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一握の砂 現代語訳

石川啄木いしかわたくぼく)・1967

AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28

函館の郁雨、宮崎大四郎君

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函館なる郁雨宮崎大四郎君

同郷の友、文学士 花明、金田一京助君

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同国の友文学士花明金田一京助君

この歌集をお二人に捧げる。

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この集を両君に捧ぐ。

私はすでに、私のすべてをお二人の前に示しつくしてしまったようだ。

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予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。

だから、ここに詠まれた歌の一首一首について、最もよく知るのはお二人だと信じるからである。

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従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。

また一冊を取って、亡き子 真一に手向ける。

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また一本をとりて亡児真一に手向く。

この歌集の原稿を書店の手に渡したのは、お前が生まれた朝だった。

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この集の稿本を書肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。

この歌集の原稿料は、お前の薬代になった。

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この集の稿料は汝の薬餌となりたり。

そしてこの歌集の見本刷りに私が目を通したのは、お前を火葬した夜だった。

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而してこの集の見本刷を予の閲したるは汝の火葬の夜なりき。

著者

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著者

明治四十一年の夏より後に作った千余首の中から、五百五十一首を選んでこの集に収めた。

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明治四十一年夏以後の作一千余首中より五百五十一首を抜きてこの集に収む。

集中の五章は、歌の生まれたきっかけの近いものをたずねて、仮に分けただけのものである。

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集中五章、感興の来由するところ相ちかきをたづねて仮にわかてるのみ。

「秋風のこころよさに」

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「秋風のこころよさに」

は、明治四十一年の秋の記念である。

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は明治四十一年秋の紀念なり。

我を愛する歌

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我を愛する歌

東の海の小島の磯の白い砂に

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東海とうかい小島こじまいそ白砂しらすな

私は泣きぬれて

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われきぬれて

蟹とたわむれる

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かにとたはむる

頬をつたう

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につたふ

涙をぬぐいもせず

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なみだのごはず

一握りの砂を見せてくれた人を忘れない

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一握いちあくの砂をしめしし人を忘れず

大海に向かって一人

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大海だいかいにむかひて一人ひとり

七日八日

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七八日ななやうか

泣こうとして家を出た

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泣きなむとすと家をでにき

ひどく錆びたピストルが出てきた

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いたくびしピストルでぬ

砂山の

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砂山すなやま

砂を指で掘っていたら

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砂を指もてりてありしに

ひと晩のうちに嵐が来て築いた

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ひとさにあらしきたりてきづきたる

この砂山は

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この砂山は

何の墓なのだろう

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なにはかぞも

砂山の砂に腹ばいになり

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砂山の砂に腹這はらば

初恋の

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初恋の

痛みを遠く思い出す日

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いたみを遠くおもひづる日

砂山の裾に横たわる流木に

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砂山のすそによこたはる流木りうぼく

あたりを見まわして

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あたり見まはし

話しかけてみる

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ものひてみる

いのちのない砂のかなしさよ

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いのちなき砂のかなしさよ

さらさらと

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さらさらと

握れば指のあいだから落ちる

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にぎれば指のあひだより落つ

しっとりと

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しっとりと

涙を吸った砂の玉

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なみだをへる砂の玉

涙は重いものだなあ

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なみだは重きものにしあるかな

大という字を百あまり

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だいという字を百あまり

砂に書き

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砂に書き

死ぬのをやめて帰ってきた

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死ぬことをやめて帰りきたれり

目をさましてもまだ起き出さない子の癖は

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目さましてなほでぬ児のくせ

かなしい癖だ

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かなしき癖ぞ

母よ、咎めないでくれ

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母よとがむな

ひとかたまりの土によだれをつけて

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ひとくれの土によだれ

泣く母の似顔をつくった

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泣く母の肖顔にがほつくりぬ

かなしくもあるものだ

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かなしくもあるか

灯りのない部屋に私がいる

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燈影ほかげなきしつに我あり

父と母が

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父と母

壁の中から杖をついて出てくる

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壁のなかよりつゑつきて

たわむれに母を背負って

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たはむれに母を背負せおひて

そのあまりの軽さに泣いて

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そのあまりかろきに泣きて

三歩も歩けない

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三歩あゆまず

ふらりと家を出ては

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飄然へうぜんと家をでては

ふらりと帰ってきた癖よ

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飄然と帰りし癖よ

友は笑うけれど

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友はわらへど

ふるさとの父が咳をするたびに、こんなふうに

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ふるさとの父のせきするたび

咳が出るのだろうか

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咳のづるや

病めば心細い

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めばはかなし

私が泣くのを少女たちが聞いたら

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わが泣くを少女等をとめらきかば

病んだ犬が

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病犬やまいぬ

月に吠えるのに似ていると言うだろう

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月にゆるに似たりといふらむ

どこかでかすかに虫が鳴くような

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何処いづくやらむかすかに虫のなくごとき

心細さを

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こころぼそさを

今日もおぼえる

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今日けふもおぼゆる

ひどく暗い

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いと暗き

穴に心を吸われていくように思って

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あなに心をはれゆくごとく思ひて

疲れて眠る

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つかれて眠る

心地よく

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こころよく

私が打ちこめる仕事があってほしい

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我にはたらく仕事あれ

それをやり遂げて死のうと思う

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それを仕遂しとげて死なむと思ふ

混み合う電車の隅に

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こみへる電車のすみ

ちぢこまる

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ちぢこまる

夕べ夕べの私のいとしさ

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ゆふべゆふべの我のいとしさ

浅草の夜のにぎわいに

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浅草あさくさのにぎはひに

まぎれ入り

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まぎれ

まぎれ出てきたさびしい心

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まぎれしさびしき心

愛犬の耳を切ってみた

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愛犬あいけんの耳りてみぬ

ああ、これも

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あはれこれも

何もかもに飽きた心のせいだろうか

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物にみたる心にかあらむ

鏡を取って

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かがみとり

できるかぎりのさまざまな顔をしてみた

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あたふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ

