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銀河鉄道の夜 現代語訳

宮沢賢治(みやざわけんじ)・1969年

AI生成この訳はAI(claude-opus-5)が原文から生成したものです(生成日: 2026-07-29)

一 午後の授業

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一 午後の授業

「ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものが本当は何か、ご存じですか」

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「ではみなさんは、そういうふうに川だと言いわれたり、乳ちちの流ながれたあとだと言いわれたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知しょうちですか」

先生は、黒板につるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問いかけました。

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先生は、黒板こくばんにつるした大きな黒い星座せいざの図の、上から下へ白くけぶった銀河帯ぎんがたいのようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。

カムパネルラが手をあげました。

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カムパネルラが手をあげました。

それから四、五人手をあげました。

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それから四、五人手をあげました。

ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。

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ジョバンニも手をあげようとして、急いそいでそのままやめました。

たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろのジョバンニはまるで毎日教室でも眠く、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。

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たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌ざっしで読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持きもちがするのでした。

ところが先生は早くもそれを見つけたのでした。

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ところが先生は早くもそれを見つけたのでした。

「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう」

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「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう」

ジョバンニは勢いよく立ちあがりましたが、立ってみるともうはっきりとそれを答えることができないのでした。

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ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立ってみるともうはっきりとそれを答えることができないのでした。

ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっと笑いました。

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ザネリが前の席せきからふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。

ジョバンニはもうどぎまぎして真っ赤になってしまいました。

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ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。

先生がまた言いました。

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先生がまた言いいました。

「大きな望遠鏡で銀河をよく調べると、銀河はだいたい何でしょう」

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「大きな望遠鏡ぼうえんきょうで銀河ぎんがをよっく調しらべると銀河ぎんがはだいたい何でしょう」

やっぱり星だとジョバンニは思いましたが、こんどもすぐに答えることができませんでした。

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やっぱり星だとジョバンニは思いましたが、こんどもすぐに答えることができませんでした。

先生はしばらく困ったようすでしたが、目をカムパネルラの方へ向けて、

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先生はしばらく困こまったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向むけて、

「ではカムパネルラさん」

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「ではカムパネルラさん」

と名指しました。

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と名指なざしました。

するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上がったまま、やはり答えることができませんでした。

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するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上がったままやはり答えができませんでした。

先生は意外そうに、しばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで、

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先生は意外いがいなようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いそいで、

「では、よし」

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「では、よし」

と言いながら、自分で星図を指しました。

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と言いいながら、自分で星図を指さしました。

「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさん、そうでしょう」

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「このぼんやりと白い銀河ぎんがを大きないい望遠鏡ぼうえんきょうで見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう」

ジョバンニは真っ赤になってうなずきました。

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ジョバンニはまっ赤かになってうなずきました。

けれどもいつのまにか、ジョバンニの目のなかには涙がいっぱいになりました。

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けれどもいつかジョバンニの眼めのなかには涙なみだがいっぱいになりました。

そうだ僕は知っていたのだ、もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちで、カムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。

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そうだ僕ぼくは知っていたのだ、もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士はかせのうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌ざっしのなかにあったのだ。

それどころかカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎から大きな本をもってきて、銀河というところをひろげ、真っ黒なページいっぱいに白い点々のある美しい写真を、二人でいつまでも見たのでした。

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それどこでなくカムパネルラは、その雑誌ざっしを読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白に点々てんてんのある美うつくしい写真しゃしんを二人でいつまでも見たのでした。

それをカムパネルラが忘れるはずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろ僕が、朝にも午後にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあまり物を言わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がり、わざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、自分もカムパネルラもあわれなような気がするのでした。

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それをカムパネルラが忘わすれるはずもなかったのに、すぐに返事へんじをしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午後にも仕事しごとがつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊あそばず、カムパネルラともあんまり物を言いわないようになったので、カムパネルラがそれを知ってきのどくがってわざと返事へんじをしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。

先生はまた言いました。

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先生はまた言いいました。

「ですから、もしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんな、その川の底の砂や砂利の粒にあたるわけです。またこれを大きな乳の流れと考えるなら、もっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかに細かく浮かんでいる脂の玉にあたるのです。それなら何がその川の水にあたるかと言いますと、それは真空という、光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮かんでいるのです。つまりは私たちも天の川の水のなかに住んでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集まって見え、だから白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい」

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「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂すなや砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨おおきな乳ちちの流ながれと考えるなら、もっと天の川とよく似にています。つまりその星はみな、乳ちちのなかにまるで細こまかにうかんでいる脂油あぶらの球たまにもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと言いいますと、それは真空しんくうという光をある速はやさで伝つたえるもので、太陽たいようや地球ちきゅうもやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私わたしどもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底そこの深ふかく遠いところほど星がたくさん集まって見え、したがって白くぼんやり見えるのです。この模型もけいをごらんなさい」

先生は、中にたくさん光る砂の粒のはいった、大きな両面の凸レンズを指しました。

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先生は中にたくさん光る砂すなのつぶのはいった大きな両面りょうめんの凸とつレンズを指さしました。

「天の川の形はちょうどこんなふうなのです。このいちいちの光る粒がみんな、私たちの太陽と同じように自分で光っている星だと考えます。私たちの太陽がこのほぼ真ん中にあって、地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこの真ん中に立って、このレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄いので、わずかの光る粒、つまり星しか見えないでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒、つまり星がたくさん見え、その遠いものはぼうっと白く見える。これがつまり今日の銀河の説なのです。それなら、このレンズの大きさがどれくらいあるか、またその中のさまざまな星については、もう時間ですから、この次の理科の時間にお話しします。では今日はその銀河のお祭りなのですから、みなさんは外へ出てよく空をごらんなさい。ではここまでです。本やノートをしまいなさい」

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「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私わたしどもの太陽たいようと同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽たいようがこのほぼ中ごろにあって地球ちきゅうがそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒つぶすなわち星しか見えないでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚あついので、光る粒つぶすなわち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるという、これがつまり今日の銀河ぎんがの説せつなのです。そんならこのレンズの大きさがどれくらいあるか、またその中のさまざまの星についてはもう時間ですから、この次つぎの理科の時間にお話します。では今日はその銀河ぎんがのお祭まつりなのですから、みなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい」

そして教室じゅうはしばらく、机のふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音でいっぱいでしたが、まもなくみんなはきちんと立って礼をすると、教室を出ました。

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そして教室じゅうはしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重かさねたりする音がいっぱいでしたが、まもなくみんなはきちんと立って礼れいをすると教室を出ました。

二 活版所

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二 活版所かっぱんじょ

ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七、八人は家へ帰らず、カムパネルラを真ん中にして校庭の隅の桜の木のところに集まっていました。

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ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七、八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭こうていの隅すみの桜さくらの木のところに集あつまっていました。

それは今夜の星祭りに青いあかりをこしらえて川へ流す、烏瓜を取りに行く相談らしかったのです。

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それはこんやの星祭ほしまつりに青いあかりをこしらえて川へ流ながす烏瓜からすうりを取とりに行く相談そうだんらしかったのです。

けれどもジョバンニは手を大きく振って、どしどし学校の門を出て来ました。

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けれどもジョバンニは手を大きく振ふってどしどし学校の門もんを出て来ました。

すると町の家々では、今夜の銀河の祭りに、いちいの葉の玉をつるしたり、ひのきの枝にあかりをつけたり、いろいろ支度をしているのでした。

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すると町の家々ではこんやの銀河ぎんがの祭まつりにいちいの葉はの玉たまをつるしたり、ひのきの枝えだにあかりをつけたり、いろいろしたくをしているのでした。

家へは帰らず、ジョバンニが町を三つ曲がって、ある大きな活版所にはいって靴をぬいで上がりますと、突き当たりの大きな扉をあけました。

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家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲まがってある大きな活版所かっぱんじょにはいって靴くつをぬいで上がりますと、突つき当たりの大きな扉とびらをあけました。

中にはまだ昼なのに電灯がついて、たくさんの輪転機がばたりばたりとまわり、布で頭をしばったりランプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながら、たくさん働いておりました。

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中にはまだ昼ひるなのに電燈でんとうがついて、たくさんの輪転機りんてんきがばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働はたらいておりました。

ジョバンニはすぐ入口から三番目の高いテーブルにすわった人のところへ行って、おじぎをしました。

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ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子テーブルにすわった人の所ところへ行っておじぎをしました。

その人はしばらく棚をさがしてから、

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その人はしばらく棚たなをさがしてから、

「これだけ拾って行けるかね」

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「これだけ拾ひろって行けるかね」

と言いながら、一枚の紙切れを渡しました。

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と言いいながら、一枚の紙切れを渡わたしました。

ジョバンニはその人のテーブルの足もとから一つの小さな平たい箱をとりだして、向こうの電灯のたくさんついた、立てかけてある壁の隅のところへしゃがみ込むと、小さなピンセットで、まるで粟粒ぐらいの活字を次から次へと拾いはじめました。

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ジョバンニはその人の卓子テーブルの足もとから一つの小さな平ひらたい函はこをとりだして向むこうの電燈でんとうのたくさんついた、たてかけてある壁かべの隅すみの所ところへしゃがみ込こむと、小さなピンセットでまるで粟粒あわつぶぐらいの活字かつじを次つぎから次つぎへと拾ひろいはじめました。

青い胸あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、

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青い胸むねあてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、

「よう、虫めがね君、おはよう」

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「よう、虫めがね君くん、お早う」

と言いますと、近くの四、五人の人たちが、声もたてず、こっちも向かずに冷たく笑いました。

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と言いいますと、近くの四、五人の人たちが声もたてずこっちも向むかずに冷つめたくわらいました。

ジョバンニは何度も目をぬぐいながら、活字をだんだん拾いました。

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ジョバンニは何べんも眼めをぬぐいながら活字かつじをだんだんひろいました。

六時が鳴ってしばらくたったころ、ジョバンニは拾った活字をいっぱいに入れた平たい箱を、もういちど手にもった紙きれと引き合わせてから、さっきのテーブルの人のところへ持って来ました。

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六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニは拾ひろった活字かつじをいっぱいに入れた平ひらたい箱はこをもういちど手にもった紙きれと引き合わせてから、さっきの卓子テーブルの人へ持もって来ました。

その人は黙ってそれを受け取り、かすかにうなずきました。

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その人は黙だまってそれを受うけ取とってかすかにうなずきました。

ジョバンニはおじぎをすると、扉をあけて計算台のところに来ました。

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ジョバンニはおじぎをすると扉とびらをあけて計算台のところに来ました。

すると白い服を着た人が、やっぱり黙って小さな銀貨を一つジョバンニに渡しました。

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すると白服しろふくを着きた人がやっぱりだまって小さな銀貨ぎんかを一つジョバンニに渡わたしました。

ジョバンニはにわかに顔いろがよくなって、威勢よくおじぎをすると、台の下に置いた鞄をもって表へ飛びだしました。

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ジョバンニはにわかに顔いろがよくなって威勢いせいよくおじぎをすると、台の下に置おいた鞄かばんをもっておもてへ飛とびだしました。

それから元気よく口笛を吹きながらパン屋へ寄って、パンのかたまりを一つと角砂糖を一袋買いますと、いちもくさんに走りだしました。

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それから元気よく口笛くちぶえを吹ふきながらパン屋やへ寄よってパンの塊かたまりを一つと角砂糖かくざとうを一袋ふくろ買いますといちもくさんに走りだしました。

三 家

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三 家

ジョバンニが勢いよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。

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ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町うらまちの小さな家でした。

その三つならんだ入口のいちばん左側には、空き箱に紫いろのケールやアスパラガスが植えてあって、小さな二つの窓には日よけがおりたままになっていました。

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その三つならんだ入口のいちばん左側ひだりがわには空箱あきばこに紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植うえてあって小さな二つの窓まどには日覆ひおおいがおりたままになっていました。

「お母さん、いま帰ったよ。ぐあい悪くなかったの」

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「お母さん、いま帰ったよ。ぐあい悪わるくなかったの」

ジョバンニは靴をぬぎながら言いました。

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ジョバンニは靴くつをぬぎながら言いました。

「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼しくてね。わたしはずっとぐあいがいいよ」

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「ああ、ジョバンニ、お仕事しごとがひどかったろう。今日きょうは涼すずしくてね。わたしはずうっとぐあいがいいよ」

ジョバンニが玄関を上がって行きますと、ジョバンニのお母さんが、すぐ入口の部屋に白い布をかぶって休んでいたのでした。

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ジョバンニは玄関げんかんを上がって行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれをかぶって寝やすんでいたのでした。

ジョバンニは窓をあけました。

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ジョバンニは窓まどをあけました。

「お母さん、今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って」

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「お母さん、今日は角砂糖かくざとうを買ってきたよ。牛乳ぎゅうにゅうに入れてあげようと思って」

「ああ、おまえが先におあがり。あたしはまだほしくないんだから」

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「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから」

「お母さん。姉さんはいつ帰ったの」

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「お母さん。姉ねえさんはいつ帰ったの」

「ああ、三時ごろ帰ったよ。いろいろそこらを片づけてくれてね」

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「ああ、三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね」

「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか」

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「お母さんの牛乳ぎゅうにゅうは来ていないんだろうか」

「来なかったろうかねえ」

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「来なかったろうかねえ」

「ぼく、行ってとって来よう」

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「ぼく行ってとって来よう」

「ああ、あたしはゆっくりでいいんだから、おまえが先におあがり。姉さんがね、トマトで何かこしらえて、そこへ置いて行ったよ」

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「ああ、あたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉ねえさんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置おいて行ったよ」

「ではぼく、食べよう」

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「ではぼくたべよう」

ジョバンニは窓のところからトマトの皿をとって、パンといっしょにしばらくむしゃむしゃ食べました。

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ジョバンニは窓まどのところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。

「ねえお母さん。ぼく、お父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ」

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「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ」

「ああ、あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの」

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「ああ、あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの」

「だって今朝の新聞に、今年は北の方の漁はたいへんよかったと書いてあったよ」

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「だって今朝けさの新聞に今年は北の方の漁りょうはたいへんよかったと書いてあったよ」

「ああ、だけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない」

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「ああだけどねえ、お父さんは漁りょうへ出ていないかもしれない」

「きっと出ているよ。お父さんが監獄へはいるような、そんな悪いことをしたはずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した大きな蟹の甲らだの、トナカイの角だの、今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか、授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ」

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「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへはいるようなそんな悪わるいことをしたはずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角つのだの今だってみんな標本室ひょうほんしつにあるんだ。六年生なんか授業じゅぎょうのとき先生がかわるがわる教室へ持もって行くよ」

「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくると言ったねえ」

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「お父さんはこの次つぎはおまえにラッコの上着うわぎをもってくるといったねえ」

「みんながぼくに会うとそれを言うよ。ひやかすように言うんだ」

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「みんながぼくにあうとそれを言いうよ。ひやかすように言いうんだ」

「おまえに悪口を言うの」

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「おまえに悪口わるくちを言いうの」

「うん、けれどもカムパネルラなんか決して言わない。カムパネルラは、みんながそんなことを言うときは気の毒そうにしているよ」

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「うん、けれどもカムパネルラなんか決けっして言いわない。カムパネルラはみんながそんなことを言いうときはきのどくそうにしているよ」

「カムパネルラのお父さんと、うちのお父さんとは、ちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ」

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「カムパネルラのお父さんとうちのお父さんとは、ちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達ともだちだったそうだよ」

「ああ、だからお父さんはぼくをつれて、カムパネルラのうちへも連れて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中、たびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールランプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合わせると丸くなって、それに電柱や信号標もついていて、信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油を使ったら、缶がすっかりすすけたよ」

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「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄よった。カムパネルラのうちにはアルコールランプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合わせるとまるくなってそれに電柱でんちゅうや信号標しんごうひょうもついていて信号標しんごうひょうのあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油せきゆをつかったら、缶かんがすっかりすすけたよ」

「そうかねえ」

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「そうかねえ」

「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家じゅうまだしんとしているからな」

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「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家じゅうまだしいんとしているからな」

「早いからねえ」

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「早いからねえ」

「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるでほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜のあかりを川へ流しに行くんだって。きっと犬もついて行くよ」

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「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻はなを鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角かどまでついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ」

「そうだ。今晩は銀河のお祭りだねえ」

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「そうだ。今晩こんばんは銀河ぎんがのお祭まつりだねえ」

「うん。ぼく、牛乳をとりながら見てくるよ」

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「うん。ぼく牛乳ぎゅうにゅうをとりながら見てくるよ」

「ああ、行っておいで。川へははいらないでね」

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「ああ行っておいで。川へははいらないでね」

「ああ、ぼく、岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ」

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「ああぼく岸きしから見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ」

「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんといっしょなら心配はないから」

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「もっと遊あそんでおいで。カムパネルラさんといっしょなら心配しんぱいはないから」

「ああ、きっといっしょだよ。お母さん、窓をしめておこうか」

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「ああきっといっしょだよ。お母さん、窓をしめておこうか」

「ああ、どうか。もう涼しいからね」

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「ああ、どうか。もう涼すずしいからね」

ジョバンニは立って窓をしめ、お皿やパンの袋をかたづけると、勢いよく靴をはいて、

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ジョバンニは立って窓まどをしめ、お皿さらやパンの袋ふくろをかたづけると勢いきおいよく靴くつをはいて、

「では一時間半で帰ってくるよ」

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「では一時間半はんで帰ってくるよ」

と言いながら、暗い戸口を出ました。

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と言いいながら暗くらい戸口とぐちを出ました。

四 ケンタウル祭の夜

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四 ケンタウル祭さいの夜

ジョバンニは、口笛を吹いているようなさびしい口つきで、ひのきが真っ黒にならんだ町の坂をおりて来たのでした。

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ジョバンニは、口笛くちぶえを吹ふいているようなさびしい口つきで、檜ひのきのまっ黒にならんだ町の坂さかをおりて来たのでした。

坂の下に大きな一つの街灯が、青白く立派に光って立っていました。

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坂さかの下に大きな一つの街燈がいとうが、青白く立派りっぱに光って立っていました。

ジョバンニがどんどん電灯の方へおりて行きますと、いままで化け物のように長くぼんやりとうしろへ引いていたジョバンニの影ぼうしは、だんだん濃く黒くはっきりしてきて、足をあげたり手を振ったり、ジョバンニの横の方へまわって来るのでした。

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ジョバンニが、どんどん電燈でんとうの方へおりて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていたジョバンニの影かげぼうしは、だんだん濃こく黒くはっきりなって、足をあげたり手を振ふったり、ジョバンニの横よこの方へまわって来るのでした。

(ぼくは立派な機関車だ。

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(ぼくは立派りっぱな機関車きかんしゃだ。

ここは坂道だから速いぞ。

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ここは勾配こうばいだから速はやいぞ。

ぼくはいまその電灯を通り越す。

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ぼくはいまその電燈でんとうを通り越こす。

そうら、こんどはぼくの影法師はコンパスだ。

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そうら、こんどはぼくの影法師かげぼうしはコンパスだ。

あんなにくるっとまわって、前の方へ来た)

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あんなにくるっとまわって、前の方へ来た)

とジョバンニが思いながら、大股にその街灯の下を通り過ぎたとき、いきなり昼間のザネリが、新しいえりのとがったシャツを着て、電灯の向こう側の暗い小路から出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。

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とジョバンニが思いながら、大股おおまたにその街燈がいとうの下を通り過すぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新しいえりのとがったシャツを着きて、電燈でんとうの向むこう側がわの暗くらい小路こうじから出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。

「ザネリ、烏瓜を流しに行くの」

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「ザネリ、烏瓜からすうりながしに行くの」

ジョバンニがまだそう言い終わらないうちに、

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ジョバンニがまだそう言いってしまわないうちに、

「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着が来るよ」

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「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着うわぎが来るよ」

その子が投げつけるように、うしろから叫びました。

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その子が投なげつけるようにうしろから叫さけびました。

ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこらじゅうがきいんと鳴るように思いました。

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ジョバンニは、ばっと胸むねがつめたくなり、そこらじゅうきいんと鳴るように思いました。

「なんだい、ザネリ」

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「なんだい、ザネリ」

とジョバンニは高く叫び返しましたが、もうザネリは向こうのひばの植わった家の中へはいっていました。

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とジョバンニは高く叫さけび返かえしましたが、もうザネリは向むこうのひばの植うわった家の中へはいっていました。

(ザネリはどうして、ぼくがなんにもしないのにあんなことを言うのだろう。

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(ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを言いうのだろう。

走るときはまるでねずみのようなくせに。

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走るときはまるで鼠ねずみのようなくせに。

ぼくがなんにもしないのにあんなことを言うのは、ザネリがばかだからだ)

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ぼくがなんにもしないのにあんなことを言いうのはザネリがばかなからだ)

ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯や木の枝ですっかりきれいに飾られた街を通って行きました。

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ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯あかりや木の枝えだで、すっかりきれいに飾かざられた街まちを通って行きました。

時計屋の店には明るくネオン灯がついて、一秒ごとに石でこしらえたふくろうの赤い目が、くるっくるっと動いたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚いガラスの盤に載って、星のようにゆっくりめぐったり、また向こう側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。

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時計屋とけいやの店には明るくネオン燈とうがついて、一秒びょうごとに石でこさえたふくろうの赤い眼めが、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石ほうせきが海のような色をした厚あつい硝子ガラスの盤ばんに載のって、星のようにゆっくり循めぐったり、また向むこう側がわから、銅どうの人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。

そのまん中に、丸い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。

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そのまん中にまるい黒い星座早見せいざはやみが青いアスパラガスの葉はで飾かざってありました。

ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。

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ジョバンニはわれを忘わすれて、その星座せいざの図に見入りました。

それは昼に学校で見たあの図よりはずっと小さかったのですが、その日と時間に合わせて盤をまわすと、そのとき出ている空がそのまま楕円形のなかにめぐってあらわれるようになっており、やはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうっとけむったような帯になって、その下の方ではかすかに爆発して湯気でもあげているように見えるのでした。

