだから、阿爺が大変怒ってね。どうか返して貰って来てくれって僕に頼むんだよ。僕も一遍君に渡したもんだから厭だったけれども仕方がないからまた来たのさ」
「本を取り返しにかい」
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「本を取りにかい」
「取り返しにってわけでもないけれど、もし君のほうで差し支えがないなら、返してやってくれないか。なにしろ、二十五銭じゃ安すぎるって言うんだから」
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「取りにって訳でもないけれども、もし君の方で差支がないなら、返してやってくれないか。何しろ二十五銭じゃ安過ぎるっていうんだから」
この最後のひと言で、私は今まで、安く買えたという満足の裏に、ぼんやりと潜んでいた不快な気持ち――よくない行いから起こる不快さ――を、はっきりと自覚し始めた。
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この最後の一言で、私は今まで安く買い得たという満足の裏に、ぼんやり潜んでいた不快、――不善の行為から起る不快――を判然自覚し始めた。
そして一方ではずるい自分を怒りながら、もう一方では二十五銭で売った相手のことも怒った。
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そうして一方では狡猾い私を怒ると共に、一方では二十五銭で売った先方を怒った。
この二つの怒りを、どうやって同時におさめたらよいものだろう。
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どうしてこの二つの怒りを同時に和らげたものだろう。
私は苦い顔をして、しばらく黙っていた。
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私は苦い顔をしてしばらく黙っていた。
私のこの心の動きは、今の私が子どものころの自分を思い返して解き明かしているのだから、比較的はっきりと描き出せるものの、その時の私自身には、ほとんど分かっていなかった。
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私のこの心理状態は、今の私が小供の時の自分を回顧して解剖するのだから、比較的明瞭に描き出されるようなものの、その場合の私にはほとんど解らなかった。
私自身でさえ、ただ苦い顔をしたという結果しか自覚できなかったのだから、相手の喜いちゃんには、もちろんそれ以上分かるはずがなかった。
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私さえただ苦い顔をしたという結果だけしか自覚し得なかったのだから、相手の喜いちゃんには無論それ以上解るはずがなかった。
かっこの中で言うべきことかもしれないが、年を取った今でも、私にはよく、こういうことが起こってくる。
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括弧の中でいうべき事かも知れないが、年齢を取った今日でも、私にはよくこんな現象が起ってくる。
それで、よく人から誤解される。
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それでよく他から誤解される。
喜いちゃんは私の顔を見て、「二十五銭では、本当に安すぎるんだとさ」
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喜いちゃんは私の顔を見て、「二十五銭では本当に安過ぎるんだとさ」
と言った。
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と云った。
私はいきなり、机の上に載せておいた書物を取って、喜いちゃんの前に突き出した。
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私はいきなり机の上に載せておいた書物を取って、喜いちゃんの前に突き出した。
「じゃあ、返そう」
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「じゃ返そう」
「どうも失礼した。何しろ、安公(やすこう)の持ち物じゃないんだから、仕方がない。おやじの家に昔からあったのを、そっと売ってお小遣いにしようっていうんだからね」
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「どうも失敬した。何しろ安公の持ってるものでないんだから仕方がない。阿爺の宅に昔からあったやつを、そっと売って小遣にしようって云うんだからね」
私はぷりぷり怒って、何とも答えなかった。
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私はぷりぷりして何とも答えなかった。
喜いちゃんはふところから二十五銭を出して、私の前に置きかけたが、私はそれに手を触れようともしなかった。
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喜いちゃんは袂から二十五銭出して私の前へ置きかけたが、私はそれに手を触れようともしなかった。
「その金なら、取らないよ」
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「その金なら取らないよ」
「なぜ」
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「なぜ」
「なぜでも取らない」
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「なぜでも取らない」
「そうか。しかしつまらないじゃないか、ただ本だけ返すのは。本を返すくらいなら、二十五銭も取っておきたまえ」
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「そうか。しかしつまらないじゃないか、ただ本だけ返すのは。本を返すくらいなら二十五銭も取りたまいな」
私はたまらなくなった。
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私はたまらなくなった。
「本は僕のものだよ。いったん買った以上は、僕のものにきまってるじゃないか」
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「本は僕のものだよ。いったん買った以上は僕のものにきまってるじゃないか」
「そりゃそうに違いない。違いないが、向こうの家でも困ってるんだから」
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「そりゃそうに違いない。違いないが向の宅でも困ってるんだから」
「だから、返すと言ってるじゃないか。だけど僕は、お金を取るわけがないんだ」
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「だから返すと云ってるじゃないか。だけど僕は金を取る訳がないんだ」
「そんな分からないことを言わずに、まあ取っておきたまえ」
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「そんな解らない事を云わずに、まあ取っておきたまいな」
「僕はあげるんだよ。僕の本だけど、欲しければあげようって言うんだよ。あげるんだから、本だけ持って行けばいいじゃないか」
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「僕はやるんだよ。僕の本だけども、欲しければやろうというんだよ。やるんだから本だけ持ってったら好いじゃないか」
「そうか、それなら、そうしよう」
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「そうかそんなら、そうしよう」
喜いちゃんは、とうとう本だけ持って帰った。
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喜いちゃんは、とうとう本だけ持って帰った。
そして私は、何の意味もなく、二十五銭のお小遣いを取られてしまったのである。
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そうして私は何の意味なしに二十五銭の小遣を取られてしまったのである。
三十三
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三十三
世の中に住む人間の一人として、私はまったく孤立して生きていくわけにはいかない。
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世の中に住む人間の一人として、私は全く孤立して生存する訳に行かない。
自然と、人とかかわる必要が、どこからか生まれてくる。
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自然他と交渉の必要がどこからか起ってくる。
季節のあいさつ、用事の話、それからもっと込み入った懸合(かけあい・交渉)――これらから逃れることは、どんなに地味で質素な(枯淡な・こたんな)生活を送っている私にも、むずかしいのである。
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時候の挨拶、用談、それからもっと込み入った懸合――これらから脱却する事は、いかに枯淡な生活を送っている私にもむずかしいのである。
私は、何でも他人の言うことをそのまま真に受けて、すべて正面から、その人たちの言葉やふるまいを解釈すべきものだろうか。
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私は何でも他のいう事を真に受けて、すべて正面から彼らの言語動作を解釈すべきものだろうか。
もし私が、生まれつきのこの単純な性質に自分をゆだねたまま、振り返って考えないとすると、時々、とんでもない人にだまされることがあるだろう。
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もし私が持って生れたこの単純な性情に自己を託して顧みないとすると、時々飛んでもない人から騙される事があるだろう。
その結果、陰でばかにされたり、からかわれたりする。
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その結果蔭で馬鹿にされたり、冷評かされたりする。
極端な場合には、自分の目の前でさえ、我慢できないような侮辱を受けないとも限らない。
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極端な場合には、自分の面前でさえ忍ぶべからざる侮辱を受けないとも限らない。
それでは、他人はみな擦れ枯らし(すれからし・世間ずれしたずるい人)の嘘つきばかりだと思って、初めから相手の言葉に耳も貸さず、心も傾けず、あるときはその裏に潜んでいるらしい反対の意味だけを胸におさめて、それで自分を賢い人間だと批評し、そこに安心できる場所を見つけることができるだろうか。
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それでは他はみな擦れ枯らしの嘘吐ばかりと思って、始めから相手の言葉に耳も借さず、心も傾けず、或時はその裏面に潜んでいるらしい反対の意味だけを胸に収めて、それで賢い人だと自分を批評し、またそこに安住の地を見出し得るだろうか。
