弟子 現代語訳
中島敦(なかじまあつし)・1992年
AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28)
一
原文を見る
一
魯の卞の出身で任侠を気取る仲由、字を子路という男が、近ごろ賢者だという評判の高い学者、陬の人・孔丘に恥をかかせてやろうと思い立った。
原文を見る
魯の卞の游侠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱しめてくれようものと思い立った。
にせ賢者などどれほどのものか、というわけで、髪はぼさぼさ、鬢は突っ立ち、冠は垂らしたまま、後ろ裾の短い上着といういでたちで、左手に雄鶏、右手に雄豚をぶら下げ、勢いも荒々しく、孔丘の家を目指して出かける。
原文を見る
似而非賢者何程のことやあらんと、蓬頭突鬢・垂冠・短後の衣という服装で、左手に雄雞、右手に牡豚を引提げ、勢猛に、孔丘が家を指して出掛ける。
鶏を揺すり豚を暴れさせ、その騒々しい鳴き声で、儒家の琴と歌、講義と朗誦の声をかき乱してやろうというのである。
原文を見る
雞を揺り豚を奮い、嗷しい脣吻の音をもって、儒家の絃歌講誦の声を擾そうというのである。
けたたましい動物の鳴き声とともに、目を怒らせて飛び込んできた青年と、丸い冠に反り返った履物、帯には玦をゆるく下げて脇息にもたれた穏やかな顔の孔子との間に、問答が始まる。
原文を見る
けたたましい動物の叫びと共に眼を瞋らして跳び込んで来た青年と、圜冠句履緩く玦を帯びて几に凭った温顔の孔子との間に、問答が始まる。
「お前は何が好きか。」
原文を見る
「汝、何をか好む?」
と孔子が聞く。
原文を見る
と孔子が聞く。
「おれは長剣が好きだ。」
原文を見る
「我、長剣を好む。」
と青年は得意げに言い放つ。
原文を見る
と青年は昂然として言い放つ。
孔子は思わずにっこりした。
原文を見る
孔子は思わずニコリとした。
青年の声や態度の中に、あまりにも子どもっぽい自慢を見たからである。
原文を見る
青年の声や態度の中に、余りに稚気満々たる誇負を見たからである。
血色がよく、眉が太く、目のはっきりした、見るからに精悍そうな青年の顔には、しかしどこか、愛すべき素直さが自然ににじみ出ているように思われる。
原文を見る
血色のいい・眉の太い・眼のはっきりした・見るからに精悍そうな青年の顔には、しかし、どこか、愛すべき素直さがおのずと現れているように思われる。
もう一度孔子が聞く。
原文を見る
再び孔子が聞く。
「では学問のほうはどうか。」
原文を見る
「学はすなわちいかん?」
「学問など、何の役に立つものか。」
原文を見る
「学、豈、益あらんや。」
もともとこれを言うのが目的なのだから、子路は勢い込んで怒鳴るように答える。
原文を見る
もともとこれを言うのが目的なのだから、子路は勢込んで怒鳴るように答える。
学問の権威についてとやかく言われては、微笑んでばかりもいられない。
原文を見る
学の権威について云々されては微笑ってばかりもいられない。
孔子は懇々と学問の必要を説き始める。
原文を見る
孔子は諄々として学の必要を説き始める。
君主であっても諫めてくれる家臣がいなければ正しさを失い、士たる者も忠告してくれる友がいなければ聞き分けを誤る。
原文を見る
人君にして諫臣が無ければ正を失い、士にして教友が無ければ聴を失う。
樹木も墨縄をあてて初めてまっすぐになるではないか。
原文を見る
樹も縄を受けて始めて直くなるのではないか。
馬に鞭が、弓に矯め木が必要なのと同じように、人間にも、その勝手気ままな性質を矯正する学問が、どうして必要でないことがあろうか。
原文を見る
馬に策が、弓に檠が必要なように、人にも、その放恣な性情を矯める教学が、どうして必要でなかろうぞ。
正し、整え、磨いてこそ、ものは初めて役に立つ材料となるのだ。
原文を見る
匡し理め磨いて、始めてものは有用の材となるのだ。
後世に残された語録の字面などからは到底想像もできない、きわめて説得力のある弁舌を孔子は持っていた。
原文を見る
後世に残された語録の字面などからは到底想像も出来ぬ・極めて説得的な弁舌を孔子は有っていた。
言葉の内容だけでなく、その穏やかな声や抑揚の中にも、それを語るときのきわめて確信に満ちた態度の中にも、どうしても聞く者を説得せずにはおかないものがある。
原文を見る
言葉の内容ばかりでなく、その穏かな音声・抑揚の中にも、それを語る時の極めて確信に充ちた態度の中にも、どうしても聴者を説得せずにはおかないものがある。
青年の態度からは次第に反抗の色が消えて、しだいに謹んで聞き入る様子に変わってくる。
原文を見る
青年の態度からは次第に反抗の色が消えて、ようやく謹聴の様子に変って来る。
「しかし」
原文を見る
「しかし」
と、それでも子路はまだ逆襲する気力を失わない。
原文を見る
と、それでも子路はなお逆襲する気力を失わない。
南山の竹は矯めなくてもひとりでにまっすぐで、切ってそのまま使えば犀の皮の厚いのさえ貫き通すと聞いている。
原文を見る
南山の竹は揉めずして自ら直く、斬ってこれを用うれば犀革の厚きをも通すと聞いている。
それを思えば、生まれつき優れている者に、何の学ぶ必要があるだろうか。
原文を見る
して見れば、天性優れたる者にとって、何の学ぶ必要があろうか?
孔子にとって、こんな幼稚なたとえを打ち破ることほどたやすいものはない。
原文を見る
孔子にとって、こんな幼稚な譬喩を打破るほどたやすい事はない。
お前の言うその南山の竹に矢羽根をつけ、鏃をつけて研いだなら、ただ犀の皮を貫くどころではあるまいに、と孔子に言われた時、愛すべき単純な若者は返す言葉に詰まった。
原文を見る
汝の云うその南山の竹に矢の羽をつけ鏃を付けてこれを礪いたならば、ただに犀革を通すのみではあるまいに、と孔子に言われた時、愛すべき単純な若者は返す言葉に窮した。
顔を赤らめ、しばらく孔子の前に突っ立ったまま何か考えている様子だったが、急に鶏と豚とを放り出し、頭を下げて、「謹んで教えをお受けします。」
原文を見る
顔を赧らめ、しばらく孔子の前に突立ったまま何か考えている様子だったが、急に雞と豚とを抛り出し、頭を低れて、「謹しんで教を受けん。」
と降参した。
原文を見る
と降参した。
単に言葉に詰まったからではない。
原文を見る
単に言葉に窮したためではない。
実のところ、部屋に入って孔子の姿を見、その最初の一言を聞いた時、すぐに鶏や豚などまるで場違いだと感じ、自分とはあまりにもかけ離れた相手の大きさに圧倒されていたのである。
原文を見る
実は、室に入って孔子の容を見、その最初の一言を聞いた時、直ちに雞豚の場違いであることを感じ、己と余りにも懸絶した相手の大きさに圧倒されていたのである。
その日のうちに、子路は師弟の礼をとって孔子の門に入った。
原文を見る
即日、子路は師弟の礼を執って孔子の門に入った。
二
原文を見る
二
このような人間を、子路は見たことがない。
原文を見る
このような人間を、子路は見たことがない。
千鈞の重さの鼎を持ち上げる力の勇者なら、彼も見たことがある。
原文を見る
力千鈞の鼎を挙げる勇者を彼は見たことがある。
千里の外まで見通す明察の智者の話も聞いたことがある。
原文を見る
明千里の外を察する智者の話も聞いたことがある。
しかし、孔子にあるものは、決してそんな怪物めいた異常さではない。
原文を見る
しかし、孔子に在るものは、決してそんな怪物めいた異常さではない。
ただ、もっとも常識的な完成に過ぎないのである。
原文を見る
ただ最も常識的な完成に過ぎないのである。
知・情・意のそれぞれから肉体のさまざまな能力に至るまで、実に平凡に、しかし実に伸び伸びと発達した見事さである。
原文を見る
知情意のおのおのから肉体的の諸能力に至るまで、実に平凡に、しかし実に伸び伸びと発達した見事さである。
一つ一つの能力の優秀さがまったく目立たないほど、過不足なく釣り合いのとれた豊かさは、子路にとってまさに初めて見るものであった。
原文を見る
一つ一つの能力の優秀さが全然目立たないほど、過不及無く均衡のとれた豊かさは、子路にとって正しく初めて見る所のものであった。
のびやかで自在、少しも道学者臭いところがないのに子路は驚く。
原文を見る
闊達自在、いささかの道学者臭も無いのに子路は驚く。
この人は苦労人だな、とすぐに子路は感じた。
原文を見る
この人は苦労人だなとすぐに子路は感じた。
おかしなことに、子路が自慢する武芸や腕力においてさえ、孔子のほうが上なのである。
原文を見る
可笑しいことに、子路の誇る武芸や膂力においてさえ孔子の方が上なのである。
ただ、それを普段は使わないというだけのことだ。
原文を見る
ただそれを平生用いないだけのことだ。
侠客の子路は、まずこの点で度肝を抜かれた。
原文を見る
侠者子路はまずこの点で度胆を抜かれた。
放蕩無頼の暮らしにも覚えがあるのではないかと思われるほど、あらゆる人間に対する鋭い心理的洞察がある。
原文を見る
放蕩無頼の生活にも経験があるのではないかと思われる位、あらゆる人間への鋭い心理的洞察がある。
そういう一面がある一方で、きわめて高く汚れのないその理想主義に至るまでの幅の広さを考えると、子路はうーんと心の底からうならずにはいられない。
原文を見る
そういう一面から、また一方、極めて高く汚れないその理想主義に至るまでの幅の広さを考えると、子路はウーンと心の底から呻らずにはいられない。
とにかく、この人はどこへ持って行っても大丈夫な人だ。
原文を見る
とにかく、この人はどこへ持って行っても大丈夫な人だ。
潔癖な倫理の目から見ても大丈夫だし、もっとも世俗的な意味で言っても大丈夫だ。
原文を見る
潔癖な倫理的な見方からしても大丈夫だし、最も世俗的な意味から云っても大丈夫だ。
子路がこれまでに会った人間の偉さは、どれもみなその利用価値の中にあった。
原文を見る
子路が今までに会った人間の偉さは、どれも皆その利用価値の中に在った。
これこれの役に立つから偉い、というだけのことだ。
原文を見る
これこれの役に立つから偉いというに過ぎない。
孔子の場合はまるで違う。
原文を見る
孔子の場合は全然違う。
ただそこに孔子という人間が存在する、それだけで十分なのだ。
原文を見る
ただそこに孔子という人間が存在するというだけで充分なのだ。
少なくとも子路には、そう思えた。
原文を見る
少くとも子路には、そう思えた。
彼はすっかり心酔してしまった。
原文を見る
彼はすっかり心酔してしまった。
門に入ってまだ一月も経たないうちに、もはやこの精神的な支柱から離れられない自分を感じていた。
原文を見る
門に入っていまだ一月ならずして、もはや、この精神的支柱から離れ得ない自分を感じていた。
後年の孔子の長い放浪の苦しみを通じて、子路ほど喜んで付き従った者はいない。
原文を見る
後年の孔子の長い放浪の艱苦を通じて、子路ほど欣然として従った者は無い。
それは、孔子の弟子であることによって仕官の道を求めようというのでもなく、また、おかしなことに、師のそばにいて自分の才能や徳を磨こうというのでさえなかった。
原文を見る
それは、孔子の弟子たることによって仕官の途を求めようとするのでもなく、また、滑稽なことに、師の傍に在って己の才徳を磨こうとするのでさえもなかった。
死ぬまで変わることのなかった、見返りをまるで求めない純粋な敬愛の情だけが、この男を師のそばに引き留めたのである。
原文を見る
死に至るまで渝らなかった・極端に求むる所の無い・純粋な敬愛の情だけが、この男を師の傍に引留めたのである。
かつて長剣を手放せなかったように、子路は今、どうしてもこの人から離れられなくなっていた。
原文を見る
かつて長剣を手離せなかったように、子路は今は何としてもこの人から離れられなくなっていた。
その頃、四十にして惑わずと言った、その四十歳に孔子はまだ達していなかった。
原文を見る
その時、四十而不惑といった・その四十歳に孔子はまだ達していなかった。
子路よりわずか九つ年上なだけなのだが、子路はその年齢の差をほとんど無限の隔たりに感じていた。
原文を見る
子路よりわずか九歳の年長に過ぎないのだが、子路はその年齢の差をほとんど無限の距離に感じていた。
孔子は孔子で、この弟子のきわだった手なずけにくさに驚いている。
原文を見る
孔子は孔子で、この弟子の際立った馴らし難さに驚いている。
ただ勇ましさを好むとか、柔弱なものを嫌うとかいうだけならいくらでも同類はいるが、この弟子ほど形というものを軽蔑する男も珍しい。
原文を見る
単に勇を好むとか柔を嫌うとかいうならば幾らでも類はあるが、この弟子ほどものの形を軽蔑する男も珍しい。
究極は精神に帰するとはいえ、礼というものはすべて形から入らなければならないのに、子路という男は、その形から入っていくという筋道をなかなか受けつけないのである。
原文を見る
究極は精神に帰すると云いじょう、礼なるものはすべて形から入らねばならぬのに、子路という男は、その形からはいって行くという筋道を容易に受けつけないのである。
「礼だ礼だと言うけれども、玉や絹の贈り物のことを言っているのだろうか。楽だ楽だと言うけれども、鐘や太鼓のことを言っているのだろうか。」
原文を見る
「礼と云い礼と云う。玉帛を云わんや。楽と云い楽と云う。鐘鼓を云わんや。」
などと言うと大いに喜んで聞いているが、細かな礼式の規定を説く段になると、急につまらなそうな顔をする。
原文を見る
などというと大いに欣んで聞いているが、曲礼の細則を説く段になるとにわかに詰まらなさそうな顔をする。
形式主義に対するこの本能的な拒否感と闘いながらこの男に礼楽を教えるのは、孔子にとってもなかなかの難事であった。
原文を見る
形式主義への・この本能的忌避と闘ってこの男に礼楽を教えるのは、孔子にとってもなかなかの難事であった。
が、それ以上に、これを習うことが子路にとっての大仕事であった。
原文を見る
が、それ以上に、これを習うことが子路にとっての難事業であった。
子路が頼りにするのは、孔子という人間の厚みだけである。
原文を見る
子路が頼るのは孔子という人間の厚みだけである。
その厚みが、日常のこまごまとした振る舞いの積み重ねであるとは、子路には考えられない。
原文を見る
その厚みが、日常の区々たる細行の集積であるとは、子路には考えられない。
根本があって初めて枝葉が生まれるのだ、と彼は言う。
原文を見る
本があって始めて末が生ずるのだと彼は言う。
しかし、その根本をどうやって養うかについての実際的な配慮が足りないと言って、いつも孔子に叱られるのである。
原文を見る
しかしその本をいかにして養うかについての実際的な考慮が足りないとて、いつも孔子に叱られるのである。
彼が孔子に心服するのは一つのこと。
原文を見る
彼が孔子に心服するのは一つのこと。
彼が孔子の感化をすぐに受け入れたかどうかは、また別のことに属する。
原文を見る
彼が孔子の感化を直ちに受けつけたかどうかは、また別の事に属する。
もっとも賢い者ともっとも愚かな者だけは変えようがないと言った時、孔子は子路のことを考えに入れていなかった。
原文を見る
上智と下愚は移り難いと言った時、孔子は子路のことを考えに入れていなかった。
欠点だらけではあっても、子路を最低の愚か者だとは孔子も考えない。
原文を見る
欠点だらけではあっても、子路を下愚とは孔子も考えない。
孔子はこのすばしこく荒々しい弟子の、たぐいまれな美点を誰よりも高く買っている。
原文を見る
孔子はこの剽悍な弟子の無類の美点を誰よりも高く買っている。
それは、この男の純粋な、損得を計らない心のことだ。
原文を見る
それはこの男の純粋な没利害性のことだ。
この種の美しさは、この国の人々の間ではあまりにも稀なので、子路のこの傾向は、孔子以外の誰からも徳としては認められない。
原文を見る
この種の美しさは、この国の人々の間に在っては余りにも稀なので、子路のこの傾向は、孔子以外の誰からも徳としては認められない。
むしろ一種の不可解な愚かさとして映るだけなのである。
原文を見る
むしろ一種の不可解な愚かさとして映るに過ぎないのである。
しかし、子路の勇気も政治的な手腕も、この珍しい愚かさに比べればものの数ではないことを、孔子だけはよく知っていた。
原文を見る
しかし、子路の勇も政治的才幹も、この珍しい愚かさに比べれば、ものの数でないことを、孔子だけは良く知っていた。
師の言葉に従って自分を抑え、とにもかくにも形に従おうとしたのは、親に対する態度においてであった。
原文を見る
師の言に従って己を抑え、とにもかくにも形に就こうとしたのは、親に対する態度においてであった。
孔子の門に入って以来、乱暴者の子路が急に親孝行になったというのが親戚中の評判である。
原文を見る
孔子の門に入って以来、乱暴者の子路が急に親孝行になったという親戚中の評判である。
褒められて子路は妙な気がした。
原文を見る
褒められて子路は変な気がした。
親孝行どころか、嘘ばかりついているような気がして仕方がないからである。
原文を見る
親孝行どころか、嘘ばかりついているような気がして仕方が無いからである。
わがままを言って親をてこずらせていた頃のほうが、どう考えても正直だったのだ。
原文を見る
我儘を云って親を手古摺らせていた頃の方が、どう考えても正直だったのだ。
今の自分の偽りに喜ばされている親たちが、少々情けなくも思われる。
原文を見る
今の自分の偽りに喜ばされている親達が少々情無くも思われる。
こまかい心理分析家ではないけれども、きわめて正直な人間だったので、こんなことにも気がつくのである。
原文を見る
こまかい心理分析家ではないけれども、極めて正直な人間だったので、こんな事にも気が付くのである。
ずっと後年になって、ある時突然、親が老いたことに気づき、自分の幼かった頃の両親の元気な姿を思い出したら、急に涙が出てきた。
原文を見る
ずっと後年になって、ある時突然、親の老いたことに気が付き、己の幼かった頃の両親の元気な姿を思出したら、急に泪が出て来た。
その時以来、子路の親孝行はたぐいないほど献身的なものになるのだが、とにかく、それまでの彼の急ごしらえの孝行はこんな具合であった。
原文を見る
その時以来、子路の親孝行は無類の献身的なものとなるのだが、とにかく、それまでの彼の俄か孝行はこんな工合であった。
三
原文を見る
三
ある日、子路が街を歩いていると、かつての友人二、三人に出会った。
原文を見る
ある日子路が街を歩いて行くと、かつての友人の二三に出会った。
無頼とまでは言えないにしても、気ままで何にもこだわらない任侠の連中である。
原文を見る
無頼とは云えぬまでも放縦にして拘わる所の無い游侠の徒である。
子路は立ち止まってしばらく話した。
原文を見る
子路は立止ってしばらく話した。
そのうちに彼らの一人が子路の服装をじろじろ見回して、やあ、これが儒者の服という奴か、
原文を見る
その中に彼等の一人が子路の服装をじろじろ見廻し、やあ、これが儒服という奴か?