泣き飽きたとき

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泣ききし時

涙よ、涙

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なみだなみだ

不思議なものだ

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不思議なるかな

それで洗えば心はふざけたくなる

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それをもてあらへば心おどけたくなれり

あきれた母の言葉に

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あきれたる母の言葉に

気がつくと

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気がつけば

茶碗を箸で叩いていた

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茶碗ちやわんはしもてたたきてありき

草に寝ころんで

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草に

思うことは何もない

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おもふことなし

私の額に糞をして鳥は空に遊んでいる

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わがぬかふんして鳥は空に遊べり

私の髭の

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わがひげ

下を向く癖が腹立たしい

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下向くくせがいきどほろし

このごろ憎い男に似てきたので

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このごろにくき男に似たれば

森の奥から銃声が聞こえる

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森の奥より銃声じうせい聞ゆ

ああ、ああ

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あはれあはれ

自分で死ぬ音の心地よさよ

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みづから死ぬる音のよろしさ

大木の幹に耳をあて

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大木たいぼくみきに耳あて

半日近く

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小半日こはんにち

堅い皮をむしっていた

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かたき皮をばむしりてありき

「それしきのことで死ぬのか」

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「さばかりの事に死ぬるや」

「それしきのことで生きるのか」

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「さばかりの事に生くるや」

よせ、よせ、問答は

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せ止せ問答

まれにおとずれる

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まれにある

この平らな心には

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このたひらなる心には

時計の鳴る音もおもしろく聞こえる

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時計の鳴るもおもしろく

ふと深い怖れをおぼえ

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ふと深き怖れを覚え

じっとして

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ぢっとして

やがて静かにへそをまさぐる

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やがて静かにほそをまさぐる

高い山の頂に登り

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高山たかやまのいただきに登り

なんとなく帽子をふって

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なにがなしに帽子ばうしをふりて

下りてきたことだ

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くだり来しかな

どこかで大勢の人が争って

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何処どこやらに沢山たくさんの人があらそひて

くじを引いているようだ

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くじくごとし

私も引きたい

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われも引きたし

怒るときに

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いかる時

かならずひとつ鉢を割り

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かならずひとつはち

九百九十九割って死のうか

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九百九十九くひやくくじふく割りて死なまし

いつも会う電車の中の小男の

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いつもふ電車の中の小男こをとこ

角ばった眼が

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かどあるまなこ

このごろ気になる

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このごろ気になる

鏡屋の前に来て

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鏡屋かがみやの前に来て

ふと驚いた

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ふと驚きぬ

見すぼらしげに歩いているものだ

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見すぼらしげにあゆむものかも

なんとなく汽車に乗りたいと思っただけ

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なにとなく汽車に乗りたく思ひしのみ

汽車を降りたら

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汽車をりしに

行くところがない

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ゆくところなし

空き家に入って

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空家あきや

煙草を吸ったことがある

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煙草たばこのみたることありき

ああ、ただ一人でいたいばかりに

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あはれただ一人たきばかりに

なんとなく

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何がなしに

さびしくなると外を歩く男になって

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さびしくなればてあるく男となりて

三月にもなった

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三月みつきにもなれり

やわらかく積もった雪に

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やはらかに積れる雪に

火照る頬を埋めるような

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てるうづむるごとき

恋をしてみたい

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恋してみたし

かなしいのは

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かなしきは

飽くことのない自分本位の一念を

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くなき利己りこの一念を

持てあました男だった

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持てあましたる男にありけり

手も足も

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手も足も

部屋いっぱいに投げ出して

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へやいっぱいに投げして

やがて静かに起き直る

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やがて静かに起きかへるかな

百年の長い眠りから覚めたように

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百年ももとせの長き眠りのめしごと

あくびをしてみようか

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呿呻あくびしてまし

思うことなど何もなく

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思ふことなしに

腕を組んで

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うでみて

このごろ思う

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このごろ思ふ

大いなる敵よ、目の前に躍り出よと

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おほいなるてき目の前にをどでよと

手が白く

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手が白く

そして大きかった

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だいなりき

非凡な人といわれる男に会ったら

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非凡ひぼんなる人といはるる男に会ひしに

気持ちよく

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こころよく

人を讃めてみたくなった

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人をめてみたくなりにけり

自分本位の心に飽きたさびしさ

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利己りこの心にめるさびしさ

雨が降ると

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雨降れば

わが家の人は誰も彼も沈んだ顔をする

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わがいへの人たれも誰も沈める顔す

雨よ、晴れてくれ

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れよかし

高いところから飛びおりるような心で

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高きより飛びおりるごとき心もて

この一生を

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この一生を

終える手立てはないか

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終るすべなきか

このごろ

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この日頃

ひそかに胸に宿った悔いがある

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ひそかに胸にやどりたるくいあり

私を笑わせてくれない

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われを笑はしめざり

へつらいを聞くと

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へつらひを聞けば

腹が立つ私の心

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腹立はらだつわがこころ

あまりに自分を知っているのがかなしい

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あまりに我を知るがかなしき

知らない家を叩き起こして

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知らぬいへたたき起して

逃げてくるのがおもしろかった

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るがおもしろかりし

あの昔が恋しい

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昔の恋しさ

非凡な人のようにふるまった

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非凡ひぼんなる人のごとくにふるまへる

あとのさびしさは

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のちのさびしさは

何にたとえよう

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なににかたぐへむ

彼の大きな身体が

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おほいなる彼の身体からだ

憎かった

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にくかりき

その前に行って物を言うとき

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その前にゆきて物を言ふ時

実務の役には立たない歌よみだと

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実務には役に立たざるうたびと

私を見る人に

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我を見る人に

金を借りた

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金借りにけり

遠くから笛の音が聞こえる

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遠くより笛のきこゆ

うなだれているせいだろうか

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うなだれてあるゆゑやらむ

涙が流れる

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なみだ流るる

それもよし、これもよしという人の

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それもよしこれもよしとてある人の

その気軽さが

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その気がるさを

欲しくなった

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しくなりたり

死ぬことを

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死ぬことを

いつもの薬をのむようにも私は思う

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持薬ぢやくをのむがごとくにも我はおもへり

心が痛むと

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心いためば

道ばたで犬が長々とあくびをした

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路傍みちばたに犬ながながと呿呻あくびしぬ

私も真似をした

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われも真似まねしぬ

うらやましくて

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うらやましさに

真剣になって竹で犬を打つ

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真剣になりて竹もて犬を

子どもの顔を

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小児せうにの顔を

いいと思った

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よしと思へり

ダイナモの

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ダイナモの

重い唸りの心地よさよ

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重きうなりのここちよさよ

ああ、こんなふうに物を言いたい

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あはれこのごとく物を言はまし

ひょうきんな性分だった友の死に顔の

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剽軽へうきんさがなりし友の死顔の

青い疲れが

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青き疲れが

いまも目にある

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いまも目にあり

気の変わりやすい人に仕えて

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気の変る人につかへて

つくづくと

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つくづくと

自分の暮らしがいやになったことだ

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わが世がいやになりにけるかな

龍のようにむなしい空に躍り出て

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りようのごとくむなしき空にをどでて

消えていく煙

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消えゆく煙

見ていて飽きない

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見ればかなく

心地よい疲れだ

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こころよき疲れなるかな

息もつかず

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息もつかず

仕事をしたあとのこの疲れ

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仕事をしたるのちのこの疲れ

寝たふりや、なまあくびなど

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空寝入そらねいり生呿呻なまあくびなど

なぜするのか

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なぜするや

思うことを人に悟らせないため

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思ふこと人にさとらせぬため

箸を止めてふと思った

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はしめてふっと思ひぬ

ようやく

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やうやくに

世のならわしに慣れてしまったな

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世のならはしに慣れにけるかな

朝はやく

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朝はやく

婚期を過ぎた妹の

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婚期こんきを過ぎし妹の

恋文めいた手紙を読んだ

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恋文こひぶみめけるふみを読めりけり

しっとりと

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しっとりと

水を吸った海綿の

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水をひたる海綿かいめん

重さに似た心地をおぼえる

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重さに似たる心地ここちおぼゆる

死ね死ねと自分を怒り

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死ね死ねとおのれいか

黙りこんだ

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もだしたる

心の底の暗いむなしさ

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心の底の暗きむなしさ

けものめいた顔があり、口を開け閉めする

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けものめく顔あり口をあけたてす

とだけ見ていた

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とのみ見てゐぬ

人が語るのを

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人の語るを

親と子が

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親と子と

離ればなれの心で静かに向かい合う

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はなればなれの心もて静かにむか

この気まずさは何だろう

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気まづきや

あの船の

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かの船の

あの航海の船客の一人だった

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かの航海の船客せんかくの一人にてありき

死にきれなかったのは

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死にかねたるは

目の前の菓子皿などを

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目の前の菓子皿くわしざらなどを

かりかりと噛んでみたくなった

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かりかりとみてみたくなりぬ

もどかしいものだ

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もどかしきかな

よく笑う若い男が

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よく笑ふ若き男の

死んだなら

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死にたらば

すこしはこの世もさびしくなれ

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すこしはこの世さびしくもなれ

なんとなく

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何がなしに

息が切れるまで駆け出してみたくなった

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いききれるまでしてみたくなりたり

草原などを

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草原くさはらなどを

新しい背広など着て

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あたらしき背広など着て

旅をしよう

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旅をせむ

そう思っているうちに今年も過ぎた

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しかく今年ことしも思ひ過ぎたる

わざわざ灯りを消して

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ことさらに燈火ともしびを消して

まじまじと思っていたのは

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まぢまぢと思ひてゐしは

たわいもないこと

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わけもなきこと

浅草の凌雲閣のてっぺんで

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浅草の凌雲閣りよううんかくのいただきに

腕を組んだ日の

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腕組みし日の

長い日記だな

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長き日記にきかな

ただのふざけだろうか

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尋常じんじやうのおどけならむや

ナイフを持って死ぬまねをする

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ナイフ持ち死ぬまねをする

あの顔、あの顔

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その顔その顔

ひそひそ話がやがて高くなり

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こそこその話がやがて高くなり

ピストルが鳴って

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ピストル鳴りて

人生が終わる

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人生終る

ときには

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時ありて

子どものようにたわむれる

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子供のやうにたはむれす

恋のある人のしないことだな

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恋ある人のなさぬわざかな

どうにか家を出れば

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とかくして家をづれば

日ざしのあたたかさがある

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日光のあたたかさあり

息を深く吸う

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息ふかく吸ふ

疲れた牛のよだれは

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つかれたる牛のよだれは

たらたらと

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たらたらと

千万年も尽きないようだ

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千万年も尽きざるごとし

道ばたの切石の上に

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路傍みちばた切石きりいしの上に

腕を組んで

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みて

空を見上げる男がいた

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空を見上ぐる男ありたり

何だろう

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何やらむ

穏やかでない目つきをして

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おだやかならぬ目付めつきして

つるはしを振るう一群を見ている

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鶴嘴つるはしを打つ群を見てゐる

心から今日は逃げ去った

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心より今日けふは逃げ去れり

病んだ獣のような

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やまひあるけもののごとき

不平が逃げ去った

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不平逃げ去れり

おおらかな心がやってきた

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おほどかの心来れり

歩くにも

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あるくにも

腹に力がたまるようだ

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腹に力のたまるがごとし

ただ一人で泣きたくて

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ただひとり泣かまほしさに

来て寝た

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来て寝たる

宿屋の夜具の心地よさよ

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宿屋やどや夜具やぐのこころよさかな

友よ、そう

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友よさは

物乞いの卑しさを嫌ってくれるな

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乞食こじきいやしさいとふなかれ

飢えていたときは私もそうだった

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ゑたる時は我もしかりき

新しいインクのにおい

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新しきインクのにほひ

栓を抜くと

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せんけば

飢えた腹に沁みるのがかなしい

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餓ゑたる腹にむがかなしも

かなしいのは

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かなしきは

喉のかわきをこらえながら

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のどのかわきをこらへつつ

夜寒の夜具にちぢこまるとき

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夜寒よざむの夜具にちぢこまる時

一度でも私に頭を下げさせた

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一度でも我に頭を下げさせし

人はみな死ねと

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人みな死ねと

祈ったことがある

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いのりてしこと

私に似た二人の友よ

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我に似し友の二人ふたり

一人は死に

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一人は死に

一人は牢を出て今は病んでいる

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一人はらうでて今

あり余る才を抱えながら

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あまりある才をいだきて

妻のために

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妻のため

思い悩む友をかなしむ

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おもひわづらふ友をかなしむ

打ち明けて語って

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打明けて語りて

何か損をしたように思って

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何かそんをせしごとく思ひて

友と別れた

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友とわかれぬ

どんよりと

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どんよりと

曇った空を見ていたら

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くもれる空を見てゐしに

人を殺したくなったことだ

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人を殺したくなりにけるかな

人並みの才にすぎない

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人並ひとなみさいに過ぎざる

わが友の

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わが友の

深い不平もあわれだな

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深き不平もあはれなるかな

誰が見ても取り柄のない男が来て