そうすると、私が人を誤解しないとも限らない。
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そうすると私は人を誤解しないとも限らない。
そのうえ、恐ろしい間違いを犯す覚悟を、初めから決めてかからなければならない。
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その上恐るべき過失を犯す覚悟を、初手から仮定して、かからなければならない。
あるときは、当然の結果として、罪のない人を侮辱するくらいの厚顔(こうがん・ずうずうしさ)を用意しておかなければ、うまくいかなくなる。
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或時は必然の結果として、罪のない他を侮辱するくらいの厚顔を準備しておかなければ、事が困難になる。
もし私の態度を、この両方のどちらかに決めてしまおうとすると、私の心には、また一種の苦悶(くもん・苦しみもだえること)が起こる。
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もし私の態度をこの両面のどっちかに片づけようとすると、私の心にまた一種の苦悶が起る。
私は、悪い人を信じたくない。
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私は悪い人を信じたくない。
それからまた、良い人を少しでも傷つけたくない。
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それからまた善い人を少しでも傷けたくない。
そして、私の前に現れてくる人は、全部が悪人であるわけでもなく、また、みんなが善人だとも思えない。
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そうして私の前に現われて来る人は、ことごとく悪人でもなければ、またみんな善人とも思えない。
すると、私の態度も、相手しだいでいろいろに変わっていかなければならないのである。
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すると私の態度も相手しだいでいろいろに変って行かなければならないのである。
この使い分けは、誰にでも必要で、また誰でも行っていることだろうと思う。しかしそれは、相手にぴたりと合って、少しも間違いのない、微妙で特別な線の上を、危なげもなく歩けているだろうか。
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この変化は誰にでも必要で、また誰でも実行している事だろうと思うが、それがはたして相手にぴたりと合って寸分間違のない微妙な特殊な線の上をあぶなげもなく歩いているだろうか。
私の大きな疑問は、いつもそこにわだかまっている。
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私の大いなる疑問は常にそこに蟠まっている。
自分のひがみ(ひがみ・ひねくれたものの見方)は別として、私は過去に、多くの人からばかにされたという苦い記憶をもっている。
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私の僻を別にして、私は過去において、多くの人から馬鹿にされたという苦い記憶をもっている。
同時に、相手の言うことやすることを、わざと素直に受け取らずに、それとなくその人の人がらに恥をかかせたのと同じような解釈をした経験も、たくさんあったのではないかと思う。
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同時に、先方の云う事や為る事を、わざと平たく取らずに、暗にその人の品性に恥を掻かしたと同じような解釈をした経験もたくさんありはしまいかと思う。
人に対する私の態度は、まず、今までの私の経験から来る。
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他に対する私の態度はまず今までの私の経験から来る。
それから、そのときの前後の事情と、まわりの状況とから生まれる。
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それから前後の関係と四囲の状況から出る。
最後に、あいまいな言い方ではあるが、私が生まれつき授かった直感が、いくらか働く。
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最後に、曖昧な言葉ではあるが、私が天から授かった直覚が何分か働らく。
そうして、相手にばかにされたり、また相手をばかにしたり、まれには、相手にふさわしい扱いをしたりしている。
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そうして、相手に馬鹿にされたり、また相手を馬鹿にしたり、稀には相手に彼相当な待遇を与えたりしている。
しかし、今までの経験というものは、広いようで、実はとても狭い。
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しかし今までの経験というものは、広いようで、その実はなはだ狭い。
ある社会の一部分で、何度もくり返された経験を、別の一部分へ持っていくと、まるで通用しないことが多い。
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ある社会の一部分で、何度となく繰り返された経験を、他の一部分へ持って行くと、まるで通用しない事が多い。
前後の事情とか、まわりの状況とか言ってみたところで、千差万別(せんさばんべつ・さまざまで違いが多いこと)なのだから、それを当てはめられる範囲が限られているばかりか、実際にはそのひとつひとつに合わせて考えをめぐらさなければ、役に立たなくなる。
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前後の関係とか四囲の状況とか云ったところで、千差万別なのだから、その応用の区域が限られているばかりか、その実千差万別に思慮を廻らさなければ役に立たなくなる。
しかも、それを考えるための時間も材料も、十分に与えられていない場合が多い。
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しかもそれを廻らす時間も、材料も充分給与されていない場合が多い。
それで私は、ともすると、本当にあるのかないのか分からない、きわめてあやふやな自分の直感というものを中心に置いて、人を判断したくなる。
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それで私はともすると事実あるのだか、またないのだか解らない、極めてあやふやな自分の直覚というものを主位に置いて、他を判断したくなる。
そして、私の直感が、はたして当たったのか外れたのか、つまり客観的な事実によってそれを確かめる機会をもたないことが多い。
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そうして私の直覚がはたして当ったか当らないか、要するに客観的事実によって、それを確める機会をもたない事が多い。
そこにまた、私の疑いがいつも霧(もや)のようにかかって、私の心を苦しめている。
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そこにまた私の疑いが始終靄のようにかかって、私の心を苦しめている。
もし世の中に全知全能(ぜんちぜんのう・何でも知っていて何でもできる)の神がいるならば、私はその神の前にひざまずいて、私に、少しの疑いをはさむ余地もないほどはっきりした直感を与えて、この苦しみから抜け出させて(解脱させて・げだつさせて)くださるよう祈る。
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もし世の中に全知全能の神があるならば、私はその神の前に跪ずいて、私に毫髪の疑を挟む余地もないほど明らかな直覚を与えて、私をこの苦悶から解脱せしめん事を祈る。
そうでなければ、この見る目のない私の前に現れるすべての人を、玲瓏透徹な(れいろうとうてつな・すきとおるように澄みきった)正直者に変えて、私とその人との心がぴたりと合うような幸福を授けてくださるよう祈る。
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でなければ、この不明な私の前に出て来るすべての人を、玲瓏透徹な正直ものに変化して、私とその人との魂がぴたりと合うような幸福を授けたまわん事を祈る。
今の私は、ばかで人にだまされるか、それとも疑い深くて人を受け入れられないか、この二つしかないような気がする。
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今の私は馬鹿で人に騙されるか、あるいは疑い深くて人を容れる事ができないか、この両方だけしかないような気がする。
不安で、はっきりせず、不愉快なことばかりである。
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不安で、不透明で、不愉快に充ちている。
もしそれが一生続くとするならば、人間とはどんなに不幸なものだろう。
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もしそれが生涯つづくとするならば、人間とはどんなに不幸なものだろう。
三十四
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三十四
私が大学にいたころ教えた、ある文学士(ぶんがくし・大学の文学部を出た人)が来て、「先生はこの間、高等工業で講演をなさったそうですね」
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私が大学にいる頃教えたある文学士が来て、「先生はこの間高等工業で講演をなすったそうですね」
と言うので、「ああやった」
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というから、「ああやった」
と答えると、その男が「どうも分からなかったようですよ」
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と答えると、その男が「何でも解らなかったようですよ」
と教えてくれた。
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と教えてくれた。
それまで自分の言ったことについて、そちらの方の心配をまったくしていなかった私は、彼の言葉を聞くと同時に、意外な感じに打たれた。
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それまで自分の云った事について、その方面の掛念をまるでもっていなかった私は、彼の言葉を聞くとひとしく、意外の感に打たれた。
「君はどうしてそんなことを知っているの」
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「君はどうしてそんな事を知ってるの」
この疑問に対する彼の説明は、簡単だった。
