一握の砂 現代語訳
石川啄木(いしかわたくぼく)・1967年
AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28)
函館の郁雨、宮崎大四郎君
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函館なる郁雨宮崎大四郎君
同郷の友、文学士 花明、金田一京助君
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同国の友文学士花明金田一京助君
この歌集をお二人に捧げる。
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この集を両君に捧ぐ。
私はすでに、私のすべてをお二人の前に示しつくしてしまったようだ。
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予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。
だから、ここに詠まれた歌の一首一首について、最もよく知るのはお二人だと信じるからである。
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従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。
また一冊を取って、亡き子 真一に手向ける。
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また一本をとりて亡児真一に手向く。
この歌集の原稿を書店の手に渡したのは、お前が生まれた朝だった。
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この集の稿本を書肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。
この歌集の原稿料は、お前の薬代になった。
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この集の稿料は汝の薬餌となりたり。
そしてこの歌集の見本刷りに私が目を通したのは、お前を火葬した夜だった。
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而してこの集の見本刷を予の閲したるは汝の火葬の夜なりき。
著者
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著者
明治四十一年の夏より後に作った千余首の中から、五百五十一首を選んでこの集に収めた。
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明治四十一年夏以後の作一千余首中より五百五十一首を抜きてこの集に収む。
集中の五章は、歌の生まれたきっかけの近いものをたずねて、仮に分けただけのものである。
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集中五章、感興の来由するところ相邇きをたづねて仮にわかてるのみ。
「秋風のこころよさに」
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「秋風のこころよさに」
は、明治四十一年の秋の記念である。
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は明治四十一年秋の紀念なり。
我を愛する歌
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我を愛する歌
東の海の小島の磯の白い砂に
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東海の小島の磯の白砂に
私は泣きぬれて
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われ泣きぬれて
蟹とたわむれる
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蟹とたはむる
頬をつたう
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頬につたふ
涙をぬぐいもせず
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なみだのごはず
一握りの砂を見せてくれた人を忘れない
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一握の砂を示しし人を忘れず
大海に向かって一人
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大海にむかひて一人
七日八日
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七八日
泣こうとして家を出た
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泣きなむとすと家を出でにき
ひどく錆びたピストルが出てきた
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いたく錆びしピストル出でぬ
砂山の
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砂山の
砂を指で掘っていたら
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砂を指もて掘りてありしに
ひと晩のうちに嵐が来て築いた
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ひと夜さに嵐来りて築きたる
この砂山は
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この砂山は
何の墓なのだろう
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何の墓ぞも
砂山の砂に腹ばいになり
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砂山の砂に腹這ひ
初恋の
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初恋の
痛みを遠く思い出す日
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いたみを遠くおもひ出づる日
砂山の裾に横たわる流木に
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砂山の裾によこたはる流木に
あたりを見まわして
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あたり見まはし
話しかけてみる
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物言ひてみる
いのちのない砂のかなしさよ
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いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
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さらさらと
握れば指のあいだから落ちる
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握れば指のあひだより落つ
しっとりと
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しっとりと
涙を吸った砂の玉
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なみだを吸へる砂の玉
涙は重いものだなあ
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なみだは重きものにしあるかな
大という字を百あまり
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大という字を百あまり
砂に書き
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砂に書き
死ぬのをやめて帰ってきた
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死ぬことをやめて帰り来れり
目をさましてもまだ起き出さない子の癖は
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目さまして猶起き出でぬ児の癖は
かなしい癖だ
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かなしき癖ぞ
母よ、咎めないでくれ
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母よ咎むな
ひとかたまりの土によだれをつけて
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ひと塊の土に涎し
泣く母の似顔をつくった
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泣く母の肖顔つくりぬ
かなしくもあるものだ
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かなしくもあるか
灯りのない部屋に私がいる
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燈影なき室に我あり
父と母が
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父と母
壁の中から杖をついて出てくる
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壁のなかより杖つきて出づ
たわむれに母を背負って
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たはむれに母を背負ひて
そのあまりの軽さに泣いて
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そのあまり軽きに泣きて
三歩も歩けない
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三歩あゆまず
ふらりと家を出ては
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飄然と家を出でては
ふらりと帰ってきた癖よ
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飄然と帰りし癖よ
友は笑うけれど
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友はわらへど
ふるさとの父が咳をするたびに、こんなふうに
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ふるさとの父の咳する度に斯く
咳が出るのだろうか
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咳の出づるや
病めば心細い
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病めばはかなし
私が泣くのを少女たちが聞いたら
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わが泣くを少女等きかば
病んだ犬が
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病犬の
月に吠えるのに似ていると言うだろう
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月に吠ゆるに似たりといふらむ
どこかでかすかに虫が鳴くような
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何処やらむかすかに虫のなくごとき
心細さを
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こころ細さを
今日もおぼえる
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今日もおぼゆる
ひどく暗い
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いと暗き
穴に心を吸われていくように思って
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穴に心を吸はれゆくごとく思ひて
疲れて眠る
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つかれて眠る
心地よく
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こころよく
私が打ちこめる仕事があってほしい
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我にはたらく仕事あれ
それをやり遂げて死のうと思う
原文を見る
それを仕遂げて死なむと思ふ
混み合う電車の隅に
原文を見る
こみ合へる電車の隅に
ちぢこまる
原文を見る
ちぢこまる
夕べ夕べの私のいとしさ
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ゆふべゆふべの我のいとしさ
浅草の夜のにぎわいに
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浅草の夜のにぎはひに
まぎれ入り
原文を見る
まぎれ入り
まぎれ出てきたさびしい心
原文を見る
まぎれ出で来しさびしき心
愛犬の耳を切ってみた
原文を見る
愛犬の耳斬りてみぬ
ああ、これも
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あはれこれも
何もかもに飽きた心のせいだろうか
原文を見る
物に倦みたる心にかあらむ
鏡を取って
原文を見る
鏡とり
できるかぎりのさまざまな顔をしてみた
原文を見る
能ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ
泣き飽きたとき
原文を見る
泣き飽きし時
涙よ、涙
原文を見る
なみだなみだ
不思議なものだ
原文を見る
不思議なるかな
それで洗えば心はふざけたくなる
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それをもて洗へば心戯けたくなれり
あきれた母の言葉に
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呆れたる母の言葉に
気がつくと
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気がつけば
茶碗を箸で叩いていた
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茶碗を箸もて敲きてありき
草に寝ころんで
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草に臥て
思うことは何もない
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おもふことなし
私の額に糞をして鳥は空に遊んでいる
原文を見る
わが額に糞して鳥は空に遊べり
私の髭の
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わが髭の
下を向く癖が腹立たしい
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下向く癖がいきどほろし
このごろ憎い男に似てきたので
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このごろ憎き男に似たれば
森の奥から銃声が聞こえる
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森の奥より銃声聞ゆ
ああ、ああ
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あはれあはれ
自分で死ぬ音の心地よさよ
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自ら死ぬる音のよろしさ
大木の幹に耳をあて
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大木の幹に耳あて
半日近く
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小半日
堅い皮をむしっていた
原文を見る
堅き皮をばむしりてありき
「それしきのことで死ぬのか」