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それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですが、その日と時間に合わせて盤ばんをまわすと、そのとき出ているそらがそのまま楕円形だえんけいのなかにめぐってあらわれるようになっており、やはりそのまん中には上から下へかけて銀河ぎんががぼうとけむったような帯おびになって、その下の方ではかすかに爆発ばくはつして湯ゆげでもあげているように見えるのでした。

またそのうしろには三本の脚のついた小さな望遠鏡が黄いろに光って立っていましたし、いちばんうしろの壁には、空じゅうの星座をふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形に描いた大きな図がかかっていました。

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またそのうしろには三本の脚あしのついた小さな望遠鏡ぼうえんきょうが黄いろに光って立っていましたし、いちばんうしろの壁かべには空じゅうの星座せいざをふしぎな獣けものや蛇へびや魚や瓶びんの形に書いた大きな図ずがかかっていました。

ほんとうにこんなような蠍だの勇士だのが空にぎっしりいるだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いてみたい、などと思ったりして、しばらくぼんやり立っていました。

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ほんとうにこんなような蠍さそりだの勇士ゆうしだのそらにぎっしりいるだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いてみたいと思ってたりしてしばらくぼんやり立っていました。

それからにわかにお母さんの牛乳のことを思いだして、ジョバンニはその店をはなれました。

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それからにわかにお母さんの牛乳ぎゅうにゅうのことを思いだしてジョバンニはその店をはなれました。

そしてきゅうくつな上着の肩を気にしながら、それでもわざと胸を張って大きく手を振って、町を通って行きました。

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そしてきゅうくつな上着うわぎの肩かたを気にしながら、それでもわざと胸むねを張はって大きく手を振ふって町を通って行きました。

空気は澄みきって、まるで水のように通りや店の中を流れましたし、街灯はみな真っ青なもみや楢の枝で包まれ、電気会社の前の六本のプラタナスの木などは、中にたくさんの豆電灯がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えるのでした。

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空気は澄すみきって、まるで水のように通りや店の中を流ながれましたし、街燈がいとうはみなまっ青なもみや楢ならの枝えだで包つつまれ、電気会社の前の六本のプラタナスの木などは、中にたくさんの豆電燈まめでんとうがついて、ほんとうにそこらは人魚の都みやこのように見えるのでした。

子どもらは、みんな新しい折り目のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、

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子どもらは、みんな新しい折おりのついた着物きものを着きて、星めぐりの口笛くちぶえを吹ふいたり、

「ケンタウルス、露をふらせ」

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「ケンタウルス、露つゆをふらせ」

と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃やしたりして、たのしそうに遊んでいるのでした。

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と叫さけんで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃もしたりして、たのしそうに遊あそんでいるのでした。

けれどもジョバンニは、いつのまにかまた深く首をたれて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋の方へ急ぐのでした。

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けれどもジョバンニは、いつかまた深ふかく首くびをたれて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋ぎゅうにゅうやの方へ急いそぐのでした。

ジョバンニは、いつのまにか町はずれの、ポプラの木が何本も何本も高く星空に浮かんでいるところに来ていました。

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ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が幾本いくほんも幾本いくほんも、高く星ぞらに浮うかんでいるところに来ていました。

その牛乳屋の黒い門をはいり、牛のにおいのするうす暗い台所の前に立って、ジョバンニは帽子をぬいで、

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その牛乳屋ぎゅうにゅうやの黒い門もんをはいり、牛のにおいのするうすくらい台所だいどころの前に立って、ジョバンニは帽子ぼうしをぬいで、

「今晩は」

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「今晩こんばんは」

と言いましたら、家の中はしんとして、誰もいないようでした。

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と言いいましたら、家の中はしいんとして誰だれもいたようではありませんでした。

「今晩は、ごめんください」

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「今晩こんばんは、ごめんなさい」

ジョバンニはまっすぐに立って、また叫びました。

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ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫さけびました。

するとしばらくたってから、年とった女の人が、どこかぐあいが悪いようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中で言いました。

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するとしばらくたってから、年とった女の人が、どこかぐあいが悪わるいようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中で言いいました。

「あの、今日、牛乳がぼく※とこへ来なかったので、もらいにあがったんです」

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「あの、今日、牛乳ぎゅうにゅうが僕ぼく※とこへ来なかったので、もらいにあがったんです」

ジョバンニが一生けんめい勢いよく言いました。

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ジョバンニが一生けん命めい勢いきおいよく言いいました。

「いま誰もいなくてわかりません。あしたにしてください」

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「いま誰だれもいないでわかりません。あしたにしてください」

その人は赤い目の下のところをこすりながら、ジョバンニを見おろして言いました。

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その人は赤い眼めの下のとこをこすりながら、ジョバンニを見おろして言いいました。

「お母さんが病気なんですから、今晩でないと困るんです」

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「おっかさんが病気びょうきなんですから今晩こんばんでないと困こまるんです」

「ではもう少したってから来てください」

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「ではもう少したってから来てください」

その人はもう行ってしまいそうでした。

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その人はもう行ってしまいそうでした。

「そうですか。ではありがとう」

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「そうですか。ではありがとう」

ジョバンニは、おじぎをして台所から出ました。

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ジョバンニは、お辞儀じぎをして台所だいどころから出ました。

十字になった町のかどをまがろうとしましたら、向こうの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六、七人の生徒たちが口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜のあかりを持ってやって来るのを見ました。

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十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向むこうの橋はしへ行く方の雑貨店ざっかてんの前で、黒い影かげやぼんやり白いシャツが入り乱みだれて、六、七人の生徒らが、口笛くちぶえを吹ふいたり笑わらったりして、めいめい烏瓜からすうりの燈火あかりを持もってやって来くるのを見みました。

その笑い声も口笛も、みんな聞きおぼえのあるものでした。

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その笑わらい声も口笛くちぶえも、みんな聞きおぼえのあるものでした。

ジョバンニの同級の子どもらだったのです。

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ジョバンニの同級どうきゅうの子供こどもらだったのです。

ジョバンニは思わずどきっとして戻ろうとしましたが、思い直して、いっそう勢いよくそっちへ歩いて行きました。

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ジョバンニは思わずどきっとして戻もどろうとしましたが、思い直なおして、いっそう勢いきおいよくそっちへ歩いて行きました。

「川へ行くの」

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「川へ行くの」

ジョバンニがそう言おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、

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ジョバンニが言いおうとして、少しのどがつまったように思ったとき、

「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ」

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「ジョバンニ、ラッコの上着うわぎが来るよ」

さっきのザネリがまた叫びました。

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さっきのザネリがまた叫さけびました。

「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ」

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「ジョバンニ、ラッコの上着うわぎが来るよ」

すぐみんなが、続いて叫びました。

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すぐみんなが、続つづいて叫さけびました。

ジョバンニは真っ赤になって、もう歩いているかどうかもわからず、急いで行き過ぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。

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ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、急いそいで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。

カムパネルラは気の毒そうに、だまって少し笑って、おこらないだろうかというように、ジョバンニの方を見ていました。

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カムパネルラはきのどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。

ジョバンニは、にげるようにその目を避け、そしてカムパネルラの背の高い姿が過ぎて行ってまもなく、みんなはてんでに口笛を吹きました。

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ジョバンニは、にげるようにその眼めを避さけ、そしてカムパネルラのせいの高いかたちが過すぎて行ってまもなく、みんなはてんでに口笛くちぶえを吹ふきました。

町かどを曲がるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。

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町かどを曲まがるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。

そしてカムパネルラもまた、高く口笛を吹いて、向こうにぼんやり見える橋の方へ歩いて行ってしまったのでした。

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そしてカムパネルラもまた、高く口笛くちぶえを吹ふいて向むこうにぼんやり見える橋はしの方へ歩いて行ってしまったのでした。

ジョバンニは、なんとも言えずさびしくなって、いきなり走りだしました。

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ジョバンニは、なんとも言いえずさびしくなって、いきなり走りだしました。

すると耳に手をあてて、わあわあと言いながら片足でぴょんぴょん跳んでいた小さな子どもらは、ジョバンニがおもしろくて駆けるのだと思って、わあいと叫びました。

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すると耳に手をあてて、わあわあと言いいながら片足かたあしでぴょんぴょん跳とんでいた小さな子供こどもらは、ジョバンニがおもしろくてかけるのだと思って、わあいと叫さけびました。

まもなくジョバンニは走りだして、黒い丘の方へ急ぎました。

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まもなくジョバンニは走りだして黒い丘おかの方へ急いそぎました。

五 天気輪の柱

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五 天気輪てんきりんの柱はしら

牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の大熊星の下に、ぼんやりと、ふだんよりも低く連なって見えました。

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牧場ぼくじょうのうしろはゆるい丘おかになって、その黒い平たいらな頂上ちょうじょうは、北の大熊星おおくまぼしの下に、ぼんやりふだんよりも低ひくく、連つらなって見えました。

ジョバンニは、もう露の降りかかった小さな林の小道を、どんどんのぼって行きました。

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ジョバンニは、もう露つゆの降おりかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。

真っ暗な草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さな道が、一すじ白く星あかりに照らしだされてあったのです。

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まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照てらしだされてあったのです。

草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青く透かし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持って行った烏瓜のあかりのようだとも思いました。

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草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉はは青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持もって行った烏瓜からすうりのあかりのようだとも思いました。

その真っ黒な、松や楢の林を越えると、にわかにがらんと空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へわたっているのが見え、また頂の、天気輪の柱も見わけられたのでした。

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そのまっ黒な、松まつや楢ならの林を越こえると、にわかにがらんと空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へ亙わたっているのが見え、また頂いただきの、天気輪てんきりんの柱はしらも見わけられたのでした。

つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢の中からでもかおりだしたというように咲き、鳥が一羽、丘の上を鳴き続けながら通って行きました。

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つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢ゆめの中からでもかおりだしたというように咲さき、鳥が一疋ぴき、丘おかの上を鳴き続つづけながら通って行きました。

ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかする体を、つめたい草に投げました。

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ジョバンニは、頂いただきの天気輪てんきりんの柱はしらの下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投なげました。

町の灯は、闇の中を、まるで海の底のお宮のけしきのようにともり、子どもらの歌う声や口笛、きれぎれの叫び声もかすかに聞こえて来るのでした。

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町の灯あかりは、暗やみの中をまるで海の底そこのお宮みやのけしきのようにともり、子供こどもらの歌う声や口笛くちぶえ、きれぎれの叫さけび声もかすかに聞こえて来るのでした。

風が遠くで鳴り、丘の草もしずかにそよぎ、ジョバンニの汗でぬれたシャツもつめたく冷やされました。

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風が遠くで鳴り、丘おかの草もしずかにそよぎ、ジョバンニの汗あせでぬれたシャツもつめたく冷ひやされました。

野原から汽車の音が聞こえてきました。

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野原から汽車の音が聞こえてきました。

その小さな列車の窓は一列に小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、りんごをむいたり、笑ったり、いろいろなふうにしていると考えますと、ジョバンニは、もうなんとも言えずかなしくなって、また目を空に上げました。

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その小さな列車れっしゃの窓まどは一列いちれつ小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人たびびとが、苹果りんごをむいたり、わらったり、いろいろなふうにしていると考えますと、ジョバンニは、もうなんとも言いえずかなしくなって、また眼めをそらに挙あげました。

(この間、原稿五枚分なし)

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(この間原稿げんこう五枚分まいぶんなし)

ところがいくら見ていても、その空は、昼に先生の言ったような、がらんとした冷たいところだとは思われませんでした。

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ところがいくら見ていても、そのそらは、ひる先生の言いったような、がらんとした冷つめたいとこだとは思われませんでした。

それどころか、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらのある野原のように考えられてしかたなかったのです。

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それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場ぼくじょうやらある野原のはらのように考えられてしかたなかったのです。

そしてジョバンニは、青い琴の星が三つにも四つにもなって、ちらちらまたたき、脚が何度も出たり引っ込んだりして、とうとうきのこのように長く延びるのを見ました。

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そしてジョバンニは青い琴ことの星が、三つにも四つにもなって、ちらちらまたたき、脚あしが何べんも出たり引っ込こんだりして、とうとう蕈きのこのように長く延のびるのを見ました。

またすぐ目の下の町までが、やっぱりぼんやりしたたくさんの星の集まりか、一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。

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またすぐ眼めの下のまちまでが、やっぱりぼんやりしたたくさんの星の集あつまりか一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。

六 銀河ステーション

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六 銀河ぎんがステーション

そしてジョバンニは、すぐうしろの天気輪の柱がいつのまにかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。

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そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪てんきりんの柱はしらがいつかぼんやりした三角標さんかくひょうの形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消きえたりともったりしているのを見ました。

それはだんだんはっきりして、とうとうりんと動かないようになり、濃い鋼青の空の野原に立ちました。

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それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青はがねのそらの野原にたちました。

いま新しく焼いたばかりの青い鋼の板のような、空の野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。

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いま新しく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板いたのような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。

するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと言う声がしたと思うと、いきなり目の前がぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一度に化石させて、空じゅうに沈めたというぐあい、またダイヤモンド会社が、値段が安くならないように、わざと採れないふりをしてかくしておいた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえしてばらまいたというふうに、目の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何度も目をこすってしまいました。

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するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ぎんがステーション、銀河ぎんがステーションと言いう声がしたと思うと、いきなり眼めの前が、ぱっと明るくなって、まるで億万おくまんの蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石かせきさせて、そらじゅうに沈しずめたというぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくしておいた金剛石こんごうせきを、誰だれかがいきなりひっくりかえして、ばらまいたというふうに、眼めの前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼めをこすってしまいました。

気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。

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気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗のっている小さな列車れっしゃが走りつづけていたのでした。

ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電灯のならんだ車室に、窓から外を見ながらすわっていたのです。

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ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道けいべんてつどうの、小さな黄いろの電燈でんとうのならんだ車室に、窓まどから外を見ながらすわっていたのです。

車室の中は、青いビロードを張った腰かけがまるでがらあきで、向こうのねずみいろのワニスを塗った壁には、真鍮の大きなボタンが二つ光っているのでした。

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車室の中は、青い天鵞絨ビロードを張はった腰掛こしかけが、まるでがらあきで、向むこうの鼠ねずみいろのワニスを塗ぬった壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。

すぐ前の席に、ぬれたように真っ黒な上着を着た、背の高い子どもが、窓から頭を出して外を見ているのに気がつきました。

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すぐ前の席せきに、ぬれたようにまっ黒な上着うわぎを着た、せいの高い子供こどもが、窓から頭を出して外を見ているのに気がつきました。

そしてその子の肩のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくてたまらなくなりました。

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そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だれだかわかりたくて、たまらなくなりました。

いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、にわかにその子どもが頭を引っ込めて、こっちを見ました。

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いきなりこっちも窓まどから顔を出そうとしたとき、にわかにその子供こどもが頭を引っ込こめて、こっちを見ました。

それはカムパネルラだったのです。

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それはカムパネルラだったのです。

ジョバンニが、

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ジョバンニが、

カムパネルラ、きみは前からここにいたの、と言おうと思ったとき、カムパネルラが、

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カムパネルラ、きみは前からここにいたの、と言いおうと思ったとき、カムパネルラが、

「みんなはね、ずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった」

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「みんなはね、ずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追おいつかなかった」

と言いました。

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と言いいました。

ジョバンニは、

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ジョバンニは、

(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょに誘って出かけたのだ)と思いながら、

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(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出かけたのだ)とおもいながら、

「どこかで待っていようか」

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「どこかで待まっていようか」

と言いました。

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と言いいました。

するとカムパネルラは、

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するとカムパネルラは、

「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎えにきたんだ」

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「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ」

カムパネルラは、なぜかそう言いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。

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カムパネルラは、なぜかそう言いいながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦くるしいというふうでした。

するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがして、だまってしまいました。

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するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘わすれたものがあるというような、おかしな気持きもちがしてだまってしまいました。

ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いよく言いました。

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ところがカムパネルラは、窓まどから外をのぞきながら、もうすっかり元気が直なおって、勢いきおいよく言いいました。

「ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれどかまわない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうに好きだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える」

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「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘わすれてきた。スケッチ帳ちょうも忘わすれてきた。けれどかまわない。もうじき白鳥の停車場ていしゃばだから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛とんでいたって、ぼくはきっと見える」

そして、カムパネルラは、丸い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。

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そして、カムパネルラは、まるい板いたのようになった地図ちずを、しきりにぐるぐるまわして見ていました。

まったく、その中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って、一本の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。

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まったく、その中に、白くあらわされた天の川の左の岸きしに沿そって一条じょうの鉄道線路てつどうせんろが、南へ南へとたどって行くのでした。

そしてその地図の立派なことは、夜のように真っ黒な盤の上に、一つ一つの停車場や三角標、泉水や森が、青や橙や緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。

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そしてその地図の立派りっぱなことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一々の停車場ていしゃばや三角標さんかくひょう、泉水せんすいや森が、青や橙だいだいや緑みどりや、うつくしい光でちりばめられてありました。

ジョバンニは、なんだかその地図をどこかで見たように思いました。

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ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。

「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ」

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「この地図ちずはどこで買ったの。黒曜石こくようせきでできてるねえ」

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニが言いいました。

「銀河ステーションで、もらったんだ。きみはもらわなかったの」

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「銀河ぎんがステーションで、もらったんだ。君きみもらわなかったの」

「ああ、ぼく、銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちのいるところ、ここだろう」

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「ああ、ぼく銀河ぎんがステーションを通ったろうか。いまぼくたちのいるとこ、ここだろう」

ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指しました。

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ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場ていしゃばのしるしの、すぐ北を指さしました。

「そうだ。おや、あの河原は月夜だろうか」

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「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか」

そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさらゆられて動いて、波を立てているのでした。

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そっちを見ますと、青白く光る銀河ぎんがの岸きしに、銀ぎんいろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波なみを立てているのでした。

「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ」

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「月夜でないよ。銀河ぎんがだから光るんだよ」

ジョバンニは言いながら、まるではね上がりたいくらい愉快になって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら、一生けんめい伸びあがって、その天の川の水を見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれがはっきりしませんでした。

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ジョバンニは言いいながら、まるではね上がりたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓まどから顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命めい延のびあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。

けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりも透きとおって、ときどき目のかげんか、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、虹のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光の三角標が、うつくしく立っていたのです。

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けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素すいそよりもすきとおって、ときどき眼めのかげんか、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波なみをたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流ながれて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標さんかくひょうが、うつくしく立っていたのです。

遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、あるいは三角形、あるいは四辺形、あるいは稲妻や鎖の形、さまざまにならんで、野原いっぱいに光っているのでした。

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遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙だいだいや黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、あるいは三角形さんかくけい、あるいは四辺形しへんけい、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱいに光っているのでした。

ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振りました。

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ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。

するとほんとうに、そのきれいな野原じゅうの青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたりふるえたりしました。

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するとほんとうに、そのきれいな野原のはらじゅうの青や橙だいだいや、いろいろかがやく三角標さんかくひょうも、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。

「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た」

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「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た」

ジョバンニは言いました。

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ジョバンニは言いいました。

「それに、この汽車、石炭をたいていないねえ」

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「それに、この汽車石炭せきたんをたいていないねえ」

ジョバンニが左手をつき出して、窓から前の方を見ながら言いました。

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ジョバンニが左手をつき出して窓まどから前の方を見ながら言いいました。

「アルコールか電気だろう」

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「アルコールか電気だろう」

カムパネルラが言いました。

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カムパネルラが言いいました。

するとちょうど、それに返事するように、どこか遠くの遠くのもやのもやの中から、チェロのようなごうごうした声がきこえて来ました。

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するとちょうど、それに返事へんじするように、どこか遠くの遠くのもやのもやの中から、セロのようなごうごうした声がきこえて来ました。

「ここの汽車は、蒸気や電気で動いていない。ただ動くようにきまっているから動いているのだ。ごとごと音をたてていると、そうおまえたちは思っているけれども、それはいままで音をたてる汽車にばかり慣れているためなのだ」

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「ここの汽車は、スティームや電気でうごいていない。ただうごくようにきまっているからうごいているのだ。ごとごと音をたてていると、そうおまえたちは思っているけれども、それはいままで音をたてる汽車にばかりなれているためなのだ」

「あの声、ぼく、何度もどこかで聞いた」

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「あの声、ぼくなんべんもどこかできいた」

「ぼくだって、林の中や川で、何度も聞いた」

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「ぼくだって、林の中や川で、何べんも聞いた」

ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、空のすすきが風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい光の中を、どこまでもどこまでもと走って行くのでした。

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ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点さんかくてんの青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。

「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ」

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「ああ、りんどうの花が咲さいている。もうすっかり秋だねえ」

カムパネルラが、窓の外を指さして言いました。

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カムパネルラが、窓まどの外を指ゆびさして言いいました。

線路のへりになった短い芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。

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線路せんろのへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石げっちょうせきででも刻きざまれたような、すばらしい紫むらさきのりんどうの花が咲さいていました。

「ぼく、飛びおりて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか」

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「ぼく飛とびおりて、あいつをとって、また飛とび乗のってみせようか」

ジョバンニは胸をおどらせて言いました。

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ジョバンニは胸むねをおどらせて言いいました。

「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから」

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「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから」

カムパネルラがそう言い終わるか終わらないうちに、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。

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カムパネルラが、そう言いってしまうかしまわないうち、次つぎのりんどうの花が、いっぱいに光って過すぎて行きました。

と思ったら、もう次から次から、たくさんの黄いろな底をもったりんどうの花のコップが、湧くように、雨のように目の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。

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と思ったら、もう次つぎから次つぎから、たくさんのきいろな底そこをもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼めの前を通り、三角標さんかくひょうの列れつは、けむるように燃もえるように、いよいよ光って立ったのです。

七 北十字とプリオシン海岸

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七 北十字きたじゅうじとプリオシン海岸かいがん

「お母さんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」

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「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」

いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、せきこんで言いました。

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いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、せきこんで言いいました。

ジョバンニは、

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ジョバンニは、

(ああ、そうだ、ぼくのお母さんは、あの遠い一つのちりのように見える橙いろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。