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この疑問に対する彼の説明は簡単であった。
親戚か知人か知らないが、とにかく彼に関係のあるある家の青年が、その学校に通っていて、その日私の講演を聞いた結果を、「何だかわからなかった」という言葉で彼に伝えたのである。
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親戚だか知人だか知らないが、何しろ彼に関係のある或家の青年が、その学校に通っていて、当日私の講演を聴いた結果を、何だか解らないという言葉で彼に告げたのである。
「いったいどんなことを講演なさったのですか」
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「いったいどんな事を講演なすったのですか」
私はその場で、彼のためにまた、その講演の梗概(こうがい・あらすじ)をくり返した。
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私は席上で、彼のためにまたその講演の梗槩を繰り返した。
「別にむずかしいとも思えないことだろう、君。どうしてそれが分からないのかしら」
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「別にむずかしいとも思えない事だろう君。どうしてそれが解らないかしら」
「分からないでしょう。どうせ分かりゃしません」
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「解らないでしょう。どうせ解りゃしません」
私には、この断乎(だんこ・きっぱりとした)とした返事が、いかにも不思議に聞こえた。
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私には断乎たるこの返事がいかにも不思議に聞こえた。
しかし、それよりもなお強く私の胸を打ったのは、「やめておけばよかった」という後悔の気持ちだった。
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しかしそれよりもなお強く私の胸を打ったのは、止せばよかったという後悔の念であった。
白状すると、私はこの学校から何度も講演を頼まれて、何度も断ったのである。
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自白すると、私はこの学校から何度となく講演を依頼されて、何度となく断ったのである。
だから、それを最後に引き受けた時の私の心には、なんとかしてそこに集まる聴衆に、それなりの利益を与えたいという願いがあった。
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だからそれを最後に引き受けた時の私の腹には、どうかしてそこに集まる聴衆に、相当の利益を与えたいという希望があった。
その願いが、「どうせ分かりゃしません」
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その希望が、「どうせ解りゃしません」
という彼の簡単な一言で、みごとに粉砕(ふんさい・こなごなに砕くこと)されてしまうと、私は、わざわざ浅草まで行く必要はなかったのだと、考えないわけにいかなかった。
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という簡単な彼の一言で、みごとに粉砕されてしまって見ると、私はわざわざ浅草まで行く必要がなかったのだと、自分を考えない訳に行かなかった。
これはもう一、二年前の古い話だが、去年の秋、また別のある学校で、どうしても講演をしないと義理が悪いことになり、ついにそこへ行った時、私はふと、あの後悔させられた前の年のことを思い出した。
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これはもう一二年前の古い話であるが去年の秋またある学校で、どうしても講演をやらなければ義理が悪い事になって、ついにそこへ行った時、私はふと私を後悔させた前年を思い出した。
それに、私がその時論じた題目が、若い聴衆に誤解を招きやすい内容を含んでいたので、私は演壇を下りる直前に、こう言った。――
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それに私の論じたその時の題目が、若い聴衆の誤解を招きやすい内容を含んでいたので、私は演壇を下りる間際にこう云った。――
「たぶん誤解はないつもりですが、もし私が今お話ししたことの中に、はっきりしないところがあれば、どうぞ私の家までいらしてください。できるだけみなさんに納得のいくように、説明してさしあげるつもりですから」
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「多分誤解はないつもりですが、もし私の今御話したうちに、判然しないところがあるなら、どうぞ私宅まで来て下さい。できるだけあなたがたに御納得の行くように説明して上げるつもりですから」
私のこの言葉が、どんなふうに反響をもたらすだろうかという予想は、その時の私にはほとんどなかったように思う。
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私のこの言葉が、どんな風に反響をもたらすだろうかという予期は、当時の私にはほとんど無かったように思う。
しかし、それから四、五日たって、三人の青年が私の書斎に入ってきたのは事実である。
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しかしそれから四五日経って、三人の青年が私の書斎に這入って来たのは事実である。
そのうちの二人は、電話で私の都合を聞き合わせてきた。
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そのうちの二人は電話で私の都合を聞き合せた。
一人は丁寧な手紙を書いて、会う時間をつくってくれと頼んできた。
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一人は鄭寧な手紙を書いて、面会の時間を拵えてくれと注文して来た。
私は気持ちよく、その青年たちに会った。
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私は快よくそれらの青年に接した。
そして、彼らが訪ねてきた用件を確かめた。
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そうして彼らの来意を確かめた。
一人は私の予想どおり、私の講演の筋道についての質問だったが、残りの二人は、意外にも、彼らの友人がその家庭に対してどんな方針を取るべきかという疑問を、私に聞こうとしていた。
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一人の方は私の予想通り、私の講演についての筋道の質問であったが、残る二人の方は、案外にも彼らの友人がその家庭に対して採るべき方針についての疑義を私に訊こうとした。
つまりこれは、私の講演を実際の社会にどう役立てればよいかという、彼らの目の前に迫った問題を持ってきたのだった。
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したがってこれは私の講演を、どう実社会に応用して好いかという彼らの目前に逼った問題を持って来たのである。
私はこの三人のために、言うべきことを言い、説明すべきことを説明したつもりである。
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私はこれら三人のために、私の云うべき事を云い、説明すべき事を説明したつもりである。
それが彼らにどれほどの利益を与えたか、結果から言うと、この私にも分からない。
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それが彼らにどれほどの利益を与えたか、結果からいうとこの私にも分らない。
しかし、それだけでも、私には満足なのである。
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しかしそれだけにしたところで私には満足なのである。
「あなたの講演は分からなかったそうです」
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「あなたの講演は解らなかったそうです」
と言われた時よりも、はるかに満足なのである。
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と云われた時よりも遥に満足なのである。
〔この文章が新聞に出た二、三日あとで、私は高等工業の学生から、四、五通の手紙を受け取った。
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〔この稿が新聞に出た二三日あとで、私は高等工業の学生から四五通の手紙を受取った。
その人たちはみな、私の講演を聞いた人ばかりで、どの手紙も、私がここで述べた失望を打ち消すような事実を、反対の証拠として書いてきてくれたのである。
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その人々はみんな私の講演を聴いたものばかりで、いずれも私がここで述べた失望を打ち消すような事実を、反証として書いて来てくれたのである。
だから、その手紙はどれも好意に満ちていた。
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だからその手紙はみな好意に充ちていた。
なぜ一人の学生の言ったことを、聴衆全体の意見として決めつけるのか、というような問いつめるものは、一つもなかった。
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なぜ一学生の云った事を、聴衆全体の意見として速断するかなどという詰問的のものは一つもなかった。
それで私は、ここに一言をつけ加えて、自分の考えの浅さをわび、あわせて私の誤解を正してくれた人たちの親切を、ありがたく思う気持ちを公にするのである。〕
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それで私はここに一言を附加して、私の不明を謝し、併せて私の誤解を正してくれた人々の親切をありがたく思う旨を公けにするのである。〕
三十五
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三十五
私は子どもの頃、よく日本橋の瀬戸物町(せとものちょう)にある伊勢本(いせもと)という寄席へ、講釈を聴きに行った。
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私は小供の時分よく日本橋の瀬戸物町にある伊勢本という寄席へ講釈を聴きに行った。
今の三越の向かい側に、いつも昼席の看板がかかっていて、その角を曲がると、寄席はほんの少し歩いた右手にあったのである。
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今の三越の向側にいつでも昼席の看板がかかっていて、その角を曲ると、寄席はつい小半町行くか行かない右手にあったのである。
