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一握の砂 現代語訳

石川啄木(いしかわたくぼく)・1967年

AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28)

函館の郁雨、宮崎大四郎君

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函館なる郁雨宮崎大四郎君

同郷の友、文学士 花明、金田一京助君

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同国の友文学士花明金田一京助君

この歌集をお二人に捧げる。

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この集を両君に捧ぐ。

私はすでに、私のすべてをお二人の前に示しつくしてしまったようだ。

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予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。

だから、ここに詠まれた歌の一首一首について、最もよく知るのはお二人だと信じるからである。

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従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。

また一冊を取って、亡き子 真一に手向ける。

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また一本をとりて亡児真一に手向く。

この歌集の原稿を書店の手に渡したのは、お前が生まれた朝だった。

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この集の稿本を書肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。

この歌集の原稿料は、お前の薬代になった。

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この集の稿料は汝の薬餌となりたり。

そしてこの歌集の見本刷りに私が目を通したのは、お前を火葬した夜だった。

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而してこの集の見本刷を予の閲したるは汝の火葬の夜なりき。

著者

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著者

明治四十一年の夏より後に作った千余首の中から、五百五十一首を選んでこの集に収めた。

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明治四十一年夏以後の作一千余首中より五百五十一首を抜きてこの集に収む。

集中の五章は、歌の生まれたきっかけの近いものをたずねて、仮に分けただけのものである。

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集中五章、感興の来由するところ相邇ちかきをたづねて仮にわかてるのみ。

「秋風のこころよさに」

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「秋風のこころよさに」

は、明治四十一年の秋の記念である。

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は明治四十一年秋の紀念なり。

我を愛する歌

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我を愛する歌

東の海の小島の磯の白い砂に

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東海とうかいの小島こじまの磯いその白砂しらすなに

私は泣きぬれて

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われ泣なきぬれて

蟹とたわむれる

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蟹かにとたはむる

頬をつたう

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頬ほにつたふ

涙をぬぐいもせず

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なみだのごはず

一握りの砂を見せてくれた人を忘れない

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一握いちあくの砂を示しめしし人を忘れず

大海に向かって一人

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大海だいかいにむかひて一人ひとり

七日八日

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七八日ななやうか

泣こうとして家を出た

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泣きなむとすと家を出いでにき

ひどく錆びたピストルが出てきた

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いたく錆さびしピストル出いでぬ

砂山の

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砂山すなやまの

砂を指で掘っていたら

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砂を指もて掘ほりてありしに

ひと晩のうちに嵐が来て築いた

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ひと夜よさに嵐あらし来きたりて築きづきたる

この砂山は

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この砂山は

何の墓なのだろう

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何なにの墓はかぞも

砂山の砂に腹ばいになり

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砂山の砂に腹這はらばひ

初恋の

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初恋の

痛みを遠く思い出す日

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いたみを遠くおもひ出いづる日

砂山の裾に横たわる流木に

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砂山の裾すそによこたはる流木りうぼくに

あたりを見まわして

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あたり見まはし

話しかけてみる

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物もの言いひてみる

いのちのない砂のかなしさよ

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いのちなき砂のかなしさよ

さらさらと

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さらさらと

握れば指のあいだから落ちる

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握にぎれば指のあひだより落つ

しっとりと

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しっとりと

涙を吸った砂の玉

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なみだを吸すへる砂の玉

涙は重いものだなあ

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なみだは重きものにしあるかな

大という字を百あまり

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大だいという字を百あまり

砂に書き

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砂に書き

死ぬのをやめて帰ってきた

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死ぬことをやめて帰り来きたれり

目をさましてもまだ起き出さない子の癖は

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目さまして猶なほ起おき出いでぬ児の癖くせは

かなしい癖だ

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かなしき癖ぞ

母よ、咎めないでくれ

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母よ咎とがむな

ひとかたまりの土によだれをつけて

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ひと塊くれの土に涎よだれし

泣く母の似顔をつくった

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泣く母の肖顔にがほつくりぬ

かなしくもあるものだ

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かなしくもあるか

灯りのない部屋に私がいる

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燈影ほかげなき室しつに我あり

父と母が

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父と母

壁の中から杖をついて出てくる

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壁のなかより杖つゑつきて出いづ

たわむれに母を背負って

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たはむれに母を背負せおひて

そのあまりの軽さに泣いて

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そのあまり軽かろきに泣きて

三歩も歩けない

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三歩あゆまず

ふらりと家を出ては

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飄然へうぜんと家を出いでては

ふらりと帰ってきた癖よ

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飄然と帰りし癖よ

友は笑うけれど

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友はわらへど

ふるさとの父が咳をするたびに、こんなふうに

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ふるさとの父の咳せきする度たびに斯かく

咳が出るのだろうか

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咳の出いづるや

病めば心細い

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病やめばはかなし

私が泣くのを少女たちが聞いたら

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わが泣くを少女等をとめらきかば

病んだ犬が

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病犬やまいぬの

月に吠えるのに似ていると言うだろう

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月に吠ほゆるに似たりといふらむ

どこかでかすかに虫が鳴くような

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何処いづくやらむかすかに虫のなくごとき

心細さを

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こころ細ぼそさを

今日もおぼえる

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今日けふもおぼゆる

ひどく暗い

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いと暗き

穴に心を吸われていくように思って

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穴あなに心を吸すはれゆくごとく思ひて

疲れて眠る

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つかれて眠る

心地よく

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こころよく

私が打ちこめる仕事があってほしい

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我にはたらく仕事あれ

それをやり遂げて死のうと思う

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それを仕遂しとげて死なむと思ふ

混み合う電車の隅に

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こみ合あへる電車の隅すみに

ちぢこまる

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ちぢこまる

夕べ夕べの私のいとしさ

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ゆふべゆふべの我のいとしさ

浅草の夜のにぎわいに

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浅草あさくさの夜よのにぎはひに

まぎれ入り

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まぎれ入いり

まぎれ出てきたさびしい心

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まぎれ出いで来きしさびしき心

愛犬の耳を切ってみた

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愛犬あいけんの耳斬きりてみぬ

ああ、これも

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あはれこれも

何もかもに飽きた心のせいだろうか

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物に倦うみたる心にかあらむ

鏡を取って

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鏡かがみとり

できるかぎりのさまざまな顔をしてみた

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能あたふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ

泣き飽きたとき

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泣き飽あきし時

涙よ、涙

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なみだなみだ

不思議なものだ

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不思議なるかな

それで洗えば心はふざけたくなる

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それをもて洗あらへば心戯おどけたくなれり

あきれた母の言葉に

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呆あきれたる母の言葉に

気がつくと

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気がつけば

茶碗を箸で叩いていた

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茶碗ちやわんを箸はしもて敲たたきてありき

草に寝ころんで

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草に臥ねて

思うことは何もない

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おもふことなし

私の額に糞をして鳥は空に遊んでいる

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わが額ぬかに糞ふんして鳥は空に遊べり

私の髭の

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わが髭ひげの

下を向く癖が腹立たしい

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下向く癖くせがいきどほろし

このごろ憎い男に似てきたので

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このごろ憎にくき男に似たれば

森の奥から銃声が聞こえる

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森の奥より銃声じうせい聞ゆ

ああ、ああ

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あはれあはれ

自分で死ぬ音の心地よさよ

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自みづから死ぬる音のよろしさ

大木の幹に耳をあて

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大木たいぼくの幹みきに耳あて

半日近く

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小半日こはんにち

堅い皮をむしっていた

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堅かたき皮をばむしりてありき

「それしきのことで死ぬのか」

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「さばかりの事に死ぬるや」

「それしきのことで生きるのか」

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「さばかりの事に生くるや」

よせ、よせ、問答は

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止よせ止せ問答

まれにおとずれる

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まれにある

この平らな心には

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この平たひらなる心には

時計の鳴る音もおもしろく聞こえる

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時計の鳴るもおもしろく聴きく

ふと深い怖れをおぼえ

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ふと深き怖れを覚え

じっとして

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ぢっとして

やがて静かにへそをまさぐる

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やがて静かに臍ほそをまさぐる

高い山の頂に登り

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高山たかやまのいただきに登り

なんとなく帽子をふって

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なにがなしに帽子ばうしをふりて

下りてきたことだ

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下くだり来しかな

どこかで大勢の人が争って

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何処どこやらに沢山たくさんの人があらそひて

くじを引いているようだ

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鬮くじ引ひくごとし

私も引きたい

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われも引きたし

怒るときに

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怒いかる時

かならずひとつ鉢を割り

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かならずひとつ鉢はちを割わり

九百九十九割って死のうか

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九百九十九くひやくくじふく割りて死なまし

いつも会う電車の中の小男の

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いつも逢あふ電車の中の小男こをとこの

角ばった眼が

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稜かどある眼まなこ

このごろ気になる

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このごろ気になる

鏡屋の前に来て

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鏡屋かがみやの前に来て

ふと驚いた

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ふと驚きぬ

見すぼらしげに歩いているものだ

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見すぼらしげに歩あゆむものかも

なんとなく汽車に乗りたいと思っただけ

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何なにとなく汽車に乗りたく思ひしのみ

汽車を降りたら

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汽車を下おりしに

行くところがない

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ゆくところなし

空き家に入って

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空家あきやに入いり

煙草を吸ったことがある

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煙草たばこのみたることありき

ああ、ただ一人でいたいばかりに

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あはれただ一人居いたきばかりに

なんとなく

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何がなしに

さびしくなると外を歩く男になって

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さびしくなれば出でてあるく男となりて

三月にもなった

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三月みつきにもなれり

やわらかく積もった雪に

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やはらかに積れる雪に

火照る頬を埋めるような

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熱ほてる頬ほを埋うづむるごとき

恋をしてみたい

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恋してみたし

かなしいのは

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かなしきは

飽くことのない自分本位の一念を

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飽あくなき利己りこの一念を

持てあました男だった

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持てあましたる男にありけり

手も足も

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手も足も

部屋いっぱいに投げ出して

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室へやいっぱいに投げ出だして

やがて静かに起き直る

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やがて静かに起きかへるかな

百年の長い眠りから覚めたように

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百年ももとせの長き眠りの覚さめしごと

あくびをしてみようか

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呿呻あくびしてまし

思うことなど何もなく

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思ふことなしに

腕を組んで

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腕うで拱くみて

このごろ思う

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このごろ思ふ

大いなる敵よ、目の前に躍り出よと

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大おほいなる敵てき目の前に躍をどり出いでよと

手が白く

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手が白く

そして大きかった

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且かつ大だいなりき

非凡な人といわれる男に会ったら

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非凡ひぼんなる人といはるる男に会ひしに

気持ちよく

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こころよく

人を讃めてみたくなった

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人を讃ほめてみたくなりにけり

自分本位の心に飽きたさびしさ

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利己りこの心に倦うめるさびしさ

雨が降ると

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雨降れば

わが家の人は誰も彼も沈んだ顔をする

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わが家いへの人誰たれも誰も沈める顔す

雨よ、晴れてくれ

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雨霽はれよかし

高いところから飛びおりるような心で

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高きより飛びおりるごとき心もて

この一生を

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この一生を

終える手立てはないか

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終るすべなきか

このごろ

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この日頃

ひそかに胸に宿った悔いがある

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ひそかに胸にやどりたる悔くいあり

私を笑わせてくれない

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われを笑はしめざり

へつらいを聞くと

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へつらひを聞けば

腹が立つ私の心

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腹立はらだつわがこころ

あまりに自分を知っているのがかなしい

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あまりに我を知るがかなしき

知らない家を叩き起こして

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知らぬ家いへたたき起して

逃げてくるのがおもしろかった

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遁にげ来くるがおもしろかりし

あの昔が恋しい

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昔の恋しさ

非凡な人のようにふるまった

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非凡ひぼんなる人のごとくにふるまへる

あとのさびしさは

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後のちのさびしさは

何にたとえよう

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何なににかたぐへむ

彼の大きな身体が

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大おほいなる彼の身体からだが

憎かった

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憎にくかりき

その前に行って物を言うとき

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その前にゆきて物を言ふ時

実務の役には立たない歌よみだと

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実務には役に立たざるうた人びとと

私を見る人に

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我を見る人に

金を借りた

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金借りにけり

遠くから笛の音が聞こえる

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遠くより笛の音ねきこゆ

うなだれているせいだろうか

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うなだれてある故ゆゑやらむ

涙が流れる

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なみだ流るる

それもよし、これもよしという人の

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それもよしこれもよしとてある人の

その気軽さが

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その気がるさを

欲しくなった

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欲ほしくなりたり

死ぬことを

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死ぬことを

いつもの薬をのむようにも私は思う

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持薬ぢやくをのむがごとくにも我はおもへり

心が痛むと

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心いためば

道ばたで犬が長々とあくびをした

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路傍みちばたに犬ながながと呿呻あくびしぬ

私も真似をした

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われも真似まねしぬ

うらやましくて

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うらやましさに

真剣になって竹で犬を打つ

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真剣になりて竹もて犬を撃うつ

子どもの顔を

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小児せうにの顔を

いいと思った

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よしと思へり

ダイナモの

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ダイナモの

重い唸りの心地よさよ

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重き唸うなりのここちよさよ

ああ、こんなふうに物を言いたい

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あはれこのごとく物を言はまし

ひょうきんな性分だった友の死に顔の

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剽軽へうきんの性さがなりし友の死顔の

青い疲れが

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青き疲れが

いまも目にある

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いまも目にあり

気の変わりやすい人に仕えて

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気の変る人に仕つかへて

つくづくと

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つくづくと

自分の暮らしがいやになったことだ

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わが世がいやになりにけるかな

龍のようにむなしい空に躍り出て

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龍りようのごとくむなしき空に躍をどり出いでて

消えていく煙

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消えゆく煙

見ていて飽きない

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見れば飽あかなく

心地よい疲れだ

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こころよき疲れなるかな

息もつかず

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息もつかず

仕事をしたあとのこの疲れ

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仕事をしたる後のちのこの疲れ

寝たふりや、なまあくびなど

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空寝入そらねいり生呿呻なまあくびなど

なぜするのか

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なぜするや

思うことを人に悟らせないため

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思ふこと人にさとらせぬため

箸を止めてふと思った

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箸はし止とめてふっと思ひぬ

ようやく

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やうやくに

世のならわしに慣れてしまったな

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世のならはしに慣れにけるかな

朝はやく

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朝はやく

婚期を過ぎた妹の

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婚期こんきを過ぎし妹の

恋文めいた手紙を読んだ

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恋文こひぶみめける文ふみを読めりけり

しっとりと

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しっとりと

水を吸った海綿の

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水を吸すひたる海綿かいめんの

重さに似た心地をおぼえる

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重さに似たる心地ここちおぼゆる

死ね死ねと自分を怒り

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死ね死ねと己おのれを怒いかり

黙りこんだ

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もだしたる

心の底の暗いむなしさ

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心の底の暗きむなしさ

けものめいた顔があり、口を開け閉めする

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けものめく顔あり口をあけたてす

とだけ見ていた

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とのみ見てゐぬ

人が語るのを

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人の語るを

親と子が

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親と子と

離ればなれの心で静かに向かい合う

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はなればなれの心もて静かに対むかふ

この気まずさは何だろう

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気まづきや何なぞ

あの船の

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かの船の

あの航海の船客の一人だった

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かの航海の船客せんかくの一人にてありき

死にきれなかったのは

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死にかねたるは

目の前の菓子皿などを

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目の前の菓子皿くわしざらなどを

かりかりと噛んでみたくなった

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かりかりと噛かみてみたくなりぬ

もどかしいものだ

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もどかしきかな

よく笑う若い男が

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よく笑ふ若き男の

死んだなら

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死にたらば

すこしはこの世もさびしくなれ

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すこしはこの世さびしくもなれ

なんとなく

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何がなしに

息が切れるまで駆け出してみたくなった

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息いききれるまで駆かけ出だしてみたくなりたり

草原などを

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草原くさはらなどを

新しい背広など着て

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あたらしき背広など着て

旅をしよう

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旅をせむ

そう思っているうちに今年も過ぎた

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しかく今年ことしも思ひ過ぎたる

わざわざ灯りを消して

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ことさらに燈火ともしびを消して

まじまじと思っていたのは

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まぢまぢと思ひてゐしは

たわいもないこと

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わけもなきこと

浅草の凌雲閣のてっぺんで

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浅草の凌雲閣りよううんかくのいただきに

腕を組んだ日の

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腕組みし日の

長い日記だな

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長き日記にきかな

ただのふざけだろうか

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尋常じんじやうのおどけならむや

ナイフを持って死ぬまねをする

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ナイフ持ち死ぬまねをする

あの顔、あの顔

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その顔その顔

ひそひそ話がやがて高くなり

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こそこその話がやがて高くなり

ピストルが鳴って

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ピストル鳴りて

人生が終わる

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人生終る

ときには

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時ありて

子どものようにたわむれる

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子供のやうにたはむれす

恋のある人のしないことだな

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恋ある人のなさぬ業わざかな

どうにか家を出れば

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とかくして家を出いづれば

日ざしのあたたかさがある

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日光のあたたかさあり

息を深く吸う

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息ふかく吸ふ

疲れた牛のよだれは

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つかれたる牛のよだれは

たらたらと

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たらたらと

千万年も尽きないようだ

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千万年も尽きざるごとし

道ばたの切石の上に

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路傍みちばたの切石きりいしの上に

腕を組んで

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腕拱くみて

空を見上げる男がいた

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空を見上ぐる男ありたり

何だろう

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何やらむ

穏やかでない目つきをして

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穏おだやかならぬ目付めつきして

つるはしを振るう一群を見ている

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鶴嘴つるはしを打つ群を見てゐる

心から今日は逃げ去った

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心より今日けふは逃げ去れり

病んだ獣のような

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病やまひある獣けもののごとき

不平が逃げ去った

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不平逃げ去れり

おおらかな心がやってきた

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おほどかの心来れり

歩くにも

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あるくにも

腹に力がたまるようだ

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腹に力のたまるがごとし

ただ一人で泣きたくて

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ただひとり泣かまほしさに

来て寝た

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来て寝たる

宿屋の夜具の心地よさよ

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宿屋やどやの夜具やぐのこころよさかな

友よ、そう

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友よさは

物乞いの卑しさを嫌ってくれるな

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乞食こじきの卑いやしさ厭いとふなかれ

飢えていたときは私もそうだった

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餓うゑたる時は我も爾しかりき

新しいインクのにおい

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新しきインクのにほひ

栓を抜くと

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栓せん抜ぬけば

飢えた腹に沁みるのがかなしい

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餓ゑたる腹に沁しむがかなしも

かなしいのは

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かなしきは

喉のかわきをこらえながら

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喉のどのかわきをこらへつつ

夜寒の夜具にちぢこまるとき

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夜寒よざむの夜具にちぢこまる時

一度でも私に頭を下げさせた

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一度でも我に頭を下げさせし

人はみな死ねと

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人みな死ねと

祈ったことがある

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いのりてしこと

私に似た二人の友よ

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我に似し友の二人ふたりよ

一人は死に

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一人は死に

一人は牢を出て今は病んでいる

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一人は牢らうを出いでて今病やむ

あり余る才を抱えながら

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あまりある才を抱いだきて

妻のために

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妻のため

思い悩む友をかなしむ

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おもひわづらふ友をかなしむ

打ち明けて語って

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打明けて語りて

何か損をしたように思って

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何か損そんをせしごとく思ひて

友と別れた

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友とわかれぬ

どんよりと

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どんよりと

曇った空を見ていたら

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くもれる空を見てゐしに

人を殺したくなったことだ

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人を殺したくなりにけるかな

人並みの才にすぎない

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人並ひとなみの才さいに過ぎざる

わが友の

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わが友の

深い不平もあわれだな

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深き不平もあはれなるかな

誰が見ても取り柄のない男が来て

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誰たれが見てもとりどころなき男来て

