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弟子 現代語訳

中島敦なかじまあつし)・1992

AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-28

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魯の卞の出身で任侠を気取る仲由、字を子路という男が、近ごろ賢者だという評判の高い学者、陬の人・孔丘に恥をかかせてやろうと思い立った。

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べん游侠ゆうきょうの徒、仲由ちゅうゆうあざなは子路という者が、近頃ちかごろ賢者けんじゃうわさも高い学匠がくしょう陬人すうひと孔丘こうきゅうはずかしめてくれようものと思い立った。

にせ賢者などどれほどのものか、というわけで、髪はぼさぼさ、鬢は突っ立ち、冠は垂らしたまま、後ろ裾の短い上着といういでたちで、左手に雄鶏、右手に雄豚をぶら下げ、勢いも荒々しく、孔丘の家を目指して出かける。

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似而非えせ賢者何程なにほどのことやあらんと、蓬頭突鬢ほうとうとつびん垂冠すいかん短後たんこうの衣という服装いでたちで、左手に雄雞おんどり、右手に牡豚おすぶたを引提げ、いきおいもうに、孔丘が家を指して出掛でかける。

鶏を揺すり豚を暴れさせ、その騒々しい鳴き声で、儒家の琴と歌、講義と朗誦の声をかき乱してやろうというのである。

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雞をり豚をふるい、かまびすしい脣吻しんぷんの音をもって、儒家じゅか絃歌講誦げんかこうしょうの声をみだそうというのである。

けたたましい動物の鳴き声とともに、目を怒らせて飛び込んできた青年と、丸い冠に反り返った履物、帯には玦をゆるく下げて脇息にもたれた穏やかな顔の孔子との間に、問答が始まる。

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けたたましい動物のさけびと共にいからしてんで来た青年と、圜冠句履えんかんこうりゆるけつを帯びてった温顔の孔子との間に、問答が始まる。

「お前は何が好きか。」

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なんじ、何をか好む?」

と孔子が聞く。

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と孔子が聞く。

「おれは長剣が好きだ。」

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「我、長剣ちょうけんを好む。」

と青年は得意げに言い放つ。

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と青年は昂然こうぜんとして言い放つ。

孔子は思わずにっこりした。

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孔子は思わずニコリとした。

青年の声や態度の中に、あまりにも子どもっぽい自慢を見たからである。

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青年の声や態度の中に、余りに稚気ちき満々たる誇負こふを見たからである。

血色がよく、眉が太く、目のはっきりした、見るからに精悍そうな青年の顔には、しかしどこか、愛すべき素直さが自然ににじみ出ているように思われる。

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血色のいい・まゆの太い・眼のはっきりした・見るからに精悍せいかんそうな青年の顔には、しかし、どこか、愛すべき素直さがおのずと現れているように思われる。

もう一度孔子が聞く。

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再び孔子が聞く。

「では学問のほうはどうか。」

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「学はすなわちいかん?」

「学問など、何の役に立つものか。」

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「学、あに、益あらんや。」

もともとこれを言うのが目的なのだから、子路は勢い込んで怒鳴るように答える。

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もともとこれを言うのが目的なのだから、子路は勢込んで怒鳴どなるように答える。

学問の権威についてとやかく言われては、微笑んでばかりもいられない。

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学の権威けんいについて云々うんぬんされては微笑わらってばかりもいられない。

孔子は懇々と学問の必要を説き始める。

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孔子は諄々じゅんじゅんとして学の必要を説き始める。

君主であっても諫めてくれる家臣がいなければ正しさを失い、士たる者も忠告してくれる友がいなければ聞き分けを誤る。

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人君じんくんにして諫臣かんしんが無ければせいを失い、士にして教友が無ければちょうを失う。

樹木も墨縄をあてて初めてまっすぐになるではないか。

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なわを受けて始めて直くなるのではないか。

馬に鞭が、弓に矯め木が必要なのと同じように、人間にも、その勝手気ままな性質を矯正する学問が、どうして必要でないことがあろうか。

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馬にむちが、弓にけいが必要なように、人にも、その放恣ほうしな性情をめる教学が、どうして必要でなかろうぞ。

正し、整え、磨いてこそ、ものは初めて役に立つ材料となるのだ。

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ただおさみがいて、始めてものは有用の材となるのだ。

後世に残された語録の字面などからは到底想像もできない、きわめて説得力のある弁舌を孔子は持っていた。

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後世に残された語録の字面じづらなどからは到底とうてい想像も出来ぬ・極めて説得的な弁舌を孔子はっていた。

言葉の内容だけでなく、その穏やかな声や抑揚の中にも、それを語るときのきわめて確信に満ちた態度の中にも、どうしても聞く者を説得せずにはおかないものがある。

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言葉の内容ばかりでなく、そのおだやかな音声・抑揚よくようの中にも、それを語る時の極めて確信にちた態度の中にも、どうしても聴者を説得せずにはおかないものがある。

青年の態度からは次第に反抗の色が消えて、しだいに謹んで聞き入る様子に変わってくる。

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青年の態度からは次第に反抗はんこうの色が消えて、ようやく謹聴きんちょうの様子に変って来る。

「しかし」

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「しかし」

と、それでも子路はまだ逆襲する気力を失わない。

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と、それでも子路はなお逆襲ぎゃくしゅうする気力を失わない。

南山の竹は矯めなくてもひとりでにまっすぐで、切ってそのまま使えば犀の皮の厚いのさえ貫き通すと聞いている。

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南山の竹はめずして自ら直く、ってこれを用うれば犀革さいかくの厚きをも通すと聞いている。

それを思えば、生まれつき優れている者に、何の学ぶ必要があるだろうか。

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して見れば、天性優れたる者にとって、何の学ぶ必要があろうか?

孔子にとって、こんな幼稚なたとえを打ち破ることほどたやすいものはない。

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孔子にとって、こんな幼稚な譬喩ひゆを打破るほどたやすい事はない。

お前の言うその南山の竹に矢羽根をつけ、鏃をつけて研いだなら、ただ犀の皮を貫くどころではあるまいに、と孔子に言われた時、愛すべき単純な若者は返す言葉に詰まった。

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汝のうその南山の竹に矢の羽をつけやじりを付けてこれをみがいたならば、ただに犀革を通すのみではあるまいに、と孔子に言われた時、愛すべき単純な若者は返す言葉にきゅうした。

顔を赤らめ、しばらく孔子の前に突っ立ったまま何か考えている様子だったが、急に鶏と豚とを放り出し、頭を下げて、「謹んで教えをお受けします。」

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顔をあからめ、しばらく孔子の前に突立つったったまま何か考えている様子だったが、急に雞と豚とをほうり出し、頭をれて、「つつしんで教を受けん。」

と降参した。

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と降参した。

単に言葉に詰まったからではない。

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単に言葉に窮したためではない。

実のところ、部屋に入って孔子の姿を見、その最初の一言を聞いた時、すぐに鶏や豚などまるで場違いだと感じ、自分とはあまりにもかけ離れた相手の大きさに圧倒されていたのである。

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実は、室に入って孔子のすがたを見、その最初の一言を聞いた時、直ちに雞豚けいとん場違ばちがいであることを感じ、おのれと余りにも懸絶けんぜつした相手の大きさに圧倒あっとうされていたのである。

その日のうちに、子路は師弟の礼をとって孔子の門に入った。

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即日そくじつ、子路は師弟の礼をって孔子の門に入った。

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このような人間を、子路は見たことがない。

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このような人間を、子路は見たことがない。

千鈞の重さの鼎を持ち上げる力の勇者なら、彼も見たことがある。

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千鈞せんきんかなえを挙げる勇者をかれは見たことがある。

千里の外まで見通す明察の智者の話も聞いたことがある。

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めい千里の外を察する智者ちしゃの話も聞いたことがある。

しかし、孔子にあるものは、決してそんな怪物めいた異常さではない。

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しかし、孔子に在るものは、決してそんな怪物かいぶつめいた異常さではない。

ただ、もっとも常識的な完成に過ぎないのである。

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ただ最も常識的な完成に過ぎないのである。

知・情・意のそれぞれから肉体のさまざまな能力に至るまで、実に平凡に、しかし実に伸び伸びと発達した見事さである。

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知情意のおのおのから肉体的の諸能力に至るまで、実に平凡へいぼんに、しかし実にび伸びと発達した見事さである。

一つ一つの能力の優秀さがまったく目立たないほど、過不足なく釣り合いのとれた豊かさは、子路にとってまさに初めて見るものであった。

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一つ一つの能力の優秀ゆうしゅうさが全然目立たないほど、過不及かふきゅう無く均衡きんこうのとれた豊かさは、子路にとってまさしく初めて見る所のものであった。

のびやかで自在、少しも道学者臭いところがないのに子路は驚く。

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闊達かったつ自在、いささかの道学者しゅうも無いのに子路はおどろく。

この人は苦労人だな、とすぐに子路は感じた。

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この人は苦労人だなとすぐに子路は感じた。

おかしなことに、子路が自慢する武芸や腕力においてさえ、孔子のほうが上なのである。

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可笑おかしいことに、子路のほこる武芸や膂力りょりょくにおいてさえ孔子の方が上なのである。

ただ、それを普段は使わないというだけのことだ。

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ただそれを平生へいぜい用いないだけのことだ。

侠客の子路は、まずこの点で度肝を抜かれた。

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侠者子路はまずこの点で度胆どぎもかれた。

放蕩無頼の暮らしにも覚えがあるのではないかと思われるほど、あらゆる人間に対する鋭い心理的洞察がある。

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放蕩無頼ほうとうぶらいの生活にも経験があるのではないかと思われる位、あらゆる人間へのするどい心理的洞察どうさつがある。

そういう一面がある一方で、きわめて高く汚れのないその理想主義に至るまでの幅の広さを考えると、子路はうーんと心の底からうならずにはいられない。

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そういう一面から、また一方、極めて高くけがれないその理想主義に至るまでのはばの広さを考えると、子路はウーンと心の底からうならずにはいられない。

とにかく、この人はどこへ持って行っても大丈夫な人だ。

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とにかく、この人はどこへ持って行っても大丈夫な人だ。

潔癖な倫理の目から見ても大丈夫だし、もっとも世俗的な意味で言っても大丈夫だ。

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潔癖けっぺき倫理的りんりてきな見方からしても大丈夫だいじょうぶだし、最も世俗的な意味からっても大丈夫だ。

子路がこれまでに会った人間の偉さは、どれもみなその利用価値の中にあった。

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子路が今までに会った人間のえらさは、どれもみなその利用価値の中に在った。

これこれの役に立つから偉い、というだけのことだ。

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これこれの役に立つから偉いというに過ぎない。

孔子の場合はまるで違う。

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孔子の場合は全然違う。

ただそこに孔子という人間が存在する、それだけで十分なのだ。

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ただそこに孔子という人間が存在するというだけで充分じゅうぶんなのだ。

少なくとも子路には、そう思えた。

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少くとも子路には、そう思えた。

彼はすっかり心酔してしまった。

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彼はすっかり心酔しんすいしてしまった。

門に入ってまだ一月も経たないうちに、もはやこの精神的な支柱から離れられない自分を感じていた。

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門に入っていまだ一月ならずして、もはや、この精神的支柱からはなれ得ない自分を感じていた。

後年の孔子の長い放浪の苦しみを通じて、子路ほど喜んで付き従った者はいない。

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後年の孔子の長い放浪ほうろう艱苦かんくを通じて、子路ほど欣然きんぜんとして従った者は無い。

それは、孔子の弟子であることによって仕官の道を求めようというのでもなく、また、おかしなことに、師のそばにいて自分の才能や徳を磨こうというのでさえなかった。

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それは、孔子の弟子たることによって仕官のみちを求めようとするのでもなく、また、滑稽こっけいなことに、師の傍に在って己の才徳を磨こうとするのでさえもなかった。

死ぬまで変わることのなかった、見返りをまるで求めない純粋な敬愛の情だけが、この男を師のそばに引き留めたのである。

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死に至るまでかわらなかった・極端きょくたんに求むる所の無い・純粋じゅんすいな敬愛の情だけが、この男を師の傍に引留めたのである。

かつて長剣を手放せなかったように、子路は今、どうしてもこの人から離れられなくなっていた。

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かつて長剣を手離せなかったように、子路は今は何としてもこの人から離れられなくなっていた。

その頃、四十にして惑わずと言った、その四十歳に孔子はまだ達していなかった。

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その時、四十而不惑しじゅうにしてまどわずといった・その四十さいに孔子はまだ達していなかった。

子路よりわずか九つ年上なだけなのだが、子路はその年齢の差をほとんど無限の隔たりに感じていた。

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子路よりわずか九歳の年長に過ぎないのだが、子路はその年齢ねんれいの差をほとんど無限の距離きょりに感じていた。

孔子は孔子で、この弟子のきわだった手なずけにくさに驚いている。

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孔子は孔子で、この弟子の際立ったらし難さに驚いている。

ただ勇ましさを好むとか、柔弱なものを嫌うとかいうだけならいくらでも同類はいるが、この弟子ほど形というものを軽蔑する男も珍しい。

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単に勇を好むとかじゅうきらうとかいうならばいくらでも類はあるが、この弟子ほどものの形を軽蔑けいべつする男もめずらしい。

究極は精神に帰するとはいえ、礼というものはすべて形から入らなければならないのに、子路という男は、その形から入っていくという筋道をなかなか受けつけないのである。

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究極は精神に帰すると云いじょう、礼なるものはすべて形から入らねばならぬのに、子路という男は、その形からはいって行くという筋道を容易に受けつけないのである。

「礼だ礼だと言うけれども、玉や絹の贈り物のことを言っているのだろうか。楽だ楽だと言うけれども、鐘や太鼓のことを言っているのだろうか。」

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「礼と云い礼と云う。玉帛ぎょくはくを云わんや。がくと云い楽と云う。鐘鼓しょうこを云わんや。」

などと言うと大いに喜んで聞いているが、細かな礼式の規定を説く段になると、急につまらなそうな顔をする。

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などというと大いによろこんで聞いているが、曲礼きょくれいの細則を説く段になるとにわかにまらなさそうな顔をする。

形式主義に対するこの本能的な拒否感と闘いながらこの男に礼楽を教えるのは、孔子にとってもなかなかの難事であった。

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形式主義への・この本能的忌避きひたたかってこの男に礼楽を教えるのは、孔子にとってもなかなかの難事であった。

が、それ以上に、これを習うことが子路にとっての大仕事であった。

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が、それ以上に、これを習うことが子路にとっての難事業であった。

子路が頼りにするのは、孔子という人間の厚みだけである。

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子路がたよるのは孔子という人間の厚みだけである。

その厚みが、日常のこまごまとした振る舞いの積み重ねであるとは、子路には考えられない。

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その厚みが、日常の区々たる細行の集積であるとは、子路には考えられない。

根本があって初めて枝葉が生まれるのだ、と彼は言う。

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もとがあって始めて末が生ずるのだと彼は言う。

しかし、その根本をどうやって養うかについての実際的な配慮が足りないと言って、いつも孔子に叱られるのである。

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しかしそのもとをいかにして養うかについての実際的な考慮こうりょが足りないとて、いつも孔子にしかられるのである。

彼が孔子に心服するのは一つのこと。

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彼が孔子に心服するのは一つのこと。

彼が孔子の感化をすぐに受け入れたかどうかは、また別のことに属する。

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彼が孔子の感化を直ちに受けつけたかどうかは、また別の事に属する。

もっとも賢い者ともっとも愚かな者だけは変えようがないと言った時、孔子は子路のことを考えに入れていなかった。

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上智と下愚かぐは移り難いと言った時、孔子は子路のことを考えに入れていなかった。

欠点だらけではあっても、子路を最低の愚か者だとは孔子も考えない。

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欠点だらけではあっても、子路を下愚とは孔子も考えない。

孔子はこのすばしこく荒々しい弟子の、たぐいまれな美点を誰よりも高く買っている。

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孔子はこの剽悍ひょうかんな弟子の無類の美点をだれよりも高く買っている。

それは、この男の純粋な、損得を計らない心のことだ。

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それはこの男の純粋な没利害性のことだ。

この種の美しさは、この国の人々の間ではあまりにも稀なので、子路のこの傾向は、孔子以外の誰からも徳としては認められない。

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この種の美しさは、この国の人々の間に在っては余りにもまれなので、子路のこの傾向けいこうは、孔子以外の誰からも徳としては認められない。

むしろ一種の不可解な愚かさとして映るだけなのである。

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むしろ一種の不可解なおろかさとして映るに過ぎないのである。

しかし、子路の勇気も政治的な手腕も、この珍しい愚かさに比べればものの数ではないことを、孔子だけはよく知っていた。

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しかし、子路の勇も政治的才幹も、この珍しい愚かさに比べれば、ものの数でないことを、孔子だけは良く知っていた。

師の言葉に従って自分を抑え、とにもかくにも形に従おうとしたのは、親に対する態度においてであった。

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師の言に従っておのれおさえ、とにもかくにもに就こうとしたのは、親に対する態度においてであった。

孔子の門に入って以来、乱暴者の子路が急に親孝行になったというのが親戚中の評判である。

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孔子の門に入って以来、乱暴者の子路が急に親孝行になったという親戚しんせき中の評判である。

褒められて子路は妙な気がした。

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められて子路は変な気がした。

親孝行どころか、嘘ばかりついているような気がして仕方がないからである。

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親孝行どころか、うそばかりついているような気がして仕方が無いからである。

わがままを言って親をてこずらせていた頃のほうが、どう考えても正直だったのだ。

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我儘わがままを云って親を手古摺てこずらせていたころの方が、どう考えても正直だったのだ。

今の自分の偽りに喜ばされている親たちが、少々情けなくも思われる。

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今の自分のいつわりに喜ばされている親達が少々情無くも思われる。

こまかい心理分析家ではないけれども、きわめて正直な人間だったので、こんなことにも気がつくのである。

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こまかい心理分析家ぶんせきかではないけれども、極めて正直な人間だったので、こんな事にも気が付くのである。

ずっと後年になって、ある時突然、親が老いたことに気づき、自分の幼かった頃の両親の元気な姿を思い出したら、急に涙が出てきた。

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ずっと後年になって、ある時突然とつぜん、親の老いたことに気が付き、己の幼かった頃の両親の元気な姿を思出したら、急になみだが出て来た。

その時以来、子路の親孝行はたぐいないほど献身的なものになるのだが、とにかく、それまでの彼の急ごしらえの孝行はこんな具合であった。

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その時以来、子路の親孝行は無類の献身的けんしんてきなものとなるのだが、とにかく、それまでの彼のにわか孝行はこんな工合ぐあいであった。

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ある日、子路が街を歩いていると、かつての友人二、三人に出会った。

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ある日子路が街を歩いて行くと、かつての友人の二三に出会った。

無頼とまでは言えないにしても、気ままで何にもこだわらない任侠の連中である。

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無頼とは云えぬまでも放縦ほうじゅうにしてこだわる所の無い游侠の徒である。

子路は立ち止まってしばらく話した。

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子路は立止ってしばらく話した。

そのうちに彼らの一人が子路の服装をじろじろ見回して、やあ、これが儒者の服という奴か、

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そのうちに彼の一人が子路の服装ふくそうをじろじろ見廻みまわし、やあ、これが儒服というやつか?

