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一握の砂 小学生向け

石川啄木(いしかわたくぼく)・1967年

AI生成この訳はAI(claude-sonnet-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28)

函館(はこだて)にいる、郁雨(いくう)宮崎大四郎(みやざきだいしろう)くん

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函館なる郁雨宮崎大四郎君

同じ国の友人で、文学士(ぶんがくし)の花明(かめい)金田一京助(きんだいちきょうすけ)くん

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同国の友文学士花明金田一京助君

この歌集(かしゅう)を、お二人にささげる。

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この集を両君に捧ぐ。

わたしはもう、自分のすべてをお二人の前に見せつくしたように思う。

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予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。

だから、お二人は、ここにある歌の一首一首(いちいち)について、いちばんよく知っている人だと信じているからだ。

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従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。

また、もう一冊(いっさつ)を、なくなったわが子・真一(しんいち)にささげる。

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また一本をとりて亡児真一に手向く。

この歌集の原稿(げんこう)を本屋(ほんや)にわたしたのは、お前が生まれた朝だった。

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この集の稿本を書肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。

この歌集の原稿料(げんこうりょう)は、お前の薬代(くすりだい)になった。

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この集の稿料は汝の薬餌となりたり。

そして、この歌集の見本刷(みほんずり)をわたしが見たのは、お前を火葬(かそう)にした夜だった。

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而してこの集の見本刷を予の閲したるは汝の火葬の夜なりき。

著者(ちょしゃ)

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著者

明治四十一年(1908年)の夏より後に作った、千首(せんしゅ)あまりの中から、五百五十一首(ごひゃくごじゅういっしゅ)を選んで、この歌集におさめた。

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明治四十一年夏以後の作一千余首中より五百五十一首を抜きてこの集に収む。

この歌集の中の五つの章は、心が動いたきっかけの近いものをたずねて、かりに分けただけである。

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集中五章、感興の来由するところ相邇ちかきをたづねて仮にわかてるのみ。

「秋風(あきかぜ)のこころよさに」

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「秋風のこころよさに」

は、明治四十一年(1908年)の秋の記念(きねん)である。

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は明治四十一年秋の紀念なり。

我(われ)を愛する歌

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我を愛する歌

東海(とうかい)の小さな島の、磯(いそ)の白い砂の上で

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東海とうかいの小島こじまの磯いその白砂しらすなに

わたしは泣きぬれて

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われ泣なきぬれて

蟹(かに)とたわむれる

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蟹かにとたはむる

ほおをつたう

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頬ほにつたふ

なみだをふかずに

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なみだのごはず

一握り(ひとにぎり)の砂を見せてくれた人を忘れない

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一握いちあくの砂を示しめしし人を忘れず

大きな海に向かって、ひとり

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大海だいかいにむかひて一人ひとり

七日(なのか)か八日(ようか)

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七八日ななやうか

泣こうと思って、家を出た

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泣きなむとすと家を出いでにき

ひどくさびたピストルが出てきた

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いたく錆さびしピストル出いでぬ

砂山(すなやま)の

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砂山すなやまの

砂を指で掘っていたら

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砂を指もて掘ほりてありしに

ひと夜(よ)のうちに嵐(あらし)が来て積み上げた

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ひと夜よさに嵐あらし来きたりて築きづきたる

この砂山は

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この砂山は

いったい何の墓(はか)なのか

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何なにの墓はかぞも

砂山の砂にはらばいになり

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砂山の砂に腹這はらばひ

初恋(はつこい)の

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初恋の

痛み(いたみ)を遠く思い出す日

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いたみを遠くおもひ出いづる日

砂山のふもとに横たわる流木(りゅうぼく)に

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砂山の裾すそによこたはる流木りうぼくに

あたりを見まわし

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あたり見まはし

ものを言ってみる

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物もの言いひてみる

命(いのち)のない砂の悲しさよ

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いのちなき砂のかなしさよ

さらさらと

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さらさらと

にぎれば指(ゆび)のあいだからこぼれ落ちる

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握にぎれば指のあひだより落つ

しっとりと

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しっとりと

なみだを吸(す)った砂の粒(つぶ)

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なみだを吸すへる砂の玉

なみだは重いものなのだなあ

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なみだは重きものにしあるかな

「大」という字を百(ひゃく)あまり

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大だいという字を百あまり

砂に書いて

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砂に書き

死ぬことをやめて帰ってきた

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死ぬことをやめて帰り来きたれり

目が覚めても、まだ起き出さない子どもの癖(くせ)は

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目さまして猶なほ起おき出いでぬ児の癖くせは

悲しい癖だ

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かなしき癖ぞ

母よ、しからないで

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母よ咎とがむな

ひとかたまりの土によだれをたらして

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ひと塊くれの土に涎よだれし

泣く母の顔(かお)ににせて作った

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泣く母の肖顔にがほつくりぬ

なんと悲しいことだろうか

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かなしくもあるか

明かりのない部屋(へや)にわたしがいる

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燈影ほかげなき室しつに我あり

父と母が

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父と母

壁(かべ)の中から、つえをついて出てくる

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壁のなかより杖つゑつきて出いづ

ふざけて母をおんぶして

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たはむれに母を背負せおひて

あまりに軽(かる)いので泣けてきて

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そのあまり軽かろきに泣きて

三歩(さんぽ)も歩けなかった

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三歩あゆまず

ふらりと家を出ては

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飄然へうぜんと家を出いでては

ふらりと帰ってくる癖(くせ)よ

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飄然と帰りし癖よ

友だちは笑うけれど

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友はわらへど

ふるさとの父が咳(せき)をするたびに、こんなふうに

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ふるさとの父の咳せきする度たびに斯かく

咳が出るのだろうか

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咳の出いづるや

病気(びょうき)になると、はかないものだ

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病やめばはかなし

わたしが泣くのを少女(しょうじょ)たちが聞いたら

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わが泣くを少女等をとめらきかば

病気の犬(いぬ)が

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病犬やまいぬの

月に向かってほえるのに似ていると言うだろう

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月に吠ほゆるに似たりといふらむ

どこかでかすかに虫が鳴くような

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何処いづくやらむかすかに虫のなくごとき

心細(こころぼそ)さを

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こころ細ぼそさを

今日も感じる

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今日けふもおぼゆる

とても暗い

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いと暗き

穴(あな)に心が吸(す)いこまれていくように感じて

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穴あなに心を吸すはれゆくごとく思ひて

疲れて眠る

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つかれて眠る

気持ちよく

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こころよく

わたしにはたらく仕事があってほしい

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我にはたらく仕事あれ

それをやりとげて死にたいと思う

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それを仕遂しとげて死なむと思ふ

こみ合う電車(でんしゃ)のすみで

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こみ合あへる電車の隅すみに

小さくちぢこまる

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ちぢこまる

夕方(ゆうがた)ごとの、そんな自分がいとおしい

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ゆふべゆふべの我のいとしさ

浅草(あさくさ)の夜のにぎわいに

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浅草あさくさの夜よのにぎはひに

まぎれこんで

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まぎれ入いり

まぎれ出てきた、さびしい心

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まぎれ出いで来きしさびしき心

かわいがっている犬(いぬ)の耳を切ってみた

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愛犬あいけんの耳斬きりてみぬ

ああ、これも

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あはれこれも

何かに飽(あ)きた心のせいだろうか

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物に倦うみたる心にかあらむ

鏡(かがみ)を手に取り

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鏡かがみとり

できるかぎりいろいろな顔をしてみた

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能あたふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ

泣き飽(あ)きた時に

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泣き飽あきし時

なみだ、なみだ

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なみだなみだ

不思議(ふしぎ)なことだなあ

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不思議なるかな

それで顔を洗うと、心がふざけたくなる

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それをもて洗あらへば心戯おどけたくなれり

あきれた母の言葉に

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呆あきれたる母の言葉に

はっと気がつくと

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気がつけば

茶碗(ちゃわん)をはしでたたいていた

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茶碗ちやわんを箸はしもて敲たたきてありき

草の上に寝ころんで

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草に臥ねて

何も考えない

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おもふことなし

わたしの額(ひたい)にふんをして、鳥は空で遊んでいる

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わが額ぬかに糞ふんして鳥は空に遊べり

わたしのひげの

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わが髭ひげの

下を向く癖(くせ)が腹立たしい

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下向く癖くせがいきどほろし

このごろ、にくらしい男に似てきたから

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このごろ憎にくき男に似たれば

森の奥から銃(じゅう)の音が聞こえる

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森の奥より銃声じうせい聞ゆ

ああ、ああ

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あはれあはれ

自分で死ぬ音というのはいいものだ

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自みづから死ぬる音のよろしさ

大木(たいぼく)の幹(みき)に耳をあてて

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大木たいぼくの幹みきに耳あて

半日(はんにち)近く

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小半日こはんにち

かたい皮をむしっていた

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堅かたき皮をばむしりてありき

「そんなことで死ぬのか」

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「さばかりの事に死ぬるや」

「そんなことで生きるのか」

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「さばかりの事に生くるや」

やめろやめろ、この問答(もんどう)

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止よせ止せ問答

めったにない

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まれにある

この落ち着いた心のときには

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この平たひらなる心には

時計が鳴るのもおもしろく聞こえる

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時計の鳴るもおもしろく聴きく

ふと深い恐(おそ)れを感じて

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ふと深き怖れを覚え

じっとして

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ぢっとして

やがて静かにへそをさわってみる

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やがて静かに臍ほそをまさぐる

高い山の頂上(ちょうじょう)に登り

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高山たかやまのいただきに登り

なんとなく帽子(ぼうし)をふって

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なにがなしに帽子ばうしをふりて

また下りてきた

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下くだり来しかな

どこかでたくさんの人が争っていて

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何処どこやらに沢山たくさんの人があらそひて

くじを引いているようだ

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鬮くじ引ひくごとし

わたしも引いてみたい

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われも引きたし

怒(おこ)る時

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怒いかる時

かならず一つ、鉢(はち)を割る

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かならずひとつ鉢はちを割わり

九百九十九(きゅうひゃくきゅうじゅうきゅう)割って死にたい

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九百九十九くひやくくじふく割りて死なまし

電車の中でいつも会う小さな男の

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いつも逢あふ電車の中の小男こをとこの

とがった目

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稜かどある眼まなこ

このごろ気になる

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このごろ気になる

鏡屋(かがみや)の前に来て

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鏡屋かがみやの前に来て

ふと驚いた

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ふと驚きぬ

こんなにみすぼらしく歩いているものか

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見すぼらしげに歩あゆむものかも

なんとなく汽車(きしゃ)に乗りたいと思っただけだった

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何なにとなく汽車に乗りたく思ひしのみ

汽車を降りたら

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汽車を下おりしに

行くところがない

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ゆくところなし

空き家(あきや)に入って

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空家あきやに入いり

たばこを吸(す)ったことがある

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煙草たばこのみたることありき

ああ、ただひとりでいたかっただけに

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あはれただ一人居いたきばかりに

なんとなく

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何がなしに

さびしくなると外に出て歩く男になって

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さびしくなれば出でてあるく男となりて

三か月(みつき)にもなった

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三月みつきにもなれり

やわらかく積もった雪に

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やはらかに積れる雪に

ほてったほおをうずめるような

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熱ほてる頬ほを埋うづむるごとき

恋(こい)をしてみたい

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恋してみたし

悲しいのは

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かなしきは

あきることのない利己(りこ)の心を

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飽あくなき利己りこの一念を

もてあましている男だということだ

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持てあましたる男にありけり

手も足も

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手も足も

部屋(へや)いっぱいに投げ出して

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室へやいっぱいに投げ出だして

やがて静かに起き上がる

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やがて静かに起きかへるかな

百年(ひゃくねん)の長いねむりから覚めたように

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百年ももとせの長き眠りの覚さめしごと

あくびをしてみたい

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呿呻あくびしてまし

何も考えずに

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思ふことなしに

腕(うで)を組んで

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腕うで拱くみて

このごろ思う

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このごろ思ふ

大きな敵(てき)よ、目の前におどり出てこい、と

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大おほいなる敵てき目の前に躍をどり出いでよと

手が白く

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手が白く

そして大きかった

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且かつ大だいなりき

非凡(ひぼん)な人だと言われる男に会ったとき

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非凡ひぼんなる人といはるる男に会ひしに

気持ちよく

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こころよく

人をほめてみたくなった

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人を讃ほめてみたくなりにけり

利己(りこ)の心にあきたさびしさ

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利己りこの心に倦うめるさびしさ

雨が降ると

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雨降れば

わたしの家の者は、だれもかれも暗い顔をする

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わが家いへの人誰たれも誰も沈める顔す

雨よ、はれてほしい

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雨霽はれよかし

高いところから飛びおりるような気持ちで

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高きより飛びおりるごとき心もて

この一生(いっしょう)を

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この一生を

終える方法(ほうほう)はないものか

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終るすべなきか

このごろ

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この日頃

ひそかに胸(むね)に住みついている後悔(こうかい)がある

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ひそかに胸にやどりたる悔くいあり

わたしを笑わせない

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われを笑はしめざり

おせじを聞くと

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へつらひを聞けば

腹の立つわたしの心

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腹立はらだつわがこころ

あまりに自分を知っているのが悲しい

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あまりに我を知るがかなしき

知らない家をたたき起こして

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知らぬ家いへたたき起して

逃げてくるのが面白かった

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遁にげ来くるがおもしろかりし

昔がなつかしい

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昔の恋しさ

非凡(ひぼん)な人のようにふるまった

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非凡ひぼんなる人のごとくにふるまへる

そのあとのさびしさは

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後のちのさびしさは

何にたとえたらいいのだろう

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何なににかたぐへむ

あの大きな彼の体(からだ)が

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大おほいなる彼の身体からだが

憎(にく)らしかった

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憎にくかりき

その前に行って話をする時

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その前にゆきて物を言ふ時

実務(じつむ)には役に立たない歌人(かじん)だと

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実務には役に立たざるうた人びとと

わたしを見る人から

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我を見る人に

お金を借りた

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金借りにけり

遠くから笛(ふえ)の音が聞こえる

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遠くより笛の音ねきこゆ

うなだれているせいだろうか

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うなだれてある故ゆゑやらむ

なみだが流れる

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なみだ流るる

それもいい、これもいいと言う人の

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それもよしこれもよしとてある人の

その気軽(きがる)さが

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その気がるさを

うらやましくなった

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欲ほしくなりたり

死ぬことを

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死ぬことを

いつも飲む薬(くすり)を飲むみたいに、わたしは思う

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持薬ぢやくをのむがごとくにも我はおもへり

心が痛(いた)む時には

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心いためば

道ばたで犬が長々とあくびをした

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路傍みちばたに犬ながながと呿呻あくびしぬ

わたしもまねをした

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われも真似まねしぬ

うらやましくて

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うらやましさに

真剣(しんけん)になって竹(たけ)で犬をたたく

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真剣になりて竹もて犬を撃うつ

その子どもの顔を

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小児せうにの顔を

いいなと思った

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よしと思へり

発電機(はつでんき)の

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ダイナモの

重いうなり音の気持ちよさよ

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重き唸うなりのここちよさよ

ああ、あんなふうに話してみたい

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あはれこのごとく物を言はまし

おどけた性格(せいかく)だった友の死顔(しにがお)の

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剽軽へうきんの性さがなりし友の死顔の

青ざめた疲(つか)れが

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青き疲れが

今も目に浮かぶ

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いまも目にあり

気の変わる人に仕えて

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気の変る人に仕つかへて

つくづくと

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つくづくと

自分の人生がいやになった

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わが世がいやになりにけるかな

竜(りゅう)のようにむなしい空へおどり出て

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龍りようのごとくむなしき空に躍をどり出いでて

消えていく煙(けむり)

