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銀河鉄道の夜 小学生向け

宮沢賢治みやざわけんじ)・1969

AI生成この訳はAI(claude-sonnet-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-29

一 午後の授業

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一 午後の授業

「では、みなさん。川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしている、このぼんやり白いものが、ほんとうは何か知っていますか」

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「ではみなさんは、そういうふうに川だとわれたり、ちちながれたあとだとわれたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知しょうちですか」

先生は、黒板につるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯(ぎんがたい・天の川のように白く見える帯)のようなところを指しながら、みんなに問いをかけました。

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先生は、黒板こくばんにつるした大きな黒い星座せいざの図の、上から下へ白くけぶった銀河帯ぎんがたいのようなところをしながら、みんなにいをかけました。

カムパネルラが手をあげました。

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カムパネルラが手をあげました。

それから四、五人手をあげました。

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それから四、五人手をあげました。

ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。

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ジョバンニも手をあげようとして、いそいでそのままやめました。

たしかに、あれはみんな星だと、いつか雑誌で読んだことがありました。けれどもこのごろのジョバンニは、毎日教室でもねむくて、本を読む時間も読む本もありませんでした。だから、なんだかどんなこともよくわからないような気持ちがするのでした。

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たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌ざっしで読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持きもちがするのでした。

ところが先生は早くもそれを見つけたのでした。

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ところが先生は早くもそれを見つけたのでした。

「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう」

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「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう」

ジョバンニは勢いよく立ちあがりました。けれども、立ってみると、もうはっきり答えることができませんでした。

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ジョバンニはいきおいよく立ちあがりましたが、立ってみるともうはっきりとそれを答えることができないのでした。

ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。

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ザネリが前のせきからふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。

ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。

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ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。

先生がまた言いました。

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先生がまたいました。

「大きな望遠鏡で銀河をよく調べると、銀河はだいたい何でしょう」

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「大きな望遠鏡ぼうえんきょう銀河ぎんがをよっく調しらべると銀河ぎんがはだいたい何でしょう」

やっぱり星だとジョバンニは思いましたが、こんどもすぐに答えることができませんでした。

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やっぱり星だとジョバンニは思いましたが、こんどもすぐに答えることができませんでした。

先生はしばらく困ったようすでしたが、眼をカムパネルラの方へ向けて、

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先生はしばらくこまったようすでしたが、をカムパネルラの方へけて、

「ではカムパネルラさん」

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「ではカムパネルラさん」

と名指しました。

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名指なざしました。

すると、あんなに元気に手をあげたカムパネルラが、もじもじと立ち上がったまま、やはり答えることができませんでした。

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するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上がったままやはり答えができませんでした。

先生は意外そうに、しばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで、

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先生は意外いがいなようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、いそいで、

「では、よし」

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「では、よし」

と言いながら、自分で星図を指しました。

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いながら、自分で星図をしました。

「このぼんやり白い銀河を、大きくていい望遠鏡で見ますと、たくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさん、そうでしょう」

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「このぼんやりと白い銀河ぎんがを大きないい望遠鏡ぼうえんきょうで見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう」

ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。

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ジョバンニはまっになってうなずきました。

けれどもいつか、ジョバンニの眼の中には涙がいっぱいになりました。

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けれどもいつかジョバンニののなかにはなみだがいっぱいになりました。

そうだ、ぼくは知っていたのだ。もちろんカムパネルラも知っている。それは、カムパネルラのお父さんの博士の家で、カムパネルラといっしょに読んだ雑誌の中にあったのだ。

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そうだぼくは知っていたのだ、もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士はかせのうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌ざっしのなかにあったのだ。

それだけでなく、カムパネルラはその雑誌を読むと、すぐにお父さんの書斎(しょさい・本を読んだり仕事をしたりする部屋)から大きな本を持ってきました。そして「ぎんが」というところをひらき、まっ黒なページいっぱいに白い点々のある美しい写真を、二人でいつまでも見たのでした。

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それどこでなくカムパネルラは、その雑誌ざっしを読むと、すぐお父さんの書斎しょさいからおおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒なページいっぱいに白に点々てんてんのあるうつくしい写真しゃしんを二人でいつまでも見たのでした。

それをカムパネルラが忘れるはずはありません。それなのにすぐに返事をしなかったのは、こういうわけだとジョバンニは思いました。このごろぼくは、朝も午後も仕事がつらくて、学校に来てもみんなと元気に遊ばず、カムパネルラともあまり口をきかなくなりました。カムパネルラはそれを知って、気の毒に思い、わざと返事をしなかったのだ。そう考えると、たまらないほど、自分もカムパネルラもかわいそうなような気がするのでした。

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それをカムパネルラがわすれるはずもなかったのに、すぐに返事へんじをしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午後にも仕事しごとがつらく、学校に出てももうみんなともはきはきあそばず、カムパネルラともあんまり物をわないようになったので、カムパネルラがそれを知ってきのどくがってわざと返事へんじをしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。

先生はまた言いました。

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先生はまたいました。

「ですから、もしこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星は、みんなその川の底の砂や砂利の粒にあたるわけです。また、これを大きな乳の流れだと考えるなら、もっと天の川によく似ています。つまり、その星はみな、乳の中に細かく浮かんでいる脂油(あぶら)の玉にあたるのです。それでは、何がその川の水にあたるかと言いますと、それは真空(しんくう・何もない空間)という、光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮かんでいるのです。つまり、私たちも天の川の水の中に棲んでいるわけです。そして、その天の川の水の中から四方を見ると、水が深いところほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど、星がたくさん集まって見え、したがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい」

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「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこのすな砂利じゃりつぶにもあたるわけです。またこれをおおきなちちながれと考えるなら、もっと天の川とよくています。つまりその星はみな、ちちのなかにまるでこまかにうかんでいる脂油あぶらたまにもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかといますと、それは真空しんくうという光をあるはやさでつたえるもので、太陽たいよう地球ちきゅうもやっぱりそのなかにかんでいるのです。つまりはわたしどもも天の川の水のなかにんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川のそこふかく遠いところほど星がたくさん集まって見え、したがって白くぼんやり見えるのです。この模型もけいをごらんなさい」

先生は、中にたくさん光る砂のつぶが入った、大きな両面の凸レンズ(とつレンズ・真ん中がふくらんだ形のレンズ)を指しました。

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先生は中にたくさん光るすなのつぶのはいった大きな両面りょうめんとつレンズをしました。

「天の川の形は、ちょうどこんなふうなのです。この一つ一つの光るつぶは、みんな私たちの太陽と同じように、自分で光っている星だと考えます。私たちの太陽が、このほぼ真ん中にあって、地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは、夜にこの真ん中に立って、このレンズの中を見まわしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄いので、わずかの光る粒、すなわち星しか見えないでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒、すなわち星がたくさん見えて、その遠いところはぼうっと白く見えます。これがつまり、今日の銀河の説なのです。それでは、このレンズの大きさがどれくらいあるか、また、その中のさまざまな星については、もう時間ですから、この次の理科の時間にお話しします。では、今日はその銀河のお祭りですから、みなさんは外に出て、よく空をごらんなさい。では、ここまでです。本やノートをしまいなさい」

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「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんなわたしどもの太陽たいようと同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽たいようがこのほぼ中ごろにあって地球ちきゅうがそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズがうすいのでわずかの光るつぶすなわち星しか見えないでしょう。こっちやこっちの方はガラスがあついので、光るつぶすなわち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるという、これがつまり今日の銀河ぎんがせつなのです。そんならこのレンズの大きさがどれくらいあるか、またその中のさまざまの星についてはもう時間ですから、このつぎの理科の時間にお話します。では今日はその銀河ぎんがのおまつりなのですから、みなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい」

そして教室じゅうは、しばらく机のふたをあけたりしめたり、本を重ねたりする音でいっぱいでした。けれども、まもなくみんなはきちんと立って礼をすると、教室を出ました。

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そして教室じゅうはしばらくつくえふたをあけたりしめたり本をかさねたりする音がいっぱいでしたが、まもなくみんなはきちんと立ってれいをすると教室を出ました。

二 活版所(かっぱんじょ・活字を組んで印刷をする場所)

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二 活版所かっぱんじょ

ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七、八人は家へ帰らず、カムパネルラをまん中にして、校庭のすみの桜の木のところに集まっていました。

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ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七、八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭こうていすみさくらの木のところにあつまっていました。

それは、今夜の星祭りに、青いあかりをこしらえて川へ流す烏瓜(からすうり)を取りに行く相談らしかったのです。

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それはこんやの星祭ほしまつりに青いあかりをこしらえて川へなが烏瓜からすうりりに行く相談そうだんらしかったのです。

けれども、ジョバンニは手を大きく振って、どしどし学校の門を出てきました。

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けれどもジョバンニは手を大きくってどしどし学校のもんを出て来ました。

すると、町の家々では、今夜の銀河の祭りのために、いちいの葉の玉をつるしたり、ひのきの枝にあかりをつけたり、いろいろ支度をしているのでした。

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すると町の家々ではこんやの銀河ぎんがまつりにいちいのたまをつるしたり、ひのきのえだにあかりをつけたり、いろいろしたくをしているのでした。

家へは帰らず、ジョバンニは町を三つ曲がったところにある大きな活版所に入りました。靴をぬいで上がると、つき当たりの大きな扉をあけました。

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家へは帰らずジョバンニが町を三つがってある大きな活版所かっぱんじょにはいってくつをぬいで上がりますと、き当たりの大きなとびらをあけました。

中では、まだ昼間なのに電燈がついていて、たくさんの輪転機(りんてんき・印刷をする機械)が、ばたりばたりと回っていました。きれで頭をしばったり、ランプの傘(かさ)をかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながら、たくさん働いていました。

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中にはまだひるなのに電燈でんとうがついて、たくさんの輪転機りんてんきがばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさんはたらいておりました。

ジョバンニは、入口からすぐ三番目の高いテーブルにすわった人の所へ行って、おじぎをしました。

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ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子テーブルにすわった人のところへ行っておじぎをしました。

その人はしばらく棚をさがしてから、

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その人はしばらくたなをさがしてから、

「これだけ拾って行けるかね」

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「これだけひろって行けるかね」

と言いながら、一枚の紙切れを渡しました。

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いながら、一枚の紙切れをわたしました。

ジョバンニは、その人のテーブルの足もとから、小さな平たい箱を一つ取り出しました。そして、電燈がたくさんついた壁のすみ、活字がたてかけてある場所へしゃがみ込むと、小さなピンセットで、粟粒(あわつぶ)くらいの活字を、次から次へと拾いはじめました。

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ジョバンニはその人の卓子テーブルの足もとから一つの小さなひらたいはこをとりだしてこうの電燈でんとうのたくさんついた、たてかけてあるかべすみところへしゃがみむと、小さなピンセットでまるで粟粒あわつぶぐらいの活字かつじつぎからつぎへとひろいはじめました。

青い胸あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、

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青いむねあてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、

「よう、虫めがね君、お早う」

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「よう、虫めがねくん、お早う」

と言うと、近くの四、五人の人たちが、声も立てず、こっちを向きもせずに、冷たく笑いました。

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いますと、近くの四、五人の人たちが声もたてずこっちもかずにつめたくわらいました。

ジョバンニは何べんも眼をぬぐいながら活字をだんだんひろいました。

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ジョバンニは何べんもをぬぐいながら活字かつじをだんだんひろいました。

六時が鳴ってしばらくたったころ、ジョバンニは、拾った活字をいっぱいに入れた平たい箱を、もういちど手に持った紙きれと引き合わせてから、さっきのテーブルの人のところへ持っていきました。

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六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニはひろった活字かつじをいっぱいに入れたひらたいはこをもういちど手にもった紙きれと引き合わせてから、さっきの卓子テーブルの人へって来ました。

その人は黙ってそれを受け取ってかすかにうなずきました。

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その人はだまってそれをってかすかにうなずきました。

ジョバンニはおじぎをすると扉をあけて計算台のところに来ました。

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ジョバンニはおじぎをするととびらをあけて計算台のところに来ました。

すると白服を着た人がやっぱりだまって小さな銀貨を一つジョバンニに渡しました。

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すると白服しろふくた人がやっぱりだまって小さな銀貨ぎんかを一つジョバンニにわたしました。

ジョバンニは急に顔色がよくなって、元気よくおじぎをすると、台の下に置いたかばんを持って、外へ飛び出しました。

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ジョバンニはにわかに顔いろがよくなって威勢いせいよくおじぎをすると、台の下にいたかばんをもっておもてへびだしました。

それから、元気よく口笛を吹きながらパン屋に寄って、パンのかたまりを一つと角砂糖を一袋買うと、一目散に走りだしました。

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それから元気よく口笛くちぶえきながらパンってパンのかたまりを一つと角砂糖かくざとうを一ふくろ買いますといちもくさんに走りだしました。

三 家

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三 家

ジョバンニが勢いよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。

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ジョバンニがいきおいよく帰って来たのは、ある裏町うらまちの小さな家でした。

三つならんだ入口のいちばん左側には、空き箱に紫色のケールやアスパラガスが植えてあり、小さな二つの窓には、日よけがおりたままになっていました。

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その三つならんだ入口のいちばん左側ひだりがわには空箱あきばこむらさきいろのケールやアスパラガスがえてあって小さな二つのまどには日覆ひおおいがおりたままになっていました。

「お母さん、いま帰ったよ。ぐあい悪くなかったの」

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「お母さん、いま帰ったよ。ぐあいわるくなかったの」

ジョバンニは靴をぬぎながら言いました。

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ジョバンニはくつをぬぎながら言いました。

「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼しくてね。わたしはずうっとぐあいがいいよ」

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「ああ、ジョバンニ、お仕事しごとがひどかったろう。今日きょうすずしくてね。わたしはずうっとぐあいがいいよ」

ジョバンニが玄関を上がっていくと、ジョバンニのお母さんは、すぐ入口の部屋で、白い布をかぶって休んでいました。

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ジョバンニは玄関げんかんを上がって行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口のへやに白いきれをかぶってやすんでいたのでした。

ジョバンニは窓をあけました。

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ジョバンニはまどをあけました。

「お母さん、今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って」

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「お母さん、今日は角砂糖かくざとうを買ってきたよ。牛乳ぎゅうにゅうに入れてあげようと思って」

「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから」

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「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから」

「お母さん。姉さんはいつ帰ったの」

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「お母さん。ねえさんはいつ帰ったの」

「ああ、三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね」

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「ああ、三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね」

「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか」

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「お母さんの牛乳ぎゅうにゅうは来ていないんだろうか」

「来なかったろうかねえ」

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「来なかったろうかねえ」

「ぼく行ってとって来よう」

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「ぼく行ってとって来よう」

「ああ、あたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ」

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「ああ、あたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、ねえさんがね、トマトで何かこしらえてそこへいて行ったよ」

「ではぼくたべよう」

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「ではぼくたべよう」

ジョバンニは窓のところからトマトの皿をとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。

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ジョバンニはまどのところからトマトのさらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。

「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ」

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「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ」

「ああ、あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの」

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「ああ、あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの」

「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁はたいへんよかったと書いてあったよ」

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「だって今朝けさの新聞に今年は北の方のりょうはたいへんよかったと書いてあったよ」

「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない」

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「ああだけどねえ、お父さんはりょうへ出ていないかもしれない」

「きっと出ているよ。お父さんが監獄(かんごく・罪を犯した人を閉じ込めておく所)へ入るような、そんな悪いことをしたはずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校に寄贈(きぞう・贈ること)した大きな蟹の甲らや、となかいの角だって、今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか、授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ」

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「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへはいるようなそんなわるいことをしたはずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうしたおおきなかにこうらだのとなかいのつのだの今だってみんな標本室ひょうほんしつにあるんだ。六年生なんか授業じゅぎょうのとき先生がかわるがわる教室へって行くよ」

「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ」

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「お父さんはこのつぎはおまえにラッコの上着うわぎをもってくるといったねえ」

「みんながぼくにあうとそれを言うよ。ひやかすように言うんだ」

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「みんながぼくにあうとそれをうよ。ひやかすようにうんだ」

「おまえに悪口を言うの」

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「おまえに悪口わるくちうの」

「うん。けれども、カムパネルラは決して言わない。カムパネルラは、みんながそんなことを言うとき、気の毒そうにしているよ」

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「うん、けれどもカムパネルラなんかけっしてわない。カムパネルラはみんながそんなことをうときはきのどくそうにしているよ」

「カムパネルラのお父さんとうちのお父さんとは、ちょうどおまえたちのように、小さいときからのお友達だったそうだよ」

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「カムパネルラのお父さんとうちのお父さんとは、ちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達ともだちだったそうだよ」

「ああ、だからお父さんはぼくをつれて、カムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中、たびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちには、アルコールランプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合わせると丸くなって、電柱や信号標もついていた。信号標のあかりは、汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき、石油をつかったら、缶がすっかりすすけたよ」

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「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちにった。カムパネルラのうちにはアルコールランプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合わせるとまるくなってそれに電柱でんちゅう信号標しんごうひょうもついていて信号標しんごうひょうのあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油せきゆをつかったら、かんがすっかりすすけたよ」

「そうかねえ」

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「そうかねえ」

「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家じゅうまだしいんとしているからな」

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「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家じゅうまだしいんとしているからな」

「早いからねえ」

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「早いからねえ」

「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒(ほうき)のようだ。ぼくが行くと、鼻を鳴らしてついてくるよ。ずっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜のあかりを川へ流しに行くんだって。きっと犬もついて行くよ」

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「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるでほうきのようだ。ぼくが行くとはなを鳴らしてついてくるよ。ずうっと町のかどまでついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ」

「そうだ。今晩は銀河のお祭りだねえ」

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「そうだ。今晩こんばん銀河ぎんがのおまつりだねえ」

「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ」

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「うん。ぼく牛乳ぎゅうにゅうをとりながら見てくるよ」

「ああ行っておいで。川へははいらないでね」

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「ああ行っておいで。川へははいらないでね」

「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ」

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「ああぼくきしから見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ」

「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんといっしょなら心配はないから」

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「もっとあそんでおいで。カムパネルラさんといっしょなら心配しんぱいはないから」

「ああきっといっしょだよ。お母さん、窓をしめておこうか」

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「ああきっといっしょだよ。お母さん、窓をしめておこうか」

「ああ、どうか。もう涼しいからね」

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「ああ、どうか。もうすずしいからね」

ジョバンニは立って窓をしめ、お皿やパンの袋をかたづけると勢いよく靴をはいて、

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ジョバンニは立ってまどをしめ、おさらやパンのふくろをかたづけるといきおいよくくつをはいて、

「では一時間半で帰ってくるよ」

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「では一時間はんで帰ってくるよ」

と言いながら暗い戸口を出ました。

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いながらくら戸口とぐちを出ました。

四 ケンタウル祭の夜

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四 ケンタウルさいの夜

ジョバンニは、口笛を吹いているようなさびしい口つきで、檜(ひのき)がまっ黒にならんだ町の坂をおりて来ました。

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ジョバンニは、口笛くちぶえいているようなさびしい口つきで、ひのきのまっ黒にならんだ町のさかをおりて来たのでした。

坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光って立っていました。

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さかの下に大きな一つの街燈がいとうが、青白く立派りっぱに光って立っていました。

ジョバンニが、どんどん電燈の方へおりて行くと、それまでお化けのように長くぼんやりうしろへ伸びていたジョバンニの影法師は、だんだん濃く黒くはっきりして、足をあげたり手を振ったりしながら、ジョバンニの横の方へまわって来るのでした。

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ジョバンニが、どんどん電燈でんとうの方へおりて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていたジョバンニのかげぼうしは、だんだんく黒くはっきりなって、足をあげたり手をったり、ジョバンニのよこの方へまわって来るのでした。

(ぼくは立派な機関車だ。

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(ぼくは立派りっぱ機関車きかんしゃだ。

ここは勾配(こうばい・坂の傾き)だから速いぞ。

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ここは勾配こうばいだからはやいぞ。

ぼくはいまその電燈を通り越す。

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ぼくはいまその電燈でんとうを通りす。

そうら、こんどはぼくの影法師はコンパスだ。

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そうら、こんどはぼくの影法師かげぼうしはコンパスだ。

あんなにくるっとまわって、前の方へ来た)

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あんなにくるっとまわって、前の方へ来た)

とジョバンニが思いながら、大またでその街燈の下を通り過ぎたとき、いきなり、昼間のザネリが、新しい、えりのとがったシャツを着て、電燈の向こう側の暗い小路から出てきて、ひらっとジョバンニとすれちがいました。

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とジョバンニが思いながら、大股おおまたにその街燈がいとうの下を通りぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新しいえりのとがったシャツをて、電燈でんとうこうがわくら小路こうじから出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。

「ザネリ、烏瓜ながしに行くの」

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「ザネリ、烏瓜からすうりながしに行くの」

ジョバンニがまだそう言ってしまわないうちに、

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ジョバンニがまだそうってしまわないうちに、

「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着が来るよ」

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「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着うわぎが来るよ」

その子が投げつけるようにうしろから叫びました。

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その子がげつけるようにうしろからさけびました。

ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこらじゅうきいんと鳴るように思いました。

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ジョバンニは、ばっとむねがつめたくなり、そこらじゅうきいんと鳴るように思いました。

「なんだい、ザネリ」

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「なんだい、ザネリ」

とジョバンニは高く叫び返しましたが、もうザネリは向こうのひばの植わった家の中へはいっていました。

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とジョバンニは高くさけかえしましたが、もうザネリはこうのひばのわった家の中へはいっていました。

(ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを言うのだろう。

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(ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことをうのだろう。

走るときはまるで鼠のようなくせに。

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走るときはまるでねずみのようなくせに。

ぼくがなんにもしないのにあんなことを言うのはザネリがばかなからだ)