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(ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標さんかくひょうのあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。

「ぼくは、お母さんがほんとうに幸せになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、お母さんのいちばんの幸せなんだろう」

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「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸さいわいなんだろう」

カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを一生けんめいこらえているようでした。

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カムパネルラは、なんだか、泣なきだしたいのを、一生けん命めいこらえているようでした。

「きみのお母さんは、なんにもひどいことないじゃないの」

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「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの」

ジョバンニはびっくりして叫びました。

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ジョバンニはびっくりして叫さけびました。

「ぼくはわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねえ。だから、お母さんは、ぼくをゆるしてくださると思う」

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「ぼくわからない。けれども、誰だれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸さいわいなんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う」

カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。

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カムパネルラは、なにかほんとうに決心けっしんしているように見えました。

にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。

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にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。

見ると、もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床の上を、水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射した一つの島が見えるのでした。

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見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派りっぱさをあつめたような、きらびやかな銀河ぎんがの河床かわどこの上を、水は声もなくかたちもなく流ながれ、その流ながれのまん中に、ぼうっと青白く後光ごこうの射さした一つの島しまが見えるのでした。

その島の平らな頂に、立派な、目もさめるような白い十字架が立って、それはもう、凍った北極の雲で鋳たといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。

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その島しまの平たいらないただきに、立派りっぱな眼めもさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう、凍こおった北極ほっきょくの雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久えいきゅうに立っているのでした。

「ハレルヤ、ハレルヤ」

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「ハレルヤ、ハレルヤ」

前からもうしろからも声が起こりました。

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前からもうしろからも声が起おこりました。

ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐに着物のひだを垂れ、黒い聖書を胸にあてたり、水晶の数珠をかけたり、どの人もつつましく指を組み合わせて、そっちに祈っているのでした。

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ふりかえって見ると、車室の中の旅人たびびとたちは、みなまっすぐにきもののひだを垂たれ、黒いバイブルを胸むねにあてたり、水晶すいしょうの数珠じゅずをかけたり、どの人もつつましく指ゆびを組み合わせて、そっちに祈いのっているのでした。

思わず二人ともまっすぐに立ちあがりました。

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思わず二人ふたりともまっすぐに立ちあがりました。

カムパネルラの頬は、まるで熟したりんごの赤さのようにうつくしくかがやいて見えました。

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カムパネルラの頬ほおは、まるで熟じゅくした苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。

そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。

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そして島しまと十字架じゅうじかとは、だんだんうしろの方へうつって行きました。

向こう岸も、青じろくぼうっと光ってけむり、ときどき、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が草にかくれたり出たりするのは、やさしい狐火のように思われました。

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向むこう岸ぎしも、青じろくぼうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀ぎんいろがけむって、息いきでもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。

それもほんのちょっとの間、川と汽車との間はすすきの列でさえぎられ、白鳥の島は二度ばかりうしろの方に見えましたが、じきにもうずっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。

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それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列れつでさえぎられ、白鳥の島しまは、二度どばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵えのようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。

ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、背の高い、黒いかつぎをしたカトリックふうの尼さんが、まんまるな緑の瞳をじっとまっすぐに落として、まだ何か言葉か声かがそっちから伝わって来るのを、つつしんで聞いているというように見えました。

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ジョバンニのうしろには、いつから乗のっていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリックふうの尼あまさんが、まんまるな緑みどりの瞳ひとみを、じっとまっすぐに落おとして、まだ何かことばか声かが、そっちから伝つたわって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。

旅人たちはしずかに席に戻り、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新しい気持ちを、何気なくちがった言葉で、そっと話し合ったのです。

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旅人たびびとたちはしずかに席せきに戻もどり、二人ふたりも胸むねいっぱいのかなしみに似にた新しい気持きもちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。

「もうじき白鳥の停車場だねえ」

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「もうじき白鳥の停車場ていしゃばだねえ」

「ああ、十一時かっきりには着くんだよ」

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「ああ、十一時かっきりには着つくんだよ」

早くも、シグナルの緑の灯と、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓の外を過ぎ、それから硫黄のほのおのような暗くぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、まもなくプラットホームの一列の電灯が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人はちょうど白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。

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早くも、シグナルの緑みどりの燈と、ぼんやり白い柱はしらとが、ちらっと窓まどのそとを過すぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てんてつ機きの前のあかりが窓まどの下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、まもなくプラットホームの一列れつの電燈でんとうが、うつくしく規則きそく正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人はちょうど白鳥停車場ていしゃじょうの、大きな時計とけいの前に来てとまりました。

さわやかな秋の時計の盤面には、青く焼かれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。

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さわやかな秋の時計とけいの盤面ばんめんには、青く灼やかれたはがねの二本の針はりが、くっきり十一時を指さしました。

みんなは、一度におりて、車室の中はがらんとなってしまいました。

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みんなは、一ぺんにおりて、車室の中はがらんとなってしまいました。

〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。

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〔二十分停車ていしゃ〕と時計とけいの下に書いてありました。

「ぼくたちも降りて見ようか」

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「ぼくたちも降おりて見ようか」

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニが言いいました。

「降りよう」

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「降おりよう」

二人は一度にはねあがってドアを飛び出し、改札口へかけて行きました。

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二人ふたりは一度どにはねあがってドアを飛とび出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。

ところが改札口には、明るい紫がかった電灯が一つついているばかりで、誰もいませんでした。

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ところが改札口かいさつぐちには、明るい紫むらさきがかった電燈でんとうが、一つ点ついているばかり、誰だれもいませんでした。

そこらじゅうを見ても、駅長や赤帽らしい人の影もなかったのです。

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そこらじゅうを見ても、駅長えきちょうや赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。

二人は、停車場の前の、水晶細工のように見えるいちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。

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二人ふたりは、停車場ていしゃばの前の、水晶細工すいしょうざいくのように見える銀杏いちょうの木に囲かこまれた、小さな広場に出ました。

そこから幅の広い道が、まっすぐに銀河の青い光の中へ通っていました。

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そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河ぎんがの青光あおびかりの中へ通っていました。

さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。

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さきに降おりた人たちは、もうどこへ行ったか一人ひとりも見えませんでした。

二人がその白い道を肩をならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある部屋の中の二本の柱の影のように、また二つの車輪のスポークのように、何本も何本も四方へ出るのでした。

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二人ふたりがその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人ふたりの影かげは、ちょうど四方に窓まどのある室へやの中の、二本の柱はしらの影かげのように、また二つの車輪しゃりんの輻やのように幾本いくほんも幾本いくほんも四方へ出るのでした。

そしてまもなく、あの汽車から見えたきれいな河原に来ました。

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そしてまもなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。

カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ手のひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢のように言っているのでした。

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カムパネルラは、そのきれいな砂すなを一つまみ、掌てのひらにひろげ、指ゆびできしきしさせながら、夢ゆめのように言いっているのでした。

「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている」

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「この砂すなはみんな水晶すいしょうだ。中で小さな火が燃もえている」

「そうだ」

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「そうだ」

どこでぼくは、そんなことを習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。

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どこでぼくは、そんなことを習ならったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。

河原の小石は、みんな透きとおって、たしかに水晶やトパーズや、またくしゃくしゃの褶曲をあらわしたのや、また角から霧のような青白い光を出すコランダムやらでした。

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河原かわらの礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶すいしょうや黄玉トパーズや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉コランダムやらでした。

ジョバンニは、走ってその渚に行って、水に手をひたしました。

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ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。

けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっと透きとおっていたのです。

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けれどもあやしいその銀河ぎんがの水は、水素すいそよりももっとすきとおっていたのです。

それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったところが少し水銀いろに浮いたように見え、その手首にぶつかってできた波が、うつくしい燐光をあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。

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それでもたしかに流ながれていたことは、二人ふたりの手首てくびの、水にひたったとこが、少し水銀すいぎんいろに浮ういたように見え、その手首てくびにぶっつかってできた波なみは、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃もえるように見えたのでもわかりました。

川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖の下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。

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川上の方を見ると、すすきのいっぱいにはえている崖がけの下に、白い岩いわが、まるで運動場うんどうじょうのように平たいらに川に沿そって出ているのでした。

そこに小さな五、六人の人かげが、何か掘り出すか埋めるかしているらしく、立ったりかがんだり、ときどきなにかの道具がピカッと光ったりしました。

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そこに小さな五、六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋うめるかしているらしく、立ったりかがんだり、時々なにかの道具どうぐが、ピカッと光ったりしました。

「行ってみよう」

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「行ってみよう」

二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。

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二人ふたりは、まるで一度どに叫さけんで、そっちの方へ走りました。

その白い岩になったところの入口に、〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物のつるつるした標札が立って、向こうの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干も立てられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。

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その白い岩いわになったところの入口に、〔プリオシン海岸かいがん〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札ひょうさつが立って、向こうの渚なぎさには、ところどころ、細ほそい鉄てつの欄干らんかんも植うえられ、木製もくせいのきれいなベンチも置おいてありました。

「おや、変なものがあるよ」

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「おや、変へんなものがあるよ」

カムパネルラが、ふしぎそうに立ちどまって、岩から黒い細長い、さきのとがったくるみの実のようなものをひろいました。

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カムパネルラが、不思議ふしぎそうに立ちどまって、岩いわから黒い細長ほそながいさきのとがったくるみの実みのようなものをひろいました。

「くるみの実だよ。そら、たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中にはいってるんだ」

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「くるみの実みだよ。そら、たくさんある。流ながれて来たんじゃない。岩いわの中にはいってるんだ」

「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつは少しもいたんでない」

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「大きいね、このくるみ、倍ばいあるね。こいつはすこしもいたんでない」

「早くあそこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから」

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「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ほってるから」

二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。

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二人ふたりは、ぎざぎざの黒いくるみの実みを持もちながら、またさっきの方へ近よって行きました。

左手の渚には、波がやさしい稲妻のように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻でこしらえたようなすすきの穂がゆれたのです。

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左手の渚なぎさには、波なみがやさしい稲妻いなずまのように燃もえて寄よせ、右手の崖がけには、いちめん銀ぎんや貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。

だんだん近づいて見ると、一人の背の高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴をはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、つるはしをふりあげたりスコップを使ったりしている三人の助手らしい人たちに、夢中でいろいろ指図をしていました。

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だんだん近づいて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡きんがんきょうをかけ、長靴ながぐつをはいた学者がくしゃらしい人が、手帳てちょうに何かせわしそうに書きつけながら、つるはしをふりあげたり、スコップをつかったりしている、三人の助手じょしゅらしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図さしずをしていました。

「そこのその突起をこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、もう少し遠くから掘って。いけない、いけない、なぜそんな乱暴をするんだ」

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「そこのその突起とっきをこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、も少し遠くから掘ほって。いけない、いけない、なぜそんな乱暴らんぼうをするんだ」

見ると、その白いやわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣の骨が、横に倒れてつぶれたというふうになって、半分以上掘り出されていました。

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見ると、その白い柔やわらかな岩いわの中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨ほねが、横に倒たおれてつぶれたというふうになって、半分以上はんぶんいじょう掘ほり出されていました。

そして気をつけて見ると、そこらには、蹄の二つある足跡のついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。

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そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩いわが、四角しかくに十ばかり、きれいに切り取られて番号ばんごうがつけられてありました。

「きみたちは見学かね」

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「君たちは参観さんかんかね」

その大学士らしい人が、眼鏡をきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。

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その大学士だいがくしらしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。

「くるみがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新しい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているところに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。ていねいにのみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさんいたのさ」

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「くるみがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと百二十万年まんねんぐらい前のくるみだよ。ごく新しい方さ。ここは百二十万年前まんねんまえ、第三紀だいさんきのあとのころは海岸かいがんでね、この下からは貝かいがらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水しおみずが寄よせたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛うしの先祖せんぞで、昔むかしはたくさんいたのさ」

「標本にするんですか」

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「標本ひょうほんにするんですか」

「いや、証明するのに要るんだ。ぼくらから見ると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつから見ても、やっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨が埋もれてるはずじゃないか」

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「いや、証明しょうめいするに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚あつい立派りっぱな地層ちそうで、百二十万年まんねんぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層ちそうに見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋うもれてるはずじゃないか」

大学士はあわてて走って行きました。

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大学士だいがくしはあわてて走って行きました。

「もう時間だよ。行こう」

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「もう時間だよ。行こう」

カムパネルラが地図と腕時計とをくらべながら言いました。

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カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら言いいました。

「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします」

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「ああ、ではわたくしどもは失礼しつれいいたします」

ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。

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ジョバンニは、ていねいに大学士だいがくしにおじぎしました。

「そうですか。いや、さよなら」

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「そうですか。いや、さよなら」

大学士は、また忙しそうに、あちこち歩きまわって監督をはじめました。

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大学士だいがくしは、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。

二人は、その白い岩の上を、一生けんめい汽車に遅れないように走りました。

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二人ふたりは、その白い岩いわの上を、一生けん命めい汽車におくれないように走りました。

そしてほんとうに、風のように走れたのです。

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そしてほんとうに、風のように走れたのです。

息も切れず、膝も熱くなりませんでした。

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息いきも切れず膝ひざもあつくなりませんでした。

こんなふうに駆けられるなら、もう世界じゅうだって駆けられると、ジョバンニは思いました。

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こんなにしてかけるなら、もう世界せかいじゅうだってかけれると、ジョバンニは思いました。

そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電灯がだんだん大きくなって、まもなく二人は、もとの車室の席にすわって、いま行って来た方を窓から見ていました。

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そして二人ふたりは、前のあの河原かわらを通り、改札口かいさつぐちの電燈でんとうがだんだん大きくなって、まもなく二人ふたりは、もとの車室の席せきにすわっていま行って来た方を、窓まどから見ていました。

八 鳥を捕る人

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八 鳥を捕とる人

「ここへかけてもよろしいですか」

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「ここへかけてもようございますか」

がさがさした、けれども親切そうな大人の声が、二人のうしろで聞こえました。

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がさがさした、けれども親切そうな、大人おとなの声が、二人ふたりのうしろで聞こえました。

それは、茶いろの少しぼろぼろの外套を着て、白い布でつつんだ荷物を二つに分けて肩に掛けた、赤ひげの、背中のかがんだ人でした。

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それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着きて、白い巾きれでつつんだ荷物にもつを、二つに分けて肩かたに掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。

「ええ、いいんです」

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「ええ、いいんです」

ジョバンニは、少し肩をすぼめてあいさつしました。

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ジョバンニは、少し肩かたをすぼめてあいさつしました。

その人は、ひげの中でかすかに笑いながら、荷物をゆっくり網棚にのせました。

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その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物にもつをゆっくり網棚あみだなにのせました。

ジョバンニは、なにかたいへんさびしいような、かなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずっと前の方で、ガラスの笛のようなものが鳴りました。

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ジョバンニは、なにかたいへんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面しょうめんの時計とけいを見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。

汽車はもう、しずかに動いていたのです。

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汽車はもう、しずかにうごいていたのです。

カムパネルラは、車室の天井を、あちこち見ていました。

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カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。

その一つのあかりに黒いかぶと虫がとまって、その影が大きく天井にうつっていたのです。

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その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまって、その影かげが大きく天井てんじょうにうつっていたのです。

赤ひげの人は、なにかなつかしそうに笑いながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。

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赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。

汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川とが、かわるがわる窓の外から光りました。

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汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓まどの外から光りました。

赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に聞きました。

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赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。

「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか」

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「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか」

「どこまでも行くんです」

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「どこまでも行くんです」

ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。

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ジョバンニは、少しきまり悪わるそうに答えました。

「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ」

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「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ」

「あなたはどこへ行くんです」

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「あなたはどこへ行くんです」

カムパネルラが、いきなり、けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは思わず笑いました。

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カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは思わずわらいました。

すると、向こうの席にいた、とがった帽子をかぶり、大きな鍵を腰に下げた人も、ちらっとこっちを見て笑いましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。

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すると、向むこうの席せきにいた、とがった帽子ぼうしをかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑わらいだしてしまいました。

ところがその人は別におこったでもなく、頬をぴくぴくさせながら返事をしました。

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ところがその人は別べつにおこったでもなく、頬ほおをぴくぴくしながら返事へんじをしました。

「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね」

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「わっしはすぐそこで降おります。わっしは、鳥をつかまえる商売しょうばいでね」

「何鳥ですか」

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「何鳥ですか」

「鶴や雁です。さぎも白鳥もです」

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「鶴つるや雁がんです。さぎも白鳥もです」

「鶴はたくさんいますか」

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「鶴つるはたくさんいますか」

「いますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか」

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「いますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか」

「いいえ」

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「いいえ」

「いまでも聞こえるじゃありませんか。そら、耳をすまして聞いてごらんなさい」

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「いまでも聞こえるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい」

二人は目を上げ、耳をすましました。

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二人ふたりは眼めを挙あげ、耳をすましました。

ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧くような音が聞こえて来るのでした。

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ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞こえて来るのでした。

「鶴は、どうしてとるんですか」

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「鶴つる、どうしてとるんですか」

「鶴ですか、それともさぎですか」

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「鶴つるですか、それとも鷺さぎですか」

「さぎです」

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「鷺さぎです」

ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。

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ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。

「そいつはな、造作ない。さぎというものは、みんな天の川の砂が固まって、ぼおっとできるもんですからね、そしてしょっちゅう川へ帰りますからね、河原で待っていて、さぎがみんな脚をこういうふうにしておりてくるところを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押さえちまうんです。するともうさぎは、固まって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです」

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「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂すなが凝かたまって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終しじゅう川へ帰りますからね、川原で待まっていて、鷺さぎがみんな、脚あしをこういうふうにしておりてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺さぎは、かたまって安心あんしんして死しんじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押おし葉ばにするだけです」

「さぎを押し葉にするんですか。標本ですか」

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「鷺さぎを押おし葉ばにするんですか。標本ひょうほんですか」

「標本じゃありません。みんな食べるじゃありませんか」

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「標本ひょうほんじゃありません。みんなたべるじゃありませんか」

「おかしいねえ」

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「おかしいねえ」

カムパネルラが首をかしげました。

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カムパネルラが首くびをかしげました。

「おかしいも不思議もありませんや。そら」

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「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら」

その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。

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その男は立って、網棚あみだなから包つつみをおろして、手ばやくくるくると解ときました。

「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです」

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「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです」

「ほんとうにさぎだねえ」

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「ほんとうに鷺さぎだねえ」

二人は思わず叫びました。

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二人ふたりは思わず叫さけびました。

真っ白な、あのさっきの北の十字架のように光るさぎのからだが、十ばかり、少し平べったくなって、黒い脚をちぢめて、浮き彫りのようにならんでいたのです。

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まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺さぎのからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚あしをちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。

「目をつぶってるね」

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「眼めをつぶってるね」

カムパネルラは、指でそっと、さぎの三日月がたの白いつぶった目にさわりました。

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カムパネルラは、指ゆびでそっと、鷺さぎの三日月みかづきがたの白いつぶった眼めにさわりました。

頭の上の槍のような白い毛も、ちゃんとついていました。

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頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。

「ね、そうでしょう」

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「ね、そうでしょう」

鳥を捕る人は風呂敷を重ねて、またくるくると包んで紐でくくりました。

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鳥捕とりとりは風呂敷ふろしきを重かさねて、またくるくると包つつんで紐ひもでくくりました。

誰がいったいここらでさぎなんぞ食べるだろうと、ジョバンニは思いながら聞きました。

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誰だれがいったいここらで鷺さぎなんぞたべるだろうとジョバンニは思いながら訊ききました。

「さぎはおいしいんですか」

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「鷺さぎはおいしいんですか」

「ええ、毎日注文があります。しかし雁の方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がいいし、第一手数がかかりませんからな。そら」

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「ええ、毎日注文ちゅうもんがあります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁がんの方がずっと柄がらがいいし、第一だいいち手数てすうがありませんからな。そら」

鳥を捕る人は、また別の方の包みを解きました。

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鳥捕とりとりは、また別べつの方の包つつみを解ときました。

すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのように光る雁が、ちょうどさっきのさぎのように、くちばしをそろえて、少し平べったくなってならんでいました。

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すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁がんが、ちょうどさっきの鷺さぎのように、くちばしをそろえて、少しひらべったくなって、ならんでいました。

「こっちはすぐ食べられます。どうです、少しおあがりなさい」

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「こっちはすぐたべられます。どうです、少しおあがりなさい」

鳥を捕る人は、黄いろの雁の足を軽くひっぱりました。

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鳥捕とりとりは、黄いろの雁がんの足を、軽かるくひっぱりました。

するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。

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するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。

「どうです。少し食べてごらんなさい」

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「どうです。すこしたべてごらんなさい」

鳥を捕る人は、それを二つにちぎって渡しました。

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鳥捕とりとりは、それを二つにちぎってわたしました。

ジョバンニは、ちょっと食べてみて、

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ジョバンニは、ちょっとたべてみて、

(なんだ、やっぱりこいつはお菓子だ。

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(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。

チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。

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チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁がんが飛とんでいるもんか。

この男は、どこかそこらの野原のお菓子屋だ。

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この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。

けれどもぼくは、この人をばかにしながら、この人のお菓子を食べているのは、たいへん気の毒だ)と思いながら、やっぱりぽくぽくそれを食べていました。

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けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子かしをたべているのは、たいへんきのどくだ)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。

「もう少しおあがりなさい」

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「も少しおあがりなさい」

鳥を捕る人が、また包みを出しました。

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鳥捕とりとりがまた包つつみを出しました。

ジョバンニは、もっと食べたかったのですけれども、

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ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、

「ええ、ありがとう」

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「ええ、ありがとう」

と言って遠慮しましたら、鳥を捕る人は、こんどは向こうの席の、鍵をもった人に出しました。

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といって遠慮えんりょしましたら、鳥捕とりとりは、こんどは向むこうの席せきの、鍵かぎをもった人に出しました。