ずいぶんみすぼらしい格好だな、と言った。
原文を見る
随分みすぼらしいなりだな、と言った。
長剣が恋しくはないかい、とも言った。
原文を見る
長剣が恋しくはないかい、とも言った。
子路が相手にしないでいると、今度は聞き捨てならないことを言い出した。
原文を見る
子路が相手にしないでいると、今度は聞捨のならぬことを言出した。
どうだい。
原文を見る
どうだい。
あの孔丘という先生は、なかなかの食わせ者だっていうじゃないか。
原文を見る
あの孔丘という先生はなかなかの喰わせものだって云うじゃないか。
しかつめらしい顔をして心にもないことをもっともらしく説いていると、ずいぶん甘い汁が吸えるものと見えるなあ。
原文を見る
しかつめらしい顔をして心にもない事を誠しやかに説いていると、えらく甘い汁が吸えるものと見えるなあ。
別に悪意があるわけではなく、気安さから出たいつもの毒舌だったが、子路は顔色を変えた。
原文を見る
別に悪意がある訳ではなく、心安立てからのいつもの毒舌だったが、子路は顔色を変えた。
いきなりその男の胸倉をつかみ、右の拳を力いっぱい横っ面に飛ばした。
原文を見る
いきなりその男の胸倉を掴み、右手の拳をしたたか横面に飛ばした。
二つ三つ続けざまに食らわせてから手を離すと、相手はあっけなく倒れた。
原文を見る
二つ三つ続け様に喰わしてから手を離すと、相手は意気地なく倒れた。
あっけに取られている他の連中にも子路は挑むような目を向けたが、子路の強さを知る彼らは向かってこようともしない。
原文を見る
呆気に取られている他の連中に向っても子路は挑戦的な眼を向けたが、子路の剛勇を知る彼等は向って来ようともしない。
殴られた男を左右から助け起こし、捨てぜりふ一つ残さずにこそこそと立ち去った。
原文を見る
殴られた男を左右から扶け起し、捨台詞一つ残さずにこそこそと立去った。
いつのまにかこのことが孔子の耳に入ったものと見える。
原文を見る
いつかこの事が孔子の耳に入ったものと見える。
子路が呼ばれて師の前に出て行った時、直接には触れられないまま、次のようなことを聞かされなければならなかった。
原文を見る
子路が呼ばれて師の前に出て行った時、直接には触れないながら、次のようなことを聞かされねばならなかった。
昔の君子は、真心を本質とし、思いやりを守りとした。
原文を見る
古の君子は忠をもって質となし仁をもって衛となした。
よくないことがあれば真心でそれを改めさせ、乱暴を受ければ思いやりで身を固めた。
原文を見る
不善ある時はすなわち忠をもってこれを化し、侵暴ある時はすなわち仁をもってこれを固うした。
腕力の必要を認めなかったのは、そのためである。
原文を見る
腕力の必要を見ぬゆえんである。
とかく小人物は傲慢さを勇気と取り違えがちだが、君子の勇気とは正義を立てることを言うのだ、といった話であった。
原文を見る
とかく小人は不遜をもって勇と見做し勝ちだが、君子の勇とは義を立つることの謂である云々。
神妙に子路は聞いていた。
原文を見る
神妙に子路は聞いていた。
数日後、子路がまた街を歩いていると、通りの木陰で暇人たちがさかんに議論している声が耳に入った。
原文を見る
数日後、子路がまた街を歩いていると、往来の木蔭で閑人達の盛んに弁じている声が耳に入った。
それがどうやら孔子の噂のようである。――
原文を見る
それがどうやら孔子の噂のようである。――
昔は、昔は、と何でも古い時代を持ち出しては今をけなす。
原文を見る
昔、昔、と何でも古を担ぎ出して今を貶す。
誰も昔を見たことがないのだから、何とでも言えるわけさ。
原文を見る
誰も昔を見たことがないのだから何とでも言える訳さ。
しかし、昔のやり方を杓子定規にそのままなぞって、それでうまく世が治まるくらいなら、誰も苦労はしないよ。
原文を見る
しかし昔の道を杓子定規にそのまま履んで、それで巧く世が治まるくらいなら、誰も苦労はしないよ。
おれたちにとっては、死んだ周公よりも生きている陽虎様のほうが偉いということになるのさ。
原文を見る
俺達にとっては、死んだ周公よりも生ける陽虎様の方が偉いということになるのさ。
下剋上の世であった。
原文を見る
下剋上の世であった。
政治の実権が魯侯からその大夫である季孫氏の手に移り、それが今やさらに、季孫氏の家臣である陽虎という野心家の手に移ろうとしている。
原文を見る
政治の実権が魯侯からその大夫たる季孫氏の手に移り、それが今や更に季孫氏の臣たる陽虎という野心家の手に移ろうとしている。
しゃべっている当人は、あるいは陽虎の身内の者かもしれない。
原文を見る
しゃべっている当人はあるいは陽虎の身内の者かも知れない。
――ところで、その陽虎様がこの間から孔丘を用いようと何度も迎えを出されたのに、なんと、孔丘のほうからそれを避けているというじゃないか。
原文を見る
――ところで、その陽虎様がこの間から孔丘を用いようと何度も迎えを出されたのに、何と、孔丘の方からそれを避けているというじゃないか。
口では大層なことを言っていても、実際の生きた政治にはまるで自信がないのだろうよ。
原文を見る
口では大層な事を言っていても、実際の生きた政治にはまるで自信が無いのだろうよ。
ああいう手合いはね。
原文を見る
あの手合はね。
子路は後ろから人々をかき分けて、つかつかと弁じている男の前に進み出た。
原文を見る
子路は背後から人々を分けて、つかつかと弁者の前に進み出た。
人々は彼が孔子の門人であることをすぐに見て取った。
原文を見る
人々は彼が孔門の徒であることをすぐに認めた。
今まで得意げに弁じ立てていた当の老人は、顔色を失い、意味もなく子路の前に頭を下げてから人垣の後ろに身を隠した。
原文を見る
今まで得々と弁じ立てていた当の老人は、顔色を失い、意味も無く子路の前に頭を下げてから人垣の背後に身を隠した。
目を吊り上げた子路の形相が、あまりにすさまじかったのだろう。
原文を見る
眥を決した子路の形相が余りにすさまじかったのであろう。
その後しばらく、同じようなことがあちこちで起こった。
原文を見る
その後しばらく、同じような事が処々で起った。
肩をいからせ、らんらんと目を光らせた子路の姿が遠くに見え出すと、人々は孔子をそしる口をつぐむようになった。
原文を見る
肩を怒らせ炯々と眼を光らせた子路の姿が遠くから見え出すと、人々は孔子を刺る口を噤むようになった。
子路はこのことで何度も師に叱られるが、自分でもどうしようもない。
原文を見る
子路はこの事で度々師に叱られるが、自分でもどうしようもない。
彼は彼なりに、心の中では言い分がないでもない。
原文を見る
彼は彼なりに心の中では言分が無いでもない。
いわゆる君子というものが、おれと同じ強さの怒りを感じ、それでもなお抑えられるのなら、それは偉い。
原文を見る
いわゆる君子なるものが俺と同じ強さの忿怒を感じてなおかつそれを抑え得るのだったら、そりゃ偉い。
しかし実際は、おれほど強く怒りを感じてはいないのだ。
原文を見る
しかし、実際は、俺ほど強く怒りを感じやしないんだ。
少なくとも、抑えられる程度にしか感じていないのだ。
原文を見る
少くとも、抑え得る程度に弱くしか感じていないのだ。
きっと…………。
原文を見る
きっと…………。
一年ほど経ってから、孔子が苦笑まじりにこう嘆じた。
原文を見る
一年ほど経ってから孔子が苦笑と共に嘆じた。
由が門に入ってから、自分は悪口を耳にしなくなった、と。
原文を見る
由が門に入ってから自分は悪言を耳にしなくなったと。
四
原文を見る
四
ある時、子路が一室で瑟を弾いていた。
原文を見る
ある時、子路が一室で瑟を鼓していた。
孔子はそれを別室で聞いていたが、しばらくしてそばにいた冉有に向かって言った。
原文を見る
孔子はそれを別室で聞いていたが、しばらくして傍らなる冉有に向って言った。
あの瑟の音を聞いてみなさい。
原文を見る
あの瑟の音を聞くがよい。
荒々しく激しい気が、おのずとみなぎっているではないか。
原文を見る
暴厲の気がおのずから漲っているではないか。
君子の音は、穏やかで柔らかく、行き過ぎのないところに落ち着いて、ものを育てる気を養うものでなければならない。
原文を見る
君子の音は温柔にして中におり、生育の気を養うものでなければならぬ。
昔、舜は五絃の琴を弾いて南風の詩を作った。
原文を見る
昔舜は五絃琴を弾じて南風の詩を作った。
南の風がかぐわしく吹けば、それで我が民の怒りを解くことができる。
原文を見る
南風の薫ずるやもって我が民の慍を解くべし。
南の風が時節にかなって吹けば、それで我が民の暮らしを豊かにすることができる、と。
原文を見る
南風の時なるやもって我が民の財を阜にすべしと。
今、由の音を聞くと、まことに殺伐として激しく、南の音ではなく北の声に近いものだ。
原文を見る
今由の音を聞くに、誠に殺伐激越、南音に非ずして北声に類するものだ。
弾く者の、荒れて怠けて気ままな心の有様を、これほどはっきり映し出したものはない。――
原文を見る
弾者の荒怠暴恣の心状をこれほど明らかに映し出したものはない。――
後で冉有が子路のところへ行って、先生の言葉を伝えた。
原文を見る
後、冉有が子路の所へ行って夫子の言葉を告げた。
子路はもともと自分に音楽の才が乏しいことを知っている。
原文を見る
子路は元々自分に楽才の乏しいことを知っている。
そして、それを自分では耳と手のせいにしていた。
原文を見る
そして自らそれを耳と手のせいに帰していた。
しかし、それが実はもっと深い精神の持ち方から来ているのだと聞かされた時、彼はぎょっとして恐れた。
原文を見る
しかし、それが実はもっと深い精神の持ち方から来ているのだと聞かされた時、彼は愕然として懼れた。
大切なのは手の練習ではない。
原文を見る
大切なのは手の習練ではない。
もっと深く考えなければならない。
原文を見る
もっと深く考えねばならぬ。
彼は一室に閉じこもり、じっと考え込んだまま食事もとらず、骨と皮ばかりに痩せてしまった。
原文を見る
彼は一室に閉じ籠り、静思して喰わず、もって骨立するに至った。
数日の後、ようやく分かったと信じて、再び瑟を手に取った。
原文を見る
数日の後、ようやく思い得たと信じて、再び瑟を執った。
そして、きわめて恐る恐る弾いた。
原文を見る
そうして、極めて恐る恐る弾じた。
その音を漏れ聞いた孔子は、今度は特に何も言わなかった。
原文を見る
その音を洩れ聞いた孔子は、今度は別に何も言わなかった。
とがめるような顔つきも見えない。
原文を見る
咎めるような顔色も見えない。
子貢が子路のところへ行って、そのことを伝えた。
原文を見る
子貢が子路の所へ行ってそのむねを告げた。
師のとがめがなかったと聞いて、子路は嬉しそうに笑った。
原文を見る
師の咎が無かったと聞いて子路は嬉しげに笑った。
人の良い兄弟子の嬉しそうな笑顔を見て、若い子貢も微笑まずにはいられない。
原文を見る
人の良い兄弟子の嬉しそうな笑顔を見て、若い子貢も微笑を禁じ得ない。
聡明な子貢はちゃんと知っている。
原文を見る
聡明な子貢はちゃんと知っている。
子路の奏でる音が、相変わらず殺伐とした北の声に満ちていることを。
原文を見る
子路の奏でる音が依然として殺伐な北声に満ちていることを。
そして、先生がそれをおとがめにならないのは、痩せ細るまで苦しんで考え込んだ子路の一本気を哀れまれたからにすぎないことを。
原文を見る
そうして、夫子がそれを咎めたまわぬのは、痩せ細るまで苦しんで考え込んだ子路の一本気を愍まれたために過ぎないことを。
五
原文を見る
五
弟子の中で、子路ほど孔子に叱られる者はいない。
原文を見る
弟子の中で、子路ほど孔子に叱られる者は無い。
子路ほど遠慮なく師に問い返す者もいない。
原文を見る
子路ほど遠慮なく師に反問する者もない。
「お尋ねします。昔のやり方は捨てて、この由の思うとおりにやってみたいのですが、それでよろしいでしょうか。」
原文を見る
「請う。古の道を釈てて由の意を行わん。可ならんか。」
などと、叱られるに決まっていることを聞いてみたり、孔子に面と向かってずけずけと「そんなことをおっしゃるのですか。先生の世間離れしていることといったら。」
原文を見る
などと、叱られるに決っていることを聞いてみたり、孔子に面と向ってずけずけと「これある哉。子の迂なるや!」
などと言ってのける人間は、他に誰もいない。
原文を見る
などと言ってのける人間は他に誰もいない。
それでいて、また、子路ほど全身で孔子に寄りかかっている者もいないのである。
原文を見る
それでいて、また、子路ほど全身的に孔子に凭り掛かっている者もないのである。
どんどん問い返すのは、心から納得できないものをうわべだけ受け入れることのできない性分だからだ。
原文を見る
どしどし問返すのは、心から納得出来ないものを表面だけ諾うことの出来ぬ性分だからだ。
また、他の弟子たちのように、笑われまい叱られまいと気を遣わないからである。
原文を見る
また、他の弟子達のように、嗤われまい叱られまいと気を遣わないからである。
子路が他の場所ではどこまでも人の風下に立つのをよしとしない独立不羈の男であり、一度引き受けたことは必ず守る快男児であるだけに、平凡な弟子そのものの顔で孔子の前にかしこまっている姿は、人々に確かに奇異な感じを与えた。
原文を見る
子路が他の所ではあくまで人の下風に立つを潔しとしない独立不羈の男であり、一諾千金の快男児であるだけに、碌々たる凡弟子然として孔子の前に侍っている姿は、人々に確かに奇異な感じを与えた。
事実、彼には、孔子の前にいる時だけは複雑な思索も重要な判断もいっさい師に任せてしまって、自分は安心しきっているような、おかしな傾向もないではない。
原文を見る
事実、彼には、孔子の前にいる時だけは複雑な思索や重要な判断は一切師に任せてしまって自分は安心しきっているような滑稽な傾向も無いではない。
母親の前では自分にできることまでしてもらっている幼児と、同じような具合である。
原文を見る
母親の前では自分に出来る事までも、してもらっている幼児と同じような工合である。
下がってから考えてみて、自分でも苦笑することがあるくらいだ。
原文を見る
退いて考えてみて、自ら苦笑することがある位だ。
だが、これほどの師にもなお触れることを許さない胸の奥の場所がある。
原文を見る
だが、これほどの師にもなお触れることを許さぬ胸中の奥所がある。
ここだけは譲れないという、ぎりぎりの一点が。
原文を見る
ここばかりは譲れないというぎりぎり結著の所が。
つまり、子路にとって、この世に一つだけ大事なものがある。
原文を見る
すなわち、子路にとって、この世に一つの大事なものがある。
そのものの前では生き死にさえ論じるに足りず、まして、ちっぽけな利害などは問題にもならない。
原文を見る
そのものの前には死生も論ずるに足りず、いわんや、区々たる利害のごとき、問題にはならない。
侠と言えば、やや軽すぎる。
原文を見る
侠といえばやや軽すぎる。
信と言い義と言うと、どうも道学者めいていて、自由に躍動する気に欠ける恨みがある。
原文を見る
信といい義というと、どうも道学者流で自由な躍動の気に欠ける憾みがある。
そんな名前はどうでもいい。
原文を見る
そんな名前はどうでもいい。
子路にとって、それは快感の一種のようなものである。
原文を見る
子路にとって、それは快感の一種のようなものである。
とにかく、それが感じられるものが善いことであり、それの伴わないものが悪いことだ。
原文を見る
とにかく、それの感じられるものが善きことであり、それの伴わないものが悪しきことだ。