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ぼくがなんにもしないのにあんなことをうのはザネリがばかなからだ)

ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯や木の枝で、すっかりきれいに飾られた街を通って行きました。

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ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまのあかりや木のえだで、すっかりきれいにかざられたまちを通って行きました。

時計屋の店には、明るくネオン燈がついていました。一秒ごとに、石で作ったふくろうの赤い眼がくるっくるっと動いたり、いろいろな宝石が、海のような色をした厚いガラスの盤に載って、星のようにゆっくりめぐったり、また向こう側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。

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時計屋とけいやの店には明るくネオンとうがついて、一びょうごとに石でこさえたふくろうの赤いが、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石ほうせきが海のような色をしたあつ硝子ガラスばんって、星のようにゆっくりめぐったり、またこうがわから、どうの人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。

そのまん中には、まるい黒い星座早見(せいざはやみ・星の位置を調べる道具)が、青いアスパラガスの葉で飾ってありました。

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そのまん中にまるい黒い星座早見せいざはやみが青いアスパラガスのかざってありました。

ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。

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ジョバンニはわれをわすれて、その星座せいざの図に見入りました。

それは、昼に学校で見たあの図よりずっと小さいものでした。けれども、その日と時間に合わせて盤をまわすと、そのとき出ている空が、そのまま楕円形の中にめぐって現れるようになっていました。やはりそのまん中には、上から下へかけて銀河が、ぼうっとけむったような帯になっていて、その下の方では、かすかに爆発して湯気でもあげているように見えるのでした。

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それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですが、その日と時間に合わせてばんをまわすと、そのとき出ているそらがそのまま楕円形だえんけいのなかにめぐってあらわれるようになっており、やはりそのまん中には上から下へかけて銀河ぎんががぼうとけむったようなおびになって、その下の方ではかすかに爆発ばくはつしてげでもあげているように見えるのでした。

また、そのうしろには、三本の脚のついた小さな望遠鏡が黄色に光って立っていました。いちばんうしろの壁には、空じゅうの星座を、ふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形に描いた大きな図がかかっていました。

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またそのうしろには三本のあしのついた小さな望遠鏡ぼうえんきょうが黄いろに光って立っていましたし、いちばんうしろのかべには空じゅうの星座せいざをふしぎなけものへびや魚やびんの形に書いた大きながかかっていました。

ほんとうに、こんな蠍(さそり)や勇士が、空にぎっしりいるのだろうか。ああ、ぼくはその中をどこまでも歩いてみたいなあ。そんなことを思いながら、ジョバンニはしばらくぼんやり立っていました。

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ほんとうにこんなようなさそりだの勇士ゆうしだのそらにぎっしりいるだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いてみたいと思ってたりしてしばらくぼんやり立っていました。

それからにわかにお母さんの牛乳のことを思いだしてジョバンニはその店をはなれました。

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それからにわかにお母さんの牛乳ぎゅうにゅうのことを思いだしてジョバンニはその店をはなれました。

そしてきゅうくつな上着の肩を気にしながら、それでもわざと胸を張って大きく手を振って町を通って行きました。

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そしてきゅうくつな上着うわぎかたを気にしながら、それでもわざとむねって大きく手をって町を通って行きました。

空気は澄みきって、まるで水のように通りや店の中を流れていました。街燈はみな、まっ青なもみや楢(なら)の枝で包まれ、電気会社の前の六本のプラタナスの木などは、中にたくさんの豆電燈がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えるのでした。

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空気はみきって、まるで水のように通りや店の中をながれましたし、街燈がいとうはみなまっ青なもみやならえだつつまれ、電気会社の前の六本のプラタナスの木などは、中にたくさんの豆電燈まめでんとうがついて、ほんとうにそこらは人魚のみやこのように見えるのでした。

子どもたちは、みんな新しい折り目のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、

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子どもらは、みんな新しいおりのついた着物きものて、星めぐりの口笛くちぶえいたり、

「ケンタウルス、露をふらせ」

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「ケンタウルス、つゆをふらせ」

と叫んで走ったり、青いマグネシウムの花火を燃やしたりして、楽しそうに遊んでいるのでした。

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さけんで走ったり、青いマグネシヤの花火をしたりして、たのしそうにあそんでいるのでした。

けれども、ジョバンニは、いつのまにかまた深くうつむいて、そこらのにぎやかさとはまるでちがうことを考えながら、牛乳屋の方へ急ぐのでした。

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けれどもジョバンニは、いつかまたふかくびをたれて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋ぎゅうにゅうやの方へいそぐのでした。

ジョバンニは、いつのまにか、町はずれのポプラの木が何本も何本も、高く星空に浮かんでいるところまで来ていました。

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ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が幾本いくほん幾本いくほんも、高く星ぞらにかんでいるところに来ていました。

その牛乳屋の黒い門をはいり、牛のにおいのするうすくらい台所の前に立って、ジョバンニは帽子をぬいで、

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その牛乳屋ぎゅうにゅうやの黒いもんをはいり、牛のにおいのするうすくらい台所だいどころの前に立って、ジョバンニは帽子ぼうしをぬいで、

「今晩は」

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今晩こんばんは」

と言いましたが、家の中はしいんとしていて、誰もいないようでした。

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いましたら、家の中はしいんとしてだれもいたようではありませんでした。

「今晩は、ごめんなさい」

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今晩こんばんは、ごめんなさい」

ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫びました。

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ジョバンニはまっすぐに立ってまたさけびました。

するとしばらくたってから、年とった女の人が、どこかぐあいが悪いようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中で言いました。

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するとしばらくたってから、年とった女の人が、どこかぐあいがわるいようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中でいました。

「あの、今日、牛乳がぼくのところへ来なかったので、もらいにあがったんです」

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「あの、今日、牛乳ぎゅうにゅうぼく※とこへ来なかったので、もらいにあがったんです」

ジョバンニが、一生けんめい、勢いよく言いました。

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ジョバンニが一生けんめいいきおいよくいました。

「いま誰もいないでわかりません。あしたにしてください」

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「いまだれもいないでわかりません。あしたにしてください」

その人は赤い眼の下のとこをこすりながら、ジョバンニを見おろして言いました。

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その人は赤いの下のとこをこすりながら、ジョバンニを見おろしていました。

「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです」

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「おっかさんが病気びょうきなんですから今晩こんばんでないとこまるんです」

「ではもう少したってから来てください」

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「ではもう少したってから来てください」

その人はもう行ってしまいそうでした。

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その人はもう行ってしまいそうでした。

「そうですか。ではありがとう」

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「そうですか。ではありがとう」

ジョバンニは、お辞儀をして台所から出ました。

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ジョバンニは、お辞儀じぎをして台所だいどころから出ました。

十字になった町の角を曲がろうとしたとき、向こうの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れていました。六、七人の生徒たちが、口笛を吹いたり笑ったりしながら、めいめい烏瓜のあかりを持ってやって来るのが見えました。

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十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、こうのはしへ行く方の雑貨店ざっかてんの前で、黒いかげやぼんやり白いシャツが入りみだれて、六、七人の生徒らが、口笛くちぶえいたりわらったりして、めいめい烏瓜からすうり燈火あかりってやってるのをました。

その笑い声も口笛も、みんな聞きおぼえのあるものでした。

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そのわらい声も口笛くちぶえも、みんな聞きおぼえのあるものでした。

ジョバンニの同級の子どもたちだったのです。

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ジョバンニの同級どうきゅう子供こどもらだったのです。

ジョバンニは思わずどきっとして戻ろうとしましたが、思い直して、いっそう勢いよくそっちへ歩いて行きました。

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ジョバンニは思わずどきっとしてもどろうとしましたが、思いなおして、いっそういきおいよくそっちへ歩いて行きました。

「川へ行くの」

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「川へ行くの」

ジョバンニが言おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、

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ジョバンニがおうとして、少しのどがつまったように思ったとき、

「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ」

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「ジョバンニ、ラッコの上着うわぎが来るよ」

さっきのザネリがまた叫びました。

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さっきのザネリがまたさけびました。

「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ」

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「ジョバンニ、ラッコの上着うわぎが来るよ」

すぐみんなが、続いて叫びました。

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すぐみんなが、つづいてさけびました。

ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、急いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。

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ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、いそいで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。

カムパネルラはきのどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。

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カムパネルラはきのどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。

ジョバンニは、にげるようにその眼をさけました。そして、カムパネルラのせいの高いかたちが通り過ぎて行くと、まもなく、みんなはてんでに口笛を吹きました。

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ジョバンニは、にげるようにそのけ、そしてカムパネルラのせいの高いかたちがぎて行ってまもなく、みんなはてんでに口笛くちぶえきました。

町かどを曲がるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。

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町かどをがるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。

そしてカムパネルラもまた、高く口笛を吹いて向こうにぼんやり見える橋の方へ歩いて行ってしまったのでした。

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そしてカムパネルラもまた、高く口笛くちぶえいてこうにぼんやり見えるはしの方へ歩いて行ってしまったのでした。

ジョバンニは、なんとも言えずさびしくなって、いきなり走りだしました。

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ジョバンニは、なんともえずさびしくなって、いきなり走りだしました。

すると、耳に手をあてて、わあわあと言いながら片足でぴょんぴょん跳んでいた小さな子どもたちは、ジョバンニがおもしろくて走るのだと思って、わあいと叫びました。

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すると耳に手をあてて、わあわあといながら片足かたあしでぴょんぴょんんでいた小さな子供こどもらは、ジョバンニがおもしろくてかけるのだと思って、わあいとさけびました。

まもなくジョバンニは走りだして黒い丘の方へ急ぎました。

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まもなくジョバンニは走りだして黒いおかの方へいそぎました。

五 天気輪の柱

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五 天気輪てんきりんはしら

牧場のうしろは、ゆるやかな丘になっていました。その黒い平らな頂上は、北の大熊星(おおくまぼし)の下に、ぼんやりと、ふだんより低く連なって見えました。

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牧場ぼくじょうのうしろはゆるいおかになって、その黒いたいらな頂上ちょうじょうは、北の大熊星おおくまぼしの下に、ぼんやりふだんよりもひくく、つらなって見えました。

ジョバンニは、もう露のおりた小さな林の小道を、どんどんのぼって行きました。

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ジョバンニは、もうつゆりかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。

まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さな道が、一すじ白く、星あかりに照らし出されていました。

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まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりにらしだされてあったのです。

草の中には、ぴかぴかと青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青く透かし出されていました。ジョバンニは、さっきみんなが持って行った烏瓜のあかりのようだとも思いました。

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草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、あるは青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなのって行った烏瓜からすうりのあかりのようだとも思いました。

そのまっ黒な、松や楢の林を越えると、急にがらんと空がひらけました。天の川が白く、南から北へわたっているのが見え、また頂上の天気輪の柱も見分けられたのでした。

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そのまっ黒な、まつならの林をえると、にわかにがらんと空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へわたっているのが見え、またいただきの、天気輪てんきりんはしらも見わけられたのでした。

つりがねそうか野ぎくの花が、そこらいちめんに、夢の中からでも香りだしたというように咲いていました。鳥が一羽、丘の上を鳴きつづけながら通って行きました。

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つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、ゆめの中からでもかおりだしたというようにき、鳥が一ぴきおかの上を鳴きつづけながら通って行きました。

ジョバンニは、頂上の天気輪の柱の下に来て、ほてったからだを、つめたい草に投げ出しました。

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ジョバンニは、いただき天気輪てんきりんはしらの下に来て、どかどかするからだを、つめたい草にげました。

町の灯は、闇の中を、まるで海の底のお宮のけしきのようにともっていました。子どもたちの歌う声や口笛、きれぎれの叫び声も、かすかに聞こえてくるのでした。

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町のあかりは、やみの中をまるで海のそこのおみやのけしきのようにともり、子供こどもらの歌う声や口笛くちぶえ、きれぎれのさけび声もかすかに聞こえて来るのでした。

風が遠くで鳴り、丘の草もしずかにそよぎ、ジョバンニの汗でぬれたシャツもつめたく冷やされました。

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風が遠くで鳴り、おかの草もしずかにそよぎ、ジョバンニのあせでぬれたシャツもつめたくやされました。

野原から汽車の音が聞こえてきました。

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野原から汽車の音が聞こえてきました。

その小さな列車の窓は、一列に小さく赤く見えました。その中には、たくさんの旅人が、りんごをむいたり、笑ったりしていろいろにしていると考えると、ジョバンニは、もうなんとも言えずかなしくなって、また眼を空へ挙げました。

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その小さな列車れっしゃまど一列いちれつ小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人たびびとが、苹果りんごをむいたり、わらったり、いろいろなふうにしていると考えますと、ジョバンニは、もうなんともえずかなしくなって、またをそらにげました。

(この間、原稿五枚分なし)

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(この間原稿げんこう枚分まいぶんなし)

ところが、いくら見ていても、その空は、昼に先生が言ったような、がらんとした冷たいところだとは思われませんでした。

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ところがいくら見ていても、そのそらは、ひる先生のったような、がらんとしたつめたいとこだとは思われませんでした。

それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のように考えられてしかたなかったのです。

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それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場ぼくじょうやらある野原のはらのように考えられてしかたなかったのです。

そしてジョバンニは、青い琴の星が三つにも四つにもなって、ちらちらまたたき、脚が何べんも出たり引っ込んだりして、とうとうきのこのように長く伸びるのを見ました。

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そしてジョバンニは青いことの星が、三つにも四つにもなって、ちらちらまたたき、あしが何べんも出たり引っんだりして、とうとうきのこのように長くびるのを見ました。

またすぐ眼の下のまちまでが、やっぱりぼんやりしたたくさんの星の集まりか一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。

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またすぐの下のまちまでが、やっぱりぼんやりしたたくさんの星のあつまりか一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。

六 銀河ステーション

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六 銀河ぎんがステーション

そしてジョバンニは、すぐうしろの天気輪の柱が、いつのまにかぼんやりした三角標(さんかくひょう・測量に使う目印の柱)の形になり、しばらく蛍のように、ぺかぺかと消えたりともったりしているのを見ました。

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そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪てんきりんはしらがいつかぼんやりした三角標さんかくひょうの形になって、しばらくほたるのように、ぺかぺかえたりともったりしているのを見ました。

それはだんだんはっきりして、とうとうぴんと動かないようになり、濃い鋼青(はがねいろ)のそらの野原に立ちました。

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それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、鋼青はがねのそらの野原にたちました。

いま新しく焼いたばかりの、青い鋼(はがね)の板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。

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いま新しくいたばかりの青いはがねいたのような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。

すると、どこかで、ふしぎな声が「銀河ステーション、銀河ステーション」と言うのが聞こえたと思うと、いきなり眼の前が、ぱっと明るくなりました。まるで、億万の蛍烏賊(ほたるいか)の火を、いっぺんに化石にして、空じゅうに沈めたようなぐあいでした。また、ダイヤモンド会社が、値段が安くならないように、わざと採れないふりをしてかくしておいたダイヤモンドを、誰かがいきなりひっくり返してばらまいたというふうにも見えました。眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼をこすってしまいました。

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するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ぎんがステーション、銀河ぎんがステーションとう声がしたと思うと、いきなりの前が、ぱっと明るくなって、まるで億万おくまん蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石かせきさせて、そらじゅうにしずめたというぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざとれないふりをして、かくしておいた金剛石こんごうせきを、だれかがいきなりひっくりかえして、ばらまいたというふうに、の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんもをこすってしまいました。

気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。

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気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニのっている小さな列車れっしゃが走りつづけていたのでした。

ほんとうに、ジョバンニは、夜の軽便鉄道(けいべんてつどう・小型の鉄道)の、小さな黄色の電燈がならんだ車室に、窓から外を見ながらすわっていたのです。

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ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道けいべんてつどうの、小さな黄いろの電燈でんとうのならんだ車室に、まどから外を見ながらすわっていたのです。

車室の中は、青いビロードを張った腰掛けが、まるでがらあきでした。向こうの鼠色のワニスを塗った壁には、真鍮(しんちゅう)の大きなボタンが二つ光っていました。

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車室の中は、青い天鵞絨ビロードった腰掛こしかけが、まるでがらあきで、こうのねずみいろのワニスをったかべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。

すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子どもが、窓から頭を出して外を見ているのに気がつきました。

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すぐ前のせきに、ぬれたようにまっ黒な上着うわぎを着た、せいの高い子供こどもが、窓から頭を出して外を見ているのに気がつきました。

そしてそのこどもの肩のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。

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そしてそのこどものかたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしてもだれだかわかりたくて、たまらなくなりました。

いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、にわかにその子どもが頭を引っ込めて、こっちを見ました。

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いきなりこっちもまどから顔を出そうとしたとき、にわかにその子供こどもが頭を引っめて、こっちを見ました。

それはカムパネルラだったのです。

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それはカムパネルラだったのです。

ジョバンニが、

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ジョバンニが、

カムパネルラ、きみは前からここにいたの、と言おうと思ったとき、カムパネルラが、

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カムパネルラ、きみは前からここにいたの、とおうと思ったとき、カムパネルラが、

「みんなはね、ずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった」

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「みんなはね、ずいぶん走ったけれどもおくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれどもいつかなかった」

と言いました。

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いました。

ジョバンニは、

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ジョバンニは、

(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出かけたのだ)とおもいながら、

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(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出かけたのだ)とおもいながら、

「どこかで待っていようか」

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「どこかでっていようか」

と言いました。

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いました。

するとカムパネルラは、

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するとカムパネルラは、

「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎えにきたんだ」

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「ザネリはもう帰ったよ。お父さんがむかいにきたんだ」

カムパネルラは、なぜかそう言いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。

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カムパネルラは、なぜかそういながら、少し顔いろが青ざめて、どこかくるしいというふうでした。

するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。

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するとジョバンニも、なんだかどこかに、何かわすれたものがあるというような、おかしな気持きもちがしてだまってしまいました。

ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いよく言いました。

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ところがカムパネルラは、まどから外をのぞきながら、もうすっかり元気がなおって、いきおいよくいました。

「ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれどかまわない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える」

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「ああしまった。ぼく、水筒すいとうわすれてきた。スケッチちょうわすれてきた。けれどかまわない。もうじき白鳥の停車場ていしゃばだから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くをんでいたって、ぼくはきっと見える」

そして、カムパネルラは、まるい板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。

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そして、カムパネルラは、まるいいたのようになった地図ちずを、しきりにぐるぐるまわして見ていました。

まったく、その中には、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って、一本の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。

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まったく、その中に、白くあらわされた天の川の左のきし沿って一じょう鉄道線路てつどうせんろが、南へ南へとたどって行くのでした。

そしてその地図の立派なことといったら、夜のようにまっ黒な盤の上に、一つ一つの停車場や三角標、泉水や森が、青や橙(だいだい)や緑の、美しい光でちりばめられていました。

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そしてその地図の立派りっぱなことは、夜のようにまっ黒なばんの上に、一々の停車場ていしゃば三角標さんかくひょう泉水せんすいや森が、青やだいだいみどりや、うつくしい光でちりばめられてありました。

ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。

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ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。

「この地図はどこで買ったの。黒曜石(こくようせき・黒くてガラスのような石)でできてるねえ」

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「この地図ちずはどこで買ったの。黒曜石こくようせきでできてるねえ」

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニがいました。

「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの」

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銀河ぎんがステーションで、もらったんだ。きみもらわなかったの」

「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちのいるとこ、ここだろう」

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「ああ、ぼく銀河ぎんがステーションを通ったろうか。いまぼくたちのいるとこ、ここだろう」

ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指しました。

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ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場ていしゃばのしるしの、すぐ北をしました。

「そうだ。おや、あの河原は月夜だろうか」

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「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか」

そっちを見ると、青白く光る銀河の岸に、銀色の空のすすきが、まるでいちめん、風にさらさらさらさらとゆられて動き、波を立てているのでした。

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そっちを見ますと、青白く光る銀河ぎんがきしに、ぎんいろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、なみを立てているのでした。

「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ」

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「月夜でないよ。銀河ぎんがだから光るんだよ」

ジョバンニは言いながら、まるではね上がりたいくらい愉快になって、足をこつこつ鳴らしました。そして窓から顔を出し、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら、一生けんめい伸びあがって、その天の川の水を見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもはっきりしませんでした。

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ジョバンニはいながら、まるではね上がりたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、まどから顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえきながら一生けんめいびあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。

けれども、だんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりも透きとおっていました。ときどき、眼のかげんか、ちらちらと紫色のこまかな波をたてたり、虹のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行きました。野原には、あっちにもこっちにも、燐光(りんこう・光る現象)の三角標が、美しく立っていたのです。

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けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素すいそよりもすきとおって、ときどきのかげんか、ちらちらむらさきいろのこまかななみをたてたり、にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどんながれて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこう三角標さんかくひょうが、うつくしく立っていたのです。

遠いものは小さく、近いものは大きく見えました。遠いものは橙や黄色ではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、あるいは三角形、あるいは四辺形、あるいは稲妻(いなずま)や鎖の形と、さまざまにならんで、野原いっぱいに光っているのでした。

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遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものはだいだいや黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、あるいは三角形さんかくけい、あるいは四辺形しへんけい、あるいはいなずまくさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱいに光っているのでした。

ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振りました。

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ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけにりました。

すると、ほんとうに、そのきれいな野原じゅうの青や橙の、いろいろにかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたりふるえたりしました。

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するとほんとうに、そのきれいな野原のはらじゅうの青やだいだいや、いろいろかがやく三角標さんかくひょうも、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたりふるえたりしました。

「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た」

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「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た」