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消えゆく煙

見ていてもあきない

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見れば飽あかなく

気持ちのよい疲れだなあ

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こころよき疲れなるかな

息もつかずに

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息もつかず

仕事をしたあとの、この疲れ

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仕事をしたる後のちのこの疲れ

うそ寝や、うそのあくびなど

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空寝入そらねいり生呿呻なまあくびなど

なぜするのだろう

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なぜするや

自分の思っていることを人に気づかれないため

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思ふこと人にさとらせぬため

はしを止めて、ふっと思った

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箸はし止とめてふっと思ひぬ

とうとう

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やうやくに

世の中のやり方に慣れてしまったなあ

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世のならはしに慣れにけるかな

朝早く

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朝はやく

結婚の時期(じき)を過ぎた妹の

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婚期こんきを過ぎし妹の

恋文(こいぶみ)のような手紙を読んだ

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恋文こひぶみめける文ふみを読めりけり

しっとりと

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しっとりと

水を吸(す)ったスポンジの

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水を吸すひたる海綿かいめんの

重さに似た気持ちを感じる

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重さに似たる心地ここちおぼゆる

「死ね、死ね」と自分を怒って

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死ね死ねと己おのれを怒いかり

だまりこんだ

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もだしたる

心の底にある、暗くむなしい気持ち

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心の底の暗きむなしさ

けもののような顔が、口を開けたり閉めたりしている

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けものめく顔あり口をあけたてす

そう見えただけだった

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とのみ見てゐぬ

人が話しているのが

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人の語るを

親と子が

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親と子と

はなればなれの心のまま、静かに向かい合う

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はなればなれの心もて静かに対むかふ

気まずいのだろうか、何なのだろうか

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気まづきや何なぞ

あの船の

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かの船の

あの航海(こうかい)の乗客(じょうきゃく)の一人だった

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かの航海の船客せんかくの一人にてありき

死にきれなかったのは

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死にかねたるは

目の前のお菓子の皿(さら)などを

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目の前の菓子皿くわしざらなどを

かりかりとかんでみたくなった

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かりかりと噛かみてみたくなりぬ

もどかしいことだなあ

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もどかしきかな

よく笑う若い男が

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よく笑ふ若き男の

もし死んだら

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死にたらば

この世は少しさびしくなるだろう

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すこしはこの世さびしくもなれ

なんとなく

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何がなしに

息が切れるまで走り出してみたくなった

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息いききれるまで駆かけ出だしてみたくなりたり

草原(そうげん)などを

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草原くさはらなどを

新しい背広(せびろ)などを着て

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あたらしき背広など着て

旅をしよう

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旅をせむ

そう、今年もまた思っただけで終わった

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しかく今年ことしも思ひ過ぎたる

わざわざ明かりを消して

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ことさらに燈火ともしびを消して

じっと見つめるように考えていたのは

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まぢまぢと思ひてゐしは

わけのないこと

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わけもなきこと

浅草(あさくさ)の凌雲閣(りょううんかく)のてっぺんで

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浅草の凌雲閣りよううんかくのいただきに

腕(うで)を組んだ日の

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腕組みし日の

長い日記(にっき)だなあ

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長き日記にきかな

ふつうのふざけっこだろうか

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尋常じんじやうのおどけならむや

ナイフを持って死ぬまねをする

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ナイフ持ち死ぬまねをする

その顔、その顔

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その顔その顔

こそこそ話がやがて大きくなり

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こそこその話がやがて高くなり

ピストルが鳴って

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ピストル鳴りて

人生が終わる

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人生終る

時には

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時ありて

子どものようにふざけて遊ぶ

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子供のやうにたはむれす

恋(こい)をしている人ならしないことだ

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恋ある人のなさぬ業わざかな

とにかく家を出てみると

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とかくして家を出いづれば

日光(にっこう)のあたたかさがある

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日光のあたたかさあり

息を深く吸う

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息ふかく吸ふ

つかれた牛(うし)のよだれは

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つかれたる牛のよだれは

たらたらと

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たらたらと

何千万年たっても尽(つ)きないようだ

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千万年も尽きざるごとし

道ばたの切り石(きりいし)の上で

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路傍みちばたの切石きりいしの上に

腕(うで)を組んで

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腕拱くみて

空を見上げている男がいた

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空を見上ぐる男ありたり

何だろうか

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何やらむ

おだやかでない目つきをして

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穏おだやかならぬ目付めつきして

つるはしを打つ人たちを見ている

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鶴嘴つるはしを打つ群を見てゐる

今日は、心から逃げ去った

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心より今日けふは逃げ去れり

病気(びょうき)の獣(けもの)のような

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病やまひある獣けもののごとき

不平(ふへい)が逃げ去った

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不平逃げ去れり

おおらかな心がやってきた

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おほどかの心来れり

歩くだけでも

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あるくにも

おなかに力がたまるようだ

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腹に力のたまるがごとし

ただひとりで泣きたくて

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ただひとり泣かまほしさに

来て、横になった

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来て寝たる

宿屋(やどや)のふとんの気持ちよさよ

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宿屋やどやの夜具やぐのこころよさかな

友よ、そんなふうに

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友よさは

こじきのみすぼらしさをきらわないでくれ

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乞食こじきの卑いやしさ厭いとふなかれ

腹が減っていた時は、わたしもそうだった

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餓うゑたる時は我も爾しかりき

新しいインクのにおい

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新しきインクのにほひ

せんを抜くと

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栓せん抜ぬけば

飢(う)えた腹にしみるのが悲しい

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餓ゑたる腹に沁しむがかなしも

悲しいのは

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かなしきは

のどのかわきをこらえながら

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喉のどのかわきをこらへつつ

寒い夜のふとんの中でちぢこまる時

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夜寒よざむの夜具にちぢこまる時

一度でもわたしに頭を下げさせた

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一度でも我に頭を下げさせし

人はみな死ねと

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人みな死ねと

祈(いの)ったこと

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いのりてしこと

わたしに似た友の二人よ

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我に似し友の二人ふたりよ

一人は死んで

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一人は死に

一人は牢屋(ろうや)を出て、今は病気だ

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一人は牢らうを出いでて今病やむ

あり余る才能(さいのう)を持ちながら

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あまりある才を抱いだきて

妻(つま)のために

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妻のため

思い悩む友を悲しく思う

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おもひわづらふ友をかなしむ

打ち明けて話して

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打明けて語りて

何か損(そん)をしたような気がして

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何か損そんをせしごとく思ひて

友と別れた

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友とわかれぬ

どんよりと

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どんよりと

くもった空を見ていたら

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くもれる空を見てゐしに

人を殺したくなった

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人を殺したくなりにけるかな

人並(ひとなみ)の才能(さいのう)しかない

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人並ひとなみの才さいに過ぎざる

わたしの友の

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わが友の

深い不平(ふへい)も、あわれなことだ

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深き不平もあはれなるかな

誰(だれ)が見ても取り柄(とりえ)のない男が来て

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誰たれが見てもとりどころなき男来て

威張(いば)って帰った

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威張ゐばりて帰りぬ

悲しいことだなあ

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かなしくもあるか

働(はたら)いても

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はたらけど

働いても、まだわたしの暮らしは楽にならない

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はたらけど猶なほわが生活くらし楽にならざり

じっと手を見る

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ぢっと手を見る

何もかも、この先(さき)のことが見えるような

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何もかも行末ゆくすゑの事みゆるごとき

この悲しみは

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このかなしみは

ふいてもふいても消えない

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拭ぬぐひあへずも

ある日

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とある日に

酒(さけ)を飲みたくてたまらないように

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酒をのみたくてならぬごとく

今日、わたしは切実(せつじつ)にお金がほしかった

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今日けふわれ切せちに金かねを欲ほりせり

水晶(すいしょう)の玉を喜んでもてあそぶ

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水晶すゐしやうの玉をよろこびもてあそぶ

このわたしの心は

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わがこの心

いったい何の心なのだろう

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何なにの心ぞ

何事もなく

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事もなく

そして気持ちよく太っていく

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且かつこころよく肥こえてゆく

このごろのわたしは、何か物足りない

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わがこのごろの物足らぬかな

大きな水晶(すいしょう)の玉を

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大いなる水晶の玉を

一つほしい

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ひとつ欲ほし

それに向かって、ものを考えたい

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それにむかひて物を思はむ

うぬぼれている友に

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うぬ惚ぼるる友に

調子(ちょうし)を合わせてうなずいていた

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合槌あひづちうちてゐぬ

めぐみをあたえるような気持ちで

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施与ほどこしをするごとき心に

ある朝、悲しい夢からさめかけた時に

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ある朝のかなしき夢のさめぎはに

鼻に入ってきた

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鼻に入いり来きし

味噌(みそ)を煮(に)るにおいよ

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味噌みそを煮にる香かよ

こつこつと空き地(あきち)で石をきざむ音が

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こつこつと空地あきちに石をきざむ音

耳について離れなかった

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耳につき来きぬ

家に入るまで

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家いへに入いるまで

なんとなく

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何がなしに

頭の中にがけがあって

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頭あたまのなかに崖がけありて

毎日、土が崩(くず)れていくようだ

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日毎ひごとに土のくづるるごとし

遠くで電話のベルが鳴るように

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遠方ゑんぱうに電話の鈴りんの鳴るごとく

今日も耳が鳴る

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今日けふも耳鳴る

悲しい日だなあ

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かなしき日かな

あかじみた着物(きもの)のえりよ

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垢あかじみし袷あはせの襟えりよ

悲しくも

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かなしくも

ふるさとで胡桃(くるみ)を焼くにおいがする

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ふるさとの胡桃くるみ焼やくるにほひす

死にたくてたまらない時がある

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死にたくてならぬ時あり

トイレで人目(ひとめ)をさけて

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はばかりに人目を避さけて

こわい顔をする

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怖こはき顔する

一隊(いちたい)の兵隊(へいたい)を見送って

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一隊の兵を見送りて

悲しかった

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かなしかり

どうして彼らは、心配事(しんぱいごと)がないような顔をしているのだろう

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何なにぞ彼等のうれひ無なげなる

同じ国の人たちの顔が、たえがたくいやしく

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邦人くにびとの顔たへがたく卑いやしげに

目にうつる日だ

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目にうつる日なり

家に閉(と)じこもろう

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家にこもらむ

次の休みの日には、一日中(いちにちじゅう)寝てみようと

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この次の休日やすみに一日寝てみむと

そう思っただけで過ごしてきた

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思ひすごしぬ

この三年(みとせ)というもの

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三年みとせこのかた

ある時のわたしの心を

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或る時のわれのこころを

焼きたての

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焼きたての

パンに似ていると思ったことよ

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麺麭ぱんに似たりと思ひけるかな

たんたらたら たんたらたらと

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たんたらたらたんたらたらと

雨だれが

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雨滴あまだれが

痛む頭にひびく悲しさ

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痛むあたまにひびくかなしさ

ある日のこと

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ある日のこと

部屋の障子(しょうじ)をはりかえた

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室へやの障子しやうじをはりかへぬ

その日は、それだけで心がなごんだ

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その日はそれにて心なごみき

こうしてはいられないと思って

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かうしては居をられずと思ひ

立ち上がったが

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立ちにしが

外で馬(うま)がいななくまで

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戸外おもてに馬の嘶いななきしまで

気が抜けて、廊下(ろうか)に立っていた

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気ぬけして廊下らうかに立ちぬ

荒々(あらあら)しく扉(とびら)をおしたら

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あららかに扉ドアを推おせしに

すぐに開いたので

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すぐ開あきしかば

じっとして

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ぢっとして

黒(くろ)や赤のインクを吸(す)って

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黒はた赤のインク吸ひ

かたくかわいたスポンジを見る

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堅くかわける海綿かいめんを見る

誰(だれ)が見ても

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誰たれが見ても

わたしをなつかしく思ってくれるような

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われをなつかしくなるごとき

長い手紙を書きたい夕方(ゆうがた)