威張って帰った

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威張ゐばりて帰りぬ

かなしくもあるものだ

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かなしくもあるか

働いても

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はたらけど

働いてもなお暮らしは楽にならない

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はたらけど猶なほわが生活くらし楽にならざり

じっと手を見る

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ぢっと手を見る

何もかも行く末のことが見えるような

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何もかも行末ゆくすゑの事みゆるごとき

このかなしみは

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このかなしみは

ぬぐいきれない

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拭ぬぐひあへずも

ある日に

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とある日に

酒がのみたくてならないように

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酒をのみたくてならぬごとく

今日の私は切に金が欲しかった

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今日けふわれ切せちに金かねを欲ほりせり

水晶の玉をよろこんでもてあそぶ

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水晶すゐしやうの玉をよろこびもてあそぶ

この私の心は

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わがこの心

何の心だろう

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何なにの心ぞ

何事もなく

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事もなく

しかも心地よく肥えていく

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且かつこころよく肥こえてゆく

このごろの自分が物足りない

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わがこのごろの物足らぬかな

大きな水晶の玉を

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大いなる水晶の玉を

ひとつ欲しい

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ひとつ欲ほし

それに向かって物を思おう

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それにむかひて物を思はむ

うぬぼれる友に

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うぬ惚ぼるる友に

相づちを打っていた

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合槌あひづちうちてゐぬ

施しをするような心で

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施与ほどこしをするごとき心に

ある朝のかなしい夢のさめぎわに

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ある朝のかなしき夢のさめぎはに

鼻に入ってきた

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鼻に入いり来きし

味噌を煮るにおいよ

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味噌みそを煮にる香かよ

こつこつと空き地で石を刻む音

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こつこつと空地あきちに石をきざむ音

耳について離れない

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耳につき来きぬ

家に入るまで

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家いへに入いるまで

なんとなく

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何がなしに

頭の中に崖があって

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頭あたまのなかに崖がけありて

日ごとに土が崩れていくようだ

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日毎ひごとに土のくづるるごとし

遠くで電話のベルが鳴るように

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遠方ゑんぱうに電話の鈴りんの鳴るごとく

今日も耳が鳴る

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今日けふも耳鳴る

かなしい日だな

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かなしき日かな

垢じみた袷の襟よ

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垢あかじみし袷あはせの襟えりよ

かなしくも

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かなしくも

ふるさとの胡桃を焼くにおいがする

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ふるさとの胡桃くるみ焼やくるにほひす

死にたくてならないときがある

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死にたくてならぬ時あり

便所で人目を避けて

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はばかりに人目を避さけて

こわい顔をする

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怖こはき顔する

一隊の兵を見送って

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一隊の兵を見送りて

かなしかった

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かなしかり

なぜ彼らはあんなに憂いがないのか

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何なにぞ彼等のうれひ無なげなる

同胞の顔がたえがたく卑しく

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邦人くにびとの顔たへがたく卑いやしげに

目にうつる日だ

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目にうつる日なり

家にこもろう

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家にこもらむ

次の休みには一日寝てみようと

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この次の休日やすみに一日寝てみむと

思いながら過ごしてきた

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思ひすごしぬ

この三年ずっと

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三年みとせこのかた

あるときの自分の心を

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或る時のわれのこころを

焼きたての

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焼きたての

パンに似ていると思ったことだ

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麺麭ぱんに似たりと思ひけるかな

たんたらたら たんたらたらと

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たんたらたらたんたらたらと

雨だれが

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雨滴あまだれが

痛む頭にひびくかなしさ

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痛むあたまにひびくかなしさ

ある日のこと

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ある日のこと

部屋の障子を張り替えた

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室へやの障子しやうじをはりかへぬ

その日はそれで心がなごんだ

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その日はそれにて心なごみき

こうしてはいられないと思い

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かうしては居をられずと思ひ

立ち上がったが

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立ちにしが

外で馬がいななくまで

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戸外おもてに馬の嘶いななきしまで

気がぬけて廊下に立った

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気ぬけして廊下らうかに立ちぬ

荒々しく扉を押したのに

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あららかに扉ドアを推おせしに

すぐ開いてしまったので

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すぐ開あきしかば

じっとして

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ぢっとして

黒や赤のインクを吸って

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黒はた赤のインク吸ひ

堅く乾いた海綿を見る

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堅くかわける海綿かいめんを見る

誰が見ても

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誰たれが見ても

私をなつかしく思うような

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われをなつかしくなるごとき

長い手紙を書きたい夕暮れ

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長き手紙を書きたき夕ゆふべ

うすみどりの

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うすみどり

飲めば体が水のように透きとおるという

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飲めば身体からだが水のごと透すきとほるてふ

薬はないか

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薬はなきか

いつも睨むランプに飽きて

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いつも睨にらむラムプに飽あきて

三日ばかり

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三日みかばかり

蝋燭の火に親しんだことだ

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蝋燭らふそくの火にしたしめるかな

人間の使わない言葉を

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人間のつかはぬ言葉

ひょっとして

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ひょっとして

自分だけが知っているように思う日

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われのみ知れるごとく思ふ日

新しい心を求めて

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あたらしき心もとめて

名も知らない

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名も知らぬ

街を今日もさまよってきた

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街など今日けふもさまよひて来きぬ

友がみな自分よりえらく見える日よ

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友がみなわれよりえらく見ゆる日よ

花を買ってきて

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花を買ひ来きて

妻とむつまじく過ごす

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妻つまとしたしむ

どうして

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何なにすれば

ここに私はいるのか

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此処ここに我ありや

ときにこう驚いて部屋を眺める

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時にかく打驚うちおどろきて室へやを眺むる

ある人が電車の中で唾を吐く

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人ありて電車のなかに唾つばを吐はく

それにも

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それにも

心が痛みそうだった

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心いたまむとしき

夜明けまで遊んで過ごせる場所が欲しい

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夜明けまであそびてくらす場所が欲ほし

家を思うと

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家いへをおもへば

心が冷たい

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こころ冷つめたし

人がみな家を持つというかなしみよ

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人みなが家いへを持つてふかなしみよ

墓に入るように

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墓に入いるごとく

帰って眠る

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かへりて眠る

何かひとつ不思議を見せて

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何かひとつ不思議を示し

みんなが驚いているすきに

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人みなのおどろくひまに

消えてしまおうと思う

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消えむと思ふ

人という人の心に

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人といふ人のこころに

一人ずつ囚人がいて

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一人づつ囚人しうじんがゐて

うめいているかなしさ

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うめくかなしさ

叱られて

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叱しかられて

わっと泣き出す子ども心

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わっと泣き出だす子供心

その心にもなってみたいものだ

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その心にもなりてみたきかな

盗むことさえ悪いと思えない

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盗むてふことさへ悪あしと思ひえぬ

心はかなしい

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心はかなし

隠れる家もない

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かくれ家がもなし

捨てられた女のようなかなしみを

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放はなたれし女のごときかなしみを

弱い男が

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よわき男の

感じる日だ

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感かんずる日なり

庭石に

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庭石にはいしに

はたと時計を投げつけた

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はたと時計をなげうてる

昔の自分の怒りがいとしい

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昔のわれの怒いかりいとしも

顔を赤くして怒ったことが

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顔あかめ怒いかりしことが

翌日には

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あくる日は

それほどでもないのをさびしがる

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さほどにもなきをさびしがるかな

いらだつ心よ、おまえはかなしい

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いらだてる心よ汝なれはかなしかり

さあさあ

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いざいざ

少しあくびでもしよう

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すこし呿呻あくびなどせむ

女がいる

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女あり

私の言いつけに背くまいと心を砕く

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わがいひつけに背そむかじと心を砕くだく

見ればかなしい

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見ればかなしも

ふがいない

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ふがひなき

わが日本の女たちを

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わが日ひの本もとの女等をんならを

秋雨の夜にののしったことだ

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秋雨あきさめの夜よにののしりしかな

男に生まれ男と交わって

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男とうまれ男と交まじり

負けている

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負けてをり

だからだろうか秋が身に沁みる

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かるがゆゑにや秋が身に沁しむ

私の抱く思想はすべて

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わが抱いだく思想はすべて

金がないことから来ているようだ

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金かねなきに因いんするごとし

秋の風が吹く

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秋の風吹く

くだらない小説を書いてよろこんでいる

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くだらない小説を書きてよろこべる

男があわれだ

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男憐あはれなり

初秋の風

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初秋はつあきの風

秋の風

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秋の風

今日からはあのふやけた男とは

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今日けふよりは彼かのふやけたる男に

口をきくまいと思う

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口を利きかじと思ふ

果ても見えない

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はても見えぬ

まっすぐな街を歩くような

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真直ますぐの街をあゆむごとき

心を今日は持てたことだ

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こころを今日は持ちえたるかな

何ひとつ思うこともなく

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何事も思ふことなく

いそがしく

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いそがしく

暮らした一日を忘れまいと思う

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暮らせし一日ひとひを忘れじと思ふ

何事も金だ金だと笑い

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何事も金金かねかねとわらひ

少し経つと

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すこし経へて

またも急に不平がつのってくる

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またも俄にはかに不平つのり来く

誰か私を

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誰たそ我われに

ピストルででも撃ってくれ

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ピストルにても撃うてよかし

伊藤のように死んでみせよう

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伊藤のごとく死にて見せなむ

やあ、とばかりに

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やとばかり

桂首相に手を取られる夢を見て目が覚めた

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桂かつら首相に手とられし夢みて覚さめぬ

秋の夜の二時

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秋の夜の二時

煙

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煙

一

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一

病のように

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病やまひのごと

故郷を思う心が湧く日だ

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思郷しきやうのこころ湧わく日なり

目に映る青空の煙がかなしい

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目にあをぞらの煙けむりかなしも

自分の名をかすかに呼んで

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己おのが名をほのかに呼びて

涙した

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涙せし

十四の春に帰る手立てはない

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十四じふしの春にかへる術すべなし

青空に消えていく煙

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青空に消えゆく煙

さびしくも消えていく煙

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さびしくも消えゆく煙

私に似ているのか

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われにし似るか

あの旅の汽車の車掌が

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かの旅の汽車の車掌しやしやうが

思いがけず

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ゆくりなくも

私の中学の友だった

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我が中学の友なりしかな

ほとばしるポンプの水の

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ほとばしる喞筒ポンプの水の

心地よさよ

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心地ここちよさよ

しばらくは若い心で見る

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しばしは若きこころもて見る

師も友も知らずに責めた

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師も友も知らで責せめにき

謎に似た

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謎なぞに似る

私が学業を怠ったわけを

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わが学業のおこたりの因もと

教室の窓から逃げて

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教室の窓より遁にげて

ただ一人

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ただ一人

あの城跡に寝に行ったものだ

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かの城址しろあとに寝に行きしかな

不来方のお城の草に寝ころんで

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不来方こずかたのお城の草に寝ころびて

空に吸われた

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空に吸はれし

十五の心

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十五じふごの心

かなしみと言うなら言ってもいい

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かなしみといはばいふべき

物の味を

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物の味あぢ

私が知ったのはあまりに早かった

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我の嘗なめしはあまりに早かり

晴れた空を仰ぐといつも

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晴れし空仰あふげばいつも

口笛を吹きたくなって

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口笛を吹きたくなりて

吹いて遊んだ

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吹きてあそびき

夜寝てからも口笛を吹いた

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夜寝ても口笛吹きぬ

口笛は

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口笛は

十五の私の歌だった

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十五の我の歌にしありけり

よく叱る先生がいた

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よく叱しかる師ありき

髯が似ているので山羊と名づけて

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髯ひげの似たるより山羊やぎと名づけて

口真似もした

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口真似もしき

私と一緒に

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われと共ともに

小鳥に石を投げて遊ぶ

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小鳥に石を投げて遊ぶ

後備大尉の子もいたな

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後備大尉こうびたいゐの子もありしかな

城跡の

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城址しろあとの

石に腰かけ

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石に腰掛こしかけ

禁じられた木の実をひとり味わったこと

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禁制の木この実みをひとり味あぢはひしこと

その後に私を捨てた友も

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その後のちに我を捨てし友も

あのころは共に本を読み

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あの頃は共に書読ふみよみ

共に遊んだ

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ともに遊びき

学校の書庫の裏の秋の草

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学校の図書庫としよぐらの裏の秋の草

黄色い花が咲いていた

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黄きなる花咲きし

今も名を知らない

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今も名知らず

花が散ると

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花散れば

誰より先に白い服を着て家を出る

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先まづ人さきに白の服ふく着きて家いへ出いづる

あれは私だったな

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我にてありしか

今は亡き姉の恋人の弟と

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今は亡き姉の恋人のおとうとと

仲よくしていたのを

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なかよくせしを

かなしいと思う

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かなしと思ふ

夏休みが終わってそのまま

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夏休み果はててそのまま

帰ってこない

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かへり来こぬ

若い英語の先生もいた

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若き英語の教師もありき

ストライキを思い出しても

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ストライキ思ひ出いでても

今はもう血が躍らない

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今は早はや吾が血躍をどらず

ひそかにさびしい

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ひそかに淋さびし

盛岡の中学校の

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盛岡もりをかの中学校の

バルコニーの

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露台バルコンの

手すりに、もう一度私を寄りかからせてくれ

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欄干てすりに最一度もいちど我を倚よらしめ

神はいると言い張る友を

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神有りと言ひ張る友を

説きふせた

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説ときふせし

あの道ばたの栗の木の下

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かの路傍みちばたの栗くりの樹きの下もと

西風に

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西風に

内丸大路の桜の葉が

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内丸大路うちまるおほぢの桜の葉

かさこそ散るのを踏んで遊んだ

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かさこそ散るを踏ふみてあそびき

昔の愛読の書よ

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そのかみの愛読の書しよよ