きわめてはっきりしていて、いまだかつてこれに疑いを感じたことがない。
原文を見る
極めてはっきりしていて、いまだかつてこれに疑を感じたことがない。
孔子の言う仁とはかなり隔たりがあるのだが、子路は師の教えの中から、この単純な倫理観を補強してくれるものばかりを選んで取り入れる。
原文を見る
孔子の云う仁とはかなり開きがあるのだが、子路は師の教の中から、この単純な倫理観を補強するようなものばかりを選んで摂り入れる。
言葉を飾り顔つきを取り繕って度を越してへつらうこと、恨みを隠したままその人と友だちづきあいをすること、それをこの丘は恥じる、とか、生き延びたいばかりに仁を損なうことはせず、身を捨ててでも仁を成し遂げることはある、とか、志の大きい者は進んで事を取り、節を守る者は決してしないことを持っている、とかいうのが、それだ。
原文を見る
巧言令色足恭、怨ヲ匿シテ其ノ人ヲ友トスルハ、丘之ヲ恥ヅ とか、生ヲ求メテ以テ仁ヲ害スルナク身ヲ殺シテ以テ仁ヲ成スアリ とか、狂者ハ進ンデ取リ狷者ハ為サザル所アリ とかいうのが、それだ。
孔子も初めはこの角を矯めようとしないでもなかったが、後には諦めてやめてしまった。
原文を見る
孔子も初めはこの角を矯めようとしないではなかったが、後には諦めて止めてしまった。
とにかく、これはこれで一匹の見事な牛には違いないのだから。
原文を見る
とにかく、これはこれで一匹の見事な牛には違いないのだから。
鞭を必要とする弟子もあれば、手綱を必要とする弟子もある。
原文を見る
策を必要とする弟子もあれば、手綱を必要とする弟子もある。
生半可な手綱では抑えられそうもない子路の性格上の欠点が、実は同時に、かえって大いに役立つものであることを知って、子路には大まかな方向の指示さえ与えればよいのだと考えていた。
原文を見る
容易な手綱では抑えられそうもない子路の性格的欠点が、実は同時にかえって大いに用うるに足るものであることを知り、子路には大体の方向の指示さえ与えればよいのだと考えていた。
うやうやしくても礼にかなっていなければ野暮といい、勇ましくても礼にかなっていなければ乱暴という、とか、信義を好んでも学問を好まなければその弊害は人を損なうことになり、まっすぐを好んでも学問を好まなければその弊害は角が立ちすぎることになる、とかいうのも、結局は、個人としての子路に向けてよりも、いわば塾頭格としての子路に向けての小言である場合が多かった。
原文を見る
敬ニシテ礼ニ中ラザルヲ野トイヒ、勇ニシテ礼ニ中ラザルヲ逆トイフ とか、信ヲ好ンデ学ヲ好マザレバソノ蔽ヤ賊、直ヲ好ンデ学ヲ好マザレバソノ蔽ヤ絞 などというのも、結局は、個人としての子路に対してよりも、いわば塾頭格としての子路に向っての叱言である場合が多かった。
子路という特殊な個人にあってはかえって魅力になり得るものが、他の門人一般にとってはたいてい害になることが多いからである。
原文を見る
子路という特殊な個人に在ってはかえって魅力となり得るものが、他の門生一般についてはおおむね害となることが多いからである。
六
原文を見る
六
晋の魏楡の地で石がものを言ったという。
原文を見る
晋の魏楡の地で石がものを言ったという。
民の恨みの声が石を借りて発せられたのだろうと、ある賢者が解釈した。
原文を見る
民の怨嗟の声が石を仮りて発したのであろうと、ある賢者が解した。
すでに衰えきった周の王室は、さらに二つに分かれて争っている。
原文を見る
既に衰微した周室は更に二つに分れて争っている。
十を超える大国がそれぞれ手を結んでは戦い合い、戦のやむ時がない。
原文を見る
十に余る大国はそれぞれ相結び相闘って干戈の止む時が無い。
斉侯の一人は臣下の妻と通じ、夜ごとその屋敷に忍んで来るうちに、ついにその夫に殺されてしまう。
原文を見る
斉侯の一人は臣下の妻に通じて夜ごとその邸に忍んで来る中についにその夫に弑せられてしまう。
楚では王族の一人が病床にある王の首を絞めて位を奪う。
原文を見る
楚では王族の一人が病臥中の王の頸をしめて位を奪う。
呉では足首を切り取られた罪人たちが王を襲い、晋では二人の臣が互いに妻を交換し合う。
原文を見る
呉では足頸を斬取られた罪人共が王を襲い、晋では二人の臣が互いに妻を交換し合う。
そのような世の中であった。
原文を見る
このような世の中であった。
魯の昭公は上卿の季平子を討とうとして、かえって国を追われ、亡命七年にして他国で行き詰まって死ぬ。
原文を見る
魯の昭公は上卿季平子を討とうとしてかえって国を逐われ、亡命七年にして他国で窮死する。
亡命中に帰国の話がまとまりかかっても、昭公に従った臣下たちが帰国後の自分の身を案じ、公を引き留めて帰らせない。
原文を見る
亡命中帰国の話がととのいかかっても、昭公に従った臣下共が帰国後の己の運命を案じ公を引留めて帰らせない。
魯の国は季孫・叔孫・孟孫の三氏の天下から、さらに季氏の家老である陽虎の思うままの手に操られていく。
原文を見る
魯の国は季孫・叔孫・孟孫三氏の天下から、更に季氏の宰・陽虎の恣な手に操られて行く。
ところが、その策士の陽虎が結局自分の策で倒れて失脚してから、急にこの国の政界の風向きが変わった。
原文を見る
ところが、その策士陽虎が結局己の策に倒れて失脚してから、急にこの国の政界の風向きが変った。
思いがけず、孔子が中都の長官として登用されることになる。
原文を見る
思いがけなく孔子が中都の宰として用いられることになる。
公平無私な役人や、むごい取り立てをしない政治家など皆無だった当時のことだから、孔子の公正な方針と行き届いた計画とは、ごく短い間に驚くほどの成果を挙げた。
原文を見る
公平無私な官吏や苛斂誅求を事とせぬ政治家の皆無だった当時のこととて、孔子の公正な方針と周到な計画とはごく短い期間に驚異的な治績を挙げた。
すっかり驚嘆した主君の定公が尋ねた。
原文を見る
すっかり驚嘆した主君の定公が問うた。
そなたが中都を治めたそのやり方で魯の国全体を治めたら、どうなるであろうか。
原文を見る
汝の中都を治めし所の法をもって魯国を治むればすなわちいかん?
孔子が答えて言う。
原文を見る
孔子が答えて言う。
どうして魯の国だけにとどまりましょうか。
原文を見る
何ぞ但魯国のみならんや。
天下を治めることさえできましょう。
原文を見る
天下を治むるといえども可ならんか。
だいたいほら話とは縁の遠い孔子が、たいそうつつましい調子で、澄ました顔でこんな大言を吐いたので、定公はますます驚いた。
原文を見る
およそ法螺とは縁の遠い孔子がすこぶる恭しい調子で澄ましてこうした壮語を弄したので、定公はますます驚いた。
彼はただちに孔子を司空に取り立て、続いて大司寇に進めて、宰相の職務も兼ねさせた。
原文を見る
彼は直ちに孔子を司空に挙げ、続いて大司寇に進めて宰相の事をも兼ね摂らせた。
孔子の推薦で、子路は魯の国の内閣書記官長とでも言うべき季氏の家老となる。
原文を見る
孔子の推挙で子路は魯国の内閣書記官長とも言うべき季氏の宰となる。
孔子の内政改革案の実行者として真っ先に動いたことは言うまでもない。
原文を見る
孔子の内政改革案の実行者として真先に活動したことは言うまでもない。
孔子の政策の第一は中央集権、すなわち魯侯の権力強化である。
原文を見る
孔子の政策の第一は中央集権すなわち魯侯の権力強化である。
そのためには、現在魯侯よりも力を持っている季・叔・孟の三桓の勢力を削がなければならない。
原文を見る
このためには、現在魯侯よりも勢力を有つ季・叔・孟・三桓の力を削がねばならぬ。
三氏の私有の城で百雉(厚さ三丈、高さ一丈)を超えるものに、郈・費・成の三つの地がある。
原文を見る
三氏の私城にして百雉(厚さ三丈、高さ一丈)を超えるものに郈・費・成の三地がある。
まずこれらを取り壊すことに孔子は決め、その実行に直接当たったのが子路であった。
原文を見る
まずこれ等を毀つことに孔子は決め、その実行に直接当ったのが子路であった。
自分の仕事の結果がすぐにはっきりと現れてくる、しかもこれまでの経験にはなかったほどの大きな規模で現れてくることは、子路のような人間にとって確かに愉快に違いなかった。
原文を見る
自分の仕事の結果がすぐにはっきりと現れて来る、しかも今までの経験には無かったほどの大きい規模で現れて来ることは、子路のような人間にとって確かに愉快に違いなかった。
特に、古い政治家たちが張りめぐらした腹黒い組織や慣習を一つ一つ打ち砕いていくことは、子路に、これまで知らなかった一種の生きがいを感じさせる。
原文を見る
殊に、既成政治家の張り廻らした奸悪な組織や習慣を一つ一つ破砕して行くことは、子路に、今まで知らなかった一種の生甲斐を感じさせる。
長年の抱負の実現に生き生きと忙しそうにしている孔子の顔を見るのも、やはり嬉しい。
原文を見る
多年の抱負の実現に生々と忙しげな孔子の顔を見るのも、さすがに嬉しい。
孔子の目にも、弟子の一人としてではなく、一個の実行力ある政治家としての子路の姿が頼もしいものに映った。
原文を見る
孔子の目にも、弟子の一人としてではなく一個の実行力ある政治家としての子路の姿が頼もしいものに映った。
費の城を壊しにかかった時、それに反抗して公山不狃という者が費の人々を率いて魯の都を襲った。
原文を見る
費の城を毀しに掛かった時、それに反抗して公山不狃という者が費人を率い魯の都を襲うた。
武子台に難を避けた定公の身辺にまで反乱軍の矢が届くほど、一時は危うかったが、孔子の的確な判断と指揮とによって、かろうじて事なきを得た。
原文を見る
武子台に難を避けた定公の身辺にまで叛軍の矢が及ぶほど、一時は危かったが、孔子の適切な判断と指揮とによって纔かに事無きを得た。
子路はまた改めて師の実務家としての手腕に感服する。
原文を見る
子路はまた改めて師の実際家的手腕に敬服する。
孔子の政治家としての手腕はよく知っているし、その個人的な腕力の強さも知ってはいたが、実際の戦闘に際してこれほど鮮やかな指揮ぶりを見せようとは思いがけなかったのである。
原文を見る
孔子の政治家としての手腕は良く知っているし、またその個人的な膂力の強さも知ってはいたが、実際の戦闘に際してこれほどの鮮やかな指揮ぶりを見せようとは思いがけなかったのである。
もちろん、子路自身もこの時は真っ先に立って奮い戦った。
原文を見る
もちろん、子路自身もこの時は真先に立って奮い戦った。
久しぶりに振るう長剣の味も、まんざら捨てたものではない。
原文を見る
久しぶりに揮う長剣の味も、まんざら棄てたものではない。
とにかく、経書の字句をほじくったり昔の礼儀作法を習ったりするよりも、荒々しい現実と正面から取っ組み合って生きていく方が、この男の性に合っているようである。
原文を見る
とにかく、経書の字句をほじくったり古礼を習うたりするよりも、粗い現実の面と取組み合って生きて行く方が、この男の性に合っているようである。
斉との屈辱的な和平のために、定公が孔子を従えて斉の景公と夾谷の地で会見したことがある。
原文を見る
斉との間の屈辱的媾和のために、定公が孔子を随えて斉の景公と夾谷の地に会したことがある。
その時、孔子は斉の無礼をとがめて、景公をはじめ居並ぶ重臣たちを頭ごなしに叱りつけた。
原文を見る
その時孔子は斉の無礼を咎めて、景公始め群卿諸大夫を頭ごなしに叱咤した。
戦勝国であるはずの斉の君臣一同がことごとく震え上がったと伝えられている。
原文を見る
戦勝国たるはずの斉の君臣一同ことごとく顫え上ったとある。
子路に心からの快哉を叫ばせるには十分な出来事だったが、この時以来、強国の斉は、隣国の宰相としての孔子の存在に、あるいは孔子の政治のもとで充実していく魯の国力に、恐れを抱き始めた。
原文を見る
子路をして心からの快哉を叫ばしめるに充分な出来事ではあったが、この時以来、強国斉は、隣国の宰相としての孔子の存在に、あるいは孔子の施政の下に充実して行く魯の国力に、懼を抱き始めた。
苦心の末、いかにも古代中国らしい苦肉の策が採られた。
原文を見る
苦心の結果、誠にいかにも古代支那式な苦肉の策が採られた。
つまり、斉から魯へ、歌と舞に長けた美女の一団を贈ったのである。
原文を見る
すなわち、斉から魯へ贈るに、歌舞に長じた美女の一団をもってしたのである。
こうして魯侯の心をとろけさせ、定公と孔子との間を裂こうとしたのだ。
原文を見る
こうして魯侯の心を蕩かし定公と孔子との間を離間しようとしたのだ。
ところで、さらに古代中国らしいのは、この幼稚な策が、魯の国内の反孔子派の動きと相まって、あまりにも早く効き目を現したことである。
原文を見る
ところで、更に古代支那式なのは、この幼稚な策が、魯国内反孔子派の策動と相俟って、余りにも速く効を奏したことである。
魯侯は美女たちの歌舞に溺れて、もう朝廷に出てこなくなった。
原文を見る
魯侯は女楽に耽ってもはや朝に出なくなった。
季桓子以下の大官連中もこれをまねし出す。
原文を見る
季桓子以下の大官連もこれに倣い出す。
子路は真っ先に憤慨してぶつかり、官職を辞した。
原文を見る
子路は真先に憤慨して衝突し、官を辞した。
孔子は子路ほど早くは見切りをつけず、なお尽くせるだけの手を尽くそうとする。
原文を見る
孔子は子路ほど早く見切をつけず、なお尽くせるだけの手段を尽くそうとする。
子路は孔子に早く辞めてもらいたくて仕方がない。
原文を見る
子路は孔子に早く辞めてもらいたくて仕方が無い。
師が臣下としての節操を汚すのを恐れるのではなく、ただこのみだらな雰囲気の中に師を置いて眺めるのが我慢ならないのである。
原文を見る
師が臣節を汚すのを懼れるのではなく、ただこの淫らな雰囲気の中に師を置いて眺めるのが堪らないのである。
孔子の粘り強さもついに諦めざるを得なくなった時、子路はほっとした。
原文を見る
孔子の粘り強さもついに諦めねばならなくなった時、子路はほっとした。
そうして、師に従って喜んで魯の国を立ち退いた。
原文を見る
そうして、師に従って欣んで魯の国を立退いた。
作曲家でもあり作詞家でもあった孔子は、しだいに遠ざかっていく都を振り返りながら、歌う。
原文を見る
作曲家でもあり作詞家でもあった孔子は、次第に遠離り行く都城を顧みながら、歌う。
あの美しい女たちの口先には、君子とても逃げ出すよりほかない。
原文を見る
かの美婦の口には君子ももって出走すべし。
あの美しい女たちの取りなしには、君子とても身を滅ぼすよりほかない。…………
原文を見る
かの美婦の謁には君子ももって死敗すべし。…………
こうして、その後長年にわたる孔子の遍歴が始まる。
原文を見る
かくて、爾後永年に亘る孔子の遍歴が始まる。
七
原文を見る
七
大きな疑問が一つある。
原文を見る
大きな疑問が一つある。
子供の時からの疑問なのだが、大人になっても老人になりかかっても、いまだに納得できないことに変わりはない。
原文を見る
子供の時からの疑問なのだが、成人になっても老人になりかかってもいまだに納得できないことに変りはない。
それは、誰もがまるで不思議に思おうとしない事柄だ。
原文を見る
それは、誰もが一向に怪しもうとしない事柄だ。
悪が栄えて正しいものが虐げられるという、ありきたりの事実についてである。
原文を見る
邪が栄えて正が虐げられるという・ありきたりの事実についてである。
この事実にぶつかるたびに、子路は心からの憤りと嘆きを発しないではいられない。
原文を見る
この事実にぶつかるごとに、子路は心からの悲憤を発しないではいられない。
なぜだ?
原文を見る
なぜだ?
なぜそうなのだ?
原文を見る
なぜそうなのだ?