ジョバンニは言いました。

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ジョバンニはいました。

「それに、この汽車は石炭をたいていないねえ」

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「それに、この汽車石炭せきたんをたいていないねえ」

ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら言いました。

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ジョバンニが左手をつき出してまどから前の方を見ながらいました。

「アルコールか電気だろう」

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「アルコールか電気だろう」

カムパネルラが言いました。

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カムパネルラがいました。

するとちょうど、それに答えるように、どこか遠くの遠くの、もやのもやの中から、セロ(チェロ)のようなごうごうした声が聞こえてきました。

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するとちょうど、それに返事へんじするように、どこか遠くの遠くのもやのもやの中から、セロのようなごうごうした声がきこえて来ました。

「ここの汽車は、蒸気(スティーム)や電気で動いていない。ただ、動くようにきまっているから動いているのだ。ごとごと音を立てていると、おまえたちはそう思っているけれども、それは、いままで音を立てる汽車にばかり慣れているためなのだ」

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「ここの汽車は、スティームや電気でうごいていない。ただうごくようにきまっているからうごいているのだ。ごとごと音をたてていると、そうおまえたちは思っているけれども、それはいままで音をたてる汽車にばかりなれているためなのだ」

「あの声、ぼくなんべんもどこかできいた」

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「あの声、ぼくなんべんもどこかできいた」

「ぼくだって、林の中や川で、何べんも聞いた」

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「ぼくだって、林の中や川で、何べんも聞いた」

ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、空のすすきが風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青白い微光(びこう・かすかな光)の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。

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ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点さんかくてんの青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。

「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ」

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「ああ、りんどうの花がいている。もうすっかり秋だねえ」

カムパネルラが、窓の外を指さして言いました。

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カムパネルラが、まどの外をゆびさしていました。

線路のへりになった短い芝草の中に、月長石(げっちょうせき・青白く光る宝石)ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。

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線路せんろのへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石げっちょうせきででもきざまれたような、すばらしいむらさきのりんどうの花がいていました。

「ぼく飛びおりて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか」

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「ぼくびおりて、あいつをとって、またってみせようか」

ジョバンニは胸をおどらせて言いました。

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ジョバンニはむねをおどらせていました。

「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから」

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「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから」

カムパネルラが、そう言ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。

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カムパネルラが、そうってしまうかしまわないうち、つぎのりんどうの花が、いっぱいに光ってぎて行きました。

と思ったら、もう次から次へと、たくさんの黄色い底を持ったりんどうの花のコップが、湧くように、雨のように、眼の前を通りすぎました。三角標の列は、けむるように、燃えるように、いよいよ光って立ったのです。

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と思ったら、もうつぎからつぎから、たくさんのきいろなそこをもったりんどうの花のコップが、くように、雨のように、の前を通り、三角標さんかくひょうれつは、けむるようにえるように、いよいよ光って立ったのです。

七 北十字とプリオシン海岸

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七 北十字きたじゅうじとプリオシン海岸かいがん

「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」

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「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」

いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、せきこんで言いました。

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いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、せきこんでいました。

ジョバンニは、

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ジョバンニは、

(ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙いろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。

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(ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見えるだいだいいろの三角標さんかくひょうのあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。

「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう」

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「ぼくはおっかさんが、ほんとうにさいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんのさいわいなんだろう」

カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。

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カムパネルラは、なんだか、きだしたいのを、一生けんめいこらえているようでした。

「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの」

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「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの」

ジョバンニはびっくりして叫びました。

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ジョバンニはびっくりしてさけびました。

「ぼくわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う」

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「ぼくわからない。けれども、だれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばんさいわいなんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う」

カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。

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カムパネルラは、なにかほんとうに決心けっしんしているように見えました。

にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。

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にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。

見ると、もうじつに、ダイヤモンドや草の露や、あらゆる美しさを集めたような、きらびやかな銀河の川底の上を、水は声もなくかたちもなく流れていました。その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光(ごこう・仏や聖なるものの光)のさした一つの島が見えるのでした。

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見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草のつゆやあらゆる立派りっぱさをあつめたような、きらびやかな銀河ぎんが河床かわどこの上を、水は声もなくかたちもなくながれ、そのながれのまん中に、ぼうっと青白く後光ごこうした一つのしまが見えるのでした。

その島の平らな頂上に、立派な、眼もさめるような白い十字架が立っていました。それは、凍った北極の雲で鋳(い)たとでも言ったらいいような姿で、すきっとした金色の円光をいただいて、しずかに永遠に立っているのでした。

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そのしまたいらないただきに、立派りっぱもさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう、こおった北極ほっきょくの雲でたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久えいきゅうに立っているのでした。

「ハレルヤ、ハレルヤ」

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「ハレルヤ、ハレルヤ」

前からもうしろからも声が起こりました。

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前からもうしろからも声がこりました。

ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐに着物のひだを垂らし、黒い聖書(バイブル)を胸にあてたり、水晶の数珠をかけたりして、どの人もつつましく指を組み合わせて、そちらに祈っているのでした。

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ふりかえって見ると、車室の中の旅人たびびとたちは、みなまっすぐにきもののひだをれ、黒いバイブルをむねにあてたり、水晶すいしょう数珠じゅずをかけたり、どの人もつつましくゆびを組み合わせて、そっちにいのっているのでした。

思わず二人ともまっすぐに立ちあがりました。

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思わず二人ふたりともまっすぐに立ちあがりました。

カムパネルラの頬は、まるで熟したりんごの赤さのように、美しくかがやいて見えました。

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カムパネルラのほおは、まるでじゅくした苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。

そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。

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そしてしま十字架じゅうじかとは、だんだんうしろの方へうつって行きました。

向こう岸も、青白くぼうっと光ってけむり、時々、やはりすすきが風にひるがえるらしく、さっと銀色がけむって、息でもかけたように見えました。また、たくさんのりんどうの花が、草にかくれたり出たりするのは、やさしい狐火(きつねび)のように思われました。

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こうぎしも、青じろくぼうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとそのぎんいろがけむって、いきでもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。

それもほんのちょっとの間で、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられました。白鳥の島は、二度ばかりうしろの方に見えましたが、じきにずっと遠く小さく、絵のようになってしまいました。そして、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。

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それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきのれつでさえぎられ、白鳥のしまは、二ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。

ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒い頭巾(ずきん)をかぶったカトリックふうの尼さんが、まんまるな緑の瞳をじっとまっすぐに落として、まだ何かことばか声かが、そちらから伝わって来るのを、つつしんで聞いているというように見えました。

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ジョバンニのうしろには、いつからっていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリックふうのあまさんが、まんまるなみどりひとみを、じっとまっすぐにとして、まだ何かことばか声かが、そっちからつたわって来るのを、つつしんで聞いているというように見えました。

旅人たちはしずかに席に戻り、二人も、胸いっぱいのかなしみに似た新しい気持ちを、何気なくちがう言葉で、そっと話し合ったのです。

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旅人たびびとたちはしずかにせきもどり、二人ふたりむねいっぱいのかなしみにた新しい気持きもちを、何気なくちがったことばで、そっとはなし合ったのです。

「もうじき白鳥の停車場だねえ」

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「もうじき白鳥の停車場ていしゃばだねえ」

「ああ、十一時かっきりには着くんだよ」

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「ああ、十一時かっきりにはくんだよ」

早くも、シグナルの緑の燈と、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓の外を過ぎました。それから、硫黄(いおう)のほのおのような、くらくぼんやりした転てつ機(てんてつき・線路を切りかえる装置)の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになりました。まもなく、プラットホームの一列の電燈が、美しく規則正しく現れ、それがだんだん大きくなってひろがり、二人はちょうど白鳥停車場の、大きな時計の前に来て止まりました。

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早くも、シグナルのみどりの燈と、ぼんやり白いはしらとが、ちらっとまどのそとをぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりしたてんてつの前のあかりがまどの下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、まもなくプラットホームの一れつ電燈でんとうが、うつくしく規則きそく正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人はちょうど白鳥停車場ていしゃじょうの、大きな時計とけいの前に来てとまりました。

さわやかな秋の時計の盤面には、青く焼かれたはがねの二本の針が、くっきりと十一時を指していました。

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さわやかな秋の時計とけい盤面ばんめんには、青くかれたはがねの二本のはりが、くっきり十一時をしました。

みんなは、一ぺんにおりて、車室の中はがらんとなってしまいました。

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みんなは、一ぺんにおりて、車室の中はがらんとなってしまいました。

〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。

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〔二十分停車ていしゃ〕と時計とけいの下に書いてありました。

「ぼくたちも降りて見ようか」

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「ぼくたちもりて見ようか」

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニがいました。

「降りよう」

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りよう」

二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口へかけて行きました。

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二人ふたりは一にはねあがってドアをび出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。

ところが改札口には、明るい紫がかった電燈が、一つ点いているばかり、誰もいませんでした。

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ところが改札口かいさつぐちには、明るいむらさきがかった電燈でんとうが、一ついているばかり、だれもいませんでした。

そこらじゅうを見ても、駅長や赤帽(あかぼう・駅で荷物を運ぶ人)らしい人の影もなかったのです。

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そこらじゅうを見ても、駅長えきちょう赤帽あかぼうらしい人の、かげもなかったのです。

二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏の木に囲まれた、小さな広場に出ました。

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二人ふたりは、停車場ていしゃばの前の、水晶細工すいしょうざいくのように見える銀杏いちょうの木にかこまれた、小さな広場に出ました。

そこから幅の広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。

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そこからはばの広いみちが、まっすぐに銀河ぎんが青光あおびかりの中へ通っていました。

さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。

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さきにりた人たちは、もうどこへ行ったか一人ひとりも見えませんでした。

二人が、その白い道を肩をならべて行くと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある部屋の中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪のスポークのように、何本も何本も四方へのびるのでした。

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二人ふたりがその白い道を、かたをならべて行きますと、二人ふたりかげは、ちょうど四方にまどのあるへやの中の、二本のはしらかげのように、また二つの車輪しゃりんのように幾本いくほん幾本いくほんも四方へ出るのでした。

そしてまもなく、あの汽車から見えたきれいな河原に来ました。

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そしてまもなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。

カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、手のひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢のように言っているのでした。

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カムパネルラは、そのきれいなすなを一つまみ、てのひらにひろげ、ゆびできしきしさせながら、ゆめのようにっているのでした。

「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている」

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「このすなはみんな水晶すいしょうだ。中で小さな火がえている」

「そうだ」

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「そうだ」

どこでぼくは、そんなことを習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。

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どこでぼくは、そんなことをならったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。

河原の小石は、みんな透きとおっていました。たしかに水晶やトパーズ、またくしゃくしゃの皺(しわ)のような模様をあらわしたもの、また角(かど)から霧のような青白い光を出すコランダムなどでした。

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河原かわらこいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶すいしょう黄玉トパーズや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、またかどからきりのような青白い光を出す鋼玉コランダムやらでした。

ジョバンニは、走ってその渚に行って、水に手をひたしました。

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ジョバンニは、走ってそのなぎさに行って、水に手をひたしました。

けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。

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けれどもあやしいその銀河ぎんがの水は、水素すいそよりももっとすきとおっていたのです。

それでも、たしかに流れていることは、二人の手首の、水にひたったところが、少し水銀色に浮いたように見えたことでわかりました。その手首にぶつかってできた波は、美しい燐光をあげて、ちらちらと燃えるように見えたのです。

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それでもたしかにながれていたことは、二人ふたり手首てくびの、水にひたったとこが、少し水銀すいぎんいろにいたように見え、その手首てくびにぶっつかってできたなみは、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらとえるように見えたのでもわかりました。

川上の方を見ると、すすきのいっぱいにはえている崖の下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。

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川上の方を見ると、すすきのいっぱいにはえているがけの下に、白いいわが、まるで運動場うんどうじょうのようにたいらに川に沿って出ているのでした。

そこには、小さな五、六人の人かげが見えました。何かを掘り出すか埋めるかしているらしく、立ったりかがんだりしていて、時々、何かの道具がピカッと光りました。

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そこに小さな五、六人の人かげが、何かり出すかめるかしているらしく、立ったりかがんだり、時々なにかの道具どうぐが、ピカッと光ったりしました。

「行ってみよう」

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「行ってみよう」

二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。

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二人ふたりは、まるで一さけんで、そっちの方へ走りました。

その白い岩になったところの入口に、「プリオシン海岸」という、瀬戸物のつるつるした標札が立っていました。向こうの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干(らんかん・手すり)も立てられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。

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その白いいわになったところの入口に、〔プリオシン海岸かいがん〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札ひょうさつが立って、向こうのなぎさには、ところどころ、ほそてつ欄干らんかんえられ、木製もくせいのきれいなベンチもいてありました。

「おや、変なものがあるよ」

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「おや、へんなものがあるよ」

カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきのとがったくるみの実のようなものをひろいました。

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カムパネルラが、不思議ふしぎそうに立ちどまって、いわから黒い細長ほそながいさきのとがったくるみののようなものをひろいました。

「くるみの実だよ。そら、たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中にはいってるんだ」

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「くるみのだよ。そら、たくさんある。ながれて来たんじゃない。いわの中にはいってるんだ」

「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない」

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「大きいね、このくるみ、ばいあるね。こいつはすこしもいたんでない」

「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから」

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「早くあすこへ行って見よう。きっと何かってるから」

二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。

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二人ふたりは、ぎざぎざの黒いくるみのちながら、またさっきの方へ近よって行きました。

左手の渚には、波がやさしい稲妻のように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻でこさえたようなすすきの穂がゆれたのです。

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左手のなぎさには、なみがやさしい稲妻いなずまのようにえてせ、右手のがけには、いちめんぎん貝殻かいがらでこさえたようなすすきのがゆれたのです。

だんだん近づいて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴をはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけていました。そして、つるはしをふりあげたり、スコップを使ったりしている三人の助手らしい人たちに、夢中でいろいろ指図をしていました。

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だんだん近づいて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡きんがんきょうをかけ、長靴ながぐつをはいた学者がくしゃらしい人が、手帳てちょうに何かせわしそうに書きつけながら、つるはしをふりあげたり、スコップをつかったりしている、三人の助手じょしゅらしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図さしずをしていました。

「そこのその突起をこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない、なぜそんな乱暴をするんだ」

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「そこのその突起とっきをこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、も少し遠くからって。いけない、いけない、なぜそんな乱暴らんぼうをするんだ」

見ると、その白い柔らかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣の骨が、横に倒れてつぶれたというふうになって、半分以上掘り出されていました。

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見ると、その白いやわらかないわの中から、大きな大きな青じろいけものほねが、横にたおれてつぶれたというふうになって、半分以上はんぶんいじょうり出されていました。

そして気をつけて見ると、そこらには、蹄の二つある足跡のついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。

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そして気をつけて見ると、そこらには、ひづめの二つある足跡あしあとのついたいわが、四角しかくに十ばかり、きれいに切り取られて番号ばんごうがつけられてありました。

「君たちは参観かね」

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「君たちは参観さんかんかね」

その大学士(だいがくし・大学の学者)らしい人が、眼鏡をきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。

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その大学士だいがくしらしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。

「くるみがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新しい方さ。ここは百二十万年前、第三紀(だいさんき・大昔の地質時代の一つ)のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているところに、そっくり塩水が寄せたり引いたりしていたんだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。ていねいに鑿(のみ)でやってくれたまえ。ボスというのは、いまの牛の先祖で、昔はたくさんいたのさ」

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「くるみがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと百二十万年まんねんぐらい前のくるみだよ。ごく新しい方さ。ここは百二十万年前まんねんまえ第三紀だいさんきのあとのころは海岸かいがんでね、この下からはかいがらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水しおみずせたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。ていねいにのみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまのうし先祖せんぞで、むかしはたくさんいたのさ」

「標本にするんですか」

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標本ひょうほんにするんですか」

「いや、証明するのに必要なんだ。ぼくらから見ると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがる。けれども、ぼくらとちがう生きものから見ても、やっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空に見えやしないかということなんだ。わかったかい。けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨(ろっこつ)が埋もれているはずじゃないか」

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「いや、証明しょうめいするにるんだ。ぼくらからみると、ここはあつ立派りっぱ地層ちそうで、百二十万年まんねんぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層ちそうに見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつもれてるはずじゃないか」

大学士はあわてて走って行きました。

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大学士だいがくしはあわてて走って行きました。

「もう時間だよ。行こう」

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「もう時間だよ。行こう」

カムパネルラが地図と腕時計とをくらべながら言いました。

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カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながらいました。

「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします」

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「ああ、ではわたくしどもは失礼しつれいいたします」

ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。

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ジョバンニは、ていねいに大学士だいがくしにおじぎしました。

「そうですか。いや、さよなら」

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「そうですか。いや、さよなら」

大学士は、また忙しそうに、あちこち歩きまわって監督をはじめました。

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大学士だいがくしは、またいそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。

二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。

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二人ふたりは、その白いいわの上を、一生けんめい汽車におくれないように走りました。

そしてほんとうに、風のように走れたのです。

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そしてほんとうに、風のように走れたのです。

息も切れず膝もあつくなりませんでした。

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いきも切れずひざもあつくなりませんでした。

こんなにしてかけるなら、もう世界じゅうだってかけれると、ジョバンニは思いました。

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こんなにしてかけるなら、もう世界せかいじゅうだってかけれると、ジョバンニは思いました。

そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、まもなく二人は、もとの車室の席にすわっていま行って来た方を、窓から見ていました。

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そして二人ふたりは、前のあの河原かわらを通り、改札口かいさつぐち電燈でんとうがだんだん大きくなって、まもなく二人ふたりは、もとの車室のせきにすわっていま行って来た方を、まどから見ていました。

八 鳥を捕る人

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八 鳥をる人

「ここへかけてもようございますか」

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「ここへかけてもようございますか」

がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞こえました。

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がさがさした、けれども親切そうな、大人おとなの声が、二人ふたりのうしろで聞こえました。

それは、茶色の少しぼろぼろの外套を着て、白い布でつつんだ荷物を、二つに分けて肩にかけた、赤ひげの、背中のかがんだ人でした。

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それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうて、白いきれでつつんだ荷物にもつを、二つに分けてかたけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。

「ええ、いいんです」

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「ええ、いいんです」

ジョバンニは、少し肩をすぼめてあいさつしました。

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ジョバンニは、少しかたをすぼめてあいさつしました。

その人は、ひげの中でかすかに微笑いながら荷物をゆっくり網棚にのせました。

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その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物にもつをゆっくり網棚あみだなにのせました。

ジョバンニは、なにかたいへんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、ガラスの笛のようなものが鳴りました。

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ジョバンニは、なにかたいへんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面しょうめん時計とけいを見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスふえのようなものが鳴りました。

汽車はもう、しずかにうごいていたのです。

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汽車はもう、しずかにうごいていたのです。

カムパネルラは、車室の天井を、あちこち見ていました。

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カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。

その一つのあかりに黒い甲虫がとまって、その影が大きく天井にうつっていたのです。

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その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまって、そのかげが大きく天井てんじょうにうつっていたのです。

赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。

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赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。

汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。

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汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわるまどの外から光りました。

赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊きました。

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赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人にきました。

「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか」

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「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか」

「どこまでも行くんです」

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「どこまでも行くんです」

ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。

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ジョバンニは、少しきまりわるそうに答えました。

「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ」

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「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ」

「あなたはどこへ行くんです」

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「あなたはどこへ行くんです」

カムパネルラが、いきなり、喧嘩のようにたずねましたので、ジョバンニは思わずわらいました。

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カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは思わずわらいました。

すると、向こうの席にいた、とがった帽子をかぶり、大きな鍵を腰に下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。

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すると、こうのせきにいた、とがった帽子ぼうしをかぶり、大きなかぎこしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くしてわらいだしてしまいました。

ところがその人は別におこったでもなく、頬をぴくぴくしながら返事をしました。

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ところがその人はべつにおこったでもなく、ほおをぴくぴくしながら返事へんじをしました。

「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね」

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「わっしはすぐそこでります。わっしは、鳥をつかまえる商売しょうばいでね」

「何鳥ですか」

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「何鳥ですか」

「鶴や雁です。さぎも白鳥もです」

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つるがんです。さぎも白鳥もです」

「鶴はたくさんいますか」

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つるはたくさんいますか」

「いますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか」

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「いますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか」

「いいえ」

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「いいえ」

「いまでも聞こえるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴いてごらんなさい」

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「いまでも聞こえるじゃありませんか。そら、耳をすましていてごらんなさい」

二人は眼を挙げ、耳をすましました。

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二人ふたりげ、耳をすましました。

ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧くような音が聞こえて来るのでした。

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ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水のくような音が聞こえて来るのでした。

「鶴、どうしてとるんですか」

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つる、どうしてとるんですか」

「鶴ですか、それとも鷺ですか」

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つるですか、それともさぎですか」

「鷺です」

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さぎです」

ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。

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ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。

「そいつはな、わけないんです。鷺というものは、みんな天の川の砂が固まって、ぼおっとできるものですからね。そして、しょっちゅう川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚をこういうふうにしておりてくるところを、そいつが地面につくかつかないうちに、ぴたっと押さえちまうんです。すると、もう鷺は、固まって安心して死んじまいます。あとはもう、わかりきってまさあ。押し葉(おしば・平らにして乾かすこと)にするだけです」

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「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川のすなかたまって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終しじゅう川へ帰りますからね、川原でっていて、さぎがみんな、あしをこういうふうにしておりてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっとおさえちまうんです。するともうさぎは、かたまって安心あんしんしてんじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。にするだけです」

「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか」

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さぎにするんですか。標本ひょうほんですか」

「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか」

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標本ひょうほんじゃありません。みんなたべるじゃありませんか」