その大半は

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大方おほかたは

今は流行らなくなってしまったな

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今は流行はやらずなりにけるかな

石がひとつ

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石ひとつ

坂をころがり下るように

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坂をくだるがごとくにも

私は今日の日にたどり着いた

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我けふの日に到り着きたる

憂いのある少年の眼でうらやんだ

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愁うれひある少年せうねんの眼に羨うらやみき

小鳥の飛ぶのを

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小鳥の飛ぶを

飛んでうたうのを

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飛びてうたふを

解剖した

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解剖ふわけせし

みみずのいのちもかなしかった

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蚯蚓みみずのいのちもかなしかり

あの校庭の木の柵の下

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かの校庭の木柵もくさくの下もと

かぎりない知識欲に燃える眼を

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かぎりなき知識の慾よくに燃ゆる眼を

姉は心を痛めた

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姉は傷いたみき

人に恋しているのかと

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人恋ふるかと

蘇峯の本を私に薦めた友は早くに

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蘇峯そほうの書しよを我に薦すすめし友早く

学校をやめた

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校かうを退しりぞきぬ

貧しさのために

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まづしさのため

おどけた手つきがおかしいと

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おどけたる手つきをかしと

私だけはいつも笑った

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我のみはいつも笑ひき

博学な先生を

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博学の師を

自分の才で身をあやまった人のことを

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自しが才さいに身をあやまちし人のこと

語り聞かせてくれた

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かたりきかせし

先生もいたな

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師もありしかな

昔の学校一のなまけ者が

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そのかみの学校一のなまけ者

今は真面目に

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今は真面目まじめに

はたらいている

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はたらきて居をり

田舎びた旅の姿を

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田舎ゐなかめく旅の姿を

三日ばかり都にさらして

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三日みかばかり都に曝さらし

帰る友だな

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かへる友かな

茨島の松並木の街道を

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茨島ばらじまの松の並木の街道を

私と行った少女は

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われと行きし少女をとめ

おのれの才を頼みにしていた

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才さいをたのみき

眼を病んで黒い眼鏡をかけたころ

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眼を病みて黒き眼鏡めがねをかけし頃

あのころだ

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その頃よ

一人で泣くことを覚えたのは

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一人泣くをおぼえし

私の心は

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わがこころ

今日もひそかに泣こうとする

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けふもひそかに泣かむとす

友はみな自分の道を歩いていった

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友みな己おのが道をあゆめり

人より先に恋の甘さと

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先さきんじて恋のあまさと

かなしさを知った私だ

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かなしさを知りし我なり

人より先に老いる

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先んじて老おゆ

興が乗ると

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興きよう来きたれば

友は涙を流し手をふって

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友なみだ垂たれ手を揮ふりて

酔っぱらいのようになって語った

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酔漢ゑひどれのごとくなりて語りき

人ごみの中を分けて来る

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人ごみの中をわけ来くる

わが友の

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わが友の

昔ながらの太い杖だな

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むかしながらの太ふとき杖つゑかな

見栄えのいい年賀状を書く人だと

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見よげなる年賀の文ふみを書く人と

思い過ごしてきた

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おもひ過ぎにき

三年ばかりは

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三年みとせばかりは

夢からさめてふと悲しむ

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夢さめてふっと悲しむ

私の眠りは

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わが眠り

昔のように安らかでないな

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昔のごとく安からぬかな

昔は秀才の名が高かった

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そのむかし秀才しうさいの名の高かりし

友が牢にいる

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友牢らうにあり

秋の風が吹く

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秋のかぜ吹く

近眼で

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近眼ちかめにて

おどけた歌をよんだ

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おどけし歌をよみ出いでし

茂雄の恋もかなしかったのか

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茂雄しげをの恋もかなしかりしか

妻の昔の願いは

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わが妻のむかしの願ひ

音楽のことにあった

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音楽のことにかかりき

今はうたわない

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今はうたはず

友はみなある日四方に散っていった

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友はみな或日あるひ四方しはうに散り行ゆきぬ

それから八年

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その後のち八年やとせ

名を挙げた者もいない

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名な挙あげしもなし

私の恋を

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わが恋を

はじめて友に打ち明けた夜のことなど

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はじめて友にうち明けし夜よるのことなど

思い出す日

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思ひ出いづる日

糸の切れた凧のように

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糸切れし紙鳶たこのごとくに

若い日の心は軽々と

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若き日の心かろくも

飛び去ってしまったな

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とびさりしかな

二

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二

ふるさとの訛りがなつかしい

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ふるさとの訛なまりなつかし

停車場の人ごみの中に

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停車場ていしやばの人ごみの中に

それを聴きに行く

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そを聴ききにゆく

病んだ獣のような

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やまひある獣けもののごとき

私の心も

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わがこころ

ふるさとのことを聞けばおとなしい

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ふるさとのこと聞けばおとなし

ふと思う

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ふと思ふ

ふるさとで毎日聴いた雀の鳴く声を

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ふるさとにゐて日毎ひごと聴ききし雀すずめの鳴くを

三年聴いていない

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三年みとせ聴かざり

亡くなった先生が昔

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亡なくなれる師がその昔

くださった

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たまひたる

地理の本など取り出して見る

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地理の本など取りいでて見る

あの昔

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その昔

小学校の柾屋根に私が投げた鞠は

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小学校の柾屋根まさやねに我が投げし鞠まり

どうなっただろう

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いかにかなりけむ

ふるさとの

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ふるさとの

あの道ばたの捨て石よ

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かの路傍みちばたのすて石よ

今年も草に埋もれているだろう

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今年も草に埋うづもれしらむ

離れていれば妹がいとしい

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わかれをれば妹いもといとしも

赤い鼻緒の

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赤き緒をの

下駄が欲しいとわめく子だった

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下駄げたなど欲ほしとわめく子なりし

二日前に山の絵を見たが

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二日ふつか前に山の絵ゑ見しが

今朝になって

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今朝けさになりて

にわかに恋しいふるさとの山

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にはかに恋しふるさとの山

飴売りのチャルメラを聴くと

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飴売あめうりのチャルメラ聴きけば

なくした

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うしなひし

幼い心を拾えたようだ

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をさなき心ひろへるごとし

このごろは

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このごろは

母も時々ふるさとのことを言い出す

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母も時時ときどきふるさとのことを言ひ出いづ

秋になったのだ

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秋に入いれるなり

それとなく

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それとなく

故郷のことなど語り出して

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郷里くにのことなど語り出いでて

秋の夜に焼く餅のにおいよ

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秋の夜よに焼く餅もちのにほひかな

なにかにつけて渋民村が恋しい

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かにかくに渋民村しぶたみむらは恋しかり

思い出の山

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おもひでの山

思い出の川

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おもひでの川

田も畑も売って酒をのみ

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田も畑はたも売りて酒のみ

滅びていくふるさとの人に

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ほろびゆくふるさと人びとに

心を寄せる日

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心寄する日

ああ、私が教えた

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あはれかの我の教へし

あの子らもまた

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子等こらもまた

やがてふるさとを捨てて出ていくのだろう

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やがてふるさとを棄すてて出いづるらむ

ふるさとを出てきた者どうしが

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ふるさとを出いで来きし子等の

めぐり会って

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相会あいあひて

よろこぶことにまさるかなしみはない

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よろこぶにまさるかなしみはなし

石を投げて追われるように

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石をもて追はるるごとく

ふるさとを出たかなしみは

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ふるさとを出いでしかなしみ

消えるときがない

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消ゆる時なし

やわらかに柳が青む

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やはらかに柳あをめる

北上の岸辺が目に見える

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北上きたかみの岸辺きしべ目に見ゆ

泣けというように

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泣けとごとくに

ふるさとの

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ふるさとの

村医者の妻のつつましい櫛巻きなども

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村医そんいの妻のつつましき櫛巻くしまきなども

なつかしいものだ

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なつかしきかな

あの村の登記所に来て

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かの村の登記所とうきしよに来て

肺を病んで

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肺はい病やみて

間もなく死んだ男もいた

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間もなく死にし男もありき

小学校の首席を私と争った

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小学の首席を我と争あらそひし

友がいとなむ

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友のいとなむ

木賃宿だな

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木賃宿きちんやどかな

千代治たちも大きくなって恋をし

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千代治等ちよぢらも長ちやうじて恋し

子をもうけた

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子を挙あげぬ

私が旅先でそうしたように

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わが旅にしてなせしごとくに

ある年の盆の祭りに

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ある年の盆ぼんの祭に

着物を貸すから踊れと言った

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衣きぬ貸かさむ踊れと言ひし

あの女を思う

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女を思ふ

のろまな兄と

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うすのろの兄と

体の不自由な父を持つ三太はかなしい

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不具かたはの父もてる三太さんたはかなし

夜も本を読む

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夜よるも書ふみ読よむ

私と一緒に

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我と共に

栗毛の仔馬を走らせた

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栗毛くりげの仔馬こうま走らせし

母のない子の盗み癖だな

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母の無き子の盗癖ぬすみぐせかな

大きな柄の被布の模様の赤い花

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大形おほがたの被布ひふの模様の赤き花

今も目に見える

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今も目に見ゆ

六つの日の恋

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六歳むつの日の恋

その名さえ忘れられたころ

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その名さへ忘られし頃

ふらりとふるさとに来て

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飄然へうぜんとふるさとに来て

咳をしていた男

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咳せきせし男

意地悪な大工の子などもかなしい

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意地悪いぢわるの大工だいくの子などもかなしかり

戦に出たが

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戦いくさに出いでしが

生きて帰らなかった

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生きてかへらず

肺を病む

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肺を病む

道楽者の地主の跡取りの

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極道地主ごくだうぢぬしの総領そうりやうの

嫁取りの日の春の雷だな

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よめとりの日の春の雷らいかな

宗次郎に

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宗次郎そうじろに

おかねが泣いて口説いている

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おかねが泣きて口説くどき居をり

大根の花の白い夕暮れ

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大根だいこんの花白きゆふぐれ

気の小さい役場の書記が

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小心せうしんの役場の書記の

気が触れたと噂に立った

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気の狂ふれし噂うはさに立てる

ふるさとの秋

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ふるさとの秋

私の従兄は

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わが従兄いとこ

野山の猟に飽きたあと

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野山の猟かりに飽あきし後のち

酒をのみ家を売り病んで死んだ

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酒のみ家いへ売り病やみて死にしかな

私が行って手を取ると

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我ゆきて手をとれば

泣いてしずまった

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泣きてしづまりき

酔って荒れた、あの昔の友

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酔ゑひて荒あばれしそのかみの友

酒をのむと

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酒のめば

刀を抜いて妻を追う教師もいた

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刀かたなをぬきて妻を逐おふ教師けうしもありき

村を追われた

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村を遂おはれき

年ごとに肺を病む者の増えていく

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年ごとに肺病はいびやうやみの殖ふえてゆく

村に迎えた

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村に迎へし

若い医者だな

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若き医者かな

ほたる狩り

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ほたる狩がり

川に行こうという私を

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川にゆかむといふ我を

山道に誘う人だった

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山路やまぢにさそふ人にてありき

じゃがいものうす紫の花に降る

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馬鈴薯ばれいしよのうす紫の花に降ふる

雨を思った

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雨を思へり

都の雨に

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都みやこの雨に

ああ、私のノスタルジアは

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あはれ我がノスタルジヤは

金のように

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金きんのごと

心に照っている、清く絶え間なく

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心に照れり清くしみらに

友として遊ぶ者もない

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友として遊ぶものなき

性根の悪い巡査の子らも

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性悪しやうわるの巡査の子等こらも

あわれだった

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あはれなりけり

かっこう鳥が

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閑古鳥かんこどり

鳴く日になると起こるという

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鳴く日となれば起おこるてふ

友の病はどうなっただろう

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友のやまひのいかになりけむ

私の思うことは

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わが思ふこと

おおかた正しい

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おほかたは正ただしかり

ふるさとの便りが届いた朝は

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ふるさとのたより着つける朝あしたは

今日聞けば

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今日聞けば

あの幸うすい後家さんが

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かの幸さちうすきやもめ人びと

汚れた恋に身を入れているという

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きたなき恋に身を入いるるてふ

私のために

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わがために

悩める魂をしずめよと

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なやめる魂たまをしづめよと

讃美歌をうたう人がいたな

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讃美歌うたふ人ありしかな

ああ、あの男のような魂よ

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あはれかの男のごときたましひよ

今はどこで

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今は何処いづこに

何を思っているのか

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何を思ふや

わが庭の白いつつじを

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わが庭の白き躑躅つつじを

薄月の夜に

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薄月うすづきの夜よに

折っていったことを忘れるな

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折をりゆきしことな忘れそ

わが村に

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わが村に

はじめてイエス・キリストの道を説いた

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初めてイエス・クリストの道を説ときたる

若い女だな

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若き女かな

霧の深い好摩の原の

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霧ふかき好摩かうまの原はらの

停車場の

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停車場の

朝の虫の声こそ心にしみる

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朝の虫こそすずろなりけれ

汽車の窓

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汽車の窓

はるか北にふるさとの山が見えてくると

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はるかに北にふるさとの山見え来くれば

思わず襟を正す

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襟えりを正ただすも

ふるさとの土を踏むと

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ふるさとの土をわが踏めば

なんとなく足が軽くなり

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何がなしに足軽かろくなり

心は重くなった

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心重おもれり

ふるさとに入ってまず心が痛む

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ふるさとに入いりて先まづ心傷いたむかな

道は広くなり

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道広くなり

橋も新しい

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橋もあたらし

見も知らぬ女の先生が

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見もしらぬ女教師をんなけうしが

あの昔の

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そのかみの

私の学び舎の窓に立っている

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わが学舎まなびやの窓に立てるかな

あの家のあの窓でこそ

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かの家いへのかの窓にこそ

春の夜を

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春の夜よを

秀子とともに蛙の声を聴いたのだ

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秀子ひでことともに蛙かはづ聴ききけれ

あの昔の神童という名の

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そのかみの神童しんどうの名の

かなしさよ