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たれが見てもとりどころなき男来て

威張って帰った

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威張ゐばりて帰りぬ

かなしくもあるものだ

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かなしくもあるか

働いても

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はたらけど

働いてもなお暮らしは楽にならない

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はたらけどなほわが生活くらし楽にならざり

じっと手を見る

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ぢっと手を見る

何もかも行く末のことが見えるような

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何もかも行末ゆくすゑの事みゆるごとき

このかなしみは

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このかなしみは

ぬぐいきれない

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ぬぐひあへずも

ある日に

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とある日に

酒がのみたくてならないように

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酒をのみたくてならぬごとく

今日の私は切に金が欲しかった

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今日けふわれせちかねりせり

水晶の玉をよろこんでもてあそぶ

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水晶すゐしやうの玉をよろこびもてあそぶ

この私の心は

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わがこの心

何の心だろう

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なにの心ぞ

何事もなく

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事もなく

しかも心地よく肥えていく

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つこころよくえてゆく

このごろの自分が物足りない

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わがこのごろの物足らぬかな

大きな水晶の玉を

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大いなる水晶の玉を

ひとつ欲しい

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ひとつ

それに向かって物を思おう

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それにむかひて物を思はむ

うぬぼれる友に

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うぬるる友に

相づちを打っていた

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合槌あひづちうちてゐぬ

施しをするような心で

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施与ほどこしをするごとき心に

ある朝のかなしい夢のさめぎわに

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ある朝のかなしき夢のさめぎはに

鼻に入ってきた

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鼻に

味噌を煮るにおいよ

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味噌みそ

こつこつと空き地で石を刻む音

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こつこつと空地あきちに石をきざむ音

耳について離れない

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耳につき

家に入るまで

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いへるまで

なんとなく

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何がなしに

頭の中に崖があって

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あたまのなかにがけありて

日ごとに土が崩れていくようだ

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日毎ひごとに土のくづるるごとし

遠くで電話のベルが鳴るように

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遠方ゑんぱうに電話のりんの鳴るごとく

今日も耳が鳴る

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今日けふも耳鳴る

かなしい日だな

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かなしき日かな

垢じみた袷の襟よ

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あかじみしあはせえり

かなしくも

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かなしくも

ふるさとの胡桃を焼くにおいがする

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ふるさとの胡桃くるみくるにほひす

死にたくてならないときがある

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死にたくてならぬ時あり

便所で人目を避けて

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はばかりに人目をけて

こわい顔をする

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こはき顔する

一隊の兵を見送って

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一隊の兵を見送りて

かなしかった

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かなしかり

なぜ彼らはあんなに憂いがないのか

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なにぞ彼等のうれひげなる

同胞の顔がたえがたく卑しく

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邦人くにびとの顔たへがたくいやしげに

目にうつる日だ

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目にうつる日なり

家にこもろう

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家にこもらむ

次の休みには一日寝てみようと

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この次の休日やすみに一日寝てみむと

思いながら過ごしてきた

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思ひすごしぬ

この三年ずっと

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三年みとせこのかた

あるときの自分の心を

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或る時のわれのこころを

焼きたての

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焼きたての

パンに似ていると思ったことだ

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麺麭ぱんに似たりと思ひけるかな

たんたらたら たんたらたらと

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たんたらたらたんたらたらと

雨だれが

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雨滴あまだれ

痛む頭にひびくかなしさ

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痛むあたまにひびくかなしさ

ある日のこと

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ある日のこと

部屋の障子を張り替えた

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へや障子しやうじをはりかへぬ

その日はそれで心がなごんだ

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その日はそれにて心なごみき

こうしてはいられないと思い

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かうしてはられずと思ひ

立ち上がったが

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立ちにしが

外で馬がいななくまで

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戸外おもてに馬のいななきしまで

気がぬけて廊下に立った

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気ぬけして廊下らうかに立ちぬ

荒々しく扉を押したのに

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あららかにドアせしに

すぐ開いてしまったので

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すぐきしかば

じっとして

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ぢっとして

黒や赤のインクを吸って

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黒はた赤のインク吸ひ

堅く乾いた海綿を見る

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堅くかわける海綿かいめんを見る

誰が見ても

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たれが見ても

私をなつかしく思うような

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われをなつかしくなるごとき

長い手紙を書きたい夕暮れ

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長き手紙を書きたきゆふべ

うすみどりの

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うすみどり

飲めば体が水のように透きとおるという

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飲めば身体からだが水のごときとほるてふ

薬はないか

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薬はなきか

いつも睨むランプに飽きて

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いつもにらむラムプにきて

三日ばかり

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三日みかばかり

蝋燭の火に親しんだことだ

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蝋燭らふそくの火にしたしめるかな

人間の使わない言葉を

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人間のつかはぬ言葉

ひょっとして

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ひょっとして

自分だけが知っているように思う日

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われのみ知れるごとく思ふ日

新しい心を求めて

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あたらしき心もとめて

名も知らない

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名も知らぬ

街を今日もさまよってきた

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街など今日けふもさまよひて

友がみな自分よりえらく見える日よ

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友がみなわれよりえらく見ゆる日よ

花を買ってきて

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花を買ひ

妻とむつまじく過ごす

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つまとしたしむ

どうして

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なにすれば

ここに私はいるのか

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此処ここに我ありや

ときにこう驚いて部屋を眺める

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時にかく打驚うちおどろきてへやを眺むる

ある人が電車の中で唾を吐く

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人ありて電車のなかにつば

それにも

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それにも

心が痛みそうだった

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心いたまむとしき

夜明けまで遊んで過ごせる場所が欲しい

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夜明けまであそびてくらす場所が

家を思うと

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いへをおもへば

心が冷たい

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こころつめたし

人がみな家を持つというかなしみよ

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人みながいへを持つてふかなしみよ

墓に入るように

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墓にるごとく

帰って眠る

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かへりて眠る

何かひとつ不思議を見せて

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何かひとつ不思議を示し

みんなが驚いているすきに

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人みなのおどろくひまに

消えてしまおうと思う

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消えむと思ふ

人という人の心に

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人といふ人のこころに

一人ずつ囚人がいて

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一人づつ囚人しうじんがゐて

うめいているかなしさ

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うめくかなしさ

叱られて

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しかられて

わっと泣き出す子ども心

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わっと泣きす子供心

その心にもなってみたいものだ

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その心にもなりてみたきかな

盗むことさえ悪いと思えない

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盗むてふことさへしと思ひえぬ

心はかなしい

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心はかなし

隠れる家もない

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かくれもなし

捨てられた女のようなかなしみを

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はなたれし女のごときかなしみを

弱い男が

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よわき男の

感じる日だ

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かんずる日なり

庭石に

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庭石にはいし

はたと時計を投げつけた

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はたと時計をなげうてる

昔の自分の怒りがいとしい

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昔のわれのいかりいとしも

顔を赤くして怒ったことが

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顔あかめいかりしことが

翌日には

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あくる日は

それほどでもないのをさびしがる

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さほどにもなきをさびしがるかな

いらだつ心よ、おまえはかなしい

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いらだてる心よなれはかなしかり

さあさあ

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いざいざ

少しあくびでもしよう

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すこし呿呻あくびなどせむ

女がいる

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女あり

私の言いつけに背くまいと心を砕く

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わがいひつけにそむかじと心をくだ

見ればかなしい

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見ればかなしも

ふがいない

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ふがひなき

わが日本の女たちを

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わがもと女等をんなら

秋雨の夜にののしったことだ

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秋雨あきさめにののしりしかな

男に生まれ男と交わって

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男とうまれ男とまじ

負けている

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負けてをり

だからだろうか秋が身に沁みる

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かるがゆゑにや秋が身に

私の抱く思想はすべて

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わがいだく思想はすべて

金がないことから来ているようだ

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かねなきにいんするごとし

秋の風が吹く

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秋の風吹く

くだらない小説を書いてよろこんでいる

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くだらない小説を書きてよろこべる

男があわれだ

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あはれなり

初秋の風

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初秋はつあきの風

秋の風

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秋の風

今日からはあのふやけた男とは

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今日けふよりはのふやけたる男に

口をきくまいと思う

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口をかじと思ふ

果ても見えない

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はても見えぬ

まっすぐな街を歩くような

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真直ますぐの街をあゆむごとき

心を今日は持てたことだ

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こころを今日は持ちえたるかな

何ひとつ思うこともなく

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何事も思ふことなく

いそがしく

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いそがしく

暮らした一日を忘れまいと思う

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暮らせし一日ひとひを忘れじと思ふ

何事も金だ金だと笑い

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何事も金金かねかねとわらひ

少し経つと

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すこし

またも急に不平がつのってくる

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またもにはかに不平つのり

誰か私を

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われ

ピストルででも撃ってくれ

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ピストルにてもてよかし

伊藤のように死んでみせよう

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伊藤のごとく死にて見せなむ

やあ、とばかりに

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やとばかり

桂首相に手を取られる夢を見て目が覚めた

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かつら首相に手とられし夢みてめぬ

秋の夜の二時

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秋の夜の二時

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病のように

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やまひのごと

故郷を思う心が湧く日だ

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思郷しきやうのこころく日なり

目に映る青空の煙がかなしい

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目にあをぞらのけむりかなしも

自分の名をかすかに呼んで

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おのが名をほのかに呼びて

涙した

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涙せし

十四の春に帰る手立てはない

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十四じふしの春にかへるすべなし

青空に消えていく煙

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青空に消えゆく煙

さびしくも消えていく煙

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さびしくも消えゆく煙

私に似ているのか

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われにし似るか

あの旅の汽車の車掌が

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かの旅の汽車の車掌しやしやう

思いがけず

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ゆくりなくも

私の中学の友だった

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我が中学の友なりしかな

ほとばしるポンプの水の

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ほとばしる喞筒ポンプの水の

心地よさよ

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心地ここちよさよ

しばらくは若い心で見る

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しばしは若きこころもて見る

師も友も知らずに責めた

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師も友も知らでめにき

謎に似た

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なぞに似る

私が学業を怠ったわけを

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わが学業のおこたりのもと

教室の窓から逃げて

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教室の窓よりげて

ただ一人

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ただ一人

あの城跡に寝に行ったものだ

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かの城址しろあとに寝に行きしかな

不来方のお城の草に寝ころんで

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不来方こずかたのお城の草に寝ころびて

空に吸われた

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空に吸はれし

十五の心

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十五じふごの心

かなしみと言うなら言ってもいい

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かなしみといはばいふべき

物の味を

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物のあぢ

私が知ったのはあまりに早かった

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我のめしはあまりに早かり

晴れた空を仰ぐといつも

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晴れし空あふげばいつも

口笛を吹きたくなって

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口笛を吹きたくなりて

吹いて遊んだ

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吹きてあそびき

夜寝てからも口笛を吹いた

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夜寝ても口笛吹きぬ

口笛は

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口笛は

十五の私の歌だった

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十五の我の歌にしありけり

よく叱る先生がいた

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よくしかる師ありき

髯が似ているので山羊と名づけて

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ひげの似たるより山羊やぎと名づけて

口真似もした

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口真似もしき

私と一緒に

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われととも

小鳥に石を投げて遊ぶ

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小鳥に石を投げて遊ぶ

後備大尉の子もいたな

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後備大尉こうびたいゐの子もありしかな

城跡の

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城址しろあと

石に腰かけ

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石に腰掛こしか

禁じられた木の実をひとり味わったこと

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禁制のをひとりあぢはひしこと

その後に私を捨てた友も

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そののちに我を捨てし友も

あのころは共に本を読み

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あの頃は共に書読ふみよ

共に遊んだ

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ともに遊びき

学校の書庫の裏の秋の草

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学校の図書庫としよぐらの裏の秋の草

黄色い花が咲いていた

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なる花咲きし

今も名を知らない

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今も名知らず

花が散ると

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花散れば

誰より先に白い服を着て家を出る

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づ人さきに白のふくいへづる

あれは私だったな

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我にてありしか

今は亡き姉の恋人の弟と

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今は亡き姉の恋人のおとうとと

仲よくしていたのを

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なかよくせしを

かなしいと思う

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かなしと思ふ

夏休みが終わってそのまま

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夏休みててそのまま

帰ってこない

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かへり

若い英語の先生もいた

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若き英語の教師もありき

ストライキを思い出しても

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ストライキ思ひでても

今はもう血が躍らない

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今はや吾が血をどらず

ひそかにさびしい

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ひそかにさび

盛岡の中学校の

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盛岡もりをかの中学校の

バルコニーの

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露台バルコン

手すりに、もう一度私を寄りかからせてくれ

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欄干てすり最一度もいちど我をらしめ

神はいると言い張る友を

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神有りと言ひ張る友を

説きふせた

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きふせし

あの道ばたの栗の木の下

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かの路傍みちばたくりもと

西風に

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西風に

内丸大路の桜の葉が

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内丸大路うちまるおほぢの桜の葉

かさこそ散るのを踏んで遊んだ

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かさこそ散るをみてあそびき

昔の愛読の書よ

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そのかみの愛読のしよ