「おかしいねえ」

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「おかしいねえ」

カムパネルラが首をかしげました。

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カムパネルラがくびをかしげました。

「おかしいも不審もありませんや。そら」

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「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら」

その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。

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その男は立って、網棚あみだなからつつみをおろして、手ばやくくるくるときました。

「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです」

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「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです」

「ほんとうに鷺だねえ」

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「ほんとうにさぎだねえ」

二人は思わず叫びました。

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二人ふたりは思わずさけびました。

まっ白な、あのさっきの北の十字架のように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫りのようにならんでいたのです。

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まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光るさぎのからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒いあしをちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。

「眼をつぶってるね」

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をつぶってるね」

カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白いつぶった眼にさわりました。

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カムパネルラは、ゆびでそっと、さぎ三日月みかづきがたの白いつぶったにさわりました。

頭の上の槍のような白い毛もちゃんとついていました。

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頭の上のやりのような白い毛もちゃんとついていました。

「ね、そうでしょう」

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「ね、そうでしょう」

鳥捕りは風呂敷を重ねて、またくるくると包んで紐でくくりました。

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鳥捕とりとりは風呂敷ふろしきかさねて、またくるくるとつつんでひもでくくりました。

誰がいったいここらで鷺なんぞたべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。

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だれがいったいここらでさぎなんぞたべるだろうとジョバンニは思いながらきました。

「鷺はおいしいんですか」

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さぎはおいしいんですか」

「ええ、毎日注文があります。しかし雁の方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がいいし、第一手数がありませんからな。そら」

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「ええ、毎日注文ちゅうもんがあります。しかしがんの方が、もっと売れます。がんの方がずっとがらがいいし、第一だいいち手数てすうがありませんからな。そら」

鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。

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鳥捕とりとりは、またべつの方のつつみをきました。

すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしをそろえて、少しひらべったくなって、ならんでいました。

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すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかるがんが、ちょうどさっきのさぎのように、くちばしをそろえて、少しひらべったくなって、ならんでいました。

「こっちはすぐたべられます。どうです、少しおあがりなさい」

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「こっちはすぐたべられます。どうです、少しおあがりなさい」

鳥捕りは、黄いろの雁の足を、軽くひっぱりました。

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鳥捕とりとりは、黄いろのがんの足を、かるくひっぱりました。

するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。

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するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。

「どうです。すこしたべてごらんなさい」

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「どうです。すこしたべてごらんなさい」

鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。

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鳥捕とりとりは、それを二つにちぎってわたしました。

ジョバンニは、ちょっとたべてみて、

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ジョバンニは、ちょっとたべてみて、

(なんだ、やっぱりこいつはお菓子だ。

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(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。

チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。

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チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんながんんでいるもんか。

この男は、どこかそこらの野原の菓子屋だ。

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この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。

けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、たいへんきのどくだ)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。

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けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子かしをたべているのは、たいへんきのどくだ)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。

「も少しおあがりなさい」

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「も少しおあがりなさい」

鳥捕りがまた包みを出しました。

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鳥捕とりとりがまたつつみを出しました。

ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、

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ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、

「ええ、ありがとう」

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「ええ、ありがとう」

といって遠慮しましたら、鳥捕りは、こんどは向こうの席の、鍵をもった人に出しました。

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といって遠慮えんりょしましたら、鳥捕とりとりは、こんどはこうのせきの、かぎをもった人に出しました。

「いや、商売ものをもらっちゃすみませんな」

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「いや、商売しょうばいものをもらっちゃすみませんな」

その人は、帽子をとりました。

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その人は、帽子ぼうしをとりました。

「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡り鳥の景気は」

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「いいえ、どういたしまして。どうです、今年のわたどり景気けいきは」

「いや、すてきなもんですよ。おとといの第二限ごろなんか、なぜ燈台の灯を、規則以外に間(一時空白)させるかって、あっちからもこっちからも、電話で苦情が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですからしかたありませんや。わたしゃ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのところへ持って来たってしかたがねえや、ばさばさのマントを着て、脚と口とのとほうもなく細い大将へ言え、こう言ってやりましたがね、はっは」

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「いや、すてきなもんですよ。一昨日おととい第二限だいにげんころなんか、なぜ燈台とうだいを、規則以外きそくいがいに間(一時空白)させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障こしょうが来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、わたどりどもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですからしかたありませんや、わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情くじょうは、おれのとこへって来たってしかたがねえや、ばさばさのマントをあしと口との途方とほうもなくほそ大将たいしょうへやれって、こうってやりましたがね、はっは」

すすきがなくなったために、向こうの野原から、ぱっとあかりが射して来ました。

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すすきがなくなったために、こうの野原から、ぱっとあかりがして来ました。

「鷺の方はなぜ手数なんですか」

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さぎの方はなぜ手数てすうなんですか」

カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。

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カムパネルラは、さっきから、こうと思っていたのです。

「それはね、鷺をたべるには」

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「それはね、さぎをたべるには」

鳥捕りは、こっちに向き直りました。

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鳥捕とりとりは、こっちになおりました。

「天の川の水あかりに、十日もつるしておくかね、そうでなけぁ、砂に三、四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、たべられるようになるよ」

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「天の川の水あかりに、十日もつるしておくかね、そうでなけぁ、すなに三、四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀すいぎんがみんな蒸発じょうはつして、たべられるようになるよ」

「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう」

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「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子かしでしょう」

やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋ねました。

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やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、たずねました。

鳥捕りは、何かたいへんあわてたふうで、

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鳥捕とりとりは、何かたいへんあわてたふうで、

「そうそう、ここで降りなけぁ」

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「そうそう、ここでりなけぁ」

と言いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。

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いながら、立って荷物にもつをとったと思うと、もう見えなくなっていました。

「どこへ行ったんだろう」

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「どこへ行ったんだろう」

二人は顔を見合わせましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸びあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。

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二人ふたりは顔を見合わせましたら、燈台守とうだいもりは、にやにやわらって、少しびあがるようにしながら、二人のよこまどの外をのぞきました。

二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光を出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。

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二人ふたりもそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕とりとりが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手りょうてをひろげて、じっとそらを見ていたのです。

「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体(きたい・不思議)だねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな」

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「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな」

と言ったとたん、がらんとした桔梗色(ききょういろ・青むらさき色)の空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞いおりて来ました。

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ったとたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たようなさぎが、まるで雪のるように、ぎゃあぎゃあさけびながら、いっぱいにいおりて来ました。

するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片っぱしから押えて、布の袋の中に入れるのでした。

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するとあの鳥捕とりとりは、すっかり注文ちゅうもん通りだというようにほくほくして、両足りょうあしをかっきり六十に開いて立って、さぎのちぢめてりて来る黒いあし両手りょうてかたっぱしからおさえて、ぬのふくろの中に入れるのでした。

すると鷺は、蛍のように、袋の中でしばらく青くぺかぺかと光ったり消えたりしていました。けれども、とうとう最後には、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶってしまうのでした。

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するとさぎは、ほたるのように、ふくろの中でしばらく、青くぺかぺか光ったりえたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、をつぶるのでした。

ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天の川の砂の上に降りるものの方が多かったのです。

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ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事ぶじに天の川のすなの上にりるものの方がおおかったのです。

それは見ていると、足が砂につくやいなや、まるで雪が解けるように、縮まってひらべったくなり、まもなく溶鉱炉(ようこうろ・鉱石を溶かす炉)から出た銅の汁のように、砂や砂利の上にひろがりました。しばらくは鳥の形が砂についているのでしたが、それも二、三度、明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じ色になってしまうのでした。

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それは見ていると、足がすなへつくやいなや、まるでゆきけるように、ちぢまってひらべったくなって、まもなく溶鉱炉ようこうろから出たどうしるのように、すな砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、すなについているのでしたが、それも二、三明るくなったりくらくなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。

鳥捕りは、二十疋ばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾にあたって、死ぬときのような形をしました。

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鳥捕とりとりは、二十ぴきばかり、ふくろに入れてしまうと、きゅう両手りょうてをあげて、兵隊へいたい鉄砲弾てっぽうだまにあたって、ぬときのような形をしました。

と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、かえって、

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と思ったら、もうそこに鳥捕とりとりの形はなくなって、かえって、

「ああせいせいした。どうもからだにちょうど合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな」

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「ああせいせいした。どうもからだにちょうど合うほどかせいでいるくらい、いいことはありませんな」

というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣りにしました。

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というききおぼえのある声が、ジョバンニのとなりにしました。

見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。

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見ると鳥捕とりとりは、もうそこでとって来たさぎを、きちんとそろえて、一つずつかさなおしているのでした。

「どうして、あすこから、いっぺんにここへ来たんですか」

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「どうして、あすこから、いっぺんにここへ来たんですか」

ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。

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ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がしていました。

「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか」

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「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか」

ジョバンニは、すぐ返事をしようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。

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ジョバンニは、すぐ返事へんじをしようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。

カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。

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カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。

「ああ、遠くからですね」

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「ああ、遠くからですね」

鳥捕りは、わかったというように、あっさりうなずきました。

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鳥捕とりとりは、わかったというように雑作ぞうさなくうなずきました。

九 ジョバンニの切符

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九 ジョバンニの切符きっぷ

「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です」

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「もうここらは白鳥のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所かんそくじょです」

窓の外の、まるで花火でいっぱいのような天の川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立っていました。その一つの平屋根の上に、眼もさめるようなサファイアとトパーズの、大きな二つの透きとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。

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まどの外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物たてものが四むねばかり立って、その一つの平屋根ひらやねの上に、もさめるような、青宝玉サファイア黄玉トパーズの大きな二つのすきとおったたまが、になってしずかにくるくるとまわっていました。

黄色いのがだんだん向こうへまわって行き、青い小さいのがこっちへ進んで来ました。まもなく二つのはじは重なり合って、きれいな緑色の両面凸レンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみだして、とうとう青いのはすっかりトパーズの正面に来ましたので、緑の中心と黄色い明るい輪ができました。

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黄いろのがだんだんこうへまわって行って、青い小さいのがこっちへすすんで来、まもなく二つのはじは、かさなり合って、きれいなみどりいろの両面凸りょうめんとつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみだして、とうとう青いのは、すっかりトパーズの正面しょうめんに来ましたので、みどりの中心と黄いろな明るいとができました。

それがまただんだん横へ外れて、前のレンズの形を逆にくり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向こうへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、またちょうどさっきのようなふうになりました。

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それがまただんだんよこれて、前のレンズの形をぎゃくにくりかえし、とうとうすっとはなれて、サファイアはこうへめぐり、黄いろのはこっちへすすみ、またちょうどさっきのようなふうになりました。

銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所(そっこうじょ・天気などを観測する所)が、睡っているように、しずかによこたわったのです。

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銀河ぎんがの、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所そっこうじょが、ねむっているように、しずかによこたわったのです。

「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……」

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「あれは、水のはやさをはかる器械きかいです。水も……」

鳥捕りが言いかけたとき、

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鳥捕とりとりがいかけたとき、

「切符を拝見いたします」

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切符きっぷ拝見はいけんいたします」

三人の席の横に、赤い帽子をかぶったせいの高い車掌が、いつかまっすぐに立っていて言いました。

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三人のせきよこに、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていていました。

鳥捕りは、だまってポケットから、小さな紙きれを出しました。

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鳥捕とりとりは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。

車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして(あなた方のは?)

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車掌しゃしょうはちょっと見て、すぐをそらして(あなた方のは?)

というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。

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というように、ゆびをうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。

「さあ」

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「さあ」

ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラはわけもないというふうで、小さな鼠いろの切符を出しました。

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ジョバンニはこまって、もじもじしていましたら、カムパネルラはわけもないというふうで、小さなねずみいろの切符きっぷを出しました。

ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、はいっていたかとおもいながら、手を入れてみましたら、何か大きなたたんだ紙きれにあたりました。

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ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着うわぎのポケットにでも、はいっていたかとおもいながら、手を入れてみましたら、何か大きなたたんだ紙きれにあたりました。

こんなものはいっていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大さの緑いろの紙でした。

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こんなものはいっていたろうかと思って、いそいで出してみましたら、それは四つにったはがきぐらいの大さのみどりいろの紙でした。

車掌が手を出しているもんですからなんでもかまわない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直ってていねいにそれを開いて見ていました。

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車掌しゃしょうが手を出しているもんですからなんでもかまわない、やっちまえと思ってわたしましたら、車掌しゃしょうはまっすぐに立ちなおってていねいにそれを開いて見ていました。

そして読みながら、上着のボタンやなんかをしきりに直したりしていましたし、燈台守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて、少し胸が熱くなるような気がしました。

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そして読みながら上着うわぎのぼたんやなんかしきりになおしたりしていましたし燈台看守とうだいかんしゅも下からそれを熱心ねっしんにのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書しょうめいしょか何かだったと考えて少しむねあつくなるような気がしました。

「これは三次空間(さんじくうかん・わたしたちのいる世界)の方からお持ちになったのですか」

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「これは三次空間じくうかんの方からおちになったのですか」

車掌がたずねました。

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車掌しゃしょうがたずねました。

「なんだかわかりません」

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「なんだかわかりません」

もう大丈夫だと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。

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もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつわらいました。

「よろしゅうございます。南十字(サウザンクロス)へ着きますのは、次の第三時ころになります」

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「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスきますのは、つぎだい三時ころになります」

車掌は紙をジョバンニに渡して向こうへ行きました。

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車掌しゃしょうは紙をジョバンニにわたしてこうへ行きました。

カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ちかねたというように急いでのぞきこみました。

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カムパネルラは、その紙切れが何だったかちかねたというようにいそいでのぞきこみました。

ジョバンニも全く早く見たかったのです。

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ジョバンニもまったく早く見たかったのです。

ところがそれは、いちめん黒い唐草(からくさ・つる草の模様)のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したもので、だまって見ていると、なんだかその中へ吸い込まれてしまうような気がするのでした。

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ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様もようの中に、おかしな十ばかりの字を印刷いんさつしたもので、だまって見ているとなんだかその中へまれてしまうような気がするのでした。

すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように言いました。

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すると鳥捕とりとりが横からちらっとそれを見てあわてたようにいました。

「おや、こいつはたいしたもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どころじゃない、どこでも勝手に歩ける通行券です。こいつをお持ちになれば、なるほど、こんな不完全な幻想第四次(げんそうだいよじ・想像で作られた四次元の世界)の銀河鉄道なんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方たいしたもんですね」

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「おや、こいつはたいしたもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符きっぷだ。天上どこじゃない、どこでもかってにあるける通行券つうこうけんです。こいつをおちになれぁ、なるほど、こんな不完全ふかんぜん幻想第四次げんそうだいよじ銀河鉄道ぎんがてつどうなんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方たいしたもんですね」

「なんだかわかりません」

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「なんだかわかりません」

ジョバンニが赤くなって答えながら、それをまたたたんでポケットに入れました。

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ジョバンニが赤くなって答えながら、それをまたたたんでかくしに入れました。

そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々たいしたもんだというように、ちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。

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そしてきまりがわるいのでカムパネルラと二人ふたり、またまどの外をながめていましたが、その鳥捕とりとりの時々たいしたもんだというように、ちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。

「もうじき鷲の停車場だよ」

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「もうじきわし停車場ていしゃじょうだよ」

カムパネルラが向こう岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と、地図とを見くらべて言いました。

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カムパネルラがこうぎしの、三つならんだ小さな青じろい三角標さんかくひょうと、地図とを見くらべていました。

ジョバンニはなんだかわけもわからずに、にわかにとなりの鳥捕りがきのどくでたまらなくなりました。

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ジョバンニはなんだかわけもわからずに、にわかにとなりの鳥捕とりとりがきのどくでたまらなくなりました。

鷺をつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白い布でそれをくるくる包んだり、人の切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一つ一つ考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたくなりました。もし、この人のほんとうの幸せになるなら、自分があの光る天の川の河原に立って、百年つづけて鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙っていられなくなりました。

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さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくるつつんだり、ひとの切符きっぷをびっくりしたように横目よこめで見てあわててほめだしたり、そんなことを一々考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕とりとりのために、ジョバンニのっているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうのさいわいになるなら、自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももうだまっていられなくなりました。

ほんとうにあなたのほしいものはいったい何ですかと訊こうとして、それではあんまり出し抜けだから、どうしようかと考えてふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りがいませんでした。

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ほんとうにあなたのほしいものはいったい何ですかとこうとして、それではあんまり出しけだから、どうしようかと考えてふりかえって見ましたら、そこにはもうあの鳥捕とりとりがいませんでした。

網棚の上には白い荷物も見えなかったのです。

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網棚あみだなの上には白い荷物にもつも見えなかったのです。

また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕るしたくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかもとがった帽子も見えませんでした。

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またまどの外で足をふんばってそらを見上げてさぎるしたくをしているのかと思って、いそいでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子すなごと白いすすきのなみばかり、あの鳥捕とりとりの広いせなかもとがった帽子ぼうしも見えませんでした。

「あの人どこへ行ったろう」

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「あの人どこへ行ったろう」

カムパネルラもぼんやりそう言っていました。

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カムパネルラもぼんやりそうっていました。

「どこへ行ったろう。いったいどこでまたあうのだろう。僕はどうしても少しあの人に物を言わなかったろう」

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「どこへ行ったろう。いったいどこでまたあうのだろう。ぼくはどうしても少しあの人にものわなかったろう」

「ああ、僕もそう思っているよ」

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「ああ、ぼくもそう思っているよ」

「僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。だから僕はたいへんつらい」

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ぼくはあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だからぼくはたいへんつらい」

ジョバンニはこんなへんてこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで言ったこともないと思いました。

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ジョバンニはこんなへんてこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今までったこともないと思いました。

「なんだかりんごのにおいがする。ぼく、いまりんごのことを考えたためだろうか」

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「なんだか苹果りんごのにおいがする。ぼくいま苹果りんごのことを考えたためだろうか」

カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。

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カムパネルラが不思議ふしぎそうにあたりを見まわしました。

「ほんとうにりんごのにおいだよ。それから野茨(のいばら)のにおいもする」

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「ほんとうに苹果りんごのにおいだよ。それから野茨のいばらのにおいもする」

ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでもはいって来るらしいのでした。

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ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれはまどからでもはいって来るらしいのでした。

いま秋だから野茨の花のにおいのするはずはないとジョバンニは思いました。

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いま秋だから野茨のいばらの花のにおいのするはずはないとジョバンニは思いました。

すると急に、そこに、つやつやした黒い髪の、六つくらいの男の子が立っていました。赤いジャケツのボタンもかけず、ひどくびっくりしたような顔をして、がたがたふるえて、はだしでした。

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そしたらにわかにそこに、つやつやした黒いかみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけず、ひどくびっくりしたような顔をして、がたがたふるえてはだしで立っていました。

隣りには、黒い洋服をきちんと着た、せいの高い青年が立っていました。いっぱいに風に吹かれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかり引いていました。

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となりには黒い洋服ようふくをきちんとたせいの高い青年がいっぱいに風にかれているけやきの木のような姿勢しせいで、男の子の手をしっかりひいて立っていました。

「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ」

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「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ」

青年のうしろに、もう一人、十二くらいの、眼の茶色いかわいらしい女の子が、黒い外套を着て、青年の腕にすがって、不思議そうに窓の外を見ているのでした。

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青年のうしろに、もひとり、十二ばかりのの茶いろな可愛かわいらしい女の子が、黒い外套がいとうて青年のうでにすがって不思議ふしぎそうにまどの外を見ているのでした。

「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召されているのです」

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「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカットしゅうだ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちはかみさまにされているのです」

黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に言いました。

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黒服くろふくの青年はよろこびにかがやいてその女の子にいました。

けれども、なぜかまた額に深くしわを刻み、たいへんつかれているらしく、無理に笑いながら、男の子をジョバンニのとなりにすわらせました。

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けれどもなぜかまたひたいふかしわきざんで、それにたいへんつかれているらしく、無理むりわらいながら男の子をジョバンニのとなりにすわらせました。

それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。

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それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりのせきゆびさしました。

女の子はすなおにそこへすわって、きちんと両手を組み合わせました。

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女の子はすなおにそこへすわって、きちんと両手りょうてを組み合わせました。

「ぼく、おおねえさんのとこへ行くんだよう」

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「ぼく、おおねえさんのとこへ行くんだよう」

腰掛けたばかりの男の子は、顔を変にして、燈台守の向こうの席にすわったばかりの青年に言いました。

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腰掛こしかけたばかりの男の子は顔をへんにして燈台看守とうだいかんしゅこうのせきにすわったばかりの青年にいました。

青年はなんとも言えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれたぬれた頭を見ました。

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青年はなんともえずかなしそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれたぬれた頭を見ました。

女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。

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女の子は、いきなり両手りょうてを顔にあててしくしくいてしまいました。

「お父さんやきくよねえさんは、まだいろいろお仕事があるのです。けれども、もうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに長く待っていらっしゃったでしょう。『わたしの大事なタダシは、いまどんな歌をうたっているだろう。雪の降る朝に、みんなと手をつないで、ぐるぐるにわとこのやぶをまわって遊んでいるだろうか』と考えたり、ほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行って、おっかさんにお目にかかりましょうね」

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「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事しごとがあるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなにながっていらっしゃったでしょう。わたしの大事だいじなタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、ゆきる朝にみんなと手をつないで、ぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたり、ほんとうにって心配しんぱいしていらっしゃるんですから、早く行って、おっかさんにお目にかかりましょうね」

「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ」

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「うん、だけどぼく、船にらなけぁよかったなあ」

「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏じゅう、ツィンクル、ツィンクル、リトル、スターをうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています」

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「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派りっぱな川、ね、あすこはあの夏じゅう、ツィンクル、ツィンクル、リトル、スターをうたってやすむとき、いつもまどからぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています」

泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。

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いていたあねもハンケチでをふいて外を見ました。

青年は教えるようにそっと姉弟にまた言いました。

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青年は教えるようにそっと姉弟きょうだいにまたいました。

「わたしたちはもう、なんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいところを旅して、じき神さまのところへ行きます。そこなら、もう、ほんとうに明るくて、においがよくて、立派な人たちでいっぱいです。そして、わたしたちの代わりにボートに乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているそれぞれのお父さんやお母さんや、自分のお家へ行くのです。さあ、もうじきですから、元気を出しておもしろく歌って行きましょう」

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「わたしたちはもう、なんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこをたびして、じきかみさまのとこへ行きます。そこならもう、ほんとうに明るくてにおいがよくて立派りっぱな人たちでいっぱいです。そしてわたしたちのわりにボートへれた人たちは、きっとみんなたすけられて、心配しんぱいしてっているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう」

青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰めながら、自分もだんだん顔いろがかがやいてきました。

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青年は男の子のぬれたような黒いかみをなで、みんなをなぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいてきました。

「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか」

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「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか」

さっきの燈台守が、やっと少しわかったように、青年にたずねました。

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さっきの燈台看守とうだいかんしゅがやっと少しわかったように青年にたずねました。

青年はかすかにわらいました。

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青年はかすかにわらいました。

「いえ、氷山にぶつかって船が沈みましてね。わたしたちは、こちらのお父さんが急な用事で二か月前、ひと足さきに本国へお帰りになったので、あとから出発したのです。私は大学へ入っていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところが、ちょうど十二日目、今日か昨日のあたりです、船が氷山にぶつかって、一ぺんに傾き、もう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧がひじょうに深かったのです。ところがボートは、左側の半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死になって、『どうか小さな人たちを乗せてください』と叫びました。近くの人たちはすぐ道を開いて、子どもたちのために祈ってくれました。けれども、そこからボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちがいて、とても押しのける勇気がなかったのです。それでも、わたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから、前にいる子どもらを押しのけようとしました。けれども、また、そんなにして助けてあげるよりは、このまま神の御前にみんなで行く方が、ほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまた、その神にそむく罪は、わたくしひとりで背負ってでも、ぜひとも助けてあげようと思いました。けれども、どうしても見ているとそれができないのでした。子どもらばかりのボートの中へ放してやって、お母さんが気が狂ったようにキスを送り、お父さんが悲しいのをじっとこらえてまっすぐに立っているのなど、とてももう腸(はらわた)もちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私たちはかたまって、もうすっかり覚悟して、この人たち二人を抱いて、浮かべるだけは浮かぼうと、船の沈むのを待っていました。誰が投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども、すべってずっと向こうへ行ってしまいました。私は一生けんめいで、甲板の格子になったところをはなし、三人それにしっかりとりつきました。

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「いえ、氷山ひょうざんにぶっつかって船がしずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんがきゅうようで二か月前、一足さきに本国へお帰りになったので、あとからったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師かていきょうしにやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山ひょうざんにぶっつかって一ぺんにかたむきもうしずみかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、きり非常ひじょうふかかったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はんぶんはもうだめになっていましたから、とてもみんなはり切らないのです。もうそのうちにも船はしずみますし、私は必死ひっしとなって、どうか小さな人たちをせてくださいとさけびました。近くの人たちはすぐみちを開いて、そして子供たちのためにいのってくれました。けれどもそこからボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちやなんかいて、とてもしのける勇気ゆうきがなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをおたすけするのが私の義務ぎむだと思いましたから前にいる子供らをしのけようとしました。けれどもまた、そんなにしてたすけてあげるよりはこのままかみ御前みまえにみんなで行く方が、ほんとうにこの方たちの幸福こうふくだとも思いました。それからまた、そのかみにそむくつみはわたくしひとりでしょってぜひともたすけてあげようと思いました。けれども、どうしても見ているとそれができないのでした。子どもらばかりのボートの中へはなしてやって、お母さんが狂気きょうきのようにキスをおくりお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなど、とてももうはらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずんしずみますから、私たちはかたまって、もうすっかり覚悟かくごして、この人たち二人をいて、かべるだけはかぼうと船のしずむのをっていました。だれげたかライフヴイが一つんで来ましたけれどもすべってずうっとこうへ行ってしまいました。私は一生けんめい甲板かんぱん格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。

どこからともなく三〇六番の声があがりました。

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どこからともなく三〇六番の声があがりました。

たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。

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たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。

そのとき、急に大きな音がして、私たちは水に落ちました。もう渦に入ったと思いながら、しっかりこの人たちを抱いていました。それから、ぼうっとしたと思ったら、もうここへ来ていたのです。

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そのときにわかに大きな音がして私たちは水にち、もううずにはいったと思いながらしっかりこの人たちをだいて、それからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。

この方たちのお母さんは、おととし亡くなられました。

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この方たちのお母さんは一昨年さくねんくなられました。

ええ、ボートはきっと助かったにちがいありません。なにせ、よほど熟練した水夫たちが漕いで、すばやく船からはなれていましたから」

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ええ、ボートはきっとたすかったにちがいありません、なにせよほど熟練じゅくれん水夫すいふたちがいで、すばやく船からはなれていましたから」

そこらから、小さなため息や祈りの声が聞こえました。ジョバンニもカムパネルラも、いままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して、眼が熱くなりました。

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そこらから小さな嘆息たんそくやいのりの声が聞こえジョバンニもカムパネルラもいままでわすれていたいろいろのことをぼんやり思い出してあつくなりました。

(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。

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(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。

その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍りつく潮水や、はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。

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その氷山ひょうざんながれる北のはての海で、小さな船にって、風やこおりつく潮水しおみずや、はげしいさむさとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。

ぼくはそのひとにほんとうにきのどくでそしてすまないような気がする。

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ぼくはそのひとにほんとうにきのどくでそしてすまないような気がする。

ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう)

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ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう)

ジョバンニは首をたれて、すっかりふさぎ込んでしまいました。

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ジョバンニはくびをたれて、すっかりふさぎんでしまいました。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら、峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」

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「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちをすすむ中でのできごとなら、とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福こうふくに近づく一あしずつですから」

燈台守がなぐさめていました。

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燈台守とうだいもりがなぐさめていました。

「ああそうです。ただ、いちばんのさいわいに至るために、いろいろのかなしみもみんな、神さまのおぼしめし(お考え)です」

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「ああそうです。ただいちばんのさいわいにいたるためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです」

青年が祈るようにそう答えました。

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青年がいのるようにそう答えました。

そしてあの姉弟はもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡っていました。

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そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったりせきによりかかってねむっていました。

さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔らかな靴をはいていたのです。

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さっきのあのはだしだった足にはいつか白いやわらかなくつをはいていたのです。

ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光の川の岸を進みました。

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ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川のきしすすみました。

向こうの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈(げんとう・映写機で映した絵)のようでした。

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こうの方のまどを見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。

百も千もの大小さまざまの三角標があり、その大きなものの上には、赤い点々をうった測量旗も見えました。野原のはてには、それらがいちめん、たくさんたくさん集まって、ぼおっと青白い霧のようでした。そこからか、またはもっと向こうからか、ときどきさまざまな形のぼんやりしたのろしのようなものが、かわるがわる、きれいな桔梗色のそらに打ちあげられるのでした。

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百も千もの大小さまざまの三角標さんかくひょう、その大きなものの上には赤い点々をうった測量旗そくりょうきも見え、野原のはらのはてはそれらがいちめん、たくさんたくさんあつまってぼおっと青白いきりのよう、そこからか、またはもっとこうからか、ときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。

じつにそのすきとおった奇麗な風は、ばらのにおいでいっぱいでした。

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じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらのにおいでいっぱいでした。

「いかがですか。こういうりんごははじめてでしょう」

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「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう」

向こうの席の燈台守が、いつか黄金と紅で美しく彩られた大きなりんごを、落とさないように両手で膝の上にかかえていました。

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こうのせき燈台看守とうだいかんしゅがいつか黄金きんべにでうつくしくいろどられた大きな苹果りんごとさないように両手りょうてひざの上にかかえていました。

「おや、どこから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんなりんごができるのですか」

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「おや、どっから来たのですか。立派りっぱですねえ。ここらではこんな苹果りんごができるのですか」

青年はほんとうにびっくりしたらしく、燈台守の両手にかかえられたひともりのりんごを、眼を細くしたり首をまげたりしながら、われを忘れてながめていました。

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青年はほんとうにびっくりしたらしく、燈台看守とうだいかんしゅ両手りょうてにかかえられた一もりの苹果りんごを、ほそくしたりくびをまげたりしながら、われをわすれてながめていました。

「いや、まあおとりください。どうか、まあおとりください」

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「いや、まあおとりください。どうか、まあおとりください」

青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。

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青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。

「さあ、向こうの坊ちゃんがた。いかがですか。おとりください」

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「さあ、こうのぼっちゃんがた。いかがですか。おとりください」

ジョバンニは坊ちゃんといわれたので、すこししゃくにさわってだまっていましたが、カムパネルラは、

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ジョバンニはぼっちゃんといわれたので、すこししゃくにさわってだまっていましたが、カムパネルラは、

「ありがとう」

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「ありがとう」

と言いました。

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いました。

すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたので、ジョバンニも立って、ありがとうと言いました。

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すると青年は自分でとって一つずつ二人におくってよこしましたので、ジョバンニも立って、ありがとうといました。

燈台守はやっと両腕があいたので、こんどは自分で一つずつ、眠っている姉弟の膝にそっと置きました。

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燈台看守とうだいかんしゅはやっと両腕りょううでがあいたので、こんどは自分で一つずつねむっている姉弟きょうだいひざにそっときました。

「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派なりんごは」

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「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派りっぱ苹果りんごは」

青年はつくづく見ながら言いました。

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青年はつくづく見ながらいました。

「この辺りではもちろん農業もいたしますけれども、たいていひとりでにいいものができるような約束になっております。農業だって、そんなに骨は折れません。たいてい、自分の望む種さえまけば、ひとりでにどんどんできます。米だって、パシフィックの辺りのように殻もないし、十倍も大きくてにおいもいいのです。けれども、あなたがたのいらっしゃる方なら、農業はもうありません。りんごだってお菓子だって、かすが少しもありませんから、みんなその人その人によってちがった、わずかのいい香りになって、毛穴から散っていってしまうのです」

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「このあたりではもちろん農業のうぎょうはいたしますけれどもたいていひとりでにいいものができるような約束やくそくになっております。農業のうぎょうだってそんなにほねはおれはしません。たいてい自分ののぞ種子たねさえけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィックへんのようにからもないし十ばいも大きくてにおいもいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業のうぎょうはもうありません。苹果りんごだってお菓子かしだって、かすが少しもありませんから、みんなそのひとそのひとによってちがった、わずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです」

にわかに男の子がばっちり眼をあいて言いました。

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にわかに男の子がばっちりをあいていました。

「ああ、ぼくいま、お母さんの夢をみていたよ。お母さんがね、立派な戸棚や本のあるところにいてね、ぼくの方を見て手を出して、にこにこにこにこ笑ったよ。ぼく、『おっかさん、りんごをひろってきてあげましょうか』と言ったら、眼がさめちゃった。ああここ、さっきの汽車のなかだねえ」

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「ああぼくいまおっかさんのゆめをみていたよ。おっかさんがね、立派りっぱ戸棚とだなや本のあるとこにいてね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼく、おっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか、とったらがさめちゃった。ああここ、さっきの汽車のなかだねえ」

「そのりんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ」

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「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ」

青年が言いました。

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青年がいました。

「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん」

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「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん」

姉はわらって眼をさまし、まぶしそうに両手を眼にあてて、それからりんごを見ました。

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あねはわらってをさまし、まぶしそうに両手りょうてにあてて、それから苹果りんごを見ました。

男の子はまるでパイをたべるように、もうそれをたべていました。

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男の子はまるでパイをたべるように、もうそれをたべていました。

またせっかくむいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜きのような形になって床へ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。

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またせっかくむいたそのきれいなかわも、くるくるコルクきのような形になってゆかちるまでの間にはすうっと、はいいろに光って蒸発じょうはつしてしまうのでした。

二人はりんごをたいせつにポケットにしまいました。

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二人ふたりはりんごをたいせつにポケットにしまいました。

川下の向こう岸に、青く茂った大きな林が見えました。その枝には、熟してまっ赤に光る丸い実がいっぱいなっていて、その林のまん中に、高い高い三角標が立っていました。森の中からは、オーケストラベルやジロフォン(木琴)にまじって、なんとも言えずきれいな音色が、とけるように、しみるように、風につれて流れてくるのでした。

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川下のこうぎしに青くしげった大きな林が見え、そのえだにはじゅくしてまっ赤に光るまるいがいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標さんかくひょうが立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじってなんともえずきれいないろが、とけるようにみるように風につれてながれて来るのでした。

青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。

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青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。

だまってその調べを聞いていると、そこらいちめんに、黄色や、うすい緑の明るい野原か敷物かがひろがっているように思えました。また、まっ白なろうのような露が、太陽の面をかすめて行くようにも思われました。

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だまってそのを聞いていると、そこらにいちめん黄いろや、うすいみどりの明るい野原のはら敷物しきものかがひろがり、またまっ白なろうのようなつゆ太陽たいようめんをかすめて行くように思われました。

「まあ、あの烏」

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「まあ、あのからす

カムパネルラのとなりの、かおると呼ばれた女の子が叫びました。

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カムパネルラのとなりの、かおるとばれた女の子がさけびました。

「からすでない。みんなかささぎだ」

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「からすでない。みんなかささぎだ」

カムパネルラがまた何気なくしかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。

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カムパネルラがまた何気なくしかるようにさけびましたので、ジョバンニはまた思わずわらい、女の子はきまりわるそうにしました。

まったく河原の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光を受けているのでした。

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まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいにれつになってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。

「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから」

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「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんとびてますから」

青年はとりなすように言いました。

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青年はとりなすようにいました。

向こうの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。

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こうの青い森の中の三角標さんかくひょうはすっかり汽車の正面しょうめんに来ました。

そのとき汽車のずうっとうしろの方から、あの聞きなれた三〇六番の讃美歌のふしが聞こえてきました。

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そのとき汽車のずうっとうしろの方から、あの聞きなれた三〇六番の讃美歌さんびかのふしが聞こえてきました。

よほどの人数で合唱しているらしいのでした。

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よほどの人数で合唱がっしょうしているらしいのでした。

青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまたすわりました。

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青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまたすわりました。

かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。

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かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。

ジョバンニまでなんだか鼻が変になりました。

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ジョバンニまでなんだかはなへんになりました。

けれどもいつともなく誰ともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。

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けれどもいつともなくだれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。

思わずジョバンニもカムパネルラもいっしょにうたいだしたのです。

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思わずジョバンニもカムパネルラもいっしょにうたいだしたのです。

そして、青い橄欖(かんらん・オリーブ)の森が、見えない天の川の向こうにさめざめと光りながら、だんだんうしろの方へ行ってしまいました。そこから流れて来るあやしい楽器の音も、もう汽車のひびきや風の音にすりへらされて、ずっとかすかになりました。

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そして青い橄欖かんらんの森が、見えない天の川のこうにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまい、そこからながれて来るあやしい楽器がっきの音も、もう汽車のひびきや風の音にすりへらされてずうっとかすかになりました。

「あ、孔雀がいるよ。あ、孔雀がいるよ」

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「あ、孔雀くじゃくがいるよ。あ、孔雀くじゃくがいるよ」

「あの森は琴(ライラ)の宿でしょう。あたし、きっとあの森の中に、むかしの大きなオーケストラの人たちが集まっていらっしゃると思うわ。まわりには、青い孔雀やなんかたくさんいると思うわ」

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「あの森ライラ宿やどでしょう。あたしきっとあの森の中にむかしの大きなオーケストラの人たちがあつまっていらっしゃると思うわ、まわりには青い孔雀くじゃくやなんかたくさんいると思うわ」

「ええ、たくさんいたわ」

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「ええ、たくさんいたわ」

女の子がこたえました。

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女の子がこたえました。

ジョバンニは、その小さく小さくなって、いまはもう一つの緑色の貝ボタンのように見える森の上に、さっさっと青白く時々光る、孔雀が羽根をひろげたりとじたりする光の反射を見ました。

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ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つのみどりいろのかいぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀くじゃくがはねをひろげたりとじたりする光の反射はんしゃを見ました。

「そうだ、孔雀の声だってさっき聞こえた」

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「そうだ、孔雀くじゃくの声だってさっき聞こえた」

カムパネルラが女の子に言いました。

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カムパネルラが女の子にいました。

「ええ、三十疋ぐらいはたしかにいたわ」

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「ええ、三十ぴきぐらいはたしかにいたわ」

女の子が答えました。

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女の子が答えました。

ジョバンニはにわかになんとも言えずかなしい気がして思わず、

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ジョバンニはにわかになんともえずかなしい気がして思わず、

「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ」

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「カムパネルラ、ここからはねおりてあそんで行こうよ」

とこわい顔をして言おうとしたくらいでした。

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とこわい顔をしておうとしたくらいでした。

ところがそのときジョバンニは川下の遠くの方に不思議なものを見ました。

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ところがそのときジョバンニは川下の遠くの方に不思議ふしぎなものを見ました。

それはたしかになにか黒いつるつるした細長いもので、あの見えない天の川の水の上に飛び出してちょっと弓のようなかたちに進んで、また水の中にかくれたようでした。

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それはたしかになにか黒いつるつるした細長ほそながいもので、あの見えない天の川の水の上にび出してちょっとゆみのようなかたちにすすんで、また水の中にかくれたようでした。

おかしいと思ってまたよく気をつけていましたら、こんどはずっと近くでまたそんなことがあったらしいのでした。

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おかしいと思ってまたよく気をつけていましたら、こんどはずっと近くでまたそんなことがあったらしいのでした。

そのうちもうあっちでもこっちでも、その黒いつるつるした変なものが水から飛び出して、まるく飛んでまた頭から水へくぐるのがたくさん見えてきました。

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そのうちもうあっちでもこっちでも、その黒いつるつるしたへんなものが水からび出して、まるくんでまた頭から水へくぐるのがたくさん見えてきました。

みんな魚のように川上へのぼるらしいのでした。

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みんな魚のように川上へのぼるらしいのでした。

「まあ、なんでしょう。たあちゃん。ごらんなさい。まあたくさんだわね。なんでしょうあれ」

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「まあ、なんでしょう。たあちゃん。ごらんなさい。まあたくさんだわね。なんでしょうあれ」

睡そうに眼をこすっていた男の子はびっくりしたように立ちあがりました。

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ねむそうにをこすっていた男の子はびっくりしたように立ちあがりました。

「なんだろう」

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「なんだろう」

青年も立ちあがりました。

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青年も立ちあがりました。

「まあ、おかしな魚だわ、なんでしょうあれ」

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「まあ、おかしな魚だわ、なんでしょうあれ」

「海豚です」

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海豚いるかです」

カムパネルラがそっちを見ながら答えました。

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カムパネルラがそっちを見ながら答えました。

「海豚だなんてあたしはじめてだわ。けどここ海じゃないんでしょう」

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海豚いるかだなんてあたしはじめてだわ。けどここ海じゃないんでしょう」

「いるかは海にいるときまっていない」

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「いるかは海にいるときまっていない」

あの不思議な低い声がまたどこからかしました。

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あの不思議ふしぎひくい声がまたどこからかしました。

ほんとうに、そのいるかの形のおかしいことといったら、二つのひれをちょうど両手を下げて、気をつけの姿勢をとったようなふうにして、水の中から飛び出して来ることでした。そして、うやうやしく頭を下にして、気をつけの姿勢のまま、また水の中へくぐって行くのでした。

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ほんとうにそのいるかのかたちのおかしいことは、二つのひれをちょうど両手りょうてをさげて不動ふどう姿勢しせいをとったようなふうにして水の中からび出して来て、うやうやしく頭を下にして不動ふどう姿勢しせいのまままた水の中へくぐって行くのでした。

見えない天の川の水もそのときはゆらゆらと青い焔のように波をあげるのでした。

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見えない天の川の水もそのときはゆらゆらと青いほのおのようになみをあげるのでした。

「いるかお魚でしょうか」

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「いるかお魚でしょうか」

女の子がカムパネルラにはなしかけました。

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女の子がカムパネルラにはなしかけました。

男の子はぐったりつかれたように席にもたれて睡っていました。

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男の子はぐったりつかれたようにせきにもたれてねむっていました。

「いるか、魚じゃありません。くじらと同じようなけだものです」

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「いるか、魚じゃありません。くじらと同じようなけだものです」

カムパネルラが答えました。

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カムパネルラが答えました。

「あなたくじら見たことあって」

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「あなたくじら見たことあって」

「僕あります。くじら、頭と黒いしっぽだけ見えます。潮を吹くとちょうど本にあるようになります」

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ぼくあります。くじら、頭と黒いしっぽだけ見えます。しおくとちょうど本にあるようになります」

「くじらなら大きいわねえ」

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「くじらなら大きいわねえ」

「くじら大きいです。子供だっているかぐらいあります」

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「くじら大きいです。子供こどもだっているかぐらいあります」

「そうよ、あたしアラビアンナイトで見たわ」

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「そうよ、あたしアラビアンナイトで見たわ」

姉は細い銀いろの指輪をいじりながらおもしろそうにはなししていました。

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あねほそぎんいろの指輪ゆびわをいじりながらおもしろそうにはなししていました。

(カムパネルラ、僕もう行っちまうぞ。

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(カムパネルラ、ぼくもう行っちまうぞ。

僕なんか鯨だって見たことないや)