悪は一時栄えても結局はその報いを受けると人は言う。
原文を見る
悪は一時栄えても結局はその酬を受けると人は云う。
なるほど、そういう例もあるかもしれない。
原文を見る
なるほどそういう例もあるかも知れぬ。
しかし、それも人間というものが結局は破滅に終わるという、ありふれた場合の一例にすぎないのではないか。
原文を見る
しかし、それも人間というものが結局は破滅に終るという一般的な場合の一例なのではないか。
善人が最後の勝利を得たなどという例は、遠い昔のことは知らないが、今の世ではほとんど聞いたことさえない。
原文を見る
善人が究極の勝利を得たなどという例は、遠い昔は知らず、今の世ではほとんど聞いたことさえ無い。
なぜだ?
原文を見る
なぜだ?
なぜだ?
原文を見る
なぜだ?
大きな子供である子路にとって、これだけはいくら憤慨しても憤慨し足りないのだ。
原文を見る
大きな子供・子路にとって、こればかりは幾ら憤慨しても憤慨し足りないのだ。
彼は地団駄を踏む思いで、天とは何だと考える。
原文を見る
彼は地団駄を踏む思いで、天とは何だと考える。
天は何を見ているのだ。
原文を見る
天は何を見ているのだ。
そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗しないではいられない。
原文を見る
そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗しないではいられない。
天は人間と獣との間に区別を設けないのと同じく、善と悪との間にも差別を立てないのか。
原文を見る
天は人間と獣との間に区別を設けないと同じく、善と悪との間にも差別を立てないのか。
正しいとか邪だとかは、結局のところ人間どうしの間だけの仮の取り決めにすぎないのか?
原文を見る
正とか邪とかは畢竟人間の間だけの仮の取決に過ぎないのか?
子路がこの問題で孔子のところへ聞きに行くと、いつも決まって、人間の幸福というものの本当のあり方について説き聞かされるだけだ。
原文を見る
子路がこの問題で孔子の所へ聞きに行くと、いつも決って、人間の幸福というものの真の在り方について説き聞かせられるだけだ。
善を行うことの報いは、では結局、善を行ったという満足のほかにはないのか?
原文を見る
善をなすことの報は、では結局、善をなしたという満足の外には無いのか?
師の前ではひとまず納得したような気になるのだが、さて下がって一人になって考えてみると、やはりどうしてもすっきりしないところが残る。
原文を見る
師の前では一応納得したような気になるのだが、さて退いて独りになって考えてみると、やはりどうしても釈然としない所が残る。
そんな、無理に解釈してみたあげくの幸福などでは承知できない。
原文を見る
そんな無理に解釈してみたあげくの幸福なんかでは承知出来ない。
誰が見ても文句のない、はっきりした形の報いが正しい人の上に来るのでなくては、どうしても納得がいかないのである。
原文を見る
誰が見ても文句の無い・はっきりした形の善報が義人の上に来るのでなくては、どうしても面白くないのである。
天についてのこの不満を、彼は何よりも師の運命について感じる。
原文を見る
天についてのこの不満を、彼は何よりも師の運命について感じる。
ほとんど人間とは思えないこの大きな才能、大きな徳が、なぜこんな不遇に甘んじなければならないのか。
原文を見る
ほとんど人間とは思えないこの大才、大徳が、なぜこうした不遇に甘んじなければならぬのか。
家庭にも恵まれず、年老いてから放浪の旅に出なければならないような不運が、どうしてこの人を待ち受けなければならないのか。
原文を見る
家庭的にも恵まれず、年老いてから放浪の旅に出なければならぬような不運が、どうしてこの人を待たねばならぬのか。
ある夜、「鳳凰も飛んで来ない。黄河から図も現れない。もうおしまいだ。」
原文を見る
一夜、「鳳鳥至らず。河、図を出さず。已んぬるかな。」
と孔子が独り言をつぶやくのを聞いた時、子路は思わず涙があふれてくるのを抑えられなかった。
原文を見る
と独言に孔子が呟くのを聞いた時、子路は思わず涙の溢れて来るのを禁じ得なかった。
孔子が嘆いたのは天下の民のためだったが、子路が泣いたのは天下のためではなく孔子一人のためである。
原文を見る
孔子が嘆じたのは天下蒼生のためだったが、子路の泣いたのは天下のためではなく孔子一人のためである。
この人と、この人をいつまでも待たせている時代とを見て泣いた時から、子路の心は決まっている。
原文を見る
この人と、この人を竢つ時世とを見て泣いた時から、子路の心は決っている。
濁った世のあらゆる侵害からこの人を守る楯となること。
原文を見る
濁世のあるゆる侵害からこの人を守る楯となること。
精神の上では導かれ守られる代わりに、世俗の面倒や汚れをいっさい自分の身に引き受けること。
原文を見る
精神的には導かれ守られる代りに、世俗的な煩労汚辱を一切己が身に引受けること。
出過ぎたことではあるが、これが自分の務めだと思う。
原文を見る
僭越ながらこれが自分の務だと思う。
学問も才能も、自分は後から入ってきた才人たちに劣るかもしれない。
原文を見る
学も才も自分は後学の諸才人に劣るかも知れぬ。
しかし、いざという時に真っ先に先生のために命を投げ出して惜しまないのは誰よりも自分だと、彼は自分で深く信じていた。
原文を見る
しかし、いったん事ある場合真先に夫子のために生命を抛って顧みぬのは誰よりも自分だと、彼は自ら深く信じていた。
八
原文を見る
八
「ここに美しい玉があります。箱にしまって隠しておきましょうか。それとも、よい買い手を探して売りましょうか。」
原文を見る
「ここに美玉あり。匱に韞めて蔵さんか。善賈を求めて沽らんか。」
と子貢が言った時、孔子は即座に、「売るとも。売るとも。私は買い手を待っている者だ。」
原文を見る
と子貢が言った時、孔子は即座に、「これを沽らん哉。これを沽らん哉。我は賈を待つものなり。」
と答えた。
原文を見る
と答えた。
そういうつもりで孔子は天下を巡る旅に出たのである。
原文を見る
そういうつもりで孔子は天下周遊の旅に出たのである。
従った弟子たちも大部分はもちろん売れたいのだが、子路は必ずしも売れようとは思わない。
原文を見る
随った弟子達も大部分はもちろん沽りたいのだが、子路は必ずしも沽ろうとは思わない。
権力の座にあって信じるところをやり抜く快さは、すでにこの前の経験で知ってはいるが、それには孔子を上にいただくといった特別な条件が絶対に必要である。
原文を見る
権力の地位に在って所信を断行する快さは既に先頃の経験で知ってはいるが、それには孔子を上に戴くといった風な特別な条件が絶対に必要である。
それができないなら、むしろ、「粗末な衣を着ながら、懐に玉を抱く」
原文を見る
それが出来ないなら、むしろ、「褐(粗衣)を被て玉を懐く」
という生き方が好ましい。
原文を見る
という生き方が好ましい。
生涯を孔子の番犬として終わろうとも、少しの悔いもない。
原文を見る
生涯孔子の番犬に終ろうとも、いささかの悔も無い。
世俗的な見栄がないわけではないが、なまじいな仕官はかえって自分の本領である大らかさや闊達さを損なうものだと思っている。
原文を見る
世俗的な虚栄心が無い訳ではないが、なまじいの仕官はかえって己の本領たる磊落闊達を害するものだと思っている。
さまざまな連中が孔子に従って歩いた。
原文を見る
様々な連中が孔子に従って歩いた。
てきぱきした実務家の冉有。
原文を見る
てきぱきした実務家の冉有。
温厚な人格者の閔子騫。
原文を見る
温厚の長者閔子騫。
細かい詮索が好きな故実の物知り、子夏。
原文を見る
穿鑿好きな故実家の子夏。
いささか屁理屈屋で人生を楽しむ質の宰予。
原文を見る
いささか詭弁派的な享受家宰予。
気骨が角ばって世を憤る公良孺。
原文を見る
気骨稜々たる慷慨家の公良孺。
身の丈九尺六寸といわれる大男の孔子の半分ほどしかない、背の低い愚直者の子羔。
原文を見る
身長九尺六寸といわれる長人孔子の半分位しかない短矮な愚直者子羔。
年齢から言っても貫禄から言っても、もちろん子路が彼らのまとめ役である。
原文を見る
年齢から云っても貫禄から云っても、もちろん子路が彼等の宰領格である。
子路より二十二歳も年下ではあったが、子貢という青年はまことに際立った才人である。
原文を見る
子路より二十二歳も年下ではあったが、子貢という青年は誠に際立った才人である。
孔子がいつも口を極めてほめる顔回よりも、むしろ子貢の方を子路は推したい気持ちであった。
原文を見る
孔子がいつも口を極めて賞める顔回よりも、むしろ子貢の方を子路は推したい気持であった。
孔子からその強靱な生活力と、それに政治的な力とを抜き去ったような顔回という若者を、子路はあまり好まない。
原文を見る
孔子からその強靱な生活力と、またその政治性とを抜き去ったような顔回という若者を、子路は余り好まない。
それは決して嫉妬ではない。
原文を見る
それは決して嫉妬ではない。
(子貢や子張のような連中は、顔淵に対する師の桁外れな入れ込みように、どうしてもこの感情を抑えられないらしいが。)
原文を見る
(子貢子張輩は、顔淵に対する・師の桁外れの打込み方に、どうしてもこの感情を禁じ得ないらしいが。)
子路は年齢が違いすぎてもいるし、それにもともとそんなことにこだわらない性分でもあったから。
原文を見る
子路は年齢が違い過ぎてもいるし、それに元来そんな事に拘わらぬ性でもあったから。
ただ、彼には顔淵の受け身でしなやかな才能の良さがまるで呑み込めないのである。
原文を見る
ただ、彼には顔淵の受動的な柔軟な才能の良さが全然呑み込めないのである。
第一、どこか生命力の欠けているところが気に入らない。
原文を見る
第一、どこかヴァイタルな力の欠けている所が気に入らない。
その点、多少軽薄ではあっても常に才気と活力に満ちている子貢の方が、子路の性質には合うのだろう。
原文を見る
そこへ行くと、多少軽薄ではあっても常に才気と活力とに充ちている子貢の方が、子路の性質には合うのであろう。
この若者の頭の鋭さに驚かされるのは子路ばかりではない。
原文を見る
この若者の頭の鋭さに驚かされるのは子路ばかりではない。
頭に比べてまだ人間ができていないことは誰の目にもつくところだが、しかし、それは年齢というものだ。
原文を見る
頭に比べてまだ人間の出来ていないことは誰にも気付かれる所だが、しかし、それは年齢というものだ。
あまりの軽薄さに腹を立てて一喝を食らわせることもあるが、だいたいにおいて、若い者はあなどれないという感じを子路はこの青年に対して抱いている。
原文を見る
余りの軽薄さに腹を立てて一喝を喰わせることもあるが、大体において、後世畏るべしという感じを子路はこの青年に対して抱いている。
ある時、子貢が二、三人の仲間に向かって次のような意味のことを述べた。――
原文を見る
ある時、子貢が二三の朋輩に向って次のような意味のことを述べた。――
先生は口のうまさを嫌われるというが、しかし先生自身、話がうますぎると思う。
原文を見る
夫子は巧弁を忌むといわれるが、しかし夫子自身弁が巧過ぎると思う。
これは警戒がいる。
原文を見る
これは警戒を要する。
宰予などのうまさとは、まるで違う。
原文を見る
宰予などの巧さとは、まるで違う。
宰予の弁舌などは、うまさが目立ちすぎるから、聞く者に楽しみは与えられても、信頼は与えられない。
原文を見る
宰予の弁のごときは、巧さが目に立ち過ぎる故、聴者に楽しみは与え得ても、信頼は与え得ない。
それだけにかえって安全と言える。
原文を見る
それだけにかえって安全といえる。
先生のはまったく違う。
原文を見る
夫子のは全く違う。
流暢さの代わりに、絶対に人に疑いを抱かせない重みを備え、冗談の代わりに、含みに富んだたとえを持つその話しぶりは、誰であっても逆らうことのできないものだ。
原文を見る
流暢さの代りに、絶対に人に疑を抱かせぬ重厚さを備え、諧謔の代りに、含蓄に富む譬喩を有つその弁は、何人といえども逆らうことの出来ぬものだ。
もちろん、先生のおっしゃるところは九分九厘まで常に間違いのない真理だと思う。
原文を見る
もちろん、夫子の云われる所は九分九厘まで常に謬り無き真理だと思う。
また先生の行われるところは九分九厘まで我々の誰もが手本とすべきものだ。
原文を見る
また夫子の行われる所は九分九厘まで我々の誰もが取ってもって範とすべきものだ。
にもかかわらず、残りの一厘、つまり絶対に人に信頼を起こさせる先生の弁舌のうちのわずか百分の一が、時に、先生の性格の、しかもその性格の中でも絶対普遍の真理とは必ずしも一致しないごく小さな部分の、弁明に使われる恐れがある。
原文を見る
にもかかわらず、残りの一厘――絶対に人に信頼を起させる夫子の弁舌の中の・わずか百分の一が、時に、夫子の性格の(その性格の中の・絶対普遍的な真理と必ずしも一致しない極少部分の)弁明に用いられる惧れがある。
警戒がいるのはここだ。
原文を見る
警戒を要するのはここだ。
これはあるいは、あまりに先生に親しみすぎ、なれすぎたための欲が言わせることかもしれない。
原文を見る
これはあるいは、余り夫子に親しみ過ぎ狎れ過ぎたための慾の云わせることかも知れぬ。
実際、後の世の者が先生を聖人と崇めたところで、それは当然すぎるほど当然なことだ。
原文を見る
実際、後世の者が夫子をもって聖人と崇めた所で、それは当然過ぎる位当然なことだ。
先生ほど完全に近い人を自分は見たことがないし、また将来もこういう人はそう現れるものではないだろうから。
原文を見る
夫子ほど完全に近い人を自分は見たことがないし、また将来もこういう人はそう現れるものではなかろうから。
ただ自分の言いたいのは、その先生にしてなお、こういうごく小さな、しかし警戒すべき点を残すものだということだ。
原文を見る
ただ自分の言いたいのは、その夫子にしてなおかつかかる微小ではあるが・警戒すべき点を残すものだという事だ。
顔回のような、先生と似通った肌合いの男にとっては、自分の感じるような不満は少しも感じられないに違いない。
原文を見る
顔回のような夫子と似通った肌合の男にとっては、自分の感じるような不満は少しも感じられないに違いない。
先生がたびたび顔回をほめられるのも、結局はこの肌合いのせいではないのか。…………
原文を見る
夫子がしばしば顔回を讃められるのも、結局はこの肌合のせいではないのか。…………
青二才の分際で師を批評するなどおこがましいと腹が立ち、また、これを言わせているのは結局のところ顔淵への嫉妬だとは知りながら、それでも子路はこの言葉の中に、馬鹿にしきれないものを感じた。
原文を見る
青二才の分際で師の批評などおこがましいと腹が立ち、また、これを言わせているのは畢竟顔淵への嫉妬だとは知りながら、それでも子路はこの言葉の中に莫迦にしきれないものを感じた。
肌合いの違いということについては、確かに子路にも思い当たることがあったからである。
原文を見る
肌合の相違ということについては、確かに子路も思い当ることがあったからである。
おれたちにはぼんやりとしか気づけないものをはっきり形に表す妙な才能が、この生意気な若造にはあるらしいと、子路は感心と軽蔑とを同時に感じる。
原文を見る
おれ達には漠然としか気付かれないものをハッキリ形に表す・妙な才能が、この生意気な若僧にはあるらしいと、子路は感心と軽蔑とを同時に感じる。
子貢が孔子に奇妙な質問をしたことがある。
原文を見る
子貢が孔子に奇妙な質問をしたことがある。
「死んだ者に知覚はあるのでしょうか。それとも、ないのでしょうか。」
原文を見る
「死者は知ることありや? 将た知ることなきや?」
死後の知覚の有無、あるいは魂が滅びるか滅びないかについての疑問である。
原文を見る
死後の知覚の有無、あるいは霊魂の滅不滅についての疑問である。
孔子がまた妙な返事をした。
原文を見る
孔子がまた妙な返辞をした。
「死んだ者に知覚があると言えば、孝行な子や孫が、生きている者の暮らしを損なってまで手厚く死者を送ろうとするのが心配だ。死んだ者に知覚はないと言えば、親不孝な子が親を放り出して葬らずに済まそうとするのが心配だ。」
原文を見る
「死者知るありと言わんとすれば、まさに孝子順孫、生を妨げてもって死を送らんとすることを恐る。死者知るなしと言わんとすれば、まさに不孝の子その親を棄てて葬らざらんとすることを恐る。」
まるで見当違いの返事なので、子貢はひどく不服だった。
原文を見る
およそ見当違いの返辞なので子貢は甚だ不服だった。
もちろん、子貢の質問の意味はよく分かっているが、あくまで現実主義者、日常生活中心主義者である孔子は、この優れた弟子の関心の向きを変えようとしたのである。
原文を見る
もちろん、子貢の質問の意味は良く判っているが、あくまで現実主義者、日常生活中心主義者たる孔子は、この優れた弟子の関心の方向を換えようとしたのである。
子貢は不満だったので、子路にこの話をした。
原文を見る
子貢は不満だったので、子路にこの話をした。
子路は別にそんな問題に興味はなかったが、死そのものよりも師の死生観を知りたい気がちょっとしたので、ある時、死について尋ねてみた。
原文を見る
子路は別にそんな問題に興味は無かったが、死そのものよりも師の死生観を知りたい気がちょっとしたので、ある時死について訊ねてみた。
「まだ生きることも分かっていない。どうして死が分かろうか。」
原文を見る
「いまだ生を知らず。いずくんぞ死を知らん。」
これが孔子の答えであった。
原文を見る
これが孔子の答であった。
まったくそのとおりだ、
原文を見る
全くだ!