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「さばかりの事に死ぬるや」
「それしきのことで生きるのか」
原文を見る
「さばかりの事に生くるや」
よせ、よせ、問答は
原文を見る
止せ止せ問答
まれにおとずれる
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まれにある
この平らな心には
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この平なる心には
時計の鳴る音もおもしろく聞こえる
原文を見る
時計の鳴るもおもしろく聴く
ふと深い怖れをおぼえ
原文を見る
ふと深き怖れを覚え
じっとして
原文を見る
ぢっとして
やがて静かにへそをまさぐる
原文を見る
やがて静かに臍をまさぐる
高い山の頂に登り
原文を見る
高山のいただきに登り
なんとなく帽子をふって
原文を見る
なにがなしに帽子をふりて
下りてきたことだ
原文を見る
下り来しかな
どこかで大勢の人が争って
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何処やらに沢山の人があらそひて
くじを引いているようだ
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鬮引くごとし
私も引きたい
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われも引きたし
怒るときに
原文を見る
怒る時
かならずひとつ鉢を割り
原文を見る
かならずひとつ鉢を割り
九百九十九割って死のうか
原文を見る
九百九十九割りて死なまし
いつも会う電車の中の小男の
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いつも逢ふ電車の中の小男の
角ばった眼が
原文を見る
稜ある眼
このごろ気になる
原文を見る
このごろ気になる
鏡屋の前に来て
原文を見る
鏡屋の前に来て
ふと驚いた
原文を見る
ふと驚きぬ
見すぼらしげに歩いているものだ
原文を見る
見すぼらしげに歩むものかも
なんとなく汽車に乗りたいと思っただけ
原文を見る
何となく汽車に乗りたく思ひしのみ
汽車を降りたら
原文を見る
汽車を下りしに
行くところがない
原文を見る
ゆくところなし
空き家に入って
原文を見る
空家に入り
煙草を吸ったことがある
原文を見る
煙草のみたることありき
ああ、ただ一人でいたいばかりに
原文を見る
あはれただ一人居たきばかりに
なんとなく
原文を見る
何がなしに
さびしくなると外を歩く男になって
原文を見る
さびしくなれば出てあるく男となりて
三月にもなった
原文を見る
三月にもなれり
やわらかく積もった雪に
原文を見る
やはらかに積れる雪に
火照る頬を埋めるような
原文を見る
熱てる頬を埋むるごとき
恋をしてみたい
原文を見る
恋してみたし
かなしいのは
原文を見る
かなしきは
飽くことのない自分本位の一念を
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飽くなき利己の一念を
持てあました男だった
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持てあましたる男にありけり
手も足も
原文を見る
手も足も
部屋いっぱいに投げ出して
原文を見る
室いっぱいに投げ出して
やがて静かに起き直る
原文を見る
やがて静かに起きかへるかな
百年の長い眠りから覚めたように
原文を見る
百年の長き眠りの覚めしごと
あくびをしてみようか
原文を見る
呿呻してまし
思うことなど何もなく
原文を見る
思ふことなしに
腕を組んで
原文を見る
腕拱みて
このごろ思う
原文を見る
このごろ思ふ
大いなる敵よ、目の前に躍り出よと
原文を見る
大いなる敵目の前に躍り出でよと
手が白く
原文を見る
手が白く
そして大きかった
原文を見る
且つ大なりき
非凡な人といわれる男に会ったら
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非凡なる人といはるる男に会ひしに
気持ちよく
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こころよく
人を讃めてみたくなった
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人を讃めてみたくなりにけり
自分本位の心に飽きたさびしさ
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利己の心に倦めるさびしさ
雨が降ると
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雨降れば
わが家の人は誰も彼も沈んだ顔をする
原文を見る
わが家の人誰も誰も沈める顔す
雨よ、晴れてくれ
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雨霽れよかし
高いところから飛びおりるような心で
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高きより飛びおりるごとき心もて
この一生を
原文を見る
この一生を
終える手立てはないか
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終るすべなきか
このごろ
原文を見る
この日頃
ひそかに胸に宿った悔いがある
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ひそかに胸にやどりたる悔あり
私を笑わせてくれない
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われを笑はしめざり
へつらいを聞くと
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へつらひを聞けば
腹が立つ私の心
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腹立つわがこころ
あまりに自分を知っているのがかなしい
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あまりに我を知るがかなしき
知らない家を叩き起こして
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知らぬ家たたき起して
逃げてくるのがおもしろかった
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遁げ来るがおもしろかりし
あの昔が恋しい
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昔の恋しさ
非凡な人のようにふるまった
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非凡なる人のごとくにふるまへる
あとのさびしさは
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後のさびしさは
何にたとえよう
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何にかたぐへむ
彼の大きな身体が
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大いなる彼の身体が
憎かった
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憎かりき
その前に行って物を言うとき
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その前にゆきて物を言ふ時
実務の役には立たない歌よみだと
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実務には役に立たざるうた人と
私を見る人に
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我を見る人に
金を借りた
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金借りにけり
遠くから笛の音が聞こえる
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遠くより笛の音きこゆ
うなだれているせいだろうか
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うなだれてある故やらむ
涙が流れる
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なみだ流るる
それもよし、これもよしという人の
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それもよしこれもよしとてある人の
その気軽さが
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その気がるさを
欲しくなった
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欲しくなりたり
死ぬことを
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死ぬことを
いつもの薬をのむようにも私は思う
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持薬をのむがごとくにも我はおもへり
心が痛むと
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心いためば
道ばたで犬が長々とあくびをした
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路傍に犬ながながと呿呻しぬ
私も真似をした
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われも真似しぬ
うらやましくて
原文を見る
うらやましさに
真剣になって竹で犬を打つ
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真剣になりて竹もて犬を撃つ
子どもの顔を
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小児の顔を
いいと思った
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よしと思へり
ダイナモの
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ダイナモの
重い唸りの心地よさよ
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重き唸りのここちよさよ
ああ、こんなふうに物を言いたい
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あはれこのごとく物を言はまし
ひょうきんな性分だった友の死に顔の
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剽軽の性なりし友の死顔の
青い疲れが
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青き疲れが
いまも目にある
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いまも目にあり
気の変わりやすい人に仕えて
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気の変る人に仕へて
つくづくと
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つくづくと
自分の暮らしがいやになったことだ
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わが世がいやになりにけるかな
龍のようにむなしい空に躍り出て
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龍のごとくむなしき空に躍り出でて
消えていく煙
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消えゆく煙
見ていて飽きない
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見れば飽かなく
心地よい疲れだ
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こころよき疲れなるかな
息もつかず
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息もつかず
仕事をしたあとのこの疲れ
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仕事をしたる後のこの疲れ
寝たふりや、なまあくびなど
原文を見る
空寝入生呿呻など
なぜするのか
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なぜするや
思うことを人に悟らせないため
原文を見る
思ふこと人にさとらせぬため
箸を止めてふと思った
原文を見る
箸止めてふっと思ひぬ
ようやく
原文を見る
やうやくに
世のならわしに慣れてしまったな
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世のならはしに慣れにけるかな
朝はやく
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朝はやく
婚期を過ぎた妹の
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婚期を過ぎし妹の
恋文めいた手紙を読んだ
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恋文めける文を読めりけり
しっとりと
原文を見る
しっとりと
水を吸った海綿の
原文を見る
水を吸ひたる海綿の
重さに似た心地をおぼえる
原文を見る
重さに似たる心地おぼゆる
死ね死ねと自分を怒り
原文を見る
死ね死ねと己を怒り
黙りこんだ
原文を見る
もだしたる
心の底の暗いむなしさ
原文を見る
心の底の暗きむなしさ
けものめいた顔があり、口を開け閉めする
原文を見る
けものめく顔あり口をあけたてす
とだけ見ていた
原文を見る
とのみ見てゐぬ
人が語るのを
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人の語るを
親と子が
原文を見る
親と子と
離ればなれの心で静かに向かい合う
原文を見る
はなればなれの心もて静かに対ふ
この気まずさは何だろう
原文を見る
気まづきや何ぞ
あの船の
原文を見る
かの船の
あの航海の船客の一人だった
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かの航海の船客の一人にてありき
死にきれなかったのは
原文を見る
死にかねたるは
目の前の菓子皿などを
原文を見る
目の前の菓子皿などを
かりかりと噛んでみたくなった
原文を見る
かりかりと噛みてみたくなりぬ
もどかしいものだ
原文を見る
もどかしきかな
よく笑う若い男が
原文を見る
よく笑ふ若き男の
死んだなら
原文を見る
死にたらば
すこしはこの世もさびしくなれ
原文を見る
すこしはこの世さびしくもなれ
なんとなく
原文を見る
何がなしに
息が切れるまで駆け出してみたくなった
原文を見る
息きれるまで駆け出してみたくなりたり
草原などを
原文を見る
草原などを
新しい背広など着て
原文を見る
あたらしき背広など着て
旅をしよう
原文を見る
旅をせむ
そう思っているうちに今年も過ぎた
原文を見る
しかく今年も思ひ過ぎたる
わざわざ灯りを消して
原文を見る
ことさらに燈火を消して
まじまじと思っていたのは
原文を見る
まぢまぢと思ひてゐしは
たわいもないこと
原文を見る
わけもなきこと
浅草の凌雲閣のてっぺんで
原文を見る
浅草の凌雲閣のいただきに
腕を組んだ日の
原文を見る
腕組みし日の
長い日記だな
原文を見る
長き日記かな
ただのふざけだろうか
原文を見る
尋常のおどけならむや
ナイフを持って死ぬまねをする
原文を見る
ナイフ持ち死ぬまねをする
あの顔、あの顔
原文を見る
その顔その顔
ひそひそ話がやがて高くなり
原文を見る
こそこその話がやがて高くなり
ピストルが鳴って
原文を見る
ピストル鳴りて
人生が終わる
原文を見る
人生終る
ときには
原文を見る
時ありて
子どものようにたわむれる
原文を見る
子供のやうにたはむれす
恋のある人のしないことだな
原文を見る
恋ある人のなさぬ業かな
どうにか家を出れば
原文を見る
とかくして家を出づれば
日ざしのあたたかさがある
原文を見る
日光のあたたかさあり
息を深く吸う
原文を見る
息ふかく吸ふ
疲れた牛のよだれは
原文を見る
つかれたる牛のよだれは
たらたらと
原文を見る
たらたらと
千万年も尽きないようだ
原文を見る
千万年も尽きざるごとし
道ばたの切石の上に
原文を見る
路傍の切石の上に
腕を組んで