「いや、商売ものをもらっちゃすみませんな」

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「いや、商売しょうばいものをもらっちゃすみませんな」

その人は、帽子をとりました。

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その人は、帽子ぼうしをとりました。

「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡り鳥の景気は」

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「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気けいきは」

「いや、すてきなもんですよ。おとといの第二限ごろなんか、なぜ灯台の灯を規則以外に間(一時空白)させるかって、あっちからもこっちからも電話で苦情が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもがまっ黒にかたまって、あかりの前を通るのですからしかたありませんや、わたしゃ、べらぼうめ、そんな苦情はおれのところへ持って来たってしかたがねえや、ばさばさのマントを着て脚と口とが途方もなく細い大将へやれって、こう言ってやりましたがね、はっは」

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「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限だいにげんころなんか、なぜ燈台とうだいの灯ひを、規則以外きそくいがいに間(一時空白)させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障こしょうが来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡わたり鳥どりどもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですからしかたありませんや、わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情くじょうは、おれのとこへ持もって来たってしかたがねえや、ばさばさのマントを着きて脚あしと口との途方とほうもなく細ほそい大将たいしょうへやれって、こう言いってやりましたがね、はっは」

すすきがなくなったために、向こうの野原から、ぱっとあかりが射して来ました。

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すすきがなくなったために、向むこうの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。

「さぎの方は、なぜ手数がかかるんですか」

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「鷺さぎの方はなぜ手数てすうなんですか」

カムパネルラは、さっきから聞こうと思っていたのです。

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カムパネルラは、さっきから、訊きこうと思っていたのです。

「それはね、さぎを食べるには」

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「それはね、鷺さぎをたべるには」

鳥を捕る人は、こっちに向き直りました。

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鳥捕とりとりは、こっちに向むき直なおりました。

「天の川の水あかりに、十日もつるしておくかね、そうでなけりゃ、砂に三、四日うずめなけりゃいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、食べられるようになるよ」

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「天の川の水あかりに、十日もつるしておくかね、そうでなけぁ、砂すなに三、四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀すいぎんがみんな蒸発じょうはつして、たべられるようになるよ」

「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう」

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「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子かしでしょう」

やっぱり同じことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというようにたずねました。

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やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。

鳥を捕る人は、何かたいへんあわてたふうで、

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鳥捕とりとりは、何かたいへんあわてたふうで、

「そうそう、ここで降りなけりゃ」

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「そうそう、ここで降おりなけぁ」

と言いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。

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と言いいながら、立って荷物にもつをとったと思うと、もう見えなくなっていました。

「どこへ行ったんだろう」

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「どこへ行ったんだろう」

二人は顔を見合わせましたら、灯台守は、にやにや笑って、少し伸びあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。

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二人ふたりは顔を見合わせましたら、燈台守とうだいもりは、にやにや笑わらって、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横よこの窓まどの外をのぞきました。

二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥を捕る人が、黄いろと青じろの、うつくしい燐光を出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげ、じっと空を見ていたのです。

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二人ふたりもそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕とりとりが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手りょうてをひろげて、じっとそらを見ていたのです。

「あそこへ行ってる。ずいぶん妙だねえ。きっとまた鳥をつかまえるところだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな」

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「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな」

と言ったとたん、がらんとした桔梗いろの空から、さっき見たようなさぎが、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞いおりて来ました。

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と言いったとたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺さぎが、まるで雪の降ふるように、ぎゃあぎゃあ叫さけびながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。

するとあの鳥を捕る人は、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立ち、さぎのちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片っぱしから押さえて、布の袋の中に入れるのでした。

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するとあの鳥捕とりとりは、すっかり注文ちゅうもん通りだというようにほくほくして、両足りょうあしをかっきり六十度どに開いて立って、鷺さぎのちぢめて降おりて来る黒い脚あしを両手りょうてで片かたっぱしから押おさえて、布ぬのの袋ふくろの中に入れるのでした。

するとさぎは、蛍のように、袋の中でしばらく青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、しまいにはとうとう、みんなぼんやり白くなって、目をつぶるのでした。

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すると鷺さぎは、蛍ほたるのように、袋ふくろの中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消きえたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼めをつぶるのでした。

ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天の川の砂の上に降りるものの方が多かったのです。

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ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事ぶじに天の川の砂すなの上に降おりるものの方が多おおかったのです。

それは見ていると、足が砂につくやいなや、まるで雪の解けるように縮まって平べったくなって、まもなく溶鉱炉から出た銅の汁のように、砂や砂利の上にひろがり、しばらくは鳥の形が砂についているのでしたが、それも二、三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。

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それは見ていると、足が砂すなへつくや否いなや、まるで雪ゆきの解とけるように、縮ちぢまってひらべったくなって、まもなく溶鉱炉ようこうろから出た銅どうの汁しるのように、砂すなや砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂すなについているのでしたが、それも二、三度ど明るくなったり暗くらくなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。

鳥を捕る人は、二十羽ばかり袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾にあたって死ぬときのような形をしました。

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鳥捕とりとりは、二十疋ぴきばかり、袋ふくろに入れてしまうと、急きゅうに両手りょうてをあげて、兵隊へいたいが鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死しぬときのような形をしました。

と思ったら、もうそこに鳥を捕る人の姿はなくなって、かえって、

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と思ったら、もうそこに鳥捕とりとりの形はなくなって、かえって、

「ああせいせいした。どうも、からだにちょうど合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな」

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「ああせいせいした。どうもからだにちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな」

という聞きおぼえのある声が、ジョバンニの隣りでしました。

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というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。

見ると鳥を捕る人は、もうそこでとって来たさぎを、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。

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見ると鳥捕とりとりは、もうそこでとって来た鷺さぎを、きちんとそろえて、一つずつ重かさね直なおしているのでした。

「どうして、あそこから、いっぺんにここへ来たんですか」

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「どうして、あすこから、いっぺんにここへ来たんですか」

ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。

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ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問といました。

「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか」

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「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか」

ジョバンニは、すぐ返事をしようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。

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ジョバンニは、すぐ返事へんじをしようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。

カムパネルラも、顔を真っ赤にして何か思い出そうとしているのでした。

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カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。

「ああ、遠くからですね」

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「ああ、遠くからですね」

鳥を捕る人は、わかったというように、造作なくうなずきました。

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鳥捕とりとりは、わかったというように雑作ぞうさなくうなずきました。

九 ジョバンニの切符

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九 ジョバンニの切符きっぷ

「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です」

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「もうここらは白鳥区くのおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所かんそくじょです」

窓の外の、まるで花火でいっぱいのような天の川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、目もさめるような、サファイアとトパーズの大きな二つの透きとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。

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窓まどの外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物たてものが四棟むねばかり立って、その一つの平屋根ひらやねの上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパーズの大きな二つのすきとおった球たまが、輪わになってしずかにくるくるとまわっていました。

黄いろのがだんだん向こうへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、まもなく二つのはじは重なり合って、きれいな緑いろの両面凸レンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみだして、とうとう青いのはすっかりトパーズの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環とができました。

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黄いろのがだんだん向むこうへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進すすんで来、まもなく二つのはじは、重かさなり合って、きれいな緑みどりいろの両面凸りょうめんとつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみだして、とうとう青いのは、すっかりトパーズの正面しょうめんに来ましたので、緑みどりの中心と黄いろな明るい環わとができました。

それがまただんだん横へそれて、前のレンズの形を逆にくり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向こうへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、またちょうどさっきのようなふうになりました。

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それがまただんだん横よこへ外それて、前のレンズの形を逆ぎゃくにくり返かえし、とうとうすっとはなれて、サファイアは向むこうへめぐり、黄いろのはこっちへ進すすみ、またちょうどさっきのようなふうになりました。

銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、眠っているように、しずかによこたわったのです。

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銀河ぎんがの、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所そっこうじょが、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。

「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……」

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「あれは、水の速はやさをはかる器械きかいです。水も……」

鳥を捕る人が言いかけたとき、

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鳥捕とりとりが言いいかけたとき、

「切符を拝見いたします」

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「切符きっぷを拝見はいけんいたします」

三人の席の横に、赤い帽子をかぶった背の高い車掌が、いつのまにかまっすぐに立っていて言いました。

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三人の席せきの横よこに、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて言いいました。

鳥を捕る人は、だまってポケットから小さな紙きれを出しました。

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鳥捕とりとりは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。

車掌はちょっと見て、すぐ目をそらして(あなた方のは?)

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車掌しゃしょうはちょっと見て、すぐ眼めをそらして(あなた方のは?)

というように、指を動かしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。

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というように、指ゆびをうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。

「さあ」

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「さあ」

ジョバンニが困ってもじもじしていましたら、カムパネルラはわけもないというふうで、小さなねずみいろの切符を出しました。

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ジョバンニは困こまって、もじもじしていましたら、カムパネルラはわけもないというふうで、小さな鼠ねずみいろの切符きっぷを出しました。

ジョバンニはすっかりあわててしまって、もしかしたら上着のポケットにでもはいっていたかと思いながら手を入れてみましたら、何か大きなたたんだ紙きれにあたりました。

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ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着うわぎのポケットにでも、はいっていたかとおもいながら、手を入れてみましたら、何か大きなたたんだ紙きれにあたりました。

こんなものがはいっていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。

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こんなものはいっていたろうかと思って、急いそいで出してみましたら、それは四つに折おったはがきぐらいの大さの緑みどりいろの紙でした。

車掌が手を出しているものですから、なんでもかまわない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って、ていねいにそれを開いて見ていました。

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車掌しゃしょうが手を出しているもんですからなんでもかまわない、やっちまえと思って渡わたしましたら、車掌しゃしょうはまっすぐに立ち直なおってていねいにそれを開いて見ていました。

そして読みながら上着のボタンやなんかをしきりに直したりしていましたし、灯台守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニは、たしかにあれは証明書か何かだったと考えて、少し胸が熱くなるような気がしました。

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そして読みながら上着うわぎのぼたんやなんかしきりに直なおしたりしていましたし燈台看守とうだいかんしゅも下からそれを熱心ねっしんにのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書しょうめいしょか何かだったと考えて少し胸むねが熱あつくなるような気がしました。

「これは三次空間の方からお持ちになったのですか」

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「これは三次空間じくうかんの方からお持もちになったのですか」

車掌がたずねました。

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車掌しゃしょうがたずねました。

「なんだかわかりません」

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「なんだかわかりません」

もう大丈夫だと安心しながら、ジョバンニはそっちを見あげて、くつくつ笑いました。

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もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑わらいました。

「よろしゅうございます。サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ごろになります」

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「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着つきますのは、次つぎの第だい三時ころになります」

車掌は紙をジョバンニに渡して、向こうへ行きました。

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車掌しゃしょうは紙をジョバンニに渡わたして向むこうへ行きました。

カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ちかねたというように、急いでのぞきこみました。

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カムパネルラは、その紙切れが何だったか待まちかねたというように急いそいでのぞきこみました。

ジョバンニもまったく早く見たかったのです。

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ジョバンニも全まったく早く見たかったのです。

ところがそれは、いちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したもので、だまって見ていると、なんだかその中へ吸い込まれてしまうような気がするのでした。

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ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様もようの中に、おかしな十ばかりの字を印刷いんさつしたもので、だまって見ているとなんだかその中へ吸すい込こまれてしまうような気がするのでした。

すると鳥を捕る人が横からちらっとそれを見て、あわてたように言いました。

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すると鳥捕とりとりが横からちらっとそれを見てあわてたように言いいました。

「おや、こいつはたいしたもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どころじゃない、どこでもかってに歩ける通行券です。こいつをお持ちになれば、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方、たいしたもんですね」

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「おや、こいつはたいしたもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符きっぷだ。天上どこじゃない、どこでもかってにあるける通行券つうこうけんです。こいつをお持もちになれぁ、なるほど、こんな不完全ふかんぜんな幻想第四次げんそうだいよじの銀河鉄道ぎんがてつどうなんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方たいしたもんですね」

「なんだかわかりません」

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「なんだかわかりません」

ジョバンニが赤くなって答えながら、それをまたたたんでポケットに入れました。

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ジョバンニが赤くなって答えながら、それをまたたたんでかくしに入れました。

そしてきまりが悪いので、カムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥を捕る人がときどき、たいしたもんだというようにちらちらこっちを見ているのが、ぼんやりわかりました。

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そしてきまりが悪わるいのでカムパネルラと二人ふたり、また窓まどの外をながめていましたが、その鳥捕とりとりの時々たいしたもんだというように、ちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。

「もうじき鷲の停車場だよ」

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「もうじき鷲わしの停車場ていしゃじょうだよ」

カムパネルラが、向こう岸の三つならんだ小さな青じろい三角標と、地図とを見くらべて言いました。

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カムパネルラが向むこう岸ぎしの、三つならんだ小さな青じろい三角標さんかくひょうと、地図とを見くらべて言いいました。

ジョバンニはなんだかわけもわからずに、にわかにとなりの鳥を捕る人が気の毒でたまらなくなりました。

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ジョバンニはなんだかわけもわからずに、にわかにとなりの鳥捕とりとりがきのどくでたまらなくなりました。

さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白い布でそれをくるくる包んだり、人の切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一つ一つ考えていると、もうその見ず知らずの鳥を捕る人のために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸せになるなら、自分があの光る天の川の河原に立って、百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙っていられなくなりました。

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鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包つつんだり、ひとの切符きっぷをびっくりしたように横目よこめで見てあわててほめだしたり、そんなことを一々考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕とりとりのために、ジョバンニの持もっているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら、自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。

ほんとうにあなたのほしいものはいったい何ですかと聞こうとして、それではあんまり出し抜けだから、どうしようかと考えてふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥を捕る人がいませんでした。

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ほんとうにあなたのほしいものはいったい何ですかと訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えてふり返かえって見ましたら、そこにはもうあの鳥捕とりとりがいませんでした。

網棚の上には、白い荷物も見えなかったのです。

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網棚あみだなの上には白い荷物にもつも見えなかったのです。

また窓の外で足をふんばって空を見上げ、さぎを捕る支度をしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥を捕る人の広い背中も、とがった帽子も見えませんでした。

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また窓まどの外で足をふんばってそらを見上げて鷺さぎを捕とるしたくをしているのかと思って、急いそいでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子すなごと白いすすきの波なみばかり、あの鳥捕とりとりの広いせなかもとがった帽子ぼうしも見えませんでした。

「あの人、どこへ行ったろう」

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「あの人どこへ行ったろう」

カムパネルラもぼんやりそう言っていました。

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カムパネルラもぼんやりそう言いっていました。

「どこへ行ったろう。いったいどこでまた会うのだろう。ぼくはどうして、少しもあの人に物を言わなかったろう」

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「どこへ行ったろう。いったいどこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物ものを言いわなかったろう」

「ああ、ぼくもそう思っているよ」

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「ああ、僕ぼくもそう思っているよ」

「ぼくはあの人が邪魔なような気がしたんだ。だからぼくはたいへんつらい」

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「僕ぼくはあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕ぼくはたいへんつらい」

ジョバンニは、こんなへんてこな気持ちはほんとうにはじめてだし、こんなことを今まで言ったこともないと思いました。

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ジョバンニはこんなへんてこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで言いったこともないと思いました。

「なんだかりんごのにおいがする。ぼく、いまりんごのことを考えたためだろうか」

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「なんだか苹果りんごのにおいがする。僕ぼくいま苹果りんごのことを考えたためだろうか」

カムパネルラがふしぎそうにあたりを見まわしました。

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カムパネルラが不思議ふしぎそうにあたりを見まわしました。

「ほんとうにりんごのにおいだよ。それから野ばらのにおいもする」

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「ほんとうに苹果りんごのにおいだよ。それから野茨のいばらのにおいもする」

ジョバンニもそこらを見ましたが、やっぱりそれは窓からでもはいって来るらしいのでした。

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ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓まどからでもはいって来るらしいのでした。

いま秋だから、野ばらの花のにおいのするはずはないと、ジョバンニは思いました。

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いま秋だから野茨のいばらの花のにおいのするはずはないとジョバンニは思いました。

そうしたらにわかにそこに、つやつやした黒い髪の六つばかりの男の子が、赤いジャケツのボタンもかけず、ひどくびっくりしたような顔をして、がたがたふるえてはだしで立っていました。

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そしたらにわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけず、ひどくびっくりしたような顔をして、がたがたふるえてはだしで立っていました。

隣りには黒い洋服をきちんと着た背の高い青年が、いっぱいに風に吹かれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。

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隣となりには黒い洋服ようふくをきちんと着きたせいの高い青年がいっぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢しせいで、男の子の手をしっかりひいて立っていました。

「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ」

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「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ」

青年のうしろに、もう一人、十二ばかりの目の茶いろなかわいらしい女の子が、黒い外套を着て青年の腕にすがって、ふしぎそうに窓の外を見ているのでした。

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青年のうしろに、もひとり、十二ばかりの眼めの茶いろな可愛かわいらしい女の子が、黒い外套がいとうを着きて青年の腕うでにすがって不思議ふしぎそうに窓まどの外を見ているのでした。

「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちは空へ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことはありません。わたくしたちは神さまに召されているのです」

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「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州しゅうだ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神かみさまに召めされているのです」

黒服の青年は、よろこびにかがやいて、その女の子に言いました。

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黒服くろふくの青年はよろこびにかがやいてその女の子に言いいました。

けれどもなぜかまた額に深くしわを刻んで、それにたいへん疲れているらしく、無理に笑いながら、男の子をジョバンニのとなりにすわらせました。

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けれどもなぜかまた額ひたいに深ふかく皺しわを刻きざんで、それにたいへんつかれているらしく、無理むりに笑わらいながら男の子をジョバンニのとなりにすわらせました。

それから女の子に、やさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。

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それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席せきを指ゆびさしました。

女の子はすなおにそこへすわって、きちんと両手を組み合わせました。

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女の子はすなおにそこへすわって、きちんと両手りょうてを組み合わせました。

「ぼく、おおねえさんのとこへ行くんだよう」

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「ぼく、おおねえさんのとこへ行くんだよう」

腰かけたばかりの男の子は、顔を変にして、灯台守の向こうの席にすわったばかりの青年に言いました。

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腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変へんにして燈台看守とうだいかんしゅの向むこうの席せきにすわったばかりの青年に言いいました。

青年はなんとも言えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれたぬれた頭を見ました。

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青年はなんとも言いえず悲かなしそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれたぬれた頭を見ました。

女の子は、いきなり両手を顔にあてて、しくしく泣いてしまいました。

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女の子は、いきなり両手りょうてを顔にあててしくしく泣ないてしまいました。

「お父さんやきくよねえさんは、まだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、お母さんはどんなに長く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないで、ぐるぐるにわとこのやぶをまわって遊んでいるだろうかと考えたり、ほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行って、お母さんにお目にかかりましょうね」

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「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事しごとがあるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永ながく待まっていらっしゃったでしょう。わたしの大事だいじなタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪ゆきの降ふる朝にみんなと手をつないで、ぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたり、ほんとうに待まって心配しんぱいしていらっしゃるんですから、早く行って、おっかさんにお目にかかりましょうね」

「うん、だけどぼく、船に乗らなけりゃよかったなあ」

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「うん、だけど僕ぼく、船に乗のらなけぁよかったなあ」

「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あそこはあの夏じゅう、ツィンクル、ツィンクル、リトル、スターをうたって休むとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あそこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています」

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「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派りっぱな川、ね、あすこはあの夏じゅう、ツィンクル、ツィンクル、リトル、スターをうたってやすむとき、いつも窓まどからぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています」

泣いていた姉も、ハンカチで目をふいて外を見ました。

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泣ないていた姉あねもハンケチで眼めをふいて外を見ました。

青年は教えるように、そっと姉弟にまた言いました。

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青年は教えるようにそっと姉弟きょうだいにまた言いいました。

「わたしたちはもう、なんにもかなしいことはないのです。わたしたちはこんないいところを旅して、じきに神さまのところへ行きます。そこならもう、ほんとうに明るくてにおいがよくて、立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代わりにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや、自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから、元気を出しておもしろくうたって行きましょう」

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「わたしたちはもう、なんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅たびして、じき神かみさまのとこへ行きます。そこならもう、ほんとうに明るくてにおいがよくて立派りっぱな人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代かわりにボートへ乗のれた人たちは、きっとみんな助たすけられて、心配しんぱいして待まっているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう」

青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰めながら、自分もだんだん顔いろがかがやいてきました。

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青年は男の子のぬれたような黒い髪かみをなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいてきました。

「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなさったのですか」

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「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか」

さっきの灯台守が、やっと少しわかったように、青年にたずねました。

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さっきの燈台看守とうだいかんしゅがやっと少しわかったように青年にたずねました。

青年はかすかに笑いました。

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青年はかすかにわらいました。

「いえ、氷山にぶつかって船が沈みましてね、わたしたちは、こちらのお父さんが急な用で二か月前、一足さきに本国へお帰りになったので、あとから発ったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日のあたりです、船が氷山にぶつかって一ぺんに傾き、もう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです。ところがボートは左舷の方の半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死になって、どうか小さな人たちを乗せてくださいと叫びました。近くの人たちはすぐ道を開いて、そして子どもたちのために祈ってくれました。けれどもそこからボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちやなんかがいて、とても押しのける勇気がなかったのです。それでもわたくしは、どうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから、前にいる子どもらを押しのけようとしました。けれどもまた、そんなにして助けてあげるよりは、このまま神の御前にみんなで行く方が、ほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまた、その神にそむく罪はわたくし一人でしょって、ぜひとも助けてあげようと思いました。けれども、どうしても見ているとそれができないのでした。子どもらばかりのボートの中へ放してやって、お母さんが狂気のようにキスを送り、お父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなど、とてももうはらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私たちはかたまって、もうすっかり覚悟して、この人たち二人を抱いて、浮かべるだけは浮かぼうと、船の沈むのを待っていました。誰が投げたか救命浮輪が一つ飛んで来ましたけれども、すべってずっと向こうへ行ってしまいました。私は一生けんめいで甲板の格子になったところをはなして、三人それにしっかりとりつきました。