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長き手紙を書きたき夕ゆふべ

うすい緑色(みどりいろ)の

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うすみどり

飲むと、体(からだ)が水のようにすきとおるという

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飲めば身体からだが水のごと透すきとほるてふ

そんな薬(くすり)はないだろうか

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薬はなきか

いつもにらんでいるランプにあきて

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いつも睨にらむラムプに飽あきて

三日(みっか)ほど

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三日みかばかり

ろうそくの火に親(した)しんでいる

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蝋燭らふそくの火にしたしめるかな

人間が使わない言葉を

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人間のつかはぬ言葉

ひょっとして

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ひょっとして

自分だけが知っているように思う日

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われのみ知れるごとく思ふ日

新しい心を求(もと)めて

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あたらしき心もとめて

名前も知らない

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名も知らぬ

町(まち)などを、今日もさまよって歩いてきた

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街など今日けふもさまよひて来きぬ

友だちがみな、わたしよりえらく見える日よ

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友がみなわれよりえらく見ゆる日よ

花を買ってきて

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花を買ひ来きて

妻(つま)と仲(なか)よくする

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妻つまとしたしむ

どうして

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何なにすれば

ここにわたしがいるのだろう

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此処ここに我ありや

時々、そう思ってはっとし、部屋を見まわす

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時にかく打驚うちおどろきて室へやを眺むる

電車(でんしゃ)の中で、つばを吐(は)く人がいる

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人ありて電車のなかに唾つばを吐はく

それにさえ

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それにも

心が痛(いた)みそうになった

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心いたまむとしき

夜明けまで、遊んで過ごせる場所がほしい

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夜明けまであそびてくらす場所が欲ほし

家のことを思うと

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家いへをおもへば

心が冷たくなる

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こころ冷つめたし

みんなが家を持っているという悲しさよ

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人みなが家いへを持つてふかなしみよ

墓(はか)に入るように

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墓に入いるごとく

家に帰って眠る

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かへりて眠る

何か一つ、不思議なことをしてみせて

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何かひとつ不思議を示し

みんなが驚(おどろ)いているすきに

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人みなのおどろくひまに

消えてしまいたいと思う

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消えむと思ふ

人という人の心の中に

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人といふ人のこころに

一人ずつ、囚人(しゅうじん)がいて

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一人づつ囚人しうじんがゐて

うめいている悲しさ

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うめくかなしさ

しかられて

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叱しかられて

わっと泣き出す子どもの心

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わっと泣き出だす子供心

その心にもう一度なってみたいなあ

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その心にもなりてみたきかな

盗(ぬす)むということさえ、悪いと思えない

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盗むてふことさへ悪あしと思ひえぬ

そんな心は悲しい

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心はかなし

かくれる場所もない

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かくれ家がもなし

見捨てられた女の人のような悲しみを

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放はなたれし女のごときかなしみを

弱い男が

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よわき男の

感じる日だ

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感かんずる日なり

庭の石に

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庭石にはいしに

はっと時計を投げつけた

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はたと時計をなげうてる

昔のわたしの怒りが、今はいとおしい

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昔のわれの怒いかりいとしも

顔を赤くして怒(おこ)ったことが

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顔あかめ怒いかりしことが

次の日には

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あくる日は

たいしたことでもないと、さびしく思うことよ

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さほどにもなきをさびしがるかな

いらだつ心よ、お前は悲しい

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いらだてる心よ汝なれはかなしかり

さあさあ

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いざいざ

少しあくびでもしよう

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すこし呿呻あくびなどせむ

一人の女がいる

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女あり

わたしの言いつけにそむくまいと、心をくだいている

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わがいひつけに背そむかじと心を砕くだく

それを見ると悲しい

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見ればかなしも

情(なさ)けない

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ふがひなき

わたしの日本(にほん)の女たちを

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わが日ひの本もとの女等をんならを

秋雨(あきさめ)の夜にののしったことよ

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秋雨あきさめの夜よにののしりしかな

男に生まれて、男とつきあい

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男とうまれ男と交まじり

負けている

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負けてをり

そのせいだろうか、秋が身にしみる

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かるがゆゑにや秋が身に沁しむ

わたしがいだく考えは、すべて

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わが抱いだく思想はすべて

お金がないことから来ているようだ

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金かねなきに因いんするごとし

秋の風が吹く

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秋の風吹く

くだらない小説(しょうせつ)を書いて喜んでいる

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くだらない小説を書きてよろこべる

男があわれだ

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男憐あはれなり

初秋(しょしゅう)の風

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初秋はつあきの風

秋の風

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秋の風

今日からは、あのだらしない男に

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今日けふよりは彼かのふやけたる男に

口をきくまいと思う

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口を利きかじと思ふ

先の見えない

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はても見えぬ

まっすぐな街を歩くような

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真直ますぐの街をあゆむごとき

そんな心を、今日は持てたなあ

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こころを今日は持ちえたるかな

何も考えずに

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何事も思ふことなく

いそがしく

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いそがしく

過ごした一日を忘れたくないと思う

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暮らせし一日ひとひを忘れじと思ふ

何でもかんでも「金だ、金だ」と笑い

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何事も金金かねかねとわらひ

少したつと

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すこし経へて

また急に不満(ふまん)がつのってくる

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またも俄にはかに不平つのり来く

誰(だれ)かわたしを

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誰たそ我われに

ピストルで撃(う)ってくれ

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ピストルにても撃うてよかし

伊藤(いとう)のように死んでみせよう

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伊藤のごとく死にて見せなむ

「あ」とばかり

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やとばかり

桂(かつら)首相(しゅしょう)に手を取られた夢を見て、目が覚めた

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桂かつら首相に手とられし夢みて覚さめぬ

秋の夜の二時

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秋の夜の二時

煙(けむり)

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煙

一

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一

病気(びょうき)のように

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病やまひのごと

ふるさとを思う心がわいてくる日だ

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思郷しきやうのこころ湧わく日なり

目にうつる青空の煙が悲しい

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目にあをぞらの煙けむりかなしも

自分の名前をそっと呼んで

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己おのが名をほのかに呼びて

涙(なみだ)を流した

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涙せし

十四(じゅうし)の春には、もう帰る方法(ほうほう)がない

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十四じふしの春にかへる術すべなし

青空に消えていく煙

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青空に消えゆく煙

さびしく消えていく煙

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さびしくも消えゆく煙

わたしに似ているだろうか

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われにし似るか

あの旅の汽車(きしゃ)の車掌(しゃしょう)が

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かの旅の汽車の車掌しやしやうが

思いがけず

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ゆくりなくも

わたしの中学(ちゅうがく)時代の友だちだったなあ

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我が中学の友なりしかな

ほとばしるポンプの水の

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ほとばしる喞筒ポンプの水の

気持ちよさよ

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心地ここちよさよ

しばらくは、若かったころの心で見る

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しばしは若きこころもて見る

先生も友だちも知らずに、わたしを責(せ)めた

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師も友も知らで責せめにき

なぞのような

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謎なぞに似る

わたしが学業(がくぎょう)をなまけた理由(りゆう)

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わが学業のおこたりの因もと

教室(きょうしつ)の窓(まど)からにげて

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教室の窓より遁にげて

ただ一人

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ただ一人

あの城(しろ)のあとに、寝(ね)に行ったなあ

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かの城址しろあとに寝に行きしかな

不来方(こずかた)のお城の草に寝ころんで

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不来方こずかたのお城の草に寝ころびて

空に吸(す)いこまれていった

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空に吸はれし

十五(じゅうご)の心

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十五じふごの心

悲しみと言うなら言えるだろう

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かなしみといはばいふべき

物の味(あじ)を

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物の味あぢ

わたしが味わったのは、あまりに早すぎた

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我の嘗なめしはあまりに早かり

晴れた空を見上げると、いつも

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晴れし空仰あふげばいつも

口笛(くちぶえ)を吹きたくなって

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口笛を吹きたくなりて

吹いて遊んでいた

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吹きてあそびき

夜、寝てからも口笛を吹いた

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夜寝ても口笛吹きぬ

口笛は

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口笛は

十五歳(じゅうごさい)のわたしの歌だった

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十五の我の歌にしありけり

よくしかる先生がいた

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よく叱しかる師ありき

ひげが似ているからヤギと名づけて

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髯ひげの似たるより山羊やぎと名づけて

口まねもした

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口真似もしき

わたしと一緒に

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われと共ともに

小鳥に石を投げて遊ぶ

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小鳥に石を投げて遊ぶ

後備大尉(こうびたいい)の子どももいたなあ

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後備大尉こうびたいゐの子もありしかな

城(しろ)のあとの

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城址しろあとの

石に腰(こし)かけて

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石に腰掛こしかけ

禁じられた木の実(このみ)を、ひとりで味わったこと

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禁制の木この実みをひとり味あぢはひしこと

その後、わたしを見捨てた友も

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その後のちに我を捨てし友も

あのころは一緒に本を読み

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あの頃は共に書読ふみよみ

一緒に遊んだ

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ともに遊びき

学校の図書倉庫(としょそうこ)の裏の秋の草に

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学校の図書庫としよぐらの裏の秋の草

黄色い花が咲いていた

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黄きなる花咲きし

今もその名前を知らない

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今も名知らず

花が散ると

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花散れば

だれよりも先に白い服を着て家を出る

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先まづ人さきに白の服ふく着きて家いへ出いづる

それはわたしだったのだろうか

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我にてありしか

今はなき姉の恋人の弟と

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今は亡き姉の恋人のおとうとと

仲(なか)よくしていたのを

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なかよくせしを

悲しいと思う

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かなしと思ふ

夏休みが終わってそのまま

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夏休み果はててそのまま

帰ってこなかった

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かへり来こぬ

若い英語の先生もいたなあ

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若き英語の教師もありき

ストライキを思い出しても

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ストライキ思ひ出いでても

今はもう、わたしの血はさわがない

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今は早はや吾が血躍をどらず

ひそかにさびしい

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ひそかに淋さびし

盛岡(もりおか)の中学校の

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盛岡もりをかの中学校の

バルコニーの

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露台バルコンの

手すりに、もう一度わたしをよりかからせて

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欄干てすりに最一度もいちど我を倚よらしめ

「神がいる」と言い張る友を

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神有りと言ひ張る友を

説得(せっとく)して言い負かした

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説ときふせし

あの道ばたの栗(くり)の木の下

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かの路傍みちばたの栗くりの樹きの下もと

西風(にしかぜ)に

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西風に

内丸大路(うちまるおおじ)の桜(さくら)の葉が

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内丸大路うちまるおほぢの桜の葉

かさこそ散るのを踏(ふ)んで遊んだ

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かさこそ散るを踏ふみてあそびき

あのころ愛読(あいどく)していた本よ

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そのかみの愛読の書しよよ

だいたいは

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大方おほかたは

今はもう流行(はや)らなくなってしまったなあ

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今は流行はやらずなりにけるかな

石が一つ

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石ひとつ

坂(さか)をくだっていくように

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坂をくだるがごとくにも

わたしは今日という日にたどり着いた

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我けふの日に到り着きたる

もの悲しい少年の目で、うらやましく思った

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愁うれひある少年せうねんの眼に羨うらやみき

小鳥が飛ぶのを

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小鳥の飛ぶを

飛びながら歌うのを

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飛びてうたふを

解剖(かいぼう)した

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解剖ふわけせし

みみずの命(いのち)も悲しかった

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蚯蚓みみずのいのちもかなしかり

あの校庭(こうてい)の木のさくの下で

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かの校庭の木柵もくさくの下もと

かぎりない知識(ちしき)への欲(よく)に燃える目を

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かぎりなき知識の慾よくに燃ゆる眼を

姉は心配した

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姉は傷いたみき

人に恋(こい)をしているのかと

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人恋ふるかと

蘇峰(そほう)の本をわたしにすすめてくれた友は、早くに

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蘇峯そほうの書しよを我に薦すすめし友早く

学校をやめてしまった

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校かうを退しりぞきぬ

貧(まず)しさのために

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まづしさのため

おどけた手つきがおかしくて

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おどけたる手つきをかしと

わたしだけは、いつも笑っていた

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我のみはいつも笑ひき

博学(はくがく)な先生が

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博学の師を

自分の才能(さいのう)のせいで身をあやまった人のことを

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自しが才さいに身をあやまちし人のこと

語って聞かせてくれた

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かたりきかせし

そんな先生もいたなあ

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師もありしかな

あのころ、学校で一番のなまけ者だった人が

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そのかみの学校一のなまけ者

今はまじめに

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今は真面目まじめに

働いている

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はたらきて居をり

田舎(いなか)くさい旅すがたを

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田舎ゐなかめく旅の姿を

三日(みっか)ほど都(みやこ)にさらして

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三日みかばかり都に曝さらし

帰っていく友だなあ

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かへる友かな

茨島(ばらじま)の松並木(まつなみき)の道を

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茨島ばらじまの松の並木の街道を

わたしと一緒に歩いた少女(しょうじょ)は

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われと行きし少女をとめ

自分の才能(さいのう)をたよりにしていた

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才さいをたのみき

目を病(や)んで黒いめがねをかけていたころ

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眼を病みて黒き眼鏡めがねをかけし頃

そのころだった

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その頃よ

ひとりで泣くことをおぼえたのは

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一人泣くをおぼえし

わたしの心は

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わがこころ

今日もひそかに泣こうとしている

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けふもひそかに泣かむとす

友はみな、それぞれの道を歩いている

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友みな己おのが道をあゆめり

人より先に、恋(こい)の甘(あま)さと

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先さきんじて恋のあまさと

悲しさを知ったのは、わたしだ

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かなしさを知りし我なり

人より先に年をとる

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先んじて老おゆ

楽しい気分になると

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興きよう来きたれば

友はなみだを流し、手をふって

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友なみだ垂たれ手を揮ふりて

酔(よ)っぱらいのように話した

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酔漢ゑひどれのごとくなりて語りき

人ごみの中をかき分けてやってくる

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人ごみの中をわけ来くる

わたしの友の

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わが友の

昔のままの太い杖(つえ)だなあ

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むかしながらの太ふとき杖つゑかな

見栄(みば)えのする年賀状(ねんがじょう)を書く人だと

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見よげなる年賀の文ふみを書く人と

わたしは、ずっと思っていた

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おもひ過ぎにき

三年(みとせ)ほどは

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三年みとせばかりは

夢からさめて、ふっと悲しくなる

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夢さめてふっと悲しむ

わたしの眠りは

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わが眠り

昔のように安らかではないなあ

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昔のごとく安からぬかな

その昔、秀才(しゅうさい)だと評判(ひょうばん)だった

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そのむかし秀才しうさいの名の高かりし

友は牢屋(ろうや)にいる

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友牢らうにあり

秋の風が吹く

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秋のかぜ吹く

近眼(きんがん)で

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近眼ちかめにて

ふざけた歌をよんでいた

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おどけし歌をよみ出いでし

茂雄(しげお)の恋も、悲しいものだったのだろうか

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茂雄しげをの恋もかなしかりしか

わたしの妻の、昔の願いは

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わが妻のむかしの願ひ

音楽(おんがく)に関することだった

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音楽のことにかかりき

今はもう歌わない

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今はうたはず

友はみな、ある日、四方(しほう)に散っていった

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友はみな或日あるひ四方しはうに散り行ゆきぬ

その後、八年(やとせ)