原文を見る
腕拱みて
空を見上げる男がいた
原文を見る
空を見上ぐる男ありたり
何だろう
原文を見る
何やらむ
穏やかでない目つきをして
原文を見る
穏かならぬ目付して
つるはしを振るう一群を見ている
原文を見る
鶴嘴を打つ群を見てゐる
心から今日は逃げ去った
原文を見る
心より今日は逃げ去れり
病んだ獣のような
原文を見る
病ある獣のごとき
不平が逃げ去った
原文を見る
不平逃げ去れり
おおらかな心がやってきた
原文を見る
おほどかの心来れり
歩くにも
原文を見る
あるくにも
腹に力がたまるようだ
原文を見る
腹に力のたまるがごとし
ただ一人で泣きたくて
原文を見る
ただひとり泣かまほしさに
来て寝た
原文を見る
来て寝たる
宿屋の夜具の心地よさよ
原文を見る
宿屋の夜具のこころよさかな
友よ、そう
原文を見る
友よさは
物乞いの卑しさを嫌ってくれるな
原文を見る
乞食の卑しさ厭ふなかれ
飢えていたときは私もそうだった
原文を見る
餓ゑたる時は我も爾りき
新しいインクのにおい
原文を見る
新しきインクのにほひ
栓を抜くと
原文を見る
栓抜けば
飢えた腹に沁みるのがかなしい
原文を見る
餓ゑたる腹に沁むがかなしも
かなしいのは
原文を見る
かなしきは
喉のかわきをこらえながら
原文を見る
喉のかわきをこらへつつ
夜寒の夜具にちぢこまるとき
原文を見る
夜寒の夜具にちぢこまる時
一度でも私に頭を下げさせた
原文を見る
一度でも我に頭を下げさせし
人はみな死ねと
原文を見る
人みな死ねと
祈ったことがある
原文を見る
いのりてしこと
私に似た二人の友よ
原文を見る
我に似し友の二人よ
一人は死に
原文を見る
一人は死に
一人は牢を出て今は病んでいる
原文を見る
一人は牢を出でて今病む
あり余る才を抱えながら
原文を見る
あまりある才を抱きて
妻のために
原文を見る
妻のため
思い悩む友をかなしむ
原文を見る
おもひわづらふ友をかなしむ
打ち明けて語って
原文を見る
打明けて語りて
何か損をしたように思って
原文を見る
何か損をせしごとく思ひて
友と別れた
原文を見る
友とわかれぬ
どんよりと
原文を見る
どんよりと
曇った空を見ていたら
原文を見る
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなったことだ
原文を見る
人を殺したくなりにけるかな
人並みの才にすぎない
原文を見る
人並の才に過ぎざる
わが友の
原文を見る
わが友の
深い不平もあわれだな
原文を見る
深き不平もあはれなるかな
誰が見ても取り柄のない男が来て
原文を見る
誰が見てもとりどころなき男来て
威張って帰った
原文を見る
威張りて帰りぬ
かなしくもあるものだ
原文を見る
かなしくもあるか
働いても
原文を見る
はたらけど
働いてもなお暮らしは楽にならない
原文を見る
はたらけど猶わが生活楽にならざり
じっと手を見る
原文を見る
ぢっと手を見る
何もかも行く末のことが見えるような
原文を見る
何もかも行末の事みゆるごとき
このかなしみは
原文を見る
このかなしみは
ぬぐいきれない
原文を見る
拭ひあへずも
ある日に
原文を見る
とある日に
酒がのみたくてならないように
原文を見る
酒をのみたくてならぬごとく
今日の私は切に金が欲しかった
原文を見る
今日われ切に金を欲りせり
水晶の玉をよろこんでもてあそぶ
原文を見る
水晶の玉をよろこびもてあそぶ
この私の心は
原文を見る
わがこの心
何の心だろう
原文を見る
何の心ぞ
何事もなく
原文を見る
事もなく
しかも心地よく肥えていく
原文を見る
且つこころよく肥えてゆく
このごろの自分が物足りない
原文を見る
わがこのごろの物足らぬかな
大きな水晶の玉を
原文を見る
大いなる水晶の玉を
ひとつ欲しい
原文を見る
ひとつ欲し
それに向かって物を思おう
原文を見る
それにむかひて物を思はむ
うぬぼれる友に
原文を見る
うぬ惚るる友に
相づちを打っていた
原文を見る
合槌うちてゐぬ
施しをするような心で
原文を見る
施与をするごとき心に
ある朝のかなしい夢のさめぎわに
原文を見る
ある朝のかなしき夢のさめぎはに
鼻に入ってきた
原文を見る
鼻に入り来し
味噌を煮るにおいよ
原文を見る
味噌を煮る香よ
こつこつと空き地で石を刻む音
原文を見る
こつこつと空地に石をきざむ音
耳について離れない
原文を見る
耳につき来ぬ
家に入るまで
原文を見る
家に入るまで
なんとなく
原文を見る
何がなしに
頭の中に崖があって
原文を見る
頭のなかに崖ありて
日ごとに土が崩れていくようだ
原文を見る
日毎に土のくづるるごとし
遠くで電話のベルが鳴るように
原文を見る
遠方に電話の鈴の鳴るごとく
今日も耳が鳴る
原文を見る
今日も耳鳴る
かなしい日だな
原文を見る
かなしき日かな
垢じみた袷の襟よ
原文を見る
垢じみし袷の襟よ
かなしくも
原文を見る
かなしくも
ふるさとの胡桃を焼くにおいがする
原文を見る
ふるさとの胡桃焼くるにほひす
死にたくてならないときがある
原文を見る
死にたくてならぬ時あり
便所で人目を避けて
原文を見る
はばかりに人目を避けて
こわい顔をする
原文を見る
怖き顔する
一隊の兵を見送って
原文を見る
一隊の兵を見送りて
かなしかった
原文を見る
かなしかり
なぜ彼らはあんなに憂いがないのか
原文を見る
何ぞ彼等のうれひ無げなる
同胞の顔がたえがたく卑しく
原文を見る
邦人の顔たへがたく卑しげに
目にうつる日だ
原文を見る
目にうつる日なり
家にこもろう
原文を見る
家にこもらむ
次の休みには一日寝てみようと
原文を見る
この次の休日に一日寝てみむと
思いながら過ごしてきた
原文を見る
思ひすごしぬ
この三年ずっと
原文を見る
三年このかた
あるときの自分の心を
原文を見る
或る時のわれのこころを
焼きたての
原文を見る
焼きたての
パンに似ていると思ったことだ
原文を見る
麺麭に似たりと思ひけるかな
たんたらたら たんたらたらと
原文を見る
たんたらたらたんたらたらと
雨だれが
原文を見る
雨滴が
痛む頭にひびくかなしさ
原文を見る
痛むあたまにひびくかなしさ
ある日のこと
原文を見る
ある日のこと
部屋の障子を張り替えた
原文を見る
室の障子をはりかへぬ
その日はそれで心がなごんだ
原文を見る
その日はそれにて心なごみき
こうしてはいられないと思い
原文を見る
かうしては居られずと思ひ
立ち上がったが
原文を見る
立ちにしが
外で馬がいななくまで
原文を見る
戸外に馬の嘶きしまで
気がぬけて廊下に立った
原文を見る
気ぬけして廊下に立ちぬ
荒々しく扉を押したのに
原文を見る
あららかに扉を推せしに
すぐ開いてしまったので
原文を見る
すぐ開きしかば
じっとして
原文を見る
ぢっとして
黒や赤のインクを吸って
原文を見る
黒はた赤のインク吸ひ
堅く乾いた海綿を見る
原文を見る
堅くかわける海綿を見る
誰が見ても
原文を見る
誰が見ても
私をなつかしく思うような
原文を見る
われをなつかしくなるごとき
長い手紙を書きたい夕暮れ
原文を見る
長き手紙を書きたき夕
うすみどりの
原文を見る
うすみどり
飲めば体が水のように透きとおるという
原文を見る
飲めば身体が水のごと透きとほるてふ
薬はないか
原文を見る
薬はなきか
いつも睨むランプに飽きて
原文を見る
いつも睨むラムプに飽きて
三日ばかり
原文を見る
三日ばかり
蝋燭の火に親しんだことだ
原文を見る
蝋燭の火にしたしめるかな
人間の使わない言葉を
原文を見る
人間のつかはぬ言葉
ひょっとして
原文を見る
ひょっとして
自分だけが知っているように思う日
原文を見る
われのみ知れるごとく思ふ日
新しい心を求めて
原文を見る
あたらしき心もとめて
名も知らない
原文を見る
名も知らぬ
街を今日もさまよってきた
原文を見る
街など今日もさまよひて来ぬ
友がみな自分よりえらく見える日よ
原文を見る
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ってきて
原文を見る
花を買ひ来て
妻とむつまじく過ごす
原文を見る
妻としたしむ
どうして
原文を見る
何すれば
ここに私はいるのか
原文を見る
此処に我ありや
ときにこう驚いて部屋を眺める
原文を見る
時にかく打驚きて室を眺むる
ある人が電車の中で唾を吐く
原文を見る
人ありて電車のなかに唾を吐く
それにも
原文を見る
それにも
心が痛みそうだった
原文を見る
心いたまむとしき
夜明けまで遊んで過ごせる場所が欲しい
原文を見る
夜明けまであそびてくらす場所が欲し
家を思うと
原文を見る
家をおもへば
心が冷たい
原文を見る
こころ冷たし
人がみな家を持つというかなしみよ
原文を見る
人みなが家を持つてふかなしみよ
墓に入るように
原文を見る
墓に入るごとく
帰って眠る
原文を見る
かへりて眠る
何かひとつ不思議を見せて
原文を見る
何かひとつ不思議を示し
みんなが驚いているすきに
原文を見る
人みなのおどろくひまに
消えてしまおうと思う
原文を見る
消えむと思ふ
人という人の心に
原文を見る
人といふ人のこころに
一人ずつ囚人がいて
原文を見る
一人づつ囚人がゐて
うめいているかなしさ
原文を見る
うめくかなしさ
叱られて
原文を見る
叱られて
わっと泣き出す子ども心
原文を見る
わっと泣き出す子供心
その心にもなってみたいものだ
原文を見る
その心にもなりてみたきかな
盗むことさえ悪いと思えない
原文を見る
盗むてふことさへ悪しと思ひえぬ
心はかなしい
原文を見る
心はかなし
隠れる家もない
原文を見る
かくれ家もなし
捨てられた女のようなかなしみを
原文を見る
放たれし女のごときかなしみを
弱い男が
原文を見る
よわき男の
感じる日だ
原文を見る
感ずる日なり
庭石に
原文を見る
庭石に
はたと時計を投げつけた
原文を見る
はたと時計をなげうてる
昔の自分の怒りがいとしい
原文を見る
昔のわれの怒りいとしも
顔を赤くして怒ったことが
原文を見る
顔あかめ怒りしことが
翌日には
原文を見る
あくる日は
それほどでもないのをさびしがる
原文を見る
さほどにもなきをさびしがるかな
いらだつ心よ、おまえはかなしい
原文を見る
いらだてる心よ汝はかなしかり
さあさあ
原文を見る
いざいざ
少しあくびでもしよう
原文を見る
すこし呿呻などせむ
女がいる
原文を見る
女あり
私の言いつけに背くまいと心を砕く
原文を見る
わがいひつけに背かじと心を砕く
見ればかなしい
原文を見る
見ればかなしも
ふがいない
原文を見る
ふがひなき
わが日本の女たちを
原文を見る
わが日の本の女等を
秋雨の夜にののしったことだ
原文を見る
秋雨の夜にののしりしかな
男に生まれ男と交わって
原文を見る
男とうまれ男と交り
負けている
原文を見る
負けてをり
だからだろうか秋が身に沁みる
原文を見る
かるがゆゑにや秋が身に沁む
私の抱く思想はすべて
原文を見る
わが抱く思想はすべて
金がないことから来ているようだ
原文を見る
金なきに因するごとし
秋の風が吹く
原文を見る
秋の風吹く
くだらない小説を書いてよろこんでいる
原文を見る
くだらない小説を書きてよろこべる
男があわれだ
原文を見る
男憐れなり
初秋の風
原文を見る
初秋の風
秋の風
原文を見る
秋の風
今日からはあのふやけた男とは
原文を見る
今日よりは彼のふやけたる男に
口をきくまいと思う
原文を見る
口を利かじと思ふ
果ても見えない
原文を見る
はても見えぬ
まっすぐな街を歩くような
原文を見る
真直の街をあゆむごとき
心を今日は持てたことだ
原文を見る
こころを今日は持ちえたるかな
何ひとつ思うこともなく
原文を見る
何事も思ふことなく
いそがしく
原文を見る
いそがしく
暮らした一日を忘れまいと思う
原文を見る
暮らせし一日を忘れじと思ふ
何事も金だ金だと笑い
原文を見る
何事も金金とわらひ
少し経つと
原文を見る
すこし経て
またも急に不平がつのってくる
原文を見る
またも俄かに不平つのり来
誰か私を
原文を見る
誰そ我に
ピストルででも撃ってくれ
原文を見る
ピストルにても撃てよかし
伊藤のように死んでみせよう
原文を見る
伊藤のごとく死にて見せなむ
やあ、とばかりに
原文を見る
やとばかり
桂首相に手を取られる夢を見て目が覚めた
原文を見る
桂首相に手とられし夢みて覚めぬ
秋の夜の二時
原文を見る
秋の夜の二時
煙
原文を見る
煙
一
原文を見る
一
病のように
原文を見る
病のごと
故郷を思う心が湧く日だ
原文を見る
思郷のこころ湧く日なり
目に映る青空の煙がかなしい
原文を見る
目にあをぞらの煙かなしも
自分の名をかすかに呼んで
原文を見る
己が名をほのかに呼びて
涙した
原文を見る
涙せし
十四の春に帰る手立てはない
原文を見る
十四の春にかへる術なし
青空に消えていく煙
原文を見る
青空に消えゆく煙
さびしくも消えていく煙
原文を見る
さびしくも消えゆく煙
私に似ているのか
原文を見る
われにし似るか
あの旅の汽車の車掌が
原文を見る
かの旅の汽車の車掌が
思いがけず
原文を見る
ゆくりなくも
私の中学の友だった
原文を見る
我が中学の友なりしかな
ほとばしるポンプの水の
原文を見る
ほとばしる喞筒の水の
心地よさよ
原文を見る
心地よさよ
しばらくは若い心で見る
原文を見る
しばしは若きこころもて見る
師も友も知らずに責めた
原文を見る
師も友も知らで責めにき
謎に似た
原文を見る
謎に似る
私が学業を怠ったわけを
原文を見る
わが学業のおこたりの因
教室の窓から逃げて
原文を見る
教室の窓より遁げて
ただ一人
原文を見る
ただ一人
あの城跡に寝に行ったものだ
原文を見る
かの城址に寝に行きしかな
不来方のお城の草に寝ころんで
原文を見る
不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸われた
原文を見る
空に吸はれし
十五の心
原文を見る
十五の心
かなしみと言うなら言ってもいい
原文を見る
かなしみといはばいふべき
物の味を
原文を見る
物の味
私が知ったのはあまりに早かった
原文を見る
我の嘗めしはあまりに早かり
晴れた空を仰ぐといつも
原文を見る
晴れし空仰げばいつも
口笛を吹きたくなって
原文を見る
口笛を吹きたくなりて
吹いて遊んだ
原文を見る
吹きてあそびき
夜寝てからも口笛を吹いた
原文を見る
夜寝ても口笛吹きぬ
口笛は
原文を見る
口笛は
十五の私の歌だった
原文を見る
十五の我の歌にしありけり
よく叱る先生がいた
原文を見る
よく叱る師ありき
髯が似ているので山羊と名づけて
原文を見る
髯の似たるより山羊と名づけて
口真似もした
原文を見る
口真似もしき
私と一緒に
原文を見る
われと共に
小鳥に石を投げて遊ぶ
原文を見る
小鳥に石を投げて遊ぶ
後備大尉の子もいたな
原文を見る
後備大尉の子もありしかな
城跡の
原文を見る
城址の
石に腰かけ
原文を見る
石に腰掛け
禁じられた木の実をひとり味わったこと
原文を見る
禁制の木の実をひとり味ひしこと
その後に私を捨てた友も
原文を見る
その後に我を捨てし友も
あのころは共に本を読み
原文を見る
あの頃は共に書読み
共に遊んだ
原文を見る
ともに遊びき
学校の書庫の裏の秋の草
原文を見る
学校の図書庫の裏の秋の草
黄色い花が咲いていた
原文を見る
黄なる花咲きし
今も名を知らない
原文を見る
今も名知らず
花が散ると
原文を見る
花散れば
誰より先に白い服を着て家を出る
原文を見る
先づ人さきに白の服着て家出づる
あれは私だったな
原文を見る
我にてありしか
今は亡き姉の恋人の弟と
原文を見る
今は亡き姉の恋人のおとうとと
仲よくしていたのを
原文を見る
なかよくせしを
かなしいと思う
原文を見る
かなしと思ふ
夏休みが終わってそのまま
原文を見る
夏休み果ててそのまま
帰ってこない
原文を見る
かへり来ぬ
若い英語の先生もいた
原文を見る
若き英語の教師もありき
ストライキを思い出しても
原文を見る
ストライキ思ひ出でても
今はもう血が躍らない
原文を見る
今は早や吾が血躍らず
ひそかにさびしい
原文を見る
ひそかに淋し
盛岡の中学校の
原文を見る
盛岡の中学校の
バルコニーの
原文を見る
露台の
手すりに、もう一度私を寄りかからせてくれ
原文を見る
欄干に最一度我を倚らしめ
神はいると言い張る友を
原文を見る
神有りと言ひ張る友を
説きふせた
原文を見る
説きふせし
あの道ばたの栗の木の下
原文を見る
かの路傍の栗の樹の下
西風に
原文を見る
西風に
内丸大路の桜の葉が
原文を見る
内丸大路の桜の葉
かさこそ散るのを踏んで遊んだ
原文を見る
かさこそ散るを踏みてあそびき
昔の愛読の書よ
原文を見る
そのかみの愛読の書よ
その大半は
原文を見る
大方は
今は流行らなくなってしまったな
原文を見る
今は流行らずなりにけるかな
石がひとつ
原文を見る
石ひとつ
坂をころがり下るように
原文を見る
坂をくだるがごとくにも
私は今日の日にたどり着いた
原文を見る
我けふの日に到り着きたる
憂いのある少年の眼でうらやんだ
原文を見る
愁ひある少年の眼に羨みき
小鳥の飛ぶのを
原文を見る
小鳥の飛ぶを
飛んでうたうのを
原文を見る
飛びてうたふを
解剖した
原文を見る
解剖せし
みみずのいのちもかなしかった
原文を見る
蚯蚓のいのちもかなしかり
あの校庭の木の柵の下
原文を見る
かの校庭の木柵の下
かぎりない知識欲に燃える眼を
原文を見る
かぎりなき知識の慾に燃ゆる眼を
姉は心を痛めた
原文を見る
姉は傷みき
人に恋しているのかと
原文を見る
人恋ふるかと
蘇峯の本を私に薦めた友は早くに
原文を見る
蘇峯の書を我に薦めし友早く
学校をやめた
原文を見る
校を退きぬ
貧しさのために
原文を見る
まづしさのため
おどけた手つきがおかしいと
原文を見る
おどけたる手つきをかしと
私だけはいつも笑った
原文を見る
我のみはいつも笑ひき
博学な先生を
原文を見る
博学の師を
自分の才で身をあやまった人のことを