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「いえ、氷山ひょうざんにぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急きゅうな用ようで二か月前、一足さきに本国へお帰りになったので、あとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師かていきょうしにやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山ひょうざんにぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈しずみかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常ひじょうに深ふかかったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はんぶんはもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗のり切らないのです。もうそのうちにも船は沈しずみますし、私は必死ひっしとなって、どうか小さな人たちを乗のせてくださいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いて、そして子供たちのために祈いのってくれました。けれどもそこからボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちやなんかいて、とても押おしのける勇気ゆうきがなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助たすけするのが私の義務ぎむだと思いましたから前にいる子供らを押おしのけようとしました。けれどもまた、そんなにして助たすけてあげるよりはこのまま神かみの御前みまえにみんなで行く方が、ほんとうにこの方たちの幸福こうふくだとも思いました。それからまた、その神かみにそむく罪つみはわたくしひとりでしょってぜひとも助たすけてあげようと思いました。けれども、どうしても見ているとそれができないのでした。子どもらばかりのボートの中へはなしてやって、お母さんが狂気きょうきのようにキスを送おくりお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなど、とてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈しずみますから、私たちはかたまって、もうすっかり覚悟かくごして、この人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮うかぼうと船の沈しずむのを待まっていました。誰だれが投なげたかライフヴイが一つ飛とんで来ましたけれどもすべってずうっと向むこうへ行ってしまいました。私は一生けん命めいで甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。

どこからともなく三〇六番の声があがりました。

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どこからともなく三〇六番の声があがりました。

たちまちみんなは、いろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。

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たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。

そのときにわかに大きな音がして、私たちは水に落ち、もう渦にはいったと思いながら、しっかりこの人たちを抱いて、それからぼうっとしたと思ったら、もうここへ来ていたのです。

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そのときにわかに大きな音がして私たちは水に落おち、もう渦うずにはいったと思いながらしっかりこの人たちをだいて、それからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。

この方たちのお母さんは、おととし亡くなられました。

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この方たちのお母さんは一昨年さくねん没なくなられました。

ええ、ボートはきっと助かったにちがいありません、なにせ、よほど熟練な水夫たちが漕いで、すばやく船からはなれていましたから」

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ええ、ボートはきっと助たすかったにちがいありません、なにせよほど熟練じゅくれんな水夫すいふたちが漕こいで、すばやく船からはなれていましたから」

そこらから小さなため息や祈りの声が聞こえ、ジョバンニもカムパネルラも、いままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して、目が熱くなりました。

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そこらから小さな嘆息たんそくやいのりの声が聞こえジョバンニもカムパネルラもいままで忘わすれていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱あつくなりました。

(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。

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(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。

その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍りつく潮水や、はげしい寒さとたたかって、誰かが一生けんめい働いている。

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その氷山ひょうざんの流ながれる北のはての海で、小さな船に乗のって、風や凍こおりつく潮水しおみずや、はげしい寒さむさとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。

ぼくはその人にほんとうに気の毒で、そしてすまないような気がする。

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ぼくはそのひとにほんとうにきのどくでそしてすまないような気がする。

ぼくはその人の幸せのために、いったいどうしたらいいのだろう)

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ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう)

ジョバンニは首をたれて、すっかりふさぎ込んでしまいました。

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ジョバンニは首くびをたれて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。

「何が幸せかわからないです。ほんとうに、どんなつらいことでも、それが正しい道を進む中でのできごとなら、峠の上りも下りも、みんなほんとうの幸福に近づく一足ずつですから」

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「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進すすむ中でのできごとなら、峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福こうふくに近づく一あしずつですから」

灯台守がなぐさめていました。

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燈台守とうだいもりがなぐさめていました。

「ああそうです。ただいちばんの幸せに至るために、いろいろのかなしみもみんな神のおぼしめしです」

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「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至いたるためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです」

青年が祈るようにそう答えました。

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青年が祈いのるようにそう答えました。

そしてあの姉弟は、もう疲れて、めいめいぐったり席によりかかって眠っていました。

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そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席せきによりかかって睡ねむっていました。

さっきのあのはだしだった足には、いつのまにか白いやわらかな靴をはいていたのです。

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さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。

ごとごとごとごと、汽車はきらびやかな燐光の川の岸を進みました。

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ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸きしを進すすみました。

向こうの方の窓を見ると、野原はまるで幻灯のようでした。

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向むこうの方の窓まどを見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。

百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点々をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集まってぼおっと青白い霧のよう、そこからか、またはもっと向こうからか、ときどきさまざまの形のぼんやりしたのろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗いろの空に打ちあげられるのでした。

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百も千もの大小さまざまの三角標さんかくひょう、その大きなものの上には赤い点々をうった測量旗そくりょうきも見え、野原のはらのはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集あつまってぼおっと青白い霧きりのよう、そこからか、またはもっと向むこうからか、ときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。

じつにその透きとおったきれいな風は、ばらのにおいでいっぱいでした。

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じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらのにおいでいっぱいでした。

「いかがですか。こういうりんごははじめてでしょう」

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「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう」

向こうの席の灯台守が、いつのまにか金と紅でうつくしくいろどられた大きなりんごを、落とさないように両手で膝の上にかかえていました。

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向むこうの席せきの燈台看守とうだいかんしゅがいつか黄金きんと紅べにでうつくしくいろどられた大きな苹果りんごを落おとさないように両手りょうてで膝ひざの上にかかえていました。

「おや、どこから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんなりんごができるのですか」

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「おや、どっから来たのですか。立派りっぱですねえ。ここらではこんな苹果りんごができるのですか」

青年はほんとうにびっくりしたらしく、灯台守の両手にかかえられた一盛りのりんごを、目を細くしたり首をまげたりしながら、われを忘れてながめていました。

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青年はほんとうにびっくりしたらしく、燈台看守とうだいかんしゅの両手りょうてにかかえられた一もりの苹果りんごを、眼めを細ほそくしたり首くびをまげたりしながら、われを忘わすれてながめていました。

「いや、まあおとりください。どうか、まあおとりください」

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「いや、まあおとりください。どうか、まあおとりください」

青年は一つとって、ジョバンニたちの方をちょっと見ました。

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青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。

「さあ、向こうの坊ちゃんがた。いかがですか。おとりください」

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「さあ、向むこうの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとりください」

ジョバンニは坊ちゃんと言われたので、少ししゃくにさわってだまっていましたが、カムパネルラは、

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ジョバンニは坊ぼっちゃんといわれたので、すこししゃくにさわってだまっていましたが、カムパネルラは、

「ありがとう」

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「ありがとう」

と言いました。

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と言いいました。

すると青年は自分でとって、一つずつ二人に送ってよこしましたので、ジョバンニも立って、ありがとうと言いました。

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すると青年は自分でとって一つずつ二人に送おくってよこしましたので、ジョバンニも立って、ありがとうと言いいました。

灯台守はやっと両腕があいたので、こんどは自分で一つずつ、眠っている姉弟の膝にそっと置きました。

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燈台看守とうだいかんしゅはやっと両腕りょううでがあいたので、こんどは自分で一つずつ睡ねむっている姉弟きょうだいの膝ひざにそっと置おきました。

「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派なりんごは」

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「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派りっぱな苹果りんごは」

青年はつくづく見ながら言いました。

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青年はつくづく見ながら言いいました。

「このあたりではもちろん農業はいたしますけれども、たいていひとりでにいいものができるような約束になっております。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種さえまけば、ひとりでにどんどんできます。米だってパシフィックあたりのように殻もないし、十倍も大きくてにおいもいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら、農業はもうありません。りんごだってお菓子だって、かすが少しもありませんから、みんなその人その人によってちがった、わずかのいいかおりになって、毛あなから散ってしまうのです」

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「この辺あたりではもちろん農業のうぎょうはいたしますけれどもたいていひとりでにいいものができるような約束やくそくになっております。農業のうぎょうだってそんなにほねはおれはしません。たいてい自分の望のぞむ種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺へんのように殻からもないし十倍ばいも大きくてにおいもいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業のうぎょうはもうありません。苹果りんごだってお菓子かしだって、かすが少しもありませんから、みんなそのひとそのひとによってちがった、わずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです」

にわかに男の子がぱっちり目をあいて言いました。

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にわかに男の子がばっちり眼めをあいて言いいました。

「ああ、ぼく、いまお母さんの夢をみていたよ。お母さんがね、立派な戸棚や本のあるところにいてね、ぼくの方を見て手をだして、にこにこにこにこ笑ったよ。ぼく、お母さん、りんごをひろってきてあげましょうか、と言ったら目がさめちゃった。ああ、ここ、さっきの汽車のなかだねえ」

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「ああぼくいまお母っかさんの夢ゆめをみていたよ。お母っかさんがね、立派りっぱな戸棚とだなや本のあるとこにいてね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼく、おっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか、と言いったら眼めがさめちゃった。ああここ、さっきの汽車のなかだねえ」

「そのりんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ」

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「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ」

青年が言いました。

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青年が言いいました。

「ありがとう、おじさん。おや、かおるねえさん、まだ寝てるねえ、ぼく、起こしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。起きてごらん」

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「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん」

姉は笑って目をさまし、まぶしそうに両手を目にあてて、それからりんごを見ました。

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姉あねはわらって眼めをさまし、まぶしそうに両手りょうてを眼めにあてて、それから苹果りんごを見ました。

男の子はまるでパイを食べるように、もうそれを食べていました。

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男の子はまるでパイをたべるように、もうそれをたべていました。

またせっかくむいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜きのような形になって、床へ落ちるまでの間にはすうっと灰いろに光って、蒸発してしまうのでした。

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またせっかくむいたそのきれいな皮かわも、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落おちるまでの間にはすうっと、灰はいいろに光って蒸発じょうはつしてしまうのでした。

二人はりんごを大切にポケットにしまいました。

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二人ふたりはりんごをたいせつにポケットにしまいました。

川下の向こう岸に青く茂った大きな林が見え、その枝には熟して真っ赤に光る丸い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやシロフォンにまじって、なんとも言えずきれいな音いろが、とけるように、しみるように、風につれて流れて来るのでした。

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川下の向むこう岸ぎしに青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟じゅくしてまっ赤に光るまるい実みがいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標さんかくひょうが立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじってなんとも言いえずきれいな音ねいろが、とけるように浸しみるように風につれて流ながれて来るのでした。

青年はぞくっとして、からだをふるわせるようにしました。

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青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。

だまってその調べを聞いていると、そこらにいちめん黄いろや、うすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、また真っ白な蝋のような露が太陽の面をかすめて行くように思われました。

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だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろや、うすい緑みどりの明るい野原のはらか敷物しきものかがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽たいようの面めんをかすめて行くように思われました。

「まあ、あの烏」

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「まあ、あの烏からす」

カムパネルラのとなりの、かおると呼ばれた女の子が叫びました。

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カムパネルラのとなりの、かおると呼よばれた女の子が叫さけびました。

「からすでない。みんなかささぎだ」

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「からすでない。みんなかささぎだ」

カムパネルラがまた何気なく、しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。

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カムパネルラがまた何気なくしかるように叫さけびましたので、ジョバンニはまた思わず笑わらい、女の子はきまり悪わるそうにしました。

まったく河原の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさん、いっぱいに列になってとまって、じっと川のかすかな光を受けているのでした。

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まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列れつになってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。

「かささぎですねえ、頭のうしろのところに毛がぴんと伸びてますから」

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「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延のびてますから」

青年はとりなすように言いました。

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青年はとりなすように言いいました。

向こうの青い森の中の三角標は、すっかり汽車の正面に来ました。

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向むこうの青い森の中の三角標さんかくひょうはすっかり汽車の正面しょうめんに来ました。

そのとき汽車のずっとうしろの方から、あの聞きなれた三〇六番の讃美歌の節が聞こえてきました。

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そのとき汽車のずうっとうしろの方から、あの聞きなれた三〇六番の讃美歌さんびかのふしが聞こえてきました。

よほどの人数で合唱しているらしいのでした。

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よほどの人数で合唱がっしょうしているらしいのでした。

青年はさっと顔いろが青ざめ、立って一度そっちへ行きそうにしましたが、思いかえしてまたすわりました。

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青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまたすわりました。

かおるという子は、ハンカチを顔にあててしまいました。

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かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。

ジョバンニまで、なんだか鼻が変になりました。

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ジョバンニまでなんだか鼻はなが変へんになりました。

けれどもいつともなく、誰ともなくその歌は歌い出され、だんだんはっきり強くなりました。

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けれどもいつともなく誰だれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。

思わずジョバンニもカムパネルラも、いっしょにうたいだしたのです。

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思わずジョバンニもカムパネルラもいっしょにうたいだしたのです。

そして青いかんらんの森が、見えない天の川の向こうにさめざめと光りながら、だんだんうしろの方へ行ってしまい、そこから流れて来るあやしい楽器の音も、もう汽車のひびきや風の音にすりへらされて、ずっとかすかになりました。

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そして青い橄欖かんらんの森が、見えない天の川の向むこうにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまい、そこから流ながれて来るあやしい楽器がっきの音も、もう汽車のひびきや風の音にすりへらされてずうっとかすかになりました。

「あ、孔雀がいるよ。あ、孔雀がいるよ」

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「あ、孔雀くじゃくがいるよ。あ、孔雀くじゃくがいるよ」

「あの森、琴の宿でしょう。あたし、きっとあの森の中に、むかしの大きなオーケストラの人たちが集まっていらっしゃると思うわ、まわりには青い孔雀やなんかたくさんいると思うわ」

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「あの森琴ライラの宿やどでしょう。あたしきっとあの森の中にむかしの大きなオーケストラの人たちが集あつまっていらっしゃると思うわ、まわりには青い孔雀くじゃくやなんかたくさんいると思うわ」

「ええ、たくさんいたわ」

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「ええ、たくさんいたわ」

女の子がこたえました。

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女の子がこたえました。

ジョバンニは、その小さく小さくなって、いまはもう一つの緑いろの貝ボタンのように見える森の上に、さっさっと青じろくときどき光って、その孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。

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ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑みどりいろの貝かいぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀くじゃくがはねをひろげたりとじたりする光の反射はんしゃを見ました。

「そうだ、孔雀の声だってさっき聞こえた」

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「そうだ、孔雀くじゃくの声だってさっき聞こえた」

カムパネルラが女の子に言いました。

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カムパネルラが女の子に言いいました。

「ええ、三十羽ぐらいはたしかにいたわ」

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「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかにいたわ」

女の子が答えました。

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女の子が答えました。

ジョバンニはにわかになんとも言えずかなしい気がして、思わず、

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ジョバンニはにわかになんとも言いえずかなしい気がして思わず、

「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ」

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「カムパネルラ、ここからはねおりて遊あそんで行こうよ」

と、こわい顔をして言おうとしたくらいでした。

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とこわい顔をして言いおうとしたくらいでした。

ところがそのとき、ジョバンニは川下の遠くの方にふしぎなものを見ました。

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ところがそのときジョバンニは川下の遠くの方に不思議ふしぎなものを見ました。

それはたしかになにか黒いつるつるした細長いもので、あの見えない天の川の水の上に飛び出して、ちょっと弓のようなかたちに進んで、また水の中にかくれたようでした。

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それはたしかになにか黒いつるつるした細長ほそながいもので、あの見えない天の川の水の上に飛とび出してちょっと弓ゆみのようなかたちに進すすんで、また水の中にかくれたようでした。

おかしいと思ってまたよく気をつけていましたら、こんどはずっと近くで、またそんなことがあったらしいのでした。

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おかしいと思ってまたよく気をつけていましたら、こんどはずっと近くでまたそんなことがあったらしいのでした。

そのうちもうあっちでもこっちでも、その黒いつるつるした変なものが水から飛び出して、まるく飛んでまた頭から水へくぐるのが、たくさん見えてきました。

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そのうちもうあっちでもこっちでも、その黒いつるつるした変へんなものが水から飛とび出して、まるく飛とんでまた頭から水へくぐるのがたくさん見えてきました。

みんな魚のように川上へのぼるらしいのでした。

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みんな魚のように川上へのぼるらしいのでした。

「まあ、なんでしょう。たあちゃん。ごらんなさい。まあたくさんだわね。なんでしょう、あれ」

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「まあ、なんでしょう。たあちゃん。ごらんなさい。まあたくさんだわね。なんでしょうあれ」

眠そうに目をこすっていた男の子は、びっくりしたように立ちあがりました。

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睡ねむそうに眼めをこすっていた男の子はびっくりしたように立ちあがりました。

「なんだろう」

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「なんだろう」

青年も立ちあがりました。

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青年も立ちあがりました。

「まあ、おかしな魚だわ、なんでしょう、あれ」

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「まあ、おかしな魚だわ、なんでしょうあれ」

「いるかです」

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「海豚いるかです」

カムパネルラがそっちを見ながら答えました。

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カムパネルラがそっちを見ながら答えました。

「いるかだなんて、あたしはじめてだわ。けど、ここ海じゃないんでしょう」

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「海豚いるかだなんてあたしはじめてだわ。けどここ海じゃないんでしょう」

「いるかは海にいるときまっていない」

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「いるかは海にいるときまっていない」

あのふしぎな低い声が、またどこからかしました。

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あの不思議ふしぎな低ひくい声がまたどこからかしました。

ほんとうにそのいるかのかたちのおかしいことは、二つのひれを、ちょうど両手をさげて不動の姿勢をとったようなふうにして水の中から飛び出して来て、うやうやしく頭を下にして、不動の姿勢のまままた水の中へくぐって行くのでした。

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ほんとうにそのいるかのかたちのおかしいことは、二つのひれをちょうど両手りょうてをさげて不動ふどうの姿勢しせいをとったようなふうにして水の中から飛とび出して来て、うやうやしく頭を下にして不動ふどうの姿勢しせいのまままた水の中へくぐって行くのでした。

見えない天の川の水も、そのときはゆらゆらと青いほのおのように波をあげるのでした。

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見えない天の川の水もそのときはゆらゆらと青い焔ほのおのように波なみをあげるのでした。

「いるかはお魚でしょうか」

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「いるかお魚でしょうか」

女の子がカムパネルラに話しかけました。

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女の子がカムパネルラにはなしかけました。

男の子はぐったり疲れたように席にもたれて眠っていました。

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男の子はぐったりつかれたように席せきにもたれて睡ねむっていました。

「いるかは魚じゃありません。くじらと同じようなけものです」

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「いるか、魚じゃありません。くじらと同じようなけだものです」

カムパネルラが答えました。

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カムパネルラが答えました。

「あなた、くじらを見たことがあって」

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「あなたくじら見たことあって」

「ぼくはあります。くじらは、頭と黒いしっぽだけ見えます。潮を吹くと、ちょうど本にあるようになります」

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「僕ぼくあります。くじら、頭と黒いしっぽだけ見えます。潮しおを吹ふくとちょうど本にあるようになります」

「くじらなら大きいわねえ」

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「くじらなら大きいわねえ」

「くじらは大きいです。子どもだって、いるかぐらいあります」

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「くじら大きいです。子供こどもだっているかぐらいあります」

「そうよ、あたし、アラビアンナイトで見たわ」

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「そうよ、あたしアラビアンナイトで見たわ」

姉は細い銀いろの指輪をいじりながら、おもしろそうに話していました。

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姉あねは細ほそい銀ぎんいろの指輪ゆびわをいじりながらおもしろそうにはなししていました。

(カムパネルラ、ぼくはもう行っちまうぞ。

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(カムパネルラ、僕ぼくもう行っちまうぞ。

ぼくなんか、くじらだって見たことないや)

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僕ぼくなんか鯨くじらだって見たことないや)

ジョバンニはまるでたまらないほどいらいらしながら、それでも固く唇を噛んでこらえて、窓の外を見ていました。

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ジョバンニはまるでたまらないほどいらいらしながら、それでも堅かたく、唇くちびるを噛かんでこらえて窓まどの外を見ていました。

その窓の外には、いるかのかたちももう見えなくなって、川は二つにわかれました。

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その窓まどの外には海豚いるかのかたちももう見えなくなって川は二つにわかれました。

その真っ暗な島のまん中に、高い高いやぐらが一つ組まれて、その上に一人の、ゆるい服を着て赤い帽子をかぶった男が立っていました。

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そのまっくらな島しまのまん中に高い高いやぐらが一つ組まれて、その上に一人の寛ゆるい服ふくを着きて赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。

そして両手に赤と青の旗をもって、空を見上げて信号しているのでした。

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そして両手りょうてに赤と青の旗はたをもってそらを見上げて信号しんごうしているのでした。

ジョバンニが見ている間、その人はしきりに赤い旗をふっていましたが、にわかに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし、青い旗を高く高くあげて、まるでオーケストラの指揮者のようにはげしく振りました。

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ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗はたをふっていましたが、にわかに赤旗あかはたをおろしてうしろにかくすようにし、青い旗はたを高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者しきしゃのようにはげしく振ふりました。

すると空中にざあっと雨のような音がして、何か真っ暗なものが、いくかたまりもいくかたまりも鉄砲弾のように、川の向こうの方へ飛んで行くのでした。

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すると空中にざあっと雨のような音がして、何かまっくらなものが、いくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向むこうの方へ飛とんで行くのでした。

ジョバンニは思わず窓からからだを半分出して、そっちを見あげました。

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ジョバンニは思わず窓まどからからだを半分出して、そっちを見あげました。

うつくしいうつくしい桔梗いろの、がらんとした空の下を、じつに何万という小さな鳥どもが、いく組もいく組も、めいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。

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美うつくしい美うつくしい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を、実じつに何万なんまんという小さな鳥どもが、幾組いくくみも幾組いくくみもめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。

「鳥が飛んで行くな」

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「鳥が飛とんで行くな」

ジョバンニが窓の外で言いました。

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ジョバンニが窓まどの外で言いました。

「どれ」

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「どら」

カムパネルラも空を見ました。

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カムパネルラもそらを見ました。

そのとき、あのやぐらの上のゆるい服の男は、にわかに赤い旗をあげて、狂気のようにふり動かしました。

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そのときあのやぐらの上のゆるい服ふくの男はにわかに赤い旗はたをあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。