ずいぶんみすぼらしい格好だな、と言った。

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 随分ずいぶんみすぼらしいなりだな、と言った。

長剣が恋しくはないかい、とも言った。

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長剣がこいしくはないかい、とも言った。

子路が相手にしないでいると、今度は聞き捨てならないことを言い出した。

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子路が相手にしないでいると、今度は聞捨ききずてのならぬことを言出した。

どうだい。

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どうだい。

あの孔丘という先生は、なかなかの食わせ者だっていうじゃないか。

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あの孔丘という先生はなかなかのわせものだって云うじゃないか。

しかつめらしい顔をして心にもないことをもっともらしく説いていると、ずいぶん甘い汁が吸えるものと見えるなあ。

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しかつめらしい顔をして心にもない事を誠しやかに説いていると、えらくあましるが吸えるものと見えるなあ。

別に悪意があるわけではなく、気安さから出たいつもの毒舌だったが、子路は顔色を変えた。

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別に悪意がある訳ではなく、心安立こころやすだてからのいつもの毒舌だったが、子路は顔色を変えた。

いきなりその男の胸倉をつかみ、右の拳を力いっぱい横っ面に飛ばした。

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いきなりその男の胸倉むなぐらつかみ、右手のこぶしをしたたか横面よこつらに飛ばした。

二つ三つ続けざまに食らわせてから手を離すと、相手はあっけなく倒れた。

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二つ三つ続け様にくらわしてから手を離すと、相手は意気地なくたおれた。

あっけに取られている他の連中にも子路は挑むような目を向けたが、子路の強さを知る彼らは向かってこようともしない。

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呆気あっけに取られている他の連中に向っても子路は挑戦的ちょうせんてきな眼を向けたが、子路の剛勇ごうゆうを知る彼等は向って来ようともしない。

殴られた男を左右から助け起こし、捨てぜりふ一つ残さずにこそこそと立ち去った。

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なぐられた男を左右からたすけ起し、捨台詞すてぜりふ一つ残さずにこそこそと立去った。

いつのまにかこのことが孔子の耳に入ったものと見える。

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いつかこの事が孔子の耳に入ったものと見える。

子路が呼ばれて師の前に出て行った時、直接には触れられないまま、次のようなことを聞かされなければならなかった。

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子路が呼ばれて師の前に出て行った時、直接にはれないながら、次のようなことを聞かされねばならなかった。

昔の君子は、真心を本質とし、思いやりを守りとした。

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いにしえの君子は忠をもって質となし仁をもって衛となした。

よくないことがあれば真心でそれを改めさせ、乱暴を受ければ思いやりで身を固めた。

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不善ある時はすなわち忠をもってこれを化し、侵暴しんぼうある時はすなわち仁をもってこれを固うした。

腕力の必要を認めなかったのは、そのためである。

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腕力わんりょくの必要を見ぬゆえんである。

とかく小人物は傲慢さを勇気と取り違えがちだが、君子の勇気とは正義を立てることを言うのだ、といった話であった。

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とかく小人は不遜ふそんをもって勇と見做みなし勝ちだが、君子の勇とは義を立つることのいいである云々。

神妙に子路は聞いていた。

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神妙に子路は聞いていた。

数日後、子路がまた街を歩いていると、通りの木陰で暇人たちがさかんに議論している声が耳に入った。

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数日後、子路がまた街を歩いていると、往来の木蔭こかげ閑人達かんじんたちさかんに弁じている声が耳に入った。

それがどうやら孔子の噂のようである。――

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それがどうやら孔子の噂のようである。――

昔は、昔は、と何でも古い時代を持ち出しては今をけなす。

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むかし、昔、と何でもいにしえかつぎ出して今をおとす。

誰も昔を見たことがないのだから、何とでも言えるわけさ。

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誰も昔を見たことがないのだから何とでも言える訳さ。

しかし、昔のやり方を杓子定規にそのままなぞって、それでうまく世が治まるくらいなら、誰も苦労はしないよ。

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しかし昔の道を杓子定規しゃくしじょうぎにそのままんで、それでうまく世が治まるくらいなら、誰も苦労はしないよ。

おれたちにとっては、死んだ周公よりも生きている陽虎様のほうが偉いということになるのさ。

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おれ達にとっては、死んだ周公よりも生ける陽虎様ようこさまの方が偉いということになるのさ。

下剋上の世であった。

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下剋上げこくじょうの世であった。

政治の実権が魯侯からその大夫である季孫氏の手に移り、それが今やさらに、季孫氏の家臣である陽虎という野心家の手に移ろうとしている。

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政治の実権が魯侯ろこうからその大夫たる季孫氏きそんしの手に移り、それが今やさらに季孫氏の臣たる陽虎という野心家の手に移ろうとしている。

しゃべっている当人は、あるいは陽虎の身内の者かもしれない。

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しゃべっている当人はあるいは陽虎の身内の者かも知れない。

――ところで、その陽虎様がこの間から孔丘を用いようと何度も迎えを出されたのに、なんと、孔丘のほうからそれを避けているというじゃないか。

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――ところで、その陽虎様がこの間から孔丘を用いようと何度もむかえを出されたのに、何と、孔丘の方からそれをけているというじゃないか。

口では大層なことを言っていても、実際の生きた政治にはまるで自信がないのだろうよ。

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口では大層な事を言っていても、実際の生きた政治にはまるで自信が無いのだろうよ。

ああいう手合いはね。

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あの手合てあいはね。

子路は後ろから人々をかき分けて、つかつかと弁じている男の前に進み出た。

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子路は背後うしろから人々を分けて、つかつかと弁者の前に進み出た。

人々は彼が孔子の門人であることをすぐに見て取った。

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人々は彼が孔門の徒であることをすぐに認めた。

今まで得意げに弁じ立てていた当の老人は、顔色を失い、意味もなく子路の前に頭を下げてから人垣の後ろに身を隠した。

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今まで得々と弁じ立てていた当の老人は、顔色を失い、意味も無く子路の前に頭を下げてから人垣ひとがきの背後に身をかくした。

目を吊り上げた子路の形相が、あまりにすさまじかったのだろう。

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まなじりを決した子路の形相ぎょうそうが余りにすさまじかったのであろう。

その後しばらく、同じようなことがあちこちで起こった。

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その後しばらく、同じような事が処々で起った。

肩をいからせ、らんらんと目を光らせた子路の姿が遠くに見え出すと、人々は孔子をそしる口をつぐむようになった。

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かたいからせ炯々けいけいと眼を光らせた子路の姿が遠くから見え出すと、人々は孔子をそしる口をつぐむようになった。

子路はこのことで何度も師に叱られるが、自分でもどうしようもない。

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子路はこの事で度々師に叱られるが、自分でもどうしようもない。

彼は彼なりに、心の中では言い分がないでもない。

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彼は彼なりに心の中では言分いいぶんが無いでもない。

いわゆる君子というものが、おれと同じ強さの怒りを感じ、それでもなお抑えられるのなら、それは偉い。

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いわゆる君子なるものが俺と同じ強さの忿怒ふんぬを感じてなおかつそれを抑え得るのだったら、そりゃ偉い。

しかし実際は、おれほど強く怒りを感じてはいないのだ。

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しかし、実際は、俺ほど強く怒りを感じやしないんだ。

少なくとも、抑えられる程度にしか感じていないのだ。

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少くとも、抑え得る程度に弱くしか感じていないのだ。

きっと…………。

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きっと…………。

一年ほど経ってから、孔子が苦笑まじりにこう嘆じた。

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一年ほどってから孔子が苦笑と共にたんじた。

由が門に入ってから、自分は悪口を耳にしなくなった、と。

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ゆうが門に入ってから自分は悪言を耳にしなくなったと。

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ある時、子路が一室で瑟を弾いていた。

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ある時、子路が一室でしつしていた。

孔子はそれを別室で聞いていたが、しばらくしてそばにいた冉有に向かって言った。

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孔子はそれを別室で聞いていたが、しばらくしてかたわらなる冉有ぜんゆうに向って言った。

あの瑟の音を聞いてみなさい。

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あの瑟の音を聞くがよい。

荒々しく激しい気が、おのずとみなぎっているではないか。

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暴厲ぼうれいの気がおのずからみなぎっているではないか。

君子の音は、穏やかで柔らかく、行き過ぎのないところに落ち着いて、ものを育てる気を養うものでなければならない。

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君子の音は温柔おんじゅうにしてちゅうにおり、生育の気を養うものでなければならぬ。

昔、舜は五絃の琴を弾いて南風の詩を作った。

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しゅん五絃琴ごげんきんだんじて南風の詩を作った。

南の風がかぐわしく吹けば、それで我が民の怒りを解くことができる。

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南風のくんずるやもって我が民のいかりを解くべし。

南の風が時節にかなって吹けば、それで我が民の暮らしを豊かにすることができる、と。

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南風の時なるやもって我が民の財をおおいにすべしと。

今、由の音を聞くと、まことに殺伐として激しく、南の音ではなく北の声に近いものだ。

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ゆうの音を聞くに、誠に殺伐激越さつばつげきえつ、南音にあらずして北声に類するものだ。

弾く者の、荒れて怠けて気ままな心の有様を、これほどはっきり映し出したものはない。――

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弾者の荒怠暴恣こうたいぼうしの心状をこれほど明らかに映し出したものはない。――

後で冉有が子路のところへ行って、先生の言葉を伝えた。

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後、冉有が子路の所へ行って夫子ふうしの言葉を告げた。

子路はもともと自分に音楽の才が乏しいことを知っている。

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子路は元々自分に楽才のとぼしいことを知っている。

そして、それを自分では耳と手のせいにしていた。

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そして自らそれを耳と手のせいに帰していた。

しかし、それが実はもっと深い精神の持ち方から来ているのだと聞かされた時、彼はぎょっとして恐れた。

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しかし、それが実はもっと深い精神の持ち方から来ているのだと聞かされた時、彼は愕然がくぜんとしておそれた。

大切なのは手の練習ではない。

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大切なのは手の習練ではない。

もっと深く考えなければならない。

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もっと深く考えねばならぬ。

彼は一室に閉じこもり、じっと考え込んだまま食事もとらず、骨と皮ばかりに痩せてしまった。

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彼は一室にこもり、静思してくらわず、もって骨立こつりつするに至った。

数日の後、ようやく分かったと信じて、再び瑟を手に取った。

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数日の後、ようやく思い得たと信じて、再び瑟を執った。

そして、きわめて恐る恐る弾いた。

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そうして、極めておそる恐る弾じた。

その音を漏れ聞いた孔子は、今度は特に何も言わなかった。

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その音をれ聞いた孔子は、今度は別に何も言わなかった。

とがめるような顔つきも見えない。

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とがめるような顔色も見えない。

子貢が子路のところへ行って、そのことを伝えた。

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子貢しこうが子路の所へ行ってそのむねを告げた。

師のとがめがなかったと聞いて、子路は嬉しそうに笑った。

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師の咎が無かったと聞いて子路はうれしげに笑った。

人の良い兄弟子の嬉しそうな笑顔を見て、若い子貢も微笑まずにはいられない。

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人の良い兄弟子の嬉しそうな笑顔えがおを見て、若い子貢も微笑を禁じ得ない。

聡明な子貢はちゃんと知っている。

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聡明そうめいな子貢はちゃんと知っている。

子路の奏でる音が、相変わらず殺伐とした北の声に満ちていることを。

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子路のかなでる音が依然いぜんとして殺伐な北声に満ちていることを。

そして、先生がそれをおとがめにならないのは、痩せ細るまで苦しんで考え込んだ子路の一本気を哀れまれたからにすぎないことを。

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そうして、夫子がそれを咎めたまわぬのは、せ細るまで苦しんで考え込んだ子路の一本気をあわれまれたために過ぎないことを。

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弟子の中で、子路ほど孔子に叱られる者はいない。

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弟子の中で、子路ほど孔子に叱られる者は無い。

子路ほど遠慮なく師に問い返す者もいない。

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子路ほど遠慮えんりょなく師に反問する者もない。

「お尋ねします。昔のやり方は捨てて、この由の思うとおりにやってみたいのですが、それでよろしいでしょうか。」

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う。古の道をててゆうの意を行わん。可ならんか。」

などと、叱られるに決まっていることを聞いてみたり、孔子に面と向かってずけずけと「そんなことをおっしゃるのですか。先生の世間離れしていることといったら。」

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などと、叱られるに決っていることを聞いてみたり、孔子に面と向ってずけずけと「これあるかな。子のなるや!」

などと言ってのける人間は、他に誰もいない。

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などと言ってのける人間は他に誰もいない。

それでいて、また、子路ほど全身で孔子に寄りかかっている者もいないのである。

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それでいて、また、子路ほど全身的に孔子にり掛かっている者もないのである。

どんどん問い返すのは、心から納得できないものをうわべだけ受け入れることのできない性分だからだ。

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どしどし問返すのは、心から納得なっとく出来ないものを表面うわべだけうべなうことの出来ぬ性分だからだ。

また、他の弟子たちのように、笑われまい叱られまいと気を遣わないからである。

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また、他の弟子達のように、わらわれまい叱られまいと気をつかわないからである。

子路が他の場所ではどこまでも人の風下に立つのをよしとしない独立不羈の男であり、一度引き受けたことは必ず守る快男児であるだけに、平凡な弟子そのものの顔で孔子の前にかしこまっている姿は、人々に確かに奇異な感じを与えた。

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子路が他の所ではあくまで人の下風に立つを潔しとしない独立不羈ふきの男であり、一諾千金いちだくせんきんの快男児であるだけに、碌々ろくろくたる凡弟子然ぼんていしぜんとして孔子の前にはんべっている姿は、人々に確かに奇異きいな感じをあたえた。

事実、彼には、孔子の前にいる時だけは複雑な思索も重要な判断もいっさい師に任せてしまって、自分は安心しきっているような、おかしな傾向もないではない。

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事実、彼には、孔子の前にいる時だけは複雑な思索しさくや重要な判断は一切いっさい師に任せてしまって自分は安心しきっているような滑稽こっけいな傾向も無いではない。

母親の前では自分にできることまでしてもらっている幼児と、同じような具合である。

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母親の前では自分に出来る事までも、してもらっている幼児と同じような工合である。

下がってから考えてみて、自分でも苦笑することがあるくらいだ。

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退いて考えてみて、自ら苦笑することがある位だ。

だが、これほどの師にもなお触れることを許さない胸の奥の場所がある。

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だが、これほどの師にもなお触れることを許さぬ胸中の奥所がある。