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ぼくなんかくじらだって見たことないや)

ジョバンニはまるでたまらないほどいらいらしながら、それでも堅く、唇を噛んでこらえて窓の外を見ていました。

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ジョバンニはまるでたまらないほどいらいらしながら、それでもかたく、くちびるんでこらえてまどの外を見ていました。

その窓の外には海豚のかたちももう見えなくなって川は二つにわかれました。

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そのまどの外には海豚いるかのかたちももう見えなくなって川は二つにわかれました。

そのまっくらな島のまん中に、高い高いやぐらが一つ組まれていて、その上に、ゆったりした服を着て赤い帽子をかぶった男が一人、立っていました。

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そのまっくらなしまのまん中に高い高いやぐらが一つ組まれて、その上に一人のゆるふくて赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。

そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。

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そして両手りょうてに赤と青のはたをもってそらを見上げて信号しんごうしているのでした。

ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが、にわかに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし、青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のようにはげしく振りました。

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ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤いはたをふっていましたが、にわかに赤旗あかはたをおろしてうしろにかくすようにし、青いはたを高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者しきしゃのようにはげしくりました。

すると空中にざあっと雨のような音がして、何かまっくらなものが、いくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸のように川の向こうの方へ飛んで行くのでした。

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すると空中にざあっと雨のような音がして、何かまっくらなものが、いくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川のこうの方へんで行くのでした。

ジョバンニは思わず窓からからだを半分出して、そっちを見あげました。

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ジョバンニは思わずまどからからだを半分出して、そっちを見あげました。

美しい美しい桔梗いろのがらんとした空の下を、実に何万という小さな鳥どもが、幾組も幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。

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うつくしいうつくしい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を、じつ何万なんまんという小さな鳥どもが、幾組いくくみ幾組いくくみもめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。

「鳥が飛んで行くな」

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「鳥がんで行くな」

ジョバンニが窓の外で言いました。

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ジョバンニがまどの外で言いました。

「どら」

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「どら」

カムパネルラもそらを見ました。

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カムパネルラもそらを見ました。

そのとき、あのやぐらの上の、ゆったりした服の男は、にわかに赤い旗をあげて、気が狂ったようにふり動かしました。

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そのときあのやぐらの上のゆるいふくの男はにわかに赤いはたをあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。

するとぴたっと鳥の群れは通らなくなり、それと同時にぴしゃあんというつぶれたような音が川下の方で起こって、それからしばらくしいんとしました。

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するとぴたっと鳥のれは通らなくなり、それと同時にぴしゃあんというつぶれたような音が川下の方でこって、それからしばらくしいんとしました。

と思ったら、あの赤帽の信号手が、また青い旗をふって叫んでいたのです。

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と思ったらあの赤帽あかぼう信号手しんごうしゅがまた青いはたをふってさけんでいたのです。

「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥」

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「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥」

その声もはっきり聞こえました。

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その声もはっきり聞こえました。

それといっしょにまた幾万という鳥の群れがそらをまっすぐにかけたのです。

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それといっしょにまた幾万いくまんという鳥のれがそらをまっすぐにかけたのです。

二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬をかがやかせながらそらを仰ぎました。

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二人ふたりの顔を出しているまん中のまどからあの女の子が顔を出してうつくしいほおをかがやかせながらそらをあおぎました。

「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと」

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「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと」

女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気な、いやだいと思いながら、だまって口をむすんでそらを見あげていました。

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女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気なまいきな、いやだいと思いながら、だまって口をむすんでそらを見あげていました。

女の子は小さくほっと息をして、だまって席へ戻りました。

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女の子は小さくほっといきをして、だまってせきもどりました。

カムパネルラがきのどくそうに窓から顔を引っ込めて地図を見ていました。

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カムパネルラがきのどくそうにまどから顔を引っめて地図を見ていました。

「あの人鳥へ教えてるんでしょうか」

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「あの人鳥へ教えてるんでしょうか」

女の子がそっとカムパネルラにたずねました。

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女の子がそっとカムパネルラにたずねました。

「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう」

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「わたり鳥へ信号しんごうしてるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう」

カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。

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カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。

そして車の中はしいんとなりました。

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そして車の中はしいんとなりました。

ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったので、だまってこらえてそのまま立って口笛を吹いていました。

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ジョバンニはもう頭を引っめたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったので、だまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえいていました。

(どうして僕はこんなにかなしいのだろう。

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(どうしてぼくはこんなにかなしいのだろう。

僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。

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ぼくはもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。

あすこの岸のずうっと向こうにまるでけむりのような小さな青い火が見える。

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あすこのきしのずうっとこうにまるでけむりのような小さな青い火が見える。

あれはほんとうにしずかでつめたい。

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あれはほんとうにしずかでつめたい。

僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ)

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ぼくはあれをよく見てこころもちをしずめるんだ)

ジョバンニは、ほてって痛い頭を両手で押えるようにして、そっちの方を見ました。

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ジョバンニはほてっていたいあたまを両手りょうておさえるようにして、そっちの方を見ました。

(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。

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(ああほんとうにどこまでもどこまでもぼくといっしょに行くひとはないだろうか。

カムパネルラだって、あんな女の子とおもしろそうに話しているし、僕はほんとうにつらいなあ)

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カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうにはなしているしぼくはほんとうにつらいなあ)

ジョバンニの眼はまた涙でいっぱいになり、天の川もまるで遠くへ行ったように、ぼんやり白く見えるだけでした。

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ジョバンニのはまたなみだでいっぱいになり、天の川もまるで遠くへったようにぼんやり白く見えるだけでした。

そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖の上を通るようになりました。

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そのとき汽車はだんだん川からはなれてがけの上を通るようになりました。

向こう岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがって、だんだん高くなっていくのでした。

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こうぎしもまた黒いいろのがけが川のきし下流かりゅうに下るにしたがって、だんだん高くなっていくのでした。

そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。

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そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。

その葉はぐるぐるに縮れ、葉の下には、もう美しい緑色の大きな苞(ほう・実を包む葉)が、赤い毛を出していて、真珠のような実もちらっと見えました。

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そのはぐるぐるにちぢの下にはもう美しいみどりいろの大きなほうが赤い毛をいて真珠しんじゅのようなもちらっと見えたのでした。

それはだんだん数を増してきて、もういまは列のように崖と線路との間にならんでいました。思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて、向こう側の窓を見たときは、美しいそらの野原の地平線のはてまで、その大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられていました。さやさや風にゆらぎ、その立派なちぢれた葉のさきからは、まるで昼の間にいっぱい日光を吸ったダイヤモンドのように露がいっぱいについて、赤や緑にきらきら燃えて光っているのでした。

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それはだんだん数をしてきて、もういまはれつのようにがけ線路せんろとの間にならび、思わずジョバンニがまどから顔を引っめてこうがわまどを見ましたときは、うつくしいそらの野原の地平線ちへいせんのはてまで、その大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんにえられて、さやさや風にゆらぎ、その立派りっぱなちぢれたのさきからは、まるでひるの間にいっぱい日光をった金剛石こんごうせきのようにつゆがいっぱいについて、赤やみどりやきらきらえて光っているのでした。

カムパネルラが、

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カムパネルラが、

「あれとうもろこしだねえ」

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「あれとうもろこしだねえ」

とジョバンニに言いましたけれども、ジョバンニはどうしても気持ちがなおりませんでしたから、ただぶっきらぼうに野原を見たまま、

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とジョバンニにいましたけれども、ジョバンニはどうしても気持きもちがなおりませんでしたから、ただぶっきらぼうに野原を見たまま、

「そうだろう」

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「そうだろう」

と答えました。

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と答えました。

そのとき汽車はだんだんしずかになって、いくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ、小さな停車場にとまりました。

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そのとき汽車はだんだんしずかになって、いくつかのシグナルとてんてつあかりを過ぎ、小さな停車場ていしゃばにとまりました。

その正面の青白い時計はかっきり第二時を示していました。風もなくなり、汽車も動かず、しずかなしずかな野原の中に、その振り子はカチッカチッと正しく時を刻んでいくのでした。

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その正面しょうめんの青じろい時計とけいはかっきり第二時だいにじしめし、風もなくなり汽車もうごかず、しずかなしずかな野原のなかにそのはカチッカチッと正しく時をきざんでいくのでした。

そしてまったくその振り子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律が糸のように流れて来るのでした。

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そしてまったくそのの音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のようにながれて来るのでした。

「新世界交響楽(しんせかいこうきょうがく)だわ」

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新世界交響楽しんせかいこうきょうがくだわ」

向こうの席の姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと言いました。

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こうのせきあねがひとりごとのようにこっちを見ながらそっといました。

全く、もう車の中では、あの黒服のせいの高い青年も、誰もみんな、やさしい夢を見ているのでした。

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まったくもう車の中ではあの黒服くろふく丈高たけたかい青年もだれもみんなやさしいゆめを見ているのでした。

(こんなしずかないいとこで僕はどうしてもっと愉快になれないだろう。

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(こんなしずかないいとこでぼくはどうしてもっと愉快ゆかいになれないだろう。

どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。

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どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。

けれども、カムパネルラなんかあんまりひどい。僕といっしょに汽車に乗っていながら、まるであんな女の子とばかり話しているんだもの。

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けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、ぼくといっしょに汽車にっていながら、まるであんな女の子とばかりはなしているんだもの。

僕はほんとうにつらい)

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ぼくはほんとうにつらい)

ジョバンニはまた手で顔を半分かくすようにして向こうの窓のそとを見つめていました。

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ジョバンニはまた手で顔を半分はんぶんかくすようにしてこうのまどのそとを見つめていました。

すきとおったガラスのような笛が鳴って、汽車はしずかに動きだし、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの口笛を吹きました。

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すきとおった硝子ガラスのようなふえが鳴って汽車はしずかに動きだし、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの口笛くちぶえきました。

「ええ、ええ、もうこの辺はひどい高原ですから」

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「ええ、ええ、もうこのへんはひどい高原ですから」

うしろの方で、誰か年よりらしい人の、いま眼がさめたというふうで、はきはき話している声がしました。

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うしろの方でだれかとしよりらしい人の、いまがさめたというふうではきはきはなしている声がしました。

「とうもろこしだって棒で二尺も孔をあけておいてそこへ播かないとはえないんです」

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「とうもろこしだってぼうで二尺もあなをあけておいてそこへかないとはえないんです」

「そうですか。川まではよほどありましょうかねえ」

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「そうですか。川まではよほどありましょうかねえ」

「ええ、ええ、河までは二千尺から六千尺あります。もうまるでひどい峡谷になっているんです」

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「ええ、ええ、かわまでは二千じゃくから六千じゃくあります。もうまるでひどい峡谷きょうこくになっているんです」

そうそうここはコロラドの高原じゃなかったろうか、ジョバンニは思わずそう思いました。

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そうそうここはコロラドの高原じゃなかったろうか、ジョバンニは思わずそう思いました。

あの姉は、弟を自分の胸によりかからせて眠らせながら、黒い瞳をうっとりと遠くへ投げて、何を見るでもなしに考え込んでいました。カムパネルラは、まださびしそうに一人で口笛を吹き、男の子は、まるで絹で包んだりんごのような顔色をして、ジョバンニの見る方を見ているのでした。

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あのあねは弟を自分のむねによりかからせてねむらせながら黒いひとみをうっとりと遠くへげて何を見るでもなしに考えんでいるのでしたし、カムパネルラはまださびしそうにひとり口笛くちぶえき、男の子はまるできぬつつんだ苹果りんごのような顔いろをしてジョバンニの見る方を見ているのでした。

突然とうもろこしがなくなって巨きな黒い野原がいっぱいにひらけました。

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突然とつぜんとうもろこしがなくなっておおきな黒い野原のはらがいっぱいにひらけました。

新世界交響楽は、いよいよはっきり地平線のはてから湧きあがりました。そのまっ黒な野原の中を、一人のインディアンが、白い鳥の羽根を頭につけ、たくさんの石を腕と胸にかざり、小さな弓に矢をつがえて、一目散に汽車を追って来るのでした。

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新世界交響楽しんせかいこうきょうがくはいよいよはっきり地平線ちへいせんのはてからき、そのまっ黒な野原のはらのなかを一人のインデアンが白い鳥の羽根はねを頭につけ、たくさんの石をうでむねにかざり、小さなゆみをつがえていちもくさんに汽車をって来るのでした。

「あら、インディアンですよ。インディアンですよ。おねえさまごらんなさい」

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「あら、インデアンですよ。インデアンですよ。おねえさまごらんなさい」

黒服の青年も眼をさましました。

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黒服くろふくの青年もをさましました。

ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。

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ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。

「走って来るわ、あら、走って来るわ。追いかけているんでしょう」

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「走って来るわ、あら、走って来るわ。いかけているんでしょう」

「いいえ、汽車を追ってるんじゃないんですよ。猟をするか踊るかしてるんですよ」

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「いいえ、汽車をってるんじゃないんですよ。りょうをするかおどるかしてるんですよ」

青年はいまどこにいるか忘れたというふうにポケットに手を入れて立ちながら言いました。

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青年はいまどこにいるかわすれたというふうにポケットに手を入れて立ちながらいました。

まったくインディアンは、半分は踊っているようでした。

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まったくインデアンは半分はんぶんおどっているようでした。

第一、走るにしても、足のふみようがもっとむだなく、本気にもなれそうでした。

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第一だいいちかけるにしても足のふみようがもっと経済けいざいもとれ本気にもなれそうでした。

にわかに、くっきり白いその羽根は前の方へ倒れるようになり、インディアンはぴたっと立ちどまって、すばやく弓を空にひきました。

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にわかにくっきり白いその羽根はねは前の方へたおれるようになり、インデアンはぴたっと立ちどまって、すばやくゆみを空にひきました。

そこから一羽の鶴がふらふらと落ちて来て、また走り出したインディアンの大きくひろげた両手に落ちこみました。

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そこから一つるがふらふらとちて来て、また走り出したインデアンの大きくひろげた両手りょうてちこみました。

インディアンはうれしそうに立ってわらいました。

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インデアンはうれしそうに立ってわらいました。

そして、その鶴をもってこっちを見ている影も、もうどんどん小さく遠くなり、電信柱の碍子(がいし・電線を支える白い器具)がきらっきらっと続いて二つばかり光って、またとうもろこしの林になってしまいました。

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そしてそのつるをもってこっちを見ているかげも、もうどんどん小さく遠くなり、電しんばしらの碍子がいしがきらっきらっとつづいて二つばかり光って、またとうもろこしの林になってしまいました。

こっち側の窓を見ますと汽車はほんとうに高い高い崖の上を走っていて、その谷の底には川がやっぱり幅ひろく明るく流れていたのです。

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こっちがわまどを見ますと汽車はほんとうに高い高いがけの上を走っていて、その谷のそこには川がやっぱりはばひろく明るくながれていたのです。

「ええ、もうこの辺から下りです。なんせこんどは一ぺんにあの水面までおりて行くんですから容易じゃありません。この傾斜があるもんですから汽車は決して向こうからこっちへは来ないんです。そら、もうだんだん早くなったでしょう」

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「ええ、もうこのへんから下りです。なんせこんどは一ぺんにあの水面すいめんまでおりて行くんですから容易よういじゃありません。この傾斜けいしゃがあるもんですから汽車はけっしてこうからこっちへは来ないんです。そら、もうだんだん早くなったでしょう」

さっきの老人らしい声が言いました。

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さっきの老人ろうじんらしい声がいました。

どんどんどんどん汽車は降りて行きました。

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どんどんどんどん汽車はりて行きました。

崖のはじに鉄道がかかるときは川が明るく下にのぞけたのです。

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がけのはじに鉄道てつどうがかかるときは川が明るく下にのぞけたのです。

ジョバンニはだんだんこころもちが明るくなってきました。

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ジョバンニはだんだんこころもちが明るくなってきました。

汽車が小さな小屋の前を通って、その前にしょんぼりひとりの子供が立ってこっちを見ているときなどは思わず、ほう、と叫びました。

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汽車が小さな小屋こやの前を通って、その前にしょんぼりひとりの子供こどもが立ってこっちを見ているときなどは思わず、ほう、とさけびました。

どんどんどんどん汽車は走って行きました。

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どんどんどんどん汽車は走って行きました。

部屋じゅうの人たちは、半分うしろの方へ倒れるようになりながら、腰掛けにしっかりしがみついていました。

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室中へやじゅうのひとたちは半分はんぶんうしろの方へたおれるようになりながら腰掛こしかけにしっかりしがみついていました。

ジョバンニは思わずカムパネルラとわらいました。

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ジョバンニは思わずカムパネルラとわらいました。

そして、天の川は、汽車のすぐ横手を、いままでよほど激しく流れて来たらしく、ときどきちらちら光って流れているのでした。

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もうそして天の川は汽車のすぐ横手よこてをいままでよほどはげしくながれて来たらしく、ときどきちらちら光ってながれているのでした。

うすあかい河原なでしこの花があちこち咲いていました。

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うすあかい河原かわらなでしこの花があちこちいていました。

汽車はようやく落ち着いたようにゆっくり走っていました。

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汽車はようやくいたようにゆっくり走っていました。

向こうとこっちの岸に星のかたちとつるはしを書いた旗がたっていました。

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こうとこっちのきしに星のかたちとつるはしを書いたはたがたっていました。

「あれなんの旗だろうね」

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「あれなんのはただろうね」

ジョバンニがやっとものを言いました。

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ジョバンニがやっとものをいました。

「さあ、わからないねえ、地図にもないんだもの。鉄の舟がおいてあるねえ」

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「さあ、わからないねえ、地図にもないんだもの。てつふねがおいてあるねえ」

「ああ」

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「ああ」

「橋を架けるとこじゃないんでしょうか」

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はしけるとこじゃないんでしょうか」

女の子が言いました。

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女の子がいました。

「ああ、あれ工兵の旗だねえ。架橋演習をしてるんだ。けれど兵隊のかたちが見えないねえ」

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「ああ、あれ工兵こうへいはただねえ。架橋演習かきょうえんしゅうをしてるんだ。けれど兵隊へいたいのかたちが見えないねえ」

その時向こう岸ちかくの少し下流の方で、見えない天の川の水がぎらっと光って、柱のように高くはねあがり、どおとはげしい音がしました。

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その時こうぎしちかくの少し下流かりゅうの方で、見えない天の川の水がぎらっと光って、はしらのように高くはねあがり、どおとはげしい音がしました。

「発破だよ、発破だよ」

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発破はっぱだよ、発破はっぱだよ」

カムパネルラはこおどりしました。

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カムパネルラはこおどりしました。

その柱のようになった水は見えなくなり、大きな鮭や鱒がきらっきらっと白く腹を光らせて空中にほうり出されてまるい輪を描いてまた水に落ちました。

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そのはしらのようになった水は見えなくなり、大きなさけますがきらっきらっと白くはらを光らせて空中にほうり出されてまるいえがいてまた水にちました。

ジョバンニはもうはねあがりたいくらい気持ちが軽くなって言いました。

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ジョバンニはもうはねあがりたいくらい気持きもちがかるくなっていました。

「空の工兵大隊だ。どうだ、鱒なんかが、まるでこんなにはねあげられたねえ。僕、こんな愉快な旅はしたことない。いいねえ」

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「空の工兵大隊こうへいだいたいだ。どうだ、ますなんかがまるでこんなになってはねあげられたねえ。ぼくこんな愉快ゆかいたびはしたことない。いいねえ」

「あの鱒なら近くで見たらこれくらいあるねえ、たくさんさかないるんだな、この水の中に」

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「あのますなら近くで見たらこれくらいあるねえ、たくさんさかないるんだな、この水の中に」

「小さなお魚もいるんでしょうか」

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「小さなお魚もいるんでしょうか」

女の子が話につり込まれて言いました。

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女の子がはなしにつりまれていました。

「いるんでしょう。大きなのがいるんだから小さいのもいるんでしょう。けれど遠くだから、いま小さいの見えなかったねえ」

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「いるんでしょう。大きなのがいるんだから小さいのもいるんでしょう。けれど遠くだから、いま小さいの見えなかったねえ」

ジョバンニはもうすっかり機嫌が直っておもしろそうにわらって女の子に答えました。

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ジョバンニはもうすっかり機嫌きげんなおっておもしろそうにわらって女の子に答えました。

「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ」

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「あれきっと双子ふたごのお星さまのおみやだよ」

男の子がいきなり窓の外をさして叫びました。

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男の子がいきなりまどの外をさしてさけびました。

右手の低い丘の上に小さな水晶ででもこさえたような二つのお宮がならんで立っていました。

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右手のひくおかの上に小さな水晶すいしょうででもこさえたような二つのおみやがならんで立っていました。

「双子のお星さまのお宮ってなんだい」

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双子ふたごのお星さまのおみやってなんだい」

「あたし前になんべんもお母さんから聞いたわ。ちゃんと小さな水晶のお宮で二つならんでいるからきっとそうだわ」

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「あたし前になんべんもおっかさんから聞いたわ。ちゃんと小さな水晶すいしょうのおみやで二つならんでいるからきっとそうだわ」

「はなしてごらん。双子のお星さまが何をしたっての」

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「はなしてごらん。双子ふたごのお星さまが何をしたっての」

「ぼくも知ってらい。双子のお星さまが野原へ遊びにでて、からすと喧嘩したんだろう」

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「ぼくも知ってらい。双子ふたごのお星さまが野原へあそびにでて、からすと喧嘩けんかしたんだろう」

「そうじゃないわよ。あのね、天の川の岸にね、おっかさんお話しなすったわ、……」

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「そうじゃないわよ。あのね、天の川のきしにね、おっかさんお話しなすったわ、……」