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かなしさよ

ふるさとに来て泣くのはそのこと

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ふるさとに来て泣くはそのこと

ふるさとの停車場への道の

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ふるさとの停車場路ていしやばみちの

川ばたの

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川ばたの

胡桃の木の下で小石を拾った

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胡桃くるみの下に小石拾ひろへり

ふるさとの山に向かって

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ふるさとの山に向ひて

言うことはない

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言ふことなし

ふるさとの山はありがたいものだ

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ふるさとの山はありがたきかな

秋風のこころよさに

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秋風のこころよさに

ふるさとの空が遠いからか

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ふるさとの空遠とほみかも

高い建物にひとりのぼって

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高たかき屋やにひとりのぼりて

憂いを抱いて下りる

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愁うれひて下くだる

白く輝いて玉と見まがう小人物も

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皎かうとして玉をあざむく小人せうじんも

秋が来たというので

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秋あき来くといふに

物を思っている

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物を思へり

かなしいのは

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かなしきは

秋風だ

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秋風ぞかし

たまにしか湧かなかった涙がしきりに流れる

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稀まれにのみ湧わきし涙の繁しじに流るる

青く透きとおる

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青に透すく

かなしみの玉を枕にして

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かなしみの玉に枕まくらして

松の鳴る音を夜どおし聴く

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松のひびきを夜もすがら聴きく

神さびた七山の杉を

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神寂さびし七山ななやまの杉

火のように染めて日が沈んだ

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火のごとく染めて日入いりぬ

静かなことだ

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静かなるかな

それを読めば

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そを読めば

憂いを知るという書を焼いた

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愁うれひ知るといふ書ふみ焚たける

昔の人の心がいい

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いにしへ人びとの心よろしも

何もかもがはかなげに

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ものなべてうらはかなげに

暮れていった

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暮れゆきぬ

悲しみをかき集めたような日は

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とりあつめたる悲しみの日は

水たまりが

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水潦みづたまり

暮れていく空と紅の紐を浮かべた

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暮れゆく空とくれなゐの紐ひもを浮べぬ

秋雨のあと

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秋雨あきさめの後のち

秋が立つのは水に似ている

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秋立つは水にかも似る

洗われて

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洗あらはれて

思いがことごとく新しくなる

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思ひことごと新しくなる

憂いを抱いて

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愁うれひ来て

丘にのぼると

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丘にのぼれば

名も知らぬ鳥がついばんでいる、赤い茨の実を

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名も知らぬ鳥啄ついばめり赤き茨ばらの実み

秋の辻

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秋の辻つじ

四すじの道の三すじへと吹いていく風の

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四よすぢの路みちの三すぢへと吹きゆく風の

そのあとは見えない

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あと見えずかも

秋の声がまっさきに耳に入る

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秋の声まづいち早く耳に入いる

そんな性分を持つ

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かかる性さが持つ

かなしむべきことだ

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かなしむべかり

見なれた山ではあるが

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目になれし山にはあれど

秋が来ると

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秋来くれば

神でも住むのかと畏れて見る

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神や住まむとかしこみて見る

私のなすべきことが世に尽きて

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わが為なさむこと世に尽つきて

長い一日を

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長き日を

こんなにも物を思うのか

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かくしもあはれ物を思ふか

さらさらと雨が落ちてきて

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さらさらと雨落ち来きたり

庭の面が濡れていくのを見て

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庭の面もの濡ぬれゆくを見て

涙を忘れた

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涙わすれぬ

ふるさとの寺の廊下で

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ふるさとの寺の御廊みらうに

踏んでしまった

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踏ふみにける

小櫛の蝶を夢に見た

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小櫛をぐしの蝶てふを夢にみしかな

試しに

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こころみに

幼い日の自分になって

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いとけなき日の我となり

話しかけてみたい人がいればと思う

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物言ひてみむ人あれと思ふ

はたはたと黍の葉が鳴る

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はたはたと黍きびの葉鳴れる

ふるさとの軒端がなつかしい

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ふるさとの軒端のきばなつかし

秋風が吹くと

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秋風吹けば

ふれあう肩のすきまから

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摩すれあへる肩のひまより

ほんの少し見たということまで

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はつかにも見きといふさへ

日記に残っている

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日記にきに残れり

風流な男は今も昔も

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風流男みやびをは今も昔も

淡雪のような

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泡雪あわゆきの

白い腕を枕にする夜に老いていくらしい

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玉手たまでさし捲まく夜よにし老おゆらし

ふと忘れてもみたい

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かりそめに忘れても見まし

石だたみが

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石だたみ

春に生える草に埋もれるように

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春生おふる草に埋うもるるがごと

あの昔ゆりかごに寝て

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その昔揺籃ゆりかごに寝て

幾度も夢に見た人だろうか

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あまたたび夢にみし人か

切になつかしい

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切せちになつかし

神無月

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神無月かみなづき

岩手の山の

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岩手いはての山の

初雪が眉に迫った朝を思った

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初雪の眉まゆにせまりし朝を思ひぬ

日照り雨がさらさら落ちて

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ひでり雨さらさら落ちて

庭先の

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前栽せんざいの

萩が少し乱れたことだ

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萩はぎのすこしく乱みだれたるかな

秋の空はがらんとして影もない

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秋の空廓寥くわくれうとして影もなし

あまりにさびしい

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あまりにさびし

烏でも飛べ

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烏からすなど飛べ

雨あがりの月

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雨後うごの月

ほどよく濡れた屋根瓦の

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ほどよく濡ぬれし屋根瓦やねがはらの

ところどころ光るかなしさ

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そのところどころ光るかなしさ

私が飢えているある日に

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われ饑うゑてある日に

細い尾をふって

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細き尾を掉ふりて

飢えて私を見る犬の顔がいい

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饑ゑて我を見る犬の面つらよし

いつのまにか

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いつしかに

泣くということを忘れた

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泣くといふこと忘れたる

私を泣かせてくれる人はいないか

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我泣かしむる人のあらじか

涙があふれて

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汪然わうぜんとして

ああ、酒のかなしみが私に来た

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ああ酒のかなしみぞ我に来きたれる

立って舞おう

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立ちて舞まひなむ

こおろぎが鳴く

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蛼いとど鳴なく

そのかたわらの石にうずくまり

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そのかたはらの石に踞きよし

泣き笑いしてひとり物を言う

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泣き笑ひしてひとり物言ふ

力なく病んだころから

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力なく病やみし頃ころより

口を少し開けて眠るのが

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口すこし開あきて眠ねむるが

癖になった

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癖くせとなりにき

人ひとりを得るだけのことを

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人ひとり得うるに過ぎざる事をもて

大願としていた

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大願たいぐわんとせし

若い日のあやまち

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若きあやまち

すねてみせる

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物怨ゑずる

そのやわらかな上目づかいを

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そのやはらかき上目うはめをば

いとしいからと、わざと冷たくできるものか

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愛めづとことさらつれなくせむや

これほど熱い涙は

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かくばかり熱あつき涙は

初恋の日にもあったと

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初恋の日にもありきと

泣く日はもうない

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泣く日またなし

長く長く忘れていた友に

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長く長く忘れし友に

会うような

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会ふごとき

よろこびで水の音を聴く

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よろこびをもて水の音聴きく

秋の夜の

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秋の夜の

鋼の色の大空に

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鋼鉄はがねの色の大空に

火を噴く山でもあればなどと思う

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火を噴はく山もあれなど思ふ

岩手山

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岩手山いはてやま

秋はふもとの三方の

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秋はふもとの三方さんぱうの

野に満ちる虫の声を何と聴いているだろう

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野に満つる虫を何なにと聴くらむ

父のように秋はいかめしい

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父のごと秋はいかめし

母のように秋はなつかしい

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母のごと秋はなつかし

家を持たない子には

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家いへ持たぬ児こに

秋が来ると

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秋来くれば

恋しく思う心のせわしなさよ

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恋こふる心のいとまなさよ

夜も寝つけずに雁の声を多く聴く

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夜よもい寝ねがてに雁かり多く聴く

長月も半ばになった

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長月ながつきも半なかばになりぬ

いつまで

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いつまでか

こんなに幼く、言い出せずにいるのだろう

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かくも幼く打出うちいでずあらむ

思っているとは言わない人が

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思ふてふこと言はぬ人の

送ってきた

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おくり来きし

忘れな草もはっきりと目立っていた

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忘れな草ぐさもいちじろかりし

秋の雨に反り返りやすい弓のように

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秋の雨に逆反さかぞりやすき弓ゆみのごと

このごろ

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このごろ

君は私に親しんでくれないな

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君のしたしまぬかな

松の風が夜も昼もひびいた

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松の風夜昼よひるひびきぬ

人の訪れない山の祠の

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人訪とはぬ山の祠ほこらの

石馬の耳に

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石馬いしうまの耳に

ほのかな朽木の香り

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ほのかなる朽木くちきの香かをり

そのなかの茸の香りに

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そがなかの蕈たけの香りに

秋がやや深い

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秋やや深し

時雨が降るような音をたてて

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時雨しぐれ降るごとき音して

木を伝っていった

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木伝こづたひぬ

人によく似た森の猿ども

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人によく似し森の猿さるども

森の奥

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森の奥

遠いひびきがする

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遠きひびきす

木のうろで臼をひく小人の国にでも来たのか

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木きのうろに臼うすひく侏儒しゆじゆの国にかも来きし

世のはじめ

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世のはじめ

まず森があって

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まづ森ありて

半ば神である人がそのなかで火を守っていたのか

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半神はんしんの人そが中に火や守りけむ

はてもなく砂がつづく

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はてもなく砂うちつづく

ゴビの野に住む神は

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戈壁ゴビの野に住みたまふ神は

秋の神だろうか

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秋の神かも

天地に

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あめつちに

私の悲しみと月の光と

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わが悲しみと月光げつくわうと

あまねく満ちる秋の夜になった

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あまねき秋の夜よとなれりけり

もの悲しい

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うらがなしき

夜の物音がもれてくるのを

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夜よるの物の音ね洩もれ来くるを

拾うようにさまよい歩いた

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拾ひろふがごとくさまよひ行ゆきぬ

旅の子が

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旅の子の

ふるさとに来て眠るように

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ふるさとに来きて眠るがに

まことに静かに冬が来たことだ

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げに静かにも冬の来きしかな

忘れがたき人人

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忘れがたき人人

一

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一

潮の香る北の浜辺の

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潮しほかをる北の浜辺はまべの

砂山のあのはまなすよ

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砂山のかの浜薔薇はまなすよ

今年も咲いているか

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今年も咲けるや

頼みにしていた年の若さを数えてみて

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たのみつる年の若さを数かぞへみて

指を見つめて

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指を見つめて

旅がいやになった

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旅がいやになりき

三度ほど

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三度みたびほど

汽車の窓からながめた町の名なども

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汽車の窓よりながめたる町の名なども

親しく思える

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したしかりけり

函館の床屋の弟子を

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函館はこだての床屋とこやの弟子でしを

思い出した

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おもひ出いでぬ

耳を剃らせるのが心地よかった

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耳剃そらせるがこころよかりし

私のあとを追ってきて

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わがあとを追ひ来きて

知る人もない

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知れる人もなき

辺鄙な土地に住んだ母と妻だな

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辺土へんどに住みし母と妻かな

船に酔ってやさしくなった

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船に酔ゑひてやさしくなれる

妹の眼が見える

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いもうとの眼め見ゆ

津軽の海を思うと

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津軽つがるの海を思へば

目を閉じて

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目を閉とぢて

傷心の句を口ずさんでいた

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傷心しやうしんの句を誦ずしてゐし

友の手紙のおどけが悲しい

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友の手紙のおどけ悲しも

幼いころ

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をさなき時

橋の欄干に糞を塗った

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橋の欄干らんかんに糞くそ塗ぬりし

話も友はかなしんで聞いた

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話も友はかなしみてしき

おそらく生涯妻は迎えまいと

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おそらくは生涯しやうがい妻をむかへじと

笑った友よ

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わらひし友よ

今も妻を持たない

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今もめとらず

ああ、あの

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あはれかの

眼鏡の縁をさびしげに光らせていた

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眼鏡めがねの縁ふちをさびしげに光らせてゐし

女の先生よ

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女教師よ

友は私に飯を与えてくれた

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友われに飯めしを与へき

その友に背いた私の

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その友に背そむきし我の

性分のかなしさ

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性さがのかなしさ

函館の青柳町こそかなしい

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函館はこだての青柳町あをやぎちやうこそかなしけれ

友の恋の歌

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友の恋歌こひうた

矢車の花

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矢ぐるまの花

ふるさとの

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ふるさとの

麦の香りをなつかしむ

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麦のかをりを懐なつかしむ

女の眉に心ひかれた

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女の眉まゆにこころひかれき

新しい洋書の紙の

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あたらしき洋書の紙の

香りをかいで

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香かをかぎて

ひたすら金が欲しいと思ったものだ

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一途いちづに金かねを欲ほしと思ひしが

白波が寄せて騒ぐ

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しらなみの寄せて騒さわげる

函館の大森浜で

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函館の大森浜おほもりはまに

思ったことの数々

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思ひしことども

朝ごとに

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朝な朝な

中国の俗謡をうたい出す

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支那しなの俗歌ぞくかをうたひ出いづる

枕時計をいとおしんだかなしみ

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まくら時計を愛めでしかなしみ

漂泊の憂いを書こうとして書けなかった

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漂泊へうはくの愁うれひを叙じよして成ならざりし

草稿の字の

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草稿さうかうの字の

読みにくさよ

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読みがたさかな

幾度も死のうとしては

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いくたびか死なむとしては

死ななかった

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死なざりし

わが来し方がおかしくも悲しい

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わが来こしかたのをかしく悲し

函館の臥牛山の中腹の

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函館の臥牛ぐわぎうの山やまの半腹はんぷくの

碑の漢詩も

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碑ひの漢詩からうたも

半ば忘れてしまった

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なかば忘れぬ

もごもごと

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むやむやと

口の中でありがたそうなことをつぶやく

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口の中うちにてたふとげの事を呟つぶやく

物乞いもいた

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乞食こじきもありき

取るに足らぬ男と思えと言うように

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とるに足らぬ男と思へと言ふごとく

山に入っていった

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山に入いりにき

神のような友

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神のごとき友