この寄席は、夜になると色物(いろもの・落語や講談以外の演芸)しかやらなかったので、私は昼にしか足を運んだことがなかったが、通った回数からいうと、一番多く通った所のように思われる。
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この席は夜になると、色物だけしかかけないので、私は昼よりほかに足を踏み込んだ事がなかったけれども、席数からいうと一番多く通った所のように思われる。
その頃、私が住んでいた家は、もちろん高田の馬場の近くではなかった。
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当時私のいた家は無論高田の馬場の下ではなかった。
しかし、いくら場所の便利がよかったからといって、どうしてあんなに講釈を聴きに行く時間が私にあったのか、今考えると、むしろ不思議なくらいである。
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しかしいくら地理の便が好かったからと云って、どうしてあんなに講釈を聴きに行く時間が私にあったものか、今考えるとむしろ不思議なくらいである。
これも、今になって遠い過去をふり返っているせいもあるだろうが、そこは寄席にしては、むしろ上品な気分を客に起こさせるようにできていた。
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これも今からふり返って遠い過去を眺めるせいでもあろうが、そこは寄席としてはむしろ上品な気分を客に起させるようにできていた。
高座(こうざ・話す一段高い場所)の右わきには、帳場格子(ちょうばごうし・店の帳場のような格子)のような仕切りを二方向に立てまわして、その中に定連(じょうれん・常連客)の席が設けてあった。
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高座の右側には帳場格子のような仕切を二方に立て廻して、その中に定連の席が設けてあった。
それから、高座の後ろが縁側になっていて、その先がまた庭になっていた。
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それから高座の後が縁側で、その先がまた庭になっていた。
庭には梅の古い木が、井桁の上から斜めに突き出たりしていて、窮屈な感じのしないほど広い空が、縁側から見上げられるくらいの、余分な地面を取り込んでいた。
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庭には梅の古木が斜めに井桁の上に突き出たりして、窮屈な感じのしないほどの大空が、縁から仰がれるくらいに余分の地面を取り込んでいた。
その庭の東側には、離れ座敷のような建物も見えた。
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その庭を東に受けて離れ座敷のような建物も見えた。
帳場格子の中にいる人たちは、時間が余って使いきれないほどの、お金持ちの人たちだから、みんなそれなりの身なりをして、時々のんびりと、袂(たもと・着物のそでの下の袋の部分)から毛抜きなどを出して、根気よく鼻毛を抜いていた。
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帳場格子のうちにいる連中は、時間が余って使い切れない有福な人達なのだから、みんな相応な服装をして、時々呑気そうに袂から毛抜などを出して根気よく鼻毛を抜いていた。
そんなのどかな日には、庭の梅の木にうぐいすが来て鳴くような気持ちさえした。
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そんな長閑な日には、庭の梅の樹に鶯が来て啼くような気持もした。
中入り(なかいり・演芸の途中の休けい)になると、お茶を売る男が、菓子を箱に入れたまま客の間へ配って歩くのが、この寄席の習慣になっていた。
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中入になると、菓子を箱入のまま茶を売る男が客の間へ配って歩くのがこの席の習慣になっていた。
箱は浅い長方形のもので、欲しいと思う人の手が届くところに、うまいぐあいに一つずつ置かれるのである。
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箱は浅い長方形のもので、まず誰でも欲しいと思う人の手の届く所に一つと云った風に都合よく置かれるのである。
菓子の数は、一箱に十個くらいだったと思うが、それを食べたいだけ食べて、あとでその代金を箱の中に入れるのが、だまってのお決まりになっていた。
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菓子の数は一箱に十ぐらいの割だったかと思うが、それを食べたいだけ食べて、後からその代価を箱の中に入れるのが無言の規約になっていた。
私はその頃、この習慣を珍しいものとして面白がって眺めていたが、今になってみると、こうした鷹揚(おうよう・ゆったりとして細かいことを気にしない)でのんびりした気分は、どこの人寄場(ひとよせば・人が大勢集まる場所)へ行っても、もう味わえないだろうと思うと、それがまた何となく懐かしい。
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私はその頃この習慣を珍らしいもののように興がって眺めていたが、今となって見ると、こうした鷹揚で呑気な気分は、どこの人寄場へ行っても、もう味わう事ができまいと思うと、それがまた何となく懐しい。
私はそんな、おっとりとものさびしい空気の中で、古めかしい講釈というものを、いろいろな人から聴いたのである。
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私はそんなおっとりと物寂びた空気の中で、古めかしい講釈というものをいろいろの人から聴いたのである。
その中には、「すととこ」「のんのん」「ずいずい」などという変な言葉を使う男もいた。
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その中には、すととこ、のんのん、ずいずい、などという妙な言葉を使う男もいた。
これは田辺南竜(たなべなんりゅう)といって、もとはどこかの下足番(げそくばん・くつやげたを預かる係)だったとかいう話である。
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これは田辺南竜と云って、もとはどこかの下足番であったとかいう話である。
その「すととこ」「のんのん」「ずいずい」は、たいへん有名なものだったが、その意味を理解する者は一人もいなかった。
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そのすととこ、のんのん、ずいずいははなはだ有名なものであったが、その意味を理解するものは一人もなかった。
彼はただそれを、軍勢が押し寄せるようすを表す言葉として使っていたらしいのである。
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彼はただそれを軍勢の押し寄せる形容詞として用いていたらしいのである。
この南竜は、とっくの昔に死んでしまった。
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この南竜はとっくの昔に死んでしまった。
そのほかの人たちも、たいていは死んでしまった。
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そのほかのものもたいていは死んでしまった。
その後のようすをまったく知らない私には、その頃私を楽しませてくれた人たちのうち、生きている人がはたして何人いるのか、まったく分からなかった。
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その後の様子をまるで知らない私には、その時分私を喜こばせてくれた人のうちで生きているものがはたして何人あるのだか全く分らなかった。
ところが、いつか美音会の忘年会があった時、その番組表を見たら、吉原の幇間(たいこもち・酒の席をもり上げる芸人)の寸劇だの何だのが並べて書いてあるうちに、私はたった一人、当時の旧友を見つけた。
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ところがいつか美音会の忘年会のあった時、その番組を見たら、吉原の幇間の茶番だの何だのが列べて書いてあるうちに、私はたった一人の当時の旧友を見出した。
私は新富座へ行って、その人を見た。
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私は新富座へ行って、その人を見た。
また、その声を聞いた。
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またその声を聞いた。
そして、彼の顔ものども、昔とちっとも変わっていないのに驚いた。
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そうして彼の顔も咽喉も昔とちっとも変っていないのに驚ろいた。
彼の講釈も、まったく昔のとおりだった。
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彼の講釈も全く昔の通りであった。
進歩もしない代わりに、後退もしていなかった。
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進歩もしない代りに、退歩もしていなかった。
二十世紀のこのはげしい変化を、自分自身と自分のまわりに、恐ろしいほど感じつつあった私は、彼の前に座りながら、絶えず彼と私とを心の中で比べて、ある種のもの思いにふけっていた。
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廿世紀のこの急劇な変化を、自分と自分の周囲に恐ろしく意識しつつあった私は、彼の前に坐りながら、絶えず彼と私とを、心のうちで比較して一種の黙想に耽っていた。
彼というのは馬琴(ばきん)のことで、昔伊勢本で、南竜の中入り前をつとめていた頃には、琴凌(きんりょう)と呼ばれる若手だったのである。
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彼というのは馬琴の事で、昔伊勢本で南竜の中入前をつとめていた頃には、琴凌と呼ばれた若手だったのである。
三十六
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三十六
私の長兄は、まだ大学にならない前の開成校(かいせいこう・のちの東京大学のもとになった学校)にいたのだが、肺の病気にかかって、途中で退学してしまった。
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私の長兄はまだ大学とならない前の開成校にいたのだが、肺を患って中途で退学してしまった。
私とはだいぶ年が違うので、兄弟としての親しみよりも、大人と子どもとしての関係の方が、深く私の頭にしみ込んでいる。
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私とはだいぶ年歯が違うので、兄弟としての親しみよりも、大人対小供としての関係の方が、深く私の頭に浸み込んでいる。