「それから彗星がギーギーフーギーギーフーて言って来たねえ」

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「それから彗星ほうきぼしがギーギーフーギーギーフーてって来たねえ」

「いやだわ、たあちゃん、そうじゃないわよ。それはべつの方だわ」

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「いやだわ、たあちゃん、そうじゃないわよ。それはべつの方だわ」

「するとあすこにいま笛を吹いているんだろうか」

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「するとあすこにいまふえいているんだろうか」

「いま海へ行ってらあ」

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「いま海へ行ってらあ」

「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ」

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「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ」

「そうそう。ぼく知ってらあ、ぼくおはなししよう」

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「そうそう。ぼく知ってらあ、ぼくおはなししよう」

川の向こう岸がにわかに赤くなりました。

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川の向こうぎしがにわかに赤くなりました。

楊(やなぎ)の木や何かもまっ黒にすかし出され、見えない天の川の波も、ときどきちらちら針のように赤く光りました。

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やなぎの木や何かもまっ黒にすかし出され、見えない天の川のなみも、ときどきちらちらはりのように赤く光りました。

まったく向こう岸の野原に大きなまっ赤な火が燃やされ、その黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしそうでした。

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まったくこうぎしの野原に大きなまっ赤な火がもやされ、その黒いけむりは高く桔梗ききょういろのつめたそうな天をもがしそうでした。

ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔ったようになって、その火は燃えているのでした。

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ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしくったようになって、その火はえているのでした。

「あれはなんの火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう」

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「あれはなんの火だろう。あんな赤く光る火は何をやせばできるんだろう」

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニがいました。

「蠍の火だな」

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さそりの火だな」

カムパネルラがまた地図と首っぴきして答えました。

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カムパネルラがまた地図とくびっぴきして答えました。

「あら、蠍の火のことならあたし知ってるわ」

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「あら、さそりの火のことならあたし知ってるわ」

「蠍の火ってなんだい」

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さそりの火ってなんだい」

ジョバンニがききました。

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ジョバンニがききました。

「蠍がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるって、あたし何べんもお父さんから聴いたわ」

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さそりがやけて死んだのよ。その火がいまでもえてるって、あたし何べんもお父さんからいたわ」

「蠍って、虫だろう」

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さそりって、虫だろう」

「ええ、蠍は虫よ。だけどいい虫だわ」

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「ええ、さそりは虫よ。だけどいい虫だわ」

「蠍いい虫じゃないよ。僕、博物館でアルコールにつけてあるの見た。尾にこんなかぎがあって、それで刺されると死ぬって先生が言ってたよ」

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さそりいい虫じゃないよ。ぼく博物館はくぶつかんでアルコールにつけてあるの見た。にこんなかぎがあってそれでされるとぬって先生がってたよ」

「そうよ。だけどいい虫だわ。お父さんが、こう言ったのよ。むかしのバルドラの野原に、一ぴきの蠍がいて、小さな虫やなんかを殺して食べて生きていたんですって。すると、ある日、いたちに見つかって食べられそうになったんですって。蠍は一生けんめい逃げて逃げたけど、とうとういたちに押えられそうになったの。そのとき、いきなり前に井戸があって、その中に落ちてしまったの。もう、どうしてもあがれなくて、蠍はおぼれはじめたのよ。そのとき、蠍はこう言ってお祈りしたというの。

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「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さんこうったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきのさそりがいて小さな虫やなんかころしてたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。さそりは一生けんめいにげてにげたけど、とうとういたちにおさえられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸いどがあってその中にちてしまったわ、もうどうしてもあがられないで、さそりはおぼれはじめたのよ。そのときさそりはこうっておいのりしたというの。

ああ、わたしはいままで、いくつの命をとったかわからない。そして、その私が、こんどいたちにとられようとしたときは、あんなに一生けんめい逃げた。

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ああ、わたしはいままで、いくつのもののいのちをとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けんめいにげた。

それでもとうとうこんなになってしまった。

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それでもとうとうこんなになってしまった。

ああなんにもあてにならない。

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ああなんにもあてにならない。

どうしてわたしはわたしのからだを、だまっていたちにくれてやらなかったろう。

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どうしてわたしはわたしのからだを、だまっていたちにくれてやらなかったろう。

そしたらいたちも一日生きのびたろうに。

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そしたらいたちも一日生きのびたろうに。

どうか神さま。

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どうかかみさま。

私の心をごらんください。

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私の心をごらんください。

こんなにむなしく命をすてないで、どうかこの次には、ほんとうにみんなの幸せのために、私のからだをお使いください。

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こんなにむなしくいのちをすてず、どうかこのつぎには、まことのみんなのさいわいのために私のからだをおつかいください。

って言ったというの。

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ってったというの。

そしたら、いつか蠍は、自分のからだが、まっ赤な美しい火になって燃えて、夜の闇を照らしているのを見たって。

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そしたらいつかさそりはじぶんのからだが、まっ赤なうつくしい火になってえて、よるのやみをらしているのを見たって。

いまでも燃えてるってお父さんおっしゃったわ。

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いまでもえてるってお父さんおっしゃったわ。

ほんとうにあの火、それだわ」

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ほんとうにあの火、それだわ」

「そうだ。見たまえ。そこらの三角標はちょうどさそりの形にならんでいるよ」

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「そうだ。見たまえ。そこらの三角標さんかくひょうはちょうどさそりの形にならんでいるよ」

ジョバンニはまったくその大きな火の向こうに三つの三角標が、ちょうどさそりの腕のように、こっちに五つの三角標がさそりの尾やかぎのようにならんでいるのを見ました。

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ジョバンニはまったくその大きな火のこうに三つの三角標さんかくひょうが、ちょうどさそりのうでのように、こっちに五つの三角標さんかくひょうがさそりのやかぎのようにならんでいるのを見ました。

そしてほんとうに、そのまっ赤な美しい蠍の火は、音もなく、明るく明るく燃えたのです。

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そしてほんとうにそのまっ赤なうつくしいさそりの火は音なくあかるくあかるくえたのです。

その火がだんだんうしろの方になるにつれて、みんなはなんとも言えずにぎやかな、さまざまの楽の音や草花のにおいのようなもの、口笛や人々のざわざわ言う声やらを聞きました。

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その火がだんだんうしろの方になるにつれて、みんなはなんともえずにぎやかな、さまざまのがくや草花のにおいのようなもの、口笛くちぶえや人々のざわざわう声やらを聞きました。

それはもうじきちかくに町か何かがあって、そこにお祭りでもあるというような気がするのでした。

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それはもうじきちかくに町か何かがあって、そこにおまつりでもあるというような気がするのでした。

「ケンタウル露をふらせ」

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「ケンタウルつゆをふらせ」

いきなりいままで睡っていたジョバンニのとなりの男の子が向こうの窓を見ながら叫んでいました。

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いきなりいままでねむっていたジョバンニのとなりの男の子がこうのまどを見ながらさけんでいました。

ああ、そこには、クリスマスツリーのようにまっ青な唐檜(とうひ)かもみの木が立っていて、その中には、たくさんたくさんの豆電燈が、まるで千の蛍でも集まったようについていました。

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ああそこにはクリスマストリイのようにまっ青な唐檜とうひかもみの木がたって、その中にはたくさんのたくさんの豆電燈まめでんとうがまるで千のほたるでもあつまったようについていました。

「ああ、そうだ、今夜ケンタウル祭だねえ」

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「ああ、そうだ、今夜ケンタウルさいだねえ」

「ああ、ここはケンタウルの村だよ」

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「ああ、ここはケンタウルの村だよ」

カムパネルラがすぐ言いました。

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カムパネルラがすぐいました。

(この間、原稿なし)

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の間原稿げんこうなし)

「ボール投げなら僕決してはずさない」

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「ボール投げならぼくけっしてはずさない」

男の子が大いばりで言いました。

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男の子が大いばりでいました。

「もうじきサウザンクロスです。おりるしたくをしてください」

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「もうじきサウザンクロスです。おりるしたくをしてください」

青年がみんなに言いました。

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青年がみんなにいました。

「僕、も少し汽車に乗ってるんだよ」

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ぼく、も少し汽車に乗ってるんだよ」

男の子が言いました。

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男の子がいました。

カムパネルラのとなりの女の子はそわそわ立ってしたくをはじめましたけれどもやっぱりジョバンニたちとわかれたくないようなようすでした。

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カムパネルラのとなりの女の子はそわそわ立ってしたくをはじめましたけれどもやっぱりジョバンニたちとわかれたくないようなようすでした。

「ここでおりなけぁいけないのです」

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「ここでおりなけぁいけないのです」

青年はきちっと口を結んで男の子を見おろしながら言いました。

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青年はきちっと口をむすんで男の子を見おろしながらいました。

「厭だい。僕もう少し汽車へ乗ってから行くんだい」

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いやだい。ぼくもう少し汽車へってから行くんだい」

ジョバンニがこらえかねて言いました。

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ジョバンニがこらえかねていました。

「僕たちといっしょに乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符持ってるんだ」

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ぼくたちといっしょにって行こう。ぼくたちどこまでだって行ける切符きっぷってるんだ」

「だけどあたしたち、もうここで降りなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから」

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「だけどあたしたち、もうここでりなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから」

女の子がさびしそうに言いました。

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女の子がさびしそうにいました。

「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が言ったよ」

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「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないってぼくの先生がったよ」

「だっておっ母さんも行ってらっしゃるし、それに神さまがおっしゃるんだわ」

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「だっておっさんも行ってらっしゃるし、それにかみさまがおっしゃるんだわ」

「そんな神さまうその神さまだい」

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「そんなかみさまうそのかみさまだい」

「あなたの神さまうその神さまよ」

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「あなたのかみさまうそのかみさまよ」

「そうじゃないよ」

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「そうじゃないよ」

「あなたの神さまってどんな神さまですか」

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「あなたのかみさまってどんなかみさまですか」

青年は笑いながら言いました。

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青年はわらいながらいました。

「ぼくほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたった一人の神さまです」

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「ぼくほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたった一人ひとりかみさまです」

「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です」

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「ほんとうのかみさまはもちろんたった一人ひとりです」

「ああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうのほんとうの神さまです」

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「ああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうのほんとうのかみさまです」

「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんとうの神さまの前に、わたくしたちとお会いになることを祈ります」

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「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんとうのかみさまの前に、わたくしたちとお会いになることをいのります」

青年はつつましく両手を組みました。

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青年はつつましく両手りょうてを組みました。

女の子もちょうどその通りにしました。

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女の子もちょうどその通りにしました。

みんなほんとうに別れが惜しそうで、その顔いろも少し青ざめて見えました。

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みんなほんとうにわかれがしそうで、その顔いろも少し青ざめて見えました。

ジョバンニはあぶなく声をあげて泣き出そうとしました。

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ジョバンニはあぶなく声をあげてき出そうとしました。

「さあもうしたくはいいんですか。じきサウザンクロスですから」

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「さあもうしたくはいいんですか。じきサウザンクロスですから」

ああそのときでした。

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ああそのときでした。

見えない天の川の、ずっと川下に、青や橙や、もうあらゆる光でちりばめられた十字架が、まるで一本の木というふうに、川の中から立ってかがやいていました。その上には、青白い雲がまるい輪になって、後光のようにかかっているのでした。

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見えない天の川のずうっと川下に青やだいだいや、もうあらゆる光でちりばめられた十字架じゅうじかが、まるで一本の木というふうに川の中から立ってかがやき、その上には青じろい雲がまるいになって後光のようにかかっているのでした。

汽車の中がまるでざわざわしました。

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汽車の中がまるでざわざわしました。

みんなあの北の十字のときのようにまっすぐに立ってお祈りをはじめました。

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みんなあの北の十字のときのようにまっすぐに立っておいのりをはじめました。

あっちにもこっちにも、子どもが瓜に飛びついたときのようなよろこびの声や、なんとも言いようのない深いつつましいため息の音ばかり聞こえました。

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あっちにもこっちにも子供がうりびついたときのようなよろこびの声や、なんとも言いようないふかいつつましいためいきの音ばかりきこえました。

そして、だんだん十字架は窓の正面になり、あのりんごの実のような青白い輪の雲も、ゆるやかにゆるやかにめぐっているのが見えました。

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そしてだんだん十字架じゅうじかまど正面しょうめんになり、あの苹果りんごにくのような青じろいの雲も、ゆるやかにゆるやかにめぐっているのが見えました。

「ハレルヤ、ハレルヤ」

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「ハレルヤ、ハレルヤ」

明るくたのしくみんなの声はひびき、みんなはそのそらの遠くから、つめたいそらの遠くから、すきとおったなんとも言えずさわやかなラッパの声をききました。

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明るくたのしくみんなの声はひびき、みんなはそのそらの遠くから、つめたいそらの遠くから、すきとおったなんともえずさわやかなラッパの声をききました。

そしてたくさんのシグナルや電燈の灯のなかを汽車はだんだんゆるやかになり、とうとう十字架のちょうどま向かいに行ってすっかりとまりました。

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そしてたくさんのシグナルや電燈でんとうあかりのなかを汽車はだんだんゆるやかになり、とうとう十字架じゅうじかのちょうどまかいに行ってすっかりとまりました。

「さあ、おりるんですよ」

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「さあ、おりるんですよ」

青年は男の子の手をひき、姉は互いにえりや肩をなおしてやって、だんだん向こうの出口の方へ歩き出しました。

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青年は男の子の手をひきあねたがいにえりやかたをなおしてやってだんだんこうの出口の方へ歩き出しました。

「じゃさよなら」

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「じゃさよなら」

女の子がふりかえって二人に言いました。

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女の子がふりかえって二人にいました。

「さよなら」

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「さよなら」

ジョバンニはまるで泣き出したいのをこらえておこったようにぶっきらぼうに言いました。

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ジョバンニはまるでき出したいのをこらえておこったようにぶっきらぼうにいました。

女の子はいかにもつらそうに眼を大きくして、も一度こっちをふりかえって、それからあとはもうだまって出て行ってしまいました。

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女の子はいかにもつらそうにを大きくして、も一こっちをふりかえって、それからあとはもうだまって出て行ってしまいました。

汽車の中は、もう半分以上も空いてしまい、にわかにがらんとして、さびしくなり、風がいっぱいに吹き込みました。

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汽車の中はもう半分以上はんぶんいじょういてしまいにわかにがらんとして、さびしくなり風がいっぱいにみました。

そして見ているとみんなはつつましく列を組んで、あの十字架の前の天の川のなぎさにひざまずいていました。

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そして見ているとみんなはつつましくれつを組んで、あの十字架じゅうじかの前の天の川のなぎさにひざまずいていました。

そして、その見えない天の川の水をわたって、一人のこうごうしい白い着物の人が、手をのばしてこっちへ来るのを、二人は見ました。

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そしてその見えない天の川の水をわたって、ひとりのこうごうしい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。

けれども、そのときはもうガラスの呼び子が鳴らされ、汽車は動きだしました。そう思ううちに、銀色の霧が川下の方から、すうっと流れて来て、もうそっちは何も見えなくなりました。

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けれどもそのときはもう硝子ガラスび子は鳴らされ汽車はうごきだし、と思ううちにぎんいろのきりが川下の方から、すうっとながれて来て、もうそっちは何も見えなくなりました。

ただ、たくさんのくるみの木が葉をさんさんと光らせて、その霧の中に立っていました。そして、黄金の円光をもった電気栗鼠(でんきりす)が、かわいい顔をその中からちらちらのぞいているだけでした。

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ただたくさんのくるみの木がをさんさんと光らしてそのきりの中に立ち、黄金きんの円光をもった電気栗鼠でんきりす可愛かわいい顔をその中からちらちらのぞいているだけでした。

そのとき、すうっと霧がはれかかりました。

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そのとき、すうっときりがはれかかりました。

どこかへ行く街道らしく小さな電燈の一列についた通りがありました。

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どこかへ行く街道かいどうらしく小さな電燈でんとう一列いちれつについた通りがありました。

それはしばらく線路に沿って進んでいました。

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それはしばらく線路せんろ沿ってすすんでいました。

そして二人がそのあかしの前を通って行くときは、その小さな豆いろの火はちょうどあいさつでもするようにぽかっと消え、二人が過ぎて行くときまた点くのでした。

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そして二人ふたりがそのあかしの前を通って行くときは、その小さな豆いろの火はちょうどあいさつでもするようにぽかっとえ、二人ふたりが過ぎて行くときまたくのでした。

ふりかえって見ると、さっきの十字架はすっかり小さくなってしまい、ほんとうにもうそのまま胸にもつるされそうでした。さっきの女の子や青年たちが、その前の白い渚にまだひざまずいているのか、それともどこか方角もわからないその天上へ行ったのか、ぼんやりして見分けられませんでした。

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ふりかえって見ると、さっきの十字架じゅうじかはすっかり小さくなってしまい、ほんとうにもうそのままむねにもつるされそうになり、さっきの女の子や青年たちがその前の白いなぎさにまだひざまずいているのか、それともどこか方角ほうがくもわからないその天上へ行ったのか、ぼんやりして見分けられませんでした。

ジョバンニは、ああ、と深く息しました。

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ジョバンニは、ああ、とふかいきしました。

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ。どこまでもどこまでも、いっしょに行こう。僕はもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの幸せのためならば、僕のからだなんか百ぺん焼いてもかまわない」

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「カムパネルラ、またぼくたち二人ふたりきりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。ぼくはもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなのさいわいのためならばぼくのからだなんか百ぺんいてもかまわない」

「うん。僕だってそうだ」

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「うん。ぼくだってそうだ」

カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。

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カムパネルラのにはきれいななみだがうかんでいました。

「けれども、ほんとうのしあわせはいったい何だろう」

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「けれどもほんとうのさいわいはいったいなんだろう」

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニがいました。

「僕わからない」

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ぼくわからない」

カムパネルラがぼんやり言いました。

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カムパネルラがぼんやりいました。

「僕たちしっかりやろうねえ」

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ぼくたちしっかりやろうねえ」

ジョバンニが胸いっぱい新しい力が湧くように、ふうと息をしながら言いました。

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ジョバンニがむねいっぱい新しい力がくように、ふうといきをしながらいました。

「あ、あすこ石炭袋(せきたんぶくろ)だよ。そらの穴だよ」

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「あ、あすこ石炭袋せきたんぶくろだよ。そらのあなだよ」

カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。

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カムパネルラが少しそっちをけるようにしながら天の川のひととこをゆびさしました。

ジョバンニはそっちを見て、まるでぎくっとしてしまいました。

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ジョバンニはそっちを見て、まるでぎくっとしてしまいました。

天の川の一つのところに、大きなまっくらな穴が、どおんとあいているのです。

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天の川の一とこに大きなまっくらなあなが、どおんとあいているのです。

その底がどれほど深いか、その奥に何があるか、いくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ眼がしんしんと痛むのでした。

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そのそこがどれほどふかいか、そのおくに何があるか、いくらをこすってのぞいてもなんにも見えず、ただがしんしんといたむのでした。

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニがいました。

「僕、もうあんな大きな闇の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのしあわせをさがしに行く。どこまでもどこまでも、僕たちいっしょに進んで行こう」

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ぼくもうあんな大きなやみの中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでもぼくたちいっしょにすすんで行こう」

「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集まってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっ、あすこにいるのはぼくのお母さんだよ」

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「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんなあつまってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっ、あすこにいるのはぼくのお母さんだよ」

カムパネルラはにわかに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。

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カムパネルラはにわかにまどの遠くに見えるきれいな野原をしてさけびました。

ジョバンニもそっちを見ましたけれども、そこはぼんやり白くけむっているばかり、どうしてもカムパネルラが言ったように思われませんでした。

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ジョバンニもそっちを見ましたけれども、そこはぼんやり白くけむっているばかり、どうしてもカムパネルラがったように思われませんでした。

なんとも言えずさびしい気がして、ぼんやりそっちを見ていましたら、向こうの河岸に、二本の電信柱が、ちょうど両方から腕を組んだように、赤い腕木をつらねて立っていました。

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なんともえずさびしい気がして、ぼんやりそっちを見ていましたら、こうの河岸かわぎしに二本の電信でんしんばしらが、ちょうど両方りょうほうからうでを組んだように赤い腕木うでぎをつらねて立っていました。

「カムパネルラ、僕たちいっしょに行こうねえ」

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「カムパネルラ、ぼくたちいっしょに行こうねえ」

ジョバンニがこう言いながらふりかえって見ましたら、そのいままでカムパネルラのすわっていた席に、もうカムパネルラの形は見えず、ただ黒いびろうどばかりひかっていました。

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ジョバンニがこういながらふりかえって見ましたら、そのいままでカムパネルラのすわっていたせきに、もうカムパネルラの形は見えず、ただ黒いびろうどばかりひかっていました。

ジョバンニはまるで鉄砲丸のように立ちあがりました。

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ジョバンニはまるで鉄砲丸てっぽうだまのように立ちあがりました。

そして誰にも聞こえないように窓の外へからだを乗り出して、力いっぱいはげしく胸をうって叫び、それからもう咽喉いっぱい泣きだしました。

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そしてだれにも聞こえないようにまどの外へからだをり出して、力いっぱいはげしくむねをうってさけび、それからもう咽喉のどいっぱいきだしました。

もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。

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もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。

そのとき、

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そのとき、

「おまえはいったい何を泣いているの。ちょっとこっちをごらん」

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「おまえはいったい何をいているの。ちょっとこっちをごらん」

いままでたびたび聞こえた、あのやさしいセロ(チェロ)のような声が、ジョバンニのうしろから聞こえました。

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いままでたびたび聞こえた、あのやさしいセロのような声が、ジョバンニのうしろから聞こえました。