巻煙草を口にくわえて

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巻煙草まきたばこ口にくはへて

波の荒い

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浪なみあらき

磯の夜霧に立っていた女よ

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磯いその夜霧に立ちし女よ

演習の合間にわざわざ

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演習のひまにわざわざ

汽車に乗って

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汽車に乗りて

訪ねてきた友とのむ酒だな

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訪とひ来きし友とのめる酒かな

大川の水面を見るたびに

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大川おほかはの水の面おもてを見るごとに

郁雨よ

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郁雨いくうよ

君のなやみを思う

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君のなやみを思ふ

智慧とその深い慈悲とを

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智慧ちゑとその深き慈悲じひとを

もてあまして

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もちあぐみ

することもなく友は遊んでいる

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為なすこともなく友は遊べり

志を遂げられない人たちが

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こころざし得えぬ人人の

集まって酒をのむ場所が

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あつまりて酒のむ場所が

わが家だったな

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我が家なりしかな

かなしむと高く笑った

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かなしめば高く笑ひき

酒で

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酒をもて

悶えを解くという年上の友

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悶もんを解げすといふ年上の友

若くして

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若くして

数人の子の父となった友は

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数人すにんの父となりし友

子がないように酔えばうたった

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子なきがごとく酔ゑへばうたひき

さりげない高い笑いが

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さりげなき高き笑ひが

酒とともに

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酒とともに

私のはらわたに沁みたらしい

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我が腸はらわたに沁しみにけらしな

あくびをかみ殺し

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呿呻あくび噛かみ

夜汽車の窓で別れた

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夜汽車の窓に別れたる

その別れが今は物足りないな

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別れが今は物足ものたらぬかな

雨に濡れた夜汽車の窓に

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雨に濡れし夜汽車の窓に

映った

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映うつりたる

山あいの町のともしびの色

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山間やまあひの町のともしびの色

雨の強く降る夜の汽車の

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雨つよく降る夜の汽車の

たえまなく雫の流れる

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たえまなく雫しづく流るる

窓ガラスだな

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窓硝子まどガラスかな

真夜中の

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真夜中の

倶知安駅で降りていった

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倶知安駅くちあんえきに下おりゆきし

女の鬢の古い傷あと

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女の鬢びんの古き痍きずあと

札幌に

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札幌さつぽろに

あの秋、私が持っていった

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かの秋われの持てゆきし

そして今も持っているかなしみ

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しかして今も持てるかなしみ

アカシヤの並木にポプラに

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アカシヤの街樾なみきにポプラに

秋の風が

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秋の風

吹くのがかなしいと日記に残っている

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吹くがかなしと日記にきに残れり

しんとして幅の広い街の

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しんとして幅広き街まちの

秋の夜の

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秋の夜の

とうもろこしの焼けるにおいよ

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玉蜀黍たうもろこしの焼くるにほひよ

宿の姉と妹のいさかいに

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わが宿の姉と妹いもとのいさかひに

宵が過ぎていった

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初夜しよや過ぎゆきし

札幌の雨

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札幌の雨

石狩の美国という停車場の

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石狩いしかりの美国びくにといへる停車場の

柵に干してあった

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柵さくに乾ほしてありし

赤い布きれだな

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赤き布片きれかな

かなしいのは小樽の町よ

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かなしきは小樽をたるの町よ

歌うことのない人たちの

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歌ふことなき人人の

声の荒さよ

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声の荒さよ

泣くように首をふるわせて

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泣くがごと首ふるはせて

手相を見せよと言った

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手の相さうを見せよといひし

易者もいた

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易者えきしやもありき

わずかな銭を借りていった

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いささかの銭ぜに借かりてゆきし

わが友の

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わが友の

後ろ姿の肩の雪だな

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後姿うしろすがたの肩かたの雪かな

世渡りの下手なことを

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世わたりの拙つたなきことを

ひそかに

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ひそかにも

誇りとしていた私ではないか

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誇ほこりとしたる我にやはあらぬ

おまえの痩せた体はすべて

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汝なが痩やせしからだはすべて

謀反気のかたまりだと

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謀叛気むほんぎのかたまりなりと

言われたことがある

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いはれてしこと

あの年のあの新聞の

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かの年のかの新聞の

初雪の記事を書いたのは

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初雪の記事を書きしは

私だったな

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我なりしかな

椅子で私を打とうと身構えた

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椅子いすをもて我を撃うたむと身構みがまへし

あの友の酔いも

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かの友の酔ゑひも

今はさめただろう

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今は醒さめつらむ

負けたのも私だった

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負けたるも我にてありき

争いのもとも私だったと

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あらそひの因もとも我なりしと

今は思う

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今は思へり

殴るぞと言うのに

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殴なぐらむといふに

殴れとつめ寄った

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殴れとつめよせし

昔の自分がいとしいな

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昔の我のいとほしきかな

おまえは三度

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汝なれ三度みたび

この喉に剣を突きつけたと

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この咽喉のどに剣けんを擬ぎしたりと

彼は別れの言葉に言った

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彼かれ告別こくべつの辞じに言へりけり

争って

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あらそひて

ひどく憎んで別れた

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いたく憎にくみて別れたる

友をなつかしく思う日も来た

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友をなつかしく思ふ日も来きぬ

ああ、あの眉の秀でた少年よ

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あはれかの眉まゆの秀ひいでし少年よ

弟と呼ぶと

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弟と呼べば

かすかに笑ったが

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はつかに笑ゑみしが

妻に着物を縫わせた友がいた

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わが妻に着物縫ぬはせし友ありし

冬の早く来る

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冬早く来くる

植民地だな

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植民地かな

手のひらで

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平手ひらてもて

吹雪に濡れた顔をぬぐう

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吹雪ふぶきにぬれし顔を拭ふく

友は共産を主義としていた

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友共産を主義とせりけり

酒をのむと鬼のように青ざめた

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酒のめば鬼おにのごとくに青かりし

大きな顔よ

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大いなる顔よ

かなしい顔よ

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かなしき顔よ

樺太に渡って

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樺太からふとに入いりて

新しい宗教を興そうという

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新しき宗教を創はじめむといふ

友だったな

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友なりしかな

おさまった世の何事もなさに

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治をさまれる世の事無ことなさに

飽きたと言っていたころこそ

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飽あきたりといひし頃こそ

かなしかった

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かなしかりけれ

共同の薬屋を開いて

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共同の薬屋開き

儲けようという友だった

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儲まうけむといふ友なりき

詐欺をしたという

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詐欺さぎせしといふ

青白い頬に涙を光らせて

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あをじろき頬ほほに涙を光らせて

死を語った

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死をば語りき

若い商人

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若き商人あきびと

子を背負って

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子を負おひて

雪の吹き込む停車場で

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雪の吹き入いる停車場に

私を見送った妻の眉だな

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われ見送りし妻の眉まゆかな

敵として憎んだ友と

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敵として憎みし友と

やや長く手を握った

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やや長く手をば握にぎりき

別れだというので

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わかれといふに

動き出す汽車の窓から

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ゆるぎ出いづる汽車の窓より

人より先に顔を引っこめたのも

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人ひと先さきに顔を引きしも

負けまいがため

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負まけざらむため

みぞれの降る

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みぞれ降る

石狩の野の汽車で読んだ

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石狩いしかりの野の汽車に読みし

ツルゲーネフの物語だな

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ツルゲエネフの物語かな

自分が去ったあとの噂を

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わが去れる後のちの噂うはさを

思いやる旅立ちはかなしい

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おもひやる旅出たびではかなし

死にに行くように

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死ににゆくごと

別れてきてふと瞬くと

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わかれ来きてふと瞬またたけば

思いがけず

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ゆくりなく

つめたいものが頬をつたった

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つめたきものの頬をつたへり

忘れてきた煙草を思う

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忘れ来きし煙草たばこを思ふ

行けども行けども

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ゆけどゆけど

山はなお遠い雪の野の汽車

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山なほ遠き雪の野の汽車

うす紅く雪に流れて

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うす紅あかく雪に流れて

入り日の光が

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入日影いりひかげ

荒野の汽車の窓を照らした

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曠野あらのの汽車の窓を照てらせり

腹が少し痛み出したのを

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腹すこし痛いたみ出いでしを

こらえながら

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しのびつつ

長旅の汽車でのむ煙草だな

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長路ちやうろの汽車にのむ煙草たばこかな

乗り合わせた砲兵士官の

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乗合のりあひの砲兵士官はうへいしくわんの

剣の鞘が

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剣の鞘さや

がちゃりと鳴って物思いが破れた

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がちゃりと鳴るに思ひやぶれき

名前だけ知って縁もゆかりもない土地の

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名のみ知りて縁えんもゆかりもなき土地の

宿屋は気安い

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宿屋やどや安けし

わが家のように

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我が家いへのごと

道連れだったあの代議士の

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伴つれなりしかの代議士の

口を開けた青い寝顔を

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口あける青き寐顔ねがほを

かなしいと思った

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かなしと思ひき

今夜こそ思う存分泣いてみようと

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今夜こそ思ふ存分ぞんぶん泣いてみむと

泊まった宿屋の

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泊とまりし宿屋の

茶のぬるさよ

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茶のぬるさかな

水蒸気が

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水蒸気

列車の窓に花のように凍りついたのを染める

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列車の窓に花のごと凍いてしを染そむる

あかつきの色

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あかつきの色

ごおと鳴る木枯らしのあと

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ごおと鳴る凩こがらしのあと

乾いた雪が舞い立って

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乾かわきたる雪舞ひ立ちて

林を包んだ

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林を包つつめり

空知川は雪に埋もれて

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空知川そらちがは雪に埋うもれて

鳥も見えず

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鳥も見えず

岸辺の林に人がひとりいた

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岸辺きしべの林に人ひとりゐき

寂しさを敵とし友として

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寂莫せきばくを敵とし友とし

雪のなかで

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雪のなかに

長い一生を送る人もある

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長き一生を送る人もあり

ひどく汽車に疲れて、それでもなお

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いたく汽車に疲れて猶なほも

切れ切れに思うのは

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きれぎれに思ふは

自分のいとしさだった

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我のいとしさなりき

うたうように駅の名を呼んだ

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うたふごと駅の名呼びし

柔和な

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柔和にうわなる

若い駅員の眼も忘れない

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若き駅夫えきふの眼をも忘れず

雪のなか

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雪のなか

ところどころに屋根が見えて

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処処しよしよに屋根見えて

煙突の煙がうすく空にまよっている

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煙突えんとつの煙けむりうすくも空にまよへり

遠くから

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遠くより

汽笛を長々とひびかせて

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笛ふえながながとひびかせて

汽車は今ある森林に入る

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汽車今とある森林に入いる

何ひとつ思うこともなく

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何事も思ふことなく

一日じゅう

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日一日ひいちにち

汽車のひびきに心をまかせた

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汽車のひびきに心まかせぬ

最果ての駅に降り立ち

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さいはての駅に下おり立ち

雪あかりの

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雪あかり

さびしい町に歩み入った

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さびしき町にあゆみ入いりにき

しらしらと氷が輝き

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しらしらと氷かがやき

千鳥が鳴く

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千鳥なく

釧路の海の冬の月だな

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釧路くしろの海の冬の月かな

凍ったインクの瓶を

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こほりたるインクの罎びんを

火にかざし

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火に翳かざし

涙が流れた灯りの下

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涙ながれぬともしびの下もと

顔と声

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顔とこゑ

それだけが昔と変わらない友にも会った

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それのみ昔に変らざる友にも会ひき

国の果てで

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国の果はてにて

ああ、あの国の果てで

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あはれかの国のはてにて

酒をのんだ

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酒のみき

かなしみの澱をすするように

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かなしみの滓をりを啜すするごとくに

酒をのめば悲しみが一時に湧いてくるが

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酒のめば悲しみ一時に湧わき来くるを

寝て夢を見ないのを

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寐ねて夢みぬを

うれしいとした

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うれしとはせし

だしぬけの女の笑いが

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出だしぬけの女の笑ひ

身に沁みた

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身に沁しみき

台所で酒の凍る真夜中

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厨くりやに酒の凍こほる真夜中

私の酔いに心を痛めて

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わが酔ゑひに心いためて

うたわない女がいたが

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うたはざる女ありしが

どうしているだろう

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いかになれるや

小奴といった女の

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小奴こやつこといひし女の

やわらかい

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やはらかき

耳たぶなども忘れがたい

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耳朶みみたぼなども忘れがたかり

寄りそって

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よりそひて

深夜の雪の中に立つ

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深夜しんやの雪の中に立つ

女の右手のあたたかさよ

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女の右手めてのあたたかさかな

死にたくはないかと言うと

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死にたくはないかと言へば

これを見よと

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これ見よと

喉の傷を見せた女だな

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咽喉のんどの痍きずを見せし女かな

芸事も顔も

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芸事げいごとも顔も

彼女より優れた

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かれより優すぐれたる

女が私を悪しざまに言ったとか

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女あしざまに我を言へりとか

舞えと言えば立って舞った

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舞まへといへば立ちて舞ひにき

ひとりでに

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おのづから

悪い酒の酔いに倒れるまでも

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悪酒あくしゆの酔ゑひにたふるるまでも

死ぬほど私が酔うのを待って

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死ぬばかり我が酔ゑふをまちて

いろいろの

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いろいろの

かなしいことをささやいた人

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かなしきことを囁ささやきし人

どうしたのかと言うと

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いかにせしと言へば

青白い酔いざめの

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あをじろき酔ゑひざめの

顔に無理に笑みをつくった

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面おもてに強しひて笑ゑみをつくりき

かなしいのは

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かなしきは

あの白玉のような腕に残した

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かの白玉しらたまのごとくなる腕に残せし

口づけの痕だな

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キスの痕あとかな

酔ってうつむくときも

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酔ゑひてわがうつむく時も

水が欲しいと目を開くときも

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水ほしと眼めひらく時も

呼んだ名前だった

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呼びし名なりけり

火を慕う虫のように

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火をしたふ虫のごとくに

灯りの明るい家に

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ともしびの明るき家いへに

通いなれた