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その後のち八年やとせ

名を上げた者もいない

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名な挙あげしもなし

わたしの恋を

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わが恋を

初めて友に打ち明けた夜のことなどを

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はじめて友にうち明けし夜よるのことなど

思い出す日

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思ひ出いづる日

糸が切れたたこのように

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糸切れし紙鳶たこのごとくに

若かったころの心は、軽々と

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若き日の心かろくも

飛び去ってしまったなあ

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とびさりしかな

二

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二

ふるさとのなまりがなつかしい

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ふるさとの訛なまりなつかし

停車場(ていしゃば)の人ごみの中へ

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停車場ていしやばの人ごみの中に

それを聞きに行く

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そを聴ききにゆく

病気(びょうき)の獣(けもの)のような

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やまひある獣けもののごとき

わたしの心は

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わがこころ

ふるさとの話を聞くと、おとなしくなる

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ふるさとのこと聞けばおとなし

ふと思う

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ふと思ふ

ふるさとにいたころ、毎日聞いていたスズメの鳴き声を

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ふるさとにゐて日毎ひごと聴ききし雀すずめの鳴くを

三年(みとせ)も聞いていない

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三年みとせ聴かざり

亡(な)くなった先生が、その昔

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亡なくなれる師がその昔

くださった

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たまひたる

地理(ちり)の本などを取り出して見る

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地理の本など取りいでて見る

その昔

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その昔

小学校のこけら屋根(まさやね)に投げた、あのまり

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小学校の柾屋根まさやねに我が投げし鞠まり

どうなっただろうか

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いかにかなりけむ

ふるさとの

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ふるさとの

あの道ばたの、捨てられた石よ

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かの路傍みちばたのすて石よ

今年も草にうもれているだろうか

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今年も草に埋うづもれしらむ

はなれていると、妹(いもうと)がいとおしい

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わかれをれば妹いもといとしも

赤い鼻緒(はなお)の

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赤き緒をの

げたなどをほしいと泣きわめく子だった

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下駄げたなど欲ほしとわめく子なりし

二日前に、山の絵を見たが

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二日ふつか前に山の絵ゑ見しが

今朝になって

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今朝けさになりて

急にふるさとの山がなつかしい

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にはかに恋しふるさとの山

あめ売りのチャルメラを聞くと

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飴売あめうりのチャルメラ聴きけば

なくしてしまった

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うしなひし

幼(おさな)い心を、拾(ひろ)い上げたような気がする

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をさなき心ひろへるごとし

このごろは

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このごろは

母も時々、ふるさとのことを話し出す

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母も時時ときどきふるさとのことを言ひ出いづ

秋になったのだ

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秋に入いれるなり

それとなく

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それとなく

ふるさとのことなどを話しはじめて

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郷里くにのことなど語り出いでて

秋の夜に焼く、もちのにおいだなあ

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秋の夜よに焼く餅もちのにほひかな

何(なに)はともあれ、渋民村(しぶたみむら)がなつかしい

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かにかくに渋民村しぶたみむらは恋しかり

思い出の山

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おもひでの山

思い出の川

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おもひでの川

田も畑も売って酒を飲み

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田も畑はたも売りて酒のみ

ほろびていくふるさとの人たちに

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ほろびゆくふるさと人びとに

心をよせる日

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心寄する日

ああ、あの、わたしが教えた

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あはれかの我の教へし

子どもたちもまた

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子等こらもまた

やがてふるさとを捨てて出ていくのだろう

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やがてふるさとを棄すてて出いづるらむ

ふるさとを出てきた子どもたちが

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ふるさとを出いで来きし子等の

たがいに出会って

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相会あいあひて

喜ぶことにまさる悲しみはない

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よろこぶにまさるかなしみはなし

石を投げられて追われるように

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石をもて追はるるごとく

ふるさとを出た悲しみは

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ふるさとを出いでしかなしみ

消える時がない

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消ゆる時なし

やわらかく柳(やなぎ)が青くなった

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やはらかに柳あをめる

北上川(きたかみがわ)の岸辺(きしべ)が目に見える

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北上きたかみの岸辺きしべ目に見ゆ

泣けと言うように

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泣けとごとくに

ふるさとの

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ふるさとの

村の医者(いしゃ)の妻の、つつましい髪(かみ)の結(ゆ)い方なども

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村医そんいの妻のつつましき櫛巻くしまきなども

なつかしいなあ

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なつかしきかな

あの村の登記所(とうきしょ)に来て

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かの村の登記所とうきしよに来て

肺(はい)を病んで

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肺はい病やみて

まもなく死んでしまった男もいた

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間もなく死にし男もありき

小学校で、わたしと一番を争った

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小学の首席を我と争あらそひし

友が営(いとな)む

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友のいとなむ

安宿(やすやど)だなあ

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木賃宿きちんやどかな

千代治(ちよじ)たちも大人になって恋をし

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千代治等ちよぢらも長ちやうじて恋し

子どもをもうけた

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子を挙あげぬ

わたしが旅の空の下でしたのと同じように

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わが旅にしてなせしごとくに

ある年のお盆(ぼん)の祭りで

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ある年の盆ぼんの祭に

「着物(きもの)を貸すから踊れ」と言った

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衣きぬ貸かさむ踊れと言ひし

あの女の人を思い出す

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女を思ふ

のろまな兄と

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うすのろの兄と

体(からだ)の不自由な父を持つ三太(さんた)は、かわいそうだ

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不具かたはの父もてる三太さんたはかなし

夜も本を読む

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夜よるも書ふみ読よむ

わたしと一緒に

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我と共に

栗毛(くりげ)の子馬を走らせた

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栗毛くりげの仔馬こうま走らせし

母のいない子の、盗(ぬす)みぐせだったなあ

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母の無き子の盗癖ぬすみぐせかな

大きな模様(もよう)の被布(ひふ)についていた、赤い花の柄(がら)

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大形おほがたの被布ひふの模様の赤き花

今も目に浮かぶ

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今も目に見ゆ

六歳(むっつ)の日の恋

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六歳むつの日の恋

その名前さえ忘れられたころ

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その名さへ忘られし頃

ふらりとふるさとに帰ってきて

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飄然へうぜんとふるさとに来て

せきをしていた男

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咳せきせし男

意地悪(いじわる)な大工(だいく)の子どもなども、かわいそうだった

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意地悪いぢわるの大工だいくの子などもかなしかり

戦争に行ったが

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戦いくさに出いでしが

生きて帰らなかった

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生きてかへらず

肺(はい)を病んでいる

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肺を病む

道楽者(どうらくもの)の地主(じぬし)の長男(ちょうなん)の

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極道地主ごくだうぢぬしの総領そうりやうの

嫁取り(よめとり)の日に鳴った、春の雷(かみなり)だなあ

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よめとりの日の春の雷らいかな

宗次郎(そうじろう)に

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宗次郎そうじろに

おかねが泣きながら口説(くど)いている

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おかねが泣きて口説くどき居をり

大根(だいこん)の花が白い夕暮れ(ゆうぐれ)

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大根だいこんの花白きゆふぐれ

気の小さい役場(やくば)の書記(しょき)が

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小心せうしんの役場の書記の

気がくるったといううわさが立っている

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気の狂ふれし噂うはさに立てる

ふるさとの秋

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ふるさとの秋

わたしのいとこは

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わが従兄いとこ

野や山での狩(か)りにあきたあと

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野山の猟かりに飽あきし後のち

酒を飲み、家を売り、病気になって死んでしまったなあ

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酒のみ家いへ売り病やみて死にしかな

わたしが行って手を取ると

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我ゆきて手をとれば

泣いて、おさまった

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泣きてしづまりき

酔(よ)って荒(あば)れた、あのころの友

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酔ゑひて荒あばれしそのかみの友

酒を飲むと

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酒のめば

刀(かたな)をぬいて妻を追いかける先生もいた

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刀かたなをぬきて妻を逐おふ教師けうしもありき

村を追い出された

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村を遂おはれき

年ごとに、肺病(はいびょう)の人が増(ふ)えていく

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年ごとに肺病はいびやうやみの殖ふえてゆく

その村に迎(むか)えた

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村に迎へし

若い医者(いしゃ)だなあ

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若き医者かな

ほたる狩(が)り

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ほたる狩がり

川に行こうと言うわたしを

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川にゆかむといふ我を

山道(やまみち)にさそう人だった

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山路やまぢにさそふ人にてありき

じゃがいもの、うすむらさきの花に降る

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馬鈴薯ばれいしよのうす紫の花に降ふる

雨のことを思った

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雨を思へり

都(みやこ)の雨の中で

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都みやこの雨に

ああ、わたしのノスタルジー(なつかしさ)は

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あはれ我がノスタルジヤは

金(きん)のように

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金きんのごと

心の中で、清らかにすみずみまで光っている

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心に照れり清くしみらに

友だちとして遊ぶ相手がいない

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友として遊ぶものなき

意地悪(いじわる)な巡査(じゅんさ)の子どもたちも

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性悪しやうわるの巡査の子等こらも

かわいそうだった

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あはれなりけり

かんこどりが

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閑古鳥かんこどり

鳴く日になると起きるという

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鳴く日となれば起おこるてふ

友の病気(びょうき)は、その後どうなっただろうか

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友のやまひのいかになりけむ

わたしが思うことは

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わが思ふこと

たいてい、正しかった

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おほかたは正ただしかり

ふるさとから手紙が届いた朝は

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ふるさとのたより着つける朝あしたは

今日聞いたところによると

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今日聞けば

あの、幸(しあわ)せのうすい、やもめの人が

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かの幸さちうすきやもめ人びと

みにくい恋(こい)にのめりこんでいるという

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きたなき恋に身を入いるるてふ

わたしのために

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わがために

なやんでいる魂(たましい)をしずめてくれと

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なやめる魂たまをしづめよと

さんび歌をうたってくれた人がいたなあ

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讃美歌うたふ人ありしかな

ああ、あの男のようなたましいよ

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あはれかの男のごときたましひよ

今はどこにいて

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今は何処いづこに

何を思っているのだろうか

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何を思ふや

わたしの庭の白いつつじを

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わが庭の白き躑躅つつじを

うすい月の夜に

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薄月うすづきの夜よに

折(お)って持っていったこと、忘れないでいてほしい

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折をりゆきしことな忘れそ

わたしの村に

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わが村に

初めてイエス・キリストの教えを説(と)いた

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初めてイエス・クリストの道を説ときたる

若い女の人だなあ

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若き女かな

霧(きり)の深い好摩(こうま)の原の

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霧ふかき好摩かうまの原はらの

停車場(ていしゃば)の

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停車場の

朝の虫の声こそ、なんとなく心にしみる

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朝の虫こそすずろなりけれ

汽車(きしゃ)の窓から

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汽車の窓

はるか北に、ふるさとの山が見えてくると

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はるかに北にふるさとの山見え来くれば

えりを正(ただ)す

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襟えりを正ただすも

ふるさとの土をわたしがふむと

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ふるさとの土をわが踏めば

なんとなく足が軽くなり

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何がなしに足軽かろくなり

心は重くなった

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心重おもれり

ふるさとに入って、まず心が痛(いた)むなあ

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ふるさとに入いりて先まづ心傷いたむかな

道が広くなり

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道広くなり

橋も新しくなっている

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橋もあたらし

見たこともない女の先生が

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見もしらぬ女教師をんなけうしが

あのころの

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そのかみの

わたしの学校の窓に立っているなあ

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わが学舎まなびやの窓に立てるかな

あの家の、あの窓でこそ

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かの家いへのかの窓にこそ

春の夜に

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春の夜よを

秀子(ひでこ)と一緒に、カエルの声を聞いたのだった

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秀子ひでことともに蛙かはづ聴ききけれ

あのころの、神童(しんどう)と呼ばれた名前の

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そのかみの神童しんどうの名の

悲しさよ

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かなしさよ

ふるさとに来て泣くのは、そのことだ

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ふるさとに来て泣くはそのこと

ふるさとの、駅(えき)へ続く道の

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ふるさとの停車場路ていしやばみちの

川ばたの

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川ばたの

胡桃(くるみ)の木の下で、小石を拾(ひろ)った

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胡桃くるみの下に小石拾ひろへり

ふるさとの山に向かって

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ふるさとの山に向ひて

言うことは何もない

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言ふことなし

ふるさとの山は、ありがたいものだなあ

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ふるさとの山はありがたきかな

秋風(あきかぜ)の気持ちよさに

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秋風のこころよさに

ふるさとの空は遠いのだろうか

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ふるさとの空遠とほみかも

高い建物に、ひとりでのぼって

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高たかき屋やにひとりのぼりて

うれいを感じて下りてくる

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愁うれひて下くだる

白く光って、玉(たま)よりも美しく見える、心の小さい人も

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皎かうとして玉をあざむく小人せうじんも

秋が来たと聞けば

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秋あき来くといふに

ものを思う

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物を思へり

悲しいのは

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かなしきは

秋風だなあ

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秋風ぞかし

めったにわかなかった涙が、しきりに流れる

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稀まれにのみ湧わきし涙の繁しじに流るる

青くすきとおって

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青に透すく

悲しみの玉(たま)をまくらにして

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かなしみの玉に枕まくらして

松(まつ)の音を一晩(ひとばん)じゅう聞く

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松のひびきを夜もすがら聴きく

神(かみ)さびた七山(ななやま)の杉(すぎ)を

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神寂さびし七山ななやまの杉

火のように赤く染(そ)めて、日がしずんだ

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火のごとく染めて日入いりぬ

静かだなあ

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静かなるかな

それを読むと

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そを読めば

「うれいを知る」と言って本を焼いた

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愁うれひ知るといふ書ふみ焚たける

昔の人の心はすばらしいなあ

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いにしへ人びとの心よろしも

何もかもが、なんとなくはかなげに

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ものなべてうらはかなげに

暮れていった

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暮れゆきぬ

悲しみを寄せ集めたような日は

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とりあつめたる悲しみの日は

水たまりが

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水潦みづたまり

暮れていく空と、紅(くれない)色のひもを、うつしている

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暮れゆく空とくれなゐの紐ひもを浮べぬ

秋雨(あきさめ)のあと

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秋雨あきさめの後のち

秋が来るのは、水に似ているのだろうか

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秋立つは水にかも似る

洗(あら)われて

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洗あらはれて

思うことすべてが、新しくなる

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思ひことごと新しくなる

うれいを感じて

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愁うれひ来て

丘(おか)にのぼると

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丘にのぼれば

名も知らない鳥が、赤いいばらの実をついばんでいた

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名も知らぬ鳥啄ついばめり赤き茨ばらの実み

秋の四つ角(よつかど)

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秋の辻つじ

四本(よんほん)の道のうち、三本(さんぼん)へと吹いていく風の

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四よすぢの路みちの三すぢへと吹きゆく風の

あとが見えないなあ

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あと見えずかも

秋の気配(けはい)が、まっさきに耳に入ってくる

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秋の声まづいち早く耳に入いる

そういう性分(しょうぶん)を持っている

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かかる性さが持つ

悲しく思うべきなのだろう

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かなしむべかり

見なれた山ではあるけれど

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目になれし山にはあれど

秋が来ると

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秋来くれば

神(かみ)が住んでいるのではと、おそれ多く思って見る

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神や住まむとかしこみて見る

わたしがこの世でやることが尽(つ)きたように

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わが為なさむこと世に尽つきて

長い一日を

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長き日を

こんなにも悲しくものを思うのだろうか

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かくしもあはれ物を思ふか

さらさらと雨が降ってきて

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さらさらと雨落ち来きたり

庭の地面がぬれていくのを見ていたら

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庭の面もの濡ぬれゆくを見て

涙を忘れていた

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涙わすれぬ

ふるさとのお寺のろうかで

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ふるさとの寺の御廊みらうに

ふみつけてしまった

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踏ふみにける

蝶(ちょう)の形の小さなくしを、夢に見たなあ

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小櫛をぐしの蝶てふを夢にみしかな

ためしに

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こころみに

幼(おさな)かったころのわたしになって

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いとけなき日の我となり

話をしてみたい相手がいてほしいと思う

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物言ひてみむ人あれと思ふ

ぱたぱたと、きびの葉が鳴っている

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はたはたと黍きびの葉鳴れる

ふるさとの軒先(のきさき)がなつかしい

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ふるさとの軒端のきばなつかし

秋風が吹くと

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秋風吹けば

すれちがう肩と肩のすきまから

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摩すれあへる肩のひまより

ほんの少し見えただけということさえ

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はつかにも見きといふさへ

日記(にっき)に残っている

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日記にきに残れり

風流(ふうりゅう)な男は、今も昔も

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風流男みやびをは今も昔も

あわ雪のように白い

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泡雪あわゆきの

美しい腕(うで)を枕(まくら)にする夜に、年をとっていくものらしい

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玉手たまでさし捲まく夜よにし老おゆらし

ほんのしばらく、忘れてみたいものだ

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かりそめに忘れても見まし

石だたみが

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石だたみ

春に生(は)える草にうもれていくように

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春生おふる草に埋うもるるがごと

その昔、ゆりかごに寝ていたころ

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その昔揺籃ゆりかごに寝て

何度も夢に見た人だろうか

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あまたたび夢にみし人か

切実(せつじつ)になつかしい

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切せちになつかし

神無月(かんなづき、十月)