ここだけは譲れないという、ぎりぎりの一点が。

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ここばかりはゆずれないというぎりぎり結著の所が。

つまり、子路にとって、この世に一つだけ大事なものがある。

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すなわち、子路にとって、この世に一つの大事なものがある。

そのものの前では生き死にさえ論じるに足りず、まして、ちっぽけな利害などは問題にもならない。

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そのものの前には死生も論ずるに足りず、いわんや、区々たる利害のごとき、問題にはならない。

侠と言えば、やや軽すぎる。

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侠といえばやや軽すぎる。

信と言い義と言うと、どうも道学者めいていて、自由に躍動する気に欠ける恨みがある。

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信といい義というと、どうも道学者流で自由な躍動やくどうの気に欠けるうらみがある。

そんな名前はどうでもいい。

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そんな名前はどうでもいい。

子路にとって、それは快感の一種のようなものである。

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子路にとって、それは快感の一種のようなものである。

とにかく、それが感じられるものが善いことであり、それの伴わないものが悪いことだ。

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とにかく、それの感じられるものが善きことであり、それのともなわないものがしきことだ。

きわめてはっきりしていて、いまだかつてこれに疑いを感じたことがない。

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極めてはっきりしていて、いまだかつてこれに疑を感じたことがない。

孔子の言う仁とはかなり隔たりがあるのだが、子路は師の教えの中から、この単純な倫理観を補強してくれるものばかりを選んで取り入れる。

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孔子の云う仁とはかなり開きがあるのだが、子路は師の教の中から、この単純な倫理観を補強するようなものばかりを選んでり入れる。

言葉を飾り顔つきを取り繕って度を越してへつらうこと、恨みを隠したままその人と友だちづきあいをすること、それをこの丘は恥じる、とか、生き延びたいばかりに仁を損なうことはせず、身を捨ててでも仁を成し遂げることはある、とか、志の大きい者は進んで事を取り、節を守る者は決してしないことを持っている、とかいうのが、それだ。

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巧言令色足恭コウゲンレイショクスウキョウウラミカクシテノ人ヲ友トスルハ、丘コレヅ とか、生ヲ求メテモッテ仁ヲ害スルナク身ヲ殺シテ以テ仁ヲ成スアリ とか、狂者ハ進ンデ取リ狷者ケンジャサザル所アリ とかいうのが、それだ。

孔子も初めはこの角を矯めようとしないでもなかったが、後には諦めてやめてしまった。

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孔子も初めはこのつのめようとしないではなかったが、後にはあきらめてめてしまった。

とにかく、これはこれで一匹の見事な牛には違いないのだから。

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とにかく、これはこれで一ぴきの見事な牛には違いないのだから。

鞭を必要とする弟子もあれば、手綱を必要とする弟子もある。

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むちを必要とする弟子もあれば、手綱たづなを必要とする弟子もある。

生半可な手綱では抑えられそうもない子路の性格上の欠点が、実は同時に、かえって大いに役立つものであることを知って、子路には大まかな方向の指示さえ与えればよいのだと考えていた。

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容易な手綱では抑えられそうもない子路の性格的欠点が、実は同時にかえって大いに用うるに足るものであることを知り、子路には大体の方向の指示さえ与えればよいのだと考えていた。

うやうやしくても礼にかなっていなければ野暮といい、勇ましくても礼にかなっていなければ乱暴という、とか、信義を好んでも学問を好まなければその弊害は人を損なうことになり、まっすぐを好んでも学問を好まなければその弊害は角が立ちすぎることになる、とかいうのも、結局は、個人としての子路に向けてよりも、いわば塾頭格としての子路に向けての小言である場合が多かった。

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敬ニシテ礼ニ中ラザルヲ野トイヒ、勇ニシテ礼ニ中ラザルヲ逆トイフ とか、信ヲ好ンデ学ヲ好マザレバソノヘイゾク、直ヲ好ンデ学ヲ好マザレバソノ蔽ヤカウ などというのも、結局は、個人としての子路に対してよりも、いわば塾頭格じゅくとうかくとしての子路に向っての叱言こごとである場合が多かった。

子路という特殊な個人にあってはかえって魅力になり得るものが、他の門人一般にとってはたいてい害になることが多いからである。

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子路という特殊な個人に在ってはかえって魅力みりょくとなり得るものが、他の門生一般いっぱんについてはおおむね害となることが多いからである。

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晋の魏楡の地で石がものを言ったという。

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しん魏楡きゆの地で石がものを言ったという。

民の恨みの声が石を借りて発せられたのだろうと、ある賢者が解釈した。

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民の怨嗟えんさの声が石を仮りて発したのであろうと、ある賢者が解した。

すでに衰えきった周の王室は、さらに二つに分かれて争っている。

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すで衰微すいびした周室は更に二つに分れて争っている。

十を超える大国がそれぞれ手を結んでは戦い合い、戦のやむ時がない。

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十に余る大国はそれぞれ相結び相闘って干戈かんかの止む時が無い。

斉侯の一人は臣下の妻と通じ、夜ごとその屋敷に忍んで来るうちに、ついにその夫に殺されてしまう。

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斉侯せいこうの一人は臣下の妻に通じて夜ごとそのやしきしのんで来る中についにその夫にしいせられてしまう。

楚では王族の一人が病床にある王の首を絞めて位を奪う。

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では王族の一人が病臥びょうが中の王のくびをしめて位をうばう。

呉では足首を切り取られた罪人たちが王を襲い、晋では二人の臣が互いに妻を交換し合う。

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では足頸を斬取きりとられた罪人共が王をおそい、晋では二人の臣がたがいに妻を交換こうかんし合う。

そのような世の中であった。

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このような世の中であった。

魯の昭公は上卿の季平子を討とうとして、かえって国を追われ、亡命七年にして他国で行き詰まって死ぬ。

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魯の昭公は上卿じょうけい季平子きへいしを討とうとしてかえって国をわれ、亡命七年にして他国で窮死きゅうしする。

亡命中に帰国の話がまとまりかかっても、昭公に従った臣下たちが帰国後の自分の身を案じ、公を引き留めて帰らせない。

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亡命中帰国の話がととのいかかっても、昭公に従った臣下共が帰国後のおのれの運命を案じ公を引留めて帰らせない。

魯の国は季孫・叔孫・孟孫の三氏の天下から、さらに季氏の家老である陽虎の思うままの手に操られていく。

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魯の国は季孫・叔孫しゅくそん孟孫もうそん三氏の天下から、更に季氏のさい・陽虎のほしいままな手に操られて行く。

ところが、その策士の陽虎が結局自分の策で倒れて失脚してから、急にこの国の政界の風向きが変わった。

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ところが、その策士陽虎が結局己の策に倒れて失脚しっきゃくしてから、急にこの国の政界の風向きが変った。

思いがけず、孔子が中都の長官として登用されることになる。

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思いがけなく孔子が中都の宰として用いられることになる。

公平無私な役人や、むごい取り立てをしない政治家など皆無だった当時のことだから、孔子の公正な方針と行き届いた計画とは、ごく短い間に驚くほどの成果を挙げた。

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公平無私な官吏かんり苛斂誅求かれんちゅうきゅうを事とせぬ政治家の皆無かいむだった当時のこととて、孔子の公正な方針と周到な計画とはごく短い期間に驚異的きょういてきな治績を挙げた。

すっかり驚嘆した主君の定公が尋ねた。

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すっかり驚嘆きょうたんした主君の定公が問うた。

そなたが中都を治めたそのやり方で魯の国全体を治めたら、どうなるであろうか。

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汝の中都を治めし所の法をもって魯国を治むればすなわちいかん?

孔子が答えて言う。

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 孔子が答えて言う。

どうして魯の国だけにとどまりましょうか。

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何ぞただ魯国のみならんや。

天下を治めることさえできましょう。

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天下を治むるといえども可ならんか。

だいたいほら話とは縁の遠い孔子が、たいそうつつましい調子で、澄ました顔でこんな大言を吐いたので、定公はますます驚いた。

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およそ法螺ほらとはえんの遠い孔子がすこぶるうやうやしい調子でましてこうした壮語をろうしたので、定公はますます驚いた。

彼はただちに孔子を司空に取り立て、続いて大司寇に進めて、宰相の職務も兼ねさせた。

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彼は直ちに孔子を司空に挙げ、続いて大司寇だいしこうに進めて宰相さいしょうの事をもらせた。

孔子の推薦で、子路は魯の国の内閣書記官長とでも言うべき季氏の家老となる。

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孔子の推挙で子路は魯国の内閣書記官長とも言うべき季氏の宰となる。

孔子の内政改革案の実行者として真っ先に動いたことは言うまでもない。

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孔子の内政改革案の実行者として真先まっさきに活動したことは言うまでもない。

孔子の政策の第一は中央集権、すなわち魯侯の権力強化である。

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孔子の政策の第一は中央集権すなわち魯侯の権力強化である。

そのためには、現在魯侯よりも力を持っている季・叔・孟の三桓の勢力を削がなければならない。

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このためには、現在魯侯よりも勢力をつ季・叔・孟・三かんの力をがねばならぬ。

三氏の私有の城で百雉(厚さ三丈、高さ一丈)を超えるものに、郈・費・成の三つの地がある。

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三氏の私城にして百雉ひゃくち(厚さ三じょう、高さ一丈)をえるものにこうせいの三地がある。

まずこれらを取り壊すことに孔子は決め、その実行に直接当たったのが子路であった。

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まずこれ等をこぼつことに孔子は決め、その実行に直接当ったのが子路であった。

自分の仕事の結果がすぐにはっきりと現れてくる、しかもこれまでの経験にはなかったほどの大きな規模で現れてくることは、子路のような人間にとって確かに愉快に違いなかった。

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自分の仕事の結果がすぐにはっきりと現れて来る、しかも今までの経験には無かったほどの大きい規模で現れて来ることは、子路のような人間にとって確かに愉快ゆかいに違いなかった。

特に、古い政治家たちが張りめぐらした腹黒い組織や慣習を一つ一つ打ち砕いていくことは、子路に、これまで知らなかった一種の生きがいを感じさせる。

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ことに、既成きせい政治家の張りめぐらした奸悪かんあくな組織や習慣を一つ一つ破砕はさいして行くことは、子路に、今まで知らなかった一種の生甲斐いきがいを感じさせる。

長年の抱負の実現に生き生きと忙しそうにしている孔子の顔を見るのも、やはり嬉しい。

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多年の抱負ほうふの実現に生々いきいきいそがしげな孔子の顔を見るのも、さすがにうれしい。

孔子の目にも、弟子の一人としてではなく、一個の実行力ある政治家としての子路の姿が頼もしいものに映った。

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孔子の目にも、弟子の一人としてではなく一個の実行力ある政治家としての子路の姿がたのもしいものに映った。

費の城を壊しにかかった時、それに反抗して公山不狃という者が費の人々を率いて魯の都を襲った。

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費の城をこわしに掛かった時、それに反抗して公山不狃こうざんふちゅうという者が費人を率い魯の都を襲うた。

武子台に難を避けた定公の身辺にまで反乱軍の矢が届くほど、一時は危うかったが、孔子の的確な判断と指揮とによって、かろうじて事なきを得た。

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武子台に難を避けた定公の身辺にまで叛軍はんぐんの矢がおよぶほど、一時は危かったが、孔子の適切な判断と指揮とによってわずかに事無きを得た。

子路はまた改めて師の実務家としての手腕に感服する。

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子路はまた改めて師の実際家的手腕しゅわんに敬服する。

孔子の政治家としての手腕はよく知っているし、その個人的な腕力の強さも知ってはいたが、実際の戦闘に際してこれほど鮮やかな指揮ぶりを見せようとは思いがけなかったのである。

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孔子の政治家としての手腕は良く知っているし、またその個人的な膂力の強さも知ってはいたが、実際の戦闘に際してこれほどのあざやかな指揮ぶりを見せようとは思いがけなかったのである。

もちろん、子路自身もこの時は真っ先に立って奮い戦った。

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もちろん、子路自身もこの時は真先に立って奮い戦った。

久しぶりに振るう長剣の味も、まんざら捨てたものではない。

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久しぶりにふるう長剣の味も、まんざらてたものではない。

とにかく、経書の字句をほじくったり昔の礼儀作法を習ったりするよりも、荒々しい現実と正面から取っ組み合って生きていく方が、この男の性に合っているようである。

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とにかく、経書の字句をほじくったり古礼を習うたりするよりも、あらい現実の面と取組み合って生きて行く方が、この男の性に合っているようである。

斉との屈辱的な和平のために、定公が孔子を従えて斉の景公と夾谷の地で会見したことがある。

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斉との間の屈辱的くつじょくてき媾和こうわのために、定公が孔子をしたがえて斉の景公と夾谷きょうこくの地に会したことがある。

その時、孔子は斉の無礼をとがめて、景公をはじめ居並ぶ重臣たちを頭ごなしに叱りつけた。

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その時孔子は斉の無礼をとがめて、景公始め群卿諸大夫を頭ごなしに叱咤しったした。

戦勝国であるはずの斉の君臣一同がことごとく震え上がったと伝えられている。

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戦勝国たるはずの斉の君臣一同ことごとくふるえ上ったとある。

子路に心からの快哉を叫ばせるには十分な出来事だったが、この時以来、強国の斉は、隣国の宰相としての孔子の存在に、あるいは孔子の政治のもとで充実していく魯の国力に、恐れを抱き始めた。

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子路をして心からの快哉かいさいを叫ばしめるに充分な出来事ではあったが、この時以来、強国斉は、隣国りんこくの宰相としての孔子の存在に、あるいは孔子の施政しせいもとに充実して行く魯の国力に、おそれいだき始めた。

苦心の末、いかにも古代中国らしい苦肉の策が採られた。

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苦心の結果、誠にいかにも古代支那しな式な苦肉の策が採られた。

つまり、斉から魯へ、歌と舞に長けた美女の一団を贈ったのである。

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すなわち、斉から魯へおくるに、歌舞かぶに長じた美女の一団をもってしたのである。

こうして魯侯の心をとろけさせ、定公と孔子との間を裂こうとしたのだ。

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こうして魯侯の心をとろかし定公と孔子との間を離間りかんしようとしたのだ。

ところで、さらに古代中国らしいのは、この幼稚な策が、魯の国内の反孔子派の動きと相まって、あまりにも早く効き目を現したことである。

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ところで、更に古代支那式なのは、この幼稚な策が、魯国内反孔子派の策動とあいって、余りにも速く効を奏したことである。

魯侯は美女たちの歌舞に溺れて、もう朝廷に出てこなくなった。

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魯侯は女楽にふけってもはやちょうに出なくなった。

季桓子以下の大官連中もこれをまねし出す。

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季桓子きかんし以下の大官連もこれにならい出す。

子路は真っ先に憤慨してぶつかり、官職を辞した。

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子路は真先に憤慨ふんがいして衝突しょうとつし、官を辞した。

孔子は子路ほど早くは見切りをつけず、なお尽くせるだけの手を尽くそうとする。

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孔子は子路ほど早く見切をつけず、なおくせるだけの手段を尽くそうとする。

子路は孔子に早く辞めてもらいたくて仕方がない。

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子路は孔子に早くめてもらいたくて仕方が無い。

師が臣下としての節操を汚すのを恐れるのではなく、ただこのみだらな雰囲気の中に師を置いて眺めるのが我慢ならないのである。

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師が臣節をけがすのを懼れるのではなく、ただこのみだらな雰囲気ふんいきの中に師を置いてながめるのがたまらないのである。

孔子の粘り強さもついに諦めざるを得なくなった時、子路はほっとした。

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孔子のねばり強さもついに諦めねばならなくなった時、子路はほっとした。

そうして、師に従って喜んで魯の国を立ち退いた。

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そうして、師に従ってよろこんで魯の国を立退たちのいた。

作曲家でもあり作詞家でもあった孔子は、しだいに遠ざかっていく都を振り返りながら、歌う。

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作曲家でもあり作詞家でもあった孔子は、次第に遠離とおざかり行く都城をかえりみながら、歌う。

あの美しい女たちの口先には、君子とても逃げ出すよりほかない。

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かの美婦の口には君子ももって出走すべし。

あの美しい女たちの取りなしには、君子とても身を滅ぼすよりほかない。…………

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かの美婦のえつには君子ももって死敗すべし。…………

こうして、その後長年にわたる孔子の遍歴が始まる。

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かくて、爾後じご永年にわたる孔子の遍歴へんれきが始まる。

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大きな疑問が一つある。

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大きな疑問が一つある。

子供の時からの疑問なのだが、大人になっても老人になりかかっても、いまだに納得できないことに変わりはない。

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子供の時からの疑問なのだが、成人になっても老人になりかかってもいまだに納得できないことに変りはない。

それは、誰もがまるで不思議に思おうとしない事柄だ。

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それは、誰もが一向にあやしもうとしない事柄ことがらだ。

悪が栄えて正しいものが虐げられるという、ありきたりの事実についてである。

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じゃが栄えて正がしいたげられるという・ありきたりの事実についてである。

この事実にぶつかるたびに、子路は心からの憤りと嘆きを発しないではいられない。

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この事実にぶつかるごとに、子路は心からの悲憤ひふんを発しないではいられない。

なぜだ?