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かよひ慣なれにき

寒さのなか踏めばきしきしと板が鳴る

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きしきしと寒さに踏めば板いた軋きしむ

帰りの廊下の

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かへりの廊下の

不意の口づけ

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不意のくちづけ

その膝を枕にしながらも

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その膝ひざに枕まくらしつつも

私の心が

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我がこころ

思っていたのはみな自分のことだ

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思ひしはみな我のことなり

さらさらと氷のかけらが

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さらさらと氷の屑くづが

波に鳴る

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波に鳴る

磯の月夜の行き帰りだな

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磯の月夜のゆきかへりかな

死んだとかこのごろ聞いた

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死にしとかこのごろ聞きぬ

恋敵は

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恋がたき

才の有り余る男だったが

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才さいあまりある男なりしが

十年前に作ったという漢詩を

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十年ととせまへに作りしといふ漢詩からうたを

酔えば口ずさんだ

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酔ゑへば唱となへき

旅に老いた友

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旅に老おいし友

吸うたびに

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吸ふごとに

鼻がぴたりと凍りつく

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鼻がぴたりと凍こほりつく

そんな寒い空気を吸いたくなった

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寒き空気を吸ひたくなりぬ

波もない二月の湾に

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波もなき二月の湾わんに

白塗りの

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白塗しろぬりの

外国船が低く浮かんでいる

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外国船が低く浮かべり

三味線の絃が切れたのを

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三味線さみせんの絃いとのきれしを

火事のように騒ぐ子がいた

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火事のごと騒ぐ子ありき

大雪の夜に

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大雪の夜よに

神のように

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神のごと

遠く姿をあらわした

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遠く姿をあらはせる

阿寒の山の雪のあけぼの

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阿寒あかんの山の雪のあけぼの

故郷にいたころ

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郷里くににゐて

身投げをしたことがあるという

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身投げせしことありといふ

女の三味線でうたった夕べ

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女の三味さみにうたへるゆふべ

えび色の

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葡萄色えびいろの

古い手帳に残っている

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古き手帳にのこりたる

あの逢い引きの時と場所だな

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かの会合あひびきの時と処ところかな

汚れた足袋をはくときの

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よごれたる足袋たび穿はく時の

気味の悪い思いに似た

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気味きみわるき思ひに似たる

思い出もある

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思出おもひでもあり

私の部屋で女が泣いたのを

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わが室へやに女泣きしを

小説のなかの出来事かと

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小説のなかの事かと

思い出す日

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おもひ出いづる日

浪淘沙を

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浪淘沙らうたうさ

長く声をふるわせて

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ながくも声をふるはせて

うたうような旅だったな

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うたふがごとき旅なりしかな

二

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二

いつのことだったか

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いつなりけむ

夢にふと聴いてうれしかった

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夢にふと聴ききてうれしかりし

その声も、ああ、長く聴いていない

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その声もあはれ長く聴かざり

頬の寒い

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頬ほの寒き

流浪の旅の人として

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流離りうりの旅の人として

道をたずねるほどのことを言っただけ

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路みち問とふほどのこと言ひしのみ

さりげなく言った言葉は

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さりげなく言ひし言葉は

さりげなく君も聴いただろう

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さりげなく君も聴きつらむ

それだけのこと

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それだけのこと

ひややかに清らかな大理石に

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ひややかに清き大理石なめいしに

春の日が静かに照るのは

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春の日の静かに照るは

こんな思いだろうか

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かかる思ひならむ

世の中の明るさばかりを吸うような

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世の中の明るさのみを吸ふごとき

黒い瞳が

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黒き瞳ひとみの

今も目にある

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今も目にあり

あのとき言いそびれた

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かの時に言ひそびれたる

大切な言葉は今も

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大切の言葉は今も

胸に残っているが

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胸にのこれど

真白なランプの笠の

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真白ましろなるラムプの笠かさの

傷のように

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瑕きずのごと

流浪の記憶は消しがたいな

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流離の記憶消しがたきかな

函館のあの焼け跡を去った夜の

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函館はこだてのかの焼跡やけあとを去りし夜よの

心残りを

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こころ残りを

今も残している

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今も残しつ

人が言う

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人がいふ

鬢のほつれの美しさを

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鬢びんのほつれのめでたさを

物を書くときの君に見た

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物書く時の君に見たりし

じゃがいもの花の咲くころに

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馬鈴薯ばれいしよの花咲く頃と

なった

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なれりけり

君もこの花を好んでいるだろうか

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君もこの花を好きたまふらむ

山の子が

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山の子の

山を思うように

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山を思ふがごとくにも

かなしいときは君を思う

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かなしき時は君を思へり

忘れていると

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忘れをれば

ふとしたことがまた思い出の種になる

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ひょっとした事が思ひ出の種たねにまたなる

忘れきれないな

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忘れかねつも

病むと聞き

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病やむと聞き

癒えたと聞いて

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癒いえしと聞きて

四百里のこちら側で私は上の空だった

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四百里しひやくりのこなたに我はうつつなかりし

君に似た姿を街で見るときの

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君に似し姿を街まちに見る時の

胸の高鳴りを

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こころ躍をどりを

あわれと思え

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あはれと思へ

あの声をもう一度聴いたら

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かの声を最一度もいちど聴きかば

すっきりと

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すっきりと

胸が晴れるだろうと今朝も思う

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胸や霽はれむと今朝けさも思へる

いそがしい暮らしのなかの

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いそがしき生活くらしのなかの

時おりのこの物思いは

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時折ときおりのこの物おもひ

誰のためだろう

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誰たれのためぞも

しみじみと

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しみじみと

語り合う友がいてほしい

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物うち語る友もあれ

君のことなど語り出そう

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君のことなど語り出いでなむ

死ぬまでに一度会おうと

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死ぬまでに一度会はむと

言ってやったら

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言ひやらば

君もかすかにうなずくだろうか

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君もかすかにうなづくらむか

時として

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時として

君を思うと

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君を思へば

安らかだった心が急に騒ぐかなしさ

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安かりし心にはかに騒ぐかなしさ

別れて年を重ねて

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わかれ来きて年としを重ねて

年ごとに恋しくなる

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年としごとに恋しくなれる

君であることよ

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君にしあるかな

石狩の都のはずれの

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石狩いしかりの都みやこの外の

君の家

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君が家

林檎の花はもう散っただろうか

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林檎りんごの花の散りてやあらむ

長い手紙が

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長き文ふみ

三年のうちに三度来た

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三年みとせのうちに三度みたび来きぬ

私が書いたのは四度だろうか

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我の書きしは四度よたびにかあらむ

手套を脱ぐ時

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手套を脱ぐ時

手袋を脱ぐ手がふと止まる

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手套てぶくろを脱ぬぐ手ふと休やむ

何だろう

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何やらむ

心をかすめた思い出がある

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こころかすめし思ひ出のあり

いつのまにか

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いつしかに

情をいつわることを覚えた

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情じやうをいつはること知りぬ

髭を生やしたのもそのころだろう

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髭ひげを立てしもその頃なりけむ

朝の湯の

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朝の湯の

湯船のふちにうなじを載せ

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湯槽ゆぶねのふちにうなじ載のせ

ゆるく息をする物思いだな

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ゆるく息いきする物思ひかな

夏が来ると

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夏来くれば

うがい薬が

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うがひ薬の

悪い歯に沁みる朝がうれしかった

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病やまひある歯に沁しむ朝のうれしかりけり

つくづくと手をながめながら

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つくづくと手をながめつつ

思い出した

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おもひ出いでぬ

口づけの上手な女だったが

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キスが上手じやうずの女なりしが

さびしいのは

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さびしきは

色になじまない目のせいだと

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色にしたしまぬ目のゆゑと

赤い花など買わせたことだな

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赤き花など買はせけるかな

新しい本を買ってきて読む夜ふけの

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新しき本を買ひ来て読む夜半よはの

その楽しさも

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そのたのしさも

長く忘れない

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長くわすれぬ

旅七日

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旅たび七日なのか

帰ってくると

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かへり来きぬれば

私の窓の赤いインクの染みもなつかしい

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わが窓の赤きインクの染しみもなつかし

古文書のなかに見つけた

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古文書こもんじよのなかに見いでし

汚れた

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よごれたる

吸い取り紙をなつかしむな

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吸取紙すひとりがみをなつかしむかな

手にためた雪の融けるのが

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手にためし雪の融とくるが

心地よく

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ここちよく

寝飽きた心には沁みる

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わが寐飽ねあきたる心には沁しむ

薄れていく障子の日ざし

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薄れゆく障子しやうじの日影ひかげ

それを見ながら

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そを見つつ

心はいつしか暗くなっていく

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こころいつしか暗くなりゆく

ひやひやと

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ひやひやと

夜は薬の香りがにおう

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夜は薬の香かのにほふ

医者が住んでいたあとの家だな

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医者が住みたるあとの家いへかな

窓ガラス

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窓硝子まどガラス

塵と雨とに曇った窓ガラスにも

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塵ちりと雨とに曇くもりたる窓硝子にも

かなしみはある

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かなしみはあり

六年ほど毎日毎日かぶった

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六年むとせほど日毎日毎ひごとひごとにかぶりたる

古い帽子も

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古き帽子も

捨てられないな

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棄すてられぬかな

心地よく

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こころよく

春の眠りをむさぼる

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春のねむりをむさぼれる

目にやわらかい庭の草だな

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目にやはらかき庭の草かな

赤煉瓦の遠くつづく高い塀が

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赤煉瓦あかれんぐわ遠くつづける高塀たかべいの

紫に見えて

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むらさきに見えて

春の日は長い

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春の日ながし

春の雪が

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春の雪

銀座の裏の三階の煉瓦造りに

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銀座の裏の三階の煉瓦造づくりに

やわらかく降る

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やはらかに降る

汚れた煉瓦の壁に

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よごれたる煉瓦の壁に

降りては融け、降りては融ける

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降りて融とけ降りては融くる

春の雪だな

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春の雪かな

目を病んだ

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目を病やめる

若い女が寄りかかる

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若き女の倚よりかかる

窓にしめやかに春の雨が降る

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窓にしめやかに春の雨降る

新しい木の香りなどが

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あたらしき木のかをりなど

ただよう

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ただよへる

新開町の春の静けさ

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新開町しんかいまちの春の静けさ

春の街

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春の街まち

見栄えよく書かれた女の名の

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見よげに書ける女名をんななの

表札などを読み歩くな

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門札かどふだなどを読みありくかな

どこということもなく

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そことなく

みかんの皮の焼けるようなにおいが残って

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蜜柑みかんの皮の焼くるごときにほひ残りて

夕方になった

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夕ゆふべとなりぬ

にぎやかな若い女の集まりの

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にぎはしき若き女の集会あつまりの

声を聴き飽きて

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こゑ聴きき倦うみて

さびしくなった

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さびしくなりたり

どこかで

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何処どこやらに

若い女が死ぬような悩ましさがある

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若き女の死ぬごとき悩なやましさあり

春のみぞれが降る

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春の霙みぞれ降る

コニャックの酔いのあとの

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コニャックの酔ゑひのあとなる

やわらかい

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やはらかき

このかなしみのそぞろなことよ

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このかなしみのすずろなるかな

白い皿を

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白き皿さら

拭いては棚に重ねている

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拭ふきては棚たなに重かさねゐる

酒場の隅のかなしい女

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酒場の隅すみのかなしき女

乾いた冬の大通りの

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乾きたる冬の大路おほぢの

どこかに

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何処いづくやらむ

石炭酸のにおいがひそんでいる

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石炭酸せきたんさんのにほひひそめり

赤々と夕日の映る

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赤赤あかあかと入日いりひうつれる

川ばたの酒場の窓の

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河ばたの酒場の窓の

白い顔だな

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白き顔かな

新しいサラダの皿の

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新しきサラドの皿さらの

酢の香りが

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酢すのかをり

心に沁みてかなしい夕暮れ

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こころに沁しみてかなしき夕ゆふべ

空色の瓶から

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空色そらいろの罎びんより

山羊の乳をつぐ

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山羊やぎの乳をつぐ

手のふるえなどがいとしい

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手のふるひなどいとしかりけり

姿見が

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すがた見の

息の曇りに消された

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息いきのくもりに消されたる

酔いにうるんだ瞳のかなしさ

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酔ゑひうるみの眸まみのかなしさ

ひとしきり静かになった

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ひとしきり静かになれる

夕暮れの

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ゆふぐれの

台所に残るハムのにおいだな

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厨くりやにのこるハムのにほひかな

ひややかに瓶の並ぶ棚の前

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ひややかに罎びんのならべる棚たなの前

楊枝で歯をせせる女を

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歯はせせる女を

かなしいとも見た

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かなしとも見き

やや長い口づけを交わして別れてきた

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やや長きキスを交かはして別れ来きし

深夜の街の

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深夜の街の

遠い火事だな

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遠き火事かな

病院の窓の夕暮れの

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病院の窓のゆふべの

ほの白い顔にあった

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ほの白じろき顔にありたる

淡い見覚え

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淡あはき見覚みおぼえ

いつのことだったか

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何時いつなりしか

あの大川の遊覧船で

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かの大川おほかはの遊船いうせんに

舞った女を思い出した

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舞まひし女をおもひ出でにけり

用もない手紙などを長く書きさして

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用もなき文ふみなど長く書きさして

ふと人が恋しくなり

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ふと人こひし

街に出てゆく

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街に出でてゆく

湿った煙草を吸うと

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しめらへる煙草たばこを吸へば

おおよそ

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おほよその

私の思うことも軽く湿るのだった

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わが思ふことも軽かろくしめれり

鋭くも

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するどくも

夏が来たのを感じながら

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夏の来きたるを感じつつ

雨上がりの小庭の土のにおいを嗅ぐ

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雨後うごの小庭こにはの土の香かを嗅かぐ

涼しげに飾り立てられた