するとぴたっと鳥の群れは通らなくなり、それと同時にぴしゃあんという、つぶれたような音が川下の方で起こって、それからしばらくしんとしました。

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するとぴたっと鳥の群むれは通らなくなり、それと同時にぴしゃあんというつぶれたような音が川下の方で起おこって、それからしばらくしいんとしました。

と思ったら、あの赤帽の信号手が、また青い旗をふって叫んでいたのです。

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と思ったらあの赤帽あかぼうの信号手しんごうしゅがまた青い旗はたをふって叫さけんでいたのです。

「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥」

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「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥」

その声もはっきり聞こえました。

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その声もはっきり聞こえました。

それといっしょに、また幾万という鳥の群れが、空をまっすぐにかけたのです。

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それといっしょにまた幾万いくまんという鳥の群むれがそらをまっすぐにかけたのです。

二人の顔を出しているまん中の窓から、あの女の子が顔を出して、うつくしい頬をかがやかせながら空を仰ぎました。

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二人ふたりの顔を出しているまん中の窓まどからあの女の子が顔を出して美うつくしい頬ほおをかがやかせながらそらを仰あおぎました。

「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあ、空のきれいなこと」

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「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと」

女の子はジョバンニに話しかけましたけれども、ジョバンニは、生意気な、いやだいと思いながら、だまって口をむすんで空を見あげていました。

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女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気なまいきな、いやだいと思いながら、だまって口をむすんでそらを見あげていました。

女の子は小さくほっと息をして、だまって席へ戻りました。

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女の子は小さくほっと息いきをして、だまって席せきへ戻もどりました。

カムパネルラが気の毒そうに、窓から顔を引っ込めて地図を見ていました。

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カムパネルラがきのどくそうに窓まどから顔を引っ込こめて地図を見ていました。

「あの人、鳥へ教えてるんでしょうか」

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「あの人鳥へ教えてるんでしょうか」

女の子がそっとカムパネルラにたずねました。

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女の子がそっとカムパネルラにたずねました。

「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう」

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「わたり鳥へ信号しんごうしてるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう」

カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。

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カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。

そして車の中はしんとなりました。

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そして車の中はしいんとなりました。

ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども、明るいところへ顔を出すのがつらかったので、だまってこらえて、そのまま立って口笛を吹いていました。

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ジョバンニはもう頭を引っ込こめたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったので、だまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。

(どうしてぼくはこんなにかなしいのだろう。

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(どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。

ぼくはもっと心持ちをきれいに大きくもたなければいけない。

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僕ぼくはもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。

あそこの岸のずっと向こうに、まるでけむりのような小さな青い火が見える。

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あすこの岸きしのずうっと向むこうにまるでけむりのような小さな青い火が見える。

あれはほんとうにしずかでつめたい。

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あれはほんとうにしずかでつめたい。

ぼくはあれをよく見て、心持ちをしずめるんだ)

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僕ぼくはあれをよく見てこころもちをしずめるんだ)

ジョバンニはほてって痛い頭を両手で押さえるようにして、そっちの方を見ました。

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ジョバンニは熱ほてって痛いたいあたまを両手りょうてで押おさえるようにして、そっちの方を見ました。

(ああ、ほんとうにどこまでもどこまでもぼくといっしょに行く人はないだろうか。

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(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕ぼくといっしょに行くひとはないだろうか。

カムパネルラだって、あんな女の子とおもしろそうに話しているし、ぼくはほんとうにつらいなあ)

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カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕ぼくはほんとうにつらいなあ)

ジョバンニの目はまた涙でいっぱいになり、天の川もまるで遠くへ行ったように、ぼんやり白く見えるだけでした。

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ジョバンニの眼めはまた泪なみだでいっぱいになり、天の川もまるで遠くへ行いったようにぼんやり白く見えるだけでした。

そのとき汽車はだんだん川からはなれて、崖の上を通るようになりました。

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そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。

向こう岸もまた黒いいろの崖が、川の岸を下流に下るにしたがって、だんだん高くなっていくのでした。

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向むこう岸ぎしもまた黒いいろの崖がけが川の岸きしを下流かりゅうに下るにしたがって、だんだん高くなっていくのでした。

そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。

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そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。

その葉はぐるぐるに縮れ、葉の下にはもう、うつくしい緑いろの大きな苞が赤い毛を吐いて、真珠のような実もちらっと見えたのでした。

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その葉ははぐるぐるに縮ちぢれ葉はの下にはもう美しい緑みどりいろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠しんじゅのような実みもちらっと見えたのでした。

それはだんだん数を増してきて、もういまは列のように崖と線路との間にならび、思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向こう側の窓を見ましたときは、うつくしい空の野原の地平線のはてまで、その大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられて、さやさや風にゆらぎ、その立派な縮れた葉のさきからは、まるで昼の間にいっぱい日光を吸った金剛石のように露がいっぱいについて、赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。

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それはだんだん数を増ましてきて、もういまは列れつのように崖がけと線路せんろとの間にならび、思わずジョバンニが窓まどから顔を引っ込こめて向むこう側がわの窓まどを見ましたときは、美うつくしいそらの野原の地平線ちへいせんのはてまで、その大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植うえられて、さやさや風にゆらぎ、その立派りっぱなちぢれた葉はのさきからは、まるでひるの間にいっぱい日光を吸すった金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて、赤や緑みどりやきらきら燃もえて光っているのでした。

カムパネルラが、

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カムパネルラが、

「あれ、とうもろこしだねえ」

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「あれとうもろこしだねえ」

とジョバンニに言いましたけれども、ジョバンニはどうしても気持ちがなおりませんでしたから、ただぶっきらぼうに野原を見たまま、

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とジョバンニに言いいましたけれども、ジョバンニはどうしても気持きもちがなおりませんでしたから、ただぶっきらぼうに野原を見たまま、

「そうだろう」

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「そうだろう」

と答えました。

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と答えました。

そのとき汽車はだんだんしずかになって、いくつかのシグナルと転てつ機のあかりを過ぎ、小さな停車場にとまりました。

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そのとき汽車はだんだんしずかになって、いくつかのシグナルとてんてつ器きの灯あかりを過ぎ、小さな停車場ていしゃばにとまりました。

その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示し、風もなくなり汽車も動かず、しずかなしずかな野原のなかに、その振り子はカチッカチッと正しく時を刻んでいくのでした。

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その正面しょうめんの青じろい時計とけいはかっきり第二時だいにじを示しめし、風もなくなり汽車もうごかず、しずかなしずかな野原のなかにその振ふり子こはカチッカチッと正しく時を刻きざんでいくのでした。

そしてまったくその振り子の音のたえまを、遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律が糸のように流れて来るのでした。

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そしてまったくその振ふり子この音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流ながれて来るのでした。

「新世界交響楽だわ」

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「新世界交響楽しんせかいこうきょうがくだわ」

向こうの席の姉が、ひとりごとのようにこっちを見ながら、そっと言いました。

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向むこうの席せきの姉あねがひとりごとのようにこっちを見ながらそっと言いいました。

まったくもう車の中では、あの黒服の背の高い青年も誰も、みんなやさしい夢を見ているのでした。

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全まったくもう車の中ではあの黒服くろふくの丈高たけたかい青年も誰だれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。

(こんなしずかないいところで、ぼくはどうしてもっと愉快になれないだろう。

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(こんなしずかないいとこで僕ぼくはどうしてもっと愉快ゆかいになれないだろう。

どうしてこんなに一人さびしいのだろう。

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どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。

けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、ぼくといっしょに汽車に乗っていながら、まるであんな女の子とばかり話しているんだもの。

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けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕ぼくといっしょに汽車に乗のっていながら、まるであんな女の子とばかり談はなしているんだもの。

ぼくはほんとうにつらい)

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僕ぼくはほんとうにつらい)

ジョバンニはまた手で顔を半分かくすようにして、向こうの窓の外を見つめていました。

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ジョバンニはまた手で顔を半分はんぶんかくすようにして向むこうの窓まどのそとを見つめていました。

透きとおったガラスのような笛が鳴って、汽車はしずかに動きだし、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの口笛を吹きました。

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すきとおった硝子ガラスのような笛ふえが鳴って汽車はしずかに動きだし、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきました。

「ええ、ええ、もうこのへんはひどい高原ですから」

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「ええ、ええ、もうこの辺へんはひどい高原ですから」

うしろの方で、誰か年寄りらしい人の、いま目がさめたというふうではきはき話している声がしました。

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うしろの方で誰だれかとしよりらしい人の、いま眼めがさめたというふうではきはき談はなしている声がしました。

「とうもろこしだって、棒で二尺も穴をあけておいて、そこへまかないと生えないんです」

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「とうもろこしだって棒ぼうで二尺も孔あなをあけておいてそこへ播まかないとはえないんです」

「そうですか。川まではよほどありましょうかねえ」

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「そうですか。川まではよほどありましょうかねえ」

「ええ、ええ、川までは二千尺から六千尺あります。もうまるでひどい峡谷になっているんです」

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「ええ、ええ、河かわまでは二千尺じゃくから六千尺じゃくあります。もうまるでひどい峡谷きょうこくになっているんです」

そうそう、ここはコロラドの高原じゃなかったろうか、ジョバンニは思わずそう思いました。

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そうそうここはコロラドの高原じゃなかったろうか、ジョバンニは思わずそう思いました。

あの姉は弟を自分の胸によりかからせて眠らせながら、黒い瞳をうっとりと遠くへ投げて、何を見るでもなしに考え込んでいるのでしたし、カムパネルラはまださびしそうに一人口笛を吹き、男の子はまるで絹で包んだりんごのような顔いろをして、ジョバンニの見る方を見ているのでした。

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あの姉あねは弟を自分の胸むねによりかからせて睡ねむらせながら黒い瞳ひとみをうっとりと遠くへ投なげて何を見るでもなしに考え込こんでいるのでしたし、カムパネルラはまださびしそうにひとり口笛くちぶえを吹ふき、男の子はまるで絹きぬで包つつんだ苹果りんごのような顔いろをしてジョバンニの見る方を見ているのでした。

突然とうもろこしがなくなって、大きな黒い野原がいっぱいにひらけました。

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突然とつぜんとうもろこしがなくなって巨おおきな黒い野原のはらがいっぱいにひらけました。

新世界交響楽はいよいよはっきり地平線のはてから湧き、そのまっ黒な野原のなかを、一人のインディアンが白い鳥の羽根を頭につけ、たくさんの石を腕と胸にかざり、小さな弓に矢をつがえて、いちもくさんに汽車を追って来るのでした。

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新世界交響楽しんせかいこうきょうがくはいよいよはっきり地平線ちへいせんのはてから湧わき、そのまっ黒な野原のはらのなかを一人のインデアンが白い鳥の羽根はねを頭につけ、たくさんの石を腕うでと胸むねにかざり、小さな弓ゆみに矢やをつがえていちもくさんに汽車を追おって来るのでした。

「あら、インディアンですよ。インディアンですよ。おねえさま、ごらんなさい」

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「あら、インデアンですよ。インデアンですよ。おねえさまごらんなさい」

黒服の青年も目をさましました。

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黒服くろふくの青年も眼めをさましました。

ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。

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ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。

「走って来るわ、あら、走って来るわ。追いかけているんでしょう」

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「走って来るわ、あら、走って来るわ。追おいかけているんでしょう」

「いいえ、汽車を追ってるんじゃないんですよ。狩りをするか、踊るかしてるんですよ」

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「いいえ、汽車を追おってるんじゃないんですよ。猟りょうをするか踊おどるかしてるんですよ」

青年は、いまどこにいるか忘れたというふうに、ポケットに手を入れて立ちながら言いました。

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青年はいまどこにいるか忘わすれたというふうにポケットに手を入れて立ちながら言いいました。

まったくインディアンは、半分は踊っているようでした。

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まったくインデアンは半分はんぶんは踊おどっているようでした。

第一、駆けるにしても、足のふみようがもっと無駄なく、本気にもなれそうでした。

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第一だいいちかけるにしても足のふみようがもっと経済けいざいもとれ本気にもなれそうでした。

にわかにくっきり白いその羽根は前の方へ倒れるようになり、インディアンはぴたっと立ちどまって、すばやく弓を空にひきました。

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にわかにくっきり白いその羽根はねは前の方へ倒たおれるようになり、インデアンはぴたっと立ちどまって、すばやく弓ゆみを空にひきました。

そこから一羽の鶴がふらふらと落ちて来て、また走り出したインディアンの大きくひろげた両手に落ちこみました。

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そこから一羽わの鶴つるがふらふらと落おちて来て、また走り出したインデアンの大きくひろげた両手りょうてに落おちこみました。

インディアンはうれしそうに立って笑いました。

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インデアンはうれしそうに立ってわらいました。

そしてその鶴をもってこっちを見ている姿も、もうどんどん小さく遠くなり、電信柱の碍子がきらっきらっと続いて二つばかり光って、またとうもろこしの林になってしまいました。

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そしてその鶴つるをもってこっちを見ている影かげも、もうどんどん小さく遠くなり、電しんばしらの碍子がいしがきらっきらっと続つづいて二つばかり光って、またとうもろこしの林になってしまいました。

こっち側の窓を見ますと、汽車はほんとうに高い高い崖の上を走っていて、その谷の底には川が、やっぱり幅ひろく明るく流れていたのです。

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こっち側がわの窓まどを見ますと汽車はほんとうに高い高い崖がけの上を走っていて、その谷の底そこには川がやっぱり幅はばひろく明るく流ながれていたのです。

「ええ、もうこのへんから下りです。なんせこんどは一ぺんにあの水面までおりて行くんですから、容易じゃありません。この傾斜があるものですから、汽車は決して向こうからこっちへは来ないんです。そら、もうだんだん早くなったでしょう」

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「ええ、もうこの辺へんから下りです。なんせこんどは一ぺんにあの水面すいめんまでおりて行くんですから容易よういじゃありません。この傾斜けいしゃがあるもんですから汽車は決けっして向むこうからこっちへは来ないんです。そら、もうだんだん早くなったでしょう」

さっきの老人らしい声が言いました。

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さっきの老人ろうじんらしい声が言いいました。

どんどんどんどん、汽車は降りて行きました。

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どんどんどんどん汽車は降おりて行きました。

崖のはじに鉄道がかかるときは、川が明るく下にのぞけたのです。

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崖がけのはじに鉄道てつどうがかかるときは川が明るく下にのぞけたのです。

ジョバンニはだんだん心持ちが明るくなってきました。

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ジョバンニはだんだんこころもちが明るくなってきました。

汽車が小さな小屋の前を通って、その前にしょんぼり一人の子どもが立ってこっちを見ているときなどは、思わず、ほう、と叫びました。

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汽車が小さな小屋こやの前を通って、その前にしょんぼりひとりの子供こどもが立ってこっちを見ているときなどは思わず、ほう、と叫さけびました。

どんどんどんどん、汽車は走って行きました。

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どんどんどんどん汽車は走って行きました。

部屋じゅうの人たちは、半分うしろの方へ倒れるようになりながら、腰かけにしっかりしがみついていました。

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室中へやじゅうのひとたちは半分はんぶんうしろの方へ倒たおれるようになりながら腰掛こしかけにしっかりしがみついていました。

ジョバンニは思わずカムパネルラと笑いました。

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ジョバンニは思わずカムパネルラとわらいました。

もうそして天の川は、汽車のすぐ横手を、いままでよほど激しく流れて来たらしく、ときどきちらちら光って流れているのでした。

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もうそして天の川は汽車のすぐ横手よこてをいままでよほど激はげしく流ながれて来たらしく、ときどきちらちら光ってながれているのでした。

うすあかい河原なでしこの花が、あちこち咲いていました。

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うすあかい河原かわらなでしこの花があちこち咲さいていました。

汽車はようやく落ち着いたように、ゆっくり走っていました。

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汽車はようやく落おち着ついたようにゆっくり走っていました。

向こうとこっちの岸に、星のかたちとつるはしを描いた旗が立っていました。

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向むこうとこっちの岸きしに星のかたちとつるはしを書いた旗はたがたっていました。

「あれ、なんの旗だろうね」

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「あれなんの旗はただろうね」

ジョバンニがやっとものを言いました。

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ジョバンニがやっとものを言いいました。

「さあ、わからないねえ、地図にもないんだもの。鉄の舟が置いてあるねえ」

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「さあ、わからないねえ、地図にもないんだもの。鉄てつの舟ふねがおいてあるねえ」

「ああ」

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「ああ」

「橋を架けるところじゃないんでしょうか」

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「橋はしを架かけるとこじゃないんでしょうか」

女の子が言いました。

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女の子が言いいました。

「ああ、あれ、工兵の旗だねえ。架橋演習をしてるんだ。けれど兵隊の姿が見えないねえ」

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「ああ、あれ工兵こうへいの旗はただねえ。架橋演習かきょうえんしゅうをしてるんだ。けれど兵隊へいたいのかたちが見えないねえ」

そのとき向こう岸近くの少し下流の方で、見えない天の川の水がぎらっと光って、柱のように高くはねあがり、どおと激しい音がしました。

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その時向むこう岸ぎしちかくの少し下流かりゅうの方で、見えない天の川の水がぎらっと光って、柱はしらのように高くはねあがり、どおとはげしい音がしました。

「発破だよ、発破だよ」

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「発破はっぱだよ、発破はっぱだよ」

カムパネルラは小躍りしました。

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カムパネルラはこおどりしました。

その柱のようになった水は見えなくなり、大きな鮭や鱒がきらっきらっと白く腹を光らせて空中にほうり出され、丸い輪を描いてまた水に落ちました。

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その柱はしらのようになった水は見えなくなり、大きな鮭さけや鱒ますがきらっきらっと白く腹はらを光らせて空中にほうり出されてまるい輪わを描えがいてまた水に落おちました。

ジョバンニはもうはねあがりたいくらい気持ちが軽くなって言いました。

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ジョバンニはもうはねあがりたいくらい気持きもちが軽かるくなって言いいました。

「空の工兵大隊だ。どうだ、鱒なんかがまるでこんなふうにはねあげられたねえ。ぼく、こんな愉快な旅はしたことがない。いいねえ」

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「空の工兵大隊こうへいだいたいだ。どうだ、鱒ますなんかがまるでこんなになってはねあげられたねえ。僕ぼくこんな愉快ゆかいな旅たびはしたことない。いいねえ」

「あの鱒なら、近くで見たらこれくらいあるねえ、たくさん魚がいるんだな、この水の中に」

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「あの鱒ますなら近くで見たらこれくらいあるねえ、たくさんさかないるんだな、この水の中に」

「小さなお魚もいるんでしょうか」

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「小さなお魚もいるんでしょうか」

女の子が話につり込まれて言いました。

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女の子が談はなしにつり込こまれて言いいました。

「いるんでしょう。大きなのがいるんだから、小さいのもいるんでしょう。けれど遠くだから、いま小さいのは見えなかったねえ」

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「いるんでしょう。大きなのがいるんだから小さいのもいるんでしょう。けれど遠くだから、いま小さいの見えなかったねえ」

ジョバンニはもうすっかり機嫌が直って、おもしろそうに笑って女の子に答えました。

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ジョバンニはもうすっかり機嫌きげんが直なおっておもしろそうにわらって女の子に答えました。

「あれ、きっと双子のお星さまのお宮だよ」

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「あれきっと双子ふたごのお星さまのお宮みやだよ」

男の子がいきなり窓の外をさして叫びました。

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男の子がいきなり窓まどの外をさして叫さけびました。

右手の低い丘の上に、小さな水晶ででもこしらえたような二つのお宮がならんで立っていました。

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右手の低ひくい丘おかの上に小さな水晶すいしょうででもこさえたような二つのお宮みやがならんで立っていました。

「双子のお星さまのお宮ってなんだい」

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「双子ふたごのお星さまのお宮みやってなんだい」

「あたし、前に何度もお母さんから聞いたわ。ちゃんと小さな水晶のお宮で二つならんでいるから、きっとそうだわ」

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「あたし前になんべんもお母っかさんから聞いたわ。ちゃんと小さな水晶すいしょうのお宮みやで二つならんでいるからきっとそうだわ」

「話してごらん。双子のお星さまが何をしたって」

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「はなしてごらん。双子ふたごのお星さまが何をしたっての」

「ぼくも知ってらい。双子のお星さまが野原へ遊びに出て、からすとけんかしたんだろう」

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「ぼくも知ってらい。双子ふたごのお星さまが野原へ遊あそびにでて、からすと喧嘩けんかしたんだろう」

「そうじゃないわよ。あのね、天の川の岸にね、お母さんがお話しなすったわ、……」

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「そうじゃないわよ。あのね、天の川の岸きしにね、おっかさんお話しなすったわ、……」

「それからほうき星がギーギーフーギーギーフーって言って来たねえ」

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「それから彗星ほうきぼしがギーギーフーギーギーフーて言いって来たねえ」

「いやだわ、たあちゃん、そうじゃないわよ。それは別の方だわ」

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「いやだわ、たあちゃん、そうじゃないわよ。それはべつの方だわ」

「するとあそこで、いま笛を吹いているんだろうか」

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「するとあすこにいま笛ふえを吹ふいているんだろうか」

「いま海へ行ってらあ」

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「いま海へ行ってらあ」

「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ」

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「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ」

「そうそう。ぼく知ってらあ、ぼく、お話ししよう」

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「そうそう。ぼく知ってらあ、ぼくおはなししよう」

川の向こう岸が、にわかに赤くなりました。

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川の向こう岸ぎしがにわかに赤くなりました。

やなぎの木や何かもまっ黒に透かし出され、見えない天の川の波も、ときどきちらちら針のように赤く光りました。

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楊やなぎの木や何かもまっ黒にすかし出され、見えない天の川の波なみも、ときどきちらちら針はりのように赤く光りました。

まったく向こう岸の野原に大きなまっ赤な火が燃やされ、その黒いけむりは高く、桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしそうでした。