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神無月かみなづき

岩手(いわて)の山の

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岩手いはての山の

初雪(はつゆき)が、まゆ近くまでせまって見えた朝を思い出した

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初雪の眉まゆにせまりし朝を思ひぬ

日照り雨(ひでりあめ)がさらさらと降って

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ひでり雨さらさら落ちて

庭先(にわさき)の

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前栽せんざいの

萩(はぎ)の花が、少し乱(みだ)れているなあ

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萩はぎのすこしく乱みだれたるかな

秋の空はがらんとしていて、かげ一つない

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秋の空廓寥くわくれうとして影もなし

あまりにさびしい

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あまりにさびし

カラスでも飛んでくれ

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烏からすなど飛べ

雨上がりの月

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雨後うごの月

ほどよくぬれた屋根(やね)がわらが

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ほどよく濡ぬれし屋根瓦やねがはらの

ところどころ光る、その悲しさ

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そのところどころ光るかなしさ

わたしが飢(う)えている日に

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われ饑うゑてある日に

細い尾(お)をふって

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細き尾を掉ふりて

腹をすかせて、わたしを見る犬の顔がいい

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饑ゑて我を見る犬の面つらよし

いつのまにか

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いつしかに

泣くということを忘れてしまった

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泣くといふこと忘れたる

わたしを泣かせてくれる人はいないだろうか

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我泣かしむる人のあらじか

涙をあふれさせて

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汪然わうぜんとして

ああ、酒の悲しみがわたしにやってきた

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ああ酒のかなしみぞ我に来きたれる

立ち上がって舞(ま)おう

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立ちて舞まひなむ

コオロギが鳴く

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蛼いとど鳴なく

そのそばの石にしゃがみこんで

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そのかたはらの石に踞きよし

泣いたり笑ったりしながら、ひとりごとを言う

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泣き笑ひしてひとり物言ふ

力なく病気(びょうき)をしていたころから

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力なく病やみし頃ころより

口を少し開けて眠るのが

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口すこし開あきて眠ねむるが

癖(くせ)になってしまった

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癖くせとなりにき

たった一人の人を得るだけのことを

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人ひとり得うるに過ぎざる事をもて

大きな願いにしていた

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大願たいぐわんとせし

若かったころのあやまち

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若きあやまち

すねているような

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物怨ゑずる

そのやわらかな上目(うわめ)づかいを

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そのやはらかき上目うはめをば

かわいいと思うからこそ、わざと冷(つめ)たくするのだろうか

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愛めづとことさらつれなくせむや

これほど熱い涙は

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かくばかり熱あつき涙は

初恋(はつこい)の日にもあったと

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初恋の日にもありきと

泣く日は、もう二度とない

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泣く日またなし

長い長いあいだ忘れていた友に

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長く長く忘れし友に

会うような

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会ふごとき

喜びを持って、水の音を聞く

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よろこびをもて水の音聴きく

秋の夜の

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秋の夜の

鋼鉄(こうてつ)の色をした大空に

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鋼鉄はがねの色の大空に

火をふく山があってもいい、などと思う

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火を噴はく山もあれなど思ふ

岩手山(いわてやま)は

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岩手山いはてやま

秋には、ふもとの三方(さんぽう)に広がる

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秋はふもとの三方さんぱうの

野原にあふれる虫の声を、どう聞いているのだろうか

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野に満つる虫を何なにと聴くらむ

父のように、秋はいかめしい

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父のごと秋はいかめし

母のように、秋はなつかしい

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母のごと秋はなつかし

家を持たない子どもに

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家いへ持たぬ児こに

秋が来ると

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秋来くれば

恋しく思う心が、ひまなくわいてくることよ

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恋こふる心のいとまなさよ

夜も眠れずに、雁(かり)の声をたくさん聞く

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夜よもい寝ねがてに雁かり多く聴く

長月(ながつき、九月)も、なかばになった

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長月ながつきも半なかばになりぬ

いつまで

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いつまでか

こんなにも幼(おさな)く、思いを口に出せずにいるのだろう

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かくも幼く打出うちいでずあらむ

「思っている」ということを言わない人が

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思ふてふこと言はぬ人の

送ってきてくれた

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おくり来きし

忘れな草(わすれなぐさ)も、はっきりと目立っていた

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忘れな草ぐさもいちじろかりし

秋の雨に、そりかえりやすい弓(ゆみ)のように

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秋の雨に逆反さかぞりやすき弓ゆみのごと

このごろ

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このごろ

君はわたしと親(した)しくしてくれないなあ

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君のしたしまぬかな

松風(まつかぜ)が、夜も昼も鳴りひびいている

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松の風夜昼よひるひびきぬ

人がたずねてこない、山の小さなほこらの

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人訪とはぬ山の祠ほこらの

石の馬(うま)の耳に

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石馬いしうまの耳に

かすかな、朽(く)ちた木のにおい

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ほのかなる朽木くちきの香かをり

その中にまじる、きのこのにおいに

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そがなかの蕈たけの香りに

秋がやや深まっている

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秋やや深し

しぐれが降るような音をたてて

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時雨しぐれ降るごとき音して

木から木へとうつっていった

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木伝こづたひぬ

人間によく似た、森のサルたちが

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人によく似し森の猿さるども

森の奥から

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森の奥

遠くひびく音がする

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遠きひびきす

木のうろで臼(うす)をひく小人(こびと)の国に、来てしまったのだろうか

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木きのうろに臼うすひく侏儒しゆじゆの国にかも来きし

世の始まりには

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世のはじめ

まず森があって

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まづ森ありて

半分は神のような人が、その中で火を守っていたのだろう

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半神はんしんの人そが中に火や守りけむ

はてしなく砂(すな)が続く

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はてもなく砂うちつづく

ゴビの野に住んでいらっしゃる神は

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戈壁ゴビの野に住みたまふ神は

秋の神様なのだろうか

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秋の神かも

天と地に

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あめつちに

わたしの悲しみと月の光とが

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わが悲しみと月光げつくわうと

どこまでも広がる秋の夜になった

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あまねき秋の夜よとなれりけり

なんとなく悲しい

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うらがなしき

夜のいろいろな音が、もれ聞こえてくるのを

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夜よるの物の音ね洩もれ来くるを

拾(ひろ)い集めるように、さまよい歩いた

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拾ひろふがごとくさまよひ行ゆきぬ

旅する子どもが

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旅の子の

ふるさとに帰ってきて眠るように

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ふるさとに来きて眠るがに

本当に静かに、冬がやってきたなあ

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げに静かにも冬の来きしかな

忘れがたき人人

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忘れがたき人人

一

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一

潮(しお)のかおる、北の浜辺(はまべ)の

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潮しほかをる北の浜辺はまべの

砂山にある、あのハマナスの花よ

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砂山のかの浜薔薇はまなすよ

今年も咲いているだろうか

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今年も咲けるや

たよりにしていた、若い年月(としつき)を数(かぞ)えてみて

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たのみつる年の若さを数かぞへみて

指を見つめて

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指を見つめて

旅がいやになった

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旅がいやになりき

三度(さんど)ほど

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三度みたびほど

汽車の窓からながめた町の名前なども

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汽車の窓よりながめたる町の名なども

したしく感じられたなあ

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したしかりけり

函館(はこだて)の床屋(とこや)の弟子(でし)を

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函館はこだての床屋とこやの弟子でしを

思い出した

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おもひ出いでぬ

耳のまわりをそってもらうのが、気持ちよかった

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耳剃そらせるがこころよかりし

わたしのあとを追ってきて

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わがあとを追ひ来きて

知り合いもいない

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知れる人もなき

はての土地に住んだ、母と妻だなあ

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辺土へんどに住みし母と妻かな

船に酔(よ)って、やさしくなった

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船に酔ゑひてやさしくなれる

妹の目が見える

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いもうとの眼め見ゆ

津軽(つがる)の海を思うと

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津軽つがるの海を思へば

目を閉じて

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目を閉とぢて

心の傷(きず)ついた句(く)をとなえていた

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傷心しやうしんの句を誦ずしてゐし

友の手紙が、ふざけているのが悲しい

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友の手紙のおどけ悲しも

幼(おさな)かったころ

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をさなき時

橋の欄干(らんかん)にふんをぬりつけた

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橋の欄干らんかんに糞くそ塗ぬりし

その話も、友は悲しそうに話した

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話も友はかなしみてしき

きっと一生、妻はむかえないだろうと

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おそらくは生涯しやうがい妻をむかへじと

笑って言った友よ

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わらひし友よ

今もまだ結婚していない

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今もめとらず

ああ、あの

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あはれかの

めがねのふちを、さびしそうに光らせていた

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眼鏡めがねの縁ふちをさびしげに光らせてゐし

女の先生よ

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女教師よ

友がわたしにごはんをくれた

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友われに飯めしを与へき

その友を裏切った、わたしの

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その友に背そむきし我の

性分(しょうぶん)の悲しさ

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性さがのかなしさ

函館(はこだて)の青柳町(あおやぎちょう)こそ、悲しいところだ

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函館はこだての青柳町あをやぎちやうこそかなしけれ

友の恋の歌

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友の恋歌こひうた

矢車草(やぐるまそう)の花

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矢ぐるまの花

ふるさとの

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ふるさとの

麦(むぎ)のかおりをなつかしく思う

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麦のかをりを懐なつかしむ

女の人のまゆに、心をひかれた

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女の眉まゆにこころひかれき

新しい洋書(ようしょ)の紙の

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あたらしき洋書の紙の

においをかいで

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香かをかぎて

ひたすらお金がほしいと思ったが

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一途いちづに金かねを欲ほしと思ひしが

白波(しらなみ)が打ち寄せて、さわいでいる

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しらなみの寄せて騒さわげる

函館の大森浜(おおもりはま)で

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函館の大森浜おほもりはまに

思っていたいろいろなこと

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思ひしことども

朝ごとに

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朝な朝な

中国(ちゅうごく)の俗謡(ぞくよう)をうたい出す

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支那しなの俗歌ぞくかをうたひ出いづる

まくらもとの時計を、かわいがっていた悲しさ

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まくら時計を愛めでしかなしみ

さすらいのうれいを書こうとして、書ききれなかった

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漂泊へうはくの愁うれひを叙じよして成ならざりし

下書きの字の

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草稿さうかうの字の

読みにくさよ

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読みがたさかな

何度も死のうとしたが

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いくたびか死なむとしては

死ねなかった

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死なざりし

わたしのこれまでの道のりが、おかしくもあり悲しい

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わが来こしかたのをかしく悲し

函館の臥牛山(がぎゅうざん)の中腹(ちゅうふく)にある

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函館の臥牛ぐわぎうの山やまの半腹はんぷくの

石碑(せきひ)の漢詩(かんし)も

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碑ひの漢詩からうたも

半分は忘れてしまった

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なかば忘れぬ

もぐもぐと

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むやむやと

口の中で、ありがたそうなことをつぶやく

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口の中うちにてたふとげの事を呟つぶやく

こじきもいたなあ

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乞食こじきもありき

「取るに足らない男だと思ってくれ」と言うように

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とるに足らぬ男と思へと言ふごとく

山に入っていった

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山に入いりにき

神様のような友

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神のごとき友

巻きたばこを口にくわえて

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巻煙草まきたばこ口にくはへて

波の荒い

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浪なみあらき

磯(いそ)の夜霧(よぎり)の中に立っていた女(おんな)よ

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磯いその夜霧に立ちし女よ

軍事演習(えんしゅう)の合間(あいま)に、わざわざ

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演習のひまにわざわざ

汽車に乗って

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汽車に乗りて

たずねてきてくれた友と飲んだ、酒だなあ

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訪とひ来きし友とのめる酒かな

大きな川の水面(みなも)を見るたびに

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大川おほかはの水の面おもてを見るごとに

郁雨(いくう)よ

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郁雨いくうよ

君の悩みを思う

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君のなやみを思ふ

知恵(ちえ)と、その深い慈悲(じひ)を

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智慧ちゑとその深き慈悲じひとを

もてあまして

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もちあぐみ

何もすることなく、友は遊んでいた

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為なすこともなく友は遊べり

こころざしをかなえられなかった人たちが

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こころざし得えぬ人人の

集まって酒を飲む場所が

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あつまりて酒のむ場所が

わたしの家だったなあ

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我が家なりしかな

悲しいときには、大きな声で笑っていた

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かなしめば高く笑ひき

酒(さけ)で

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酒をもて

苦しみを解(と)くのだという、年上の友

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悶もんを解げすといふ年上の友

若いうちに

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若くして

何人もの子の父親になった友は

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数人すにんの父となりし友

子どもがいないかのように、酔うと歌っていた

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子なきがごとく酔ゑへばうたひき

何気ない、大きな笑い声が

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さりげなき高き笑ひが

酒とともに

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酒とともに

わたしの腹の底にしみこんだらしい

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我が腸はらわたに沁しみにけらしな

あくびをかみころして

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呿呻あくび噛かみ

夜汽車(よぎしゃ)の窓ごしに別れた

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夜汽車の窓に別れたる

その別れが、今は物足りない気がする

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別れが今は物足ものたらぬかな

雨にぬれた夜汽車の窓に

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雨に濡れし夜汽車の窓に

うつっていた

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映うつりたる

山あいの町の、明かりの色

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山間やまあひの町のともしびの色

雨が強く降る、夜の汽車の

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雨つよく降る夜の汽車の

とぎれることなく、しずくが流れる

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たえまなく雫しづく流るる

窓ガラスだなあ

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窓硝子まどガラスかな

真夜中に

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真夜中の

倶知安駅(くっちゃんえき)で降りていった

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倶知安駅くちあんえきに下おりゆきし

女の人のびんに残る、古い傷(きず)あと

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女の鬢びんの古き痍きずあと

札幌(さっぽろ)に

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札幌さつぽろに

あの秋、わたしが持っていった

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かの秋われの持てゆきし

そして今も持っている悲しみ

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しかして今も持てるかなしみ

アカシアの並木(なみき)や、ポプラに

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アカシヤの街樾なみきにポプラに

秋の風が

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秋の風

吹くのが悲しいと、日記に書き残した

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吹くがかなしと日記にきに残れり

静まりかえった、広い街の

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しんとして幅広き街まちの

秋の夜の

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秋の夜の

とうもろこしを焼くにおいよ

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玉蜀黍たうもろこしの焼くるにほひよ

わたしの宿の、姉と妹のけんかで

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わが宿の姉と妹いもとのいさかひに

初夜(しょや、夜の初め)が過ぎていった

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初夜しよや過ぎゆきし

札幌の雨

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札幌の雨

石狩(いしかり)の美国(びくに)という駅の

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石狩いしかりの美国びくにといへる停車場の

さくにほしてあった

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柵さくに乾ほしてありし

赤い布切れだなあ

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赤き布片きれかな

悲しいのは、小樽(おたる)の町だ

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かなしきは小樽をたるの町よ

歌うことのない人たちの

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歌ふことなき人人の

声の荒(あら)さよ

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声の荒さよ

泣くように首をふるわせて

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泣くがごと首ふるはせて

手のひらの相(そう)を見せろと言った

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手の相さうを見せよといひし

占い師(うらないし)もいた