特に、怒られた時は、そういう感じが強く私を刺激したように思う。
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ことに怒られた時はそうした感じが強く私を刺戟したように思う。
兄は色が白く、鼻筋の通った美しい男だった。
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兄は色の白い鼻筋の通った美くしい男であった。
しかし、顔だちから見ても、表情から見ても、どこかにけわしい感じをそなえていて、むやみに近寄れないというような、切迫した気持ちを人に与えた。
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しかし顔だちから云っても、表情から見ても、どこかに峻しい相を具えていて、むやみに近寄れないと云った風の逼った心持を他に与えた。
兄が在学していた頃は、まだ地方から出てきた貢進生(こうしんせい・地方から選ばれて出てきた学生)などがいる時代だったので、今の若者には想像もできないような気風が、校内のあちこちに残っていたらしい。
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兄の在学中には、まだ地方から出て来た貢進生などのいる頃だったので、今の青年には想像のできないような気風が校内のそこここに残っていたらしい。
兄は、ある上級生から艶書(ふみ・恋文)を渡されたことがあると、私に話したことがある。
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兄は或上級生に艶書をつけられたと云って、私に話した事がある。
その上級生というのは、兄などよりも、ずっと年上の男だったらしい。
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その上級生というのは、兄などよりもずっと年歯上の男であったらしい。
こんな習慣のない東京で育った兄は、いったいその手紙をどう始末したのだろう。
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こんな習慣の行なわれない東京で育った彼は、はたしてその文をどう始末したものだろう。
兄はそれから、学校の風呂でその男と顔を合わせるたびに、きまりの悪い思いをして困ったと言っていた。
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兄はそれ以後学校の風呂でその男と顔を見合せるたびに、きまりの悪い思をして困ったと云っていた。
学校を出た頃の兄は、たいへん四角四面(しかくしめん・とてもまじめでかたい)で、いつも堅苦しく構えていたから、父や母も、いくらか彼に気をつかうようすが見えた。
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学校を出た頃の彼は、非常に四角四面で、始終堅苦しく構えていたから、父や母も多少彼に気をおく様子が見えた。
そのうえ、病気のせいもあっただろうが、いつも陰気くさい顔をして、家にばかり引きこもっていた。
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その上病気のせいでもあろうが、常に陰気臭い顔をして、宅にばかり引込んでいた。
それがいつとなく打ち解けてきて、人柄が自然に柔らかくなったと思うと、兄はよく古渡唐桟(こわたりとうざん・古くから伝わるしま模様の高級な織物)の着物に角帯(かくおび・男性用のかたい帯)などを締めて、夕方から外に出かけるようになった。
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それがいつとなく融けて来て、人柄が自ずと柔らかになったと思うと、彼はよく古渡唐桟の着物に角帯などを締めて、夕方から宅を外にし始めた。
時々は、紫色で亀甲型(きっこうがた・亀の甲羅のような六角形の模様)を一面に摺った、亀清(かめせい・うちわを作る店の名)のうちわなどが、茶の間に放り出されるようになった。
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時々は紫色で亀甲型を一面に摺った亀清の団扇などが茶の間に放り出されるようになった。
それだけならまだよいが、兄は長火鉢(ながひばち・細長い火鉢)の前に座ったまま、しきりに声色(こわいろ・役者などの声のまね)を使いだした。
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それだけならまだ好いが、彼は長火鉢の前へ坐ったまま、しきりに仮色を遣い出した。
しかし、家の者は特に、それを頓着(とんじゃく・気にすること)する様子も見えなかった。
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しかし宅のものは別段それに頓着する様子も見えなかった。
私はもちろん、平気だった。
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私は無論平気であった。
声色と同時に、藤八拳(とうはちけん・じゃんけんに似た昔の遊び)も始まった。
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仮色と同時に藤八拳も始まった。
しかしこちらは、相手がいるので、そう毎晩くり返されはしなかったが、とにかく変に不器用な手を上げたり下げたりして、熱心にやっていた。
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しかしこの方は相手が要るので、そう毎晩は繰り返されなかったが、何しろ変に無器用な手を上げたり下げたりして、熱心にやっていた。
相手はおもに、三番目の兄がつとめていたようである。
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相手はおもに三番目の兄が勤めていたようである。
私はまじめな顔をして、ただそばで見ているだけだった。
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私は真面目な顔をして、ただ傍観しているに過ぎなかった。
この兄は、とうとう肺の病気で死んでしまった。
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この兄はとうとう肺病で死んでしまった。
死んだのは、たしか明治二十年だったと覚えている。
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死んだのはたしか明治二十年だと覚えている。
すると、葬式もすみ、待夜(たいや・お通夜)もすみ、ようやく一段落したところへ、一人の女がたずねてきた。
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すると葬式も済み、待夜も済んで、まず一片付というところへ一人の女が尋ねて来た。
三番目の兄が出て応対してみると、その女は彼にこんなことを聞いた。
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三番目の兄が出て応接して見ると、その女は彼にこんな事を訊いた。
「兄さんは、死ぬまで奥さんをお持ちにならなかったでしょうね」
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「兄さんは死ぬまで、奥さんを御持ちになりゃしますまいね」
兄は病気のため、生涯結婚しなかった。
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兄は病気のため、生涯妻帯しなかった。
「いいえ、最後まで独身で暮らしていました」
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「いいえしまいまで独身で暮らしていました」
「それを聞いて、やっと安心しました。わたくしのような者は、どうせ旦那様がいなければ生きていけませんから、仕方がありませんけれど、……」
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「それを聞いてやっと安心しました。妾のようなものは、どうせ旦那がなくっちゃ生きて行かれないから、仕方がありませんけれども、……」
兄の遺骨がうめられたお寺の名前を教わって帰っていったこの女の人は、わざわざ甲州(こうしゅう・今の山梨県)から出てきたのだが、もと柳橋(やなぎばし・芸者で有名だった東京の町)の芸者をしていた頃、兄と関係があったのだという話を、私はその時初めて聞いた。
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兄の遺骨の埋められた寺の名を教わって帰って行ったこの女は、わざわざ甲州から出て来たのであるが、元柳橋の芸者をしている頃、兄と関係があったのだという話を、私はその時始めて聞いた。
私は時々、この女の人に会って、兄のことなどを話してみたい気がしないでもない。
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私は時々この女に会って兄の事などを物語って見たい気がしないでもない。
しかし、会ったらきっとおばあさんになって、昔とはまるで違った顔をしているのではないかと考える。
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しかし会ったら定めし御婆さんになって、昔とはまるで違った顔をしていはしまいかと考える。
そして、その心も、その顔と同じようにしわが寄って、からからに乾いているのではないかとも考える。
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そうしてその心もその顔同様に皺が寄って、からからに乾いていはしまいかとも考える。
もしそうだとすると、その女の人が今になって兄の弟である私に会うのは、彼女にとってかえってつらく悲しいことかもしれない。
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もしそうだとすると、彼女が今になって兄の弟の私に会うのは、彼女にとってかえって辛い悲しい事かも知れない。
三十七
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三十七
私は、母の思い出のために、ここで何か書いておきたいと思うが、あいにく私が知っている母は、私の頭にたいした材料を残していってくれなかった。
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私は母の記念のためにここで何か書いておきたいと思うが、あいにく私の知っている母は、私の頭に大した材料を遺して行ってくれなかった。
母の名前は、千枝(ちえ)といった。
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母の名は千枝といった。
私は今でも、この「千枝」という言葉を、なつかしいものの一つに数えている。
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私は今でもこの千枝という言葉を懐かしいものの一つに数えている。
だから私には、それがただ私の母だけの名前で、決してほかの女の人の名前であってはならないような気がする。