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なぜだ?

なぜそうなのだ?

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 なぜそうなのだ?

悪は一時栄えても結局はその報いを受けると人は言う。

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 悪は一時栄えても結局はそのむくいを受けると人は云う。

なるほど、そういう例もあるかもしれない。

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なるほどそういう例もあるかも知れぬ。

しかし、それも人間というものが結局は破滅に終わるという、ありふれた場合の一例にすぎないのではないか。

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しかし、それも人間というものが結局は破滅はめつに終るという一般的な場合の一例なのではないか。

善人が最後の勝利を得たなどという例は、遠い昔のことは知らないが、今の世ではほとんど聞いたことさえない。

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善人が究極の勝利を得たなどというためしは、遠い昔は知らず、今の世ではほとんど聞いたことさえ無い。

なぜだ?

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なぜだ?

なぜだ?

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 なぜだ?

大きな子供である子路にとって、これだけはいくら憤慨しても憤慨し足りないのだ。

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 大きな子供・子路にとって、こればかりは幾ら憤慨しても憤慨し足りないのだ。

彼は地団駄を踏む思いで、天とは何だと考える。

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彼は地団駄じだんだむ思いで、天とは何だと考える。

天は何を見ているのだ。

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天は何を見ているのだ。

そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗しないではいられない。

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そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗はんこうしないではいられない。

天は人間と獣との間に区別を設けないのと同じく、善と悪との間にも差別を立てないのか。

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天は人間とけものとの間に区別を設けないと同じく、善と悪との間にも差別を立てないのか。

正しいとか邪だとかは、結局のところ人間どうしの間だけの仮の取り決めにすぎないのか?

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正とか邪とかは畢竟ひっきょう人間の間だけの仮の取決とりきめに過ぎないのか?

子路がこの問題で孔子のところへ聞きに行くと、いつも決まって、人間の幸福というものの本当のあり方について説き聞かされるだけだ。

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 子路がこの問題で孔子の所へ聞きに行くと、いつも決って、人間の幸福というものの真の在り方について説き聞かせられるだけだ。

善を行うことの報いは、では結局、善を行ったという満足のほかにはないのか?

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善をなすことのむくいは、では結局、善をなしたという満足の外には無いのか?

師の前ではひとまず納得したような気になるのだが、さて下がって一人になって考えてみると、やはりどうしてもすっきりしないところが残る。

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 師の前では一応納得したような気になるのだが、さて退いて独りになって考えてみると、やはりどうしても釈然としない所が残る。

そんな、無理に解釈してみたあげくの幸福などでは承知できない。

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そんな無理に解釈してみたあげくの幸福なんかでは承知出来ない。

誰が見ても文句のない、はっきりした形の報いが正しい人の上に来るのでなくては、どうしても納得がいかないのである。

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誰が見ても文句の無い・はっきりした形の善報が義人の上に来るのでなくては、どうしても面白くないのである。

天についてのこの不満を、彼は何よりも師の運命について感じる。

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天についてのこの不満を、彼は何よりも師の運命について感じる。

ほとんど人間とは思えないこの大きな才能、大きな徳が、なぜこんな不遇に甘んじなければならないのか。

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ほとんど人間とは思えないこの大才、大徳が、なぜこうした不遇ふぐうに甘んじなければならぬのか。

家庭にも恵まれず、年老いてから放浪の旅に出なければならないような不運が、どうしてこの人を待ち受けなければならないのか。

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家庭的にもめぐまれず、年老いてから放浪の旅に出なければならぬような不運が、どうしてこの人を待たねばならぬのか。

ある夜、「鳳凰も飛んで来ない。黄河から図も現れない。もうおしまいだ。」

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一夜、「鳳鳥ほうちょう至らず。河、を出さず。んぬるかな。」

と孔子が独り言をつぶやくのを聞いた時、子路は思わず涙があふれてくるのを抑えられなかった。

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と独言に孔子がつぶやくのを聞いた時、子路は思わずなみだあふれて来るのを禁じ得なかった。

孔子が嘆いたのは天下の民のためだったが、子路が泣いたのは天下のためではなく孔子一人のためである。

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孔子が嘆じたのは天下蒼生そうせいのためだったが、子路の泣いたのは天下のためではなく孔子一人のためである。

この人と、この人をいつまでも待たせている時代とを見て泣いた時から、子路の心は決まっている。

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この人と、この人をつ時世とを見て泣いた時から、子路の心は決っている。

濁った世のあらゆる侵害からこの人を守る楯となること。

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濁世だくせのあるゆる侵害しんがいからこの人を守るたてとなること。

精神の上では導かれ守られる代わりに、世俗の面倒や汚れをいっさい自分の身に引き受けること。

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精神的には導かれ守られる代りに、世俗的な煩労はんろう汚辱おじょくを一切おのが身に引受けること。

出過ぎたことではあるが、これが自分の務めだと思う。

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僭越せんえつながらこれが自分のつとめだと思う。

学問も才能も、自分は後から入ってきた才人たちに劣るかもしれない。

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学も才も自分は後学の諸才人におとるかも知れぬ。

しかし、いざという時に真っ先に先生のために命を投げ出して惜しまないのは誰よりも自分だと、彼は自分で深く信じていた。

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しかし、いったん事ある場合真先に夫子のために生命をなげうって顧みぬのは誰よりも自分だと、彼は自ら深く信じていた。

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「ここに美しい玉があります。箱にしまって隠しておきましょうか。それとも、よい買い手を探して売りましょうか。」

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「ここに美玉あり。ひつおさめてかくさんか。善賈ぜんかを求めてらんか。」

と子貢が言った時、孔子は即座に、「売るとも。売るとも。私は買い手を待っている者だ。」

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と子貢が言った時、孔子は即座そくざに、「これを沽らんかな。これを沽らん哉。我はあたいを待つものなり。」

と答えた。

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と答えた。

そういうつもりで孔子は天下を巡る旅に出たのである。

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そういうつもりで孔子は天下周遊の旅に出たのである。

従った弟子たちも大部分はもちろん売れたいのだが、子路は必ずしも売れようとは思わない。

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随った弟子達も大部分はもちろん沽りたいのだが、子路は必ずしも沽ろうとは思わない。

権力の座にあって信じるところをやり抜く快さは、すでにこの前の経験で知ってはいるが、それには孔子を上にいただくといった特別な条件が絶対に必要である。

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権力の地位に在って所信を断行する快さは既に先頃の経験で知ってはいるが、それには孔子を上にいただくといった風な特別な条件が絶対に必要である。

それができないなら、むしろ、「粗末な衣を着ながら、懐に玉を抱く」

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それが出来ないなら、むしろ、「かつ粗衣そい)をて玉をいだく」

という生き方が好ましい。

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という生き方が好ましい。

生涯を孔子の番犬として終わろうとも、少しの悔いもない。

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生涯しょうがい孔子の番犬に終ろうとも、いささかのくいも無い。

世俗的な見栄がないわけではないが、なまじいな仕官はかえって自分の本領である大らかさや闊達さを損なうものだと思っている。

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世俗的な虚栄心きょえいしんが無い訳ではないが、なまじいの仕官はかえっておのれの本領たる磊落らいらく闊達を害するものだと思っている。

さまざまな連中が孔子に従って歩いた。

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様々な連中が孔子に従って歩いた。

てきぱきした実務家の冉有。

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てきぱきした実務家の冉有ぜんゆう

温厚な人格者の閔子騫。

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温厚の長者閔子騫びんしけん

細かい詮索が好きな故実の物知り、子夏。

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穿鑿せんさく好きな故実家の子夏しか

いささか屁理屈屋で人生を楽しむ質の宰予。

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いささか詭弁派的きべんはてき享受家きょうじゅか宰予さいよ

気骨が角ばって世を憤る公良孺。

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気骨きこつ稜々りょうりょうたる慷慨家こうがいか公良孺こうりょうじゅ

身の丈九尺六寸といわれる大男の孔子の半分ほどしかない、背の低い愚直者の子羔。

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身長みのたけ九尺六寸といわれる長人孔子の半分位しかない短矮たんわい愚直者ぐちょくしゃ子羔しこう

年齢から言っても貫禄から言っても、もちろん子路が彼らのまとめ役である。

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年齢から云っても貫禄かんろくから云っても、もちろん子路が彼等の宰領格さいりょうかくである。

子路より二十二歳も年下ではあったが、子貢という青年はまことに際立った才人である。

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子路より二十二歳も年下ではあったが、子貢という青年は誠に際立った才人である。

孔子がいつも口を極めてほめる顔回よりも、むしろ子貢の方を子路は推したい気持ちであった。

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孔子がいつも口を極めてめる顔回がんかいよりも、むしろ子貢の方を子路は推したい気持であった。

孔子からその強靱な生活力と、それに政治的な力とを抜き去ったような顔回という若者を、子路はあまり好まない。

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孔子からその強靱きょうじんな生活力と、またその政治性とを抜き去ったような顔回という若者を、子路は余り好まない。

それは決して嫉妬ではない。

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それは決して嫉妬しっとではない。

(子貢や子張のような連中は、顔淵に対する師の桁外れな入れ込みように、どうしてもこの感情を抑えられないらしいが。)

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子貢しこう子張輩しちょうはいは、顔淵がんえんに対する・師の桁外けたはずれの打込み方に、どうしてもこの感情を禁じ得ないらしいが。)

子路は年齢が違いすぎてもいるし、それにもともとそんなことにこだわらない性分でもあったから。

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子路は年齢が違い過ぎてもいるし、それに元来そんな事にこだわらぬたちでもあったから。

ただ、彼には顔淵の受け身でしなやかな才能の良さがまるで呑み込めないのである。

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ただ、彼には顔淵の受動的な柔軟じゅうなんな才能の良さが全然み込めないのである。

第一、どこか生命力の欠けているところが気に入らない。

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第一、どこかヴァイタルな力の欠けている所が気に入らない。

その点、多少軽薄ではあっても常に才気と活力に満ちている子貢の方が、子路の性質には合うのだろう。

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そこへ行くと、多少軽薄けいはくではあっても常に才気と活力とに充ちている子貢の方が、子路の性質には合うのであろう。

この若者の頭の鋭さに驚かされるのは子路ばかりではない。

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この若者の頭の鋭さに驚かされるのは子路ばかりではない。

頭に比べてまだ人間ができていないことは誰の目にもつくところだが、しかし、それは年齢というものだ。

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頭に比べてまだ人間の出来ていないことは誰にも気付かれる所だが、しかし、それは年齢というものだ。

あまりの軽薄さに腹を立てて一喝を食らわせることもあるが、だいたいにおいて、若い者はあなどれないという感じを子路はこの青年に対して抱いている。

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余りの軽薄さに腹を立てて一喝いっかつを喰わせることもあるが、大体において、後世おそるべしという感じを子路はこの青年に対して抱いている。

ある時、子貢が二、三人の仲間に向かって次のような意味のことを述べた。――

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ある時、子貢が二三の朋輩ほうばいに向って次のような意味のことを述べた。――

先生は口のうまさを嫌われるというが、しかし先生自身、話がうますぎると思う。

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夫子は巧弁をむといわれるが、しかし夫子自身弁が巧過うますぎると思う。

これは警戒がいる。

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これは警戒けいかいを要する。

宰予などのうまさとは、まるで違う。

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宰予などの巧さとは、まるで違う。

宰予の弁舌などは、うまさが目立ちすぎるから、聞く者に楽しみは与えられても、信頼は与えられない。

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宰予の弁のごときは、巧さが目に立ち過ぎる故、聴者に楽しみは与え得ても、信頼しんらいは与え得ない。

それだけにかえって安全と言える。

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それだけにかえって安全といえる。

先生のはまったく違う。

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夫子のは全く違う。

流暢さの代わりに、絶対に人に疑いを抱かせない重みを備え、冗談の代わりに、含みに富んだたとえを持つその話しぶりは、誰であっても逆らうことのできないものだ。

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流暢りゅうちょうさの代りに、絶対に人に疑をいだかせぬ重厚さを備え、諧謔かいぎゃくの代りに、含蓄がんちくに富む譬喩ひゆつその弁は、何人なんぴとといえども逆らうことの出来ぬものだ。

もちろん、先生のおっしゃるところは九分九厘まで常に間違いのない真理だと思う。

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もちろん、夫子の云われる所は九りんまで常にあやまり無き真理だと思う。

また先生の行われるところは九分九厘まで我々の誰もが手本とすべきものだ。

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また夫子の行われる所は九分九厘まで我々の誰もが取ってもってはんとすべきものだ。

にもかかわらず、残りの一厘、つまり絶対に人に信頼を起こさせる先生の弁舌のうちのわずか百分の一が、時に、先生の性格の、しかもその性格の中でも絶対普遍の真理とは必ずしも一致しないごく小さな部分の、弁明に使われる恐れがある。

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にもかかわらず、残りの一厘――絶対に人に信頼を起させる夫子の弁舌の中の・わずか百分の一が、時に、夫子の性格の(その性格の中の・絶対普遍的ふへんてきな真理と必ずしも一致いっちしない極少部分の)弁明に用いられるおそれがある。

警戒がいるのはここだ。

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警戒を要するのはここだ。

これはあるいは、あまりに先生に親しみすぎ、なれすぎたための欲が言わせることかもしれない。

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これはあるいは、余り夫子に親しみ過ぎれ過ぎたためのよくの云わせることかも知れぬ。

実際、後の世の者が先生を聖人と崇めたところで、それは当然すぎるほど当然なことだ。

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実際、後世の者が夫子をもって聖人とあがめた所で、それは当然過ぎる位当然なことだ。

先生ほど完全に近い人を自分は見たことがないし、また将来もこういう人はそう現れるものではないだろうから。

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夫子ほど完全に近い人を自分は見たことがないし、また将来もこういう人はそう現れるものではなかろうから。

ただ自分の言いたいのは、その先生にしてなお、こういうごく小さな、しかし警戒すべき点を残すものだということだ。

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ただ自分の言いたいのは、その夫子にしてなおかつかかる微小ではあるが・警戒すべき点を残すものだという事だ。

顔回のような、先生と似通った肌合いの男にとっては、自分の感じるような不満は少しも感じられないに違いない。

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顔回のような夫子と似通った肌合はだあいの男にとっては、自分の感じるような不満は少しも感じられないに違いない。

先生がたびたび顔回をほめられるのも、結局はこの肌合いのせいではないのか。…………

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夫子がしばしば顔回をめられるのも、結局はこの肌合のせいではないのか。…………

青二才の分際で師を批評するなどおこがましいと腹が立ち、また、これを言わせているのは結局のところ顔淵への嫉妬だとは知りながら、それでも子路はこの言葉の中に、馬鹿にしきれないものを感じた。

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青二才あおにさいの分際で師の批評などおこがましいと腹が立ち、また、これを言わせているのは畢竟ひっきょう顔淵への嫉妬だとは知りながら、それでも子路はこの言葉の中に莫迦ばかにしきれないものを感じた。

肌合いの違いということについては、確かに子路にも思い当たることがあったからである。

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肌合の相違ということについては、確かに子路も思い当ることがあったからである。

おれたちにはぼんやりとしか気づけないものをはっきり形に表す妙な才能が、この生意気な若造にはあるらしいと、子路は感心と軽蔑とを同時に感じる。

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おれ達には漠然ばくぜんとしか気付かれないものをハッキリ形に表す・みょうな才能が、この生意気な若僧わかぞうにはあるらしいと、子路は感心と軽蔑とを同時に感じる。

子貢が孔子に奇妙な質問をしたことがある。

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子貢が孔子に奇妙な質問をしたことがある。

「死んだ者に知覚はあるのでしょうか。それとも、ないのでしょうか。」

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「死者は知ることありや? た知ることなきや?」

死後の知覚の有無、あるいは魂が滅びるか滅びないかについての疑問である。

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死後の知覚の有無、あるいは霊魂れいこんの滅不滅についての疑問である。

孔子がまた妙な返事をした。

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孔子がまた妙な返辞をした。

「死んだ者に知覚があると言えば、孝行な子や孫が、生きている者の暮らしを損なってまで手厚く死者を送ろうとするのが心配だ。死んだ者に知覚はないと言えば、親不孝な子が親を放り出して葬らずに済まそうとするのが心配だ。」

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「死者知るありと言わんとすれば、まさに孝子順孫、生をさまたげてもって死を送らんとすることを恐る。死者知るなしと言わんとすれば、まさに不孝の子その親をててほうむらざらんとすることを恐る。」

まるで見当違いの返事なので、子貢はひどく不服だった。

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およそ見当違いの返辞なので子貢ははなはだ不服だった。

もちろん、子貢の質問の意味はよく分かっているが、あくまで現実主義者、日常生活中心主義者である孔子は、この優れた弟子の関心の向きを変えようとしたのである。

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もちろん、子貢の質問の意味は良くわかっているが、あくまで現実主義者、日常生活中心主義者たる孔子は、この優れた弟子の関心の方向をえようとしたのである。

子貢は不満だったので、子路にこの話をした。

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子貢は不満だったので、子路にこの話をした。

子路は別にそんな問題に興味はなかったが、死そのものよりも師の死生観を知りたい気がちょっとしたので、ある時、死について尋ねてみた。

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子路は別にそんな問題に興味は無かったが、死そのものよりも師の死生観を知りたい気がちょっとしたので、ある時死についてたずねてみた。

「まだ生きることも分かっていない。どうして死が分かろうか。」

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「いまだ生を知らず。いずくんぞ死を知らん。」

これが孔子の答えであった。

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これが孔子の答であった。

まったくそのとおりだ、

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全くだ!