原文を見る
自が才に身をあやまちし人のこと
語り聞かせてくれた
原文を見る
かたりきかせし
先生もいたな
原文を見る
師もありしかな
昔の学校一のなまけ者が
原文を見る
そのかみの学校一のなまけ者
今は真面目に
原文を見る
今は真面目に
はたらいている
原文を見る
はたらきて居り
田舎びた旅の姿を
原文を見る
田舎めく旅の姿を
三日ばかり都にさらして
原文を見る
三日ばかり都に曝し
帰る友だな
原文を見る
かへる友かな
茨島の松並木の街道を
原文を見る
茨島の松の並木の街道を
私と行った少女は
原文を見る
われと行きし少女
おのれの才を頼みにしていた
原文を見る
才をたのみき
眼を病んで黒い眼鏡をかけたころ
原文を見る
眼を病みて黒き眼鏡をかけし頃
あのころだ
原文を見る
その頃よ
一人で泣くことを覚えたのは
原文を見る
一人泣くをおぼえし
私の心は
原文を見る
わがこころ
今日もひそかに泣こうとする
原文を見る
けふもひそかに泣かむとす
友はみな自分の道を歩いていった
原文を見る
友みな己が道をあゆめり
人より先に恋の甘さと
原文を見る
先んじて恋のあまさと
かなしさを知った私だ
原文を見る
かなしさを知りし我なり
人より先に老いる
原文を見る
先んじて老ゆ
興が乗ると
原文を見る
興来れば
友は涙を流し手をふって
原文を見る
友なみだ垂れ手を揮りて
酔っぱらいのようになって語った
原文を見る
酔漢のごとくなりて語りき
人ごみの中を分けて来る
原文を見る
人ごみの中をわけ来る
わが友の
原文を見る
わが友の
昔ながらの太い杖だな
原文を見る
むかしながらの太き杖かな
見栄えのいい年賀状を書く人だと
原文を見る
見よげなる年賀の文を書く人と
思い過ごしてきた
原文を見る
おもひ過ぎにき
三年ばかりは
原文を見る
三年ばかりは
夢からさめてふと悲しむ
原文を見る
夢さめてふっと悲しむ
私の眠りは
原文を見る
わが眠り
昔のように安らかでないな
原文を見る
昔のごとく安からぬかな
昔は秀才の名が高かった
原文を見る
そのむかし秀才の名の高かりし
友が牢にいる
原文を見る
友牢にあり
秋の風が吹く
原文を見る
秋のかぜ吹く
近眼で
原文を見る
近眼にて
おどけた歌をよんだ
原文を見る
おどけし歌をよみ出でし
茂雄の恋もかなしかったのか
原文を見る
茂雄の恋もかなしかりしか
妻の昔の願いは
原文を見る
わが妻のむかしの願ひ
音楽のことにあった
原文を見る
音楽のことにかかりき
今はうたわない
原文を見る
今はうたはず
友はみなある日四方に散っていった
原文を見る
友はみな或日四方に散り行きぬ
それから八年
原文を見る
その後八年
名を挙げた者もいない
原文を見る
名挙げしもなし
私の恋を
原文を見る
わが恋を
はじめて友に打ち明けた夜のことなど
原文を見る
はじめて友にうち明けし夜のことなど
思い出す日
原文を見る
思ひ出づる日
糸の切れた凧のように
原文を見る
糸切れし紙鳶のごとくに
若い日の心は軽々と
原文を見る
若き日の心かろくも
飛び去ってしまったな
原文を見る
とびさりしかな
二
原文を見る
二
ふるさとの訛りがなつかしい
原文を見る
ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
原文を見る
停車場の人ごみの中に
それを聴きに行く
原文を見る
そを聴きにゆく
病んだ獣のような
原文を見る
やまひある獣のごとき
私の心も
原文を見る
わがこころ
ふるさとのことを聞けばおとなしい
原文を見る
ふるさとのこと聞けばおとなし
ふと思う
原文を見る
ふと思ふ
ふるさとで毎日聴いた雀の鳴く声を
原文を見る
ふるさとにゐて日毎聴きし雀の鳴くを
三年聴いていない
原文を見る
三年聴かざり
亡くなった先生が昔
原文を見る
亡くなれる師がその昔
くださった
原文を見る
たまひたる
地理の本など取り出して見る
原文を見る
地理の本など取りいでて見る
あの昔
原文を見る
その昔
小学校の柾屋根に私が投げた鞠は
原文を見る
小学校の柾屋根に我が投げし鞠
どうなっただろう
原文を見る
いかにかなりけむ
ふるさとの
原文を見る
ふるさとの
あの道ばたの捨て石よ
原文を見る
かの路傍のすて石よ
今年も草に埋もれているだろう
原文を見る
今年も草に埋もれしらむ
離れていれば妹がいとしい
原文を見る
わかれをれば妹いとしも
赤い鼻緒の
原文を見る
赤き緒の
下駄が欲しいとわめく子だった
原文を見る
下駄など欲しとわめく子なりし
二日前に山の絵を見たが
原文を見る
二日前に山の絵見しが
今朝になって
原文を見る
今朝になりて
にわかに恋しいふるさとの山
原文を見る
にはかに恋しふるさとの山
飴売りのチャルメラを聴くと
原文を見る
飴売のチャルメラ聴けば
なくした
原文を見る
うしなひし
幼い心を拾えたようだ
原文を見る
をさなき心ひろへるごとし
このごろは
原文を見る
このごろは
母も時々ふるさとのことを言い出す
原文を見る
母も時時ふるさとのことを言ひ出づ
秋になったのだ
原文を見る
秋に入れるなり
それとなく
原文を見る
それとなく
故郷のことなど語り出して
原文を見る
郷里のことなど語り出でて
秋の夜に焼く餅のにおいよ
原文を見る
秋の夜に焼く餅のにほひかな
なにかにつけて渋民村が恋しい
原文を見る
かにかくに渋民村は恋しかり
思い出の山
原文を見る
おもひでの山
思い出の川
原文を見る
おもひでの川
田も畑も売って酒をのみ
原文を見る
田も畑も売りて酒のみ
滅びていくふるさとの人に
原文を見る
ほろびゆくふるさと人に
心を寄せる日
原文を見る
心寄する日
ああ、私が教えた
原文を見る
あはれかの我の教へし
あの子らもまた
原文を見る
子等もまた
やがてふるさとを捨てて出ていくのだろう
原文を見る
やがてふるさとを棄てて出づるらむ
ふるさとを出てきた者どうしが
原文を見る
ふるさとを出で来し子等の
めぐり会って
原文を見る
相会ひて
よろこぶことにまさるかなしみはない
原文を見る
よろこぶにまさるかなしみはなし
石を投げて追われるように
原文を見る
石をもて追はるるごとく
ふるさとを出たかなしみは
原文を見る
ふるさとを出でしかなしみ
消えるときがない
原文を見る
消ゆる時なし
やわらかに柳が青む
原文を見る
やはらかに柳あをめる
北上の岸辺が目に見える
原文を見る
北上の岸辺目に見ゆ
泣けというように
原文を見る
泣けとごとくに
ふるさとの
原文を見る
ふるさとの
村医者の妻のつつましい櫛巻きなども
原文を見る
村医の妻のつつましき櫛巻なども
なつかしいものだ
原文を見る
なつかしきかな
あの村の登記所に来て
原文を見る
かの村の登記所に来て
肺を病んで
原文を見る
肺病みて
間もなく死んだ男もいた
原文を見る
間もなく死にし男もありき
小学校の首席を私と争った
原文を見る
小学の首席を我と争ひし
友がいとなむ
原文を見る
友のいとなむ
木賃宿だな
原文を見る
木賃宿かな
千代治たちも大きくなって恋をし
原文を見る
千代治等も長じて恋し
子をもうけた
原文を見る
子を挙げぬ
私が旅先でそうしたように
原文を見る
わが旅にしてなせしごとくに
ある年の盆の祭りに
原文を見る
ある年の盆の祭に
着物を貸すから踊れと言った
原文を見る
衣貸さむ踊れと言ひし
あの女を思う
原文を見る
女を思ふ
のろまな兄と
原文を見る
うすのろの兄と
体の不自由な父を持つ三太はかなしい
原文を見る
不具の父もてる三太はかなし
夜も本を読む
原文を見る
夜も書読む
私と一緒に
原文を見る
我と共に
栗毛の仔馬を走らせた
原文を見る
栗毛の仔馬走らせし
母のない子の盗み癖だな
原文を見る
母の無き子の盗癖かな
大きな柄の被布の模様の赤い花
原文を見る
大形の被布の模様の赤き花
今も目に見える
原文を見る
今も目に見ゆ
六つの日の恋
原文を見る
六歳の日の恋
その名さえ忘れられたころ
原文を見る
その名さへ忘られし頃
ふらりとふるさとに来て
原文を見る
飄然とふるさとに来て
咳をしていた男
原文を見る
咳せし男
意地悪な大工の子などもかなしい
原文を見る
意地悪の大工の子などもかなしかり
戦に出たが
原文を見る
戦に出でしが
生きて帰らなかった
原文を見る
生きてかへらず
肺を病む
原文を見る
肺を病む
道楽者の地主の跡取りの
原文を見る
極道地主の総領の
嫁取りの日の春の雷だな
原文を見る
よめとりの日の春の雷かな
宗次郎に
原文を見る
宗次郎に
おかねが泣いて口説いている
原文を見る
おかねが泣きて口説き居り
大根の花の白い夕暮れ
原文を見る
大根の花白きゆふぐれ
気の小さい役場の書記が
原文を見る
小心の役場の書記の
気が触れたと噂に立った
原文を見る
気の狂れし噂に立てる
ふるさとの秋
原文を見る
ふるさとの秋
私の従兄は
原文を見る
わが従兄
野山の猟に飽きたあと
原文を見る
野山の猟に飽きし後
酒をのみ家を売り病んで死んだ
原文を見る
酒のみ家売り病みて死にしかな
私が行って手を取ると
原文を見る
我ゆきて手をとれば
泣いてしずまった
原文を見る
泣きてしづまりき
酔って荒れた、あの昔の友
原文を見る
酔ひて荒れしそのかみの友
酒をのむと
原文を見る
酒のめば
刀を抜いて妻を追う教師もいた
原文を見る
刀をぬきて妻を逐ふ教師もありき
村を追われた
原文を見る
村を遂はれき
年ごとに肺を病む者の増えていく
原文を見る
年ごとに肺病やみの殖えてゆく
村に迎えた
原文を見る
村に迎へし
若い医者だな
原文を見る
若き医者かな
ほたる狩り
原文を見る
ほたる狩
川に行こうという私を
原文を見る
川にゆかむといふ我を
山道に誘う人だった
原文を見る
山路にさそふ人にてありき
じゃがいものうす紫の花に降る
原文を見る
馬鈴薯のうす紫の花に降る
雨を思った
原文を見る
雨を思へり
都の雨に
原文を見る
都の雨に
ああ、私のノスタルジアは
原文を見る
あはれ我がノスタルジヤは
金のように
原文を見る
金のごと
心に照っている、清く絶え間なく
原文を見る
心に照れり清くしみらに
友として遊ぶ者もない
原文を見る
友として遊ぶものなき
性根の悪い巡査の子らも
原文を見る
性悪の巡査の子等も
あわれだった
原文を見る
あはれなりけり
かっこう鳥が
原文を見る
閑古鳥
鳴く日になると起こるという
原文を見る
鳴く日となれば起るてふ
友の病はどうなっただろう
原文を見る
友のやまひのいかになりけむ
私の思うことは
原文を見る
わが思ふこと
おおかた正しい
原文を見る
おほかたは正しかり
ふるさとの便りが届いた朝は
原文を見る
ふるさとのたより着ける朝は
今日聞けば
原文を見る
今日聞けば
あの幸うすい後家さんが
原文を見る
かの幸うすきやもめ人
汚れた恋に身を入れているという
原文を見る
きたなき恋に身を入るるてふ
私のために
原文を見る
わがために
悩める魂をしずめよと
原文を見る
なやめる魂をしづめよと
讃美歌をうたう人がいたな
原文を見る
讃美歌うたふ人ありしかな
ああ、あの男のような魂よ
原文を見る
あはれかの男のごときたましひよ
今はどこで
原文を見る
今は何処に
何を思っているのか
原文を見る
何を思ふや
わが庭の白いつつじを
原文を見る
わが庭の白き躑躅を
薄月の夜に
原文を見る
薄月の夜に
折っていったことを忘れるな
原文を見る
折りゆきしことな忘れそ
わが村に
原文を見る
わが村に
はじめてイエス・キリストの道を説いた
原文を見る
初めてイエス・クリストの道を説きたる
若い女だな
原文を見る
若き女かな
霧の深い好摩の原の
原文を見る
霧ふかき好摩の原の
停車場の
原文を見る
停車場の
朝の虫の声こそ心にしみる
原文を見る
朝の虫こそすずろなりけれ
汽車の窓
原文を見る
汽車の窓
はるか北にふるさとの山が見えてくると
原文を見る
はるかに北にふるさとの山見え来れば
思わず襟を正す
原文を見る
襟を正すも
ふるさとの土を踏むと
原文を見る
ふるさとの土をわが踏めば
なんとなく足が軽くなり
原文を見る
何がなしに足軽くなり
心は重くなった
原文を見る
心重れり
ふるさとに入ってまず心が痛む
原文を見る
ふるさとに入りて先づ心傷むかな
道は広くなり
原文を見る
道広くなり
橋も新しい
原文を見る
橋もあたらし
見も知らぬ女の先生が
原文を見る
見もしらぬ女教師が
あの昔の
原文を見る
そのかみの
私の学び舎の窓に立っている
原文を見る
わが学舎の窓に立てるかな
あの家のあの窓でこそ
原文を見る
かの家のかの窓にこそ
春の夜を
原文を見る
春の夜を
秀子とともに蛙の声を聴いたのだ
原文を見る
秀子とともに蛙聴きけれ
あの昔の神童という名の
原文を見る
そのかみの神童の名の
かなしさよ
原文を見る
かなしさよ
ふるさとに来て泣くのはそのこと
原文を見る
ふるさとに来て泣くはそのこと
ふるさとの停車場への道の
原文を見る
ふるさとの停車場路の
川ばたの
原文を見る
川ばたの
胡桃の木の下で小石を拾った
原文を見る
胡桃の下に小石拾へり
ふるさとの山に向かって
原文を見る
ふるさとの山に向ひて
言うことはない
原文を見る
言ふことなし
ふるさとの山はありがたいものだ
原文を見る
ふるさとの山はありがたきかな
秋風のこころよさに
原文を見る
秋風のこころよさに
ふるさとの空が遠いからか
原文を見る
ふるさとの空遠みかも
高い建物にひとりのぼって
原文を見る
高き屋にひとりのぼりて
憂いを抱いて下りる
原文を見る
愁ひて下る
白く輝いて玉と見まがう小人物も
原文を見る
皎として玉をあざむく小人も
秋が来たというので
原文を見る
秋来といふに
物を思っている
原文を見る
物を思へり
かなしいのは
原文を見る
かなしきは
秋風だ
原文を見る
秋風ぞかし
たまにしか湧かなかった涙がしきりに流れる
原文を見る
稀にのみ湧きし涙の繁に流るる
青く透きとおる
原文を見る
青に透く
かなしみの玉を枕にして
原文を見る
かなしみの玉に枕して
松の鳴る音を夜どおし聴く
原文を見る
松のひびきを夜もすがら聴く
神さびた七山の杉を
原文を見る
神寂びし七山の杉
火のように染めて日が沈んだ
原文を見る
火のごとく染めて日入りぬ
静かなことだ
原文を見る
静かなるかな
それを読めば
原文を見る
そを読めば
憂いを知るという書を焼いた
原文を見る
愁ひ知るといふ書焚ける
昔の人の心がいい
原文を見る
いにしへ人の心よろしも
何もかもがはかなげに
原文を見る
ものなべてうらはかなげに
暮れていった
原文を見る
暮れゆきぬ
悲しみをかき集めたような日は
原文を見る
とりあつめたる悲しみの日は
水たまりが
原文を見る
水潦
暮れていく空と紅の紐を浮かべた
原文を見る
暮れゆく空とくれなゐの紐を浮べぬ
秋雨のあと
原文を見る
秋雨の後
秋が立つのは水に似ている
原文を見る
秋立つは水にかも似る
洗われて
原文を見る
洗はれて
思いがことごとく新しくなる
原文を見る
思ひことごと新しくなる
憂いを抱いて
原文を見る
愁ひ来て
丘にのぼると
原文を見る
丘にのぼれば
名も知らぬ鳥がついばんでいる、赤い茨の実を
原文を見る
名も知らぬ鳥啄めり赤き茨の実
秋の辻
原文を見る
秋の辻
四すじの道の三すじへと吹いていく風の
原文を見る
四すぢの路の三すぢへと吹きゆく風の
そのあとは見えない
原文を見る
あと見えずかも
秋の声がまっさきに耳に入る
原文を見る
秋の声まづいち早く耳に入る
そんな性分を持つ
原文を見る
かかる性持つ
かなしむべきことだ
原文を見る
かなしむべかり
見なれた山ではあるが
原文を見る
目になれし山にはあれど
秋が来ると
原文を見る
秋来れば
神でも住むのかと畏れて見る
原文を見る
神や住まむとかしこみて見る
私のなすべきことが世に尽きて
原文を見る
わが為さむこと世に尽きて
長い一日を
原文を見る
長き日を
こんなにも物を思うのか
原文を見る
かくしもあはれ物を思ふか
さらさらと雨が落ちてきて
原文を見る
さらさらと雨落ち来り
庭の面が濡れていくのを見て
原文を見る
庭の面の濡れゆくを見て
涙を忘れた
原文を見る
涙わすれぬ
ふるさとの寺の廊下で
原文を見る
ふるさとの寺の御廊に
踏んでしまった
原文を見る
踏みにける
小櫛の蝶を夢に見た
原文を見る
小櫛の蝶を夢にみしかな
試しに
原文を見る
こころみに
幼い日の自分になって
原文を見る
いとけなき日の我となり
話しかけてみたい人がいればと思う
原文を見る
物言ひてみむ人あれと思ふ
はたはたと黍の葉が鳴る
原文を見る
はたはたと黍の葉鳴れる
ふるさとの軒端がなつかしい
原文を見る
ふるさとの軒端なつかし
秋風が吹くと
原文を見る
秋風吹けば
ふれあう肩のすきまから
原文を見る
摩れあへる肩のひまより
ほんの少し見たということまで
原文を見る
はつかにも見きといふさへ
日記に残っている
原文を見る
日記に残れり
風流な男は今も昔も
原文を見る
風流男は今も昔も
淡雪のような
原文を見る
泡雪の
白い腕を枕にする夜に老いていくらしい
原文を見る
玉手さし捲く夜にし老ゆらし
ふと忘れてもみたい
原文を見る
かりそめに忘れても見まし
石だたみが
原文を見る
石だたみ
春に生える草に埋もれるように
原文を見る
春生ふる草に埋るるがごと
あの昔ゆりかごに寝て
原文を見る
その昔揺籃に寝て
幾度も夢に見た人だろうか
原文を見る
あまたたび夢にみし人か
切になつかしい
原文を見る
切になつかし
神無月
原文を見る
神無月
岩手の山の
原文を見る
岩手の山の
初雪が眉に迫った朝を思った
原文を見る
初雪の眉にせまりし朝を思ひぬ
日照り雨がさらさら落ちて
原文を見る
ひでり雨さらさら落ちて
庭先の
原文を見る
前栽の
萩が少し乱れたことだ
原文を見る
萩のすこしく乱れたるかな
秋の空はがらんとして影もない
原文を見る
秋の空廓寥として影もなし
あまりにさびしい
原文を見る
あまりにさびし
烏でも飛べ
原文を見る
烏など飛べ
雨あがりの月
原文を見る
雨後の月
ほどよく濡れた屋根瓦の
原文を見る
ほどよく濡れし屋根瓦の
ところどころ光るかなしさ
原文を見る