その大半は

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大方おほかた

今は流行らなくなってしまったな

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今は流行はやらずなりにけるかな

石がひとつ

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石ひとつ

坂をころがり下るように

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坂をくだるがごとくにも

私は今日の日にたどり着いた

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我けふの日に到り着きたる

憂いのある少年の眼でうらやんだ

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うれひある少年せうねんの眼にうらやみき

小鳥の飛ぶのを

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小鳥の飛ぶを

飛んでうたうのを

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飛びてうたふを

解剖した

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解剖ふわけせし

みみずのいのちもかなしかった

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蚯蚓みみずのいのちもかなしかり

あの校庭の木の柵の下

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かの校庭の木柵もくさくもと

かぎりない知識欲に燃える眼を

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かぎりなき知識のよくに燃ゆる眼を

姉は心を痛めた

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姉はいたみき

人に恋しているのかと

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人恋ふるかと

蘇峯の本を私に薦めた友は早くに

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蘇峯そほうしよを我にすすめし友早く

学校をやめた

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かう退しりぞきぬ

貧しさのために

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まづしさのため

おどけた手つきがおかしいと

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おどけたる手つきをかしと

私だけはいつも笑った

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我のみはいつも笑ひき

博学な先生を

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博学の師を

自分の才で身をあやまった人のことを

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さいに身をあやまちし人のこと

語り聞かせてくれた

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かたりきかせし

先生もいたな

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師もありしかな

昔の学校一のなまけ者が

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そのかみの学校一のなまけ者

今は真面目に

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今は真面目まじめ

はたらいている

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はたらきて

田舎びた旅の姿を

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田舎ゐなかめく旅の姿を

三日ばかり都にさらして

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三日みかばかり都にさら

帰る友だな

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かへる友かな

茨島の松並木の街道を

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茨島ばらじまの松の並木の街道を

私と行った少女は

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われと行きし少女をとめ

おのれの才を頼みにしていた

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さいをたのみき

眼を病んで黒い眼鏡をかけたころ

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眼を病みて黒き眼鏡めがねをかけし頃

あのころだ

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その頃よ

一人で泣くことを覚えたのは

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一人泣くをおぼえし

私の心は

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わがこころ

今日もひそかに泣こうとする

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けふもひそかに泣かむとす

友はみな自分の道を歩いていった

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友みなおのが道をあゆめり

人より先に恋の甘さと

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さきんじて恋のあまさと

かなしさを知った私だ

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かなしさを知りし我なり

人より先に老いる

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先んじて

興が乗ると

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きようきたれば

友は涙を流し手をふって

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友なみだれ手をりて

酔っぱらいのようになって語った

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酔漢ゑひどれのごとくなりて語りき

人ごみの中を分けて来る

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人ごみの中をわけ

わが友の

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わが友の

昔ながらの太い杖だな

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むかしながらのふとつゑかな

見栄えのいい年賀状を書く人だと

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見よげなる年賀のふみを書く人と

思い過ごしてきた

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おもひ過ぎにき

三年ばかりは

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三年みとせばかりは

夢からさめてふと悲しむ

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夢さめてふっと悲しむ

私の眠りは

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わが眠り

昔のように安らかでないな

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昔のごとく安からぬかな

昔は秀才の名が高かった

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そのむかし秀才しうさいの名の高かりし

友が牢にいる

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らうにあり

秋の風が吹く

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秋のかぜ吹く

近眼で

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近眼ちかめにて

おどけた歌をよんだ

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おどけし歌をよみでし

茂雄の恋もかなしかったのか

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茂雄しげをの恋もかなしかりしか

妻の昔の願いは

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わが妻のむかしの願ひ

音楽のことにあった

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音楽のことにかかりき

今はうたわない

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今はうたはず

友はみなある日四方に散っていった

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友はみな或日あるひ四方しはうに散りきぬ

それから八年

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そののち八年やとせ

名を挙げた者もいない

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げしもなし

私の恋を

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わが恋を

はじめて友に打ち明けた夜のことなど

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はじめて友にうち明けしよるのことなど

思い出す日

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思ひづる日

糸の切れた凧のように

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糸切れし紙鳶たこのごとくに

若い日の心は軽々と

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若き日の心かろくも

飛び去ってしまったな

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とびさりしかな

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ふるさとの訛りがなつかしい

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ふるさとのなまりなつかし

停車場の人ごみの中に

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停車場ていしやばの人ごみの中に

それを聴きに行く

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そをきにゆく

病んだ獣のような

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やまひあるけもののごとき

私の心も

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わがこころ

ふるさとのことを聞けばおとなしい

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ふるさとのこと聞けばおとなし

ふと思う

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ふと思ふ

ふるさとで毎日聴いた雀の鳴く声を

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ふるさとにゐて日毎ひごときしすずめの鳴くを

三年聴いていない

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三年みとせ聴かざり

亡くなった先生が昔

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くなれる師がその昔

くださった

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たまひたる

地理の本など取り出して見る

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地理の本など取りいでて見る

あの昔

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その昔

小学校の柾屋根に私が投げた鞠は

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小学校の柾屋根まさやねに我が投げしまり

どうなっただろう

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いかにかなりけむ

ふるさとの

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ふるさとの

あの道ばたの捨て石よ

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かの路傍みちばたのすて石よ

今年も草に埋もれているだろう

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今年も草にうづもれしらむ

離れていれば妹がいとしい

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わかれをればいもといとしも

赤い鼻緒の

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赤き

下駄が欲しいとわめく子だった

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下駄げたなどしとわめく子なりし

二日前に山の絵を見たが

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二日ふつか前に山の見しが

今朝になって

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今朝けさになりて

にわかに恋しいふるさとの山

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にはかに恋しふるさとの山

飴売りのチャルメラを聴くと

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飴売あめうりのチャルメラけば

なくした

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うしなひし

幼い心を拾えたようだ

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をさなき心ひろへるごとし

このごろは

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このごろは

母も時々ふるさとのことを言い出す

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母も時時ときどきふるさとのことを言ひ

秋になったのだ

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秋にれるなり

それとなく

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それとなく

故郷のことなど語り出して

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郷里くにのことなど語りでて

秋の夜に焼く餅のにおいよ

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秋のに焼くもちのにほひかな

なにかにつけて渋民村が恋しい

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かにかくに渋民村しぶたみむらは恋しかり

思い出の山

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おもひでの山

思い出の川

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おもひでの川

田も畑も売って酒をのみ

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田もはたも売りて酒のみ

滅びていくふるさとの人に

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ほろびゆくふるさとびと

心を寄せる日

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心寄する日

ああ、私が教えた

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あはれかの我の教へし

あの子らもまた

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子等こらもまた

やがてふるさとを捨てて出ていくのだろう

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やがてふるさとをててづるらむ

ふるさとを出てきた者どうしが

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ふるさとをし子等の

めぐり会って

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相会あいあひて

よろこぶことにまさるかなしみはない

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よろこぶにまさるかなしみはなし

石を投げて追われるように

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石をもて追はるるごとく

ふるさとを出たかなしみは

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ふるさとをでしかなしみ

消えるときがない

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消ゆる時なし

やわらかに柳が青む

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やはらかに柳あをめる

北上の岸辺が目に見える

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北上きたかみ岸辺きしべ目に見ゆ

泣けというように

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泣けとごとくに

ふるさとの

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ふるさとの

村医者の妻のつつましい櫛巻きなども

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村医そんいの妻のつつましき櫛巻くしまきなども

なつかしいものだ

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なつかしきかな

あの村の登記所に来て

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かの村の登記所とうきしよに来て

肺を病んで

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はいみて

間もなく死んだ男もいた

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間もなく死にし男もありき

小学校の首席を私と争った

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小学の首席を我とあらそひし

友がいとなむ

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友のいとなむ

木賃宿だな

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木賃宿きちんやどかな

千代治たちも大きくなって恋をし

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千代治等ちよぢらちやうじて恋し

子をもうけた

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子をげぬ

私が旅先でそうしたように

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わが旅にしてなせしごとくに

ある年の盆の祭りに

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ある年のぼんの祭に

着物を貸すから踊れと言った

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きぬさむ踊れと言ひし

あの女を思う

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女を思ふ

のろまな兄と

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うすのろの兄と

体の不自由な父を持つ三太はかなしい

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不具かたはの父もてる三太さんたはかなし

夜も本を読む

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よるふみ

私と一緒に

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我と共に

栗毛の仔馬を走らせた

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栗毛くりげ仔馬こうま走らせし

母のない子の盗み癖だな

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母の無き子の盗癖ぬすみぐせかな

大きな柄の被布の模様の赤い花

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大形おほがた被布ひふの模様の赤き花

今も目に見える

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今も目に見ゆ

六つの日の恋

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六歳むつの日の恋

その名さえ忘れられたころ

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その名さへ忘られし頃

ふらりとふるさとに来て

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飄然へうぜんとふるさとに来て

咳をしていた男

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せきせし男

意地悪な大工の子などもかなしい

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意地悪いぢわる大工だいくの子などもかなしかり

戦に出たが

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いくさでしが

生きて帰らなかった

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生きてかへらず

肺を病む

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肺を病む

道楽者の地主の跡取りの

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極道地主ごくだうぢぬし総領そうりやう

嫁取りの日の春の雷だな

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よめとりの日の春のらいかな

宗次郎に

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宗次郎そうじろ

おかねが泣いて口説いている

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おかねが泣きて口説くど

大根の花の白い夕暮れ

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大根だいこんの花白きゆふぐれ

気の小さい役場の書記が

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小心せうしんの役場の書記の

気が触れたと噂に立った

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気のれしうはさに立てる

ふるさとの秋

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ふるさとの秋

私の従兄は

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わが従兄いとこ

野山の猟に飽きたあと

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野山のかりきしのち

酒をのみ家を売り病んで死んだ

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酒のみいへ売りみて死にしかな

私が行って手を取ると

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我ゆきて手をとれば

泣いてしずまった

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泣きてしづまりき

酔って荒れた、あの昔の友

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ひてあばれしそのかみの友

酒をのむと

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酒のめば

刀を抜いて妻を追う教師もいた

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かたなをぬきて妻を教師けうしもありき

村を追われた

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村をはれき

年ごとに肺を病む者の増えていく

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年ごとに肺病はいびやうやみのえてゆく

村に迎えた

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村に迎へし

若い医者だな

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若き医者かな

ほたる狩り

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ほたるがり

川に行こうという私を

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川にゆかむといふ我を

山道に誘う人だった

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山路やまぢにさそふ人にてありき

じゃがいものうす紫の花に降る

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馬鈴薯ばれいしよのうす紫の花に

雨を思った

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雨を思へり

都の雨に

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みやこの雨に

ああ、私のノスタルジアは

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あはれ我がノスタルジヤは

金のように

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きんのごと

心に照っている、清く絶え間なく

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心に照れり清くしみらに

友として遊ぶ者もない

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友として遊ぶものなき

性根の悪い巡査の子らも

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性悪しやうわるの巡査の子等こら

あわれだった

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あはれなりけり

かっこう鳥が

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閑古鳥かんこどり

鳴く日になると起こるという

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鳴く日となればおこるてふ

友の病はどうなっただろう

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友のやまひのいかになりけむ

私の思うことは

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わが思ふこと

おおかた正しい

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おほかたはただしかり

ふるさとの便りが届いた朝は

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ふるさとのたよりけるあした

今日聞けば

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今日聞けば

あの幸うすい後家さんが

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かのさちうすきやもめびと

汚れた恋に身を入れているという

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きたなき恋に身をるるてふ

私のために

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わがために

悩める魂をしずめよと

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なやめるたまをしづめよと

讃美歌をうたう人がいたな

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讃美歌うたふ人ありしかな

ああ、あの男のような魂よ

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あはれかの男のごときたましひよ

今はどこで

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今は何処いづこ

何を思っているのか

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何を思ふや

わが庭の白いつつじを

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わが庭の白き躑躅つつじ

薄月の夜に

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薄月うすづき

折っていったことを忘れるな

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りゆきしことな忘れそ

わが村に

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わが村に

はじめてイエス・キリストの道を説いた

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初めてイエス・クリストの道をきたる

若い女だな

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若き女かな

霧の深い好摩の原の

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霧ふかき好摩かうまはら

停車場の

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停車場の

朝の虫の声こそ心にしみる

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朝の虫こそすずろなりけれ

汽車の窓

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汽車の窓

はるか北にふるさとの山が見えてくると

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はるかに北にふるさとの山見えれば

思わず襟を正す

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えりただすも

ふるさとの土を踏むと

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ふるさとの土をわが踏めば

なんとなく足が軽くなり

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何がなしに足かろくなり

心は重くなった

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おもれり

ふるさとに入ってまず心が痛む

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ふるさとにりてづ心いたむかな

道は広くなり

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道広くなり

橋も新しい

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橋もあたらし

見も知らぬ女の先生が

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見もしらぬ女教師をんなけうし

あの昔の

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そのかみの

私の学び舎の窓に立っている

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わが学舎まなびやの窓に立てるかな

あの家のあの窓でこそ

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かのいへのかの窓にこそ

春の夜を

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春の

秀子とともに蛙の声を聴いたのだ

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秀子ひでことともにかはづきけれ

あの昔の神童という名の

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そのかみの神童しんどうの名の

かなしさよ