と子路はすっかり感心した。

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 と子路はすっかり感心した。

しかし、子貢はまたしても見事に肩透かしを食らったような気がした。

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しかし、子貢はまたしてもあざやかに肩透かたすかしを喰ったような気がした。

それはそうです。

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それはそうです。

しかし私が言っているのはそんなことではない。

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しかし私の言っているのはそんな事ではない。

明らかにそう言っている子貢の表情である。

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明らかにそう言っている子貢の表情である。

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衛の霊公はきわめて意志の弱い君主である。

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えいの霊公は極めて意志の弱い君主である。

賢い者と才のない者を見分けられないほど愚かではないのだが、結局は苦い忠告よりも甘いへつらいの方に喜ばされてしまう。

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賢と不才とを識別し得ないほど愚かではないのだが、結局は苦い諫言かんげんよりも甘い諂諛てんゆよろこばされてしまう。

衛の国政を左右するものは、その後宮であった。

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衛の国政を左右するものはその後宮であった。

夫人の南子は以前から男好きだという噂が高い。

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夫人南子なんしはつとに淫奔いんぽんの噂が高い。

まだ宋の公女だったころ、異母兄の朝という有名な美男と通じていたが、衛侯の夫人となってからもなお宋朝を衛に呼び寄せ、大夫に任じて醜い関係を続けている。

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まだそうの公女だった頃異母兄のちょうという有名な美男と通じていたが、衛侯の夫人となってからもなお宋朝を衛に呼び大夫に任じてこれとしゅう関係を続けている。

ひどく才気の走った女で、政治向きのことにまで口を出すが、霊公はこの夫人の言葉ならうなずかないことがない。

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すこぶる才走った女で、政治むきの事にまで容喙ようかいするが、霊公はこの夫人の言葉ならうなずかぬことはない。

霊公に話を聞いてもらおうとする者は、まず南子に取り入るのが決まりであった。

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霊公にかれようとする者はまず南子に取入るのが例であった。

孔子が魯から衛に入った時、招かれて霊公には拝謁したが、夫人のところへは特に挨拶に出なかった。

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孔子が魯から衛に入った時、召を受けて霊公にはえっしたが、夫人の所へは別に挨拶あいさつに出なかった。

南子が機嫌を損ねた。

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南子がかんむりを曲げた。

さっそく人を遣わして孔子に言わせる。

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早速さっそく人をつかわして孔子に言わしめる。

諸国の君子で、わが君と兄弟のように親しく交わろうとする者は、必ずわが君の夫人にも会うものです。

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四方の君子、寡君かくんと兄弟たらんと欲する者は、必ず寡小君かしょうくん(夫人)を見る。

夫人がお会いしたいとおっしゃっています、うんぬん。

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寡小君見んことを願えり云々。

孔子もやむを得ず挨拶に出た。

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孔子もやむをえず挨拶に出た。

南子は薄い葛布の垂れ幕の後ろにいて孔子と会う。

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南子は絺帷ちいうす葛布くずぬのの垂れぎぬ)の後に在って孔子を引見する。

孔子が北を向いて深く頭を下げる礼をすると、南子は二度お辞儀をして応え、その時、夫人の身につけた腰の玉飾りが澄んだ音を立てて鳴ったと伝えられている。

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孔子の北面稽首ほくめんけいしゅの礼に対し、南子が再拝してこたえると、夫人の身に着けた環佩かんぱい璆然きゅうぜんとして鳴ったとある。

孔子が宮殿から帰って来ると、子路があからさまに不愉快な顔をしていた。

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孔子が公宮から帰って来ると、子路が露骨ろこつに不愉快な顔をしていた。

彼は、孔子が南子ごときの要求など黙って無視することを望んでいたのである。

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彼は、孔子が南子風情ふぜいの要求などは黙殺もくさつすることを望んでいたのである。

まさか孔子が悪い女にたぶらかされるとは思いもしない。

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まさか孔子が妖婦ようふにたぶらかされるとは思いはしない。

しかし、絶対に清らかであるはずの先生が、汚らわしい女に頭を下げたというだけで、もう面白くない。

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しかし、絶対清浄せいじょうであるはずの夫子が汚らわしい淫女に頭を下げたというだけで既に面白くない。

美しい玉を大切にしまっている者が、その玉の表面に汚れたものの影が映ることさえ避けたいという類なのだろう。

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美玉を愛蔵する者がそのたま表面おもてに不浄なるもののかげの映るのさえ避けたいたぐいなのであろう。

孔子はまた、子路の中で相当なやり手の実務家と隣り合って住んでいる大きな子供が、いつまでたっても一向に大人びそうにないのを見て、おかしくもあり、困りもするのである。

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孔子はまた、子路の中で相当敏腕びんわんな実際家ととなり合って住んでいる大きな子供が、いつまでたっても一向老成しそうもないのを見て、可笑おかしくもあり、困りもするのである。

ある日、霊公のところから孔子へ使いが来た。

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一日、霊公の所から孔子へ使が来た。

車で一緒に都を一巡りしながら、いろいろ話を聞かせてほしいと言う。

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車で一緒いっしょに都を一巡いちじゅんしながら色々話をうけたまわろうと云う。

孔子は喜んで服を改め、すぐに出かけた。

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孔子は欣んで服を改め直ちに出掛けた。

この背の高いぶっきらぼうな爺さんを、霊公がやたらと賢者として尊敬するのが、南子には面白くない。

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このたけの高いぶっきらぼうじいさんを、霊公が無闇むやみに賢者として尊敬するのが、南子には面白くない。

自分を出し抜いて、二人が同じ車に乗って都を巡るなどとはもってのほかである。

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自分を出し抜いて、二人同車して都をめぐるなどとはもっての外である。

孔子が公に拝謁し、さて表に出て一緒に車に乗ろうとすると、そこにはすでに盛装をこらした南子夫人が乗り込んでいた。

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孔子が公に謁し、さて表に出て共に車に乗ろうとすると、そこには既に盛装せいそうらした南子夫人が乗込んでいた。

孔子の席がない。

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孔子の席が無い。

南子は意地の悪い微笑を浮かべて霊公を見る。

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南子は意地の悪い微笑をふくんで霊公を見る。

孔子もさすがに不愉快になり、冷ややかに公の様子をうかがう。

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孔子もさすがに不愉快になり、冷やかに公の様子をうかがう。

霊公は面目なさそうに目を伏せ、しかし南子には何も言えない。

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霊公は面目無げに目をせ、しかし南子には何事も言えない。

黙って孔子のために次の車を指さす。

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だまって孔子のために次の車をゆびさす。

二台の車が衛の都を行く。

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二乗の車が衛の都を行く。

前を行く四輪の豪華な馬車には、霊公と並んで、あでやかな南子夫人の姿が牡丹の花のように輝く。

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前なる四輪の豪奢ごうしゃな馬車には、霊公とならんで嬋妍せんけんたる南子夫人の姿が牡丹ぼたんの花のようにかがやく。

後ろの見すぼらしい二輪の牛車には、寂しげな孔子の顔がきちんと正面を向いている。

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うしろの見すぼらしい二輪の牛車には、さびしげな孔子の顔が端然たんぜんと正面を向いている。

沿道の民衆の間には、さすがにひそやかなため息と眉をひそめる気配とが起こる。

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沿道の民衆の間にはさすがにひそやかな嘆声たんせい顰蹙ひんしゅくとが起る。

群衆にまじって子路もこの様子を見た。

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群集の間に交って子路もこの様子を見た。

公から使いを受けた時の先生の喜びようを目にしているだけに、はらわたの煮えくり返る思いがするのだ。

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公からの使を受けた時の夫子の欣びを目にしているだけに、はらわたえ返る思いがするのだ。

何やら甘えた声を出しながら南子が目の前を進んでいく。

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何事か嬌声きょうせいろうしながら南子が目の前を進んで行く。

思わずかっとなって、彼は拳を固め、人々を押し分けて飛び出そうとする。

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思わずかっとなって、彼は拳を固め人々を押分けて飛出そうとする。

背後から引き留める者がある。

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背後うしろから引留める者がある。

振り切ろうと目を怒らせて後ろを向く。

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振切ふりきろうと眼をいからせて後を向く。

子若と子正の二人である。

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子若しじゃく子正しせいの二人である。

必死に子路の袖をつかんでいる二人の目に、涙が浮かんでいるのを子路は見た。

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必死に子路のそでひかえている二人の眼に、涙の宿っているのを子路は見た。

子路は、ようやく振り上げた拳を下ろす。

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子路は、ようやく振上げた拳を下す。

翌日、孔子たちの一行は衛を去った。

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翌日、孔子等の一行は衛を去った。

「私はまだ、美人を好むのと同じくらい徳を好む者を見たことがない。」

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「我いまだ徳を好むこと色を好むがごとき者を見ざるなり。」

というのが、その時の孔子の嘆きの言葉である。

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というのが、その時の孔子の嘆声である。

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葉公子高は竜を好むことがはなはだしい。

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葉公しょうこう子高しこうりゅうを好むこと甚だしい。

部屋にも竜を彫り、刺繍の垂れ幕にも竜を描き、日ごろ竜に囲まれて寝起きしていた。

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居室にも竜を繍帳しゅうちょうにも竜を画き、日常竜の中に起臥きがしていた。

これを聞いた本物の天の竜が大いに喜んで、ある日、葉公の家に降りてきて、自分の愛好者をのぞき見た。

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これを聞いたほんものの天竜が大きに欣んで一日葉公の家にくだおのれの愛好者をのぞき見た。

頭が窓からのぞき、尾は表座敷まで垂れているという素晴らしい大きさである。

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頭はまどうかがは堂にくという素晴らしい大きさである。

葉公はこれを見るなり、恐れおののいて逃げ出した。

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葉公はこれを見るやおそれわなないてげ走った。

魂も抜け、顔色も定まらないという、情けなさであった。

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その魂魄こんぱくを失い五色主無ごしきしゅなし、という意気地無さであった。

諸侯は孔子が賢者だという評判を好んで、その中身を喜ばない。

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諸侯は孔子の賢の名を好んで、その実を欣ばぬ。

どれも葉公と竜の話と同じたぐいである。

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いずれも葉公の竜における類である。

実際の孔子は、あまりに彼らには大きすぎるもののように見えた。

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実際の孔子は余りに彼等には大き過ぎるもののように見えた。

孔子を国賓としてもてなそうという国はある。

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孔子を国賓こくひんとしてぐうしようという国はある。

孔子の弟子の何人かを登用した国もある。

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孔子の弟子の幾人いくにんかを用いた国もある。

だが、孔子の政策を実行しようとする国はどこにもない。

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が、孔子の政策を実行しようとする国はどこにも無い。

匡では乱暴な民衆にひどい目に遭わされかけ、宋ではよこしまな臣下の迫害に遭い、蒲ではまた無法者の襲撃を受ける。

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きょうでは暴民の凌辱りょうじょくを受けようとし、宋では姦臣かんしん迫害はくがいい、ではまた兇漢きょうかん襲撃しゅうげきを受ける。

諸侯の敬遠と、御用学者のねたみと、政治家連中の排斥とが、孔子を待ち受けていたもののすべてである。

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諸侯の敬遠と御用ごよう学者の嫉視と政治家連の排斥はいせきとが、孔子を待ち受けていたもののすべてである。

それでもなお、講義を止めず、学び合いを怠らず、孔子と弟子たちとは飽きることなく国々への旅を続けた。

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それでもなお、講誦を止めず切磋せっさおこたらず、孔子と弟子達とはまずに国々への旅を続けた。

「鳥は木を選ぶことができる。木の方が鳥を選べようか。」

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「鳥よく木をえらぶ。木に鳥を択ばんや。」

などと、たいそう気位は高いが、決して世をすねているのではなく、あくまで用いられることを求めている。

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などと至って気位は高いが、決して世をねたのではなく、あくまで用いられんことを求めている。

そして、自分たちが用いられようとするのは自分のためではなく天下のため、道のためなのだと本気で、まったく呆れたことに本気でそう考えている。

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そして、己等おのれらの用いられようとするのは己がために非ずして天下のため、道のためなのだと本気で――全くあきれたことに本気でそう考えている。

貧しくとも常に明るく、苦しくとも望みを捨てない。

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乏しくとも常に明るく、苦しくとも望を捨てない。

まことに不思議な一行であった。

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誠に不思議な一行であった。

一行が招かれて楚の昭王のもとへ行こうとした時、陳と蔡の大夫たちが相談し、ひそかに暴徒を集めて孔子たちを道の途中で取り囲ませた。

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一行が招かれての昭王のもとへ行こうとした時、ちんさいの大夫共が相計り秘かに暴徒を集めて孔子等を途に囲ましめた。

孔子が楚に用いられることを恐れ、それを妨げようとしたのである。

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孔子の楚に用いられることをおそれこれを妨げようとしたのである。

暴徒に襲われるのはこれが初めてではなかったが、この時が最もひどい窮地であった。

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暴徒に襲われるのはこれが始めてではなかったが、この時は最も困窮におちいった。

食料を運ぶ道が断たれ、一同が火を通したものを口にできないまま七日に及んだ。

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糧道りょうどうが絶たれ、一同火食せざること七日におよんだ。

さすがに、飢え、疲れ、病人も続出する。

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さすがに、え、つかれ、病者も続出する。

弟子たちの疲れきった様子と恐れおののく姿の中にあって、孔子だけは気力が少しも衰えず、いつもどおり琴を弾いて歌うのをやめない。

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弟子達の困憊こんぱい恐惶きょうこうとの間に在って孔子は独り気力少しもおとろえず、平生通り絃歌してまない。

従う者たちの疲れきった様子を見るに見かねた子路が、いささか顔色を変えて、琴を弾いて歌う孔子のそばに行った。

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従者等の疲憊ひはいを見るに見かねた子路が、いささか色をして、絃歌する孔子のそばに行った。

そうして尋ねた。

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そうして訊ねた。

先生が歌うのは礼にかなったことでしょうか、と。

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夫子の歌うは礼かと。

孔子は答えない。

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孔子は答えない。

弦を操る手も休めない。

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絃を操る手も休めない。

さて曲が終わってから、ようやく言った。

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さて曲が終ってからようやく言った。

「由よ。お前に言っておこう。君子が音楽を好むのは、おごる心を持たないためだ。小人が音楽を好むのは、恐れる心を持たないためだ。いったい誰の弟子なのだ、私を分かりもせずに私に従っている者は。」

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ゆうよ。われ汝に告げん。君子がくを好むはおごるなきがためなり。小人楽を好むはおそるるなきがためなり。それだれの子ぞや。我を知らずして我に従う者は。」

子路は一瞬、耳を疑った。

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子路は一瞬いっしゅん耳を疑った。

この窮地にあって、なおおごらないために音楽を奏でるとは?

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この窮境に在ってなお驕るなきがために楽をなすとや?

しかし、すぐにその心に思い当たると、途端に彼は嬉しくなり、思わず斧を手に取って舞った。

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 しかし、すぐにその心に思いいたると、途端とたんに彼は嬉しくなり、覚えずほこを執ってうた。

孔子がこれに合わせて弾き、曲は三度めぐった。

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孔子がこれに和して弾じ、曲、三度みたびめぐった。

そばにいる者たちも、しばらくは飢えを忘れ疲れを忘れて、この武骨な即興の舞に見入って興じるのであった。

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傍にある者またしばらくはうえを忘れ疲を忘れて、この武骨な即興そっきょうまいに興じ入るのであった。

同じ陳と蔡の災難の時、まだ簡単には囲みが解けそうもないのを見て、子路が言った。

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同じ陳蔡のやくの時、いまだ容易に囲みの解けそうもないのを見て、子路が言った。

君子も行き詰まることがあるのですか、

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君子も窮することあるか?