と子路はすっかり感心した。
原文を見る
と子路はすっかり感心した。
しかし、子貢はまたしても見事に肩透かしを食らったような気がした。
原文を見る
しかし、子貢はまたしても鮮やかに肩透しを喰ったような気がした。
それはそうです。
原文を見る
それはそうです。
しかし私が言っているのはそんなことではない。
原文を見る
しかし私の言っているのはそんな事ではない。
明らかにそう言っている子貢の表情である。
原文を見る
明らかにそう言っている子貢の表情である。
九
原文を見る
九
衛の霊公はきわめて意志の弱い君主である。
原文を見る
衛の霊公は極めて意志の弱い君主である。
賢い者と才のない者を見分けられないほど愚かではないのだが、結局は苦い忠告よりも甘いへつらいの方に喜ばされてしまう。
原文を見る
賢と不才とを識別し得ないほど愚かではないのだが、結局は苦い諫言よりも甘い諂諛に欣ばされてしまう。
衛の国政を左右するものは、その後宮であった。
原文を見る
衛の国政を左右するものはその後宮であった。
夫人の南子は以前から男好きだという噂が高い。
原文を見る
夫人南子はつとに淫奔の噂が高い。
まだ宋の公女だったころ、異母兄の朝という有名な美男と通じていたが、衛侯の夫人となってからもなお宋朝を衛に呼び寄せ、大夫に任じて醜い関係を続けている。
原文を見る
まだ宋の公女だった頃異母兄の朝という有名な美男と通じていたが、衛侯の夫人となってからもなお宋朝を衛に呼び大夫に任じてこれと醜関係を続けている。
ひどく才気の走った女で、政治向きのことにまで口を出すが、霊公はこの夫人の言葉ならうなずかないことがない。
原文を見る
すこぶる才走った女で、政治向の事にまで容喙するが、霊公はこの夫人の言葉なら頷かぬことはない。
霊公に話を聞いてもらおうとする者は、まず南子に取り入るのが決まりであった。
原文を見る
霊公に聴かれようとする者はまず南子に取入るのが例であった。
孔子が魯から衛に入った時、招かれて霊公には拝謁したが、夫人のところへは特に挨拶に出なかった。
原文を見る
孔子が魯から衛に入った時、召を受けて霊公には謁したが、夫人の所へは別に挨拶に出なかった。
南子が機嫌を損ねた。
原文を見る
南子が冠を曲げた。
さっそく人を遣わして孔子に言わせる。
原文を見る
早速人を遣わして孔子に言わしめる。
諸国の君子で、わが君と兄弟のように親しく交わろうとする者は、必ずわが君の夫人にも会うものです。
原文を見る
四方の君子、寡君と兄弟たらんと欲する者は、必ず寡小君(夫人)を見る。
夫人がお会いしたいとおっしゃっています、うんぬん。
原文を見る
寡小君見んことを願えり云々。
孔子もやむを得ず挨拶に出た。
原文を見る
孔子もやむをえず挨拶に出た。
南子は薄い葛布の垂れ幕の後ろにいて孔子と会う。
原文を見る
南子は絺帷(薄い葛布の垂れぎぬ)の後に在って孔子を引見する。
孔子が北を向いて深く頭を下げる礼をすると、南子は二度お辞儀をして応え、その時、夫人の身につけた腰の玉飾りが澄んだ音を立てて鳴ったと伝えられている。
原文を見る
孔子の北面稽首の礼に対し、南子が再拝して応えると、夫人の身に着けた環佩が璆然として鳴ったとある。
孔子が宮殿から帰って来ると、子路があからさまに不愉快な顔をしていた。
原文を見る
孔子が公宮から帰って来ると、子路が露骨に不愉快な顔をしていた。
彼は、孔子が南子ごときの要求など黙って無視することを望んでいたのである。
原文を見る
彼は、孔子が南子風情の要求などは黙殺することを望んでいたのである。
まさか孔子が悪い女にたぶらかされるとは思いもしない。
原文を見る
まさか孔子が妖婦にたぶらかされるとは思いはしない。
しかし、絶対に清らかであるはずの先生が、汚らわしい女に頭を下げたというだけで、もう面白くない。
原文を見る
しかし、絶対清浄であるはずの夫子が汚らわしい淫女に頭を下げたというだけで既に面白くない。
美しい玉を大切にしまっている者が、その玉の表面に汚れたものの影が映ることさえ避けたいという類なのだろう。
原文を見る
美玉を愛蔵する者がその珠の表面に不浄なるものの影の映るのさえ避けたい類なのであろう。
孔子はまた、子路の中で相当なやり手の実務家と隣り合って住んでいる大きな子供が、いつまでたっても一向に大人びそうにないのを見て、おかしくもあり、困りもするのである。
原文を見る
孔子はまた、子路の中で相当敏腕な実際家と隣り合って住んでいる大きな子供が、いつまでたっても一向老成しそうもないのを見て、可笑しくもあり、困りもするのである。
ある日、霊公のところから孔子へ使いが来た。
原文を見る
一日、霊公の所から孔子へ使が来た。
車で一緒に都を一巡りしながら、いろいろ話を聞かせてほしいと言う。
原文を見る
車で一緒に都を一巡しながら色々話を承ろうと云う。
孔子は喜んで服を改め、すぐに出かけた。
原文を見る
孔子は欣んで服を改め直ちに出掛けた。
この背の高いぶっきらぼうな爺さんを、霊公がやたらと賢者として尊敬するのが、南子には面白くない。
原文を見る
この丈の高いぶっきらぼうな爺さんを、霊公が無闇に賢者として尊敬するのが、南子には面白くない。
自分を出し抜いて、二人が同じ車に乗って都を巡るなどとはもってのほかである。
原文を見る
自分を出し抜いて、二人同車して都を巡るなどとはもっての外である。
孔子が公に拝謁し、さて表に出て一緒に車に乗ろうとすると、そこにはすでに盛装をこらした南子夫人が乗り込んでいた。
原文を見る
孔子が公に謁し、さて表に出て共に車に乗ろうとすると、そこには既に盛装を凝らした南子夫人が乗込んでいた。
孔子の席がない。
原文を見る
孔子の席が無い。
南子は意地の悪い微笑を浮かべて霊公を見る。
原文を見る
南子は意地の悪い微笑を含んで霊公を見る。
孔子もさすがに不愉快になり、冷ややかに公の様子をうかがう。
原文を見る
孔子もさすがに不愉快になり、冷やかに公の様子を窺う。
霊公は面目なさそうに目を伏せ、しかし南子には何も言えない。
原文を見る
霊公は面目無げに目を俯せ、しかし南子には何事も言えない。
黙って孔子のために次の車を指さす。
原文を見る
黙って孔子のために次の車を指さす。
二台の車が衛の都を行く。
原文を見る
二乗の車が衛の都を行く。
前を行く四輪の豪華な馬車には、霊公と並んで、あでやかな南子夫人の姿が牡丹の花のように輝く。
原文を見る
前なる四輪の豪奢な馬車には、霊公と並んで嬋妍たる南子夫人の姿が牡丹の花のように輝く。
後ろの見すぼらしい二輪の牛車には、寂しげな孔子の顔がきちんと正面を向いている。
原文を見る
後の見すぼらしい二輪の牛車には、寂しげな孔子の顔が端然と正面を向いている。
沿道の民衆の間には、さすがにひそやかなため息と眉をひそめる気配とが起こる。
原文を見る
沿道の民衆の間にはさすがに秘やかな嘆声と顰蹙とが起る。
群衆にまじって子路もこの様子を見た。
原文を見る
群集の間に交って子路もこの様子を見た。
公から使いを受けた時の先生の喜びようを目にしているだけに、はらわたの煮えくり返る思いがするのだ。
原文を見る
公からの使を受けた時の夫子の欣びを目にしているだけに、腸の煮え返る思いがするのだ。
何やら甘えた声を出しながら南子が目の前を進んでいく。
原文を見る
何事か嬌声を弄しながら南子が目の前を進んで行く。
思わずかっとなって、彼は拳を固め、人々を押し分けて飛び出そうとする。
原文を見る
思わず嚇となって、彼は拳を固め人々を押分けて飛出そうとする。
背後から引き留める者がある。
原文を見る
背後から引留める者がある。
振り切ろうと目を怒らせて後ろを向く。
原文を見る
振切ろうと眼を瞋らせて後を向く。
子若と子正の二人である。
原文を見る
子若と子正の二人である。
必死に子路の袖をつかんでいる二人の目に、涙が浮かんでいるのを子路は見た。
原文を見る
必死に子路の袖を控えている二人の眼に、涙の宿っているのを子路は見た。
子路は、ようやく振り上げた拳を下ろす。
原文を見る
子路は、ようやく振上げた拳を下す。
翌日、孔子たちの一行は衛を去った。
原文を見る
翌日、孔子等の一行は衛を去った。
「私はまだ、美人を好むのと同じくらい徳を好む者を見たことがない。」
原文を見る
「我いまだ徳を好むこと色を好むがごとき者を見ざるなり。」
というのが、その時の孔子の嘆きの言葉である。
原文を見る
というのが、その時の孔子の嘆声である。
十
原文を見る
十
葉公子高は竜を好むことがはなはだしい。
原文を見る
葉公子高は竜を好むこと甚だしい。
部屋にも竜を彫り、刺繍の垂れ幕にも竜を描き、日ごろ竜に囲まれて寝起きしていた。
原文を見る
居室にも竜を雕り繍帳にも竜を画き、日常竜の中に起臥していた。
これを聞いた本物の天の竜が大いに喜んで、ある日、葉公の家に降りてきて、自分の愛好者をのぞき見た。
原文を見る
これを聞いたほん物の天竜が大きに欣んで一日葉公の家に降り己の愛好者を覗き見た。
頭が窓からのぞき、尾は表座敷まで垂れているという素晴らしい大きさである。
原文を見る
頭は牖に窺い尾は堂に拖くという素晴らしい大きさである。
葉公はこれを見るなり、恐れおののいて逃げ出した。
原文を見る
葉公はこれを見るや怖れわなないて逃げ走った。
魂も抜け、顔色も定まらないという、情けなさであった。
原文を見る
その魂魄を失い五色主無し、という意気地無さであった。
諸侯は孔子が賢者だという評判を好んで、その中身を喜ばない。
原文を見る
諸侯は孔子の賢の名を好んで、その実を欣ばぬ。
どれも葉公と竜の話と同じたぐいである。
原文を見る
いずれも葉公の竜における類である。
実際の孔子は、あまりに彼らには大きすぎるもののように見えた。
原文を見る
実際の孔子は余りに彼等には大き過ぎるもののように見えた。
孔子を国賓としてもてなそうという国はある。
原文を見る
孔子を国賓として遇しようという国はある。
孔子の弟子の何人かを登用した国もある。
原文を見る
孔子の弟子の幾人かを用いた国もある。
だが、孔子の政策を実行しようとする国はどこにもない。
原文を見る
が、孔子の政策を実行しようとする国はどこにも無い。
匡では乱暴な民衆にひどい目に遭わされかけ、宋ではよこしまな臣下の迫害に遭い、蒲ではまた無法者の襲撃を受ける。
原文を見る
匡では暴民の凌辱を受けようとし、宋では姦臣の迫害に遭い、蒲ではまた兇漢の襲撃を受ける。
諸侯の敬遠と、御用学者のねたみと、政治家連中の排斥とが、孔子を待ち受けていたもののすべてである。
原文を見る
諸侯の敬遠と御用学者の嫉視と政治家連の排斥とが、孔子を待ち受けていたもののすべてである。
それでもなお、講義を止めず、学び合いを怠らず、孔子と弟子たちとは飽きることなく国々への旅を続けた。
原文を見る
それでもなお、講誦を止めず切磋を怠らず、孔子と弟子達とは倦まずに国々への旅を続けた。
「鳥は木を選ぶことができる。木の方が鳥を選べようか。」
原文を見る
「鳥よく木を択ぶ。木豈に鳥を択ばんや。」
などと、たいそう気位は高いが、決して世をすねているのではなく、あくまで用いられることを求めている。
原文を見る
などと至って気位は高いが、決して世を拗ねたのではなく、あくまで用いられんことを求めている。
そして、自分たちが用いられようとするのは自分のためではなく天下のため、道のためなのだと本気で、まったく呆れたことに本気でそう考えている。
原文を見る
そして、己等の用いられようとするのは己がために非ずして天下のため、道のためなのだと本気で――全く呆れたことに本気でそう考えている。
貧しくとも常に明るく、苦しくとも望みを捨てない。
原文を見る
乏しくとも常に明るく、苦しくとも望を捨てない。
まことに不思議な一行であった。
原文を見る
誠に不思議な一行であった。
一行が招かれて楚の昭王のもとへ行こうとした時、陳と蔡の大夫たちが相談し、ひそかに暴徒を集めて孔子たちを道の途中で取り囲ませた。
原文を見る
一行が招かれて楚の昭王の許へ行こうとした時、陳・蔡の大夫共が相計り秘かに暴徒を集めて孔子等を途に囲ましめた。
孔子が楚に用いられることを恐れ、それを妨げようとしたのである。
原文を見る
孔子の楚に用いられることを惧れこれを妨げようとしたのである。
暴徒に襲われるのはこれが初めてではなかったが、この時が最もひどい窮地であった。
原文を見る
暴徒に襲われるのはこれが始めてではなかったが、この時は最も困窮に陥った。
食料を運ぶ道が断たれ、一同が火を通したものを口にできないまま七日に及んだ。
原文を見る
糧道が絶たれ、一同火食せざること七日に及んだ。
さすがに、飢え、疲れ、病人も続出する。
原文を見る
さすがに、餒え、疲れ、病者も続出する。
弟子たちの疲れきった様子と恐れおののく姿の中にあって、孔子だけは気力が少しも衰えず、いつもどおり琴を弾いて歌うのをやめない。
原文を見る
弟子達の困憊と恐惶との間に在って孔子は独り気力少しも衰えず、平生通り絃歌して輟まない。
従う者たちの疲れきった様子を見るに見かねた子路が、いささか顔色を変えて、琴を弾いて歌う孔子のそばに行った。
原文を見る
従者等の疲憊を見るに見かねた子路が、いささか色を作して、絃歌する孔子の側に行った。
そうして尋ねた。
原文を見る
そうして訊ねた。
先生が歌うのは礼にかなったことでしょうか、と。
原文を見る
夫子の歌うは礼かと。
孔子は答えない。
原文を見る
孔子は答えない。
弦を操る手も休めない。
原文を見る
絃を操る手も休めない。
さて曲が終わってから、ようやく言った。
原文を見る
さて曲が終ってからようやく言った。
「由よ。お前に言っておこう。君子が音楽を好むのは、おごる心を持たないためだ。小人が音楽を好むのは、恐れる心を持たないためだ。いったい誰の弟子なのだ、私を分かりもせずに私に従っている者は。」
原文を見る
「由よ。吾汝に告げん。君子楽を好むは驕るなきがためなり。小人楽を好むは懾るるなきがためなり。それ誰の子ぞや。我を知らずして我に従う者は。」
子路は一瞬、耳を疑った。
原文を見る
子路は一瞬耳を疑った。
この窮地にあって、なおおごらないために音楽を奏でるとは?
原文を見る
この窮境に在ってなお驕るなきがために楽をなすとや?
しかし、すぐにその心に思い当たると、途端に彼は嬉しくなり、思わず斧を手に取って舞った。
原文を見る
しかし、すぐにその心に思い到ると、途端に彼は嬉しくなり、覚えず戚を執って舞うた。
孔子がこれに合わせて弾き、曲は三度めぐった。
原文を見る
孔子がこれに和して弾じ、曲、三度めぐった。
そばにいる者たちも、しばらくは飢えを忘れ疲れを忘れて、この武骨な即興の舞に見入って興じるのであった。
原文を見る
傍にある者またしばらくは飢を忘れ疲を忘れて、この武骨な即興の舞に興じ入るのであった。
同じ陳と蔡の災難の時、まだ簡単には囲みが解けそうもないのを見て、子路が言った。
原文を見る
同じ陳蔡の厄の時、いまだ容易に囲みの解けそうもないのを見て、子路が言った。
君子も行き詰まることがあるのですか、
原文を見る
君子も窮することあるか?