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だから私にはそれがただ私の母だけの名前で、けっしてほかの女の名前であってはならないような気がする。
幸い、私はまだ母以外の「千枝」という女の人に出会ったことがない。
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幸いに私はまだ母以外の千枝という女に出会った事がない。
母は、私が十三、四歳の時に死んだのだが、私が今、遠くから呼び起こす母の面影は、記憶の糸をいくらたどっていっても、おばあさんに見える。
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母は私の十三四の時に死んだのだけれども、私の今遠くから呼び起す彼女の幻像は、記憶の糸をいくら辿って行っても、御婆さんに見える。
晩年に生まれた私には、母のみずみずしい姿を覚えているという特権が、とうとう与えられずに終わったのである。
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晩年に生れた私には、母の水々しい姿を覚えている特権がついに与えられずにしまったのである。
私が知っている母は、いつも大きな眼鏡をかけて、裁縫(しごと)をしていた。
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私の知っている母は、常に大きな眼鏡をかけて裁縫をしていた。
その眼鏡は鉄のふちの古風なもので、レンズの大きさが、直径二寸(にすん・約六センチ)以上もあったように思われる。
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その眼鏡は鉄縁の古風なもので、球の大きさが直径二寸以上もあったように思われる。
母はそれをかけたまま、少しあごを襟元へ引きつけながら、私をじっと見ることがよくあったが、老眼というものの性質を知らないその頃の私には、それがただ母のくせだとしか思えなかった。
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母はそれをかけたまま、すこし顋を襟元へ引きつけながら、私をじっと見る事がしばしばあったが、老眼の性質を知らないその頃の私には、それがただ彼女の癖とのみ考えられた。
私はこの眼鏡とともに、いつも母の背景になっていた、一間はばのふすまを思い出す。
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私はこの眼鏡と共に、いつでも母の背景になっていた一間の襖を想い出す。
古びた張交(はりまぜ・紙をはり合わせたもの)の中に、生死事大・無常迅速(しょうじじだい・むじょうじんそく・仏教の言葉)などと書いた石摺(いしずり・石の文字を写し取ったもの)なども、あざやかに目に浮かんでくる。
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古びた張交の中に、生死事大無常迅速云々と書いた石摺なども鮮やかに眼に浮んで来る。
夏になると母は、いつも紺無地の絽(ろ・夏用のうすい絹織物)の帷子(かたびら・裏地のない夏の着物)を着て、幅の狭い黒繻子(くろじゅす・黒くてつやのある絹の織物)の帯を締めていた。
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夏になると母は始終紺無地の絽の帷子を着て、幅の狭い黒繻子の帯を締めていた。
不思議なことに、私の記憶に残っている母の姿は、いつもこの真夏の身なりで頭の中に現れるだけなので、その紺無地の絽の着物と幅の狭い黒繻子の帯を取りのぞくと、あとに残るものはただ母の顔だけになる。
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不思議な事に、私の記憶に残っている母の姿は、いつでもこの真夏の服装で頭の中に現われるだけなので、それから紺無地の絽の着物と幅の狭い黒繻子の帯を取り除くと、後に残るものはただ彼女の顔ばかりになる。
母がかつて縁鼻(えんばな・縁側のはし)に出て、兄と碁を打っていたようすなどは、その二人を組み合わせた絵として、私の胸におさめてある、たった一つの形見なのだが、そこでも母はやはり同じ帷子を着て、同じ帯を締めて座っているのである。
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母がかつて縁鼻へ出て、兄と碁を打っていた様子などは、彼ら二人を組み合わせた図柄として、私の胸に収めてある唯一の記念なのだが、そこでも彼女はやはり同じ帷子を着て、同じ帯を締めて坐っているのである。
私は、ついに母の実家へ連れていかれた覚えがないので、長い間、母がどこから嫁に来たのか知らずに暮らしていた。
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私はついぞ母の里へ伴れて行かれた覚がないので、長い間母がどこから嫁に来たのか知らずに暮らしていた。
自分から進んで聞きたがるような好奇心も、まったくなかった。
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自分から求めて訊きたがるような好奇心はさらになかった。
それで、その点もやはりぼんやりかすんで見えるよりほかに仕方がないのだが、母が四ツ谷大番町(よつやおおばんまち)で生まれたという話だけは、たしかに聞いていた。
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それでその点もやはりぼんやり霞んで見えるよりほかに仕方がないのだが、母が四ツ谷大番町で生れたという話だけは確かに聞いていた。
母の家は、質屋だったらしい。
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宅は質屋であったらしい。
蔵がいくつもあったのだと、以前人から教えられたようにも思うが、何しろその大番町という所を、この年になるまでいまだに通ったことのない私のことだから、そんな細かい点はすっかり忘れてしまった。
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蔵が幾戸前とかあったのだと、かつて人から教えられたようにも思うが、何しろその大番町という所を、この年になるまで今だに通った事のない私のことだから、そんな細かな点はまるで忘れてしまった。
たとえそれが事実だったにしても、私が今もっている母の思い出の中に、蔵屋敷などはけっして現れてこないのである。
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たといそれが事実であったにせよ、私の今もっている母の記念のなかに蔵屋敷などはけっして現われて来ないのである。
おおかた、その頃にはもうつぶれてしまっていたのだろう。
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おおかたその頃にはもう潰れてしまったのだろう。
母が父のところへ嫁に来るまで、御殿奉公(ごてんぼうこう・大名の屋敷に仕えて働くこと)をしていたという話も、おぼろげに覚えているが、どこの大名の屋敷に上がって、どのくらい長く勤めていたものか、御殿奉公というものの中身さえよく分かっていない今の私には、ただほのかな香りを残して消えた香のようなもので、ほとんどつかみどころのない事実である。
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母が父の所へ嫁にくるまで御殿奉公をしていたという話も朧気に覚えているが、どこの大名の屋敷へ上って、どのくらい長く勤めていたものか、御殿奉公の性質さえよく弁えない今の私には、ただ淡い薫を残して消えた香のようなもので、ほとんどとりとめようのない事実である。
しかしそう言えば、私は錦絵(にしきえ・色あざやかな昔の版画)にかいた御殿女中が羽織っているような、はでな総模様の着物を、家の蔵の中で見たことがある。
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しかしそう云えば、私は錦絵に描いた御殿女中の羽織っているような華美な総模様の着物を宅の蔵の中で見た事がある。
紅絹裏(もみうら・着物の裏地に使う赤い絹の布)をつけたその着物の表には、桜だか梅だかが一面に染め出されていて、ところどころに金糸や銀糸のぬい取りも混じっていた。
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紅絹裏を付けたその着物の表には、桜だか梅だかが一面に染め出されて、ところどころに金糸や銀糸の刺繍も交っていた。
これはおそらく、当時の裲襠(かいどり・武家の女性が着物の上に羽織った打掛)とかいうものなのだろう。
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これは恐らく当時の裲襠とかいうものなのだろう。
しかし、母がそれを打ちかけた姿は、今想像してもまったく目に浮かばない。
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しかし母がそれを打ち掛けた姿は、今想像してもまるで眼に浮かばない。
私の知っている母は、いつも大きな老眼鏡をかけたおばあさんだったから。
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私の知っている母は、常に大きな老眼鏡をかけた御婆さんであったから。
それどころか私は、この美しい裲襠がその後、小掻巻(こがいまき・綿を入れた小さいふとん状の着物)に仕立て直されて、その頃家にいた病人の上にかけられていたのを見たくらいだから。
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それのみか私はこの美くしい裲襠がその後小掻巻に仕立直されて、その頃宅にできた病人の上に載せられたのを見たくらいだから。
三十八
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三十八
私が大学で教わったある西洋人の先生が日本を去る時、私は何か餞別(せんべつ・別れる人に贈る品物)を贈ろうと思って、家の蔵から、高蒔絵(たかまきえ・うるしで盛り上げてかざりをつけた美術品)の緋色の房のついた美しい文箱(ふばこ・手紙や書き物を入れる箱)を取り出してきたことも、もう古い昔のことである。
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私が大学で教わったある西洋人が日本を去る時、私は何か餞別を贈ろうと思って、宅の蔵から高蒔絵の緋の房の付いた美しい文箱を取り出して来た事も、もう古い昔である。
それを父の前へ持っていって、もらい受けた時の私は、まったく何の気もつかなかったが、今こうしてペンを取ってみると、その文箱も、小掻巻に仕立て直された紅絹裏の裲襠と同じように、若い頃の母の面影を、こまやかに宿しているように思われてならない。
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それを父の前へ持って行って貰い受けた時の私は、全く何の気もつかなかったが、今こうして筆を執って見ると、その文箱も小掻巻に仕立直された紅絹裏の裲襠同様に、若い時分の母の面影を濃かに宿しているように思われてならない。
母は生涯、父から着物をつくってもらったことがないという話だが、はたして、つくってもらわなくてもすむくらいの支度をして嫁に来たものだろうか。