と。

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 と。

師の日ごろの説によれば、君子は行き詰まることがないはずだと思ったからである。

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師の平生の説によれば、君子は窮することが無いはずだと思ったからである。

孔子が即座に答えた。

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孔子が即座に答えた。

「行き詰まるというのは、道に行き詰まることを言うのではないか。今、この丘は仁義の道を抱いたまま乱世の災難に遭っている。どうして行き詰まったと言えようか。もし、食べ物が足りず体が弱ることを行き詰まりと言うのなら、君子だってもちろん行き詰まる。ただ、小人は行き詰まると取り乱すのだ。」

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「窮するとは道に窮するのいいに非ずや。今、きゅう、仁義の道を抱き乱世の患に遭う。何ぞ窮すとなさんや。もしそれ、食足らず体つかるるをもって窮すとなさば、君子ももとより窮す。ただ、小人は窮すればここにみだる。」

と。

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と。

そこが違うだけだというのである。

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そこが違うだけだというのである。

子路は思わず顔を赤らめた。

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子路は思わず顔をあからめた。

自分の内にある小人を指摘された心地である。

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己の内なる小人を指摘された心地である。

行き詰まるのも天命だと知り、大きな災難に臨んでも少しも興奮の色を見せない孔子の姿を見ては、なんという大きな勇気だと嘆じないではいられない。

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窮するも命なることを知り、大難に臨んでいささかの興奮の色も無い孔子のすがたを見ては、大勇なるかなと嘆ぜざるを得ない。

かつての自分の誇りであった、白刃を目の前に突きつけられてもまばたき一つしないという類の勇気が、なんとみじめでちっぽけなことかと思うのである。

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かつての自分のほこりであった・白刃はくじんまえまじわるも目まじろがざるていの勇が、何とみじめにちっぽけなことかと思うのである。

十一

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十一

許から葉へと出る道すがら、子路が一人だけ孔子の一行に遅れて畑の中の道を歩いていくと、竹かごを担いだ一人の老人に出会った。

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きょからしょうへと出る途すがら、子路が独り孔子の一行におくれて畑中のみちを歩いて行くと、あじかになうた一人の老人に会った。

子路が気軽に会釈して、私の先生を見かけませんでしたか、と尋ねる。

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子路が気軽に会釈えしゃくして、夫子を見ざりしや、と問う。

老人は立ち止まって、「先生先生と言ったところで、どれが一体お前の言う先生やら、俺に分かるわけがないではないか」

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老人は立止って、「夫子夫子と言ったとて、どれが一体汝のいう夫子やらおれわかる訳がないではないか」

とつっけんどんに答え、子路の身なりをじろりと眺めてから、「見たところ、体を働かせもせず、実のある仕事にも就かず、空理空論で日を暮らしている人らしいな。」

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突堅貪つっけんどんに答え、子路の人態にんていをじろりと眺めてから、「見受けたところ、四体を労せず実事に従わず空理空論に日をらしている人らしいな。」

と見下すように笑う。

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さげすむように笑う。

それからそばの畑に入り、こちらを振り返りもせずに、せっせと草を取り始めた。

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それから傍の畑に入りこちらを見返りもせずにせっせと草を取り始めた。

隠者の一人に違いないと子路は思って軽く一礼し、道に立ったまま次の言葉を待った。

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隠者いんじゃの一人に違いないと子路は思って一揖いちゆうし、道に立って次の言葉を待った。

老人は黙ってひと仕事してから道に出て来て、子路を連れて自分の家へ案内した。

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老人は黙って一仕事してから道に出て来、子路を伴って己が家に導いた。

すでに日が暮れかかっていたのである。

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既に日が暮れかかっていたのである。

老人は鶏をつぶし、きびを炊いてもてなし、二人の子にも子路を引き合わせた。

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老人は雞をつぶしきびかしいで、もてなし、二人の子にも子路を引合せた。

食後、少しばかりの濁り酒に酔いの回った老人は、そばの琴を取って弾いた。

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食後、いささかの濁酒にごりざけよいまわった老人は傍なる琴を執って弾じた。

二人の子がそれに合わせて歌う。

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二人の子がそれに和してうたう。

たっぷりと露が降りている

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湛々タンタンタルツユアリ

日が照らなければ乾かない

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ニ非ザレバ

満ち足りて夜通し酒を飲む

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厭々エンエントシテ夜飲ス

酔わないうちは帰らない

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酔ハズンバ帰ルコトナシ

明らかに貧しい暮らしなのに、まことにのびやかな豊かさが家じゅうにあふれている。

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明らかに貧しい生活くらしなのにもかかわらず、まことに融々ゆうゆうたるゆたかさが家中にあふれている。

和やかに満ち足りた親子三人の顔つきの中に、時どきどこか知的なものがひらめくのも、見逃せない。

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なごやかに充ち足りた親子三人の顔付の中に、時としてどこか知的なものがひらめくのも、見逃みのがし難い。

弾き終えてから、老人が子路に向かって語る。

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弾じ終ってから老人が子路に向って語る。

陸を行くには車、水を行くには舟と、昔から決まったもの。

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陸を行くには車、水を行くにはふねと昔から決ったもの。

今、陸を行くのに舟を使ったら、どうなる?

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今陸を行くに舟をもってすれば、いかん?

今の世に周の昔の法を行おうとするのは、ちょうど陸で舟を走らせるようなものと言うべきだ。

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 今の世に周の古法をほどこそうとするのは、ちょうど陸に舟をるがごときものとうべし。

猿に周公の服を着せれば、驚いて引き裂いて捨てるに決まっている。

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猨狙さるに周公の服を着せれば、驚いて引裂ひきさき棄てるに決っている。

などなど…………子路を孔子の門下と知っての言葉であることは明らかだ。

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云々…………子路を孔門の徒と知っての言葉であることは明らかだ。

老人はまた言う。

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老人はまた言う。

「楽しみを全うして、はじめて志を得たと言える。志を得るというのは、高い位に就くことを言うのではない。」

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「楽しみ全くして始めて志を得たといえる。志を得るとは軒冕けんべんの謂ではない。」

と。

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と。

あっさりと澄みきって果てがない、とでもいうのがこの老人の理想なのだろう。

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澹然無極たんぜんむきょくとでもいうのがこの老人の理想なのであろう。

子路にとって、こうした世捨て人の哲学は初めてではない。

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子路にとってこうした遁世哲学とんせいてつがくは始めてではない。

長沮と桀溺の二人にも出会った。

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長沮ちょうそ桀溺けつできの二人にもった。

楚の接与という、狂人のふりをした男にも出会ったことがある。

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楚の接与せつよという佯狂ようきょうの男にも遇ったことがある。

しかし、こうして彼らの生活の中に入り、一夜を共に過ごしたことは、まだなかった。

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しかしこうして彼等の生活の中に入り一夜を共に過したことは、まだ無かった。

穏やかな老人の言葉と、にこやかなその姿に接しているうちに、子路は、これもまた一つの美しい生き方には違いないと、いくらかの羨ましさをさえ感じないではなかった。

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穏やかな老人の言葉と怡々いいたるその容に接している中に、子路は、これもまた一つの美しき生き方には違いないと、幾分の羨望せんぼうをさえ感じないではなかった。

しかし、彼も黙って相手の言葉にうなずいてばかりいたわけではない。

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しかし、彼も黙って相手の言葉にうなずいてばかりいた訳ではない。

「世間と縁を切るのはもちろん楽しかろうが、人が人である理由は、楽しみを全うするところにあるのではない。ちっぽけな我が身を清く保とうとして人の道の大もとを乱すのは、人間の道ではない。我々だって、今の世に道が行われないことくらいは、とっくに承知している。今の世に道を説くことの危うさも知っている。しかし、道のない世だからこそ、危険を冒してもなお道を説く必要があるのではないか。」

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「世とつのはもとより楽しかろうが、人の人たるゆえんは楽しみをまっとうする所にあるのではない。区々たる一身を潔うせんとして大倫をみだるのは、人間の道ではない。我々とて、今の世に道の行われない事ぐらいは、とっくに承知している。今の世に道を説くことの危険さも知っている。しかし、道無き世なればこそ、危険をおかしてもなお道を説く必要があるのではないか。」

翌朝、子路は老人の家を辞して道を急いだ。

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翌朝、子路は老人の家を辞して道を急いだ。

道々、孔子と昨夜の老人とを並べて考えてみた。

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みちみち孔子と昨夜の老人とをならべて考えてみた。

孔子の見通しの鋭さが、あの老人に劣るわけがない。

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孔子の明察があの老人におとる訳はない。

孔子の欲が、あの老人よりも多いわけがない。

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孔子のよくがあの老人よりも多い訳はない。

それでいてなお、自分の身を全うする道を捨てて、道のために天下を巡り歩いていることを思うと、急に、昨夜はまるで感じなかった憎しみを、あの老人に対して覚え始めた。

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それでいてなおかつ己を全うする途を棄て道のために天下を周遊していることを思うと、急に、昨夜は一向に感じなかった憎悪ぞうおを、あの老人に対して覚え始めた。

昼近く、ようやく、はるか前方の真っ青な麦畑の中の道に一団の人影が見えた。

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ひる近く、ようやく、はるか前方の真青まっさお麦畠むぎばたけの中の道に一団の人影が見えた。

その中でひときわ背の高い孔子の姿を認めた時、子路は突然、何か胸を締めつけられるような苦しさを感じた。

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その中で特に際立って丈の高い孔子の姿を認め得た時、子路は突然とつぜん、何か胸をめ付けられるような苦しさを感じた。

十二

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十二

宋から陳へ出る渡し船の上で、子貢と宰予とが議論をしている。

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宋から陳に出る渡船の上で、子貢と宰予とが議論をしている。

「十軒ばかりの小さな村にも、必ずこの丘くらい真心のある正直な者はいる。ただ、この丘ほど学問を好む者はいないというだけだ。」

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「十室のゆう、必ず忠信きゅうがごとき者あり。丘の学を好むにかざるなり。」

という師の言葉をめぐって、子貢は、この言葉にもかかわらず孔子の偉大な完成はその生まれつきの素質の非凡さによるものだと言い、宰予は、いや、生まれた後の自己完成への努力の方が大きく関わっているのだと言う。

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という師の言葉を中心に、子貢は、この言葉にもかかわらず孔子の偉大いだいな完成はその先天的な素質の非凡ひぼんさにるものだといい、宰予は、いや、後天的な自己完成への努力の方があずかって大きいのだと言う。

宰予によれば、孔子の能力と弟子たちの能力との違いは量の違いであって、決して質の違いではない。

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宰予によれば、孔子の能力と弟子達の能力との差異は量的なものであって、決して質的なそれではない。

孔子が持っているものは、誰もが持っているものだ。

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孔子のっているものは万人のもっているものだ。

ただ、その一つ一つを孔子は絶え間ない努力によって今の大きさにまで仕上げただけのことだ、と。

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ただその一つ一つを孔子は絶えざる刻苦によって今の大きさにまで仕上げただけのことだと。

子貢は、しかし、量の差も極端に大きくなれば結局は質の差と変わるところはないと言う。

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子貢は、しかし、量的な差も絶大になると結局質的な差と変る所は無いという。

それに、自己完成への努力をあれほどまでに続けられること自体が、すでに生まれつきの非凡さの何よりの証拠ではないか、と。

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それに、自己完成への努力をあれほどまでに続け得ることそれ自体が、既に先天的な非凡さの何よりの証拠しょうこではないかと。

だが、何にも増して孔子の天才の核心となるものは何かといえば、「それは」

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だが、何にも増して孔子の天才の核心かくしんたるものは何かといえば、「それは」

と子貢が言う。

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と子貢が言う。

「あの優れた中庸への本能だ。いついかなる場合にも先生の身の処し方を美しいものにする、見事な中庸への本能だ。」

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「あの優れた中庸ちゅうようへの本能だ。いついかなる場合にも夫子の進退を美しいものにする・見事な中庸への本能だ。」

と。

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と。

何を言っているんだと、そばで子路が苦い顔をする。

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何を言ってるんだと、傍で子路が苦い顔をする。

口先ばかりで腹の据わっていない奴らめ。

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口先ばかりで腹の無い奴等め!

今この舟がひっくり返りでもしたら、こいつらはどんなに真っ青な顔をするだろう。

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 今この舟がひっくり返りでもしたら、奴等はどんなに真蒼まっさおな顔をするだろう。

何といっても、いざという時に実際に先生の役に立てるのはおれなのだ。

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何といってもいったん有事の際に、実際に夫子の役に立ち得るのはおれなのだ。

弁の立つ若い二人を前にして、うまい言葉は徳を乱すという言葉を思い浮かべ、誇らしく自分の胸の内にある一片の澄んだ心を頼みにするのである。

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才弁縦横の若い二人を前にして、巧言は徳を紊るという言葉を考え、ほこらかに我が胸中一片の氷心ひょうしんたのむのである。

子路にも、しかし、師への不満がまるでないわけではない。

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子路にも、しかし、師への不満が必ずしも無い訳ではない。

陳の霊公が臣下の妻と通じ、その女の肌着を身につけて朝廷に立ち、それを見せびらかした時、泄冶という臣下がいさめて、殺された。

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陳の霊公が臣下の妻と通じその女の肌着を身に着けてちょうに立ち、それを見せびらかした時、泄冶せつやという臣がいさめて、殺された。

百年ばかり前のこの事件について、一人の弟子が孔子に尋ねたことがある。

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百年ばかり以前のこの事件について一人の弟子が孔子にたずねたことがある。

泄冶が正面からいさめて殺されたのは、昔の名臣である比干が死をもっていさめたのと変わるところがない。

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泄冶の正諫せいかんして殺されたのは古の名臣比干ひかんの諫死と変る所が無い。

仁と呼んでよいでしょうか、と。

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仁と称して良いであろうかと。

孔子が答えた。

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孔子が答えた。

いや、比干と紂王の場合は血のつながりもあり、また役職から言っても少師であって、だからこそ我が身を捨てて必死にいさめ、殺された後に紂王が悔い改めることを期待したわけだ。

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いや、比干と紂王ちゅうおうとの場合は血縁でもあり、また官から云っても少師であり、従って己の身を捨てて争諫し、殺された後に紂王の悔寤かいごするのを期待した訳だ。

これは仁と言うべきだろう。

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これは仁と謂うべきであろう。

泄冶と霊公との間には血のつながりもなく、位も一人の大夫にすぎない。

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泄冶の霊公におけるは骨肉の親あるにも非ず、位も一大夫に過ぎぬ。

君主が正しくなく、国全体が正しくないと分かったら、潔く身を引くべきなのに、身の程もわきまえず、ちっぽけな一身で一国のみだらな関係を正そうとした。

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君正しからず一国正しからずと知らば、潔く身を退くべきに、身の程をも計らず、区々たる一身をもって一国の淫婚いんこんを正そうとした。

自分から無駄に命を捨てたものだ。

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自ら無駄に生命をてたものだ。

仁どころの話ではない、と。

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仁どころのさわぎではないと。

その弟子はそう言われて納得して引き下がったが、そばにいた子路にはどうしてもうなずけない。

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その弟子はそう言われて納得して引き下ったが、傍にいた子路にはどうしてもうなずけない。

さっそく、彼は口を出す。

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早速、彼は口を出す。

仁か仁でないかは、ひとまず置いておく。

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仁・不仁はしばらくく。

しかしとにかく、我が身の危うさを忘れて一国の乱れを正そうとしたことの中には、賢いか賢くないかを超えた立派なものがあるのではないだろうか。

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しかしとにかく一身のあやうきを忘れて一国の紊乱びんらんを正そうとした事の中には、智不智を超えた立派なものが在るのではなかろうか。

むなしく命を捨てたなどとは言い切れないものが。

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空しく命を捐つなどと言い切れないものが。

たとえ結果はどうであろうとも。

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たとえ結果はどうあろうとも。

「由よ。お前には、そういう小さな義の中にある見事さばかりが目について、それ以上は分からないと見える。昔の士は、国に道があれば忠を尽くしてこれを助け、国に道がなければ身を引いてこれを避けた。こうした身の処し方の見事さは、まだ分からないと見える。詩に言う。民によこしまなことが多い時には、自分から正しさの基準を振りかざすな、と。おそらく、泄冶の場合にあてはまるようだな。」

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ゆうよ。汝には、そういう小義の中にある見事さばかりが眼に付いて、それ以上はわからぬと見える。古の士は国に道あれば忠を尽くしてもってこれをたすけ、国に道無ければ身を退いてもってこれを避けた。こうした出処進退の見事さはいまだ判らぬと見える。詩にう。民よこしま多き時は自らのりを立つることなかれと。けだし、泄冶の場合にあてはまるようだな。」

「では」

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「では」

と、だいぶ長い間考えた後で子路が言う。

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と大分長い間考えたあとで子路が言う。

結局この世で最も大切なことは、我が身の安全を図ることにあるのですか?

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結局この世で最も大切なことは、一身の安全を計ることに在るのか?

身を捨てて義を成し遂げることの中にはないのでしょうか?

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 身を捨てて義を成すことの中にはないのであろうか?