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かなしさよ

ふるさとに来て泣くのはそのこと

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ふるさとに来て泣くはそのこと

ふるさとの停車場への道の

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ふるさとの停車場路ていしやばみち

川ばたの

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川ばたの

胡桃の木の下で小石を拾った

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胡桃くるみの下に小石ひろへり

ふるさとの山に向かって

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ふるさとの山に向ひて

言うことはない

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言ふことなし

ふるさとの山はありがたいものだ

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ふるさとの山はありがたきかな

秋風のこころよさに

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秋風のこころよさに

ふるさとの空が遠いからか

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ふるさとの空とほみかも

高い建物にひとりのぼって

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たかにひとりのぼりて

憂いを抱いて下りる

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うれひてくだ

白く輝いて玉と見まがう小人物も

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かうとして玉をあざむく小人せうじん

秋が来たというので

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あきといふに

物を思っている

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物を思へり

かなしいのは

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かなしきは

秋風だ

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秋風ぞかし

たまにしか湧かなかった涙がしきりに流れる

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まれにのみきし涙のしじに流るる

青く透きとおる

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青に

かなしみの玉を枕にして

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かなしみの玉にまくらして

松の鳴る音を夜どおし聴く

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松のひびきを夜もすがら

神さびた七山の杉を

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びし七山ななやまの杉

火のように染めて日が沈んだ

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火のごとく染めて日りぬ

静かなことだ

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静かなるかな

それを読めば

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そを読めば

憂いを知るという書を焼いた

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うれひ知るといふふみける

昔の人の心がいい

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いにしへびとの心よろしも

何もかもがはかなげに

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ものなべてうらはかなげに

暮れていった

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暮れゆきぬ

悲しみをかき集めたような日は

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とりあつめたる悲しみの日は

水たまりが

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水潦みづたまり

暮れていく空と紅の紐を浮かべた

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暮れゆく空とくれなゐのひもを浮べぬ

秋雨のあと

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秋雨あきさめのち

秋が立つのは水に似ている

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秋立つは水にかも似る

洗われて

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あらはれて

思いがことごとく新しくなる

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思ひことごと新しくなる

憂いを抱いて

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うれひ来て

丘にのぼると

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丘にのぼれば

名も知らぬ鳥がついばんでいる、赤い茨の実を

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名も知らぬ鳥ついばめり赤きばら

秋の辻

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秋のつじ

四すじの道の三すじへと吹いていく風の

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すぢのみちの三すぢへと吹きゆく風の

そのあとは見えない

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あと見えずかも

秋の声がまっさきに耳に入る

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秋の声まづいち早く耳に

そんな性分を持つ

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かかるさが持つ

かなしむべきことだ

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かなしむべかり

見なれた山ではあるが

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目になれし山にはあれど

秋が来ると

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れば

神でも住むのかと畏れて見る

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神や住まむとかしこみて見る

私のなすべきことが世に尽きて

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わがさむこと世にきて

長い一日を

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長き日を

こんなにも物を思うのか

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かくしもあはれ物を思ふか

さらさらと雨が落ちてきて

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さらさらと雨落ちきた

庭の面が濡れていくのを見て

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庭のれゆくを見て

涙を忘れた

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涙わすれぬ

ふるさとの寺の廊下で

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ふるさとの寺の御廊みらう

踏んでしまった

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みにける

小櫛の蝶を夢に見た

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小櫛をぐしてふを夢にみしかな

試しに

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こころみに

幼い日の自分になって

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いとけなき日の我となり

話しかけてみたい人がいればと思う

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物言ひてみむ人あれと思ふ

はたはたと黍の葉が鳴る

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はたはたときびの葉鳴れる

ふるさとの軒端がなつかしい

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ふるさとの軒端のきばなつかし

秋風が吹くと

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秋風吹けば

ふれあう肩のすきまから

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れあへる肩のひまより

ほんの少し見たということまで

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はつかにも見きといふさへ

日記に残っている

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日記にきに残れり

風流な男は今も昔も

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風流男みやびをは今も昔も

淡雪のような

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泡雪あわゆき

白い腕を枕にする夜に老いていくらしい

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玉手たまでさしにしゆらし

ふと忘れてもみたい

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かりそめに忘れても見まし

石だたみが

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石だたみ

春に生える草に埋もれるように

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ふる草にうもるるがごと

あの昔ゆりかごに寝て

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その昔揺籃ゆりかごに寝て

幾度も夢に見た人だろうか

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あまたたび夢にみし人か

切になつかしい

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せちになつかし

神無月

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神無月かみなづき

岩手の山の

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岩手いはての山の

初雪が眉に迫った朝を思った

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初雪のまゆにせまりし朝を思ひぬ

日照り雨がさらさら落ちて

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ひでり雨さらさら落ちて

庭先の

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前栽せんざい

萩が少し乱れたことだ

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はぎのすこしくみだれたるかな

秋の空はがらんとして影もない

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秋の空廓寥くわくれうとして影もなし

あまりにさびしい

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あまりにさびし

烏でも飛べ

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からすなど飛べ

雨あがりの月

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雨後うごの月

ほどよく濡れた屋根瓦の

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ほどよくれし屋根瓦やねがはら

ところどころ光るかなしさ

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そのところどころ光るかなしさ

私が飢えているある日に

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われゑてある日に

細い尾をふって

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細き尾をりて

飢えて私を見る犬の顔がいい

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饑ゑて我を見る犬のつらよし

いつのまにか

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いつしかに

泣くということを忘れた

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泣くといふこと忘れたる

私を泣かせてくれる人はいないか

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我泣かしむる人のあらじか

涙があふれて

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汪然わうぜんとして

ああ、酒のかなしみが私に来た

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ああ酒のかなしみぞ我にきたれる

立って舞おう

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立ちてひなむ

こおろぎが鳴く

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いとど

そのかたわらの石にうずくまり

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そのかたはらの石にきよ

泣き笑いしてひとり物を言う

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泣き笑ひしてひとり物言ふ

力なく病んだころから

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力なくみしころより

口を少し開けて眠るのが

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口すこしきてねむるが

癖になった

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くせとなりにき

人ひとりを得るだけのことを

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人ひとりるに過ぎざる事をもて

大願としていた

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大願たいぐわんとせし

若い日のあやまち

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若きあやまち

すねてみせる

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ずる

そのやわらかな上目づかいを

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そのやはらかき上目うはめをば

いとしいからと、わざと冷たくできるものか

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づとことさらつれなくせむや

これほど熱い涙は

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かくばかりあつき涙は

初恋の日にもあったと

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初恋の日にもありきと

泣く日はもうない

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泣く日またなし

長く長く忘れていた友に

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長く長く忘れし友に

会うような

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会ふごとき

よろこびで水の音を聴く

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よろこびをもて水の音

秋の夜の

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秋の夜の

鋼の色の大空に

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鋼鉄はがねの色の大空に

火を噴く山でもあればなどと思う

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火をく山もあれなど思ふ

岩手山

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岩手山いはてやま

秋はふもとの三方の

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秋はふもとの三方さんぱう

野に満ちる虫の声を何と聴いているだろう

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野に満つる虫をなにと聴くらむ

父のように秋はいかめしい

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父のごと秋はいかめし

母のように秋はなつかしい

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母のごと秋はなつかし

家を持たない子には

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いへ持たぬ

秋が来ると

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れば

恋しく思う心のせわしなさよ

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ふる心のいとまなさよ

夜も寝つけずに雁の声を多く聴く

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もいがてにかり多く聴く

長月も半ばになった

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長月ながつきなかばになりぬ

いつまで

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いつまでか

こんなに幼く、言い出せずにいるのだろう

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かくも幼く打出うちいでずあらむ

思っているとは言わない人が

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思ふてふこと言はぬ人の

送ってきた

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おくり

忘れな草もはっきりと目立っていた

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忘れなぐさもいちじろかりし

秋の雨に反り返りやすい弓のように

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秋の雨に逆反さかぞりやすきゆみのごと

このごろ

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このごろ

君は私に親しんでくれないな

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君のしたしまぬかな

松の風が夜も昼もひびいた

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松の風夜昼よひるひびきぬ

人の訪れない山の祠の

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はぬ山のほこら

石馬の耳に

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石馬いしうまの耳に

ほのかな朽木の香り

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ほのかなる朽木くちきかを

そのなかの茸の香りに

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そがなかのたけの香りに

秋がやや深い

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秋やや深し

時雨が降るような音をたてて

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時雨しぐれ降るごとき音して

木を伝っていった

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木伝こづたひぬ

人によく似た森の猿ども

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人によく似し森のさるども

森の奥

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森の奥

遠いひびきがする

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遠きひびきす

木のうろで臼をひく小人の国にでも来たのか

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のうろにうすひく侏儒しゆじゆの国にかも

世のはじめ

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世のはじめ

まず森があって

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まづ森ありて

半ば神である人がそのなかで火を守っていたのか

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半神はんしんの人そが中に火や守りけむ

はてもなく砂がつづく

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はてもなく砂うちつづく

ゴビの野に住む神は

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戈壁ゴビの野に住みたまふ神は

秋の神だろうか

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秋の神かも

天地に

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あめつちに

私の悲しみと月の光と

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わが悲しみと月光げつくわう

あまねく満ちる秋の夜になった

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あまねき秋のとなれりけり

もの悲しい

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うらがなしき

夜の物音がもれてくるのを

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よるの物のるを

拾うようにさまよい歩いた

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ひろふがごとくさまよひきぬ

旅の子が

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旅の子の

ふるさとに来て眠るように

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ふるさとにて眠るがに

まことに静かに冬が来たことだ

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げに静かにも冬のしかな

忘れがたき人人

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忘れがたき人人

原文を見る

潮の香る北の浜辺の

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しほかをる北の浜辺はまべ

砂山のあのはまなすよ

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砂山のかの浜薔薇はまなす

今年も咲いているか

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今年も咲けるや

頼みにしていた年の若さを数えてみて

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たのみつる年の若さをかぞへみて

指を見つめて

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指を見つめて

旅がいやになった

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旅がいやになりき

三度ほど

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三度みたびほど

汽車の窓からながめた町の名なども

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汽車の窓よりながめたる町の名なども

親しく思える

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したしかりけり

函館の床屋の弟子を

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函館はこだて床屋とこや弟子でし

思い出した

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おもひでぬ

耳を剃らせるのが心地よかった

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らせるがこころよかりし

私のあとを追ってきて

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わがあとを追ひ

知る人もない

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知れる人もなき

辺鄙な土地に住んだ母と妻だな

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辺土へんどに住みし母と妻かな

船に酔ってやさしくなった

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船にひてやさしくなれる

妹の眼が見える

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いもうとの見ゆ

津軽の海を思うと

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津軽つがるの海を思へば

目を閉じて

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目をぢて

傷心の句を口ずさんでいた

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傷心しやうしんの句をしてゐし

友の手紙のおどけが悲しい

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友の手紙のおどけ悲しも

幼いころ

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をさなき時

橋の欄干に糞を塗った

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橋の欄干らんかんくそりし

話も友はかなしんで聞いた

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話も友はかなしみてしき

おそらく生涯妻は迎えまいと

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おそらくは生涯しやうがい妻をむかへじと

笑った友よ

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わらひし友よ

今も妻を持たない

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今もめとらず

ああ、あの

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あはれかの

眼鏡の縁をさびしげに光らせていた

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眼鏡めがねふちをさびしげに光らせてゐし

女の先生よ

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女教師よ

友は私に飯を与えてくれた

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友われにめしを与へき

その友に背いた私の

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その友にそむきし我の

性分のかなしさ

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さがのかなしさ

函館の青柳町こそかなしい

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函館はこだて青柳町あをやぎちやうこそかなしけれ

友の恋の歌

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友の恋歌こひうた

矢車の花

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矢ぐるまの花

ふるさとの

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ふるさとの

麦の香りをなつかしむ

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麦のかをりをなつかしむ

女の眉に心ひかれた

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女のまゆにこころひかれき

新しい洋書の紙の

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あたらしき洋書の紙の

香りをかいで

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をかぎて

ひたすら金が欲しいと思ったものだ

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一途いちづかねしと思ひしが

白波が寄せて騒ぐ

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しらなみの寄せてさわげる

函館の大森浜で

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函館の大森浜おほもりはま

思ったことの数々

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思ひしことども

朝ごとに

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朝な朝な

中国の俗謡をうたい出す

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支那しな俗歌ぞくかをうたひづる

枕時計をいとおしんだかなしみ

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まくら時計をでしかなしみ

漂泊の憂いを書こうとして書けなかった

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漂泊へうはくうれひをじよしてらざりし

草稿の字の

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草稿さうかうの字の

読みにくさよ

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読みがたさかな

幾度も死のうとしては

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いくたびか死なむとしては

死ななかった

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死なざりし

わが来し方がおかしくも悲しい

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わがしかたのをかしく悲し

函館の臥牛山の中腹の

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函館の臥牛ぐわぎうやま半腹はんぷく

碑の漢詩も

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漢詩からうた

半ば忘れてしまった

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なかば忘れぬ

もごもごと

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むやむやと

口の中でありがたそうなことをつぶやく

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口のうちにてたふとげの事をつぶや

物乞いもいた

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乞食こじきもありき

取るに足らぬ男と思えと言うように

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とるに足らぬ男と思へと言ふごとく

山に入っていった

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山にりにき

神のような友

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神のごとき友

巻煙草を口にくわえて