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母は生涯父から着物を拵えて貰った事がないという話だが、はたして拵えて貰わないでもすむくらいな支度をして来たものだろうか。
私の心に映る、あの紺無地の絽の帷子も、幅の狭い黒繻子の帯も、やはり嫁に来た時から、すでにたんすの中にあったものなのだろうか。
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私の心に映るあの紺無地の絽の帷子も、幅の狭い黒繻子の帯も、やはり嫁に来た時からすでに箪笥の中にあったものなのだろうか。
私はもう一度母に会って、何もかも、母自身の口から聞いてみたい。
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私は再び母に会って、万事をことごとく口ずから訊いて見たい。
いたずらで強情な私は、決して世間の末っ子のように、母から甘やかされてはいなかった。
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悪戯で強情な私は、けっして世間の末ッ子のように母から甘く取扱かわれなかった。
それでも、家じゅうで一番私をかわいがってくれたのは母だという、強い親しみの気持ちが、母についての私の記憶の中には、いつもこもっている。
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それでも宅中で一番私を可愛がってくれたものは母だという強い親しみの心が、母に対する私の記憶の中には、いつでも籠っている。
好き嫌いを別にして考えてみても、母は、たしかに品があって心ひかれる女性に違いなかった。
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愛憎を別にして考えて見ても、母はたしかに品位のある床しい婦人に違なかった。
そして、父よりも賢そうに、誰の目にも見えた。
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そうして父よりも賢こそうに誰の目にも見えた。
気むずかしい兄も、母にだけは畏敬(いけい・おそれ敬うこと)の念をいだいていた。
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気むずかしい兄も母だけには畏敬の念を抱いていた。
「おっかさんは何も言わないけれど、どこかに怖いところがある」
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「御母さんは何にも云わないけれども、どこかに怖いところがある」
私は、母を評したこの兄の言葉を、暗い遠くの方から、はっきりと引っ張り出してくることが、今でもできる。
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私は母を評した兄のこの言葉を、暗い遠くの方から明らかに引張出してくる事が今でもできる。
しかしそれは、水にとけて流れかかった文字を、必死になってやっと元の形に戻したような、危なっかしい私の記憶の断片にすぎない。
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しかしそれは水に融けて流れかかった字体を、きっとなってやっと元の形に返したような際どい私の記憶の断片に過ぎない。
そのほかのことになると、私の母は、すべて私にとって夢のようなものである。
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そのほかの事になると、私の母はすべて私にとって夢である。
とぎれとぎれに残っている母の面影を、いくらていねいに拾い集めても、母の全体を髣髴(ほうふつ・ありありと思い浮かべること)させることは、とてもできない。
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途切れ途切れに残っている彼女の面影をいくら丹念に拾い集めても、母の全体はとても髣髴する訳に行かない。
そのとぎれとぎれに残っている昔でさえ、半分以上はもう薄れすぎて、しっかりとはつかめない。
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その途切途切に残っている昔さえ、半ば以上はもう薄れ過ぎて、しっかりとは掴めない。
ある時、私は二階へ上がって、たった一人で昼寝をしたことがある。
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或時私は二階へ上って、たった一人で、昼寝をした事がある。
その頃の私は、昼寝をすると、よく変なものに襲われがちだった。
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その頃の私は昼寝をすると、よく変なものに襲われがちであった。
私の親指が見る間に大きくなって、いつまでたっても止まらなかったり、あるいは仰向けに見ている天井が、だんだん上から下りてきて、私の胸をおさえつけたり、または目を開けて、いつもと変わらないまわりを実際に見ているのに、体だけが眠りのとりこになって、いくらもがいても、手足を動かすことができなかったり、あとで考えてさえ、夢だか正気だか分からない場合が多かった。
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私の親指が見る間に大きくなって、いつまで経っても留らなかったり、あるいは仰向に眺めている天井がだんだん上から下りて来て、私の胸を抑えつけたり、または眼を開いて普段と変らない周囲を現に見ているのに、身体だけが睡魔の擒となって、いくらもがいても、手足を動かす事ができなかったり、後で考えてさえ、夢だか正気だか訳の分らない場合が多かった。
そして、その時も私は、この変なものに襲われたのである。
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そうしてその時も私はこの変なものに襲われたのである。
私は、いつどこで犯した罪か知らないが、とにかく自分のものでないお金を、たくさん使ってしまった。
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私はいつどこで犯した罪か知らないが、何しろ自分の所有でない金銭を多額に消費してしまった。
それを何の目的で何に使ったのか、そのあたりもはっきりしないけれども、子どもの私にはとても償うことができないので、気の小さい私は、寝ながらひどく苦しみ出した。
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それを何の目的で何に遣ったのか、その辺も明瞭でないけれども、小供の私にはとても償う訳に行かないので、気の狭い私は寝ながら大変苦しみ出した。
そして、しまいに大きな声を上げて、下にいる母を呼んだのである。
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そうしてしまいに大きな声を揚げて下にいる母を呼んだのである。
二階への梯子段(はしごだん・階段)は、母の大きな眼鏡と切り離せない、「生死事大・無常迅速」と書いた石摺の張交にしてあるふすまの、すぐ後ろについていたので、母は私の声を聞きつけると、すぐに二階へ上がってきてくれた。
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二階の梯子段は、母の大眼鏡と離す事のできない、生死事大無常迅速云々と書いた石摺の張交にしてある襖の、すぐ後についているので、母は私の声を聞きつけると、すぐ二階へ上って来てくれた。
私は、そこに立って私を見ている母に、自分の苦しみを話して、どうにかしてくださいと頼んだ。
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私はそこに立って私を眺めている母に、私の苦しみを話して、どうかして下さいと頼んだ。
母はその時、ほほえみながら、「心配しなくてもいいよ。おっかさんが、いくらでもお金を出してあげるから」
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母はその時微笑しながら、「心配しないでも好いよ。御母さんがいくらでも御金を出して上げるから」
と言ってくれた。
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と云ってくれた。
私はとてもうれしかった。
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私は大変嬉しかった。
それで安心して、またすやすやと眠ってしまった。
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それで安心してまたすやすや寝てしまった。
私は、この出来事が、全部夢だったのか、それとも半分だけ本当だったのか、今でも疑っている。
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私はこの出来事が、全部夢なのか、または半分だけ本当なのか、今でも疑っている。
しかし、どうしても私は、実際に大きな声を出して母に助けを求め、母もまた実際に姿を現して、私に慰藉(いしゃ・なぐさめること)の言葉をかけてくれたとしか考えられない。
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しかしどうしても私は実際大きな声を出して母に救を求め、母はまた実際の姿を現わして私に慰藉の言葉を与えてくれたとしか考えられない。
そして、その時の母の身なりは、いつも私の目に映るとおり、やはり紺無地の絽の帷子に、幅の狭い黒繻子の帯だったのである。
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そうしてその時の母の服装は、いつも私の眼に映る通り、やはり紺無地の絽の帷子に幅の狭い黒繻子の帯だったのである。
三十九
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三十九
今日は日曜なので、子どもが学校に行かないから、お手伝いさんも気をゆるめたと見えて、いつもより遅く起きたようである。
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今日は日曜なので、小供が学校へ行かないから、下女も気を許したものと見えて、いつもより遅く起きたようである。
それでも、私が布団を出たのは、七時十五分過ぎだった。
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それでも私の床を離れたのは七時十五分過であった。
顔を洗ってから、いつものとおりトーストと牛乳と半熟のたまごを食べて、厠(かわや・トイレ)に行こうとすると、あいにく肥取り(こいとり・トイレのくみ取りに来る人)が来ていたので、私はしばらく出たことのなかった裏庭の方へ足を向けた。
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顔を洗ってから、例の通り焼麺麭と牛乳と半熟の鶏卵を食べて、厠に上ろうとすると、あいにく肥取が来ているので、私はしばらく出た事のない裏庭の方へ歩を移した。
すると、植木屋が物置の中で何か片づけものをしていた。