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易者えきしやもありき

少しばかりのお金を借りていった

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いささかの銭ぜに借かりてゆきし

わたしの友の

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わが友の

後ろ姿の、肩の雪だなあ

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後姿うしろすがたの肩かたの雪かな

世渡り(よわたり)が下手(へた)なことを

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世わたりの拙つたなきことを

ひそかに

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ひそかにも

ほこりに思っていた、わたしではなかったか

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誇ほこりとしたる我にやはあらぬ

「お前のやせた体は、すべて

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汝なが痩やせしからだはすべて

反抗心(はんこうしん)のかたまりだ」と

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謀叛気むほんぎのかたまりなりと

言われたこと

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いはれてしこと

あの年の、あの新聞の

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かの年のかの新聞の

初雪(はつゆき)の記事を書いたのは

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初雪の記事を書きしは

わたしだったなあ

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我なりしかな

いすでわたしを打とうと身構えた

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椅子いすをもて我を撃うたむと身構みがまへし

あの友の酔(よ)いも

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かの友の酔ゑひも

今はさめただろう

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今は醒さめつらむ

負けたのも、わたしだった

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負けたるも我にてありき

けんかの原因(げんいん)も、わたしだったと

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あらそひの因もとも我なりしと

今は思う

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今は思へり

「なぐるぞ」と言われて

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殴なぐらむといふに

「なぐれ」とつめよった

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殴れとつめよせし

昔のわたしが、いとおしいなあ

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昔の我のいとほしきかな

「お前は三度(さんど)

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汝なれ三度みたび

この喉(のど)に剣(けん)を突きつけた」と

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この咽喉のどに剣けんを擬ぎしたりと

彼は、別れのあいさつの中で言った

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彼かれ告別こくべつの辞じに言へりけり

けんかをして

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あらそひて

ひどく憎(にく)みあって別れた

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いたく憎にくみて別れたる

その友をなつかしく思う日も来た

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友をなつかしく思ふ日も来きぬ

ああ、あの、まゆの美しい少年よ

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あはれかの眉まゆの秀ひいでし少年よ

弟(おとうと)と呼ぶと

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弟と呼べば

かすかに笑ったけれど

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はつかに笑ゑみしが

妻(つま)に着物(きもの)をぬわせた友がいた

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わが妻に着物縫ぬはせし友ありし

冬が早くやってくる

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冬早く来くる

植民地(しょくみんち)だなあ

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植民地かな

平手(ひらて)で

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平手ひらてもて

吹雪(ふぶき)にぬれた顔をふく

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吹雪ふぶきにぬれし顔を拭ふく

友は、共産主義(きょうさんしゅぎ)を信条(しんじょう)としていた

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友共産を主義とせりけり

酒を飲むと、鬼(おに)のように青ざめた

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酒のめば鬼おにのごとくに青かりし

大きな顔よ

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大いなる顔よ

悲しい顔よ

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かなしき顔よ

樺太(からふと)に行って

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樺太からふとに入いりて

新しい宗教(しゅうきょう)を始めようという

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新しき宗教を創はじめむといふ

友だったなあ

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友なりしかな

おだやかに治(おさ)まった世の中の、何事もない毎日に

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治をさまれる世の事無ことなさに

あきたと言っていたころこそ

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飽あきたりといひし頃こそ

悲しかった

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かなしかりけれ

共同(きょうどう)で薬屋(くすりや)を開いて

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共同の薬屋開き

もうけようという友だった

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儲まうけむといふ友なりき

詐欺(さぎ)をはたらいたという

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詐欺さぎせしといふ

青白いほおに涙を光らせて

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あをじろき頬ほほに涙を光らせて

死ぬことを口にした

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死をば語りき

若い商人(あきんど)

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若き商人あきびと

子どもを背負(せお)って

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子を負おひて

雪が吹きこむ停車場(ていしゃば)で

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雪の吹き入いる停車場に

わたしが見送った、妻のまゆだなあ

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われ見送りし妻の眉まゆかな

敵(てき)として憎(にく)んでいた友と

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敵として憎みし友と

少し長く、手をにぎった

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やや長く手をば握にぎりき

別れだというのに

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わかれといふに

動き出す汽車の窓から

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ゆるぎ出いづる汽車の窓より

人より先に顔をひっこめたのも

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人ひと先さきに顔を引きしも

負けたくなかったから

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負まけざらむため

みぞれが降る

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みぞれ降る

石狩(いしかり)の野を走る汽車で読んだ

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石狩いしかりの野の汽車に読みし

ツルゲーネフの物語だなあ

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ツルゲエネフの物語かな

わたしが去ったあとの、うわさを

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わが去れる後のちの噂うはさを

思いやりながらの旅立ちは、悲しい

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おもひやる旅出たびではかなし

死にに行くように

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死ににゆくごと

別れて来て、ふとまばたきすると

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わかれ来きてふと瞬またたけば

思いがけず

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ゆくりなく

つめたいものが、ほおをつたって流れた

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つめたきものの頬をつたへり

忘れてきたたばこのことを思う

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忘れ来きし煙草たばこを思ふ

行っても行っても

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ゆけどゆけど

山はまだ遠い、雪の野を走る汽車

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山なほ遠き雪の野の汽車

うすく紅(べに)色に、雪の上を流れて

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うす紅あかく雪に流れて

沈む日の光が

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入日影いりひかげ

広い野を走る汽車の窓を照らしていた

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曠野あらのの汽車の窓を照てらせり

おなかが少し痛くなってきたのを

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腹すこし痛いたみ出いでしを

がまんしながら

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しのびつつ

長い道のりの汽車で吸う、たばこだなあ

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長路ちやうろの汽車にのむ煙草たばこかな

乗り合わせた砲兵士官(ほうへいしかん)の

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乗合のりあひの砲兵士官はうへいしくわんの

剣(けん)のさやが

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剣の鞘さや

がちゃりと鳴って、考えごとが途切(とぎ)れた

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がちゃりと鳴るに思ひやぶれき

名前だけ知っていて、縁(えん)もゆかりもない土地の

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名のみ知りて縁えんもゆかりもなき土地の

宿屋(やどや)は安心(あんしん)できた

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宿屋やどや安けし

まるで、わたしの家のように

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我が家いへのごと

旅の連れだった、あの代議士(だいぎし)の

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伴つれなりしかの代議士の

口を開けた、青白い寝顔(ねがお)を

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口あける青き寐顔ねがほを

悲しいと思った

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かなしと思ひき

今夜こそ、思う存分(ぞんぶん)泣いてみようと

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今夜こそ思ふ存分ぞんぶん泣いてみむと

泊まった宿屋の

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泊とまりし宿屋の

お茶のぬるさだなあ

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茶のぬるさかな

水蒸気(すいじょうき)が

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水蒸気

列車の窓に、花のように凍(こお)りついたのを染(そ)める

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列車の窓に花のごと凍いてしを染そむる

夜明けの色

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あかつきの色

ごおっと鳴る木枯(こが)らしのあと

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ごおと鳴る凩こがらしのあと

かわいた雪が舞(ま)い上がって

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乾かわきたる雪舞ひ立ちて

林(はやし)を包んだ

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林を包つつめり

空知川(そらちがわ)は雪にうもれて

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空知川そらちがは雪に埋うもれて

鳥の姿も見えない

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鳥も見えず

岸辺(きしべ)の林に、人がひとりいた

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岸辺きしべの林に人ひとりゐき

さびしさを敵にも友にもして

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寂莫せきばくを敵とし友とし

雪の中で

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雪のなかに

長い一生を送る人もいる

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長き一生を送る人もあり

ひどく汽車で疲れながらも、なお

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いたく汽車に疲れて猶なほも

とぎれとぎれに思うのは

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きれぎれに思ふは

自分自身への、いとおしさだった

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我のいとしさなりき

歌うように、駅の名前を呼んでいた

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うたふごと駅の名呼びし

おだやかな

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柔和にうわなる

若い駅員(えきいん)の目も、忘れない

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若き駅夫えきふの眼をも忘れず

雪の中に

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雪のなか

ところどころ屋根(やね)が見えて

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処処しよしよに屋根見えて

えんとつのけむりが、うすく空にただよっている

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煙突えんとつの煙けむりうすくも空にまよへり

遠くから

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遠くより

汽笛(きてき)を長く長くひびかせて

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笛ふえながながとひびかせて

汽車は今、ある森林(しんりん)に入っていく

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汽車今とある森林に入いる

何も考えずに

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何事も思ふことなく

一日一日

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日一日ひいちにち

汽車のひびきに、心をまかせていた

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汽車のひびきに心まかせぬ

はての駅に降り立って

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さいはての駅に下おり立ち

雪明かり(ゆきあかり)の中

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雪あかり

さびしい町へと、歩いて入っていった

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さびしき町にあゆみ入いりにき

白く氷がかがやいて

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しらしらと氷かがやき

千鳥(ちどり)が鳴く

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千鳥なく

釧路(くしろ)の海の、冬の月だなあ

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釧路くしろの海の冬の月かな

こおったインクのびんを

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こほりたるインクの罎びんを

火にかざして

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火に翳かざし

涙が流れた、明かりの下で

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涙ながれぬともしびの下もと

顔と声

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顔とこゑ

それだけが昔と変わらない友にも会った

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それのみ昔に変らざる友にも会ひき

国のはてで

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国の果はてにて

ああ、あの国のはてで

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あはれかの国のはてにて

酒を飲んだ

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酒のみき

悲しみのかすをすするように

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かなしみの滓をりを啜すするごとくに

酒を飲むと、悲しみが一気にわいてくるのを

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酒のめば悲しみ一時に湧わき来くるを

寝ても夢を見なかったことを

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寐ねて夢みぬを

うれしいと思った

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うれしとはせし

だしぬけの、女の人の笑い声が

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出だしぬけの女の笑ひ

身にしみた

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身に沁しみき

台所(だいどころ)で酒がこおる真夜中に

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厨くりやに酒の凍こほる真夜中

わたしの酔(よ)いぶりに心を痛(いた)めて

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わが酔ゑひに心いためて

歌わない女の人がいたが

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うたはざる女ありしが

今はどうなっているだろうか

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いかになれるや

小奴(こやっこ)といった女の人の

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小奴こやつこといひし女の

やわらかい

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やはらかき

耳たぶなども、忘れがたい

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耳朶みみたぼなども忘れがたかり

寄りそって

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よりそひて

真夜中の雪の中に立つ

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深夜しんやの雪の中に立つ

女の人の右手のあたたかさだなあ

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女の右手めてのあたたかさかな

「死にたくはないのか」と聞くと

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死にたくはないかと言へば

「これを見て」と

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これ見よと

喉(のど)の傷(きず)あとを見せた女の人だなあ

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咽喉のんどの痍きずを見せし女かな

芸事(げいごと)も顔も

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芸事げいごとも顔も

あの人よりすぐれている

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かれより優すぐれたる

女の人が、わたしを悪く言ったそうだ

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女あしざまに我を言へりとか

「舞え」と言うと、立って舞った

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舞まへといへば立ちて舞ひにき

自然に

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おのづから

安酒(やすざけ)の酔(よ)いにたおれるまでも

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悪酒あくしゆの酔ゑひにたふるるまでも

死ぬほどわたしが酔うのを待って

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死ぬばかり我が酔ゑふをまちて

いろいろな

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いろいろの

悲しいことをささやいた人

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かなしきことを囁ささやきし人

「どうしたのか」と聞くと

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いかにせしと言へば

青白い、酔いがさめた

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あをじろき酔ゑひざめの

顔に、無理して笑いを作った

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面おもてに強しひて笑ゑみをつくりき

悲しいのは

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かなしきは

あの、白玉(しらたま)のような美しい腕(うで)に残した

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かの白玉しらたまのごとくなる腕に残せし

キスのあとだなあ

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キスの痕あとかな

酔(よ)って、うつむいている時も

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酔ゑひてわがうつむく時も

水がほしくて目を開けた時も

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水ほしと眼めひらく時も

呼んでいた名前だった

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呼びし名なりけり

火をしたう虫のように

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火をしたふ虫のごとくに

明かりの明るい家に

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ともしびの明るき家いへに

通い慣れてしまった

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かよひ慣なれにき

寒さで、ふむとぎしぎしときしむ板の

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きしきしと寒さに踏めば板いた軋きしむ

帰り道の廊下(ろうか)での

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かへりの廊下の

不意(ふい)のくちづけ

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不意のくちづけ

その膝(ひざ)をまくらにしながらも

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その膝ひざに枕まくらしつつも

わたしの心が

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我がこころ

思っていたのは、みんな自分のことだった

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思ひしはみな我のことなり

さらさらと、氷のかけらが

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さらさらと氷の屑くづが

波に鳴る

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波に鳴る

磯(いそ)の月夜を、行き来したことだなあ

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磯の月夜のゆきかへりかな

死んだとか、このごろ聞いた

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死にしとかこのごろ聞きぬ

恋がたきは

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恋がたき

才能(さいのう)があり余る男だったが

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才さいあまりある男なりしが

十年前に作ったという漢詩(かんし)を

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十年ととせまへに作りしといふ漢詩からうたを

酔うと口ずさんでいた

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酔ゑへば唱となへき

旅の中で年をとった友

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旅に老おいし友

息を吸うたびに

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吸ふごとに

鼻がぴたりと凍(こお)りつく

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鼻がぴたりと凍こほりつく

そんな寒い空気を、吸いたくなった

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寒き空気を吸ひたくなりぬ

波もない、二月の入り江(いりえ)に

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波もなき二月の湾わんに

白くぬられた

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白塗しろぬりの

外国の船が、低く浮かんでいた

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外国船が低く浮かべり

三味線(しゃみせん)の糸が切れたのを

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三味線さみせんの絃いとのきれしを

火事(かじ)のように大さわぎする子がいた

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火事のごと騒ぐ子ありき

大雪(おおゆき)の夜に

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大雪の夜よに

神のように

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神のごと

遠く姿(すがた)をあらわした

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遠く姿をあらはせる

阿寒(あかん)の山の、雪の夜明け

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阿寒あかんの山の雪のあけぼの

ふるさとにいた時

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郷里くににゐて

身投げをしたことがあるという

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身投げせしことありといふ

女の人が、三味線に合わせて歌う夕べ

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女の三味さみにうたへるゆふべ

ぶどう色の

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葡萄色えびいろの

古い手帳(てちょう)に残っている

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古き手帳にのこりたる

あの、こっそり会った時と場所だなあ

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かの会合あひびきの時と処ところかな

よごれた足袋(たび)をはく時の

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よごれたる足袋たび穿はく時の

気味悪(きみわる)い気持ちに似た

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気味きみわるき思ひに似たる

思い出もある

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思出おもひでもあり

わたしの部屋で、女の人が泣いたことを

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わが室へやに女泣きしを

小説の中のことだったかと

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小説のなかの事かと

思い出す日

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おもひ出いづる日

浪淘沙(ろうとうさ)