と。
原文を見る
と。
師の日ごろの説によれば、君子は行き詰まることがないはずだと思ったからである。
原文を見る
師の平生の説によれば、君子は窮することが無いはずだと思ったからである。
孔子が即座に答えた。
原文を見る
孔子が即座に答えた。
「行き詰まるというのは、道に行き詰まることを言うのではないか。今、この丘は仁義の道を抱いたまま乱世の災難に遭っている。どうして行き詰まったと言えようか。もし、食べ物が足りず体が弱ることを行き詰まりと言うのなら、君子だってもちろん行き詰まる。ただ、小人は行き詰まると取り乱すのだ。」
原文を見る
「窮するとは道に窮するの謂に非ずや。今、丘、仁義の道を抱き乱世の患に遭う。何ぞ窮すとなさんや。もしそれ、食足らず体瘁るるをもって窮すとなさば、君子ももとより窮す。但、小人は窮すればここに濫る。」
と。
原文を見る
と。
そこが違うだけだというのである。
原文を見る
そこが違うだけだというのである。
子路は思わず顔を赤らめた。
原文を見る
子路は思わず顔を赧らめた。
自分の内にある小人を指摘された心地である。
原文を見る
己の内なる小人を指摘された心地である。
行き詰まるのも天命だと知り、大きな災難に臨んでも少しも興奮の色を見せない孔子の姿を見ては、なんという大きな勇気だと嘆じないではいられない。
原文を見る
窮するも命なることを知り、大難に臨んでいささかの興奮の色も無い孔子の容を見ては、大勇なる哉と嘆ぜざるを得ない。
かつての自分の誇りであった、白刃を目の前に突きつけられてもまばたき一つしないという類の勇気が、なんとみじめでちっぽけなことかと思うのである。
原文を見る
かつての自分の誇であった・白刃前に接わるも目まじろがざる底の勇が、何と惨めにちっぽけなことかと思うのである。
十一
原文を見る
十一
許から葉へと出る道すがら、子路が一人だけ孔子の一行に遅れて畑の中の道を歩いていくと、竹かごを担いだ一人の老人に出会った。
原文を見る
許から葉へと出る途すがら、子路が独り孔子の一行に遅れて畑中の路を歩いて行くと、蓧を荷うた一人の老人に会った。
子路が気軽に会釈して、私の先生を見かけませんでしたか、と尋ねる。
原文を見る
子路が気軽に会釈して、夫子を見ざりしや、と問う。
老人は立ち止まって、「先生先生と言ったところで、どれが一体お前の言う先生やら、俺に分かるわけがないではないか」
原文を見る
老人は立止って、「夫子夫子と言ったとて、どれが一体汝のいう夫子やら俺に分る訳がないではないか」
とつっけんどんに答え、子路の身なりをじろりと眺めてから、「見たところ、体を働かせもせず、実のある仕事にも就かず、空理空論で日を暮らしている人らしいな。」
原文を見る
と突堅貪に答え、子路の人態をじろりと眺めてから、「見受けたところ、四体を労せず実事に従わず空理空論に日を暮らしている人らしいな。」
と見下すように笑う。
原文を見る
と蔑むように笑う。
それからそばの畑に入り、こちらを振り返りもせずに、せっせと草を取り始めた。
原文を見る
それから傍の畑に入りこちらを見返りもせずにせっせと草を取り始めた。
隠者の一人に違いないと子路は思って軽く一礼し、道に立ったまま次の言葉を待った。
原文を見る
隠者の一人に違いないと子路は思って一揖し、道に立って次の言葉を待った。
老人は黙ってひと仕事してから道に出て来て、子路を連れて自分の家へ案内した。
原文を見る
老人は黙って一仕事してから道に出て来、子路を伴って己が家に導いた。
すでに日が暮れかかっていたのである。
原文を見る
既に日が暮れかかっていたのである。
老人は鶏をつぶし、きびを炊いてもてなし、二人の子にも子路を引き合わせた。
原文を見る
老人は雞をつぶし黍を炊いで、もてなし、二人の子にも子路を引合せた。
食後、少しばかりの濁り酒に酔いの回った老人は、そばの琴を取って弾いた。
原文を見る
食後、いささかの濁酒に酔の廻った老人は傍なる琴を執って弾じた。
二人の子がそれに合わせて歌う。
原文を見る
二人の子がそれに和して唱う。
たっぷりと露が降りている
原文を見る
湛々タル露アリ
日が照らなければ乾かない
原文を見る
陽ニ非ザレバ晞ズ
満ち足りて夜通し酒を飲む
原文を見る
厭々トシテ夜飲ス
酔わないうちは帰らない
原文を見る
酔ハズンバ帰ルコトナシ
明らかに貧しい暮らしなのに、まことにのびやかな豊かさが家じゅうにあふれている。
原文を見る
明らかに貧しい生活なのにもかかわらず、まことに融々たる裕かさが家中に溢れている。
和やかに満ち足りた親子三人の顔つきの中に、時どきどこか知的なものがひらめくのも、見逃せない。
原文を見る
和やかに充ち足りた親子三人の顔付の中に、時としてどこか知的なものが閃くのも、見逃し難い。
弾き終えてから、老人が子路に向かって語る。
原文を見る
弾じ終ってから老人が子路に向って語る。
陸を行くには車、水を行くには舟と、昔から決まったもの。
原文を見る
陸を行くには車、水を行くには舟と昔から決ったもの。
今、陸を行くのに舟を使ったら、どうなる?
原文を見る
今陸を行くに舟をもってすれば、いかん?
今の世に周の昔の法を行おうとするのは、ちょうど陸で舟を走らせるようなものと言うべきだ。
原文を見る
今の世に周の古法を施そうとするのは、ちょうど陸に舟を行るがごときものと謂うべし。
猿に周公の服を着せれば、驚いて引き裂いて捨てるに決まっている。
原文を見る
猨狙に周公の服を着せれば、驚いて引裂き棄てるに決っている。
などなど…………子路を孔子の門下と知っての言葉であることは明らかだ。
原文を見る
云々…………子路を孔門の徒と知っての言葉であることは明らかだ。
老人はまた言う。
原文を見る
老人はまた言う。
「楽しみを全うして、はじめて志を得たと言える。志を得るというのは、高い位に就くことを言うのではない。」
原文を見る
「楽しみ全くして始めて志を得たといえる。志を得るとは軒冕の謂ではない。」
と。
原文を見る
と。
あっさりと澄みきって果てがない、とでもいうのがこの老人の理想なのだろう。
原文を見る
澹然無極とでもいうのがこの老人の理想なのであろう。
子路にとって、こうした世捨て人の哲学は初めてではない。
原文を見る
子路にとってこうした遁世哲学は始めてではない。
長沮と桀溺の二人にも出会った。
原文を見る
長沮・桀溺の二人にも遇った。
楚の接与という、狂人のふりをした男にも出会ったことがある。
原文を見る
楚の接与という佯狂の男にも遇ったことがある。
しかし、こうして彼らの生活の中に入り、一夜を共に過ごしたことは、まだなかった。
原文を見る
しかしこうして彼等の生活の中に入り一夜を共に過したことは、まだ無かった。
穏やかな老人の言葉と、にこやかなその姿に接しているうちに、子路は、これもまた一つの美しい生き方には違いないと、いくらかの羨ましさをさえ感じないではなかった。
原文を見る
穏やかな老人の言葉と怡々たるその容に接している中に、子路は、これもまた一つの美しき生き方には違いないと、幾分の羨望をさえ感じないではなかった。
しかし、彼も黙って相手の言葉にうなずいてばかりいたわけではない。
原文を見る
しかし、彼も黙って相手の言葉に頷いてばかりいた訳ではない。
「世間と縁を切るのはもちろん楽しかろうが、人が人である理由は、楽しみを全うするところにあるのではない。ちっぽけな我が身を清く保とうとして人の道の大もとを乱すのは、人間の道ではない。我々だって、今の世に道が行われないことくらいは、とっくに承知している。今の世に道を説くことの危うさも知っている。しかし、道のない世だからこそ、危険を冒してもなお道を説く必要があるのではないか。」
原文を見る
「世と断つのはもとより楽しかろうが、人の人たるゆえんは楽しみを全うする所にあるのではない。区々たる一身を潔うせんとして大倫を紊るのは、人間の道ではない。我々とて、今の世に道の行われない事ぐらいは、とっくに承知している。今の世に道を説くことの危険さも知っている。しかし、道無き世なればこそ、危険を冒してもなお道を説く必要があるのではないか。」
翌朝、子路は老人の家を辞して道を急いだ。
原文を見る
翌朝、子路は老人の家を辞して道を急いだ。
道々、孔子と昨夜の老人とを並べて考えてみた。
原文を見る
みちみち孔子と昨夜の老人とを並べて考えてみた。
孔子の見通しの鋭さが、あの老人に劣るわけがない。
原文を見る
孔子の明察があの老人に劣る訳はない。
孔子の欲が、あの老人よりも多いわけがない。
原文を見る
孔子の慾があの老人よりも多い訳はない。
それでいてなお、自分の身を全うする道を捨てて、道のために天下を巡り歩いていることを思うと、急に、昨夜はまるで感じなかった憎しみを、あの老人に対して覚え始めた。
原文を見る
それでいてなおかつ己を全うする途を棄て道のために天下を周遊していることを思うと、急に、昨夜は一向に感じなかった憎悪を、あの老人に対して覚え始めた。
昼近く、ようやく、はるか前方の真っ青な麦畑の中の道に一団の人影が見えた。
原文を見る
午近く、ようやく、遥か前方の真青な麦畠の中の道に一団の人影が見えた。
その中でひときわ背の高い孔子の姿を認めた時、子路は突然、何か胸を締めつけられるような苦しさを感じた。
原文を見る
その中で特に際立って丈の高い孔子の姿を認め得た時、子路は突然、何か胸を緊め付けられるような苦しさを感じた。
十二
原文を見る
十二
宋から陳へ出る渡し船の上で、子貢と宰予とが議論をしている。
原文を見る
宋から陳に出る渡船の上で、子貢と宰予とが議論をしている。
「十軒ばかりの小さな村にも、必ずこの丘くらい真心のある正直な者はいる。ただ、この丘ほど学問を好む者はいないというだけだ。」
原文を見る
「十室の邑、必ず忠信丘がごとき者あり。丘の学を好むに如かざるなり。」
という師の言葉をめぐって、子貢は、この言葉にもかかわらず孔子の偉大な完成はその生まれつきの素質の非凡さによるものだと言い、宰予は、いや、生まれた後の自己完成への努力の方が大きく関わっているのだと言う。
原文を見る
という師の言葉を中心に、子貢は、この言葉にもかかわらず孔子の偉大な完成はその先天的な素質の非凡さに依るものだといい、宰予は、いや、後天的な自己完成への努力の方が与って大きいのだと言う。
宰予によれば、孔子の能力と弟子たちの能力との違いは量の違いであって、決して質の違いではない。
原文を見る
宰予によれば、孔子の能力と弟子達の能力との差異は量的なものであって、決して質的なそれではない。
孔子が持っているものは、誰もが持っているものだ。
原文を見る
孔子の有っているものは万人のもっているものだ。
ただ、その一つ一つを孔子は絶え間ない努力によって今の大きさにまで仕上げただけのことだ、と。
原文を見る
ただその一つ一つを孔子は絶えざる刻苦によって今の大きさにまで仕上げただけのことだと。
子貢は、しかし、量の差も極端に大きくなれば結局は質の差と変わるところはないと言う。
原文を見る
子貢は、しかし、量的な差も絶大になると結局質的な差と変る所は無いという。
それに、自己完成への努力をあれほどまでに続けられること自体が、すでに生まれつきの非凡さの何よりの証拠ではないか、と。
原文を見る
それに、自己完成への努力をあれほどまでに続け得ることそれ自体が、既に先天的な非凡さの何よりの証拠ではないかと。
だが、何にも増して孔子の天才の核心となるものは何かといえば、「それは」
原文を見る
だが、何にも増して孔子の天才の核心たるものは何かといえば、「それは」
と子貢が言う。
原文を見る
と子貢が言う。
「あの優れた中庸への本能だ。いついかなる場合にも先生の身の処し方を美しいものにする、見事な中庸への本能だ。」
原文を見る
「あの優れた中庸への本能だ。いついかなる場合にも夫子の進退を美しいものにする・見事な中庸への本能だ。」
と。
原文を見る
と。
何を言っているんだと、そばで子路が苦い顔をする。
原文を見る
何を言ってるんだと、傍で子路が苦い顔をする。
口先ばかりで腹の据わっていない奴らめ。
原文を見る
口先ばかりで腹の無い奴等め!
今この舟がひっくり返りでもしたら、こいつらはどんなに真っ青な顔をするだろう。
原文を見る
今この舟がひっくり返りでもしたら、奴等はどんなに真蒼な顔をするだろう。
何といっても、いざという時に実際に先生の役に立てるのはおれなのだ。
原文を見る
何といってもいったん有事の際に、実際に夫子の役に立ち得るのはおれなのだ。
弁の立つ若い二人を前にして、うまい言葉は徳を乱すという言葉を思い浮かべ、誇らしく自分の胸の内にある一片の澄んだ心を頼みにするのである。
原文を見る
才弁縦横の若い二人を前にして、巧言は徳を紊るという言葉を考え、矜らかに我が胸中一片の氷心を恃むのである。
子路にも、しかし、師への不満がまるでないわけではない。
原文を見る
子路にも、しかし、師への不満が必ずしも無い訳ではない。
陳の霊公が臣下の妻と通じ、その女の肌着を身につけて朝廷に立ち、それを見せびらかした時、泄冶という臣下がいさめて、殺された。
原文を見る
陳の霊公が臣下の妻と通じその女の肌着を身に着けて朝に立ち、それを見せびらかした時、泄冶という臣が諫めて、殺された。
百年ばかり前のこの事件について、一人の弟子が孔子に尋ねたことがある。
原文を見る
百年ばかり以前のこの事件について一人の弟子が孔子に尋ねたことがある。
泄冶が正面からいさめて殺されたのは、昔の名臣である比干が死をもっていさめたのと変わるところがない。
原文を見る
泄冶の正諫して殺されたのは古の名臣比干の諫死と変る所が無い。
仁と呼んでよいでしょうか、と。
原文を見る
仁と称して良いであろうかと。
孔子が答えた。
原文を見る
孔子が答えた。
いや、比干と紂王の場合は血のつながりもあり、また役職から言っても少師であって、だからこそ我が身を捨てて必死にいさめ、殺された後に紂王が悔い改めることを期待したわけだ。
原文を見る
いや、比干と紂王との場合は血縁でもあり、また官から云っても少師であり、従って己の身を捨てて争諫し、殺された後に紂王の悔寤するのを期待した訳だ。
これは仁と言うべきだろう。
原文を見る
これは仁と謂うべきであろう。
泄冶と霊公との間には血のつながりもなく、位も一人の大夫にすぎない。
原文を見る
泄冶の霊公におけるは骨肉の親あるにも非ず、位も一大夫に過ぎぬ。
君主が正しくなく、国全体が正しくないと分かったら、潔く身を引くべきなのに、身の程もわきまえず、ちっぽけな一身で一国のみだらな関係を正そうとした。
原文を見る
君正しからず一国正しからずと知らば、潔く身を退くべきに、身の程をも計らず、区々たる一身をもって一国の淫婚を正そうとした。
自分から無駄に命を捨てたものだ。
原文を見る
自ら無駄に生命を捐てたものだ。
仁どころの話ではない、と。
原文を見る
仁どころの騒ぎではないと。
その弟子はそう言われて納得して引き下がったが、そばにいた子路にはどうしてもうなずけない。
原文を見る
その弟子はそう言われて納得して引き下ったが、傍にいた子路にはどうしても頷けない。
さっそく、彼は口を出す。
原文を見る
早速、彼は口を出す。
仁か仁でないかは、ひとまず置いておく。
原文を見る
仁・不仁はしばらく措く。
しかしとにかく、我が身の危うさを忘れて一国の乱れを正そうとしたことの中には、賢いか賢くないかを超えた立派なものがあるのではないだろうか。
原文を見る
しかしとにかく一身の危きを忘れて一国の紊乱を正そうとした事の中には、智不智を超えた立派なものが在るのではなかろうか。
むなしく命を捨てたなどとは言い切れないものが。
原文を見る
空しく命を捐つなどと言い切れないものが。
たとえ結果はどうであろうとも。
原文を見る
たとえ結果はどうあろうとも。
「由よ。お前には、そういう小さな義の中にある見事さばかりが目について、それ以上は分からないと見える。昔の士は、国に道があれば忠を尽くしてこれを助け、国に道がなければ身を引いてこれを避けた。こうした身の処し方の見事さは、まだ分からないと見える。詩に言う。民によこしまなことが多い時には、自分から正しさの基準を振りかざすな、と。おそらく、泄冶の場合にあてはまるようだな。」
原文を見る
「由よ。汝には、そういう小義の中にある見事さばかりが眼に付いて、それ以上は判らぬと見える。古の士は国に道あれば忠を尽くしてもってこれを輔け、国に道無ければ身を退いてもってこれを避けた。こうした出処進退の見事さはいまだ判らぬと見える。詩に曰う。民僻多き時は自ら辟を立つることなかれと。蓋し、泄冶の場合にあてはまるようだな。」
「では」
原文を見る
「では」
と、だいぶ長い間考えた後で子路が言う。
原文を見る
と大分長い間考えた後で子路が言う。
結局この世で最も大切なことは、我が身の安全を図ることにあるのですか?
原文を見る
結局この世で最も大切なことは、一身の安全を計ることに在るのか?
身を捨てて義を成し遂げることの中にはないのでしょうか?
原文を見る
身を捨てて義を成すことの中にはないのであろうか?
一人の人間の身の処し方が適切かどうかの方が、天下の民の安否ということよりも大切なのでしょうか?
原文を見る
一人の人間の出処進退の適不適の方が、天下蒼生の安危ということよりも大切なのであろうか?