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すると植木屋が物置の中で何か片づけものをしていた。
いらなくなった炭俵を重ねた下から、勢いのよい火が燃え上がるまわりで、女の子が三人ほど、気持ちよさそうに暖を取っているようすが、私の目を引いた。
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不要の炭俵を重ねた下から威勢の好い火が燃えあがる周囲に、女の子が三人ばかり心持よさそうに煖を取っている様子が私の注意を惹いた。
「そんなにたき火に当たると、顔が真っ黒になるよ」
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「そんなに焚火に当ると顔が真黒になるよ」
と言ったら、末の子が、「いやあーだ」
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と云ったら、末の子が、「いやあーだ」
と答えた。
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と答えた。
私は、石垣の上から遠くに見える屋根瓦の、すっかりとけた霜にぬれて、朝日にきらきら光る色をながめたあと、また家の中へ引き返した。
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私は石垣の上から遠くに見える屋根瓦の融けつくした霜に濡れて、朝日にきらつく色を眺めたあと、また家の中へ引き返した。
親類の子が来て掃除をしている書斎がかたづくのを待って、私は机を縁側に持ち出した。
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親類の子が来て掃除をしている書斎の整頓するのを待って、私は机を縁側に持ち出した。
そこで、日当たりのよい欄干(らんかん・縁側などの手すり)に身をもたせかけたり、頬づえをついて考えたり、また、しばらくはじっと動かずに、ただ心を自由に遊ばせておいたりした。
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そこで日当りの好い欄干に身を靠たせたり、頬杖を突いて考えたり、またしばらくはじっと動かずにただ魂を自由に遊ばせておいてみたりした。
軽い風が、時々鉢植えの九花蘭(きゅうからん・ランの一種)の長い葉を動かしにきた。
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軽い風が時々鉢植の九花蘭の長い葉を動かしにきた。
庭木の中で、うぐいすが時々、下手なさえずりを聴かせた。
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庭木の中で鶯が折々下手な囀りを聴かせた。
毎日硝子戸の中に座っていた私は、まだ冬だ冬だと思っているうちに、春はいつのまにか、私の心を蕩揺(とうよう・ゆり動かすこと)させ始めたのである。
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毎日硝子戸の中に坐っていた私は、まだ冬だ冬だと思っているうちに、春はいつしか私の心を蕩揺し始めたのである。
私の冥想(めいそう・じっと深く考えること)は、いつまで座っていても、まとまった形にならなかった。
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私の冥想はいつまで坐っていても結晶しなかった。
筆を取って書こうとすれば、書く種は無尽蔵にあるような気もするし、あれにしようか、これにしようかと迷いだすと、もう何を書いてもつまらないのだという、のんきな考えも起こってきた。
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筆をとって書こうとすれば、書く種は無尽蔵にあるような心持もするし、あれにしようか、これにしようかと迷い出すと、もう何を書いてもつまらないのだという呑気な考も起ってきた。
しばらくそこにたたずんでいるうちに、今度は、今まで書いてきたことが、まったく無意味のように思われだした。
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しばらくそこで佇ずんでいるうちに、今度は今まで書いた事が全く無意味のように思われ出した。
なぜあんなものを書いたのだろうという矛盾が、私を嘲弄(ちょうろう・ばかにしてからかうこと)し始めた。
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なぜあんなものを書いたのだろうという矛盾が私を嘲弄し始めた。
ありがたいことに、私の神経は静まっていた。
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ありがたい事に私の神経は静まっていた。
この嘲弄の上に乗って、ふわふわと高い冥想の世界へ上っていくのが、自分にはたいへんな楽しみになった。
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この嘲弄の上に乗ってふわふわと高い冥想の領分に上って行くのが自分には大変な愉快になった。
自分の馬鹿なところを、雲の上から見下ろして笑いたくなった私は、自分で自分を軽蔑する気分にゆられながら、揺籃(ようらん・ゆりかご)の中で眠る子どもにすぎなかった。
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自分の馬鹿な性質を、雲の上から見下して笑いたくなった私は、自分で自分を軽蔑する気分に揺られながら、揺籃の中で眠る小供に過ぎなかった。
私は今まで、他人のことと私自身のことを、ごちゃごちゃに書いてきた。
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私は今まで他の事と私の事をごちゃごちゃに書いた。
他人のことを書く時には、なるべく相手の迷惑にならないようにという心配があった。
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他の事を書くときには、なるべく相手の迷惑にならないようにとの掛念があった。
自分自身のことを語る時には、かえって、わりあい自由な空気の中で息をすることができた。
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私の身の上を語る時分には、かえって比較的自由な空気の中に呼吸する事ができた。
それでも私は、まだ自分自身に対して、まったく見栄を取りのぞけるほどの境地には達していなかった。
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それでも私はまだ私に対して全く色気を取り除き得る程度に達していなかった。
うそをついて世間をだますほどの衒気(げんき・自分をよく見せようとする気持ち)はないにしても、もっといやしいところ、もっと悪いところ、もっと面目を失うような自分の欠点は、つい発表しないままにしてしまった。
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嘘を吐いて世間を欺くほどの衒気がないにしても、もっと卑しい所、もっと悪い所、もっと面目を失するような自分の欠点を、つい発表しずにしまった。
聖オーガスチンの懺悔(ざんげ・自分の罪を打ち明けること)、ルソーの懺悔、オピアムイーターの懺悔――それをいくらたどっていっても、本当の事実は人間の力で書き表せるはずがないと、誰かが言ったことがある。
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聖オーガスチンの懺悔、ルソーの懺悔、オピアムイーターの懺悔、――それをいくら辿って行っても、本当の事実は人間の力で叙述できるはずがないと誰かが云った事がある。
まして、私が書いたものは、懺悔ではない。
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まして私の書いたものは懺悔ではない。
私の罪は――もしそれを罪と言えるならば――たいへん明るいところからばかり写されていただろう。
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私の罪は、――もしそれを罪と云い得るならば、――すこぶる明るいところからばかり写されていただろう。
そこに、ある人は一種の不快さを感じるかもしれない。
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そこに或人は一種の不快を感ずるかも知れない。
しかし私自身は、今その不快さの上にまたがって、人類全体をひろく見渡しながら、ほほえんでいるのである。
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しかし私自身は今その不快の上に跨がって、一般の人類をひろく見渡しながら微笑しているのである。
今までつまらないことを書いた自分のことも、同じ目で見渡して、まるでそれが他人であったかのような感じをいだきながら、やはりほほえんでいるのである。
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今までつまらない事を書いた自分をも、同じ眼で見渡して、あたかもそれが他人であったかの感を抱きつつ、やはり微笑しているのである。
まだ、うぐいすが庭で時々鳴く。
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まだ鶯が庭で時々鳴く。
春風が、時々思い出したように、九花蘭の葉を動かしにくる。
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春風が折々思い出したように九花蘭の葉を揺かしに来る。
猫が、どこかでひどく噛まれた米噛み(こめかみ・耳の上あたりの部分)を日にさらして、あたたかそうに眠っている。
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猫がどこかで痛く噛まれた米噛を日に曝して、あたたかそうに眠っている。
さっきまで庭でゴム風船をあげて騒いでいた子どもたちは、みんな連れ立って活動写真(かつどうしゃしん・昔の映画のよび方)へ行ってしまった。
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先刻まで庭で護謨風船を揚げて騒いでいた小供達は、みんな連れ立って活動写真へ行ってしまった。
家も心もひっそりとしている中で、私は硝子戸を開け放って、静かな春の光に包まれながら、うっとりとこの文章を書き終えるのである。
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家も心もひっそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放って、静かな春の光に包まれながら、恍惚とこの稿を書き終るのである。
そうしたあとで、私はちょっとひじを曲げて、この縁側でひと眠りするつもりである。
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そうした後で、私はちょっと肱を曲げて、この縁側に一眠り眠るつもりである。
(二月十四日)
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(二月十四日)