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まったく向むこう岸ぎしの野原に大きなまっ赤な火が燃もやされ、その黒いけむりは高く桔梗ききょういろのつめたそうな天をも焦こがしそうでした。

ルビーよりも赤く透きとおり、リチウムよりもうつくしく、酔ったようになって、その火は燃えているのでした。

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ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔よったようになって、その火は燃もえているのでした。

「あれはなんの火だろう。あんな赤く光る火は、何を燃やせばできるんだろう」

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「あれはなんの火だろう。あんな赤く光る火は何を燃もやせばできるんだろう」

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニが言いいました。

「蠍の火だな」

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「蠍さそりの火だな」

カムパネルラがまた地図と首っぴきして答えました。

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カムパネルラがまた地図と首くびっぴきして答えました。

「あら、蠍の火のことならあたし知ってるわ」

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「あら、蠍さそりの火のことならあたし知ってるわ」

「蠍の火ってなんだい」

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「蠍さそりの火ってなんだい」

ジョバンニが聞きました。

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ジョバンニがききました。

「蠍がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるって、あたし何度もお父さんから聞いたわ」

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「蠍さそりがやけて死んだのよ。その火がいまでも燃もえてるって、あたし何べんもお父さんから聴きいたわ」

「蠍って、虫だろう」

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「蠍さそりって、虫だろう」

「ええ、蠍は虫よ。だけどいい虫だわ」

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「ええ、蠍さそりは虫よ。だけどいい虫だわ」

「蠍はいい虫じゃないよ。ぼく、博物館でアルコールにつけてあるのを見た。尾にこんなかぎがあって、それで刺されると死ぬって先生が言ってたよ」

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「蠍さそりいい虫じゃないよ。僕ぼく博物館はくぶつかんでアルコールにつけてあるの見た。尾おにこんなかぎがあってそれで螫さされると死しぬって先生が言いってたよ」

「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さんはこう言ったのよ。むかしのバルドラの野原に一匹の蠍がいて、小さな虫やなんかを殺して食べて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって、食べられそうになったんですって。蠍は一生けんめい逃げて逃げたけど、とうとういたちに押さえられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があって、その中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがれないで、蠍はおぼれはじめたのよ。そのとき蠍はこう言ってお祈りしたというの。

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「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さんこう言いったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蠍さそりがいて小さな虫やなんか殺ころしてたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命めいにげてにげたけど、とうとういたちに押おさえられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸いどがあってその中に落おちてしまったわ、もうどうしてもあがられないで、さそりはおぼれはじめたのよ。そのときさそりはこう言いってお祈いのりしたというの。

ああ、わたしはいままで、いくつのものの命をとったかわからない、そしてその私が、こんどいたちにとられようとしたときは、あんなに一生けんめい逃げた。

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ああ、わたしはいままで、いくつのものの命いのちをとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命めいにげた。

それでもとうとうこんなになってしまった。

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それでもとうとうこんなになってしまった。

ああ、なんにもあてにならない。

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ああなんにもあてにならない。

どうしてわたしは、わたしのからだをだまっていたちにくれてやらなかったろう。

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どうしてわたしはわたしのからだを、だまっていたちにくれてやらなかったろう。

そうしたら、いたちも一日生きのびたろうに。

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そしたらいたちも一日生きのびたろうに。

どうか神さま。

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どうか神かみさま。

私の心をごらんください。

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私の心をごらんください。

こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次には、まことのみんなの幸せのために私のからだをお使いください。

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こんなにむなしく命いのちをすてず、どうかこの次つぎには、まことのみんなの幸さいわいのために私のからだをおつかいください。

って言ったというの。

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って言いったというの。

そうしたらいつか蠍は、自分のからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えて、夜のやみを照らしているのを見たって。

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そしたらいつか蠍さそりはじぶんのからだが、まっ赤なうつくしい火になって燃もえて、よるのやみを照てらしているのを見たって。

いまでも燃えてるって、お父さんがおっしゃったわ。

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いまでも燃もえてるってお父さんおっしゃったわ。

ほんとうにあの火、それだわ」

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ほんとうにあの火、それだわ」

「そうだ。見たまえ。そこらの三角標は、ちょうど蠍の形にならんでいるよ」

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「そうだ。見たまえ。そこらの三角標さんかくひょうはちょうどさそりの形にならんでいるよ」

ジョバンニは、まったくその大きな火の向こうに三つの三角標が、ちょうど蠍の腕のように、こっちに五つの三角標が蠍の尾やかぎのようにならんでいるのを見ました。

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ジョバンニはまったくその大きな火の向むこうに三つの三角標さんかくひょうが、ちょうどさそりの腕うでのように、こっちに五つの三角標さんかくひょうがさそりの尾おやかぎのようにならんでいるのを見ました。

そしてほんとうに、そのまっ赤なうつくしい蠍の火は、音もなく明るく明るく燃えたのです。

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そしてほんとうにそのまっ赤なうつくしいさそりの火は音なくあかるくあかるく燃もえたのです。

その火がだんだんうしろの方になるにつれて、みんなはなんとも言えずにぎやかな、さまざまの楽の音や草花のにおいのようなもの、口笛や人々のざわざわ言う声やらを聞きました。

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その火がだんだんうしろの方になるにつれて、みんなはなんとも言いえずにぎやかな、さまざまの楽がくの音ねや草花のにおいのようなもの、口笛くちぶえや人々のざわざわ言いう声やらを聞きました。

それはもうじき近くに町か何かがあって、そこにお祭りでもあるというような気がするのでした。

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それはもうじきちかくに町か何かがあって、そこにお祭まつりでもあるというような気がするのでした。

「ケンタウル、露をふらせ」

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「ケンタウル露つゆをふらせ」

いきなり、いままで眠っていたジョバンニのとなりの男の子が、向こうの窓を見ながら叫んでいました。

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いきなりいままで睡ねむっていたジョバンニのとなりの男の子が向むこうの窓まどを見ながら叫さけんでいました。

ああそこには、クリスマストリーのようにまっ青なとうひかもみの木が立って、その中にはたくさんのたくさんの豆電灯が、まるで千の蛍でも集まったようについていました。

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ああそこにはクリスマストリイのようにまっ青な唐檜とうひかもみの木がたって、その中にはたくさんのたくさんの豆電燈まめでんとうがまるで千の蛍ほたるでも集あつまったようについていました。

「ああ、そうだ、今夜はケンタウル祭だねえ」

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「ああ、そうだ、今夜ケンタウル祭さいだねえ」

「ああ、ここはケンタウルの村だよ」

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「ああ、ここはケンタウルの村だよ」

カムパネルラがすぐ言いました。

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カムパネルラがすぐ言いいました。

(この間、原稿なし)

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(此この間原稿げんこうなし)

「ボール投げなら、ぼくは決してはずさない」

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「ボール投げなら僕ぼく決けっしてはずさない」

男の子が大いばりで言いました。

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男の子が大いばりで言いいました。

「もうじきサウザンクロスです。おりる支度をしてください」

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「もうじきサウザンクロスです。おりるしたくをしてください」

青年がみんなに言いました。

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青年がみんなに言いいました。

「ぼく、もう少し汽車に乗ってるんだよ」

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「僕ぼく、も少し汽車に乗ってるんだよ」

男の子が言いました。

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男の子が言いいました。

カムパネルラのとなりの女の子は、そわそわ立って支度をはじめましたけれども、やっぱりジョバンニたちとわかれたくないようなようすでした。

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カムパネルラのとなりの女の子はそわそわ立ってしたくをはじめましたけれどもやっぱりジョバンニたちとわかれたくないようなようすでした。

「ここでおりなけりゃいけないのです」

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「ここでおりなけぁいけないのです」

青年はきちっと口を結んで、男の子を見おろしながら言いました。

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青年はきちっと口を結むすんで男の子を見おろしながら言いいました。

「いやだい。ぼく、もう少し汽車へ乗ってから行くんだい」

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「厭いやだい。僕ぼくもう少し汽車へ乗のってから行くんだい」

ジョバンニがこらえかねて言いました。

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ジョバンニがこらえかねて言いいました。

「ぼくたちといっしょに乗って行こう。ぼくたち、どこまでだって行ける切符を持ってるんだ」

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「僕ぼくたちといっしょに乗のって行こう。僕ぼくたちどこまでだって行ける切符きっぷ持もってるんだ」

「だけどあたしたち、もうここで降りなけりゃいけないのよ。ここ、天上へ行くところなんだから」

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「だけどあたしたち、もうここで降おりなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから」

女の子がさびしそうに言いました。

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女の子がさびしそうに言いいました。

「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで、天上よりももっといいところをこしらえなけりゃいけないって、ぼくの先生が言ったよ」

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「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって僕ぼくの先生が言いったよ」

「だってお母さんも行ってらっしゃるし、それに神さまがおっしゃるんだわ」

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「だっておっ母かさんも行ってらっしゃるし、それに神かみさまがおっしゃるんだわ」

「そんな神さま、うその神さまだい」

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「そんな神かみさまうその神かみさまだい」

「あなたの神さま、うその神さまよ」

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「あなたの神かみさまうその神かみさまよ」

「そうじゃないよ」

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「そうじゃないよ」

「あなたの神さまって、どんな神さまですか」

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「あなたの神かみさまってどんな神かみさまですか」

青年は笑いながら言いました。

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青年は笑わらいながら言いいました。

「ぼく、ほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたった一人の神さまです」

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「ぼくほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたった一人ひとりの神かみさまです」

「ほんとうの神さまは、もちろんたった一人です」

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「ほんとうの神かみさまはもちろんたった一人ひとりです」

「ああ、そんなんでなしに、たった一人のほんとうのほんとうの神さまです」

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「ああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうのほんとうの神かみさまです」

「だからそうじゃありませんか。わたくしは、あなた方がいまにそのほんとうの神さまの前に、わたくしたちとお会いになることを祈ります」

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「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんとうの神かみさまの前に、わたくしたちとお会いになることを祈いのります」

青年はつつましく両手を組みました。

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青年はつつましく両手りょうてを組みました。

女の子も、ちょうどその通りにしました。

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女の子もちょうどその通りにしました。

みんなほんとうに別れが惜しそうで、その顔いろも少し青ざめて見えました。

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みんなほんとうに別わかれが惜おしそうで、その顔いろも少し青ざめて見えました。

ジョバンニは、あぶなく声をあげて泣き出そうとしました。

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ジョバンニはあぶなく声をあげて泣なき出そうとしました。

「さあ、もう支度はいいんですか。じきサウザンクロスですから」

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「さあもうしたくはいいんですか。じきサウザンクロスですから」

ああ、そのときでした。

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ああそのときでした。

見えない天の川のずっと川下に、青や橙や、もうあらゆる光でちりばめられた十字架が、まるで一本の木というふうに川の中から立ってかがやき、その上には青じろい雲が丸い環になって、後光のようにかかっているのでした。

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見えない天の川のずうっと川下に青や橙だいだいや、もうあらゆる光でちりばめられた十字架じゅうじかが、まるで一本の木というふうに川の中から立ってかがやき、その上には青じろい雲がまるい環わになって後光のようにかかっているのでした。

汽車の中がまるでざわざわしました。

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汽車の中がまるでざわざわしました。

みんな、あの北の十字のときのようにまっすぐに立って、お祈りをはじめました。

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みんなあの北の十字のときのようにまっすぐに立ってお祈いのりをはじめました。

あっちにもこっちにも、子どもが瓜に飛びついたときのようなよろこびの声や、なんとも言いようのない深いつつましいため息の音ばかり聞こえました。

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あっちにもこっちにも子供が瓜うりに飛とびついたときのようなよろこびの声や、なんとも言いようない深ふかいつつましいためいきの音ばかりきこえました。

そしてだんだん十字架は窓の正面になり、あのりんごの肉のような青じろい環の雲も、ゆるやかにゆるやかにめぐっているのが見えました。

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そしてだんだん十字架じゅうじかは窓まどの正面しょうめんになり、あの苹果りんごの肉にくのような青じろい環わの雲も、ゆるやかにゆるやかに繞めぐっているのが見えました。

「ハレルヤ、ハレルヤ」

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「ハレルヤ、ハレルヤ」

明るくたのしくみんなの声はひびき、みんなはその空の遠くから、つめたい空の遠くから、透きとおったなんとも言えずさわやかなラッパの声を聞きました。

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明るくたのしくみんなの声はひびき、みんなはそのそらの遠くから、つめたいそらの遠くから、すきとおったなんとも言いえずさわやかなラッパの声をききました。

そしてたくさんのシグナルや電灯のあかりのなかを、汽車はだんだんゆるやかになり、とうとう十字架のちょうど真向かいに行って、すっかりとまりました。

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そしてたくさんのシグナルや電燈でんとうの灯あかりのなかを汽車はだんだんゆるやかになり、とうとう十字架じゅうじかのちょうどま向むかいに行ってすっかりとまりました。

「さあ、おりるんですよ」

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「さあ、おりるんですよ」

青年は男の子の手をひき、姉は互いにえりや肩をなおしてやって、だんだん向こうの出口の方へ歩き出しました。

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青年は男の子の手をひき姉あねは互たがいにえりや肩かたをなおしてやってだんだん向むこうの出口の方へ歩き出しました。

「じゃ、さよなら」

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「じゃさよなら」

女の子がふりかえって二人に言いました。

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女の子がふりかえって二人に言いいました。

「さよなら」

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「さよなら」

ジョバンニは、まるで泣き出したいのをこらえて、おこったようにぶっきらぼうに言いました。

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ジョバンニはまるで泣なき出したいのをこらえておこったようにぶっきらぼうに言いいました。

女の子はいかにもつらそうに目を大きくして、もう一度こっちをふりかえって、それからあとはもうだまって出て行ってしまいました。

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女の子はいかにもつらそうに眼めを大きくして、も一度どこっちをふりかえって、それからあとはもうだまって出て行ってしまいました。

汽車の中はもう半分以上も空いてしまい、にわかにがらんとしてさびしくなり、風がいっぱいに吹き込みました。

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汽車の中はもう半分以上はんぶんいじょうも空すいてしまいにわかにがらんとして、さびしくなり風がいっぱいに吹ふき込こみました。

そして見ていると、みんなはつつましく列を組んで、あの十字架の前の天の川のなぎさにひざまずいていました。

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そして見ているとみんなはつつましく列れつを組んで、あの十字架じゅうじかの前の天の川のなぎさにひざまずいていました。

そして、その見えない天の川の水をわたって、一人のこうごうしい白い着物の人が手をのばしてこっちへ来るのを、二人は見ました。

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そしてその見えない天の川の水をわたって、ひとりのこうごうしい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。

けれどもそのときはもうガラスの呼び子は鳴らされ、汽車は動きだし、と思ううちに銀いろの霧が川下の方からすうっと流れて来て、もうそっちは何も見えなくなりました。

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けれどもそのときはもう硝子ガラスの呼よび子は鳴らされ汽車はうごきだし、と思ううちに銀ぎんいろの霧きりが川下の方から、すうっと流ながれて来て、もうそっちは何も見えなくなりました。

ただたくさんのくるみの木が葉をさんさんと光らせてその霧の中に立ち、金の円光をもった電気りすが、かわいい顔をその中からちらちらのぞいているだけでした。

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ただたくさんのくるみの木が葉はをさんさんと光らしてその霧きりの中に立ち、黄金きんの円光をもった電気栗鼠でんきりすが可愛かわいい顔をその中からちらちらのぞいているだけでした。

そのとき、すうっと霧がはれかかりました。

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そのとき、すうっと霧きりがはれかかりました。

どこかへ行く街道らしく、小さな電灯が一列についた通りがありました。

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どこかへ行く街道かいどうらしく小さな電燈でんとうの一列いちれつについた通りがありました。

それはしばらく線路に沿って進んでいました。

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それはしばらく線路せんろに沿そって進すすんでいました。

そして二人がそのあかりの前を通って行くときは、その小さな豆いろの火は、ちょうどあいさつでもするようにぽかっと消え、二人が過ぎて行くとまたつくのでした。

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そして二人ふたりがそのあかしの前を通って行くときは、その小さな豆いろの火はちょうどあいさつでもするようにぽかっと消きえ、二人ふたりが過ぎて行くときまた点つくのでした。

ふりかえって見ると、さっきの十字架はすっかり小さくなってしまい、ほんとうにもうそのまま胸にもつるされそうになり、さっきの女の子や青年たちがその前の白い渚にまだひざまずいているのか、それともどこか方角もわからないその天上へ行ったのか、ぼんやりして見分けられませんでした。

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ふりかえって見ると、さっきの十字架じゅうじかはすっかり小さくなってしまい、ほんとうにもうそのまま胸むねにもつるされそうになり、さっきの女の子や青年たちがその前の白い渚なぎさにまだひざまずいているのか、それともどこか方角ほうがくもわからないその天上へ行ったのか、ぼんやりして見分けられませんでした。

ジョバンニは、ああ、と深く息をしました。

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ジョバンニは、ああ、と深ふかく息いきしました。

「カムパネルラ、また、ぼくたち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。ぼくはもう、あの蠍のように、ほんとうにみんなの幸せのためならば、ぼくのからだなんか百ぺん焼いてもかまわない」

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「カムパネルラ、また僕ぼくたち二人ふたりきりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。僕ぼくはもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの幸さいわいのためならば僕ぼくのからだなんか百ぺん灼やいてもかまわない」

「うん。ぼくだってそうだ」

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「うん。僕ぼくだってそうだ」

カムパネルラの目には、きれいな涙がうかんでいました。

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カムパネルラの眼めにはきれいな涙なみだがうかんでいました。

「けれども、ほんとうの幸せはいったいなんだろう」

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「けれどもほんとうのさいわいはいったいなんだろう」

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニが言いいました。

「ぼくはわからない」

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「僕ぼくわからない」

カムパネルラがぼんやり言いました。

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カムパネルラがぼんやり言いいました。

「ぼくたち、しっかりやろうねえ」

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「僕ぼくたちしっかりやろうねえ」

ジョバンニが、胸いっぱいに新しい力が湧くように、ふうと息をしながら言いました。

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ジョバンニが胸むねいっぱい新しい力が湧わくように、ふうと息いきをしながら言いいました。

「あ、あそこ、石炭袋だよ。空の穴だよ」

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「あ、あすこ石炭袋せきたんぶくろだよ。そらの孔あなだよ」

カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら、天の川のひとところを指さしました。

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カムパネルラが少しそっちを避さけるようにしながら天の川のひととこを指ゆびさしました。

ジョバンニはそっちを見て、まるでぎくっとしてしまいました。

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ジョバンニはそっちを見て、まるでぎくっとしてしまいました。

天の川のひとところに、大きなまっ暗な穴が、どおんとあいているのです。

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天の川の一とこに大きなまっくらな孔あなが、どおんとあいているのです。

その底がどれほど深いか、その奥に何があるか、いくら目をこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ目がしんしんと痛むのでした。

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その底そこがどれほど深ふかいか、その奥おくに何があるか、いくら眼めをこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ眼めがしんしんと痛いたむのでした。

ジョバンニが言いました。

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ジョバンニが言いいました。

「ぼく、もうあんな大きな闇の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうの幸せをさがしに行く。どこまでもどこまでも、ぼくたちいっしょに進んで行こう」

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「僕ぼくもうあんな大きな暗やみの中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕ぼくたちいっしょに進すすんで行こう」

「ああ、きっと行くよ。ああ、あそこの野原はなんてきれいだろう。みんな集まってるねえ。あそこがほんとうの天上なんだ。あっ、あそこにいるのはぼくのお母さんだよ」

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「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集あつまってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっ、あすこにいるのはぼくのお母さんだよ」

カムパネルラは、にわかに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。

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カムパネルラはにわかに窓まどの遠くに見えるきれいな野原を指さして叫さけびました。

ジョバンニもそっちを見ましたけれども、そこはぼんやり白くけむっているばかりで、どうしてもカムパネルラが言ったようには思われませんでした。

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ジョバンニもそっちを見ましたけれども、そこはぼんやり白くけむっているばかり、どうしてもカムパネルラが言いったように思われませんでした。

なんとも言えずさびしい気がして、ぼんやりそっちを見ていましたら、向こうの川岸に二本の電信柱が、ちょうど両方から腕を組んだように赤い腕木をつらねて立っていました。

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なんとも言いえずさびしい気がして、ぼんやりそっちを見ていましたら、向むこうの河岸かわぎしに二本の電信でんしんばしらが、ちょうど両方りょうほうから腕うでを組んだように赤い腕木うでぎをつらねて立っていました。

「カムパネルラ、ぼくたちいっしょに行こうねえ」

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「カムパネルラ、僕ぼくたちいっしょに行こうねえ」

ジョバンニがこう言いながらふりかえって見ましたら、そのいままでカムパネルラのすわっていた席に、もうカムパネルラの姿は見えず、ただ黒いビロードばかりが光っていました。

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ジョバンニがこう言いいながらふりかえって見ましたら、そのいままでカムパネルラのすわっていた席せきに、もうカムパネルラの形は見えず、ただ黒いびろうどばかりひかっていました。

ジョバンニはまるで鉄砲弾のように立ちあがりました。

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ジョバンニはまるで鉄砲丸てっぽうだまのように立ちあがりました。

そして誰にも聞こえないように窓の外へからだを乗り出して、力いっぱいはげしく胸をうって叫び、それからもう、のどいっぱいに泣きだしました。

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そして誰だれにも聞こえないように窓まどの外へからだを乗のり出して、力いっぱいはげしく胸むねをうって叫さけび、それからもう咽喉のどいっぱい泣なきだしました。

もうそこらが一ぺんにまっ暗になったように思いました。

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もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。

そのとき、

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そのとき、

「おまえはいったい何を泣いているの。ちょっとこっちをごらん」

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「おまえはいったい何を泣ないているの。ちょっとこっちをごらん」

いままでたびたび聞こえた、あのやさしいチェロのような声が、ジョバンニのうしろから聞こえました。

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いままでたびたび聞こえた、あのやさしいセロのような声が、ジョバンニのうしろから聞こえました。