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浪淘沙らうたうさ

長く声をふるわせて

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ながくも声をふるはせて

歌うような旅だったなあ

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うたふがごとき旅なりしかな

二

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二

いつのことだっただろう

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いつなりけむ

夢の中でふと聞いて、うれしかった

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夢にふと聴ききてうれしかりし

あの声も、ああ、もう長いこと聞いていない

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その声もあはれ長く聴かざり

ほおの冷(つめ)たい

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頬ほの寒き

さすらいの旅人(たびびと)として

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流離りうりの旅の人として

道をたずねるくらいのことしか、言わなかった

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路みち問とふほどのこと言ひしのみ

何気(なにげ)なく言った言葉を

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さりげなく言ひし言葉は

君も何気なく聞いたのだろう

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さりげなく君も聴きつらむ

それだけのことだ

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それだけのこと

冷(つめ)たく、清らかな大理石(だいりせき)に

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ひややかに清き大理石なめいしに

春の日が静かに照るのは

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春の日の静かに照るは

こんな気持ちに似ているのだろう

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かかる思ひならむ

世の中の明るさだけを、吸(す)いこむような

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世の中の明るさのみを吸ふごとき

黒いひとみが

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黒き瞳ひとみの

今も目に浮かぶ

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今も目にあり

あの時、言いそびれた

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かの時に言ひそびれたる

大切な言葉は、今も

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大切の言葉は今も

胸に残っているけれど

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胸にのこれど

真っ白なランプのかさに

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真白ましろなるラムプの笠かさの

きずがあるように

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瑕きずのごと

さすらいの記憶(きおく)は、消しがたいものだなあ

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流離の記憶消しがたきかな

函館(はこだて)の、あの焼(や)け跡(あと)を去った夜の

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函館はこだてのかの焼跡やけあとを去りし夜よの

心残り(こころのこり)を

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こころ残りを

今も残している

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今も残しつ

人が言う

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人がいふ

びんのほつれ毛(げ)の、うつくしさを

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鬢びんのほつれのめでたさを

物を書いている時の君に、見たことがある

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物書く時の君に見たりし

じゃがいもの花が咲くころに

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馬鈴薯ばれいしよの花咲く頃と

なったなあ

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なれりけり

君も、この花がお好きなのだろう

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君もこの花を好きたまふらむ

山の子どもが

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山の子の

山を思うのと同じように

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山を思ふがごとくにも

悲しい時には、君を思っていた

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かなしき時は君を思へり

忘れていたはずなのに

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忘れをれば

ちょっとしたことが、また思い出のきっかけになる

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ひょっとした事が思ひ出の種たねにまたなる

忘れることができない

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忘れかねつも

病気(びょうき)だと聞き

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病やむと聞き

治(なお)ったと聞いて

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癒いえしと聞きて

四百里(しひゃくり)も離れたこちらで、わたしは気が気ではなかった

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四百里しひやくりのこなたに我はうつつなかりし

君に似た姿(すがた)を街(まち)で見た時の

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君に似し姿を街まちに見る時の

心のときめきを

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こころ躍をどりを

あわれと思ってほしい

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あはれと思へ

あの声を、もう一度聞けたなら

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かの声を最一度もいちど聴きかば

すっきりと

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すっきりと

胸が晴(は)れるだろうかと、今朝も思っている

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胸や霽はれむと今朝けさも思へる

いそがしい暮らしの中の

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いそがしき生活くらしのなかの

時々おとずれる、この物思いは

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時折ときおりのこの物おもひ

だれのためだろうか

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誰たれのためぞも

しみじみと

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しみじみと

話をする友がいたら

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物うち語る友もあれ

君のことなどを、話し出すことだろう

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君のことなど語り出いでなむ

「死ぬまでに一度会おう」と

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死ぬまでに一度会はむと

言ってやったら

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言ひやらば

君も、かすかにうなずいてくれるだろうか

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君もかすかにうなづくらむか

時々

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時として

君を思うと

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君を思へば

おだやかだった心が、急にさわぐ悲しさ

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安かりし心にはかに騒ぐかなしさ

別れてから年を重ねて

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わかれ来きて年としを重ねて

年ごとに恋しくなっていく

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年としごとに恋しくなれる

君なのだなあ

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君にしあるかな

石狩(いしかり)の都のはずれにある

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石狩いしかりの都みやこの外の

君の家

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君が家

りんごの花は、もう散っているだろうか

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林檎りんごの花の散りてやあらむ

長い手紙が

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長き文ふみ

三年のあいだに、三度届いた

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三年みとせのうちに三度みたび来きぬ

わたしが書いたのは、四度くらいだっただろうか

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我の書きしは四度よたびにかあらむ

手袋(てぶくろ)を脱ぐ時

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手套を脱ぐ時

手袋を脱ぐ手が、ふと止まる

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手套てぶくろを脱ぬぐ手ふと休やむ

何だろう

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何やらむ

心をかすめる、思い出があった

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こころかすめし思ひ出のあり

いつのまにか

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いつしかに

情(なさけ)をいつわることを覚えた

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情じやうをいつはること知りぬ

ひげを生やしたのも、そのころだっただろう

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髭ひげを立てしもその頃なりけむ

朝の風呂(ふろ)で

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朝の湯の

湯船(ゆぶね)のふちに首(くび)のうしろを乗せて

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湯槽ゆぶねのふちにうなじ載のせ

ゆっくり息をしながら、物思いにふけることよ

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ゆるく息いきする物思ひかな

夏が来ると

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夏来くれば

うがい薬(ぐすり)が

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うがひ薬の

痛(いた)む歯にしみる朝が、うれしかったなあ

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病やまひある歯に沁しむ朝のうれしかりけり

つくづくと自分の手をながめながら

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つくづくと手をながめつつ

思い出した

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おもひ出いでぬ

キスが上手(じょうず)な女の人だったが

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キスが上手じやうずの女なりしが

さびしいのは

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さびしきは

はでな色に慣れていない目のせいだと言って

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色にしたしまぬ目のゆゑと

赤い花などを買わせたなあ

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赤き花など買はせけるかな

新しい本を買ってきて読む、夜中の

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新しき本を買ひ来て読む夜半よはの

その楽しさも

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そのたのしさも

長く忘れない

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長くわすれぬ

旅(たび)七日(なのか)