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巻煙草まきたばこ口にくはへて

波の荒い

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なみあらき

磯の夜霧に立っていた女よ

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いその夜霧に立ちし女よ

演習の合間にわざわざ

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演習のひまにわざわざ

汽車に乗って

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汽車に乗りて

訪ねてきた友とのむ酒だな

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し友とのめる酒かな

大川の水面を見るたびに

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大川おほかはの水のおもてを見るごとに

郁雨よ

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郁雨いくう

君のなやみを思う

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君のなやみを思ふ

智慧とその深い慈悲とを

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智慧ちゑとその深き慈悲じひとを

もてあまして

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もちあぐみ

することもなく友は遊んでいる

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すこともなく友は遊べり

志を遂げられない人たちが

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こころざしぬ人人の

集まって酒をのむ場所が

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あつまりて酒のむ場所が

わが家だったな

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我が家なりしかな

かなしむと高く笑った

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かなしめば高く笑ひき

酒で

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酒をもて

悶えを解くという年上の友

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もんすといふ年上の友

若くして

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若くして

数人の子の父となった友は

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数人すにんの父となりし友

子がないように酔えばうたった

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子なきがごとくへばうたひき

さりげない高い笑いが

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さりげなき高き笑ひが

酒とともに

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酒とともに

私のはらわたに沁みたらしい

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我がはらわたみにけらしな

あくびをかみ殺し

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呿呻あくび

夜汽車の窓で別れた

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夜汽車の窓に別れたる

その別れが今は物足りないな

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別れが今は物足ものたらぬかな

雨に濡れた夜汽車の窓に

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雨に濡れし夜汽車の窓に

映った

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うつりたる

山あいの町のともしびの色

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山間やまあひの町のともしびの色

雨の強く降る夜の汽車の

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雨つよく降る夜の汽車の

たえまなく雫の流れる

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たえまなくしづく流るる

窓ガラスだな

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窓硝子まどガラスかな

真夜中の

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真夜中の

倶知安駅で降りていった

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倶知安駅くちあんえきりゆきし

女の鬢の古い傷あと

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女のびんの古ききずあと

札幌に

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札幌さつぽろ

あの秋、私が持っていった

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かの秋われの持てゆきし

そして今も持っているかなしみ

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しかして今も持てるかなしみ

アカシヤの並木にポプラに

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アカシヤの街樾なみきにポプラに

秋の風が

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秋の風

吹くのがかなしいと日記に残っている

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吹くがかなしと日記にきに残れり

しんとして幅の広い街の

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しんとして幅広きまち

秋の夜の

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秋の夜の

とうもろこしの焼けるにおいよ

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玉蜀黍たうもろこしの焼くるにほひよ

宿の姉と妹のいさかいに

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わが宿の姉といもとのいさかひに

宵が過ぎていった

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初夜しよや過ぎゆきし

札幌の雨

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札幌の雨

石狩の美国という停車場の

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石狩いしかり美国びくにといへる停車場の

柵に干してあった

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さくしてありし

赤い布きれだな

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赤き布片きれかな

かなしいのは小樽の町よ

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かなしきは小樽をたるの町よ

歌うことのない人たちの

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歌ふことなき人人の

声の荒さよ

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声の荒さよ

泣くように首をふるわせて

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泣くがごと首ふるはせて

手相を見せよと言った

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手のさうを見せよといひし

易者もいた

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易者えきしやもありき

わずかな銭を借りていった

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いささかのぜにりてゆきし

わが友の

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わが友の

後ろ姿の肩の雪だな

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後姿うしろすがたかたの雪かな

世渡りの下手なことを

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世わたりのつたなきことを

ひそかに

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ひそかにも

誇りとしていた私ではないか

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ほこりとしたる我にやはあらぬ

おまえの痩せた体はすべて

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せしからだはすべて

謀反気のかたまりだと

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謀叛気むほんぎのかたまりなりと

言われたことがある

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いはれてしこと

あの年のあの新聞の

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かの年のかの新聞の

初雪の記事を書いたのは

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初雪の記事を書きしは

私だったな

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我なりしかな

椅子で私を打とうと身構えた

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椅子いすをもて我をたむと身構みがまへし

あの友の酔いも

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かの友のひも

今はさめただろう

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今はめつらむ

負けたのも私だった

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負けたるも我にてありき

争いのもとも私だったと

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あらそひのもとも我なりしと

今は思う

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今は思へり

殴るぞと言うのに

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なぐらむといふに

殴れとつめ寄った

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殴れとつめよせし

昔の自分がいとしいな

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昔の我のいとほしきかな

おまえは三度

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なれ三度みたび

この喉に剣を突きつけたと

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この咽喉のどけんしたりと

彼は別れの言葉に言った

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かれ告別こくべつに言へりけり

争って

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あらそひて

ひどく憎んで別れた

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いたくにくみて別れたる

友をなつかしく思う日も来た

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友をなつかしく思ふ日も

ああ、あの眉の秀でた少年よ

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あはれかのまゆひいでし少年よ

弟と呼ぶと

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弟と呼べば

かすかに笑ったが

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はつかにみしが

妻に着物を縫わせた友がいた

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わが妻に着物はせし友ありし

冬の早く来る

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冬早く

植民地だな

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植民地かな

手のひらで

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平手ひらてもて

吹雪に濡れた顔をぬぐう

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吹雪ふぶきにぬれし顔を

友は共産を主義としていた

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友共産を主義とせりけり

酒をのむと鬼のように青ざめた

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酒のめばおにのごとくに青かりし

大きな顔よ

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大いなる顔よ

かなしい顔よ

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かなしき顔よ

樺太に渡って

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樺太からふとりて

新しい宗教を興そうという

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新しき宗教をはじめむといふ

友だったな

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友なりしかな

おさまった世の何事もなさに

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をさまれる世の事無ことなさに

飽きたと言っていたころこそ

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きたりといひし頃こそ

かなしかった

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かなしかりけれ

共同の薬屋を開いて

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共同の薬屋開き

儲けようという友だった

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まうけむといふ友なりき

詐欺をしたという

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詐欺さぎせしといふ

青白い頬に涙を光らせて

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あをじろきほほに涙を光らせて

死を語った

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死をば語りき

若い商人

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若き商人あきびと

子を背負って

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子をひて

雪の吹き込む停車場で

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雪の吹きる停車場に

私を見送った妻の眉だな

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われ見送りし妻のまゆかな

敵として憎んだ友と

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敵として憎みし友と

やや長く手を握った

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やや長く手をばにぎりき

別れだというので

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わかれといふに

動き出す汽車の窓から

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ゆるぎづる汽車の窓より

人より先に顔を引っこめたのも

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ひとさきに顔を引きしも

負けまいがため

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けざらむため

みぞれの降る

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みぞれ降る

石狩の野の汽車で読んだ

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石狩いしかりの野の汽車に読みし

ツルゲーネフの物語だな

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ツルゲエネフの物語かな

自分が去ったあとの噂を

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わが去れるのちうはさ

思いやる旅立ちはかなしい

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おもひやる旅出たびではかなし

死にに行くように

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死ににゆくごと

別れてきてふと瞬くと

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わかれてふとまたたけば

思いがけず

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ゆくりなく

つめたいものが頬をつたった

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つめたきものの頬をつたへり

忘れてきた煙草を思う

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忘れ煙草たばこを思ふ

行けども行けども

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ゆけどゆけど

山はなお遠い雪の野の汽車

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山なほ遠き雪の野の汽車

うす紅く雪に流れて

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うすあかく雪に流れて

入り日の光が

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入日影いりひかげ

荒野の汽車の窓を照らした

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曠野あらのの汽車の窓をてらせり

腹が少し痛み出したのを

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腹すこしいたでしを

こらえながら

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しのびつつ

長旅の汽車でのむ煙草だな

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長路ちやうろの汽車にのむ煙草たばこかな

乗り合わせた砲兵士官の

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乗合のりあひ砲兵士官はうへいしくわん

剣の鞘が

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剣のさや

がちゃりと鳴って物思いが破れた

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がちゃりと鳴るに思ひやぶれき

名前だけ知って縁もゆかりもない土地の

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名のみ知りてえんもゆかりもなき土地の

宿屋は気安い

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宿屋やどや安けし

わが家のように

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我がいへのごと

道連れだったあの代議士の

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つれなりしかの代議士の

口を開けた青い寝顔を

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口あける青き寐顔ねがほ

かなしいと思った

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かなしと思ひき

今夜こそ思う存分泣いてみようと

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今夜こそ思ふ存分ぞんぶん泣いてみむと

泊まった宿屋の

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とまりし宿屋の

茶のぬるさよ

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茶のぬるさかな

水蒸気が

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水蒸気

列車の窓に花のように凍りついたのを染める

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列車の窓に花のごとてしをむる

あかつきの色

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あかつきの色

ごおと鳴る木枯らしのあと

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ごおと鳴るこがらしのあと

乾いた雪が舞い立って

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かわきたる雪舞ひ立ちて

林を包んだ

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林をつつめり

空知川は雪に埋もれて

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空知川そらちがは雪にうもれて

鳥も見えず

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鳥も見えず

岸辺の林に人がひとりいた

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岸辺きしべの林に人ひとりゐき

寂しさを敵とし友として

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寂莫せきばくを敵とし友とし

雪のなかで

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雪のなかに

長い一生を送る人もある

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長き一生を送る人もあり

ひどく汽車に疲れて、それでもなお

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いたく汽車に疲れてなほ

切れ切れに思うのは

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きれぎれに思ふは

自分のいとしさだった

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我のいとしさなりき

うたうように駅の名を呼んだ

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うたふごと駅の名呼びし

柔和な

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柔和にうわなる

若い駅員の眼も忘れない

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若き駅夫えきふの眼をも忘れず

雪のなか

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雪のなか

ところどころに屋根が見えて

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処処しよしよに屋根見えて

煙突の煙がうすく空にまよっている

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煙突えんとつけむりうすくも空にまよへり

遠くから

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遠くより

汽笛を長々とひびかせて

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ふえながながとひびかせて

汽車は今ある森林に入る

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汽車今とある森林に

何ひとつ思うこともなく

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何事も思ふことなく

一日じゅう

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日一日ひいちにち

汽車のひびきに心をまかせた

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汽車のひびきに心まかせぬ

最果ての駅に降り立ち

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さいはての駅にり立ち

雪あかりの

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雪あかり

さびしい町に歩み入った

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さびしき町にあゆみりにき

しらしらと氷が輝き

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しらしらと氷かがやき

千鳥が鳴く

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千鳥なく

釧路の海の冬の月だな

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釧路くしろの海の冬の月かな

凍ったインクの瓶を

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こほりたるインクのびん

火にかざし

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火にかざ

涙が流れた灯りの下

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涙ながれぬともしびのもと

顔と声

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顔とこゑ

それだけが昔と変わらない友にも会った

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それのみ昔に変らざる友にも会ひき

国の果てで

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国のはてにて

ああ、あの国の果てで

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あはれかの国のはてにて

酒をのんだ

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酒のみき

かなしみの澱をすするように

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かなしみのをりすするごとくに

酒をのめば悲しみが一時に湧いてくるが

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酒のめば悲しみ一時にるを

寝て夢を見ないのを

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て夢みぬを

うれしいとした

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うれしとはせし

だしぬけの女の笑いが

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しぬけの女の笑ひ

身に沁みた

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身にみき

台所で酒の凍る真夜中

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くりやに酒のこほる真夜中

私の酔いに心を痛めて

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わがひに心いためて

うたわない女がいたが

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うたはざる女ありしが

どうしているだろう

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いかになれるや

小奴といった女の

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小奴こやつこといひし女の

やわらかい

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やはらかき

耳たぶなども忘れがたい

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耳朶みみたぼなども忘れがたかり

寄りそって

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よりそひて

深夜の雪の中に立つ

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深夜しんやの雪の中に立つ

女の右手のあたたかさよ

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女の右手めてのあたたかさかな

死にたくはないかと言うと

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死にたくはないかと言へば

これを見よと

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これ見よと

喉の傷を見せた女だな

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咽喉のんどきずを見せし女かな

芸事も顔も

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芸事げいごとも顔も

彼女より優れた

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かれよりすぐれたる

女が私を悪しざまに言ったとか

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女あしざまに我を言へりとか

舞えと言えば立って舞った

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へといへば立ちて舞ひにき

ひとりでに

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おのづから

悪い酒の酔いに倒れるまでも

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悪酒あくしゆひにたふるるまでも

死ぬほど私が酔うのを待って

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死ぬばかり我がふをまちて

いろいろの

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いろいろの

かなしいことをささやいた人

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かなしきことをささやきし人

どうしたのかと言うと

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いかにせしと言へば

青白い酔いざめの

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あをじろきひざめの

顔に無理に笑みをつくった

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おもてひてみをつくりき

かなしいのは

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かなしきは

あの白玉のような腕に残した

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かの白玉しらたまのごとくなる腕に残せし

口づけの痕だな

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キスのあとかな

酔ってうつむくときも

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ひてわがうつむく時も

水が欲しいと目を開くときも

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水ほしとひらく時も

呼んだ名前だった

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呼びし名なりけり

火を慕う虫のように

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火をしたふ虫のごとくに

灯りの明るい家に

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ともしびの明るきいへ

通いなれた

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かよひれにき