そのところどころ光るかなしさ
私が飢えているある日に
原文を見る
われ饑ゑてある日に
細い尾をふって
原文を見る
細き尾を掉りて
飢えて私を見る犬の顔がいい
原文を見る
饑ゑて我を見る犬の面よし
いつのまにか
原文を見る
いつしかに
泣くということを忘れた
原文を見る
泣くといふこと忘れたる
私を泣かせてくれる人はいないか
原文を見る
我泣かしむる人のあらじか
涙があふれて
原文を見る
汪然として
ああ、酒のかなしみが私に来た
原文を見る
ああ酒のかなしみぞ我に来れる
立って舞おう
原文を見る
立ちて舞ひなむ
こおろぎが鳴く
原文を見る
蛼鳴く
そのかたわらの石にうずくまり
原文を見る
そのかたはらの石に踞し
泣き笑いしてひとり物を言う
原文を見る
泣き笑ひしてひとり物言ふ
力なく病んだころから
原文を見る
力なく病みし頃より
口を少し開けて眠るのが
原文を見る
口すこし開きて眠るが
癖になった
原文を見る
癖となりにき
人ひとりを得るだけのことを
原文を見る
人ひとり得るに過ぎざる事をもて
大願としていた
原文を見る
大願とせし
若い日のあやまち
原文を見る
若きあやまち
すねてみせる
原文を見る
物怨ずる
そのやわらかな上目づかいを
原文を見る
そのやはらかき上目をば
いとしいからと、わざと冷たくできるものか
原文を見る
愛づとことさらつれなくせむや
これほど熱い涙は
原文を見る
かくばかり熱き涙は
初恋の日にもあったと
原文を見る
初恋の日にもありきと
泣く日はもうない
原文を見る
泣く日またなし
長く長く忘れていた友に
原文を見る
長く長く忘れし友に
会うような
原文を見る
会ふごとき
よろこびで水の音を聴く
原文を見る
よろこびをもて水の音聴く
秋の夜の
原文を見る
秋の夜の
鋼の色の大空に
原文を見る
鋼鉄の色の大空に
火を噴く山でもあればなどと思う
原文を見る
火を噴く山もあれなど思ふ
岩手山
原文を見る
岩手山
秋はふもとの三方の
原文を見る
秋はふもとの三方の
野に満ちる虫の声を何と聴いているだろう
原文を見る
野に満つる虫を何と聴くらむ
父のように秋はいかめしい
原文を見る
父のごと秋はいかめし
母のように秋はなつかしい
原文を見る
母のごと秋はなつかし
家を持たない子には
原文を見る
家持たぬ児に
秋が来ると
原文を見る
秋来れば
恋しく思う心のせわしなさよ
原文を見る
恋ふる心のいとまなさよ
夜も寝つけずに雁の声を多く聴く
原文を見る
夜もい寝がてに雁多く聴く
長月も半ばになった
原文を見る
長月も半ばになりぬ
いつまで
原文を見る
いつまでか
こんなに幼く、言い出せずにいるのだろう
原文を見る
かくも幼く打出でずあらむ
思っているとは言わない人が
原文を見る
思ふてふこと言はぬ人の
送ってきた
原文を見る
おくり来し
忘れな草もはっきりと目立っていた
原文を見る
忘れな草もいちじろかりし
秋の雨に反り返りやすい弓のように
原文を見る
秋の雨に逆反りやすき弓のごと
このごろ
原文を見る
このごろ
君は私に親しんでくれないな
原文を見る
君のしたしまぬかな
松の風が夜も昼もひびいた
原文を見る
松の風夜昼ひびきぬ
人の訪れない山の祠の
原文を見る
人訪はぬ山の祠の
石馬の耳に
原文を見る
石馬の耳に
ほのかな朽木の香り
原文を見る
ほのかなる朽木の香り
そのなかの茸の香りに
原文を見る
そがなかの蕈の香りに
秋がやや深い
原文を見る
秋やや深し
時雨が降るような音をたてて
原文を見る
時雨降るごとき音して
木を伝っていった
原文を見る
木伝ひぬ
人によく似た森の猿ども
原文を見る
人によく似し森の猿ども
森の奥
原文を見る
森の奥
遠いひびきがする
原文を見る
遠きひびきす
木のうろで臼をひく小人の国にでも来たのか
原文を見る
木のうろに臼ひく侏儒の国にかも来し
世のはじめ
原文を見る
世のはじめ
まず森があって
原文を見る
まづ森ありて
半ば神である人がそのなかで火を守っていたのか
原文を見る
半神の人そが中に火や守りけむ
はてもなく砂がつづく
原文を見る
はてもなく砂うちつづく
ゴビの野に住む神は
原文を見る
戈壁の野に住みたまふ神は
秋の神だろうか
原文を見る
秋の神かも
天地に
原文を見る
あめつちに
私の悲しみと月の光と
原文を見る
わが悲しみと月光と
あまねく満ちる秋の夜になった
原文を見る
あまねき秋の夜となれりけり
もの悲しい
原文を見る
うらがなしき
夜の物音がもれてくるのを
原文を見る
夜の物の音洩れ来るを
拾うようにさまよい歩いた
原文を見る
拾ふがごとくさまよひ行きぬ
旅の子が
原文を見る
旅の子の
ふるさとに来て眠るように
原文を見る
ふるさとに来て眠るがに
まことに静かに冬が来たことだ
原文を見る
げに静かにも冬の来しかな
忘れがたき人人
原文を見る
忘れがたき人人
一
原文を見る
一
潮の香る北の浜辺の
原文を見る
潮かをる北の浜辺の
砂山のあのはまなすよ
原文を見る
砂山のかの浜薔薇よ
今年も咲いているか
原文を見る
今年も咲けるや
頼みにしていた年の若さを数えてみて
原文を見る
たのみつる年の若さを数へみて
指を見つめて
原文を見る
指を見つめて
旅がいやになった
原文を見る
旅がいやになりき
三度ほど
原文を見る
三度ほど
汽車の窓からながめた町の名なども
原文を見る
汽車の窓よりながめたる町の名なども
親しく思える
原文を見る
したしかりけり
函館の床屋の弟子を
原文を見る
函館の床屋の弟子を
思い出した
原文を見る
おもひ出でぬ
耳を剃らせるのが心地よかった
原文を見る
耳剃らせるがこころよかりし
私のあとを追ってきて
原文を見る
わがあとを追ひ来て
知る人もない
原文を見る
知れる人もなき
辺鄙な土地に住んだ母と妻だな
原文を見る
辺土に住みし母と妻かな
船に酔ってやさしくなった
原文を見る
船に酔ひてやさしくなれる
妹の眼が見える
原文を見る
いもうとの眼見ゆ
津軽の海を思うと
原文を見る
津軽の海を思へば
目を閉じて
原文を見る
目を閉ぢて
傷心の句を口ずさんでいた
原文を見る
傷心の句を誦してゐし
友の手紙のおどけが悲しい
原文を見る
友の手紙のおどけ悲しも
幼いころ
原文を見る
をさなき時
橋の欄干に糞を塗った
原文を見る
橋の欄干に糞塗りし
話も友はかなしんで聞いた
原文を見る
話も友はかなしみてしき
おそらく生涯妻は迎えまいと
原文を見る
おそらくは生涯妻をむかへじと
笑った友よ
原文を見る
わらひし友よ
今も妻を持たない
原文を見る
今もめとらず
ああ、あの
原文を見る
あはれかの
眼鏡の縁をさびしげに光らせていた
原文を見る
眼鏡の縁をさびしげに光らせてゐし
女の先生よ
原文を見る
女教師よ
友は私に飯を与えてくれた
原文を見る
友われに飯を与へき
その友に背いた私の
原文を見る
その友に背きし我の
性分のかなしさ
原文を見る
性のかなしさ
函館の青柳町こそかなしい
原文を見る
函館の青柳町こそかなしけれ
友の恋の歌
原文を見る
友の恋歌
矢車の花
原文を見る
矢ぐるまの花
ふるさとの
原文を見る
ふるさとの
麦の香りをなつかしむ
原文を見る
麦のかをりを懐かしむ
女の眉に心ひかれた
原文を見る
女の眉にこころひかれき
新しい洋書の紙の
原文を見る
あたらしき洋書の紙の
香りをかいで
原文を見る
香をかぎて
ひたすら金が欲しいと思ったものだ
原文を見る
一途に金を欲しと思ひしが
白波が寄せて騒ぐ
原文を見る
しらなみの寄せて騒げる
函館の大森浜で
原文を見る
函館の大森浜に
思ったことの数々
原文を見る
思ひしことども
朝ごとに
原文を見る
朝な朝な
中国の俗謡をうたい出す
原文を見る
支那の俗歌をうたひ出づる
枕時計をいとおしんだかなしみ
原文を見る
まくら時計を愛でしかなしみ
漂泊の憂いを書こうとして書けなかった
原文を見る
漂泊の愁ひを叙して成らざりし
草稿の字の
原文を見る
草稿の字の
読みにくさよ
原文を見る
読みがたさかな
幾度も死のうとしては
原文を見る
いくたびか死なむとしては
死ななかった
原文を見る
死なざりし
わが来し方がおかしくも悲しい
原文を見る
わが来しかたのをかしく悲し
函館の臥牛山の中腹の
原文を見る
函館の臥牛の山の半腹の
碑の漢詩も
原文を見る
碑の漢詩も
半ば忘れてしまった
原文を見る
なかば忘れぬ
もごもごと
原文を見る
むやむやと
口の中でありがたそうなことをつぶやく
原文を見る
口の中にてたふとげの事を呟く
物乞いもいた
原文を見る
乞食もありき
取るに足らぬ男と思えと言うように
原文を見る
とるに足らぬ男と思へと言ふごとく
山に入っていった
原文を見る
山に入りにき
神のような友
原文を見る
神のごとき友
巻煙草を口にくわえて
原文を見る
巻煙草口にくはへて
波の荒い
原文を見る
浪あらき
磯の夜霧に立っていた女よ
原文を見る
磯の夜霧に立ちし女よ
演習の合間にわざわざ
原文を見る
演習のひまにわざわざ
汽車に乗って
原文を見る
汽車に乗りて
訪ねてきた友とのむ酒だな
原文を見る
訪ひ来し友とのめる酒かな
大川の水面を見るたびに
原文を見る
大川の水の面を見るごとに
郁雨よ
原文を見る
郁雨よ
君のなやみを思う
原文を見る
君のなやみを思ふ
智慧とその深い慈悲とを
原文を見る
智慧とその深き慈悲とを
もてあまして
原文を見る
もちあぐみ
することもなく友は遊んでいる
原文を見る
為すこともなく友は遊べり
志を遂げられない人たちが
原文を見る
こころざし得ぬ人人の
集まって酒をのむ場所が
原文を見る
あつまりて酒のむ場所が
わが家だったな
原文を見る
我が家なりしかな
かなしむと高く笑った
原文を見る
かなしめば高く笑ひき
酒で
原文を見る
酒をもて
悶えを解くという年上の友
原文を見る
悶を解すといふ年上の友
若くして
原文を見る
若くして
数人の子の父となった友は
原文を見る
数人の父となりし友
子がないように酔えばうたった
原文を見る
子なきがごとく酔へばうたひき
さりげない高い笑いが
原文を見る
さりげなき高き笑ひが
酒とともに
原文を見る
酒とともに
私のはらわたに沁みたらしい
原文を見る
我が腸に沁みにけらしな
あくびをかみ殺し
原文を見る
呿呻噛み
夜汽車の窓で別れた
原文を見る
夜汽車の窓に別れたる
その別れが今は物足りないな
原文を見る
別れが今は物足らぬかな
雨に濡れた夜汽車の窓に
原文を見る
雨に濡れし夜汽車の窓に
映った
原文を見る
映りたる
山あいの町のともしびの色
原文を見る
山間の町のともしびの色
雨の強く降る夜の汽車の
原文を見る
雨つよく降る夜の汽車の
たえまなく雫の流れる
原文を見る
たえまなく雫流るる
窓ガラスだな
原文を見る
窓硝子かな
真夜中の
原文を見る
真夜中の
倶知安駅で降りていった
原文を見る
倶知安駅に下りゆきし
女の鬢の古い傷あと
原文を見る
女の鬢の古き痍あと
札幌に
原文を見る
札幌に
あの秋、私が持っていった
原文を見る
かの秋われの持てゆきし
そして今も持っているかなしみ
原文を見る
しかして今も持てるかなしみ
アカシヤの並木にポプラに
原文を見る
アカシヤの街樾にポプラに
秋の風が
原文を見る
秋の風
吹くのがかなしいと日記に残っている
原文を見る
吹くがかなしと日記に残れり
しんとして幅の広い街の
原文を見る
しんとして幅広き街の
秋の夜の
原文を見る
秋の夜の
とうもろこしの焼けるにおいよ
原文を見る
玉蜀黍の焼くるにほひよ
宿の姉と妹のいさかいに
原文を見る
わが宿の姉と妹のいさかひに
宵が過ぎていった
原文を見る
初夜過ぎゆきし
札幌の雨
原文を見る
札幌の雨
石狩の美国という停車場の
原文を見る
石狩の美国といへる停車場の
柵に干してあった
原文を見る
柵に乾してありし
赤い布きれだな
原文を見る
赤き布片かな
かなしいのは小樽の町よ
原文を見る
かなしきは小樽の町よ
歌うことのない人たちの
原文を見る
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
原文を見る
声の荒さよ
泣くように首をふるわせて
原文を見る
泣くがごと首ふるはせて
手相を見せよと言った
原文を見る
手の相を見せよといひし
易者もいた
原文を見る
易者もありき
わずかな銭を借りていった
原文を見る
いささかの銭借りてゆきし
わが友の
原文を見る
わが友の
後ろ姿の肩の雪だな
原文を見る
後姿の肩の雪かな
世渡りの下手なことを
原文を見る
世わたりの拙きことを
ひそかに
原文を見る
ひそかにも
誇りとしていた私ではないか
原文を見る
誇りとしたる我にやはあらぬ
おまえの痩せた体はすべて
原文を見る
汝が痩せしからだはすべて
謀反気のかたまりだと
原文を見る
謀叛気のかたまりなりと
言われたことがある
原文を見る
いはれてしこと
あの年のあの新聞の
原文を見る
かの年のかの新聞の
初雪の記事を書いたのは
原文を見る
初雪の記事を書きしは
私だったな
原文を見る
我なりしかな
椅子で私を打とうと身構えた
原文を見る
椅子をもて我を撃たむと身構へし
あの友の酔いも
原文を見る
かの友の酔ひも
今はさめただろう
原文を見る
今は醒めつらむ
負けたのも私だった
原文を見る
負けたるも我にてありき
争いのもとも私だったと
原文を見る
あらそひの因も我なりしと
今は思う
原文を見る
今は思へり
殴るぞと言うのに
原文を見る
殴らむといふに
殴れとつめ寄った
原文を見る
殴れとつめよせし
昔の自分がいとしいな
原文を見る
昔の我のいとほしきかな
おまえは三度
原文を見る
汝三度
この喉に剣を突きつけたと
原文を見る
この咽喉に剣を擬したりと
彼は別れの言葉に言った
原文を見る
彼告別の辞に言へりけり
争って
原文を見る
あらそひて
ひどく憎んで別れた
原文を見る
いたく憎みて別れたる
友をなつかしく思う日も来た
原文を見る
友をなつかしく思ふ日も来ぬ
ああ、あの眉の秀でた少年よ
原文を見る
あはれかの眉の秀でし少年よ
弟と呼ぶと
原文を見る
弟と呼べば
かすかに笑ったが
原文を見る
はつかに笑みしが
妻に着物を縫わせた友がいた
原文を見る
わが妻に着物縫はせし友ありし
冬の早く来る
原文を見る
冬早く来る
植民地だな
原文を見る
植民地かな
手のひらで
原文を見る
平手もて
吹雪に濡れた顔をぬぐう
原文を見る
吹雪にぬれし顔を拭く
友は共産を主義としていた
原文を見る
友共産を主義とせりけり
酒をのむと鬼のように青ざめた
原文を見る
酒のめば鬼のごとくに青かりし
大きな顔よ
原文を見る
大いなる顔よ
かなしい顔よ
原文を見る
かなしき顔よ
樺太に渡って
原文を見る
樺太に入りて
新しい宗教を興そうという
原文を見る
新しき宗教を創めむといふ
友だったな
原文を見る
友なりしかな
おさまった世の何事もなさに
原文を見る
治まれる世の事無さに
飽きたと言っていたころこそ
原文を見る
飽きたりといひし頃こそ
かなしかった
原文を見る
かなしかりけれ
共同の薬屋を開いて
原文を見る
共同の薬屋開き
儲けようという友だった
原文を見る
儲けむといふ友なりき
詐欺をしたという
原文を見る
詐欺せしといふ
青白い頬に涙を光らせて
原文を見る
あをじろき頬に涙を光らせて
死を語った
原文を見る
死をば語りき
若い商人
原文を見る
若き商人
子を背負って
原文を見る
子を負ひて
雪の吹き込む停車場で
原文を見る
雪の吹き入る停車場に
私を見送った妻の眉だな
原文を見る
われ見送りし妻の眉かな
敵として憎んだ友と
原文を見る
敵として憎みし友と
やや長く手を握った
原文を見る
やや長く手をば握りき
別れだというので
原文を見る
わかれといふに
動き出す汽車の窓から
原文を見る
ゆるぎ出づる汽車の窓より
人より先に顔を引っこめたのも
原文を見る
人先に顔を引きしも
負けまいがため
原文を見る
負けざらむため
みぞれの降る
原文を見る
みぞれ降る
石狩の野の汽車で読んだ
原文を見る
石狩の野の汽車に読みし
ツルゲーネフの物語だな
原文を見る
ツルゲエネフの物語かな
自分が去ったあとの噂を
原文を見る
わが去れる後の噂を
思いやる旅立ちはかなしい
原文を見る
おもひやる旅出はかなし
死にに行くように
原文を見る
死ににゆくごと
別れてきてふと瞬くと
原文を見る
わかれ来てふと瞬けば
思いがけず
原文を見る
ゆくりなく
つめたいものが頬をつたった
原文を見る
つめたきものの頬をつたへり
忘れてきた煙草を思う
原文を見る
忘れ来し煙草を思ふ
行けども行けども
原文を見る
ゆけどゆけど
山はなお遠い雪の野の汽車
原文を見る
山なほ遠き雪の野の汽車
うす紅く雪に流れて
原文を見る
うす紅く雪に流れて
入り日の光が
原文を見る
入日影
荒野の汽車の窓を照らした
原文を見る
曠野の汽車の窓を照せり
腹が少し痛み出したのを
原文を見る
腹すこし痛み出でしを
こらえながら
原文を見る
しのびつつ
長旅の汽車でのむ煙草だな
原文を見る
長路の汽車にのむ煙草かな
乗り合わせた砲兵士官の
原文を見る
乗合の砲兵士官の
剣の鞘が
原文を見る
剣の鞘
がちゃりと鳴って物思いが破れた
原文を見る
がちゃりと鳴るに思ひやぶれき
名前だけ知って縁もゆかりもない土地の
原文を見る
名のみ知りて縁もゆかりもなき土地の
宿屋は気安い
原文を見る
宿屋安けし
わが家のように
原文を見る
我が家のごと
道連れだったあの代議士の
原文を見る
伴なりしかの代議士の
口を開けた青い寝顔を
原文を見る
口あける青き寐顔を
かなしいと思った
原文を見る
かなしと思ひき
今夜こそ思う存分泣いてみようと
原文を見る
今夜こそ思ふ存分泣いてみむと
泊まった宿屋の
原文を見る
泊りし宿屋の
茶のぬるさよ
原文を見る
茶のぬるさかな
水蒸気が
原文を見る
水蒸気
列車の窓に花のように凍りついたのを染める
原文を見る
列車の窓に花のごと凍てしを染むる
あかつきの色
原文を見る
あかつきの色
ごおと鳴る木枯らしのあと
原文を見る
ごおと鳴る凩のあと
乾いた雪が舞い立って
原文を見る
乾きたる雪舞ひ立ちて
林を包んだ
原文を見る
林を包めり
空知川は雪に埋もれて