一人の人間の身の処し方が適切かどうかの方が、天下の民の安否ということよりも大切なのでしょうか?

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 一人の人間の出処進退の適不適の方が、天下蒼生そうせいの安危ということよりも大切なのであろうか?

というのは、今の泄冶がもし目の前の乱れた行いに眉をひそめて身を引いたとすれば、なるほど彼一人はそれでよいかもしれないが、陳の国の民にとって、いったいそれが何になろう。

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 というのは、今の泄冶がもし眼前の乱倫に顰蹙ひんしゅくして身を退いたとすれば、なるほど彼の一身はそれで良いかも知れぬが、陳国の民にとって一体それが何になろう?

まだしも、無駄と知りながらも死をもっていさめた方が、国民の気風に与える影響から言っても、はるかに意味があるのではないか。

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 まだしも、無駄とは知りつつも諫死した方が、国民の気風に与える影響から言っても遥かに意味があるのではないか。

「それは、何も我が身の保全ばかりが大切だとは言わない。それなら比干を仁の人だと褒めはしないはずだ。ただ、命は道のために捨てるとしても、捨てる時と捨てる場所がある。それを見きわめるのに知恵を使うのは、別に自分の利益のためではない。急いで死ぬことだけが立派なのではないのだ。」

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「それは何も一身の保全ばかりが大切とは言わない。それならば比干を仁人と褒めはしないはずだ。ただ、生命は道のために捨てるとしても捨て時・捨て処がある。それを察するに智をもってするのは、別にわたくしの利のためではない。急いで死ぬるばかりが能ではないのだ。」

そう言われればひとまずはそんな気もしてくるが、やはりすっきりしないところがある。

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そう言われれば一応はそんな気がして来るが、やはり釈然としない所がある。

身を捨ててでも仁を成し遂げるべきだと言いながら、その一方で、どこか賢く身を守ることを最上の知恵と考える傾向が、時おり師の言葉の中に感じられる。

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身を殺して仁を成すべきことを言いながら、その一方、どこかしら明哲めいてつ保身を最上智と考える傾向が、時々師の言説の中に感じられる。

それがどうも気になるのだ。

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それがどうも気になるのだ。

他の弟子たちがこれをまるで感じないのは、賢く身を守るという考えが彼らに本能としてくっついているからだ。

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他の弟子達がこれを一向に感じないのは、明哲保身主義が彼等に本能として、くっついているからだ。

それをすべての土台にした上での仁であり義でなければ、彼らには危なっかしくて仕方がないに違いない。

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それをすべての根柢こんていとした上での・仁であり義でなければ、彼等には危くて仕方が無いに違いない。

子路が納得しかねる顔つきで立ち去った時、その後ろ姿を見送りながら、孔子が沈んだ顔で言った。

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子路が納得し難げな顔色で立去った時、その後姿を見送りながら、孔子が愀然しゅうぜんとして言った。

国に道がある時もまっすぐなことは矢のようだ。

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くにに道有る時も直きこと矢のごとし。

道がない時もまた矢のようだ。

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道無き時もまた矢のごとし。

あの男も衛の史魚のたぐいだな。

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あの男も衛の史魚しぎょの類だな。

おそらく、まともな死に方はしないだろう、と。

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恐らく、尋常じんじょうな死に方はしないであろうと。

楚が呉を討った時、工尹商陽という者が呉の軍を追いかけたが、同じ車に乗っていた王子の棄疾に「これは王のご命令だ。あなたも弓を手にするがよい。」

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楚がった時、工尹商陽こういんしょうようという者が呉の師を追うたが、同乗の王子棄疾きしつに「王事なり。子、弓を手にして可なり。」

と言われて初めて弓を取り、「あなたが射なさい。」

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といわれて始めて弓を執り、「子、これを射よ。」

と勧められて、ようやく一人を射倒した。

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と勧められてようやく一人を射斃しゃへいした。

しかし、すぐにまた弓を革の袋にしまってしまった。

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しかしすぐにまた弓をかわぶくろに収めてしまった。

再び促されてまた弓を取り出し、あと二人を倒したが、一人を射るたびに目を覆った。

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再びうながされてまた弓を取出し、あと二人をたおしたが、一人を射るごとに目をおおうた。

さて三人を倒すと、「自分の今の身分では、これくらいで十分に復命できるだろう。」

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さて三人を斃すと、「自分の今の身分ではこの位で充分反命するに足るだろう。」

と言って、車を引き返させた。

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とて、車を返した。

この話を孔子が伝え聞いて、「人を殺す中にも、やはり礼がある。」

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この話を孔子が伝え聞き、「人を殺すの中、また礼あり。」

と感心した。

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と感心した。

子路に言わせれば、しかし、こんなとんでもない話はない。

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子路に言わせれば、しかし、こんなとんでもない話はない。

特に、「自分としては三人倒したくらいで十分だ。」

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殊に、「自分としては三人斃した位で充分だ。」

などという言葉の中に、彼の大嫌いな、自分一身の行動を国家の安否より上に置く考え方があまりにもはっきり出ているので、腹が立つのである。

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などという言葉の中に、彼の大嫌いな・一身の行動を国家の休戚より上に置く考え方が余りにハッキリしているので、腹が立つのである。

彼はむっとして孔子に食ってかかる。

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彼は怫然ふつぜんとして孔子に喰って掛かる。

「臣下としての節操は、君主の一大事に当たっては、ただ力の及ぶ限りを尽くし、死んで初めて終わるものです。先生はどうして彼をよしとされるのですか。」

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「人臣の節、君の大事に当りては、ただ力の及ぶ所を尽くし、死してしこうして後にむ。夫子何ぞ彼を善しとする?」

孔子もさすがにこれには一言もない。

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孔子もさすがにこれには一言も無い。

笑いながら答える。

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笑いながら答える。

「そのとおりだ。お前の言うとおりだ。私はただ、彼に人を殺すに忍びない心があることを、よしとしただけだ。」

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しかり。汝の言のごとし。われ、ただその、人を殺すにしのびざるの心あるを取るのみ。」

十三

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十三

衛に出入りすること四度、陳にとどまること三年、曹・宋・蔡・葉・楚と、子路は孔子に従って歩いた。

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衛に出入すること四度、陳に留まること三年、そう・宋・蔡・葉・楚と、子路は孔子に従って歩いた。

孔子の道を実行に移してくれる諸侯が出てこようとは、今さら望めなかったが、しかし、もはや不思議に子路はいらだたない。

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孔子の道を実行に移してくれる諸侯が出て来ようとは、今更望めなかったが、しかし、もはや不思議に子路はいらだたない。

世の濁りと、諸侯の無能と、孔子の不遇とに対する憤りと焦りを何年も繰り返した後、ようやくこのごろになって、ぼんやりとながら、孔子とそれに従う自分たちの運命の意味が分かりかけてきたようである。

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世の溷濁こんだくと諸侯の無能と孔子の不遇とに対する憤懣ふんまん焦躁しょうそうを幾年か繰返くりかえした後、ようやくこの頃になって、漠然とながら、孔子及びそれに従う自分等の運命の意味が判りかけて来たようである。

それは、後ろ向きに、これも天命だと諦める気持ちとはだいぶ遠い。

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それは、消極的に命なりと諦める気持とは大分遠い。

同じく天命だと言うにしても、「一つの小国に限られない、一つの時代に限られない、天下万代の警鐘」

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同じく命なりと云うにしても、「一小国に限定されない・一時代に限られない・天下万代の木鐸ぼくたく

としての使命に目覚めかけてきた、かなり前向きな天命である。

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としての使命に目覚めかけて来た・かなり積極的な命なりである。

匡の地で乱暴な民衆に囲まれた時、堂々と孔子が言った「天がまだこの文化を滅ぼそうとしないのなら、匡の人々が私をどうできようか」

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きょうの地で暴民に囲まれた時昂然こうぜんとして孔子の言った「天のいまだ斯文しぶんほろぼさざるや匡人きょうひとそれわれをいかんせんや」

という言葉が、今は子路にも実によく分かってきた。

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が、今は子路にも実に良くわかって来た。

どんな場合にも絶望せず、決して現実を見下さず、与えられた範囲で常に最善を尽くすという師の知恵の大きさも分かるし、常に後の世の人に見られていることを意識しているような孔子の身のこなしの意味も、今になって初めてうなずけるのである。

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いかなる場合にも絶望せず、決して現実を軽蔑せず、与えられた範囲で常に最善を尽くすという師の智慧ちえの大きさも判るし、常に後世の人に見られていることを意識しているような孔子の挙措きょその意味も今にして始めて頷けるのである。

あり余る世渡りの才に邪魔されてか、明敏な子貢には、孔子のこの時代を超えた使命についての自覚が少ない。

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あり余る俗才に妨げられてか、明敏子貢には、孔子のこの超時代的な使命についての自覚が少い。

素朴で正直な子路の方が、その極めて単純な師への愛情のゆえだろうか、かえって孔子というものの大きな意味をつかみ得たようである。

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朴直ぼくちょく子路の方が、その単純極まる師への愛情の故であろうか、かえって孔子というものの大きな意味をつかみ得たようである。

放浪の年を重ねているうちに、子路ももう五十歳であった。

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放浪の年を重ねている中に、子路ももはや五十歳であった。

角がとれたとは言いにくいながら、さすがに人間としての重みも加わった。

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圭角けいかくがとれたとは称し難いながら、さすがに人間の重みも加わった。

後の世で言うところの「莫大な俸禄も、この自分に何を加えてくれようか」

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後世のいわゆる「万鍾ばんしょう我において何をか加えん」

という気骨も、鋭く光るその眼光も、痩せ浪人のむなしい強がりから離れて、すでに堂々とした一家の風格を備えてきた。

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の気骨も、炯々たるその眼光も、痩浪人やせろうにんいたずらなる誇負こふから離れて、既に堂々たる一家の風格を備えて来た。

十四

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十四

孔子が四度目に衛を訪れた時、若い衛侯や正卿の孔叔圉たちから請われるままに、子路を推薦してこの国に仕えさせた。

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孔子が四度目に衛を訪れた時、若い衛侯や正卿孔叔圉こうしゅくぎょ等からわれるままに、子路を推してこの国に仕えさせた。

孔子が十数年ぶりで故国に迎えられた時も、子路は別れて衛にとどまったのである。

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孔子が十余年ぶりで故国にむかえられた時も、子路は別れて衛に留まったのである。

十年来、衛は南子夫人の乱れた行いを中心に、絶えず紛争を重ねていた。

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十年来、衛は南子夫人の乱行を中心に、絶えず紛争ふんそうを重ねていた。

まず公叔戍という者が南子を追い落とそうとして、かえってその讒言に遭い、魯へ亡命する。

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まず公叔戍こうしゅくじゅという者が南子排斥をくわだてかえってそのざんに遭って魯に亡命する。

続いて霊公の子である太子の蒯聵も、義理の母である南子を刺そうとして失敗し、晋へ逃げる。

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続いて霊公の子・太子蒯聵かいがいも義母南子をそうとして失敗し晋にはしる。

太子の座が空いたまま、霊公が亡くなる。

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太子欠位の中に霊公がしゅっする。

やむを得ず、亡命した太子の子である幼い輒を立てて後を継がせる。

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やむをえず亡命太子の子の幼いちょうを立てて後をがせる。

出公がこれである。

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出公しゅつこうがこれである。

出奔した前の太子の蒯聵は、晋の力を借りて衛の西部に潜り込み、虎視眈々と衛侯の位をうかがう。

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出奔しゅっぽんした前太子蒯聵は晋の力を借りて衛の西部に潜入せんにゅう虎視眈々こしたんたんと衛侯の位を窺う。

これを拒もうとする現在の衛侯である出公は子。

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これをこばもうとする現衛侯出公は子。

位を奪おうと狙う者は父。

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位をうばおうとねらう者は父。

子路が仕えることになった衛の国は、このような状態であった。

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子路が仕えることになった衛の国はこのような状態であった。

子路の仕事は、孔家のために代官として蒲の地を治めることである。

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子路の仕事は孔家こうけのために宰としての地を治めることである。

衛の孔家は、魯で言えば季孫氏に当たる名家で、当主の孔叔圉はかねてから名大夫としての誉れが高い。

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衛の孔家は、魯ならば季孫氏に当る名家で、当主孔叔圉はつとに名大夫のほまれが高い。

蒲は、先ごろ南子の讒言に遭って亡命した公叔戍のもとの領地で、そのため、主人を追い出した現在の政府に対して、何かにつけて反抗的な態度を取っている。

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蒲は、先頃南子の讒に遭って亡命した公叔戍の旧領地で、従って、主人をうた現在の政府に対してことごとに反抗的な態度を執っている。

もともと気風の荒い土地で、かつて子路自身も孔子に従ってこの地で乱暴な民衆に襲われたことがある。

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元々人気じんきあらい土地で、かつて子路自身も孔子に従ってこの地で暴民に襲われたことがある。

任地に立つ前、子路は孔子のところへ行き、「町に血の気の多い連中が多くて治めにくい」

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任地に立つ前、子路は孔子の所に行き、「邑に壮士多くして治め難し」

と言われる蒲の事情を述べて、教えを乞うた。

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といわれる蒲の事情を述べて教をうた。

孔子が言う。

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孔子が言う。

「うやうやしく、しかも慎み深くあれば、力自慢の者たちも恐れ入らせることができる。寛大で、しかも正しくあれば、強い者たちも懐かせることができる。温和で、しかも決断があれば、よこしまな者も抑えることができる」

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きょうにして敬あらばもって勇をおそれしむべく、かんにして正しからばもって強を懐くべく、温にして断ならばもって姦をおさうべし」

と。

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と。

子路は二度お辞儀をして礼を述べ、喜んで任地に赴いた。

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子路再拝して謝し、欣然きんぜんとして任におもむいた。

蒲に着くと、子路はまず土地の有力者や反抗分子たちを呼び、腹を割って語り合った。

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蒲に着くと子路はまず土地の有力者、反抗分子等を呼び、これと腹蔵なく語り合った。

手なずけようという手段ではない。

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手なずけようとの手段ではない。

孔子がいつも言う「教えもしないで刑罰を加えてはならない」

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孔子の常に言う「教えずしてけいすることの不可」

ということを知っているから、まず彼らに自分の考えのあるところを明かしたのである。

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を知るが故に、まず彼等に己の意の在る所を明かしたのである。

気取りのない率直さが、荒っぽい土地の気風に合ったらしい。

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気取の無い率直さが荒っぽい土地の人気に投じたらしい。

血の気の多い連中はことごとく子路の明快で大らかな人柄に心服した。

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壮士連はことごとく子路の明快闊達に推服した。

それにこのころになると、すでに子路の名は孔子門下随一の快男児として天下に響いていた。

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それにこの頃になると、既に子路の名は孔門随一ずいいちの快男児として天下にひびいていた。

「一言聞いただけで訴えの是非を決められる者は、まあ由くらいのものだろう」

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「片言もってごくさだむべきものは、それゆうか」

などという孔子のほめ言葉までが、大げさな尾ひれをつけて広く知れ渡っていたのである。

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などという孔子の推奨すいしょうの辞までが、大袈裟おおげさ尾鰭おひれをつけてあまねく知れわたっていたのである。

蒲の血の気の多い連中を心服させたものは、一つには確かにこうした評判でもあった。

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蒲の壮士連を推服せしめたものは、一つには確かにこうした評判でもあった。

三年後、孔子がたまたま蒲を通った。

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三年後、孔子がたまたま蒲を通った。

まず領内に入った時、「よろしい。由は、うやうやしくて慎み深く、しかも誠実だ」

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まず領内に入った時、「善い哉、由や、恭敬にして信なり」

と言った。

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と言った。

進んで町に入った時、「よろしい。由は、真心があって信頼でき、しかも寛大だ」

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進んで邑に入った時、「善い哉、由や、忠信にして寛なり」

と言った。

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と言った。

いよいよ子路の屋敷に入るに及んで、「よろしい。由は、見通しが鋭く、しかも決断がある」

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いよいよ子路の邸に入るに及んで、「善い哉、由や、明察にして断なり」

と言った。

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と言った。

手綱を取っていた子貢が、まだ子路に会ってもいないのにほめる理由を聞くと、孔子が答えた。

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くつわを執っていた子貢が、いまだ子路を見ずしてこれを褒める理由を聞くと、孔子が答えた。

領内に入ってみれば、田畑はことごとく手入れが行き届き、荒れ地もよく開かれ、用水路は深く整っている。

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すでにその領域に入れば田疇でんちゅうことごとく治まり草莱そうらい甚だひら溝洫こうきょくは深く整っている。

治める者がうやうやしくて慎み深く、しかも誠実だから、民が力を尽くしたのである。

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治者恭敬にして信なるが故に、民その力を尽くしたからである。

その町に入れば、民家の塀も家屋も整っており、樹木は生い茂っている。

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その邑に入れば民家の牆屋しょうおくは完備し樹木は繁茂はんもしている。