寒さのなか踏めばきしきしと板が鳴る

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きしきしと寒さに踏めばいたきし

帰りの廊下の

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かへりの廊下の

不意の口づけ

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不意のくちづけ

その膝を枕にしながらも

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そのひざまくらしつつも

私の心が

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我がこころ

思っていたのはみな自分のことだ

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思ひしはみな我のことなり

さらさらと氷のかけらが

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さらさらと氷のくづ

波に鳴る

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波に鳴る

磯の月夜の行き帰りだな

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磯の月夜のゆきかへりかな

死んだとかこのごろ聞いた

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死にしとかこのごろ聞きぬ

恋敵は

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恋がたき

才の有り余る男だったが

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さいあまりある男なりしが

十年前に作ったという漢詩を

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十年ととせまへに作りしといふ漢詩からうた

酔えば口ずさんだ

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へばとなへき

旅に老いた友

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旅にいし友

吸うたびに

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吸ふごとに

鼻がぴたりと凍りつく

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鼻がぴたりとこほりつく

そんな寒い空気を吸いたくなった

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寒き空気を吸ひたくなりぬ

波もない二月の湾に

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波もなき二月のわん

白塗りの

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白塗しろぬり

外国船が低く浮かんでいる

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外国船が低く浮かべり

三味線の絃が切れたのを

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三味線さみせんいとのきれしを

火事のように騒ぐ子がいた

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火事のごと騒ぐ子ありき

大雪の夜に

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大雪の

神のように

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神のごと

遠く姿をあらわした

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遠く姿をあらはせる

阿寒の山の雪のあけぼの

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阿寒あかんの山の雪のあけぼの

故郷にいたころ

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郷里くににゐて

身投げをしたことがあるという

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身投げせしことありといふ

女の三味線でうたった夕べ

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女の三味さみにうたへるゆふべ

えび色の

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葡萄色えびいろ

古い手帳に残っている

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古き手帳にのこりたる

あの逢い引きの時と場所だな

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かの会合あひびきの時とところかな

汚れた足袋をはくときの

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よごれたる足袋たび穿く時の

気味の悪い思いに似た

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気味きみわるき思ひに似たる

思い出もある

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思出おもひでもあり

私の部屋で女が泣いたのを

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わがへやに女泣きしを

小説のなかの出来事かと

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小説のなかの事かと

思い出す日

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おもひづる日

浪淘沙を

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浪淘沙らうたうさ

長く声をふるわせて

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ながくも声をふるはせて

うたうような旅だったな

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うたふがごとき旅なりしかな

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いつのことだったか

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いつなりけむ

夢にふと聴いてうれしかった

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夢にふときてうれしかりし

その声も、ああ、長く聴いていない

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その声もあはれ長く聴かざり

頬の寒い

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の寒き

流浪の旅の人として

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流離りうりの旅の人として

道をたずねるほどのことを言っただけ

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みちふほどのこと言ひしのみ

さりげなく言った言葉は

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さりげなく言ひし言葉は

さりげなく君も聴いただろう

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さりげなく君も聴きつらむ

それだけのこと

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それだけのこと

ひややかに清らかな大理石に

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ひややかに清き大理石なめいし

春の日が静かに照るのは

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春の日の静かに照るは

こんな思いだろうか

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かかる思ひならむ

世の中の明るさばかりを吸うような

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世の中の明るさのみを吸ふごとき

黒い瞳が

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黒きひとみ

今も目にある

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今も目にあり

あのとき言いそびれた

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かの時に言ひそびれたる

大切な言葉は今も

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大切の言葉は今も

胸に残っているが

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胸にのこれど

真白なランプの笠の

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真白ましろなるラムプのかさ

傷のように

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きずのごと

流浪の記憶は消しがたいな

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流離の記憶消しがたきかな

函館のあの焼け跡を去った夜の

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函館はこだてのかの焼跡やけあとを去りし

心残りを

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こころ残りを

今も残している

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今も残しつ

人が言う

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人がいふ

鬢のほつれの美しさを

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びんのほつれのめでたさを

物を書くときの君に見た

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物書く時の君に見たりし

じゃがいもの花の咲くころに

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馬鈴薯ばれいしよの花咲く頃と

なった

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なれりけり

君もこの花を好んでいるだろうか

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君もこの花を好きたまふらむ

山の子が

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山の子の

山を思うように

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山を思ふがごとくにも

かなしいときは君を思う

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かなしき時は君を思へり

忘れていると

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忘れをれば

ふとしたことがまた思い出の種になる

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ひょっとした事が思ひ出のたねにまたなる

忘れきれないな

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忘れかねつも

病むと聞き

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むと聞き

癒えたと聞いて

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えしと聞きて

四百里のこちら側で私は上の空だった

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四百里しひやくりのこなたに我はうつつなかりし

君に似た姿を街で見るときの

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君に似し姿をまちに見る時の

胸の高鳴りを

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こころをどりを

あわれと思え

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あはれと思へ

あの声をもう一度聴いたら

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かの声を最一度もいちどかば

すっきりと

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すっきりと

胸が晴れるだろうと今朝も思う

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胸やれむと今朝けさも思へる

いそがしい暮らしのなかの

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いそがしき生活くらしのなかの

時おりのこの物思いは

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時折ときおりのこの物おもひ

誰のためだろう

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たれのためぞも

しみじみと

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しみじみと

語り合う友がいてほしい

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物うち語る友もあれ

君のことなど語り出そう

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君のことなど語りでなむ

死ぬまでに一度会おうと

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死ぬまでに一度会はむと

言ってやったら

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言ひやらば

君もかすかにうなずくだろうか

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君もかすかにうなづくらむか

時として

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時として

君を思うと

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君を思へば

安らかだった心が急に騒ぐかなしさ

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安かりし心にはかに騒ぐかなしさ

別れて年を重ねて

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わかれとしを重ねて

年ごとに恋しくなる

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としごとに恋しくなれる

君であることよ

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君にしあるかな

石狩の都のはずれの

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石狩いしかりみやこの外の

君の家

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君が家

林檎の花はもう散っただろうか

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林檎りんごの花の散りてやあらむ

長い手紙が

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長きふみ

三年のうちに三度来た

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三年みとせのうちに三度みたび

私が書いたのは四度だろうか

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我の書きしは四度よたびにかあらむ

手套を脱ぐ時

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手套を脱ぐ時

手袋を脱ぐ手がふと止まる

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手套てぶくろぐ手ふと

何だろう

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何やらむ

心をかすめた思い出がある

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こころかすめし思ひ出のあり

いつのまにか

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いつしかに

情をいつわることを覚えた

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じやうをいつはること知りぬ

髭を生やしたのもそのころだろう

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ひげを立てしもその頃なりけむ

朝の湯の

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朝の湯の

湯船のふちにうなじを載せ

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湯槽ゆぶねのふちにうなじ

ゆるく息をする物思いだな

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ゆるくいきする物思ひかな

夏が来ると

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れば

うがい薬が

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うがひ薬の

悪い歯に沁みる朝がうれしかった

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やまひある歯にむ朝のうれしかりけり

つくづくと手をながめながら

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つくづくと手をながめつつ

思い出した

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おもひでぬ

口づけの上手な女だったが

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キスが上手じやうずの女なりしが

さびしいのは

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さびしきは

色になじまない目のせいだと

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色にしたしまぬ目のゆゑと

赤い花など買わせたことだな

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赤き花など買はせけるかな

新しい本を買ってきて読む夜ふけの

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新しき本を買ひ来て読む夜半よは

その楽しさも

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そのたのしさも

長く忘れない

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長くわすれぬ

旅七日

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たび七日なのか

帰ってくると

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かへりぬれば

私の窓の赤いインクの染みもなつかしい

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わが窓の赤きインクのみもなつかし

古文書のなかに見つけた

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古文書こもんじよのなかに見いでし

汚れた

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よごれたる

吸い取り紙をなつかしむな

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吸取紙すひとりがみをなつかしむかな

手にためた雪の融けるのが

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手にためし雪のくるが

心地よく

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ここちよく

寝飽きた心には沁みる

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わが寐飽ねあきたる心には

薄れていく障子の日ざし

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薄れゆく障子しやうじ日影ひかげ

それを見ながら

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そを見つつ

心はいつしか暗くなっていく

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こころいつしか暗くなりゆく

ひやひやと

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ひやひやと

夜は薬の香りがにおう

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夜は薬ののにほふ

医者が住んでいたあとの家だな

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医者が住みたるあとのいへかな

窓ガラス

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窓硝子まどガラス

塵と雨とに曇った窓ガラスにも

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ちりと雨とにくもりたる窓硝子にも

かなしみはある

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かなしみはあり

六年ほど毎日毎日かぶった

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六年むとせほど日毎日毎ひごとひごとにかぶりたる

古い帽子も

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古き帽子も

捨てられないな

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てられぬかな

心地よく

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こころよく

春の眠りをむさぼる

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春のねむりをむさぼれる

目にやわらかい庭の草だな

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目にやはらかき庭の草かな

赤煉瓦の遠くつづく高い塀が

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赤煉瓦あかれんぐわ遠くつづける高塀たかべい

紫に見えて

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むらさきに見えて

春の日は長い

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春の日ながし

春の雪が

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春の雪

銀座の裏の三階の煉瓦造りに

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銀座の裏の三階の煉瓦づくり

やわらかく降る

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やはらかに降る

汚れた煉瓦の壁に

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よごれたる煉瓦の壁に

降りては融け、降りては融ける

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降りてけ降りては融くる

春の雪だな

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春の雪かな

目を病んだ

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目をめる

若い女が寄りかかる

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若き女のりかかる

窓にしめやかに春の雨が降る

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窓にしめやかに春の雨降る

新しい木の香りなどが

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あたらしき木のかをりなど

ただよう

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ただよへる

新開町の春の静けさ

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新開町しんかいまちの春の静けさ

春の街

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春のまち

見栄えよく書かれた女の名の

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見よげに書ける女名をんなな

表札などを読み歩くな

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門札かどふだなどを読みありくかな

どこということもなく

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そことなく

みかんの皮の焼けるようなにおいが残って

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蜜柑みかんの皮の焼くるごときにほひ残りて

夕方になった

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ゆふべとなりぬ

にぎやかな若い女の集まりの

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にぎはしき若き女の集会あつまり

声を聴き飽きて

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こゑみて

さびしくなった

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さびしくなりたり

どこかで

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何処どこやらに

若い女が死ぬような悩ましさがある

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若き女の死ぬごときなやましさあり

春のみぞれが降る

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春のみぞれ降る

コニャックの酔いのあとの

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コニャックのひのあとなる

やわらかい

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やはらかき

このかなしみのそぞろなことよ

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このかなしみのすずろなるかな

白い皿を

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白きさら

拭いては棚に重ねている

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きてはたなかさねゐる

酒場の隅のかなしい女

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酒場のすみのかなしき女

乾いた冬の大通りの

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乾きたる冬の大路おほぢ

どこかに

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何処いづくやらむ

石炭酸のにおいがひそんでいる

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石炭酸せきたんさんのにほひひそめり

赤々と夕日の映る

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赤赤あかあか入日いりひうつれる

川ばたの酒場の窓の

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河ばたの酒場の窓の

白い顔だな

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白き顔かな

新しいサラダの皿の

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新しきサラドのさら

酢の香りが

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のかをり

心に沁みてかなしい夕暮れ

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こころにみてかなしきゆふべ

空色の瓶から

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空色そらいろびんより

山羊の乳をつぐ

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山羊やぎの乳をつぐ

手のふるえなどがいとしい

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手のふるひなどいとしかりけり

姿見が

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すがた見の

息の曇りに消された

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いきのくもりに消されたる

酔いにうるんだ瞳のかなしさ

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ひうるみのまみのかなしさ

ひとしきり静かになった

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ひとしきり静かになれる

夕暮れの

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ゆふぐれの

台所に残るハムのにおいだな

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くりやにのこるハムのにほひかな

ひややかに瓶の並ぶ棚の前

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ひややかにびんのならべるたなの前

楊枝で歯をせせる女を

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せせる女を

かなしいとも見た

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かなしとも見き

やや長い口づけを交わして別れてきた

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やや長きキスをかはして別れ

深夜の街の

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深夜の街の

遠い火事だな

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遠き火事かな

病院の窓の夕暮れの

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病院の窓のゆふべの

ほの白い顔にあった

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ほのじろき顔にありたる

淡い見覚え

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あは見覚みおぼ

いつのことだったか

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何時いつなりしか

あの大川の遊覧船で

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かの大川おほかは遊船いうせん

舞った女を思い出した

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ひし女をおもひにけり

用もない手紙などを長く書きさして

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用もなきふみなど長く書きさして

ふと人が恋しくなり

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ふと人こひし

街に出てゆく

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街にてゆく

湿った煙草を吸うと

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しめらへる煙草たばこを吸へば

おおよそ

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おほよその

私の思うことも軽く湿るのだった

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わが思ふこともかろくしめれり

鋭くも

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するどくも

夏が来たのを感じながら

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夏のきたるを感じつつ

雨上がりの小庭の土のにおいを嗅ぐ

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雨後うご小庭こにはの土の

涼しげに飾り立てられた