というのは、今の泄冶がもし目の前の乱れた行いに眉をひそめて身を引いたとすれば、なるほど彼一人はそれでよいかもしれないが、陳の国の民にとって、いったいそれが何になろう。
原文を見る
というのは、今の泄冶がもし眼前の乱倫に顰蹙して身を退いたとすれば、なるほど彼の一身はそれで良いかも知れぬが、陳国の民にとって一体それが何になろう?
まだしも、無駄と知りながらも死をもっていさめた方が、国民の気風に与える影響から言っても、はるかに意味があるのではないか。
原文を見る
まだしも、無駄とは知りつつも諫死した方が、国民の気風に与える影響から言っても遥かに意味があるのではないか。
「それは、何も我が身の保全ばかりが大切だとは言わない。それなら比干を仁の人だと褒めはしないはずだ。ただ、命は道のために捨てるとしても、捨てる時と捨てる場所がある。それを見きわめるのに知恵を使うのは、別に自分の利益のためではない。急いで死ぬことだけが立派なのではないのだ。」
原文を見る
「それは何も一身の保全ばかりが大切とは言わない。それならば比干を仁人と褒めはしないはずだ。但、生命は道のために捨てるとしても捨て時・捨て処がある。それを察するに智をもってするのは、別に私の利のためではない。急いで死ぬるばかりが能ではないのだ。」
そう言われればひとまずはそんな気もしてくるが、やはりすっきりしないところがある。
原文を見る
そう言われれば一応はそんな気がして来るが、やはり釈然としない所がある。
身を捨ててでも仁を成し遂げるべきだと言いながら、その一方で、どこか賢く身を守ることを最上の知恵と考える傾向が、時おり師の言葉の中に感じられる。
原文を見る
身を殺して仁を成すべきことを言いながら、その一方、どこかしら明哲保身を最上智と考える傾向が、時々師の言説の中に感じられる。
それがどうも気になるのだ。
原文を見る
それがどうも気になるのだ。
他の弟子たちがこれをまるで感じないのは、賢く身を守るという考えが彼らに本能としてくっついているからだ。
原文を見る
他の弟子達がこれを一向に感じないのは、明哲保身主義が彼等に本能として、くっついているからだ。
それをすべての土台にした上での仁であり義でなければ、彼らには危なっかしくて仕方がないに違いない。
原文を見る
それをすべての根柢とした上での・仁であり義でなければ、彼等には危くて仕方が無いに違いない。
子路が納得しかねる顔つきで立ち去った時、その後ろ姿を見送りながら、孔子が沈んだ顔で言った。
原文を見る
子路が納得し難げな顔色で立去った時、その後姿を見送りながら、孔子が愀然として言った。
国に道がある時もまっすぐなことは矢のようだ。
原文を見る
邦に道有る時も直きこと矢のごとし。
道がない時もまた矢のようだ。
原文を見る
道無き時もまた矢のごとし。
あの男も衛の史魚のたぐいだな。
原文を見る
あの男も衛の史魚の類だな。
おそらく、まともな死に方はしないだろう、と。
原文を見る
恐らく、尋常な死に方はしないであろうと。
楚が呉を討った時、工尹商陽という者が呉の軍を追いかけたが、同じ車に乗っていた王子の棄疾に「これは王のご命令だ。あなたも弓を手にするがよい。」
原文を見る
楚が呉を伐った時、工尹商陽という者が呉の師を追うたが、同乗の王子棄疾に「王事なり。子、弓を手にして可なり。」
と言われて初めて弓を取り、「あなたが射なさい。」
原文を見る
といわれて始めて弓を執り、「子、これを射よ。」
と勧められて、ようやく一人を射倒した。
原文を見る
と勧められてようやく一人を射斃した。
しかし、すぐにまた弓を革の袋にしまってしまった。
原文を見る
しかしすぐにまた弓を韔に収めてしまった。
再び促されてまた弓を取り出し、あと二人を倒したが、一人を射るたびに目を覆った。
原文を見る
再び促されてまた弓を取出し、あと二人を斃したが、一人を射るごとに目を掩うた。
さて三人を倒すと、「自分の今の身分では、これくらいで十分に復命できるだろう。」
原文を見る
さて三人を斃すと、「自分の今の身分ではこの位で充分反命するに足るだろう。」
と言って、車を引き返させた。
原文を見る
とて、車を返した。
この話を孔子が伝え聞いて、「人を殺す中にも、やはり礼がある。」
原文を見る
この話を孔子が伝え聞き、「人を殺すの中、また礼あり。」
と感心した。
原文を見る
と感心した。
子路に言わせれば、しかし、こんなとんでもない話はない。
原文を見る
子路に言わせれば、しかし、こんなとんでもない話はない。
特に、「自分としては三人倒したくらいで十分だ。」
原文を見る
殊に、「自分としては三人斃した位で充分だ。」
などという言葉の中に、彼の大嫌いな、自分一身の行動を国家の安否より上に置く考え方があまりにもはっきり出ているので、腹が立つのである。
原文を見る
などという言葉の中に、彼の大嫌いな・一身の行動を国家の休戚より上に置く考え方が余りにハッキリしているので、腹が立つのである。
彼はむっとして孔子に食ってかかる。
原文を見る
彼は怫然として孔子に喰って掛かる。
「臣下としての節操は、君主の一大事に当たっては、ただ力の及ぶ限りを尽くし、死んで初めて終わるものです。先生はどうして彼をよしとされるのですか。」
原文を見る
「人臣の節、君の大事に当りては、ただ力の及ぶ所を尽くし、死して而して後に已む。夫子何ぞ彼を善しとする?」
孔子もさすがにこれには一言もない。
原文を見る
孔子もさすがにこれには一言も無い。
笑いながら答える。
原文を見る
笑いながら答える。
「そのとおりだ。お前の言うとおりだ。私はただ、彼に人を殺すに忍びない心があることを、よしとしただけだ。」
原文を見る
「然り。汝の言のごとし。吾、ただその、人を殺すに忍びざるの心あるを取るのみ。」
十三
原文を見る
十三
衛に出入りすること四度、陳にとどまること三年、曹・宋・蔡・葉・楚と、子路は孔子に従って歩いた。
原文を見る
衛に出入すること四度、陳に留まること三年、曹・宋・蔡・葉・楚と、子路は孔子に従って歩いた。
孔子の道を実行に移してくれる諸侯が出てこようとは、今さら望めなかったが、しかし、もはや不思議に子路はいらだたない。
原文を見る
孔子の道を実行に移してくれる諸侯が出て来ようとは、今更望めなかったが、しかし、もはや不思議に子路はいらだたない。
世の濁りと、諸侯の無能と、孔子の不遇とに対する憤りと焦りを何年も繰り返した後、ようやくこのごろになって、ぼんやりとながら、孔子とそれに従う自分たちの運命の意味が分かりかけてきたようである。
原文を見る
世の溷濁と諸侯の無能と孔子の不遇とに対する憤懣焦躁を幾年か繰返した後、ようやくこの頃になって、漠然とながら、孔子及びそれに従う自分等の運命の意味が判りかけて来たようである。
それは、後ろ向きに、これも天命だと諦める気持ちとはだいぶ遠い。
原文を見る
それは、消極的に命なりと諦める気持とは大分遠い。
同じく天命だと言うにしても、「一つの小国に限られない、一つの時代に限られない、天下万代の警鐘」
原文を見る
同じく命なりと云うにしても、「一小国に限定されない・一時代に限られない・天下万代の木鐸」
としての使命に目覚めかけてきた、かなり前向きな天命である。
原文を見る
としての使命に目覚めかけて来た・かなり積極的な命なりである。
匡の地で乱暴な民衆に囲まれた時、堂々と孔子が言った「天がまだこの文化を滅ぼそうとしないのなら、匡の人々が私をどうできようか」
原文を見る
匡の地で暴民に囲まれた時昂然として孔子の言った「天のいまだ斯文を喪さざるや匡人それ予をいかんせんや」
という言葉が、今は子路にも実によく分かってきた。
原文を見る
が、今は子路にも実に良く解って来た。
どんな場合にも絶望せず、決して現実を見下さず、与えられた範囲で常に最善を尽くすという師の知恵の大きさも分かるし、常に後の世の人に見られていることを意識しているような孔子の身のこなしの意味も、今になって初めてうなずけるのである。
原文を見る
いかなる場合にも絶望せず、決して現実を軽蔑せず、与えられた範囲で常に最善を尽くすという師の智慧の大きさも判るし、常に後世の人に見られていることを意識しているような孔子の挙措の意味も今にして始めて頷けるのである。
あり余る世渡りの才に邪魔されてか、明敏な子貢には、孔子のこの時代を超えた使命についての自覚が少ない。
原文を見る
あり余る俗才に妨げられてか、明敏子貢には、孔子のこの超時代的な使命についての自覚が少い。
素朴で正直な子路の方が、その極めて単純な師への愛情のゆえだろうか、かえって孔子というものの大きな意味をつかみ得たようである。
原文を見る
朴直子路の方が、その単純極まる師への愛情の故であろうか、かえって孔子というものの大きな意味をつかみ得たようである。
放浪の年を重ねているうちに、子路ももう五十歳であった。
原文を見る
放浪の年を重ねている中に、子路ももはや五十歳であった。
角がとれたとは言いにくいながら、さすがに人間としての重みも加わった。
原文を見る
圭角がとれたとは称し難いながら、さすがに人間の重みも加わった。
後の世で言うところの「莫大な俸禄も、この自分に何を加えてくれようか」
原文を見る
後世のいわゆる「万鍾我において何をか加えん」
という気骨も、鋭く光るその眼光も、痩せ浪人のむなしい強がりから離れて、すでに堂々とした一家の風格を備えてきた。
原文を見る
の気骨も、炯々たるその眼光も、痩浪人の徒らなる誇負から離れて、既に堂々たる一家の風格を備えて来た。
十四
原文を見る
十四
孔子が四度目に衛を訪れた時、若い衛侯や正卿の孔叔圉たちから請われるままに、子路を推薦してこの国に仕えさせた。
原文を見る
孔子が四度目に衛を訪れた時、若い衛侯や正卿孔叔圉等から乞われるままに、子路を推してこの国に仕えさせた。
孔子が十数年ぶりで故国に迎えられた時も、子路は別れて衛にとどまったのである。
原文を見る
孔子が十余年ぶりで故国に聘えられた時も、子路は別れて衛に留まったのである。
十年来、衛は南子夫人の乱れた行いを中心に、絶えず紛争を重ねていた。
原文を見る
十年来、衛は南子夫人の乱行を中心に、絶えず紛争を重ねていた。
まず公叔戍という者が南子を追い落とそうとして、かえってその讒言に遭い、魯へ亡命する。
原文を見る
まず公叔戍という者が南子排斥を企てかえってその讒に遭って魯に亡命する。
続いて霊公の子である太子の蒯聵も、義理の母である南子を刺そうとして失敗し、晋へ逃げる。
原文を見る
続いて霊公の子・太子蒯聵も義母南子を刺そうとして失敗し晋に奔る。
太子の座が空いたまま、霊公が亡くなる。
原文を見る
太子欠位の中に霊公が卒する。
やむを得ず、亡命した太子の子である幼い輒を立てて後を継がせる。
原文を見る
やむをえず亡命太子の子の幼い輒を立てて後を嗣がせる。
出公がこれである。
原文を見る
出公がこれである。
出奔した前の太子の蒯聵は、晋の力を借りて衛の西部に潜り込み、虎視眈々と衛侯の位をうかがう。
原文を見る
出奔した前太子蒯聵は晋の力を借りて衛の西部に潜入し虎視眈々と衛侯の位を窺う。
これを拒もうとする現在の衛侯である出公は子。
原文を見る
これを拒もうとする現衛侯出公は子。
位を奪おうと狙う者は父。
原文を見る
位を奪おうと狙う者は父。
子路が仕えることになった衛の国は、このような状態であった。
原文を見る
子路が仕えることになった衛の国はこのような状態であった。
子路の仕事は、孔家のために代官として蒲の地を治めることである。
原文を見る
子路の仕事は孔家のために宰として蒲の地を治めることである。
衛の孔家は、魯で言えば季孫氏に当たる名家で、当主の孔叔圉はかねてから名大夫としての誉れが高い。
原文を見る
衛の孔家は、魯ならば季孫氏に当る名家で、当主孔叔圉はつとに名大夫の誉が高い。
蒲は、先ごろ南子の讒言に遭って亡命した公叔戍のもとの領地で、そのため、主人を追い出した現在の政府に対して、何かにつけて反抗的な態度を取っている。
原文を見る
蒲は、先頃南子の讒に遭って亡命した公叔戍の旧領地で、従って、主人を逐うた現在の政府に対してことごとに反抗的な態度を執っている。
もともと気風の荒い土地で、かつて子路自身も孔子に従ってこの地で乱暴な民衆に襲われたことがある。
原文を見る
元々人気の荒い土地で、かつて子路自身も孔子に従ってこの地で暴民に襲われたことがある。
任地に立つ前、子路は孔子のところへ行き、「町に血の気の多い連中が多くて治めにくい」
原文を見る
任地に立つ前、子路は孔子の所に行き、「邑に壮士多くして治め難し」
と言われる蒲の事情を述べて、教えを乞うた。
原文を見る
といわれる蒲の事情を述べて教を乞うた。
孔子が言う。
原文を見る
孔子が言う。
「うやうやしく、しかも慎み深くあれば、力自慢の者たちも恐れ入らせることができる。寛大で、しかも正しくあれば、強い者たちも懐かせることができる。温和で、しかも決断があれば、よこしまな者も抑えることができる」
原文を見る
「恭にして敬あらばもって勇を懾れしむべく、寛にして正しからばもって強を懐くべく、温にして断ならばもって姦を抑うべし」
と。
原文を見る
と。
子路は二度お辞儀をして礼を述べ、喜んで任地に赴いた。
原文を見る
子路再拝して謝し、欣然として任に赴いた。
蒲に着くと、子路はまず土地の有力者や反抗分子たちを呼び、腹を割って語り合った。
原文を見る
蒲に着くと子路はまず土地の有力者、反抗分子等を呼び、これと腹蔵なく語り合った。
手なずけようという手段ではない。
原文を見る
手なずけようとの手段ではない。
孔子がいつも言う「教えもしないで刑罰を加えてはならない」
原文を見る
孔子の常に言う「教えずして刑することの不可」
ということを知っているから、まず彼らに自分の考えのあるところを明かしたのである。
原文を見る
を知るが故に、まず彼等に己の意の在る所を明かしたのである。
気取りのない率直さが、荒っぽい土地の気風に合ったらしい。
原文を見る
気取の無い率直さが荒っぽい土地の人気に投じたらしい。
血の気の多い連中はことごとく子路の明快で大らかな人柄に心服した。
原文を見る
壮士連はことごとく子路の明快闊達に推服した。
それにこのころになると、すでに子路の名は孔子門下随一の快男児として天下に響いていた。
原文を見る
それにこの頃になると、既に子路の名は孔門随一の快男児として天下に響いていた。
「一言聞いただけで訴えの是非を決められる者は、まあ由くらいのものだろう」
原文を見る
「片言もって獄を折むべきものは、それ由か」
などという孔子のほめ言葉までが、大げさな尾ひれをつけて広く知れ渡っていたのである。
原文を見る
などという孔子の推奨の辞までが、大袈裟な尾鰭をつけて普く知れ渡っていたのである。
蒲の血の気の多い連中を心服させたものは、一つには確かにこうした評判でもあった。
原文を見る
蒲の壮士連を推服せしめたものは、一つには確かにこうした評判でもあった。
三年後、孔子がたまたま蒲を通った。
原文を見る
三年後、孔子がたまたま蒲を通った。
まず領内に入った時、「よろしい。由は、うやうやしくて慎み深く、しかも誠実だ」
原文を見る
まず領内に入った時、「善い哉、由や、恭敬にして信なり」
と言った。
原文を見る
と言った。
進んで町に入った時、「よろしい。由は、真心があって信頼でき、しかも寛大だ」
原文を見る
進んで邑に入った時、「善い哉、由や、忠信にして寛なり」
と言った。
原文を見る
と言った。
いよいよ子路の屋敷に入るに及んで、「よろしい。由は、見通しが鋭く、しかも決断がある」
原文を見る
いよいよ子路の邸に入るに及んで、「善い哉、由や、明察にして断なり」
と言った。
原文を見る
と言った。
手綱を取っていた子貢が、まだ子路に会ってもいないのにほめる理由を聞くと、孔子が答えた。
原文を見る
轡を執っていた子貢が、いまだ子路を見ずしてこれを褒める理由を聞くと、孔子が答えた。
領内に入ってみれば、田畑はことごとく手入れが行き届き、荒れ地もよく開かれ、用水路は深く整っている。
原文を見る
已にその領域に入れば田疇ことごとく治まり草莱甚だ辟け溝洫は深く整っている。
治める者がうやうやしくて慎み深く、しかも誠実だから、民が力を尽くしたのである。
原文を見る
治者恭敬にして信なるが故に、民その力を尽くしたからである。
その町に入れば、民家の塀も家屋も整っており、樹木は生い茂っている。
原文を見る
その邑に入れば民家の牆屋は完備し樹木は繁茂している。
治める者が真心があって信頼でき、しかも寛大だから、民が自分の仕事をおろそかにしないのである。
原文を見る
治者忠信にして寛なるが故に、民その営を忽せにしないからである。
さていよいよその屋敷の庭に至れば、たいそう静かで、供の者も召し使いも一人として命令にそむく者がいない。
原文を見る
さていよいよその庭に至れば甚だ清閑で従者僕僮一人として命に違う者が無い。
治める者の言葉が、見通しが鋭く、しかも決断があるから、その政治が乱れないのである。
原文を見る
治者の言、明察にして断なるが故に、その政が紊れないからである。
まだ由に会わないうちに、すっかりその政治ぶりを知ったことになるではないか、と。
原文を見る
いまだ由を見ずしてことごとくその政を知った訳ではないかと。
十五
原文を見る
十五
魯の哀公が西の方の大野で狩りをして麒麟を捕らえたころ、子路は一時、衛から魯に帰っていた。
原文を見る
魯の哀公が西の方大野に狩して麒麟を獲た頃、子路は一時衛から魯に帰っていた。
その時、小邾の大夫で射という者が国にそむいて魯に逃げ込んできた。
原文を見る
その時小邾の大夫・射という者が国に叛き魯に来奔した。
子路と面識のあったこの男は、「季路が私に約束してくれるなら、私は誓いなど求めない。」
原文を見る
子路と一面識のあったこの男は、「季路をして我に要せしめば、吾盟うことなけん。」
と言った。
原文を見る
と言った。
当時のならわしとして、他国に亡命した者は、その命の保証をその国に誓ってもらって初めて安心して住みつくことができるのだが、この小邾の大夫は「子路さえその保証に立ってくれれば、魯という国の誓いなど要らない」
原文を見る
当時の慣いとして、他国に亡命した者は、その生命の保証をその国に盟ってもらってから始めて安んじて居つくことが出来るのだが、この小邾の大夫は「子路さえその保証に立ってくれれば魯国の誓など要らぬ」
というのである。
原文を見る
というのである。
引き受けた約束を先延ばしにしない、という子路の誠実さとまっすぐさとは、それほど世に知られていたのだ。
原文を見る
諾を宿するなし、という子路の信と直とは、それほど世に知られていたのだ。
ところが、子路はこの頼みをにべもなく断った。
原文を見る
ところが、子路はこの頼をにべも無く断った。
ある人が言う。
原文を見る
ある人が言う。
車千台を出せる大国の誓いさえ信じずに、ただあなた一人の言葉を信じようというのだ。
原文を見る
千乗の国の盟をも信ぜずして、ただ子一人の言を信じようという。
男子の本望としてこれ以上のものはあるまいに、どうしてこれを恥とするのか、と。
原文を見る
男児の本懐これに過ぎたるはあるまいに、なにゆえこれを恥とするのかと。
子路が答えた。
原文を見る
子路が答えた。
魯の国が小邾と事を構える場合、その城の下で死ねと言われれば、事情のいかんを問わず喜んで応じよう。
原文を見る
魯国が小邾と事ある場合、その城下に死ねとあらば、事のいかんを問わず欣んで応じよう。
しかし射という男は国を売った不忠者だ。
原文を見る
しかし射という男は国を売った不臣だ。
もしその保証に立つとなれば、自分から売国奴を認めることになる。
原文を見る
もしその保証に立つとなれば、自ら売国奴を是認することになる。
おれにできることか、できないことか、考えるまでもないではないか。
原文を見る
おれに出来ることか、出来ないことか、考えるまでもないではないか!