原文を見る
空知川雪に埋れて
鳥も見えず
原文を見る
鳥も見えず
岸辺の林に人がひとりいた
原文を見る
岸辺の林に人ひとりゐき
寂しさを敵とし友として
原文を見る
寂莫を敵とし友とし
雪のなかで
原文を見る
雪のなかに
長い一生を送る人もある
原文を見る
長き一生を送る人もあり
ひどく汽車に疲れて、それでもなお
原文を見る
いたく汽車に疲れて猶も
切れ切れに思うのは
原文を見る
きれぎれに思ふは
自分のいとしさだった
原文を見る
我のいとしさなりき
うたうように駅の名を呼んだ
原文を見る
うたふごと駅の名呼びし
柔和な
原文を見る
柔和なる
若い駅員の眼も忘れない
原文を見る
若き駅夫の眼をも忘れず
雪のなか
原文を見る
雪のなか
ところどころに屋根が見えて
原文を見る
処処に屋根見えて
煙突の煙がうすく空にまよっている
原文を見る
煙突の煙うすくも空にまよへり
遠くから
原文を見る
遠くより
汽笛を長々とひびかせて
原文を見る
笛ながながとひびかせて
汽車は今ある森林に入る
原文を見る
汽車今とある森林に入る
何ひとつ思うこともなく
原文を見る
何事も思ふことなく
一日じゅう
原文を見る
日一日
汽車のひびきに心をまかせた
原文を見る
汽車のひびきに心まかせぬ
最果ての駅に降り立ち
原文を見る
さいはての駅に下り立ち
雪あかりの
原文を見る
雪あかり
さびしい町に歩み入った
原文を見る
さびしき町にあゆみ入りにき
しらしらと氷が輝き
原文を見る
しらしらと氷かがやき
千鳥が鳴く
原文を見る
千鳥なく
釧路の海の冬の月だな
原文を見る
釧路の海の冬の月かな
凍ったインクの瓶を
原文を見る
こほりたるインクの罎を
火にかざし
原文を見る
火に翳し
涙が流れた灯りの下
原文を見る
涙ながれぬともしびの下
顔と声
原文を見る
顔とこゑ
それだけが昔と変わらない友にも会った
原文を見る
それのみ昔に変らざる友にも会ひき
国の果てで
原文を見る
国の果にて
ああ、あの国の果てで
原文を見る
あはれかの国のはてにて
酒をのんだ
原文を見る
酒のみき
かなしみの澱をすするように
原文を見る
かなしみの滓を啜るごとくに
酒をのめば悲しみが一時に湧いてくるが
原文を見る
酒のめば悲しみ一時に湧き来るを
寝て夢を見ないのを
原文を見る
寐て夢みぬを
うれしいとした
原文を見る
うれしとはせし
だしぬけの女の笑いが
原文を見る
出しぬけの女の笑ひ
身に沁みた
原文を見る
身に沁みき
台所で酒の凍る真夜中
原文を見る
厨に酒の凍る真夜中
私の酔いに心を痛めて
原文を見る
わが酔ひに心いためて
うたわない女がいたが
原文を見る
うたはざる女ありしが
どうしているだろう
原文を見る
いかになれるや
小奴といった女の
原文を見る
小奴といひし女の
やわらかい
原文を見る
やはらかき
耳たぶなども忘れがたい
原文を見る
耳朶なども忘れがたかり
寄りそって
原文を見る
よりそひて
深夜の雪の中に立つ
原文を見る
深夜の雪の中に立つ
女の右手のあたたかさよ
原文を見る
女の右手のあたたかさかな
死にたくはないかと言うと
原文を見る
死にたくはないかと言へば
これを見よと
原文を見る
これ見よと
喉の傷を見せた女だな
原文を見る
咽喉の痍を見せし女かな
芸事も顔も
原文を見る
芸事も顔も
彼女より優れた
原文を見る
かれより優れたる
女が私を悪しざまに言ったとか
原文を見る
女あしざまに我を言へりとか
舞えと言えば立って舞った
原文を見る
舞へといへば立ちて舞ひにき
ひとりでに
原文を見る
おのづから
悪い酒の酔いに倒れるまでも
原文を見る
悪酒の酔ひにたふるるまでも
死ぬほど私が酔うのを待って
原文を見る
死ぬばかり我が酔ふをまちて
いろいろの
原文を見る
いろいろの
かなしいことをささやいた人
原文を見る
かなしきことを囁きし人
どうしたのかと言うと
原文を見る
いかにせしと言へば
青白い酔いざめの
原文を見る
あをじろき酔ひざめの
顔に無理に笑みをつくった
原文を見る
面に強ひて笑みをつくりき
かなしいのは
原文を見る
かなしきは
あの白玉のような腕に残した
原文を見る
かの白玉のごとくなる腕に残せし
口づけの痕だな
原文を見る
キスの痕かな
酔ってうつむくときも
原文を見る
酔ひてわがうつむく時も
水が欲しいと目を開くときも
原文を見る
水ほしと眼ひらく時も
呼んだ名前だった
原文を見る
呼びし名なりけり
火を慕う虫のように
原文を見る
火をしたふ虫のごとくに
灯りの明るい家に
原文を見る
ともしびの明るき家に
通いなれた
原文を見る
かよひ慣れにき
寒さのなか踏めばきしきしと板が鳴る
原文を見る
きしきしと寒さに踏めば板軋む
帰りの廊下の
原文を見る
かへりの廊下の
不意の口づけ
原文を見る
不意のくちづけ
その膝を枕にしながらも
原文を見る
その膝に枕しつつも
私の心が
原文を見る
我がこころ
思っていたのはみな自分のことだ
原文を見る
思ひしはみな我のことなり
さらさらと氷のかけらが
原文を見る
さらさらと氷の屑が
波に鳴る
原文を見る
波に鳴る
磯の月夜の行き帰りだな
原文を見る
磯の月夜のゆきかへりかな
死んだとかこのごろ聞いた
原文を見る
死にしとかこのごろ聞きぬ
恋敵は
原文を見る
恋がたき
才の有り余る男だったが
原文を見る
才あまりある男なりしが
十年前に作ったという漢詩を
原文を見る
十年まへに作りしといふ漢詩を
酔えば口ずさんだ
原文を見る
酔へば唱へき
旅に老いた友
原文を見る
旅に老いし友
吸うたびに
原文を見る
吸ふごとに
鼻がぴたりと凍りつく
原文を見る
鼻がぴたりと凍りつく
そんな寒い空気を吸いたくなった
原文を見る
寒き空気を吸ひたくなりぬ
波もない二月の湾に
原文を見る
波もなき二月の湾に
白塗りの
原文を見る
白塗の
外国船が低く浮かんでいる
原文を見る
外国船が低く浮かべり
三味線の絃が切れたのを
原文を見る
三味線の絃のきれしを
火事のように騒ぐ子がいた
原文を見る
火事のごと騒ぐ子ありき
大雪の夜に
原文を見る
大雪の夜に
神のように
原文を見る
神のごと
遠く姿をあらわした
原文を見る
遠く姿をあらはせる
阿寒の山の雪のあけぼの
原文を見る
阿寒の山の雪のあけぼの
故郷にいたころ
原文を見る
郷里にゐて
身投げをしたことがあるという
原文を見る
身投げせしことありといふ
女の三味線でうたった夕べ
原文を見る
女の三味にうたへるゆふべ
えび色の
原文を見る
葡萄色の
古い手帳に残っている
原文を見る
古き手帳にのこりたる
あの逢い引きの時と場所だな
原文を見る
かの会合の時と処かな
汚れた足袋をはくときの
原文を見る
よごれたる足袋穿く時の
気味の悪い思いに似た
原文を見る
気味わるき思ひに似たる
思い出もある
原文を見る
思出もあり
私の部屋で女が泣いたのを
原文を見る
わが室に女泣きしを
小説のなかの出来事かと
原文を見る
小説のなかの事かと
思い出す日
原文を見る
おもひ出づる日
浪淘沙を
原文を見る
浪淘沙
長く声をふるわせて
原文を見る
ながくも声をふるはせて
うたうような旅だったな
原文を見る
うたふがごとき旅なりしかな
二
原文を見る
二
いつのことだったか
原文を見る
いつなりけむ
夢にふと聴いてうれしかった
原文を見る
夢にふと聴きてうれしかりし
その声も、ああ、長く聴いていない
原文を見る
その声もあはれ長く聴かざり
頬の寒い
原文を見る
頬の寒き
流浪の旅の人として
原文を見る
流離の旅の人として
道をたずねるほどのことを言っただけ
原文を見る
路問ふほどのこと言ひしのみ
さりげなく言った言葉は
原文を見る
さりげなく言ひし言葉は
さりげなく君も聴いただろう
原文を見る
さりげなく君も聴きつらむ
それだけのこと
原文を見る
それだけのこと
ひややかに清らかな大理石に
原文を見る
ひややかに清き大理石に
春の日が静かに照るのは
原文を見る
春の日の静かに照るは
こんな思いだろうか
原文を見る
かかる思ひならむ
世の中の明るさばかりを吸うような
原文を見る
世の中の明るさのみを吸ふごとき
黒い瞳が
原文を見る
黒き瞳の
今も目にある
原文を見る
今も目にあり
あのとき言いそびれた
原文を見る
かの時に言ひそびれたる
大切な言葉は今も
原文を見る
大切の言葉は今も
胸に残っているが
原文を見る
胸にのこれど
真白なランプの笠の
原文を見る
真白なるラムプの笠の
傷のように
原文を見る
瑕のごと
流浪の記憶は消しがたいな
原文を見る
流離の記憶消しがたきかな
函館のあの焼け跡を去った夜の
原文を見る
函館のかの焼跡を去りし夜の
心残りを
原文を見る
こころ残りを
今も残している
原文を見る
今も残しつ
人が言う
原文を見る
人がいふ
鬢のほつれの美しさを
原文を見る
鬢のほつれのめでたさを
物を書くときの君に見た
原文を見る
物書く時の君に見たりし
じゃがいもの花の咲くころに
原文を見る
馬鈴薯の花咲く頃と
なった
原文を見る
なれりけり
君もこの花を好んでいるだろうか
原文を見る
君もこの花を好きたまふらむ
山の子が
原文を見る
山の子の
山を思うように
原文を見る
山を思ふがごとくにも
かなしいときは君を思う
原文を見る
かなしき時は君を思へり
忘れていると
原文を見る
忘れをれば
ふとしたことがまた思い出の種になる
原文を見る
ひょっとした事が思ひ出の種にまたなる
忘れきれないな
原文を見る
忘れかねつも
病むと聞き
原文を見る
病むと聞き
癒えたと聞いて
原文を見る
癒えしと聞きて
四百里のこちら側で私は上の空だった
原文を見る
四百里のこなたに我はうつつなかりし
君に似た姿を街で見るときの
原文を見る
君に似し姿を街に見る時の
胸の高鳴りを
原文を見る
こころ躍りを
あわれと思え
原文を見る
あはれと思へ
あの声をもう一度聴いたら
原文を見る
かの声を最一度聴かば
すっきりと
原文を見る
すっきりと
胸が晴れるだろうと今朝も思う
原文を見る
胸や霽れむと今朝も思へる
いそがしい暮らしのなかの
原文を見る
いそがしき生活のなかの
時おりのこの物思いは
原文を見る
時折のこの物おもひ
誰のためだろう
原文を見る
誰のためぞも
しみじみと
原文を見る
しみじみと
語り合う友がいてほしい
原文を見る
物うち語る友もあれ
君のことなど語り出そう
原文を見る
君のことなど語り出でなむ
死ぬまでに一度会おうと
原文を見る
死ぬまでに一度会はむと
言ってやったら
原文を見る
言ひやらば
君もかすかにうなずくだろうか
原文を見る
君もかすかにうなづくらむか
時として
原文を見る
時として
君を思うと
原文を見る
君を思へば
安らかだった心が急に騒ぐかなしさ
原文を見る
安かりし心にはかに騒ぐかなしさ
別れて年を重ねて
原文を見る
わかれ来て年を重ねて
年ごとに恋しくなる
原文を見る
年ごとに恋しくなれる
君であることよ
原文を見る
君にしあるかな
石狩の都のはずれの
原文を見る
石狩の都の外の
君の家
原文を見る
君が家
林檎の花はもう散っただろうか
原文を見る
林檎の花の散りてやあらむ
長い手紙が
原文を見る
長き文
三年のうちに三度来た
原文を見る
三年のうちに三度来ぬ
私が書いたのは四度だろうか
原文を見る
我の書きしは四度にかあらむ
手套を脱ぐ時
原文を見る
手套を脱ぐ時
手袋を脱ぐ手がふと止まる
原文を見る
手套を脱ぐ手ふと休む
何だろう
原文を見る
何やらむ
心をかすめた思い出がある
原文を見る
こころかすめし思ひ出のあり
いつのまにか
原文を見る
いつしかに
情をいつわることを覚えた
原文を見る
情をいつはること知りぬ
髭を生やしたのもそのころだろう
原文を見る
髭を立てしもその頃なりけむ
朝の湯の
原文を見る
朝の湯の
湯船のふちにうなじを載せ
原文を見る
湯槽のふちにうなじ載せ
ゆるく息をする物思いだな
原文を見る
ゆるく息する物思ひかな
夏が来ると
原文を見る
夏来れば
うがい薬が
原文を見る
うがひ薬の
悪い歯に沁みる朝がうれしかった
原文を見る
病ある歯に沁む朝のうれしかりけり
つくづくと手をながめながら
原文を見る
つくづくと手をながめつつ
思い出した
原文を見る
おもひ出でぬ
口づけの上手な女だったが
原文を見る
キスが上手の女なりしが
さびしいのは
原文を見る
さびしきは
色になじまない目のせいだと
原文を見る
色にしたしまぬ目のゆゑと
赤い花など買わせたことだな
原文を見る
赤き花など買はせけるかな
新しい本を買ってきて読む夜ふけの
原文を見る
新しき本を買ひ来て読む夜半の
その楽しさも
原文を見る
そのたのしさも
長く忘れない
原文を見る
長くわすれぬ
旅七日
原文を見る
旅七日
帰ってくると
原文を見る
かへり来ぬれば
私の窓の赤いインクの染みもなつかしい
原文を見る
わが窓の赤きインクの染みもなつかし
古文書のなかに見つけた
原文を見る
古文書のなかに見いでし
汚れた
原文を見る
よごれたる
吸い取り紙をなつかしむな
原文を見る
吸取紙をなつかしむかな
手にためた雪の融けるのが
原文を見る
手にためし雪の融くるが
心地よく
原文を見る
ここちよく
寝飽きた心には沁みる
原文を見る
わが寐飽きたる心には沁む
薄れていく障子の日ざし
原文を見る
薄れゆく障子の日影
それを見ながら
原文を見る
そを見つつ
心はいつしか暗くなっていく
原文を見る
こころいつしか暗くなりゆく
ひやひやと
原文を見る
ひやひやと
夜は薬の香りがにおう
原文を見る
夜は薬の香のにほふ
医者が住んでいたあとの家だな
原文を見る
医者が住みたるあとの家かな
窓ガラス
原文を見る
窓硝子
塵と雨とに曇った窓ガラスにも
原文を見る
塵と雨とに曇りたる窓硝子にも
かなしみはある
原文を見る
かなしみはあり
六年ほど毎日毎日かぶった
原文を見る
六年ほど日毎日毎にかぶりたる
古い帽子も
原文を見る
古き帽子も
捨てられないな
原文を見る
棄てられぬかな
心地よく
原文を見る
こころよく
春の眠りをむさぼる
原文を見る
春のねむりをむさぼれる
目にやわらかい庭の草だな
原文を見る
目にやはらかき庭の草かな
赤煉瓦の遠くつづく高い塀が
原文を見る
赤煉瓦遠くつづける高塀の
紫に見えて
原文を見る
むらさきに見えて
春の日は長い
原文を見る
春の日ながし
春の雪が
原文を見る
春の雪
銀座の裏の三階の煉瓦造りに
原文を見る
銀座の裏の三階の煉瓦造に
やわらかく降る
原文を見る
やはらかに降る
汚れた煉瓦の壁に
原文を見る
よごれたる煉瓦の壁に
降りては融け、降りては融ける
原文を見る
降りて融け降りては融くる
春の雪だな
原文を見る
春の雪かな
目を病んだ
原文を見る
目を病める
若い女が寄りかかる
原文を見る
若き女の倚りかかる
窓にしめやかに春の雨が降る
原文を見る
窓にしめやかに春の雨降る
新しい木の香りなどが
原文を見る
あたらしき木のかをりなど
ただよう
原文を見る
ただよへる
新開町の春の静けさ
原文を見る
新開町の春の静けさ
春の街
原文を見る
春の街
見栄えよく書かれた女の名の
原文を見る
見よげに書ける女名の
表札などを読み歩くな
原文を見る
門札などを読みありくかな
どこということもなく
原文を見る
そことなく
みかんの皮の焼けるようなにおいが残って
原文を見る
蜜柑の皮の焼くるごときにほひ残りて
夕方になった
原文を見る
夕となりぬ
にぎやかな若い女の集まりの
原文を見る
にぎはしき若き女の集会の
声を聴き飽きて
原文を見る
こゑ聴き倦みて
さびしくなった
原文を見る
さびしくなりたり
どこかで
原文を見る
何処やらに
若い女が死ぬような悩ましさがある
原文を見る
若き女の死ぬごとき悩ましさあり
春のみぞれが降る
原文を見る
春の霙降る
コニャックの酔いのあとの
原文を見る
コニャックの酔ひのあとなる
やわらかい
原文を見る
やはらかき
このかなしみのそぞろなことよ
原文を見る
このかなしみのすずろなるかな
白い皿を
原文を見る
白き皿
拭いては棚に重ねている
原文を見る
拭きては棚に重ねゐる
酒場の隅のかなしい女
原文を見る
酒場の隅のかなしき女
乾いた冬の大通りの
原文を見る
乾きたる冬の大路の
どこかに
原文を見る
何処やらむ
石炭酸のにおいがひそんでいる
原文を見る
石炭酸のにほひひそめり
赤々と夕日の映る
原文を見る
赤赤と入日うつれる
川ばたの酒場の窓の
原文を見る
河ばたの酒場の窓の
白い顔だな
原文を見る
白き顔かな
新しいサラダの皿の
原文を見る
新しきサラドの皿の
酢の香りが
原文を見る
酢のかをり
心に沁みてかなしい夕暮れ
原文を見る
こころに沁みてかなしき夕
空色の瓶から
原文を見る
空色の罎より
山羊の乳をつぐ
原文を見る
山羊の乳をつぐ
手のふるえなどがいとしい
原文を見る
手のふるひなどいとしかりけり
姿見が
原文を見る
すがた見の
息の曇りに消された
原文を見る
息のくもりに消されたる
酔いにうるんだ瞳のかなしさ
原文を見る
酔ひうるみの眸のかなしさ
ひとしきり静かになった
原文を見る
ひとしきり静かになれる
夕暮れの
原文を見る
ゆふぐれの
台所に残るハムのにおいだな
原文を見る
厨にのこるハムのにほひかな
ひややかに瓶の並ぶ棚の前
原文を見る
ひややかに罎のならべる棚の前
楊枝で歯をせせる女を
原文を見る
歯せせる女を
かなしいとも見た
原文を見る
かなしとも見き
やや長い口づけを交わして別れてきた
原文を見る
やや長きキスを交して別れ来し
深夜の街の
原文を見る
深夜の街の
遠い火事だな
原文を見る
遠き火事かな
病院の窓の夕暮れの
原文を見る
病院の窓のゆふべの
ほの白い顔にあった
原文を見る
ほの白き顔にありたる
淡い見覚え
原文を見る
淡き見覚え
いつのことだったか
原文を見る
何時なりしか
あの大川の遊覧船で
原文を見る
かの大川の遊船に
舞った女を思い出した
原文を見る
舞ひし女をおもひ出にけり
用もない手紙などを長く書きさして
原文を見る
用もなき文など長く書きさして
ふと人が恋しくなり
原文を見る
ふと人こひし
街に出てゆく
原文を見る
街に出てゆく
湿った煙草を吸うと
原文を見る