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旅たび七日なのか

帰ってくると

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かへり来きぬれば

わたしの窓の、赤いインクのしみもなつかしい

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わが窓の赤きインクの染しみもなつかし

古文書(こもんじょ)の中に見つけた

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古文書こもんじよのなかに見いでし

よごれた

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よごれたる

吸取紙(すいとりがみ・インクをすう紙)を、なつかしく思うことよ

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吸取紙すひとりがみをなつかしむかな

手にためした雪が溶けるのが

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手にためし雪の融とくるが

気持ちよくて

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ここちよく

眠り飽きたわたしの心に、しみる

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わが寐飽ねあきたる心には沁しむ

薄れていく障子(しょうじ)の日の光

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薄れゆく障子しやうじの日影ひかげ

それを見ながら

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そを見つつ

心はいつのまにか、暗くなっていく

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こころいつしか暗くなりゆく

ひんやりと

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ひやひやと

夜は薬のにおいがする

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夜は薬の香かのにほふ

医者が住んでいたあとの家だなあ

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医者が住みたるあとの家いへかな

窓ガラス

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窓硝子まどガラス

ちりと雨とで曇った窓ガラスにも

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塵ちりと雨とに曇くもりたる窓硝子にも

悲しみはある

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かなしみはあり

六年(むとせ)ほど、毎日毎日かぶった

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六年むとせほど日毎日毎ひごとひごとにかぶりたる

古い帽子も

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古き帽子も

捨てられないなあ

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棄すてられぬかな

気持ちよく

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こころよく

春の眠りをむさぼった

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春のねむりをむさぼれる

目にやわらかい、庭の草だなあ

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目にやはらかき庭の草かな

赤れんがが遠くまで続く高い塀(へい)が

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赤煉瓦あかれんぐわ遠くつづける高塀たかべいの

むらさきに見えて

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むらさきに見えて

春の日は長い

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春の日ながし

春の雪

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春の雪

銀座の裏の、三階建てのれんが造りの建物に

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銀座の裏の三階の煉瓦造づくりに

やわらかく降る

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やはらかに降る

よごれたれんがの壁に

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よごれたる煉瓦の壁に

降っては溶け、降っては溶ける

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降りて融とけ降りては融くる

春の雪だなあ

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春の雪かな

目を病んでいる

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目を病やめる

若い女の人がよりかかる

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若き女の倚よりかかる

窓に、しっとりと春の雨が降る

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窓にしめやかに春の雨降る

新しい木のかおりなどが

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あたらしき木のかをりなど

ただよっている

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ただよへる

新開町(しんかいまち)の、春の静けさ

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新開町しんかいまちの春の静けさ

春の街

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春の街まち

見栄えよく書かれた女の人の名前の

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見よげに書ける女名をんななの

門札(かどふだ)などを読んで歩くことよ

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門札かどふだなどを読みありくかな

何となく

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そことなく

みかんの皮を焼いたようなにおいが残って

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蜜柑みかんの皮の焼くるごときにほひ残りて

夕方になった

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夕ゆふべとなりぬ

にぎやかな若い女の人たちの集まりの

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にぎはしき若き女の集会あつまりの

声を聞き飽きて

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こゑ聴きき倦うみて

さびしくなった

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さびしくなりたり

どこかに

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何処どこやらに

若い女の人が死ぬときのような、悩ましさがある

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若き女の死ぬごとき悩なやましさあり

春のみぞれが降る

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春の霙みぞれ降る

コニャックに酔ったあとの

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コニャックの酔ゑひのあとなる

やわらかな

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やはらかき

この悲しみは、わけもなくやってくるなあ

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このかなしみのすずろなるかな

白い皿

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白き皿さら

拭いては棚に重ねている

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拭ふきては棚たなに重かさねゐる

酒場のすみの、悲しい女の人

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酒場の隅すみのかなしき女

乾いた冬の大通りの

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乾きたる冬の大路おほぢの

どこかしらに

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何処いづくやらむ

石炭酸(せきたんさん・消毒薬)のにおいが、ひそんでいる

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石炭酸せきたんさんのにほひひそめり

赤々と、しずむ日がうつっている

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赤赤あかあかと入日いりひうつれる

川ばたの酒場の窓の

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河ばたの酒場の窓の

白い顔だなあ

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白き顔かな

新しいサラダの皿の

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新しきサラドの皿さらの

酢のかおり

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酢すのかをり

心にしみて、悲しい夕方

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こころに沁しみてかなしき夕ゆふべ

空色のびんから

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空色そらいろの罎びんより

山羊(やぎ)の乳をつぐ

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山羊やぎの乳をつぐ

手のふるえなどが、いとおしかったなあ

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手のふるひなどいとしかりけり

姿見(すがたみ・大きな鏡)の

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すがた見の

息のくもりで消された

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息いきのくもりに消されたる

酔ってうるんだ目の、悲しさ

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酔ゑひうるみの眸まみのかなしさ

ひとしきり静かになった

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ひとしきり静かになれる

夕暮れの

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ゆふぐれの

厨(くりや・台所)に残る、ハムのにおいだなあ

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厨くりやにのこるハムのにほひかな

冷ややかに、びんが並んだ棚の前で

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ひややかに罎びんのならべる棚たなの前

歯をせせる女の人を

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歯はせせる女を

悲しいとも見たなあ

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かなしとも見き

少し長いキスを交わして別れてきた

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やや長きキスを交かはして別れ来きし

深夜の街の

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深夜の街の

遠くの火事だなあ

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遠き火事かな

病院の窓の、夕方の

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病院の窓のゆふべの

ほの白い顔に

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ほの白じろき顔にありたる

うっすらと見覚えがあった

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淡あはき見覚みおぼえ

いつのことだったか

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何時いつなりしか

あの大川(おおかわ)の遊覧船(ゆうらんせん)で

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かの大川おほかはの遊船いうせんに

舞った女の人を思い出した

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舞まひし女をおもひ出でにけり

用もない手紙などを長く書きかけて

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用もなき文ふみなど長く書きさして

ふと人がこいしくなり

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ふと人こひし

街に出てゆく

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街に出でてゆく

しめった煙草(たばこ)を吸うと

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しめらへる煙草たばこを吸へば

だいたいの

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おほよその

わたしの思うことも、少ししめってくる

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わが思ふことも軽かろくしめれり

するどく

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するどくも

夏が来たのを感じながら

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夏の来きたるを感じつつ

雨あがりの小さな庭の、土のにおいをかぐ

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雨後うごの小庭こにはの土の香かを嗅かぐ

すずしそうに飾りつけた

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すずしげに飾かざり立てたる

ガラス屋の前でながめた

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硝子屋ガラスやの前にながめし

夏の夜の月

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夏の夜の月

君が来るというので早く起き

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君来るといふに夙とく起き

白いシャツの

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白シャツの

袖(そで)のよごれを気にする日だなあ

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袖そでのよごれを気にする日かな

落ち着かないわたしの弟の

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おちつかぬ我が弟の

このごろの

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このごろの

目のうるみなどが、悲しかったなあ

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眼のうるみなどかなしかりけり

どこかに杭(くい)を打つ音がして

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どこやらに杭くひ打つ音し

大きな桶(おけ)をころがす音がして

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大桶おほをけをころがす音し

雪が降り出した

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雪ふりいでぬ

人のいない夜の事務室に

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人気ひとけなき夜よの事務室に

けたたましく

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けたたましく

電話のベルが鳴って、止んだ

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電話の鈴りんの鳴りて止みたり

目を覚まして

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目さまして

しばらくして、耳に入ってきた

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ややありて耳に入いり来きたる

真夜中すぎの話し声だなあ

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真夜中すぎの話声かな

見ていると、時計が止まった

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見てをれば時計とまれり

吸われるように

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吸はるるごと

心はまた、さびしさへと向かっていく

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心はまたもさびしさに行ゆく

毎朝の

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朝朝あさあさの

うがい用の水薬(すいやく)の

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うがひの料しろの水薬すゐやくの

びんが冷たい、秋になったなあ

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罎びんがつめたき秋となりにけり

なだらかに麦が青くなっている

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夷なだらかに麦の青める

丘のふもとの

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丘の根の

小道で、赤い小櫛(おぐし・小さなくし)を拾った

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小径こみちに赤き小櫛をぐしひろへり

裏山の杉生(すぎふ・杉の林)の中に

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裏山の杉生すぎふのなかに

まだらな日の光がはい込んでくる

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斑まだらなる日影ひかげ這はひ入いる

秋の昼過ぎ

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秋のひるすぎ

港町

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港町

とろろと鳴いて輪をえがくとび(鳶)を、おさえつけている

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とろろと鳴きて輪を描く鳶とびを圧あつせる

潮ぐもり(しおぐもり・海の上のくもり)だなあ

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潮しほぐもりかな

小春日(こはるび・秋の終わりのあたたかい日)の、くもりガラスにうつった

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小春日こはるびの曇硝子くもりガラスにうつりたる

鳥の影を見て

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鳥影とりかげを見て

わけもなく、物思いにふける

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すずろに思ふ

一列に泳いでいるような

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ひとならび泳げるごとき

一列に並ぶ家々の、高い低いの軒(のき)に

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家家いへいへの高低たかひくの軒のきに

冬の日が舞う

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冬の日の舞ふ

京橋の滝山町(たきやまちょう)の

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京橋の滝山町たきやまちやうの

新聞社

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新聞社

灯(ひ)がともるころの、いそがしさだなあ

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灯ひともる頃のいそがしさかな

よく怒る人だった、わたしの父が

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よく怒いかる人にてありしわが父の

このごろ怒らない

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日ごろ怒いからず

怒れと思う

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怒れと思ふ

朝の風が電車の中に吹き入れた

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あさ風が電車のなかに吹き入いれし

柳の葉、一枚

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柳やなぎのひと葉

手にとって見る

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手にとりて見る

わけもなく海が見たくて

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ゆゑもなく海が見たくて

海に来た

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海に来ぬ

心が傷んで、たえられない日に

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こころ傷いたみてたへがたき日に

たいらな海につかれて

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たひらなる海につかれて

そむけた

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そむけたる

目をかき乱す、赤い帯だなあ

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目をかきみだす赤き帯おびかな

今日出会った町の女の人が

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今日逢あひし町の女の

どれもどれも

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どれもどれも

恋に敗れて帰るような日

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恋にやぶれて帰るごとき日

汽車の旅

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汽車の旅

とある野中の停車場(ていしゃば)の

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とある野中のなかの停車場の

夏草のかおりが、なつかしかった

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夏草の香かのなつかしかりき

まだ朝早く

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朝まだき

やっと間に合った、初秋の旅立ちの汽車の

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やっと間まに合あひし初秋はつあきの旅出たびでの汽車の

かたいパンだなあ

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堅かたき麺麭ぱんかな

あの旅の、夜汽車の窓で

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かの旅の夜汽車の窓に

思っていた

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おもひたる

わたしの行く先の、悲しかったことよ

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我がゆくすゑのかなしかりしかな

ふと見ると

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ふと見れば

とある林の停車場の時計が、止まっていた

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とある林の停車場の時計とまれり

雨の夜の汽車

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雨の夜よの汽車

別れてきて

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わかれ来きて

灯(あかり)の薄暗い夜の汽車の窓で、もてあそぶ

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燈火あかり小暗をぐらき夜の汽車の窓に弄もてあそぶ

青いりんごよ

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青き林檎りんごよ

いつも来る

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いつも来くる

この酒場(さかみせ)の、悲しさよ

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この酒肆さかみせのかなしさよ

夕日が赤々と、酒にさし込む

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ゆふ日赤赤あかあかと酒に射さし入いる

白いはす(蓮)が沼に咲くように

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白き蓮沼はすぬまに咲くごとく

悲しみが

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かなしみが

酔いのあいだに、はっきりと浮かぶ

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酔ゑひのあひだにはっきりと浮く

壁ごしに

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壁かべごしに

若い女の人が泣くのを聞く

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若き女の泣くをきく

旅の宿屋の、秋の蚊帳(かや)だなあ

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旅の宿屋の秋の蚊帳かやかな

取り出した、去年の袷(あわせ・裏地つきの着物)の

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取りいでし去年こぞの袷あはせの

なつかしいにおいが、身にしみる

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なつかしきにほひ身に沁しむ

初秋の朝

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初秋はつあきの朝

気にしていた、左のひざの痛みなども

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気にしたる左の膝ひざの痛みなど

いつのまにか治って

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いつか癒なほりて

秋の風が吹く

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秋の風吹く

売って売って

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売り売りて

手あかできたないドイツ語の辞書だけが残る

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手垢てあかきたなきドイツ語の辞書のみ残る

夏の終わりだなあ

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夏の末かな

わけもなく憎んでいた友達と

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ゆゑもなく憎にくみし友と

いつのまにか親しくなって

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いつしかに親しくなりて

秋が暮れていく

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秋の暮れゆく

赤い紙の表紙が、手ずれした

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赤紙あかがみの表紙手擦てずれし

国が禁じた(国禁・こくきん)

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国禁こくきんの

本を、行李(こうり・旅行かばん)の底からさがす日

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書ふみを行李かうりの底にさがす日

売ることを止められた

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売ることを差し止とめられし

本の著者に

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本の著者に

道で出会った、秋の朝だなあ

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路みちにて会へる秋の朝かな

今日からは

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今日よりは

わたしも酒などをあおろうと思ったその日から

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我も酒など呷あふらむと思へる日より

秋の風が吹く

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秋の風吹く

大海の

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大海だいかいの

その片すみに連なる島々の上に

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その片隅かたすみにつらなれる島島しまじまの上に

秋の風が吹く

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秋の風吹く

うるんだ目と

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うるみたる目と

目の下のほくろだけが

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目の下の黒子ほくろのみ

いつも目につく、友の奥さんだなあ

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いつも目につく友の妻かな

いつ見ても

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いつ見ても

毛糸の玉をころがして

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毛糸の玉をころがして

くつ下を編む女の人だったが

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韈くつしたを編あむ女なりしが

えび色(葡萄色・赤むらさき色)の

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葡萄色えびいろの

長いすの上で眠っているねこが、うっすら白く見える

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長椅子ながいすの上に眠りたる猫ほの白じろき

秋の夕暮れ

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秋のゆふぐれ

細々と

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ほそぼそと

あちこちで虫が鳴く

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其処そこら此処ここらに虫の鳴く

昼の野原に来て読む、手紙だなあ

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昼の野に来て読む手紙かな

夜おそく、戸をあけていると

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夜よるおそく戸を繰くりをれば

白いものが庭を走った

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白きもの庭を走れり

犬だったのだろうか

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犬にやあらむ

夜中の二時の、窓ガラスを

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夜の二時の窓の硝子ガラスを

うすく紅(あか)く

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うす紅あかく

染めて、音のない火事の色だなあ

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染めて音なき火事の色かな

哀れな恋だなあと

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あはれなる恋かなと

ひとりつぶやいて

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ひとり呟つぶやきて

夜中の火桶(ひおけ・炭を入れて暖まる道具)に、炭を足した

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夜半よはの火桶ひをけに炭すみ添そへにけり

真っ白なランプのかさに

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真白ましろなるラムプの笠かさに

手をあてて

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手をあてて

寒い夜にする、物思いだなあ

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寒き夜にする物思ひかな

水のように

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水のごと

からだをひたす悲しみに

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身体からだをひたすかなしみに

ねぎのにおいなどが混じる夕方

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葱ねぎの香かなどのまじれる夕ゆふべ

時々

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時ありて

ねこのまねなどをして笑う

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猫のまねなどして笑ふ

三十路(みそじ)の友の、ひとり暮らしだなあ

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三十路みそぢの友のひとり住ずみかな

気弱な斥候(せきこう・見張りの兵士)のように

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気弱きよわなる斥候せきこうのごとく

おそれながら

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おそれつつ

深夜の街を、ひとりで散歩する

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深夜の街を一人散歩す

皮ふが、みんな耳になったようだった

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皮膚ひふがみな耳にてありき

しんとして眠っている街の

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しんとして眠れる街まちの

重い、くつの音

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重き靴音

夜おそく、停車場に入り

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夜よるおそく停車場に入いり

立ったり座ったりして

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立ち坐すわり

やがて出ていった、帽子のない男

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やがて出いでゆきぬ帽ばうなき男

気がつくと

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気がつけば

しっとりと夜霧が下りていた

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しっとりと夜霧下おりて居をり

長いこと、街をさまよっていたことよ

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ながくも街をさまよへるかな

もしあれば、たばこをめぐんでくれと

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若もしあらば煙草たばこ恵めぐめと

寄ってくる

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寄りて来くる

あてもない人と、深夜に語る

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あとなし人びとと深夜に語る

荒野(あらの)から帰るように

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曠野あらのより帰るごとくに

帰ってきた

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帰り来きぬ

東京の夜を、ひとりで歩いて

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東京の夜よをひとりあゆみて

銀行の窓の下にある

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銀行の窓の下なる

しき石の霜(しも)にこぼれた

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舗石しきいしの霜しもにこぼれし

青いインクだなあ

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青インクかな

ちょんちょんと

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ちょんちょんと

とある小さなやぶで、ほおじろ(頬白・小鳥)が遊ぶのをながめる

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とある小藪こやぶに頬白ほほじろの遊ぶを眺む

雪の野の道

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雪の野やの路みち

十月の朝の空気を

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十月の朝の空気に

新しく

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あたらしく

息を吸いはじめた、赤ちゃんがいる

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息吸すひそめし赤坊あかんぼのあり

十月の産院(さんびょういん・お産の病院)の

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十月の産病院の

しめった

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しめりたる

長い廊下を、行ったり来たりすることよ

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長き廊下のゆきかへりかな

むらさきの袖をたらして

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むらさきの袖そで垂たれて

空を見上げている中国人がいた

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空を見上げゐる支那しな人ありき

公園の午後

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公園の午後

赤ちゃん(孩児・がいじ)の手ざわりのような

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孩児をさなごの手ざはりのごとき

思いがある

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思ひあり

公園に来て、ひとりで歩けば

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公園に来てひとり歩あゆめば

ひさしぶりに公園に来て

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ひさしぶりに公園に来て

友に会い

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友に会ひ

かたく手をにぎり、早口で語る

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堅かたく手握り口疾くちどに語る

公園の木の間に

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公園の木この間まに

小鳥が遊んでいるのを

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小鳥あそべるを

ながめて、しばらく休んだことよ

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ながめてしばし憩いこひけるかな

晴れた日の公園に来て

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晴れし日の公園に来て

歩きながら

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あゆみつつ

わたしの、このごろの衰えを知る

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わがこのごろの衰おとろへを知る

思い出の、あのキスかと

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思出のかのキスかとも

おどろいた

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おどろきぬ

プラタナスの葉が散って、ふれたのを

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プラタヌの葉の散りて触ふれしを

公園のすみのベンチで

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公園の隅すみのベンチに

二度ほど見かけた男の人が

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二度ばかり見かけし男

このごろ見えない

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このごろ見えず

公園の、悲しみよ

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公園のかなしみよ

君がお嫁に行ってから

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君の嫁とつぎてより

もう七か月、来たこともない

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すでに七月ななつき来きしこともなし

公園の、とある木かげの捨てられたいすに

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公園のとある木蔭こかげの捨椅子すていすに

思いあまって

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思ひあまりて

身をよせた

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身をば寄せたる

忘れられない顔だったなあ

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忘られぬ顔なりしかな

今日、街で

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今日街まちに

捕吏(ほり・警官)に引かれて笑っていた男は

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捕吏ほりにひかれて笑ゑめる男は

マッチをすると

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マチ擦すれば

二尺(にしゃく)ほどの明るさの

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二尺ばかりの明るさの

中を横切る、白いが(蛾)がいた

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中をよぎれる白き蛾がのあり

目を閉じて

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目をとぢて

口笛をかすかに、吹いてみた

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口笛かすかに吹きてみぬ

眠れない夜、窓にもたれて

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寐ねられぬ夜の窓にもたれて

わたしの友は

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わが友は

今日も、母のいない子を背負って

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今日も母なき子を負ひて

あの城あと(城址)を、さまよっているのだろうか

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かの城址しろあとにさまよへるかな

夜おそく

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夜よるおそく

勤め先から帰ってきて

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つとめ先よりかへり来きて

たった今死んだという子を、抱いたことよ

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今死にしてふ児こを抱だけるかな

二声、三声

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二三ふたみこゑ

死ぬまぎわに、かすかに泣いたというので

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いまはのきはに微かすかにも泣きしといふに

なみだをさそわれる

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なみだ誘さそはる

真っ白な大根の根が太る頃

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真白ましろなる大根の根の肥こゆる頃

生まれて

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うまれて

やがて死んだ子がいる

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やがて死にし児このあり

おそ秋の空気を

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おそ秋の空気を

三尺四方(さんじゃくしほう・約九十センチ四方)ほど

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三尺四方さんじやくしはうばかり

吸って、わたしの子は死んでいったなあ

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吸ひてわが児の死にゆきしかな

死んだ子の

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死にし児の

胸に、注射の針を刺す

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胸に注射の針を刺す

医者の手もとに集まる心は

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医者の手もとにあつまる心

底の知れない謎に、向かっているようだ

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底知れぬ謎なぞに対むかひてあるごとし

死んだ子のひたいに

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死児しじのひたひに

またも手をやる

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またも手をやる

悲しみが強くまでいたらない

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かなしみのつよくいたらぬ

さびしさよ

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さびしさよ

わたしの子のからだは、冷えていくけれど

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わが児のからだ冷ひえてゆけども

悲しくも

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かなしくも

夜が明けるまでは残っていない

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夜よ明あくるまでは残りゐぬ

息が切れた子の、肌のぬくもりは

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息いききれし児の肌はだのぬくもり