治める者が真心があって信頼でき、しかも寛大だから、民が自分の仕事をおろそかにしないのである。

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治者忠信にして寛なるが故に、民その営をゆるがせにしないからである。

さていよいよその屋敷の庭に至れば、たいそう静かで、供の者も召し使いも一人として命令にそむく者がいない。

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さていよいよその庭に至れば甚だ清閑せいかんで従者僕僮ぼくどう一人としてめいたがう者が無い。

治める者の言葉が、見通しが鋭く、しかも決断があるから、その政治が乱れないのである。

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治者の言、明察にして断なるが故に、その政がみだれないからである。

まだ由に会わないうちに、すっかりその政治ぶりを知ったことになるではないか、と。

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いまだ由を見ずしてことごとくその政を知った訳ではないかと。

十五

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十五

魯の哀公が西の方の大野で狩りをして麒麟を捕らえたころ、子路は一時、衛から魯に帰っていた。

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魯の哀公あいこうが西のかた大野たいやかりして麒麟きりんた頃、子路は一時衛から魯に帰っていた。

その時、小邾の大夫で射という者が国にそむいて魯に逃げ込んできた。

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その時小邾しょうちゅの大夫・えきという者が国にそむき魯に来奔した。

子路と面識のあったこの男は、「季路が私に約束してくれるなら、私は誓いなど求めない。」

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子路と一面識のあったこの男は、「季路をして我に要せしめば、吾ちかうことなけん。」

と言った。

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と言った。

当時のならわしとして、他国に亡命した者は、その命の保証をその国に誓ってもらって初めて安心して住みつくことができるのだが、この小邾の大夫は「子路さえその保証に立ってくれれば、魯という国の誓いなど要らない」

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当時のならいとして、他国に亡命した者は、その生命の保証をその国に盟ってもらってから始めて安んじて居つくことが出来るのだが、この小邾の大夫は「子路さえその保証に立ってくれれば魯国のちかいなどらぬ」

というのである。

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というのである。

引き受けた約束を先延ばしにしない、という子路の誠実さとまっすぐさとは、それほど世に知られていたのだ。

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だくを宿するなし、という子路の信と直とは、それほど世に知られていたのだ。

ところが、子路はこの頼みをにべもなく断った。

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ところが、子路はこの頼をにべも無くことわった。

ある人が言う。

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ある人が言う。

車千台を出せる大国の誓いさえ信じずに、ただあなた一人の言葉を信じようというのだ。

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千乗の国の盟をも信ぜずして、ただ一人の言を信じようという。

男子の本望としてこれ以上のものはあるまいに、どうしてこれを恥とするのか、と。

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男児の本懐ほんかいこれに過ぎたるはあるまいに、なにゆえこれを恥とするのかと。

子路が答えた。

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子路が答えた。

魯の国が小邾と事を構える場合、その城の下で死ねと言われれば、事情のいかんを問わず喜んで応じよう。

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魯国が小邾と事ある場合、その城下に死ねとあらば、事のいかんを問わず欣んで応じよう。

しかし射という男は国を売った不忠者だ。

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しかし射という男は国を売った不臣だ。

もしその保証に立つとなれば、自分から売国奴を認めることになる。

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もしその保証に立つとなれば、自ら売国奴ばいこくどを是認することになる。

おれにできることか、できないことか、考えるまでもないではないか。

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おれに出来ることか、出来ないことか、考えるまでもないではないか!

子路をよく知る者はみな、この話を伝え聞いた時、思わず微笑した。

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子路を良く知るほどの者は、この話を伝え聞いた時、思わず微笑した。

あまりにも彼のしそうなこと、言いそうなことだったからである。

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余りにも彼のしそうな事、言いそうな事だったからである。

同じ年、斉の陳恒がその主君を殺した。

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同じ年、斉の陳恒ちんこうがその君をしいした。

孔子は身を清めて三日を過ごした後、哀公の前に出て、義のために斉を討つことを願い出た。

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孔子は斎戒さいかいすること三日の後、哀公の前に出て、義のために斉をたんことを請うた。

願うこと三度。

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請うこと三度。

斉の強さを恐れた哀公は聞き入れようとしない。

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斉の強さを恐れた哀公は聴こうとしない。

季孫に話して相談せよと言う。

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季孫きそんに告げて事を計れと言う。

季康子がこれに賛成するわけがないのだ。

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季康子きこうしがこれに賛成する訳が無いのだ。

孔子は主君の前を下がって、さて人に告げて言った。

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孔子は君の前を退いて、さて人に告げて言った。

「私も大夫の末席に連なる身だからだ。だから言わないわけにはいかなかった。」

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「吾、大夫のしりえに従うをもってなり。故にあえて言わずんばあらず。」

無駄と知りながらも、ひとまずは言わなければならない自分の立場だというのである。

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無駄とは知りつつも一応は言わねばならぬおのれの地位だというのである。

(当時、孔子は国の長老としての待遇を受けていた。)

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(当時孔子は国老の待遇たいぐうを受けていた。)

子路はちょっと顔を曇らせた。

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子路はちょっと顔をくもらせた。

先生のしたことは、ただ形を整えるためだけのものだったのか。

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夫子のした事は、ただ形をまっとうするために過ぎなかったのか。

形さえ踏めば、それが実行に移されなくても平気でいられる程度の義憤なのか?

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形さえめば、それが実行に移されないでも平気で済ませる程度の義憤なのか?

教えを受けること四十年近くになっても、なお、この溝はどうしようもないのである。

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教を受けること四十年に近くして、なお、このみぞはどうしようもないのである。

十六

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十六

子路が魯に来ている間に、衛では政界の大黒柱である孔叔圉が死んだ。

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子路が魯に来ている間に、衛では政界の大黒柱孔叔圉こうしゅくぎょが死んだ。

その未亡人で、亡命した太子の蒯聵の姉に当たる伯姫という女策士が政治の表舞台に出てくる。

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その未亡人で、亡命太子蒯聵かいがいの姉に当る伯姫はくきという女策士が政治の表面に出て来る。

一人息子の悝が父の圉の後を継いだことにはなっているが、名目だけにすぎない。

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一子かいが父ぎょあといだことにはなっているが、名目だけに過ぎぬ。

伯姫から見れば、現在の衛侯である輒は甥、位をうかがう前の太子は弟で、近さに変わりはないはずだが、愛憎と利益のからんだ複雑ないきさつがあって、妙に弟のためばかりを図ろうとする。

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伯姫から云えば、現衛侯ちょうおい、位を窺う前太子は弟で、親しさに変りはないはずだが、愛憎あいぞうと利慾との複雑な経緯けいいがあって、妙に弟のためばかりを計ろうとする。

夫の死後、しきりに寵愛している小姓上がりの渾良夫という美青年を使いにして、弟の蒯聵との間を行き来させ、ひそかに現在の衛侯を追い出すことを企んでいる。

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夫の死後しきりに寵愛ちょうあいしている小姓こしょう上りの渾良夫こんりょうふなる美青年を使として、弟蒯聵との間を往復させ、秘かに現衛侯逐出おいだしを企んでいる。

子路が再び衛に戻ってみると、衛侯父子の争いはさらに激しくなり、政変の気配が濃く漂っているのが、どことなく感じられた。

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子路が再び衛にもどってみると、衛侯父子の争は更に激化げきかし、政変の機運のただよっているのがどことなく感じられた。

周の昭王の四十年、閏十二月の某日。

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周の昭王の四十年うるう十二月某日ぼうじつ

夕方近くになって、子路の家にあわただしく飛び込んで来た使いがあった。

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夕方近くになって子路の家にあわただしく跳び込んで来た使があった。

孔家の家老、欒寧のところからである。

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孔家の老・欒寧らんねいの所からである。

「本日、前の太子である蒯聵が都に潜入した。ただ今、孔氏の屋敷に入り、伯姫と渾良夫と共に当主の孔悝を脅して、自分を衛侯として立てさせた。大勢はもう動かしがたい。自分(欒寧)はこれから現在の衛侯をお連れして魯へ逃げるところだ。後はよろしく頼む。」

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「本日、前太子蒯聵都に潜入。ただ今孔氏の宅に入り、伯姫・渾良夫と共に当主孔悝こうかいおどして己を衛侯に戴かしめた。大勢は既に動かし難い。自分(欒寧)は今から現衛侯をほうじて魯に奔るところだ。あとはよろしく頼む。」

という伝言である。

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という口上である。

いよいよ来たな、と子路は思った。

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いよいよ来たな、と子路は思った。

とにかく、自分の直接の主人に当たる孔悝が捕らえられ脅されたと聞いては、黙っているわけにいかない。

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とにかく、自分の直接の主人に当る孔悝がとらえられ脅されたと聞いては、黙っている訳に行かない。

取るものも取りあえず、彼は宮殿へ駆けつける。

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おっ取り刀で、彼は公宮へ駈け付ける。

外門を入ろうとすると、ちょうど中から出て来るちんちくりんな男にぶつかった。

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外門を入ろうとすると、ちょうど中から出て来るちんちくりんな男にぶっつかった。

子羔だ。

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子羔しこうだ。

孔子門下の後輩で、子路の推薦によってこの国の大夫となった、正直で気の小さい男である。

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孔門の後輩で、子路の推薦すいせんによってこの国の大夫となった・正直な・気の小さい男である。

子羔が言う。

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子羔が言う。

内門はもう閉まってしまいましたよ。

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内門はもうしまってしまいましたよ。

子路。

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子路。

いや、とにかく行くだけは行ってみよう。

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いや、とにかく行くだけは行ってみよう。

子羔。

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子羔。

しかし、もう無駄ですよ。

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しかし、もう無駄ですよ。

かえってひどい目に遭わないとも限りませんし。

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かえって難に遭うこともないとは限らぬし。

子路が声を荒らげて言う。

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子路が声をらげて言う。

孔家の禄をもらって暮らしている身ではないか。

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孔家のろくむ身ではないか。

何のために危ないところを避けるのだ。

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何のために難を避ける?

子羔を振り切って内門のところまで来ると、案の定、中から閉ざされている。

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子羔を振切って内門の所まで来ると、果して中から閉っている。

どんどんと激しく叩く。

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ドンドンとはげしくたたく。

入ってはいけない、

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はいってはいけない!

と、中から叫ぶ。

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 と、中から叫ぶ。

その声を聞きとがめて子路が怒鳴った。

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その声を聞きとがめて子路が怒鳴どなった。

公孫敢だな、その声は。

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公孫敢こうそんかんだな、その声は。

危ない目を逃れるために節を曲げるような、おれはそんな人間じゃない。

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難をのがれんがために節を変ずるような、俺は、そんな人間じゃない。

その禄で世話になった以上、その難儀を救わなければならないのだ。

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その禄を利した以上、そのかんを救わねばならぬのだ。

開けろ。

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けろ!

開けろ。

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 開けろ!

ちょうど中から使いの者が出て来たので、それと入れ違いに子路は飛び込んだ。

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ちょうど中から使の者が出て来たので、それと入違いに子路は跳び込んだ。

見ると、広い庭は一面の群衆だ。

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見ると、広庭一面の群集だ。

孔悝の名で新しい衛侯を立てる宣言があるというので、急に呼び集められた家臣たちである。

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孔悝の名において新衛侯擁立ようりつの宣言があるからとて急に呼び集められた群臣である。

みなそれぞれに驚きと戸惑いの表情を浮かべ、どちらに付くべきか迷っているように見える。

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皆それぞれに驚愕きょうがく困惑こんわくとの表情をかべ、向背こうはいに迷うもののごとく見える。

庭に面した高い台の上には、若い孔悝が母の伯姫と叔父の蒯聵とに押さえられ、一同に向かって政変の宣言とその説明とをするよう強いられている格好だ。

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庭に面した露台ろだいの上には、若い孔悝が母の伯姫と叔父おじの蒯聵とに抑えられ、一同に向って政変の宣言とその説明とをするよう、いられているかたちだ。

子路は群衆の後ろから台に向かって大声で叫んだ。

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子路は群衆の背後うしろから露台に向って大声に叫んだ。

孔悝を捕らえて何になる。

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孔悝を捕えて何になるか!

孔悝を離せ。

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 孔悝を離せ。

孔悝一人を殺したところで、正義の側は滅びはしないぞ。

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孔悝一人を殺したとて正義派はほろびはせぬぞ!

子路としては、まず自分の主人を救い出したかったのだ。

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子路としてはまず己の主人を救い出したかったのだ。

さて、広い庭のざわめきが一瞬静まって、一同が自分の方を振り向いたと知ると、今度は群衆に向かって煽り立て始めた。

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さて、広庭のざわめきが一瞬静まって一同が己の方を振向いたと知ると、今度は群集に向って煽動せんどうを始めた。

太子は名うての臆病者だぞ。

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太子は音に聞えた臆病者おくびょうものだぞ。

下から火を放って台を焼けば、恐れて孔叔を、つまり悝を解き放つに決まっている。

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下から火を放って台を焼けば、恐れて孔叔(悝)をゆるすに決っている。

火をつけようではないか。

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火をけようではないか。

火を。

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火を!

すでに夕暮れどきのことで、庭の隅々にかがり火が燃やされている。

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既に薄暮はくぼのこととて庭の隅々すみずみ篝火かがりびが燃されている。

それを指さしながら子路が、「火を。火を。」

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それを指さしながら子路が、「火を! 火を!」

と叫ぶ。

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と叫ぶ。

「先代の孔叔文子、つまり圉さまの恩義を感じる者たちは、火を取って台を焼け。そうして孔叔を救え。」

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「先代孔叔文子(圉)の恩義に感ずる者共は火を取って台を焼け。そうして孔叔を救え!」

台の上の位を奪った者たちは大いに恐れ、石乞と盂黶の二人の剣士に命じて、子路を討たせた。

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台の上の簒奪者さんだつしゃは大いに懼れ、石乞せききつ盂黶うえんの二剣士に命じて、子路を討たしめた。

子路は二人を相手に激しく斬り結ぶ。

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子路は二人を相手にはげしく斬り結ぶ。

かつての勇者の子路も、しかし、年には勝てない。

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往年の勇者子路も、しかし、年には勝てぬ。

しだいに疲れが重なり、息が乱れる。

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次第に疲労ひろうが加わり、呼吸が乱れる。

子路の旗色が悪いのを見た群衆は、この時ようやくどちらに付くかをはっきりさせた。

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子路の旗色の悪いのを見た群集は、この時ようやく旗幟きしを明らかにした。

罵声が子路に向かって飛び、無数の石や棒が子路の体に当たった。

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罵声ばせいが子路に向って飛び、無数の石や棒が子路の身体からだに当った。

敵の矛の先が頬をかすめた。

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敵のほこ尖端さきほおかすめた。

冠の紐が切れて、冠が落ちかかる。

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えい(冠のひも)がれて、冠が落ちかかる。

左手でそれを支えようとした途端に、もう一人の敵の剣が肩先に食い込む。

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左手でそれを支えようとした途端に、もう一人の敵の剣が肩先に喰い込む。

血がほとばしり、子路は倒れ、冠が落ちる。

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血がほとばしり、子路はたおれ、冠が落ちる。

倒れながら、子路は手を伸ばして冠を拾い、きちんと頭にかぶって素早く紐を結んだ。

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倒れながら、子路は手をばして冠を拾い、正しく頭に着けて素速く纓を結んだ。

敵の刃の下で、真っ赤に血を浴びた子路が、最期の力を絞って絶叫する。

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敵のやいばの下で、真赤まっかに血を浴びた子路が、最期さいごの力をしぼって絶叫ぜっきょうする。

「見よ。君子は、冠を、正しくかぶって、死ぬものだぞ。」

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「見よ! 君子は、冠を、正しゅうして、死ぬものだぞ!」

全身をなますのように切り刻まれて、子路は死んだ。

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全身なますのごとくに切り刻まれて、子路は死んだ。

魯にいて、はるかに衛の政変を聞いた孔子は即座に、「柴、つまり子羔は帰って来るだろう。由は死ぬだろう。」

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魯に在って遥かに衛の政変を聞いた孔子は即座に、「さい(子羔)や、それ帰らん。ゆうや死なん。」

と言った。

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と言った。

果たしてその言葉のとおりになったことを知った時、老いた聖人はしばらく立ち尽くして目を閉じ、やがてはらはらと涙を流した。

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果してその言のごとくなったことを知った時、老聖人は佇立瞑目ちょりつめいもくすることしばし、やがて潸然さんぜんとして涙下った。

子路の亡骸が塩漬けの肉にされたと聞くや、家じゅうの塩漬け類をことごとく捨てさせ、その後、塩漬けの肉はいっさい食卓に出さなかったということである。

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子路のしかばねししびしおにされたと聞くや、家中の塩漬類しおづけるいをことごとく捨てさせ、爾後じご、醢は一切食膳しょくぜんに上さなかったということである。

(昭和十八年二月)

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(昭和十八年二月)