しめらへる煙草を吸へば
おおよそ
原文を見る
おほよその
私の思うことも軽く湿るのだった
原文を見る
わが思ふことも軽くしめれり
鋭くも
原文を見る
するどくも
夏が来たのを感じながら
原文を見る
夏の来るを感じつつ
雨上がりの小庭の土のにおいを嗅ぐ
原文を見る
雨後の小庭の土の香を嗅ぐ
涼しげに飾り立てられた
原文を見る
すずしげに飾り立てたる
ガラス屋の前で眺めた
原文を見る
硝子屋の前にながめし
夏の夜の月
原文を見る
夏の夜の月
君が来るというので早く起き
原文を見る
君来るといふに夙く起き
白シャツの
原文を見る
白シャツの
袖の汚れを気にする日だな
原文を見る
袖のよごれを気にする日かな
落ち着かない我が弟の
原文を見る
おちつかぬ我が弟の
このごろの
原文を見る
このごろの
目の潤みなどが悲しかった
原文を見る
眼のうるみなどかなしかりけり
どこかで杭を打つ音がして
原文を見る
どこやらに杭打つ音し
大きな桶を転がす音がして
原文を見る
大桶をころがす音し
雪が降り出した
原文を見る
雪ふりいでぬ
人気のない夜の事務室に
原文を見る
人気なき夜の事務室に
けたたましく
原文を見る
けたたましく
電話の鈴が鳴って止んだ
原文を見る
電話の鈴の鳴りて止みたり
目を覚まして
原文を見る
目さまして
しばらくして耳に入ってきた
原文を見る
ややありて耳に入り来る
真夜中すぎの話し声だな
原文を見る
真夜中すぎの話声かな
見ていると時計が止まった
原文を見る
見てをれば時計とまれり
吸われるように
原文を見る
吸はるるごと
心はまたもさびしさへと向かう
原文を見る
心はまたもさびしさに行く
朝ごとの
原文を見る
朝朝の
うがい用の水薬の
原文を見る
うがひの料の水薬の
瓶が冷たい秋になった
原文を見る
罎がつめたき秋となりにけり
なだらかに麦が青む
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夷かに麦の青める
丘のふもとの
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丘の根の
小道で赤い小櫛を拾った
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小径に赤き小櫛ひろへり
裏山の杉林のなかに
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裏山の杉生のなかに
まだらな日差しが差し込む
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斑なる日影這ひ入る
秋の昼過ぎ
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秋のひるすぎ
港町
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港町
とろろと鳴いて輪を描く鳶をおさえつける
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とろろと鳴きて輪を描く鳶を圧せる
潮曇りだな
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潮ぐもりかな
小春日の曇りガラスに映った
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小春日の曇硝子にうつりたる
鳥の影を見て
原文を見る
鳥影を見て
なんとなく思う
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すずろに思ふ
並んで泳ぐような
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ひとならび泳げるごとき
家々の高い低いの軒に
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家家の高低の軒に
冬の日が舞う
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冬の日の舞ふ
京橋の滝山町の
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京橋の滝山町の
新聞社
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新聞社
灯がともる頃の忙しさだな
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灯ともる頃のいそがしさかな
よく怒る人だった我が父が
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よく怒る人にてありしわが父の
近頃は怒らず
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日ごろ怒らず
怒れと思う
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怒れと思ふ
朝風が電車のなかに吹き入れた
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あさ風が電車のなかに吹き入れし
柳のひと葉を
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柳のひと葉
手にとって見る
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手にとりて見る
わけもなく海が見たくて
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ゆゑもなく海が見たくて
海に来た
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海に来ぬ
心が痛んで耐えがたい日に
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こころ傷みてたへがたき日に
平らな海に疲れて
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たひらなる海につかれて
そむけた
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そむけたる
目をかき乱す赤い帯だな
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目をかきみだす赤き帯かな
今日出会った町の女たちの
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今日逢ひし町の女の
どれもどれも
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どれもどれも
恋にやぶれて帰るような日
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恋にやぶれて帰るごとき日
汽車の旅
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汽車の旅
とある野中の停車場の
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とある野中の停車場の
夏草の香りが懐かしかった
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夏草の香のなつかしかりき
朝まだき
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朝まだき
やっと間に合った初秋の旅立ちの汽車の
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やっと間に合ひし初秋の旅出の汽車の
堅いパンだな
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堅き麺麭かな
あの旅の夜汽車の窓に
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かの旅の夜汽車の窓に
思っていた
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おもひたる
我が行く末が悲しかったな
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我がゆくすゑのかなしかりしかな
ふと見ると
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ふと見れば
とある林の停車場の時計が止まっていた
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とある林の停車場の時計とまれり
雨の夜の汽車
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雨の夜の汽車
別れてきて
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わかれ来て
灯の薄暗い夜の汽車の窓でもてあそぶ
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燈火小暗き夜の汽車の窓に弄ぶ
青いりんごよ
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青き林檎よ
いつも来る
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いつも来る
この酒場の悲しさよ
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この酒肆のかなしさよ
夕日が赤々と酒に射し込む
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ゆふ日赤赤と酒に射し入る
白い蓮沼に咲くように
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白き蓮沼に咲くごとく
かなしみが
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かなしみが
酔いの間にはっきりと浮かぶ
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酔ひのあひだにはっきりと浮く
壁越しに
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壁ごしに
若い女の泣くのを聞く
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若き女の泣くをきく
旅の宿の秋の蚊帳だな
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旅の宿屋の秋の蚊帳かな
取り出した去年の袷の
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取りいでし去年の袷の
懐かしいにおいが身に沁みる
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なつかしきにほひ身に沁む
初秋の朝
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初秋の朝
気にしていた左の膝の痛みなども
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気にしたる左の膝の痛みなど
いつのまにか治って
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いつか癒りて
秋の風が吹く
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秋の風吹く
売りに売って
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売り売りて
手垢で汚れたドイツ語の辞書だけが残る
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手垢きたなきドイツ語の辞書のみ残る
夏の終わりだな
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夏の末かな
わけもなく憎んでいた友と
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ゆゑもなく憎みし友と
いつのまにか親しくなって
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いつしかに親しくなりて
秋が暮れてゆく
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秋の暮れゆく
赤い紙の表紙が擦り切れた
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赤紙の表紙手擦れし
発禁の
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国禁の
本を行李の底に探す日
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書を行李の底にさがす日
売ることを差し止められた
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売ることを差し止められし
本の著者に
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本の著者に
道で出会った秋の朝だな
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路にて会へる秋の朝かな
今日からは
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今日よりは
私も酒などをあおろうと思った日から
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我も酒など呷らむと思へる日より
秋の風が吹く
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秋の風吹く
大海の
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大海の
その片隅に連なる島々の上に
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その片隅につらなれる島島の上に
秋の風が吹く
原文を見る
秋の風吹く
潤んだ目と
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うるみたる目と
目の下のほくろだけが
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目の下の黒子のみ
いつも目につく友の妻だな
原文を見る
いつも目につく友の妻かな
いつ見ても
原文を見る
いつ見ても
毛糸の玉を転がして
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毛糸の玉をころがして
靴下を編む女だったが
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韈を編む女なりしが
えび色の
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葡萄色の
長椅子の上で眠る猫がほの白い
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長椅子の上に眠りたる猫ほの白き
秋の夕暮れ
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秋のゆふぐれ
細々と
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ほそぼそと
そこらここらに虫が鳴く
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其処ら此処らに虫の鳴く
昼の野に来て読む手紙だな
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昼の野に来て読む手紙かな
夜遅く戸を開けていると
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夜おそく戸を繰りをれば
白いものが庭を走った
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白きもの庭を走れり
犬だろうか
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犬にやあらむ
夜二時の窓のガラスを
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夜の二時の窓の硝子を
薄紅く
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うす紅く
染めて音のない火事の色だな