子路をよく知る者はみな、この話を伝え聞いた時、思わず微笑した。
原文を見る
子路を良く知るほどの者は、この話を伝え聞いた時、思わず微笑した。
あまりにも彼のしそうなこと、言いそうなことだったからである。
原文を見る
余りにも彼のしそうな事、言いそうな事だったからである。
同じ年、斉の陳恒がその主君を殺した。
原文を見る
同じ年、斉の陳恒がその君を弑した。
孔子は身を清めて三日を過ごした後、哀公の前に出て、義のために斉を討つことを願い出た。
原文を見る
孔子は斎戒すること三日の後、哀公の前に出て、義のために斉を伐たんことを請うた。
願うこと三度。
原文を見る
請うこと三度。
斉の強さを恐れた哀公は聞き入れようとしない。
原文を見る
斉の強さを恐れた哀公は聴こうとしない。
季孫に話して相談せよと言う。
原文を見る
季孫に告げて事を計れと言う。
季康子がこれに賛成するわけがないのだ。
原文を見る
季康子がこれに賛成する訳が無いのだ。
孔子は主君の前を下がって、さて人に告げて言った。
原文を見る
孔子は君の前を退いて、さて人に告げて言った。
「私も大夫の末席に連なる身だからだ。だから言わないわけにはいかなかった。」
原文を見る
「吾、大夫の後に従うをもってなり。故にあえて言わずんばあらず。」
無駄と知りながらも、ひとまずは言わなければならない自分の立場だというのである。
原文を見る
無駄とは知りつつも一応は言わねばならぬ己の地位だというのである。
(当時、孔子は国の長老としての待遇を受けていた。)
原文を見る
(当時孔子は国老の待遇を受けていた。)
子路はちょっと顔を曇らせた。
原文を見る
子路はちょっと顔を曇らせた。
先生のしたことは、ただ形を整えるためだけのものだったのか。
原文を見る
夫子のした事は、ただ形を完うするために過ぎなかったのか。
形さえ踏めば、それが実行に移されなくても平気でいられる程度の義憤なのか?
原文を見る
形さえ履めば、それが実行に移されないでも平気で済ませる程度の義憤なのか?
教えを受けること四十年近くになっても、なお、この溝はどうしようもないのである。
原文を見る
教を受けること四十年に近くして、なお、この溝はどうしようもないのである。
十六
原文を見る
十六
子路が魯に来ている間に、衛では政界の大黒柱である孔叔圉が死んだ。
原文を見る
子路が魯に来ている間に、衛では政界の大黒柱孔叔圉が死んだ。
その未亡人で、亡命した太子の蒯聵の姉に当たる伯姫という女策士が政治の表舞台に出てくる。
原文を見る
その未亡人で、亡命太子蒯聵の姉に当る伯姫という女策士が政治の表面に出て来る。
一人息子の悝が父の圉の後を継いだことにはなっているが、名目だけにすぎない。
原文を見る
一子悝が父圉の後を嗣いだことにはなっているが、名目だけに過ぎぬ。
伯姫から見れば、現在の衛侯である輒は甥、位をうかがう前の太子は弟で、近さに変わりはないはずだが、愛憎と利益のからんだ複雑ないきさつがあって、妙に弟のためばかりを図ろうとする。
原文を見る
伯姫から云えば、現衛侯輒は甥、位を窺う前太子は弟で、親しさに変りはないはずだが、愛憎と利慾との複雑な経緯があって、妙に弟のためばかりを計ろうとする。
夫の死後、しきりに寵愛している小姓上がりの渾良夫という美青年を使いにして、弟の蒯聵との間を行き来させ、ひそかに現在の衛侯を追い出すことを企んでいる。
原文を見る
夫の死後頻りに寵愛している小姓上りの渾良夫なる美青年を使として、弟蒯聵との間を往復させ、秘かに現衛侯逐出しを企んでいる。
子路が再び衛に戻ってみると、衛侯父子の争いはさらに激しくなり、政変の気配が濃く漂っているのが、どことなく感じられた。
原文を見る
子路が再び衛に戻ってみると、衛侯父子の争は更に激化し、政変の機運の濃く漂っているのがどことなく感じられた。
周の昭王の四十年、閏十二月の某日。
原文を見る
周の昭王の四十年閏十二月某日。
夕方近くになって、子路の家にあわただしく飛び込んで来た使いがあった。
原文を見る
夕方近くになって子路の家にあわただしく跳び込んで来た使があった。
孔家の家老、欒寧のところからである。
原文を見る
孔家の老・欒寧の所からである。
「本日、前の太子である蒯聵が都に潜入した。ただ今、孔氏の屋敷に入り、伯姫と渾良夫と共に当主の孔悝を脅して、自分を衛侯として立てさせた。大勢はもう動かしがたい。自分(欒寧)はこれから現在の衛侯をお連れして魯へ逃げるところだ。後はよろしく頼む。」
原文を見る
「本日、前太子蒯聵都に潜入。ただ今孔氏の宅に入り、伯姫・渾良夫と共に当主孔悝を脅して己を衛侯に戴かしめた。大勢は既に動かし難い。自分(欒寧)は今から現衛侯を奉じて魯に奔るところだ。後はよろしく頼む。」
という伝言である。
原文を見る
という口上である。
いよいよ来たな、と子路は思った。
原文を見る
いよいよ来たな、と子路は思った。
とにかく、自分の直接の主人に当たる孔悝が捕らえられ脅されたと聞いては、黙っているわけにいかない。
原文を見る
とにかく、自分の直接の主人に当る孔悝が捕えられ脅されたと聞いては、黙っている訳に行かない。
取るものも取りあえず、彼は宮殿へ駆けつける。
原文を見る
おっ取り刀で、彼は公宮へ駈け付ける。
外門を入ろうとすると、ちょうど中から出て来るちんちくりんな男にぶつかった。
原文を見る
外門を入ろうとすると、ちょうど中から出て来るちんちくりんな男にぶっつかった。
子羔だ。
原文を見る
子羔だ。
孔子門下の後輩で、子路の推薦によってこの国の大夫となった、正直で気の小さい男である。
原文を見る
孔門の後輩で、子路の推薦によってこの国の大夫となった・正直な・気の小さい男である。
子羔が言う。
原文を見る
子羔が言う。
内門はもう閉まってしまいましたよ。
原文を見る
内門はもう閉ってしまいましたよ。
子路。
原文を見る
子路。
いや、とにかく行くだけは行ってみよう。
原文を見る
いや、とにかく行くだけは行ってみよう。
子羔。
原文を見る
子羔。
しかし、もう無駄ですよ。
原文を見る
しかし、もう無駄ですよ。
かえってひどい目に遭わないとも限りませんし。
原文を見る
かえって難に遭うこともないとは限らぬし。
子路が声を荒らげて言う。
原文を見る
子路が声を荒らげて言う。
孔家の禄をもらって暮らしている身ではないか。
原文を見る
孔家の禄を喰む身ではないか。
何のために危ないところを避けるのだ。
原文を見る
何のために難を避ける?
子羔を振り切って内門のところまで来ると、案の定、中から閉ざされている。
原文を見る
子羔を振切って内門の所まで来ると、果して中から閉っている。
どんどんと激しく叩く。
原文を見る
ドンドンと烈しく叩く。
入ってはいけない、
原文を見る
はいってはいけない!
と、中から叫ぶ。
原文を見る
と、中から叫ぶ。
その声を聞きとがめて子路が怒鳴った。
原文を見る
その声を聞き咎めて子路が怒鳴った。
公孫敢だな、その声は。
原文を見る
公孫敢だな、その声は。
危ない目を逃れるために節を曲げるような、おれはそんな人間じゃない。
原文を見る
難を逃れんがために節を変ずるような、俺は、そんな人間じゃない。
その禄で世話になった以上、その難儀を救わなければならないのだ。
原文を見る
その禄を利した以上、その患を救わねばならぬのだ。
開けろ。
原文を見る
開けろ!
開けろ。
原文を見る
開けろ!
ちょうど中から使いの者が出て来たので、それと入れ違いに子路は飛び込んだ。
原文を見る
ちょうど中から使の者が出て来たので、それと入違いに子路は跳び込んだ。
見ると、広い庭は一面の群衆だ。
原文を見る
見ると、広庭一面の群集だ。
孔悝の名で新しい衛侯を立てる宣言があるというので、急に呼び集められた家臣たちである。
原文を見る
孔悝の名において新衛侯擁立の宣言があるからとて急に呼び集められた群臣である。
みなそれぞれに驚きと戸惑いの表情を浮かべ、どちらに付くべきか迷っているように見える。
原文を見る
皆それぞれに驚愕と困惑との表情を浮かべ、向背に迷うもののごとく見える。
庭に面した高い台の上には、若い孔悝が母の伯姫と叔父の蒯聵とに押さえられ、一同に向かって政変の宣言とその説明とをするよう強いられている格好だ。
原文を見る
庭に面した露台の上には、若い孔悝が母の伯姫と叔父の蒯聵とに抑えられ、一同に向って政変の宣言とその説明とをするよう、強いられている貌だ。
子路は群衆の後ろから台に向かって大声で叫んだ。
原文を見る
子路は群衆の背後から露台に向って大声に叫んだ。
孔悝を捕らえて何になる。
原文を見る
孔悝を捕えて何になるか!
孔悝を離せ。
原文を見る
孔悝を離せ。
孔悝一人を殺したところで、正義の側は滅びはしないぞ。
原文を見る
孔悝一人を殺したとて正義派は亡びはせぬぞ!
子路としては、まず自分の主人を救い出したかったのだ。
原文を見る
子路としてはまず己の主人を救い出したかったのだ。
さて、広い庭のざわめきが一瞬静まって、一同が自分の方を振り向いたと知ると、今度は群衆に向かって煽り立て始めた。
原文を見る
さて、広庭のざわめきが一瞬静まって一同が己の方を振向いたと知ると、今度は群集に向って煽動を始めた。
太子は名うての臆病者だぞ。
原文を見る
太子は音に聞えた臆病者だぞ。
下から火を放って台を焼けば、恐れて孔叔を、つまり悝を解き放つに決まっている。
原文を見る
下から火を放って台を焼けば、恐れて孔叔(悝)を舎すに決っている。
火をつけようではないか。
原文を見る
火を放けようではないか。
火を。
原文を見る
火を!
すでに夕暮れどきのことで、庭の隅々にかがり火が燃やされている。
原文を見る
既に薄暮のこととて庭の隅々に篝火が燃されている。
それを指さしながら子路が、「火を。火を。」
原文を見る
それを指さしながら子路が、「火を! 火を!」
と叫ぶ。
原文を見る
と叫ぶ。
「先代の孔叔文子、つまり圉さまの恩義を感じる者たちは、火を取って台を焼け。そうして孔叔を救え。」
原文を見る
「先代孔叔文子(圉)の恩義に感ずる者共は火を取って台を焼け。そうして孔叔を救え!」
台の上の位を奪った者たちは大いに恐れ、石乞と盂黶の二人の剣士に命じて、子路を討たせた。
原文を見る
台の上の簒奪者は大いに懼れ、石乞・盂黶の二剣士に命じて、子路を討たしめた。
子路は二人を相手に激しく斬り結ぶ。
原文を見る
子路は二人を相手に激しく斬り結ぶ。
かつての勇者の子路も、しかし、年には勝てない。
原文を見る
往年の勇者子路も、しかし、年には勝てぬ。
しだいに疲れが重なり、息が乱れる。
原文を見る
次第に疲労が加わり、呼吸が乱れる。
子路の旗色が悪いのを見た群衆は、この時ようやくどちらに付くかをはっきりさせた。
原文を見る
子路の旗色の悪いのを見た群集は、この時ようやく旗幟を明らかにした。
罵声が子路に向かって飛び、無数の石や棒が子路の体に当たった。
原文を見る
罵声が子路に向って飛び、無数の石や棒が子路の身体に当った。
敵の矛の先が頬をかすめた。
原文を見る
敵の戟の尖端が頬を掠めた。
冠の紐が切れて、冠が落ちかかる。
原文を見る
纓(冠の紐)が断れて、冠が落ちかかる。
左手でそれを支えようとした途端に、もう一人の敵の剣が肩先に食い込む。
原文を見る
左手でそれを支えようとした途端に、もう一人の敵の剣が肩先に喰い込む。
血がほとばしり、子路は倒れ、冠が落ちる。
原文を見る
血が迸り、子路は倒れ、冠が落ちる。
倒れながら、子路は手を伸ばして冠を拾い、きちんと頭にかぶって素早く紐を結んだ。
原文を見る
倒れながら、子路は手を伸ばして冠を拾い、正しく頭に着けて素速く纓を結んだ。
敵の刃の下で、真っ赤に血を浴びた子路が、最期の力を絞って絶叫する。
原文を見る
敵の刃の下で、真赤に血を浴びた子路が、最期の力を絞って絶叫する。
「見よ。君子は、冠を、正しくかぶって、死ぬものだぞ。」
原文を見る
「見よ! 君子は、冠を、正しゅうして、死ぬものだぞ!」
全身をなますのように切り刻まれて、子路は死んだ。
原文を見る
全身膾のごとくに切り刻まれて、子路は死んだ。
魯にいて、はるかに衛の政変を聞いた孔子は即座に、「柴、つまり子羔は帰って来るだろう。由は死ぬだろう。」
原文を見る
魯に在って遥かに衛の政変を聞いた孔子は即座に、「柴(子羔)や、それ帰らん。由や死なん。」
と言った。
原文を見る
と言った。
果たしてその言葉のとおりになったことを知った時、老いた聖人はしばらく立ち尽くして目を閉じ、やがてはらはらと涙を流した。
原文を見る
果してその言のごとくなったことを知った時、老聖人は佇立瞑目することしばし、やがて潸然として涙下った。
子路の亡骸が塩漬けの肉にされたと聞くや、家じゅうの塩漬け類をことごとく捨てさせ、その後、塩漬けの肉はいっさい食卓に出さなかったということである。
原文を見る
子路の屍が醢にされたと聞くや、家中の塩漬類をことごとく捨てさせ、爾後、醢は一切食膳に上さなかったということである。
(昭和十八年二月)
原文を見る
(昭和十八年二月)