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すずしげに飾かざり立てたる

ガラス屋の前で眺めた

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硝子屋ガラスやの前にながめし

夏の夜の月

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夏の夜の月

君が来るというので早く起き

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君来るといふに夙とく起き

白シャツの

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白シャツの

袖の汚れを気にする日だな

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袖そでのよごれを気にする日かな

落ち着かない我が弟の

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おちつかぬ我が弟の

このごろの

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このごろの

目の潤みなどが悲しかった

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眼のうるみなどかなしかりけり

どこかで杭を打つ音がして

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どこやらに杭くひ打つ音し

大きな桶を転がす音がして

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大桶おほをけをころがす音し

雪が降り出した

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雪ふりいでぬ

人気のない夜の事務室に

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人気ひとけなき夜よの事務室に

けたたましく

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けたたましく

電話の鈴が鳴って止んだ

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電話の鈴りんの鳴りて止みたり

目を覚まして

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目さまして

しばらくして耳に入ってきた

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ややありて耳に入いり来きたる

真夜中すぎの話し声だな

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真夜中すぎの話声かな

見ていると時計が止まった

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見てをれば時計とまれり

吸われるように

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吸はるるごと

心はまたもさびしさへと向かう

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心はまたもさびしさに行ゆく

朝ごとの

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朝朝あさあさの

うがい用の水薬の

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うがひの料しろの水薬すゐやくの

瓶が冷たい秋になった

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罎びんがつめたき秋となりにけり

なだらかに麦が青む

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夷なだらかに麦の青める

丘のふもとの

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丘の根の

小道で赤い小櫛を拾った

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小径こみちに赤き小櫛をぐしひろへり

裏山の杉林のなかに

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裏山の杉生すぎふのなかに

まだらな日差しが差し込む

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斑まだらなる日影ひかげ這はひ入いる

秋の昼過ぎ

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秋のひるすぎ

港町

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港町

とろろと鳴いて輪を描く鳶をおさえつける

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とろろと鳴きて輪を描く鳶とびを圧あつせる

潮曇りだな

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潮しほぐもりかな

小春日の曇りガラスに映った

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小春日こはるびの曇硝子くもりガラスにうつりたる

鳥の影を見て

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鳥影とりかげを見て

なんとなく思う

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すずろに思ふ

並んで泳ぐような

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ひとならび泳げるごとき

家々の高い低いの軒に

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家家いへいへの高低たかひくの軒のきに

冬の日が舞う

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冬の日の舞ふ

京橋の滝山町の

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京橋の滝山町たきやまちやうの

新聞社

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新聞社

灯がともる頃の忙しさだな

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灯ひともる頃のいそがしさかな

よく怒る人だった我が父が

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よく怒いかる人にてありしわが父の

近頃は怒らず

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日ごろ怒いからず

怒れと思う

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怒れと思ふ

朝風が電車のなかに吹き入れた

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あさ風が電車のなかに吹き入いれし

柳のひと葉を

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柳やなぎのひと葉

手にとって見る

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手にとりて見る

わけもなく海が見たくて

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ゆゑもなく海が見たくて

海に来た

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海に来ぬ

心が痛んで耐えがたい日に

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こころ傷いたみてたへがたき日に

平らな海に疲れて

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たひらなる海につかれて

そむけた

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そむけたる

目をかき乱す赤い帯だな

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目をかきみだす赤き帯おびかな

今日出会った町の女たちの

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今日逢あひし町の女の

どれもどれも

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どれもどれも

恋にやぶれて帰るような日

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恋にやぶれて帰るごとき日

汽車の旅

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汽車の旅

とある野中の停車場の

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とある野中のなかの停車場の

夏草の香りが懐かしかった

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夏草の香かのなつかしかりき

朝まだき

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朝まだき

やっと間に合った初秋の旅立ちの汽車の

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やっと間まに合あひし初秋はつあきの旅出たびでの汽車の

堅いパンだな

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堅かたき麺麭ぱんかな

あの旅の夜汽車の窓に

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かの旅の夜汽車の窓に

思っていた

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おもひたる

我が行く末が悲しかったな

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我がゆくすゑのかなしかりしかな

ふと見ると

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ふと見れば

とある林の停車場の時計が止まっていた

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とある林の停車場の時計とまれり

雨の夜の汽車

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雨の夜よの汽車

別れてきて

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わかれ来きて

灯の薄暗い夜の汽車の窓でもてあそぶ

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燈火あかり小暗をぐらき夜の汽車の窓に弄もてあそぶ

青いりんごよ

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青き林檎りんごよ

いつも来る

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いつも来くる

この酒場の悲しさよ

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この酒肆さかみせのかなしさよ

夕日が赤々と酒に射し込む

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ゆふ日赤赤あかあかと酒に射さし入いる

白い蓮沼に咲くように

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白き蓮沼はすぬまに咲くごとく

かなしみが

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かなしみが

酔いの間にはっきりと浮かぶ

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酔ゑひのあひだにはっきりと浮く

壁越しに

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壁かべごしに

若い女の泣くのを聞く

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若き女の泣くをきく

旅の宿の秋の蚊帳だな

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旅の宿屋の秋の蚊帳かやかな

取り出した去年の袷の

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取りいでし去年こぞの袷あはせの

懐かしいにおいが身に沁みる

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なつかしきにほひ身に沁しむ

初秋の朝

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初秋はつあきの朝

気にしていた左の膝の痛みなども

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気にしたる左の膝ひざの痛みなど

いつのまにか治って

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いつか癒なほりて

秋の風が吹く

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秋の風吹く

売りに売って

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売り売りて

手垢で汚れたドイツ語の辞書だけが残る

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手垢てあかきたなきドイツ語の辞書のみ残る

夏の終わりだな

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夏の末かな

わけもなく憎んでいた友と

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ゆゑもなく憎にくみし友と

いつのまにか親しくなって

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いつしかに親しくなりて

秋が暮れてゆく

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秋の暮れゆく

赤い紙の表紙が擦り切れた

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赤紙あかがみの表紙手擦てずれし

発禁の

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国禁こくきんの

本を行李の底に探す日

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書ふみを行李かうりの底にさがす日

売ることを差し止められた

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売ることを差し止とめられし

本の著者に

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本の著者に

道で出会った秋の朝だな

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路みちにて会へる秋の朝かな

今日からは

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今日よりは

私も酒などをあおろうと思った日から

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我も酒など呷あふらむと思へる日より

秋の風が吹く

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秋の風吹く

大海の

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大海だいかいの

その片隅に連なる島々の上に

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その片隅かたすみにつらなれる島島しまじまの上に

秋の風が吹く

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秋の風吹く

潤んだ目と

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うるみたる目と

目の下のほくろだけが

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目の下の黒子ほくろのみ

いつも目につく友の妻だな

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いつも目につく友の妻かな

いつ見ても

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いつ見ても

毛糸の玉を転がして

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毛糸の玉をころがして

靴下を編む女だったが

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韈くつしたを編あむ女なりしが

えび色の

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葡萄色えびいろの

長椅子の上で眠る猫がほの白い

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長椅子ながいすの上に眠りたる猫ほの白じろき

秋の夕暮れ

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秋のゆふぐれ

細々と

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ほそぼそと

そこらここらに虫が鳴く

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其処そこら此処ここらに虫の鳴く

昼の野に来て読む手紙だな

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昼の野に来て読む手紙かな

夜遅く戸を開けていると

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夜よるおそく戸を繰くりをれば

白いものが庭を走った

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白きもの庭を走れり

犬だろうか

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犬にやあらむ

夜二時の窓のガラスを

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夜の二時の窓の硝子ガラスを

薄紅く

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うす紅あかく

染めて音のない火事の色だな

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染めて音なき火事の色かな

あわれな恋だなと

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あはれなる恋かなと

ひとりつぶやいて

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ひとり呟つぶやきて

夜中の火鉢に炭を足した

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夜半よはの火桶ひをけに炭すみ添そへにけり

真っ白なランプの笠に

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真白ましろなるラムプの笠かさに

手をあてて

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手をあてて

寒い夜にする物思いだな

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寒き夜にする物思ひかな

水のように

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水のごと

体をひたすかなしみに

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身体からだをひたすかなしみに

ねぎの香りなどが混じる夕方

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葱ねぎの香かなどのまじれる夕ゆふべ

時おり

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時ありて

猫のまねなどをして笑う

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猫のまねなどして笑ふ

三十代の友のひとり暮らしだな

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三十路みそぢの友のひとり住ずみかな

気弱な斥候のように

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気弱きよわなる斥候せきこうのごとく

恐れながら

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おそれつつ

深夜の街をひとり散歩する

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深夜の街を一人散歩す

皮膚がすべて耳になっていた

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皮膚ひふがみな耳にてありき

しんとして眠る街の

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しんとして眠れる街まちの

重い靴音

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重き靴音

夜遅く停車場に入り

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夜よるおそく停車場に入いり

立ったり座ったりして

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立ち坐すわり

やがて出ていった帽子のない男

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やがて出いでゆきぬ帽ばうなき男

気がつくと

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気がつけば

しっとりと夜霧が下りていた

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しっとりと夜霧下おりて居をり

長くも街をさまよったものだな

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ながくも街をさまよへるかな

もしあれば煙草をくれと

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若もしあらば煙草たばこ恵めぐめと

近寄ってくる

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寄りて来くる

身寄りのない人と深夜に語る

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あとなし人びとと深夜に語る

荒野から帰るように

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曠野あらのより帰るごとくに

帰ってきた

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帰り来きぬ

東京の夜をひとり歩いて

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東京の夜よをひとりあゆみて

銀行の窓の下の

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銀行の窓の下なる

敷石の霜にこぼれた

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舗石しきいしの霜しもにこぼれし

青インクだな

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青インクかな

ちょんちょんと

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ちょんちょんと

とある小藪でホオジロが遊ぶのを眺める

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とある小藪こやぶに頬白ほほじろの遊ぶを眺む

雪の野の道

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雪の野やの路みち

十月の朝の空気のなかで

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十月の朝の空気に

新しく

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あたらしく

息を吸いはじめた赤ん坊がいる

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息吸すひそめし赤坊あかんぼのあり

十月の産院の

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十月の産病院の

湿った

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しめりたる

長い廊下を行き来することだな

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長き廊下のゆきかへりかな

紫の袖を垂れて

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むらさきの袖そで垂たれて

空を見上げている中国人がいた

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空を見上げゐる支那しな人ありき

公園の午後

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公園の午後

幼子の手ざわりのような

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孩児をさなごの手ざはりのごとき

思いがある

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思ひあり

公園に来てひとり歩けば

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公園に来てひとり歩あゆめば

久しぶりに公園に来て

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ひさしぶりに公園に来て

友に会い

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友に会ひ

固く手を握り、早口に語る

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堅かたく手握り口疾くちどに語る

公園の木々の間に

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公園の木この間まに

小鳥が遊ぶのを

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小鳥あそべるを

眺めてしばらく休んだものだな

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ながめてしばし憩いこひけるかな

晴れた日の公園に来て

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晴れし日の公園に来て

歩きながら

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あゆみつつ

私はこのごろの衰えを知る

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わがこのごろの衰おとろへを知る

思い出のあのキスかとも

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思出のかのキスかとも

驚いた

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おどろきぬ

プラタナスの葉が散って触れたのを

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プラタヌの葉の散りて触ふれしを

公園の隅のベンチに

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公園の隅すみのベンチに

二度ほど見かけた男を

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二度ばかり見かけし男

このごろ見かけない

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このごろ見えず

公園のかなしみよ

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公園のかなしみよ

君が嫁いでから

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君の嫁とつぎてより

もう七か月も来たことがない

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すでに七月ななつき来きしこともなし

公園のとある木陰の捨てられた椅子に

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公園のとある木蔭こかげの捨椅子すていすに

思いあまって

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思ひあまりて

身を寄せた

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身をば寄せたる

忘れられない顔だったな

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忘られぬ顔なりしかな

今日、街で

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今日街まちに

捕り手に引かれながら笑っていた男は

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捕吏ほりにひかれて笑ゑめる男は

マッチを擦ると

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マチ擦すれば

二尺ほどの明るさの

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二尺ばかりの明るさの

その中を横切る白い蛾がいた

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中をよぎれる白き蛾がのあり

目を閉じて

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目をとぢて

口笛をかすかに吹いてみた

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口笛かすかに吹きてみぬ

眠れない夜、窓にもたれて

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寐ねられぬ夜の窓にもたれて

わが友は

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わが友は

今日も母のない子を背負って

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今日も母なき子を負ひて

あの城跡をさまよっているのだろうか

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かの城址しろあとにさまよへるかな

夜遅く

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夜よるおそく

勤め先から帰ってきて

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つとめ先よりかへり来きて

たった今死んだという子を抱いたのだった

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今死にしてふ児こを抱だけるかな

二声三声

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二三ふたみこゑ

今わの際にかすかにも泣いたというのに

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いまはのきはに微かすかにも泣きしといふに

涙を誘われる

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なみだ誘さそはる

真っ白な大根の根が肥える頃

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真白ましろなる大根の根の肥こゆる頃

生まれて

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うまれて

やがて死んだ子がいる

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やがて死にし児このあり

晩秋の空気を

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おそ秋の空気を

三尺四方ほど

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三尺四方さんじやくしはうばかり

吸ってわが子は死んでいったのだった

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吸ひてわが児の死にゆきしかな

死んだ子の

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死にし児の

胸に注射の針を刺す

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胸に注射の針を刺す

医者の手元に集まる心は

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医者の手もとにあつまる心

底知れぬ謎に向かっているかのようだ

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底知れぬ謎なぞに対むかひてあるごとし

死んだ子の額に

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死児しじのひたひに

またも手をやる

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またも手をやる

悲しみがまだ強くまでは至らない

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かなしみのつよくいたらぬ

そのさびしさよ

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さびしさよ

わが子の体は冷えてゆくけれども

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わが児のからだ冷ひえてゆけども

かなしくも

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かなしくも

夜が明けるまでは残っていた

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夜よ明あくるまでは残りゐぬ

息の絶えた子の肌のぬくもりが

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息いききれし児の肌はだのぬくもり