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すずしげにかざり立てたる

ガラス屋の前で眺めた

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硝子屋ガラスやの前にながめし

夏の夜の月

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夏の夜の月

君が来るというので早く起き

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君来るといふにく起き

白シャツの

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白シャツの

袖の汚れを気にする日だな

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そでのよごれを気にする日かな

落ち着かない我が弟の

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おちつかぬ我が弟の

このごろの

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このごろの

目の潤みなどが悲しかった

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眼のうるみなどかなしかりけり

どこかで杭を打つ音がして

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どこやらにくひ打つ音し

大きな桶を転がす音がして

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大桶おほをけをころがす音し

雪が降り出した

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雪ふりいでぬ

人気のない夜の事務室に

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人気ひとけなきの事務室に

けたたましく

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けたたましく

電話の鈴が鳴って止んだ

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電話のりんの鳴りて止みたり

目を覚まして

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目さまして

しばらくして耳に入ってきた

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ややありて耳にきた

真夜中すぎの話し声だな

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真夜中すぎの話声かな

見ていると時計が止まった

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見てをれば時計とまれり

吸われるように

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吸はるるごと

心はまたもさびしさへと向かう

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心はまたもさびしさに

朝ごとの

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朝朝あさあさ

うがい用の水薬の

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うがひのしろ水薬すゐやく

瓶が冷たい秋になった

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びんがつめたき秋となりにけり

なだらかに麦が青む

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なだらかに麦の青める

丘のふもとの

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丘の根の

小道で赤い小櫛を拾った

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小径こみちに赤き小櫛をぐしひろへり

裏山の杉林のなかに

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裏山の杉生すぎふのなかに

まだらな日差しが差し込む

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まだらなる日影ひかげ

秋の昼過ぎ

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秋のひるすぎ

港町

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港町

とろろと鳴いて輪を描く鳶をおさえつける

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とろろと鳴きて輪を描くとびあつせる

潮曇りだな

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しほぐもりかな

小春日の曇りガラスに映った

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小春日こはるび曇硝子くもりガラスにうつりたる

鳥の影を見て

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鳥影とりかげを見て

なんとなく思う

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すずろに思ふ

並んで泳ぐような

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ひとならび泳げるごとき

家々の高い低いの軒に

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家家いへいへ高低たかひくのき

冬の日が舞う

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冬の日の舞ふ

京橋の滝山町の

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京橋の滝山町たきやまちやう

新聞社

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新聞社

灯がともる頃の忙しさだな

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ともる頃のいそがしさかな

よく怒る人だった我が父が

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よくいかる人にてありしわが父の

近頃は怒らず

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日ごろいからず

怒れと思う

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怒れと思ふ

朝風が電車のなかに吹き入れた

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あさ風が電車のなかに吹きれし

柳のひと葉を

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やなぎのひと葉

手にとって見る

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手にとりて見る

わけもなく海が見たくて

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ゆゑもなく海が見たくて

海に来た

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海に来ぬ

心が痛んで耐えがたい日に

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こころいたみてたへがたき日に

平らな海に疲れて

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たひらなる海につかれて

そむけた

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そむけたる

目をかき乱す赤い帯だな

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目をかきみだす赤きおびかな

今日出会った町の女たちの

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今日ひし町の女の

どれもどれも

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どれもどれも

恋にやぶれて帰るような日

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恋にやぶれて帰るごとき日

汽車の旅

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汽車の旅

とある野中の停車場の

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とある野中のなかの停車場の

夏草の香りが懐かしかった

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夏草ののなつかしかりき

朝まだき

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朝まだき

やっと間に合った初秋の旅立ちの汽車の

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やっとひし初秋はつあき旅出たびでの汽車の

堅いパンだな

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かた麺麭ぱんかな

あの旅の夜汽車の窓に

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かの旅の夜汽車の窓に

思っていた

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おもひたる

我が行く末が悲しかったな

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我がゆくすゑのかなしかりしかな

ふと見ると

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ふと見れば

とある林の停車場の時計が止まっていた

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とある林の停車場の時計とまれり

雨の夜の汽車

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雨のの汽車

別れてきて

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わかれ

灯の薄暗い夜の汽車の窓でもてあそぶ

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燈火あかり小暗をぐらき夜の汽車の窓にもてあそ

青いりんごよ

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青き林檎りんご

いつも来る

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いつも

この酒場の悲しさよ

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この酒肆さかみせのかなしさよ

夕日が赤々と酒に射し込む

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ゆふ日赤赤あかあかと酒に

白い蓮沼に咲くように

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白き蓮沼はすぬまに咲くごとく

かなしみが

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かなしみが

酔いの間にはっきりと浮かぶ

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ひのあひだにはっきりと浮く

壁越しに

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かべごしに

若い女の泣くのを聞く

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若き女の泣くをきく

旅の宿の秋の蚊帳だな

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旅の宿屋の秋の蚊帳かやかな

取り出した去年の袷の

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取りいでし去年こぞあはせ

懐かしいにおいが身に沁みる

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なつかしきにほひ身に

初秋の朝

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初秋はつあきの朝

気にしていた左の膝の痛みなども

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気にしたる左のひざの痛みなど

いつのまにか治って

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いつかなほりて

秋の風が吹く

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秋の風吹く

売りに売って

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売り売りて

手垢で汚れたドイツ語の辞書だけが残る

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手垢てあかきたなきドイツ語の辞書のみ残る

夏の終わりだな

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夏の末かな

わけもなく憎んでいた友と

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ゆゑもなくにくみし友と

いつのまにか親しくなって

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いつしかに親しくなりて

秋が暮れてゆく

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秋の暮れゆく

赤い紙の表紙が擦り切れた

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赤紙あかがみの表紙手擦てずれし

発禁の

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国禁こくきん

本を行李の底に探す日

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ふみ行李かうりの底にさがす日

売ることを差し止められた

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売ることを差しめられし

本の著者に

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本の著者に

道で出会った秋の朝だな

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みちにて会へる秋の朝かな

今日からは

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今日よりは

私も酒などをあおろうと思った日から

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我も酒などあふらむと思へる日より

秋の風が吹く

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秋の風吹く

大海の

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大海だいかい

その片隅に連なる島々の上に

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その片隅かたすみにつらなれる島島しまじまの上に

秋の風が吹く

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秋の風吹く

潤んだ目と

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うるみたる目と

目の下のほくろだけが

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目の下の黒子ほくろのみ

いつも目につく友の妻だな

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いつも目につく友の妻かな

いつ見ても

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いつ見ても

毛糸の玉を転がして

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毛糸の玉をころがして

靴下を編む女だったが

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くつしたむ女なりしが

えび色の

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葡萄色えびいろ

長椅子の上で眠る猫がほの白い

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長椅子ながいすの上に眠りたる猫ほのじろ

秋の夕暮れ

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秋のゆふぐれ

細々と

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ほそぼそと

そこらここらに虫が鳴く

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其処そこ此処ここらに虫の鳴く

昼の野に来て読む手紙だな

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昼の野に来て読む手紙かな

夜遅く戸を開けていると

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よるおそく戸をりをれば

白いものが庭を走った

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白きもの庭を走れり

犬だろうか

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犬にやあらむ

夜二時の窓のガラスを

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夜の二時の窓の硝子ガラス

薄紅く

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うすあか

染めて音のない火事の色だな

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染めて音なき火事の色かな

あわれな恋だなと

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あはれなる恋かなと

ひとりつぶやいて

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ひとりつぶやきて

夜中の火鉢に炭を足した

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夜半よは火桶ひをけすみへにけり

真っ白なランプの笠に

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真白ましろなるラムプのかさ

手をあてて

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手をあてて

寒い夜にする物思いだな

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寒き夜にする物思ひかな

水のように

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水のごと

体をひたすかなしみに

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身体からだをひたすかなしみに

ねぎの香りなどが混じる夕方

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ねぎなどのまじれるゆふべ

時おり

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時ありて

猫のまねなどをして笑う

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猫のまねなどして笑ふ

三十代の友のひとり暮らしだな

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三十路みそぢの友のひとりみかな

気弱な斥候のように

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気弱きよわなる斥候せきこうのごとく

恐れながら

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おそれつつ

深夜の街をひとり散歩する

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深夜の街を一人散歩す

皮膚がすべて耳になっていた

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皮膚ひふがみな耳にてありき

しんとして眠る街の

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しんとして眠れるまち

重い靴音

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重き靴音

夜遅く停車場に入り

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よるおそく停車場に

立ったり座ったりして

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立ちすわ

やがて出ていった帽子のない男

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やがてでゆきぬばうなき男

気がつくと

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気がつけば

しっとりと夜霧が下りていた

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しっとりと夜霧りて

長くも街をさまよったものだな

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ながくも街をさまよへるかな

もしあれば煙草をくれと

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しあらば煙草たばこめぐめと

近寄ってくる

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寄りて

身寄りのない人と深夜に語る

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あとなしびとと深夜に語る

荒野から帰るように

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曠野あらのより帰るごとくに

帰ってきた

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帰り

東京の夜をひとり歩いて

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東京のをひとりあゆみて

銀行の窓の下の

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銀行の窓の下なる

敷石の霜にこぼれた

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舗石しきいししもにこぼれし

青インクだな

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青インクかな

ちょんちょんと

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ちょんちょんと

とある小藪でホオジロが遊ぶのを眺める

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とある小藪こやぶ頬白ほほじろの遊ぶを眺む

雪の野の道

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雪のみち

十月の朝の空気のなかで

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十月の朝の空気に

新しく

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あたらしく

息を吸いはじめた赤ん坊がいる

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ひそめし赤坊あかんぼのあり

十月の産院の

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十月の産病院の

湿った

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しめりたる

長い廊下を行き来することだな

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長き廊下のゆきかへりかな

紫の袖を垂れて

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むらさきのそでれて

空を見上げている中国人がいた

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空を見上げゐる支那しな人ありき

公園の午後

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公園の午後

幼子の手ざわりのような

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孩児をさなごの手ざはりのごとき

思いがある

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思ひあり

公園に来てひとり歩けば

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公園に来てひとりあゆめば

久しぶりに公園に来て

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ひさしぶりに公園に来て

友に会い

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友に会ひ

固く手を握り、早口に語る

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かたく手握り口疾くちどに語る

公園の木々の間に

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公園の

小鳥が遊ぶのを

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小鳥あそべるを

眺めてしばらく休んだものだな

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ながめてしばしいこひけるかな

晴れた日の公園に来て

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晴れし日の公園に来て

歩きながら

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あゆみつつ

私はこのごろの衰えを知る

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わがこのごろのおとろへを知る

思い出のあのキスかとも

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思出のかのキスかとも

驚いた

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おどろきぬ

プラタナスの葉が散って触れたのを

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プラタヌの葉の散りてれしを

公園の隅のベンチに

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公園のすみのベンチに

二度ほど見かけた男を

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二度ばかり見かけし男

このごろ見かけない

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このごろ見えず

公園のかなしみよ

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公園のかなしみよ

君が嫁いでから

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君のとつぎてより

もう七か月も来たことがない

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すでに七月ななつきしこともなし

公園のとある木陰の捨てられた椅子に

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公園のとある木蔭こかげ捨椅子すていす

思いあまって

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思ひあまりて

身を寄せた

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身をば寄せたる

忘れられない顔だったな

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忘られぬ顔なりしかな

今日、街で

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今日まち

捕り手に引かれながら笑っていた男は

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捕吏ほりにひかれてめる男は

マッチを擦ると

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マチれば

二尺ほどの明るさの

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二尺ばかりの明るさの

その中を横切る白い蛾がいた

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中をよぎれる白きのあり

目を閉じて

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目をとぢて

口笛をかすかに吹いてみた

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口笛かすかに吹きてみぬ

眠れない夜、窓にもたれて

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られぬ夜の窓にもたれて

わが友は

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わが友は

今日も母のない子を背負って

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今日も母なき子を負ひて

あの城跡をさまよっているのだろうか

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かの城址しろあとにさまよへるかな

夜遅く

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よるおそく

勤め先から帰ってきて

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つとめ先よりかへり

たった今死んだという子を抱いたのだった

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今死にしてふけるかな

二声三声

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二三ふたみこゑ

今わの際にかすかにも泣いたというのに

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いまはのきはにかすかにも泣きしといふに

涙を誘われる

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なみださそはる

真っ白な大根の根が肥える頃

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真白ましろなる大根の根のゆる頃

生まれて

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うまれて

やがて死んだ子がいる

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やがて死にしのあり

晩秋の空気を

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おそ秋の空気を

三尺四方ほど

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三尺四方さんじやくしはうばかり

吸ってわが子は死んでいったのだった

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吸ひてわが児の死にゆきしかな

死んだ子の

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死にし児の

胸に注射の針を刺す

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胸に注射の針を刺す

医者の手元に集まる心は

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医者の手もとにあつまる心

底知れぬ謎に向かっているかのようだ

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底知れぬなぞむかひてあるごとし

死んだ子の額に

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死児しじのひたひに

またも手をやる

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またも手をやる

悲しみがまだ強くまでは至らない

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かなしみのつよくいたらぬ

そのさびしさよ

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さびしさよ

わが子の体は冷えてゆくけれども

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わが児のからだえてゆけども

かなしくも

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かなしくも

夜が明けるまでは残っていた

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くるまでは残りゐぬ

息の絶えた子の肌のぬくもりが

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いききれし児のはだのぬくもり