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染めて音なき火事の色かな
あわれな恋だなと
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あはれなる恋かなと
ひとりつぶやいて
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ひとり呟きて
夜中の火鉢に炭を足した
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夜半の火桶に炭添へにけり
真っ白なランプの笠に
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真白なるラムプの笠に
手をあてて
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手をあてて
寒い夜にする物思いだな
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寒き夜にする物思ひかな
水のように
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水のごと
体をひたすかなしみに
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身体をひたすかなしみに
ねぎの香りなどが混じる夕方
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葱の香などのまじれる夕
時おり
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時ありて
猫のまねなどをして笑う
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猫のまねなどして笑ふ
三十代の友のひとり暮らしだな
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三十路の友のひとり住みかな
気弱な斥候のように
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気弱なる斥候のごとく
恐れながら
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おそれつつ
深夜の街をひとり散歩する
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深夜の街を一人散歩す
皮膚がすべて耳になっていた
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皮膚がみな耳にてありき
しんとして眠る街の
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しんとして眠れる街の
重い靴音
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重き靴音
夜遅く停車場に入り
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夜おそく停車場に入り
立ったり座ったりして
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立ち坐り
やがて出ていった帽子のない男
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やがて出でゆきぬ帽なき男
気がつくと
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気がつけば
しっとりと夜霧が下りていた
原文を見る
しっとりと夜霧下りて居り
長くも街をさまよったものだな
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ながくも街をさまよへるかな
もしあれば煙草をくれと
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若しあらば煙草恵めと
近寄ってくる
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寄りて来る
身寄りのない人と深夜に語る
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あとなし人と深夜に語る
荒野から帰るように
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曠野より帰るごとくに
帰ってきた
原文を見る
帰り来ぬ
東京の夜をひとり歩いて
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東京の夜をひとりあゆみて
銀行の窓の下の
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銀行の窓の下なる
敷石の霜にこぼれた
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舗石の霜にこぼれし
青インクだな
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青インクかな
ちょんちょんと
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ちょんちょんと
とある小藪でホオジロが遊ぶのを眺める
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とある小藪に頬白の遊ぶを眺む
雪の野の道
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雪の野の路
十月の朝の空気のなかで
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十月の朝の空気に
新しく
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あたらしく
息を吸いはじめた赤ん坊がいる
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息吸ひそめし赤坊のあり
十月の産院の
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十月の産病院の
湿った
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しめりたる
長い廊下を行き来することだな
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長き廊下のゆきかへりかな
紫の袖を垂れて
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むらさきの袖垂れて
空を見上げている中国人がいた
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空を見上げゐる支那人ありき
公園の午後
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公園の午後
幼子の手ざわりのような
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孩児の手ざはりのごとき
思いがある
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思ひあり
公園に来てひとり歩けば
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公園に来てひとり歩めば
久しぶりに公園に来て
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ひさしぶりに公園に来て
友に会い
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友に会ひ
固く手を握り、早口に語る
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堅く手握り口疾に語る
公園の木々の間に
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公園の木の間に
小鳥が遊ぶのを
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小鳥あそべるを
眺めてしばらく休んだものだな
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ながめてしばし憩ひけるかな
晴れた日の公園に来て
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晴れし日の公園に来て
歩きながら
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あゆみつつ
私はこのごろの衰えを知る
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わがこのごろの衰へを知る
思い出のあのキスかとも
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思出のかのキスかとも
驚いた
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おどろきぬ
プラタナスの葉が散って触れたのを
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プラタヌの葉の散りて触れしを
公園の隅のベンチに
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公園の隅のベンチに
二度ほど見かけた男を
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二度ばかり見かけし男
このごろ見かけない
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このごろ見えず
公園のかなしみよ
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公園のかなしみよ
君が嫁いでから
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君の嫁ぎてより
もう七か月も来たことがない
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すでに七月来しこともなし
公園のとある木陰の捨てられた椅子に
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公園のとある木蔭の捨椅子に
思いあまって
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思ひあまりて
身を寄せた
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身をば寄せたる
忘れられない顔だったな
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忘られぬ顔なりしかな
今日、街で
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今日街に
捕り手に引かれながら笑っていた男は
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捕吏にひかれて笑める男は
マッチを擦ると
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マチ擦れば
二尺ほどの明るさの
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二尺ばかりの明るさの
その中を横切る白い蛾がいた
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中をよぎれる白き蛾のあり
目を閉じて
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目をとぢて
口笛をかすかに吹いてみた
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口笛かすかに吹きてみぬ
眠れない夜、窓にもたれて
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寐られぬ夜の窓にもたれて
わが友は
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わが友は
今日も母のない子を背負って
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今日も母なき子を負ひて
あの城跡をさまよっているのだろうか
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かの城址にさまよへるかな
夜遅く
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夜おそく
勤め先から帰ってきて
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つとめ先よりかへり来て
たった今死んだという子を抱いたのだった
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今死にしてふ児を抱けるかな
二声三声
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二三こゑ
今わの際にかすかにも泣いたというのに
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いまはのきはに微かにも泣きしといふに
涙を誘われる
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なみだ誘はる
真っ白な大根の根が肥える頃
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真白なる大根の根の肥ゆる頃
生まれて
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うまれて
やがて死んだ子がいる
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やがて死にし児のあり
晩秋の空気を
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おそ秋の空気を
三尺四方ほど
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三尺四方ばかり
吸ってわが子は死んでいったのだった
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吸ひてわが児の死にゆきしかな
死んだ子の
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死にし児の
胸に注射の針を刺す
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胸に注射の針を刺す
医者の手元に集まる心は
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医者の手もとにあつまる心
底知れぬ謎に向かっているかのようだ
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底知れぬ謎に対ひてあるごとし
死んだ子の額に
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死児のひたひに
またも手をやる
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またも手をやる
悲しみがまだ強くまでは至らない
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かなしみのつよくいたらぬ
そのさびしさよ
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さびしさよ
わが子の体は冷えてゆくけれども
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わが児のからだ冷えてゆけども
かなしくも
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かなしくも
夜が明けるまでは残っていた
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夜明くるまでは残りゐぬ
息の絶えた子の肌のぬくもりが
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息きれし児の肌のぬくもり