ジョバンニは、はっと思って涙をはらい、そっちをふり向きました。さっきまでカムパネルラのすわっていた席に、黒い大きな帽子をかぶった、青白い顔のやせた大人が、やさしく笑って、大きな一冊の本を持っていました。

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ジョバンニは、はっと思ってなみだをはらってそっちをふりきました、さっきまでカムパネルラのすわっていたせきに黒い大きな帽子ぼうしをかぶった青白い顔のやせた大人おとなが、やさしくわらって大きな一さつの本をもっていました。

「おまえの友だちが、どこかへ行ったのだろう。あの人はね、ほんとうに今夜、遠くへ行ったのだ。おまえはもう、カムパネルラをさがしてもむだだ」

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「おまえのともだちがどこかへ行ったのだろう。あのひとはね、ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ」

「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうと言ったんです」

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「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうとったんです」

「ああ、そうだ。みんながそう考える。けれども、いっしょに行けない。そして、みんながカムパネルラなのだ。おまえが会うどんな人でも、みんな何べんも、おまえといっしょにりんごをたべたり汽車に乗ったりしたのだ。だから、やっぱり、おまえはさっき考えたように、あらゆる人のいちばんの幸福をさがして、みんなといっしょに早くそこへ行くがいい。そこでだけ、おまえはほんとうにカムパネルラと、いつまでもいっしょに行けるのだ」

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「ああ、そうだ。みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまえがあうどんなひとでも、みんな何べんもおまえといっしょに苹果りんごをたべたり汽車にったりしたのだ。だからやっぱりおまえはさっき考えたように、あらゆるひとのいちばんの幸福こうふくをさがし、みんなといっしょに早くそこに行くがいい、そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」

「ああぼくはきっとそうします。ぼくはどうしてそれをもとめたらいいでしょう」

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「ああぼくはきっとそうします。ぼくはどうしてそれをもとめたらいいでしょう」

「ああ、わたくしもそれをもとめている。おまえは、おまえの切符をしっかりもっておいで。そして、ひたすら勉強しなければいけない。おまえは化学を習ったろう、水は酸素と水素からできているということを知っている。いまは、だれだってそれを疑いはしない。実験してみると、ほんとうにそうなんだから。けれども、昔はそれを、水銀と塩でできていると言ったり、水銀と硫黄でできていると言ったり、いろいろ議論したのだ。みんな、めいめい自分の神さまがほんとうの神さまだと言うだろう。けれども、お互い、ほかの神さまを信じる人たちのしたことでも、涙がこぼれるだろう。それから、ぼくたちの心がいいとか悪いとか議論するだろう。そして、勝負がつかないだろう。けれども、もし、おまえがほんとうに勉強して、実験でちゃんと、ほんとうの考えと、うその考えとを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も化学と同じようになる。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん。いいかい、これは地理と歴史の辞典だよ。この本のこの頁にはね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。よくごらん。紀元前二千二百年のことが書いてあるんじゃないよ。紀元前二千二百年のころに、みんなが考えていた地理と歴史というものが書いてあるんだ。

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「ああわたくしもそれをもとめている。おまえはおまえの切符きっぷをしっかりもっておいで。そして一しんに勉強べんきょうしなけぁいけない。おまえは化学かがくをならったろう、水は酸素さんそ水素すいそからできているということを知っている。いまはたれだってそれをうたがやしない。実験じっけんしてみるとほんとうにそうなんだから。けれどもむかしはそれを水銀すいぎんしおでできているとったり、水銀すいぎん硫黄いおうでできているとったりいろいろ議論ぎろんしたのだ。みんながめいめいじぶんのかみさまがほんとうの神さまだというだろう、けれどもおたがいほかのかみさまをしんずる人たちのしたことでもなみだがこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論ぎろんするだろう。そして勝負しょうぶがつかないだろう。けれども、もしおまえがほんとうに勉強べんきょうして実験じっけんでちゃんとほんとうの考えと、うその考えとを分けてしまえば、その実験じっけん方法ほうほうさえきまれば、もう信仰しんこう化学かがくと同じようになる。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、いいかい、これは地理ちり歴史れきし辞典じてんだよ。この本のこのページはね、紀元前きげんぜん二千二百年の地理ちり歴史れきしが書いてある。よくごらん、紀元前きげんぜん二千二百年のことでないよ、紀元前きげんぜん二千二百年のころにみんなが考えていた地理ちり歴史れきしというものが書いてある。

だから、この頁一つが、一冊の地理・歴史の本にあたるんだ。

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だからこのページ一つが一さつ地歴ちれきの本にあたるんだ。

いいかい、そして、この中に書いてあることは、紀元前二千二百年ごろには、たいてい本当だったんだ。

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いいかい、そしてこの中に書いてあることは紀元前きげんぜん二千二百年ころにはたいてい本当ほんとうだ。

さがすと、証拠もぞくぞく出てくる。

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さがすと証拠しょうこもぞくぞく出ている。

けれども、それが少しどうかなと、こう考えだしてごらん。そら、それはもう次の頁だよ。

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けれどもそれが少しどうかなとこう考えだしてごらん、そら、それはつぎページだよ。

紀元前一千年。

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紀元前きげんぜん一千年。

だいぶ、地理も歴史も変わってるだろう。

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だいぶ、地理ちり歴史れきしわってるだろう。

このときにはこうなのだ。

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このときにはこうなのだ。

変な顔をしてはいけない。

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へんな顔をしてはいけない。

ぼくたちは、ぼくたちのからだだって、考えだって、天の川だって、汽車だって、歴史だって、ただそう感じているだけなんだから。そら、ごらん。ぼくといっしょに、少しこころもちをしずかにしてごらん。

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ぼくたちはぼくたちのからだだって考えだって、天の川だって汽車だって歴史れきしだって、ただそう感じているのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょにすこしこころもちをしずかにしてごらん。

いいか」

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いいか」

そのひとは指を一本あげてしずかにそれをおろしました。

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そのひとはゆびを一本あげてしずかにそれをおろしました。

すると、いきなりジョバンニは、自分というものが、自分の考えというものが、汽車やその学者や天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなり、ぽかっとともって、また消えるのを見ました。そして、その一つがぽかっとともると、あらゆる広い世界ががらんとひらけ、あらゆる歴史がそなわりました。すっと消えると、もうがらんとした、ただそれっきりになってしまうのでした。

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するといきなりジョバンニは自分というものが、じぶんの考えというものが、汽車やその学者がくしゃや天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆるひろ世界せかいががらんとひらけ、あらゆる歴史れきしがそなわり、すっとえると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。

だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。

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だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。

「さあ、いいか。だから、おまえの実験は、このきれぎれの考えのはじめから終わりすべてにわたるようでなければいけない。それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろん、そのときだけのものでもいいのだ。ああ、ごらん、あすこにプレシオス(すばる)が見える。おまえは、あのプレシオスの鎖を解かなければならない」

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「さあいいか。だからおまえの実験じっけんは、このきれぎれの考えのはじめからわりすべてにわたるようでなければいけない。それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。ああごらん、あすこにプレシオスが見える。おまえはあのプレシオスのくさりかなければならない」

そのときまっくらな地平線の向こうから青じろいのろしが、まるでひるまのようにうちあげられ、汽車の中はすっかり明るくなりました。

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そのときまっくらな地平線ちへいせんこうから青じろいのろしが、まるでひるまのようにうちあげられ、汽車の中はすっかり明るくなりました。

そしてのろしは高くそらにかかって光りつづけました。

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そしてのろしは高くそらにかかって光りつづけました。

「ああ、マジェランの星雲だ。さあ、もうきっと僕は、僕のために、僕のお母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ」

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「ああマジェランの星雲せいうんだ。さあもうきっとぼくぼくのために、ぼくのお母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福こうふくをさがすぞ」

ジョバンニは唇を噛んで、そのマジェランの星雲をのぞんで立ちました。

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ジョバンニはくちびるんで、そのマジェランの星雲せいうんをのぞんで立ちました。

そのいちばん幸福なそのひとのために!

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そのいちばん幸福こうふくなそのひとのために!

「さあ、切符をしっかり持っておいで。おまえはもう、夢の鉄道の中でなしに、ほんとうの世界の火や、はげしい波の中を、大またにまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川の中でたった一つの、ほんとうのその切符を、おまえは決してなくしてはいけない」

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「さあ、切符きっぷをしっかりっておいで。お前はもうゆめ鉄道てつどうの中でなしにほんとうの世界せかいの火やはげしいなみの中を大股おおまたにまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つの、ほんとうのその切符きっぷけっしておまえはなくしてはいけない」

あのセロ(チェロ)のような声がしたと思うと、ジョバンニは、あの天の川が、もうまるで遠く遠くなって、風が吹き、自分はまっすぐに草の丘に立っているのを見ました。また、遠くから、あのブルカニロ博士の足音が、しずかに近づいて来るのを聞きました。

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あのセロのような声がしたと思うとジョバンニは、あの天の川がもうまるで遠く遠くなって風がき自分はまっすぐに草のおかに立っているのを見、また遠くからあのブルカニロ博士はかせの足おとのしずかに近づいて来るのをききました。

「ありがとう。私はたいへんいい実験をした。私は、こんなしずかな場所で、遠くから私の考えを人に伝える実験をしたいと、さっき考えていた。おまえの言った言葉は、みんな私の手帳にとってある。さあ、帰っておやすみ。おまえは、夢の中で決心したとおり、まっすぐに進んで行くがいい。そして、これから何でも、いつでも私のところへ相談においでなさい」

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「ありがとう。私はたいへんいい実験じっけんをした。私はこんなしずかな場所ばしょで遠くから私の考えを人につたえる実験じっけんをしたいとさっき考えていた。お前のった語はみんな私の手帳てちょうにとってある。さあ帰っておやすみ。お前はゆめの中で決心けっしんしたとおりまっすぐにすすんで行くがいい。そしてこれからなんでもいつでも私のとこへ相談そうだんにおいでなさい」

「僕、きっとまっすぐに進みます。きっとほんとうの幸福を求めます」

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ぼくきっとまっすぐにすすみます。きっとほんとうの幸福こうふくもとめます」

ジョバンニは力強く言いました。

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ジョバンニは力強ちからづよいました。

「ああではさよなら。これはさっきの切符です」

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「ああではさよなら。これはさっきの切符きっぷです」

博士は小さく折った緑いろの紙をジョバンニのポケットに入れました。

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博士はかせは小さくったみどりいろの紙をジョバンニのポケットに入れました。

そしてもうそのかたちは天気輪の柱の向こうに見えなくなっていました。

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そしてもうそのかたちは天気輪てんきりんはしらこうに見えなくなっていました。

ジョバンニはまっすぐに走って丘をおりました。

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ジョバンニはまっすぐに走っておかをおりました。

そしてポケットがたいへん重くカチカチ鳴るのに気がつきました。

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そしてポケットがたいへんおもくカチカチ鳴るのに気がつきました。

林の中でとまって、それを調べてみましたら、あの緑色の、さっき夢の中で見たあやしい天の切符の中に、大きな二枚の金貨が包んでありました。

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林の中でとまってそれをしらべてみましたら、あのみどりいろのさっきゆめの中で見たあやしい天の切符きっぷの中に大きな二まい金貨きんかつつんでありました。

「博士ありがとう。おっかさん、すぐ乳を持って行きますよ」

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博士はかせありがとう、おっかさん。すぐちちをもって行きますよ」

ジョバンニは叫んでまた走りはじめました。

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ジョバンニはさけんでまた走りはじめました。

何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニの胸に集まってなんとも言えずかなしいような新しいような気がするのでした。

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何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニのむねあつまってなんともえずかなしいような新しいような気がするのでした。

琴の星がずうっと西の方へ移ってそしてまた夢のように足をのばしていました。

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ことの星がずうっと西の方へうつってそしてまたゆめのように足をのばしていました。

ジョバンニは眼をひらきました。

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ジョバンニはをひらきました。

もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。

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もとのおかの草の中につかれてねむっていたのでした。

胸はなんだかおかしくほてり、頬にはつめたい涙が流れていました。

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むねはなんだかおかしくほてり、ほおにはつめたいなみだがながれていました。

ジョバンニはばねのようにはね起きました。

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ジョバンニはばねのようにはねきました。

町は、すっかりさっきの通りに、下でたくさんの灯をつづっていましたが、その光は、なんだかさっきよりは熱をおびたというふうでした。

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町はすっかりさっきの通りに下でたくさんのあかりつづってはいましたが、その光はなんだかさっきよりはねっしたというふうでした。

そしてたったいま夢であるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかり、まっ黒な南の地平線の上ではことにけむったようになって、その右には蠍座の赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変わってもいないようでした。

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そしてたったいまゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかり、まっ黒な南の地平線ちへいせんの上ではことにけむったようになって、その右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置いちはそんなにわってもいないようでした。

ジョバンニはいっさんに丘を走って下りました。

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ジョバンニはいっさんにおかを走って下りました。

まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。

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まだ夕ごはんをたべないでっているお母さんのことがむねいっぱいに思いだされたのです。

どんどん黒い松の林の中を通って、それからほの白い牧場の柵をまわって、さっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。

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どんどん黒いまつの林の中を通って、それからほの白い牧場ぼくじょうさくをまわって、さっきの入口からくら牛舎ぎゅうしゃの前へまた来ました。

そこには、誰かがいま帰ったらしく、さっきなかった一つの車が、何かの樽を二つ載せて置いてありました。

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そこにはだれかがいま帰ったらしく、さっきなかった一つの車が何かのたるを二つっけていてありました。

「今晩は」

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今晩こんばんは」

ジョバンニは叫びました。

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ジョバンニはさけびました。

「はい」

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「はい」

白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。

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白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。

「なんのご用ですか」

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「なんのご用ですか」

「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」

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「今日牛乳ぎゅうにゅうがぼくのところへ来なかったのですが」

「あ、済みませんでした」

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「あ、みませんでした」

その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶をもって来てジョバンニに渡しながら、また言いました。

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その人はすぐおくへ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニにわたしながら、またいました。

「ほんとうに済みませんでした。今日はひるすぎ、うっかりしてこうしの柵をあけておいたもんですから、大将さっそく親牛のところへ行って半分ばかりのんでしまいましてね……」

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「ほんとうにみませんでした。今日はひるすぎ、うっかりしてこうしのさくをあけておいたもんですから、大将たいしょうさっそく親牛おやうしのところへ行って半分はんぶんばかりのんでしまいましてね……」

その人はわらいました。

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その人はわらいました。

「そうですか。ではいただいて行きます」

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「そうですか。ではいただいて行きます」

「ええ、どうも済みませんでした」

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「ええ、どうもみませんでした」

「いいえ」

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「いいえ」

ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。

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ジョバンニはまだあつちちびん両方りょうほうのてのひらでつつむようにもって牧場ぼくじょうさくを出ました。

そして、しばらく木のある町を通って大通りへ出て、またしばらく行くと、道は十文字になっていました。その右手の方、通りのはずれに、さっきカムパネルラたちがあかりを流しに行った川にかかる大きな橋のやぐらが、夜の空にぼんやり立っていました。

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そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になって、その右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりをながしに行った川へかかった大きなはしのやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。

ところが、その十字になった町かどや店の前に、女たちが七、八人ぐらいずつ集まって、橋の方を見ながら、何かひそひそ話しているのです。

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ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七、八人ぐらいずつあつまってはしの方を見ながら何かひそひそはなしているのです。

それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。

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それからはしの上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。

ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。

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ジョバンニはなぜかさあっとむねつめたくなったように思いました。

そしていきなり近くの人たちへ、

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そしていきなり近くの人たちへ、

「何かあったんですか」

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「何かあったんですか」

と叫ぶようにききました。

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さけぶようにききました。

「こどもが水へ落ちたんですよ」

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「こどもが水へちたんですよ」

一人が言いますと、その人たちは一斉にジョバンニの方を見ました。

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一人ひとりいますと、その人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。

ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。

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ジョバンニはまるで夢中むちゅうはしの方へ走りました。

橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。

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はしの上は人でいっぱいでかわが見えませんでした。

白い服を着た巡査も出ていました。

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白いふく巡査じゅんさも出ていました。

ジョバンニは橋の袂から飛ぶように下の広い河原へおりました。

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ジョバンニははしたもとからぶように下の広い河原かわらへおりました。

河原の水ぎわに沿って、たくさんのあかりが、忙しそうに行ったり来たりしていました。

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その河原かわらの水ぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。

向こう岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。

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こうぎしくらいどてにも火が七つ八つうごいていました。

そのまん中をもう烏瓜のあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。

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そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたててはいいろにしずかにながれていたのでした。

河原のいちばん下流の方へ洲のようになって出たところに人の集まりがくっきりまっ黒に立っていました。

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河原かわらのいちばん下流かりゅうの方へのようになって出たところに人のあつまりがくっきりまっ黒に立っていました。

ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。

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ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。

するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。

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するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソにいました。

マルソがジョバンニに走り寄って言いました。

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マルソがジョバンニに走りっていました。

「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ」

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「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ」

「どうして、いつ」

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「どうして、いつ」

「ザネリがね、舟の上から烏瓜のあかりを水の流れる方へ押してやろうとしたんだ。そのとき、舟がゆれたもんだから水へ落っこちたろう。すると、カムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そして、ザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれども、そのあと、カムパネルラが見えないんだ」

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「ザネリがね、ふねの上からからすうりのあかりを水のながれる方へしてやろうとしたんだ。そのときふねがゆれたもんだから水へっこったろう。するとカムパネルラがすぐびこんだんだ。そしてザネリをふねの方へしてよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ」

「みんなさがしてるんだろう」

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「みんなさがしてるんだろう」

「ああ、すぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見つからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった」

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「ああ、すぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見つからないんだ。ザネリはうちへれられてった」

ジョバンニはみんなのいるそっちの方へ行きました。

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ジョバンニはみんなのいるそっちの方へ行きました。

そこに、学生たちや町の人たちに囲まれて、青白いとがったあごをしたカムパネルラのお父さんが、黒い服を着てまっすぐに立ち、左手に時計を持って、じっと見つめていたのです。

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そこに学生たちや町の人たちにかこまれて青じろいとがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒いふくてまっすぐに立って左手に時計とけいってじっと見つめていたのです。

みんなもじっと河を見ていました。

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みんなもじっとかわを見ていました。

誰も一言も物を言う人もありませんでした。

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だれ一言ひとことものう人もありませんでした。

ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。

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ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。

魚をとるためのアセチレンランプが、たくさん忙しそうに行ったり来たりしていました。黒い川の水は、ちらちらと小さな波をたてながら流れているのが見えました。

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魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして、黒い川の水はちらちら小さななみをたててながれているのが見えるのでした。

下流の方の川はば一面に、銀河が大きく映って、まるで水のない、そのままの空のように見えました。

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下流かりゅうの方の川はばいっぱい銀河ぎんがおおきくうつって、まるで水のないそのままのそらのように見えました。

ジョバンニは、そのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。

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ジョバンニは、そのカムパネルラはもうあの銀河ぎんがのはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。

けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、

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けれどもみんなはまだ、どこかのなみの間から、

「ぼくずいぶん泳いだぞ」

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「ぼくずいぶんおよいだぞ」

と言いながらカムパネルラが出て来るか、あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がしてしかたないらしいのでした。

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と言いながらカムパネルラが出て来るか、あるいはカムパネルラがどこかの人の知らないにでもいて立っていてだれかの来るのをっているかというような気がしてしかたないらしいのでした。

けれどもにわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり言いました。

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けれどもにわかにカムパネルラのお父さんがきっぱりいました。

「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから」

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「もう駄目だめです。ちてから四十五分たちましたから」

ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立ち、ぼくはカムパネルラの行った方を知っています、ぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのです、と言おうとしましたが、もうのどがつまって、なんとも言えませんでした。

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ジョバンニは思わずかけよって博士はかせの前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っています、ぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのです、とおうとしましたが、もうのどがつまってなんともえませんでした。

すると博士はジョバンニがあいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが、

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すると博士はかせはジョバンニがあいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが、

「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう」

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「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩こんばんはありがとう」

とていねいに言いました。

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とていねいにいました。

ジョバンニは何も言えずにただおじぎをしました。

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ジョバンニは何もえずにただおじぎをしました。

「あなたのお父さんはもう帰っていますか」

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「あなたのお父さんはもう帰っていますか」

博士は堅く時計を握ったまま、またききました。

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博士はかせかた時計とけいにぎったまま、またききました。

「いいえ」

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「いいえ」

ジョバンニはかすかに頭をふりました。

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ジョバンニはかすかに頭をふりました。

「どうしたのかなあ、ぼくには、おとといたいへん元気な便りがあったんだが。今日あたり、もう着くころなんだが。船が遅れたんだな。ジョバンニさん、あした放課後、みなさんとうちへ遊びに来てくださいね」

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「どうしたのかなあ、ぼくには一昨日おとといたいへん元気な便たよりがあったんだが。今日きょうあたりもうくころなんだが。ふねおくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後ほうかごみなさんとうちへあそびに来てくださいね」

そう言いながら博士はまた、川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。

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そういながら博士はかせはまた、川下の銀河ぎんがのいっぱいにうつった方へじっとおくりました。

ジョバンニは、もういろいろなことで胸がいっぱいで、なんにも言えずに博士の前をはなれました。早くお母さんに牛乳を持って行って、お父さんの帰ることを知らせようと思うと、もう一目散に河原を町の方へ走りました。

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ジョバンニはもういろいろなことでむねがいっぱいで、なんにもえずに博士はかせの前をはなれて、早くお母さんに牛乳ぎゅうにゅうって行って、お父さんの帰ることを知らせようと思うと、もういちもくさんに河原かわらまちの方へ走りました。