ジョバンニは、はっと思って涙をはらってそっちをふり向きました。さっきまでカムパネルラのすわっていた席に、黒い大きな帽子をかぶった青白い顔のやせた大人が、やさしく笑って大きな一冊の本をもっていました。

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ジョバンニは、はっと思って涙なみだをはらってそっちをふり向むきました、さっきまでカムパネルラのすわっていた席せきに黒い大きな帽子ぼうしをかぶった青白い顔のやせた大人おとなが、やさしくわらって大きな一冊さつの本をもっていました。

「おまえの友だちがどこかへ行ったのだろう。あの人はね、ほんとうに今夜遠くへ行ったのだ。おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ」

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「おまえのともだちがどこかへ行ったのだろう。あのひとはね、ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ」

「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうと言ったんです」

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「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうと言いったんです」

「ああ、そうだ。みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまえが会うどんな人でも、みんな何度もおまえといっしょにりんごを食べたり汽車に乗ったりしたのだ。だからやっぱりおまえは、さっき考えたように、あらゆる人のいちばんの幸福をさがし、みんなといっしょに早くそこに行くがいい、そこでばかり、おまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」

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「ああ、そうだ。みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまえがあうどんなひとでも、みんな何べんもおまえといっしょに苹果りんごをたべたり汽車に乗のったりしたのだ。だからやっぱりおまえはさっき考えたように、あらゆるひとのいちばんの幸福こうふくをさがし、みんなといっしょに早くそこに行くがいい、そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」

「ああ、ぼくはきっとそうします。ぼくはどうして、それをもとめたらいいでしょう」

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「ああぼくはきっとそうします。ぼくはどうしてそれをもとめたらいいでしょう」

「ああ、わたくしもそれをもとめている。おまえはおまえの切符をしっかりもっておいで。そして一心に勉強しなけりゃいけない。おまえは化学を習ったろう、水は酸素と水素からできているということを知っている。いまは誰だってそれを疑いやしない。実験してみると、ほんとうにそうなんだから。けれども昔はそれを、水銀と塩でできていると言ったり、水銀と硫黄でできていると言ったり、いろいろ議論したのだ。みんながめいめい、自分の神さまがほんとうの神さまだと言うだろう、けれどもお互い、ほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも、涙がこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとか悪いとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。けれども、もしおまえがほんとうに勉強して、実験でちゃんとほんとうの考えとうその考えとを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も化学と同じようになる。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、いいかい、これは地理と歴史の辞典だよ。この本のこのページはね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。よくごらん、紀元前二千二百年のことでないよ、紀元前二千二百年のころにみんなが考えていた地理と歴史というものが書いてある。

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「ああわたくしもそれをもとめている。おまえはおまえの切符きっぷをしっかりもっておいで。そして一しんに勉強べんきょうしなけぁいけない。おまえは化学かがくをならったろう、水は酸素さんそと水素すいそからできているということを知っている。いまはたれだってそれを疑うたがやしない。実験じっけんしてみるとほんとうにそうなんだから。けれども昔むかしはそれを水銀すいぎんと塩しおでできていると言いったり、水銀すいぎんと硫黄いおうでできていると言いったりいろいろ議論ぎろんしたのだ。みんながめいめいじぶんの神かみさまがほんとうの神さまだというだろう、けれどもお互たがいほかの神かみさまを信しんずる人たちのしたことでも涙なみだがこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論ぎろんするだろう。そして勝負しょうぶがつかないだろう。けれども、もしおまえがほんとうに勉強べんきょうして実験じっけんでちゃんとほんとうの考えと、うその考えとを分けてしまえば、その実験じっけんの方法ほうほうさえきまれば、もう信仰しんこうも化学かがくと同じようになる。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、いいかい、これは地理ちりと歴史れきしの辞典じてんだよ。この本のこの頁ページはね、紀元前きげんぜん二千二百年の地理ちりと歴史れきしが書いてある。よくごらん、紀元前きげんぜん二千二百年のことでないよ、紀元前きげんぜん二千二百年のころにみんなが考えていた地理ちりと歴史れきしというものが書いてある。

だからこのページ一つが、一冊の地歴の本にあたるんだ。

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だからこの頁ページ一つが一冊さつの地歴ちれきの本にあたるんだ。

いいかい、そしてこの中に書いてあることは、紀元前二千二百年ごろにはたいてい本当だ。

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いいかい、そしてこの中に書いてあることは紀元前きげんぜん二千二百年ころにはたいてい本当ほんとうだ。

さがすと証拠もぞくぞく出ている。

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さがすと証拠しょうこもぞくぞく出ている。

けれども、それが少しどうかな、とこう考えだしてごらん、そら、それは次のページだよ。

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けれどもそれが少しどうかなとこう考えだしてごらん、そら、それは次つぎの頁ページだよ。

紀元前一千年。

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紀元前きげんぜん一千年。

だいぶ、地理も歴史も変わってるだろう。

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だいぶ、地理ちりも歴史れきしも変かわってるだろう。

このときにはこうなのだ。

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このときにはこうなのだ。

変な顔をしてはいけない。

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変へんな顔をしてはいけない。

ぼくたちは、ぼくたちのからだだって考えだって、天の川だって汽車だって歴史だって、ただそう感じているのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょに少し心持ちをしずかにしてごらん。

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ぼくたちはぼくたちのからだだって考えだって、天の川だって汽車だって歴史れきしだって、ただそう感じているのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょにすこしこころもちをしずかにしてごらん。

いいか」

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いいか」

その人は指を一本あげて、しずかにそれをおろしました。

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そのひとは指ゆびを一本あげてしずかにそれをおろしました。

するといきなりジョバンニは、自分というものが、自分の考えというものが、汽車やその学者や天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆる広い世界ががらんとひらけ、あらゆる歴史がそなわり、すっと消えると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。

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するといきなりジョバンニは自分というものが、じぶんの考えというものが、汽車やその学者がくしゃや天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆる広ひろい世界せかいががらんとひらけ、あらゆる歴史れきしがそなわり、すっと消きえると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。

だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。

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だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。

「さあいいか。だからおまえの実験は、このきれぎれの考えのはじめから終わりまですべてにわたるようでなければいけない。それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。ああごらん、あそこにプレシオスが見える。おまえはあのプレシオスの鎖を解かなければならない」

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「さあいいか。だからおまえの実験じっけんは、このきれぎれの考えのはじめから終おわりすべてにわたるようでなければいけない。それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。ああごらん、あすこにプレシオスが見える。おまえはあのプレシオスの鎖くさりを解とかなければならない」

そのとき、まっ暗な地平線の向こうから青じろいのろしが、まるで昼間のように打ちあげられ、汽車の中はすっかり明るくなりました。

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そのときまっくらな地平線ちへいせんの向むこうから青じろいのろしが、まるでひるまのようにうちあげられ、汽車の中はすっかり明るくなりました。

そしてのろしは高く空にかかって、光りつづけました。

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そしてのろしは高くそらにかかって光りつづけました。

「ああ、マジェランの星雲だ。さあもうきっと、ぼくはぼくのために、ぼくのお母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ」

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「ああマジェランの星雲せいうんだ。さあもうきっと僕ぼくは僕ぼくのために、僕ぼくのお母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福こうふくをさがすぞ」

ジョバンニは唇を噛んで、そのマジェランの星雲をのぞんで立ちました。

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ジョバンニは唇くちびるを噛かんで、そのマジェランの星雲せいうんをのぞんで立ちました。

そのいちばん幸福なその人のために!

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そのいちばん幸福こうふくなそのひとのために!

「さあ、切符をしっかり持っておいで。おまえはもう夢の鉄道の中でなしに、ほんとうの世界の火やはげしい波の中を、大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つの、ほんとうのその切符を、決しておまえはなくしてはいけない」

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「さあ、切符きっぷをしっかり持もっておいで。お前はもう夢ゆめの鉄道てつどうの中でなしにほんとうの世界せかいの火やはげしい波なみの中を大股おおまたにまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つの、ほんとうのその切符きっぷを決けっしておまえはなくしてはいけない」

あのチェロのような声がしたと思うと、ジョバンニは、あの天の川がもうまるで遠く遠くなって風が吹き、自分はまっすぐに草の丘に立っているのを見、また遠くからあのブルカニロ博士の足音がしずかに近づいて来るのを聞きました。

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あのセロのような声がしたと思うとジョバンニは、あの天の川がもうまるで遠く遠くなって風が吹ふき自分はまっすぐに草の丘おかに立っているのを見、また遠くからあのブルカニロ博士はかせの足おとのしずかに近づいて来るのをききました。

「ありがとう。私はたいへんいい実験をした。私はこんなしずかな場所で、遠くから私の考えを人に伝える実験をしたいと、さっき考えていた。おまえの言った言葉はみんな私の手帳にとってある。さあ帰っておやすみ。おまえは夢の中で決心したとおり、まっすぐに進んで行くがいい。そしてこれからなんでもいつでも、私のところへ相談においでなさい」

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「ありがとう。私はたいへんいい実験じっけんをした。私はこんなしずかな場所ばしょで遠くから私の考えを人に伝つたえる実験じっけんをしたいとさっき考えていた。お前の言いった語はみんな私の手帳てちょうにとってある。さあ帰っておやすみ。お前は夢ゆめの中で決心けっしんしたとおりまっすぐに進すすんで行くがいい。そしてこれからなんでもいつでも私のとこへ相談そうだんにおいでなさい」

「ぼく、きっとまっすぐに進みます。きっとほんとうの幸福を求めます」

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「僕ぼくきっとまっすぐに進すすみます。きっとほんとうの幸福こうふくを求もとめます」

ジョバンニは力強く言いました。

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ジョバンニは力強ちからづよく言いいました。

「ああ、ではさよなら。これはさっきの切符です」

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「ああではさよなら。これはさっきの切符きっぷです」

博士は小さく折った緑いろの紙を、ジョバンニのポケットに入れました。

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博士はかせは小さく折おった緑みどりいろの紙をジョバンニのポケットに入れました。

そしてもうその姿は、天気輪の柱の向こうに見えなくなっていました。

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そしてもうそのかたちは天気輪てんきりんの柱はしらの向むこうに見えなくなっていました。

ジョバンニはまっすぐに走って丘をおりました。

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ジョバンニはまっすぐに走って丘おかをおりました。

そしてポケットがたいへん重く、カチカチ鳴るのに気がつきました。

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そしてポケットがたいへん重おもくカチカチ鳴るのに気がつきました。

林の中でとまってそれを調べてみましたら、あの緑いろの、さっき夢の中で見たあやしい天の切符の中に、大きな二枚の金貨が包んでありました。

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林の中でとまってそれをしらべてみましたら、あの緑みどりいろのさっき夢ゆめの中で見たあやしい天の切符きっぷの中に大きな二枚まいの金貨きんかが包つつんでありました。

「博士、ありがとう、お母さん。すぐ牛乳をもって行きますよ」

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「博士はかせありがとう、おっかさん。すぐ乳ちちをもって行きますよ」

ジョバンニは叫んで、また走りはじめました。

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ジョバンニは叫さけんでまた走りはじめました。

何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニの胸に集まって、なんとも言えずかなしいような、新しいような気がするのでした。

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何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニの胸むねに集あつまってなんとも言いえずかなしいような新しいような気がするのでした。

琴の星がずっと西の方へ移って、そしてまた夢のように足をのばしていました。

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琴ことの星がずうっと西の方へ移うつってそしてまた夢ゆめのように足をのばしていました。

ジョバンニは目をひらきました。

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ジョバンニは眼めをひらきました。

もとの丘の草の中に、疲れて眠っていたのでした。

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もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。

胸はなんだかおかしくほてり、頬にはつめたい涙が流れていました。

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胸むねはなんだかおかしく熱ほてり、頬ほおにはつめたい涙なみだがながれていました。

ジョバンニはばねのようにはね起きました。

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ジョバンニはばねのようにはね起おきました。

町はすっかりさっきの通りに、下でたくさんの灯を綴ってはいましたが、その光はなんだかさっきよりは熱したというふうでした。

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町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯あかりを綴つづってはいましたが、その光はなんだかさっきよりは熱ねっしたというふうでした。

そしてたったいま夢で歩いた天の川も、やっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかり、まっ黒な南の地平線の上ではことにけむったようになって、その右には蠍座の赤い星がうつくしくきらめき、空ぜんたいの位置はそんなに変わってもいないようでした。

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そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかり、まっ黒な南の地平線ちへいせんの上ではことにけむったようになって、その右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置いちはそんなに変かわってもいないようでした。

ジョバンニはいっさんに丘を走って下りました。

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ジョバンニはいっさんに丘おかを走って下りました。

まだ夕ごはんを食べないで待っているお母さんのことが、胸いっぱいに思いだされたのです。

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まだ夕ごはんをたべないで待まっているお母さんのことが胸むねいっぱいに思いだされたのです。

どんどん黒い松の林の中を通って、それからほの白い牧場の柵をまわって、さっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。

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どんどん黒い松まつの林の中を通って、それからほの白い牧場ぼくじょうの柵さくをまわって、さっきの入口から暗くらい牛舎ぎゅうしゃの前へまた来ました。

そこには誰かがいま帰ったらしく、さっきなかった一つの車が、何かの樽を二つ載せて置いてありました。

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そこには誰だれかがいま帰ったらしく、さっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ載のっけて置おいてありました。

「今晩は」

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「今晩こんばんは」

ジョバンニは叫びました。

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ジョバンニは叫さけびました。

「はい」

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「はい」

白い太いズボンをはいた人がすぐ出て来て立ちました。

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白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。

「なんのご用ですか」

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「なんのご用ですか」

「今日、牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」

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「今日牛乳ぎゅうにゅうがぼくのところへ来なかったのですが」

「あ、すみませんでした」

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「あ、済すみませんでした」

その人はすぐ奥へ行って、一本の牛乳瓶をもって来てジョバンニに渡しながら、また言いました。

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その人はすぐ奥おくへ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながら、また言いいました。

「ほんとうにすみませんでした。今日は昼すぎ、うっかりして子牛の柵をあけておいたものですから、大将さっそく親牛のところへ行って、半分ばかり飲んでしまいましてね……」

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「ほんとうに済すみませんでした。今日はひるすぎ、うっかりしてこうしの柵さくをあけておいたもんですから、大将たいしょうさっそく親牛おやうしのところへ行って半分はんぶんばかりのんでしまいましてね……」

その人は笑いました。

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その人はわらいました。

「そうですか。ではいただいて行きます」

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「そうですか。ではいただいて行きます」

「ええ、どうもすみませんでした」

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「ええ、どうも済すみませんでした」

「いいえ」

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「いいえ」

ジョバンニは、まだ熱い牛乳の瓶を両方の手のひらで包むようにもって、牧場の柵を出ました。

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ジョバンニはまだ熱あつい乳ちちの瓶びんを両方りょうほうのてのひらで包つつむようにもって牧場ぼくじょうの柵さくを出ました。

そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出て、またしばらく行きますと、道は十文字になって、その右手の方、通りのはずれに、さっきカムパネルラたちがあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが、夜の空にぼんやり立っていました。

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そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になって、その右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流ながしに行った川へかかった大きな橋はしのやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。

ところがその十字になった町かどや店の前に、女たちが七、八人ぐらいずつ集まって、橋の方を見ながら何かひそひそ話しているのです。

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ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七、八人ぐらいずつ集あつまって橋はしの方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。

それから橋の上にも、いろいろなあかりがいっぱいなのでした。

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それから橋はしの上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。

ジョバンニは、なぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。

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ジョバンニはなぜかさあっと胸むねが冷つめたくなったように思いました。

そしていきなり近くの人たちへ、

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そしていきなり近くの人たちへ、

「何かあったんですか」

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「何かあったんですか」

と叫ぶように聞きました。

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と叫さけぶようにききました。

「子どもが水へ落ちたんですよ」

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「こどもが水へ落おちたんですよ」

一人が言いますと、その人たちはいっせいにジョバンニの方を見ました。

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一人ひとりが言いいますと、その人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。

ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。

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ジョバンニはまるで夢中むちゅうで橋はしの方へ走りました。

橋の上は人でいっぱいで、川が見えませんでした。

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橋はしの上は人でいっぱいで河かわが見えませんでした。

白い服を着た巡査も出ていました。

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白い服ふくを着きた巡査じゅんさも出ていました。

ジョバンニは橋のたもとから、飛ぶように下の広い河原へおりました。

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ジョバンニは橋はしの袂たもとから飛とぶように下の広い河原かわらへおりました。

その河原の水ぎわに沿って、たくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。

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その河原かわらの水ぎわに沿そってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。

向こう岸の暗い土手にも、火が七つ八つ動いていました。

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向むこう岸ぎしの暗くらいどてにも火が七つ八つうごいていました。

そのまん中を、もう烏瓜のあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。

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そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰はいいろにしずかに流ながれていたのでした。

河原のいちばん下流の方へ、洲のようになって出たところに、人の集まりがくっきりまっ黒に立っていました。

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河原かわらのいちばん下流かりゅうの方へ洲すのようになって出たところに人の集あつまりがくっきりまっ黒に立っていました。

ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。

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ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。

するとジョバンニは、いきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。

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するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会あいました。

マルソがジョバンニに走り寄って言いました。

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マルソがジョバンニに走り寄よって言いいました。

「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ」

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「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ」

「どうして、いつ」

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「どうして、いつ」

「ザネリがね、舟の上から烏瓜のあかりを水の流れる方へ押してやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたものだから、水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれども、あとカムパネルラが見えないんだ」

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「ザネリがね、舟ふねの上から烏からすうりのあかりを水の流ながれる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟ふねがゆれたもんだから水へ落おっこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛とびこんだんだ。そしてザネリを舟ふねの方へ押おしてよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ」

「みんなさがしてるんだろう」

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「みんなさがしてるんだろう」

「ああ、すぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見つからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった」

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「ああ、すぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見つからないんだ。ザネリはうちへ連つれられてった」

ジョバンニは、みんなのいるそっちの方へ行きました。

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ジョバンニはみんなのいるそっちの方へ行きました。

そこに、学生たちや町の人たちに囲まれて、青じろいとがったあごをしたカムパネルラのお父さんが、黒い服を着てまっすぐに立って、左手に時計を持ってじっと見つめていたのです。

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そこに学生たちや町の人たちに囲かこまれて青じろいとがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服ふくを着きてまっすぐに立って左手に時計とけいを持もってじっと見つめていたのです。

みんなもじっと川を見ていました。

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みんなもじっと河かわを見ていました。

誰も一言も物を言う人はありませんでした。

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誰だれも一言ひとことも物ものを言いう人もありませんでした。

ジョバンニは、わくわくわくわく足がふるえました。

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ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。

魚をとるときのアセチレンランプがたくさん、せわしく行ったり来たりして、黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。

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魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして、黒い川の水はちらちら小さな波なみをたてて流ながれているのが見えるのでした。

下流の方の川幅いっぱいに銀河が大きく写って、まるで水のない、そのままの空のように見えました。

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下流かりゅうの方の川はばいっぱい銀河ぎんがが巨おおきく写うつって、まるで水のないそのままのそらのように見えました。

ジョバンニは、そのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がして、しかたなかったのです。

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ジョバンニは、そのカムパネルラはもうあの銀河ぎんがのはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。

けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、

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けれどもみんなはまだ、どこかの波なみの間から、

「ぼく、ずいぶん泳いだぞ」

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「ぼくずいぶん泳およいだぞ」

と言いながらカムパネルラが出て来るか、あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて、誰かの来るのを待っているか、というような気がしてしかたないらしいのでした。

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と言いながらカムパネルラが出て来るか、あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲すにでも着ついて立っていて誰だれかの来るのを待まっているかというような気がしてしかたないらしいのでした。

けれどもにわかに、カムパネルラのお父さんがきっぱり言いました。

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けれどもにわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり言いいました。

「もうだめです。落ちてから四十五分たちましたから」

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「もう駄目だめです。落おちてから四十五分たちましたから」

ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っています、ぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのです、と言おうとしましたが、もうのどがつまってなんとも言えませんでした。

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ジョバンニは思わずかけよって博士はかせの前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っています、ぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのです、と言いおうとしましたが、もうのどがつまってなんとも言いえませんでした。

すると博士は、ジョバンニがあいさつに来たとでも思ったのでしょうか、しばらくしげしげとジョバンニを見ていましたが、

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すると博士はかせはジョバンニがあいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが、

「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう」

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「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩こんばんはありがとう」

とていねいに言いました。

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とていねいに言いいました。

ジョバンニは何も言えずに、ただおじぎをしました。

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ジョバンニは何も言いえずにただおじぎをしました。

「あなたのお父さんはもう帰っていますか」

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「あなたのお父さんはもう帰っていますか」

博士は固く時計を握ったまま、また聞きました。

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博士はかせは堅かたく時計とけいを握にぎったまま、またききました。

「いいえ」

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「いいえ」

ジョバンニはかすかに頭をふりました。

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ジョバンニはかすかに頭をふりました。

「どうしたのかなあ、ぼくにはおととい、たいへん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。ジョバンニさん。あした放課後、みなさんとうちへ遊びに来てくださいね」

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「どうしたのかなあ、ぼくには一昨日おとといたいへん元気な便たよりがあったんだが。今日きょうあたりもう着つくころなんだが。船ふねが遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後ほうかごみなさんとうちへ遊あそびに来てくださいね」

そう言いながら博士はまた、川下の銀河がいっぱいにうつった方へ、じっと目を送りました。

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そう言いいながら博士はかせはまた、川下の銀河ぎんがのいっぱいにうつった方へじっと眼めを送おくりました。

ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいで、なんにも言えずに博士の前をはなれて、早くお母さんに牛乳を持って行って、お父さんの帰ることを知らせようと思うと、もういちもくさんに河原を街の方へ走りました。

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ジョバンニはもういろいろなことで胸むねがいっぱいで、なんにも言いえずに博士はかせの前をはなれて、早くお母さんに牛乳ぎゅうにゅうを持もって行って、お父さんの帰ることを知らせようと思うと、もういちもくさんに河原かわらを街まちの方へ走りました。